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Meiji University Title �-Author(s) �,Citation �, 150: 1-25 URL http://hdl.handle.net/10291/9012 Rights Issue Date 1981-12-01 Text version publisher Type Departmental Bulletin Paper DOI https://m-repo.lib.meiji.ac.jp/

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Meiji University

 

Title 日本語と朝鮮語-その「対応」の実相

Author(s) 水野,義明

Citation 明治大学教養論集, 150: 1-25

URL http://hdl.handle.net/10291/9012

Rights

Issue Date 1981-12-01

Text version publisher

Type Departmental Bulletin Paper

DOI

                           https://m-repo.lib.meiji.ac.jp/

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日本語と朝鮮語一その「対応」の実相

Japanese and Korean

    -the actual picture of their correspondence

水 野 義 明

1. はじめに

 日本語と朝鮮語を比べてみると,両者の言語構造がほぼ完全に一致している

ことに気がつく。語順について言えば,どちらもSOV型である。つまり,動

詞後置型である。会話文から簡単な例をあげてみよう。 (朝鮮語固有文字「ハ

ングル」の転写法についてはPP.4~5を参照されたい。)

 ①Z6-nUn l-ibnida.

   私一は 李一です。

 ②Dafisin-ifn ilbon-mar-ifl gofibuhabni-gga?

   あなた一は 日本一語一を 勉強しますか?

 ③Haggyo-e gass-ifbnida.

   学校一へ 行(った)一です。

 このように,両者の語順は同一であり,原則としては単語を入れ替えるだけ

で謙訳可能である。

 もう少し複雑な文についても,基本的対応関係が成立していることがわか

る。(以下は,全基定「基礎日本語会話」文苑社,ソウル,1969年からの用例。

( )内は筆者による逐語訳である。)

               - 1一

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 ④ まことにお気の毒様ですが,李先生は只今用事があって,お目にかかれ

ません。

 Dadanhi mianhabnida-man,

manna b61 su 6bs近bnida.

1-S6nSafi-nim一前n 彰ig旨m bOr-ir-i iSS-6S6,

 (たいへんに すみません一が,李一先生一様一は いま 見る(べき)一

こと一が あって,会い お目にかかる すべ(が) ないです。)

 ⑤ まあ,きれいなドレス,着てみてよ。色がとてもいいし,スタイルもあ

なたにぴったりよ。

   Om6na, a磁mdaun d近res丘, ib-6 bwa-yo. Sagggar-i説uΣoh-go, s近tai1-do

dafisin-egen ggog maをa-yo.

 (まあ,きれいな ドレス,着て 見て一よ。色一が とても

タイルーも あなた一に一は ぴったり 合って一よ。)

いいし,ス

⑥「今日は一日中雪かな。」

 「そうかも知れないね。空模様はどうもそうらしい。」

「On並r一近11 haru老nfi-il nun-i ol-9ga?」

「G首r61一をi-do molla, nalssi-ga amura-do g近r61-g6s gat-a.」

 (「今日一は 一日 終日 雪一が 降る一か?」

 「そのよう一(か)一も 知らない。天気一が どう一も

(の) ようだ。」

そのような一こと

一2一

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 以上の三例では,基本構文が一致していることは言うまでもないが,細部の

語法や,その背後にある発想もよく似ていることがうかがわれる。たとえば,

④では,助詞や動詞連用形によって節をつないでいく方法,⑤では,「見る」

という動詞の用法,⑥では「……かも知れない」という語法などは,両言語の

特徴をよく示している例である。また,④⑤⑥における各センテンスの語尾

は,「……です」「……よ」「……だ」のようになっていて,話手の心的態度の相

違を直接的に表出しているが,たとえば英語などではこういうことはできない。

 さらに,次のような一節を見ると,朝鮮語の構造と,朝鮮入の物の考え方

が,非常に「日本(語)的」であることがわかる。 (煩雑なのでハングルのラ

テン文字表記は省略した。)

 秋はものわびしい季節だ。黄ばみゆく草原に腕枕して寝そべり,ガラス

玉のように青く晴れわたった空をちっと見あげていると,何とはなしにも

のわびしくなり目がうるんでくるのは秋にだけ感じられる純粋な感情だ。

 (〈随筆〉「野 菊」 鄭 飛石,冒頭部分の日本語訳。「標準 韓国語」

朴 成媛編著,高麗書林,1972年)

〔逐語訳〕

 秋一は,悲しい 季節一である。枯れて一行く 草原一に 腕一枕一を

(枕)して 横たわっ一て ガラスー玉(の)一ように 青く 晴れた 空一

を 静か一に あおぎ一見一て い一よう一(と)一ならば,心一が わけ

一(も)一なく 悲しく一なり一ながら 目一がしら一に 目一水一が う

るむ(ように)一なる こと一は 秋一に一のみ 感ずる すべ(が) ある

純粋な 感情一である。

 「秋」という主題に対する,このような感傷的な想念,哀愁や寂蓼は,また

特に「日本的」観照法とも酷似している。そして,こ・の日朝両者の発想の共通

               一3一

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性の背後にあって,思想の流れを並行させ,微細な表現にいたるまで逐語的対

