まちづくりへ地域建造物資産を保全活用する€¦ ·...
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30 家とまちなみ 66〈2012.9〉
地域建造物資産を保全活用する
まちづくりへ
1年間を振り返るTV番組で 2011年6月から、名古屋市は、歴史的建造物を保全活用するために、地域建造物資産の認定と登録の制度
(注1)をスタートさせた。筆者は、この制度を議論する委員会の座長を務めた関係で、昨年末に、名古屋・東海の「この1年間を振り返る」というTV番組で、登録された地域建造物資産を紹介することになった。 その時の体験をもとに、この制度を紹介して見たい。撮影撮りで回った建物を中心に紹介する。まず、名古屋の中心部にある町家(1907年築)に向かう。この㈲柏彌紙店の面白さは、お茶どころ・名古屋を象徴するように、店舗の2階に茶室と水屋が設けられていることである。炉の底が、1階の店舗の根太天井からはみ出しているのもご愛嬌。 さらに、住宅では、東区の旧豊田佐助邸(1923年頃、写真1)を紹介した。この建物は、洋館・和館並置型で、洋館は、白タイル張りで、柱形が太
く、一見すると、RC造に見える。大正の後期には、すでにRC造もかなり普及しており、時代の変化を先取りした意匠と考えられる。一方、佐助邸洋館の玄関の床面は通常より高い。これは和服の女性が膝をついて客を迎える高さである。RC造に似せた洋館だが、内部は従来の玄関を引き写したものになっている。 住宅以外のものとして、南区道徳公園内にあるクジラ像(1927年、写真2)を見に出かけた。名鉄常滑線道徳駅から歩いて数分のところで、大きな池の畔にある。周囲がプールのようになっていて、水色の鯨が泳いでいる趣向である。現在は、水の代わりに白砂が入れられている。池の形は、大きな鯨の形に見え、池の噴水は、鯨が潮を吹いているように見える。とすると、クジラ像は、母鯨の方に向かって泳いでいる子鯨を表しているに違いない。名古屋開府400年を記念して行われた、名古屋の隠れた魅力を市民が再発見するという「夢なごや400」事業で、「どえりゃあ大賞」を受賞した。愛くるしい姿で、市民に愛されていることがわかる。 さらに、千種区の東山動物園では、RC造の恐竜(イグアナドンなど3体、1938年)を見て、スロープシューター(1961年、写真3)にまわる。当時の新聞には、日本初として紹介されているレトロな遊具である。客車に乗り込むと、ゆっくりと高みにあがり、
名古屋都市センター研究顧問
瀬口哲夫
写真1 旧豊田佐助邸洋館(名古屋市HPより)
写真2 道徳公園のクジラ像(母鯨の形の池に向かっている)
写真3 スロープシューター(名古屋市HPより)
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瀬口哲夫(せぐち・てつお)1945年大分県生まれ。名古屋市立大学名誉教授。現在、愛知県文化財審議会会長、岡崎市景観審議会会長、刈谷市都市計画審議会会長ほか。専門は、近代建築史、都市景観、まちづくり
そこからは、重力で滑走する。ボブスレーのようなものを想像すると分かりやすい。ジェットコースターの祖形といったものである。撮影の最後になって、担当のディレクターが、微笑みながら、スロープシューターに乗って見てくださいという。年齢には勝てず、かなり緊張してしまったが、お蔭で、50年前の少年に戻ることができた。地域建造物資産は、記憶を呼び覚ましてくれるものでもある。
地域建造物資産と支援制度 2012年9月現在、名古屋市の認定地域建造物資産で51号、登録地域建造物資産で67号(この内4件が認定資産に変更)までで、現在のところ、合計114件となっている。制度が始まって、1年足らずで110件を超えているので、まずは順調と言えよう。 建築されてから50年以上(注2)を経過した景観的・文化的価値を有する建造物を、「登録地域建造物資産」とするもので、さらに、一定水準以上のものを「認定地域建造物資産」とするものである。これまでの国県市の指定文化財、国登録有形文化財、景観重要建造物に加え、歴史的建造物の裾野を拡大しようとするものである(図1)。 地域建造物資産は、出来るだけ長く使って貰いたいことから、所有者に対して、保全活用についての技術的支援を行っている。さらに、「認定」されることで、経済的支援(注3)が受けられる。 名古屋市では、こうした制度に加え、専門家の養成を行っている。第一期の専門家養成講座は、2011年1月から6月までの11日間、延べ60時
間の講習が実施され、28名が修了した。今年も、1月から7月までの延べ66時間の講習で、28名が修了。講座を修了した専門家は、「なごや歴まちびと」(名古屋市歴史的建造物保全活用推進員)となり、技術支援(図2)にあたることになる。また、2012年3月
「なごや歴まちびとの会」が設立され、相互の連絡や研修が行われている。
活用保全のまちづくりへ向けて 名古屋市の地域建造物資産制度の考え方は、これまでのまちづくりの発想と一線を画すものといってよい。それは、まず、古い歴史的建物をできるだけ活用して行こうという基本的な考えにもとづく。これまでの日本の都市は、総じて更新を繰り返すことにより、成長してきたといえる。まちづくりは、何らかの開発計画を実施することと考えられてきた嫌いがある。しかし、日々変貌するまちづくりは、しばらく経つと、すっかりまちの様相を変えてしまう。まさに、
「浦島太郎のまちづくり」である。 終戦から、既に65年以上が経過し、名古屋のまちの姿も落ち着いたものになっている。こうしたことから、戦後につくられた建物も含み、歴史的な建造物を地域の資産として活用したまちづくりをしようとするものである。そのことで、これまでとは異なる都市景観を生み出すことができるのではなかろうか。 また、文化財の考え方にも一石を
投ずるものである。指定文化財や景観重要建築物、国の登録有形文化財などの制度により、歴史的建造物の保存が図られているが、保全活用という視点からは、十分とは言えない。名古屋市の地域建造物資産制度は、これまでの使い捨て文化を反省し、歴史的建造物を使い込む文化を育み、これからの日本の都市景観に深みをもたらすことが期待される。
注1:名古屋市の地域建造物資産の制度は、2011年6月から始められた。
注2:国の登録有形文化財の場合も、建築されてから50年を経たものを対象としている。
注3:保存活用に向けた改修工事などの工事費の助成で、年間3件、工事費の1/2以内で、上限100万円となっている。
図2 なごや歴まちびと(出典:名古屋市パンフ)
図1 地域建造物資産の位置づけ(出典:名古屋市パンフ)