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Page 1: 「テクノロジー・ロードマップ」の考え方と活用法 …...テクノロジー・ロードマップ 2019-2028 <全産業編> 13 (筆者が作成) た。この流れはTRM2019版にも引き継がれている。
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12 テクノロジー・ロードマップ 2019-2028 <全産業編>

「テクノロジー・ロードマップ」の考え方と活用法

 本書「テクノロジー・ロードマップ 2019-2028」(TRM

2019版)は、今後の日本の産業界にとって重要と考えら

れる15分野(領域)の合計120テーマについて今後10年

のロードマップを描いている。

 ここではTRM2019版の作成における考え方の概要と

して、現在日本で必要とされているイノベーションとの

関係を解説した後、元々の作成理念を振り返り、その利

用方法について基本的な考え方を示す。また実際の企業

における典型的な実践(使用)事例を述べていくことで、

本書を各企業で実践的に活用できるようにしたことが

大きなポイントである。

 その背景の第 1 として、テクノロジー・ロードマップ

(TRM)の毎年の改訂が、回を重ねるごとに基本的な「未

来」の記載内容が見やすく改善され、対象領域が時代の

変化とともに大きく変化していることがある。また、利

用側のそれぞれのロードマップ作成作業が進化してい

る中で、本来のロードマップの統一感と未来の市場視点

を共有化されやすくなってきており、TRMの完成度が

上がってきている。

 第 2 の背景として、TRMを各社で採り上げる利用の

仕方がいろいろな範囲に広がり、ロードマップ活用の具

体的な事例が広がってきた。実際にそのような事例を参

照して、新たに活用を進めたいというニーズが増えてき

ている。

 以降、第1部では、TRMの作成経緯から全体的な構成、

基本的な表記方法の意味、作成プロセスなどを示す。第

2 部では、ロードマップをイノベーション創出としての

活用を目指し、顧客創出を含めた組織内外とのコミュニ

ケーションツールとして捉えたときの経営的視点での社

内活用法や事例、注意事項を紹介している。第3部では、

イノベーションを伴う研究開発や新規事業化テーマに特

化し、ロードマップを実際にどのように活用するか、各

種実践活用事例を述べ、その効果や勘所を整理した。

 ここで、TRMの基本理念ともいうべき三つのポイン

トを挙げる。

(1)市場の未来を起点にした技術ロードマップを作成

 各領域・テーマでは、未来市場の仮説(あるべき姿、夢、

ビジョン)を先行させているのが特徴である。未来市場

を構想し、そこで求められる機能から商品やサービスを

想定し、それを実現させるための技術を明確にしていく。

(2)市場、商品、技術の3層を統合化

 企業の経営者、事業担当者でも、市場、商品、技術の各

層で活用可能とするために、各層のロードマップをひも

付けできる。業界を市場、商品、技術の各視点で眺めな

がら自社のロードマップと比較、統合化することで、よ

り説得力がある未来が見えることになる。

(3)未来市場の定量化

 新規事業において、マーケットはまだ存在しない場合

が多いが、TRMでは可能な限りの定量化を、世界と日

本の両市場で行っている。これは技術のマーケットでの

最大限のポテンシャルを引き出すことを意図している。

第 1 部:TRM の作成経緯と内容構成

1-1 TRM の作成経緯と2019 版の特徴

・TRMの作成経緯の概要

 これまでのTRMの作成経緯について追って振り返っ

てみる。最初の企画は、当時日本国内において市場と技

術を明確に関連付けたロードマップが存在しないとい

うことから始まった。経済産業省主導で2005年から

2010年まで各分野を広範に網羅したロードマップが継

続的に作成されていたが、2011年の東日本大震災によっ

て中断され、その後も総合的なものは見送られてきたと

いう背景がある。

 前述のTRM基本理念の下、現在のTRMの元になる企

画を2013年 1 月にスタートし、2カ月後には市場、商品、

技術を統合するフォーマットを作成した。また同時に現

在から10年後の未来に向けて重要になると考えられる

約100テーマを各資料から抽出し、執筆者の選定を行っ(筆者が作成)

図1 TRM全産業編の分野数とテーマ数の変遷

2014 版 2015 版 2016 版 2017 版 2018 版 2019 版

分野数 11 12 12 13 15 15

テーマ数 90 100 101 115 118 120

増減数 ― + 36- 26

+ 3- 2

+ 31- 17

+ 39- 36

+ 16- 14

Page 3: 「テクノロジー・ロードマップ」の考え方と活用法 …...テクノロジー・ロードマップ 2019-2028 <全産業編> 13 (筆者が作成) た。この流れはTRM2019版にも引き継がれている。

13テクノロジー・ロードマップ 2019-2028 <全産業編>

(筆者が作成)

