有蓋通路(passages vivienne)における内外の干渉性を用い...

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指導教員 吉松 秀樹 教授                        8ACBM014 坂田 旭 有蓋通路(Passages Vivienne)における内外の干渉性を用いた建築 1. 研究の背景と目的 1-1. 有蓋通路 Passages Vivienne での体験 「有街通路」 (図 1)は内と外が入り交じる空間である。 中でもパリの Passages Vivienne(注 1)は閉鎖的でありな がら外部を感じ、他と異なる印象を持った(図 2) 1-2.「外部的内部」と「内部的外部」  Vivienne は仮に無開口でも外部と感じるのではない だろうか。開口の大きさだけではなく、複雑な要素によ り内外が認識されていると考える(図 3) 1-3. 内外の干渉性 干渉性とは物理学において複数の波が重なり合い、強 め合い弱め合うことをいう(注 2) 有蓋通路式商店街また「内部」、「外部」、「内部的外部」、「外部的内部」と いう認識が対立し、空間の印象を変化させていることか ら、「内外の干渉性」として捉えることができる(図 4) 1-4. 目的 本修士設計は、有蓋通路の考察から導いた「内外の干 渉性」を発展させ、パリの Passages Vivienne における 「外部的内部」性を目指すとともに、「内部」「外部」「内 部的外部」「外部的内部」の 4 種類の空間認識が揺れ動 く建築空間を提案するものである。 2. 内外の干渉性と建築 2-1. 内外の干渉の要因 有蓋通路において内外の干渉性が感じられるのは、 「内 外の反転認識」と「内外の階調認識」が要因として挙げ られる。また、それらと関係深い5つの要素に着目する (図 5-01 ~ 05) 2-2. 既存建築における内外の干渉 既存建築から、仕上げにより立面を反転させるもの(図 6-A,B) 、仕上げ材により断片的な角をつくるもの(図 6-C) L 字の変形により外部情報を制限しつつも外部の印象を 連続的に認識させるもの(図 6-D) 、に着目する。 干渉が弱い 内部 内部的外部に近い 外部 干渉が弱い Close 外部に対する 内部の干渉 内部に対する 外部の干渉 ガレリア、アーケード Passages Vivienne もともと街路だった ところに天蓋を架け 、外部を内部的なも ので囲ったもの。 街区を抉ったもの。 内部に外部的な空間 を挿入したもの。 外部的内部に近い 外部的内部 建築の立面がないために、内部の仕上げを 立面のように扱い、内外を反転させている。 外部の印象が強い空間に、内部の仕上げ材 を用いることで内外を反転させている。 天井と床の仕上げをずらすことで、内部空 間をつくる角を断片的に認識させている。 U の字をプランに採用することで、内外の階 調をあげている。 調調調外部的内部 内部仕上げ 立面 屋根 立面の反転 山川山荘 / 山本理顕 A 立面の反転 ドラゴンリリーさんの家 / 山本理顕 B 断片的な角 マイレア邸 / アルヴァー・アールト C 外部情報の制限と連続性 中野本町の家 / 伊藤豊雄 D L 天井材 床材 少し閉じたもの/Passages Vivienne 完全に閉じたもの 開口を完全に開いたもの 外部的内部 内部的外部 外部的内部に近い 内外の認識が曖昧なPassages Vivienneはカフェの一角であり、抜け道的存 在であり、遊歩の空間でもあり、人々に多様な目的を与える空間である。 スケールのギャップ / ガレリア 立面の反転 / 有蓋通路全般 L 字による外部情報の制限と連続 /Vivienne 01 有蓋通路は身体的なスケールと都市 的なスケールが対比することで外部 を内部のように感じさせる。 有蓋通路は天蓋が架かかった内部 に、建物の立面が向くことで、より 外部のように感じさせる。 02 03 05 04 距離感の振れ幅 / アーケード型商店街 断片的な角 / パサージュ アーケード商店街は建物同士の隙間か ら外部が垣間見えることで外部を遠く 感じ、外部を内部的に感じさせる。 Vivienne は L 字のプランによ り、人の動きとともに、内部 的外部、外部的内部という空 間認識が入れ替わる。 内部空間をつくり出す輪郭を断片的 に認識させることで、外部を内部の ように感じさせる。 内部的 内部的 内部的 外部的 外部的 外部的 外部的内部 調内部的外部 外部的内部 Architecture by coherence between inside and outside in private roofed commercial passages "Passages Vivienne" SAKATA Akira 図 3.「外部的内部」と「内部的外部」 図 4. 内外の干渉性 図 1 有蓋通路式商店街 図 2 Passages Vivienne での体験 Passages Vivienne ミラノのガレリア アーケード型商店街(日本) 図 5. 内外の干渉の要因 図 6. 既存建築における表現方法

