何が仕事のストレスをもたらすのか - nhk · 38 2018...

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38 MARCH 2018 方など,人々の仕事に対する意識を把握する目 的で,これまでに1989 年,1997年,2005 年, 2015 年の 4 回実施された。2008 年のリーマン ショック後,多くの国で経済状況が低迷し雇 用問題が深刻化するなか,直近の2015 年調査 は,失業の心配やハラスメントの有無にも焦点 を当てた。 日本では人手不足が深刻化するなか,安倍 政権が「働き方改革」を掲げ,長時間労働を減 らすとともに,労働生産性を向上させることを めざしている。しかし,日本の労働生産性は 各国と比べて低い水準にあり,G7(主要7か 国)で最下位の状況が続いている 1) NHK 放送文化研究所が加盟する国際比較調査グループ ISSP が 2015 年に実施した調査「仕事と生活(職業意 識)」の結果から,31の国・地域を比較し,日本人の仕事観や仕事のストレスをもたらす要因について探った。 仕事でストレスを「いつも+よく」感じる日本人は男女ともに半数程度で,各国と比べて多い。また,仕事を「自分 ひとりでできる」と感じている人は,多くの先進国で 8 割以上を占める一方,日本では男女ともに 2 割台にとどまる。 仕事を「おもしろい」と考える日本人も各国と比べて少ない。 仕事のストレスに影響している項目を探るために,日本,アメリカ,ドイツ,ノルウェーの 4 か国について重回帰 分析を行った結果,各国で共通してストレスに強く影響しているのは,「仕事が家庭生活の妨げになること」である。 日本では,仕事の自律性の低さや仕事がおもしろくないという認識によってもストレスを感じやすくなっているほか, 女性については,配偶者がいないことがストレスと関連している。 1 はじめに (1)問題意識 NHK放送文化研究所が加盟する国際比較 調査グループ,ISSP(International Social Sur- vey Programme)が 2015 年に実施した調査 「仕事と生活(職業意識)」の結果から,31の 国・地域を比較し,日本人の仕事に対する意 識の特徴を中心に報告する。ISSPは,世界約 50の国・地域の調査機関が参加し,毎年特 定の調査テーマを設定して共通の質問で世論 調査を行っている。今回取り上げる「仕事と生 活(職業意識)」調査は,理想的な仕事のあり 何が仕事のストレスをもたらすのか ~ISSP国際比較調査「仕事と生活(職業意識)」から~ 世論調査部 村田ひろ子

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38 MARCH 2018

方など,人々の仕事に対する意識を把握する目的で,これまでに1989年,1997年,2005年,2015年の4回実施された。2008年のリーマンショック後,多くの国で経済状況が低迷し雇用問題が深刻化するなか,直近の2015年調査は,失業の心配やハラスメントの有無にも焦点を当てた。

日本では人手不足が深刻化するなか,安倍政権が「働き方改革」を掲げ,長時間労働を減らすとともに,労働生産性を向上させることをめざしている。しかし,日本の労働生産性は各国と比べて低い水準にあり,G7(主要7か国)で最下位の状況が続いている1)。

NHK放送文化研究所が加盟する国際比較調査グループ ISSPが2015年に実施した調査「仕事と生活(職業意識)」の結果から,31の国・地域を比較し,日本人の仕事観や仕事のストレスをもたらす要因について探った。

仕事でストレスを「いつも+よく」感じる日本人は男女ともに半数程度で,各国と比べて多い。また,仕事を「自分ひとりでできる」と感じている人は,多くの先進国で8割以上を占める一方,日本では男女ともに2割台にとどまる。仕事を「おもしろい」と考える日本人も各国と比べて少ない。

仕事のストレスに影響している項目を探るために,日本,アメリカ,ドイツ,ノルウェーの4か国について重回帰分析を行った結果,各国で共通してストレスに強く影響しているのは,「仕事が家庭生活の妨げになること」である。日本では,仕事の自律性の低さや仕事がおもしろくないという認識によってもストレスを感じやすくなっているほか,女性については,配偶者がいないことがストレスと関連している。

1 はじめに

(1)問題意識

NHK放送文化研究所が加盟する国際比較調査グループ,ISSP(International Social Sur-vey Programme)が2015年に実施した調査

「仕事と生活(職業意識)」の結果から,31の国・地域を比較し,日本人の仕事に対する意識の特徴を中心に報告する。ISSPは,世界約50の国・地域の調査機関が参加し,毎年特定の調査テーマを設定して共通の質問で世論調査を行っている。今回取り上げる「仕事と生活(職業意識)」調査は,理想的な仕事のあり

何が仕事のストレスをもたらすのか~ ISSP国際比較調査「仕事と生活(職業意識)」から~

世論調査部 村田ひろ子

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また,経済の低迷やグローバル化を背景に,労働者をとりまく環境が厳しさを増し,メンタルヘルス不調による健康障害が深刻な社会問題になっている。2016年度に,仕事のストレスによるうつ病などで労災が認められたのは498件で,近年高止まりしている2)。厚生労働省の

「労働安全衛生調査」によれば,「現在の仕事や職業生活に関することで,強いストレスとなっていると感じる事柄がある」労働者の割合は6割近くにのぼる 3)。

仕事のストレスは,労働者の健康だけでなく,組織全体の生産性にも重大な影響をもたらすため,これまで多くの研究者の関心を集めてきた。仕事のストレス要因について取り上げた代表的な先行研究には,例えばアメリカ職業安全衛生研究所の「職業性ストレスモデル」がある。このモデルは仕事のストレスが,量的な作業負荷や仕事のコントロール,対人葛藤といった仕事に由来するストレス要因だけでなく,家庭の事情といった仕事外の要因によっても引き起こされることを指摘している 4)。

本稿では,最新の国際比較データから,仕事のストレスをもたらす要因について探るほか,各国との比較において日本人が仕事をどうとらえているのかについて考察する。はじめに各国の人々が仕事で抱えるストレスの度合いや就いている仕事への評価について概観したうえで,仕事のストレスをもたらす要因が各国共通なのか,日本特有のストレス要因はあるのか,検証を試みる。

