消化器内視鏡の感染管理におけるatpふき取り検査の活用事...

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1 医療分野で使用される器具は、スポルディ ングの分類に応じて、大きく①クリティカル器具 (無菌の組織や血管に挿入する器具/滅菌が 必要)、②セミクリティカル器具(粘膜または 健常でない皮膚に接触する器具/中水準〜高 水準の消毒が必要)、および③ノンクリティカル 器具(健常な皮膚とは接触するが、粘膜とは 接触しない器具/低水準〜中水準の消毒、ま たは洗浄や清拭を行う)の 3 種類に分類され、 消化器内視鏡はセミクリティカル器具に該当す る()。 消化器内視鏡が接触する「健常な粘膜」は、 一般的な芽胞による感染に対する抵抗性はあ るが、抗酸菌やウイルスなどその他の微生物 には感受性があることから、内視鏡を再生使 用する前には適切な洗浄・消毒を行う必要が ある。内視鏡の不十分な洗浄・消毒を原因と する感染症も発生していることから、日本消化 器内視鏡学会や日本消化器内視鏡技師会など では、内視鏡の洗浄・消毒に関するガイドライ ンを作成している。また、日本環境感染学会、 日本消化器内視鏡学会、日本消化器内視鏡技 師会の 3 学会合同による「消化器内視鏡の洗 浄・消毒マルチソサイエティガイドライン」な ども作成されており、内視鏡を使用している医 療施設では、これらのガイドラインを参考とし て、各現場の実情に合わせた洗浄・消毒マニュ アルを作成し、感染管理の徹底を図っている。 2015 年初頭、米国食品医薬品局(FDA) は、十二指腸内視鏡による医療機器事故が多 数報告されていることを受け(2013 〜 14 年 現地ルポ 消化器内視鏡の感染管理における ATP ふき取り検査の活用事例 〜「見えない汚れ」を客観的に数値化、意識改革に絶大な効果〜 大阪医科大学附属病院 消化器内視鏡センター の 2 年間で 75 例が報告された。詳細は後述)、多剤耐性菌の伝播を防止 するために、十二指腸内視鏡の洗浄・消毒の徹底を求める文書を発行した。 内視鏡の洗浄・消毒は、公衆衛生の観点から極めて重要な課題として認識 されている。 大阪医科大学附属病院(所在地・大阪府高槻市、黒岩敏彦病院長)内 の中央診療部門として設置されている消化器内視鏡センターでは、内視鏡 の自動洗浄・消毒装置を導入し、すべての内視鏡検査に対して高水準消毒 を行い、洗浄履歴管理システムにより消毒の管理を行うなど、内視鏡の安 全に対して積極的に取り組んでいる(図1)。しかし、消毒装置だけで汚れ が完全に落とせるわけではない。(装置を使用する前に)人の手による一 次洗浄(予備洗浄)でしっかりと汚れを落としておかなければ、自動装置 は期待されるような効果を発揮できない。そこで、同センターでは、一次 洗浄後の清浄度評価のツールとして、ATP ふき取り検査(以下、ATP 検査) を導入している。 本稿では、同院消化器内視鏡センターの阿部真也主任に、消化管内視鏡 の洗浄評価において ATP 検査を導入した経緯や効果についてうかがった。 ※編注:本稿に掲載する写真は大阪医科大学付属病院にて撮影したもの、図 2 ~ 3 は日本消化 器内視鏡技師会「内視鏡の洗浄・消毒に関するガイドライン」(第 2 版)より引用したものである。 分類 対象 消毒の水準 消毒方法 処置具 クリティカル(危険) 無菌の粘膜 滅菌 高圧蒸気滅菌、EOG 滅菌、 過酸化水素ガスプラズマ滅菌 生検鉗子、スネア セミクリティカル (やや危険) 正常の粘膜や 傷のある皮膚 高水準消毒 過酢酸、フタラール、 グルタラール 内視鏡 ノンクリティカル (危険ではない) 傷のない正常な皮膚 低水準消毒/洗浄 消毒用エタノールなど 血圧計のカフ スポルディングの分類 消化器内視鏡センターの 阿部真也主任

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Page 1: 消化器内視鏡の感染管理におけるATPふき取り検査の活用事 …...2015年初頭、米国食品医薬品局(FDA) は、十二指腸内視鏡による医療機器事故が多

1

医療分野で使用される器具は、スポルディ

ングの分類に応じて、大きく①クリティカル器具

(無菌の組織や血管に挿入する器具/滅菌が

必要)、②セミクリティカル器具(粘膜または

健常でない皮膚に接触する器具/中水準〜高

水準の消毒が必要)、および③ノンクリティカル

器具(健常な皮膚とは接触するが、粘膜とは

接触しない器具/低水準〜中水準の消毒、ま

たは洗浄や清拭を行う)の 3 種類に分類され、

消化器内視鏡はセミクリティカル器具に該当す

る(表)。

消化器内視鏡が接触する「健常な粘膜」は、

一般的な芽胞による感染に対する抵抗性はあ

るが、抗酸菌やウイルスなどその他の微生物

には感受性があることから、内視鏡を再生使

用する前には適切な洗浄・消毒を行う必要が

ある。内視鏡の不十分な洗浄・消毒を原因と

する感染症も発生していることから、日本消化

器内視鏡学会や日本消化器内視鏡技師会など

では、内視鏡の洗浄・消毒に関するガイドライ

ンを作成している。また、日本環境感染学会、

日本消化器内視鏡学会、日本消化器内視鏡技

師会の 3 学会合同による「消化器内視鏡の洗

浄・消毒マルチソサイエティガイドライン」な

ども作成されており、内視鏡を使用している医

療施設では、これらのガイドラインを参考とし

て、各現場の実情に合わせた洗浄・消毒マニュ

アルを作成し、感染管理の徹底を図っている。

2015 年初頭、米国食品医薬品局(FDA)

