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地球温暖化の科学的な根拠 ―観測と研究の歴史― NPO 法人 シティ・ウオッチ・スクエア理事長 林 陽生

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地球温暖化の科学的な根拠

―観測と研究の歴史―

NPO法人 シティ・ウオッチ・スクエア理事長

林 陽生

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CONTENT

プロローグ:地球温暖化とは………………………………………………… 1

(1) 気温変動の実態………………………………………………………… 2

(2) 船舶観測データの利用………………………………………………… 3

(3) 初期の曲線……………………………………………………………… 5

(4) 重み付け平均の重要性………………………………………………… 6

(5) 船舶データの信頼性…………………………………………………… 8

(6) 観測とモデル…………………………………………………………… 10

(7) 予測の真実性…………………………………………………………… 12

(8) 都市化した地点の観測データの取り扱い…………………………… 14

(9) 陸と海を統合した曲線(その1)…………………………………… 15

(10) 陸と海を統合した研究(その2)…………………………………… 17

(11) 都市温度上昇の実態から見た疑問(1)…………………………… 19

(12) 都市温度上昇の実態から見た疑問(2)…………………………… 20

(13) 都市温度上昇の実態から見た疑問(3)…………………………… 22

(14) IPCCによるコンセンサスの形成 ……………………………… 24

エピローグ………………………………………………………………………26

本編は、地球温暖化適応策検討委員会及び水稲温暖化適応技術検討委員会委員長である NPO法人シティ・ウオッチ・

スクエア理事長の林陽生氏により、平成26年5月13日から、同年12月25日までの間、16回にわたり、農業温

暖化ネットの「温暖化が農業に与える影響」へご寄稿いただいた論文を取りまとめたものである。

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プロローグ:地球温暖化とは?

「地球温暖化」は「地球規模の気温上昇」のことである。5 億平方キロ余りの地球表面積の平均気

温が上昇する現象を意味する。この現象は特に 1970 年ころ以降に顕著に現れている。現れている、

とは、地球表面付近で観測した気温の平均値が高まっていることが観測されて認識できる。この原因

は、大気中の温室効果ガス濃度の上昇である。当然、大気圏の変化だけが原因でなく、水圏、地圏、

生物圏との相互作用の結果として大気の質的変化が起こり、温室効果を増大させているためである。

地球温暖化は真実なのかという懐疑論がある。懐疑論をひも解くことはそれ自体興味深い。そのな

かで氷河期のサイクルや太陽黒点数の変動との周期性の事実が大気中の温室効果の変化(温室効果ガ

ス濃度の変動)と調和しないことなどを論拠としたものがある。少なくともこのような議論は「地球

温暖化」とは異なる現象に関する議論であることに注意すべきである。つまり、近年の、それもここ

数十年間に起こっている、「地球規模の気温上昇」が「地球温暖化」である。

ここで、地球誕生以来の気温の平衡に関する内嶋の示唆的な解説を紹介しておこう。図は 48 億年

の地球の歴史の中で、生命が途絶えることなく持続し進化を続けたことが、地上の平均気温がほぼ 0

~40℃の間に収まる現象と関係することを示している(点線が気温、ハッチが生命の生存可能域)。

つまり、原始生物が生まれた 30~35 億年前以降に、多くの天変地異があったにもかかわらず、生命

は途絶えることはなかった。その理由は、太陽誕生以来、時間とともに輝度を強めて放射エネルギー

を増大させている太陽の進化と、地球誕生以来、徐々に低下した地殻からの脱ガス速度(水圏の出現

による炭酸塩沈殿作用なども関係)、の両者が微妙に平衡したことにある。

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人類は、図の時系列のごく右端の時代において、地下に埋蔵した化石エネルギーを大気中に取り出

した。いわば、温室効果ガスの缶詰のフタを開けたことになる。「地球温暖化」は、近い将来におい

てわれわれの生活に負の影響を及ぼすことが予想されており、食料生産の場での影響緩和策や軽減策

の検討が避けられない課題になるに至った。

このシリーズでは「地球温暖化」の事実がどのようにして認識されるに至ったか、その観測と研究

の歴史について解説する。

参考資料

内島善兵衛:地球環境と太陽エネルギー.東レリサーチセンターニュース, No.29,1-13.(1989)

(1)気温変動の実態

このシリーズでは、地球規模の気温上昇を示す科学的な根拠がどのようにして得られたか、その経緯

について解説する。

はじめに、IPCC(気候変動に関する政府間パネル)の第 4 次評価報告書(2007)に掲載されている気

温変動の様相を図に示す。

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さまざまな曲線が求められているが、おおむね 1900 年以降は大きな違いはなく、これ以前はバラツキ

が大きい。最新の第 5 次評価報告書(2013)では、世界平均地上気温が長期的な傾向(1880~2012 年)

として 0.85℃上昇したこと、最近 30 年間における 10 年ごとの上昇規模は、1850 年以降のどの 10 年間

よりも大きな規模であるが示されている。

こうした曲線の根拠はどのようにして求められたのだろうか。統計に使われた気象観測ステーション

が市街地にある場合には、過去から現在までに起こったと思われる土地利用変化、すなわち都市化によ

るヒートアイランドの顕在化の影響があるはずだ。また、そもそも観測方法(観測時刻も含む)は同じ

でなければ平均値に意味がないことになる。さらに、地球表面の約 70%を占める海洋上の気温はどのよ

うに取り扱われているのか。そもそも空間的な平均はどのようにして求めるのか。誰もが思う疑問だ。

改めて図を見てみよう。曲線は、1960 年ころ以降はほぼ一致し、地球の平均気温は急激に上昇してい

る。1960 年ころを中心に、気温がいったん低下している(大気中の二酸化炭素濃度は上昇していたはず

なのに、なぜ気温が低下したのか、の問題は後に触れる)。これらの特徴は、確固たる物理的な要因によ

って引き起こされているはずで、その過程を解明することが地球環境の将来予測に役立つ。その、もっ

とも基盤となる地球規模の平均気温はいったいどんな方法で求めたのだろう。

次回は、地球規模の平均気温の重要性が注目された始めた 20 世紀中頃の研究・観測を振り返ってみる。

参考資料

IPCC: Climate change 2007 – The physical science basis. Cambridge Univ. Press, 996p. (2007)