た。この流れはTRM2019版にも引き継がれている。

 その後、複数回にわたる全体と個別の調整を経て、

2013年11月に「テクノロジー・ロードマップ 2014-

2023」(TRM2014版)の発刊にこぎ着けた。この初版は、

想定以上に増刷を重ねることになる。これは世の中の

ニーズが未来のロードマップの具現化を待望していたこ

とにほかならない。

・TRMの改訂経緯

 TRMは、10年間のロードマップを毎年 1 年ずつずら

しながら改訂版を重ねることになる。最初の改訂版

(TRM2015版)では、まず読者や有識者の評価を踏まえ

て、全面的な見直し(執筆者、仕様の統一など)を行うこ

とになった。さらにテーマについても多くの意見を取り

入れて再検討を行い、36テーマを新規に追加(26テーマ

を削除)、執筆者も1/3を入れ替えた。このような見直し

は、その後の改訂でも踏襲している。

 さらに、TRMのシリーズ展開を行った。具体的には、

全分野を網羅する「全産業編」のほか、ICTと各産業の

融合による価値を主軸においた「ICT融合新産業編」、医

療・健康、食と農業にメインに掲げた「医療・健康・食

農編」など、社会的な話題性やニーズに合わせて投入し

ている。いずれもロードマップの基本的フォーマットや

構成は共通で同様の作りを継承している。

 図1には各版のテーマ数の変遷と新たに追加した、分

野の数を示した。また、図2には、TRM2014版から

TRM2018版まで存在した「エマージング分野」のテーマ

の変遷を示した。まだ市場が確立していないが将来性が

見込める分野を「エマージング」として抜き出したもの

で、時代の変化とともに注目テーマが移っていく状況が

読み取れ、興味深い。

・TRM2019版の改訂ポイント

 今回のTRM2019版の主な改訂ポイントについて述べ

る。今回は分野数15、テーマ数120を数える。TRM2018

版から追加した分野は人工知能(AI)であり、「AIと移動」

「AIと製造」「AIと金融」「AIと住宅」で構成する。その

ほか、新規テーマとして自動車領域では「未来車の社会

受容性」、エネルギー分野では「微生物発電」、医療分野で

は「介護IoT」、健康分野では「インシュアテック」「ウエ

アブルヘルスケア」、材料・製造分野では「マイクロ波化

学工場」、農業・食品分野では「フェイクフード」などと

なっている。また今回からはエマージング分野を削除し、

すべてのテーマを各分野に当てはめている。

1-2 TRM の全体構成イメージ

 TRMの全体構成(階層)は、企業などで一般的に使う

統合ロードマップとは階層の内容が若干異なっている。

企業では最上位に経営・事業のロードマップが来るが、

図2 エマージング分野のテーマの推移

・3Dプリンター・拡張現実・ロボット・脳波応用機器・量子コンピュータ・ 通信

・ロボット・次世代センシング・量子コンピュータ・ 通信

・ロボット・パーソナルセンシング・量子コンピュータ・ 通信・常温核融合

・人工知能(AI)・パーソナルセンシング・次世代配送システム・脳活動センシング・常温核融合

・人工知能(AI)・IoT・ビッグデータ・パーソナル・ アナウンスメント・脳関連ビジネス・常温核融合

2014 2015 2016 2017 2018

図3 「TRM」の基本構成イメージ

市場ロードマップ

商品ロードマップ

技術ロードマップ

(筆者が作成)

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14 テクノロジー・ロードマップ 2019-2028 <全産業編>

本書ではその代わりに市場ニーズを中心にした「市場レ

ベル」を最上位に置いている。この市場レベルを起点に

「商品レベル」および「技術レベル」にブレークダウンす

る視点は本ロードマップの特徴的な部分である。

 本書での基本構成イメージとして、図3に市場ロード

マップ、商品ロードマップ、技術ロードマップの関連イ

メージを示す。それぞれで描かれた未来が関連しながら

統合化したロードマップとなっている。

・ロードマップの各階層とその内部構成への考え方

 各ロードマップの階層についての大きな枠組みは、基

本的に市場、商品、技術であり、それぞれの中をさらに

細分化してある。図4に具体的なフレームワークを示し

たが、各テーマの内容は、基本的に時系列で示すロード

マップ(図)と、市場→商品→技術の流れ(シナリオ)を

文章で解説する部分から成る。

 ロードマップ自体は、市場レベル、商品レベル、技術レ

ベルの大きく3階層に分かれ、解説ではそれぞれに対応

した流れを市場トレンド、商品トレンド、技術トレンド

の項目として立て、説明する作りとなっている。

 以下にロードマップの各階層(市場、商品、技術)にお

ける内容について、その考え方を示す。

i.市場レベル(第1層):市場全体で見えてくるトレンド

を下記3項目についてまとめる。各領域や商品群の項目

別に未来に起こり得る変化のシナリオを作成して俯瞰

している。

  �・全体潮流:各テーマの世界(または日本)における

全体の潮流を示す。何が起こり、何が起こりそうか

ということについて、各テーマにおける世の中(社会

環境)の変化を大きなくくりで示す。

  �・市場ニーズ:上記の全体的な潮流に関連した市場

について、特に利用者(ユーザー)が期待しているニー

ズについて示す。市場における価値の期待値(社会

的価値、顧客価値)を整理してまとめる。これらの価

値の実現には、後ほど出てくる商品/サービス群の実

現(第2層)と技術の完成(第3層)に関連付ける。

  �・市場規模:世界または日本における各テーマに関

連する商品/サービス群の市場規模を、具体的に定量

的に示すようにした。上記全体潮流や市場における

図4 今回のロードマップの基本的フレームワーク

(筆者が作成)

2019 2020

市場レベル

商品レベル

技術レベル

時期(年) ~2018

全体潮流

市場ニーズ

期待機能

予定製品

個別重要技術

共通技術

市場規模

2021 2022 2023 2024 2025 2026 2027 2028 2029

○○○○

○○○○

○○○○

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15テクノロジー・ロードマップ 2019-2028 <全産業編>

変化を勘案している市場の数値をフェルミ推定など

で求め、そのために用いた計算根拠をできるだけ求

めることにした。

ii.�商品レベル(第2層):世の中に流通する商品/サービ

ス群とその顧客価値に関する期待機能の内容を時系列

的に示す。

  �・期待機能:市場レベル(第1層)で大まかにとらえ

た市場ニーズの具体的な期待価値を示す。この分野

で展開されると推定される商品/サービス群の中で、

それぞれに対する具体的なニーズとなる。

  �・予定製品・商品:上記の期待機能にマッチさせた

具体的な商品/サービスとその実現時期である。特に

新しい商品/サービスの場合には商品化のスタート

と量産時期(実用化時期)を意識したものとなる。

iii.�技術レベル(第3層):従来の一般的な「技術ロード

マップ」はこの部分だけを取り上げて詳細に示したもの

が多い。いわゆる「技術はいつ実現するか、その進捗に

合わせて線を引く」という発想に基づくロードマップで

ある。しかし、ここでは技術起点ではなく、市場の変化

やニーズに対応した技術をどのタイミングで当てていく

かという発想で、技術の変遷をとらえる。

  �・個別重要技術:ニーズに沿ったそれぞれの商品/

サービスを実現するためのコア技術、優先度の高い

技術は何かを明確にして時系列で整理したのが個別

重要技術である。前項の商品レベルの内容を実現す

るための優先順位の高い技術を個別にピックアップ

し、どのタイミングでどのような技術が必要になる

かを時系列で示す。

  �・共通技術:個別の重要技術だけではなく、長期間

にわたって蓄積する共通的な技術をここで明示する。

1-3 TRM の具体的な作成プロセス

 本書におけるTRMの作成プロセスを紹介する。これ

は本書を活用するときのヒントにしてさらなる展開を

していただきたいためである。各テーマでは、担当した

執筆者が未来市場の仮説(ありたい/あるべき姿、夢、

ビジョン)をシナリオとして描き、市場の未来を先行さ

せているのが特徴である。商品の未来や技術の未来を単

図5 今回のロードマップの全体構成イメージと階層

(筆者が作成)

2019 2020

市場レベル

商品レベル

技術レベル

時期(年) ~2018

全体潮流

市場ニーズ

期待機能

予定製品

個別重要技術

共通技術

市場規模

2021 2022 2023 2024 2025 2026 2027 2028 2029

今回のロードマップの作成範囲(2019~2028年)

今回のロードマップの価値が集中

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16 テクノロジー・ロードマップ 2019-2028 <全産業編>

