医療リアルワールドデータの利活用薬への医療ビッグデータやai等ict技術の利活用、並びに新規創薬モダリティ技術およびその基盤技術...

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平成 30 年度日本医療研究開発機構研究費(創薬基盤推進研究事業) 研究開発課題名:革新的な治療薬の創出に向けた創薬ニーズ等調査研究 平成 30 年度(2018 年度) 医療リアルワールドデータの利活用 安全性調査、臨床研究、製造販売承認申請に いかに利活用するか 創薬技術調査報告書 Part 2 平成 31 3 公益財団法人 ヒューマンサイエンス振興財団

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Page 1: 医療リアルワールドデータの利活用薬への医療ビッグデータやAI等ICT技術の利活用、並びに新規創薬モダリティ技術およびその基盤技術

平成 30年度日本医療研究開発機構研究費(創薬基盤推進研究事業)

研究開発課題名:革新的な治療薬の創出に向けた創薬ニーズ等調査研究

平成 30年度(2018年度)

医療リアルワールドデータの利活用

安全性調査、臨床研究、製造販売承認申請に

いかに利活用するか

創薬技術調査報告書

Part 2

平成 31 年 3 月

公益財団法人 ヒューマンサイエンス振興財団

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本報告書は、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)の【創薬基盤推進研究事

業】(課題番号 18ak0101075h0002)の支援を受け、公益財団法人ヒューマンサイエンス振

興財団が実施した平成 30 年度「革新的な治療薬の創出に向けた創薬ニーズ等調査研究」

の成果を取りまとめたものです。

発行元の許可なくして転載・複製を禁じます。

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i

はしがき

公益財団法人ヒューマンサイエンス振興財団(HS 財団)は、創立当初より、医薬品・医療に関連する調

査事業を実施し、厚労省からの研究費とそれに引き続き国立研究開発法人日本医療研究開発機構から

の委託費により、医療ニーズ調査、創薬技術調査、国外調査を行い、創薬をめぐる網羅的かつ最新の情

報を継続的に発信してきました。

平成30年度は、平成29年度から開始した5年計画の調査研究の2年目として、創薬技術調査では、創

薬への医療ビッグデータやAI等ICT技術の利活用、並びに新規創薬モダリティ技術およびその基盤技術

の最新動向、患者レポジトリ整備等の産学連携、新規創薬・医療技術に関連するガイドライン等について

HS財団賛助会員企業から組織した国内技術ワーキンググループ(WG)と規制動向WGで分担して調査

を実施しました。その内、規制動向WGでは、「医療ビッグデータ」、「リアルワールドデータ」、「モバイルヘ

ルスデータ」を「医薬品の臨床開発や製造販売承認申請にどう活かしていくか」に焦点を当てた調査とし、

関連する内容として、MID-NET、クリニカルイノベーションネットワーク、次世代医療基盤法等に関して平

成30年度1年間にわたる調査活動を展開し、その成果を報告書にまとめました。本調査報告書が創薬研

究開発の推進、また、医療や科学技術の発展に寄与すると同時に、関連業界のみならず、広く国民の健

康や生活の向上に結びつくことを祈念する次第です。

なお、本報告書で調査した内容は、調査協力者へのヒアリングや厚労省はじめ関係機関のホームペー

ジ等の情報を基にHS財団規制動向WG内で議論し、WGの意見として整理したものであり、何らオーソラ

イズされたものでないことをご理解の上、ご活用されるようお願い申し上げます。

最後になりましたが、私たちの調査活動に熱いご支援を頂くとともに、適切なアドバイスを下さった諸先

生方に、深く御礼申し上げます。

公益財団法人ヒューマンサイエンス振興財団

創薬技術調査班 規制動向ワーキンググループ

平成 31年 3月

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本調査にご協力いただいた学識経験者

(敬称略;氏名五十音順;所属・役職は調査当時のもの)

宇山 佳明 独立行政法人医薬品医療機器総合機構 医療情報活用部 部長

江野 英夫 厚生労働省 医薬・生活衛生局 医薬安全対策課 安全使用推進室 室長

小林 典弘 塩野義製薬株式会社 デジタルインテリジェンス部 データ活用戦略グループ

鈴木 孝司 公益財団法人医療機器センター附属医療機器産業研究所 主任研究員

鈴木 雅 田辺三菱製薬株式会社 フューチャーデザイン部 担当課長

瀬尾 亨 Pfizer Inc.

ワールドワイド R&D External Science & Innovation ジャパン(ES&I-J)統括部長

田中 謙一 内閣官房 健康・医療戦略室 参事官

中野 壮陛 公益財団法人 医療機器センター 専務理事

附属医療機器産業研究所所長

林 邦彦 群馬大学大学院 保健学研究科 教授

半田 宣弘 独立行政法人医薬品医療機器総合機構 医療機器審査第三部 主任専門員

藤岡 正人 慶応義塾大学 医学部耳鼻咽喉科学教室 専任講師

水町 雅子 宮内・水町 IT法律事務所 弁護士

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平成 30年度規制動向ワーキンググループメンバー

(順不同、所属は平成 31年 2月末日のもの)

池田 陽子 リーダー 大正製薬(株)

岡田 雅之 サブリーダー エーザイ(株)

鈴木 雅 サブリーダー 田辺三菱製薬(株)

岡野内 德弥 東京医科歯科大学

玄番 岳践 Covance Japan(株)

澤田美由紀 MSD(株)

塩見 喜弘 ゼリア新薬工業(株)

成田 喜弘 日本新薬(株)

藤永 茂樹 帝人ファーマ(株)

藤森 徹 Tenafly Co.

松永 雄三 ノバルティス ファーマ(株)

山本 誠司 扶桑薬品工業(株)

山本登志弘 (株)生命科学インスティテュート

加藤 正夫 * 事務局 (公財)ヒューマンサイエンス振興財団

井口 富夫 * 事務局 (公財)ヒューマンサイエンス振興財団

*:研究開発分担者

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略 語 一 覧

略語 名称 和訳

A AMED Japan Agency for Medical Research and

Development 国立研究開発法人 日本医療研究開発

機構

C CIN Clinical Inovation Network クリニカルイノベーションネットワーク

D DB database データベース

DPC Diagnosis Procedure Combination 診断群包括分類

I ICT Information and Communication

Technology 情報通信技術

IT information technology 情報技術

M MID-NET medical information database network 医療情報データベースネットワーク

MMA mobile-medical applications モバイル医療アプリ

N NDB national database レセプト情報・特定健診等情報データベ

ース

P PHR personal health record パーソナル・ヘルス・レコード

PMDA Pharmaceuticals and Medical Devices

Agency 独立行政法人 医薬品医療機器総合機

R RWD real world data リアルワールドデータ

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- 目 次-

第 1 章 はじめに …………………………………………………………………………………...….…1

1-1 調査の背景 ………………………………..………………………………… ……………….2

1-2 RWD 利活用に関連する行政の施策 …………………………… ………………..….……..3

1-2-1 国の主な取り組み …………………………………………………………………3

1-2-2 厚労省の取り組み …………………………………………………………………8

1-3 関連用語の説明 ……………………………………………………………………………..13

第 2 章 RWD の利活用 …………………………………………………………………………………15

2-1 RWD の種類 …………………………………………………………………………………15

2-1-1 診療録レセプト等データベース ………………………………………………..16

2-1-2 MID-NET ………………………………………………………………………......21

2-1-3 疾患レジストリ …………………………………………………………………..26

2-2 RWDの利活用 ………………………………………………………………………...….....31

2-2-1 クリニカルイノベーションネットワーク(CIN)………………………..….. 31

2-2-2 RWD を利活用する臨床試験 ………………………...………………...…….….36

2-2-3 医薬品開発における RWD の利活用 ………………...………………..…….….40

2-2-4 医療機器開発における RWD の利活用 …………………………………….…..46

2-3 モバイルヘルス機器から得られる RWD の利活用 ………………………….……….….53

2-3-1 モバイルヘルス機器を活用した臨床試験 ………………………….…….…..53

2-3-2 モバイルヘルス機器の利活用 ……………………………………….…….…..56

2-3-3 モバイルヘルス機器の日米欧における規制動向 ……………………….…...61

第 3 章 関連法 ……………………………………………………………………………...…….…..67

3-1 個人情報保護法 …………………………………………………………..……….…….…..67

3-1-1 はじめに …………………………………………….. ..……….……….….…… .67

3-1-2 個人情報保護法の概要 ………………………………..……….……….….…….68

3-1-3 医療分野に関わる個人情報保護法の内容…………....………..…………….….69

3-1-4 医療分野に関わる個人情報保護の課題…………....…………..………….…….74

3-2 次世代医療基盤法 ………………………………………..………………..……….….……76

3-2-1 はじめに ………………………………………..………………..……….…….…76

3-2-2 次世代医療基盤法の背景と概要 ……………..………………..……….…….…77

3-2-3 次世代医療基盤法の内容 ……………..………………..……………….…….…79

3-2-4 次世代医療基盤法下での RWD 活用に関する期待と課題 ………………...…84

第 4 章 考察および提言 ………………………………………………………………………………..86

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第 1 章 はじめに

1

第 1 章 はじめに

私たちヒューマンサイエンス振興財団(HS 財団)は、2017 年度(平成 29 年度)から 5 年間、国

立研究開発法人日本医療研究開発機構(創薬基盤推進研究事業)の分担課題「革新的な治療

薬の創出に向けた創薬ニーズ等調査研究」に採択された。HS 財団創薬技術調査班・規制動向ワ

ーキンググループ(WG)では、2018 年度(平成 30 年度)調査として「医療ビッグデータ」、「医療リ

アルワールドデータ(以下 RWD)」、「モバイルヘルスデータ」やそれに関連する規制動向に焦点を

当てて、行政、アカデミア、並びに産業界の専門家へのヒアリング調査活動を行った。

その調査結果を本報告書の第 1 章から第 3 章にまとめた上で、第 4 章に私たち WG なりの考

察の下で下記枠内の提言をまとめた。

第 1 章 はじめに

第 2 章 RWD の種類と利活用

第 3 章 関連法

第 4 章 考察および提言

<平成 30 年度 HS 財団・創薬技術調査班・規制動向 WG からの提言>

1) 国は、RWD を希少疾患からより患者が多い疾患まで、対照群として利活用できる産官学で

の指針及び仕組み作りを

2) 国は、MID-NET を含む RWD の充実により市販後調査への活用、さらに薬効評価への利活

用が進むようにロードマップを明示し、そのための課題解決策の推進を

3) 国は、モバイルヘルスデータを医薬品医療機器等の開発に活用できる環境・指針作りを

第 1 章では、調査の背景(1-1 節)及び RWD 利活用に関する我が国行政の施策(1-2 節)を記

載した。また、RWD 及びその関連用語は使われ始めてから日が浅いため、本報告書で用いる関

連用語の説明を加えた(1-3 節)。

第 2 章では、RWD が具体的に何を意味するか、対象となる RWD の種類とその内容を記載し

(2-1 節)、続いて、医薬品医療機器等の開発に対する RWD の利活用に関する産官学の取り組

みを紹介した(2-2 節)。また、「モバイルヘルス機器から得られる RWD」は、病院以外での日常生

活からリアルタイムに得られる生体情報のため、最近その大きな可能性が注目されている。そこで、

その利活用に関して紹介した(2-3 節)。

第 3 章では、RWD の利活用に関連する我が国の法規制である、個人情報保護法とその特別

法「医療分野の研究開発に資するための匿名医療加工情報に関する法律」(略称:次世代医療基

盤法、別名:医療ビッグデータ法)を記載した。

第 4 章では、第 1 章~第 3 章の内容から、特に「治験対照群」「市販後調査及び MID-NET」

「モバイルヘルス機器」に焦点を当て、考察と提言をまとめた。

なお、本報告書で述べた内容は、調査協力者の公式見解ではなく、またオーソライズされたもの

でもなく、HS 財団の創薬技術調査班・規制動向ワーキンググループ(WG)の見解をまとめたもの

であり、文責は WG にあることをお断りしておく。

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第 1 章 はじめに

2

1-1 調査の背景

近年 、 ICT ( Information and Communication Technology : 情報通信技術 )と AI

(Artificial Intelligence:人工知能)の急速な発展により、あらゆるものが電子化データとなって

ネットワークにつながり(Internet of Things:IoT)、膨大なデータが集中管理されるとともに、そ

の情報を容易に引き出し解析でき、さらに新しい価値が見いだせるビッグデータ時代になってきた。

この大きなパラダイムシフトは、2016 年第五期科学技術計画では人類史上 5 番目の新しい社会

「Society5.0」、2016年世界経済フォーラムダボス会議では「第四次産業革命」と呼ばれ、その大

きな潮流は医療分野にも例外なく押し寄せてきている。カルテ、レセプト(保険給付明細書)、検

査報告書等の書類や画像データ等これまでアナログであった情報の電子化が急速に浸透し、そ

れらを含む様々なデータベースが構築・共有化されている。近年は、さらにモバイルヘルス機器か

ら発信される我々の日常生活での様々な生理病態に関するリアルタイムのデータも利用可能にな

りつつある。

これまでは、電子化されデータベース化された医療分野の情報は、そのデータベースを構築し

た医療機関自身が、医療、介護、予防、あるいは疫学研究を含む医学研究に利活用してきた。

その利活用は、今後も更に加速していくと考えられる。それに加え、ここにきて大きな注目を集め

ているのが、このような医療現場から得られる情報(医療リアルワールドデータ、本報告書では

RWD と表記する)を医薬品医療機器等の臨床開発にも利活用しようという考えである。このことは、

日本再興戦略(2015 年改定)の「クリニカルイノベーションネットワーク構想」のなかにも、RWD を

整備するとともに、医薬品医療機器等の開発企業を含む産官学が RWD を効率的な臨床治験、

市販後調査、臨床研究に積極的に利活用すべき、と明確に謳われている。

RWD を医薬品医療機器の開発に利活用しようという背景には、臨床治験の主流となっている

ランダム化比較試験(Randomized Control test: RCT)の問題点に関する議論がある。RCT は

患者を投与群と対照群に割り振ったうえで、通常の診療行為とは完全に独立した様々な条件を

付加した実験的環境で介入研究を行う。RCT で発生するコストは高くなる傾向にあり、開発企業

の負担増となっている。また、投与群と対照群に割り振ることの、各群の患者数、バイアス、倫理

等の問題が議論されている。さらに、RCT では高齢者や肝機能・腎機能低下例など患者数が少

ないサブグループが対象になりにくい傾向があることや、疾患によっては RCT の実験的環境が実

臨床を適切に反映しているのかという問題も議論されている。

医薬品医療機器の開発にあたって、例えば治験を投与群のみの単群試験にして、RWD ない

しは RWD に基づく観察研究の結果を対照群のデータとすれば、上記の RCT にともなう諸問題

の解決につながる可能性がある。さらに、適応拡大・効能追加のような医薬品医療機器等の十分

な安全性が担保されている場合では、投与群のみの単群試験もなくし、すべて RWD の観察研

究であっても製造販売承認申請を可能にしようという検討もある。実際 2016 年 11 月の医薬品規

制調和(ICH)国際会議では、RWD を全部または一部に用いる非介入の観察研究を E6(医薬

品の臨床試験の実施基準 /GCP)に加える提案がなされた(小宮山、2017)(川上、2018)。FDA

は、2017 年に Real-World Evidence 使用に関するガイダンスを発出して、医療機器に関しての

積極的な患者レジストリ使用を推奨し(FDA ガイダンス 2017)、続く 2018 年には医薬品の有効

性等の判断に Real-World Evidence の活用を検討していることを発表している(Real-World

Evidence Program 2018)。ただし、実際に用いる RWD にどのような内容、規模、信頼性をもつ

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第 1 章 はじめに

3

データベースが必要か、それを対照群のデータとするための条件、投与群との比較解析方法、等

に関する検討は、始まったばかりである。

RWD の利活用にあたり、RWD には様々な個人情報が含まれていることに留意しなければなら

ない。RWD に含まれる個人情報を匿名加工情報にして医療分野の研究開発でより有効に活用

するために、改正個人情報保護法の特別法「医療分野の研究開発に資するための匿名加工医

療情報に関する法律」(略称:次世代医療基盤法、別名:医療ビッグデータ法)が 2017 年 5 月に

公布され、2018 年 5 月から施行された。

PMDA は、RWD を用いた薬剤疫学的手法による医薬品医療機器等の安全対策推進等を目

的に、2011 年度(平成 23 年度)に医療情報データベース基盤整備事業を開始し、改正 GPSP

省令(2017 年 10 月)に基づき、高い信頼性が担保された MID-NET(Medical Information

Database Network)を 2018 年度 4 月から本格稼働させた。MID-NET は、医療機関が行う調

査研究に加え、医薬品医療機器等開発企業が行う市販後調査への利活用が推奨されている。ま

た、PMDA による対面助言制度(疫学調査相談)も設定された。

このように、我が国では RWD の医薬品医療機器等の開発に対する利活用は、市販後調査か

ら実用化が進もうとしている。2018 年は、RWD の利活用が開かれた元年であるということもできる。

MID-NET を運用し活用するなかで MID-NET の汎用性が充実し、従来の各企業の主導による

市販後調査が、MID-NETを中心とする RWDの解析調査に置き換わるとともに、その解析が将来

的には有効性を含めた医薬品評価にも適応可能となることが望まれている。

1-2 RWD 利活用に関連する行政の施策

医薬品に関する国家戦略は、日本再興戦略、未来投資戦略、経済財政運営と改革の基本

方針(骨太の方針)、健康・医療戦略等に示されており、この中で RWD の利活用が謳われ

てきている。これらに基づき厚労省は医薬品産業強化総合戦略等で具体的な施策を設定し、

PMDA は MID-NET の運用など具体化している。

1-2-1 国の主な取り組み

1) 日本再興戦略

2013 年に決定された産業競争力の向上を目的とした日本再興戦略で、早期に取り組む必要が

ある代表的な施策に、医療・介護・予防分野での ICT 利活用を加速し、世界で最も便利で効率

的なシステムを作り上げる「健康長寿産業を創り、育てる」が挙げられた。このため、レセプト等の電

子データの利活用、地域でのカルテ・介護情報の共有、国全体の NDB(ナショナルデータベース)

の積極的活用等を図ることが示された。特に、全ての健保組合等に対して「レセプトデータの分析、

活用等の事業計画の策定等を求めることを通じて、健康保持増進のための取組を抜本的に強化

する」とされた。戦略市場創造プラン「国民の健康寿命の延伸」を叶えるために当面の主要施策中

に、医療・介護情報の電子化の促進の一つ「医療・介護情報の電子化の促進:医薬品の副作用デ

ータベースシステムについて、データ収集の拠点となる病院の拡充や地域連携の推進を図ることに

より、利活用できる十分な情報を確保し、医薬品の有効性・安全性評価や健康寿命の延伸につな

げる」が挙げられた。

2015 年の日本再興戦略改訂では「セキュリティの確保を徹底しつつ、2020 年までの5か年間を

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第 1 章 はじめに

4

「集中取組期間」とした。医療等分野における ICT 化を徹底的に推進する」とされ、期待される効

果の一つに「世界に冠たる医療等分野でのデータベースの構築により医薬品等の安全対策の充

実や研究開発の飛躍的な促進」を挙げている。そのためには、医療・介護等分野の ICT 化の徹底

が講ずべき具体的施策とされた。また、「医療等分野でのデータデジタル化・標準推進や医療介護

政策(医療介護の質の向上、研究開発促進、医療介護費用の 適正化等)へデータの一層の活

用」などが挙げられた。これらの実現に向けた具体的施策と実施スケジュールを盛り込んだ「医療等

分野データ利活用プログラム(仮称)」を 2015 年度中に次世代医療 ICT 基盤協議会が策定する

とされた。これに基づき、次世代医療 ICT 基盤協議会は「医療等分野データ利活用プログラム」を

2016 年 3 月 30 日に策定し、2018 年 1 月 24 日に改訂している。さらに。諸外国と比べて開発コ

ストが高いという我が国の臨床開発に係る課題を解決し、新たな臨床開発の手法の構築を進める

ために、抗がん剤、難病治療薬、バイオ医薬品などの国内開発の活性化を促すとともに海外メーカ

ーを国内開発へ呼び込むことを目的に、クリニカル・イノベーション・ネットワークの構築(疾患登録

情報を活用した臨床開発インフラの整備)をするとされた。

「日本再興戦略 2016」では、既存の法令との関係を整理した上で、医療等分野の情報を

活用した創薬や治療の研究開発の促進に向けて、治療や検査データを広く収集し、安全に

管理・匿名化を行い、利用につなげていくための新たな基盤「代理機関(仮称)」が必要で

ある。次世代医療 ICT 基盤協議会等が「代理機関(仮称)」に係る制度を検討し、その結果

を踏まえて、次年中を目途に法制上の措置を講じるとした。これを受け、2017 年 5 月 12

日に「医療分野の研究開発に資するための匿名加工医療情報に関する法律(法律第 28 号)」

(略称:次世代医療基盤法、別名:医療ビッグデータ法)が成立し、2018 年 5 月 11 日に施行

された。なお、本成長戦略は、2017 年から未来投資戦略に引き継がれた。

図表1-2-1 日本再興戦略(平成 28 年 6 月 2 日閣議決定)抜粋

(出典:厚労省 HP: https://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-11121000-

Iyakushokuhinkyoku-Soumuka/0000127709.pdf)

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第 1 章 はじめに

5

2) 未来投資戦略

「未来投資戦略 2017」では、IoT、ビッグデータ、AI、ロボット、シェアリングエコノミー等の第 4 次

産業革命のイノベーションを、あらゆる産業や社会生活に取り入れることにより、様々な社会課題を

解決する、人類史上 5 番目の新しい社会「Society5.0」の実現に向けた施策を挙げている。

「Society5.0」の実現に向けた戦略分野としては、「健康寿命の延伸」、「移動革命の実現」、「サプ

ライチェーンの次世代化」、「快適なインフラ・まちづくり」、「FinTech」の 5 つが挙げられた。

この筆頭に挙げられた「健康寿命の延伸」の分野で目指すべき社会像は、団塊の世代がすべて

75 歳以上になる「2025 年問題」の克服に向けて、技術革新を活用し、健康管理と病気・介護予防、

自立支援に軸足を置いた新しい健康・医療・介護システムを確立することである。そのため「新たに

講ずべき具体的施策」に、(1)データ利活用基盤の構築、(2)保険者や経営者によるデータを活

用した個人の予防・健康づくりの強化、(3)遠隔診療・AI 等の ICT やゲノム情報等を活用した医

療、(4)自立支援・重度化防止に向けた科学的介護の実現、(5)ロボット・センサー等の技術を活

用した介護の質・生産性の向上、の 5 つを挙げた。(1)では、最適な健康管理・診療・ケアを個人・

患者本位で提供するための基盤として、「全国保健医療情報ネットワーク」を整備し、それを基に、

自らの生涯にわたる医療等の情報を本人が把握できる PHR(Personal Health Record)を構築、

2020 年度からの本格稼働を計画することとされた。また、2017 年 5 月に成立した次世代医療基

盤法による認定事業者を活用し、匿名加工された医療情報の医療分野の研究開発への利活用を

進めることも示された。(2)では、保険者に対する予防・健康づくりのインセンティブを強化すること、

保険者の有するデータを集約して各被保険者情報を横断的に管理できるシステムにより、効果的

にデータヘルスを行える環境整備を行うこと等が示された。(3)では、遠隔診療や AI の活用促進

に言及し、「AI に関しては、画像診断支援、医薬品開発、手術支援、ゲノム医療、診断・治療支援、

介護・認知症を重点 6 領域と定めて、開発・実用化を促進する」とした。

また、こうした仕組みを支えるため、効果的な民間サービスの育成・普及を促すとともに、日本発

の優れた医薬品医療機器等の開発・事業化を進めるとしている。医薬品医療機器等の開発・事業

化の推進では、「国立高度専門医療研究センター(NC)や学会等が構築する疾患登録システム等

のネットワーク化を行うクリニカル・イノベーション・ネットワーク(CIN)の構築による効率的な臨床開

発のための環境整備。PMDA の医療情報データベースシステム(MID-NET)の構築による医薬

品等の評価と安全対策を高度化するための環境整備を進める」、「革新的な医薬品の早期実用化

のため、リアルワールドデータなどの活用を踏まえた条件付き早期承認制度を検討する」ことが述べ

られている。

「新たに講ずべき具体的施策」に、ⅰ)個人にあった健康・医療・介護サービス提供の基盤となる

データ利活用の推進、ⅱ)勤務先や地域も含めた健康づくり、疾病・介護予防の推進、ⅲ)効率

的・効果的で質の高い医療・介護の提供、地域包括ケアに関わる多職種の連携推進、ⅳ)先進的

医薬品・医療機器等の創出、ヘルスケア産業の構造転換、v)国際展開、等が挙げられた。

ⅰ)個人にあった健康・医療・介護サービス提供の基盤となるデータ利活用の推進では、

・医療保険の被保険者番号を個人単位化し、マイナンバーカードを健康保険証として利用でき

る「オンライン資格確認」の本格運用を 2020 年度に開始すること

・個人の健康状態や服薬履歴等を本人や家族が把握、日常生活改善や健康増進につなげる

ための仕組みである PHR(Personal Health Record)を構築し、2020 年度より本格的な提

供を目指すこと

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第 1 章 はじめに

6

・ビッグデータの健康・医療・介護情報解析基盤の整備として、健康・医療・介護のビッグデータ

を個人のヒストリーとして連結・分析できる解析基盤を、2018 年度から詳細なシステム設計に

着手し、2020 年度から本格稼働すること

・次世代医療基盤法に基づき、国民の理解の増進をはじめ、産学官による匿名加工医療情報

の医療分野の研究開発への利活用を推進する措置を着実に実施し、我が国のデータ利活用

基盤の構築・運営手法等の新興国・途上国等への展開を図ること

が示された。また、

ⅳ)先進的医薬品・医療機器等の創出、ヘルスケア産業の構造転換では、

・先進的医薬品・医療機器等の創出のための基盤整備として、「健康・医療戦略」(平成 26 年 7

月 22 日閣議決定)及び「医療分野研究開発推進計画」(平成 26 年7月 22 日健康・医療

戦略推進本部決定)を 2019 年度中に改定すること

・疾患登録システム等のネットワーク化による効率的な臨床開発のための環境整備を進める「クリ

ニカル・イノベーション・ネットワーク」と医薬品等の評価と安全対策を高度化するための医療

情報データベース(MID-NET)を連携させ、開発から安全対策までの一連の過程で、より大

規模な RWD の活用を推進する」こと

などが示された。

「未来投資戦略 2018 -『Society5.0』『データ駆動型社会』への変革 -」では、「Society 5.0」の

実現に向けた改革は、「物事が目に見えて変わり始めること」を実感できるスピード感が重要とした。

第4次産業革命の社会実装によって大きな可能性とチャンスを生む新たな展開が期待される重点

分野に、以下に示す日本の成長戦略を牽引する 5 つの新たな「フラッグシップ(旗艦)・プロジェクト」

を推進するとした。

(1)① 「自動化」:次世代モビリティ・システムの構築プロジェクト

② 次世代ヘルスケア・システムの構築プロジェクト

(2)「経済活動の糧」関連プロジェクト

(3)「行政」「インフラ」関連プロジェクト

(4)「地域」「コミュニティ」「中小企業」関連プロジェクト

「健康・医療・介護」は(1)②次世代ヘルスケア・システムの構築プロジェクトで扱われている。本

プロジェクトでは、データや技術革新を積極導入・フル活用し、個人・患者本位の新しい「健康・医

療・介護システム」を 2020 年度からの本格稼働を目指して構築し、医療機関や介護事業所による

個人に最適なサービス提供や、保険者や個人による予防・健康づくりを進め、次世代ヘルスケア・

システムの構築と健康寿命の延伸を目指すとした。具体的には、

・個人の健診・診療・投薬情報が医療機関等の間で共有できる全国的な保健医療情報ネットワ

ークについて、2018 年夏を目途に工程表を策定、2020 年度からの本格稼働を目指す

・2020 年度より、マイナポータル(個人向け行政ポータルサイト)を通じた本人等への PHR のデ

ータの本格的な提供を目指す

こと等が取組みとして示された。

3) 経済財政運営と改革の基本方針(骨太の方針)

「経済財政運営と改革の基本方針 2018~少子高齢化の克服による持続的な成長経路の実現

~」では、少子高齢化が進む中、持続的な成長経路の実現に向けて潜在成長率を引き上げるた

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第 1 章 はじめに

7

め、サプライサイドの改革として、一人ひとりの人材の質を高める「人づくり革命」と、成長戦略の核と

なる「生産性革命」に最優先で取り組むとしている。そして「生産性革命」の実現のためには、「未来

投資戦略 2018」に基づき、スピード感をもって推進するとしている。主要分野ごとの計画の基本方

針と重要課題は、重要課題の 1 つである「社会保障医療・介護サービスの生産性向上」を目指す

とされた。その中で、「データヘルス改革を推進し、被保険者番号の個人単位化とオンライン資格

確認を導入するとともに、「保健医療データプラットフォーム」に関して、2020 年度の本格運用開始

を目指し取り組む。クリニカル・イノベーション・ネットワークと PMDA の医療情報データベース

(MID-NET)を連携させ、治験・臨床研究や医薬品の開発、安全対策等に活用する」ことが示され

た(図表 1-2-2)。

図表1-2-2 未来投資戦略2018(成長戦略)

