幌別硫黄鉱山地域の熱水変質岩からの有害元素の溶...

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193 北海道立地質研究所報告,第80号,193-196,2009 幌別硫黄鉱山地域の熱水変質岩からの有害元素の溶出 Leaching of toxic elements from hydrothermal altered rocks at Horobetsu sulfur mine area southwestern Hokkaido 高橋 良・原 淳子 ・駒井 武 ・遠藤 祐司 Ryo Takahashi Junko Hara Takeshi Komai and Yuuji Endou ーワード: Key words : Horobetsu sulfur mine, arsenic, heavy metals 西南北海道に位置する幌別硫黄鉱山(第1図)からは, 閉山した後も高濃度の鉄(400mg l前後)や砒素(9mg l 前後)を含む強酸性(pH2前後)の坑内水が毎分約4m 3 出し続けている(北海道立地質研究所,2008).そのた め中和処理などの対策が継続されている(和田ほか, 1983).また,坑内水の水質や流量などに関する調査 も長期にわたって続けられている(北海道立地質研究 所,2008;遠藤・荻野,2008).このような坑内水の 多くは降雨や融雪によってその水量や水質が大きく変 動し,坑廃水処理を行う上での障害となっている.し たがって,坑内水の水質変化の事前予測が可能になれ ば,水質浄化の効率化・合理化がはかられ処理費用の 軽減につながる.そのためには,水質悪化の主な要因 である岩石からの有害元素の溶出の実態把握が必要不 可欠である.そこで,高橋ほか(投稿中)は平成17年に 鉱山周辺で掘削されたボーリングコアを用いて各種分 析を行い,熱水変質岩からの有害元素の溶出について 議論した.本報告では,高橋ほか(投稿中)で掲載する はじめに (独)産業技術総合研究所地圏資源環境研究部門 第1図 Fig. 1 幌別硫黄鉱山の位置および鉱山周辺の地質図 地質図は和田ほか(1983)の第16 a図を改変 ★:本研究で用いたボーリングコアの掘削位置 Location and geological maps of Horobetsu sulfur mine Boring locality of core samples which were used in this study Geological map is after Wada et al(1983)

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Page 1: 幌別硫黄鉱山地域の熱水変質岩からの有害元素の溶 …...北海道立地質研究所報告,第80号,193-196,2009 193 幌別硫黄鉱山地域の熱水変質岩からの有害元素の溶出

193北海道立地質研究所報告,第80号,193-196,2009

幌別硫黄鉱山地域の熱水変質岩からの有害元素の溶出Leaching of toxic elements from hydrothermal altered rocks at Horobetsu sulfur mine area,

southwestern Hokkaido

高橋 良・原 淳子*・駒井 武*・遠藤 祐司Ryo Takahashi, Junko Hara*, Takeshi Komai* and Yuuji Endou

キーワード:幌別硫黄鉱山, 砒素, 重金属Key words : Horobetsu sulfur mine, arsenic, heavy metals

西南北海道に位置する幌別硫黄鉱山(第1図)からは,

閉山した後も高濃度の鉄(400mg/l前後)や砒素(9mg/l

前後)を含む強酸性(pH2前後)の坑内水が毎分約4m3流

出し続けている(北海道立地質研究所,2008).そのた

め中和処理などの対策が継続されている(和田ほか,

1983).また,坑内水の水質や流量などに関する調査

も長期にわたって続けられている(北海道立地質研究

所,2008;遠藤・荻野,2008).このような坑内水の

多くは降雨や融雪によってその水量や水質が大きく変

動し,坑廃水処理を行う上での障害となっている.し

たがって,坑内水の水質変化の事前予測が可能になれ

ば,水質浄化の効率化・合理化がはかられ処理費用の

軽減につながる.そのためには,水質悪化の主な要因

である岩石からの有害元素の溶出の実態把握が必要不

可欠である.そこで,高橋ほか(投稿中)は平成17年に

鉱山周辺で掘削されたボーリングコアを用いて各種分

析を行い,熱水変質岩からの有害元素の溶出について

議論した.本報告では,高橋ほか(投稿中)で掲載する

Ⅰ はじめに

* (独)産業技術総合研究所地圏資源環境研究部門

第1図

Fig. 1

幌別硫黄鉱山の位置および鉱山周辺の地質図地質図は和田ほか(1983)の第16-a図を改変 ★:本研究で用いたボーリングコアの掘削位置Location and geological maps of Horobetsu sulfur mine. ★: Boring locality of core samples which were used in this study. Geological map is after Wada et al.(1983).

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北海道立地質研究所報告,第80号,193-196,2009194

ことのできなかったデータも含めて,幌別硫黄鉱山地

域の熱水変質岩に対する各種分析の結果を資料として

示す.

本鉱山地域には更新世の火山岩類である黄渓溶岩群

と来馬山溶岩が分布している(第1図).本研究では熱

水変質を受けている層準を中心に,深度100~220mの

範囲でボーリングコアの記載を行い,地質学的特徴に

基づいて27ヵ所でサンプルを採取した.サンプルを採

取した層準は黄渓溶岩群である(石油天然ガス・金属

鉱物資源機構,2006).原岩の特徴から,黄渓溶岩群

を深度204.5m以深の下部安山岩溶岩,深度137.5~

204.5mの火山角礫岩,深度137.5m以浅の上部安山岩

溶岩に区分した.下部安山岩溶岩は新関(1968)の安山

岩溶岩に,火山角礫岩と上部安山岩溶岩は中部集塊岩

に対比される.下部安山岩溶岩,上部安山岩溶岩,お

よび火山角礫岩の上部(深度137.5~165.0m)は変質が

弱く,火山角礫岩の下部(深度165.0~204.5m)は変質

が強い.