体で見るのではない。市場のビジョンを実現するため、

そこで求められる機能から商品やサービスを想定して

いくことになる。さらに、イメージした商品/サービスを

実現させるための技術を明確にしていくプロセスとなっ

ている。

 TRMでは将来の市場を起点にしたロードマップが前

提であり、市場ニーズ(社会価値、顧客価値)のあるべき

姿を第1の出発点にすることが基本になっている。従来

の一般的パターンである、「まず技術を起点に置いた技

術の完成度を優先させ、その完成時期(予想)に依存し

た商品/サービス」という順番になることを避けるため

である。

・具体的な作業プロセスのイメージ

 まず、最上位レベルの市場のあるべき姿を記入して、

そこから商品レベル(ロードマップ)、さらに技術レベル

(ロードマップ)とつなげて記入していく。特に重要なの

は、市場レベルの後半部分であり、そこに今回のロード

マップの価値が集中する(図5)。

 各階層においては、各執筆者がそれぞれの判断で必要

に応じて項目をさらに細かく分けている。これはフォー

マット上、市場レベルでは全体潮流、市場ニーズ、市場規

模という中分類があるが、さらに理解しやすくするため

に小分類を設定するということになる。例えば市場規模

のところが、世界市場と日本市場に分かれる。

 同様に、商品レベルについては、中分類では期待機能

と予定製品という中での小分類、技術レベルについては、

個別重要技術、共通技術という中での、小分類を必要に

応じて設定し、それぞれ時系列的な流れの意味を明確化

している(図6)。

 従来の一般的なロードマップが活用されにくかった最

大の問題は、それぞれが個別に作られ、相互的な調整や

統合化が、あまりなされていない点にあった。また統合

化されていたとしても、社内のリソースや特定業界での

視点のものであることが多く、なかなか客観的、統一的

な視点を得ることは難しかった。

 今回のTRMでは業界を市場視点で見ることができる。

これをベースに、さらに自社のロードマップと比較、統

合化することで、より説得力がある未来が見えることに

なる。また自社でロードマップを作成していない、また

図6 各階層における項目の細分化イメージ

2019 2020

市場レベル

商品レベル

技術レベル

時期(年)

全体潮流◯◯◯◯◯◯

◯◯◯◯◯◯

世界日本

◯◯◯◯◯◯◯◯◯

◯◯◯◯◯◯◯◯◯

◯◯◯◯◯◯◯◯◯

◯◯◯◯◯◯◯◯◯

市場ニーズ

期待機能

予定製品

個別重要技術

市場規模

2021 2022 2023 2024 2025 2026 2027 2028 2029

今回のロードマップの作成範囲(2019~2028年)

~2018

共通技術

(筆者が作成)

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17テクノロジー・ロードマップ 2019-2028 <全産業編>

は統合化を進めていない企業においては、TRMをたた

き台として利用することで、この問題を解決できる。

・�市場レベル(第1層)と商品レベル(第2層)のつなげ方

 基本的に市場トレンド、市場ニーズを将来の商品/サー

ビスのニーズととらえ、市場全体から、商品群やサービ

ス群の顧客価値につなげていくことで、第2層につなげ

る。大きなトレンドからは焦点が絞りにくいので、全体

潮流とは別に市場ニーズと関連付けることになる。

 一方では、商品レベルにおいても、市場ニーズがいきな

り具体的な商品にはつなげにくいので、階層をさらに期

待機能と予定製品の二つに分けている。これは、市場ニー

ズを期待機能(顧客価値)として、一度分解することで、

次の予定製品と具体的につなげやすくするためである。

・�商品レベル(第2層)と技術レベル(第3層)のつなげ方

 具体的な商品イメージとその仕様が明確になること

で、第3層に設定した個別の重要技術や基盤となる共通

技術につなげることが可能となる。これらの技術要素が

明確になることで、自社の技術資源や未来に調達すべき

各種技術などの戦略的対応が共有化可能となる。

・市場規模の推定(存在しない市場規模の推定)

 新規事業のロードマップ作成においては、市場は存在

しない場合が多い。この場合でも将来市場の(定量的)

推定は必須である。この推定は算定根拠の明確(論理的)

な数値を使い、特にビジネスを提案する場合には、ビ

ジネスプラン(事業計画書)の最も重要な基礎数字になる。

 まずは市場全体の売り上げ推移予想である。これはあ

らゆる市場の可能性を抽出し、市場規模の最大値を推定

するのが手始めとなる。発想を伸ばしながら、あらゆる

事業化の機会を検討することにより、技術シーズの市場

での可能性を最大限引き出すのがポイントとなる。

 つかみどころのない物理量を短時間で概算する方法の

一つに「フェルミ推定」と呼ぶ方法がある。この方法は少

ないデータから仮説構築を論理的に行うもので、物理学

者のEnrico Fermi氏が得意としていた。このような推定

法は、米国ではコンサルティング会社の入社問題で出さ

れるものとしても知られている。日本では地頭力を鍛え

る方法の一つとして近年有名になった。この推定法には

絶対的な正解がなく、あくまで概算を行うものとなる。

第 2 部:ロードマップの経営上の位置付けと活用法

2-1 日本企業におけるイノベーション対応とロードマップ

・プロダクトライフサイクルを考える

 新しい商品を上市するときに、その商品や事業のライ

フサイクルを見ていくことで、現在と将来のポジション

の仮説を明確化することができる。その俯瞰的イメージ

を図7に示す。研究開発の時期を準備期間として考える

と、新事業開始のイノベーションの時期、最盛期、さらに

終焉・下降期とに分かれてくる。

 これを人の一生に当てはめてみると分かりやすい。人

の誕生は、まさに新しい商品が市場に出現したときで、

リスクも伴うが多くの人々に祝福される。その後、可愛

がってくれる人々が保育をしてくれる。この時期に大切

なのは、まだ子供を企業で働かそうと思わないで、育成

や教育を経て、成長させながら鍛えることとなる。新商

品の場合もまったく一緒であり、生まれたばかりの新商

品をいきなりメジャーの市場に展開しようとしないこと

が大切である。

 経営学での考え方として、よく言われる経営パラダイ

ムの変化を「三つの世代」としてとらえ、それぞれの相

違を整理する。まずは既存事業や製品の範囲を躍進期と

して第1世代、定常(成熟)期を第2 世代ととらえる。さ

らに誕生期をイノベーション時期として第3世代と呼ぶ

と以下のようになる。

 第1世代:成長期では経営の定石としては拡大投資が

(筆者が作成)

図7 経営学における世代と実際の経営対応イメージ

プロセス・イノベーション(生産、製造)

年数→

↑売り上げ

第1世代:場(業界)を選択第2世代:個別企業の特殊性・異質性第3世代:不確実性に着目

プロダクト・イノベーション(研究、開発、事業化) MBAMBA③MOT③MOT

① ②

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18 テクノロジー・ロードマップ 2019-2028 <全産業編>