は、十二指腸内視鏡による医療機器事故が多

数報告されていることを受け(2013 〜 14 年

現地ルポ 消化器内視鏡の感染管理における ATP ふき取り検査の活用事例〜「見えない汚れ」を客観的に数値化、意識改革に絶大な効果〜

大阪医科大学附属病院 消化器内視鏡センター

の 2 年間で 75 例が報告された。詳細は後述)、多剤耐性菌の伝播を防止

するために、十二指腸内視鏡の洗浄・消毒の徹底を求める文書を発行した。

内視鏡の洗浄・消毒は、公衆衛生の観点から極めて重要な課題として認識

されている。

大阪医科大学附属病院(所在地・大阪府高槻市、黒岩敏彦病院長)内

の中央診療部門として設置されている消化器内視鏡センターでは、内視鏡

の自動洗浄・消毒装置を導入し、すべての内視鏡検査に対して高水準消毒

を行い、洗浄履歴管理システムにより消毒の管理を行うなど、内視鏡の安

全に対して積極的に取り組んでいる(図 1)。しかし、消毒装置だけで汚れ

が完全に落とせるわけではない。(装置を使用する前に)人の手による一

次洗浄(予備洗浄)でしっかりと汚れを落としておかなければ、自動装置

は期待されるような効果を発揮できない。そこで、同センターでは、一次

洗浄後の清浄度評価のツールとして、ATP ふき取り検査(以下、ATP 検査)

を導入している。

本稿では、同院消化器内視鏡センターの阿部真也主任に、消化管内視鏡

の洗浄評価において ATP 検査を導入した経緯や効果についてうかがった。

※編注:本稿に掲載する写真は大阪医科大学付属病院にて撮影したもの、図2~3は日本消化器内視鏡技師会「内視鏡の洗浄・消毒に関するガイドライン」(第2版)より引用したものである。

分類 対象 消毒の水準 消毒方法 処置具

クリティカル(危険) 無菌の粘膜 滅菌 高圧蒸気滅菌、EOG 滅菌、過酸化水素ガスプラズマ滅菌 生検鉗子、スネア

セミクリティカル(やや危険)

正常の粘膜や傷のある皮膚 高水準消毒 過酢酸、フタラール、

グルタラール 内視鏡

ノンクリティカル(危険ではない) 傷のない正常な皮膚 低水準消毒/洗浄 消毒用エタノールなど 血圧計のカフ

表 スポルディングの分類

消化器内視鏡センターの阿部真也主任

Page 2: 消化器内視鏡の感染管理におけるATPふき取り検査の活用事 …...2015年初頭、米国食品医薬品局(FDA) は、十二指腸内視鏡による医療機器事故が多

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内視鏡を介した感染の予防には、洗浄後の清浄度評価の方法が重要

——はじめに洗浄評価の手法として、ATP 検査に着目した経緯についてう

かがいます。

阿部 感染リスクを考えると、内視鏡の清浄度管理はきわめて重要です。

しかしながら、内視鏡は、どのような検査で使用したかによっても、汚れの

度合いが異なってきます。中には、吐血や下血による血液のついた内視鏡、

強いにおいが残っている内視鏡もあります。あるいは、「上部内視鏡検査(食

道・胃・十二指腸など)ではピロリ菌など」「下部内視鏡検査(大腸や小

腸など)では大腸菌など」といったように、対象となる汚れの種類(菌叢)

は異なってきます。汚れの種類や度合いが異なる場合、同じような手順で

洗浄をしても、同じような清浄度とはならないかもしれません。

また、胆管膵管検査に用いる十二指腸内視鏡の場合、 口から十二指腸ま

で内視鏡を入れ、その先端から膵管や胆管にカテーテル(細い管)を挿入

します。そうした処置を施した場合、器具に胆汁が絡まっている場合があり

ます。胆汁はすぐに洗浄しなければ固着してしまいます。

学会ガイドラインでは、標準予防策(スタンダードプリコーション)の概

念により、すべての患者は病原体を有しているものと考え、感染管理を行

います。そのため、内視鏡の検査間は前述のスポルディングの分類に基づ

き高水準消毒を行います。しかしながら、汚れが残った状態で自動洗浄・

消毒装置にかけても、十分な消毒効果は得られません。バイオフィルムと

いって、器具の表面に少しでも有機物が残っていると、消毒液が有機物の

表面にかかってしまい、十分な消毒効果を発揮できなくなります。消毒効

果が低下すれば、それだけ感染リスクが高くなってしまいます。

そうした背景から、自動洗浄・消毒装置を使う前に、「客観的」に清浄

度を評価できるツールが必要でした。さらにいえば、そのツールは、スタッ

フが簡便かつ迅速に利用できれば理想的だと思っていました。詳細に微生

物検査で清浄度を評価する場合、培養が必要なのですが、結果が得られ

るまでの数日間、その器具は使用できなくなってしまいます。ATP 検査は、

10 秒程度で清浄度が数値化できる点で、非常に有用だと思います。

ATP 検査で使用する測定装置「PD-30」と専用試薬「ルシパック Pen」(キッコーマンバイオケミファ㈱製)

大阪医科大学附属病院

大正末期、既存の医学部、単科医科大学および4年制の医学専門学校の他に、新しい医育教育機関を求める気運が高まっていた。そうした状況下の1927 年(昭和2年)、当時衆議院議員であり、医師でもあった吉津度氏が日本初の「5年制医学専門学校」として、大阪高等医学専門学校を開校した。大阪医科大学附属病院は、この専門学校の附属病院として 1930 年に開院された(三島病院として 120 床)。現在は、901 床の病院として、29 の診療科、14 の中央診療部門を配している。中央診療部門には、中央放射線部や中央手術部、集中治療部、救急医療部などの他、4つのセンター(消化器内視鏡センター、化学療法センター、周産期センター、血液浄化センター)が設置されている(これらは診療科からは独立して診断と治療に当たっている)。2013 年にはがんセンターを立ち上げ、臓器横断的・各科横断的な治療が可能となる体制を整備した。その他にも診療支援部門として、患者が安心して診療を受けられるよう、医療安全推進部や感染対策室を有効に運営したり、診療情報管理室と病院医療情報部によって個人情報保護にも配慮している。また、臨床研究センターを設

置して、その推進にも力を入れている。消 化 器 内 視 鏡 センターで は 年 間 約 8200 件 の検査(上部消化管 5300件、下部消化管約 2400件、ERCP( 内 視 鏡 的 逆行性胆・膵管造影検査、Endoscopic retrograde cholangiopancreatogra-phy)約 500 件などを行っている。そのうち約3分の1が内視鏡治療で、早期の食道・胃・大腸がんに対する内視鏡的粘膜下層剥離術(ESD: Endoscopic submucosal dissec-tion )が約 230 件、その他に良性ポリープの切除、食道静脈瘤治療、胆道系処置、消化管出血止血術など、ほとんどの内視鏡治療に対応している。