(2)船舶観測データの利用

16 世紀末に、ガリレオが温度計を発明した。最初に気象観測のネットワークができたのは 17 世紀

中頃と言われ、19 世紀の終わりまでに人が住んでいるあらゆる陸上で気象観測が行われるようになっ

た。地球表面の 70%を占める海上については、1850 年代に船舶による気象観測の国際的な取り決め

が行われたが、当初は陸上の観測と比べて信頼性が低かった。船舶観測が始まったころの状況を簡単

に見てみよう。

Folland ら(1984)によると次の通りである。

(i) 初期の海面水温は布製のバケツなどで海水を採取して測定したが、その後、船体内に海水を導入す

る方法に変わった。すると海水を引き込む過程でエンジンの発熱が影響する。従って、後者は前者よ

り約 0.3~0.7℃温度が高くなった。 (ii)海洋上の気温は船舶の速度で変化した。一定の通風条件で測

定する決まりがなかった。(iii)風を受けた帆の風下で気温を測定した場合、帆が空気を温めるために気

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温は高めになった。さらに、(iv)温度計自体が太陽光や甲板からの反射を遮蔽していないため、気温は

高めになった。そもそも、測定方法が記述された観測記録ばかりではなかったのである。時代的にも

船舶によっても、状況はまちまちだった。

このように、海面水温や海上の気温は重要な役割があるが、船舶観測では陸上と比較して信頼度が

低かったので、研究の流れのなかでは、後者を利用して前者を補正する手法が用いられることになる。

その後、海上の観測はブイによるものが主流になり、格段と測定精度が増した。最近はエル・ニーニョ

の観測のためもあり観測点数が増加している。

ところで、地球規模の気温がどのような形(曲線)で上昇しているか? と、なぜ気温が上昇する

か? は、期待される回答の意味合いが全く異なるが、両者とも興味深い。近代科学史(地球温暖化

に関連する)においては、必然として後者が先に議論された。

人間活動による大気中の温室効果ガス濃度の上昇が温暖化の要因であることは、Arrhenius (1896)

や Callendar (1938)が論じた。アレニウスは、ノーベル賞の創設にも関わったスウェーデンの大物物

理化学者であった(写真)。彼は、晩年に二酸化炭素の温室効果への寄与を初めて定量的に明らかにし、

この寄与が長期の気候に影響することを示唆した。ただし、現在において化石燃料燃焼が大気中の二

酸化炭素濃度上昇の主因であることはよく知られているが、この論文では、そうした因果関係につい

ては議論されなかった。この研究の約 40 年後、カレンダーは、半世紀を通し燃料燃焼で大気中の二酸

化炭素量が 15 百億 t 増加し、これが年 0.003℃の割合で気温上昇を引き起こしたことを演繹的に明ら

かにした。同時に世界中の 200 地点の観測値を使い、実際に年 0.005℃の割合で温暖化したことを示

し、気温上昇の大部分が温室効果によるものとした。

参考資料

Arrhenius, S.: On the influence of carbonic acid in the air upon the temperature of the groud. P.M.

and J.S., Ser.5, 41, 237-276, 1898

Callendar, G.S.: The artifical production of carbon dioxide and its influence on temperature.

Q.J.R.M.S., 64, 223-240, 1938

Folland, C.K. D.E. Parker and F.E. Kates: Worldwide marine temperature-fluctuations 1856-1981.

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Nature, 310, 670-673, 1984

アレニウスの肖像の引用先 wikipedia

(3)初期の曲線

全球平均気温を求める際に難しい問題は、固有の観測地点における観測値の地点代表性の問題と広

域の平均を求める方法の問題に大別される。両者はしばしば混在しているため、二つの未知数を一つ

の方程式から解を求めようとすることと類似で、原理的には不可能と考えられる。しかし研究史的に

みると、さまざまな合理的な仮定が与えられ、少しずつ近似解が修正されて問題解決が果たされてき

たといえよう。このような実用的な解法を数学でいえば、反復法(iteration)ということになる。

さて、IPCC が大きな役割を持ち始める前の時代の曲線に話を移そう。最初に紹介するのは、

Callendar(1938)によるものである。本シリーズの 2 回目に掲載した曲線群のなかで、期間は短い

が、ケッペンに次ぐ早い時期に世に出た曲線(オレンジ色)である。この研究の本質については前回

説明した。つまり、当時の気温上昇量が温室効果で説明できることを定量的に明らかにした点に意義

があるが、ここでは、その議論の過程で作成した全球平均気温の曲線について、少し詳しく紹介しよ

う。

カレンダーの研究では約 200 地点のデータを使い、近隣の観測地点間の気温差を比較することでデ

ータの質を吟味した。解析に用いたデータの多くは WWR(World Weather Records)に収録された

もので、これは 1923 年の国際気象機関(IMO:International Meteorological Organization)の決議

で始まった国際的事業の成果である。100 年以上記録がある地点が 18 地点(このうち全期間データが

連続しているのは 2 地点)で、この他の質のよい観測データを加えて地域グループに分け、代表する

面積で重み付けし、全球の平均値を求めた。考察の部分では、地帯ごとの曲線を描き、近年に現れて

いる気温上昇傾向は同時に進行した大気中の二酸化炭素濃度の上昇により引き起こされた、とした。

ここでは長期間連続したもののうちエジンバラとニューヨークについて、1901~1930 年の平均値か

らの偏差を図に示す。1830 年と 1910 年ころにピークがあり、その間の期間に約 0.2℃低下する傾向

が現れている。その後の論文と比較すると、フリーハンドで描かれた曲線はいかにも古くさい感じが

する。しかし、当時としては最も質のよいデータを使ったもので、目を見張るべき成果だったに違い

ない。研究者達は、その後現在に至る期間にどのような変化が現れるか、何を予想したのだろうか。

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カレンダーが利用したデータベースは、その後、世界気象機関(WMO:World Meteorological

Organization)の支援のもとデータ収集が続けられ、世界の 1000 におよぶ地点について 10 年ごとに

数値が更新され、新しい曲線を描く基データを提供することになった。

参考資料

Callendar, G.S.: The artifical production of carbon dioxide and itsinfluence on temperature.