応を可能にしているものこそ,日朝両語の構造の一致なのである。

 本論では,この間の事情を具体的な資料に基づいて示すことを目的とする。

方法としては,川端康成の小説「雪国」の一部をとりあげ,原作と朝鮮語訳と

を比較した。両者の対応関係は異質の言語と対照させれば一層明かになると思

われるので,参考までに英訳をも引用した。使用した底本は次の通りである。

〈日本語〉

川端康成「雪国」,新潮文庫,新潮社,1980年,87刷。

〈朝鮮語〉

金鎮郁訳「雪国/千羽鶴」,三中堂文庫,三中堂,ソウル,1978年,重版。

〈英語〉

‘‘

rnow Country”by Yasunari Kawabata, translated by Edward G. Sei・

 densticker, Charles E. Tuttle Company,1981,31-st printing.

 なお,朝鮮語の表語にあたっては,印刷上の都合もあり,ハングル(朝鮮語

固有文字)をラテン文字によって示した。ラテン文字化は従来行なわれている

方式をあらため,文字の一対一の対応を原則とした。個々の文字の関係は次の

通りである。

  母音

a

ya6[o]

O

yo

u

}トー1山乱丁

yuti[ur]

i

a[ee]

ya

e

ye

_ 4 _

T

-肩月書癩

wawaδ[φ]

w6

wewiiii

訓ヨ」

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       子音

          9   「   fi[D] °

          n    L    2[t∫] ス’

          d=6[t∫’]ス          r,1  己  k[k「] 9

          m   ロ   t[t’] E

          b   u   P[P1] 9

          s    み    h    t

 ただし,朝鮮語は音便が活発なので,実際の発音は文字表記そのままでない

ことが多い。本文中のラテン文字を一字一字復原すれば,朝鮮語として読める

はずである。なお,母音で始まる音節の初頭の黙字[iUln]は省略し,語要素

の切れ目や,先行する語に続けて書かれる助詞接続詞などの前にはハイフェン

(一)を入れた。

 念のため,用例表記の例を以下に示す。 (原文,朝鮮語訳,同逐語訳,英

訳,同逐語訳の順。( )内は筆者の補筆。)

  国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。

  Gug-gy6fi一面gin t6n6r道1 bb彪y6 na-o-my6n s61-gug-i-6sSda.’

  国一境一の 長い トンネルーを 抜け 出一来る一ならば 雪一国一で

 一あった。

  The train came out of the long tunnel into the snow country.

  列車は長いトンネルから出て,雪国へ(入った)。

               -5-一

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2. 「鏡の中の女」一日朝両語の並行関係

 ここで本論の主題に入る前に,筆者が日朝両語の並行関係について特に注意

を喚起したいと考えた動機について一言述べてみたい。それは日本語の系統論

との関連である。現在のところ,言語学的には,日本語と朝鮮語とは「同系で

ある」という確証はないとされている。その主な理由は,音韻対応の不十分,

基本語彙の不一致などである。しかし,筆者の考えによれば,言語構造(語順

や語法など)の側面をもう少し重視してもよいのではなかろうか。たとえば,

「同系言語」である英語,フランス語,ドイツ語,ロシア語相互の間には,語

順と語法に限ってみれば,日朝両語の間よりも,並行関係が少ない。同一の内

容に対する各国語の表現を以下に比較してみよう。(用例は,「六力国語会話」

]1,皿;日本交通公社出版事業局,1974年,14版 のそれぞれpp.46~47よ

り。英語の部分は原文の誤記を修正。)

①日本語これは日本に持ち帰る土産品です。

② 朝鮮語 Ig6s-lin ilbon-e gaZi-go gal s6nmul-ibnida.

  (これ一は 日本一に 持っ一て 行く 土産一です。)

③英語This is a souvenir I’m taking to Japan.

  関係代名詞省略,従節で現在進行形を使用。

④フランス語C’est un souvenir que j’emporte au Japon.

  従節で現在形使用,Japonには定冠詞がつく(a+1e→au)。

⑤ドイツ語Das ist ein Andenken, das ich nach Japan mitnehmen

 m6chte.

  従節が動詞後置。

⑥ ロシア語 ∂To-cyBeHHp, KoTopblti fl Be3y B SInoHHEo.