(2)使用したデータ

分析に使用するのは,ISSPの2015年調査「仕事と生活(職業意識)」のデータ5)で,このうち「現在,収入を得るための仕事をしている」

と回答した人を分析対象とした。OECD(経済協力開発機構)からは,加盟35か国の労働時間や賃金など,労働に関わる統計が数多く公表されているが,仕事に関する「意識」を把握できる国際比較調査はそれほど多くない。このため,国民を代表するサンプルを用いて意識を探るISSP調査の結果は,精度の高い貴重なデータと言える。

分析の対象とした具体的な国名やそれぞれの調査方法については,50ページを参照されたい。各国で調査方法が統一されておらず,質問文の翻訳に伴うバイアスもあるため,回答分布を単純に比較することに問題がないとは言えないが,比較を行う際にはこうした点に留意しつつ,各国の特徴をおおまかにとらえることに主眼をおく。

なお,集計に際しては,各国の回答傾向を把握しやすくするため,「わからない」や無回答を除いた。

2 仕事のストレスが大きい日本

図1は,仕事にストレスを感じることがどの程度あるかを尋ねた結果である。男性についてみると,「いつも」「よく」を合わせた『ある』という人が日本で5割を占めていて,先進各国と比べて多い。働き盛りの30・40 代の男性にしぼってみると,日本では仕事にストレスを感じることが『ある』人が 6 割を占め,各国の中で最も多くなっている。

女性についてみても,日本人で『ある』という人は半数近くで,各国の中で多い。ストレスを感じる日本人が多い傾向は,2005年調査と変わらない 6)。

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3 仕事についての日本の特徴

(1)長時間労働の割合が高い日本の男性

続いて,ストレスに関係があると考えられる仕事や職場に関する日本の特徴をみていく。まず1週間の労働時間を確認しておきたい。男性の平均労働時間は,日本で45.5時間となっていて,各国と比べて突出して長いわけではない

が,週に50時間以上働いている「長時間労働者」7)の割合は42%で,中国に次いで高くなっている(表1)。一方,デンマーク,スウェーデン,フィンランド,ノルウェーの北欧諸国では長時間労働の割合が低い。

女性についてみると,平均労働時間は日本で33時間となっていて,各国と比べて低い水準である。働くのが週40時間以上の女性の割合は

図 1 仕事にストレスを感じることがあるか

男 性 女 性

まったくない

ほとんどない

ときどきある

よくある

いつもある

メキシコ

デンマーク

チェコ

ハンガリー

オーストリア

スリナム

中国

スイス

アメリカ

エストニア

スロバキア

フィンランド

ニュージーランド

ポーランド

南アフリカ

ジョージア

アイスランド

イスラエル

ノルウェー

フィリピン

イギリス

チリ

ドイツ

クロアチア

台湾

スウェーデン

スペイン

ベネズエラ

フランス

日本スロベニア

まったくない

ほとんどない

ときどきある

よくある

いつもある

メキシコ

スリナム

ジョージア

ハンガリー

スロバキア

フィリピン

中国

チェコ

イスラエル

オーストリア

チリ

エストニア

スイス

ドイツ

アメリカ

イギリス

台湾

ニュージーランド

南アフリカ

ポーランド

スペイン

デンマーク

アイスランド

フィンランド

クロアチア

フランス

ノルウェー

日本ベネズエラ

スロベニア

スウェーデン

よくある ときどきあるいつもある まったくないほとんどない

12 38% 30 9 11

18 32 37 10 3

15 31 41 9 4

28 16 23 16 17

21 22 34 16 7

7 35 45 10 2

15 27 31 19 9

17 24 37 14 8

19 20 29 15 18

8 30 48 11 3

14 23 46 11 6

3 34 46 14 3

10 27 32 19 12

7 29 46 14 6

12 23 24 22 19

11 23 38 12 16

7 27 43 15 8

6 26 51 14 2

9 24 43 16 10

9 22 42 21 7

9 22 50 16 3

8 22 50 14 6

6 24 47 17 5

15 15 32 12 27

4 25 53 14 4

8 21 38 21 12

7 22 36 25 10

2 25 48 20 4

12 15 38 16 19

5 28 52 141

7 33 43 14 3

13 40% 39 71

1

24 29 34 5 8

28 20 26 11 15

20 26 37 14 3

9 37 45 9

12 32 42 10 4

15 29 33 13 10

6 37 45 9 3

5 38 40 15 2

20 21 33 14 11

9 31 39 14 7

13 25 39 9 14

8 29 45 16 3

16 20 36 17 10

9 27 48 12 4

12 24 49 12 3

7 28 45 16 5

6 27 35 23 8

12 20 35 12 20

10 22 45 14 9

8 23 35 17 16

10 20 39 18 13

8 23 42 21 7

13 17 45 15 11

8 21 36 19 16

9 19 39 15 19

9 16 22 18 35

4 15 34 16 31

8 9 44 16 22

8 26 45 714

7 36 43 12 3

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表 1 1 週間の労働時間(平均,男性=週 50 時間以上・女性=40 時間以上の割合)

表 2 仕事を自分ひとりでできると思う(そう思う+どちらかといえば,そう思う)

40%で,デンマークやフランス,イギリスなどの西・北欧諸国に次いで少なくなっている。

つまり日本の男性は長時間労働が多い一方で,女性は少なくなっており,OECD等が公表している各種統計と同様の傾向を示している。

(2)「仕事を自分ひとりでできる」がかなり少ない日本人

ここからは,就いている仕事や職場への評

価についてみていく。仕事を自分ひとりでできると思うかどうかを尋ねた結果を表 2に示した。「どちらかといえば」を合わせて『そう思う』は,ほとんどの西・北欧諸国で8割以上を占める一方,日本では男女ともに2割台にとどまっている。ひとりで仕事ができると思う人が突出して少ない傾向は,2005年調査と変わらない。