Q.J.R.M.S., 64, 223-240, 1938.

(4)重み付け平均の重要性

カレンダーと同様、Willett(1950)も初期の WWR(World Weather Records)を使い、1854 年ま

でさかのぼって全球気温変動の時系列を作成した。初期の WWR は 129 地点のデータで、時系列解析

には十分な長さだったが、観測地点はヨーロッパなどに偏在していた。このため、最も信頼性のある

一地点のデータを緯度経度 10 度のグリッドにごとに一つだけ選ぶなどの方法を用い、空間的な均一性

を確保する工夫が施された。また、地点毎の月別データを 5 年ごとに平均し、1935~1939 年の 5 年

間の平均値を基準とした偏差を計算して経年変動を示した。

その後 Mitchell(1963)は、ウィレットと同じデータベースに 200 地点以上の気温時系列データを

追加して 1959 年までを更新し、解析した。できるだけ多数の連続したデータが全球で一様に分布して

いると都合が良い。緯度経度 10 度ごとに観測点を 1 カ選び、緯度 10 度の緯度帯ごとに表面積を求め、

これに応じた重み付けを施して全球平均気温を求めた。この方法により観測点の空間代表性が確保さ

れると同時に、観測点の移動で固有の地点だけでは解析に十分な期間がない問題をある程度解消する

ことができた。

ミッチェルの曲線(実際には折れ線)は緯度帯の表面積で重み付けをしたので、同じデータベース

を使ったウィレットの曲線より変動の幅が小さくなった。これは、好ましい方向への修正である。論

文には、両者の差を示す図がある。ここでもその図を示そう。上段は年平均気温、下段は冬季の平均

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気温(いずれも 5 年平均値)で 1880~1884 年の平均からの偏差(単位:華氏°F)で示してある。実

線は重み付けした結果、破線はウォレットの方法(重み付けなし)である。1800 年代以降、年代経過

とともに両者の差は拡大している。この図から、面積で重み付けする効果が大きいこと、また徐々に

高緯度の気温が上昇する割合が増している実態を読み取ることが出来る(同じ気温上昇が起こっても、

面積が小さな高緯度地帯では地球全体への寄与率が小さい)。

ところで、高緯度の気温が低緯度と比較して上昇する割合が年代とともに大きくなる現象は、地球

温暖化の際立った特徴である。これは、積雪に覆われた高緯度地帯では、気温上昇とともに雪(白く

反射率大)が溶けて地面(黒く反射率小)が現れ(この現象をアルベドの低下という)、地表面が太陽

放射エネルギーを多く受け取る結果、大気が下層から暖められて気温上昇に拍車がかかるためである。

この現象を、アイスアルベド・フィードバックという。

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ここで紹介した Mitchell(1963)の論文は、ユネスコと世界気象機関が共催した乾燥地域の環境問

題に関する「ローマ・シンポジウム」の講演集に収録されている。シンポジウムでは、新しい知見の

集約だけでなく、乾燥地域に暮らす人々の生活改善が目的に掲げられていた。従って、彼が示した曲

線(折れ線)には、全球平均のほかに熱帯地方のみを切り出した結果も示されている。

ミッチェルの論文の要約にはこう記載されている。このシンポジウムの興味は恐らく過去 1 世紀の

温暖化により熱帯がどのていど昇温に寄与しているかを知ることだ。低緯度地帯、すなわち 30 度 N~

30 度 S の地帯の平均気温は、1880 年から 1940 年にかけて約 1°F 上昇した。また、1940 年ころの下

降は 0.3°F だった。ここで、華氏の目盛りの 5/9 が摂氏の目盛りに対応する。

さて、図に示したように 1940 年以降に気温下降の兆候が現れたが、これはその後の解析でも認めら

れる現象である。地球温暖化が進行する過程でなぜこのような低下傾向が現れたのか、その原因につ

いては別の機会に述べることにする。

参考資料

・Mitchell, J.M.: On the world-wide pattern of secular temperature change. In: Changes of Climate.

Proceedings of the Rome Symposium Organized by UNESCO and the World Meteorological

Organization、Arid Zone Research Series No.20, UNESCO, Paris, 161-181. 1963

・Willett, H.C.: Temperature trends of the past century. In: Centenary Proceedings of the Royal

Meteorological Society. R. Meteorol. Soc. London、 195-206. 1950

(5)船舶データの信頼性

全球あるいは半球規模の年平均気温を解明するには、海洋のデータが欠かせない。これは昔からの

命題であった。オーストラリアとアメリカの研究者である Paltridge and Woodruff(1981)は、海洋

上にも計算対象とするグリッドを設定し、できるだけ長期間について信頼性の高いデータベースを作

ることを試みた。一般に、観測期間が短いとサンプル数が多い。そこで、夏(6 月~8 月)期間と冬(12

月~2 月)期間を個別に計算し、その後両者の平均から年平均値を求めた。

彼らの解析対象地域を上図(Fig.1)に、気温時系列変化を下図(Fig.5)に示す。全球の図の、点を

付けた部分は陸上データがある領域、斜線の部分は海面温度データがある領域をそれぞれ示す。図の

右側の数値は、陸(L)と海(S)のデータがある領域の個数を示す。これらの領域の値を使い帯状平

均値を求めた。

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全球気温を算出するといっても、まだまだ代表地域が限られていたことがわかる。こうして求めた

地球規模の平均気温が下図の黒点である。地上の観測値のみから求めた Mitchell(1963)の結果(前

掲)と比較すると、変動のパターンが遅れ極大値・極小値が 10~20 年後に現れている。この比較結果

について、海洋の熱容量が大きいためとパルトリッジらは説明した。しかし同時に、変動のほぼ1サ

イクルに相当する期間しか示されていないため、今後の研究によるところが大きいとも指摘した。

まだ海洋データが不均質である点は否めず、緯度経度 10 度のメッシュで取り扱っても空間的な代表

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性は低かった。この原因とし、まだ船舶データには長期間連続した観測数が少なかったことがあげら

れる。この当時までの海洋データの特性については、本シリーズの 3 回目に述べたので、参考にして

頂きたい。

参考資料

・Paltridge, G. and S. Woodruff: Changes in global surface temperature from 1880 to 1977 derived

from historical records of sea surface temperature. Monthly Weather Revies, 2427-2434. 1981

・Mitchell, J.M.: On the world-wide pattern of secular temperature change. In: Changes of Climate.