(出典:平成 30 年 7 月 20 日 AMED CIN 推進支援事業公開シンポジウム)

4) 健康・医療戦略

健康・医療戦略は、2014 年 5 月 23 日に成立した健康・医療戦略推進法(平成 26 年法律第

48 号)の第 2 条に示された基本理念(世界最高水準の技術を用いた医療の提供、及び経済成長

への寄与)に基づき、2014 年 7 月 22 日 閣議決定されたが、2016 年に中間的見直しがなされ

2017 年 2 月 17 日 に一部変更されている。

健康・医療戦略では、以下 4 つの施策が示された。

(1)世界最高水準の医療の提供に資する医療分野の研究開発等に関する施策、

(2)健康・医療に関する新産業創出及び国際展開の促進等に関する施策、

(3)健康・医療に関する先端的研究開発及び新産業創出に関する教育の振興・人材の確保

等に関する施策、

(4)オールジャパンでの医療等データ利活用基盤構築・ICT 利活用推進に関する施策である。

(1)の医療分野の研究開発等に関する施策では、

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第 1 章 はじめに

8

・エビデンスに基づく医療の実現に向けて、その基盤整備や情報技術の発展に向けた検討を進

める。

・患者のみならず健常人に関する大規模コホートやバンク等をネットワーク化し、効果的な相互

活用を実現する

・臨床研究及び治験実施環境の抜本的向上として、臨床研究及び治験を進めるため、ナショナ

ルセンター等をはじめとする医療機関が連携して症例の集約化を図るネットワーク(CIN)を整

備するとともに、今後も、これらの資源を有効に活用しつつ、更なる機能の向上を図り、国際水

準の質の高い臨床研究や治験が確実に実施される仕組みを構築する

・研究基盤の整備として、ライフサイエンスに関するデータベース、全国規模の難病データベース、

ビッグデータベース、良質な試料の収集・保存等をはじめとする情報・試料の可能な限り広い

共有を目指す。また、各省が個々に推進してきたデータベースの連携を推進する

・ICTに関する取組として、効率的な臨床研究及び治験の実施に向けた症例集積数を向上させ

るための技術及び、国民の医療情報などの各種データの柔軟な形での統合を可能とする技

術の実装、医療情報を広く収集し、安全に管理・匿名化を行い、利用につなげる制度につい

ての法制上の措置等を行う。また、医療情報の ICT 化に関しては、研究開発においても有効

に活用するため、研究開発ニーズに合致した実践的なデータベース機能の整備等を行う

ことなどが示されている。

(4)オールジャパンでの医療等データ利活用基盤構築・ICT 利活用推進に関する施策では、

・医療・介護等のデータのネットワーク化や、日常データ、AI、IoT などの利活用を進め、効果的

な健康・予防活動を促進

・健康・医療・介護等のビッグデータを産学官が活用できるプラットフォームを整備

・革新的な医薬品・医療機器等の開発を効率的・効果的に推進

することが挙げられている。

さらに、「これらを社会に実装し、持続的に運営するために必要となる、インセンティブ設計や費

用負担の在り方等制度面の課題について、未来投資会議等の関係会議との整合を図りつつ、関

係省庁が一丸となった「オールジャパン」の体制で検討する必要がある」としている。本施策を推進

するためにはデジタル基盤の構築が必要であり、次世代医療 ICT 基盤協議会で検討することとさ

れた。また、医療・介護・健康分野の現場の高度なデジタル化を進め、人工知能技術の研究開発・

実用化を推進することが盛り込まれた。

1-2-2 厚労省の取り組み

1) MID-NET(Medical Information Database Network)の構築

医薬品の安全対策は、医薬品の使用実態や副作用の発現状況などの情報を収集・評価し、適

切な措置を講じることが基本である。製薬企業や医療機関からの副作用報告や使用成績調査の

情報が主であるが、これらを用いた手法では①医薬品の使用者数(母数)が不明なため副作用の

発現頻度を評価できない、②他剤と副作用の発現頻度を比較できない、③もともとの疾患による症

状と副作用の区別が難しい、といった課題があった。平成 22 年 4 月 28 日に薬害肝炎事件の検

証及び再発防止のための医薬品行政のあり方検討委員会から「薬害再発防止のための医薬品行

政等の見直しについて(最終提言)」が提出された。これを受けて、平成 22 年 8 月に医薬品の安

全対策における医療関係データベースの活用方策に関する懇親会から「電子化された医療情報

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第 1 章 はじめに

9

データベースの活用による医薬品等の安全・安心に関する提言(日本のセンチネル・プロジェクト)」

が提出された。そのなかで、これまでの副作用等の自発報告や使用成績調査を中心とした従来の

安全対策の限界を補う、大規模な医療情報データベースを活用した安全対策の推進が必要であ

るとされた。これを受け、厚労省と PMDA は医療情報データベース「MID-NET」の構築を行った。

2018 年4月1日より MID-NET の本格運用が開始されたが、これに向けて、GPSP 省令の改正

や規制・制度面での整備も進められた。

なお、MID-NET の詳細は第 2 章を参照されたい。

2) クリニカル・イノベーション・ネットワーク(CIN)の構築

医薬品等の開発コストの高騰を受け、効率的な臨床開発のための環境整備を目指し、患者レジ

ストリやコホート研究の臨床開発への利活用を促進するために、再興戦略(2016)で提唱された

CIN の構築が進められている。

患者レジストリは、患者の把握、臨床研究・治験へのエントリー、治験対照群、市販後安全対策

等、様々な目的と用途で、医薬品等の治験・臨床研究の推進への寄与が期待されている。しかし、

利用目的に応じた情報の収集がなされていないことや、様々な組織により独自に運用されているこ

となどから、情報の一元的な集約・可視化ができていない。これらの課題を解決し、臨床研究、臨

床開発に患者レジストリの活用促進を目的に、CIN では、国内のレジストリ情報収集、利用目的毎

の整理、それらの一元的把握・検索を可能にするシステム構築及び公開を検討している。さらに、

患者・研究者・企業等へのレジストリに関する情報提供・相談等を実施し、治験・臨床研究を推進

するとともに、疾患登録情報を活用した臨床評価の手法に関するレギュラトリーサイエンス研究を行

う。これらの取組により、医薬品医療機器等の国内開発の活性化を促すとともに海外メーカーの国

内開発への呼び込みも目指している。

具体的な課題の整理や支援策の検討のため、厚労省は「臨床開発環境整備推進会議」を設置

し、内閣官房、文科省、経産省、AMED、PMDA、NC などのアカデミア、及び医薬品医療機器業

界代表者と議論の場を設けている。

なお、CIN の詳細は第 2 章を参照されたい。

3) 医薬品産業強化総合戦略

厚労省は、医薬品産業の競争力強化に向けた緊急的・集中実施な総合戦略に、「革新的医

薬品・療機器創出のため官民対話」等での関係者意見も踏まえた上で、「医薬品産業強化総

合戦略」を 2015 年 9 月 4 日に策定した。特にイノベーションの推進や国際支援に係る部

分は、「健康・医療戦略」等を踏まえ、医薬品産業を取り巻く関連施策を所管する厚労省の

立場から更に深堀をするとされた。その後、骨太の方針 2017 や「薬価制度の抜本改革に

向けた基本方針」(2016 年)による後発品やバイオシミラーの使用促進策や、ゲノム創薬、

核酸医薬、AI や個別化医療、ビッグデータ利活用の進展等の治療・開発アプローチの変化

を受け、2017 年 12 月 22 日に一部改訂が行われた。

医薬品産業に求められるのは、「国民へ良質な安定供給」、「医療費の効率化」、「産業競争

力強化」を三位一体で実現することである。これを実現するため、本戦略では「イノベー

ションの推進」、「質の高い効率的な医療の実現」、「日本発医薬品の国際展開の推進」を基

本理念としている。革新的医薬品の創出を進めるためのイノベーションを推進する施策の一つに、

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第 1 章 はじめに

10

増大する研究開発コストへの対応として、「リアルワールドデータの利活用推進」が取り上

げられた。この中では、RWD の利活用による臨床試験・治験、市販後調査の効率化・低コ

スト化・迅速化が重要であることが述べられた。具体的には、「NC 等の疾患登録システム

のリアルワールドデータを活用した CIN の構築や、疾患登録システムの治験・市販後調査

での利活用の促進」、「MID-NET の本格運用の開始」、「匿名加工された医療情報の医薬品等

の研究開発への利活用を進めるための 2018 年 5 月までの次世代医療基盤法の円滑な施行」

などが盛り込まれた(図表 1-2-3)。

図表1-2-3 医薬品産業強化総合戦略(概要(詳細版))

(医薬品産業強化総合戦略(概要(詳細版))から抜粋

厚労省 HP: https://www.mhlw.go.jp/file/04-Houdouhappyou-10807000-Iseikyoku-

Keizaika/0000189214.pdf)

4) 医療技術実用化総合促進事業

「医療技術実用化総合促進事業」は、基礎研究の成果を適切に臨床研究に橋渡しするために

必要な研究の推進、倫理性及び科学性が十分に担保され得る質の高い臨床研究の推進、医療

上必要な医薬品・医療機器の医師主導治験の推進、並びに我が国で実施する臨床研究・治験の

質の向上を目的とした人材育成等を目的とする研究を行う事業である。具体的には、医療法に基

づく臨床研究中核病院等が備える臨床研究支援基盤を活用し、日本全体の医療技術実用化スキ

ームの効率化、迅速化、標準化を推進することを検討している。2019 年度から本事業の中で、疾

患登録システム(患者レジストリ)の今後のさらなる活用促進を検討することとなった(図表 1-2-4)。

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第 1 章 はじめに

11

図表1-2-4 医療技術実用化総合促進事業

(出典:厚労省 HP https://www.mhlw.go.jp/content/10808000/000472391.pdf)

5) データヘルス改革

我が国の健康・医療・介護施策におけるICTの利活用は、さまざまな縦割り構造を背景に、その

前提となるデータが分散し、相互につながらない形で取組が進められてきたため、活用しやすい形

となっていなかった。世界に先駆けて、超高齢社会の問題解決に取り組むためには、自治体、保

険者や医療機関などが保有する健康・医療・介護データを有機的に連結し、柔軟性があり、機能

する情報システムを整備する必要がある。大規模な健康・医療・介護の分野を有機的に連結したI

CTインフラを 2020 年度から本格稼働させるべく、「データヘルス改革推進本部」が設置された。

2020 年に 8 つのサービスの提供を目指して具体化を進めるとしている(図表 1-2-5)。

○ 診療で得られた医療情報(リアルワールドデータ)等が、負担の少ない形で標準化される体制(人材)が確立

○ 研究前の予備的検討や、患者情報等の分析が容易になるなど、質の高い治験・臨床研究等を実施する基盤が整備され、治験・臨床研究等の信頼性が向上

○ 疾患登録システム(患者レジストリ)の構築の際、医療関係者の負担が減り、詳細データの登録等にも注力可能

医療技術実用化総合促進事業(一部増額)

○ 診療情報や疾患登録システム(患者レジストリ)の情報など、リアルワールドデータを活用した医薬品・医療機器等の研究開発・実用化の推進については、アカデミアや業界等から強い要望がある。※リアルワールドデータ:臨床研究、治験等の研究の枠組み以外の、実際の医療で得られた実臨床データ(患者情報、疾患・症状に関する情報、処置・投薬に関する情報、検査データ等)

○ しかしながら、実際の活用には、環境整備や運用などにおける医療関係者の負担が大きく、データの品質(信頼性)や標準化にも課題。診療等で得られた医療情報を標準化し、自動的に集積する体制の整備が必要。

○ 他方、医薬品の安全対策の高度化を目的とする医療情報データベース(MID-NET)事業(平成30年4月に本格運用開始)

では、その準備段階から、診療等のデータの取扱い等における上のような課題を解決するための経験が蓄積。

○ 本事業中のメニューの一つとして、新たに、MID-NETの手法を活用したデータ標準化等の体制を整備し(データ品質

管理・標準化の担当者の育成等)、医薬品・医療機器の研究開発拠点である臨床研究中核病院での、疾患登録情報等のリアルワールドデータ活用を推進。

治験・臨床研究をはじめとする医薬品・医療機器の研究開発の効率化を図り、クリニカル・イノベーション・ネットワーク(CIN)構想を一層推進する。【参考】骨太方針2018(平成30年6月閣議決定):(医療・介護サービスの生産性向上)クリニカル・イノベーション・ネットワークとPMDAの

医療情報データベース(MID-NET)を連携させ、治験・臨床研究や医薬品の開発、安全対策等に活用する。

平成31年度概算要求:25.9億円(平成30年度予算: 23.5億円)

※AMED(日本医療研究開発機構)事業

臨床研究中核病院

疾患登録システム等の標準化されたデータベース

カルテ情報等が保存されたデータベース

治験・臨床研究に利活用しやすい形式に移行できるよう紐付け

事業の背景

事業イメージ

保存データの入力状況の確認等

これらの業務等が実施できる人材をPMDA等で実地訓練しながら育成

効 果

57

Page 20: 医療リアルワールドデータの利活用薬への医療ビッグデータやAI等ICT技術の利活用、並びに新規創薬モダリティ技術およびその基盤技術

第 1 章 はじめに

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図表1-2-5 データヘルス改革の取り組み (出典:厚労省 HP

https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-10800000-Iseikyoku/0000210776.pdf)

6) 薬機法改正に向けた議論

2014 年に旧薬事法は、安全性強化、医療機器に関する規制構築、再生医療等製品に関する

規制構築、医薬品販売規制見直し等を内容とする法改正が行われた。旧薬事法から中身とともに

その名を変えた医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律(昭和 35

年法律 145 号、以下、薬機法)は、その附則に施行後 5 年を目途に見直しを行うと規定されてお

り、2019 年が施行から丸 5 年にあたる。厚労省は 2018 年 4 月 11 日に厚生科学審議会医薬品

医療機器制度部会を開き、次の改正に向けた議論を始め、2018 年 12 月 25 日に「薬機法等制

度改正に関するとりまとめ」を公表した。本取りまとめでは、「高い品質・安全性を確保し、医療上の

必要性の高い医薬品・医療機器等を迅速に患者に届ける制度」、「薬剤師・薬局のあり方」、「医薬

品・医療機器等の製造・流通・販売に関わる者に係るガバナンスの強化等」等が、法改正などの制

度改正が必要と考えられる事項とされた。

この中の「高い品質・安全性を確保し、医療上の必要性の高い医薬品・医療機器等を迅速に患

者に届ける制度」の基本的な考え方の中に、「情報技術の進展に伴い、特に医療情報データベー

スや疾患登録レジストリなどに含まれる RWD※の医薬品・医療機器等の安全性・有効性の評価に

おける活用の可能性が広がっている。このような状況を踏まえ、製造販売後の安全対策のみならず、

RWD を比較対照として活用する効率的な医薬品・医療機器等の開発や適応拡大への応用など

の科学的な検討を深めるとともに、信頼性が確保されたデータ収集を進めていく必要がある。」と記

載された。現在法改正については議論中である。

※ここでいう RWD とは、実臨床の環境において収集された安全性・有効性の評価に活用できる

各種電子的データを指す。

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第 1 章 はじめに

13

1-3 関連用語の説明

RWD 及びその関連用語は、使われ始めてからまだ日が浅く、同じ用語でも人によって微妙に意

味が異なる場合が多い。本報告書では「RWD」、「診療録レセプトデータ」、「疾患レジストリデータ」、

「モバイル医療機器」は、以下の意味で用いることとした。

1) RWD(リアルワールドデータ)

正確には「医療 RWD(医療リアルワールドデータ)」であるが、本報告書では省略して「WRD」と

する。厚生科学審議会医薬品医療機器制度部会は「実臨床の環境において収集された安全

性・有効性の評価に活用できる各種電子的データを指す」と説明している。このように、

医薬品医療機器等の「安全性・有効性の評価に活用する」という目的意識をもって使われ

る用語であり、また、治験データなど「介入研究(無作為化比較試験)のために一定の実験条件

下で収集されたデータ」とは区別する意味で用いられると理解している。具体的には、医療機関毎

に集積される「診療録レセプトデータベース」等(2-1-1 項)、疾患毎に集積される「疾患レジストリデ

ータベース」等(2-1-3 項)が含まれる。加えて本報告書では、最近とみに注目されている、来院入

院時以外のライフデータを集積する「モバイルヘルス機器から得られるリアルタイムデータ」も RWD

として取り上げる(2-3 節)。なお、ゲノムやオミクス情報を集積する「バイオバンク」は、基礎研究目

的に活用することが多いが、「疾患レジストリデータベース」等に組みこまれ、安全性・有効性の評

価に活用できるデータの場合は、RWD の範疇に入ると考える。

2) 診療録レセプト等データベース

医療機関毎に集積される日常診療下での医療行為、結果、保険支払い、健診結果等の情報が

記録された各種データベースを指す。一次情報としては診療録(カルテ)、各種明細書(レセプト)、

処方箋、患者の個人情報、医療機関等情報等。診療録レセプト等データベースには、公的なデー

タベースと民間のデータベースがある。RWD として利活用する場合、すべて電子化されている必要

がある(2-1-1 項)。

3) 疾患レジストリデータベース

「疾患レジストリ(登録)」は、「疾患登録システム」、「患者レジストリ」、「患者コホート」とも言われる。

学会や基幹病院等が主体となって特定の疾患と診断された患者を登録し、我が国の患者集団(コ

ホート)を把握し、そのコホートに関する観察研究を行う。本報告書で「疾患レジストリデータベース」

は、患者の「登録」のみならず、この観察研究によって得られる情報をデータベース化したものを意

味する(2-1-3 項)。

4) モバイルヘルス機器

本報告書では、日常容易に持ち運び可能(モバイル)な生体情報の測定機器の意味で用いる。

身に着けられる(ウェアラブルな)測定機器を含む。モバイルヘルス機器を、モバイル情報端末(ス

マートフォンやタブレット)と連携させることで、測定データを自動的に医療機関等が管理するデー

タベースに送り、モニタリングすることが可能になる。なお、通常のモバイル情報端末に内蔵されて

いる写真や動画撮影機能、録音機能、GPS 認識機能、振動を感知する機能などを生体情報の測

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第 1 章 はじめに

14

定手段として用いる場合は、モバイル情報端末がモバイルヘルス機器を兼ねていると理解している。

診療機関での検査など、限られた検査時間でのみ得られる情報とは異なり、日常リアルタイムの

連続した情報を集積し、解析することができる。医療、健康データの例には、耳鼻咽喉科情報(聴

力、ふらつき、眼振)、心循環系情報(血圧、脈拍、心音、心電図)、代謝情報(血糖値、HbA1c 値、

コレステロール値)、及び行動情報(運動量、歩行距離、睡眠時間)等々がある(2-3 節)。

なお、「モバイル医療アプリケーション(MMA)」はモバイル情報端末にインストールして用いる医

療関連のアプリケーション(アプリ)であり、モバイルヘルス機器とは範疇が少し異なる。モバイルヘ

ルス機器を制御し、そこから得られるデータを医療機関に送信するアプリの他、データを解析してユ

ーザーに助言し医療機関とのコミュニケーションを媒介するアプリ、様々な医療関連情報へアクセス

するためのアプリ、それらを組み合わせたアプリ等がある。

【参考資料】

・(小宮山靖 2017)小宮山靖 GC 刷新(GCP Renovation)のインパクト 医薬品医療機器レギュ

ラトリーサイエンス 48(5):278-91 (2017)

・(川上浩司 2018)川上浩司 リアルワールドデータの活用は製薬企業の発展と業務刷新に光明

を与えるか 国際医薬品情報 1097:3-7(2018)

・(FDA ガイダンス 2017)Use of Real-World Evidence to Support Regulatory Decision-

Making for Medical Devices: Guidance for Industry and Food and Drug

Administration Staff. Document issued on August 31, 2017.

https://www.fda.gov/downloads/MedicalDevices/DeviceRegulationandGuidance/Gui

danceDocuments/UCM513027.pdf

・(Real-World Evidence Program 2018)

https://www.fda.gov/downloads/ScienceResearch/SpecialTopics/RealWorldEvidenc

e/UCM627769.pdf

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第 2 章 RWD の種類と利活用

15

第 2 章 RWD の種類と利活用

2-1 RWD の種類

医療ビッグテータのうち、特に個々の患者に関する実際の医療行為/結果の記録や、日々の生

活における疾患、健康関係のデータは、医療リアルワールドデータ(以下 RWD)と称され、疾患自

体の研究に加え、医薬品、医療機器の安全性、有効性、適応等に関する研究のための利活用が

検討されている。RWD が具体的に何を示すかは関係者それぞれにまちまちであるが、本報告書で

は主として以下の図表 2-1-1に示すカテゴリーにあてはまる電子化されたデータベースを対象に

する。RWD には、医療機関毎に集積される「診療録レセプト等データベース」、疾患毎に集積され

る「疾患レジストリデータベース」、また病院以外でのライフデータを集積した「モバイルヘルス機器

等から得られるリアルタイムデータ」等が考えられる。

カテゴリー 内容 例

診療録レセプト等

DB

医療機関毎の日常診

療下での医療行為、

結果、保険支払い等

の情報が記録された

DB

NDB(レセプト情報・特定健診等情報 DB)

介護保険総合 DB

DPC DB

MID-NET

民間 DB(RWD 社、JMDC 社、MDV 社、CCT

社)

院外調剤薬局の調剤レセプト DB

疾患レジストリ DB 疾患毎の登録患者に

関する DB、疾患コホ

ート研究のために集

積された DB

SCRUM-Japan

筋ジストロフィーRemudy

脳神経外科外来入院患者 JND

筋委縮性側索硬化症 JaCALS

全国がん登録 DB

指定難病患者 DB

小児慢性特定疾病児童等 DB

モバイルヘルス機

器から得られるリア

ルタイムデータ

モバイルヘルス機器

(センサー)+モバイ

ル端末機器から送ら

れる日常リアルタイム

の情報が記録された

DB

耳鼻咽喉科情報(聴力/ふらつき/眼球振動)

心循環系情報(血圧/脈拍/心音/心電図)

代謝系情報(血糖/HbA1c)

行動情報(運動力、歩行距離、睡眠時間)

DB:データベース

図表2-1-1 RWD の種類(規制動向 WG 作成)

本節 2-1-1 項では、「診療記録レセプト等データベース」の代表的な公的データベース及び

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第 2 章 RWD の種類と利活用

16

民間データベースを概説するとともに、PMDA が取り組んでいる MID-NET は 2-1-2 項で詳し

くとりあげる。 また 2-1-3 項では、「疾患レジストリデータベース」について概説する。

2-1-1 診療録レセプト等データベース

主な公的な診療録レセプト等データベースとしては、図表 2-1-1-1 のようなものがある。いず

れもこの 1~3 年に大きな進展がみられ、NDB(national database)では 2016 年に NDB オー

プンデータの公開、介護保険総合データベースと DPC データベースではそれぞれ 2017 年に再

構築、MID-NET(medical information database network)では 2018 年に本格運用が開始

された。

なお厚労省データヘルス改革(2018年から 2020年までの工程表)「データヘルス分析サービス」

では、2020 年までに NDB と介護保険総合データベース等とを連結させることを目標にしている。

また、経済財政運営と改革の基本方針 2018」(骨太方針)では、MID-NET と疾患レジストリのクリ

ニカル・イノベーション・ネットワーク(2-2-1 項)の連携構想を打ち出している。

図表2-1-1-1 保健医療分野の主な公的データベース(第 8 回「医療・介護データ等の解析

基盤に関する有識者会議」資料より抜粋)

① NDB(ナショナルデータベース:レセプト情報・特定健診等情報データベース)

「全国医療費適正化計画および都道府県医療費適正化計画の作成、実施及び評価に資する

ため高齢者の医療の確保に関する法律第 16 条」に基づく、レセプト及び特定健診等についての

電子化情報のデータベースである。「レセプト情報」は各医療機関、「特定健診等情報」は代行機

関(支払基金、都道府県連合会等)が提供、匿名化処理のあと厚労省のサーバに格納、データベ

ースとして管理している。2009 年にデータ収集を開始。2018 年 3 月現在(9 年分格納)で、レセプ

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第 2 章 RWD の種類と利活用

17

トデータ約 148億件、特定健診、保険指導データ約 2億件。受診情報の 90%に達している。同法

に基づく結果の公表や都道府県での分析のほか、有識者会議において審査された研究目的での

利活用も行われている(厚労省 NDB 介護 DB 等の役割と解析基盤について 2018)。

NDB オープンデータ: 「日本再興戦略 2013 年 6 月」が民間利用促進を提言したことを受け、

有識者会議の方針のもと、公表希望内容を募集し、公開可能と認められた情報(オープンデータ)

を定期的に公開している(レセプト情報特定健診等情報の提供に関するガイドライン、2015 年改

定)。第 1 回(2016 年 10 月)に 2014 年度のレセプト情報及び 2013 年度の特定健診情報、第 2

回(2017 年 9 月)に 2014 年度のレセプト情報及び 2014 年度の特定健診情報、第 3 回(2018

年 8 月)に 2016 年度のレセプト情報及び 2015 年度の特定健診情報が公開された(厚労省

NDB オープンデータ)。

② 介護保険総合データベース

介護保健総合データベースは、介護保険法第 197 条 1 及び改正介護保険法第 118 条の 2 に

基づく介護保険給付費明細書(介護レセプト)等の電子化情報データベースである。「介護レセプ

ト(地域別、年齢別、要介護認定+要支援認定別、介護給付費用)」は市町村、「要介護認定デ

ータ」は事業所が厚生労働大臣に提出。匿名化後に厚労省介護データベースで管理する。高齢

者が利用している介護サービスの種類、量、費用、要介護度、ADL がわかる。「介護レセプト」の

2012 年 4月~2015 年 10月の格納件数は、約 5.2億件。「要介護認定」の 2009 年 4月~2016

年 5 月の格納件数は約 4,000 万件。その後、2017 年に介護保険法が改正され、利用目的が明

確化されるとともに、全ての市町村に当データベースへのデータ提供が義務化された(要介護認定

情報、介護レセプト等情報の提供に関するガイドライン(平成 30 年 7 月厚労省))(厚労省 NDB

介護 DB 等の役割と解析基盤について 2018)。

③ DPC データベース

2003 年に 82 の特定機能病院に、試験的に急性期入院医療についての一日あたり包括評価

制度(診断と治療措置を包括した診断群包括分類 Diagnosis Procedure Combination:DPC)

が導入された。2006年以降対象病院は段階的に拡大され、2018年 4月時点で 1,730病院、(+

準備病院 262 病院)、83.2 万床(日本全国 90 万床の 90%)。DPC データベースは、DPC 基礎

調査のデータからなり 1 患者 1 入院に DPC コード(14 桁)が付与される。簡易診療記録情報、施

設情報、保険以外診療情報、DPC 情報、外来を含むレセプト情報、日ごとの患者情報、等を含む。

データは医療機関が作成、院内審査のチェックを受け、厚労省及び審査支払機関に定期的に提

出される。そのため、提出期限の順守が求められている。性質上、診療行為の内容が時系列でわ

かる。外来医療や民間クリニックは含まれない。日本再興戦略 2016(2016 年 6 月閣議決定)の中

短期工程表に基づき、2017 年より「DPC データの一元管理及び利活用を可能とするデータベー

スのシステム運用」が開始された。NBC と同様、DPC データベースも有識者会議で審査された研

究目的での利活用が開始された(厚労省:DPCデータの提供に関するガイドライン、2017年 8月)