日本で「自分ひとりでできる」と思う人が少な

男 性週50時間

以上 平均 女 性週40時間以上 平均

(%)(時間) (%)(時間)中国 49 50.4 ハンガリー 91 41.5 日本 42 45.5 クロアチア 90 40.1 台湾 36 48.3 スロベニア 87 41.3 フィリピン 36 45.7 ポーランド 83 39.7 チェコ 35 47.8 チェコ 83 44.1 アイスランド 35 46.2 台湾 83 43.1 イスラエル 35 43.4 中国 81 48.4 アメリカ 34 45.0 南アフリカ 76 42.6 メキシコ 33 45.1 エストニア 75 38.5 スリナム 31 44.3 チリ 72 41.7 イギリス 29 43.3 スロバキア 71 38.9 ジョージア 27 41.4 メキシコ 66 40.5 スペイン 27 43.8 ベネズエラ 65 39.0 ハンガリー 26 43.8 アイスランド 65 38.4 ニュージーランド 26 42.0 ジョージア 64 37.6 ドイツ 26 42.8 スリナム 61 36.3 チリ 26 46.6 フィリピン 61 42.9 ポーランド 25 44.4 スウェーデン 59 37.1 スロベニア 24 44.8 アメリカ 57 37.5 クロアチア 24 44.0 イスラエル 56 35.8 スイス 23 43.7 スペイン 52 36.2 南アフリカ 23 46.0 オーストリア 44 36.2 ベネズエラ 22 42.7 スイス 43 32.8 オーストリア 21 42.6 ニュージーランド 42 32.7 スロバキア 20 43.5 日本 40 33.0 フランス 19 41.0 フィンランド 39 36.0 ノルウェー 16 39.7 ドイツ 34 31.9 エストニア 15 41.3 ノルウェー 34 34.9 フィンランド 14 40.3 イギリス 31 33.6 スウェーデン 13 40.8 フランス 21 35.4 デンマーク 10 38.7 デンマーク 18 35.3

(%) 男 性 (%) 女 性スイス 93 デンマーク 90 デンマーク 91 スイス 90 ドイツ 90 ドイツ 89 スウェーデン 90 ニュージーランド 89 ノルウェー 89 ノルウェー 88 フィリピン 88 フィリピン 86 オーストリア 88 オーストリア 85 スリナム 87 スリナム 84 イギリス 86 台湾 83 ニュージーランド 86 フィンランド 82 スロベニア 85 アメリカ 82 フィンランド 84 スウェーデン 82 台湾 84 ジョージア 82 アイスランド 81 イギリス 81 ジョージア 81 スロベニア 78 アメリカ 80 中国 72 ベネズエラ 76 アイスランド 71 フランス 74 ベネズエラ 70 チェコ 74 イスラエル 70 中国 70 チェコ 69 スロバキア 70 フランス 68 エストニア 68 エストニア 67 メキシコ 68 スロバキア 67 イスラエル 68 南アフリカ 66 南アフリカ 67 メキシコ 65 スペイン 67 スペイン 58 ハンガリー 66 ハンガリー 57 チリ 60 チリ 57 クロアチア 50 クロアチア 51 ポーランド 38 ポーランド 32 日本 29 日本 26

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図 2 「仕事を自分ひとりでできる(そう思う)」と労働時間が週 50 時間以上(男性)

図 3 「仕事を自分ひとりでできる(そう思う)」と時間あたりの労働生産性(2015年)

※図 3 は,今回の ISSP 参加国のうち,労働生産性のデータがある国を掲載

※凡例は図 2,3 で共通

いのは,「他の人の助けがあってこそ,仕事ができる」と考える日本人の控えめな国民性が背景にあるという解釈もできるだろう。また,日本では仕事の進め方が諸外国とは異なるために「自分ひとりでできる」の割合が低いということも考えられる。組織論が専門の太田肇氏によれば,日本では「個人が組織や集団のなかに溶け込み,埋没してしまっているために,集団での仕事が多く,個人の職務と権限も明確に決まっていない。このため,些細なことでも自分で決められず,いちいち上司に判断を仰がなければならない」8)。つまり日本では,個人の権限や責任,仕事内容などが明確に決められていないために,ひとりで自律的に仕事ができないのだという。

また仕事の自律性が低い男性ほど,労働時間が長いことに言及する先行研究もある9)。今回の調査でも自律的に仕事ができる人の割合と長時間労働者の割合に関連があるかどうかをみるために,男性の「仕事を自分ひとりでできる(そう思う)」と週 50 時間以上働いている割合の関係を確認したところ,相関係数(ピアソンの積率相関係数,以下同)は-0.41で,中程度の負の相関がある(図2)。つまり,仕事を自分ひとりでできると思う人が少ない国ほど,長時間労働者が多く,日本は特にその傾向が顕著である。

仕事の自律性に関連して,前述の太田氏は,「仕事の自律性が高いと仕事がおもしろいと感じられ,意欲も高まるため,生産性が上がる」と指摘する10)。グループで行っていたプロジェクトをひとりで担当させるようにした結果,個 人々のモチベー

AT オーストリア GB イギリス PO ポーランドCH スイス GE ジョージア SE スウェーデンCL チリ HR クロアチア SI スロベニアCN 中国 HU ハンガリー SK スロバキアCZ チェコ IL イスラエル SR スリナムDE ドイツ IS アイスランド TW 台湾DK デンマーク JP 日本 US アメリカEE エストニア MX メキシコ VE ベネズエラES スペイン NO ノルウェー ZA 南アフリカFI フィンランド NZ ニュージーランドFR フランス PH フィリピン

0

0

20 40 60

10

労働時間が週50時間以上

「自分ひとりでできる(そう思う)」

20

30

40

50(%)

(%)

JP

CN

TWCZ PH IS IL

USSRMX

HU

HR

PO

SKEE

ES GB

GE

ZA

NOFR

FI

SE

SI AT

DK

VE

NZ

CL

DECH

0

20

20 40 60

30

時間あたりの労働生産性

「自分ひとりでできる(そう思う)」

40

50

60

80

70

(%)

JP

CH

TW

NZ

CZ

PH

IS

IL

US

SRMX

HUHR

PO

SK

EE

ES GB

GE

ZA

NO

FR

FI

SE

SI

AT

DK

VE

ZA

CL

DE

CH

購買力平価換算USドル( )

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ションが上がり,生産性が高まったという事例がしばしば報告されているという。

今回の調査で「自分ひとりでできる」と回答した人の割合と,日本生産性本部が算出した各国の2015年の時間あたりの労働生産性 11)