  繋辞copulaの欠如。

①と②では完全な並行関係が認められるのに対し③④⑤⑥では相互に,かな

              _ 6 _

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り重要な語法上の相違が存在する。日本語と朝鮮語は,「同系」の諸言語よりも,

もっと緊密な関係にある。「系統的」にはともかく,「類型的」tyPologica1に

はほぼ同一と言うべきであろうか。

 しかしながら,短かい用例の比較だけで結論することはできない。必要なの

は,一定の伝達内容(思想)を有する「文章」(「センテンス」の,まとまりあ

るグループ)の対照である。それによって,語順,語法のみならず,思考型

態,発想様式の異同をも解明することができるであろう。以下では,「雪国」

の初めの部分から,夕暮の車窓に映る女の映像を描写した有名な一節をとりあ

げ,日,朝,英の各国語の表現を比較検討することにする。便宜上,個々の

「センテンス」ごとに比較したが,全体的内容の把握のためには,日本語の部

分を最初に通読しておいてもよいであろう。

 ① もう三時間も前のこと,島村は退屈まぎれに左手の人差指をいろいろに

動かして眺めては,結局この指だけが,これから会いに行く女をなまなましく

覚えている,はっきり思い出そうとあせればあせるほど,つかみどころなくぼ

やけてゆく記憶の頼りなさのうちに,この指だけは女の触感で今も濡れてい

て,自分を遠くの女へ引き寄せるかのようだと,不思議に思いながら,鼻につ

けて匂いを嗅いでみたりしていたが,ふとその指で窓ガラスに線を引くと,そ

こに女の片眼がはっきり浮き出たのだった。

 B61ss6 se sigan-ina 26n-e, Simamura-n己n simsimpuri-ro 6n-son 2ibge-

songarag一近1 iri一を6ri umをigi-go 6y6dabo-go ha-my6ns6, gy61ko i songarag-

man-i,量をe-but6 manna-r6 gal y罷a-rul safisafiha-ge gi6gha-go iss-n首n ge

da, ddogddoghi safigaghti nary6-go琶ssU-my6n菖ss近lsurog,をabhi一をi anh-

go h近ry6をy6 ga-n近n mury6ghan gi69 so9-es6, i songarag-man一近n y6葦a一近i

Euggam一通ro るig道m-do乙6を一6 iss-6,をagi-r丘1 m61-li iss-niin y6をa-egero

               -7一

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ggifr6dafigi-nifn g6s gatda-go, isafis近re safigagha-my6ns6, ko-eda da-go

namsa-r面mat-a bo-go hada-ga, mundUg g溢 songarag道ro yuri託a道一e

s6n一近l g丘s一をa,9~~gi-e y~~をa一丘i han一老をog nun-i ddury6s-i dd~~-ollassda.

  すでに 三時間にも(なる) 前に,島村は 退屈まぎれに 左手 人 差

指を あちこち 動かして 眺めて しながら,結局 この 指だけが,これ

から 会おうと 行く 女を 生々しく 記憶して いる こと だ,はっき

り 考え 出そうと つとめれば つとめるほど,つかまら一 なくて ぼや

けてゆく無力な記憶(の)中で,この指だけは女の触感で今

も 濡れて いて,自分を 遠くに いる 女へ引き寄せる こと(の)

ようだと,不思議に 思いながら,鼻に つけて 匂いを 嗅いで みて し

ていたが,ふと その 指で 窓ガラスに 線を 引くや,そこに 女の 片

方(の) 目がはっきり浮き上った。

  It had been three hours earlier. In his boredom, Shimamura stared at

his left hand as the forefinger bent and unbent. Only this hand seemed

to have a vital and immediate memory of the woman he was going to

see. The more he tried to call up a clear picture of her, the more his

lnemory failed him, the farther she faded away, leaving him nothing to

catch and hold. In the midst of thiS uncertainty only the one hand, and

in particular the forefinger, even now seemed damp from her touch,

seemed to be pulling him back to her from afar. Taken with the strange・

ness of it, he brought the hand to his face, then quickly drew a line

across the misted-over window. A woman’s eye floated up before him.

   (もう)三時間も前のことだった。退屈して(いたので)島村は左手を見つ

め人差指がまがったり伸びたりするのを(見ていた)。この手だけが,彼がこ

れから会いに行く女(について)生き生きとした,身近な記憶をもっているよ

                           一 8 一

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うだった。彼が彼女のはっきりした姿を呼び起そうとすればするほど,彼の記

憶は彼(から)ますます去り,彼女は彼につかみどころを残さずにますます遠

くへぼやけて行った。この頼りなさの只中で,ひとっの手だけが,特に人差指

が,彼女の触覚で今も濡れていて,彼を遠くから彼女へ引き戻すようだった。

そのことの不思議さにとらわれて,彼は手を顔にもって行き,それからす早く

湯気のかかった窓に線を引いた。女の(片)目が彼の前に浮かび上った。

②彼は驚いて声をあげそうになった。

G活一n丘nnolla-s6 sori-r並1をir首l bb6nhassda.

彼は 驚いて 声を あげる ばかり(のところ) だった。

He almost called out in his astonishment.