〔URL〕http://hospital.osaka-med.ac.jp/

患者情報使用内視鏡入力

内視鏡 終了

一時洗浄

洗浄 情報入力

自動洗浄器  (高度水準消毒)

次の 患者

オリンパス洗浄履歴システム

履歴登録風景

図 1 内視鏡洗浄履歴管理のフローチャート

患者情報使用内視鏡入力

内視鏡 終了

一時洗浄

洗浄 情報入力

自動洗浄器  (高度水準消毒)

次の 患者

オリンパス洗浄履歴システム

履歴登録風景

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——ATP 検査でふき取っている箇所や基準値については。

阿部 「洗い残しが生じる可能性が高い箇所」という観点から、洗

浄後に鉗子口挿入部、先端湾曲部、レンズ先端部でふき取り検査

を実施しています。目標値は 100RLU 前後※としています(300RLU

前後は不合格)。

——ATP 検査の頻度について。

阿部  今 年 初頭、 米 国 食 品医 薬 局(FDA) から、 米 国内にお

いて十二指腸内 視 鏡を介してクレブシエラ属や 大 腸菌などの

カ ル バ ペ ネ ム 耐 性 腸 内 細 菌 科 細 菌(Carbapenem-Resistant

Enterobacteriaceae;CRE)を引き起こした可能性がある感染事案

として 75 例(患者数は約 135 人、2013 年 1 月〜 2014 年 12 月)

の医療機器事故報告(MDR、Medical Device Reporting)があった

という情報提供があり、FDA や厚生労働省は感染対策の徹底に努

める旨の勧告を行いました。十二指腸内視鏡は、ERCP(内視鏡的

逆行性胆管膵管造影)などで用いられるもので、先端部に鉗子起上

装置を有しています(先端開口部から出し入れする造影チューブなど

の機器を、より細かく角度調節することで、膵胆管などへの機器の

挿入などが可能となる)。構造が複雑なので、洗浄・消毒を徹底しな

(写真左)温水を流しながら洗浄剤を用いてスポンジやガーゼなどを用いて内視鏡外側の汚れを落とす。「内部の洗浄では十分なすすぎが大切。外部の洗浄では、洗浄後の “ キュキュ ” とした手触りを覚えておくことも大切」(阿部主任)

(写真右)弱アルカリ洗浄剤「H クリーン」(㈱ HC 研究所製)を使用

図 2 消化器内視鏡の基本構成

図 3 消化器内視鏡の内部構成。内部は送気チャンネル、送水チャンネル、吸引チャンネルなどで構成される(吸引チャンネルは鉗子チャンネルと共通)。適切な洗浄を徹底するには、内部の構造を正しく把握することも大切

ければ洗い残しが生じる可能性があることから、当セ

ンターでは十二指腸内視鏡や超音波内視鏡について

は、洗浄後に必ず ATP 検査を行うことにしています。

上部消化管内視鏡については、以前は頻繁に ATP

検査を実施していましたが、最近は「マニュアルどお

りの洗浄をしていれば、ほとんどの場合は問題ない」

という状況になっているので、基本的には ATP 検査

は行いません(抜き打ち的に検査することはあります)。

ただし、血液がついているような場合(つまり感染リ

スクが高いと考えられる場合)など、状況に応じて検

査することはあります。

ATP 検査とは別に、半年に 1 度の定期検査の際に

併せて培養法による微生物検査も行っています。

「客観的な数値」を持つことで スタッフの意識が大きく変化

——ATP 検査を導入した効果はあらわれていますか。

阿部 最も大きいのは作業者の意識の変化です。洗

浄後の器具は、見た目は必ずきれいになっています。

しかし、ATP 検査を実施すると、基準値を上回ること

があります。ATP 検査の導入によって、スタッフは「目

視できないレベルの汚れであっても、感染管理では大

きなリスクになる」という意識を強く持つようになった

と感じています。

内視鏡の洗浄は「長時間かけて念入りに洗浄すれ

ば、必ず汚れは落ちる」という単純な話ではありませ

ん。洗浄作業のマニュアルはありますが、一人ひとり

が「どの箇所を意識して(重点的に)作業しなけれ

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ばならないか?」といったことを意識して作業することが大切です。同じマニュ

アルを使っていても(マニュアルの洗浄手順を遵守したとしても)、洗浄のス

ピードや力加減は人それぞれ違うことがあるので、結果に個人差が出てしまう

ことは十分に考えられます。さらに言えば、スタッフは、複雑な構造の内視鏡

を 1 日に何本も分解洗浄するのですから、本音では「できれば作業の手間を

減らしたい」と考えてしまっても仕方ありません。しかし、どこかに汚れが残っ

ていれば、それが感染リスクへとつながっていくのですから責任は重大です。

——「(洗浄は)時間をかければよいわけではない」いうことですが、洗浄

手順におけるポイントはありますか。

阿部 マニュアルを遵守することはもちろんのこととして、十分なすすぎを行

うこと、つまり洗浄剤で溶解させた物質をしっかりと洗い流すことも大切です。

もし、それでも ATP 検査の測定値が下がらないようであれば、洗剤やブラシ

の変更を検討する必要があるかもしれません。内視鏡の洗浄では、一般的に

弱アルカリ性洗剤や中性洗剤、中性酵素洗剤などが使われていますが、それ

ぞれに特徴があります。例えば、中性洗剤は管路内で固まった汚れを落とし

先端のレンズ面は、柔らかいブラシなどを用いて洗浄。先端部に鉗子起上構造を有する器具では、専用の細ブラシなどを用いて丁寧に洗浄

操作部をディスポーザブルのブラシ(ニュージーランド・FR ギャランタイマニュファクチャリング社製)で洗浄。管路内で円周方向に密着することで汚れを落とす(上写真)。ブラシは 5 つのワイパーがついている構造(中央写真)。米国・コンメド社製のディスポーザブルの内視鏡用洗浄ブラシ(下写真)も併用