の関係を確認したところ,相関係数は0.67で,かなり高い相関がある(図3)。つまり,仕事の

「自律性」が高いほど労働生産性も高いが,日本はどちらも低い水準にある。

(3)日本で少ない「仕事がおもしろい」

自分の裁量で仕事をすすめられると,仕事がおもしろく感じられることに言及する知見について述べたが,「仕事がおもしろい」と感じる人の割合をISSP調査の結果からみていく。「どちらかといえば」を合わせて『そう思う』は,9割超のスイスから3割台の中国まで,男女ともに国によってばらつきがあるものの,多くの国で7割以上の人が仕事をおもしろいと感じている(表3)。他方,日本では,男性が43%,女性が50%となっていて,各国と比べると,多くはない。

(4)「経営者と従業員の関係が良い」各国と比べて少ない日本

経営者と従業員の関係が『良い(非常に+まあ)』と回答した人の割合を表4にまとめた。男性についてみると,『良い』は多くの国で7割以上を占めている一方で,日本では半数超となっていて低い水準である。女性についても,日本で『良い』と答えているのは6割で,男性同様,各国と比べると少ない。経営者と従業員の関係が良いと考える人が各国と比べて少ない背景には,日本では一般的に上司と部下の関係が,契約やルールに則って築かれるというよりは,

主観や忠誠心といった心理的な側面に左右されやすいことがあるからかもしれない。さらに

「日本では連帯責任という文化が根強く残っているために,ひとりがミスをすると職場全体が後始末をしたり,罰を受けたりするために,互いに厳しく監視しあう企業風土がある」12)という指摘とも関係があるのではないだろうか。

表 3 仕事がおもしろいと思う(そう思う+どちらかといえば,そう思う)

(%) 男 性 (%) 女 性スイス 93 スイス 92 オーストリア 90 ベネズエラ 87 ドイツ 86 デンマーク 85 スロベニア 86 ドイツ 84 ベネズエラ 86 ノルウェー 84 デンマーク 85 オーストリア 83 フィリピン 84 フィリピン 82 ノルウェー 83 フィンランド 82 スリナム 80 スウェーデン 81 アイスランド 80 ニュージーランド 81 スウェーデン 78 スロベニア 80 スペイン 77 アメリカ 80 アメリカ 76 スリナム 79 ニュージーランド 75 アイスランド 78 フィンランド 74 イギリス 78 イギリス 74 フランス 78 フランス 73 メキシコ 75 チリ 73 ジョージア 73 メキシコ 72 台湾 72 台湾 72 チリ 72 イスラエル 71 スペイン 71 南アフリカ 67 イスラエル 69 スロバキア 66 スロバキア 65 チェコ 64 クロアチア 63 ジョージア 64 南アフリカ 61 クロアチア 64 エストニア 60 エストニア 61 チェコ 59 ハンガリー 54 ハンガリー 51 ポーランド 45 日本 50 日本 43 ポーランド 46 中国 35 中国 37

AT オーストリア GB イギリス PO ポーランドCH スイス GE ジョージア SE スウェーデンCL チリ HR クロアチア SI スロベニアCN 中国 HU ハンガリー SK スロバキアCZ チェコ IL イスラエル SR スリナムDE ドイツ IS アイスランド TW 台湾DK デンマーク JP 日本 US アメリカEE エストニア MX メキシコ VE ベネズエラES スペイン NO ノルウェー ZA 南アフリカFI フィンランド NZ ニュージーランドFR フランス PH フィリピン

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(5)「仕事が,家庭生活の妨げになる」日本で 4 割程度

ワーク・ライフ・バランスの重要性が各国で注目を集めるなか,ISSP調査では「仕事が,家庭生活の妨げになる」かどうかを尋ねた。

「いつも」「よく」「ときどき」を合わせた『感じる』が,半数を超えている国はそれほど多くない(表5)。日本では男性で38%となっていて,長時間労働者の割合が高いわりには,「仕事が,家庭生活の妨げになる」と答えている人は

多くない。日本の女性では43%で,各国の中では中間くらいに位置している。

4 仕事のストレスの背景にあるもの

ここからは,仕事のストレス要因について考察する。先に触れたアメリカ職業安全衛生研究所の「職業性ストレスモデル」によれば,仕事のストレスは,量的な作業負荷や仕事のコントロール,対人葛藤といった仕事に由来する要

表 4 経営者と従業員の関係が『良い』(非常に+まあ)

表 5 仕事が,家庭生活の妨げになることを『感じる』(いつも+よく+ときどき)

(%) 男 性 (%) 女 性ジョージア 90 ベネズエラ 90 ベネズエラ 88 ジョージア 88 オーストリア 87 ドイツ 88 スイス 85 オーストリア 87 ドイツ 85 台湾 84 アイスランド 83 南アフリカ 82 南アフリカ 82 イスラエル 82 台湾 82 メキシコ 80 メキシコ 81 チリ 78 スペイン 79 スイス 77 ニュージーランド 78 スリナム 77 フィリピン 78 イギリス 76 スリナム 77 スペイン 76 イスラエル 77 アイスランド 76 ハンガリー 75 ニュージーランド 75 イギリス 74 スロバキア 74 アメリカ 72 フィンランド 72 ノルウェー 71 フィリピン 72 デンマーク 71 エストニア 71 エストニア 71 ハンガリー 70 スロバキア 70 スウェーデン 68 スウェーデン 69 ノルウェー 68 フィンランド 69 アメリカ 68 中国 69 クロアチア 67 チェコ 67 デンマーク 67 クロアチア 67 中国 66 チリ 66 チェコ 65 スロベニア 61 日本 60 ポーランド 60 ポーランド 58 日本 54 スロベニア 57 フランス 52 フランス 51

(%) 男 性 (%) 女 性イギリス 64 イギリス 60 フランス 61 フランス 57 ニュージーランド 58 スウェーデン 57 ドイツ 54 ニュージーランド 56 スウェーデン 53 フィンランド 52 スペイン 53 デンマーク 51 フィリピン 51 メキシコ 51 南アフリカ 50 スロベニア 50 デンマーク 49 アメリカ 49 スイス 49 ドイツ 49 アメリカ 48 スペイン 49 アイスランド 48 南アフリカ 49 クロアチア 46 フィリピン 48 スロベニア 46 クロアチア 45 フィンランド 46 チェコ 45 ポーランド 46 ノルウェー 44 チェコ 45 日本 43

