「青少年教育施設を活用した ネット依存対策研究事...
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「青少年教育施設を活用したネット依存対策研究事業」
近年、スマートフォン等の新たな情報機器の普及に伴い、インターネットの長時間利用による生活習慣の乱れ等が指摘されており、いわゆる「ネット依存」への対応が求められている。
このため、国立青少年教育振興機構では、文部科学省の委託を受けて、ネット依存の青少年を対象に、昨年8 月に 8 泊 9 日の宿泊体験事業を実施し、どのような効果があるかを調査研究した。
本事業は、国立青少年教育振興機構が国立久里浜医療センターと連携することで、治療としてだけでなく、教育的観点も取り入れた体験活動プログラムを実施し、医療と教育の融合を図った。
なお、ネット使用時間が短くなったことはキャンプ全体の効果として捉えられるものの、直接的効果が認められないことから、今後引き続き、プログラムの効果について検証が必要である。
1.事業の背景 青少年のスマートフォンを所有する割合やインターネットの平均的な利用時間が増加傾向にあり、いわゆるネット依存への対策が喫緊の課題となっている。
2.青少年教育施設を活用したネット依存対策研究事業の趣旨 青少年教育施設を活用し、ネット依存傾向の青少年を対象とした自然体験や宿泊体験プログラムの実施を通じたネット依存対策を図る。(文部科学省委託要領・公募要領から)
3.研究仮説①ネット依存治療の最終的な目標は、「インターネットの使用がなくなる」又は「インターネットの使用頻度が減る」
ことであるが、本事業への参加が、基本的な生活習慣を取り戻し、日常生活を改善するきっかけとなる。②長期間、ネットから離れることで、ネットやネットゲームへの関心が減少するであろう。
4.期待される効果①参加者自身の意識の変化②ネット依存状態からの脱却(ネット以外の他の活動への興味)のきっかけ③集団宿泊生活による基本的生活習慣の確立④周囲との直接的コミュニケーションによる楽しさの感受⑤人とのふれあいによる感受性・社会性の向上
5.プログラム企画の基本的な考え方①国立久里浜医療センターと連携し、韓国のレスキュースクールを参考に日本版レスキュースクールの試行事業
として実施。②治療としてだけでなく、教育的観点も取り入れ、体験活動を通じたプログラム内容とする。
6.メンター ※期間中参加者とマンツーマンで行動した学生ボランティア等のこと。 国立青少年教育振興機構の法人ボランティア 10 名 (法人ボランティアとは、国立青少年教育振興機構が定めた共通カリキュラムを受講したボランティアのことである。)
1 「青少年教育施設を活用したネット依存対策研究事業」報告書
7.事業の概要 ※プログラムの詳細は、3ページ・4 ページ
(1)セルフチャレンジキャンプ(メイン)①日程:8 月 16 日(土)~ 24 日(日) 8 泊 9 日②場所:国立中央青少年交流の家(静岡県御殿場市)③参加者:男子 10 名(中 1:1 名、中 3:1 名、高 1:1 名、高 2:2 名、高 3:4 名、大 1:1 名)④主なプログラム:機構が「仲間づくりの活動」「富士山トレッキング」「野外炊事」等の体験活動を実施し、久
里浜医療センターが「認知行動療法」「カウンセリング」「家族会」を実施。
(2)フォローアップキャンプ①第1回日程:11 月 15 日(土)~ 16 日(日) 1 泊 2 日
第2回日程: 1 月 17 日(土)~ 18 日(日) 1 泊 2 日②第1・2回場所:国立中央青少年交流の家(静岡県御殿場市)③第1回参加者:男子 9 名(中 1:1 名、中 3:1 名、高 1:1 名、高 2:1 名、高 3:4 名、大 1:1 名)
第2回参加者:男子 8 名(中 1:1 名、中 3:1 名、高 1:1 名、高 2:2 名、高 3:2 名、大 1:1 名)
8.事業の成果(1)体験活動プログラムに対する感想
・中高校生の男子にとって、富士山トレッキングは、達成感を味わえるプログラムだった。・決められたプログラムだけでなく、活動内容をみんなで決めるオリジナルプログラムは、自主性を尊重する上で