(厚労省 DPC データの提供に関するホームページ)。

④ MID-NET

PMDA が運営する電子カルテ(SS-MIX2 対応)、レセプト、DPC、部門システムの電子化情報

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第 2 章 RWD の種類と利活用

18

が標準化、匿名化された総合データベース。2011 年度から仕様策定。医療ビッグデータの活用に

より、現在の副作用報告制度の限界を補い、薬剤疫学的手法による医薬品等の安全対策を推進

することを目的にしている。収集したデータの検証(2013 年から)、試行的利活用(2015 年から)を

経て、2018 年 4 月から本格運用を開始した。2018 年 11 月で 10 拠点、23 病院の患者約 450

万人規模のデータ。行政、アカデミアのほか、製薬企業の利活用も可能になった。MID-NET に関

しては、次項(2-1-2)で詳細を記載する(PMDA MID-NET)。

PMDA は 2012 年 4 月より、副作用が疑われる症例報告に関するデータベース JADER

(Japanese Adverse Drug Event Report Database)も公開している。薬剤を開発している製薬

企業からの個別症例報告や研究報告症例、医療機関からの報告、また製造販売後の使用成績

調査、第 4 相臨床試験症例からの重篤副作用も対象である(医薬品副作用データベース利用規

約 2015)。

この他、国民健康保険中央会が管理する国保データベースがある。国保連合会が管理する「特

定健康診断・特定保健指導及び後期高齢者健康診(結果台帳データ等)」、「国民健康保険医療

及び後期高齢者医療(各種レセプト等)」、「介護保険(各種レコード等)」等の情報を含む。2012

年 6 月~2018 年 8 月処理の間に蓄積したデータ件数は検診約 7,000 万件、医療約 59 億件、

介護約 9 億件。参加保険数は総保険者数の 99%以上。各地方自治体が、自身の集団の特徴を

全国データあるいは他の地方自治団体と比較する、被保険者ごとの特定健診結果や受診状況を

把握して、対象者への指導内容を決める際の参考にする、等々の活用ができる (国民健康保険

中央会 2018)。

2) 民間の診療録レセプト等データベース

民間で構築されている診療録レセプト等データベースとしては以下のようなものがある。

① 健康・医療・教育情報評価推進機構/ リアルワールドデータ(株)のデータベース

一般社団法人健康・医療・教育情報評価推進機構(HCEI)は、全国の 194 の医療機関(2018

年 1 月時点、調整中を含む)と連携して、電子カルテ由来の診療情報、2,000 項目の検査結果、

DPC 情報、レセプト情報を中心とした匿名化、電子化情報を収集し、これをリアルワールドデータ

(RWD)株式会社がデータベース化している。電子カルテ、DPC、及びレセプトの情報を含むという

ことでは、MID-NET と同じ分類の総合データベースである。全国の民間病院から公立病院まで、

救急病院を含む多様な医療機関を網羅し、延べ患者数規模は既契約ベースで約 1,900 万人で

ある。SS-MIX2 対応でない電子カルテの情報も独自開発のシステムで標準化して取り込んでいる。

提携する医療機関には、治療成績の全国平均との比較、治療方針の判断をサポートする各種臨

床情報、等々のデータベースの解析結果を提供するサービスを行っている。HCEI はこの他、京都

大学、株式会社学校検診情報センターとの共同で、全国の自治体と契約し学校検診(義務教育 9

年間の情報)等のデータベースを構築している(川上浩司 2017)(川上浩司 2018)(リアルワール

ドデータ(株)ホームページ)。

② JMDC のデータベース

Japan Medical Data Center(JMDC)のデータベースは、日本で民間利用可能な最大規模

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第 2 章 RWD の種類と利活用

19

の疫学レセプトデータベースである。複数の企業健康保険組合より寄せられたレセプト(入院、外来、

調剤)及び健診データを 2005 年より蓄積し、2018 年 6 月時点での累積母集団数は約 560 万人

となっている。

本データベースは、傷病、薬剤、診療行為情報を JMDC医療辞書により自動変換し、全て標準

化されている。個を特定する情報は不可逆的匿名化名寄せ技術を用いて高度暗号化処理され、

対応表を保持しない匿名加工情報とし、直ちに研究着手可能な状態になっている。企業健康保険

組合のレセプトを用いていることから高齢者の情報が比較的少ない。これまで 140 報以上の論文、

250 報以上の学会発表での利用実績があり、製薬・医療機器メーカー、生損保会社、大学、官公

庁で導入されている(JMDC ホームページ)。

③ メディカル・データ・ビジョン(株)のデータベース

メディカル・データ・ビジョン株式会社(Medical Data Vision、以下 MDV)は、医療機関から二

次利用承諾を得た主として DPC データを基に、実患者数 2,557 万人(2018 年 11 月末現在)と

いう大規模診療データベースを保有しており、今後は治験分野の一部にも活用していく予定のデ

ータベースである。また、医療機関向け、医療用医薬品企業向け及び個人向けのサービスも実施

している。例えば、「EBM Provider」は、製薬会社に向けて、自社の薬剤がどのような診療科でど

のような疾患に処方されているのか、また、どの製薬会社のどの薬剤に効果が現れているのかなど、

病院における薬剤の処方実態に関して診療データベースを用い調査・分析を可能としている

(MDV ホームページ)。

④ Convergence CT(CCT)社データベース

Convergence CT(CCT)ジャパン(株)は、 Clinical Data Warehouse (CDW)というデータ

ベースを提供している。データは、電子カルテ診断情報、薬剤処方情報、検査結果情報、手術情

報、入退院情報、会計情報等である。日本での登録者数約 300 万人(2017 年 7 月)。CCT 米国

本社は、米国、豪州、台湾等の臨床データが集約されている CGRN (Convergence CT Global

Research Network)を有している(CCT ホームページ)。

⑤ 院外調剤薬局の調剤レセプトデータベース

IQVIA ソリューションズジャパン株式会社が提供する IMS NPA は、全国約 3,600 の院外薬局

の処方箋についてのデータベース。調剤内容(薬剤、数量、用法用量)ほか、患者の年齢、性別な

ど。2017 年の年間患者数 1,433 万人は全国処方箋の 8.3%を占める(IQVIA ホームページ)。

株式会社医療情報総合研究所(JMIRI)が提供する院外薬局の処方箋のデータベースは、年間

患者数 1,100 万人をカバーしている(JMIRI ホームページ)。

CCTジャパン(株)と協和企画が提供するMedi-Trend® 院外処方箋データベースシステムは、

年間 340 万人、薬局数約 870、処方箋枚数年間 1,600 万枚(2017 年 7 月)をカバーしている。

(CCT のホームページ)

日本調剤株式会社では、国内チェーン店での院外処方箋(2015 年 4 月~2016 年 3 月の年間

患者 284 万人、545 薬局)および薬剤師による患者の各種調査結果をソースとするデータベース

を構築している(日本薬剤疫学会 2017)。

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第 2 章 RWD の種類と利活用

20

【参考資料】

・(CCT ホームページ)

http://cct-japan.co.jp/modules/bulletin/

・(IQVIA ホームページ)

https://www.iqvia.com/ja-jp/locations/japan

・(JMDC ホームページ)

https://www.jmdc.co.jp/

・(JMIRI のホームページ)

https://www.jmiri.jp/

・(MDV ホームページ)

https://www.mdv.co.jp/

・(PMDA MID-NET)

https://www.pmda.go.jp/safety/mid-net/0001.html

・(医薬品副作用データベース利用規約 2015)

https://www.pmda.go.jp/safety/info-services/drugs/adr-info/suspected-adr/0003.html

・(川上浩司 2017)

川上浩司 学校検診情報のデータベース化とその利活用 週刊医学界新聞 2017

年 3 月 6 日

・(川上浩司 2018)

川上浩司 リアルワールドデータの活用は製薬企業の発展と業務刷新に光明を与

えるか 国際医薬品情報 1097:3-9(2018 年 1 月 15 日)

・(厚生科学審議会疾病対策部会難病対策委員会 2018)

https://www.mhlw.go.jp/stf/shingi2/0000204048.html

https://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-10601000-Daijinkanboukouseikagakuka-

Kouseikagakuka/0000204037.pdf

・(厚労省 DPC データの提供に関するホームページ)

https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/iryouhoken/dpc/index.ht

ml

・(厚労省 NDB オープンデータ)

https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000177182.html

・(厚労省 NDB 介護 DB 等の役割と解析基盤について 2018)

https://www.mhlw.go.jp/content/12401000/000350567.pdf

・(厚労省 2018) 第 8 回医療・介護データ等の解析基盤に関する有識者会議(平成 30

年 10 月 25 日)

https://www.mhlw.go.jp/stf/shingi2/0000213397_00004.html

・(国民健康保険中央会 2018)

https://www.mhlw.go.jp/content/12401000/000362864.pdf

・(日本薬剤疫学会 2017)薬剤疫学研究に利用可能なデータベース 2017.11.13

http://www.jspe.jp/mt-static/FileUpload/files/JSPE_DB_TF_J.pdf

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第 2 章 RWD の種類と利活用

21

・(リアルワールドデータ(株)ホームページ)

https://www.rwdata.co.jp/

2-1-2 MID-NET

1) 背景

2007 年、米国では FDA 改革法に基づき、「センチネル・イニシアティブ」と呼ばれる、複数の情

報源から得られた医療情報データベースを用いる積極的な医薬品安全監視システムの構築が開

始された。我が国では、2010 年(平成 22 年)4 月に「薬害肝炎事件の検証及び再発防止のため

の医薬品行政のあり方検討委員会」が提出した「薬害再発防止のための医薬品行政等の見直し

について(最終提言)」、及び同年 8 月に「医薬品の安全対策における医療関係データベースの活

用方策に関する懇親会」が提出した「電子化された医療情報データベースの活用による医薬品等

の安全・安心に関する提言(日本のセンチネル・プロジェクト)」が契機となり、医療ビッグデータの活

用により、現在の副作用報告制度の限界を補い、薬剤疫学的手法による医薬品等の安全対策を

推進することを目的として、医薬情報データベース基盤整備事業(以下 MID-NET事業)が開始さ

れた。

MID-NET 事業は、個人情報の保護等に配慮しながら、電子カルテ、レセプト、DPC 等を含む

医療情報データベース(Medical Information Database Network :MID-NET)を構築すると

ともに、専門家が効率的・効果的に活用できるよう、運営組織・体制を整え、薬剤疫学的な評価基

盤の整備を行うものとされた。 厚労省における制度検討を踏まえ、MID-NET の構築と稼働は、

PMDA 法第 15 条に基づき、独立行政法人医薬品医療機器総合機構(PMDA)が行う。MID-

NET の構築にあたっては、国費と併せて安全対策拠出金等で製薬企業が負担している費用が活

用された。また、協力医療機関の協力だけでなく、製薬企業・関係団体との連携や、日本医療研

究開発機構(AMED)による研究費補助、ハードウェア開発、運用保守を担うハードウェアベンダー、

ソフトウエア開発を担うアプリケーションベンダー等の IT 企業、医療情報学会等の関連学会や標

準規格関連機関等様々なプロジェクト関係機関と協力し進められた。

2017 年(平成 29 年)10 月には、MID-NET 等の医療情報データベースを活用した調査を再審査

の申請資料とする際の信頼性を確保するため、GPSP 省令が改正された。これにより、データベースを

製造販売後調査として活用するための制度が整った(図表 2-1-2-1)。

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第 2 章 RWD の種類と利活用

22

図表2-1-2-1 GPSP 省令の改正(第 8 回「医療・介護データ等の解析基盤に関する

有識者会議」資料より抜粋)

MID-NET は 2018 年(平成 30 年)4 月に本格運用を開始した。協力医療機関は、国立大学

病院 7 機関(東北大学、千葉大学、東京大学、浜松医科大学、香川大学、九州大学、佐賀大学)、

私立大学病院 1 機関(北里研究所・北里大学)、民間病院 2 機関(NTT 東日本病院グループ、

医療法人徳洲会グループ)からなる 10 拠点 23 病院である(図表 2-1-2-2)。

図表2-1-2-2 MID-NET 基盤整備事業(宇山佳明氏提供)

(https://www.pmda.go.jp/files/000223307.pdf)

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第 2 章 RWD の種類と利活用

23

2) MID-NET の構築

MID-NET 事業は、薬剤疫学的手法による医薬品等の安全対策を推進することを目的に、

2011 年(平成 23 年)よりデータベース構築を開始した。MID-NET は、SS-MIX2 に基づき標準

化された医療情報データを収集するための医療情報データベースを拠点病院毎に構築するととも

に、PMDA が情報分析システムの構築を行った。

まず、協力医療機関として 10 の病院・医療機関グループを選定した。平成 23 年度にこのうち1

拠点のデータベースと PMDAの分析システムの構築を開始し、2012年度(平成 24 年度)に 6拠

点、2013 年度(平成 25 年度)に 3 拠点にデータベースの構築を進め、2014 年(平成 26 年)4

月までに 10 拠点へのデータベース設置が完了した。情報分析システムの構築は、IT ベンダーの

検証を行い、サンプルデータで SS-MIX2 の規約に基づいて正確に伝送・格納されているかの検

討を行った。しかし拠点病院のデータを送信してバリデーションを行ったところ、全ての拠点病院で

病院情報と MID-NET 統合データのデータとの間で不整合が認められた。例えば、入院や処方の

情報の変更内容が適切に反映されていない場合等があった。また、電子カルテシステムは各医療

機関でそれぞれ目的に応じてカスタマイズされているために、同じ IT ベンダーが提供している電子

カルテであっても送信内容が異なる場合があり、そのことなども不整合が生じる原因となっていた。

適切な解析及び評価を行うため、本格運用開始予定を 2 年間延長し、データの品質管理と標準

化に取り組んだ。本格的な品質管理は 2014 年度(平成 26 年度)から実施し、その結果、2017 年

度(平成 29 年度)末には病院情報システムの元データと MID-NET 統合データベースのデータと

がほぼ 100%一致していることが確認された(図表 2-1-2-3)。

図表2-1-2-3 MID-NET 事業の進捗(第 8 回「医療・介護データ等の解析基盤に関する

有識者会議」資料より抜粋)

2018 年度(平成 30 年度)4 月より MID-NET の本格運用を開始した。運用開始時点で、協力

医療機関は 10 拠点 23 病院、約 400 万人規模のデータが利活用可能である。 MID-NET は、

FY H23 FY H24 FY H26

協力医療機関選定

FY H25 FY H28

協力医療機関、PMDAに対するシステム開発・導入

FY H27

仕様策定

MHLW/PMDAや協力医療機関による試行利活用

統合解析の試行 システムの本格運用

FY H29 FY H30

システム・データの検証

手続き等検討、体制整備、周知期間

中間とりまとめ

最終とりまとめ

周知利活用ルールの検討

行政、製薬企業、研究者等による

利活用

システムの機能強化・高速化

利用料の検討

【これまでの経過と今後の予定】

●平成22年4月 :「薬害再発防止のための医薬品行政等の見直しについて(最終提言)」の公表

●平成23年度~ :医療ビッグデータの活用により、現在の副作用報告制度の限界を補い、薬剤疫学的手法による医薬品 等の安全対策を推進することを目的として、本事業を開始。

●平成25年度~ :集積したデータの正確性及び網羅性を保証するためのデータ検証(バリデーション)事業を開始。

●平成27年度~ :行政、協力医療機関によるシステムの試行運用を開始。

●平成27年度~ :本格運用に向けた利活用ルール、運営に係る費用負担の枠組み等を検討会において検討。

(平成29年8月21日、最終報告書を公表)

●平成30年度4月:システムを本格運用。製薬企業や研究者等による利活用も可能となる。

MID-NET事業の進捗

27

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第 2 章 RWD の種類と利活用

24

2018 年(平成 30 年)4 月現在で、医薬品の安全性を検討するために必要な臨床検査データの主

要 200 項目の解析が可能となっている。利活用を希望する製薬企業等は、目的に応じて利用料

金を支払い、その費用は MID-NET の運営に充てられる(図表 2-1-2-4)。 MID-NET に参

加している協力医療機関には、協力金が支払われ、また MID-NET を使う際には利用料のディス

カウントが行われる仕組みになっている。協力医療機関には、MID-NETに参加することにより医療

情報データが整理され、病院のデータを研究に使い易くなる、というメリットもある。

図表2-1-2-4 MID-NET の利活用目的とカテゴリー(第 8 回「医療・介護データ等の解

析基盤に関する有識者会議」資料より抜粋)

3) MID-NET の特徴と現状

MID-NET の特徴は大きく 3 つある。

① 多数の病院のデータを、ほぼリアルタイムで、1 箇所(PMDA20 階オンサイトセンター)から解

析可能、データ確認のため全国の病院を訪問する必要はない。2018年(平成 30年)4月の

度運用開始時点で約 400 万人のデータが利活用可能である。

② 多数の種類のデータを利活用可能で、検体検査結果等をアウトカム定義に含めることで、レ

セプトデータや DPC データのみからなるアウトカム定義を用いるより客観的な評価が可能で

ある。他の民間データベースでもレセプトデータや DPC データが含まれているものがあるが、

MID-NET は検体検査結果も含まれていてレセプトデータや DPC データと紐付いている。

抽出条件として病名は DPC から取得し、処方情報は電子カルテから取得するなどの組み合

わせが可能。データベースを利活用する段階で利活用者がどのデータを活用するかを選択

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第 2 章 RWD の種類と利活用

25

できる。

③ 継続的かつ網羅的な品質管理によってデータの信頼性が高いレベルで確保されている。デ

ータの特徴を把握した上で標準コードを付与し、データ統合の信頼性確保が行われている。

また、各種手順書等に基づく業務標準化による作業の信頼性が確保されている。つまり、

GPSP の基準に適合し、信頼性が担保され、使用目的にあった解析が行える。今後とも年に

1 回のバリデーションが計画されている。

MID-NET の試行的利活用として、ⅰ)年齢別でのコデインの処方実態及び呼吸抑制発生リス

ク、ⅱ)ランマークによる低カルシウム血症発現リスクへの安全対策措置の影響、ⅲ)糖尿病治療薬

による急性心筋梗塞のリスクを類薬と比較、ⅳ)非定型抗精神病薬による糖代謝異常発生リスクを

類薬と比較、ⅴ)新薬処方後の肝機能検査値異常発現リスクが検討された。なお、これまでの副作

用報告では、報告される事象の件数はわかるが、同じ処方の何例中何例に発生したか、即ち比較

すべき母集団(分母)が不明であった。MID-NET の利活用では母集団のデータも得られることも

特徴である。

4) MID-NET の課題と対策

① 規模

MID-NET の限界は利活用可能症例数が現時点で 400 万人規模であり、希少疾病等への対

応に限界がある。協力医療機関の追加(徳洲会グループとして新たに 10 病院の追加を予定など)

による規模拡大のほか、他のデータベースとの連携が模索されている。

② データの連結性

協力医療機関内でデータが連結不可能なかたちで匿名化されているため、追跡可能性に限界

がある。患者が同じ病院内の別の診療科に移った場合は繋がるが、協力医療機関内の別の病院

に転院すると、データベースとしては別の患者として認識されてしまう。別の医療機関との間で患者

個人のデータを連結できるようにすることは現時点では困難であるが、将来的に個人の医療等 ID

が利用できるようになれば技術的には解決可能である。

③ 協力医療機関の偏り

協力医療機関には大学病院が多く、クリニック等は含まれていない。このため急性期には強み

があるが、慢性期には強いとは言えず、集団の一般化可能性に限界がある。弱点を補強するパー

トナーとして市中、市民病院と連携し、解析を行うことが一つのブレークスルーになる可能性がある

が、データ品質等の信頼性を確保しながら、協力医療機関をどのように増加させていくかが課題で

ある。 なお、電子カルテのデータを交換するための規格については、厚労省は SS-MIX2 を推奨

しているが、全ての医療機関が採用しているわけではない。協力機関を拡大するにあたり、電子カ

ルテの標準化も課題である。

④ その他: 戸籍情報との連携

医療データベースの一般な課題であるが、現状では患者が自宅など協力医療機関外で死亡さ

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第 2 章 RWD の種類と利活用

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れた場合、その情報がデータベース上には反映されない。死亡情報といったアウトカム情報を集積

するためには、戸籍情報を所有している地方公共団体との連携等が課題になる。

5) 今後の展開

2018 年(平成 30 年)6 月に示した「経済財政運営と改革の基本方針 2018」(骨太方針)では、

厚労省が MID-NET と疾患レジストリのクリニカル・イノベーション・ネットワーク(CIN)を連携させ、

革新的新薬の開発から市販後安全対策まで一貫して、より大規模なリアルワールドデータの利活

用が可能とすることを目指すことが示された。

続いて同年 12月の経済財政諮問会議では「新経済・財政再生計画工程 2018」に、2019年度

に治験・臨床研究や医薬品開発・安全性対策の活用に向けて臨床研究中核病院の医療情報を

利用できる体制を構築すること。2019 年度末までに MID-NET の経験を踏まえた医療情報の品

質管理・標準化の研修を 4 医療機関で実施すること。2020 年度末には臨床研究中核病院で標

準化された医療情報の研究利用を、4 施設で開始することとしている。

2021年度には、臨床研究中核病院のデータを継続的に品質管理・標準化し臨床研究に活用す

る。

【参考資料】

・(厚労省 2018) 第 8 回医療・介護データ等の解析基盤に関する有識者会議(平成 30 年 10 月

25 日) https://www.mhlw.go.jp/stf/shingi2/0000213397_00004.html

2-1-3 疾患レジストリ

1) 疾患レジストリとは

「疾患レジストリ」あるいは「患者レジストリ」は、「疾患登録システム」等とも言われ、特定疾患や特

定治療の対象となる患者(ある定義された集団)を登録して追跡管理し、観察研究を行うシステム

である。米国では特定の患者集団(コホート、cohort)を把握し、そのコホートに関する「観察研究」

を行うこと、いわゆる「コホート研究」と同義とされる場合もある。我が国では、データベースを含めて

「疾患レジストリ」あるいは「患者レジストリ」と記載する場合が多い。例えば、希少疾患のレジストリと

して、米国では、National Center for Advancing Translational Sciences(NCATS)による

Rare Diseases Registry Program (RaDaR)(旧名 the Global Rare Diseases Registry

Data Repository Program:GRDR)がある。

疾患レジストリは、学会や基幹病院等が主体となって、それぞれの研究目的のために設置した経

緯から、設計・運用の状況は異なり、その規模も十万人を超えるものから数百人のものまで様々で

ある。一般的に疾患レジストリには、特定の疾患と診断された患者の匿名化されたリスト及び患者単

位で診断名、治療行為、病態の進行等の情報が記載されており、医師による臨床所見、各種スコ

ア等の「研究目的に対応するアウトカム」が記入されることがおおきな特徴である(通常「診療録レセ

プトデータベース」はこの情報は含まれない)。また、国あるいは地域別に、特定の疾患の発生数、

罹患率、分布、病態推移、また、関連する環境要因や生活習慣のデータなど、疫学研究にとって

重要な情報が含まれる。希少疾患あるいは特定の遺伝的背景が影響する希少疾患等では、病態

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第 2 章 RWD の種類と利活用

27

の発症、進行そのものの解明が進んでいない場合が多く、その経過を詳細に記録した、いわゆるナ

チュラルヒストリーは、疾患レジストリが提供する有用な情報になる。

2) 疾患レジストリの実例

2018 年(平成 30 年)の医薬品医療機器制度部会で示された、学会等が運営する疾患レジスト

リの例を図表 2-1-3-1に示す(厚労省 2018)。以下、SCRUM-Japan(がん)、Remudy(筋ジ

ストロフィー等)、JaCALS(筋萎縮性側索硬化症)、Japan Neurosurgical Database(JND:脳

神経外科入院患者)を紹介する。また、国が主体となり法律に基づいて運営されている公的医療

情報データベースである全国がん登録データベース、指定難病患者データベース、小児慢性特定

疾病児童等データベースを紹介する。

図表2-1-3-1 学会等が構築、運営する疾患登録レジストリの例(厚労省 2018)

SCRUM-Japan は、国立がん研究センターが主体となる産学連携全国がんゲノムスクリーニン

グプロジェクトである。大規模ながんの遺伝子異常のスクリーニングにより希少な遺伝子異常をもつ

がん患者を特定し、遺伝子解析の結果に基づいた有効な治療薬を届けること等を目的としている。

2013 年に開始した希少肺がんの遺伝子スクリーニングネットワーク「LC-SCRUM-Japan」と 2014

年に開始した大腸がんの遺伝子スクリーニングネットワーク「GI-SCREEN-Japan」が統合してでき

たプロジェクトであり、2018 年 7 月時点で全国約 260 の医療機関と 17 社の製薬会社が参画して

いる。

○ 我が国において、疾患情報や患者情報等の収集を目的して、数多くの疾患登録レジストリが構築されてきているほか、それらのネットワーク(CIN)の整備も進んでいる。

○ また諸外国においても疾患情報レジストリを含むリアルワールドデータ※(RWD)に関するデータベース整備が進んでいる。

CINにおける構築支援

(1)③ リアルワールドデータの充実

学会等が構築・運営する疾患登録レジストリの例

再生医療等製品

NRMD(日本再生医療学会)

補助人工心臓

J-MACS(日本胸部外科学会)

がん

SCRUM-Japan(国立がん研究センター)

筋ジストロフィー等

Remudy(国立精神・神経医療研究センター)

カテーテル大動脈弁治療

TAVI Registry(経カテーテル的大動脈弁置換術

関連学会協議会)

内視鏡検査・治療

JED Project(日本消化器内視鏡学会)

脳神経外科入院患者

JND(日本脳神経外科学会)

筋萎縮性側索硬化症

JaCALS(名古屋大学)

心臓血管外科手術

JCVSD(日本心臓血管外科手術データベース

機構-日本心臓血管外科学会学他)

手術・外科系治療

NCD(National Clinical Database

-外科系諸学会)

糖尿病

J-DREAMS(国立国際医療研究センター/

日本糖尿病学会)

希少がん

MASTER KEY(国立がん研究センター)

※代表的なレジストリを例示

現状

※ ここでいうリアルワールドデータとは、臨床試験とは異なり、実臨床の環境において収集された各種データを指す。

【抜粋】第2回(H30.5.9)医薬品医療機器制度部会

2

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第 2 章 RWD の種類と利活用

28

2015 年 2 月開始以来、肺・消化器がん合計で約 1 万例が登録され(2018 年 7 月)、匿名化さ

れた遺伝子情報と診療情報(電子カルテ)のデータベース(SCRUM-Japan Registry)が国立が

ん研究 セン ターで一元的 に管理 されてい る 。 Clinical Data Interchange Standard

Consortium (CDISC)標準化に準拠し、遺伝子異常陽性集団ごとに奏効率、無増悪生存期間、

奏効持続時間、治療成功期間、病勢コントロール率、全生存期間、が記載される。本レジストリデ

ータを利用して 42 の臨床治験(医師主導治験 12 試験、企業治験 30 試験)が登録され、既に希

少肺がん治療薬の実用化(クリゾチニブの ROS1 融合遺伝子陽性肺がんへの適応拡大、2017 年

5 月承認)の成果も得られている。

① Remudy(筋ジストロフィー)

Remudy(Registry of Muscular Dystrophy)は、国立精神・神経医療研究センターが厚労省

の事業として運営する難治性神経・筋疾患の患者登録システムであり、製薬関連企業・研究者との

情報の橋渡しを行うことで新たな治療薬の臨床治験を進めることを目的としている。ジストロフィン遺

伝子異常による筋ジストロフィー、GNE 遺伝子変異のある縁取り空胞を伴う遠位型ミオパチー、筋

強直性ジストロフィー、先天性筋疾患、デュシェンヌ型・ベッカー型筋ジストロフィー等に分けて患者

登録を行う。患者自身が主治医、専門医との相談のもと、患者登録センターに必要書類を郵送し、

その後本人、主治医、専門医の確認、暗号匿名化を経て、データサーバーに登録される。公表さ

れている筋ジストロフィーについての Therapeutic Area User Guide に加え、 レジストリに関す

る国際的な標準である米国 RaDaR program、 欧州 CEG-RDのガイダンスに準拠した収取項目

を採用している。2014 年から登録開始、2018 年 6 月現在までの登録数は 28,769 例、協力施設

数は 677 である。

② JaCALS(筋萎縮性側索硬化症)

JaCALS は、我が国での筋萎縮性側索硬化症(ALS)の自然歴の把握、遺伝子解析による病

態や病気の原因解明、さらには新規治療法開発につながる遺伝子バンクの構築を目指した研究

組織であり、運営事務局は名古屋大学に設置されている。厚生労働科学研究費補助金特定疾患

対策研究事業神経変性疾患に関する調査研究班(神経変性班)及び厚労省精神・神経疾患研

究委託費による研究班関連施設において、ALS と告知され同意が得られたすべての症例を組入

れ、前向きの自然歴調査と遺伝子解析を行っている。2006 年から登録が開始され、2020 年 3 月

までに 2,000 例の登録を目標にしている。2017 年 8 月時点で全国 31 施設が参加、1,340 例が

登録されている。前向き臨床像を 3 カ月ごとの電話調査と 1 年ごとの医師調査で把握し、経過観

察率は 92%となっている。遺伝子解析では、正常コントロールとして同意の得られた家族 340 人も

登録されている。臨床情報は名古屋大学医学部神経内科教室に、遺伝子情報は名古屋大学医

学部神経内科教室、及び東北大学医学部神経内科教室にて保存管理されている。平成 30 年度

には ER/ES 指針に準拠したデータ登録用の Web システムが本格稼働し、GPSP にも対応して蓄

積したデータを製造販売後調査等に活用するなど、利活用の幅が広がっている。

③ Japan Neurosurgical Database(JND)(脳神経外科入院患者)

JND は日本脳神経外科学会が運営するデータベースであり、2018 年 1 月 11 日より手術症例

の登録事業を開始し、会員が所属している日本全国の脳神経外科施設から登録された症例報告

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第 2 章 RWD の種類と利活用

29

等医療情報の集計・分析を行っている。この医療情報には匿名化された患者の年齢・性別や主治

医の情報、検査結果、手術を含む治療内容が含まれており、年間 30万件の登録を予定している。

本データベースは、基本的な医療情報から、臨床研究、医療機器開発、治験、医薬品・医療機器

の市販後調査などの個別の目的に対応した高度なものまでの複数の階層で構成されている。これ

らのデータベースを解析することにより、施設間の特徴や医療水準、治療成績が明らかになるととも

に手術・治療による死亡合併症の危険性予測や医療の質の向上につながる。また、医療機器・医

薬品の市販後調査や臨床研究・治験の計画の際の資料作成にも役立つことが期待されるという。

④ 全国がん登録データベース

「がん登録等の推進に関する法律」(2013 年 12 月成立)に基づくデータベースである。2018 年

病例から集計が開始された。我が国の全ての病院、都道府県指定の診療所が、患者のがんに関

する情報を提出している。各都道府県の「がん登録室」が情報を整理、チェックした後にデータベ

ースに入力し、国立がんセンターに送っている。上記とは別に、各市町村は、死亡情報を国立がん

センターに提出している。国立がんセンターが一元管理を担っている。これまでの「院内がん登録」

と「地域がん登録」が発展、統合された。入力されているデータは、がんと診断された人の氏名、性

別、生年月日、住所、診断した医療機関、がんの種類、診断日、発見経緯、進行度、治療内容、

死亡した場合は死亡日である(国立がんセンターがん情報サービス)(がん登録届出マニュアル)。

⑤ 指定難病患者データベース(難病データベース)