(写真左)内視鏡洗浄消毒装置「OER-3」(オリンパス㈱製)を使用(写真右)ATP 検査の結果はすべて記録につける

洗浄後、鉗子口挿入部、先端湾曲部、レンズ先端部で ATP 検査を実施。ATP 検査では、検査箇所を専用試薬でふき取った後、測定装置にセットする(右下写真)。10 秒程度で、ATP(アデノシン 3 リン酸)を指標とした清浄度(汚染度)が数値で表示される。

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にくかったり、弱アルカリ性洗剤は長時間の浸漬で内視鏡素

材に影響を及ぼしたり、頑固な油汚れには弱いなど、それぞ

れ一長一短があります。今のところ「万能の洗浄剤」は存在

しないので、当センターでも、日々、試行錯誤を重ねている

ところです。なお、洗剤については、できるだけ新鮮な状態

のものを使いたいので、粉末洗剤を使っています(液体洗剤

は開封後、保管状況により徐々に酸化するなど劣化の可能性

もある)。

それと、器具の外部(表面)に関しては、手でこすり上げ

たときの感触や音も大切にしてほしいです。ヌルヌルした感

触がなくなって、“ キュキュッ ” とした手触りや音になれば、

おそらく洗浄はきちんとできているはずです。その辺りは経験

として身につけていくしかありません。

また、洗浄剤の種類だけでなく、ブラシの選定も大切です。

ブラシの種類としては、管路内での密着度が高く(管路内を

しっかり物理的にこすり上げることができる)、かつ不用意に

管路内を傷つけないものであればよいでしょう(管路内に傷つ

くと、そこに汚れが付着したり、洗い残しにつながる可能性

がある)。それと、毎日使用するものですから、スタッフの肉

体的な負担の軽減も考慮した素材を選ぶことも大切でしょう。

——ATP検査の導入後、洗浄方法の変更などは行いましたか。

阿部 基本的な手順については、特に変更はありません。

ただし、当センターで ATP 検査を導入して以降、院内の

他の部門でも ATP 検査の導入を検討し始めています。今ま

で洗浄マニュアルなどが存在しなかった部門では、マニュア

ルの作成や、手順の標準化などに効果を発揮しているようで

す。すでにマニュアルがある部門では、当センターと同様、

スタッフの意識面での効果が見られているようです。

——ATP 検査には「汚れの数値化はできるが、菌数の測定

まではできない」という側面もあります。

阿部 現在、菌数(生菌数、死菌数)と ATP 検査の測定値

の関係性について、独自にデータを収集しているところです。

菌数と RLU 値と菌数の相関は見られないようですが、「ATP

検査の結果が高ければ、菌数も増える」といった傾向は見ら

れるようです。その一方で、「ATP 検査の結果が低いが、リ

スクの高い微生物が検出される」というケースも見られます。

「生菌の検出ができないから、ATP 検査は有用性が低い」

とは考えませんが、「ここに菌がいる」ということが検出でき

る簡易・迅速な検出法があれば、現場では重宝されるので

はないでしょうか。そうした新技術が開発されることにも期待

をしています。

——ありがとうございました。

目標値は 100RLU 前後で合格、300RLU 前後で不合格と設定している。検査の結果、高い測定値となった場合(左写真では 5287RLU)、その場で再洗浄を行う。再洗浄後、改めて ATP 検査を行う(中央写真は再洗浄後で、337RLU)。適切な洗浄が行われていれば、目標値を下回る数値となるはずである(右写真では30RLU)。「洗浄の結果が、その場で数値化(見える化)できるので、スタッフの意識が顕著に変化した。また、『どのような点に注意して洗浄すればよいか?』という理解も深まった」(阿部主任)

[発行元]

TEL03-5521-5490 FAX03-5521-5498Email: [email protected]

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月刊HACCP 2015 年 11月号 61 〜 67 頁より抜粋 ©2015 Kikkoman Corp.(201501101)

カテゴリー No. タイトル 演者

月刊HACCP

発行月

保健所 (行政)