よかった。・野外炊事のプログラムを繰り返し実施したことにより、家庭で料理の時間や家事の手伝いをする時間が増え、ネ
ットの使用時間が減った。 ・富士山トレッキングやアスレチック活動をみんなで成し遂げたことで、忍耐力がついた。・朝のつどいに参加したことによって、朝起きて朝食をとるようになった。
(2)メンターによる効果・メンターとの関わりを通して、他のメンバーやメンターとのコミュニケーションが増えた。・メンターとの関わりから、言動が積極的になった。
(3)キャンプ後の保護者の感想・机に座り、勉強を1日1時間するようになった。・挨拶ができるようになった。・帰宅後、これまでの生活態度がガラリと変わり、学校へも毎日通学している。・基本3食食べるようになった。・依然として長時間ネットを使用しており、特に変化は見られない。
2「青少年教育施設を活用したネット依存対策研究事業」報告書
富士山講話
休憩
入浴準備洗濯等
着替・休憩
入浴準備洗濯等
入浴
認知行動療法
入浴・洗濯
終わり の会家族会
片づけ清掃
野外炊事(カレー) 親子で昼食
キャンプのまとめメンターからメッセージ 野外炊事(バーベキュー)交流活動 入浴
日誌記入
カウンセリング
創作活動(フォトフレーム作り) 昼
食休憩
ネット依存学習
アスレチックに挑戦 ワークショップ(ネットとの関わり)
夕食
日誌記入個人時間
富士山トレッキング【富士宮口 ~御殿場口】休憩・洗濯
夕食
日誌記入個人時間
野外炊事(ピザ)オリジナルプログラム(みんなで話し合い、
自由に過ごす)カウンセリング 夕
食認知行動療法
ネット依存学習 野外炊事
(流しそーめん)オリジナル料理考案食材買い出し夕食調理メンター
個人面談
ウォーク ラリー(施設外)
ネット依存学習
カウンセリング 夕食
富士山トレッキング【洞窟探検】 休憩
野外炊事(カレー)
部屋の整理整頓・一日のまとめ
等
消
灯
家族会
起床・部屋の整理整頓
朝のつどい
朝
食
認知行動療法
仲間づくりの活動(チャレンジ・ザ・ゲーム、サイクルタイムパズル 等)
昼食
日誌記入・個人時間
入浴
日誌記入個人時間
認知行動療法
テント泊準備星空観察日誌記入個人時間
日誌記入個人時間
受付
はじめの会オリエンテーション
施設見学休憩
仲間づくりの活動(アイスブレイク)
夕食 認
知行動療法
休憩 入浴
準備・洗濯等
入浴
朝のつどい
朝食
起床片づけ清掃
認知行動療法雪上プログラム
消灯
オリジナルプログラム(軽スポーツ・魚釣り)
認知行動療法
夕食調理夕食
入浴個人時間1日のまとめ家族会
受付・オリエンテーション
カウンセリング
昼食 キャンプまとめ
1日目
2日目
3日目
4日目
5日目
6日目
7日目
8日目
9日目
1日目
2日目
8/16
8/17
8/18
8/19
8/20
8/21
8/22
8/23
8/24
11/151/1711/161/18
土土日日
土
日
月
火
水
木
金
土
日
※ 両キャンプとも色塗り部分のプログラムは国立久里浜医療センターが担当、その他は国立青少年教育振興機構が担当した。
プ ロ グ ラ ム 内 容1.メインキャンプ
2.フォローアップキャンプ
プログラム内容
3 「青少年教育施設を活用したネット依存対策研究事業」報告書
❾❶
❸
❾
❹
❷
❶
❷
❸
❹
❹
❺ ❺
富士山講話
休憩
入浴準備洗濯等
着替・休憩
入浴準備洗濯等
入浴
認知行動療法
入浴・洗濯
終わり の会家族会
片づけ清掃
野外炊事(カレー) 親子で昼食
キャンプのまとめメンターからメッセージ 野外炊事(バーベキュー)交流活動 入浴
日誌記入
カウンセリング
創作活動(フォトフレーム作り) 昼
食休憩
ネット依存学習
アスレチックに挑戦 ワークショップ(ネットとの関わり)
夕食
日誌記入個人時間
富士山トレッキング【富士宮口 ~御殿場口】休憩・洗濯
夕食
日誌記入個人時間
野外炊事(ピザ)オリジナルプログラム(みんなで話し合い、
自由に過ごす)カウンセリング 夕
食認知行動療法
ネット依存学習 野外炊事
(流しそーめん)オリジナル料理考案食材買い出し夕食調理メンター
個人面談
ウォーク ラリー(施設外)
ネット依存学習
カウンセリング 夕食
富士山トレッキング【洞窟探検】 休憩
野外炊事(カレー)
部屋の整理整頓・一日のまとめ
