最近のイラン石油産業の変遷と その課題 - jogmec …...persian lng 、iran...

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75 石油・天然ガスレビュー アナリシス 米国の JCPOA *1 離脱およびイラン制裁再発動の発表から、2 0 1 9 年 5 月で 1 年が経過した。トランプ 政権の掲げる「史上最強の制裁」は、2 0 1 8 年 1 1 月から本格的に適用され、また 2 0 1 9 年 4 月にはそれま で認められてきたイラン産原油禁輸制裁の適用除外を認めないとする方針が米政府によって明らかにさ れ、その影響により、大産油国イランの石油生産量と輸出量は大きく減少し、同国の国内情勢にも影響 を及ぼしている。 そもそも近年のイランの歴史を振り返ると、1 9 7 9 年のイラン・イスラム革命以来、米国はさまざま な経済制裁をイランに課してきており、とりわけエネルギーに関係する制裁の支柱をなすのが、1 9 9 6 年8月5日に制定された「イランおよびリビア制裁法」(ILSA:Iran and Libya Sanction Act)であった。 以降、米国によるイランへの制裁圧力は強まり、更に 2 0 0 6 年以降は、国連や EU なども次々と対イラ ン制裁関連法案を可決し、イランは長きにわたる経済制裁を耐え忍んできた。そしてJCPOA締結後、 2 0 1 6 年の制裁解除を機にイランは上流開発事業における外資による投資と技術移転の受け入れ拡大に 大きく舵を切った。また国際石油会社(IOC:International Oil Company)などの企業も、イラン再参入 に向けて精力的に活動していた。しかし 2 0 1 8 年 5 月の米国による JCPOA からの脱退とその後の新たな 経済制裁の下では、IOC をはじめとする外国企業によるイランにおける石油・天然ガス開発への参入の 兆しは全く見られないようになり、石油天然ガス開発に係る今後の先行き見通しは困難になっている。 このような状況下で、今一度これまでの一連の状況を整理し、今後の展開を占う一助とすべく考察して いきたい。 じめに 最近のイラン石油産業の変遷と その課題 JOGMEC 調査部 芦原 雪絵 1. イラン石油産業の概要 (1)イラン油田開発概要とその課題 イランは世界第四位の石油 *2 埋蔵量(1,5 7 2 億バレル、 2 0 1 7 年末現在、BP 統計)を有し、生産量についても世 界第四位、OPEC加盟国中第二位(日量498万バレル、 2017年末現在、BP統計)を占める大産油国である。 1 9 0 8 年に中東地域で初の油田が発見されるや、1 9 1 2 年 には生産を開始するなど、同国では早くから油田開発が 行われてきた。そのため、現在、イラン産原油の 9 割を 生産している油田はいずれも老朽化しており、そのうち、 生産開始から 7 0 年以上が経過している油田からの生産 がイラン全体の実に 5 割の生産量を占めている状況であ *3 。イランの原油生産量は、実質的にほとんどの油田 で IOC が操業を行っていた 1 9 7 0 年代の最盛期には日量 600万バレル程度まで増加した。しかし1979年のイラ ン革命によってIOCを排除し、イラン国営石油会社 (NIOC:National Iranian Oil Company)が独力で油田操 業を開始したことによって技術不足や資金不足の問題が 生じ、更には革命後の混乱やその後のイラン・イラク戦 争などの理由により、原油生産量は 1 9 8 0 年には一気に 日量100万バレル台まで急激に減少した。その後、 2000年代までには日量400万バレル程度まで回復した ものの、既存油田の老朽化や油層内部の圧力低下により、 生産量は減少傾向にあるとされる *4 。さらに2013年、 JCPOA締結前の米オバマ政権下での経済制裁では、日

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75 石油・天然ガスレビュー

JOGMEC

K Y M C

アナリシス

 米国のJCPOA*1離脱およびイラン制裁再発動の発表から、2019年5月で1年が経過した。トランプ政権の掲げる「史上最強の制裁」は、2018年11月から本格的に適用され、また2019年4月にはそれまで認められてきたイラン産原油禁輸制裁の適用除外を認めないとする方針が米政府によって明らかにされ、その影響により、大産油国イランの石油生産量と輸出量は大きく減少し、同国の国内情勢にも影響を及ぼしている。 そもそも近年のイランの歴史を振り返ると、1979年のイラン・イスラム革命以来、米国はさまざまな経済制裁をイランに課してきており、とりわけエネルギーに関係する制裁の支柱をなすのが、1996年8月5日に制定された「イランおよびリビア制裁法」(ILSA:Iran and Libya Sanction Act)であった。以降、米国によるイランへの制裁圧力は強まり、更に2006年以降は、国連やEUなども次々と対イラン制裁関連法案を可決し、イランは長きにわたる経済制裁を耐え忍んできた。そしてJCPOA締結後、2016年の制裁解除を機にイランは上流開発事業における外資による投資と技術移転の受け入れ拡大に大きく舵を切った。また国際石油会社(IOC:International Oil Company)などの企業も、イラン再参入に向けて精力的に活動していた。しかし2018年5月の米国によるJCPOAからの脱退とその後の新たな経済制裁の下では、IOCをはじめとする外国企業によるイランにおける石油・天然ガス開発への参入の兆しは全く見られないようになり、石油天然ガス開発に係る今後の先行き見通しは困難になっている。このような状況下で、今一度これまでの一連の状況を整理し、今後の展開を占う一助とすべく考察していきたい。

はじめに

最近のイラン石油産業の変遷とその課題

JOGMEC調査部 芦原 雪絵

1. イラン石油産業の概要

(1)イラン油田開発概要とその課題

 イランは世界第四位の石油*2埋蔵量(1,572億バレル、2017年末現在、BP統計)を有し、生産量についても世界第四位、OPEC加盟国中第二位(日量498万バレル、2017年末現在、BP統計)を占める大産油国である。1908年に中東地域で初の油田が発見されるや、1912年には生産を開始するなど、同国では早くから油田開発が行われてきた。そのため、現在、イラン産原油の9割を生産している油田はいずれも老朽化しており、そのうち、生産開始から70年以上が経過している油田からの生産がイラン全体の実に5割の生産量を占めている状況である*3。イランの原油生産量は、実質的にほとんどの油田

でIOCが操業を行っていた1970年代の最盛期には日量600万バレル程度まで増加した。しかし1979年のイラン革命によってIOCを排除し、イラン国営石油会社

(NIOC:National Iranian Oil Company)が独力で油田操業を開始したことによって技術不足や資金不足の問題が生じ、更には革命後の混乱やその後のイラン・イラク戦争などの理由により、原油生産量は1980年には一気に日量 100 万バレル台まで急激に減少した。その後、2000年代までには日量400万バレル程度まで回復したものの、既存油田の老朽化や油層内部の圧力低下により、生産量は減少傾向にあるとされる*4。さらに2013年、JCPOA締結前の米オバマ政権下での経済制裁では、日

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アナリシス

量約258万バレル(2013年9月、IEA)まで減少した。JCPOA発効に伴う制裁解除により2017年には一時、日量約386万バレル(2017年9月、IEA)まで回復したが、

翌2018年の米国による対イラン制裁再発動により、現在は日量261万バレル(2019年4月、IEA)まで減少している。なお、制裁の影響による生産量の推移については後述する(図1)。 一般に、油層圧力を維持し、既存油田の生産量を維持・増加させるため、水やガスを圧入することが広く行われている。イランでは資金や技術の不足から圧入用のガスや施設の確保が十分にできず、圧入量の増大が最優先課題であることはかねてよりいわれてきた。よって、2016年の制裁解除によりIOCが持つ油層圧力の維持・管理やEOR技術の導入にイランは大いに期待していたようだが、昨年の米国による対イラン制裁の再開によりIOCからの資金・技術面での支援は期待できず、油田の老朽化により原油生産量は更に減少する恐れがある。