Proceedings of the Rome Symposium Organized by UNESCO and the World Meteorological

Organization、 Arid Zone Research Series No.20, UNESCO, Paris, 161-181. 1963

(6)観測とモデル

古くは、前掲のカレンダーが行った研究のように、いわゆるモデル研究が、温暖化の将来予測のた

めの温室効果ガス濃度上昇を駆動源とした大循環モデルの結果を検証するために、自ら地球規模の気

温観測値を使い変動曲線を描いた。1980 年代になると、気温データベースそのものの信頼性が高まり、

将来予測の研究が進んだ。ただし当初は、陸上の観測点の値だけを使ってモデルを検証するに止まっ

ていた。ミッチェルによって海洋データの重要性が指摘されたものの、全球の議論に組み込まれるほ

ど十分な精度がなかったといえる。

このころ、モデル研究に関わる重要な結果が Hansen et al.(1981)によって示された。図は、彼ら

が求めた過去の気温曲線(点線)と条件ごとの大循環モデルによる推定値(実線)の比較である。横

軸は年、縦軸は相対的な気温偏差で、左列(a)は混合層(海洋の表層部分)の動態を含む大気海洋結

合大循環モデル、右列(b)は躍層(深さ方向に急に海水温が低くなるより深い層)も含むモデルを使

った結果で、上・中・下の曲線は、それぞれ大気中の二酸化炭素濃度の上昇(温室効果)のみ条件と

した場合、それに火山活動(火山噴出物が大気中に大量に噴出して成層圏まで達し日射を遮る効果、

および噴出粒子が太陽放射エネルギーを吸収して大気を暖める効果の平衡状態)を重ねた場合、さら

に太陽放射量エネルギーの揺らぎを加えた場合に対応している。

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モデルが地球規模の気温上昇を再現できる、という結論を導くロジックは次のとおりである。つま

り、点線と実線が最も良く一致するのは右下の図であることが一目瞭然である。すなわち、温室効果

ガス濃度の上昇のみの場合は全体的な上昇傾向を説明するが、それだけでは十分ではない(上段)。エ

ル・チチョン(1982 年)、セント・ヘレナ(1980 年)、クラカトア(1883 年)などの火山大噴火を考

慮し(中段)、さらに周期的な太陽黒点数の変動を条件に加えると(下段)、現実の気温変動を非常に

よく説明できるようになる。加えて、海洋と大気の相互作用をより精密に再現(右列)することで推

定精度が一段と高まる、というわけである。

モデル研究の本質について考えてみよう。上述のようにモデル実験では、モデルの構造や条件を変

えながら推定精度を向上させる。一方、現実に現れる自然現象は唯一の実態である。モデル条件を変

えながら推定結果を実態に合わせることで、推定精度が向上し将来予測の客観性が高まる。これがモ

デル研究の常套手段である。この技法は、ハンセンら以降も有効なものとして利用され、その後さら

に精緻化が進んだ。

しかし、モデル研究だからといって疑いを持つ余地がないかというと、そうではない。これについ

ては、次回に述べる。

参考資料

・Hansen, J., D. Johnson,A. Lacis,S. Lebedeff,P. Lee,D. Rind and G. Russell: Climate impact