等
消
灯
家族会
起床・部屋の整理整頓
朝のつどい
朝
食
認知行動療法
仲間づくりの活動(チャレンジ・ザ・ゲーム、サイクルタイムパズル 等)
昼食
日誌記入・個人時間
入浴
日誌記入個人時間
認知行動療法
テント泊準備星空観察日誌記入個人時間
日誌記入個人時間
受付
はじめの会オリエンテーション
施設見学休憩
仲間づくりの活動(アイスブレイク)
夕食 認
知行動療法
休憩 入浴
準備・洗濯等
入浴
朝のつどい
朝食
起床片づけ清掃
認知行動療法雪上プログラム
消灯
オリジナルプログラム(軽スポーツ・魚釣り)
認知行動療法
夕食調理夕食
入浴個人時間1日のまとめ家族会
受付・オリエンテーション
カウンセリング
昼食 キャンプまとめ
1日目
2日目
3日目
4日目
5日目
6日目
7日目
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9日目
1日目
2日目
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※ 両キャンプとも色塗り部分のプログラムは国立久里浜医療センターが担当、その他は国立青少年教育振興機構が担当した。
プ ロ グ ラ ム 内 容1.メインキャンプ
2.フォローアップキャンプ
プログラム内容
4「青少年教育施設を活用したネット依存対策研究事業」報告書
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❻ ❻
❼
❼
❽
❾
インターネットゲーム障害に対するチャレンジキャンプの効果研究
独立行政法人国立病院機構久里浜医療センター責任著者 佐久間 寛之
【要旨】 ネット依存傾向のある男性 10 名に対し、アクティビティプログラムと依存症治療アプローチを組み合わせたチャレンジキャンプを施行し、その結果を検証した。ゲーム・ネットサービス利用時間は 3 ヶ月後でも有意な改善が見られ、自己効力感尺度のうち実行(実際に改善行動を起こせる感覚)も有意に改善した。ネット依存に対してチャレンジキャンプの効果が確認できた。また病識および迷いと推定罹病年齢との間に関連が見られ、低年齢発症ほど問題解決が困難である可能性が示唆された。
【はじめに】 インターネットゲーム障害 (Internet gaming disorder1) )はインターネットのさまざまなサービス、とりわけインターネットを介したゲーム ( 通称ネットゲーム ) へ過剰にのめり込み、その結果として身体、精神、社会的な側面に障害を生ずる疾患である。ネット依存は近年、ますます注目を集めるようになった。 韓国では治療アプローチとして、政府主導で治療キャンプ ( レスキュースクール ) を施行している 4)。韓国中央省庁の青少年福祉院が主宰し、ネット依存の対象者が 11泊 12 日のキャンプに参加し、作業療法、運動療法、各種セラピーやアクティビティを通じてネット依存からの脱却を目指すというものである。レスキュースクールは2007 年から行われており、ネット依存に対して一定の効果が確認されている 4)。本邦でもネット依存に対して久里浜医療センター(以下、当院)をはじめ、さまざまな治療アプローチが行われてきた。しかし治療効果の検証はまだ始まったばかりであり、今後さまざまな治療アプローチに対して効果検証が必要である。今回、韓国のレスキュースクールをひな形に、日本版レスキュースクール ( 以下、チャレンジキャンプ ) が実施された。本事業は文部科学省委託事業であり、国立青少年教育振興機構
が受託実施、当院が協力を行った。今回、その治療効果を検証したので報告する。
【目的】 本研究の主たる目的は、ネット依存に対するチャレンジキャンプの効果を検証することである。また副次的な調査目的として、測定した因子間の関連を調べる。
【対象】 対象者はネット依存傾向にある男性 10 名である。参加者のプロフィールを表 1 に示す。参加者および保護者には口頭および文書で研究の目的、手法、予想される不利益などを説明し、参加者本人および保護者の両方から文書で同意を得た。また本研究は久里浜医療センター倫理委員会の承認を得て実施した。