基本だが、場(業界)を選択し、経営資源を投下するのが

基本となる。

 第2世代:急激な成長が止まり、いわゆる成長カーブ

が低下に転ずるときである。経営の定石としては競争優

位を個別企業の特殊性/異質性に求めることになる。

 第3世代:新しくさらなる成長を得たいと思ったとき、

まさにイノベーション、マネジメントが重要になる。この

ステージでは不確実性に着目する理論として、偶発的成

功と事前意図的計画(ロードマップ)とを融合して経営資

源配分が決まると言われる。

・�イノベーション対応におけるロードマップの重要性と

必要軸

 第 3 世代のイノベーション対応の場合、ロードマップ

の作成は市場と技術の不確定性を伴うので困難だが、逆

にロードマップとして威力を発揮できる状況と言える。

ロードマップを必要とする組織の強みや、強くなりたい

姿など上位概念も前提として必要となる。特に企業の場

合は、長期経営ビジョンをベースにした作成目的を経営

マネジメントとして事前に議論し、大筋で合意しておく

ことが大切である。

 図8に、その場合の軸の視点とポイントをまとめた。

ロードマップの作成や活用に当たって、シナリオ作成の

作業の前に、各軸について共有化し到達地点を明確にす

ることで、仮説・検証サイクルができる。

 ここでは、ロードマップの基本となる時間軸について

述べる。ビジネスには固有の時間軸がある。この時間軸

を理解していないと、間違いを犯す。また自らの時間軸

をきちんと把握しておくことが必要となる。特に会社組

織に属している場合には、その企業や企業が属していた

業界固有の時間感覚が個人の常識になっている可能性

がある。この固有の時間軸はこれまでと違った新しいこ

とを行う際に抵抗因子となる場合が多い。

 その判断基準は商品のライフサイクルに依存し、「今

考えている商品の顧客側から見た開発・陳腐化速度」と

いうことになる。さらに、ビジネスの進捗ステージを見

ると一筋縄ではなく、いくつかの進捗ステージがあるこ

とが分かる。顧客側のステージと、商品を提供する側の

(筆者が作成)

図8 ロードマップにおける各軸の種類とそのポイント

軸 ポイント

時間軸(起点と出口) 連鎖的にマイルストーンを明確にする

視点軸(予測の切り口) 市場ニーズ、社会ニーズ、技術シーズなどの切り口を明確にする

領域軸(相互関係) 目的とする事業、商品、技術などの範囲を明確にする

(筆者が作成)

図9 ロードマップにおける「ありたい姿」を描く

あるべき姿

ありたい姿

自社が向かうべき場所の提案を明確にする

定量目標+定性目標を描く

期限・水準を明確にして描く

図10 事業展開シナリオのパターン例

(筆者が作成)

Aシナリオ(楽観値)

(1)楽観値悲観値シナリオ (2)代替製品シナリオ (3)他業界・分野への進出

Bシナリオ(中間目標値)

Cシナリオ(悲観値)

Dシナリオ

Eシナリオ

Fシナリオ

Gシナリオ

Hシナリオ

Iシナリオ

年次年次年次

売り上げ

売り上げ

売り上げ

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19テクノロジー・ロードマップ 2019-2028 <全産業編>

ステージという視点で考えてロードマップを描くという

未来のシナリオづくりが大切となる。

・シナリオの描き方とそのビジネス表現のポイント

 最近の企業におけるロードマップにおいても、経営側

からの重要性が増大するとともに、かなりの部分におい

て、ビジネスプラン的な発想が求められる。ここでは、ロー

ドマップにおいてビジネスを示すいくつかのポイントを

示す。そのときに課題となるのが、「何をやりたいか」

「ビジネスの顧客価値とその最終商品イメージ(ビジョン)

は何か」を考え、既存の枠組みを壊して、自分がやりたい

ことを自由にプランニングすることである。

 ロードマップ作成の作業(ロードマッピング)に当

たっては、まず作成目的を明確化するということが大切

である。次に、そのビジョンを取り上げ、シナリオとし

ての仮説構築や検証のための前提や目的を考えていく

(図9)。

・ロードマップにおけるシナリオの検証パターン

 どのような商品をイメージしているかが明確でない

と、市場検証は難しい。発展性のない商品では既存の枠

内でのビジネスしかイメージできず、説得力あるビジネ

スプランは描けない。お金を獲得するシナリオ作成が必

要となるが、事前の投資額を回収するのは一筋縄ではい

かない。そこを説明するために以下のような楽観論、悲

観論、中間論のケースを描いておく必要がある。

 シナリオづくりのイメージを図10に示す。未来の可能

性として最低でも三つは想定した方が良い。売り上げ

が予想通りにいかなかった場合の代替シナリオも予め

想定し、その対策をオプションとして考えておくことが

説得力を高める有力なツールとなる。

 これらをロードマップへ展開するためには、時間軸を

常に考えながらスタートと到達点を仮説として明確化

してみることである。まずは足下をしっかりと固めた上

で、将来の夢を形成するパターンをイメージする必要が

ある(図11)。

 また、ロードマップは各企業の経営者にとって一つの

ガイドライン(たたき台)に過ぎない。経営者にとって

はイノベーションを伴う新規事業の場合と既存事業の拡

大と両方の経営視点を持つことが重要である。ロード

マップによってこれらの方向性と自社の商品や技術の

関係が見えてくる。

・各部署におけるロードマップの役割

 具体的には市場、商品、技術の 3 層の自社の新ビジネ

スの内容について、各部門が時系列的にベクトルを合わ

せることで情報を共有できるようになる。また、経営者

(筆者が作成)

図11 ロードマップに展開するイノベーションと将来の成長にかかわるビジョン

事業の発展・成長へのロードマップ

時間→

↑事業の活動度

イノベーション実現のロードマップ

社内部門 必要なロードマップ 経営的視点での役割と対応

経営・管理部門 経営・事業ロードマップ(BRM)+未来の商品、技術とのつながり

現在と未来の事業基盤の確保とギャップへの資源の再配分(最適化投資)⇒市場とのつながりは大丈夫か、ずれていないか⇒技術とのつながりは大丈夫か、遅れていないか

事業・生産・営業部門 商品ロードマップ(PRM)+経営への貢献と技術のリーディング

顧客の環境変化に対応しているか、その妥当性のアピール⇒迅速なマーケティング、営業対応による顧客価値の把握⇒工場における生産技術によるコスト低減、品質の向上

技術・研究開発部門 技術ロードマップ(TRM)+商品を通じた事業、経営への貢献を明確化

研究開発テーマの重要性と新規事業へのイノベーションの推進、既存事業への貢献アピール⇒基盤技術の持つ強みと先端技術展開による将来への発展性の明確化

(筆者が作成)

図12 各部門における必要なロードマップと役割

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20 テクノロジー・ロードマップ 2019-2028 <全産業編>