採取したサンプルに対して全岩化学組成分析,1N

塩酸による含有量試験および水溶出試験を行った.全

岩化学組成分析は微粉砕したサンプルを,エネルギー

分散型蛍光X線分析装置(日本電子社製JSX-3201;

島津製作所社製EDX-720)を用いて分析した.水溶

出試験と含有量試験は2mm以下に粉砕したサンプル

を用い,公定法(平成15年環境省告示第18号,第19号)

に準ずる簡易手法で行った.水溶出試験は風乾させた

サンプル3gと純水30mlを50mlの遠沈管に採取し,

200rpmで6時間振とうした.含有量試験は風乾させた

サンプル1gと1N塩酸30mlを50mlの遠沈管に採取し,

200rpmで2時間振とうした.どちらの試験においても,

振とう後に遠心分離した溶液をフィルターで濾過し,

分析試料とした.分析試料はICP質量分析装置(島津

製作所社製ICPM-8500)を用いて検量線法で分析し

た.また水溶出試験後の溶出液のpHと電気伝導度を

測定した.

全岩化学組成分析は主成分元素,および微量重金属

類について行った(第1表).SO3やAs,Pbの全岩含有

量は変質の強い火山角礫岩の下部で最大値を示す.

SO3量は火山角礫岩の下部のほとんどのサンプルが10

wt.%を超え,最大値は65.1wt.%である.AsやPbの全

岩含有量の最大値はそれぞれ964.5ppmと253.7ppmで

ある.火山角礫岩の下部と比較して,火山角礫岩上部

や安山岩溶岩ではこれらの全岩含有量は小さい.

含有量試験の結果,多くの元素が火山角礫岩の下部

で最大値を示すことがわかった(第2表).AsやPb,Sb

の含有量の最大値はそれぞれ22919.8μg/l,6254.7μ

g/l,9114.0μg/lである.

含有量と同様に,溶出量についても多くの元素が火

山角礫岩の下部で最大値を示す(第2表).As,Pb,Cd,

Sbの溶出量の最大値はそれぞれ112375.0μg/l,4389.7

μg/l,22.2μg/l,27324.6 μg/lである.火山角礫岩下

部と比較して,安山岩溶岩や火山角礫岩上部ではこれ

らの元素の溶出量は非常に小さい.

溶出液のpHは7前後(5.7~8.2)と2前後(0.7~4.1)の

大きく2つのグループに分かれる.火山角礫岩の上部

と下部安山岩溶岩,上部安山岩溶岩では多くのサンプ

ルはpHが7前後で,ほぼ中性を示す.一方,火山角礫

岩の下部のサンプルはpHが2前後で,強い酸性を示す.

pHが1以下のサンプルも認められる.電気伝導度はpH

の低いサンプルほど高く,pH1前後では1000mS/mを

超える値を示す.

土壌汚染対策法の特定有害物質に指定されている砒

素や鉛,カドミウムの溶出量は,変質の強い火山角礫

岩下部で基準値(0.01mg/l)を超過することが確認され

た.特に砒素と鉛は大幅に超過している.また,要監

視項目に指定されているアンチモンもその指針値

(0.02mg/l)を大幅に超過している.今回の各種分析で

得られたデータを基に,鉱山全体での有害元素の溶出

モデルを構築し,坑内水の水質変化について検討する

必要がある.

本研究は(独)産業技術総合研究所が実施した地域産

業活性化支援事業を利用して行われた.各種分析を行

う際には,同研究所の地圏環境評価研究グループの

方々に大変お世話になった.また㈱北硫建設の角幸一

氏には現地での調査に際して協力していただいた.以

上の方々に深く感謝いたします.

遠藤祐司・荻野 激(2008):融雪期における旧幌別硫黄鉱山の

坑内水の流量変化.北海道立地質研究所報告,79,23-34.

北海道立地質研究所(2008):平成19年度幌別硫黄鉱山鉱害対策

調査報告書.北海道立地質研究所,38p.

新関敦生(1968):幌別硫黄鉱山の地質と鉱床について.北海道

鉱山学会誌,24,160-168.

石油天然ガス・金属鉱物資源機構(2006):平成17年度幌別硫黄

鉱山第2通洞坑恒久化対策調査解析業務報告書.石油天然

ガス・金属鉱物資源機構,53p.

Ⅱ サンプル採取と分析手法

Ⅲ 分析結果

Ⅳ おわりに

謝  辞

文  献

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幌別硫黄鉱山地域の熱水変質岩からの有害元素の溶出(高橋 良・原 淳子・駒井 武・遠藤祐司) 195

高橋 良・原 淳子・駒井 武・八幡正弘・遠藤祐司(投稿

中):幌別硫黄鉱山地域における砒素や重金属を溶出させ

る熱水変質岩の地質学的特徴.応用地質.

和田信彦・沼辺明博・鈴木 守・斉藤尚志(1983):旧幌別硫黄

鉱山地域の汚濁水の性状と対策.地下資源調査所報告,54,

1-92.

第1表 ボーリングコアサンプルの全岩化学組成Table 1 Bulk rock chemistry of drill core samples.

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北海道立地質研究所報告,第80号,193-196,2009196

第2表 含有量試験と溶出量試験の結果Table 2 Results of HCl-leaching and water-leaching experiments.