難病データベースは、「難病の患者に対する医療等に関する法律(2014 年成立、2015 年施行)」

に基づくデータベースである。難病指定医が「臨床個人調査票」に、個人についての基本情報、医

療費支給審査項目 [診断基準、重症度分類]、調査項目、人工呼吸器装着の有無、医療機関情

報等のデータを入力する。医薬基盤研内に設立された「疾病登録センター」が、厚労省の委託を

受けてデータベースの維持管理と解析を行う。2015 年及び 2016 年には 306 疾病 230 万~240

万件、2017 年には 330 疾病 120~130 万件の臨床個人調査票が収集され、2018 年 3 月よりデ

ータ入力が開始された。患者の基本情報、医療費支給審査項目、研究班の調査項目、人工呼吸

器の有無、医療機関情報等がデータベース化されている。本データベースの利活用の仕方、また

小児慢性特定疾病データベースや疾患レジストリとの連携が検討されている(厚生科学審議会疾

病対策部会難病対策委員会 2018)。

⑥ 小児慢性特定疾病児童等データベース(小慢データベース)

小慢データベースは、1974年創設の「小児慢性特定疾患治療研究事業」に基づいて、1998年

から全国的に統一された申請様式でデータベース構築が始まった。20015 年より改正児童福祉法

(2015 年 1 月施行)の「小児慢性特定疾病対策」に基づく新制度に移行。小児慢性特定疾病指

定医が申請、「国立成育医療研究センター」内の「小児慢性特定疾病登録センター」にてデータベ

ース化されている。患者の基本情報、臨床所見、経過、検査所見、治療方針、医療機関情報、等。

世界的にもまれな小児に特化した 100 万人規模のデータベース構築を見込んでいる。厚労省科

学審議会疾病対策部会難病対策委員会では、難病データベースと小慢データベースの統一化、

他の難病に関連する各種データベースとの連結を提言している(小児慢性特定疾病登録センター)

(厚生科学審議会疾病対策部会難病対策委員会 2018)

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第 2 章 RWD の種類と利活用

30

以上に示した疾患レジストリ以外に、日本再生医療学会の NRMD(再生医療等製品)、日本胸

部外科学会の J-MACS(補助人工心臓)、経カテーテル的大動脈弁置換術関連学会協議会の

TAVI Registry(カテーテル大動脈弁治療)、日本消化器内視鏡学会の JED Project(内視鏡検

査:治療)、日本心臓血管外科手術データベース機構および日本心臓血管外科学会等の

JCVSA(心臓血管外科手術)、日本外科学会のナショナルクリニカルデータベース(手術、外科治

療)などが知られている。

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第 2 章 RWD の種類と利活用

31

2-2 RWD の利活用

新しい医薬品、医療機器等の開発に当っては世界的にコストが高騰しており、タフツ大学の試算

では、1 新薬当たり$2,558M(約 3,000 億円)を要すると言われている(DiMasi JA ら 2016)。近

年、海外では開発の低コスト化や効率化を狙い疾患レジストリ情報を活用した新たな臨床開発手

法が注目を集めており、例えば、スウェーデンではナショナルレジストリを活用した無作為化比較試

験の実施により 1 症例当たりの費用を$50 としたとの報告がある(Lauer MS ら 2013)。我が国に

おいても医薬品、医療機器等の開発費高騰等に対する方策として、RWD の利活用についての検

討が始まり、2015 年度より国立高度専門医療研究センター(ナショナルセンター:NC)が有する疾

患データベースの利活用に関する厚生労働科学特別研究事業が開始された(図表 2-2-1)。

図表2-2-1 RWD の活用(第 4 回臨床開発環境整備推進会議(2018.03.15)PMDA 資料)

本節 2-2-1 項では各種疾患レジストリをネットワーク化し、創薬の開発研究に効率的に利活

用してこうという試みとして、厚労省と PMDA が進めるクリニカルイノベーションネットワーク(CIN)

構想を紹介する。2-2-2 項では RWD の特に患者レジストリを活用する臨床試験に関する AMED

林研究班の検討を、2-2-3 項では RWD 利活用に関する医薬品開発企業からの視点を紹介す

る。医薬品に比べ医療機器の開発では既に RWD の利活用が進んでいる。2-2-4 項ではその実例

を紹介する。

2-2-1 クリニカルイノベーションネットワーク (CIN)

1) CIN 構想

「日本再興戦略改訂 2015、世界最先端の健康立国にむけた具体的施策及び経済財政運営と

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第 2 章 RWD の種類と利活用

32

改革の基本方針」(2015 年(平成 27 年)6 月閣議決定)、及び「第 1 回臨床開発環境整備推進

会議」(同年 8 月)にて、疾患レジストリデータを活用して効率的な治験や製造販売後調査及び臨

床研究のインフラ構築を推進しようという、クリニカルイノベーションネットワーク(Clinical

Innovation Network: CIN)構想が提示された。 CIN 構想は、厚労省と PMDA が進める一大

プロジェクトである。各国立高度専門医療研究センター(NC)がそれぞれの疾患レジストリの構築を

進めるとともに、それから得られるデータを効率的な治験・臨床研究、市販後調査に利活用するた

めの各種システム構築、環境整備、ガイドライン策定等を行う。また実際に疾患レジストリデータを

活用した治験を実施するための、産学連携の治験コンソーシアムを組織し、疾患レジストリの維持

管理費は、受益者負担とする、というもの(図表 2-2-1-1)(厚労省 2018a)。

図表2-2-1-1 クリニカルイノベーションネットワーク(CIN) (厚労省 2018a)

各 NC、すなわち国立がん研究センター、国立循環器病研究センター、国立精神・神経医療研

究センター、国立国際医療センター、国立成育医療センター、国立長寿医療研究センターそれぞ

れのワーキンググループ(CIN-WG)で、新たな疾患レジストリの構築を検討している。PMDA はレ

ギュラトリー・サイエンス面からの検討を行い、AMED は治験・臨床研究臨の支援を行う。

2) CIN 構想の研究班

厚労省の特別研究班(武田班)「NC 等において構築する疾患登録システムを基盤とした新た

な知見・臨床研究の推進方策に関する研究」(2015 年 9 月~2016 年 3 月、代表:国立精神・

効率的な創薬のための環境整備を進めるため、NCや学会等が構築する疾患登録システムなどのネットワーク化を行うCINを構築、拡充

関係機関のネットワークを構築し、産学連携による治験コンソーシアムを形成

疾患登録情報を活用した効率的な治験・市販後調査・臨床研究の体制構築を推進

これらの取組により、我が国発の医薬品・医療機器等の開発を促進するとともに、海外メーカーを国内開発へ呼び込む

○ 新薬、新医療機器等の開発コストが世界的に高騰 ※1新薬当たり約3千億円との試算あり

○ 開発の低コスト化、効率化を狙い、疾患登録システム(患者レジストリ)を活用する新たな臨床開発手法が登場

▶ 国立がん研究センターの取組「SCRUM-Japan」:全国のネットワーク病院でがん患者のゲノムスクリーニングを行い、そのデータを集約し、疾患登録システムに登録。希少がん患者の治験組入れ等を効率化

▶ 各ナショナルセンター(NC)、大学病院等でも平成26年から疾患登録システムの構築を開始

医薬品・医療機器開発を取り巻く環境の変化

そこで

具体的には

CIN構想

CIN(構想)のイメージ

レジストリ

NC

学会

大学病院 治験コンソーシアム

疾患登録情報を活用し効率化

創薬のための魅力的な環境

(1)③ リアルワールドデータの充実

クリニカル・イノベーション・ネットワーク(CIN)について

平成30年4月13日未来投資会議 推進会合「健康・医療・介護」会合資料より

【抜粋】第2回(H30.5.9)医薬品医療機器制度部会

3

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第 2 章 RWD の種類と利活用

33

神経医療研究センター神経研究所所長 武田伸一)では、疾患レジストリデータの活用に関す

るⅰ)市場調査、ⅱ)治験計画作成、ⅲ)治験実施可能性の調査、ⅳ)治験への患者リクルー

ト、ⅴ)治験対照群として活用、ⅵ)製造販売後調査の 6 つを提言している(図表 2-2-1-

2)。

図表2-2-1-2 患者レジストリの6つの役割

(2015 年度第 2 回臨床研究・治験活性化協議会資料)

武田班の提言を受けて、AMEDには 7つの研究班が設置された。このうち 4つの研究班はそれ

ぞれ、神経・筋疾患(筋ジストロフィー)のレジストリ構築(中村班)、ALS のレジストリ構築(祖父江

班)、がん領域のレジストリ構築(大津班)、脳神経外科(医療機器)のレジストリ構築(嘉山班)を担

当する。また 3 つの研究班は各疾患レジストリの共通の課題を横串的に検討し、それぞれ、患者レ

ジストリを活用するために新たな臨床研究デザインの開発(林班)、CIN の推進方策(武田班)、患

者レジストリ情報の総合拠点の構築(國土班)の研究を行う(図表 2-2-1-3)。

PMDA の中にも CIN 対応のワーキンググループが設置され(2018 年 2 月)、臨床開発と市販

後調査に活用するために、患者レジストリに要求されること、レジストリデータの評価方法、レジストリ

データの信頼性等に関して検討している。

また、PMDA、AMED、厚生労働省、経済産業省、文部科学省、内閣官房、医薬品・医療機器

業界代表者による「臨床開発環境整備推進会議」では、CIN 構築と臨床開発の環境整備にかか

わる具体的な課題の整理や支援策の検討を行っている。

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第 2 章 RWD の種類と利活用

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図表2-2-1-3 AMED CIN 研究班 (平成 30 年 3 月厚労省医政局研究開発振興課資料)

3) CIN 構想のロードマップ

CIN 構想ロードマップでは、2020 年度までに達成すべき 3 つの指標を示している(図表 2-2

-1-4)(厚労省 2018b)。

① 15 疾患について疾患登録システム構築

2017 年度までに 11 疾患、2018 年度までに新たな 4 疾患の疾患レジストリを構築し、自立的

運営の過程で継続的にシステムの改良を行う。また各レジストリ情報の総合拠点(仮称:中央支援

センター)を構築する。

② 疾患登録情報を活用した治験・臨床研究を 20 件実施

2016 年度には 6 試験を実施、 2018 年度より疾患レジストリを臨床開発に活用するための検

証的臨床試験を実施する。国際共同治験、再生医療等製品の臨床研究・治験を推進する。

③ 疾患登録情報を活用した治験・臨床研究に関するガイドラインを 5 件作成

CIN 事業予算は、2017 年度に 48.3 億円、2018 年度は 59.6 億円(内訳は CIN コア事業

17.0 億円、関連事業 42.6 億円)。この他、推進支援事業として 2017 年度 0.3 億円、2018 年に

0.7 億円が計上された。

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第 2 章 RWD の種類と利活用

35

図表2-2-1-4 CIN 構想ロードマップ

(第 3 回 臨床開発環境整備推進会議 資料)

【参考資料】

・(DiMasi JA ら 2016)DiMasi JA, Grabowski HG, Hansen RW. Innovation in the

pharmaceutical industry: New estimates of R&D costs. J Health Econ. 47: 20-

33(2016)

・(Lauer MS ら 2013)Lauer MS, D'Agostino RB Sr. The Randomized Registry Trial

- The Next Disruptive Technology in Clinical Research?. N Engl J Med. 369: 1579-

1581(2013).

・(PMDA2018)第 4 回臨床開発環境整備推進会議(2018.03.15)PMDA 資料

https://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-10801000-Iseikyoku-Soumuka/

0000197762.pdf

・(厚生科学審議会疾病対策部会難病対策委員会 2018)

https://www.mhlw.go.jp/stf/shingi2/0000204048.html

https://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-10601000-

Daijinkanboukouseikagakuka-Kouseikagakuka/0000204037.pdf

・(厚労省 2018a) 平成 30 年第 2 回厚生科学審議会 (医薬品医療機器制度部会) 平

成 30 年 5 月 9 日 https://www.mhlw.go.jp/stf/shingi2/0000205349.html

患者登録の継続的実施

2020年までのロードマップ

2016年度 2017年度 2018年度 2019年度 2020年度

疾患登録システム

の構築・活用

レギュラトリーサイエンス

治験ネットワーク

の構築・国際展開

1.疾患登録システム構築

1.治験ネットワークを活用した臨床試験の実施

1.RS研究の実施

指標

NC、臨床研究中核病院に生物統計家を配置

NC・基盤研でシステム構築 自立的運営(継続的にシステムの改良)

患者登録の継続的実施

新たなレジストリの構築(市販後・治験対照群用、規制当局も関与)

個情法、費用負担等、企業の活用を推進するための諸課題の検討

中央支援センター(仮)による、レジストリ情報収集、コーディネート

研修のモデル実施

疾患登録情報の活用可能性の検討

疾患登録情報、医療情報データベースの安全対策への活用

疾患登録システムの評価基準及び信頼性基準の検討・確立(NC、臨床研究中核病院等と連携し、RS研究を実施)

臨床研究中核病院等におけるグローバル対応可能な人材育成、アジア各国の医療機関との連携

再生医療等製品の治験実施件数の拡大再生医療臨床研究の実施件数の拡大

海外医療関係者等を対象とした国内機関での研修実施

アジアトレーニングセンター設置研修モデル策定

国内外で研修の実施

2020年度までに●疾患登録システム構築

(15疾患)「協力施設数」

がん:50、循環器病:100、精神・神経疾患:30、糖尿病:200、成育疾患:30、加齢に伴う疾患:20

「登録患者数」がん:500人(※治験への組入れ患者数) 、循環器病:10,000人、精神・神経疾患:15,000人、糖尿病:1,000,000人、成育疾患:30,000人、加齢に伴う疾患:4,000人

2015年度

11システム構築終了

臨床開発環境整備推進会議 等

第1回推進会議

8/20

第2回推進会議

4/7

班会議等

NC-

WG

PMDA-

WG

第3回推進会議

報告第4回推進会議

2020年度までに●疾患登録情報を活用した

治験・臨床研究の実施(20件)

2020年度までに●疾患登録情報を活用した

治験・臨床研究に関するガイドライン等の策定(5件)

6試験開始

疾患登録情報を活用した治験・臨床試験の実施

効率的な治験の実施方法に係る検討(中央倫理審査委員会の運用)

疾患登録システムを活用した市販後調査、治験対照群としての活用等に関するガイドラインの策定

反映

反映

自立的運営(継続的にシステムの改良)

2.患者登録

3.新たなレジストリの構築(市販後調査・治験対照群用)

4.企業活用の推進に向けた検討

5.ワンストップサービス拠点

5.再生医療の臨床研究・治験の推進

3.研究・治験の人材育成

2.検証的臨床研究の実施

4.国際共同治験の推進

2.ガイドラインの策定

4.アジア地域における薬事協力の推進

3.医療情報の活用

連携

自立的運営

班会議等

NC-

WG

報告

班会議等

NC-

WG

PMDA-

WG

報告

・・・

4システム構築を開始

疾患登録情報を臨床開発に利活用するための検証的臨床研究(Confirmatory Trial)の実施

(一部修正)

レジストリと企業ニーズのマッチング*企業ニーズとのマッチング 企業による利活用

56

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第 2 章 RWD の種類と利活用

36

・(厚労省 2018b) 第 4 回臨床開発環境整備推進会議 平成 30 年 3 月 15 日

https://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-10801000-Iseikyoku-

Soumuka/0000197766.pdf

・(国立がん研究センターがん情報サービス)

https://ganjoho.jp/public/index.html

・(小児慢性特定疾病登録センター)

https://www.shouman.jp/

2-2-2 RWD を活用する臨床試験

1) クリニカルイ・ノベーション・ネットワーク AMED 研究班

クリニカル・イノベーション・ネットワーク(CIN)とは、疾患登録情報を活用した臨床

開発インフラの整備を目的とした事業である。すなわち、NC が構築する疾患登録システ

ムなど各種疾患登録情報を活用して、NC(国立がん研究センター、国立循環器病研究セン

ター、国立精神・神経医療研究センター、国立国際医療研究センター、国立成育医療研究

センター、国立長寿医療研究センター)、臨床研究中核病院、独立行政法人医薬品医療機器

総合機構(PMDA)、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)等を中核とするネ

ットワークを構築し、産学連携による治験コンソーシアムを形成することである。まず、

2015 年度の厚生労働科学特別研究事業で、武田班が NC の有するデータベースを CIN とし

てどのように社会に利活用できのるかを検討し、次の 6 つの役割を担うことを提言した。

①市場調査、②治験実施可能性の調査、③治験への患者リクルート、④治験計画の作成、

⑤治験対照群としての活用、⑥製造販売後調査・安全性対策。

その成果を受けて AMED 研究班が立ち上がり、現在は 4 つのレジストリ構築研究班(そ

れぞれ筋ジストロフィー、筋萎縮性側索硬化症、がん希少フラクション、脳神経外科入院

患者のレジストリ)と 3 つの横串研究班(林班、武田班、國土班)が活動している。

横串研究班は、各レジストリ構築研究班で有する共通課題や CIN 全体の事項に関して横

断的な検討を行うことを目的に設立されている。このうち林班は、上述の CIN の 6 つの役

割のうち、継続検討が必要とされた「⑤治験対照群としての活用」及び「⑥製造販売後調

査・安全性対策」に関して引き続き研究を行うこととなった。

本節では林班の活動内容を中心に、現行の臨床試験の課題及びその解決策としてのレジ

ストリ試験の位置付け、更にはデータの信頼性や試験デザイン等に関して纏める。

2) 臨床試験デザインの課題

医薬品開発ではランダム化した比較試験(RCT)を基本とするが、難病や希少疾患を対象とした

医薬品の試験や、手術を伴う疾患に医療機器を適応する試験の場合は、疾患の重篤性や対象集

団の大きさ等の課題から RCT の実施が難しいことが多い。その場合、単群試験になることもあるが

結果の解釈が難しい。例えば事後的に外部データを比較対照群とする場合は、選択バイアス等を

含め対照設定が難しく比較可能性が低い。

一方 RCT は、人為的に整えた理想的な環境下での研究であるため、得られる成績は現実社会

から乖離する可能性がある。一例として、米国 NIH が 1993年より 15 年計画で実施した閉経後女

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第 2 章 RWD の種類と利活用

37

性約 16 万人を対象としたホルモン補充療法等に関する研究(3 本の臨床試験と 1 本の観察試験

より構成)があげられる(図表 2-2-2-1)(Rossouw JE ら 2002、Anderson GL ら 2004)。この

研究では 68,000 人が RCT に登録され、残りはコホート研究として観察研究に登録されている。ホ

ルモン補充療法では一般的に心血管疾患に対する影響が懸念されていたが、本研究の RCT に

おいてもホルモン補充治療を受けた群で冠動脈疾患のリスクが増大するという結果が得られた。し

かし、試験終了後に本研究を振り返って明らかになったことは、本研究のランダム化が適切でなか

ったことであった。試験前に既にホルモン補充療法を受けていた患者の多くは、その治療に満足し

ているために RCT には参加せずコホート研究に参加していた。実際、コホート研究ではホルモン補

充療法で冠動脈疾患のリスクは低下するという結果が得られた(リスク比:0.61)。一方、RCT には

ホルモン補充療法の経験がない高齢患者、すなわち、本来ホルモン補充療法の対象にならない患

者が多く登録されたために、ホルモン補充療法の効果が確認できず、むしろ有害事象が多くなると

いう結果が得られた。この例のように、既に広く普及している治療方法に対しての RCT では適切な

患者を登録してプラセボ群と実薬群にランダム化することは倫理的にも難しく、RCT という研究方

法の限界が示された。

図表2-2-2-1 WHI 研究内での研究デザインによる結果の相違(林邦彦氏提供)

リスク比(95%CI)

WHI 研究(HRT-RCT) コホート研究

メタ解析 併用試験 単独試験

冠動脈疾患 1.29 (1.02 – 1.63) 0.91 (0.75 – 1.12) 0.61 (0.45 – 0.82)

脳卒中 1.41 (1.07 – 1.85) 1.39 (1.10 – 1.77) 1.45 (1.10 – 1.92)

肺塞栓 2.13 (1.39 – 3.25) 1.34 (0.87 – 2.06) 2.10 (1.20 – 3.80)

浸潤性乳がん 1.26 (1.00 – 1.59) 0.77 (0.59 – 1.01) 1.41 (1.00 – 1.59)

子宮内膜がん 0.83 (0.47 – 1.47) -

大腸がん 0.63 (0.43 – 0.92) 1.08 (0.75 – 1.55) 0.66 (0.59 – 0.74)

骨折 0.66 (0.45 – 0.98) 0.61 (0.41 – 0.93) 0.75 (0.68 -0.84)

WHI:Women’s Health Initiative

HRT-RCT: hormone replacement therapy-randomized control trial

併用試験:Estrogen + Progestin

単独試験:Conjugated equine estrogen (CEE)

3) 新たな臨床試験デザインについて

林班では、通常の RCT を実施することが困難な領域では、患者レジストリを利用したコホート

研究の中で臨床試験を実施すると効率が良いことから、「Clinical Trial in Cohort Study」という

考え方を提言することを考えている。すなわち、図表 2-2-2-2 に例を示したように、投与群と同

時期に得られる RWD から傾向スコアや Zelen 変法等を使って対照群のデータを抽出する、という

臨床試験デザインの提案である。その他にチャレンジな解析方法としては、操作変数

(Instrumental Variable; IV)を用いてランダム化していなくてもランダム化と同じような予測がで

きる手法があり、観察研究や RCT で利用されている(Schneeweiss S ら 2006、Halpern SD ら

2015)。

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第 2 章 RWD の種類と利活用

38

図表2-2-2-2 患者レジストリを利用した臨床試験(林邦彦氏提供資料を改編)

• CT in Cohort Study

患者レジストリ(ベース・コホート)を利用した臨床試験の例

Concurrent Control, Simulated RCT, RCT in cohort

例 1. 嚢胞性線維症での Ivacaftor

嚢胞性線維症(常染色体劣性遺伝, 欧米では 2500 人に 1 人) 第Ⅲ相試験(N=189,

2010- 2012) Ivacaftor 服用患者と、US Cystic Fibrosis Foundation Patient

Registry で 傾向スコアでマッチした同時期のコントロール(N=886)

(Sawicki GS ら. Am J Respir Crit Care Med. 2015)

例 2. 脊柱管狭窄症の外科的減圧術での脊椎インプラント Coflex

スイス政府の患者レジストリ(SWISSspine)の Coflex 使用例(N=56)と、ヨーロッパ Spine

学会患者レジストリ(Spine Tango)から傾向スコアでマッチしたコントロール(N=299)

(Roder C ら. Eur Spine J. 2015)

例 3. ACCESS 試験(自傷行為での入院患者におけるケアの RCT)

Zelen 変法;2 段階同意取得が特徴、RCT 割付以後に再度同意を取得。 研究の中に、割付

群ではない治療群が存在する。

(Hatcher S ら l. Trials, 2011)

4) 日本での患者レジストリの活用

患者レジストリを活用する上での利点と欠点を図表 2-2-2-3 に纏めた。これらの利点と欠点

を考慮しながら、林班では以下の検討課題に関する答申を纏めている。

①開発した臨床研究デザインの応用可能性の検討

②研究デザイン・解析法に関するガイダンス作成

③承認審査の観点からのバリデーション基準の策定

患者レジストリを作っている主体は国立研究所などの研究者だが、研究者自身は全員の医療の

原データを持っているのではなく、データの品質保証は難しい。また作成時にデータのミッシングも

起こり得る。患者レジストリデータを製造販売承認申請資料として用いるためには、信頼性の担保

が重要であり、林班では、患者レジストリの設計及び運用や申請企業に対する要求事項の基本的

な考え方を纏めている。

図表2-2-2-3 患者レジストリ利用の Pros & Cons(林邦彦氏提供資料を改編)

Cons • 非 RCT は二流のエビデンス、今まで何とかやってきた

• 前例がない

(例:新たな倫理的対応、信頼性基準が必要)

• 医薬品開発のグローバル化(日本データの優先順位?)

Pros • 世界的な流れ(real world evidence)

• 患者レジストリは、はじめから目的がある

(いわゆるビッグデータ二次利用とは趣旨がやや異なる

• 我が国のアドバンテージ

疫学(観察研究)と生物統計学(臨床試験)の距離の近さ

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第 2 章 RWD の種類と利活用

39

5) 諸外国での患者レジストリ活用の動向とガイドライン

FDA では 2017 年に Real-World Evidence(RWE)使用に関するガイダンスを発出して、医療

機器に関しては積極的な患者レジストリ使用を推奨している(FDA ガイダンス 2017)。さらに今年

になって FDA は Real-World Evidence Program を発信し、医薬品の有効性等の判断に RWE

の活用を検討していることを示している(Real-World Evidence Program 2018)。EMA も市販後

臨床試験での積極的な患者レジストリの使用を認めている(EMA ガイダンス 2016)。

Ford 及び Norrie は、臨床試験では精度を高めて検証力を強くしようとすればするほど試験環

境を整え過ぎるために現実社会から乖離から、できる限り現実に近い形で臨床試験を組むことを提

言している(Ford I ら 2016)。また、米国の 21st Century Cures Legislation でも RWD 利用の

方向を示している。これらの背景には膨張する臨床試験コストを抑えようという流れがある。

林班では、海外での患者レジストリ活用の動向を見据え、数年後には世界共通の患者レジストリ

活用のルールが構築されると予想し、我が国からも共通ルールに資する提言を日本語及び英語で

発信する予定である。

【参考資料】

・ (Anderson GL ら 2004 )Anderson GL, Limacher M, Assaf AR, et al. Effects of

conjugated equine estrogen in postmenopausal women with hysterectomy: the

Women's Health Initiative randomized controlled trial. JAMA. 291 (14): 1701-

1712(2004).

・(EMA ガイダンス 2016)Scientific guidance on post-authorisation efficacy studies.

https://www.ema.europa.eu/documents/scientific-guideline/scientific-guidance-

post-authorisation-efficacy-studies-first-version_en.pdf

・(FDA ガイダンス 2017)Use of Real-World Evidence to Support Regulatory Decision-

Making for Medical Devices: Guidance for Industry and Food and Drug

Administration Staff. Document issued on August 31, 2017.

https://www.fda.gov/downloads/MedicalDevices/DeviceRegulationandGuidance/Gu

idanceDocuments/UCM513027.pdf

・(Ford I ら 2016)Ford I, Norrie J. Pragmatic Trials. N Engl J Med. 375 (5): 454-

463(2016).

・(Halpern SD ら 2015)Halpern SD, French B, Small DS, et al. Randomized trial of four

financial-incentive programs for smoking cessation. N Engl J Med. 372 (22): 2108-

2117(2015).

・(Hatcher S ら 2011)Hatcher S, Sharon C, House A, et al. The ACCESS study a Zelen

randomised controlled trial of a treatment package including problem solving

therapy compared to treatment as usual in people who present to hospital after

self-harm: study protocol for a randomised controlled trial. Trials. 2011; 12: 135.

・(PMDA2018)第 4 回臨床開発環境整備推進会議(2018.03.15)PMDA 資料

https://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-10801000-Iseikyoku-Soumuka/

0000197762.pdf

・(Real-World Evidence Program 2018)

Page 48: 医療リアルワールドデータの利活用薬への医療ビッグデータやAI等ICT技術の利活用、並びに新規創薬モダリティ技術およびその基盤技術

第 2 章 RWD の種類と利活用

40

https://www.fda.gov/downloads/ScienceResearch/SpecialTopics/RealWorldEvidenc

e/UCM627769.pdf

・(Roder C ら . 2015)Röder C, Baumgärtner B, Berlemann U, Aghayev E. Superior

outcomes of decompression with an interlaminar dynamic device versus

decompression alone in patients with lumbar spinal stenosis and back pain: a cross

registry study. Eur Spine J. 24 (10): 2228-2235(2015).

・(Rossouw JE ら 2002)Rossouw JE, Anderson GL, Prentice RL, et al. Risks and benefits

of estrogen plus progestin in healthy postmenopausal women: principal results

From the Women's Health Initiative randomized controlled trial. JAMA. Jul 17;

288 (3): 321-333(2002).

・(Sawicki GS ら 2015)Sawicki GS, McKone EF, Pasta DJ, et al. Sustained Benefit from

ivacaftor demonstrated by combining clinical trial and cystic fibrosis patient

registry data. Am J Respir Crit Care Med. 192 (7): 836-842(2015).

・(Schneeweiss S ら 2006)Schneeweiss S, Solomon DH, Wang PS, et al. Simultaneous

assessment of short-term gastrointestinal benefits and cardiovascular risks of

selective cyclooxygenase 2 inhibitors and nonselective nonsteroidal anti -

inflammatory drugs: an instrumental variable analysis. Arthritis Rheum. 54 (11):

3390-3398(2006).