(2)イラン国内天然ガス開発とその課題

 イランはロシアに次ぐ世界第二位の天然ガス埋蔵量(1,173兆立方フィート、2017年末現在、BP統計)を有する。しかし第一位のロシア(1,234兆立方フィート、2017年末現在、BP統計)が欧州向けガス供給者としての地位を確立したり、また第3位のカタール(879兆立方フィート、2017年末現在、BP統計)が世界最大のLNG輸出国になったのとは対照的に、イランは本格的なガス輸出は行っていない。また国内にLNGプラントは存在しない。2017年の天然ガス生産量は日量217億立方フィート(フレアリング、圧入除く)でサウスパース・ガス田および陸上の4ガス田(Khangiran、Kangan、Nar、Parsian Group)からの生産が大部分を占める。 ガスの大半はイラン国内で消費されているが、2017年はトルコ、イラク、アゼルバイジャン、アルメニアにパイプラインで日量12億立方フィートのガスを輸出した

(図3)。 このうち、イラクへのガス輸出は2017年6月にバグダッド近郊の発電所向けに開始し、2017年のイラクへの輸出量は日量1.5億立方フィートであった。現在イラクはトルコ(日量8.6億立方フィート)に次ぐ第二のイラン産天然ガス輸入国となっている。このため、イラン産ガス輸入停止となればイラクの電力事情や治安情勢、ひいては国

01,0002,0003,0004,0005,0006,0007,000

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2002

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2017

原油生産量 原油輸出量 年

千b/d

図1 原油生産量および輸出量推移

出所:OPEC 統計 2007、2018

図2 イランの主要油田、ガス田分布

出所:各種情報を基に JOGMEC 作成

ジュファー油田ジュファー油田

セファー油田セファー油田

トルクメニスタン

イラン

UAE

イラク

バーレーン

アゼルバイジャンアルメニア

トルコ

クウェート

サウジアラビア

カタール

オマーン

カスピ海

TabrizAstara

Arak

Rey

Kermanshah

ノースパース・ガス田ノースパース・ガス田

ドロウド油田ドロウド油田

アガジャリ油田アガジャリ油田

マルーン油田マルーン油田

アフワズ油田アフワズ油田

ヤラン油田ヤラン油田アザデガン油田アザデガン油田

ダルクエイン油田ダルクエイン油田ヤダバラン油田ヤダバラン油田

マスジェデ・スレイマン油田マスジェデ・スレイマン油田

ガチサラン油田ガチサラン油田

ゴルシャン・ガス田ゴルシャン・ガス田

フェルドウシ・ガス田フェルドウシ・ガス田

サウスパース・ガス田サウスパース・ガス田

ノースフィールド・ガス田(カタル)ノースフィールド・ガス田(カタル)

サルマン油田サルマン油田

Esfahan

Abadan

Shiraz

Lavan Island

Bandar Abbas

Kerman

Firuzabad

Asaluyeh

Sanandaj

Bandar Khomeni

Saveh

Rasht

QazvinNeka

Tehran

ビビ・ハキメ油田ビビ・ハキメ油田

製油所

油田

ガス田

ウエストパイダール油田ウエストパイダール油田アバン油田アバン油田

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77 石油・天然ガスレビュー

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最近のイラン石油産業の変遷とその課題

民の生活水準への悪影響が懸念される。現在イラクは、米政府より制裁適用免除を得てイランからのガス輸入を継続しているが、イラク国内のガスを開発し発電所への供給を自国で賄えるようにするには最低でも今後2年間は必要といわれる。米国による対イラン制裁の行方が、隣国イラクの電力事情や治安情勢、またイラク南部の油田開発活動にも大きく影響を及ぼす可能性がある。 さて、NIOCはサウスパース・ガス田の今後10年間の主な課題として、圧力低下の防止とプラトー生産量の維持を掲げているが、制裁下において開発への外資の支援は当面見込めそうもないため、石油と同様に難しい課題となっている。この他イランは、開発が容易な中小ガス田の迅速な開発を目指し、陸上の Halegan、Dey、Sefid Baghoun、Sefid Zakhourお よ び 海 上 の North Pars、Kishなど21のガス田開発プロジェクトをリストアップしているが、このうちKishの初期フェーズ以外は厳しいとの見通しもきかれる。 LNGプロジェクトに関していうと、2000年代には将来のサウスパース・ガス田の複数フェーズからの生産ガス受け入れを視野に、Pars LNG、North Pars LNG、Persian LNG 、Iran LNGなど複数のLNGプラントの建設が計画されていた。しかし前回制裁により大部分のプロジェクトが無期限停止となり、現在唯一残るのはIran LNGのみである。Iran LNGについては、NIOCはすでに推定20億ドルを投じており、液化トレイン以外については設備の建設がほぼ完了、買主の確保と資金調達が残る課題といわれる。ただしこちらも進展は見られず、2018年11月にシンガポールで開催された業界イベントでNIGEC(National Iranian Gas Export Company)幹部が制裁の影響により液化トレインの建設が進まない旨発言したことが報じられている(表2)。 この他に、イランが小-中規模のLNG液化プラント(液化能力200万トン/年)やFLNGの獲得に取り組んでいるという情報もある。ただし制裁の影響により進展は見られない。よって国内市場や近隣国へのパイプライン輸出を増やそうと努めているが以下の通りその効果は捗々しくはない。

①イラン─オマーン間パイプライン 2013年、イラン、オマーン両国は海底ガスパイプラインを通じて日量最大10億立方フィートのイラン産ガスをオマーンへ輸出することで基本合意した。さらにオマーン国内に稼働余力を持つOman LNGのプラントを活用して液化し、LNGを輸出する構想もあった。プロジェクトは未だ検討中とされるものの、最近は進展がほ

表2 2010 年前後に計画されていたLNG 液化プロジェクト

赤字:現存する計画は Iran LNG プロジェクトのみ出所: 各種情報を基に JOGMEC 作成

プロジェクト名 液化能力(万トン/年) 参画企業 供給ガス田

Iran LNG 1,080 NOIC South Pars Phase 12

Pars LNG 1,000 NOIC, Total, PETRONAS

South Pars Phase 11

Persian LNG 1,600 NOIC, Shell, Repsol

South Pars Phase 13-14

Golshan 1,000 NOIC, SKSベンチャーズ

(マレーシア)

Golshan, Ferdos

North Pars 2,000 NOIC, CNOOC

North Pars

油田名 エリア 確認埋蔵量 (百万bbl)

2018年生産量(千bbl)

生産開始年

Aban 陸上 132 9 2010

Agha Jari 陸上 15,453 76 1940

Ahwaz 陸上 14,407 481 1971

Bibi Hakimeh 陸上 4,063 94 1966

Darquain 陸上 1,278 143 2003

Dorood 沖合 2,479 46 1964

Gachsaran 陸上 16,847 508 1937

Jufair 陸上 693 2 2010

Marun 陸上 11,893 146 1966

Masjed Soleiman 陸上 838 1 1928

North Azadegan 陸上 695 79 2016

North Yaran 陸上 223 30 2016

Salman 沖合 1,512 50 1968

Sepehr 陸上 630 - 2023

South Azadegan 陸上 1,072 100 2008

South Yaran 陸上 289 32 2017

West Paydar 陸上 579 34 1995

Yadavaran 陸上 620 110 2013

出所:GlobalData

表1 イランの主要油田概要

0

5

10

15

20

25

1970

1972

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2008

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2012

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生産量 消費量 年

Bcf/d

図3 天然ガス生産量および消費量推移

出所:BP 統計 2018

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アナリシス

とんど見られない。近年オマーンでは国内の天然ガス開発が盛んに進められており、自国の開発を優先するとのオマーン側関係者の意向も報じられている。オマーンにとって、自らが制裁対象となるようなリスクを避ける意向があるとともに、国内ガス開発を優先することでイラン産ガス輸入のプライオリティが下がっていることもプロジェクト停滞の要因と考えられる。

②イラン─パキスタン間パイプライン イラン産ガスをパイプライン経由でインド、パキスタンへ輸出する構想である。過去10年来その構想が語られてきたものの実現には至らない。原因はイラン側がパキスタン国境までパイプラインを敷設済みなのに対し、パキスタン側では一切パイプラインが敷設されていないことにある。2010年、イラン、パキスタン両国は日量7.5億立方フィートのイラン産ガスを25年間輸出することで合意し、2014年中の操業開始が見込まれていたが、パキスタン側の工事は全く進んでいない。

