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Copyright 2013 SIGMAXYZ Inc. all rights reserved. 1 「メイカーズ・ムーブメント考察」 製造業を取り巻く環境の変化と 国内製造業の競争力向上に関する視点 2013 年 12 月 株式会社シグマクシス 戦略サービス プリンシパル 桐原慎也

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「メイカーズ・ムーブメント考察」 製造業を取り巻く環境の変化と

国内製造業の競争力向上に関する視点

2013年 12月

株式会社シグマクシス

戦略サービス プリンシパル 桐原慎也

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目次

はじめに 「メイカーズ・ムーブメントは一過性のブームか?」

1. メイカーズ・ムーブメントの底流にある本質的変化

2. 新しい付加価値提供のモデル

3. 日本製造業の産業競争力の現状と強化に向けた方向性

4. 製造業における企業経営、個人、社会の変化

目次

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本資料の位置付け

本資料は、株式会社シグマクシスを事務局として、2013 年 7 月 23 日から 10 月 8 日まで約 2

ヶ月半にわたって開催された「3Dものづくり研究会」の検討結果に、シグマクシス独自の調査・

分析・考察を加え編集したものです。

3D ものづくり研究会

(メンバー)

SOLIZE株式会社、株式会社ジェイ・エム・シー、株式会社ニットー、

アンダーソン・毛利・友常法律事務所、株式会社 JGマーケティング、

株式会社グロービス・キャピタル・パートナーズ

(オブザーバー)

経済産業省 大臣官房総務課、製造産業局

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はじめに

「メイカーズ・ムーブメントは一過性のブームか?」

「メイカーズ」、「3D プリンター」。この 2つのキーワードが連日、新聞、雑誌を賑わせている。

特に、2012年 10月に出版された Chris Anderson 著の”Makers”、50万円を切る廉価版 3Dプリ

ンターの登場をきっかけとして、関連記事や特集番組が急増している。他方、長年ものづくりに

関わっている人々からは、「“Additive Manufacturing1”(注:付加製造技術。材料を付着するこ

とによって物体を 3次元形状の数値表現から作成するプロセス。多くの場合、層の上に層を積む

ことによって実現され、除去的な製造方法と対照的なもの)は昔からある技術であり、メイカー

ズ・ムーブメントは、一過性のブーム。」といったコメントも多い。確かに、3Dプリンターを「魔

法の箱」扱いし、高精度プリンターと廉価版プリンターが区別なく議論されるなど、情報が正し

く取り扱われていない面があるのも事実である。また、IT サービスの成長が、デジタルの世界

で「ムーアの法則」に突き動かされていたものであるのに対して、メイカーズ・ムーブメントに

は、それに該当するレベルのドライバーがないとの指摘もある。

しかしながら、20 年程前に、一般消費者の前に登場し、その後に劇的かつ不可逆な世の中の

構造変化を産み出したインターネットを中心としたデジタル革命も、黎明期には「オタクのオモ

チャ」という批判的な評価も多かった。では本ムーブメントは一過性のブームなのか、それとも

製造業における構造変化の始まりなのか。

これらの問いに答えるためには、1.現在起きている現象において、何が本質的な変化である

のか。2.これらの変化によって、どのような新しい付加価値提供モデルが生まれるのか。を明

確にする必要がある。

本レポートでは、これらを論じた上で、更に、3.日本製造業の産業競争力を高めるために何

をすべきか。4.企業経営・社会・個人はどのように変化してくか。について現段階での見解を

述べる。

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1. メイカーズ・ムーブメントの底流にある本質的変化

1-1 変化の本質と提供価値の源泉

この 20 年間、コンピュータ・ネットワークの技術進化は、ムーアの法則に従った集積回路の

性能進化と共に、加速度的な進化を遂げてきた。他方、ものづくり技術は、物理的制約下の世界

で、段階的かつ時間をかけて進化を続けてきた。

メイカーズ・ムーブメントの本質は、この 2 つの技術変化の交点、すなわち、「ものづくりと

ネット世界の本格的な融合」にある。

この変化の本質を捉えるためには、バリューチェーン全体に視野を拡げて本ムーブメントを捉

え、「ものづくり技術革新」と共に、「ものづくりのネットとの融合」が、製造業のビジネスにど

のようなインパクトを与えるのか、そしてそれらが、ものづくりにどのようにフィードバックさ

れ得るのかを見極める必要がある。(図 1)

図 1:メイカーズ・ムーブメントをとらえるスコープ

1-2 ものづくり技術革新

3D データ活用による、ものづくりそのものの技術革新は、様々な要素技術の進化の集積であ

るが、その価値の本質は大きく 3つある。

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【1】設計のデジタル化

1 つ目は、「設計のデジタル化」である。3次元 CADを活用した設計や、CAE(Computer Aided

Engineering コンピューター技術を活用した製品設計・製造、工程設計の事前検討支援、ツール)