の意向を反映しているロードマップを全社員で共有でき

る。これらのひも付けによる比較のプロセスを続けるこ

とで、相互のコミュニケーションにより、経営や各部門

の立場の理解や納得性がお互いに深まり、ロードマップ

の作成自体も意義深いものになる。

 図12に、各部署でのロードマップの役割を経営的な視

点でまとめた。社員には重要な各部署を横断するコミュ

ニケーションツールとなり得る理由がそこにある。自社

の経営におけるロードマップのスタンスや目標が明確に

なったところで、独自に各項目での必要なひも付けを各

階層・部門が相互に行う。

2-2�自社のロードマップをTRMと比較

・自らのロードマップの仮説検証作業として活用

 各企業は既に何らかのロードマップを持っている場合

が多い。そこで、既存のロードマップとTRMを比較し活

用する考え方を中心に説明する。

 図13には、TRMの利用プロセスをSTEP1からSTEP6

までフローチャートで整理した。自社で既に作成または

作成中のロードマップとTRMを並べて見ることが最初

の重要なステップとなる。それらの内容の差異(空間的

違い)やタイミングのずれ(時間的な違い)を抽出し、

ギャップを検討することで、自分たちのロードマップの

意味付けが行われる。このようにTRMを自社の仮想未

来のベンチマーク(たたき台)として考えることがポイ

ントになる。

・ひも付け作業による未来の共有化事例

 自社におけるロードマップのスタンスや目標が明確に

なったところで、経営・管理部門、事業部門、研究開発部

門などで、各項目で必要なひも付けを相互に行う。ロー

ドマップ作成の意図の一つである各階層・部門を超え

たコミュニケーションによる説得性、納得性の高まりに

つながる。

 もちろん、未来は不確定な要素がほとんどであること

から実際には作業が難航することが多い。これらのひも

付けによる関連付けや比較のプロセスを続けることで、

相互のコミュニケーションに一層理解や納得性が深ま

り、ロードマップの作成自体が意義深いものとなる。最

終的には企業において機能が分かれる経営、事業、営業、

技術、研究開発などの各層における未来の共有化に役立

つことを目指す。

 ロードマップの統合化の全体的なイメージを図14に

示す。具体的には、次の2 点について注意しなければな

らない。第1に、階層を超える関連付け(ひも付け)であ

る。例えば、かなり強い関連を実線、適度な関連がある

場合は点線としても構わない。しかし小さな関連もすべ

てひも付けしようとすると、関連付けだらけの複雑な図

になってしまう。実際は重要な関連付けにとどめるべき

だろう。

 第2にひも付けの矢印の方向である。この方向は両者

の因果関係を示すことから重要である。TRMのコンセ

プトは市場を起点に、商品/サービス、技術に関連付け

ることを意図していることから、基本的には上から下の

方向になる。ただし、中には技術主導型の製品があった

り、技術の成熟度で採用の可否が決まる場合もあったり

する。その場合は両方向の矢印で表現することとなる。(筆者が作成)

図13 「テクノロジー・ロードマップ」の利用プロセス

STEP1:分野とテーマを選定(例えばエネルギー分野、太陽光発電のテーマなど)

STEP2:自社の内部状況を考慮した上記の分野・テーマのロードマップを作成(どの階層でも良く、複数の階層を統合したロードマップであればなお良い)

STEP3:本ロードマップと自社のロードマップを比較

STEP5:縦方向の矢印(ひも付け)を使って各階層の関連を明確化

STEP4:自社ロードマップの中で不足している部分があれば、本ロードマップの該当部分を追記(実現時期など必要に応じて自社情報を基に修正可能)

STEP6:必要に応じて検証作業を各階層で行い完成度を高める(経営、事業、市場、技術などの観点)

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21テクノロジー・ロードマップ 2019-2028 <全産業編>

これは企業の中での統合ロードマップの作成と、解釈、

共有化の場合に重要な意識ポイントとなる。現実的な戦

略の策定や相互理解の意識的な表現にも大きく役立つ。

2-3 経営部門、事業部門、技術部門のコミュニケーション

ツールとしての活用

・経営、事業、技術の関係者の間で未来の共有化

 ロードマップの作成作業では、各部門間のコミュニ

ケーションツールとして各階層を越えた未来の共有化が

重要になる。経営の最大の仕事は不確定な未来に対して

限られたリソースを的確に配分し投入することである。

具体的には、新事業への展開を目的にした際はロード

マップによって経営、事業、技術の関係者の間の未来の

相互の関係と時間軸の共有化を行う。

・統合ロードマップの共通認識

 新ビジネス展開を目的にするとき、統合ロードマップ

によって経営幹部間の共通認識の内容は以下となる。

(1)�グローバルな市場トレンド

 各分野とテーマを目次や総括表から選び、そのトレン

ドをTRMの中の市場ニーズで見いだし、自社の検討結

果と比較する。

(2)�自社の事業展開の妥当性

 自社の得意な分野については、その一致点や相違点を

関係者間で議論し、自社メンバー内での共有化を行う。

(3)�研究開発や事業化スケジュールとの整合性

 必要な技術トレンドを、社内で関係する事業部や営業

部、研究開発部門などと議論し、自社に必要なロードマッ

プを確立する。さらに研究開発スケジュールにおける抜

け落ち部分や整合性も見ていく。

・研究開発部門での活用

 TRMを用いた活用で最大の恩恵を受けるのは研究開

発部門となる。ロードマップによって企業の研究開発リ

ソースを経営、事業関係者の視点での理解が期待される。

具体的にその効果を紹介する。

 経営者から見た研究開発テーマと経営計画の整合は

重要性が高いものの、これまでの役割分担体制では具体

的に見えないことが多かった。統合化したロードマップ

により、必要とされる技術をどのように達成するかが、

研究開発スケジュールという形でブレークダウンされ、

経営側に可視化できる。

 統合ロードマップの中の技術ロードマップの下部に、

関連する研究開発テーマのスケジュールを同じ時系列で

並べることがスタートとなる。事業や商品とつながった

技術要素のマイルストーンを実現する研究開発の内容と

図14 統合ロードマップにおける各階層のつなぎ方

事業・市場レベル (市場ロードマップ)

製品・商品レベル (製品ロードマップ)

技術要素レベル (技術ロードマップ)

2021年 2024年 2027年2018年

技術㋑ 技術㋺

技術㋩

技術㋥ 技術㋭

製品④製品①

製品②

製品③

社会トレンドA→B

市場ニーズの立ち上がり

○○新時代の到来

(筆者が作成)

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22 テクノロジー・ロードマップ 2019-2028 <全産業編>