③イラン─UAE間パイプライン 2001年、NIOCとCrescent Petroleum(UAE)が日量0.6億立方フィートのイラン産ガスを25年間、UAEのシャルジャへ輸出することで合意した。2005年の操業開始を目指しCrescent Petroleumによるパイプライン敷設が完了したが、イランのガス田側の出荷施設の仕様不備によりガス受け取りができないとして同社はNIOCを非

難し、その後決着がつかず、国際調停に持ち込まれている(図4)。

(3)イラン国内石油製品需要の天然ガスによる代替

 世界第3位の天然ガス生産国であり消費国でもあるイランでは、石油に代わり、国内産業用、電力用のガス消費が引き続き拡大している。また多くの成熟油田でのEOR向けの天然ガス利用拡大も計画されている。 イランでは2000年代より、石油製品の需要を抑制、輸出が思うように進まない天然ガスへ国内エネルギー需要をシフトし、余剰原油を輸出することで収入を最大化する政策を進めてきた。発電、石油化学、一般の産業などあらゆる分野において液体燃料からガスへの切り替えが進められており、石油消費量は2013年の日量201.1万バレルのピークから徐々に減少、2017年は日量181.6万バレルとなった。さらに2022年以降は、発電部門における液体燃料の消費はほとんどなくなるという見込みも示されているようだ(図5、図6)。 なお、イランでは前回制裁の影響で国内製油所の改修が進まず、ガソリンを主とした一部石油製品の輸入状態が継続しており、ガソリンの自給達成は同国にとって大きな課題となっていた。2016年の制裁解除を受けて国内精製能力拡大に向けた動きが進み、2017年春にはPersian Gulf Star製油所が稼働開始、現在第3フェーズまで稼働している(精製能力の現状は日量36万バレル)。これによりイランのガソリン生産量は大幅に増加、輸入

水深0~49m水深0~49m 水深50~499m水深50~499m 水深500~1,000m水深500~1,000m

イラン―パキスタン間ガスパイプラインアサルーイェ

グワーダル   チャーバハール港

クーフ ムバーラク

ソハール

イランイラン

パキスタンパキスタン

オマーンオマーンアラブ首長国連邦アラブ首長国連邦

ホルムズ海峡

バンダル アッバース港

オマーン湾 

ペルシア湾/アラビア湾 

イラン―オマーン間ガスパイプライン 

図4 周辺地域への天然ガスパイプライン計画

出所: 各種情報を基に JOGMEC 作成

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79 石油・天然ガスレビュー

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最近のイラン石油産業の変遷とその課題

量は減少し、2019年2月にはガソリン自給達成も報じられた。さらにイランはPersian Gulf Star製油所の第4フェーズの計画(プラス日量12万バレル)も打ち出しており、今後、国内企業の技術で一層の精製能力拡大を図るとしている。なお、同製油所は主としてサウスパース・ガス田からのコンデンセートを原材料とする(図7、図8)。ただし天然ガス利用については、以下のような課題も存在する。 イランでは天然ガス生産量・消費量と共に、天然ガスの副産物であるコンデンセートの生産も増加している。コンデンセートスプリッターを備えたPersian Gulf Star製油所の稼働開始により、イラン国内のコンデンセート消費量も増加した。しかしながらガス生産量が拡大するにつれ、イランには依然として輸出で捌かなくてなはらないコンデンセートが存在し、大口顧客であった韓国及びアラブ首長国連邦向け輸出が停止するなか、今後イランがコンデンセートをいかに捌くか、捌けない場合にはサウスパース・ガス田からのガス生産量を抑えるのかと

いった議論に繋がる可能性も否めない。その場合、ガス代替が進む国内電力事情やイラクやトルコへの輸出などへの影響が出る可能性もあるとみられ、今後その動向が注目される。

0

500

1,000

1,500

2,000

2,500

製品精製量 製品消費量

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200

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ガソリン 灯油 軽油 重油 その他

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2004

2008

2010

2012

2014

2016

千b/d 千b/d

図7 イランの石油製品精製量および消費量推移

出所:OPEC 統計

図8 石油製品別需要推移

出所:OPEC 統計

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2011

2012

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2014

2015

2016

2017

石油 天然ガス 全体

80.7%

11.3%

5.4%2.3% 0.2% 0.2%

2017年の燃料別内訳比率

天然ガス石油水力原子力再可能エネルギー石炭

TW/h

図6 発電量の推移および 2017 年の燃料別内訳比率

出所:BP 統計

民生89、46%

発電58、30%

産業33、17%

圧入4.4、2%

輸出 8.6、5%

図5 イラン国内の天然ガス部門別使途割合

※単位 BCM/ 年出所:NIGC 2017

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アナリシス

2. 2015年以前:外資導入/イラン参入に向けた動き

 これまでのイラン制裁の流れを次のとおり整理する。

(1)外資導入に向けたイランの取り組み

 イランでは、憲法により外国企業に対して自国資源開発の権益を与えることが禁止されている。1990年代に入り、この憲法上の制約と外資導入の必要性の妥協策として「バイバック契約」が考案された。この契約によると、外国企業は探鉱、開発および生産にかかるコストを全額負担し、開発に成功すればコストとともにあらかじめ取り決めた報酬を原油などで回収することができる。しかしながら、これは生産量の増加やコスト削減、油価上昇による収益向上が望めないこと、またコスト回収額に上限が定められること、プロジェクトに関与できる期間が数年程度でありPS契約(生産物分与契約)と比較して収入が得られる期間が短いことなどから、IOCにとって必ずしも魅力的な条件ではなかったとされる。 このようなバイバック契約について、2005年12月に就任したヴァジーリ・ハマネ元石油大臣が、「外国企業による投資意欲減退の要因となるバイバック契約の見直しが必要」と発言するなど、契約条件の再検討の必要性がかなり早い段階から提起されていた。そして2013年9月には契約の改定に当たる特別委員会が設置され、新契約方式Iran Petroleum Contracts(通称IPC)の策定に着手した。それに先立つ、2013年8月のロウハニ政権誕生に際し、イラン革命防衛隊出身のロスタム・ガーセミ前大臣に代わりビジャン・ナムダル・ザンギャネ氏が石油大臣に就任した(2019年5月現在も現職)。ザンギャネ氏はハタミ政権時代の1997 ~ 2005年にも石油大臣を務め、IOCと多数の石油開発契約の締結を主導した人物である。積極的な外資導入による石油・ガス開発の推進を政策の基本方針として掲げる同氏の下で、契約改定のほか、特に核合意による制裁解除の前後には、対外開放に向けた動きも進んだ。 具体的には2015年7月の核合意締結後、同年11月28~ 29 日 に イ ラ ン の 首 都 テ ヘ ラ ン の International Conference Centerにおいて「Tehran Summit─ The Introduction of New Iran Petroleum Contracts」が開催され、石油・天然ガス探鉱開発契約の新方式IPCが発表された。契約形態は既存のバイバック契約と同様、リスクサービス契約で、埋蔵量と生産物の主権・所有権はイラン側にあり、コントラクター(この場合はIOC)に対しては資金・技術の提供が求められるという大原則は変