を用いた解析技術の進化はここに該当する。製造業の R&D部門は、これらの技術革新を通じて設

計の効率化、その後の実テストの省略に等によるコスト低減・時間短縮を実現してきた。

また、一見 3Dデータとは無縁の鋳造や切削加工といった工法にも、3D技術を用いた技術革新

が起こっている。例えば鋳造においては、従来の木型を用いた砂型製造から、3D データを用い

た「積層砂型工法」に革新することで、劇的に製造期間を短縮している。3D データによるもの

作りは、幅広い工法において、試作・量産の高速化・コスト低減・質の向上の実現につながって

いる。

【2】直接造形

2 つ目の価値の源泉として、「直接造形」がある。すなわち、スキャナーと 3D プリンターの技

術進化により、データ化した複雑な自然物(人体等)の形状を、忠実かつ迅速に直接造形するこ

とが可能となってきている。これらの技術革新は、補聴器、インプラントといった医療分野にお

いて価値を提供しつつある。

【3】技能の形式知化

3D データによるものづくり革新は「技能の伝承」にも役立っている。昨今では、暗黙知とし

てベテラン職人の頭と手先に蓄積された技能を、3D データ化や工程分解を行うことにより形式

知化して、技術伝承効率を高めるサービスも出現している。一部の工程においては、それらをロ

ボットに代替する取組みも試みられている。人から人に伝承するのではなく、人からロボットに

伝承する世界が見えてきている。

1-3 ものづくりとネットワークの融合

ネットワークとの融合によるバリューチェーン変化

ここまで述べた 3D データ活用による技術革新は、ものづくりそのものの革新という領域を超

えて、もう 1 つ大きな動きを見せている。それはすなわち、ネットワーク世界との融合である。

この融合は、製造業バリューチェーン上の主要プロセス、特に製品開発、販売・マーケティング、

資金調達・設備投資に大きな変化を与える可能性が高い。(図 2)

たとえば新製品の開発、発売を考えてみる。従来、企業が新製品を検討するときには、まずア

イデアを出し、市場調査の結果にもとづき企画・生産・販売する。そして、ある程度の売れ行き

が見えると量産に入るというアプローチをとるのが一般的だ。しかし多くの中小企業の場合は、

よいアイデアや技術があっても、試作品や製品生産に必要な潤沢な資金がないケースもあり、金

融機関から資金を調達し、必要な設備投資・材料調達を行うというリスクを負わざるを得ない。

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しかし 3D データ活用とネットワ

ークの融合が進むと、設計のデジタ

ル化や、3D プリンターによる簡易

な直接造形から生み出された情報

を、ネットワーク上のプラットフォ

ームに乗せることで、直接エンドユ

ーザーにコミュニケーションする

ことが可能となる。結果として、オ

ープンな環境でアイデアを進化さ

せることや、クラウドファンディン

グの活用、動画サイトを活用したニ

ーズ確認、資金調達、販売予約等、

一連のバリューチェーンを回すこ

とができる。

実際に、下請作業が主体であった

小規模な加工メーカーが、クラウド

ファンディングや、動画サイトを活用することにより、消費者向けのヒット商品開発・ビジネス

化に成功した事例も生まれつつある。規模・資金力に関わらず、企業は商品化のスピード、市場

投入のスピードの向上、資金調達リスクを解消することが出来るほか、新たな成長機会を広げて

いく環境が出来上がりつつある。(図 3)

センサーネットワークとものづくり

ものづくりとネットの融合は、製品の活用結果を開発サイドにフィードバックするというステ

ップにも大きな変化をもたらす。センサーネットワークの発達により、製品活用時の情報を、よ

り緻密にかつ迅速に収集・解析することが技術的に可能となってきている。これらの技術を活用

し、製品活用時の課題をいち早く製品開発にフィードバックできるものづくり企業は、デジタル

化が進展した世界においても優位性を持続できるであろう。GE の CEO であるジェフリー・イメ

ルト氏も、2013 年 10 月に東京で開催された世界経営者会議において、「物理的なものづくりの

世界とアナリティカルの融合」について言及し、航空機のジェットエンジンやガスタービンの製

品開発を例にあげて、「“Industrial Internet”の活用が製造業における差別化の源泉になる」

と述べている。

図 2:ものづくりとネットの融合

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図 3:ものづくりとネットとの融合によるバリューチェーン変化例

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2.新しい付加価値提供モデル

2-1 5 つの付加価値提供モデル

現在、3D データによるものづくり技術革新、及びものづくりのネットとの融合による変化を

先取りした、いくつかの付加価値提供モデルが出現しつつある。(図 5)