ノルウェー 44 イスラエル 42 メキシコ 43 スイス 42 チリ 42 ポーランド 41 イスラエル 42 アイスランド 41 日本 38 チリ 39 スロバキア 36 中国 39 ベネズエラ 35 オーストリア 35 中国 35 ベネズエラ 35 ハンガリー 34 スロバキア 30 スリナム 30 ハンガリー 28 オーストリア 30 スリナム 27 台湾 26 エストニア 27 エストニア 26 台湾 25 ジョージア 14 ジョージア 19

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因に加え,例えば,家庭の事情といった仕事外の要因からも発生する。

日本人のストレスの規定要因が各国と異なるのかを探るために,この「職業性ストレスモデル」に倣って,仕事に由来する要因と仕事外の要因を独立変数とした重回帰分析を男女別に行った。国ごとの比較がより明確になるように,ここからは分析の対象とする国をしぼってみていく。取り上げるのは,2015年時点のひとりあたりの平均年間総実労働時間が日本と比較的近いアメリカのほか,労働時間が少ないドイツとノルウェーである。

分析に用いる従属変数は,第2章で取り上げた「仕事のストレス」13)である。独立変数は,年齢,学歴,配偶者の有無のほか,仕事に由来する要因として,1週間の労働時間,部下の有無,

「仕事を自分ひとりでできると思わない」(以下,仕事の自律性がないこと),「仕事がおもしろいと思わない」

(以下,仕事がおもしろくないこと),「経営者と従業員の関係が良いと思わない」

(以下,職場の人間関係が悪いこと),そして仕事外の要因として「仕事が家庭生活の妨げになること」14)である。なお,収入に関する変数として「収入が多いとは思わない」を予備的に分析に投入したものの,ストレスへの影響はなく,重回帰式

の有効性の指標となる調整済みR2乗値もほとんど変わらなかったため,分析に用いないことにした。各変数の記述統計量は文末に掲載した。

表6に日本の階層的重回帰分析の結果を示した。この手法を使うのは,因果的により先行すると考えられる独立変数から順に分析に加えていくことで,変数どうしの媒介関係を読み取ることができるためである。モデル1で年齢,学歴,配偶者の有無といった基本的な属性を投入し,モデル2以降で仕事内容の評価

男 性モデル1 モデル2 モデル3 モデル4 モデル5

β β β β β年齢 -0.125* -0.099 -0.101* -0.117* -0.079 学歴(大学・大学院卒=1,それ以外=0) 0.064 0.051 0.067 0.077 0.052 配偶者の有無(なし=1,あり=0) 0.046 0.043 0.035 0.021 0.038 1週間の労働時間 0.267** 0.272** 0.248** 0.223** 0.186**部下の有無(あり=1,なし=0) 0.098* 0.080 0.104* 0.136** 0.111*仕事の自律性がないこと ― 0.110* 0.082 0.045 0.028 仕事がおもしろくないこと ― ― 0.158** 0.093* 0.075 職場の人間関係が悪いこと ― ― ― 0.263** 0.216**仕事が家庭生活の妨げになること ― ― ― ― 0.217**

調整済みR2乗 0.111 0.120 0.141 0.201 0.238 F値 11.637** 10.685** 11.024** 14.450** 15.844**N 428 428 428 428 428

*p<0.05 **p<0.01

女 性モデル1 モデル2 モデル3 モデル4 モデル5

β β β β β年齢 -0.023 0.023 0.006 0.025 0.044 学歴(大学・大学院卒=1,それ以外=0) 0.098 0.089 0.123* 0.128* 0.109*配偶者の有無(なし=1,あり=0) 0.114* 0.129* 0.119* 0.120* 0.147**1週間の労働時間 0.160** 0.150** 0.145** 0.132** 0.097*部下の有無(あり=1,なし=0) 0.031 0.018 0.041 0.059 0.034 仕事の自律性がないこと ― 0.207** 0.165** 0.149** 0.140**仕事がおもしろくないこと ― ― 0.263** 0.178** 0.197**職場の人間関係が悪いこと ― ― ― 0.307** 0.248**仕事が家庭生活の妨げになること ― ― ― ― 0.262**

調整済みR2乗 0.051 0.089 0.153 0.238 0.299 F値 4.647** 6.539** 9.849** 14.339** 17.187**N 343 343 343 343 343

*p<0.05 **p<0.01

表 6 仕事のストレスについての重回帰分析(日本)

※値は標準偏回帰係数※VIFはすべて2.0以下のため,独立変数間の多重共線性は問題とならない(以下同)

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として「仕事の自律性がないこと」と「仕事がおもしろくないこと」を,職場への態度として「職場の人間関係が悪いこと」を,そして仕事外の要因として「仕事が家庭生活の妨げになること」を順次追加していった。第3章で述べた「自分の裁量で仕事をすすめられると,仕事をおもしろいと感じられる」という指摘に基づいて,仕事内容の評価のうち,因果が先行すると考えられる「仕事の自律性がないこと」を先に分析に投入した。

男女ともに,変数を追加したモデルで調整済みR2乗値が徐々に高くなっていることから,最後のモデル5がストレスの要因を最もよくとらえていると言える。

男性では,モデル2で仕事の自律性がないことを加えると,これが有意な効果を持ち,自律性がないほどストレスの頻度が高まることがわかる。次にモデル3で仕事がおもしろくないことを加えると,これが有意な効果を持つが,仕事の自律性がないことの効果が消える。したがって,仕事の自律性の低さが,仕事がおもしろくないという認識を介してストレスを発生させている可能性がある。つまり,自律的に仕事ができないことで,仕事がおもしろいと感じられず,それがストレスに結びついている。今回の結果をみる限り,こうした媒介関係がみられるのは日本の男性のみである。

モデル5では,仕事が家庭生活の妨げになることを加えると,仕事がおもしろくないという効果が有意ではなくなっている。これは前者の影響が相対的に大きいためだと考えられる。最終的には,労働時間が長いこと,部下がいること,職場の人間関係が悪いこと,仕事が家庭生活の妨げになることが仕事のストレスに影響している。