on increasing atmospheric carbon dioxide. Science, 213, 957-966. 1981

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(7)予測の真実性

前回は、モデル研究の常套手段について言及した。モデル研究に期待される点が大きいだけに、結

果を理解するうえで注意すべき点がある。この議論の代表的なものは次の通りである。

条件が複数あり、それらの効果をモデル実験で比較したい、とする。ある固有の要素を条件とした

時に一定の実験結果が得られたとしよう。この結果と、さらに異なる条件で得られた実験結果との違

いに有意性が認められて初めて、両者の条件が独自の関係であることが示される。こうした議論のプ

ロセスに不可欠なことは、最初の条件が引き起こす現象が、新しい条件を加えた結果と無関係に起こ

る、という関係が自然界でも担保されているのか? への答えを用意することである。簡潔に言えば、

モデルの多様な条件は、それぞれ独立な意味を持っていなければならない、ということだ。計算機の

進歩でモデルは飛躍的に発展し、自然そのものに近づいているように見える。しかし、相変わらずロ

ジックの裏側についても注意する姿勢が必要である。

振り返って、前掲のハンセンらの図の観測から導いた曲線(点線)を見てみよう。1960 年代から 1980

年にかけて 0.2℃上昇し、最近 100 年間では 0.4℃上昇したことが明らかになった。この気温上昇幅は、

当時のモデルで求めた GHG 濃度上昇に対応した気温上昇幅と一致した。この研究により、地球温暖

化とは何かが世の中に明確に提示された。

またハンセンらは、20 世紀末にはますます GHG 濃度上昇に応じた気温上昇が顕著になり、現在よ

り 1.5~3.0℃高まり、21 世紀になると旱魃(かんばつ)の発生、気候帯の移動、南極氷床の崩壊、北

西航路(カナダ北極圏海域の船舶ルート)の開通が起こることなどを指摘している。これらの指摘が

実際になりつつある。最も実際的な問題の一つとして「北西航路の開通」がある。最近の新聞報道(朝

日新聞)にあるように、今や北極海航路が利用され始め、新しい国際的な経済が生まれている。

図は、IPCC 第 4 次評価報告書(2007)に掲載されたもので、北極の氷床の融解に伴う北極航路の

出現を予測している。上段は 2002 年、下段は今世紀末の状態を示す。白色で表した氷床が縮小して、

北極海ルートと北西パスが出現する。同時に北半球の高緯度地帯の全域で北方森林帯が拡大してツン

ドラが減少する。

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(8)都市化した地点の観測データの取り扱い

全球平均気温の解析で繰り返された議論のなかで重要なもののひとつは、都市化によるヒートアイ

ランドの影響を地球規模の平均気温からどのように除去するかであった。この議論には、大別すると

二通りの考え方がある。ひとつは、できるだけ多くの観測地点のデータを収集してそれらに適切な補

正を加えるものである。他のひとつは、あらかじめ代表性の優れた観測地点を選び平均値の計算に用

いるものである。研究の初期にはそれぞれの立場で、その後は包括的な視点で数多くの研究が行われ

た。

地球の広大な表面上の平均気温を確度良く求めるには、できるだけ多数地点の、それも長期間の観

測データが必要であり、それらは空間的な代表性の点で優れた観測地点のデータであるべきだ。とこ

ろがこの条件を完全に満たすことは不可能であるし、かといって、どの水準で満足すれば目的の(地

球規模の平均気温を求めるという)議論ができるのか、ガイドラインがあるわけでもない。従って、

都市化した観測地点のデータの取り扱いなど、地球温暖化とは異なる要因による気温変化をノイズと

して除外する方法(考え方)につき、議論が展開されることとなった。

学会で展開された激しくも興味ある議論について説明する前に、当時のアメリカで、どの程度の広

がりをもった地域を対象にデータマイニングが行われていたか、Karl ほか(1988)の研究をみてみよ

う。論文タイトルは「アメリカ合衆国の気候記録にみる都市化の検出と影響」で、都市と都市の影響

が少ない地域の気温差が分かれば都市化が気温に及ぼす影響を推定することが可能になり、ひいては

広域の平均気温を評価するために有効というものである。

アメリカ合衆国の広範囲に分布する 1219 点の地上観測ネットワークデータを使い、1901~1984 年

について解析した。解析期間後半に相当する 1941~1984 年の観測地点の分布を図に示す。この研究

では、人口 2 千人以下の地点(黒丸)とその近くに位置する 2 千人以上の地点(白丸ほか:3 つのカ

テゴリを設定)をペアにし、両地点の観測データの差を求めて都市化の影響を解析した。図で、ペア

となる 2 地点が実線でつなげてある。この図を見ると、観測地点が偏在しており、中西部では非常に

少数であることがわかる。特に観測期間の前半ではペア地点間の距離は数十 km に及び、日本では考

えられないほど離れた地点を比較したことになる。当時、温暖化研究で最先端のアメリカ合衆国の場

合でさえ、広域を対象に統計処理を行う場合の仮定の複雑さ・難しさが、ここにうかがわれる。

とにかく解析結果は次のように整理された。人口 1 万人以下の小さな町でさえ周辺との気温差が現

れた。1 万人規模の場合には、近くの人口 2000 人以下の地点と比較し、年平均気温で平均 0.1℃高ま

った。季節による差異があり、冬季を除くすべての季節で日最高気温を低め、全季節で気温較差が縮

小した。また、20 世紀を通した都市化で約 0.06℃の高温バイアスが現れたと結論づけた。

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同時に、解析に用いた全観測地点数のうち、1980 年時点で人口少ない町(1 万人以下)の観測点数

の割合が 70%、また中規模以下の都市(2.5 万人以下)では 85%に相当するため、都市化がアメリカ

合衆国の平均気温に及ぼした影響は大きくないとした。この点は、その後に IPCC が都市化と地球温

暖化の規模を比較する際に示唆的な結果となる。

参考資料

・Karl, T.R., H.F. Diaz and G. Kukla, 1988: Urbanization: Its detection and effect in the United

States climate record. J. Climate., 1, 1099-1123.

(9)陸と海を統合した曲線(その1)

物理モデルが一定の役割を担うようになると、研究テーマの分担化が進み、モデル自体の開発と並

行して、温暖化曲線については従来よりも精緻なデータベースを構築することに意義が与えられるよ

うになったと考えられる。ハンセンの時代以降は、地球温暖化とは関係のないノイズ、すなわち観測

時刻の違い、観測所の移動、測器の変更、さらに都市化に代表される土地利用変化などに起因する誤

差の抽出と、空間代表性および時間代表性を拡張するための補正の議論が精力的におこなわれた。

この後になると、衛星画像の利用や熱収束(エネルギーの流れ)など、新たな観測技術を使い地表

付近の気温変動を論じる研究がおこなわれるようになった。こうして、気温変化と植生指数や地被の

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変化に伴う水蒸気量の変化などが関連づけられ、地球規模の環境変化が生態系に及ぼす影響を研究テ

ーマとして取り上げる時代へと移行していく。

さて、すでに述べたように、海洋上の気温と地上気温を初めて同時に取り扱ったのは、ハンセンの

論文と同年に発表された Paltridge and Woodruff (1981)の研究である。海洋データの不均質性の議論

が十分ではなかったものの、学会の評価は好意的だった。というのも、彼らは海洋温度の変化に注目

し、全球平均気温の解析に取り組んだ先駆者だったからである。この後、陸上と海上の気温データベ

ースを整え、総合的な解析を施したのが Jones et al.(1986)ほかの一連の研究である。ジョーンズの所

属機関がイギリス(イーストアングリア大学)であることを考えると、なるほど海洋王国から生まれ

るべくして世に出た研究といえる。

時は、折しも地球温暖化に対する国際的な認識が高まり IPCC(1988 年設立)がスタートする直前

の、研究史のうえで重要な時期である。まず、従来よりも長期間かつ広域を対象とした良質のデータ

ベースを作る必要がある。そこでジョーンズらは次のように考えた。陸上観測地点のデータはこれま

で長い間注意深く調べられ、ノイズが小さくなっている。また、SST(海面水温)と MAT(海洋上気

温)の間に高い相関があることも認められている。では、もし大陸の沿岸部にある陸上気温と近くの

MAT の差がわかれば、その差を修正すべきバイアス(パルトリッジとウッドラフが論じた諸々の要因

を含むノイズ)として取り扱うことで、広大な海洋に分散する SST の観測値を介して MAT を推定で

きるはずである。

ジョーンズらはこの考えを可能にするために、海洋と陸地の面積が適度な割合で混在する領域を地

球上に 15 カ所設定した(図の四角で囲んだ領域で、領域は地球上でできるだけ偏りがない地域に設定

する必要がある)。こうして、領域ごとに沿岸部の地上気温と MAT の年平均気温を求めて両者を比較

した。すると、時系列に描かれた両者の差のグラフには、気候条件では説明の出来ない、むしろ年代

に依存した偏差が現れた。この偏差こそ MAT の補正値として重要である、と彼らは考えた。そこで、

この補正値を使用し、それまでにない地球の広域をカバーするデータベースを使い、全球平均気温の

曲線を描いた。

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この研究が発表されると、国際的に権威のある学術雑誌上でさまざまな論争がまき起こった。今に

なって、論争の展開を一続きの議論として整理すると、当然起こるべき疑問への対処、研究者の立場

の違いや論理の個性などを垣間見ることができ興味深い。これらについては次回以降に解説する。

参考資料

・Paltridge , G. and S. Woodruff: Changes in global surface temperature from 1880 to 1977 derived

from historical records of sea surface temperature. Monthly Weather Review, 2427-2434, 1981

・Jones, P.D., T.M. Wigley and P.B. Wright: Global temperature variation between 1861 and 1984.