2-2 ①ラピッドプロトタイピング型

従来から、3Dプリンターの技術は、製造業の試作工程において発達を続けてきた。3DCAD で設

計したモデルデータを、3D プリンターを用いて出力し、迅速に試作品を製作することにより、

デザインレビューやテスト期間の短縮、試作にかかる材料コストを最小化するといった価値を提

供してきたのだ。近年は材料の進化により、形状だけでなく、強度や耐熱性も実製品に近いもの

を製作し、実機に近いテストができる試作品の製作も可能となりつつある。

2-3 ②形状イノベーション型

設計・製造プロセスを効率化するだけ

でなく、3Dプリンターにより、従来の工

法では不可能だった構造を実現する、と

いった取組みも行われつつある。

2013 年 8 月の米技術専門誌「WIRED」

には、ロケットエンジン用のインジェク

ター(水素燃料と液体酸素を燃焼室に噴

出する部品)を 3Dプリンターにより製造

したという記事が掲載された。記事によ

る と 、 NASA が 設 計 し 、 Directed

Manufacturing 社が高出力レーザーを使

って金属の粉末を溶かしながら部品を整

形、SLM(Selective Laser Melting)技

術を用いて、ニッケル・クロム合金で積

層造形している。

上記の記事は、一例に過ぎない。従来、

図 4:メイカーズ・ムーブメント、5つの付加価値提供モデル

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ロケットの燃料噴射装置等の複雑度の高い部品は、製造工程において職人の技能に依存する所が

大きく、3Dデータの活用範囲は 3DCADや CAEの活用による設計・解析工程にとどまっていた。

しかし、今後、航空機やロケット等のハイテク部品において、金属を材料とした 3D プリンタ

ーの開発や、素材のイノベーションにより、既存工法では実現しなかった全く新しい形状の製品

/部品が生まれる場合もあり、技術競争力へのインパクトが極めて大きい。関連業界のプレイヤ

ー、最新技術動向を今後も注視する必要がある。

2-4 ③カスタマイズドマニュファクチャリング型

3D スキャナーと 3D プリンターの発達により、自然物の形状を 3D データとして取り込み、出

力することが可能となった。このモデルは、特に医療の世界で先行活用されている。例えば、補

聴器は長時間、耳に取り付けて活用するものであるために、耳にフィットしてしないと痛みを伴

ってしまうが、耳の形状は各人によって異なっている。3D スキャナーによって、耳の内部形状

を完全にデータ化し、完全にフィットする補聴器を製造する企業もすでに出てきており、骨・歯

のインプラント、歯科矯正等にも技術活用は広がっている。また、臓器を形状だけでなく、触感

まで含めて再現した人体模型を医者に提供する事業者も登場し、医療技術の向上に役立てられて

いる。医療以外での本モデルの適用先としては、スマホに変わるデバイスとして注目されている

ウェアラブル機器における活用が期待される。

2-5 ④オープンサービス型

ものづくりとネットワークの融合によって生まれる価値を取り入れて、従来とは異なるバリ

ューチェーンを構築するのがオープンサービス型である。ネットの世界における Google や

Amazonのような強力なプラットフォーマーはまだ出現していないが、この領域では、全く新し

い製造業のバリューチェーンを体現しつつある 4 つのタイプのプレイヤーがすでに出現してい

る。

コミュニティ型

1 つ目のプレイヤーは、オープンなコミュニティを形成し、そこからヒット商品を生み出す「コ

ミュニティ型」のプレイヤーである。代表的なプレイヤーとして、アメリカの Quirky が上げら

れる。商品化して欲しいアイデアを持つ潜在顧客や、クリエイターをコミュニティ化し、その中

でオープンに商品企画を募集・磨き上げを行う。具体化された商品企画は、Quirky 側で審査し、

有望なものは採用し、設計、試作・テストマーケティング、量産設計・試作、量産、販売までを

一気通貫で行い、短期間の内に Quirky が上市するモデルである。Quirkyのサービスには、もの

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づくり参加者に対して、その貢献度合いに応じてコミュニティ運営主体者が報酬を支払う仕組み

が、巧みに組み込まれており、これはこのモデルの要のひとつとなっている。(図 5)

図 5:Quirkyのビジネスモデル

クラウドファンディング型

2 つ目のプレイヤーは、アイデアを商品化する企業や個人の顧客探しや資金調達を支援する

Kick Starter 等“クラウドファンディング企業”である。クラウドファンディング企業は、作

りたい商品アイデアを持つ企業や個人がプロジェクトを立ち上げ、自分達が思いを込めたプロジ

ェクトへサポーターの参画を促す。尚、プロジェクトに賛同するサポーターは、プロジェクトに

アドバイスをすると共に、支援金を提供する。そして、目標金額が集まった段階でプロジェクト

が成立し、プロジェクトオーナーにお金が支払われる。本モデルにおける成功例としては、スマ

ートフォン連動型のスマートウォッチ Pebble が有名であり、本製品は、Kick Starter 活用によ

り 1000 万$の資金調達に成功している。(図 6)ものづくりにおけるクラウドファンディングの

活用の課題は、出資を決める段階で、本当にどこまで製品設計ができているのかを、出資者が見

極め難い点にある。今後、3D

ものづくりの進展により、試

作品のネット上での公開がス

ピードアップするであろうし、

場合によっては試作品の 3Dデ

ータを資金提供を検討してい

る人々に公開し、資金提供者

は 3Dプリンターで“印刷した”