女性では,モデル5で男性よりもたくさんの変数がストレスに効いていて,大卒以上であること,配偶者がいないこと,労働時間が長いこと,仕事の自律性がないこと,仕事がおもしろくないこと,職場の人間関係が悪いこと,そして仕事が家庭生活の妨げになることがストレスの頻度を高めている。

次に日本以外の国の結果をみていく。誌面の制約上,ここからは階層的なモデルは提示せずに,最終的な結果(モデル5)のみを男女別に示す。なお,各国とも日本同様,モデル5の調整済みR2 乗値が最も高くなっている。

アメリカでは,男女ともに同じ変数がストレスに影響している(表7)。具体的には,労働時間が長いこと,部下がいること,仕事の自律性がないこと,職場の人間関係が悪いこと,そして仕事が家庭生活の妨げになることがストレスの頻度を高めている。このうち最もストレスに影響しているのは,男女ともに,仕事が家庭生活の妨げになることである。

ドイツの場合,男女ともに職場の人間関係が悪いことと,仕事が家庭生活の妨げになることがストレスに影響していて,特に後者がス

表 7 仕事のストレスについての重回帰分析(アメリカ)

男性β

女性β

年齢 -0.045 0.040 学歴(大学・大学院卒=1,それ以外=0) -0.027 0.028 配偶者の有無(なし=1,あり=0) 0.016 0.009 1週間の労働時間 0.155** 0.151**部下の有無(あり=1,なし=0) 0.110* 0.094*仕事の自律性がないこと 0.114* 0.124**仕事がおもしろくないこと 0.022 -0.041職場の人間関係が悪いこと 0.166** 0.208**仕事が家庭生活の妨げになること 0.310** 0.281**

調整済みR2乗 0.242 0.225 F値 16.727** 15.325**N 444 444

*p<0.05 **p<0.01

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トレスの頻度を高めている(表8)。このほか,男性では労働時間が長いほどストレスも多い一方で,女性では仕事の自律性がないほどストレスが弱くなるという特徴がある。

表 9 仕事のストレスについての重回帰分析(ノルウェー)

表 8 仕事のストレスについての重回帰分析(ドイツ)

表 10 ストレスに影響する規定要因まとめ(再掲)

男性β

女性β

年齢 -0.054 0.030 学歴(大学・大学院卒=1,それ以外=0) 0.014 -0.001 配偶者の有無(なし=1,あり=0) 0.018 -0.003 1週間の労働時間 0.097* 0.073 部下の有無(あり=1,なし=0) 0.080 0.066 仕事の自律性がないこと 0.085 -0.118**仕事がおもしろくないこと -0.009 0.015 職場の人間関係が悪いこと 0.144** 0.275**仕事が家庭生活の妨げになること 0.326** 0.306**

調整済みR2乗 0.188 0.226 F値 13.620** 16.438**N 490 478

*p<0.05 **p<0.01

男性β

女性β

年齢 -0.139** -0.058 学歴(大学・大学院卒=1,それ以外=0) 0.030 -0.012 配偶者の有無(なし=1,あり=0) 0.059 0.032 1週間の労働時間 0.082 0.054 部下の有無(あり=1,なし=0) 0.071 -0.031 仕事の自律性がないこと -0.038 0.049 仕事がおもしろくないこと 0.034 0.043 職場の人間関係が悪いこと -0.022 0.105*仕事が家庭生活の妨げになること 0.437** 0.375**

調整済みR2乗 0.223 0.180 F値 14.149** 11.678**N 413 439

*p<0.05 **p<0.01

日本 アメリカ ドイツ ノルウェー男性 女性 男性 女性 男性 女性 男性 女性

年齢 -0.139**学歴(大学・大学院卒=1,それ以外=0) 0.109*配偶者の有無(なし=1,あり=0) 0.147**1週間の労働時間 0.186** 0.097* 0.155** 0.151** 0.097*部下の有無(あり=1,なし=0) 0.111* 0.110* 0.094*仕事の自律性がないこと 0.140** 0.114* 0.124** -0.118**仕事がおもしろくないこと 0.197**職場の人間関係が悪いこと 0.216** 0.248** 0.166** 0.208** 0.144** 0.275** 0.105*仕事が家庭生活の妨げになること 0.217** 0.262** 0.310** 0.281** 0.326** 0.306** 0.437** 0.375***p<0.05 **p<0.01

ノルウェーについては,男女ともに仕事が家庭生活の妨げになることが強くストレスに影響している(表9)。このほか,男性では年齢が低いほど,そして女性では職場の人間関係が悪いほど,ストレスが多い。

表10にストレスに影響している変数を国ごとにまとめた。各国で共通してストレスに影響しているのは,仕事が家庭生活の妨げになることで,ワーク・ライフ・バランスがとれていないことがストレスをもたらしている。どの国でもこの変数の標準偏回帰係数の値が大きく,強くストレスに影響していることがわかる。背景には,先行知見が指摘するように「仕事と家庭という2つの領域から期待される役割が,相互にぶつかり合うことから役割葛藤が発生し,それが抑うつなどのストレス反応につながる」ということが各国に共通してあるのだろう15)。

このほか,日本,アメリカ,ドイツの3か国では,男女ともに職場の人間関係が悪いことが,そして男性では,労働時間の長さがストレスに影響している。

日本の男性で特徴的なのは,仕事の自律性の低さが,仕事がおもしろくないという認識を介してストレスを発生させている点である。最終的なモデル5では,いずれも効果が消えていたものの,日本の男性でのみこうした媒介関係

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がみられた。また日本の女性で特徴的なのは,配偶者がいないことがストレスと関連している点である16)。有配偶者でストレスの頻度が低いのは,配偶者からの情緒的なサポートが得られること以外にも,男女の賃金格差が大きい日本では,配偶者がいる場合のダブルインカムの安心感があるからかもしれない。

5 おわりに

以上,日本人の仕事に対する意識の特徴を中心に,各国労働者の仕事観や仕事のストレスをもたらす要因についてみてきた。分析からは,自律的に仕事をこなせると思ったり,仕事をおもしろいと考えたりする日本人が少ないうえ,頻繁にストレスを感じていることがうかがえる。