彼は驚いて危く叫び出すところだった。

 ③ しかしそれは彼が心を遠くへやっていたからのことで,気がついてみれ

ばなんでもない,向側の座席の女が写ったのだった。

 Haをiman g首g6s一近n g近一ga ma丘m-lil m6n gos-e du-go iss-6ss-d6n tas-i-

go, aレgo bo-ni amug~ls-do anin g6nn6-py6nΣwas6g道i y6をa 61gur-i biろin

96s-i-~~ssda.

 しかし それは 彼が 心を 遠い ところへ 置いて いた(という)

せいであって,わかって みれば なんでもない 向側 座席の 女(の)

              _9_

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顔が写った のだった。

 But he had been dreaming, and when he came to himself he saw that

it was only the reflection in the window of the girl opposite.

 しかし彼は(そのときまで)夢うつつであって,我にかえると,彼は,それ

が向側の女の窓に映った(姿)にすぎないことが,わかった。

 ④外は夕闇がおりているし,汽車の中は明りがついている。

 Baggat-iln 6dum-i nari-ggally6 iss-go, gi6a an一尚n bur-i ky6をy6 issda.

 外は 闇が おり敷かれて いて,汽車(の) 中は 明りが ともされて

いる。

 Outside it was growing dark, and the lights had been turned on in the

train,

 外では 暗くなりつつあり,汽車の中は明りがつけられていて,

 ⑤それで窓ガラスが鏡になる。

 G漁ra-s~5 yuri-~iafi-i g~~ur-i dOnda.

 それで ガラス窓が 鏡に なる。

                r10一

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transforming the window into a mirror.

窓を鏡に変え(た)。

 ⑥けれども,スチィムの温みでガラスがすっかり水蒸気に濡れているか

ら,指で拭くまでその鏡はなかったのだった。

 HaΣiman, s丘tiim-lii ongi-ro yuri-ga ontOfi su茄五gi-e老6Σ一6s6, son一丘rO

dagg一首l dda-gga盗g近g6ur-Un 6bs-~~ss-d~5n g~5s-ida.

 けれども,スチイムの 温気で ガラスが すっかり 水蒸気に 濡れて,

手で 拭く ときまで その 鏡は なかった(という) ことだ。

 The mirror had been clouded over with steam until he drew that line

acrOSS lt.

 彼がそれ(鏡)に線を引くまでは,鏡は水蒸気ですっかり曇っていた。

 ⑦娘の片眼だけは反って異様に美しかったものの,島村は顔を窓に寄せる

と,夕景色見たさという風な旅愁顔を俄づくりして,掌でガラスをこすった。

   C6ny6道i han猛og nun-man一近n dori-6 isafihari-mank首m ar丘mdawass一

老iman, Simamura-n丘n 61gur一道1乙ah-e gaggai da-go,Σ6mur-6 ga-n酋n Z6ny6g

gy6i~三i-r溢l bo-go sipda-n丘n d近shan y6su-eΣ6Σ一首n 61gur-Ul Σi丘一my~~, son-

badag一近ro yuri-r近1 mun老ill6ssda.

_11一

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娘の 片方(の) 目だけは反って異常なほどに美しかったが,島村

は顔を窓に近く つけて,暮れて行く 夕方(の) 景色を見一

たい(という) ような 旅愁に ひたった 顔を 作って,掌で,ガラスを

こすった。

 The one eye by itself was strangely beautifu正, but, feigning a traveler’s

weariness and putting his face to the window as if to look at the scenery

outside, he cleared the steam from the rest of the glass.

 その片眼はそれだけで異様に美しかったが,彼は,旅人の倦怠をよそおい,

外の景色を見(ようとす)るかのように 顔を窓につけて,(窓)ガラスの残

り(の部分)から湯気を拭き去った。

(中 略)

 ⑧鏡の底には夕景色が流れていて,つまり写るものと写す鏡とが,映画の

二重写しのように動くのだった。

 G6ul mit-badag-e-n近n老6ny6g pufigy6fi-i h近rU-go iss-6s6, irilレtemy6n

biEi-n道n g6s-gwa biさw6一海一n丘n g6ur-i, y6fihwa一近i iをufiさary6ft-E6r6m、

umiigi-go iss-6ssda.

鏡(の) 底には 夕方(の) 風景が 流れて いて,いうなれば 写る.

ものと 写してやる 鏡が,映画の 二重撮影(の)ように 動いて いた。

 In the depth of the mirror the evening landscape moved by, the mirror

and the reflected figures like motion pictures superimposed one on the

other.

                    -12一

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 鏡の底には夕景色が移って行き,鏡と写されたものとが,互いに二重焼写し

にされた映画のようだった。

⑨ 登場人物と背景とはなんのかかわりもないのだった。

D首彪ah inmu1-gwa btigy6fi-gwa-nUn amur6n y6ngwan-do 6bs-ossda.