試作品を直に手に取って確認

して出資を決定するといった

手段も考えられる。

図 6:KickStarterのビジネスモデル

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マーケットプレイス型

3 つ目のプレイヤーは、デザ

イナーや一般消費者自身が、

ネット上に 3Dデータをアップ

し、ネットユーザーが欲しい

ものを購入する「マーケット

プレイス型」であり、アメリ

カの Shapeways が草分け的存

在である。世界最大級の 3D プ

リンティングマーケットプレ

イス shapeways.com 上では、

サイト上に 8,000 以上のショ

ップ(2012 年末時点)が存在

し、週当たり 10,000点以上の

3D データがアップロードされている。日本においても、DVD 等のネット通販で有名な DMM.com

が、CMに北野武さんを起用して同様のサービスを展開しつつある。(図 7)

ショップ型

4 つ目のプレイヤーは、リアルなものづくりの場を提供する「ショップ型」であり、DIY の文

化が発達しているアメリカにおいて出現しつつある。代表的なプレイヤーである Tech Shopは、

3D プリンターをはじめ、従来型の工具だけでなく、研削機・溶接機・レーザー切断機・板金加

工機・NC 工作機械・成形機などを備えたショップをアメリカ 6 カ所に展開(2013 年 8 月現在。

更に 3か所オープン予定)している。

大企業によるオープンサービス活用も進む

最後に、上述のオープンサービスモデルを活用する大手製造業の事例も述べておきたい。2013

年 4 月 GE と Quirky が新製品開発の提携を発表し、GE は数千の特許や新技術を Quirky コミュ

ニティに開放した。Quirkyコミュニティ参加者は Google Patentを介して自由に特許を閲覧し、

製品開発のアイデアとして活用することができる。本モデルは、大手製造業である GE が、もの

づくりとネットとの融合というバリューチェーンの変化を先取りした取組みとして注目に値す

る。

大手製造業は、多くの知財を持つが、自社内だけでは効果的に商品に繋げられていないケー

スが多い。このようなケースを打開するために、Quirky のようなオープンコミュニティ型のプ

レイヤーに知財を開示し、商品開発するアプローチがオープンイノベーション活性化の手段と

して増える可能性がある。

図 7:Shapewaysのビジネスモデル

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2-6 ⑤自宅利用型

最後のモデルは、2 次元プリンターと同じように、家庭にホームユースの 3D プリンターを持

つモデルである。本モデルについては、拡大のためのボトルネックが複数存在する。すなわち、

廉価版プリンターの精度、材料コスト、一般消費者のものづくりに対するモチベーション及びス

キルである。

弊社シグマクシスの 3Dものづくり研究チームでも、廉価版の 3D プリンターを購入し、どの程

度のものづくりが可能であるか、ユーザーインターフェースはどの程度進んでいるかを日々検証

しているが、コンピューターと比較すると、ちょうど 1980 年代前半のパーソナルコンピュータ

(マウスもインターネットも GUIもなく、記憶媒体はカセットテープがメイン)と同じレベルで

あるとの印象を受けている。

また、3D プリンターが一般に普及するためには、スキル・モチベーションに関するボトルネ

ックが解決されて、ものづくりに携わる人の裾野を拡大できることが必要条件となるが、3D-CAD

を使いこなすことは極めて難易度が高い。PC やインターネットの普及においては、ユーザーイ

ンターフェースの進化が起爆剤となったが、ものづくりにおいても、尐し勉強すれば直感的に使

えるツールや、アルゴリズムをビジュアル化するような、一般消費者と 3D-CAD オペレーション

を繋ぐインターフェースとなるソフトウェア、もしくは、一般消費者のものづくりをサポートす

るサービスの出現・普及が変曲点となるであろう。

Maker Bot 社が高解像度の 3D スキャナーの発売を発表したが、価格は 1,500ドル(15万円前

後)とかなり安価となっている。そもそも 3D CAD が十分に使いこなせない人々にとって、高性

能かつ安価な 3Dスキャナーは今後強い味方になる可能性が高い。

(補論 廉価版 3D プリンター誕生までの変遷)

今回のメイカーズ・ムーブメントの火付け役は、100 万円を切る安価な 3D プリンター、パー

ソナルタイプの台頭である。パーソナルタイプであっても、性能向上に伴い、より異形状な部品

の設計が可能になっている。主に、3D システムズ社およびストラタシス社が提供しているもの

である。(図 8)

パーソナルタイプの平均価格は 2012 年 50 万円に対し、2016 年で 25 万円と半減すると予想さ

れ、パーソナルタイプの市場拡大が期待される。実際、3D プリンター・パーソナルタイプの市

場は、2008 年には 5 千台強しかなかったものが、2012 年には 8 万台、2016 年には 50 万台へと

急速な伸びを見込んでいる。

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しかし、パーソナルタイプで作れる商品には限界がある。最近の新聞・雑誌が、パーソナルタ