また,日本人が,労働時間や職場の人間関係だけでなく,仕事の自律性の低さや仕事がおもしろくないという認識によってもストレスを感じやすくなる可能性がみえてきた。

ただ仕事のストレスは,産業分野の違いなど,ISSP調査では把握できない項目との関連も指摘されており,今回用いた独立変数だけではストレスの要因について十分説明できているとは言えない。また今回は「仕事のストレスをどのような場面で感じるか」といったストレスの内情を探るような質問がないため,ストレスを測定するには自ずと限界がある。仕事のストレスをより精緻にとらえられるような研究については,今後の課題としたい。「働き方改革」を受けて,多くの企業で長時

間労働を改善するための具体的な取り組みが進められているが,それだけでなく,おのおのの仕事の権限や責任を明確にし,仕事の自律性ややりがいを増すことが,ストレスの軽減に

つながっていくのではないだろうか。ストレスの少ない,働きやすい職場環境を整えるための工夫について,引き続き社会全体で議論を重ねていく必要がある。 (むらた ひろこ)

注 : 1) 公益財団法人 日本生産性本部(2017)「労働生

産性の国際比較 2017年版」 2) 厚生労働省(2017)「平成28年度 過労死等の労

災補償状況」 3) 厚生労働省(2017)「平成28年 労働安全衛生調

査(実態調査)」 4) Hurrell, J.J.Jr. and McLaney, M.A.(1988),

“Exposure to job stress ―A new psychometric instrument.”, Scandinavian Journal of Work, Environment & Health, 14(1):27-28

5) ドイツの研究機関GESISのデータアーカイブが2017年に公開したデータを使用した。ISSP Research Group(2017): International Social Survey Programme: Work Orientations Ⅳ - I S SP 2 015 . GE S I S Dat a A rch ive , Cologne. ZA6770 Data file Version 2 .1.0, doi:10.4232/1.12848調査は37の国と地域で行われたが,本稿では有効率30%未満のインド,オーストラリア,ベルギー,ラトビア,リトアニア,ロシアについてはサンプルの代表性に問題があると判断し,分析対象から除いた。

6) 西久美子,荒牧央(2009)「仕事の満足度が低い日本人~ISSP国際比較調査「職業意識」から~」,『放送研究と調査』6月号(2005年調査については,以下同)

7) 各国の法定労働時間は,例えば日本やアメリカでは1週40時間,イギリスで48時間,EUでは平均して48時間を超えないことが定められている(労働政策研究・研修機構(2017)『データブック国際労働比較(2017年版)』)ため,ここでは便宜的に1週50時間以上を「長時間労働」と定義した。女性については,最頻値が40時間のため,便宜的に40時間以上で区切って割合を示した。

8) 太田肇(2017)『なぜ日本企業は勝てなくなったのか―個を活かす「分化」の組織論』,新潮社

9) 長松奈美江(2008)「長時間労働と仕事における自律性―「強いられたもの」としての長時間労働―」,阿形健司編『2005年SSM調査シリーズ4 働き方とキャリア形成』,2005年SSM調査研究会

10) 前掲書8) 11) 公益財団法人 日本生産性本部(2016)「労働生

産性の国際比較 2016年版」。労働生産性は,働き手1人が1時間にどのくらいのモノやサービスを生み出したかについての指標。

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12) 前掲書 8) 13) 「仕事のストレス」は「いつもある」が高くな

るように,値を逆転させた。 14) 「仕事が家庭生活の妨げになること」は「いつ

も感じる」が高くなるように,値を逆転させた。 15) 大石亜希子,島津明人(2015)「ワーク・ライフ・

バランスと労働」,川上憲人,橋本英樹,近藤尚己編『社会と健康―健康格差解消に向けた統合科学的アプローチ』,東京大学出版会

16) 日本調査でしか尋ねていない雇用形態(正規雇用か非正規雇用か)をモデルに投入しても,有意な効果は持たず,配偶者の効果も消えない。

日本男性(N=428) 女性(N=343)

平均値 標準偏差 最小値 最大値 平均値 標準偏差 最小値 最大値ストレス 3.561 0.972 1 5 3.464 1.025 1 5 年齢 47.876 13.916 17 84 46.149 14.247 18 81 学歴(大学・大学院卒=1,それ以外=0) 0.409 0.492 0 1 0.233 0.424 0 1 配偶者の有無(なし=1,あり=0) 0.297 0.457 0 1 0.385 0.487 0 1 1週間の労働時間 46.383 16.244 2 96 32.338 15.413 1 96 部下の有無(あり=1,なし=0) 0.301 0.459 0 1 0.079 0.270 0 1 仕事の自律性がないこと 3.661 1.439 1 5 3.638 1.436 1 5 仕事がおもしろくないこと 2.895 1.249 1 5 2.630 1.177 1 5 職場の人間関係が悪いこと 2.558 0.918 1 5 2.478 0.979 1 5 仕事が家庭生活の妨げになること 2.325 0.933 1 5 2.335 0.947 1 5

アメリカ男性(N=444) 女性(N=444)

平均値 標準偏差 最小値 最大値 平均値 標準偏差 最小値 最大値ストレス 3.211 0.895 1 5 3.330 0.934 1 5 年齢 42.775 13.864 18 81 43.827 13.615 18 73 学歴(大学・大学院卒=1,それ以外=0) 0.316 0.465 0 1 0.365 0.482 0 1 配偶者の有無(なし=1,あり=0) 0.439 0.497 0 1 0.511 0.500 0 1 1週間の労働時間 45.104 15.315 1 89 37.486 13.306 1 89 部下の有無(あり=1,なし=0) 0.431 0.496 0 1 0.331 0.471 0 1 仕事の自律性がないこと 1.945 1.049 1 5 1.902 0.950 1 5 仕事がおもしろくないこと 2.026 1.038 1 5 1.976 0.943 1 5 職場の人間関係が悪いこと 2.000 0.908 1 5 2.081 0.978 1 5 仕事が家庭生活の妨げになること 2.558 1.022 1 5 2.547 1.018 1 5

ドイツ男性(N = 490) 女性(N = 478)