2-2-3 医薬品開発における RWD の活用

1) はじめに

RWD を医薬品の開発、特に製造販売承認申請に利活用することに関しては我が国のみならず

世界中で活発な議論が交わされている。RWD の主な特徴としては以下の通りとなる。

・日常診療下での医療行為の実施、健康関連イベント、費用に関する情報が記録されており、

病状の推移や現実の使用実態下における薬の介入効果を評価することができる。

・データは、上記一次利用の目的に最適化された形で収集・集積されている。

・記録不十分あるいは欠如、データのミスコーディングや集計ミスなどがあり得る。

医薬品の有効性・安全性に関して科学的に評価することを目的に必要なデータを収集する治験

のデータと比べて、多くの RWD は前述の特徴のため、データソースとしては相対的に質が低く、製

造販売承認申請に用いるには難しいと考えられてきた。このような背景のもと、今後、RWDをどのよ

うに製造販売承認申請に利用するか、また、その際にどのような課題が考えられるかを産業界、特

に医薬品開発に携わる企業の視点から記載する。

2) 背景

2017 年 10 月 2 日に開催された「第1回 革新的医薬品創出のための官民対話」(厚労省

2017a)、2017 年 11 月 7 日に開催された「第 3 回薬事に関するハイレベル(局長級)官民政策対

話」(厚労省 2017b)の中で、増大する研究開発コストへの対応として、「RWDの利活用推進」が取

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第 2 章 RWD の種類と利活用

41

り上げられた。この中には、「RWD の利活用による臨床試験、市販後調査の効率化・低コスト化・

迅速化」、「NC(国立高度専門医療研究センター)が RWD として疾患登録システムのデータベー

スを構築し、薬事での利活用を促進する」などが盛り込まれている。同内容は 2018 年 2 月 23 日

に改訂された「医薬品産業強化総合戦略」(厚労省 2018)にも反映された(図表 2-2-3-1)。

図表2-2-3-1 医薬品産業強化総合戦略(厚労省 2018)

官民が示している RWD の活用目的には以下の様に「治験の効率化(低コスト化・迅速化)」と、

それに伴う「国内開発の国際競争力強化」が記載されている。

1. 増大する研究開発コストに対応した臨床試験や製販後調査のあり方を検討する。

2. 臨床試験、市販後調査の効率化・低コスト化・迅速化を目指す。

3. レジストリのデータを臨床試験に代替して医薬品開発に活用する。

4. 臨床試験のスピードアップを目指す。

5. 我が国の医薬品・医療機器等の開発競争力を強化する。

6. 諸外国と比べて開発コストが高いという我が国の臨床開発に係る課題を解決する。

7. 抗がん剤、難病治療薬、バイオ医薬品などの国内開発の活性化を促すとともに海外メーカ

ーを国内開発に呼び込む。

3) 現状と課題

「治験の効率化(低コスト化・迅速化)」に向けた RWDの活用方法としては、治験計画の作成や

患者スクリーニングなどがあげられるが、製造販売承認申請時の評価資料に RWD を利用する際

には、以下の様なケースが想定される。

1. 未承認薬のコントロール群に RWD を利用する。

2. 既承認薬の適応拡大のために RWD を利用する。

3. Pragmatic Clinical Trial(実際的臨床試験)を製造販売承認申請パッケージに用いる。

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第 2 章 RWD の種類と利活用

42

4. 製造販売承認申請資料の補助資料として RWD からの分析結果を利用する。

このような利用の際に考えられる課題 1.のケースを中心に据え、医薬品開発に携わる企業の立

場から以下に 6 つの課題を提示する。

【課題①:薬事関連法則】

第一の課題は、RWD を使った製造販売承認申請が現在の薬事関連法規上受け入れられるか、

という点である。

薬機法第 14 条第 3 項では、「第一項の承認を受けようとする者は、厚労省令で定めるところに

より、申請書に臨床試験の試験成績に関する資料その他の資料を添付して申請しなければならな

い。この場合、当該申請に係る医薬品が厚労省令で定める医薬品であるときは、当該資料は、厚

労省令で定める基準に従って収集され、かつ、作成されたものでなければならない。」とされている。

すなわち、厚労省令で定める「医薬品の臨床試験の実施の基準に関する省令(厚労省 1997)」

(図表 2-2-3-2)の第二章から第四章に定められた「治験」で収集され、作成された資料でなけ

ればならないことになっている。そのため、治験で収集されたデータではない「RWD」を製造販売承

認申請資料に利用するためには、法や省令の改正が必要と考えられる。

医薬品の臨床試験の実施の基準に関する省令

目次

第一章 総則(第一条-第三条)

第二章 治験の依頼に関する基準(第四条-第十五条)

第三章 治験の管理に関する基準(第十六条-第二十六条)

第四章 治験を行う基準(第二十七条-第五十六条)

第一節 治験審査委員会(第二十七条-第三十四条)

第二節 実施医療機関(第三十五条-第四十一条)

第三節 治験責任医師(第四十二条-第四十九条)

第四節 被験者の同意(第五十条-第五十五条)

第五章 再審査等の資料の基準(第五十六条)

第六章 治験の依頼等の基準(第五十七条-第五十九条)

附則

図表2-2-3-2 医薬品の臨床試験の実施の基準に関する省令(厚労省 1997)

これに対して、米国では致死的な疾患や希少疾病など一定の条件下でのコントロール群として

historical control の使用が認められており、その historical control として RWD が利用される

場合がある。例えば、「フィラデルフィア染色体陰性で再発または難治性の前駆 B 細胞性急性リン

パ性白血病治療薬 BLINCYTO(成分名:blinatumomab)」(FDA2014)がそのケースに該当す

る。

【課題②:RWD のデータ利用の自由度】

RWD をコントロール群として用いる場合、データ利用の自由度がどのくらいあるか、ということが

課題になる。

医薬品を開発する企業は、まず治験計画作成の段階で該当するレジストリなどの RWD がコント

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第 2 章 RWD の種類と利活用

43

ロール群としての利用に耐えうるかを評価する。コントロール群として利用するとなった場合、その

RWD からコントロール群となるデータを抽出し、データマネジメント・解析をする。この一連の作業を

実施するための、RWD へのアクセスの自由度をどこまで高められるかという点が課題になる。

RWD の利用までの時間も課題になる。開発は速度が重要な要素であるため、利用申請から利

用までに数ヵ月以上の時間が掛かるようであれば、RWDを利用するメリットは損なわれる。データ利

用の範囲も重要である。コントロール群として抽出されたデータは、国内のみならず、海外の規制当

局への製造販売承認申請でも用いる。あるいは、海外のグループ会社やライセンス先の企業に移

転される必要性が発生し得る。国内の申請目的にしか利用できないのであれば、それを前提とした

医薬品開発には大きな枷がはめられてしまう。一次利用者が抽出した RWD の海外を含む第三者

への提供が可能となる仕組みが求められる。

【課題③:RWD の質】

一般に治験では、入口(試験設計、症例報告書設計)から出口(解析、報告書作成)まで、多く

のリソースとコストをかけて、質の高いデータを集積する。もし規制当局が、「治験データと同等の質

を担保しなければ RWDを利用できない」とするのであれば、それは RWDを得るために治験と同等

の作業を指示していることになり、本末転倒になりかねない。

医薬品規制調査国際会議(ICH)で進められている「医薬品臨床試験実施基準(GCP)の刷新」

では、求められる臨床データの質の要求水準はコンテキストに依存し、期待するエビデンスの高さ

によって変化するということを前提として RWD の利活用についての議論がなされている。日本製薬

工業協会が公表している『RWD:「データの質」に関する考察』(製薬協 2016)でも RWDの質が議

論されている。その議論が進むことで、「規制当局が製造販売承認申請時に求める RWD 利用の

要求水準」が現実的なレベルでガイドライン等に反映されることが期待されている。

データの質とともに RWD に医薬品評価のために必要な項目が含まれているかという問題もある。

例えば、製造販売承認申請で用いる有効性の評価項目(指標)は日常診療では用いられていない

場合が多いことから、該当データが一般の RWD には存在しないということもあり得る。また、安全性

のデータは、治験と日常診療での収集される有害事象・副作用の情報量の違いから、治験で収集

した安全性情報と RWD から収集された安全性情報の比較・評価が、できるかという課題もある。さ

らには、患者背景を揃えるために必要な「共変量」のデータを利用できるかどうかも重要である。

【課題④:統計的な難しさ】

統計解析上の大きな課題は、比較可能性をどのように担保できるか、具体的には、交絡(バイア

ス)因子をどう調整すべきかがあげられる。また、RWD では当然のように存在する欠落(欠測値)へ

の対応が課題となる。

治験は無作為割り付けを基礎とし、アルファ過誤(効果のない治療を効果ありと判定する過誤)と

ベータ過誤(効果のある治療を効果なしと判定する過誤)を制御するために事前規定を要求する。

これらを RWD の解析で完全に充足させることは簡単ではないが、治験で得られる結論と矛盾しな

いようにするための統計学や疫学の工夫には目を瞠る。今後の手法の発展により、上記課題が解

消されていくことが期待される。

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第 2 章 RWD の種類と利活用

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【課題⑤:規制上の意思決定をする際の判断基準の設定】

RWD に従来の治験と同じ質が求められる場合、従来の治験を実施する他ない。しかし、「そもそ

も従来の評価方法は、過剰な品質を求め過ぎていたのではないか」、もしくは、「比較可能性に重き

を置いていた評価から一般化可能性をもっと加味した評価も考慮すべきではないか」、という意見も

提唱されており、製造販売承認申請の基準もより柔軟な考え方が求められている。世界的にも、規

制当局の意思決定に RWD が利用可能かどうか評価するためのフレームワーク、あるいは、意思決

定のために求められるエビデンスのレベルが議論されている。この「エビデンスのレベル」は、対象疾

患の特徴(重篤性・希少性)、緊急性、社会へのインパクト等の要素を反映して、変わるべきものだ

という意見がある。Patient-Focused Drug Development という考えのもと「患者や介護者の声」

を医薬品開発や規制上の意識決定にもっと反映させるべき、という意見が出てきている。また、

FDA のガイダンスには、「利用可能で代替できる治療法がない場合、適用対象となる患者集団に

よる『デバイスのベネフィット・リスクのより大きな不確実性を受け入れる』という意思を考慮する」とい

った趣旨の文章がある(FDA2017)。製造販売承認申請に RWD を利用する場合のエビデンスレ

ベルは、当然ながら科学的な評価を前提に、疾患の特異性や緊急性、及び患者や介護者の声と

いう要素も含めて判断されるべきである。

AMED の医薬品等規制調和・評価研究事業「患者レジストリデータを用い、臨床開発の効率化

を目指すレギュラトリーサイエンス研究」(AMED 林班)で、レジストリデータを利用した製造販売承

認申請の道を切り開くべく検討が進められている(AMED2017)。この研究成果が、ガイドラインの

策定に繋がるものになると思われ、その成果に期待したい。

【課題⑥:良質な RWD 集積のためのエコシステムの確立】

RWD の利活用を促進するために重要なことは、RWD データベースの構築、維持とその利活用

のシステム全体が、共存共栄のエコシステムになることである。「効率のよい医薬品の開発や安全性

監視のために質の良い RWD を整備する」という発想ではなく、まず「RWD をその一次目的のため

に高度化」し、結果として「創薬や医薬品開発にも利用できるだけの内容と質を確保する」、というス

キームを描くべきである。関係する全てのステークホルダーが満足できるシステムを確立しなければ、

今後持続して RWD の充実と利活用の促進の歯車が回っていかない。基本的に「より良い医療シ

ステムとは?」という視点から RWD を構築し、その中で蓄積されるデータを二次利用させてもらう。

その際に、もし大きな追加的リソースをかけずに企業のニーズを可能であれば反映してもらう、という

流れで考えるのが、エコシステムとして成立するために必要である(図表 2-2-3-3)。

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第 2 章 RWD の種類と利活用

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図表2-2-3-3 創薬促進のために良質な RWD を作る?(小林典弘氏提供資料)

4) 課題解決の方向性

2-2-3 項の 3)に記載した課題①~⑥は、RWD を製造販売承認申請に利用する上で重要な

課題であるが、現状ではこれに対して産官学が同じ方向を向いて取組んでいるとは言いがたい。そ

の原因の一つとして、産(医薬品開発企業)が RWDをどのように利用したいのかが明確になってい

ない、という意見がある。利用したい目的を明確にしないと、求めるべきデータの要件定義も決めら

れない。産として、多角的かつ十分な検討を行い、官・学へ具体的な提言や議論・交渉をしていく

必要がある。

RWDが産で利用できる場面は、製造販売承認申請だけではない。製造販売承認申請での利用

は、一番ハードルの高い利用目的であり、寧ろ、もっとハードルの低い研究開発の効率化に資する

目的での利用を進め、その成果を少しでも出しつつ、その過程で産としても RWD に対する理解を

深めることが重要である。その経験の積み重ねから、より有益な利用方法の発見、そのための課題

抽出、その課題解決に向けた提案などを考えることができるようになる。

RWD の製造販売承認申請への応用に関しては、社会の変化に合わせ、これからの時代に適し

たあり方を見つめ直す良い機会である。人々から求められる医薬品を迅速に提供していくため、産

官学で協力し最善の道を考えることが求められている。

【参考資料】

・(AMED 2017) 患者レジストリーデータを用い、臨床開発の効率化を目指すレギュラトリーサイ

エンス研究

https://www.amed.go.jp/content/files/jp/houkoku_h28/0502053/h28_022.pdf

・(FDA2014) BLINCYTO(成分名:blinatumomab)

https://www.accessdata.fda.gov/drugsatfda_docs/label/2018/125557s013lbl.pdf#searc

h=%27BLINCYTO%27

・(FDA2017) Use of Real-World Evidence to Support Regulatory Decision-Making for

・ そのために社会コストがかかっていれば、本末転倒

・ 社会全体を考えると、別の一次目的があって二次データとして

RWD を活用するのが自然

・ 創薬促進のために質のよい RWD を作るという発想ではなく、一次

目的の高度化のために質を高め、結果として創薬目的にも利用

できるという絵を描くべき - 地域包括ケア、多職種連携を踏まえた、正確な診断名の登録 (レセプト

病名は書かない)

- 医療の質の評価の一環として、Clinical Outcome Assessment

(COA) ができるようなデータを収集する

- 行政施策による医療資源の公平な配分のため、保険者や保険の種類

(医療、介護など) の違いに影響されず分析できる仕組み

「より良い医療システムとは?」から考えていく必要があるのでは?

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第 2 章 RWD の種類と利活用

46

Medical Devices –Guidance for Industry and Food and Drug Administration Staff-,

August 31, 2017

https://www.fda.gov/downloads/MedicalDevices/DeviceRegulationandGuidance/Guid

anceDocuments/UCM513027

・(厚労省 1997) 厚生省令第二十八号「医薬品の臨床試験の実施の基準に関する省令」

https://www.mhlw.go.jp/shingi/2006/05/dl/s0525-.pdf#search=%27GCP%E7%9C%81

%E4%BB%A4%27

・(厚労省 2017a) 第 1 回革新的医薬品創出のための官民対話

https://www.mhlw.go.jp/stf/shingi2/0000179536.html

・(厚労省 2017b) 第 3 回薬事に関するハイレベル(局長級)官民政策対話

https://www.mhlw.go.jp/stf/shingi2/0000183925.html

・(厚労省 2018) 医薬品産業強化総合戦略 改訂概要

https://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-10801000-Iseikyoku-

Soumuka/0000195288.pdf

・(製薬協 2016)

http://www.jpma.or.jp/medicine/shinyaku/tiken/allotment/pdf/rwd_quality.pdf

2-2-4 医療機器開発における RWD の活用

医療機器の開発では、医薬品に比べて RWD の活用が進んでいる。本項では、医療機器と医

薬品の開発を比較しつつ、医療機器における RWD 活用の実例を紹介する。

1) 医療機器と医薬品の開発の相違点

医療機器は医薬品に比べて技術革新のスピードが速く開発途中での仕様変更もあることから、

医療機器の開発は、既存製品の改良・改善となる場合が多く、このような場合に実施される臨床試

験の多くは差分の評価となる。また、医療機器の臨床試験では対象患者が比較的少ないこと、盲

検化が難しいこと、対照として偽(sham)治療を行うと有害事象が発生する可能性もあること等から、

しばしば、単群(シングルアーム)試験での薬事申請が行われている。図表 2-2-4-1 に医療機

器と医薬品の開発の相違点を示した。

医療機器では市販後のデータを基に新しい開発コンセプトを生み出し、次の世代の新たな医療

機器を開発していくライフサイクルマネジメントの考え方が重要である。

Page 55: 医療リアルワールドデータの利活用薬への医療ビッグデータやAI等ICT技術の利活用、並びに新規創薬モダリティ技術およびその基盤技術

第 2 章 RWD の種類と利活用

47

図表2-2-4-1 医療機器と医薬品の開発の相違点(半田宣弘氏提供)

2) RWD の活用

医療機器及び医薬品の開発にあたって RWD、特にレジストリデータを利活用する可能性は、一

般的には市場調査、臨床試験に組み入れるべき患者の把握とリクルート、製造販売承認申請デー

タ又は市販後調査への利活用、等が考えられる。このうち、製造販売承認申請データの場合は、

臨床試験のコントロール群のデータ、また、再審査申請用資料としての活用事例が散見されている。

一方、医療機器の適応拡大申請のための適応外使用症例(Off label use)に関するレジストリデ

ータの活用は海外には事例が報告されているが、我が国では未だ行われていない(図表 2-2-4

-2)。

図表2-2-4-2 RWD の利活用:レジストリデータの有用性(半田宣弘氏提供)

市場調査

臨床試験への組み入れの促進

承認申請への利用

臨床試験のコントロールグループ

再審査申請資料

(Off label use症例による適応拡大)

市販後安全対策

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第 2 章 RWD の種類と利活用

48

医療機器、医薬品ともに市場調査と臨床試験の対象患者のリクルートは、既に RWD の活用が

進んでいる。一方、RWD の製造販売承認申請への利活用と市販後調査への利活用は、現状で

は、医療機器の分野でのみ実例がある。医療機器でレジストリデータの利活用が進んでいる背景

には、前向きの比較試験を行えるほどの患者数が確保できない場合が多いこと、対象となる医療機

器を使ったことが明瞭なために盲検化が困難な場合が多いこと、そして医療機器ではプラセボ使用

に倫理的な課題が多いこと、等の状況がある。単群試験を行うことのメリットは、患者リクルート費用

の抑制や開発期間短縮なども考えられるが、前向き比較臨床試験と比較して、適切な臨床試験デ

ザインを計画することが難しいというデメリットも考慮する必要がある。しかしながら、特に希少疾病と

小児の領域に関しては患者数が少ないため、レジストリデータをコントロール群とした単群試験を行

う場合が多くなる。これは医療機器のみならず、医薬品にも当てはまることから、将来的には医薬品

開発でも希少疾病と小児の領域に関してレジストリデータの利活用が進むと考えられる。一方、対

象患者数が多い場合や、非常に新規性が高い医療機器の場合には、前向き比較臨床試験による

評価が求められる。

3) 医療機器開発のコントロール群としてレジストリデータを用いた例

胸部大動脈瘤の破裂を予防する「分岐付き胸部ステントグラフト:Najuta」の開発では、Najuta

使用群のみの単群の治験が行われ、性能目標として「日本成人心臓血管外科データベース」の手

術成績が用いられ、その結果をもって 2012 年 12 月に製造販売承認された。ここで重要なことは

主要評価項目である瘤治療関連 12 ヶ月生存率に関する個々の患者レベルの詳細なデータがそ

ろったため、それを使って傾向スコア(propensity score)マッチングが実施された点である。

発作性心房細動に対する高周波アブレーションシステム「SATAKE ホットバルーンカテーテル」

(2015 年 11 月承認)の開発ではコントロール群として「日本不整脈心電学会の Japanese

Catheter Ablation Registry of Atrial Fibrillation (J-DARAF)」を用いて性能目標を設定し

ている。

「EXCORE Pediatric 小児用体外設置型補助人工心臓システム」の製造販売承認のケースで

は、小児用補助人工心臓を使った時の生存曲線と、従来の治療法である体外循環による治療法

のそれが傾向スコアマッチングで比較されたが、EXCORE の治験自体はシングルアーム試験であ

り、従来の治療法に関しては海外で別途集積されたレジストリデータが用いられた。EXCORE の生

存率(180 日後で 50%を上回る)は、従来の治療法での生存率(20 日後で約 20%)と比べ明白に

すぐれており、これほどの差がある場合は、レジストリデータの結果をコントロール群としたシングルア

ームの臨床試験で評価をすることも可能という実例になった。

以上の例を含め、医療機器開発のコントロール群として、国内外のレジストリデータが用いられ、

承認された例を図表 2-2-4-3 にまとめた。

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第 2 章 RWD の種類と利活用

49

品目(承認番号) 概要 レジストリデータ

カワスミNajuta胸部ステント

グラフトシステム

(22400BZX00516000)

胸部大動脈瘤の破裂

予防

コントロール群として日本成人心臓血管

外科データベース」の手術成績を用いて

性能目標を設定した(2012年12月承

認)

SATAKE・HotBalloonカ

テーテル

(22700BZX00355000)

発作性心房細動に対

する高周波アブレー

ションシステム

コントロール群として日本不整脈心電学

会のレジストリJ-DARAFを用いて性能

目標を設定した

(2015年11月承認)

EXCORE小児用対外設置

型補助人工心臓システム

(22700BZX00179000)

小児用補助人工心臓 従来の治療法(体外循環による治療法)

での成績をコントロール群として解析した

(2015年6月承認)

Da vinci X サージカルシス

テム

(23000BZX00090000)

心臓外科領域への適

応拡大

STS National Databaseの手術成績

をコントロール群として臨床試験が行わ

れた(2015年12月承認)

MitraClip NT システム

(22900BZX00358000)

僧帽弁閉鎖不全症の

前尖・後尖をクリップ

で留めて経皮的に逆

流を減らす機器

デューク大学で内科的治療を受けた患

者のレジストリデータをコントロール群とし

て試験結果が解析された(2017年10月

承認)

図表2-2-4-3 我が国の医療機器開発におけるレジストリデータの利活用例

(半田宣弘氏提供資料を一部改編)

4) 再審査申請資料でのレジストリデータの利活用

医療機器の再審査で使われたレジストリデータの実例は、「人工補助心臓のレジストリ:

Japanese Registry for Mechanically Assisted Circulatory Support (J-MACS)」、「カテー

テルによる大動脈弁置換術で装着する人工弁レジストリ:Japanese Registry for Transcatheter

Aortic Valve Replacement (J-TAVR)」、「脳動脈瘤治療デバイスのレジストリ:Flow Diverter」

の 3 例である。これらは学会、医療機器の企業及び PMDA が協力して構築したレジストリを活用し

て再審査申請が行われている。そのデータの信頼性に関しても一定程度担保されるよう、PMDA

がレジストリの構築時から関与しているものである。

5) 適応外使用による適応拡大でのレジストリデータの利用

適応外使用(off label use)のレジストリデータを用いた医療機器の適応拡大は米国 FDA の事

例がある。すでに僧帽弁や大動脈弁が置換されている人工弁の機能不全に対して、カテーテルを

用いた大動脈弁置換術あるいは僧帽弁置換術で装着することへの適応拡大は、STS/ACC/TVT

レジストリ(Society of Thoracic Surgeons/ American College of Cardiology/ Transcatheter

Valve Therapy Registry)で収集された適応外使用データの解析をもって製造販売承認されて

いる。

PMDA では、適応外使用のレジストリデータを用いた医療機器の適応拡は、適応外使用そのも

のを推奨できないという立場ではあるものの、適用外公知の概念や米国の事例も勘案し、どのよう

な医療機器開発で、どのレベルの RWDがあれば適応拡大もあり得るか、前向きに検討を行ってい

るという。ただし、現段階ではまだ具体的な事例は出てきていない。

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第 2 章 RWD の種類と利活用

50

6) 市販後調査でのレジストリデータの利用

医療機器の市販後調査にレジストリデータを使うことは従来から行われている。海外ではメタルオ

ンメタルと呼ばれるタイプの人工関節の中に、レジストリデータから合併症の発生頻度が非常に多

い製品があり、この製品は市場から撤退したという事例もある。

補助人工心臓レジストリ(J-MACS)は、学会とPMDAとの共同により市販後調査に使われてい

る。学会は人工心臓を取りつけることができる施設を認定し、認定施設はデータをJ-MACSのデー

タセンターに入力する。企業はそのデータを使って有害事象報告を行い、使用成績調査に対応し

ている(図表2-2-4-4)。

図表2-2-4-4 The Framework of J-MACS(半田宣弘氏提供)

2017年10月にGPSP省令の一部を改正する省令が公布され、2018年4月に施行された(厚労

省2017)。市販後調査では、従来、企業と医療機関との間で契約が結ばれ、データベース所有者

(運営管理者)が医療機関からデータを集積していたが、GPSP改正により企業がデータベース所

有者と直接契約を結ぶことが可能になった。これによって、レジストリデータの信頼性をレジストリデ

ータ所有者が担保することができれば、医療機器の市販後調査に、レジストリデータベースを利用

できる環境が整いつつある。

市販後調査は通常「前向き」でやるため、医療機器の製造販売承認申請の最終段階に、企業は

市販後調査の計画書を提出し、その計画書に沿った形でレジストリデータベース所有者と交渉す

る。医療機器の新製品が製造販売承認された場合、その製品に特異的で必要な項目があれば、

それをレジストリデータベースに追加してもらうことになる。したがって、基本的に使用成績調査が始

まるときにはレジストリデータベースの必要な項目は充足されていることになる。なお、市販後調査は

GCP準拠ではないが、レジストリデータも当面GCP準拠である必要はない。しかしながら一定程度

の信頼性の担保が求められることは言うまでもない。

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第 2 章 RWD の種類と利活用

51

7) レジストリデータを製造販売承認申請に利活用する上での課題

レジストリデータ利用には、どのようなデータをインプットするか、その内容、及び結果解釈の課題、

等があるという。

「前向き」臨床試験のような「前向き」研究の場合は、事前に取得するデータを設定するが、レジ

ストリデータの場合は、データベースを構築する段階で入力すべき内容が十分に決まっていない場

合もある。そのため、データを利活用しようとする時になって、項目が不十分、あるいはデータに偏り

があること等が認識される可能性がある。さらに、改正個人情報保護法によって患者同意の問題で

データの入力や使用が難しくなる可能性もある。レジストリデータベースの製造販売承認申請への

利活用を目的に、「前向き」に必要な項目を検討することは、医療機器開発でもまだ行われていな

い。

レジストリデータの品質に関しては、レジストリの所有者が担保する責任があるというのが PMDA

の現時点での考え方だという。薬事承認申請に利活用するのであれば、レジストリの所有者にはデ

ータの正確性(正しいデータが正しい所に入力されているかなど)を担保する義務が発生する。逆

にいうと、レジストリがどのように運営され、品質がどのように担保されているか、が薬事上の評価対

象になる。

レジストリデータを含め、試験結果全体の解釈の科学的妥当性も重要な問題である。結果解釈

の検証性、妥当性が不十分なために結局、やり直しあるいは通常の二重盲検試験を実施すること

に至るリスクもはらんでいることを企業側は十分に認識し、その上でレジストリデータの活用を考える

べきである。

製造販売承認申請には原則として GCP 準拠のデータが必要になるので、レジストリデータも

GCP 準拠であることが望ましいが、現状では対応できていない。製造販売承認申請を目的にする

レジストリデータを GCP 準拠にするべきかどうかは今後の大きな検討課題となっている。

8) 国際フォーラムワーキンググループの考え

医療機器の規制に関する国際的な話し合いの場として国際医療機器規制当局フォーラム

(International Medical Device Regulators Forum:IMDRF)が設置されている。IMDRF に

は、現在、9 つの国と地域(日本、米国、カナダ、EU、オーストラリア、ブラジル、ロシア、シンガポー

ル、韓国)が参加しており、主幹国は毎年持ち回りである。IMDRF のサブワーキンググループの中

でレジストリデータを製造販売承認申請に利活用する上で必要な要件、レジストリの構築、運営の

国際的な考え方などが話し合われており、その内容をまとめた 3 つのドキュメントが発出されている

(IMDRF2016、2017、2018)。レジストリを中心とした RWD を有効活用していく中で、データ集積

のプロセスとデータの信頼性担保、解析方法の標準化が重要であるとしている。PMDA でも

IMDRF が示した考え方を我が国の規制とどのように整合性をもたせるか議論が行われている。

【参考資料】

・(IMDRF 2016)Principles of International System of Registries Linked to Other Data

Sources and Tools, IMDRF/REGISTRY WG/N33FINAL:2016, 30 September 2016

・(IMDRF 2017)Methodological Principles in the Use of International Medical Device

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第 2 章 RWD の種類と利活用

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Registry Data, IMDRF/Registry WG/N42FINAL:2017, 16 March 2017

・(IMDRF 2018)Tools for Assessing the Usability of Registries in Support of Regulatory

Decision-Making, IMDRF/Registry WG/N46 FINAL:2018, 27 March 20

・(厚労省 2017) 医薬品の市販後の調査及び試験の実施の基準に関する省令等の一部を改正

する省令の公布について(医療機器の市販後の調査及び試験の実施の基準に関する省令

関係)(平成 29 年 10 月 26 日薬生発 1026 第7号)

https://www.pmda.go.jp/files/000220769.pdf#search=%27GPSP%E6%94%B9%E6%

AD%A3%27

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第 2 章 RWD の種類と利活用

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2-3 モバイルヘルス機器から得られる RWD の利活用