イプと非パーソナルタイプを混同して報道した結果、消費者はパーソナルタイプを何でも作れる

“魔法の箱”のような誤解している可能性がある。しかし、パーソナルタイプの進化はスピーデ

ィに進んでいく可能性が高く、どのタイミングで、ものづくりのパーソナル市場が急拡大してい

くかは注視していく必要がある。

図 8:3Dプリンター業界の変遷

2-6 製品領域と新しい価値提供モデル

以上、5 つの新しい価値提供モデルの出現について述べてきたが、自宅利用型を除く、4 つの

モデルにおいては、対象となる製品領域がある程度見えており、それらは 3D ものづくりの進展

度によって棲み分けがなされている(図 9)。製品の複雑度の低い順で見ていくと、オープンサ

ービス型は、フィギュアやアクセサリーといった構造のシンプルな製品(ローエンド意匠品)を

中心に発展しつつある。アイデア出しから生産までを全て新しいものづくりのバリューチェーン

に置き換えられる可能性が高い。先述したように未だ勝ちのモデルは見えていないが、コミュニ

ティの活性化、品質保証、知財問題といった課題を解決したプラットフォーマが出現した後は、

より複雑度の高い製品(例えば家電等)に波及していくことになるであろう。カスタムマニュフ

ァクチャリング型は、自然物を正確に再現することに価値がある医療人体模型やインプラントと

いった製品(ハイエンドカスタム意匠品)において発展しつつある。今後、製品の“ウェアラブ

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ル化”に伴い、医療以外の分野、例えばウェアラブル端末や福祉関連への製品領域拡大が見込ま

れる。従来からあるラピッドプロトタイピング型は、自動車や電子機器の製品・部品といった量

産機能品を中心に、“限りなく本物に近い試作品”をめざし、今後も持続的に発達していくであ

ろう。特に、3D ものづくりと、従来から存在する擦り合せが必要な工程である金型製作や、加

工工程とのインターフェースをどう取っていくかが焦点となる。形状イノベーション型のモデル

は、求められる複雑度・精度の高さから、3D ものづくりが困難で、熟練技術者に設計・加工の

大部分を依存してきた製品領域(カスタム機能品)に対して、3D ものづくりで技術革新を起こ

そうというモデルであり、そこで開発された装置・材料等の要素技術は、スペックダウンされた

上で他の製品領域に波及する可能性が高い。

図 9:製品領域と価値提供モデルのインパクト

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3.日本製造業の産業競争力の現状と強化に向けた方向性

3-1 日本製造業の産業競争力変遷

日本企業は、高度経済成長からバブル期にかけて、製品を効率的・高品質に生産するオペレー

ションエクセレンスや、ウォークマン等に代表される擦り合わせ型製品開発におけるイノベーシ

ョン力を強みとしてきた。しかし、1990 年以降、製品のデジタル化・モジュール化進展、新興

国市場の台頭,グローバルレベルでの低コスト化などから、日本企業は旧来の強みを失った。現

在、日本企業はより高品質な商品の開発や、サービスを重視した収益モデル確立、新興国におけ

る R&D機能の確立等、生き残るための新たなモデルを模索している。

3-2 米国での製造業再生政策

米国は、オバマ大統領の元、現在

3Dプリンターも含めた製造業競争力

を強化し、国内製造業を復活させよ

うという動きが目立つ。

アメリカの製造イノベーション政

策は、基礎研究が商用化に繋がらな

い「技術のデスバレー」を克服する

ために、産官学の連携を強化しよう

というものであり、R&D と製造プロ

セスとが近くにあることが、イノベ

ーションを起こすことには不可欠と

考え、国内製造プロセスを持とうと

いう基本方針を取っている。(図 10)

この方針に基づき、米国政府は

2012年 7月に米国製造業再生計画を

打ち出した。この計画は、製造イノ

ベーション機関(IMI1)を特定領域

毎に作り、IMI周辺に様々な企業、大学、研究機関を呼び込むことにより、グローバルで戦える

産業クラスターを作るというものである。併せて、各地に IMI を設置することにより、全国をネ

ットワークとして繋いでいく構想(NNMI2)も打ち出されており、これらは産業界主導の NPO に

よる提案で設置される。尚、IMIは設置 7 年後以降は、自律的に経営されることを想定している。

図 10:オバマ政権におけるものづくりバリューチェーン上の課題

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これら計画は、製造業のイノベーションに対し、国のコミットメントを示すと共に、民間パワー

を最大限活用するアプローチを示している。このようなアメリカ発の製造業モデルが世界に浸透

していく場合、日本製造業の競争力が更に低下する危険性がある。

1 :Institute for Manufacturing Innovation 2 :National Network of Manufacturing Innovation