Nature, 322, 430-434, 1986

(10)陸と海を統合した研究(その2)

ジョーンズらが考えた海上と陸上気温を比較する方法は、実にアイデアに富んでいた。方法のみな

らず最新のデータベースを収集して解析を行った点でも、優れた研究だった。特に海洋に関しては、

その当時最もデータ数が多い 6325 万の SST データを収録した COADS (アメリカ海洋大気庁)を主

とする 2 つのセットをつなぎ合わせ、連続した 1861~1984 年について解析をおこなった。

前述したように、全球で陸域と海域を適当な割合で含む 15 領域を対象として陸上気温と海面上気温

(MAT)を比較した。こうすれば、広大な海洋データに含まれる系統的なノイズを抽出できるだろう。

はたしてかれらの予想どおり、隣接した陸上と海上の気温差には気象現象と明らかに異なる変化が現

れた。時系列を図に示す。縦軸は陸上から海上を引いた値を、上段(a)は北半球を、下段(b)は南

半球の時系列変動を示す。黒い曲線は時間方向に重み付けをして求めた平均を示す。これによると、

下記のように 1861~1979 年に 3 つの明瞭な期間が識別された。

すなわち、3 つの期間は次の通りである。1880 年代までの MAT が 0.4~0.5℃高い期間、1900 年代か

ら 1941 年までの MAT が 0.1~0.2℃低い期間、1946~1979 年の目立った差がない期間である。また、

1880 年代中ごろから 1900 年代後半までの間に(陸上-海上)の値が上昇している。さらに、1942~

1945 年の大戦中は MAT が異常に大きいため、差がマイナス側に振れている。このほか、半球間の一

貫性が認められる。

期間に依存して現れた偏差の特徴は、MAT に含まれるノイズ(気象的な要因とは考えられない差、す

なわち修正すべき要素)と考えられるので、これを年代に応じて補正値に用い、より代表性に優れた

全球規模の気温の時系列を求めた。かれらの結論では、最終的に得られた曲線は、海洋データの不均

質性はまだ十分に取りきれていない可能性があるが、20 世紀における全球規模の気温変化の全体像を

歪めるものではないとした。

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最終的に得られた地球温暖化の曲線の特徴については、次回に述べる都市気温に関する議論で詳し

く触れることにする。

参考資料

・Jones, P.D., T.M. Wigley and P.B. Wright: Global temperature variation between 1861 and 1984.

Nature, 322, 430-434, 1986

(11)都市温度上昇の実態からみた疑問(1)

Jones et al.(1986)は、海洋データの不均質性はまだ十分に取りきれていない可能性があるが、20

世紀における全球規模の気温変化の全体像を歪めるものではないとしつつ、図の曲線を示した。縦軸

は 1970 年代 10 年間の平均気温からの偏差、曲線(a)、(b)、(c)はそれぞれ北半球、南半球、全球

の平均値の曲線である。

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曲線(c)は、地球全体を代表するものとして、ひときわ興味深い。134 年に及ぶ経過のなかで温暖

化が現れ、高温年の上位 5 位までが 1978 年以降に起こった。昇温する傾向は間違いないが、1930 年

代後半と 1970 年代中ごろに一端上昇が止まる時期が認められた。この要因として、温室効果ガス濃度

の上昇だけでは説明できない外力の影響があると、彼らは考えた。

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ジョーンズらの研究が掲載されたのは、Nature という有名な科学雑誌である。Nature に投稿され

る論文は、理論の基礎部分に一定の評価が与えられたものが多いため比較的短くまとめられている。

こうした点を考えると Nature 論文としては比較的ページ数が多い。データベースの構築の部分は、

先行する自分達の別の論文ですでに詳細に議論されたものであった。

ジョーンズらが導いた結論に対して、Wood(1988)は疑問を投げかけた。彼が投稿した雑誌は

Climate Change である。当時、発刊して 10 年ほど経過した中堅の雑誌であった(現在ではインパク

トファクターが高い雑誌の一つ)。この雑誌では、注目度が高まりつつある気候変動を主題とした論文

が多く取り上げられており、そのなかで議論の的の一つは都市の昇温であった。

ウッドの指摘は次の様である。ジョーンズらは、自ら陸上のデータの質を向上させるためさまざま

な補正を行ったが、都市にある観測点のデータに対して、特定時期の人口を基準とした区分をおこな

って解析した。そこで、郊外が都市へ発展するには一定の時間がかかるので、ジョーンズらのように

都市か郊外かの判定を特定の時期を基準におこなうのは合理的でないことを指摘した。

参考資料

・Jones, P.D., T.M. Wigley and P.B. Wright: Global temperature variation between 1861 and 1984.