1 食品取り扱い施設における自主管理の推進 名古屋市中村保健所 青木 誠 氏 -

2 保健所における ATP ふき取り検査の活用事例 札幌市保健所 片岡 郁夫 氏 2014 年1 月号

3 菓子製造施設におけるアレルギー対策として ATP 検査を活用 大阪府和泉保健所 衛生課 奥村 真也 氏 2014 年4 月号

4 ATP ふき取り検査とノロウイルス対策 東京都港区みなと保健所 生活衛生課 塚嵜 大輔氏 2014 年5 月号

5 日本食品衛生協会が推奨する「衛生的な手洗い」の普及・啓発活動 (公社)日本食品衛生協会 主任 中村 紀子 氏 2014 年9 月号

給食

1 ATP ふき取り検査を活用した調理厨房の衛生管理 日清医療食品 株式会社 蒲生 健一郎 氏 2013 年9 月号

2 学校給食の調理現場における ATP 検査を活用した衛生管理 女子栄養大学 教授 金田 雅代 先生岐阜県学校給食会 栗山 愛子 氏

2013 年10 月号

3調理現場における衛生管理のポイントとATP 検査を用いた効果的な衛生指導の実例 相模女子大学 教授 金井 美惠子 先生 2013 年

11 月号

4 病院給食の衛生管理と院内感染対策 東京都立多摩総合医療センター 2014 年7 月号

5 管理栄養士の養成における ATP ふき取り検査の効果的活用 実践女子大学 生活科学部 准教授 木川 眞美 先生 2014 年10 月号

6 学校給食センター運営の要は衛生管理 東海食膳協業組合 理事 今川 将宏 氏 2015 年8 月号

外食

1 多店舗化への第一歩。リスクを増やさない衛生管理 NPO 法人 衛生検査推進協会 理事長 前田 佳則 氏 2013 年4 月号

2 なるほど !! と言われる衛生コンサルティングにルシパックが大活躍 (株)くらし科学研究所 村中 亨 氏 2013 年8 月号

3 回転寿司チェーンにおける衛生管理と衛生監査 (株)あきんどスシロー 品質管理室 課長 多田 幸代 氏 2014 年12 月号

工場

1 ATP 測定を活用した洗浄実践ポイントの把握と清浄度改善 白菊酒造株式会社 門脇 洋平 氏 -

2 ATP 測定による簡易・迅速な製品検査の導入事例 守山乳業株式会社 蓜島 義隆 氏 2013 年8 月号

3 髙島屋における品質管理と ATP ふき取り検査の活用事例 株式会社 高島屋 土橋 恵美 氏 2013 年12 月号

4 キッコーマン食品の品質管理体制 キッコーマン食品株式会社 生産本部品質管理部 小川 善弘 2014 年5 月号

5 ATP ふき取り検査による豆乳製造ラインの衛生管理 キッコーマンソイフーズ株式会社 茨城工場 矢沼 由香 2014 年6 月号

6ATP 拭き取り検査を活用した衛生管理指導と洗浄・殺菌操作の改善事例 三重大学大学院教授 福崎 智司 先生 2014 年

8 月号

7 辛子明太子工場における衛生管理  株式会社ふくや 品質保証課 渡部 朗子 氏 2015 年1 月号

8 ライフコーポレーションにおける ATP ふき取り検査の役割 株式会社ライフコーポレーション 野々村 明 氏 2015 年5 月号

医療

1 ノロウイルス対策と感染管理ベストプラクティス 防衛医科大学校 防衛医学研究センター 教授 加來 浩器 先生 2014 年2 月号

2 感染管理の基本は適切な手指衛生から 日本歯科大学東京短期大学 2014 年2 月号

3 環境衛生管理の検証における ATP 検査の効果的な活用事例 馬見塚デンタルクリニック 2014 年2 月号

4 消化器内視鏡の感染管理における ATP ふき取り検査の活用事例 大阪医科大学附属病院 消化器内視鏡センター 2015 年11 月号

その他

1 酪農現場における ATP ふき取り検査の活用事例 北海道デーリィマネージメントサービス有限会社 榎谷 雅文 氏 2014 年1 月号

2 ATP 測定を利用した迅速衛生検査 キッコーマンバイオケミファ株式会社 本間 茂 2014 年3 月号

3 理容業における衛生管理の徹底と ATP ふき取り検査 滋賀県理容生活衛生同業組合 常任理事 小菅 利裕 氏 2015 年9 月号

以下続刊

月刊HACCP 別刷り(ATP ふき取り検査活用事例)一覧

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内視鏡を介した感染の予防には、洗浄後の清浄度評価の方法が重要

——はじめに洗浄評価の手法として、ATP 検査に着目した経緯についてう

かがいます。

阿部 感染リスクを考えると、内視鏡の清浄度管理はきわめて重要です。

しかしながら、内視鏡は、どのような検査で使用したかによっても、汚れの

度合いが異なってきます。中には、吐血や下血による血液のついた内視鏡、

強いにおいが残っている内視鏡もあります。あるいは、「上部内視鏡検査(食

道・胃・十二指腸など)ではピロリ菌など」「下部内視鏡検査(大腸や小

腸など)では大腸菌など」といったように、対象となる汚れの種類(菌叢)

は異なってきます。汚れの種類や度合いが異なる場合、同じような手順で

洗浄をしても、同じような清浄度とはならないかもしれません。

また、胆管膵管検査に用いる十二指腸内視鏡の場合、 口から十二指腸ま

で内視鏡を入れ、その先端から膵管や胆管にカテーテル(細い管)を挿入

します。そうした処置を施した場合、器具に胆汁が絡まっている場合があり

ます。胆汁はすぐに洗浄しなければ固着してしまいます。

学会ガイドラインでは、標準予防策(スタンダードプリコーション)の概

念により、すべての患者は病原体を有しているものと考え、感染管理を行

います。そのため、内視鏡の検査間は前述のスポルディングの分類に基づ

き高水準消毒を行います。しかしながら、汚れが残った状態で自動洗浄・

消毒装置にかけても、十分な消毒効果は得られません。バイオフィルムと

いって、器具の表面に少しでも有機物が残っていると、消毒液が有機物の

表面にかかってしまい、十分な消毒効果を発揮できなくなります。消毒効

果が低下すれば、それだけ感染リスクが高くなってしまいます。

そうした背景から、自動洗浄・消毒装置を使う前に、「客観的」に清浄

度を評価できるツールが必要でした。さらにいえば、そのツールは、スタッ

フが簡便かつ迅速に利用できれば理想的だと思っていました。詳細に微生

物検査で清浄度を評価する場合、培養が必要なのですが、結果が得られ

るまでの数日間、その器具は使用できなくなってしまいます。ATP 検査は、

10 秒程度で清浄度が数値化できる点で、非常に有用だと思います。

ATP 検査で使用する測定装置「PD-30」と専用試薬「ルシパック Pen」(キッコーマンバイオケミファ㈱製)

大阪医科大学附属病院

大正末期、既存の医学部、単科医科大学および4年制の医学専門学校の他に、新しい医育教育機関を求める気運が高まっていた。そうした状況下の1927 年(昭和2年)、当時衆議院議員であり、医師でもあった吉津度氏が日本初の「5年制医学専門学校」として、大阪高等医学専門学校を開校した。大阪医科大学附属病院は、この専門学校の附属病院として 1930 年に開院された(三島病院として 120 床)。現在は、901 床の病院として、29 の診療科、14 の中央診療部門を配している。中央診療部門には、中央放射線部や中央手術部、集中治療部、救急医療部などの他、4つのセンター(消化器内視鏡センター、化学療法センター、周産期センター、血液浄化センター)が設置されている(これらは診療科からは独立して診断と治療に当たっている)。2013 年にはがんセンターを立ち上げ、臓器横断的・各科横断的な治療が可能となる体制を整備した。その他にも診療支援部門として、患者が安心して診療を受けられるよう、医療安全推進部や感染対策室を有効に運営したり、診療情報管理室と病院医療情報部によって個人情報保護にも配慮している。また、臨床研究センターを設

置して、その推進にも力を入れている。消 化 器 内 視 鏡 センターで は 年 間 約 8200 件 の検査(上部消化管 5300件、下部消化管約 2400件、ERCP( 内 視 鏡 的 逆行性胆・膵管造影検査、Endoscopic retrograde cholangiopancreatogra-phy)約 500 件などを行っている。そのうち約3分の1が内視鏡治療で、早期の食道・胃・大腸がんに対する内視鏡的粘膜下層剥離術(ESD: Endoscopic submucosal dissec-tion )が約 230 件、その他に良性ポリープの切除、食道静脈瘤治療、胆道系処置、消化管出血止血術など、ほとんどの内視鏡治療に対応している。

