日本の災害対応の課題と提言2012/08/26  · 2012/07 リスク対策.com 39...

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Page 1: 日本の災害対応の課題と提言2012/08/26  · 2012/07 リスク対策.com 39 日本の災害対応の課題と提言 大規模地震に留まらず、津波、原子力発電所の事故など、複合型の災害となった東日本大震災。迅速な判断
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日本の災害対応の課題と提言大規模地震に留まらず、津波、原子力発電所の事故など、複合型の災害となった東日本大震災。迅速な判断が求められる中、政府の対応の遅さが大きな問題となった。日米の危機管理体制に詳しい元米連邦緊急事態管理庁(FEMA)危機管理専門官のレオ・ボスナー氏は、日本の災害対応の課題と提言をまとめた。

元FEMA危機管理専門官が語る

●食糧や薬など物資不足に苦しむ地域がある一方、 必要としない地域に多くの物資が配達されていた。●多くの寄付は、政府の支援物資の受け取りの管理 能力不足によって拒否された。●現場の医療従事者からの緊急の要求に対して回答 が出せなかった。

2.日本の多くの都道府県、市町村も、総合的な災

  害対応計画を作成していない

 災害対応を求められる日本の都道府県や市役所の職員は、政府からほとんど何も災害対応の訓練を受けていない。その結果、多くの地方自治体の職員は、震災時に何をすべきかわからず、正確に地域の要求を見極めて対応することができなかった。

3.インシデント管理体制の欠如が招いた資源管理

  の混乱

 大規模災害の対応について、私が取材した救援部隊の人達は、災害の最中に自分たちで管理体制を作り上げなければいけなかったと語った。被災地域に散らばった多くの生存者に、省庁管轄をまたいだ多様な奉仕活動をまとめ、提供しようとした。救援部隊が災害の最中に、管理体制を整えようとしたことが最善の対応方法とは思えない。

4.ボランティア、寄付、NPOを最大限に活用し

  ていない政府

 政府は、災害対応にNPOや寄付を管理する計画

  11の課題

1.日本政府は、大災害に対応する現実的で総合的

  計画を持っていない

 日本政府の災害対応計画は、縦割りの省庁の個別の計画によって成り立っている。これらの計画は、幾度も被災現場の状況把握や処理対応において失敗を招いた。原因の1つとして、政府内に訓練を受けた実務経験のある災害対応の専門家が不足していることが挙げられる。その結果、3月 11日における政府の対応はうまくいかず、多くの人が、必要以上に苦しんだ。例えば、下記の問題は常に報告されていた。

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を持っていない。その結果、NPOはどの地域で何が必要なのか、政府からのアドバイスなしに、各自の判断で(または個人的なつながりに頼って)援助を送り出してしまっている。さらに生存者がまさに必要とする時に、食料などの必需品は、政府によって受け入れを拒否された。物資が不足する地域がある一方で、不必要な救援物資が多くの地域に押し寄せ、食料と薬品の過剰な供給を招いた。 

5.政府と現場の救援部隊のコミュニケーションが

  一方通行

 医師や薬剤師、災害時における公衆衛生の専門家など、現場の救援部隊は、必要な支援を政府に伝える効果的な手段を持っていなかった。 一方、政府は、被災状況の情報収集の多くをニュース報道に頼りきっていたように思われる。このコミュニケーション不足と情報不足により、現場で必要とされる物資を把握できず、上記の4番目で指摘したような、食料や医薬品などの資源の誤った分配を招いた。

6.避難施設の管理・運営体制の不備

 避難施設の多くは、「被災者による自己管理」もしくは「全く管理されていない」状態だったと言われている。地元住民は、自力で避難施設の運営・管理した。政府から避難施設の運営についてアドバイスはなく、運営が非常にうまくできた施設と、全くうまくいかない施設に分かれた。

7.毎日米、パン、水だけだった生存者の貧しい栄

  養面の対応

 栄養不足と被災によって体力が弱まっていた多くの生存者の状況は、簡単な栄養補給の計画で避けることができただろう。医師の中には、栄養不足が、高齢者を死に至らせたのではないかと指摘する人もいる。被災者の栄養を満たす効果的な計画が何もなったように思われる。