わらない。しかし契約期間の長期化、IOCによる生産段階への関与、コスト回収の上限撤廃、柔軟な報酬設定など、以前のバイバック契約と比較してIOCに対するさまざまなインセンティブが設けられた。またIPCの発表と併せて外資参入対象となる70件の石油・ガス関連事業(52件の開発案件と18件の探鉱案件、総額1,000億ドル相当)を提示した。その会場では、今後IOCから提示される提案内容をイラン側が吟味したうえで随時契約の可能性を検討するといった趣旨の発言も行われ、入札ではなく直接交渉を行う余地も示唆された。その後、2016年10月4日にはイラン国内企業とのIPCに基づく初めての合意(HOA)が報じられ*5、その直後の10月17日に、NIOCはウェブサイト上でイラン国内の石油・天然ガス開発の入札に参加するようIOCに呼びかけた。その発表のなかでNIOCは、入札対象油田は明らかにしなかったが、少なくとも「South Azadegan、Yadavaran、Yaran」という、特にIOCからもそのポテンシャルが注目されていた3油田は対象に含まれる可能性があるとした。 イランがこのような積極的なIOC誘致に取り組んだ背景には、前回制裁の影響によって石油ガス投資の不足により生産量が伸び悩み、既存油田の老朽化による生産量の減少が顕著で自然減退の抑制が緊喫の課題であったこと、またその取り組みに外資の力を活用したいという事情があった。

(2)IOCおよび世界各国のイラン再参入に向けた動き

 イランによる積極的な外資誘致に対して、潜在的パートナーとなるIOC各社や各国政府の当時の動きについてまとめてみる。全体的にはイランと同様、制裁の解除を見越して、各社ともイランとの人脈構築を強化しようとする動きが目立っていた。特にRoyal Dutch Shell、Eni、Total、BP、Lukoilなど欧州、ロシアのIOCがイランにアプローチを図り、各国の経済関係閣僚もテヘランを活発に訪問していた。その具体例の幾つかを次に例示する。

①Iran Oil Show 2015 2015 年 5 月 6 ~ 9 日、 テ ヘ ラ ン で、 第 20 回 Iran International Oil, Gas, Refining and Petrochemical Exhibition(通称:Iran Oil Show 2015)が開催された。イラン企業1,200社のほかに、欧州やアジアをはじめ20カ国(英国、フランス、ベルギー、スペイン、オースト

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リア、スイス、イタリア、ドイツ、モナコ、ロシア、ウクライナ、カザフスタン、トルコ、UAE、インド、シンガポール、韓国、中国、マレーシアなど)から約600 社の外国企業が参加したと報じられた。欧州勢の存在感が増したこの展示会では、イランの石油・天然ガス産業が持つ潜在能力の活用に焦点が当てられたようだ。

②欧州、ロシア企業など Shellは2015年6月、同社の代表団がテヘランを訪問し、NIOCと会談したと発表した。また8月には、同社のEdward Daniels副社長(新規ビジネス担当)が英国のハモンド外務大臣に同行し、イランを訪問したと報じられた。Shellは、制裁強化により原油代金の一部の支払いが困難になったことから、同社がイランから 2010 ~2011 年の間に買い付けた原油の未払金(20億ドル)を抱えており、副社長は「可能な限り速やかにこれを支払いたい」、また「もし制裁が解除されれば、イランのエネルギーポテンシャルを開発するために Shellとして何ができるのか、イラン政府と模索していきたい」とも発言して い た。 こ の ほ か 9 月 に は、 ロ シ ア Lukoilの Vagit Alekperov社長によるイラン訪問およびザンギャネ石油大臣との会談が報じられ、会談の後にザマーニーニア石油省次官は「LukoilはイランにおけるEORとイラン産原油の引き取りに関心を示しており、同社との間でこれらの分野に関する覚書を近く締結することになるだろう」と発言。さらにロシア関係では、10月にノバクエネルギー大臣のイラン訪問に合わせてロシア企業20社余りがイランを訪問し、両国の間で合弁企業の立ち上げ(総額約350億ドル)が合意され、ロシア側の具体的な企業名としてZarubezhneft、Gazprom Neft、Lukoilなどが挙げられた。 IOCとして後に IPC締結の第一号(サウスパース フェーズ11)となったTotalについても、9月にE&P部門社長(President, Exploration & Production)を務めるArnaud Breuillac氏が経済使節団の一員としてイランを

訪問し、ザンギャネ石油大臣やジャヴァディ NIOC総裁らとの会談後に「Totalはイランへの復帰に関心を有している」と発言した。さらにEniのClaudio Descalzi CEOも、2015年以降数回にわたってテヘランを訪問していたとの情報もある。 欧州では政府がイランに接近する動きもあり、上述の2015年6月の英国のハモンド外務大臣の訪問の他、翌7月にはドイツのガブリエル経済・エネルギー大臣兼副首相が60名の企業団を引き連れテヘランを訪問し、ロウハニ大統領やザンギャネ石油大臣ら閣僚と会談した。このほか、11月にはイタリアのカレンダ経済開発副大臣が360名のビジネスマンを率いてイランを訪問したとの報道もある。 挙げればきりがない程にイラン再参入への機運は高まりを見せていた。なお、これらはすべて2015年中、つまり実際の制裁解除(2016年1月)の前に制裁解除を見越して行われていた動きであり、イランの石油・天然ガスポテンシャルの高さ、そしてそれに対するIOCの関心の強さがうかがえる。

③米国企業 一方で、欧州企業の積極性と好対照だったのが米国企業である。2015年5月21日、イランとの合意を後押しするため、ExxonMobilがロビイスト会社The Nickles Group(元米上院議員Don Nicklesが代表を務める)を雇ったとBloombergが報じたが、同社は直ちに反論声明を発表し、報道内容を否定した。Chevronについても、当時、再参入に向けた動きは確認されておらず、米国企業は一時制裁の対象となることを恐れてイランへの関心を表明することはできなかった。米国企業の他、ノルウェーのStatoil(現Equinor)も2013年にテヘラン事務所を閉鎖して以来、イランでの活動は行っていないとして積極的な姿勢は示さなかった。

3. 2016年以降:制裁解除下で高まる期待

(1)JCPOA発効、制裁解除

 2016年1月16日、国際原子力機関(IAEA)は、2015年7月にP5+1(国連安全保障理事会常任理事国の米英仏露中および独)とイランの間で合意したJCPOAで取り決められた核関連措置をイランが履行したことを確認

したと発表した。これを受け、同日、P5+1側の調整役を務めるモゲリーニEU(欧州連合)外務・安全保障政策上級代表とイランのザリーフ外務大臣は、ウィーンで「イランの核問題に関連する多国間および各国間の経済・金融制裁が解除される」との共同声明を発表した。各国の

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首脳もこのImplementation Day(合意履行の日)の到来を歓迎。イランによる核兵器開発疑惑が浮上した2002年から13年を経て、ようやくイランの核問題にとりあえずの決着がつき、米国制裁の一部および国連、EUからの制裁が解除されることになった。なお、米国制裁には「米国人(US persons)」に対する一次制裁

(primary sanctions)と「非米国人(Non-US persons)」に対する二次制裁(secondary sanctions)とがあり、JCPOAの枠内で解除対象とされたのは核問題に関連する二次制裁である。よってImplementation Day以降も「米国人」に対する一次制裁は広範囲にわたって維持されてきた。とはいえ、制裁解除はイランの世界経済への復帰に向けた大きな一歩であったことは間違いない。ただし当時、中東地域におけるイランの立場が強まったためか、イランの外交面での立ち振る舞いも強硬になったとの声もある。例えば、2016年2月にサウジアラビア、ロシア、カタール、ベネズエラの4カ国が合意した増産凍結案に対して、イランはこれには従わず自国の原油生産拡大を取りやめない姿勢を明らかにしていた。 他方で、イランの持つ資源ポテンシャルやイランの示す外資誘致に向けた積極的な姿勢から、欧州をはじめとする各国IOCが引き続き参入の機会をうかがっていたことは既に示した通りである。

(2)JCPOA発効後の外資との契約状況

 米国を除く各国、各社が積極的な再参入の意思を示すなかで、イランは外資の技術・資金の導入による生産能力の維持、拡大を目指し、約70件の外資参入対象の開発・

探鉱案件について、IOC各社と協議を行ったとされる。結 果 と し て、2016 ~ 2017 年 の 間 に Azadegan、Yadavaran、Azar、Changuleh、AbTeymour、Yaranなどの油田開発事業について、関心を有するロシア企業、アジアNOC、欧州IOCなどと30数件のMOU(了解覚書)などの予備的な合意を締結した。ただし注意したいのは、合意したものの、その多くが予備的な合意であったことである。バイバックに代わる新たな契約、つまりIPC締結案件はこれまでわずか3件に留まっており、この結果は早くも制裁が再発動された影響なのか、それとも「改善された」とされるIPCの契約条件がIOCにとってはまだ不十分だったのか、もう少し分析が必要かもしれない