【評価方法】 評価項目を以下に示す。ベースライン評価はチャレンジキャンプ参加前に行い、エンドポイント評価はチャレンジキャンプ終了直後またはチャレンジキャンプ終了3 ヶ月後に行った。項目によってエンドポイントを別に設定したのは以下の理由による。1. 自己効力感尺度は終了後しばらく経つと、実生活や他
の治療の影響など、さまざまな夾雑要因が上乗してくる可能性が高く、介入直後の評価が望ましいこと。
2. ネット使用時間は介入直後ではほとんどゼロになるため、介入の持続効果が確認される 3 ヶ月程度あとが望ましいこと。
なお、チャレンジキャンプ終了 3 ヶ月後の調査は、本キャンプに引き続いて行われたフォローアップキャンプ開始時に施行した。
人数 性別 平均年齢 状態 ゲーム /ネット開始年齢 推定罹病年齢 IAT スコア DQスコア 精神科合併症
10 すべて男性 16.2 ±2.15歳
入院3在宅7
9.1 ±4.0 歳
13.6 ±0.89歳
58.4 ±10.47
5.8 ±3.58
あり8なし2
表 1 参加者基本データ
5 「青少年教育施設を活用したネット依存対策研究事業」報告書
【使用時間】 1 日あたりのゲーム・ネットサービス利用時間 ( 単位 :時間 )、一週間あたりのゲーム・ネットサービス利用日数 ( 単位 : 日 )、一週間あたりの合計ゲーム・ネットサービス利用時間(単位 : 時間)をチャレンジキャンプ参加前(入院中の者は入院前)、およびチャレンジキャンプ終了後 3 ヶ月後の時点とで比較した。
【自己効力感】 自己効力感尺度である SOCRATES(The Stages of Change Readiness and Treatment Eagerness Scale)を使用した。これは依存症の非薬物治療効果に対してよく用いられる尺度の一つで、問題認識の深度や援助に対する必要性の認識を知ることができる2, 3)。病識(recognition: Re)、 迷 い(Ambivalence: Am)、 実 行 (Taking Steps: Ts) の 3 領域のスコアを調べた。病識 (Re) は依存行動に関して問題認識を持っており、自分自身変わりたいと思っているかどうかを表している。迷い (Am) は依存行動に関する問題を持っているのではないかという迷いを表している。実行(Ts)は自身の依存行動に対してどの程度前向きな行動を取り始めているかを示す。この項目の高値は依存行動をやめることの予測因子であることが知られている 5)。
【結果】 ゲーム使用時間の結果を図 1 に示す。チャレンジキャンプ終了後、一日あたりのゲーム・ネットサービス利用時間、一週間の合計ゲーム・ネットサービス利用時間に有意な減少がみられた(一日あたり使用時間 : p=0.0292、一週間あたり使用時間 : p=0.0216)。一週間あたりの利用時間はキャンプ前が平均 6.7 日 / 週、キャンプ後が 6.5日 / 週と、ほぼ同じであった。
次に SOCRATES の結果を図 2 に示す。病識、迷いでは有意な差は認められなかったが、実行において有意差が認められた (p=0.0078)。
図 1 ゲーム・ネットサービス利用時間の変化
図 2 自己効力感の変化
人数 性別 平均年齢 状態 ゲーム /ネット開始年齢 推定罹病年齢 IAT スコア DQスコア 精神科合併症
10 すべて男性 16.2 ±2.15歳
入院3在宅7
9.1 ±4.0 歳
13.6 ±0.89歳
58.4 ±10.47
5.8 ±3.58
あり8なし2
参加前 標準偏差 参加後 標準
偏差 T値 p値
ゲーム時間Hour/day 10 3.1 6.78 2.73 -2.21 0.029*
ゲーム日数Day/week 6.7 0.67 6.5 0.88 -1.49 0.912
ゲーム合計時間Hour/week 71.11 25.28 41.28 19.9 -2.40 0.021*
図 3 迷い (Am) と推定罹病年齢の関連
図 4 病識 (Re) と推定罹病年齢の関連
また測定項目間相互の関連については、迷いと推定罹病年齢の間に関連が見られ(p=0.0170)、病識と推定罹病年齢との間にも関連が見られた (p=0.0254)。図 3、図 4に示す。
0
10
20
30
40