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Page 1: 有蓋通路(Passages Vivienne)における内外の干渉性を用い …‚田.梗概.pdf建築の立面がないために、内部の仕上げを 立面のように扱い、内外を反転させている。

                指導教員 吉松 秀樹 教授                                8ACBM014 坂田 旭 

有蓋通路(Passages Vivienne)における内外の干渉性を用いた建築

1. 研究の背景と目的 1-1. 有蓋通路 Passages Vivienne での体験 「有街通路」(図1)は内と外が入り交じる空間である。中でもパリの Passages Vivienne(注 1)は閉鎖的でありながら外部を感じ、他と異なる印象を持った(図2)。

1-2.「外部的内部」と「内部的外部」  Vivienne は仮に無開口でも外部と感じるのではないだろうか。開口の大きさだけではなく、複雑な要素により内外が認識されていると考える(図3)。

1-3. 内外の干渉性 干渉性とは物理学において複数の波が重なり合い、強め合い弱め合うことをいう(注 2)。有蓋通路式商店街もまた「内部」、「外部」、「内部的外部」、「外部的内部」という認識が対立し、空間の印象を変化させていることから、「内外の干渉性」として捉えることができる(図 4)。

1-4. 目的 本修士設計は、有蓋通路の考察から導いた「内外の干渉性」を発展させ、パリの Passages Vivienne における「外部的内部」性を目指すとともに、「内部」「外部」「内部的外部」「外部的内部」の 4種類の空間認識が揺れ動く建築空間を提案するものである。

2. 内外の干渉性と建築 2-1. 内外の干渉の要因 有蓋通路において内外の干渉性が感じられるのは、「内外の反転認識」と「内外の階調認識」が要因として挙げられる。また、それらと関係深い5つの要素に着目する(図 5-01 ~ 05)。

2-2. 既存建築における内外の干渉 既存建築から、仕上げにより立面を反転させるもの(図6-A,B)、仕上げ材により断片的な角をつくるもの(図6-C)、L 字の変形により外部情報を制限しつつも外部の印象を連続的に認識させるもの(図6-D)、に着目する。

干渉が弱い

内部

内部的外部に近い

外部

干渉が弱い Close外部に対する内部の干渉

内部に対する外部の干渉

ガレリア、アーケード Passages Vivienne

もともと街路だったところに天蓋を架け、外部を内部的なもので囲ったもの。

街区を抉ったもの。内部に外部的な空間を挿入したもの。

外部的内部に近い 外部的内部

建築の立面がないために、内部の仕上げを

立面のように扱い、内外を反転させている。

外部の印象が強い空間に、内部の仕上げ材

を用いることで内外を反転させている。

天井と床の仕上げをずらすことで、内部空

間をつくる角を断片的に認識させている。

Uの字をプランに採用することで、内外の階

調をあげている。

仕上げによる反転の強調

字の変形によ

る階調の強調

外部的内部

内部仕上げ

立面

屋根

立面の反転山川山荘 /山本理顕

A

立面の反転ドラゴンリリーさんの家 /山本理顕

B

断片的な角マイレア邸 /アルヴァー・アールト

C

外部情報の制限と連続性中野本町の家 /伊藤豊雄

DL

天井材床材

少し閉じたもの/Passages Vivienne 完全に閉じたもの開口を完全に開いたもの

外部的内部 内部的外部 外部的内部に近い

内外の認識が曖昧なPassages Vivienneはカフェの一角であり、抜け道的存在であり、遊歩の空間でもあり、人々に多様な目的を与える空間である。 スケールのギャップ /ガレリア