スケジュールが可視化され、検証が可能となる。各研究

開発テーマと予定される成果が、それぞれの商品化の日

程ともつながり理解しやすくなる。

 技術側から見ても、研究開発テーマと達成技術目標が

ひも付けられた商品の創出タイミングとつながること

で、経営や事業視点の目標やロードマップとのつながり

を意識したり、実施者のモチベーションの向上につなが

る。

2-4 オープンイノベーション時代に必要なロードマップ

・外部を対象としたロードマップとは

 組織の外のニーズや意向を先立って知ることができ

たら、外部環境との不適合を起こすことはない。これは

自社や自組織にとって大変都合の良いことになる。現代

では大学や公的研究機関なども未来の姿を自ら描き、社

会的価値をどのように確保していくかを示す明確なビ

ジョンが必要な時代になっている。また多くの組織では、

社会的な目標の明示が義務化されてきている。

 企業の立場だと、それらの未来のロードマップの中で

どのように自分たちも関わるか、どのようにビジネス

チャンスを描けるかがポイントとなる。図15にロード

マップ作成の目的(意味)を、外部とのコミュニケーショ

ンによるニーズの先取りという視点でまとめた。

・�ロードマップの外部/内部組織に対する扱い方の注意

事項

 ロードマップは本来、企業でいうと未来への方向性を

決めるための羅針盤となる。その意味では企業秘密の中

で最も重要度の高いものに関係すると言える。しかしな

がら、企業が望んでいる方向性や、実施する投資企画な

どは、広く外部にも内容を知ってもらって、各組織の協

力を仰がなくてはいけない場合もある。

 このため、ロードマップの外部への公開や提示につい

ては、ある程度のルールを明確にして対処する必要が生

じる。社内書類の取り扱い規定の徹底の問題だが、あま

りにも厳しい扱いにしてしまうと、共有の範囲が極めて

限定されたロードマップになる点を考慮する必要があ

る。

 それでは、実践的にはどのようにしたら良いか。基本

的にマクロなトレンドを記載してあるロードマップは公

開資料として扱い、個別の具体案件や具体的な組織構造

などを記載しているものは社内資料として扱うのが基

本となる。外部組織や顧客、パートナーとの取り扱いに

ついては秘密保持契約(NDA)や覚書の内容にもよるが、

基本的にある程度は見てもらわないと相手の理解やコ

メントを得られないことが多い。その場合には、そのと

きの判断で見せるのは構わないが、できるだけ情報を残

さないようにすることが鉄則である。

・�アライアンスと産学連携におけるロードマップの重要性

 イノベーションとしての新規事業を起こす場合には、

単独のリソースだけでは、顧客価値をタイムリーに満足

させることが難しくなってきている。ここでは、そのよ

うな場合のロードマップの役割について述べる。

 まず全体を俯瞰し、オープンイノベーション、企業同

士のアライアンス、産学連携のときの立ち位置と将来の

達成すべき枠組み(目標)との関係をイメージしてみる

(図16)。ロードマップ上に未来が描かれている場合、役

割分担は共有化され、明確になることが多い。

・企業同士のアライアンスにおけるロードマップの活用

 べンチャー企業は、ロードマップの共有化が比較的や

りやすい。一方、大企業は小回りを効かせた開発がやり

にくくなっているため、社外のベンチャー企業と連携し

図15 ロードマップを用いた外部組織とのコミュニケーション

ロードマップの利用目的 外部組織の分類 役割のイメージ 具体的な組織メージ

資金関係入手 金融機関、行政機関など 直接 / 間接資金獲得 銀行、べンチャーキャピタル、投資組合など

補助金、助成金獲得 国、外部団体、自治体など

アライアンス、オープンイノベーション 企業、大学、公的研究機関 共同事業化、共創、協創 大企業、中小・べンチャー企業など

共同研究、研究委託 大学、高専、公立研究機関など

顧客マーケティング 各種顧客 既存顧客 信頼関係のありなしが分かる顧客

新規顧客候補 基本的にこれから信頼関係を築く顧客

(筆者が作成)

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23テクノロジー・ロードマップ 2019-2028 <全産業編>

て、新しい事業を起こそうという機運が高まっている。

この場合の一番大切な作業は、未来のロードマップによ

るすり合わせである。

 大企業(発注側)が考えている未来の事業化タイミン

グ、事業規模、顧客市場などと、ベンチャー企業(受託側)

のそれらが異なっていると、最初から失敗は目に見えて

いる。契約条件の詰めも未来を共有化していればスムー

ズだが、それがないとずっと空回りになる。この時の最

(筆者が作成)

種類 分類 ロードマップの役割 備考

産産連携

ベンチャー 独立系、コーポレート系、IPO 系、開発連携系など

アライアンスの目標(開発、事業など)の内容と時期の共有化、べンチャーから提案が多い

未来目標の共有化なしで、ビジネスのアライアンス(協創)はあり得ない

中小企業 開発系、下請け系、転換期の中小企業など

目標とプロセスの分担の共有化、明確化、中小からも提案があると対等となる

十分に共有、協議していないと途中で混乱する

大企業同士 既存事業部門、新規事業部門、研究開発部門など

特に担当部門間の事業ステージが異なるときは十分なロードマップ上の位置付けが必要

トップ同士のしっかりとした合意、同意、協力関係がないと難しい面あり

産学連携

大学・学部 理学部、工学部、農学部、医学部、高専など

研究開発ステージ、事業化ステージなどの共有化と分担の明確化が必要

理学部は基本的に中長期的研究、工学部は共同開発のステージ例が多い

大学・高専・産学連携センター

地域共同センター、産学連携センターなど

開発・事業化ステージの分担の明確化とともに、未来のビジネスの姿を含めて共有化が必要

最新ニーズの確保、相互の人材育成効果なども期待できる

公的研究開発期間、その他

産総研、理研、自治体立産業技術センター、TLO など

同上であるが、さらに研究期間のミッションのロードマップにより、互いに位置を確認

共同で行う意味や本来の目的の明確化、コンソーシアムの設計にロードマップは必要

図16 オープンイノベーションとロードマップの役割

製品・商品レベル (製品ロードマップ)

製品④製品①

製品②

製品③

技術からの可能性のある商品イメージを時系列、重要な順に並べることで、顧客のニーズ・ロードマップ(仮説)の先取りが生まれる

(筆者が作成)

図17 ロードマップを用いて仮説をベースに顧客で検証するイメージ

大の武器となるのがロードマップである。双方が統合

ロードマップを持ち寄って議論する、または発注側が統

合ロードマップで、ベンチャー企業側が技術ロードマッ

プまたは商品ロードマップを持ってすり合わせることが

重要になる。

 また、大企業同士のロードマップの共有化についても

同様にロードマップのすり合わせが必要である。これは

事業部と研究開発部門、異なる企業の研究開発部門同士

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24 テクノロジー・ロードマップ 2019-2028 <全産業編>

の連携についても同じことになる。特に、異なる企業同

士の連携では、事業化のステージが異なり、マネジメン

トのやり方も異なる場合が多い。この場合はロードマッ

プの提示により、どこまでのビジョンとプロセスを共有

できるかがポイントとなる。

2-5 顧客の未来ロードマップをくみ取ることが最大のロード

マップの活用

 顧客に見せることが可能なロードマップは、自社の経

営・事業ロードマップではなく、商品・製品ロードマッ

プになることが多い。顧客に提示して話を聞き、顧客の

未来のニーズのマップ(購入ロードマップ)を聞き出す

ことが目的となる。図17にそのイメージを示す。

 そこでは顧客が既に自分でしっかりとした購入(仕様)