〔URL〕http://hospital.osaka-med.ac.jp/

患者情報使用内視鏡入力

内視鏡 終了

一時洗浄

洗浄 情報入力

自動洗浄器  (高度水準消毒)

次の 患者

オリンパス洗浄履歴システム

履歴登録風景

図 1 内視鏡洗浄履歴管理のフローチャート

患者情報使用内視鏡入力

内視鏡 終了

一時洗浄

洗浄 情報入力

自動洗浄器  (高度水準消毒)

次の 患者

オリンパス洗浄履歴システム

履歴登録風景

——ATP 検査でふき取っている箇所や基準値については。

阿部 「洗い残しが生じる可能性が高い箇所」という観点から、洗

浄後に鉗子口挿入部、先端湾曲部、レンズ先端部でふき取り検査

を実施しています。目標値は 100RLU 前後※としています(300RLU

前後は不合格)。

——ATP 検査の頻度について。

阿部  今 年 初頭、 米 国 食 品医 薬 局(FDA) から、 米 国内にお

いて十二指腸内 視 鏡を介してクレブシエラ属や 大 腸菌などの

カ ル バ ペ ネ ム 耐 性 腸 内 細 菌 科 細 菌(Carbapenem-Resistant

Enterobacteriaceae;CRE)を引き起こした可能性がある感染事案

として 75 例(患者数は約 135 人、2013 年 1 月〜 2014 年 12 月)

の医療機器事故報告(MDR、Medical Device Reporting)があった

という情報提供があり、FDA や厚生労働省は感染対策の徹底に努

める旨の勧告を行いました。十二指腸内視鏡は、ERCP(内視鏡的

逆行性胆管膵管造影)などで用いられるもので、先端部に鉗子起上

装置を有しています(先端開口部から出し入れする造影チューブなど

の機器を、より細かく角度調節することで、膵胆管などへの機器の

挿入などが可能となる)。構造が複雑なので、洗浄・消毒を徹底しな

(写真左)温水を流しながら洗浄剤を用いてスポンジやガーゼなどを用いて内視鏡外側の汚れを落とす。「内部の洗浄では十分なすすぎが大切。外部の洗浄では、洗浄後の “ キュキュ ” とした手触りを覚えておくことも大切」(阿部主任)

(写真右)弱アルカリ洗浄剤「H クリーン」(㈱ HC 研究所製)を使用

図 2 消化器内視鏡の基本構成

図 3 消化器内視鏡の内部構成。内部は送気チャンネル、送水チャンネル、吸引チャンネルなどで構成される(吸引チャンネルは鉗子チャンネルと共通)。適切な洗浄を徹底するには、内部の構造を正しく把握することも大切

ければ洗い残しが生じる可能性があることから、当セ

ンターでは十二指腸内視鏡や超音波内視鏡について

は、洗浄後に必ず ATP 検査を行うことにしています。

上部消化管内視鏡については、以前は頻繁に ATP

検査を実施していましたが、最近は「マニュアルどお

りの洗浄をしていれば、ほとんどの場合は問題ない」

という状況になっているので、基本的には ATP 検査

は行いません(抜き打ち的に検査することはあります)。

ただし、血液がついているような場合(つまり感染リ

スクが高いと考えられる場合)など、状況に応じて検

査することはあります。

ATP 検査とは別に、半年に 1 度の定期検査の際に

併せて培養法による微生物検査も行っています。

「客観的な数値」を持つことで スタッフの意識が大きく変化

——ATP 検査を導入した効果はあらわれていますか。

阿部 最も大きいのは作業者の意識の変化です。洗

浄後の器具は、見た目は必ずきれいになっています。

しかし、ATP 検査を実施すると、基準値を上回ること

があります。ATP 検査の導入によって、スタッフは「目

視できないレベルの汚れであっても、感染管理では大

きなリスクになる」という意識を強く持つようになった

と感じています。

内視鏡の洗浄は「長時間かけて念入りに洗浄すれ

ば、必ず汚れは落ちる」という単純な話ではありませ

ん。洗浄作業のマニュアルはありますが、一人ひとり

が「どの箇所を意識して(重点的に)作業しなけれ

ばならないか?」といったことを意識して作業することが大切です。同じマニュ

アルを使っていても(マニュアルの洗浄手順を遵守したとしても)、洗浄のス

ピードや力加減は人それぞれ違うことがあるので、結果に個人差が出てしまう

ことは十分に考えられます。さらに言えば、スタッフは、複雑な構造の内視鏡

を 1 日に何本も分解洗浄するのですから、本音では「できれば作業の手間を

減らしたい」と考えてしまっても仕方ありません。しかし、どこかに汚れが残っ

ていれば、それが感染リスクへとつながっていくのですから責任は重大です。

——「(洗浄は)時間をかければよいわけではない」いうことですが、洗浄

手順におけるポイントはありますか。

阿部 マニュアルを遵守することはもちろんのこととして、十分なすすぎを行

うこと、つまり洗浄剤で溶解させた物質をしっかりと洗い流すことも大切です。

もし、それでも ATP 検査の測定値が下がらないようであれば、洗剤やブラシ

の変更を検討する必要があるかもしれません。内視鏡の洗浄では、一般的に

弱アルカリ性洗剤や中性洗剤、中性酵素洗剤などが使われていますが、それ

ぞれに特徴があります。例えば、中性洗剤は管路内で固まった汚れを落とし

先端のレンズ面は、柔らかいブラシなどを用いて洗浄。先端部に鉗子起上構造を有する器具では、専用の細ブラシなどを用いて丁寧に洗浄

操作部をディスポーザブルのブラシ(ニュージーランド・FR ギャランタイマニュファクチャリング社製)で洗浄。管路内で円周方向に密着することで汚れを落とす(上写真)。ブラシは 5 つのワイパーがついている構造(中央写真)。米国・コンメド社製のディスポーザブルの内視鏡用洗浄ブラシ(下写真)も併用