3-3 日本製造業の強みと弱み

日本製造業の強み

今後、日本が製造業で戦っていくための拠り所となる強みは何か。それは、「技術」であるが、

技術は「知」であり、人材に宿っている。すなわち、①生産における匠の技、②複数の中小企業「地

場」の存在、③自動車、電機産業等の大企業に集積している技術人材プールの 3つが、日本が持

つ強みであると言える。

日本製造業の弱み

一方、日本製造業の弱みとしては、大きく 2つ挙げられる。1つ目は、資本力・新興市場制圧

力の不足である。この数年の急成長を遂げている、韓国製造業は、まさにこの要素を強みとして

競争している。

もう 1 つの弱みが「トライ&エラー型」での事業開発能力を持つ人材・マネジメント力の不足

(残存する強いプロセス志向)である。(図 11)

逆に、この要素を強みと

してきたのが、シリコンバ

レーを基点として生まれ

たアメリカの IT サービス

企業である。IT サービス業

界では、企業向けに商品・

サービスを作った後に個

人向けを作るという従来の流れから、個人向けを先に作ってから企業向けを作るという逆転現象

が生まれている。個人は完全な質よりも 80%の質でスピードを重視する傾向が強いため、企業も

商品・サービスをよりスピーディに作り出す必要性に駆られてきた。

この結果、IT サービス企業は IT サービスを産み出すアプローチを変えてきた。従来、企業は

商品をじっくり練り上げ、市場に売り出すというものであったが、80%の質でスピードをより重

視するために、簡単に試作品やベータ版を作り、消費者の反応を見るようになった。また、企業

は商品アイデアや技術の漏えいを危惧し、商品開発プロセスは自前で行うことが普通であったが、

商品アイデアの拡がりや、磨き込むスピードというメリットが、商品アイデア・技術漏えい等の

デメリットを上回るケースも増え、結果、他社を巻込むオープンイノベーションが発達してきた。

図 11:日本製造業の強みと弱み

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前述のように、Quirky や Shapeways 等のオープンモデルの先進事例は米国企業が多く、米国

で起きているメイカーズ・ムーブメントは、“ITサービス市場”で起きた変化の“ものづくり市

場”への展開と言えるであろう。今後、本モデルが浸透する場合、自前で商品アイデアを産み出

し、社内で完全な質の商品をつくった上で販売する“作り込みによる高品質な商品作り”という

従来のビジネスモデル自体が成り立たない世界が到来する可能性もある。

3-4 強みを活かし、弱みを克服するための課題(企業視点)

以上、日本製造業の強み・弱みをアメリカの動向とも比較しつつ考察してきたが、前章で述べ

たメイカーズ・ムーブメントにおける本質的変化を追い風として、日本製造業が再び競争力を高

めるに、各企業は何をすべきか。

変曲点を捉える

先ずは、各製品領域において起きつつある変化の予兆をきちんと捉えて、変化の波に乗り遅れ

ないことが重要となる。オープンモデルにおいては、どこまで複雑度の高い製品にまで本モデル

が波及するか、カスタマイズドマニュファクチュアリングモデルにおいては、ウェアラブル端末

等、医療以外にどういった分野に波及していくか、形状イノベーション型においては、金属を材

料とした 3D プリンター技術の技術ロードマップ、オープンモデルにおいては、萌芽しつつある

複数ビジネスモデルの今後の発達等、モデル別製品領域別のシナリオを、技術面・ビジネス面か

らきちんと設定しておく必要がある。

差別化・収益化を両立するビジネスモデルの構築

製造業においては、未だ技術・技能で日本には一日の長がある。3D ものづくりと、日本の職

人に宿る暗黙知をいかに融合させるか(3Dと金型の擦り合せ力を活用)、中小地場の技術力をい

かにネットワーク化して競争力を最大化させるか(例 地域クラスター創り、高度技術投資等)、

高齢化・事業廃業等により、失われつつある技術・技能をいかに維持していくかについて、真剣

に検討する必要がある。

また、設計・製造の技術力のみでは競争優位性は長く続かないため、製品活用データ蓄積・解

析・パターン化により、収穫逓増を実現する競合優位性構築のモデル(例 医療、航空・宇宙、

自動車等)の検討が必要となる。

3D 周辺の標準化(例 データフォーマット)とブラックボックス化(例 高度業務知識)の

両立も差別化・収益化において重要な論点である。

複数プレイヤーによる生態系の形成

不確実な未来に向けて、差別化・収益化を両立するビジネスモデルを構築するために、製造業

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のマネジメントは、従来の量産型プロセスに、トライ&エラー型マネジメントを巧みに組み合わ

せる必要がある。

IT の世界では、「バリューアグリゲーター」として Google や Amazon、Apple が覇権を握って

きた。製造業においても、ネットとの融合に伴い、差別化・収益化の視点からバリューアグリゲ

ーターとして、複数プレイヤーと共に“生態系”を形成したプレイヤー達が勝者となるような世

界が到来してくる可能性が高い。

バリューアグリゲーターを目指すための第一歩として、自前主義から、他社とのコラボレーシ

ョン主義にシフトし、協業により、複数の“差別化源泉蓄積ポイント”を抑えたビジネスモデル

を構築する取組みが必要となる。生態系は、上流の材料メーカーから、製造装置メーカー、製造

業者、製品を活用したサービス提供者といった下流までを含めて形成され得る。特に、多くの優

秀な技術者が集積している大手製造業の R&D 人材の働き方を大きく変革する必要があると考え

る。

3-5 強みを活かし、弱みを克服するための課題(国視点)

では、日本として、企業横断的に製造業の競争力を高めるための横断的な打ち手として、何が

なされるべきだろうか?