モバイルヘルス機器から得られる RWD は、病院以外でのライフデータを集積したリアルタイムの

データであり、診断技術の発達と IoT 技術との融合により、近年、質、量ともに急速な進化をとげて

いる。このリアルタイムデータは、日常の健康管理から医薬品医療機器等開発への利活用まで幅

広い展開が考えられ、新たな医療パラダイムを形成する可能性がある。本節では、モバイルヘルス

機器から得られる RWD の利活用例に、耳鼻咽喉科での実例(2-3-1 項)、製薬企業での実例

(2-3-2 項)、また欧米での規制動向を紹介する(2-3-3 項)。

2-3-1 モバイルヘルス機器を利活用した臨床試験

欧米では、モバイルヘルス機器(ウェアラブル・デバイス)を用いて、患者が自宅など病院外にい

る場合でも継続的に臨床データをモニタリングする、いわゆるサイトレス治験が増えつつある。モバ

イルヘルス機器を用いるサイトレス治験は、患者の治験施設への来院という負担を減らすだけでは

なく、同一のモバイルヘルス機器で継続的にデータを自動収集することによる様々なメリットが期待

できる。例えば、ヒアリングや患者日誌を含めた人を介する検査に伴うデータの誤り、曖昧さ、恣意

的介入を排除できる。モニタリングのコストが著しく削減できる。また、日常生活でのリアルタイムの

データを一定の測定条件で継続してモニタリングできるため、得られたビッグデータの解析から通常

の治験で行われているような断続的な検査ではわからない様々な情報を抽出できる可能性がある。

日本では、未だ企業によるサイトレス治験の実施例はないが、慶應義塾大学耳鼻咽喉科学教室

の研究グループ(以下、同研究グループ)が、Pendred 症候群という難聴・めまいを起こす遺伝性

疾患を対象とする医師主導治験に、モバイルヘルス機器を活用した継続的臨床データの収集を開

始した(AMED プレスリリース 2018)。以下にこれまでの研究、治験実施の背景や規制当局との

相談の経緯を紹介する。

1) 研究の背景および経緯

老人性難聴、突発性難聴の多くや、メニエール病による難聴などは、感音難聴(内耳性難聴)で

あり、患者数は高度難聴(聾唖)で 30 万人、中等度を含めると 600 万人(65 才以上の人口の 30

~40%)である。WHO によれば、世界の難聴患者は 5 億人である。また、先天性難聴は、先天性

疾患の中でもっとも罹患率が高い(新生児 1,000 人に 1 人)ことが知られている。しかしながら、治

療法の多くは対症療法であり、最近 30 年余りで難聴治療薬には、上市された新薬がない。

Pendred 症候群は日本の遺伝性難聴の中で 2 番目に患者数の多い病気で、国内の患者数は

約 4,000 人である。本疾患と甲状腺腫を伴わず難聴、めまいを症状とする疾患 DFNB4 は、陰イ

オン交換輸送体である PENDRIN タンパクをコードする SLC26A4 遺伝子の変異が原因であるこ

とが知られており、進行性、加齢性の難聴を引き起こす。しかし、当該遺伝子を欠損させたマウスに

は重い先天奇形が生じる。また、ヒトの SLC26A4 遺伝子変異を導入したマウスは難聴にならない

ため、本疾患の動物モデルを作製することができていない。したがって、治療薬の開発は難しいと

考えられてきた。同研究グループは、患者由来の iPS 細胞から作製した内耳細胞を用いて、

SLC26A4 遺伝子に変異をもつ内耳細胞がストレスに対し脆弱になっていることを発見した。この細

胞を用いたスクリーニング系により、既存薬のなかから免疫抑制剤であるシロリムスに脆弱性を軽減

する効果があることが分かった。さらなる検討から、このシロリムスの効果は mTOR 依存的なオート

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第 2 章 RWD の種類と利活用

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ファジー誘導によることも示唆された(Hosoya ら 2017)。iPS 創薬研究により Pendred 症候群の

病態生理が明らかとなり、シロリムスが治療薬となる可能性が示唆されたことから、医師主導試験を

実施することとなった。

2) Pendred 症候群を対象とした治験実施に至るまでの経緯

Pendred 症候群には、変動性進行性難聴を再現し非臨床 POC 取得研究に適する疾患動物

モデルがなく、有効用量が推定できないため、ヒトでの初回投与量を判断する根拠がなかった。同

研究グループでは、患者 iPS 細胞由来疾患内耳細胞を用いた非臨床試験により、シロリムスによ

る細胞の脆弱性を軽減する作用が既承認の免疫抑制作用の 1/10 濃度でみられることを見出した

(Hosoya ら 2018)。齧歯類での低用量経口投与実験で蝸牛局所への移行度を検討し、オートフ

ァジーレポーターマウスを用いた解析から低用量内服でもシロリムスは標的細胞のレポーター活性

を促進すること(Saegusa ら投稿中)、さらに透過電子顕微鏡での検討で霊長類であるコモンマー

モセットと齧歯類には標的細胞周囲での微小血管分布及びタイト結合分布に種差を認めないこと

(Saeki ら投稿中)を考え合わせ、初回投与量を設定した。Pendred 症候群患者に、visit 毎に血

中濃度をモニタリングしながら、シロリムス製剤(ラパリムス®)を低用量投与する際の安全性の確認

を行い、あわせて難聴・めまい発作(内耳障害の急性増悪症状)に対する有効性、及びその評価

方法の探索を行うこととした。

予定組み入れ症例数 16 例(うち 4 例がプラセボ)の単一施設、無作為化、二重盲検第Ⅰ/Ⅱa

相試験で、主要評価項目は安全性及び忍容性、副次評価項目は難聴とめまいへの有効性を調

べるデザインとした。医薬品医療機器総合機構(PMDA)に相談したところ、変動性進行性難聴に

対し何を有効性エンドポイントとするかを科学的に設定するようにとの指摘を受けた。Pendred 症

候群は症状が良くなったり悪くなったりの変動を繰り返しながら加齢とともに緩徐に進行し、最終的

に重篤な難聴へ至るが、臨床試験の初期の段階で症状が進行するまで数年間も観察を継続する

ことはできない。同研究グループで、毎月定期的に聴力検査を継続している病院からデータを提供

していただき詳細に解析した結果、患者の聴力は時々大きく低下するがまた回復するという発作と

寛解の繰り返しであった。聴力の変動を継時的にモニターし、発作頻度や増悪度などを定量解析

することで、治験という限られた期間でも病態の改善度を評価できるのではないかという考えに至っ

たという。

しかしながら、月 1 回の来院時の測定でこのような聴力の変動を適切に評価することは困難であ

る。そこで、モバイルヘルス機器を用い、聴力変化とめまいの発生を毎日モニターすることにした。

今回の治験では、①ふらつき(眼鏡型重心動揺測定装置)、②聴力(ポータブルオージオメータ)、

及び③眼振(ワイヤレスフレンツェル眼鏡)の 3 項目を、患者さんにモバイルヘルス機器を提供し、

毎日自宅で計測を行ってもらっている。②で聴力変化、①と③でめまい、平衡機能障害を測定し、

このほか問診も組み合わせた。測定装置は、製造販売承認申請を考えた時にデータの質を担保

するため、②と③について、JIS 規格でかつ誤差が明確な医療機器として汎用されている装置を採

用した。データはモバイル情報端末を介して治験データセンターへ送るシステムとした(図表 2-3

-1-1)。

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第 2 章 RWD の種類と利活用

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図表2-3-1-1 モバイルヘルス機器を活用した治験データ収集システム(藤岡正人氏提供)

3) 治験にモバイルヘルス機器を活用するメリット・デメリット

実際の聴力検査のデータを見ると、これまでに知られていた大発作症状のほかにも日々変動を

繰り返していることが分かった。このような変化は医療機関での月単位の検査ではわからないが、モ

バイルヘルス機器を用いることにより 1 日単位の小さな変動を継続して測定することで見えてくる。

難聴に限らず憎悪・寛解を繰り返しながら進行する疾患は変化を詳細に見ることが重要であり、ウェ

アラブル・デバイスを活用して臨床データを収集するメリットは大きいという。

実際にモバイルヘルス機器を利用した経験から明らかになったメリットは、①より客観的なデータ

収集が可能、②連続的かつタイムリーな情報収集が可能、③人件費のコスト削減、④リアルタイム

に被験者や患者をサポートでき患者や家族の安心感がある、⑤疾患が可視化されるため患者も積

極的に取り組む、といった点が挙げられる。また、測定データが人の手を介さずに直接入手できる

点もメリットとなる。一方デメリットは、規制対応やセキュリティ対策、また被検者への機器の使用法

のレクチャーなどに手間がかかる点等である。

4) 治験にモバイルヘルス機器を活用するにあたっての課題

同研究グループによれば、今回の治験では各検査機器メーカーとデータセンターの協力を得な

がらモバイルヘルス機器を利用した測定データ収集システムを構築することができたが、機器メーカ

ーとデータセンターの会社のコラボレーションが機能するまでに非常に多くの時間と労力を要したと

いう。今後、様々なモバイルヘルス機器が開発されていくなかで、共通化したデータフォーマットの

構築、製造販売申請資料としての共通言語はあったほうが良い。ある程度のルールは用意しつつ、

自由度を持たせる形が望ましいという。

治験実施時には、モバイル情報端末に関しての課題もある。至る所で複数の Wi-Fi 電波が飛ん

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第 2 章 RWD の種類と利活用

56

でいる環境では、モバイルヘルス機器とモバイル情報端末との接続がうまくいかないことがあり、使

用する周波数バンドに留意する必要がある。今回データを収集してデータベースに送信にアンドロ

イド端末を使用したが、その理由は Apple 社の iPhone の iOS だと患者側からアクセスできてしま

い、被検者が小児の場合間違えてデータ消去してしまう懸念があったためである。データアクセスに

制約を設けるという意味ではアンドロイド端末の方が適していたが、一方、iPhone と異なりアンドロ

イド端末はメーカーによって Bluetooth や Wi-Fi モジュールの規格が少しずつ異なるため、今回

は同じ機種のアンドロイド端末で揃えたという。今後ヘルスケア分野でのモバイル情報端末の活用

を長期的に進めていくための新たな標準化が必要であるという。

【参考資料】

・ (AMED プレスリリース 2018)iPS 創薬で難聴治療薬を治験へ―Pendred 症候群の難聴・め

まいに対するシロリムス少量療法―

https://www.amed.go.jp/news/release_20180425.html

・ (Hosoya ら 2017)Hosoya M, Fujioka M, Sone T, Okamoto S, Akamatsu W, Ukai H,

Ueda HR, Ogawa K, Matsunaga T, Okano H. Cochlear Cell Modeling Using

Disease-Specific iPSCs Unveils a Degenerative Phenotype and Suggests

Treatments for Congenital Progressive Hearing Loss. Cell Rep. 18(1):68-81(2017)

・ (Hosoya ら 2018)Hosoya M, Saeki T, Saegusa C, Matsunaga T, Okano H, Fujioka

M, Ogawa K. Estimating the concentration of therapeutic range using disease-

specific iPS cells: Low-dose rapamycin therapy for Pendred syndrome. Regen Ther.

17(10):54-63(2018)

2-3-2 モバイルヘルス機器の利活用

近年、ペイシェントセントリシティ(患者中心主義)の概念の元、医療関係者が患者を主体とした

チームを組み、疾患の治療に取り組むようになってきている。このような背景の中、特に欧米に本社

をおくグローバルな製薬企業では、患者、医療関係者への情報提供に力をいれており、そのため

に SNS やモバイルヘルス機器を含めたデジタルヘルスの積極的な利活用を模索している。米国で

は、患者自身がどこでどのような治験が行われているかを容易に検索することができ、自らの判断で

治験に参加する人も多い。製薬企業は、そのような患者に常にデータをフィードバックすることにより

自身の状態が確認できることを目指しているが、一方で患者情報のセキュリティも大きな課題である。

以下にファイザー及びファイザー日本法人(以下同社)のデジタルヘルスに関するグローバル及

び日本国内での取り組み、リアルワールドデータなどを用いた解析事例を紹介する。

1) グローバルでの取り組み

米国の Pfizer Innovation Research Lab ではサイエンス、ヘルスケア、テクノロジーについて研究

開発を行っている。 なかでもテクノロジー分野では、デジタルヘルスやビッグデータの活用を重要

視し、これらをいかに医薬品開発へ応用するかについても取り組んでいる。スマートフォンなどを用

いて、患者が来院しなくても継続的に臨床データをモニタリングするバーチャルクリニカルトライアル

(”Virtual” Clinical Trial)を初めて FDA から承認を受け、患者負担の軽減や臨床開発のコスト

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第 2 章 RWD の種類と利活用

57

削減につながることが期待できる(ファイザー プレスリリース 2011)。デジタルヘルスの利活用の促

進には、患者への情報公開、エコシステムの構築、データのバリデーションが重要である。

① モバイルヘルス機器による日常生活での診療

同社では世界に先駆けて、モバイルヘルス機器と連動した携帯端末で患者の状態に関する情

報を収集し、病院に行かずに診療ができる仕組みを構築した。この仕組みの利点は、患者負担が

少ないこと、患者の日常生活のデータが観察できることである。またこれまでの医療機関での診療と

比べてより継続的で客観的なデータが取れる可能性があることは臨床開発の効率化には大きなメリ

ットで医薬品開発においても有用であることが期待される。

② ホームページ、アプリなどを通じた疾患についての啓発活動

ホームページやスマートフォンのアプリなどを通じ、普段から患者の生活や意識改善に取り組む

ことで、疾患に対する医薬品の製品価値が高まる、と言われている。このポリシーから同社では禁煙

に取り組む人々に向けて American Lung Association との共同により、「Quitter’s Circle」を運

営し、モバイルアプリやオンラインコミュニティーを通じて禁煙治療をサポートしている(図表 2-3-

2-1)。アプリでは、禁煙サークル内での情報交換、禁煙ファンドの設立、禁煙成功の秘訣や記事

の情報交換などが行える。

また疼痛領域では、医療者向けの疼痛管理アプリ「VAS Touch」を開発した。本アプリでは、患

者の痛みの程度(VAS;Visual Analog Scale)をタブレット端末で経時的に記録することができる

ため、日常診療の疼痛管理に役立てることができるという(ファイザー プレスリリース 2012)。このよ

うなホームページ、アプリなどの SNS を通じて疾患に関する様々な情報を患者に提供することで、

疾患への理解が深まり、意識改善が促される。これらがポジティブエンフォースメントとして働き、薬

による治療効果を高めることができる。

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第 2 章 RWD の種類と利活用

58

図表2-3-2-1 禁煙治療補助アプリ「Quitter’s Circle」 ホームページ

(Quitter's Circle | tools & resouces[https://www.quitterscircle.com/tools-resources]より抜

粋)

③ パーキンソン病でのデジタルヘルスの臨床研究

同社と IBMは、ウェアラブルなモバイルヘルス機器を用いたパーキンソン病の診断に関する臨床

研究を行った。パーキンソン病は、体の動きのパターンに明らかな特徴があるため、様々なセンサー

やモバイルヘルス機器などを用いて患者の日常の動きを計測し、従来から用いられている診断デ

ータと比較した。その結果、センサーやモバイルヘルス機器がパーキンソン病の診断に役に立つこ

と、さらには患者の状態の日差や日内変動が大きい場合、通常の来院による診察では観察するこ

と自体が難しいが、モバイルヘルス機器では継続的にデータを取得できるため患者の状態を把握

できることが示された。この結果をもとに、同研究グループは、医薬品開発のパーキンソン病診断に

モバイルヘルス機器を用いることを検討している。

2) 国内での取り組み

同社日本法人のコーポレートアフェアーズ・ヘルスアンドバリュー本部では、患者の社会復帰な

どの社会貢献を指標に医薬品の価値を数値化する取り組みに RWD の活用を研究している。

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第 2 章 RWD の種類と利活用

59

① ジャパンオープンイノベーションネットワーク

同社は、国内のアカデミアによるオープンイノベーションを活性化するために、「ジャパンオープン

イノベーションネットワーク(JOIN)」を組織して、アカデミアの創薬活動を支援している(ファイザー

オープンイノベーション)。 JOINは、デジタルヘルスにも注力しており、国内外の複数のアカデミア

と共同でデジタルヘルス分野のシンポジウムを我が国で開催するなど、デジタルヘルスの啓発活動

も行っている。

② 久米島デジタルヘルスプロジェクト

内閣府により「平成 29 年度 沖縄離島活性化推進事業」の一環として「久米島デジタルヘルス

プロジェクト」が企画され、同社も参画している(久米島健康プロジェクト 2017)(図表 2-3-2-2)。

本事業は、沖縄県にある人口 1 万人弱の久米島の住民を対象に、自治体、大学、医療機関、製

薬企業、IT 企業、ヘルスケアベンチャーがコンソーシアムを組んで、モバイルヘルス機器などのデ

ジタルデバイスやビッグデータを活用した、肥満症や糖尿病などの生活習慣病の予防・改善の実

証事業を行っている。久米島健康プロジェクトでは LHR(Lifelong Health Record)と呼ばれる生

涯健康記録のデータベースを整備し、住民の医療情報の一元化を目指している。住民の数年の

検診データ、ゲノムデータ、3 世代家系図とモバイルヘルス機器などで収集された日々の体重や活

動量を組み合わせて解析し、ゲノム情報や日常の行動パターンと生活習慣病などの疾患との関連

性を調べるという。

図表2-3-2-2 久米島デジタルヘルスプロジェクト

(久米島健康プロジェクト[https://kenko-kumejima.com/]より抜粋)

③ 眼球運動の観察による疾患診断補助の技術開発支援

同社は、日本貿易振興機構(JETRO)の「グローバルイノベーション拠点設立等支援事業」に採

択され、デジタルヘルス事業の可能性を調査した(JETRO 2017)。本事業は、京都大学や岡山大

学、デバイスメーカーなどと連携し、デバイスなどによる睡眠状態や眼球運動などの生体データを

観測する技術、眼球運動と精神疾患の関連性も調査した。患者にヘッドマウントディスプレーを装

着してもらい、日内変化の観測や患者間の比較を行なうことで新たなアルゴリズムを創出し、患者に

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第 2 章 RWD の種類と利活用

60

特徴的なデータパターンを特定し、中枢神経疾患の早期発見、予防、医療の効率化につながるこ

とが期待される。

3) モバイルヘルス機器等のデジタルヘルス利活用における課題

同社によればモバイルヘルス機器等のデジタルヘルス利活用における課題としては、機器の更

新の際に過去のデータと新たなデータの間の整合性の担保(モバイルヘルス機器のライフサイクル

は短く、2~3 年で新製品がでる)、様々な規模で集積されたデータ間の同等性、クラウド等に保存

される大量データの管理、品質の精査、及びデータのセキュリティ管理等々があるという。患者情報

のセキュリティ管理(改ざん盗用、流出を防ぐこと)は、仮想通貨などで実用化が進むブロックチェー

ンを導入すること担保することが可能になると思われる。

日本国内では、社会全体にデジタルヘルスに関する認知・アクセス・リテラシーが低いことが課題

であるという。企業は、マネージメントサイドでのデジタルヘルスへの認識が遅れている。このような状

況なので、まずは公的資金などの活用も視野に入れ、デジタルヘルスに関する社会の認識を高め

ることが重要である。また同業、異業種間での企業間コラボレーションや学会とのコラボレーションを

行うことでイノベーションが促進されることが期待される。実際にデジタルデバイスを用いてデータを

取得する際には、日本や米国、欧州などグローバルでのデータの整合性をあらかじめ検証しておく

ことも必要であるという。

【参考資料】

・(JETRO 2017)グローバルイノベーション拠点設立等支援事業について ホームページ

https://www.jetro.go.jp/invest/support/info.html

・(久米島健康プロジェクト 2017)久米島デジタルヘルスプロジェクト ホームページ

https://kenko-kumejima.com/

・(ファイザー プレスリリース 2011)Pfizer Conducts First “Virtual” Clinical Trial Allowing

Patients to Participate Regardless Of Geography

・(ファイザー オープンイノベーション)医薬品開発-オープンイノベーション ホームページ

https://www.pfizer.co.jp/pfizer/development/innovation/index.html

・(ファイザー プレスリリース 2012)医療者向け iPad アプリケーション 痛みの評価尺度用ツール

「VAS Touch」のサービスを開始

・(ファイザー プレスリリース 2017)ブリストル・マイヤーズ スクイブ社とファイザー社、 高齢の非弁

膜症性心房細動患者を対象に直接経口抗凝固薬の有効性と安全性をワルファリンと比較した

リアルワールドの観察解析結果を発表

・(ファイザー プレスリリース 2018)日本の非弁膜症性心房細動患者におけるエリキュース®(一般

名:アピキサバン)の安全性と有効性に関するリアルワールドデータ解析の結果を発表

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第 2 章 RWD の種類と利活用

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2-3-3 モバイルヘルス機器の日米欧における規制動向

1) 日米欧における医療機器のリスクベースの規制体系

医療機器の規制は医薬品とは異なり、販売に至る過程で必ずしも臨床治験が行なわれるとは限

らない。我が国おいても医療機器の臨床治験は医療機器全体の1%程度でしか実施されていない。

医療機器は原則、生体に及ぼすリスクに応じて、我が国ではクラス I~IV、米国ではクラス I~III、

EU ではクラス I~III/AIMD に分類されており、規制体系はそれぞれ少し異なる(図表 2-3-3-

1)。

図表2-3-3-1 日米欧における医療機器の規制

(中野壮陛氏のインタビュー内容を基に HS 財団規制動向調査 WG で作製)

我が国では、生体リスクの高い「クラスⅢ」の多くの医療機器と「クラスⅣ」の全ての医療機器は製

造販売承認申請が必要であり、医薬品と同様 PMDA による審査の後に承認される。当該医療機

器の臨床的な有効性及び安全性が非臨床試験や既存の文献では評価できない場合は生体を用

いた評価、つまり臨床治験が必要となる。生体リスクが中程度の「クラスⅡ」の多くは、日本工業規

格(Japanese Industrial Standards: JIS)等で定められた認証基準に基づいて登録認証機

関で認証される。生体リスクの低い「クラスⅠ」では実質的な審査はなく、PMDA に届け出を行うこと

で承認される。このリクスベースの規制体系は欧米においても基本的に同じである。

米国では、「クラスⅢ」が最高リスクで、臨床治験の後、市販前承認申請( premarket

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第 2 章 RWD の種類と利活用

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approval: PMA)で審査され承認される。「クラスⅡ」は、連邦法 510(k)要求事項に基づく「510

(k)申請」となり、その一部(10~15%)で治験が要求される。さらに、生体リスクは中程度で新規性

がある、「De Novo」と呼ばれる 510(k)と PMA の中間のような分類も存在する。「De Novo」は臨

床試験が求められるものとそうでないものがあるが、審査の考え方としては PMA に近い。「クラスII」

の 510(k)対象外と「クラスI」については FDA への登録だけで販売できる。

欧州では、「クラスI I I 」及び、能動型の埋め込み可能な医療機器(Active Implantable

Medical Device :AIMD )が最高 リスクであり 、 AIMD 指令 ( AIMD Directive :AIMDD

(90/385/EEC))に基づいて臨床評価が行われ品目ごとに審査される(欧州委員会(European

Commission:EC)1990)。生体リスクが中程度の「クラス IIa、 IIb」の医療機器は、医療機器指

令(Medical Device Directive: MDD(93/42/EEC))に基づいてカテゴリーごとの認証(技術文

書の確認)となる(EC 1993)。過去の医療機器による事故の状況を受けて、2017 年 5 月から医療

機器規則(Medical Device Regulation: MDR)が従来の MDD と AIMDD を取りこんだ形で

正式に発行され、この結果「クラスⅡ」に関しては、臨床評価要求事項がより厳格になった(EC

2017)。

Heartflow 社の Heartflow は、冠動脈狭窄患者のための診断サポートサービスで、医療機関

で得られる冠動脈 CT スキャンの造影データを Heartflow 社に送信すると、狭窄部位でどのくらい

血流が落ちているのかを数値流体力学を用いて計算し、約 2 日後に解析結果がウェブページから

入手できる。米国では PMA の医療機器として審査され 2016 年 FDA より 2016 年に製造販売承

認された。日本でも 2018 年に製造販売承認され、保険適応されている(厚労省 2016)。ただし、

製造販売承認時には、Heartflow 社が解析した後に必要な改良改善、及び次世代品の開発以

外の目的に使用されないようにするという条件が付けられたという。

2) 医療機器ソフトウエアについての規制

米国では医療機器ソフトウエアに関わる主要なガイダンスが 3 つある。1999 年に「医療

機器における市販ソフトウエアの使用」に関するガイダンス(19990909)が出された(FDA

1999)。このガイダンスでは市販ソフトウエアを使うときのサイバーセキュリティに関す

る注意点が示されている。2002 年には「ソフトウエアのバリデーションの一般原則」に関

するガイダンス(20020111)が発出された(FDA 2002)。また、2005 年に出された「医

療機器に搭載されているソフトウエアの市販前申請の内容」に関するガイダンス

(05112005)は、医療機器に搭載されているソフトウエアとはどのようなモノなのかを定

義している(FDA 2005)。

以上の 3 つが医療機器ソフトウエアのガイダンスの基本となるが、2010 年以降にサイ

バーセキュリティに対する様々な問題が生じたため、2014 年にサイバーセキュリティ関

連のガイダンス(20141002 及び 20161228)が発出され、市販ソフトウエアを用いたネッ

トワーク型の医療機器のサイバーセキュリティの注意を喚起している(FDA 2014)、

(FDA2016)。2017 年には、ソフトウエアのバリデーション(20171208)と 510(k)で

扱う医療機器のソフトウエア変更の在り方(20171025)に関する各ガイダンスがでている

(FDA 2017a)、(FDA2017b)。

欧州でも、主に 3 つの主要ガイダンスがある。その 1 つにソフトウエアのライフサイク

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第 2 章 RWD の種類と利活用

63

ルプロセスに関するガイダンス IEC62304(最近 IEC82304 に移行)が挙げられる(The

IEC Webstore 2006)。また、使用者が医療機器を正しく扱うためのユーザビリティエンジ

ニアリングガイダンス IEC62366 がある(EC 2015)。もう 1 つは、医療機器の規制の範疇

にはいるソフトウエア単体とは何かに関しての要件や分類に関する EC 2016 である。これ

は、例えば以下に示すモバイル医療アプリケーションの医療機器としての該当性を判断す

るディシジョンツリーとなっている。

3) モバイル医療アプリケーションの規制

モバイル情報端末(スマートフォンやタブレット)用のアプリケーションのうち医療関連のものは、モ

バイル医療アプリケーション;mobile medical application,、以下 MMA)と称される。その規制は、

2011 年に米国 FDA からドラフトガイダンスが、その 2 年後に正式ガイダンス「Mobile Medical

Applications(20130925):Guidance for Industry and Food and Drug Administration

Staff」が発出され、2015 年に改訂されている(FDA 2015)。FDA が規制対象とされる MMA とは

どのようなモノかを規定している。この範疇には 2006 年、2010 年、2011 年に 510(k)申請の医療

機器として製造販売承認されたものも含まれるが、このような MMA 製品が多くなってきたことを受

けて、FDA のスタンスをより明確に示したものとなっている。

ガイダンスの付属書の中で FDA は、MMA を 3 つのカテゴリーに分けている(図表 2-3-3-

2)。

カテゴリー 内容 例

カテゴリーA 医療機器に該当しないが医

療に関係する(非医療機器)

スマートフォンで医学教科書の電子書籍等

へアクセスするためのアプリなど

カテゴリーB 医療機器の定義に該当する

が、低リスクであるため FDAの

判断で規制の対象としない

スマートフォンでチェックリストに回答すると

予想される疾患、受診すべき医療機関等を

助言するアプリ、服薬遵守向上のためのア

プリ、血圧データ等を健康管理手帳等へア

ップロードするためのアプリなど

カテゴリーC① FDA 規制対象: モバイル情

報端末単体、あるいはセンサ

ー等に繋がったモバイル情報

端末を医療機器として機能さ

せる

スマートフォンに内蔵されているセンサーで

歩行距離を計測し解析するアプリ、内蔵マ

イクで心音等を測定し、そのデータを解析

するアプリ。血圧計に繋がったスマートフォ

ンで血圧データを測定し解析するアプリ

カテゴリーC② FDA 規制対象: モバイル情

報端末に繋がる既存の医療

機器の作動を制御する

スマートフォンから、心臓に埋め込まれたペ

ースメーカ、埋め込み型神経筋刺激器、血

圧を加えるため腕帯(カフ)、注入ポンプ

等々に信号を送りそれらの医療機器の作動

を制御する各種アプリ

カテゴリーC③ FDA 規制対象: モバイル情

報端末に繋がる既存の医療

機器の情報を抽出、管理する

ベッドサイトの医療機器に繋がったスマート

フォンから必要なデータを医療機関のセント

ラルステーション等に転送するアプリ

図表2-3-3-2 FDA の MMA における 3 つのカテゴリー

(中野壮陛氏のインタビュー内容を基に HS 財団規制動向調査 WG で作製)