登場 人物と 背景とは なんの 連関も なかった。

The figures and the background were unrelated,

登場人物と背景とは無関連だった。

 ⑩しかも人物は透明のはかなさで,風景は夕闇のおぼろな流れで,その二

つが融け合いながらこの世ならぬ象徴の世界を描いていた。

 D6ugi inmur一首n tumy6fihan d6s-6bs一近m-ro, pu煮gy6匠一近n 6dum-e ssain

mo五roihan h丘r丘m一近ro, g近du ga老i-ga yuihabha-nly6ns6 i sesafi-gwa-n近n

dofidd~~r~~盗n safiEifi一近i segye-r近I g近rレgo iss-6ssda.

 しかも 入物は 透明な はかなさで,風景は 闇に 包まれた 朦朧とし

た 流れで,その ニー 個が 融合しながら この 世とは 遠くはなれた

象徴の 世界を 描いて いた。

 and yet the figures, transparent and intangible, and the background,

dim in the gathering darkness, melted together into a sort of symbolic

world not of this world.

                      -13一

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 しかも人物は透明で無形で,風景は濃くなっていく闇の中におぼろで,(両

者は)融け合ってこの世ならぬ一種の象徴の世界と(なっていた)。

 ⑪殊に娘の顔のただなかに野山のともし火がともった時には,島村はなん

ともいえぬ美しさに胸が額えたほどだった。

 D~~guna~三6ny~~一近i 61gul han-bogpan-e yasand近i bbalgan d近fibur-i gy6b6il

dda-e-nUn Simamura-n近n mu6-ra hy6fi6nhal su 6bsn近n a通mdaum-e

gas道m-i dd611y6ss-Hlを6fido-y6ssda.

 まして 娘の 顔(の) ただなかに 野山(ヤサン)の まっか(真赤)

な ともし火が 重なる ときには 島村は なんと(も) 形容する すべ

(も) ない美しさに 胸が顛える ほどだった。

 Particularly when a light out in the mountains shone in the center of

the girPs face, Shimamura felt his chest rise at the inexpressible beauty

of it.

 殊に娘の顔のただなかに外の山々のともし火がともった時には,島村はその

なんともいえぬ美しさに胸が高まるのを感じた。

                 (中 略)

 ⑫汽車のなかもさほど明るくはないし,ほんとうの鏡のように強くはなか

った。

 Gi6a an-do g前da途balgEin近n anh-ass-go,葦6fimal g6ul-66r~~m gafiry61ha-

                -14一

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老i-do anh_assda.

 汽車(の) なかも さほど 明るくは なかったし,ほんとう(の) 鏡

(の)ように 強烈でも なかった。

 The light inside the train was not particularly strong, and the reflection

was not as clear as it would have been in a mirror.

 汽車のなかの明りは特に強くはなかったし,反射は,鏡の中なら(はっきり

して)いたであろうほどには,はっきりしていなかった6     ,

 ⑬反射がなかった。

 Bansa-ga~lbs-~~ssda.

 反射が なかった。

 Since there was no glare,

 反射がなかったので(きらきら光らなかったので),

 ⑭だから,島村は見入っているうちに,鏡のあることをだんだん忘れてし

まって,タ景色の流れのなかに娘が浮んでいるように思われて来た。

 Gilras6, Simamura-n丘n d近ryδda-bo-go iss-n近n dofian-e, g6ur-iまss-n近n

g6s一首1 E6mE6m i弘6-b6ri-go, E6ny6g pufigy6fi-ili hilrilm sog-e 66ny6-ga dd6

                   -15一

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 iss-nUn g6s謙6r6m n近9gy6一老i-gi siiaghtissda.             「

 それで,島村は 見入って いる あいだに,鏡が ある ことを だんだ

ん 忘れてしまって,夕方(の) 風景の 流れ(の) なかに 娘が 浮ん

でいる こと(の) ように感じられ始めた。

 Shimamura came tQ forget that it was a mirror he was looking at. The

gir1,s face seemed to be out in the flow of the evening mountains.

 島村は,彼が見ているものが鏡であることを,忘れるようになった。夕方の

山々の流れのなかに娘の顔が(浮かび)出ているように思われた。

 ⑮ そういう時,彼女の顔の中にともし火がともったのだった。

 G丘r61 dd且, g首ny6一面~llgul sog-e bur-i ky6をin g~Ss-ida.

 そのような 時,彼女の 顔(の) 中に火が ともされた ことだ。

 It was then that a Iight shone in the face.

 明りが顔にともったのはその時だった。

 ⑯この鏡の映像は窓の外のともし火を消す強さはなかった。

 Ig6ur一盗y6fisafi一近n 6afi bagg-ifi bul-bi6一首1をiul-manhan him-・lin 6bs-

6ssda.

               -16一

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 この 鏡の 映像は 窓(の) 外の 火の光を 消すほどa) 力・は なか

った。

 The reflection in the mirror was not strong enough to blot out the

light outside,

  (この)鏡の映像は外の明りを消すほど強くはなかった,

 ⑰ ともし火も映像を消しはしなかった。

 Bu1-bi~三一do y6fisafi一丘1老iu一Σi-n丘n anh-assda.