8.自衛隊への過剰な依存

 3月 11日以降、自衛隊は迅速に出動し、多くの隊員が被災地域に派遣された。この自衛隊の活用と早急な対応能力は、日本の災害対応に対する大きな強みだ。しかし同時に、自衛隊への過剰な依存は、政府による広域災害の対応計画を甘くさせる。さらに、隊員の健康栄養面の計画、避難施設の管理、公衆衛生、コミュニケーションなどについて指し示す十分な資源を自衛隊が持っているか疑問だ。

9. 日本政府の対応計画とは別に、それぞれが災害

  対応計画を作成

 私が取材した派遣部隊や組織の多くは、政府の対応に待ちくたびれ、今後の災害に備え、自分達で計画を作成している。これらは、昨年の災害対応の問題としてできるが一方で、多数の分かれた関連のない災害対応計画を生み出し、将来起こり得る災害において対応の混乱を導く要因となることが懸念される。 しかし、もし政府が、これらのグループを総合的な対応計画の改善に取り入れることができれば、より強固な災害対応システムができることになるだろう。

10.多くの優れた技術を持つ災害対応の専門家は、

  内閣官房もしくは内閣府の外にいる

 私が出会った災害対応の内閣官房と内閣府の職員は、一様にして有望かつ献身的で、勤勉家に思われたが、災害対応の実務経験者はほとんどいなかった。さらに、昨年の震災を経験した職員の多くは、任務を終えると、すぐにまた別の部署に異動してしまうだろう。省庁の組織図を見ると、内閣官房は、「災害対策の専門委員会」と名付けられているが、実際は「専門家」ではなく、エリート官僚の集まりだ。私が日本で出会った真の災害対応の専門家は、自衛隊、消防隊、医療従事者、NGOだったが、日本政府は、災害対応計画を強化するために、こうした専門家の知恵に頼ることはなかった。

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11.最大の難点 今回の災害をフィードバックす

  る仕組みが存在していない

 最悪なことは、日本では、今後も大規模な災害が起こる可能性が高いにもかかわらず、このような災害が生じた際への備えを改善するための仕組みがまったく構築されていないように思えることだ。 日本政府は、細かな対応について細々修正しているかもしれないが、全体的な仕組みづくりを取り組んでいるという話は聞かない。

  7つの提言

1.日本の災害対応部隊や専門家の経験から学ぶ

 46日間に及ぶ日本滞在で、私は、巨大災害に対応した人達や専門家と、上記に示したような、地震、津波の災害対応での成功談、失敗談など多くの話を聞いた。しかし、28人のインタビューと 20回の講義の中で、私は一度も、日本政府が未来の災害の対策強化に備え、こうした専門家の意見を聞くために、政府に招いたという話を聞かない。 もし日本語のスキルが限られた外国人の私が、46日間の限られた時間の中で多くの情報収集ができたとするのならば、日本政府は、もっと深く情報収集することができるはずだ。私は、日本政府は、徹底的に日本の多くの災害対応者や専門家に会い、彼らから、将来の災害に対して日本の対応能力を強化するために必要なものはなにか、学ぶ努力をすることを勧める。

2.災害対応計画とその対応のための担当を置く

 目下のところ、災害対応計画を担当する省庁も、実際に災害が発生した際の対応の責任者もいない。責任は、異動を繰り返す多くの官庁職員の間で、散らばってしまっている。 信頼できる計画や実際の災害対応の担当者がいない中、私たちは、災害時に電話で命令を下すような日本の総理大臣とともに暮らしている。総理大臣の危機管理対応の素質の有無に関わらず、たとえ災害

対応のプロの管理者だったとしても、実際の災害時において、総理にすべてをまかせるべきではないだろう。政府は、災害管理の分野における有識者と専任の災害管理者と職員を持つ必要がある。

