地図のスケールに合わせた学習活動...17...

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17 地図は世界から身近な地域までさまざまな スケールで空間を表現するものです。スケー ルの大小に合わせて地図の読み方、活用の仕 方が存在します。教師は無意識のうちに地域 のスケールに対応した学習活動を行っていま す。ただ、地図を用いた学習活動がそれぞれ のスケールにあわせて存在することを意識す れば、より明確な目的をもちながら地図を活 用した学習活動を行うことができます。そこ で、本稿では取り扱う地域のスケールにあわ せてどのようなことを意識しながら学習活動 を行うべきなのかを示したいと思います。 また、地図を児童が理解するのは、場合に よっては容易で、場合によっては困難になり ます。なぜならば、地図を理解するには空間 的な概念を必要とするからです。児童がどの 段階でどの程度の空間的な概念が理解できる のかも指導者としては理解しておくべきです。 具体例をあげながら示します。 地図学習のはじまり ─にょろにょろ地図の意味 1 小学校で地図作成を初めて行うのは生活科 ではないかと思います。地図といっても学校 内や学校の周囲を探検してその経路を描いた 「にょろにょろちず」です。 地図の社会的な役割の一つに、眼前に広が る風景を記号化して写し取り保存するという 役割があります。にょろにょろ地図は経路の 風景を児童が体験した順番に紙に描いた地図 の一種です。作成体験を通じて地図を描くと いう行為により自分たちの経験する地域・空 間を紙に投影できることを児童たちは知りま す。このような経路を中心に地域をとらえて 描いた地図を「ルートマップ」とよびます(図 1)。この地図は地点間のつながりで構成さ れていて、距離や方位がありません。つまり 地点間の相対的な位置関係が存在しないので す。このような地図を描く段階では、自分の 家から小学校や公園には行けるのに、小学校 から公園に行くことができないということが よく起こります。 地点間の位置関係を表すには、つながりの みで構築されていた地域の概念を飛び越えて、 地域の面的な広がりを理解する必要がありま す。そのことは小学3年生ぐらいから徐々に できるようになります。かつての子どもたち は外遊びなどの経験を積み重ねながら、自然 地図に親しみ、力をつけよう 地図のスケールに合わせた学習活動 ─身近な地図と地図帳の地図─ 富山大学人文学部准教授 大西 宏治 図1 ルートマップの例(小学5年 女子)

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Page 1: 地図のスケールに合わせた学習活動...17 地図は世界から身近な地域までさまざまな スケールで空間を表現するものです。スケー ルの大小に合わせて地図の読み方、活用の仕

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 地図は世界から身近な地域までさまざまなスケールで空間を表現するものです。スケールの大小に合わせて地図の読み方、活用の仕方が存在します。教師は無意識のうちに地域のスケールに対応した学習活動を行っています。ただ、地図を用いた学習活動がそれぞれのスケールにあわせて存在することを意識すれば、より明確な目的をもちながら地図を活用した学習活動を行うことができます。そこで、本稿では取り扱う地域のスケールにあわせてどのようなことを意識しながら学習活動を行うべきなのかを示したいと思います。 また、地図を児童が理解するのは、場合によっては容易で、場合によっては困難になります。なぜならば、地図を理解するには空間的な概念を必要とするからです。児童がどの段階でどの程度の空間的な概念が理解できるのかも指導者としては理解しておくべきです。具体例をあげながら示します。

地図学習のはじまり─にょろにょろ地図の意味

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 小学校で地図作成を初めて行うのは生活科ではないかと思います。地図といっても学校内や学校の周囲を探検してその経路を描いた「にょろにょろちず」です。 地図の社会的な役割の一つに、眼前に広がる風景を記号化して写し取り保存するという役割があります。にょろにょろ地図は経路の風景を児童が体験した順番に紙に描いた地図

の一種です。作成体験を通じて地図を描くという行為により自分たちの経験する地域・空間を紙に投影できることを児童たちは知ります。このような経路を中心に地域をとらえて描いた地図を「ルートマップ」とよびます(図1)。この地図は地点間のつながりで構成されていて、距離や方位がありません。つまり地点間の相対的な位置関係が存在しないのです。このような地図を描く段階では、自分の家から小学校や公園には行けるのに、小学校から公園に行くことができないということがよく起こります。

 地点間の位置関係を表すには、つながりのみで構築されていた地域の概念を飛び越えて、地域の面的な広がりを理解する必要があります。そのことは小学3年生ぐらいから徐々にできるようになります。かつての子どもたちは外遊びなどの経験を積み重ねながら、自然

地図に親しみ、力をつけよう

地図のスケールに合わせた学習活動─身近な地図と地図帳の地図─

富山大学人文学部准教授 大西 宏治

図1 ルートマップの例(小学5年 女子)

Page 2: 地図のスケールに合わせた学習活動...17 地図は世界から身近な地域までさまざまな スケールで空間を表現するものです。スケー ルの大小に合わせて地図の読み方、活用の仕

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と面的に地域をとらえられるようになっていきましたが、今では学習しないと身につけられない児童も多いのです。 欧米の研究を見ると、4歳児ぐらいから航空写真などであれば自分の暮らす地域を理解でき、自分のいる位置や代表的な地物を示せば地図を理解することも不可能ではないようです。社会科が始まる小学3年生であれば、自分のいる位置や特徴的な地物をきちんと示すことで、身近な地域の地図を読めるようになり、距離と方位を理解し、空間の広がりを実感してもらえるでしょう。

地図は描かないと身につかない2

 地図から位置関係を読めても自分の暮らす地域を面的に描くのは簡単ではありません。面的な広がりのある手描きの地図をサーベイマップといいます(図2)。サーベイマップを描くには、意識的に空間の相対的な位置関係、つまり距離と方位を意識した地域の把握が必要です。小学5年生になってもおよそ50%はルートマップを描きます。自分の暮らす地域をきちんと把握し、ほかの人に伝えられる地図を描けるようになるには、練習が必要です。児童に身近な地域の地図を示しながら、普段から自分の活動空間を意識させ、と

きにはそれを地図に描かせる活動をしてはどうでしょうか。地図を使って身近な地域を探検した結果を描く頼もしい児童も現れるかもしれません。

地図帳での地図との触れ合い3

 児童は基本的に地図帳が好きです。大学生に対して地図帳についての意識調査をしたことがあります。小学生時代に地図帳が好きだった割合は50%以上で、嫌いという回答は5%未満でした。 地図帳には未知の世界が示されたり、テレビで見たあこがれの場所が掲載され、児童の想像をかき立てます。このことが地図を好きという感情と結びつきます。地図帳を手にする小学4年生はまだまだ知識欲が旺盛で、地名を覚えたり、奇妙な形の国などを探すことに喜びを感じるかもしれません。 児童が地名や形などに興味をもっても、それぞれの位置関係や広さまで意識することはまれです。そこで、日本国内のことであれば、児童が見つけた地名は自分たちの居住地からどの程度の距離があり、どの方位にあるのか、どのような交通手段で、どのぐらいの時間を使えば行くことができるのかを把握させ、関心の範囲を広げてあげてはどうでしょうか。 この活動は、地図上のさまざまな位置を相対的に把握させます。さらに、言語を使って地図上の位置を説明させれば、よりしっかりと距離感や位置関係が身についていくでしょう。 最近の大学生を見ていると、日本の中の距離感や世界の国々の位置関係が全く説明できない学生も少なくありません。地図の上での位置関係の把握は重要です。ぜひ小学校から実践してもらいたいものです。

図2 サーベイマップの例(小学5年 男子)