立面の反転 /有蓋通路全般

L 字による外部情報の制限と連続 /Vivienne

01

有蓋通路は身体的なスケールと都市

的なスケールが対比することで外部

を内部のように感じさせる。

有蓋通路は天蓋が架かかった内部

に、建物の立面が向くことで、より

外部のように感じさせる。

02

03

05

04

距離感の振れ幅 / アーケード型商店街

断片的な角 /パサージュ

外 アーケード商店街は建物同士の隙間か

ら外部が垣間見えることで外部を遠く

感じ、外部を内部的に感じさせる。

Vivienne は L 字のプランによ

り、人の動きとともに、内部

的外部、外部的内部という空

間認識が入れ替わる。

内部空間をつくり出す輪郭を断片的

に認識させることで、外部を内部の

ように感じさせる。内部的

内部的

内部的

外部的

外部的

外部的

外部的内部

内外の階調認識によ

る干渉性

内外の反転認識による干渉性

内部的外部

外部的内部

内部的外部

外部的内部

Architecture by coherence between inside and outside in private roofed commercial passages "Passages Vivienne"

SAKATA Akira

図 3.「外部的内部」と「内部的外部」

図 4. 内外の干渉性

図 1 有蓋通路式商店街

図 2 Passages Vivienne での体験

Passages Vivienne ミラノのガレリア アーケード型商店街(日本)

図 5. 内外の干渉の要因

図 6. 既存建築における表現方法

Page 2: 有蓋通路(Passages Vivienne)における内外の干渉性を用い …‚田.梗概.pdf建築の立面がないために、内部の仕上げを 立面のように扱い、内外を反転させている。

3. 内外干渉モデル 3-1. 基本モデルの作成 挙げた要素から、基本モデルを作成する(図7)。

3-2. 平面的干渉モデル L字の変形による「距離感の振れ幅」と「外部情報の制限と連続」、「仕上げを用いた断片的な角」を掛け合わせて、平面的干渉モデルを作成する(図8)。

3-3. 立体的干渉モデル 平面的な有蓋通路の立体化を考える。不均質なグリッドにボイドを挿入することで基本モデルの立体化を可能とし、さらに「スケールのギャップ」を演出する(図10)。

4. 内外の干渉性を用いた建築 4-1. 都市のエッジへの挿入 内外干渉モデルを都市中心部の高密な地域に挿入する。敷地面積に対して建蔽率約 50%で計画することで内部的外部空間を都市に染み出させていく(図11-1,2)。

4-2. アーバン・スペシフィックアートミュージアム 更に、この内外干渉モデルを立体的に組み合わせて都市型美術館に応用することで、都市空間を内部化し、これまで美術館内部に留まっていた「サイト」を「まち」に広げ、都市に線を引かないアーバン・スペシフィックな現代美術館を提案する(図12-1,2)。

5. 結び 本修士設計は画一的な空間になりがちな機能に対し機能性を維持しつつ、空間認識に振れ幅を持たせる(図13-1,2)設計方法として有効である。

不均質グリッドの作成

ボイドの挿入

あらかじめ計画した不均質な

グリッドにボイドを挿入して

いくことで「スケールの

ギャップ」を演出する。

ボイドを主体とし、ボイドか

ら計画する建築を考える。

void

距離感の振れ幅モデル

外部情報の制限と連続モデル

L字に曲面を用いることで、外部情報を制限しながらも意識を外部へと連続させ「外部的内部」と認識させる。

外部を遠くまたは近く感じさせることで「内部

的外部」と認識させる。

距離感の振れ幅モデル×外部情報の制限と連続モデル人の動で内部的外部、外部的内部の認識が入れ替わる。

立面の反転モデル

内部的な仕上げを外部に施すことで「立面の反転」

を強調し、「内部的外部」と認識させる。

断片的な角モデル

内部的な仕上げを外部に断片的に施すことで、

「内部的外部」と認識させる。

連続

連続制限

制限

外部的 内部的

内部的外部 外部的内部

2009 年度修士設計梗概 東海大学工学研究科建築学専攻

内部

外部的内部(距離感の振れ幅・断片的な角)内部仕上げで覆われ閉鎖的な空間であるが、かすかに見える外部とのつながりが内部を外部のように感じさせる。また開口が絞られていることで外を遠くも感じさせる。