3.具体的なハザード計画を捨て、オールハザード

  プランニングにする

 日本政府は、未だ具体的な災害を想定して地震のための計画、津波の計画、テロ事件の計画など個別に災害対応計画をつくる。こうしたアプローチは、非常に時代遅れであり、現実とのギャップにより、混乱を招き実践的でない計画を導く。 その代わりとして、私は、日本政府に「オールハザード」のアプローチを勧める。それによって、計画が災害の種類ではなく、災害対応の仕組みによって分類されるようになる。例えば、

1.輸送2.コミュニケーション3.公共事業4.消防5.応急対応6.被災者のケア、応急対応のサポート、住宅供給、  福祉7.後方支援の管理、資源のサポート8.公衆衛生と医療サービス9.救助と捜索10.石油と危険物の対応11.農業と天然資源12.エネルギー13.治安14.長期間での地域社会の復旧15.対外部門

 これらの緊急援助機能と呼ばれる 15分類は、最も対応に適している政府機関もしくはNPOに割り当てられる。

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※ National Response Framework, US Dept. of Homeland Security/FEMAから引用

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 8番目の「公衆衛生と医療」は、特に個別災害対応とオールハザードの違いが明確に表れる。日本政府は、DMATが阪神大震災と類似したシナリオにのみ対応していた。阪神大震災の教訓から日本DMATは地震による外傷の治療体制は整えていたが、津波によって引き起こされた多くの健康問題や医療問題に対しては、ほとんど準備できていなかった。 一方で、オールハザードのアプローチをとるならば、日本政府は、すべての災害シナリオで起こりうる以下のような問題に保健省を置くことになるだろう。

●外傷  ●低体温  ●公衆衛生 ●保健安全  ●メンタルヘルス ●薬剤支援  ●障害者支援  ●その他

 同様のオールハザードのアプローチは、上記に示した 15の分類にも各々適用することができる。ただし事前にすべての災害の対応と問題を考えるオールハザードのアプローチは、構築するのに長い時間を要するだろう。

4.総合的で現実的な国の災害対応計画

 上記の通り、日本政府省庁間のつながりのない縦割りの災害対応計画を作成している。過去にも多くの災害で失敗してきた。例えば、東北地方のある医師の話では、生存者が、危険な化学物質が混ざった汚染水を津波の水から摂取した恐れがあることから、そこから引き起こされる健康傷害について対処しようとした。しかし、医師が政府からの支援を求めると、この問題について3つの省庁が管轄していることが明らかとなった。医師は、被災地の中で救助活動に従事する最中にもかかわらず、どうにか3つの省庁から対応を得ようとしなければならなかった。

5.米国のNIMSのようなインシデント管理シス

  テムを施行する

 「インシデント管理」とは、抽象的な概念のようにみえるが、それこそが、実際の災害においては現実となる。大規模災害の対応は、より広域にわたった管理が求められる。例えば、管理ができていないと、町の数か所で、物資や人的支援が過剰供給となる一方で、他の町が無視されてしまうようなことが起きる。私が取材した救援部隊の人達は、3月 11日の災害の最中に自分たちで管理体制を作り上げなければならず、被災地域にバラバラに散らばった多くの生存者に、省庁管轄をまたいで多様な奉仕活動をまとめて提供しようと話した。対処の優先順位は?すべての地域での達成をいかに早めるか?支援や資源分配の重複はどのように避けるのか?災害対応の最中は、重要な問題についてどのように対処すべきか?新たに体制を考えて作り出す時間はない。国で承認されたインシデント管理体制を構築するためにも米国のNIMS(National Incident Management System)など既存の体制を考慮すべきだ。