人材育成・活用

米国で、既に 3Dものづくりが幅広い層で浸透しつつある背景には、DIY(DoIt Yourself)文

化があるからと考えられる。日本では、若いころから、ものづくりに関わるチャンスが学校・私

生活でも尐ない。現在、PC利用やITプログラミング等は、学校教育でも一部取り入れられ始

めている。これと同様に、3Dものづくりについても、学校教育などで体験できるような環境を

作っていく必要があるのではないか。

また、多くの中小製造業で、3D CAD・プリンターを活用することにより、効率的にものづくり

を進められる余地はある。しかし、新たなノウハウを習得する機会が尐ないことから、2D もの

づくりに止まっている。このような中小企業が産業競争力を高めていくためにも、3D ものづく

りの背中を押す仕組み(例 事業者認定制度、融資格付けの基準への取り込み)は有用であると

考える。

更に、能力を持つ人材と需要を持つ企業を効率的に繋ぐため、人材が保有するスキル可視化、

社会インフラ化を進めてはどうか。

知的財産

知的財産の狙いは、昔から変わらず、投資をして「モノ」を作り出した人が投資回収を安定的

に行い、さらに作り出された「モノ」が社会にスムーズに浸透することで、万人の生活を豊かに

することである。実はこの狙いは、法制度がなくとも、取引者間で Win-Win関係となる収益分配

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の仕組みを取り決めることでも、ある程度実現することが出来る。Quirky などのオープン型の

ビジネスモデル等がその好例だ。知的財産の法制度に期待される役割は、取引者間の取り決めに

反し、知的財産が悪用されてしまった場合、活用できるセーフティネット機能だ。しかし、現在

のセーフティネットは、2つの意味で十分に機能しない可能性がある。

1 つには、3Dに固有のデータだ。2Dから 3D に変わった結果、数ミクロンの違いといった匠の

技がデータ化され、暗黙知が形式知化されていく。しかし、データはアプリケーション化されれ

ば著作権が発生するものの、データ自体は法律上の権利保護が定められておらず、暗黙知を形式

知化した段階で、自社内に形式知を留めないと知的財産を守る術がない。

もう 1 つには、公知前出願とオープンイノベーションがそもそも相矛盾する点だ。「もの」に

関する権利は、公知前に出願をすることにより、形状は意匠権、中身の機能は特許権・実用新案

権に基づき、保護されることになっている。しかし、ものづくりがオープン化し、公知前出願が

難しくなった結果、意匠権・特許権・実用新案権の権利保護を受けられない状態となっている。

特にオープンモデルにおいては、当然ながら公知前に出願することはない。何故なら、出願せず、

様々な人々からのアイデアを貰うことにより、結果、製品化スピードを加速化することがオープ

ン化の狙いであるからだ。

場・ネットワーク

日本国内に、競争力のある生態系の形成させるためには、個々のプレイヤーがグローバルレベ

ルで製造業に関するリーダー人材・企業とネットワークを持っていることが必須となる。そして、

そのネットワークの中で、次世代の潮流の芽をリアルタイムで入手し、開発センターとしての魅

力を維持するために、制度・ルール・インフラなどを継続的に見直していく必要がある。

また、実際にものづくりの活動が活発になるには、制度・ルール・インフラを変えるだけでな

く、人材・企業が実際に集まる場・コミュニティなどが能動的に創られていくことが必要となる。

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4.国のポジショニング、企業経営、個人、社会の変化

最後に、3D ものづくりが浸透した世界において、日本製造業が競争力を持つためのポジショ

ニング、及びそれを実現するための企業経営、個人、社会の変化について述べておきたい。

4-1 日本製造業のポジショニング

日本製造業が、3D ものづくりの変化を追い風として、日本の強みを最大限に生かし、競争力

と収益性を併せて持つためには、従来の資本投下型の製造業から人が知恵を出して価値を出す製

造業への転換を果たし、その価値を競争力として活かせるビジネスモデルを確立する必要がある。

このモデル下では、組織(社内組織ではなく、オープンな生態系における組織)で動くことを得

意とする日本の良さを発揮し、個々人が誰でも出来るオープンイノベーションではなく、小さな

会社・組織がオープンイノベーションの参加者になる方向性が望ましい。

更に、特定領域に圧倒的に強みを持つ(例 超省エネ商品、痛くない注射針等の金属加工等)