縦に上るアールの壁が天井高のスケールを変化させ、スケールのギャップを演出する。

内部的外部(スケールのギャップ)内部的外部(距離感の振れ幅)ほぼ外部空間であるが、開口を絞り、内部的な仕上げを施すことで外部を内部のように感じる。

内部的外部(距離感の振れ幅)ほぼ外部空間であるが、開口を絞り、内部的な仕上げを施すことで外部を内部のように感じる。

外部情報の制限×

距離感の振れ幅

断片的な角

断片的な角

外部情報の制限

外部 外部的内部 内部的外部 内部外部 外部的内部 内部的外部 内部

10

up

up

MAIN ENT.

SUB ENT.

SUB ENT.

SUB ENT.

SUB ENT.

EV

EV

EV

EV

89

10

10

1

1110

13

14

12

14

1 MEIN ENTRANCE2 SUB ENTRANCE3 CAFE4 COOKING ROOM5 SHOP6 STOCK ROOM 7 MAIN ROBBY8 TERRACE9 SURVICE TERRACE10 STOCK ROOM11 STAFF ROOM12 13 STAFF ENTRANCE14 REST ROOM

[ 注釈 ]注 1 : パリのオペラ座周辺には約 30 ものパサージュがひしめいている。パサージュとはヨーロッパの中庭式の街区を抉ってつくられた、天蓋付きの商店街であり、ミラノのガレリアやアーケード型の商店街と同じ類のものとして認知されている。パリの"Passages Vivienne" は三つの中庭を繋いでできた、L 字型プランをもつ異形のパサージュである。注 2:干渉とは言葉の意味では「他方が一方の邪魔をする」というマイナスな印象がある。しかし一方で、物理学における干渉は、2つの波が干渉することで、振幅を強めたり、弱めたりする現象をいう。

[参考文献 /参考資料 ]1, パサージュ 遊歩の商業空間 /新井洋一 /商店建築社 /19992, パサージュ論Ⅰ ,Ⅱ ,Ⅲ ,Ⅳ ,Ⅴ /ヴァルター・ベンヤミン ,今村仁司・三島憲一 3,他訳 /岩波書店 /20033, 穴と境界 _存在論的探求 /加地大介 /春秋社 /20084, 振動と波 /長岡洋介 /裳華房 /19925,「透明性ー虚と実ー」マニエリスムと近代建築所収 /コーリン・ロウ /19816, 中庭型の建築および都市空間の構成原理とその展開 / 鈴木隆 / 日本建築学会計画系論文集 /19967, アルヴァ・アールトのマイレア邸における内外空間の関係性について / 本田裕一郎、村田一也 /日本建築学会北陸支部研究報告集 第 50 号 /2007

内部的外部

外部情報の制限「外部的内部」

断片的な角「内部的外部」

外部仕上げ×内部仕上げ

「外部的内部」

Outside Wall

≒ Inside Wall

内部的外部空間の染み出し

外部的内部

図 7. 基本モデルの作成

図 11-1. 内部的外部空間の染み出し 図 11-2. 周辺壁の2つの捉え方

図 12-2. ボイドとマッスの主従関係の消滅図 12-1. 内外干渉モデルの立体化

図 13-1. 内部的外部空間をつくる断片的な角 図 13-2. 外部的内部空間をつくる2つの要素

図 8.「距離感の振れ幅×外部情報の制限と連続×断片的な角」

図 10. 立体的干渉モデル