Nature 322, 430-434, 1986

・Wood, F.B.: Comment: on the need for validation of the Jones et al. temperature trends with

respect to urban warming. Climatic Change, 12, 297-312, 1988

(12)都市温度上昇の実態からみた疑問(2)

20 世紀の最後の 10 年間の時代に、陸上観測に関わる誤差の要因として次のことが指摘されていた。

観測地点の移動、測定機器の変化、観測時刻の変更(特に、午後から午前に移したケースが多い)、都

市化による周辺環境の変化(近年のアメリカでは、都市の観測所が周辺の空港に移転するケースが多

い)などである。また、都市域を検出する客観的かつ合理的方法が見当たらないこと、相対的な比較

だけでは適格なデータの質の評価や適切な修正方法が見当たらないことなどが、代表性の高い地球平

均気温を求める際に障害となっていた。

前回に述べたとおり、ジョーンズらの研究に対してウッド(Wood, 1988)の反論が学術雑誌に掲載

されたが、これが引き金となり、新たに幾つかの論戦が繰り広げられることになった。

ジョーンズは、1980 年代前半から彼の協力者とともに地球規模の温暖化に関する論文を精力的に発

表していた。これに対してウッドは、ジョーンズらが求めた曲線をその当時において最も権威のある

ものとしながらも、都市化による高温のバイアスが含まれている可能性が高い陸上の気温を使い、海

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洋の温度を補正した点を指摘した。従って、海洋上の気温も高めになっていると考えた。すなわち、

ジョーンズらの曲線ほど気温上昇はしていない、という点が大きな論点であった。

少し細かくみてみよう。都市化の高温の影響を含んでいる可能性があるとした理由は、次の通りで

ある。(a)これまでの研究では、都市化による気温上昇の割合は 0.1℃/10 年で、一般に小さい町でも

都市化の影響が認められ人口が増えると高くなる(筆者コメント:地球温暖化の割合は、最近 50 年間

でみると 0.026℃/10 年)。(b)1900~1986 年の間に世界の人口は 3 倍に増加した。1950 年~1986 年

では 2 倍以上に増え、都市に限っても 50%人口が増加した。(c)これらの状況から考えると、ジョー

ンズらが都市として取り上げた地点数は、北半球の 38(アメリカ 22、カナダ 2、中央アメリカ 7、ヨ

ーロッパ 7)、南半球の 3(ブラジル 1、ニューギニア 1、ニュージーランド 1)と限られている。(d)

さまざまな都市を個別に取り扱うことになろうが、地理的・気候的条件が異なるために、同質のもの

として統計をとることは難しい。

学術雑誌、Climatic Change に投稿されたウッドの主張を後押しする代表的な研究として、Kukla et

al. (1986)の研究がある。これは上述の理由のなかで、主に(a)を支持する研究である。非常に小さ

い町(人口 1000~1 万人)でも気温場に影響が及び、また地点によっては気温上昇でなく低下(寒冷

化)する傾向も現れているとし、最近の気温上昇の割合は 0.12℃/10 年程度になると結論づけた。こ

の数値はウッドの主張の根拠である。これらの研究は、当時注目を集めはじめていた都市温度の上昇

(図:ヒートアイランドの概念を示しており、航空写真に地表付近の気温の等値線が引かれている)

そのものを詳細に取り扱ったものだった。

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参考文献

・Wood, F.B.: Comment: on the need for validation of the Jones et al. temperature trends with

respect to urban warming. Climatic Change, 12, 297-312, 1988.

・Kukla, G., J.Gavin and T.R.Karl, Urban warming. J. Climate and Applied Meteorol., 25,

1265-1270, 1986.

(13)都市温度上昇の実態からみた疑問(3)

地球温暖化の割合はそれほど大きくない、としたウッドの論文が 1988 年に発表されると同時に、ジ

ョーンズら(Wigley and Jones, 1988)の再反論が発表された。第一著者のウィグレイは、反論の元

となったジョーンズらの論文の第二著者である。主従を入れ替えて、反論に応じたことになる。

一般に、学術雑誌に論文を投稿すると、雑誌の編集者は議論が正しいか否かを判断するため、複数

の専門家に投稿論文の査読を依頼する。著者の見解に批判的な査読結果にどのように対応するかが、

その論文が世に出る過程で欠かせない作業である。査読者に対する回答を重ねることで論文の客観性

が確保され、掲載されればその学術雑誌の評価が高まる。ジョーンズとウッドの論争も、この過程で

世に出た。自分たちの結論を主張するために、この一連の論争は重要なものであったと考えられる。2

つの論文は、満を持したように連続したページに続けて掲載された。

ウィグレイ・ジョーンズは、都市の影響や気候特性とは無関係に観測データをスクリーニングして

あることを述べた後、都市の気温上昇は人口と関係するものの定量的な関係は明瞭でないとした。ま

た、Karl ら(1988)を引用し、10 万以下の人口の都市では郊外の気温との差があっても、そのうち

のわずか 4%しか人口増加と関係しないと指摘した。さらに、アメリカ大陸について、ヒートアイラ

ンド研究の立場から、都市化の影響を差し引いたカールらの曲線と良く一致するとした(図:カール

とジョーンズらの曲線の比較。上段はカールの曲線を 1℃ずらして示してある。ジョーンズらの曲線

の絶対値は、1901~1984 年の平均気温からの偏差を示したものである。)。

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こうした議論により、自分たちが求めた曲線では都市の気温上昇の影響は除去されており、少なく

とも比較的精度の良いデータが整った合衆国では真の気温トレンドを代表していることが証明され

る、と主張した。議論の締めくくりが出色である。かれらは、これ以上の議論は無意味であり、この

報告をもってさらなる批判が行われることをさし止めすると通告した。これほど強い調子の結論付け

は、あまり見られない。

こうして、IPCC のなかで重要なジョーンズらの温暖化曲線ができあがった。本シリーズの第 2 回

目の曲線群のうちの赤色のものがそれである。

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参考文献

・Wigley, T.M.L. and P.D. Jones: Do large-area-average temperature series have an urban warming

bias? (Response to the manuscript by F.B. Wood) Climatic Change 12, 313-319, 1988.

・Karl, T.R., H.F. Diaz and G. Kukla: Urbanization: Its detection and effect in the United State

climate record. J. Climate, American Mete. Soc., 1099-1123, 1988.