企業が集積し、多様な能力を持つクリエイター人材が集まり、資金の出し手は、消費者・エンジ

ェル・VC等が集まる特定産業クラスターやウェブコミュニティが担っている。地域単位で強み

を持つ商品領域が異なることもあるであろうし、ウェブ上に強力なコミュニティが発生すること

もあるであろう。

それらを日本国全体として俯瞰した場合、製品領域を跨った、知恵・ノウハウの波及がどの国

よりも早く迅速に進む、“世界の開発センター”と言えるようなポジショニングに位置付けられ

るが理想的ではないだろうか。(図 12)

図 12:日本の強みを最大限活かした場合のポジショニング

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4-2 企業が変わる

これまでみてきたように、金型などのアナログ・暗黙知がどの程度のスピードでデジタル化・

形式知化していくかという時間軸の観点はあるものの、3Dものづくりのバリューチェーンは、

早晩オープン化と再編集されていく。この成長機会を製造業企業がフルに活用するには、経営モ

デル、人材、組織運営の仕組みにおいて、乗り越えなければならない課題がある。

高度経済成長以降、日本の製造業は、大量生産・大量販売を効率的に行うために、自前主義、

プロセス標準化を徹底してきた。そして、一定の売上を上げるために必要な人件費は尐ない方が

良いといった発想で、人材を扱ってきた。要は、仕組みで価値を生み出すという時代であった。

しかし、今後、バリューチェーンのオープン化と再編集をうまく取り込むには、オープン主義、

トライ&エラーを実現する経営モデルにシフトしていく必要がある。また、人もコストとしての

人材から、様々なアイデアを産み出し・行動するアセットとしての人財へと変化する必要がある。

結果、3Dものづくりに携わる人々は新たな価値創出をするメンバーとなり、力のある外部パー

トナーはあたかも自社メンバーかのように取り込まれる状態が生まれる。

今後は仕組みだけでなく、社内外問わず、人財が活躍しやすい環境を企業が提供することによ

り価値を生み出す時代が到来する。

4-3 個人が変わる

これまで一社にフルタイムで固定オフィス、固定時間で働くことを人々は当たり前にしてきた。

しかし、企業経営がオープン主義、トライ&エラーをベースとした経営モデルにシフトしていく

と、能力のある個人であればあるほど、複数の企業と取引を行い、オフィスも時間も柔軟になっ

ていく可能性が高い。この動きを、ここでは個人の自立化と呼びたい。

例えば、今後は、アイデア創出、設計、試作、マーケティング、量産のプロセス毎に強みを持

つ人や、全体のビジネスモデルを構築する人が出てくる。とすると、もちろん、ビジネスモデル

としての組合せはあるものの、論理的には互いに 3Dデータを共有出来る限り、携わるメンバー

も常に、最適な組み合わせで編成されるべきでなる。但し、このように個人が行動する動きは、

雇用契約、場所・時間といった働き方自体が変わることが前提となる。

4-4 社会が変わる

企業の経営モデルが変わり、個人の自立化が進むと、社会の在り方も変わっていく。現在は、

尐数の大企業が経済価値の大半を産み出しているのが実情だ。しかし、大企業は従来の階層型、

自前主義、プロセス標準型を維持することでは、生き抜けない時代にきている。大企業は、より

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コア事業、コアプロセスにフォーカスし、他社にノンコア事業、プロセスをアウトソースする他、

コアでも足りない部分は外部から、アグリゲートするという動きになるはずだ。その中で、能力

のある個人やベンチャーが、必要に応じて、コラボレートすることにより価値を出していく社会

が作られていく。

企業の経営モデル、個人の価値観の変化が、企業・個人の行動様式に変化を生み、制度・ルー

ルが築き上げられていく。日本は、そのような社会の流れを先読みし、後押しするような取組み

を、国を挙げて進められるかが大事な時期に来ている。

以上

著者プロフィール: 桐原 慎也 Shinya Kirihara

株式会社シグマクシス 戦略サービス プリンシパル

外資系コンサルティングファームを経て現在に至る。製造業を対象とした R&D 革新、MOT 教育講師、新規事業立上げ、新興

国事業展開、M&A、本社機構改革等のコンサルティングを多数経験。またインド拠点を活用した設計解析アウトソーシングサ

ービス立ち上げの経験も有する。特に、製造業の競争力強化において実績多数。

専門分野:新規事業開発、R&D変革、本社機構改革、製造業(産業機械、重工業、精密部品、自動車、消費財)

※ 株式会社シグマクシスでは、装置産業、素材産業、製造業メーカー、データ・エンジニアリングと

いった多様な業界・領域にわたり、3Dものづくりに関する検討や企業間の協業を進めております。

御興味のある方は、下記までお問い合わせください。

問い合わせ先:[email protected] (担当:桐原)