 火の光も 映像を 消しは (し)なかった。

 nor was the light strong enough to dim the reflection.

 明りも映像をかすませるほど強くはなかった。

 ⑱そうしてともし火は彼女の顔のなかを流れて通るのだった。

 G近riha-y6 bul-biさ一近n g丘ny6一首i~llgul sog一己1 hif116途naga-n首n g6s-i-~Sssda.

 そうして 火の光は 彼女の 顔(の) なかを 流れ 過ぎて行く こと

だった。

 The light moved across the face,

                    -17一

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 明りは顔を横切って動いていった,

⑲しかし彼女の顔を光り輝かせるようなことはしなかった。

 Ha茗iman g首ny~5一己i~Slgur一丘1 bi~1-na-ge haをi-n近n anh-assda.

 しかし 彼女の 顔を 光り出るようには しなかった。

 though not to light it up.

 しかしそれ(顔)を明るくはしな(かった)。

⑳冷たく遠い光であった。

 v Cagab-go m6n biE-i-6ssda.

 冷たく 遠い 光であった。

 It was a distant, cold light.

.それは遠い,冷たい光であった。

 ⑳小さい瞳のまわりをぽうっと明るくしながら,つまり娘の眼と火とが重

なった瞬間,彼女の眼は夕闇の波間に浮ぷ,妖しく美しい夜光虫であった。

 v Zag近n nun-do髭a一演6nを6ri-rUl hwanhi balghi-my6ns6,66ny6一面nun_gwa

               _18一

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bul-biさ一i gy6bさin sungan, gttny6_Ui nun-Un 6duun mulgy61 wi-e dd6 iss-

n首nyoy6mhan yagwafiさufi-i-6ssda.

 小さい(目の) 瞳の まわりを ぽうっと 明るくしながら,娘の 目と

火の光が 重なった 瞬間,彼女の 目は 暗い 波(の) 上に 浮んで

いる 妖艶な 夜光虫で あった。

 As it sent its small ray through the pupil of the girl’s eye, as the eye

and the light were superimposed one on the other, the eye became a.

weirdly beautiful bit of phosphorescence on the sea of evening mountains.

 娘の目の瞳を通してそれ(明り)がその小さい光線を送って(くる)と,

(また)目と明りとが互いに二重写しになると,目は,夕方の山々の海の上

の,妖しく美しい一片の燐光となった。

× × × × × ×    × ×

 以上,引用例が長くなったが,日朝両語の「並行関係」の実態はこれによ6

て充分明瞭になったことと思う。原則として両者の間にはいわゆる「離訳」作

業は必要でなく,単に語句の「置換」で充分であるようにみえる。もちろん微

細な点にいたると,日本語も朝鮮語もそれぞれ固有の表現法を発達させている

が,それは結局副次的な,枝葉にわたる分野においてであり,文全体の構造と

発想様式とは「同一」といっても差し支えない。以下では,上述の引用例を概

観して,特に注意に値する点を若干指摘してみたい。

 (1)文脈の対応 日本語と朝鮮語は,文(「センテンス」)に関する限り,

一対一の対応が首尾一貫して可能であり,しかもそれによって文意がそこなわ

れたり,いちじるしく不自然な文体や語法を強いられるということはあまりな

               一19一

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い。用例①は,この間の事情を示す典型である。この一節は,原文自体がかな