(14)IPCC によるコンセンサスの形成

幾多の学術上の論争を経て、その後地球温暖化の研究に大きな役割を果たす IPCC が 1988 年に設立

された。IPCC は、レビューに耐える研究成果を集約し、地球温暖化に関する国際的なコンセンサスを

形成する役割がある。1990年に公表された第1次評価報告書では、2100年までに地球の平均気温が3℃

上昇することが示された。続いて、1995 年に第 2 次評価報告書が刊行され、地球温暖化がすでに起き

ている証拠があると指摘した。その後 2001 に第 3 次評価報告書、2007 年に第 4 次評価報告書が逐次

刊行されたが、そのたびに最近 100 年間の気温上昇率は高まっていることが示され、世界のほとんど

の生態系が温暖化の影響を受けている実態を明らかにした。

これまでに述べてきた都市化による気温上昇がどの程度影響するかについて、IPCC の第 4 次評価

報告書では、最近 100 年間に 0.74℃/100 年の率で全球平均気温が上昇したが、陸上のヒートアイラン

ドによる気温上昇率は 1 オーダー小さいこと、同時に海上には都市(人工的熱源)は存在しないこと

から、結局ヒートアイランドが地球温暖化に及ぼす規模は無視できるとされた。第 2 回に解説した地

球温暖化の曲線群は、第 4 次評価報告書に掲載されたものである。

続く第 5 次評価報告書(IPCC、2013)では、1880~2012 年で 0.85℃上昇したことを示した。この

ほか、海洋の状況(水温上昇)を詳細に示した点に新規性がある。海洋の上部(0~700m)でほぼ確

実に水温が上昇していること、3000m 以深の深層でも上昇している可能性が高いことを指摘した。海

洋の温暖化は、気候システム全体に蓄えられたエネルギーの大部分の受け皿である実態が明らかにな

った。

気温変動の時系列の特徴についても新しい見方が生まれた。21 世紀に入り地球温暖化の上昇が鈍っ

ているように見えるハイエイタス(hiatus)と呼ばれる現象である(図参照)。この用語は「活動の停

滞」といった意味を持っている。これまでに示した温暖化曲線に、近年の変動が続けて描かれている

(黒色:英国気象庁による解析データ、オレンジ色:アメリカ海洋大気庁国立気候データセンター、

藤色:アメリカ航空宇宙局ゴダート雨竜科学研究所の解析データ)。上段は 1961~1990 年の平均から

の偏差、下段は 10 年ごとの変化の平均と標準偏差(英国気象庁データのみ)が描かれている。3 種類

の変動はそれぞれもとになっているデータベースが異なるが、これまで示してきた研究結果を反映し

たものである。

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ハイエイタス、すなわち変動しながらも 2000 年に入って上昇が止まったように見える現象は、次の

要因が考えられるが、どれも一説にすぎない。まず、近年に太陽黒点数が減少していることによる太

陽活動の不活発化、あるいは火山噴火などによるエアロゾルが成層圏に到達して長期間滞留するため、

地球に到達するエネルギーが少ないというものだ。次に、温室効果ガスの増加率そのものが鈍化して

いることも指摘されている。このほか、気候システムの自然の揺らぎ、ラ・ニーニャの状況が継続す

る傾向が現れていることから東部太平洋の海面水温が低い影響などが考えられているが、現時点では

理由が明らかになってはいない。このような状況は、研究史のなかで 1960~1980 年ころにディミン

グが始まった時代、つまり寒冷化が取りざたされた時代が再来する兆候かも知れない。

参考文献

・IPCC: Working Group I Contribution to the IPCC fifth Assessment Report Climate Change

2013/The Physical Science Basis/Summary for Policymakers, 2013.

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エピローグ

シリーズを通して、地球温暖化曲線の出自ともいえる点に焦点を当てて解説してきた。地球の平均

気温を求める作業には、これからも多くの努力が注がれるだろう。どこまで地球環境が変わるのか?

その実態を表すグラフについて世代を超えて注目する必要があるだろう。

現在、地球温暖化の要因は温室効果ガスの人為的な排出と認識されている。この証拠をつかむため

には、拡張を続ける都市域が地表付近の気温に及ぼす影響を引き続きウォッチングする必要がある。

IPCC が設立された後の 1990 年代になると、人口密集地とそれ以外の地域を区分する合理的な方法と

して、衛星データを利用する手法が開発された。さらに、都市の気温推定にも衛星データを利用する

研究が行われた(例えば、Johnson et al., 1993, 1994 Hurrell and Trenberth, 1996 Gallo et at.,

1999)。

そのなかで Gallo and Owen(1999)は、都市と郊外の気象観測所における最低気温、最高気温、

平均気温の差を解析し、月および季節ごとの正規化植生指数(NDVI)と表面放射温度(Tsfc)を比較

した。その結果、都市と郊外の気温差と、正規化植生指数の差の間に線形関係が認められることを示

した(図)。

この図は、植生が繁茂する北半球の 9 月について、都市と郊外の気温差と、同じく NDVI の差の関

係を図に示す。図中のイニシャルは都市の名前を表す。夏期に郊外では植生が繁茂するが都市では植

生が乏しいため、植生が多いほど NDVI の差は大きくなる。同時に、植生のある郊外では植物の蒸散

作用などで気温が低下するため、都市域の気温との差が拡大する。この結果、負の相関関係が示され

ることになる。

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ギャロ・オーエンの研究で明らかになった関係は、その後、土地利用変化が地球温暖化に及ぼす影

響の指標として利用されるようになる。同時に彼らは、衛星データから判定した都市域の気温上昇量

と人口から推定した気温上昇量の誤差は同程度であり、将来的には前者の利用価値が高まると予測し

た点で先駆的な研究となった。

このようにして、客観的かつ独立した新手法により地球温暖化の真の要因が徐々に同定されてゆく

過程は、科学技術の発展を知る上で非常に興味深いことである。

参考文献

・Johnson, G.L., Davis, J.M., Karl, T.R., McNab, A.L. and Tarpley, J.D., The use of polar-orbiting

satellite sounding data to estimate rural maximum and minimum temperature. J. Appl. Meterol.,

32, 857-870, 1993.

・Hurrell, J.W. and Trenberth, K.E.,Satellite versus surface estimates of air temperature since

1979. J. Climate, 9, 2222- 2232, 1996.

・Gallo, K.P., Owen, T.W., Easteling, D.R. and Jamason, P.F., Temperature trends of the U.S.

historical climatology network based on satellite-designated land use/land cover. J. Climate, 12,

1344-1348, 1999.

・Gallo, K.P., T.W. Owen: Satellite-Based Adjustments for the Urban Heat Island Temperature

Bias. J. Appl. Meteorol., 38, 806-813, 1999.