50
60
70
80
3
24.6 26.7
12.8 14
19.4 27
0
5
10
15
20
25
30
6「青少年教育施設を活用したネット依存対策研究事業」報告書
【考察】 キャンプ終了後、一日あたりの利用時間、一週間の総利用時間で有意な減少をみた。チャレンジキャンプの効果が実際にネット使用時間の減少につながったものと考えられる。利用時間調査のエンドポイントはキャンプ終了後 3 ヶ月であり、キャンプの効果が持続しているものと考えられる。 また自己効力感尺度の実行(Ts)で有意な改善が見られた。この項目は実際に問題を解決できる、問題解決が可能であるという自己効力感を示している。一般に依存症では自己効力感が低下している場合が多い。依存が深まると同時に社会や周囲との摩擦が起き、関係破綻が進んでいく。依存がもたらした社会的孤立は依存行動をさらに深めると同時に、問題を自分が解決可能だという感覚を減弱させる。今回、キャンプ前は参加者の実行スコアは平均 19.4 であったが、終了時には平均 27 と、大きな改善を示した。これはキャンプのアクティビティプログラムを通じて「困難に思えたことを達成できた」「実現不可能に思えたこともアプローチを工夫することで解決できた」という達成体験を持てたこと、またさまざまなレクチャーや認知行動療法セッションなどの治療的アプローチが集中的に行われたことが相乗的かつ合目的的に作用したものと思われる。単にアクティビティを体験するだけでは一過性の開放感、達成感で終わった可能性があるが、アクティビティと治療的アプローチを組み合わせることで、キャンプが単なる野外体験活動ではなくネット依存を解決するためのアプローチであることを意識づけ、動機づけていったものと思われる。集中的な認知行動療法、カウンセリングによる動機づけの深化はそれだけでも効果的であるが、キャンプという非日常体験の中で参加者、スタッフが緊密な一体感を形成したことがより効果を高めたのかも知れない。また、キャンプ全体を通じて同じ立場のメンバー同士で仲間意識を持てたことも実行尺度の改善に大きく寄与したものと思われる。依存症治療に自助グループが効果的であることは古くより知られているが、メンバー同士による自助効果、
相互支援作用も実行尺度の改善に貢献したのかも知れない。 一方、SOCRATES の迷い、病識尺度と推定罹病年齢との間に正の関連が見られた。罹病年齢が若いほど病識に乏しく、依存行動、問題行動に対する迷いが少ない。年齢が高いほど、ある程度問題認識を持ち、自身の行動に対して迷いの行動がある。アルコールや薬物などの物質依存でも、低年齢での発症は予後不良因子であることが知られている。今後、低年齢での発症を予防していくことがネット依存でも必要なのかも知れない。 本研究の限界であるが、例数が 10 例と少なく、統計的な根拠は十分とは言えない。今後、さらに例数を増やして検証する必要がある。また参加者の多くはキャンプ終了後もゲームやネットサービスを継続しており、保護者の期待に十分に応えているとは言いがたい。改善したのはあくまで「やればできる感覚」であり、それを実際の行動改善、例えば不登校の改善、ゲームアカウントの削除、保護者や周囲との関係改善と言ったものにつなげていくには、継続的な支援、治療が必要である。サービス利用時間は改善しているものの、キャンプ後も平均日数は 6.5 日 / 週と、ほぼ毎日ゲーム、ネットを行っていることがうかがえる。キャンプは変化への契機であり、
「変わることができる感覚」を「変化の行動」へと移していく必要があると思われる。
【まとめ】 ネット依存の男性 10 名に対し、アクティビティプログラムと依存症治療アプローチを組み合わせたチャレンジキャンプを施行し、その結果を検証した。ゲーム・ネットサービス利用時間は 3 ヶ月後でも有意な改善が見られ、自己効力感尺度のうち実行(実際に改善行動を起こせる感覚)も有意に改善した。ネット依存に対してチャレンジキャンプの効果が確認できた。また病識および迷いと推定罹病年齢との間に関連が見られ、低年齢発症ほど問題解決が困難である可能性が示唆された。