(表3)。

4. 米国によるJCPOA離脱、制裁再発動

(1)制裁概要

 2018年5月8日、トランプ米大統領は、(1)ウラン濃縮活動の制限期間がわずか10 ~ 15年で終了すること、

(2)弾道ミサイル開発やテロ組織への支援を断念することが合意に含まれていないこと、(3)法的拘束力がないことなどを理由に、イラン核合意JCPOAが“最悪の合

表3 JCPOA 下で交わされた上流開発契約の例

出所:OIES 情報を基に JOGMEC 加筆

企業名 イラン側パートナー 対象油ガス田 契約時期 契約

形態

OMV(墺) Dana Zagros 2017年1月 MoU

Gazprom(露) NIOC Unspecified 2017年3月 MoU

Tatneft(露) NISOC Shadegan 2017年3月 MoU

PNOC(比) NIOC Darkhowin, Pazanan 2017年5月 MoU

ENI(伊) NIOC Darquain, Kish 2017年6月 MoU

Total/CNPC(仏 / 中) POGC South Pars 2017年7月 IPC

Gazprom Neft(露) OIEC Azar, Changuleh 2017年7月 MoU

Zarubezhneft(露) NISOC Rage Sefid, Shadegan 2017年7月 MoU

Lukoil(露) NIOC Caspian Sea 2017年10月 MoU

Gazprom(露) NIOC 特定せず 2017年11月 MoU

Gazprom(露) IDRO 特定せず 2017年11月 MoU

Rosneft(露) NIOC 特定せず 2017年11月 MoU

Offshore Resource Group(ノルウェー)

Khazar Sardare Jangal 2017年11月 MoU

Berlanga(シンガポール) NIOC Dalpari 2017年11月 MoU

Zarubezhneft(露) IDRO Susangerd 2018年2月 MoU

ONGC Videsh(印) IDRO Susangerd 2018年3月 MoU

Zarubezhneft(露) NIOC, Dana Aban, West Payedar 2018年3月 IPC

Pasargad Energy(イラン) NIOC Jufair, Sepher 2018年3月 IPC

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意である”として、合意からの離脱を表明した。トランプ氏は「イランに最高レベルの経済制裁を課す」と主張し、エネルギー、石油化学および金融セクターといったイランの重要な経済セクターを対象とする制裁が再発動することとなった。JCPOAのもとでイランビジネスを行っている企業には「事業縮小期間」(wind down period)が与えられ、5月8日を起点とした、90日(2018年8月6日まで)または180日(2018年11月4日まで)の事業縮小期間終了時に、制裁は再発動した。 このうち8月6日までの猶予期間を終え、翌7日に再発動したものが「イラン政府による米ドル紙幣の購入・取得」「金または貴金属のイランとの取引」「グラファイト(黒鉛)、アルミ、鉄鋼などの原料または半製品、石炭、産業用プロセス統合用ソフトウェアの取引」「イラン・リアルの売買」「イラン国外でのイラン通貨預金、口座の維持」「イラン国債関連取引」「イランの自動車部門との取引」といったイランとの資源や金融取引、自動車関連部門を対象とする制裁である。ダイムラーやグループPSA(旧プジョー・シトロエン・グループ)などの企業がイランでの事業停止を表明、またドイツのDZ Bankや ス イ ス の BCP銀 行(Banque de Commerce et de Placements)がイラン関連の新規案件の引受停止を発表したと報じられた。 そして11月5日には「IRISL(Islamic Republic of Iran Shipping Lines)を含むイランの港湾、船舶輸送、造船部 門 と の 取 引 」「NIOC、NICO(Naftiran Intertrade Company)、NITC(National Iranian Tanker Company)などを含むイランの石油、石油製品または石油化学製品を含む石油に関連した取引全般」「非米国金融機関と、イラン中央銀行または指定金融機関との取引」「イラン

中央銀行およびイラン金融機関に対する特殊金融サービスの提供」「保険の引き受けや再保険」「イランのエネルギー部門との取引」といったエネルギーに関する分野を対象の中心とした制裁が、11月4日までの猶予期間を終えて再発動した。 なお制裁発動と同日の11月5日に、米国のポンペオ国務長官が、中国、インド、韓国、日本、ギリシャ、イタリア、トルコ、台湾の8カ国・地域についてはイランの原油輸入をある程度の規模認め、最長180日間制裁を免除する旨発表した。

(2)生産量・輸出量推移

 前回制裁時には、米国、EUによる制裁の発動により、イランの原油生産量は日量約374万バレル(2012年、OPEC統計)から日量約311万バレル(2014年、OPEC統計)まで、輸出量は日量約253万バレル(2011年、OPEC統計)から日量約108万バレル(2015年、OPEC統計)まで減少した。そののち、2016年1月のJCPOA発効以降大幅に回復し、2017年には生産量日量約386万バレル(OPEC統計)、輸出量212万バレル(OPEC統計)となった。輸出先は約6割がアジア(中国、インド、韓国、日本、台湾)で残り約4割が欧州(フランス、イタリア、スペイン、ギリシャ、トルコ)などであった(図9)。 米国によるJCPOAからの離脱および再制裁発表直後の2018年5月には輸入減少が始まり、7月にはフランス、韓国(コンデンセート)向け輸出が停止した。昨年11月の制裁前の時点でのイランの原油輸出量は日量約250万バレルであったが、11月の米国制裁発動によりその量は相当程度減少した。この数字については日量100万~190万バレルともいわれ、情報ソースにより大きく異なる。さらにコンデンセートの数量を内数に含んだり含まなかったりと、不明瞭さは増している。 2019年4月22日、ポンペオ米国務長官は、8カ国・地域に対するイラン産原油輸入禁止措置の適用除外につき5月1日を以て終了させる旨表明した。これにより、上流投資はもちろん、イラン産原油の購入も事実上不可能になったのである。 こうしたなかで、今後の輸出量については「ゼロ」には至らなくとも、さらに減少する可能性があるといわれている。ただし先述のとおり、イラン制裁再発動以降の輸出量の把握は非常に困難になっている。2018年9月中旬には「複数のタンカーがペルシャ湾岸に係留されたままの状態である」と複数メディアで報じられ、8月頃よりペルシャ湾上のタンカーへの貯蔵開始が噂されていた。ちなみにイランは前回制裁時には洋上のタンカーで

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原油輸出量 原油生産量

図9 前回制裁下での原油生産量・輸出量の推移

出所:OPEC 統計

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5,000万バレル程度を貯蔵した実績を持つ。 またNITC関係者の話として、10月から11月初めにかけて過去最大量となる2,000万バレル超の原油が中国・大連港に向けて運搬中であるとも報じられ、これらも中国国内での貯蔵に充てられたと予想される。その後の輸入手続きが行われたかどうかは、中国側の発表では確認できていない。 タンカーは「船舶自動識別装置(AIS)」のスイッチを切り衛星による追跡ができなくなっている。またNIOC内部でも生産量、輸出量に関するデータへのアクセスがごく限られた関係者のみに厳しく制限されているとの報道もある。 イランでは国家歳入の3 ~ 4割程度を原油収入が占めており、他産油国よりは石油への依存度が低い。しかしイラン産原油の全面禁輸を目指す強力な制裁は、「同国にとって欠かせない原油収入を奪い、中東で影響力を拡大するその行動を抑え込み、現政権の弱体化をはかる」という米国の思惑どおり、イランの石油生産量、輸出量は大きく減少している姿が浮き彫りになっている。