なお、カテゴリーC③で医療機器から発信するデータを改変せずそのまま転送、保存するアプリ

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第 2 章 RWD の種類と利活用

64

に関しては、規制の対象外にすることが検討されている。

WellDoc 社の BlueStar は 2 型糖尿病患者向けアプリケーションで、カテゴリーB にあたる。血

糖値や食事履歴を入力すると、そのデータの自動解結果に基づいて使用者である 2 型糖尿病患

者に行動変容(生活習慣の変革)を勧告してくれる。その結果 HbA1c を下げることを目的としてい

る。従来の血糖値記録システムの発展型に扱われている。主治医とオンラインでデータを共有した

り、緊急時に患者にメッセージを出す(コーチング機能)といった医療機器ではない側面をもち、多

くの消費者に使ってもらえるような価値を付加している(Welldoc 社のホームページ)。

4) モバイルヘルス機器についての新たな規制動向

米国 FDA は革新的医療機器の開発スピードが加速してきているため、新たに「Pre-Cert

Program」という制度を 2017 年 7 月から開始させた(FDA 2017c)(図表 2-3-3-3)。これは、

FDAから事前認証を受けた企業は、より簡単な手続きにより新製品を市販できるというプログラムで

ある。この事前認証を受けるために企業は、これまでの業務内容の開示や、市販後に RWD を収

集し FDA に提供すること等々、いくつかの項目に同意する必要がある。現在、100 社以上がこの

プログラムに応募したが、結果として 9 社が残っているとのこと。どのような選考基準があったのか、

このプログラムでどのような医療機器を狙っていくのかに関する情報は公開されていない。

図表2-3-3-3 Pre-Cert Program の概念図(中野壮陛氏提供)

アップル社の新製品「Apple Watch® Series 4」には、心電図が取れるという機能がついてい

る。FDA から医療機器に認められたことからメディアで大きく取り上げられ、それに対し FDA 長官

がコメントを発表するという珍しいケースになった。FDA によれば、「アップルウォッチ」は、「Pre-

Cert Program」の枠ではなく、通常の「De novo」分類のプロセスで審査されたという。とはいえ、

「Pre-Cert Program」の発足 1 周年を受けて、FDA は今後「Pre-Cert Program」を含めたデジ

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第 2 章 RWD の種類と利活用

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タルヘルスの分野に注力し、さらに予算投下をしていく、との声明を出している。

【参考資料】

・(EC 1990)EC「Active implantable medical devices」

https://ec.europa.eu/growth/single-market/european-standards/harmonised-

standards/implantable-medical-devices_en

・(EC 1993)EC「Medical devices」

http://ec.europa.eu/growth/single-market/european-standards/harmonised-

standards/medical-devices_en

・(EC 2015)EC「IEC 62366-1:2015」

https://ec.europa.eu/eip/ageing/standards/healthcare/integrated-care/iec-62366-

12015_en

・(EC 2016)EC「Guidance document Medical Devices - Scope, field of application,

definition - Qualification and Classification of stand alone software - MEDDEV

2.1/6」

http://ec.europa.eu/DocsRoom/documents/17921/attachments/1/translations

・(EC 2017)EC「Medical Device Regulation」

https://eur-lex.europa.eu/legal-content/EN/TXT/?uri=OJ:L:2017:117:TOC

・(FDA 1999)FDA「Off-The-Shelf Software Use in Medical Devices.」

https://www.fda.gov/downloads/MedicalDevices/.../ucm073779.pdf

・(FDA 2002)FDA「General Principles of Software Validation」

https://www.fda.gov/downloads/MedicalDevices/DeviceRegulationandGuidance/Gu

idanceDocuments/UCM085371.pdf

・(FDA 2005)FDA「Guidance for the Content of Premarket Submissions for Software

Contained in Medical Devices」

https://www.fda.gov/downloads/MedicalDevices/DeviceRegulationandGuidance/Gu

idanceDocuments/ucm089593.pdf

・ ( FDA 2014 ) FDA 「 Content of Premarket Submissions for Management of

Cybersecurity in Medical Devices」

https://www.fda.gov/ucm/groups/fdagov-public/@fdagov-meddev-

gen/documents/document/ucm356190.pdf

・(FDA 2015)FDA「Mobile Medical Applications」

https://www.fda.gov/MedicalDevices/DigitalHealth/MobileMedicalApplications/def

ault.htm

・(FDA 2016)FDA「Postmarket Management of Cybersecurity in Medical Devices」

https://www.fda.gov/ucm/groups/fdagov-public/@fdagov-meddev-

gen/documents/document/ucm482022.pdf

・(FDA 2017a)FDA「Software as a Medical Device (SAMD): Clinical Evaluation」

https://www.fda.gov/ucm/groups/fdagov-public/@fdagov-meddev-

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第 2 章 RWD の種類と利活用

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gen/documents/document/ucm524904.pdf

・(FDA 2017b)FDA「Deciding When to Submit a 510(k) for a Software Change to an

Existing Device」

https://www.fda.gov/ucm/groups/fdagov-public/@fdagov-meddev-

gen/documents/document/ucm514737.pdf

・(FDA 2017c)FDA「Digital Health Software Precertification (Pre-Cert) Program」

https://www.fda.gov/medicaldevices/digitalhealth/digitalhealthprecertprogram/def

ault.htm

・(The IEC Webstore 2006)IEC 62304

https://webstore.iec.ch/preview/info_iec62304%7Bed1.0%7Den_d.pdf

・(Welldoc 社のホームページ)BlueStar に関する資料

https://www.welldoc.com/product/

・(厚労省 2016)ハートフローFFRCT に関する資料

http://www.pmda.go.jp/medical_devices/2016/M20161031002/641250000_22800BZ

X00418000_A100_1.pdf

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第 3 章 関連法

67

第 3 章 関連法

本章では、第 2 章で述べた医療リアルワールドデータの利活用に関連する我が国での法規制と

して、個人情報保護法と、その特別法である医療分野の研究開発に資するための匿名加工医療

情報に関する法律(略称:次世代医療基盤法)について述べる。なお、それぞれの法律の条文に

ついては、次のインターネットサイト「e-Gov 電子政府の総合窓口」を参考にされたい。

個人情報の保護に関する法律(平成十五年法律第五十七号)

(http://elaws.e-

gov.go.jp/search/elawsSearch/elaws_search/lsg0500/detail?lawId=415AC0000000057)

医療分野の研究開発に資するための匿名加工医療情報に関する法律)(平成二十九年法律第

二十八号)

(http://elaws.e-

gov.go.jp/search/elawsSearch/elaws_search/lsg0500/detail?lawId=429AC0000000028)

3-1 個人情報保護法

3-1-1 はじめに

個人情報保護法は、個人情報を取り扱う事業者の取得・利用・提供等その一切の行為について

遵守すべき義務及び行政の監視・監督権限を定めること等により、個人情報の有用性とのバランス

を図りつつ、個人情報の適正な取扱いを確保する目的で 2003 年 5 月に制定された。その法体系

は、基本理念と個人情報取扱業者(民間)の義務等について定める「個人情報の保護に関する法

律」を基本として、対象とする公的機関別に、国の行政機関を対象に「行政機関の保有する個人

情報の保護に関する法律」、独立行政法人等を対象とする「独立行政法人等の保有する個人情

報の保護に関する法律」及び地方公共団体等を対象とする条例(各地方公共団体によって制定)

が定められている。また、行政機関及び独立行政法人等における情報の開示、訂正、利用停止決

定等に対する不服申立てに関する諮問機関である情報公開・個人情報保護審査会についても法

制度が定められている。

個人情報保護法は 2015 年 5 月(施行は 2017 年 5 月)に改正された。これは、情報通信技術

の発展等の急速な環境変化に対応して、いわゆるビッグデータなどを含む個人情報の利活用、個

人情報流出対策として情報漏洩化防止・追跡等を目的とするものである。そのために個人情報の

定義が明確化されるとともに、「個人識別符号」、「匿名加工情報」、「要配慮個人情報」、個人情

報の第三者提供の際の記録の作成義務などが新設され、取扱数による事業者規制が廃止された。

更に、医療分野においては、研究開発力の強化及び IT 化の促進の必要性から、3-2 節におい

て示す「医療分野の研究開発に資するための匿名加工医療情報に関する法律」(略称:次世代医

療基盤法)が特別法として 2017 年 5 月に制定されている。

個人情報保護法は、個人の権利利益の保護について広く定めており、その対象分野も医療、福

祉、雇用、金融、電気通信、警察、外務、防衛など多岐に渡るため、本節では、個人情報保護法

の概要と医療分野に関わる個人情報保護法について記述する。なお、本文中の条文は「個人情

報の保護に関する法律」による。

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第 3 章 関連法

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3-1-2 個人情報保護法の概要

個人情報保護法は、個人情報を取り扱う事業者の遵守すべき義務等を定めることにより、個人

情報の有用性に配慮しつつ、個人の権利利益を保護することを主たる目的としている。すなわち、

企業・団体等の個人情報の取扱いについて定めて、個人の権利・利益の保護と個人情報の有用

性とのバランスを図ることである。

個人情報を取り扱う事業者については、従来は過去6か月間で 5001人分以上の個人情報を利

用する事業者としていたが、改定されて現在では個人情報を利用する全ての事業者となっている

(平成 29 年 5 月 30 日から)。

また、個人情報とは「生存する個人に関する情報であって、当該情報に含まれる氏名、生年月

日その他の記述等により特定の個人を識別することができるもの(他の情報と容易に照合すること

ができ、それにより特定の個人を識別することができることとなるものを含む)」と定義されている。こ

れは、権利利益者である生存する個人(「死者」は原則として含まれない。)が特定の個人として識

別される情報が対象であり、私生活や秘密のように他人にみだりに知られたくないプライバシー情

報とは同一ではない。具体的には、個人情報として、氏名、生年月日、住所、顔写真などにより個

人を識別できるもの(「個人情報」法 2 条 1 項)に加えて、特定の個人の身体の一部の特徴を変換

した符号として顔、指紋・掌紋、虹彩、手指の静脈、声紋、DNA など、サービス利用や書類におい

て対象者ごとに割り振られる公的な番号としてマイナンバー、旅券番号、免許証番号、基礎年金番

号、住民票コード、各種保険証の記号番号など(「個人識別符号」法 2条 2項)がある。更に、個人

に関する情報の中でも、人種、信条、病歴など不当な差別・偏見が生じる可能性がある個人情報

(「要配慮個人情報」法 2条 3項)は、その取扱いについて後述する特別な規定が定められている。

個人情報の取扱いについては、個人情報を取得するとき、利用するとき、保管するとき、他人に

渡すとき、及び開示を求められたときについて、それぞれ以下のように定められている(主に関係す

る条文のみを示す)。

(1)個人情報を取得するとき

個人情報を取得する際は、利用目的を具体的に特定しなければならない(法 15 条)。

個人情報の利用目的は、あらかじめ公表するか、本人に知らせる必要がある(法 18 条)。

個人情報のうち、「要配慮個人情報」を取得するときは本人の同意が必要である(法 17

条)。

(2)個人情報を利用するとき

取得した個人情報は、利用目的の範囲で利用しなければならない。また、すでに取得してい

る個人情報を、取得時と異なる目的で利用する際には、本人の同意を得る必要がある。(法

16 条)

(3)個人情報を保管するとき

取得した個人情報は漏洩などが生じないように、安全に管理しなければならない(法 20

条)。

個人情報を取り扱う従業員に教育を行うことや、業務を委託する場合に委託先を監督する

必要がある(法 21 条、22 条)。

(4)個人情報を他人に提供するとき

個人情報を本人以外の第三者に提供するときは、原則として、あらかじめ本人の同意を得な

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第 3 章 関連法

69

ければならない。ただし、警察からの照会などの法令に基づく場合、災害時などの人の生

命、身体または財産の保護のために必要で、かつ本人からの同意を得るのが困難なとき、

児童虐待からの保護などの公衆衛生・児童の健全育成に特に必要な場合で、かつ本人の

同意が難しいとき、国や地方公共団体などへの協力の場合には例外的に個人情報を渡す

ことが認められる(法 23 条)。

個人情報を第三者に提供したときは、提供年月日、第三者の氏名・名称等の一定の事項を

記録し、一定の期間その記録を保存しなければならない。また、提供を受けるときは、第三

者の氏名・名称等、当該第三者がその個人データを取得した経緯について確認するととも

に、受領年月日、確認した事項等の一定の事項を記録し、一定の期間その記録を保存しな

ければならない。

(5)本人から個人情報の開示を求められたとき

本人からの請求があった場合、個人情報の開示、訂正、利用停止などに対応しなければな

らない(法 28 条、29 条、30 条)。

個人情報の取扱いに対する苦情を受けたときは、適切かつ迅速に対処しなければならない

(法 35 条)。

個人情報を扱う事業者や団体の名称や個人情報の利用目的、個人情報開示などの請求

手続の方法、苦情の申出先などについて、本人が知り得る状態にしておかなければならな

い(法 32 条)。

また、これらの個人情報の取扱いについて違反があった場合、当該違反行為の中止その他違

反を是正するために必要な措置をとるべき旨の勧告が主務大臣(医療分野であれば厚生労働大

臣)からなされる。更に、勧告について適切な対応が成されない場合は、罰則(罰金・懲役)が適用

される。

3-1-3 医療分野に関わる個人情報保護法の内容

医療分野における個人情報の取扱いについては、医療関係事業者が個人情報を取扱う場合

(以下、「医療関係事業者個人情報取扱い」)と医療研究において医療機関等に所属する者が個

人情報を取扱う場合(以下、「医学研究等目的個人情報取扱い」)に大きく区分することができる。

医療関係事業者利用については、事業者として個人情報保護法に基づく取扱いが求められるの

に対して、医学研究等目的利用については、その目的が学術研究目的機関・団体に属する者が

学術研究に供する場合は個人情報保護法の個人情報取扱事業者の義務等が適用されない(法

第 76 条 1 項 3 号)。そのため、以下、これらを分けて記述する。

1) 医療関係事業者個人情報取扱いについて

個人情報保護法に基づく医療関係事業者の個人情報取扱いは、他の個人情報取扱い事業者

と同様である。しかし、医療分野は個人情報の性質や利用方法等から、法制上の措置等(法 6 条)

の規程に基づく特に適正な取扱いの厳格な実施を確保する必要がある分野の一つであるとして、

各医療機関等における積極的な取組みが求められる。そのため、対象となる事業者が行う個人情

報の適正な取扱いについて「医療・介護関係事業者における個人情報の適切な取扱いのための

ガイダンス」(平成 29 年 4 月 14 日個人情報保護委員会・厚労省)が示されている。以下、同ガイ

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第 3 章 関連法

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ダンスを参考に医療関係事業者個人情報取扱いの特徴について示す。

① 「医療・介護関係事業者」の範囲

医療分野の事業者の範囲は、①病院、診療所、助産所、薬局、訪問看護ステーション等の患者

に対し直接医療を提供する事業者(以下、「医療機関等」)とされているが、検体検査、患者等や

介護サービス利用者への食事の提供、施設の清掃、医療事務の業務など、医療・介護関係事業

者から委託を受けた業務を遂行する事業者も、個人情報の適切な安全管理措置を講ずることが求

められる。

② 「個人情報」の範囲

個人情報(法 2 条 1 項)として、医療機関等における個人情報の例には、 診療録、処方せん、

手術記録、助産録、看護記録、検査所見記録、エックス線写真、紹介状、退院した患者に係る入

院期間中の診療経過の要約、調剤録 等である。また、例えば診療録には、患者について客観的

な検査をしたデータもあれば、それに対して医師が行った判断や評価も書かれているので、診療録

等に記載されている情報の中には、患者と医師等双方の個人情報という二面性があること。死者に

関する情報が、同時に、遺族等の生存する個人に関する情報でもある場合には、当該生存する個

人に関する情報となることに留意が必要である。

個人識別符号(法 2 条 2 項)として、医療分野では、細胞から採取されたデオキシリボ核酸(別

名 DNA)を構成する塩基の配列、健康保険法に基づく被保険者証や高齢受給者証の記号、番

号及び保険者番号などが該当する。なお、個人情報の保護に関する法律についてのガイドライン

(通則編)においては、「細胞から採取されたデオキシリボ核酸(別名 DNA)を構成する塩基の配列」

のうち、個人識別符号に該当するものは、ゲノムデータ(細胞から採取されたデオキシリボ核酸(別

名 DNA)を構成する塩基の配列を文字列で表記したもの)のうち、全核ゲノムシークエンスデータ、

全エクソームシークエンスデータ、全ゲノム一塩基多型(single nucleotide polymorphism:SNP)

データ、互いに独立な 40 箇所以上の SNP から構成されるシークエンスデータ、9 座位以上の 4

塩基単位の繰り返し配列(short tandem repeat:STR)等の遺伝型情報により本人を認証するこ

とができるようにしたもの」とされている。

要配慮個人情報(法2条3項)として、医療機関等において想定される情報は、診療録等の診療

記録や介護関係記録に記載された病歴、診療や調剤の過程で、患者の身体状況、病状、治療等

について、医療従事者が知り得た診療情報や調剤情報、健康診断の結果及び保健指導の内容、

障害(身体障害、知的障害、精神障害等)の事実、犯罪により害を被った事実等が挙げられる。情

報漏洩化防止のため要配慮個人情報の取得や第三者提供には、原則として本人同意が必要で

あり、オプトアウトによる第三者提供は認められていないので、注意が必要である。

③ 匿名加工情報(法2条9項)

個人情報から、情報に含まれる氏名、生年月日、住所、個人識別符号等、個人を識別する情報

を取り除くことで、特定の個人を識別できないようにすることをいう。このような処理を行っても、事業

者内で医療・介護関係個人情報を利用する場合は、事業者内で得られる他の情報や匿名化に際

して付された符号又は番号と個人情報との対応表等と照合することで特定の患者・利用者等が識

別され得る。そのため、匿名化に当たっては、当該情報の利用目的や利用者等を勘案した処理を

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第 3 章 関連法

71

行う必要がある。

匿名加工情報は一定の義務を遵守することを前提に個人情報に該当しないため、目的外使用

や第三者提供が可能となる。このような処理をすることで、いわゆるビッグデータの活用が推進する

ことが期待されている。

④ 本人の同意

「本人の同意」とは、本人の個人情報が、個人情報取扱事業者によって示された取扱方法で取

り扱われることを承諾する旨の当該本人の意思表示をいう。医療機関等については、患者に適切

な医療サービスを提供する目的のために、当該医療機関等において、通常必要と考えられる個人

情報の利用範囲を施設内への掲示(院内掲示)により明らかにしておき、患者側から特段明確な

反対・留保の意思表示がない場合には、これらの範囲内での個人情報の利用について同意が得

られているものと考えられる。要配慮個人情報の取得時における本人の同意については、例えば、

患者が医療機関の受付等で、問診票に患者自身の身体状況や病状などを記載し、保険証ととも

に受診を申し出ることは、患者自身が自己の要配慮個人情報を含めた個人情報を医療機関等に

取得されることを前提としていると考えられるため、医療機関等が要配慮個人情報を書面又は口頭

等により本人から適正に直接取得する場合は、患者の当該行為をもって、当該医療機関等が当該

情報を取得することについて本人の同意があったものと解される。

⑤ 安全管理措置、従業者の監督及び委託先の監督(法第 20 条、21 条、22 条)

医療関係事業者は、その取り扱う個人データの漏えい、滅失又はき損の防止その他の個人デー

タの安全管理のため、組織的、人的、物理的、及び技術的安全管理措置等を講じなければならな

い。

また、医療関係事業者は、安全管理措置を遵守させるよう、従業者に対し必要かつ適切な監督

をしなければならない。なお、「従業者」とは、医療資格者のみならず、当該事業者の指揮命令を受

けて業務に従事する者全てを含むものであり、雇用関係のある者のみならず、理事、派遣労働者

等も含む。

医療関係事業者は、検査や診療報酬又は介護報酬の請求に係る事務等個人データの取扱い

の全部又は一部を委託する場合、安全管理措置を遵守させるよう受託者に対し、必要かつ適切な

監督をしなければならない。 「必要かつ適切な監督」には、委託契約において委託者である事業

者が定める安全管理措置の内容を契約に盛り込み受託者の義務とするほか、業務が適切に行わ

れていることを定期的に確認することなども含まれる。 また、業務が再委託された場合で、再委託

先が不適切な取扱いを行ったことにより、問題が生じた場合は、医療・介護関係事業者や再委託し

た事業者が責めを負うこともあり得る。

⑥ 個人データの第三者提供(法 23 条)

医療関係事業者は、法令に基づく場合、人の生命身体の保護のために必要な場合、公衆衛生

の向上ために必要な場合、国若しくは地方公共団体等に協力する場合を除いて、あらかじめ本人

の同意を得ないで、個人データを第三者に提供してはならないとされている。第三者提供として、

民間保険会社からの照会、職場からの照会、学校からの照会及びマーケティング等を目的とする

会社等からの照会が例示されている。一方、第三者への情報の提供のうち、患者の傷病の回復等

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第 3 章 関連法

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を含めた患者への医療の提供に必要であり、かつ、個人情報の利用目的として院内掲示等により

明示されている場合は、原則として黙示による同意が得られているものと考えられている。なお、適

切でない例として、医師及び薬剤師が製薬企業の医薬品情報担当者(MR)、医薬品卸業者の医

薬品販売担当者(MS)等との間で医薬品の投薬効果などについて情報交換を行う場合に、必要

でない氏名等の情報を削除せずに提供することが挙げられている。

⑦ その他

医療機関等は、第三者提供に係る記録の作成等(法 25 条)が求められている。また、第三者提

供を受ける際の確認等も必要である(法 26 条)。この確認に際しては、第三者の氏名及び住所、

第三者による個人データの取得の経緯、法の遵守状況を確認しなければならないとされており、法

の順守状況としては、例えば、利用目的、開示手続、問合せ・苦情の受付窓口の公表、オプトアウ

トによる第三者提供により個人データの提供を受ける際には当該事業者の届出事項が個人情報

保護委員会により公表されている旨などについても確認することが望ましいとされている。

2) 医学研究等目的個人情報取扱いについて

個人情報が研究に活用される場合の取扱いとして、 近年の科学技術の高度化に伴い、研究に

おいて個人の診療情報等や要介護認定情報等を利用する場合が増加しているほか、患者・利用

者への診療や介護と並行して研究が進められる場合もある。 法第 76 条 1 項においては、憲法上

の基本的人権である「学問の自由」の保障への配慮から、大学その他の学術研究を目的とする機

関等が、学術研究の用に供する目的をその全部又は一部として個人情報を取り扱う場合について

は、法による義務等の規定は適用しないこととされている。医学分野における研究における個人情

報の取扱いもこの学術研究の用に供する場合として、個人情報保護法の適用除外とされている。

しかし、これらの場合においても、当該機関等は、自主的に個人情報の適正な取扱いを確保する

ための措置を講ずることが求められており(法 76 条 3 項)、これに当たっては、医学研究分野の関

連指針に基づく対応がなされている。以下、医学研究分野の関連指針に示される個人情報保護

の対応について示す。

① 対象となる指針

ヒトゲノム・遺伝子解析研究に関する倫理指針(平成 13 年 3 月 29 日(平成 29 年 2 月 28 日

一部改正)文部科学省 厚生労働省 経済産業省)、人を対象とする医学系研究に関する倫理指

針(平成 26 年 12 月 22 日(平成 29 年 2 月 28 日一部改正)文部科学省 厚生労働省)、遺伝子

治療等臨床研究に関する指針(平成 27 年 8 月 12 日(平成 29 年 4 月 7 日一部改正)厚生労働

省)

② 用語の定義

個人情報、個人識別符号、要配慮個人情報、匿名加工情報については、個人情報の保護に

関する法律の改正(平成 29 年 5 月 30 日)に伴い、用語を法律の定義に合わせている。なお、従

来は、「連結可能匿名化」や「連携不可能匿名化」という用語が匿名加工情報に用いられていたが、

連結不可能匿名化した情報についても個人識別符号が含まれること等により、特定の個人を識別

することができる可能性があるため、これらの用語は廃止されている。

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第 3 章 関連法

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③ 情報の取得

個人情報の取得において、被検者に対して侵襲を伴う臨床研究においては、文書によるインフ

ォームドコンセント(以下、IC)の取得を求めている。また被検者に対する侵襲までは至らないが介

入する臨床研究においては、文書による IC に加えて口頭での IC(記録を必要とする)を求めてい

る。ただし、遺伝子情報を得るための臨床研究においては文書による IC が求められる。一方、要

配慮個人情報の取得においては、原則同意が求められている。

④ 情報の自機関での利用における利用目的変更の場合

個人情報の自機関での利用における利用目的変更の場合には、原則として、文書による IC ま

たは口頭による IC(記録を必要とする)が求められる。また、IC 取得が困難な場合には、個人情報

が匿名化されていれば手続き不要である。しかし、特定の個人を識別できる場合には、変更前の目

的と相当な関連性のある変更においても通知または公開をすることが求められる。また、遺伝子情

報を得るための臨床研究においては、原則、文書による IC が求められる。しかし、同意取得が困

難な場合には、個人情報が匿名化され、かつ対応表が作成されていない場合には手続き不要で

ある。

⑤ 情報の他機関への提供

個人情報の他機関への提供の場合には、原則として文書による ICまたは口頭による IC(記録

を必要とする)が求められる。また、IC 取得が困難な場合には、個人情報が匿名化されていれば手

続き不要である。しかし、特定の個人を識別できる場合の公的機関に対しては公衆衛生の向上な

ど社会的重要性が高い研究においてはオプトアウト方式による同意取得が認められる。一方、特定

の個人を識別できる場合の民間機関に対しては、要配慮個人情報が含まれない場合に限りオプト

アウト方式による同意取得が認められる。

遺伝子情報を得るための臨床研究においては、原則、文書による IC が求められる。しかし、同

意取得が困難な場合には、個人情報が匿名化され、かつ対応表が作成されていない場合には手

続き不要である。個人情報が匿名化されているが対応表が作成されている場合には、通知または

公開が求められる。特定個人が識別できる場合の公的機関に対しては公衆衛生の向上など社会

的重要性が高い研究においてはオプトアウト方式による同意取得が認められる。一方、特定の個

人を識別可能な民間機関に対しては、要配慮個人情報が含まれない場合に限りオプトアウト方式

による同意取得が認められる。

⑥ 情報の他機関からの取得

個人情報の他機関からの取得において、情報から特定の個人を識別できない場合には、提供

元機関への手続き等の確認のみが求められる。しかし、情報から特定の個人が識別できる場合に

は提供元機関の手続等の確認に加えて、IC の内容の確認が必要である。遺伝子情報を得るため

の臨床研究においては、提供元機関の手続等の確認及び IC の内容の確認が必要である。

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第 3 章 関連法

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3-1-4 医療分野における個人情報保護の課題

医療分野における個人情報については、その情報が病歴、病気や健康の状態、遺伝の情報を

含むなど、当該個人にとって重要かつ流出した場合に不利益が生じるおそれが生じるものであるこ

とから、その保護に関しては、診断、治療、研究、保険等の領域で個人、組織において様々な課題

がある。そのため、ここでは、医療分野における研究開発にとって必要な個人情報の取得及び提

供に限っていくつかの課題を示す。

まず、医療情報を取得する方法には、①匿名加工情報/非識別加工情報、②学術研究、③次

世代医療基盤法によるものがある。①匿名加工情報/非識別加工情報とは、3-1-3 項の 1)に

示したように個人情報保護法に基づき医療関係事業者が取扱う個人情報として匿名加工された情

報である。②学術研究による医療情報とは、3-1-3 項の 2)に示したように、医学分野における研

究において取り扱われる個人情報である。一方、③次世代医療基盤法とは、次節で示すように医

療情報取扱事業者が個人情報を取扱える制度である。ここでは現時点で医療情報の提供に用い

られている①及び②を対象として以下詳述する。

図表3-1-4-1 次世代医療基盤法以外に医療情報を取得する方法(水町雅子氏提供)

まず、①及び②の方法による個人情報の“提供”におけるメリットとデメリットを図表 3-1-4-2に

示す。①のメリットとしては、匿名加工情報とすることにより目的外利用や第三者提供が可能となる

こと、本人は第三者提供を拒否できないため提供後の運用が容易となることなどがある。①のデメリ

ットとしては、加工が難しいこと、加工作業は外部委託できるが匿名加工が不十分な場合の責任は

医療情報を保有する側に残ること、生の医療情報が受け取れないため研究目的によっては十分な

情報が得られない可能性があることなどがある。②のメリットとしては、生の医療情報のままで提供が

可能である情報があることである。②のデメリットとしては、学術研究目的に限定されるため提供でき

る機関が限定されることである。

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第 3 章 関連法

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図表3-1-4-2 方法別情報提供のメリット/デメリット(水町雅子氏提供)

更に、①及び②の方法による個人情報の“取得”におけるメリットとデメリットを図表 3-1-4-3に

示す。①のメリットとしては、次世代医療基盤法による取得では疾患別などになってしまうのに対し

て、必要とするデータの保有者別(特定の医療機関や保険者など)の取得が可能であることがある。

①のデメリットとしては、医療情報の保有者から提供を拒まれる可能性があること、提供はされても

量や質として十分なデータが取得できない可能性があることがある。②のメリットとしては、生の医療

情報のままで取得が可能である情報があることである。②のデメリットとしては、学術研究目的に限

定されるため取得できる機関が限定されることである。

図表3-1-4-3 方法別情報取得のメリット/デメリット(水町雅子氏提供)