1) American Psychiatric Association: DSM-5 精神疾患の診断・統計マニュアル . 医学書院 , 2014.2) Easton, C, Swan, S, Sinha, R: Motivation to change substance use among offenders of domestic violence. J Subst Abuse Treat 19: 1-5, 2000. Hall, AS, Parsons, J: Internet addiction: College student case study using best practices in cognitive behavior therapy. Journal of Mental Health Counseling 23: 312-327, 2001.3) Hunter-Reel, D, McCrady, BS, Hildebrandt, T et al.: Indirect effect of social support for drinking on drinking outcomes: the role of motivation. Journal of studies on alcohol and
drugs 71: 930-937, 2010.4) Koo, C, Wati, Y, Lee, CC et al.: Internet-addicted kids and South Korean government efforts: boot-camp case. Cyberpsychology, behavior and social networking 14: 391-394,
2011.5) Miller, WR, Tonigan, JS: Assessing drinkers' motivation for change: The Stages of Change Readiness and Treatment Eagerness Scale (SOCRATES). Psychology of Addictive
Behaviors 10: 81, 1996.
7 「青少年教育施設を活用したネット依存対策研究事業」報告書
■ 認知行動療法とは●認知行動療法(cognitive behavioral therapy)は 1970 年代後半に Aaron T. Beck らによってうつ病の
精神療法の一技法として開発された●今までの出来事や物事に対する認知を自分自身で検討し、その認知を変えることで自分の行動や感情、生活を
改善しようとする治療法● 1980 年代以降、適応が広がり、統合失調症や強迫性障害、パニック障害、PTSD などの不安障害、摂食障害、
アルコール依存症、人格障害など、様々な精神疾患の治療に応用されている
8「青少年教育施設を活用したネット依存対策研究事業」報告書
直接的に働きかけるもの 間接的に働きかけるもの集団認知行動療法→今までのネットの使い方を客観的に見直し、過剰使用に戻らない対処方法をみつける
規則正しい生活→昼夜逆転からの脱却・睡眠障害の改善
ネットの過剰使用に関する講義やワークショップ→ネットの過剰使用が我々の心身に及ぼす影響を知る
集団宿泊生活→役割をはたす責任感や仲間から認められる自信など
ネットのない環境での共同生活→ネットから一定期間離れることで、競争心をクールダウンする
様々な自然体験活動へのチャレンジ→困難から逃げず、乗り越える自信をつける
様々な自然体験活動→ネット以外の楽しい活動をみつける
メンタ―との関係→困った時に誰かに相談できる対話力をつける
認知行動療法と参加者の変容
独立行政法人国立病院機構久里浜医療センター責任著者 三原 聡子
同じ状況ですべての人が同じ考えをもち、同じ行動をとるわけでは ありません。その人の考え方のくせのことを認知といいます。
刺激 出来事 状況
認知 思考 イメージ
反応 行動 感情
(Activating event Belief) (Consequence)
A B Cひまな時間
ゲームをすれば気分転換に
なる
オンラインゲームをはじめる
ひまな時間 最近、運動してないので 体を動かそう
散歩に 出かける
ネットではどうでしょうか? 刺激・状況 認 知 行動・感情
!!