(3)制裁が与える影響:上流開発プロジェクトの停滞

 JCPOA発効、制裁解除下において、イランと世界各国のIOCとの間で多数の予備的な契約が締結された。しかし、米国におけるトランプ政権発足以降、イランのエネルギー部門への本格的な外資参入はなかなか進まず、バイバックに代わるIPC締結案件は前述のとおりわずか3件に留まる。さらに昨年以降は、米国の核合意離脱および制裁再発動により、イランのエネルギー部門に参入する外資はイランからの撤退や事業中止を余儀なくされ、2019年5月現在、企業にとって新規参入はまず不可能な状態にある。技術力のある外資企業の撤退により長期的な生産能力の減退が続くことになれば、イランの上流開発は今後長期にわたり停滞する恐れがある。また、制裁再発動による原油輸出の大幅削減と合わせ、イラン経済にとっても大きな打撃となる可能性がある。 なお、過去に締結された3件のIPCとその後の状況は次のとおり。

①サウスパース フェーズ11 2017年7月、Totalはサウスパース フェーズ11開発に関し、中国石油天然気集団(CNPC)およびイラン国内企 業 Petroparsと 共 に、NIOCと の 契 約 を 締 結 し た。2016年1月制裁解除後、IOCによる初契約となった。契約期間は 20 年間で、権益比率は Total(50.1 %)、CNPC(30%)、Petropars(19.9%)。投資規模は48億ド

ル。フェーズ11の生産量見込みは天然ガス日量20億立方フィートおよびコンデンセート日量8万バレルで、2021年頃までにイラン国内向けに生産開始予定とされていた。しかし米国制裁への懸念からTotal(2018年8月)、CNPC(2018年12月)共にプロジェクトからの撤退が報じられた。

②Aban油田、WestPaydar油田 2018年3月、新契約モデルの下でロシアZarubezneftのコンソーシアムとNIOCがAban油田、WestPaydar油田の開発契約を締結した。投資規模は7億ドルと報じられ、今後10年間で日量最大4.8万バレルを生産する計画であった。しかし2018年11月に米国制裁を懸念するロシア企業のプロジェクト撤退が報じられた。

③Jufair油田、Sepher油田 2018年3月、イランPasargad EnergyとNIOCがIPCに基づくJufair油田、Sepher油田における24億ドル規模の開発契約を締結した。現在の開発状況は明らかではない。

 外資企業は概ね撤退の方向とみられる。ただしこうした状況下にもかかわらず、CNPCはNorth Azadegan油田およびMasjid-i-Suleiman油田への関与は継続すると報じられ、他方、Sinopecが開発を進めるYadavaran油田については交渉継続中であるものの契約は停止していると報じられた。中国については5月に入っても原油輸入が継続しているとの報道も出てきており、今後の動向が注目される。

(4)制裁が与える影響:米国以外の各国の対応状況

①EU 米国によるJCPOA離脱、対イラン制裁再発動の決定についてEUは、JCPOAの完全かつ効果的な履行はもちろんのこと、イランの体制存続をも脅かしかねないとして制裁の域外適用を認めておらず「イランが核関連の約束を全うする限り、JCPOAの継続的、完全かつ効果的な履行のために、全力を挙げて取り組み続ける」と表明している。他のJCPOA参加国(中国、ロシア)も2018年7月6日にウィーンで、また同年9月24日にニューヨークで行われた閣僚会合において同様に再確認している。また9月24日の閣僚会合の同日、EUはイランと取引を行う事業者への合法的な決済手段の提供を目的に、イランとの円滑な金融取引のための特別目的事業体(SPV)を設立すると発表した。このSPVについて、当初11月5

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日の設立が目標とされていた。年をまたぎ2019年1月31日、英仏独3カ国の外務大臣は共同声明を発表し、欧州経済団体とイラン間の正当な貿易を促進するSPVとして貿易取引支援事業体(INSTEX:Instrument for Supporting Trade Exchanges)を設立したと明らかにした。共同声明によれば、INSTEXはまずは人道分野(医薬品、医療機器、農産物)に焦点を当て、実際の稼働開始に向けてイラン側における対応事業体の設立を進めるとしている。このINSTEXに関し、2月14日、米国のペンス副大統領は、米国の対イラン制裁から逸脱するものとして欧州を非難、核合意から離脱するよう促したが、同日、欧州関係者はこれに反対する意を表明した。欧州側は引き続きINSTEXの稼働に努めているが予算確保や規定策定などの理由により、当時、まだ数か月の準備期間が必要と見込まれた。3月6日、イラン外務省のアラグチ次官は、欧州が設立したINSTEXと同様の決済制度をイラン側にも設置する方針を示し、3月20日にイラン中央銀行のヘンマティ総裁がINSTEXに対応する特 別 メ カ ニ ズ ム STFI(Special Trade and Finance Institute)の創設を発表した。4月22日、イラン商工会議 所 が イ ラ ン の 首 都 テ ヘ ラ ン で の 登 記 を 発 表 し、INSTEXと連携するためのイラン側の体制構築が進められた。しかしながら欧州側の動きに進展は見られず、イランのロウハニ大統領は5月8日に、直ちに核合意からの離脱は行わないものの、核合意事項の一部の義務の履行を停止するとともに、重水及び濃縮ウランの海外への出荷を中止する旨明らかにした。そして、残るJCPOA加盟国が60日以内に、イランの基本的利益、特にイランにとって重要な利益である石油や銀行に関する取引に関する義務を満たさなければ、ウラン濃縮水準及びArak重水炉に関する次なる措置を講じ始める旨表明した。 なお、石油関連制裁の再発動を控えた2018年秋にも、制裁を相殺する方策をなかなか見いだせない欧州に対してしびれを切らしたイランが、JCPOAからの離脱をちらつかせていたことがあった。もしもINSTEXを実際に機能させることができない場合には、イランがJCPOAにおける欧州側のコミットメント不足への非難を更に強め、5月8日のイランによるJCPOA上の一部義務の履行に対するコミットメント低下に係る表明の様に、イランのJCPOA離脱に関する緊張が更に高められるといった懸念もぬぐい切れない。SPVの設立自体が実現に至っていることは大きな一歩であるが、その一方でINSTEXが、イランが納得できるような実行力をもって運用され、制度を企業が実際に使うことができるかどうかが重要なカギとなる。

 このほかEUは、域内の企業や個人が米制裁に従うことを禁じ、制裁で損害を受けた場合はEU内の裁判所で損害賠償を求める訴訟を起こせるようにする「ブロッキング規則」と呼ばれる措置を2018年8月7日(米国による制裁発動同日)に発動した。EUは、欧州企業の間で米制裁を回避するためにイランからの撤退が拡大し、その結果イランが核合意に留まる見返りを失い、核合意が崩壊することを懸念し、各種対抗措置を検討してきた訳であるが、実際に米国の制裁の対象となるのはEUではなく企業である。制裁対象となれば米国内での事業や米国からの資金調達に悪影響が及ぶため、企業のイランからの撤退に歯止めを掛ける効果については疑問視する声もあり「欧州企業の保護には不十分だ」(フランスのルメール経済財務大臣)との声がEU内でもくすぶっている。現状においては、ブロッキング規則はEUの企業のイランからの撤退を押し留めるにはほとんど効果はなかったことになるだろう。 次に、EUと共にJCPOAの加盟国であり、中東での影響力拡大をうかがうともいわれるロシアと中国の動きについてまとめる。両国はEUと共にJCPOA維持の方針を堅持している。

②ロシア 2018年5月14日にイランのザリーフ外務大臣と会談したロシアのラブロフ外務大臣は「中国、欧州と共に再制裁への反対結集を話し合う予定である」と発言。ロシアは混乱のなかでイランとの関係を深め、中東における影響力を広げようとしていると見られており、2014年に締結した「オイル・フォー・グッズ協定」(イランから輸入した石油を代わりに販売し、代金をロシア製品で支払うという、いわば物々交換の仕組み)にEUを加えることを検討しているとされた。しかし実施主体となるミール・ビジネス銀行は米国の制裁対象となってしまい、石油開発分野に関してはZarubezhneftやLukoilもイランからの撤退を表明した。欧州同様、ロシア政府も政治的には米国制裁に抗っているが、制裁対象となる企業はイランへの投資を進めることができない状態にある。2018年9月7日には、イラン、ロシア、トルコの3カ国の大統領による「テヘラン・サミット」が開催された。主にシリア情勢などについての協議が行われたが、その場でイランとの米ドルを介さない自国通貨での決済システムについても議論された模様である。しかし、その後具体的な実行策には至っていない。サミット後、プーチン大統領はイランのハメネイ最高指導者とも会談し、特に経済分野については新たな原子力発電所などの建設プロ