以上のような、①匿名加工情報/非識別加工情報と②学術研究による個人情報の提供と取得

の特徴から、医療分野における研究開発にとって必要な個人情報の取得には次のような課題があ

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第 3 章 関連法

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る。

まず、研究開発に必要な医療情報へのアクセスの課題である。例えば、特定領域の医薬品の研

究開発を進めている製薬企業等が、医療情報を医療機関等から取得する場合に、必要な医療情

報の提供に協力する医療機関等を見つけることができるかである。医療機関等がどのような医療情

報を提供するかの情報を積極的に提示していなければ、製薬企業が単独で協力が得られる医療

機関等を見つけることは困難である。現在、医療機関等から提供された個人情報を匿名加工して

提供する事業者はあるが、その事業者が提供できる医療情報が、特定の領域の開発に必要な医

療情報を満たしているかは分からない。また、学術研究として医療情報を得ることは、研究機関等

ではない民間企業にとっては困難である。

次に、研究開発に必要な医療情報の質の課題である。匿名加工された医療情報の質は、提供

医療機関等において担保されておらず、また、提供を受けた機関が検証することもできない。取得

した医療情報の質を信じるしかないのが現状である。

更に、研究開発に必要な医療情報の安全管理の課題である。匿名加工が不十分である場合や

個人情報の漏洩が医療機関等で発生した場合には、医療情報を提供した又は加工した医療機関

等に一義的な責任があるとしても、医療情報の保有側の責任が残り得る。また、取得した医療情報

が利用できなくなるという問題が発生する。

このように①及び②によって医療情報を取得して研究開発に利用するには、特に民間企業にお

いては幾つかの課題があるところである。

3-2 次世代医療基盤法

3-2-1 はじめに

「医療分野の研究開発に資するための匿名加工医療情報に関する法律」(平成 29 年法律第

28 号(略称「次世代医療基盤法」))は、個人情報保護法の特別法であり、「医療分野の研究開発

に資するための匿名加工医療情報に関し、匿名加工医療情報作成事業を行う者の認定、医療情

報及び匿名加工医療情報等の取扱いに関する規制等を定めることにより、健康・医療に関する先

端的研究開発及び新産業創出を促進し、もって健康長寿社会の形成に資すること」を目的として、

平成 29 年 5 月 12 日公布され、翌年 5 月 11 日に施行された。

本法は、これまで行えなかった医療分野の研究開発を促進するために、医療機関等にある治療

結果や保健指導の内容といった患者・国民の医療情報を、国から認定を受けた事業者が、安全で

安心できるセキュリティ基準の下、大規模に収集して、個人が特定されないよう匿名加工を行い、

研究機関等に提供することを可能とするための法律である。デジタル化した医療現場からアウトカム

を含む多様なデータを大規模に収集・利活用する仕組みを設けるもので、このような仕組みはデジ

タルデータを活用した次世代の医療分野の研究、医療システム、医療行政を実現するための基盤

であることから、「次世代医療基盤法」と略称されている。また、「医療ビッグデータ法」とも俗称され

る。

施行規則は内閣府・文部科学省・厚生労働省・経済産業省の 4 省合同省令として発出されて

おり、ガイドライン(「医療分野の研究開発に資するための匿名加工医療情報に関する法律につい

てのガイドライン」(平成 30年 5月、内閣府、文部科学省、厚生労働省、経済産業省))も作成され

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第 3 章 関連法

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ている。これらも含めた法の詳細については、内閣府 日本医療研究開発機構・医療情報基盤担

当室等の HP(https://www8.cao.go.jp/iryou/index.html)から関連資料にアクセス可能であり、

確認されたい。

3-2-2 次世代医療基盤法の背景と概要

現在、我が国において全国規模で利活用が可能な医療に関するデータとしては、診療報酬明

細書(レセプト)のデータがある。レセプトデータは 20 年かけて電子化されており、国民皆保険制度

に基づき網羅性の高い我が国ならではの非常に貴重なデータであるが、協会けんぽや健保組合な

ど医療保険の運営者が分散しており、繋がっていない点が一つの問題点である。また、レセプトデ

ータは医療行為の実施情報(インプット)に限られ、結果(アウトプット)を含んでいない。アウトプット

データは医療機関が保有しており、例えばイギリスのようにすべてが公的医療機関であれば一斉に

同じシステムを導入することも可能であるが、我が国の医療機関は民間中心で分散して保有されて

いる状況にある。このように、我が国における医療情報は国民皆保険制度によりポテンシャルは非

常に高いと考えられるものの、これらを如何に集めて繋ぎ、質の高い、大規模な医療等情報を収集

できるか、という点が課題である。

一方、個人情報の保護は厳格化の方向にあり、前節に述べた通り、2015 年に個人情報保護法

が改正、2017 年より施行され、病歴等、医療情報の多くは「要配慮個人情報」に位置づけられて、

いわゆるオプトアウトによる第三者提供が禁止されることとなった。つまり、各医療機関から第三者に

これら個人の医療情報を提供するには、目的を提示して各個人からの同意を得る必要がある。特

定の個人が識別できないように匿名加工した「匿名加工情報」とすれば、本人の同意がなくても第

三者に提供可能とはなっているが、匿名加工の責任が医療機関に課せられる点で問題が残る。匿

名加工は、医療事業者に委託して行うことは可能であるが、責任は医療機関にある。患者が少な

い疾患の場合は患者が特定される可能性もあり、匿名加工の程度を高めなければならないなど、リ

スクも高い(図表 3-2-2-1)。

このような理由から、個人情報保護法のみでは、医療機関等が企業や研究機関からの依頼を受

けてデータを提供するのは、非常にハードルが高い状況にある。また、そのハードルを越えても、各

医療機関において匿名加工がなされると、複数の医療機関に跨る同一患者情報の名寄せは不可

能で、利活用の価値が下がるという問題もある。その他、個人情報保護法に基づく医療情報の提

供/取得における問題点については 3-1-4 項も参照されたい。

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第 3 章 関連法

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図表3-2-2-1 個人情報保護法で可能な匿名加工情報の提供の仕組み(田中謙一氏提

供)

このような問題点を解決しようとしたものが、次世代医療基盤法である。次世代医療基盤法では、

国による認定事業者が匿名加工の責任を負う。また、いわゆるオプトアウトを認めており、医療機関

は初診時に各患者に文書で通知の上、各患者が拒否しない限り、個人の医療情報を匿名加工し

ていない状態で、高いセキュリティ-を設けた特定の認定事業者に提供することが可能である。さら

に、認定事業者において、複数の医療機関からの医療情報を名寄せすることが可能となる(図表 3

-2-2-2)。

ただし、匿名加工しても医療データはセンシティブであり、オープンデータとしてネット上で利用

可能とするといったことは想定されておらず、目的、データの共有範囲、対象データ等を特定した

上で利活用者と認定事業者が契約を結び、これに基づいて認定事業者がデータごとに適切な程

度の匿名加工を施して「匿名加工医療情報」とし、利活用者に提供する。

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第 3 章 関連法

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図表3-2-2-2 次世代医療基盤法の全体像(田中謙一氏提供)

3-2-3 次世代医療基盤法の内容

次世代医療基盤法のイメージを図表 3-2-3-1 に示す。本法の下では、医療機関等から提

供された生データから、認定事業者が匿名加工医療情報を作成して利活用者に提供する。赤線

の左側が生データを扱い、右側が匿名データを扱う。ブルーの部分が大臣の認定を受ける事業範

囲を表しており、この範囲には重い責任を課すが、提供者(医療機関等)及び利活用者の責任は

軽くなっている。特に提供者の責任を軽くし、情報提供が容易になっている。匿名加工方法は法律

で定められており、万一漏えいしたり悪用されても、誰の医療情報かが分からないように厳格に匿

名加工される。安全・的確に加工等できる能力をもった適切な事業者として大臣認定を受けた者し

か匿名加工医療情報を作成・提供することはできず、その事業者からの外部委託先も大臣認定を

受ける必要がある。大臣認定事業者には高い管理基準等が求められ、安全管理体制等を厳格に

整備する必要があり、問題があれば大臣認定が取り消され、事業が継続できなくなりうる。

患者の立場としては、情報提供への同意は不要であるが、重要なポイントとして患者が拒否すれ

ば匿名加工医療情報を外部提供できないようになっており、これにより患者の権利を保障し、不安

による患者からの情報提供のハードルが下がるようにしている。

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第 3 章 関連法

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図表3-2-3-1 次世代医療基盤法の全体イメージ(水町雅子氏提供)

1) 提供者(医療情報取扱事業者)

次世代医療基盤法に基づき医療情報を提供することができるものは「医療情報取扱事業者」と

呼ばれ、医療情報を整理していること、整理した医療情報を事業に使っていること、医療情報提供

のための手続をしていること、といった条件を満たす必要がある。病院や保険者等は民間(私立病

院、健康保険組合等)、国立(国立病院、国立大学病院、国立研究開発法人)、公立(公立病院、

市町村国保、後期高齢者医療広域連合)すべてが次世代医療基盤法により医療情報の提供が

可能となっている。ただし、提供は義務ではない。提供する場合は、患者拒否によるオプトアウトへ

の準備と対応、提供の記録、認定事業者への協力等、一定の義務がある(図表 3-2-3-2)。

図表3-2-3-2 医療情報取扱事業者のやるべきこと(水町雅子氏提供)

・ 患者拒否によるオプトアウト

オプトインは「同意選択」であり、患者の同意がないと医療情報の提供はできない。一方、オプト

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第 3 章 関連法

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アウトは「拒否選択」であり、同意がなくとも、拒否がない限りは医療情報の提供が可能である。これ

により、提供可能なデータが増えることが見込まれる。患者による拒否があれば、その後の医療情

報の認定事業者への提供を停止するのが法律上の義務である。それ以前の情報については法律

上削除の義務はないが、上述の次世代医療基盤法に関するガイドラインでは可能な限り削除する

ことが推奨されている。個人を参照・特定できる情報については削除されることが望ましいが、匿名

であるため個人が特定できない情報に関してはその限りではない。

2) 認定事業者(認定匿名加工医療情報作成事業者及び認定医療情報等取扱受託事業者)

次世代医療基盤法では大臣認定を受けた「認定匿名加工医療情報作成事業者」、「認定医療

情報等取扱受託事業者」が医療情報の匿名加工を行い、利活用者に提供する。「認定医療情報

等取扱受託事業者」は「認定匿名加工医療情報作成事業者」から匿名加工の実作業等を受託す

る事業者を指す。図表 3-2-3-3 に、これら認定事業者の義務を利活用者と比較して示す。認

定事業者の義務が非常に多いことが分かる。

図表3-2-3-3 認定事業者と利活用者の義務の比較(水町雅子氏提供)

① 大臣認定

大臣認定は内閣府が行う。以下、「匿名加工医療情報作成事業者」及び「医療情報等取扱受

託事業者」の大臣認定のポイントを説明する。

・ 匿名加工医療情報作成事業者

匿名加工医療情報作成事業者の認定条件は、図表 3-2-3-4 に示す通り、かなり厳しいも

のとなっている。特に、「加工等の能力があること」(法 8 条 3 項 2 号・規則 5 条)では、「認定事業

開始時点で年間 100 万人以上、事業開始後 3 年目に年間 200 万人以上に達することを基本と

する」とされており、難易度が高いと考える。レセプトデータはこれらの件数には含まれないので、こ

れだけのデータを集められる事業者は非常に限定的と考えられる。

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第 3 章 関連法

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図表3-2-3-4 匿名加工医療情報作成事業者の認定条件(水町雅子氏提供)

・ 医療情報等取扱受託事業者

実作業をする受託先も認定を受ける必要がある点に注意する。再委託以降も同様である。図表

3-2-3-5 に認定条件を示す。

図表3-2-3-5 医療情報等取扱受託事業者の認定条件(水町雅子氏提供)

➁ 医療情報の加工

匿名加工にあたっては、事前確認として目的の特定、流通範囲の特定、期間の特定(履歴情報

の場合の期間)と継続性の確認(同じ者に継続的に匿名加工医療情報の提供を行うか)、データ

項目の確認を行い、リスクを評価し、適切な加工方法を検討する。リスク評価では、例えば、流通範

囲に関して、認定事業者が匿名加工医療情報を管理して分析結果だけを外部提供するような場

合はリスクが低く、より多くの事業者提供、さらには一般に公開する場合にリスクが高いと考えられる。

加工方法については規則 18条に記載があり、図表 3-2-3-6のように 1.氏名等の削除、2.

個人識別符号(公的番号等)の削除、3.ID の削除、4.特異な記述等の削除、5.性質を踏まえた

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第 3 章 関連法

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措置が施される他、リスクに応じた追加加工を実施する。実際には図表 3-2-3-7 のような加工

をする。

図表 3-2-3-6 規則 18 条の加工(水町雅子氏提供)

図表3-2-3-7 医療情報等取扱受託事業者の認定条件(水町雅子氏提供)

画像・ゲノムについては次世代医療基盤法のガイドライン「Ⅲ .4-5 医療情報特有の匿名加工」

に解説があるため参照されたい。

3) 利活用者(匿名加工医療情報取扱事業者)

次世代医療基盤法において、匿名加工医療情報の利活用者は「匿名加工医療情報取扱事業

者」と呼ばれ、医療分野の研究開発に役立てるためであれば、製薬会社や保険会社、研究所に限

らず、基本的に誰でも認定事業者から匿名加工医療情報を取得できる。契約にあたり、認定事業

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第 3 章 関連法

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者内の委員会で目的の確認が行われる。目的は、医療の範囲のみに止まらず、もう少し広い範囲

(サプリ・アプリ・化粧品など)にも適応でき、第三者委員会による審査・意見によるが、一般論として

研究目的から明らかに外れていなければよく、特定の疾患などまでに指定する必要はないと考えら

れる(図表 3-2-3-8)。

利活用者の義務としては「識別禁止」がある。これは匿名情報を何らかの方法で再度個人特定

できるような情報に戻すことをしない、ということである。また、ガイドラインにある安全管理措置を行う

ことが奨められる。

図表3-2-3-8 匿名加工医療情報取扱事業者(水町雅子氏提供)

3-2-4 次世代医療基盤法下での RWD 活用に関する期待と課題

次世代医療基盤法下で、今後 RWD の利活用が進むことが期待されるが、現時点での課題とし

て、カルテが各医療機関で異なることが挙げられる。この点については、今後認定事業者がデータ

を集めていく過程で標準化に関しても進んでいくことが望まれる。また、利活用者が必要な追加デ

ータについて認定事業者に依頼し、認定事業者が各医療機関と相談してくことで、結果としてより

利用価値の高い医療ビックデータの創出につながっていくと考える。医療機関や患者側にも一定

の負担がかかると想定されるため、得られたデータが研究開発に使われて医療に貢献するという趣

旨を理解していただくことが必要である。また、利活用の成果を見える化する努力も必要と考える

(図表 3-2-4-1)。

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第 3 章 関連法

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図表3-2-4-1 認定事業者の情報基盤の拡充と利活用推進の好循環の実現

(田中謙一氏提供)

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第 4 章 考察および提言

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第 4 章 考察および提言

本報告書では、「医療リアルワールドデータ(以下、RWD)を医薬品医療機器等の開発にいかに

利活用するか」に関する産官学の取り組みを紹介した。その調査の過程で、医療関連の「RWD」と

いってもどのような目的で利活用するかによって意味が異なり、検討すべき課題も目的や用途によ

って違ってくることが見えてきた。本章の 1では「治験対照群データへの RWD の利活用」、2では、

「市販後調査(市販後安全性調査及び市販後全例調査)に加えて薬効評価等の医薬品開発への

MID-NET の利活用」、また、3では最近新たな範疇の RWD として注目されている「モバイルヘルス

機器から得られる RWD の利活用」に関して考察し、提言する。

1.治験対照群データへの RWD の利活用

【考察】

近年各種医療情報の電子化が急速に進むとともに、ビッグデータの解析が比較的容易にできる

ようになり、多くの RWD のデータベースが構築されてきている。この様な環境下、RWD を医薬品医

療機器等の開発に利活用する場合、とりわけ治験の対照群に RWD を用いることは、開発スピード

のアップと大幅な経費削減につながる。また、ランダム化比較試験(RCT)に伴うバイアスや倫理等

の課題解決につながる可能性もあり、世界各国で検討が進んでいる。我が国でも CIN 構想のもと、

AMED の研究班で RWD の利活用に関する検討がなされている。PMDA も、医薬品医療機器等

の開発に対する疾患レジストリの活用に関する相談の受付け準備を始めている。

医療機器の開発では、単群治験を行い、RWD を対照群のデータとして申請し、製造販売承認

されたという実例が既に幾つか存在する(2-2-3 項)。医療機器は、手術を伴う場合、倫理的に対照

群として偽手術群をおけないなど、臨床試験を盲検化しにくく、対象患者が比較的少ない等の理

由から RCT を行いにくいという事情がある。医療機器のレジストリデータは、基本的に特殊なトレー

ニングを積んだ専門医が記載するため質が高い、使用成績の評価項目が一貫している、及び対照

となる従来の医療機器データが蓄積・管理されている等の特徴がある。このような背景から、開発す

る医療機器の特徴や改良点が明らかで従来法より優れた効果が予想される場合には、単群試験

で RWD のデータを対照群とすることが可能になると考えられる。医薬品や再生医療等製品の開発

の場合も、同様の条件が満たされれば、RWD を対照群のデータとすることへの道筋が見えて来ると

考える。

RWD を利活用するためには、データの信頼性を高める必要があると言われている。ただし、やみ

くもに RWD の質を高めようとすることは RWD の構築コストと人的負担が莫大にかかり現実的では

ない。そこで、RWD の全てのデータではなく、治験に必要となる精選された評価項目にフォーカス

し、その質を高めることが重要と考える。RWD は、疾患毎に最新医学の知見と新薬開発の動向を

基に、様々な新薬に使えるより汎用性の高い評価項目を設定するとともに、適宜アップデートしてい

く必要がある。また、人的ミスの少ないデータの入力方法を検討するとともに、AI を活用した照合と

フィードバックシステム、認証システム等により、コストと人的負担を抑制しつつデータの信頼性を高

める方法を検討すべきである。

一方で、RWD にはある程度の欠測等があることを前提とした議論も必要である。被験薬投与群

と RWD をもとに作成した対照群との有効性の差が極めて大きい場合には、RWD の質の問題はあ

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第 4 章 考察および提言

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る程許容されると考える。例えば、これまで全く有効な治療手段がない疾患に対し、高い有効性が

期待できる再生医療等製品や原因分子を標的にした画期的治療薬が開発された場合等である。

有効性が期待される場合、RWD をもとに作成した対照群にどの程度のデータの質と信頼性を求め

るか、現実的な基準として議論がなされるべきである。RWDの質も、all or nothing ではなく、現実的

な基準が求められる。

治験の対照群に RWD を用いることは、患者数の少ない希少疾患、あるいは有病率の高い疾患

でも遺伝要因や環境要因を同じくする特定の患者集団の治験に必要な選択肢である。従来の

RCT の方法に従って一定の n 数の対照群を設定することは、患者数が少ない場合には困難であ

り、かつ、既存の有効な治療法がない場合には倫理的にも問題になる。したがって、RWD の利活

用によって被験医薬品医療機器等の単群治験で、有用性を示せると考える。希少疾患や特定の

患者集団の疾患では、病気がどのように発症し進行するのか疾患そのものの理解が十分でない場

合が多く、疾患レジストリを構築してナチュラルヒストリーを作成することが重要である。これまで、担

当医の個々の記録であった病態観察を疾患レジストリ構築に参加する医師達の共同作業にし、遺

伝子診断を含む様々な診断結果や環境情報、治療成績等を含む RWD 化してナチュラルヒストリ

ーを構築していく。ナチュラルヒストリーは、発症や病態進行に関係する様々なバイオマーカーの情

報を含むことも多く、ナチュラルヒストリーをベースに被験医薬品・医療機器等の評価項目を設定で

きる。このような特徴を考慮すると、ナチュラルヒストリーは、RCT コントロール群の単なる代用として

検討するのではなく、ナチュラルヒストリー自体の特徴を十分に活かした積極的な利活用を検討す

べきである。

治験に RWD を利活用することの大きなメリットに、「前向き介入研究」の準備、実施にともなう膨

大なコストを削減できることがあげられる。また、潜在的な可能性として、非常に多くの患者数をカバ

ーしうること、実臨床の有効性のみならず、安全性、服薬のしやすさ、薬物相互作用の実際、及び

医療経済効果等、薬を使ってみて初めて分かる情報を含む様々な医療情報を検討できる、ことが

ある。このような特徴を活かし、例えば、既に広く使われている単剤ないし複数の既存薬に対する優

位性あるいは非劣勢を示すための治験など、膨大な被験者数が必要な治験に RWD を積極的に

利活用することも検討すべきである。

【提言】

国は、RWD を希少疾患からより患者が多い疾患まで、対照群として利活用できる産官学での指

針および仕組み作りを

2.市販後調査に加えて薬効評価等の医薬品開発への MID-NET の利活用

【考察】

MID-NET は RWD の活用により、現在の副作用報告制度の限界を補い、薬剤疫学的手法によ

る医薬品等の安全対策を推進することを目的に構築された。我が国を代表する RWD のデータベ

ースであり、改正 GPSP 省令に基づく高い信頼性が担保されている。また、日本人患者集団を対象

としており、日本人の医療エビデンス構築のための重要なデータベースとしても大きな可能性を秘

めている。2018 年より本格運用が始まり、既に市販後安全性調査での有効活用が始まっている。

ただし、現在のところ MID-NET の協力医療機関は、大学病院及び民間の大規模病院しか含まれ

ておらず、患者集団に偏りがあると考えられる。そのため、医薬品開発企業は、MID-NET を活用し

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第 4 章 考察および提言

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て市販後調査を行っても、安全性情報を幅広く収集し医薬品の適正使用を進めるという目的のた

めには、現状では別途従来どおりの企業主体の市販後調査も実施する必要がある。それが、医薬

品開発企業が積極的な利活用を躊躇する要因にもなっている。国は近い将来の目標に、「市販後

調査を MID-NET を含む RWD の解析だけでも可能とする」を明示し、そのための工程表と課題解

決策を提示すべきである。

MID-NET の利活用を促進するための今後の優先課題は、まずは規模の拡充と患者集団の平

均化であろう。特に規模の拡大は喫緊の課題であり、対応を急がなければ諸外国に先行を許す可

能性が高い。このため、協力医療機関の拡大又は他の DB との連携が必要となる。他の DB との連

携に関しては、国はまず電子カルテの共通化ないし、互換ソフトの開発などの技術的な問題に取り

組むべきである。協力医療機関の拡大に際しては、積極的な参加を促すためにも医療機関側のメ

リットを検討し、アピールしていく必要がある。医療機関側のインセンティブとしては、RWD の DB 構

築費用や DB を管理するための研究員の増員を国や AMED がサポートすること等が挙げられる。

MID-NET の拡充や MID-NET と各疾患レジストリなどの他の DB との連携を通じて更なる活用

を推し進めるために、各医薬品開発企業と国、医療機関がコンソーシアムを組む等の協力体制が

必要である。医薬品医療機器等の開発目的のために、どのようなデータが必要かという参加企業

がもつ情報と、どのようなデータを提供できるかという医療機関がもつ情報の照らし合わせが、実用

的な DB 構築には不可欠である。

MID-NET 及び連携する他の DB の解析が、既存の市販後調査に置き換わるのであれば、企業

にとっては大きなコストと時間の削減につながる。また、医療機関にとっては、これまで各企業から

求められてきた異なる仕様の症例報告書が統一されることで、大きな負担軽減になる。さらに、各社

それぞれが蓄積してきた市販後の情報が共通のフォーマットで閲覧可能となれば、製品ごとの特性

がより「見える化」されて、患者を含む多くの人々がメリットを享受できる。

市販後安全性調査あるいは早期承認制度に定められた仮製造販売承認後の全例調査等も

RWD の特徴を活かした利活用を推進すべきである。MID-NET は、市販後調査への利活用がまず

検討されているが、MID-NET を安全性に有効性を加えた「有用性」評価にも使える方向で、拡充

されることを期待する。例えば、MID-NET の解析により、被験薬が対照薬に比べ「腎機能低下患

者にも安全に使える」ことが判明した場合、薬価に有用性加算が付加される、あるいは腎機能低下

患者への制限が解除されるといった具体的インセンティブがつけば、MID-NET の利用者が増える

だろう。それによる予算拡大で MID-NET の機能がさらに拡充するという好循環ができ、利活用の

幅がいっそう広がるものと考える。

【提言】

国は、MID-NET を含む RWD の充実により市販後調査への活用、さらに薬効評価への利活用

が進むようにロードマップを明示し、そのための課題解決策の推進を

3.モバイルヘルス機器等から得られる RWD の利活用

【考察】

モバイルヘルス機器(モバイル医療アプリを含む)から得られる RWD を医療機関等のホストコン

ピュータに送信し解析するシステムは、近年急速な進化を遂げている。このシステムのメリットは、日

常の医療データを簡単かつ連続的に取得できることである。医薬品開発では、患者が病院に通院

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第 4 章 考察および提言

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や入院せずに自宅で治験に参加することが可能となる。このため、患者負担の軽減や臨床開発の

コスト削減が期待される。また、日常診療も、モバイルヘルス機器を用いれば日常のデータをもとに

オンラインで診察を行うことも可能になり、来院に伴う患者負担が低減できる。観察だけでなく、介

入も行えるため患者自身が健康状態を把握し、疾患治療に積極的に取り組むことも期待される。ま

た、連続的にデータを取ることによって、これまでの病院での検査では見えてこなかった疾患特有

のデータを取得できる可能性もある。

今後、モバイルヘルス機器の RWD は、医薬品開発初期の研究段階から治験まで広く利用され

ると考える。これらを用いることで従来の病院での検査に比べて、多種類のパラメータのデータを連

続的に取得できるため、疾患状態をより正確に把握できる。例えば、耳鼻咽喉科、循環器科、神経

内科領域など、パラメータの変動パターンに重要な情報が含まれている疾患のデータが解析できる。

そのため、これまで有効性の評価が難しかった領域の疾患に対する医薬品開発にもつながる。一

方で、モバイルヘルス機器から得られたデータの品質をいかに担保するかの議論が必要である。ゴ

ールドスタンダードとなる明確な診断基準がある疾患では、モバイルヘルス機器から得られたデータ

がこの診断基準を満たすかを検証することが重要である。モバイルヘルス機器のデータを治験に用

いる際には、科学的な根拠をもとに有効性エンドポイントの設定などを規制当局に事前に相談する

ことが好ましい。

モバイルヘルス機器は、有用性が認識されれば直ちにグローバルに普及しうる。このため企業が

モバイルヘルス機器を開発する際には、各国で規制体系が異なることも考慮し、各国のガイドライン

を事前に慎重に確認すべきである。また収集された RWD には個人情報も含まれることから、グロー

バルな視点でセキュリティにも十分に留意しなければならない。

米国では、FDA が 2017 年に発出した「Pre-Cert Program」により、FDA に事前認証を受けた企

業が開発したモバイルヘルス機器は簡略化した手続きで市販化できるようになった。現在、米国企

業を中心に 9 社が選定されているが、今後多くの患者がこれら特定の企業が開発したモバイルヘ

ルス機器を使用するようになると予想される。このことは、事前認証を受けた企業に患者の RWD が

集積することを意味する。このビッグデータを用いた企業の医薬品開発が益々加速するであろう。

今まさに各国で医療ビッグデータの収集競争が始まっている。モバイルヘルス機器の開発はそのた

めの重要な手段であり、その開発を加速するためにはモバイルヘルス機器の標準化でイニシアティ

ブをとる必要がある。モバイルヘルス機器の標準化競争の遅れは、医薬品医療機器等の開発の遅

れにもつながる。したがって、国にはこの標準化競争に国内企業が遅れを取らないような施策を期

待する。

我が国は、デジタルヘルス全般に関して社会の認識が遅れている。モバイルヘルス機器の開発

企業と、データ解析を担当する企業、また、国、医療機関や製薬企業との連携も不足していると考

えられる。このような状況のため、速やかに特定の疾患領域を対象に、国は関連企業と医療機関と

の間でコンソーシアムを組織し、公的資金も投入して、モバイルヘルス機器から得られる RWD の有

用性の検証をすることが必要である。データフォーマットの互換性に関してあらかじめ議論し、国際

基準と成り得る基準作りも必要である。

【提言】

国は、モバイルヘルスデータを医薬品医療機器等の開発に活用できる環境・指針作りを

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平成 30年度(2018年度)

創薬技術調査報告書 Part2

医療リアルワールドデータの利活用

安全性調査、臨床研究、製造販売承認申請に

いかに利活用するか

発行日: 平成 31年 3月 27日

発 行: 公益財団法人 ヒューマンサイエンス振興財団

〒101-0032

東京都千代田区岩本町 2-11-1

ハーブ神田ビル

電話 03(5823)0361/FAX 03(5823)0363

(財団事務局 担当 井口 富夫)

印 刷: タナカ印刷株式会社

〒135-0023 東京都江東区平野 2-2-39

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