平均値 標準偏差 最小値 最大値 平均値 標準偏差 最小値 最大値ストレス 3.302 0.851 1 5 3.173 0.919 1 5 年齢 42.687 12.836 18 72 43.158 11.846 18 70 学歴(大学・大学院卒=1,それ以外=0) 0.421 0.494 0 1 0.316 0.465 0 1 配偶者の有無(なし=1,あり=0) 0.452 0.498 0 1 0.458 0.499 0 1 1週間の労働時間 42.487 11.911 3 90 31.649 12.306 3 75 部下の有無(あり=1,なし=0) 0.584 0.493 0 1 0.383 0.487 0 1 仕事の自律性がないこと 1.725 0.744 1 5 1.669 0.742 1 5 仕事がおもしろくないこと 1.789 0.750 1 5 1.834 0.841 1 5 職場の人間関係が悪いこと 1.898 0.816 1 5 1.829 0.754 1 5 仕事が家庭生活の妨げになること 2.633 1.060 1 5 2.463 1.040 1 5

ノルウェー男性(N=413) 女性(N=439)

平均値 標準偏差 最小値 最大値 平均値 標準偏差 最小値 最大値ストレス 3.186 0.789 1 5 3.481 0.787 1 5 年齢 44.429 13.276 18 76 43.442 12.776 18 68 学歴(大学・大学院卒=1,それ以外=0) 0.584 0.494 0 1 0.672 0.470 0 1 配偶者の有無(なし=1,あり=0) 0.443 0.497 0 1 0.453 0.498 0 1 1週間の労働時間 39.908 11.470 1 84 35.109 9.982 4 65 部下の有無(あり=1,なし=0) 0.341 0.475 0 1 0.241 0.428 0 1 仕事の自律性がないこと 1.818 0.746 1 5 1.829 0.753 1 5 仕事がおもしろくないこと 1.918 0.841 1 5 1.870 0.799 1 5 職場の人間関係が悪いこと 2.160 0.950 1 5 2.223 0.936 1 5 仕事が家庭生活の妨げになること 2.329 0.905 1 5 2.446 1.039 1 5

■分析に使用した変数の記述統計量

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■各国調査の概要

国名 調査年 年齢範囲 有効回答数

分析対象とした現在仕事をしている人 調査方法 サンプリング方法 ウエイト

集計男性 女性

アイスランド 2016 18歳~ 1,126 384 490 WEB・郵送 単純/個人 ○

アメリカ 2016 18歳~ 1,473 471 465 面接(CAPI)他 層化4段階以上/住所・世帯(Kish法) ○

イギリス 2015 18歳~ 1,793 446 496 面前記入・配付回収他 層化3段階/住所(Kish法) ○

イスラエル 2015 ~ 2016 18歳~ 1,025 314 331 面接 層化4段階以上/住所(Kish法) なし

エストニア 2015 15歳~ 1,207 304 396 面接 単純/住所(誕生日法) ○

オーストリア 2016 16歳~ 1,001 334 320 面接(CAPI) 層化3段階/住所(Kish法) ○

クロアチア 2016 18歳~ 1,000 280 251 面接 層化3段階/世帯(誕生日法) なし

ジョージア 2016 17 ~ 94歳 1,487 169 298 面接 層化4段階以上/個人(Kish法) ○

スイス 2015 18歳~ 1,235 406 402 面接(CAPI) 層化/個人 なし

スウェーデン 2016 18 ~ 79歳 1,162 311 369 郵送 単純/個人 なし

スペイン 2016 18歳~ 1,834 441 436 面接 層化2段階/個人 ○

スリナム 2015 ~ 2017 17 ~ 82歳 1,035 354 270 面接他 層化3段階/住所 ○

スロバキア 2016 18歳~ 1,150 262 339 面接(CAPI) 層化2段階/地域(誕生日法) ○

スロベニア 2015 ~ 2016 18歳~ 1,023 250 238 面接(CAPI) 層化2段階/個人 なし

台湾 2015 18歳~ 2,031 728 570 面接(CAPI) 層化3段階/個人 ○

チェコ 2015 18歳~ 1,435 395 425 面接(CAPI) 層化3段階/住所(Kish法) ○

中国 2015 17歳~ 1,795 401 387 面接(CAPI) 層化4段階以上/世帯(Kish法) ○

チリ 2015 18歳~ 1,433 359 339 面接(CAPI) 層化3段階/地域(Kish法) ○

デンマーク 2016 18歳~ 1,138 361 348 WEB・郵送 単純/個人 ○

ドイツ 2016 18歳~ 1,687 552 537 CASI・面接(CAPI) 層化2段階/個人 なし

日本 2015 16歳~ 1,573 534 445 配付回収 層化2段階/個人 なし

ニュージーランド 2015 18歳~ 901 280 286 WEB・郵送 単純/個人 ○

ノルウェー 2015 18 ~ 79歳 1,550 541 608 WEB・郵送 単純/個人 なし

ハンガリー 2015 18歳~ 1,003 250 315 面接(CAPI) 層化2段階/住所(Kish法) ○

フィリピン 2016 18歳~ 1,200 407 271 面接 層化2段階/地域(Kish法) ○

フィンランド 2015 15 ~ 75歳 1,203 322 342 WEB・郵送 層化/個人 ○

フランス 2015 18歳~ 1,224 305 400 郵送 2段階/世帯(誕生日法) ○

ベネズエラ 2015 16歳~ 1,007 273 157 面接 層化3段階/地域(Kish法) ○

ポーランド 2015 18歳~ 2,112 482 496 配付回収 層化3段階/世帯 ○

南アフリカ 2015 ~ 2016 16歳~ 2,940 464 403 面接 層化3段階/世帯(Kish法) ○

メキシコ 2017 18歳~ 1,141 387 253 面接 層化3段階/地域(Kish法) なし

【補 足】調査方法

*CAPI…Computer Assisted Personal Interviewの略。コンピューターを使いながら行う聞き取り調査*CASI…Computer Assisted Self-administered Interviewの略。調査相手にコンピューターを提示し,回答してもらう調査

サンプリング方法*個人…個人(調査相手)を直接抽出する*世帯…名簿等から世帯を抽出したあとに,個人を抽出する*地域…地域の範囲や建物などを抽出したあとに,個人を抽出する*Kish法/誕生日法…地域や世帯を抽出したあと,個人を抽出するために用いられる手法

Kish法は乱数表から,誕生日法は調査時に最も誕生日が近い人などを抽出する