り複雑な構文をなしているが,その基本構造は,(A)「島村は……匂いを嗅い

でみたりしていた」と(B)「女の片目が……浮き出たのだった」という二つの

節が等位接続詞「が」で結ばれている重文である。しかし,特に(A)はそれ自

身の中に,「……眺めては」(c),「結局……と不思議に思いながら」(d)と

いう副詞節を含み,さらに(d)も二重,三重に錯綜した構成となっている。原

作の構文に即すということが「謙訳」であるとするならば,この一節は朝鮮語

による以外は「醗訳」不可能である。果して,上述の朝鮮語訳は,複雑な原文

を分析,検討する必要もなく,文字通り文脈に即して移し替えている。一方,

英訳ではこれを七個の「センテンス」に分解し,訳者自身の分析と解釈という

作業を経て再構成している。訳文はもちろん英語としてりっぱなものであろ

う。しかし,原作の,いっ途切れるともなく綿々と続く想念の流れは,必ずし

も十分には伝わらない。一方にはとりとめもなく情緒的な文体があり,他方に

は整合された「論理」がある。この相違は訳者の非力ではなく,言語の壁によ

るものと思われる。

 (2) 情況依存的表現の多用 日本語も朝鮮語もともに「西欧語的論理」と

は異質の原理に基いている。それは簡単にいえば,個々の章句の緻密な構成よ

りも,文脈(情況)に依存する伝達を重視するということである。たとえば,

引用例⑫の「ほんとうの鏡のように強くはなかった」という部分は,これだけ

取りあげるとすれば,何が「強くなかった」のか,理解し難い。しかし,引用

例では「中略」としたが,その直前の一節では車窓を流れる夕景色と二重写し

になる娘の顔について述べているので,誤解の恐れは少ない。「西欧語的論理」

によれば,ここにはどうしても主語(reflecfion,映像)が必要である。なおこ

の部分で英訳は,仮定法まで使って説明的に表現している点にも注意すべきで

ある。

 このほか,「窓ガラスが鏡になる」(⑤),「鏡はなかったのだ」(⑥),「掌で

ガラスをこすった」(⑦),「鏡があるζとをだんだん忘れてしまって」(⑭)など

               一一20ny

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の部分も英訳ではきわめて「理屈ぽい」表現になっている。

 (3)比喩的表現の一致 日本語の世界で日常くらしていると当然のことの

ようにみえる表現が,外国語と比較してみるとその独得の発想にあらためて気

がつくことが多い。たとえば,引用例②の「声をあげる」は,そのままでは確

かに英語にはならない。ところが朝鮮語ではsori-rif12irifda(声を張り上げ

る)のようにほぼ等価の表現が行なわれる。これ以外にも,引用例にはない

が・日常的語法として「手をつける」son-UI dada,「釘をさす」rnos-Ul bagda,

「お手上げ」son-til dillda(手を上げる),「甘んじて(受ける)」dalge(甘

く),「鼻にかける(自慢する)」ko-e g61da,「味気ない(つまらない)」ib-mas

6bsda(味がない),「足が早まる」bar-i bbara2idaなどのように,日本語と全

く並行する表現が多数存在する。引用例についてみれば,「心を遠くへやる」

(③),「夕闇がおりる」(④)などを挙げることができる。「退屈まぎれ」(①),

「旅愁顔」(⑦),「二重写し」(⑧)などもこの部類に入れてよいかも知れない。

 (4) その他の対応語法

 1) 基本動詞の助動詞化 引用例のうち,「覚て盟」(①),「濡れている」

〈①),「して堕」(①)など下線部の「いる」は本来の意味(「存在」)を失な

って,単に動作の進行や状態の継続を示す助動詞として用いられている。そし

て,これは朝鮮語でも忠実に再現されている。このほか,引用例ではたまた

ま朝鮮語訳にだけ出てくるのだが,「過ぎて宣」(⑱),「写してやる」(⑧)な

どもこの部類に入れてよい。最もよく使われる「来て下さい」,「嗅いでみる」

(①)などは朝鮮語では文字通りgive, seeにあたるZuda, bodaを用いる。

 2)複合動詞の常用 「立ち上がる」,「見下ろす」,「読みおわる」などの複

合動詞表現も,朝鮮語には非常によく現われる。引用例では, 「引き寄せる」

(①),「浮き出る」(①),「融け合う」(⑩),「見入る」(⑭)などがこれに属す

る。ただし,複合動詞の各要素の順序が日本語と逆になる場合もあるので注意

               一21__

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を要する。たとえば,「歩きまわる」dora-danida(「まわり歩く」),「着替え

る」gara-ibda(「替え着る」),「乗り入れる」dilr6-tada(「入れ乗る」)など。

 3) 「なに(何)」の語法の並行 「なに」という語を中核とする語法が発達

しているのは,日本語の特徴のひとつと思うが,これはそのまま英語に移しか

えることはできない。「墾三はともあれ」「なんとなく」「なにクソ!」などに

whatをあてることは不可能である。ところが朝鮮語ではこれがごく普通の語

法として存在する。引用例では,「なんでもない」(③),「なんともいえぬ」

(⑪)が見られるが,英訳は迂回的表現となっている。以下は辞書に収録されて

いる若干の例である。(「詳解 日韓辞典」朴 成媛編,高麗書林,1972年,

新版)

 「塾,かまうもんか」mu6-1 gwan乙anha,「なにか食べたい」mw6n-ga

  mo9-go sipda,「暑さもなにも忘れて」d6wi-go mw6-go da iE-go,「なにより

も」壁s-boda-do,「塾なりとも」錘一ira-do,など。

 〈追記〉 「何でもない」(③)は朝鮮語では連体形で訳しているが,原作か

ら判断すると終止形を使うところであり,訳者の誤訳であろう。

 4)擬態語の対応擬声語,擬態語onomatopoeiaは日朝両語とも非常に

豊富であり,特に朝鮮語では音相から考えると擬態語由来と思われる単語が数

多く存在する。たとえばdandan-hada(丈夫だ), banban-hada(なだらかだ),

mig9首r6bda(つるつるしている), m6fi-hada(ぼんやりする), gomgom-hi

(つくづくと),simsim-hada(退屈だ)など。引用例にも 「ぽうっと明るく

しながら」(⑳)がある。英語では「明りが小さな光線を送る」としか言いよう

のないところである。 (くわしくは,拙稿「日朝擬声語対照表」,「明治大学教

養論集』通巻75号,明治大学教養論集刊行会,1972年を参照。)