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アナリシス

ジェクト、鉄道の電化プロジェクト、イランの石油販売の拡大などについて提案し、ロウハニ大統領との会談でも、ロシア企業はイランへの投資を諦めておらず、両国の経済関係強化のためロシアはJCPOA関係国とも協議を続けている旨述べた。

③中国 中国もイランと親密な関係を築きたいと考えられるが、併せて米国との関係や米国による制裁のリスクも念頭に置く必要がある。ただ現在、中国はイランにとって最大の原油輸入国であり、輸入継続のために中国はいくつかの取り組みを行っている。 2018年8月、石油貿易会社である珠海振戎(Zhuhai Zhenrong) *6公司と中国石油化工集団公司(Sinopec)は、イラン国営タンカー会社(NITC)所有のタンカーを使った割引価格での原油購入の契約をNIOCとの間で締結した。さらに11月の石油関連制裁再発動を控え、過去最大量となる2,000万バレル超のイラン産原油がNITC所有のタンカーで中国・大連港の貯蔵施設へ運搬されているとも報じられた。また12月には、Totalが撤退を表明したサウスパース フェーズ11への投資をCNPCも停止

する一方で、いずれもバイバック契約であるNorth Azadegan油田およびMasjid-i-Suleiman油田への投資を継続するとの報道があった。さらに2月20日、中国の習近平国家主席は、訪中したイランのラリジャニ国会議長と会談し、国際情勢にかかわらず、イランと親密な関係を築きたい意向に変わりはないことを伝えている。また、中国は地域の平和と安定の維持に向けてイランが建設的な役割を果たすのを支援するとともに、地域の問題において緊密に連絡を取り、協調する用意があるとも述べている。イランとの関係のみならず、中東地域全体における存在感を強めようとする中国の政治的な意図が見え隠れする。ただしCNPCのサウスパース フェーズ11からの撤退報道があったように、企業側としては米国の対イラン制裁による自社の他国事業への影響を鑑み、現実的には慎重な対応を取っている。

(5)制裁が与える影響:イラン国内政治・社会情勢

 国際社会との緊張緩和に重きを置き協調融和路線を追求するロウハニ大統領は、2年前、歴史的な「核合意」を成し遂げた。経済制裁解除による発展を期待したイランであったが、2017年末から2018年初めにかけて発生

3.1

-7.7

-0.3

3.2

-1.6

12.5

3.7

-3.9

-6.0-10

-5

0

5

10

15

2011 2012 2013 2014 2015 2016 2017 2018 2019年

%

図10 実質 GDP 成長率の推移

※ 2018 年以降は推計値出所:IMF 世界経済見通し(2019 年 4 月)

21.5

30.6

34.7

15.6 11.9

9.1 9.6

31.2

37.2

0

5

10

15

20

25

30

35

40

2011 2012 2013 2014 2015 2016 2017 2018 2019

%

図12 消費者物価上昇(インフレ)率の推移

※ 2018 年以降は推計値出所:IMF 世界経済見通し(2019 年 4 月)

12.3 12.110.4 10.6 11.0

12.4

11.813.9

15.4

024681012141618

2011 2012 2013 2014 2015 2016 2017 2018 2019年

%

図13 失業率の推移

※ 2017 年以降は推計値出所:IMF 世界経済見通し(2019 年 4 月)

20,00040,00060,00080,000100,000120,000140,000160,000180,000200,000

2018/4/1

2018/5/1

2018/6/1

2018/7/1

2018/8/1

2018/9/1

2018/10/1

2018/11/1

2018/12/1

2019/1/1

2019/2/1

2019/4/1

2019/3/1

2019/5/1イラン

リヤル/米ドル

図11 イランリヤルの対ドル為替レートの推移

出所:各種情報に基づき JOGMEC 作成

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最近のイラン石油産業の変遷とその課題

おわりに 今後の行方

 制裁再発動の発表から1年が経過し、イランの原油輸出量は早いペースで減少している。米制裁適用除外が認められなくなり、今後さらに減少すると見込まれる。 JCPOAの維持、米国による対イラン再制裁をめぐり、各国の間でやり取りが引き続き繰り広げられているものの、現時点で打開の兆しは見えない。当然、制裁がいつまで続くかも分からない。在米コンサルタントによれば、米政府は「制裁が目的ではなく、JCPOAの代わりに『米国に有利な』合意を引き出すことがその真の目的」、イラン側も「単に米国と対立する訳ではなく、『対話』によって圧力を止めていきたい」との意見もある。ただし、米国とイランどちらも、その『対話』の時期は今ではないと考えており、すぐに直接対話が進む機運はなく、米政権の方針や体制に大きな変化がない限り膠着状態が続くものと思われる*8。

 「イランはあと2年間耐え忍ぶ構えである」との声がイラン国内外から聞こえる。イランは大産油国でありながら原油収入は政府歳入のわずか3 ~ 4割程度と、実は原油依存度がさほど高くない*9。また近隣国に対しガス輸出など手堅いインフラ基盤を築いており、イランがその関係をいかに活用し得るか、注目すべきところである。 上流事業においては、外資参入の兆しはみられない。しかし、これまでもIOCはイランへの参入と撤退を繰り返してきた。イラン国内にしても、国内政治状況を反映し、外資導入、あるいは抑制を繰り返してきた。今後も流動的であることを念頭に置きつつ、潮流を見定め、次に備えることが必要であろう。また各国、各企業の対応がその潮流の一端を担っていることも忘れてはならない。

サウスパース・ガス田およびサウスパース フェーズ11概要 ペルシャ湾沖合、カタールとの国境上に位置し、世界最大級の埋蔵量を有するサウスパース・ガス田は、カタール側がノースフィールド・ガス田、イラン側がサウスパース・ガス田と呼ばれる。開発の進むカタール側ノースフィールド・ガス田と異なり、前回制裁の影響から、イラン側サウスパース・ガス田ではこれまで十分な開発がなされてこなかった。 イランは原油輸出量を最大化するため国内エネルギー需要を可能な限りガスで賄う方針を示している。イランの国内ガス供給量のうち約3分の2をサウスパース・ガス田からの供給が占めており、イランガス開発における最も重要なガス田といえる。 全24フェーズから成り、2002年より初期フェーズ(フェーズ2、3)が生産を開始し、現在、18フェーズですでに生産中、5フェーズが開発中、唯一未開発のフェーズがTotal、CNPCのフェーズ11といわれる。イラン国内企業により開発が進められているが、フェーズ11については周囲のガス田の生産が進んでいることから技術的に難易度が高く(後述)、NIOCは外資と協力して行う方針であった。 2017年7月、Totalはサウスパース フェーズ11開発に関し、中国石油天然気集団(CNPC)およびイラン現地企業

した市民の抗議行動*7 以降、米国の対イラン制裁の再適用などの影響を受け、経済成長は鈍化している。IMFによる実質GDP成長率の推移を見ると、2016年は制裁の解消が本格的になり12.5%の成長を記録した。2017年については8%の成長を目指していたが、実際は3.7%と低迷した。2018 年は米国の JCPOA離脱の影響で-3.9 %、2019年については-6.0 %とIMFは予測する。また、イラン・リヤル通貨の対ドルレートは下落し、物価は上昇傾向にある。インフレ率、失業率についても、すでに前回制裁時を上回る水準まで悪化していると推測される(図11、図12、図13、図14)。 社会情勢については、2018年7月にクルド人武装勢力による革命防衛隊の民兵部隊であるバスィージへの襲