予定表=スケジュールを持つ以前の段階で、顧客に提案

し、顧客の意思を固めながら顧客と会話、対話を行うの

がポイントとなる。既に顧客側で明確な将来のロード

マップが描かれていると、供給側=売り手の立場として

単なる部材/製品の供給業者、すなわち下請けの立場に

なってしまう。

・製品ロードマップを商品ロードマップへ転換

 顧客も気がついていない利便性(ベネフィット)を時

系列的に描き示すテクニックが必要になる。これがまさ

に顧客の想定を超えたベネフィットをロードマップとし

て示していくこととなる。

 メーカー側が勝手に顧客が望むであろう商品を想定

してロードマップを描いても、それは製品ロードマップ

にしかならない。言い方を換えれば、未来についてまだ

混沌とした状況の中、顧客も自分たちにとって利益とな

る提案を待っているのは間違いない。このときにありが

ちなのが、顧客への説明が製品説明に終始してしまうこ

とである。製品仕様がいくら正確で詳細であっても、顧

客のベネフィットを強く意識しないと、顧客(候補)には

あまり理解されないことになる。

・顧客の購入ロードマップを開発ロードマップに同期

 ターゲットとする顧客(候補)が、提案したロードマッ

プに興味を持ってくれたらしめたものである。その興味

がどこにあるのか、その本質的な興味は何か、どの程度

のものならば、実際に購入してくれるかを探り出さなけ

ればならない。顧客自身も何を望んでいるのかが明確に

分かっていないことが多い。これから開発し提供しよう

とする側にとっては、一緒に顧客のニーズを作り上げて

いくチャンスである。

 この場合、ロードマップで商品群が仮説として提示さ

れていると、どの時期のどの商品に注目するのかが見え

てくる場合がある。そのときに顧客が嫌がらない程度

に、様々な周辺環境の状況、競合状況のヒントを提示す

ることができれば、内容が明確になっていく確率が高ま

る。

・�顧客層へのロードマップ提示によるマーケティング効果

 顧客を含む外部とコンタクトをとるときに、適切な

ロードマップを準備することがいかに重要かということ

を示してきた。その効果をまとめてみると、未来を先取

りした方が主導権を取りやすいことが分かる(図18)。

 その際の注意事項もある。顧客に対して、供給側が顧

客よりも主導権を握っていることをあからさまにする

のは望ましいことではない。あくまでも顧客の意を受け

てロードマップを作成しているという姿勢を保つことが

重要である。

(筆者が作成)

分類 内容 効果

社内的な効果 外部の市場・環境トレンドの把握と自社の認識の時間、空間、価値の各軸のずれの修正を行う 事業環境の把握

業界の主要顧客に対して自社の商品ロードマップを示し、現在〜未来の競合関係を明確化 競争環境の把握

個別の顧客ニーズの仮説と検証の取り込みによる(イノベーティブな)新事業、新商品を具現化 個別顧客情報の先取り

社外的な効果 積極的な自社の技術力の公開・開示により、顧客、消費者へのブランド認知を行う 一般宣伝

自社の技術情報を公開することで、技術と部品・材料の調達を容易にする 独占的企業に多い

研究開発と技術の方向性を示し、仲間を増やすことで標準化を進め覇権を狙う グローバル企業に多い

図18 ロードマップによる社内/社外に対する効果

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25テクノロジー・ロードマップ 2019-2028 <全産業編>

第 3 部:TRM の活用事例

3-1 研究開発、新事業テーマの各種評価とロードマップの

活用

・研究開発のテーマ評価の意義と重要性

 研究開発テーマ評価と経営・事業戦略との関係につ

いて、図19にその意義と重要性を示す。技術と市場から

だけでなく、事業の見通しや位置付けを経た評価、すな

わち統合ロードマップでの位置付けからの評価がます

ます重要になってきている。

 下記に示した三つの切り口による分類が主体となる。

(1)技術評価と知財評価

(2)定量評価と定性評価

(3)戦略性評価と経済性評価

・�経営側から見たテーマの評価とロードマップのシナリオ

 特に研究開発テーマの事業性からの相対的な絞り込

みについて検討してみる。単独のロードマップを並べる

よりは将来のポートフォリオを用いた方が比較しやす

く、可視化され、戦略的な判断をしやすい。ポートフォ

リオとロードマップとはビジョンやターゲットに至る方

向性とその目標値(マイルストーン)を明確にするため

の両輪となる。図20は、この両者を比較しながら相互の

関係を含めた全体イメージである。

 これらのロードマッッピング作業によって、いくつか

の経営・事業ロードマップと研究開発にかかわる関係が

明確になってくる。

3-2 個別テーマのステージ法による評価とロードマップ

・途中評価としてのステージゲート法について

 ここでは事業性評価としてロードマップ、ロードマッ

ピングと密接にかかわる「ステージゲート法」を用いた

評価について述べる。全体のフローイメージを図21に示

す。この方法の特徴としては以下のポイントがあり、技

術ロードマップとも相性が良い。注意事項として、研究

開発者が技術だけでなくマーケットに対しても自立・自

(筆者が作成)

(筆者が作成)

図20 ポートフォリオ・マネジメントの研究開発への適用

図19 研究開発のテーマ評価は経営・事業戦略を通過しての評価

事業戦略

製品戦略

技術戦略

研究開発戦略

ロードマップ表示による戦略的(時系列的)位置付けによる可視化

ステージゲート、マイルストーンによるGo/Stopの決定ゲートキーパーの役割

優先順位バランス配分

ポートフォリオ表示による戦略的(空間的)位置の可視化

個別テーマ別の進捗評価 全体テーマの未来時点での相対評価

相互チェックによる見直し

①事業機会の把握

②競合情報の把握

③研究開発投資の最適化

技術

市場

事業評価

ロードマップ作成により経営戦略へ反映

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26 テクノロジー・ロードマップ 2019-2028 <全産業編>

律的な発想が必要なだけでなく、マネジメント側にも

マーケットベースの判断能力が要求されることがある。

 ステージゲート法は研究開発の事業化を目指すときに

よく使われる手法だが、下記のような特徴を持つ。使い

道を間違えなければ大変有用な方法だが、特にゲート

キーパーのイノベーションに関する考え方や資質を共有

できるかどうかが活用のポイントとなる。

(利点)

�・�多くのシーズがあり、判断が難しい場合に多産多死

の発想で、ステージごとに選別して絞っていくこと

が可能。

� ・�最初のテーマ提案は、自由度があり、技術、マーケッ

トが不確定なときに、早期のスタートが可能で研究

開発者の満足度も高い。

� ・�ゲートの設定の仕方が各社・業界の実態に基づき、

考えやすい。

(欠点)