(写真左)内視鏡洗浄消毒装置「OER-3」(オリンパス㈱製)を使用(写真右)ATP 検査の結果はすべて記録につける

洗浄後、鉗子口挿入部、先端湾曲部、レンズ先端部で ATP 検査を実施。ATP 検査では、検査箇所を専用試薬でふき取った後、測定装置にセットする(右下写真)。10 秒程度で、ATP(アデノシン 3 リン酸)を指標とした清浄度(汚染度)が数値で表示される。

432

Page 8: 消化器内視鏡の感染管理におけるATPふき取り検査の活用事 …...2015年初頭、米国食品医薬品局(FDA) は、十二指腸内視鏡による医療機器事故が多

にくかったり、弱アルカリ性洗剤は長時間の浸漬で内視鏡素

材に影響を及ぼしたり、頑固な油汚れには弱いなど、それぞ

れ一長一短があります。今のところ「万能の洗浄剤」は存在

しないので、当センターでも、日々、試行錯誤を重ねている

ところです。なお、洗剤については、できるだけ新鮮な状態

のものを使いたいので、粉末洗剤を使っています(液体洗剤

は開封後、保管状況により徐々に酸化するなど劣化の可能性

もある)。

それと、器具の外部(表面)に関しては、手でこすり上げ

たときの感触や音も大切にしてほしいです。ヌルヌルした感

触がなくなって、“ キュキュッ ” とした手触りや音になれば、

おそらく洗浄はきちんとできているはずです。その辺りは経験

として身につけていくしかありません。

また、洗浄剤の種類だけでなく、ブラシの選定も大切です。

ブラシの種類としては、管路内での密着度が高く(管路内を

しっかり物理的にこすり上げることができる)、かつ不用意に

管路内を傷つけないものであればよいでしょう(管路内に傷つ

くと、そこに汚れが付着したり、洗い残しにつながる可能性

がある)。それと、毎日使用するものですから、スタッフの肉

体的な負担の軽減も考慮した素材を選ぶことも大切でしょう。

——ATP検査の導入後、洗浄方法の変更などは行いましたか。

阿部 基本的な手順については、特に変更はありません。

ただし、当センターで ATP 検査を導入して以降、院内の

他の部門でも ATP 検査の導入を検討し始めています。今ま

で洗浄マニュアルなどが存在しなかった部門では、マニュア

ルの作成や、手順の標準化などに効果を発揮しているようで

す。すでにマニュアルがある部門では、当センターと同様、

スタッフの意識面での効果が見られているようです。

——ATP 検査には「汚れの数値化はできるが、菌数の測定

まではできない」という側面もあります。

阿部 現在、菌数(生菌数、死菌数)と ATP 検査の測定値

の関係性について、独自にデータを収集しているところです。

菌数と RLU 値と菌数の相関は見られないようですが、「ATP

検査の結果が高ければ、菌数も増える」といった傾向は見ら

れるようです。その一方で、「ATP 検査の結果が低いが、リ

スクの高い微生物が検出される」というケースも見られます。

「生菌の検出ができないから、ATP 検査は有用性が低い」

とは考えませんが、「ここに菌がいる」ということが検出でき

る簡易・迅速な検出法があれば、現場では重宝されるので

はないでしょうか。そうした新技術が開発されることにも期待

をしています。

——ありがとうございました。

目標値は 100RLU 前後で合格、300RLU 前後で不合格と設定している。検査の結果、高い測定値となった場合(左写真では 5287RLU)、その場で再洗浄を行う。再洗浄後、改めて ATP 検査を行う(中央写真は再洗浄後で、337RLU)。適切な洗浄が行われていれば、目標値を下回る数値となるはずである(右写真では30RLU)。「洗浄の結果が、その場で数値化(見える化)できるので、スタッフの意識が顕著に変化した。また、『どのような点に注意して洗浄すればよいか?』という理解も深まった」(阿部主任)

[発行元]

TEL03-5521-5490 FAX03-5521-5498Email: [email protected] 月刊HACCP 2015 年 11月号 61 〜 67 頁より抜粋 ©2015 Kikkoman Corp.(201501101)

カテゴリー No. タイトル 演者

月刊HACCP

発行月

保健所 (行政)