撃や9月にアフワーズでの軍事パレードへの襲撃が発生するなど、国境地帯での騒

そうじょう

擾事件が増加、また2019年2月にもイラン南東部で革命防衛隊を狙った自爆テロが発生した。政治面では、2018年8月下旬には議会が労働大臣、経済財務大臣の2閣僚を弾劾し、ロウハニ大統領自身も国会へ招致され、政権への圧力も高まっている。2019年2月には、これまでのイランの国際協調路線に寄与したとされるザリーフ外務大臣が辞意を表明した。その後ロウハニ大統領他の呼びかけにより辞任を撤回したが、イラン国内では現政権への不安や強硬派勢力の高まりも懸念され、政治的には不安定さを増す要素が増えてきている。ただし、今のところは現政権の転覆など大きな政変につながるまでに至ることはなさそうである。

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882019.5 Vol.53 No.3

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Petroparsと共に NIOCとの契約を締結した。これは2016年1月制裁解除後、IOCによる初めての契約となった。契約期間は20年間で、権 益 比 率 は Total(50.1 %)、CNPC(30 %)、Petropars(19.9%)。投資規模は48億ドル。フェーズ11の生産量見込みは天然ガス日量20億立方フィートおよびコンデンセート日量8万バレルで、2021年頃までにイラン国内向けに生産開始予定とされていた。 2018年5月に入って米国によるJCPOA離脱、制裁懸念の高まるなか、TotalはエンジニアリングスタディとEPC契約(建設請負契約)の手続きを進めていたことから、同社の Patrick Pouyanné CEOはサウスパース フェーズ11について「イランの人々を手助けするための国内向けガス供給であって輸出用ではない」と人道的観点を強調し、また核合意がリスクに晒される以前に締結された契約であることを根拠に制裁対象からの免除を訴えた。しかし一方でEPC契約の締結は(米国がJCPOAからの離脱の是非を決める期限とした)5月12日以降まで待つ、といった現実的な姿勢を見せてもいた。 5月13日、ボルトン米大統領補佐官(国家安全保障問題担当)は、イランと取引を続ける欧州企業が米制裁の対象になる「可能性がある」との認識を示したため、これを受けてTotalは16日「フランスおよび欧州当局の協力により制裁免除の対象とならなければ、プロジェクト継続は難しく、11月4日までに関連する全操業を撤退せざるを得ない」との声明を発表した。2018年8月には、Total撤退がイラン地元メディアなどで報じられ、その後12月には引き継ぎが期待されていたCNPCも米国関係懸念から投資を停止したと報じられている。 サウスパース フェーズ11に関し、Total、またはCNPCとの契約なくしては将来的な増産に向けた開発は難しいといわれる。フェーズ11は周囲の鉱区(カタール側を含む)でガス生産が先行しているため、その場所柄、サウスパース・ガス田開発のなかで最も難しいフェーズであると広く考えられている。フェーズ11は、2005年に生産を開始したカタールのAl Khaleej Gasプロジェクトとサウスパースのフェーズ 3、フェーズ7、フェーズ8、フェーズ12、フェーズ15、16に囲まれており、その結果、フェーズ11の貯留層内圧力は他の一般的なサウスパース フェーズよりもはるかに低くなる。圧力の低下により、パイプラインを通じた陸上処理プラントへの送ガスには圧縮が必要とされ、NIOCはこのフェーズ11の技術を他のフェーズへ複製活用することを計画しているという。こうした観点から、フェーズ11はサウスパース全体の次段階の開発にとって重要不可欠なプロジェクトとされ、故にTotal撤退によって次の段階における不確実性が大きく増しており、他のサウスパース フェーズからの将来の生産に大きく影響する可能性がある。

表4 サウスパース・ガス田の開発フェーズ

フェーズ 天然ガス生産能力(Bcf/d)

コンデンセート生産能力(千 b/d) 生産開始年

1 1 40 20042

2 80 200334

2 80 200556

3.7 120 2008789

2 80 20091011 2 80 202212 3 110 201413 2 75 201814 2 75 201815

2 75 20151617

2 75 20161819 2 75 201720

2 75 20172122

2 77 20182324

合計 30 1,117Source:Facts Global Energy, December 2017出所:EIA Country Analysis:Iran(2019/01/07 更新版)

サウスパース・ガス田(イラン側)サウスパース・ガス田(イラン側)

Assaluyeh ガス処理施設へAssaluyeh ガス処理施設へ

IRANQATAR

km40200

ノースフィールド・ガス田(カタール側)

ノースフィールド・ガス田(カタール側)

フェーズ 1フェーズ 1

フェーズ 2フェーズ 2

Al Khaleej Gasプロジェクト

Al Khaleej Gasプロジェクト

17,18 5

13

149

621

73

15, 16

12

11

8

1020

41,19

2

222324

イラン

UAE

イラク

バーレーン

クウェート

サウジアラビア

カタール

オマーン

ノースパース・ガス田ノースパース・ガス田

アガジャリ油田アガジャリ油田

アフワズ油田アフワズ油田

アザデガン油田アザデガン油田

ブルガン油田ブルガン油田

ヤダバラン油田ヤダバラン油田ガチサラン油田ガチサラン油田

ゴルシャン・ガス田ゴルシャン・ガス田

フェルドウシ・ガス田フェルドウシ・ガス田

サウスパース・ガス田サウスパース・ガス田

ガワール油田ガワール油田

Esfahan

Abadan

Shiraz

Lavan Island

Bandar Abbas

Kerman

Firuzabad

Asaluyeh

Bandar Khomeni

ノースフィールド・ガス田(カタール)ノースフィールド・ガス田(カタール)

製油所

油田

ガス田

図14 サウスパース・ガス田

出所:各種資料より JOGMEC 作成

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最近のイラン石油産業の変遷とその課題

執筆者紹介

芦原 雪絵(あしはら ゆきえ)委託事業などの契約業務や海外技術者研修事業などに従事。2016年より現職。イラン、イラク、北アフリカ地域を担当。

Global Disclaimer(免責事項)本稿は石油天然ガス・金属鉱物資源機構(以下「機構」)調査部が信頼できると判断した各種資料に基づいて作成されていますが、機構は本稿に含まれるデータおよび情報の正確性又は完全性を保証するものではありません。また、本稿は読者への一般的な情報提供を目的としたものであり、何らかの投資等に関する特定のアドバイスの提供を目的としたものではありません。したがって、機構は本稿に依拠して行われた投資等の結果については一切責任を負いません。なお、本稿の図表類等を引用等する場合には、機構資料からの引用である旨を明示してくださいますようお願い申し上げます。

<注・解説>*1: 2015年7月14日、米国、英国、ドイツ、フランス、中国、ロシアとイランが最終合意したJoint Comprehensive

Plan of Action(包括的共同行動計画)。イランの濃縮ウラン貯蔵量の削減や遠心分離機の削減など原子力関連の活動を大きく制限する見返りに、米国やEUが核関連の制裁を停止し、国連による制裁も解除された。

*2: コンデンセート含む。*3: Agha Jari、Ahwaz、Bibi Hakimeh、Gachsaran、Haft Kel、Karanj、Marun、Masjid-i-Suleiman、Parsi、

Salman(Salman以外は、Zaglos堆積盆に位置する陸上油田)など。*4: 1年間の自然減退量について、例えば主要油田のAhwaz、Marun、Gachsaranなどは、回収率向上に向けた追

加投資が得られない場合、約4 ~ 12%の割合で減退が進むとの指摘もある。*5: 2016.10.4 Shana報道 9月30日合意締結*6: 中国国有軍需企業である北方工業公司(China North Industries Corp:NORINCO)の子会社でイランとの石油

貿易(イランからの原油輸入)を独占的に行っている。*7: 当初、卵やガソリンなど生活必需品の価格高騰への怒りが背景にあったが、その後抗議の矛先がイランの政治

体制へと向かった。*8: EUがイランとの協力枠組みを維持しようとしている背景には、「シリアからの移民問題」を解決するのにイラン

からの協力が不可欠だからという意見もある。ただし、その点の真偽は定かではない。*9: 国内産業(GDP)における石油、ガスへの依存度は2割強で、大半はサービス業が占める。それ故、国家財政に

おける原油収入の割合も他の産油国と比較して限定的である。