6. あらゆるレベルにおいて日本の緊急援助の責任

  者を訓練、スキルアップする

 現在の日本の枠組みにおいて、緊急援助の責任者は一般的に緊急事態における現場管理に関する組織的な訓練をほとんど受けた経験がない。それぞれの責任者は一時的に危機管理関連の部署から管理者として任命されても、2年ほどの定期的な異動により、その任務から外される。日本のような先進国でもそのような必要不可欠な分野での管理者の訓練が行われていないことは私にとって理解し難い。仮に私が命に関わる重大な手術を受けることになった場合、十分な訓練を受けておらず、各々の判断で勝手に動いている外科医に手術を依頼したいとは思えない。ではなぜ災害管理のような、避けて通れない分野において個々の管理者の体系的な訓練がおろそかになっているのだろうか。日本はただでさえ地震や津波、火山やその他あらゆる自然災害の危険を有する

      特集 2  海外から見た日本の危機管理

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大規模な交通機関に伴う事故、あるいは産業的、人為的な事故の危険を有する国でもある。また今日、他の多くの国と同じように日本もテロリストなどの脅威に常にさらされる国でもある。 幸いにも、日本は災害に対処する多くの資源を持っている。

●日本は、災害に対応し、それを防ぐことができる 豊かな近代産業国であること●日本は民主主義国家であること●日本には、より強固な災害対応体制を築くことが できる多くの経験豊富な災害対応の専門家を有し ていること●おそらく最も重要なこととして、日本は、緊急時 にお互い助け合おうとする強い絆を持つ社会であ ること

 2011年3月の災害は壊滅的で、模範となる災害対応の体制さえも変えなければいけないかも知れない。しかし、災害が壊滅的であり、困難であることが災害対応計画を無視する言い訳であってはならない。むしろ、懸念される将来の大規模災害に対してできるだけ実践的で効果的な計画を作成する動機とすべきだ。

国であり、将来来たる災害の際にNGOの分野のみならず、国、地方自治体、市レベルにおいて熟練した災害管理者が必要になると私は考えている。課題の 10番目で言ったように、日本は災害時にリーダーシップを発揮でき、災害対応の知識を持った専門家を育成できる可能性を有している。

7. NPO、ボランティア、寄付の役割に関して

 ボランティア活動と被災者に対する救援物資や義捐金などの寄付は、災害が起こる前に事前に用意されていれば、実際に災害が起きた際に非常に有益な支えとなりえる。しかし、仮にそれが事前に用意されていない場合、2011年の災害でそうであったように、ボランティア活動と被災者に対する寄付は政府機関にとって負担とみなされがちである。課題の 4番で明らかにしたようにNPOは政府からどのような救援物資を被災地のどこに送ればよいのかなどの有益なアドバイスを受けることはほとんどなく、各NPOの判断と個人的なつながりによって災害援助に関する判断がされている。食料のような必要不可欠な救援物資の供給は被災者がまさにそれを必要としているのに政府から積極的には行われていない。一方、不必要な分野への過剰な物資の供給や資金援助は食料や医薬品の過剰供給をもたらし、本当にそれらを必要としている分野に対しての供給が不足する。 このように重要な救援物資の消極的な供給の代わりに、あるいは無計画にそれらの重要な救援物資を浪費する代わりに、私は将来起こりうる災害に対して日本の政府機関がNPO、ボランティア団体そして災害基金を協力して、より効果的にそれらを使用するための計画を立案することを提言する。

  結 論

 日本は地震や津波、火山活動などあらゆる自然災害の危険性を伴う国であり、そのような自然災害に加えて化学物質による汚染、原子力に関する事故、

プロフィール/米連邦緊急事態管理庁(FEMA)の危機管理専門官として、約30年にわたり米国の危機管理の第一線に携わる。2000年-2001年の1年間、米国の奨学制度により、日本の危機管理システムの研究を目的に滞在。以後、度々来日し、日本の安全保障や危機管理に関する啓蒙活動を行う。今回の来日では、日本学術振興会(JSPS)および神奈川大学の協力を得て、約1カ月半にわたり、被災地を中心に周った。主な著書として、元総務相消防庁防災課長の務台俊介氏との共著「高めよ防災力」(ぎょうせい)などがある。

Leo Bosner(レオ・ボスナー)

※ このレポートは、ボスナー氏がまとめたレポート「大規模災害への対応 日本の災害対応は改善されたのか」の一部を翻訳したものです。

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