1 食品取り扱い施設における自主管理の推進 名古屋市中村保健所 青木 誠 氏 -

2 保健所における ATP ふき取り検査の活用事例 札幌市保健所 片岡 郁夫 氏 2014 年1 月号

3 菓子製造施設におけるアレルギー対策として ATP 検査を活用 大阪府和泉保健所 衛生課 奥村 真也 氏 2014 年4 月号

4 ATP ふき取り検査とノロウイルス対策 東京都港区みなと保健所 生活衛生課 塚嵜 大輔氏 2014 年5 月号

5 日本食品衛生協会が推奨する「衛生的な手洗い」の普及・啓発活動 (公社)日本食品衛生協会 主任 中村 紀子 氏 2014 年9 月号

給食

1 ATP ふき取り検査を活用した調理厨房の衛生管理 日清医療食品 株式会社 蒲生 健一郎 氏 2013 年9 月号

2 学校給食の調理現場における ATP 検査を活用した衛生管理 女子栄養大学 教授 金田 雅代 先生岐阜県学校給食会 栗山 愛子 氏

2013 年10 月号

3調理現場における衛生管理のポイントとATP 検査を用いた効果的な衛生指導の実例 相模女子大学 教授 金井 美惠子 先生 2013 年

11 月号

4 病院給食の衛生管理と院内感染対策 東京都立多摩総合医療センター 2014 年7 月号

5 管理栄養士の養成における ATP ふき取り検査の効果的活用 実践女子大学 生活科学部 准教授 木川 眞美 先生 2014 年10 月号

6 学校給食センター運営の要は衛生管理 東海食膳協業組合 理事 今川 将宏 氏 2015 年8 月号

外食

1 多店舗化への第一歩。リスクを増やさない衛生管理 NPO 法人 衛生検査推進協会 理事長 前田 佳則 氏 2013 年4 月号

2 なるほど !! と言われる衛生コンサルティングにルシパックが大活躍 (株)くらし科学研究所 村中 亨 氏 2013 年8 月号

3 回転寿司チェーンにおける衛生管理と衛生監査 (株)あきんどスシロー 品質管理室 課長 多田 幸代 氏 2014 年12 月号

工場

1 ATP 測定を活用した洗浄実践ポイントの把握と清浄度改善 白菊酒造株式会社 門脇 洋平 氏 -

2 ATP 測定による簡易・迅速な製品検査の導入事例 守山乳業株式会社 蓜島 義隆 氏 2013 年8 月号

3 髙島屋における品質管理と ATP ふき取り検査の活用事例 株式会社 高島屋 土橋 恵美 氏 2013 年12 月号

4 キッコーマン食品の品質管理体制 キッコーマン食品株式会社 生産本部品質管理部 小川 善弘 2014 年5 月号

5 ATP ふき取り検査による豆乳製造ラインの衛生管理 キッコーマンソイフーズ株式会社 茨城工場 矢沼 由香 2014 年6 月号

6ATP 拭き取り検査を活用した衛生管理指導と洗浄・殺菌操作の改善事例 三重大学大学院教授 福崎 智司 先生 2014 年

8 月号

7 辛子明太子工場における衛生管理  株式会社ふくや 品質保証課 渡部 朗子 氏 2015 年1 月号

8 ライフコーポレーションにおける ATP ふき取り検査の役割 株式会社ライフコーポレーション 野々村 明 氏 2015 年5 月号

医療

1 ノロウイルス対策と感染管理ベストプラクティス 防衛医科大学校 防衛医学研究センター 教授 加來 浩器 先生 2014 年2 月号

2 感染管理の基本は適切な手指衛生から 日本歯科大学東京短期大学 2014 年2 月号

3 環境衛生管理の検証における ATP 検査の効果的な活用事例 馬見塚デンタルクリニック 2014 年2 月号

4 消化器内視鏡の感染管理における ATP ふき取り検査の活用事例 大阪医科大学附属病院 消化器内視鏡センター 2015 年11 月号

その他

1 酪農現場における ATP ふき取り検査の活用事例 北海道デーリィマネージメントサービス有限会社 榎谷 雅文 氏 2014 年1 月号

2 ATP 測定を利用した迅速衛生検査 キッコーマンバイオケミファ株式会社 本間 茂 2014 年3 月号

3 理容業における衛生管理の徹底と ATP ふき取り検査 滋賀県理容生活衛生同業組合 常任理事 小菅 利裕 氏 2015 年9 月号

以下続刊

月刊HACCP 別刷り(ATP ふき取り検査活用事例)一覧

医療分野で使用される器具は、スポルディ

ングの分類に応じて、大きく①クリティカル器具

(無菌の組織や血管に挿入する器具/滅菌が

必要)、②セミクリティカル器具(粘膜または

健常でない皮膚に接触する器具/中水準〜高

水準の消毒が必要)、および③ノンクリティカル

器具(健常な皮膚とは接触するが、粘膜とは

接触しない器具/低水準〜中水準の消毒、ま

たは洗浄や清拭を行う)の 3 種類に分類され、

消化器内視鏡はセミクリティカル器具に該当す

る(表)。

消化器内視鏡が接触する「健常な粘膜」は、

一般的な芽胞による感染に対する抵抗性はあ

るが、抗酸菌やウイルスなどその他の微生物

には感受性があることから、内視鏡を再生使

用する前には適切な洗浄・消毒を行う必要が

ある。内視鏡の不十分な洗浄・消毒を原因と

する感染症も発生していることから、日本消化

器内視鏡学会や日本消化器内視鏡技師会など

では、内視鏡の洗浄・消毒に関するガイドライ

ンを作成している。また、日本環境感染学会、

日本消化器内視鏡学会、日本消化器内視鏡技

師会の 3 学会合同による「消化器内視鏡の洗

浄・消毒マルチソサイエティガイドライン」な

ども作成されており、内視鏡を使用している医

療施設では、これらのガイドラインを参考とし

て、各現場の実情に合わせた洗浄・消毒マニュ

アルを作成し、感染管理の徹底を図っている。

2015 年初頭、米国食品医薬品局(FDA)

は、十二指腸内視鏡による医療機器事故が多

数報告されていることを受け(2013 〜 14 年

現地ルポ 消化器内視鏡の感染管理における ATP ふき取り検査の活用事例〜「見えない汚れ」を客観的に数値化、意識改革に絶大な効果〜

大阪医科大学附属病院 消化器内視鏡センター

の 2 年間で 75 例が報告された。詳細は後述)、多剤耐性菌の伝播を防止

するために、十二指腸内視鏡の洗浄・消毒の徹底を求める文書を発行した。

内視鏡の洗浄・消毒は、公衆衛生の観点から極めて重要な課題として認識

されている。

大阪医科大学附属病院(所在地・大阪府高槻市、黒岩敏彦病院長)内

の中央診療部門として設置されている消化器内視鏡センターでは、内視鏡

の自動洗浄・消毒装置を導入し、すべての内視鏡検査に対して高水準消毒

を行い、洗浄履歴管理システムにより消毒の管理を行うなど、内視鏡の安

全に対して積極的に取り組んでいる(図 1)。しかし、消毒装置だけで汚れ

が完全に落とせるわけではない。(装置を使用する前に)人の手による一

次洗浄(予備洗浄)でしっかりと汚れを落としておかなければ、自動装置

は期待されるような効果を発揮できない。そこで、同センターでは、一次

洗浄後の清浄度評価のツールとして、ATP ふき取り検査(以下、ATP 検査)

を導入している。

本稿では、同院消化器内視鏡センターの阿部真也主任に、消化管内視鏡

の洗浄評価において ATP 検査を導入した経緯や効果についてうかがった。

※編注:本稿に掲載する写真は大阪医科大学付属病院にて撮影したもの、図2~3は日本消化器内視鏡技師会「内視鏡の洗浄・消毒に関するガイドライン」(第2版)より引用したものである。

分類 対象 消毒の水準 消毒方法 処置具

クリティカル(危険) 無菌の粘膜 滅菌 高圧蒸気滅菌、EOG 滅菌、過酸化水素ガスプラズマ滅菌 生検鉗子、スネア

セミクリティカル(やや危険)

正常の粘膜や傷のある皮膚 高水準消毒 過酢酸、フタラール、

グルタラール 内視鏡

ノンクリティカル(危険ではない) 傷のない正常な皮膚 低水準消毒/洗浄 消毒用エタノールなど 血圧計のカフ

表 スポルディングの分類

消化器内視鏡センターの阿部真也主任

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