 ところで,言うまでもないことだが,日朝両語にはそれぞれ固有の表現法も

発達していることを忘れてはならない。たとえば,原作の特色のひとつである

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「低回体」(「……だった」のような表現)にっいては,朝鮮語訳は必ずしも一

定の対応はしていない。引用例の中では,単に過去形をあてているもの(「浮

き出たのだった」(①),「動くのだった」(⑧),「ないのだった」(⑨))と,い

わゆる「形式名詞」(「もっと良いのをくれ」など,朝鮮語では96s「こと」)

を用いているもの(「写ったのだった」(③),「なかったのだ」(⑥),「ともっ

たQだ」(⑮))との二種類がある。また,同じことを言うのにも朝鮮語では漢

語起源の表現が日本語よりも多い。引用例のうち,「生々しく」,「覚ている」,

「窓」(以上①),「温み」(⑥),「夕景色」(⑦),「二重写し」(⑧),「かかわり」

(⑨)などは朝鮮語ではすべて漢語が使われている。筆者の考えによれば,日本

入にとって日朝両語の基本的対応はすでに自明の理である.ので,むしろ対応し

ない側面の解明の方が重要な課題となるであろう。 (なお,拙稿「朝鮮語にお

ける漢語の用法について」,前掲誌,通巻69号,1972年 をも参照。)

3. む す び

 日本語の特質を論ずる際によく引合いに出される「象は鼻が長い」,「ボクは

ウナギだ」などの表現は,朝鮭語K逐語的に移すことができる。ところが英語

では,「象は長い鼻をもっている」,「ボクはウナギを注文しよう」というよう

に,構文そのものを手直ししなければ意味不明となってしまう。この種の日本

語文が,主語と動詞の論理的関係を中心に展開する,いわば「二極構造」の英

語にはなじまないためである。この両者の相違は特に会話の場面ではっきりと

現われてくる。以下は,原作44ページからの引用であるが,朝鮮語訳は一字一

句全く対応しているので,敢えて対照する必要はないと考えた。原作では明示

的な主語は使われていないのに,英訳では多数の主語が挿入されている点に注

意されたい。

①「困るわ,あんなとこお通りになっちゃ。」

②「困るって,こっちこそ困るよ。あんなに勢揃いしてられると,恐ろしくて

 通れんね。いつもああかい。」

③「そうね,おひる過ぎは。⊥

               -23一

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④「顔を赤くしたり,

 か。」

⑤「かまやしない。」

ばたばた追っかけて来たりすれば,なお困るじゃない

①・“You mustn’t. You embarrass me, walking by at a time like this・”

②’“Iembarrass you-MgoYu thinkヱm not embarrassed Inyelf, with all of

 you Iined up to waylay me? I could hardly make myself walk past.

 Is it always this way?’,

③’“Yes, I supPose so. In the afternoon・”

④ノ“But塾d think遡’d be even more embarrassed・ turning bright red and

 then chasing after me.”

⑤’“What difference does並make P”

 以上,本論では日朝両語の対応関係について異質言語である英語を対照させ

ながら検討した。これを要約すれば,原則として次のような図式が得られるで

あろう。

譲1}e…x・…〉英語

 すなわち,日朝両語間には直接的対応関係が存在するのに対し,日朝両語と

英語とは,X(分析,解釈,再構成)という段階を置いて間接的に対応してい

るということである。本論でとりあげた資料の分量は限られているし,謙訳者

の個入的傾向をも考慮しなければならないけれども,なおかつこの事実は疑問

の余地がないと思う。

 言語と思考(言語構造と世界観)の相互関係はきわめて興味ある研究対象で

ある。両者の密着を強調するサピーア・ウォーフ説に筆者は全面的には賛同し

ないが,「雪国」の原文と朝鮮語訳とを比較してみるときに,両者における」も

のの見方,感じ方,考え方」があまりにも似ていることに驚く。同時にその大

               一24一

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きな要因として「言語の構造」に注目せざるを得ないのである。

 日本民族と朝鮮民族とは,このように,言語という側面についてだけみて

も,世界中で最も親近な関係にある。歴史的,文化的,風土的,生活慣習的な

側面はあらためて述べる必要もない。しかし,残念なことには,現在のところ

両者の関係はきわめて一方的である。筆者の見聞したところによれば,韓国で

は日本語学習が盛んであり,日本語の書籍の醗訳も多数刊行されている。日本

の朝鮮語研究の現状はどうであろうか。日本放送協会(NHK)では来年度開設

を目指して「朝鮮語講座」の準備をすすめているとのことであるが,これは,

二千年にも及ぶ日朝関係史の中で朝鮮語がはじめて大衆的規模で日本人の話題

となるという意味で,画期的なできごとある。本論の論旨の大部分は周知の事

実に属するものであるが,朝鮮語への関心の高まりを期待して,敢て拙稿を草

した次第である。

                            (1981年11月)

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