1 8 17
2 8 18
3 8 19
4 8 20
5 8 21
6 8 22
7 8 23
ケース:A 君 14 才 中学 3 年生 男性
その他のメンバーの変化
9 「青少年教育施設を活用したネット依存対策研究事業」報告書
■ キャンプ前の生活 中高一貫の進学校に入学。中 1 の 1 学期の中間テストの点数が悪かったことをきっかけに、突然、学校を休み始め、中1の 7 月からは完全に不登校となった。月に 2~ 3 回ほど、好きな釣りに行く以外は、ほとんど家に引きこもったままの生活で、中 1 の 10 月頃からは深夜 2時 3 時までオンラインゲームをし、13 時頃起きる生活となる。登校をうながすと、「車に飛び込んでやる」など、脅しか本気かわからないようなことを言うようになった。やたら甘いものを欲するなど、偏食がひどくなった。中 3 の 4 月に一時通学を再開し、学習しようとがんばっていたが、中 3 の 6 月から再び不登校となった。
■ キャンプへの参加の経緯 もともと地元で精神科に通院、服薬中。そちらの病院では、ネット依存に関しては治療できないので、久里浜へとコンサルトされ、久里浜へ相談があった。当院より、合宿治療の試みがあることを伝えたところ、両親が是非参加させたいと、本人を説明会に連れてきた。本人は、「大好きな釣りができるかもしれないし、キャンプに参加したい」と述べていた。
■ キャンプ中の様子 キャンプ開始当初は、他のメンバーともあまり会話もせず、プログラムにも当たり障りなく、問題を起こさず、表面的に合わせているだけのような印象であった。日がたつにつれ、徐々に笑顔も見られるようになり、口数も増えていき、他メンバーやメンターとの交流も増えていった。認知行動療法の中でも積極的に挙手して発言する姿もみられるようになった。「ネットの使用時間を比較すると学校に行っているかいないかで大きく違ってく
るので、ネット依存を脱却するには安定的な登校をすることが必要不可欠」と洞察された。
■ キャンプ後の生活 本キャンプ終了後の中 3 の 9 月より、電車で片道約2時間かかる学校に転校し、通い始めた。家に帰るとすぐにオンラインゲームをすることは変わりないが、24 時には終了して寝ることを家族と約束し、実行している。表情が明るくなり、偏食もなくなった。フォローアップキャンプ時には、本人より
・学校は、ほとんど休まず登校していること。・現在の学校での生活では、体育祭実行委員に立候補
したり、漢検も取得したこと。・資格をなるべくたくさん取得すること、いつか大学
へ入学することが目標。との話があった。
■ 考 察 A 君の場合、もともと自他ともに認める完璧主義で、進学校の中でも勉強を頑張っていたが、それでも成績が思うようでなかったことをきっかけに、緊張の糸が切れるように不登校となり、それをきっかけとしてオンラインゲームへのめりこんでいった。キャンプ中の認知行動療法では、積極的に挙手して自分の意見を述べていた。不登校前には成績もよく、積極的であった A 君にとっては、集団の中で積極性を発揮し、自分の意見を発言し、それを受け入れられる体験は、久々に自信を取り戻す経験だったのではないだろうか。合宿前、2 年近く、家に引きこもったままオンラインゲームを続けた生活から、合宿後、毎日休まず学校に通学する生活に、大きく変化した。
B君 16歳 高校1年生 中高一貫校在学。中 2 より一日 10時間ネット。中 3不登校。高 1留年し当院受診。2回目の高 1も休みがちであった。「よくあるキャンプだから適当に周りの人と仲良くしてれば終わると思って」参加。CBT ではネット以外の何かをすれば自然とネットの時間が減ると洞察。「将来は教師になる」と述べる。合宿後、登校再開。
C君 18歳 高校3年生 県下一の進学校在学。高 1で自分のスマートフォンを購入、高 2でタブレットを使用し始め不登校、高 3で遅刻欠席が多く、成績低下。CBT ではネットを減らした時の害が思った以上に少なかった、現実で起こっていることから目を背けたいためにネットを使用した、と洞察。合宿後、遅刻欠席が減った。2回目のフォローアップキャンプにはセンター受験のため欠席。
D君 17歳 高校2年生 中学時代いじめを受け不登校気味。高1の 6月より朝起きられず不登校。昼夜逆転しネット依存状態に。サポート校に入学し週 1回通学。CBT では warming-up で 1 位になったり、自らすすんで挙手し発言。ネット以外の活動として、家での手伝いを挙げていた。合宿後は積極的に話すようになる。家でも日中起きて手伝いをするようになっているとのこと。
※個人が特定されないように内容を大幅に変更している
【事業企画運営委員会】
10「青少年教育施設を活用したネット依存対策研究事業」報告書
※個人が特定されないように内容を大幅に変更している 本事業を実施するにあたり、青少年教育振興機構に事業企画運営委員会を設置し、以下の内容について検討した。
○ 終わりの会で、参加者から感謝の言葉が出たことで、人間的な成長がキャンプを通して芽生えたのではないか。
○ 文部科学省が提示した「1 週間程度」という期間の中で、8 泊 9 日という日数は適当であったと思われる。○ 参加者を集めるのが、大変であった。家族は是非参加させたいが、本人は絶対に行きたくないという状
況であった。ただし、今年のキャンプを踏まえて、来年度は自信をもって説得できる。○ 対象をどういった人に絞るのかが重要で、参加者の年齢や発達障害などの合併症を考慮するなど、医療
機関を通したスクリーニングをする必要がある。○ このキャンプは、参加すれば全てが改善するというものではなく、「変化のきっかけである」、という認
識が大切である。○ キャンプ後、自分の気持ちを他人に伝え、よく話すことができるようになり、コミュニケーションスキ
ルが高まったといえる。○ 常用薬がある参加者は、長期にわたるキャンプ期間中の薬の管理が難しい。キャンプのプログラムを作
成する段階から、参加者の常用薬の状況を考慮する必要がある。薬を管理する専門職、看護師の常駐が望ましい。
○ 参加者とメンターとの性別の兼ね合いについて検討する必要がある。メリット・デメリット、両方あるため、来年度、例えば、同性のメンターでやってみて、検証し考察してみてもよいかもしれない。
○ メンターに対して、認知行動療法など医療に関する事前研修をする必要がある。
■ 事業企画運営委員会の検討経過日時 事業企画運営委員会の検討内容
第1回事業企画運営委員会
5月 26 日・本事業の基本方針(ねらい及び到達指標)について・本事業の共通プログラムについて・本事業の共通評価指標について
第2回事業企画運営委員会
7月3日
・事業の到達目標と共通評価指標について・インターネット依存度を図る方法(指標)について・プログラム中におけるネット等の断絶レベルについて・プログラム中の取材のあり方について・事業実施施設からの報告及びプログラムの視察について
第3回事業企画運営委員会
2月 20 日
・事業報告 ( メインキャンプ、フォローアップキャンプ ) について・研究結果について・まとめと意見交換・平成27年度事業について
■ 事業企画運営委員名簿(50 音順、敬称略、◎は主査) 桑崎剛(熊本市立総合ビジネス専門学校)、佐久間寛之(国立病院機構久里浜医療センター)、杉森伸吉
(東京学芸大学)、◎樋口進(国立病院機構久里浜医療センター)、松村純子(国立青少年教育振興機構本部)、三原聡子(国立病院機構久里浜医療センター)、山岸仁(国立青少年教育振興機構本部)、吉野達也(国立中央青少年交流の家)
■ 今後の事業実施に向けた委員からの主な意見(第3回委員会より)