�・�商品開発テーマ用なので、基盤的、要素的、基礎的

テーマへの適用はできない。

� ・�テーマを絞るゲートキーパーのセンスとフレキシビ

リティがすべてを決めていく。

� ・�マーケットから見たマイルストーンとしての明確な

目標が必要。

3-3 複数テーマによるロードマップを用いたポートフォリオ

評価法

・ロードマップを使った未来のポートフォリオ分析

 テーマをどう選ぶかについては、未来の可能性から

バックキャスティングするのが最も効率の良い方法であ

る。実際には軸の選択とポジショニングなどをどう選ぶ

かも大事な選択肢になってくる。一般に技術や事業のた

めの分析・評価法にはポートフォリオ法とよばれる相対

的な表示方法が良く用いられる。

 過去から現在の位置付け(ポジション)を明確にする

ためのマップとしては、以前からPPM(プロダクトポー

トフォリオマネジメント)、SWOT(強み、弱み、機会、脅

威)分析など多くの評価・分析法がある。ここでは未来

をベースにしたポートフォリオについて、分析・評価の

現状を述べるとともにロードマップとの関わりを解説す

る。図22にポートフォリオとロードマップの位置付けと

方法の例をまとめた。一般的なポートフォリオだけでは

未来を比較することはできないが、ロードマップの描く

(筆者が作成)

図21 ステージゲート法の概念(一例)

凍結・ストック(捨てない)…ゲートキーパーがしっかりしていますか?

(アイデア) (探索) 研究 開発 事業化 産業化

ステージ0 適応性と差異性

ステージ1

ステージ2

ステージ3

ステージ4

GATE1

GATE2

GATE3

GATE4

技術シーズの確定性、マーケットトレンド技術シーズの確定性、マーケットトレンド

製品化の可能性、マーケットの仕様確定製品化の可能性、マーケットの仕様確定

製品化の可能性、ベネフィット製品化の可能性、ベネフィット

事業収益性、量的ポイント

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27テクノロジー・ロードマップ 2019-2028 <全産業編>

未来を入れ込むことで、未来の事業ポートフォリオに研

究開発テーマをつなぐことが可能となる。

・軸の取り方と時間軸の重要制

 ここでは経営や事業化の際に用いられるポートフォ

リオを用いた分析について、事例とともに紹介する。ポー

トフォリオの分析で最も注意すべきところは軸の取り

方と時間軸である。以下にそのポイントをまとめる。

(1)軸のとり方

 軸にどのような意味を入れるかで読み方が全く変わ

る。例えば技術の新規性、成熟度、市場の成熟度、自社の

強み、技術力、市場力(マーケットシェア)など、様々な

因子が軸として考えられる。

(2)時間軸の変化

 同じポートフォリオで違う時間の未来を重ねるとダイ

ナミックな動きが理解しやすくなる。これにより現在と

将来の位置付けが俯瞰できる。うまく使うことで、多数

のロードマップをある時間で輪切りにした相対比較を示

すことが可能となる。事業ロードマップを技術ロード

マップ(ステージに関連した)に統合化し、マイルストー

ンの構築と検証(時間軸)を行うときと同じようなロー

ドマップのポートフォリオの移行になる。このような未

来のポートフォリオが充実していくと、企業の戦略的な

事業に関する研究開発テーマを明確化できる(図23)。

 実践的な技術経営(MOT)における事業化の進捗と

マーケットのキャズム理論を利用して、事業化戦略の可

視化に役立てるための最近のマネジメントツール(ポー

トフォリオ評価・分析手法)が、筆者が新たに開発した

「TIG法」である。ここではこの方法論とロードマップに

関係するいくつかの実践例を紹介する。

 事業化を目指した開発テーマの評価の実施について

は、研究テーマと違って格段の予算と労力を割く作業と

なる。このため、共有化できるロードマップによる事前

評価が必要となる。どのテーマに集中すれば良いかとい

う選択の問題を、優先順位を明確にしていかないと、並

列化、人員の肥大化、希薄化を招く。その対策として、テー

マの戦略的整理と経営側にもコミットさせる未来のポー

トフォリオによる可視化、共有化がある。

・事業化戦略マップ(TIG法)の活用による事業性評価

 TIG法の概要を図24に示す。研究、開発アイテムや商

品の開発プロジェクトを、ロードマップをベースに戦略

図22 ポートフォリオとロードマップの比較

図23 研究開発テーマの未来から見たポートフォリオでの可視化

位置付け 方法の例 ロードマップとポートフォリオの融合

ポートフォリオ 多数のテーマの現在時点の相対的な分布が可視化できる

PPM、SWOT分析など 未来ポートフォリオの作成によって、ある年代の未来の各種のテーマを横並びに比較することができる

ロードマップ 個々のテーマの未来のビジョンやマイルストーンまでの時系列的な進展のシナリオを描く

経営ロードマップ、事業ロードマップ、商品ロードマップ、技術ロードマップなど

(筆者が作成)

(筆者が作成)

(筆者が作成)

ポートフォリオ分析(現在のテーマ /事業)の手法は同じ

統合ロードマップの未来(5年後など)でのデータを加える

未来の各研究開発(事業化)テーマのポートフォリオとなる+ =

図24 TIG法のフレームワーク(概要)

TIG法のコンセプト:研究(製品)開発項目(テーマ)別に事業化への進捗軸と市場の成熟度軸で相対位置により優先度を評価

事業への軸(技術的完成度を含む):研究・開発・事業化・産業化ステージ

市場への軸(キャズム理論との対応を含む):潜在、萌芽、初期、顕在ステージ

マーケティングによりマーケットの広がりの推定とその中の商品のシェアを推定

競合との比較による強みと弱みを客観的に比較

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28 テクノロジー・ロードマップ 2019-2028 <全産業編>

的に整理するものである。事業化のテーマとして見たと

きに想定する未来時点での市場規模などの経営指標を

基に絞り込む手法であり、技術軸を一義的に使わない。

戦略的に整理するとは、経営上の資源の優先順位付け、

再配置などを未来事業ベースで検討可能なように可視

化することと言える。

 この手法により、経営層が技術の詳細について判断が

できなくても、事業の将来をにらんだ軸で戦略議論が可

能となる。結果として経営者、マーケッター、技術者が

同じ土俵でロードマップとポートフォリオ上の事業的ポ

ジショニングを共有化できる。図25にその特徴をまとめ

た。

 具体的に使用する軸については「事業化への進捗軸」

「市場の成熟度軸」で相対位置により優先度を評価する。

このために「市場への軸」(キャズム理論との対応)、「事

業への軸」(MOTステージとの対応)を採用している。

このため参加者全員で将来の事業イメージを共有する

ことが可能となる。

・TIG法を用いた未来マップによる戦略的可視化事例

 この実際の事例を図26に示す。この図では研究開発

テーマ別に現時点での事業化の軸とマーケットの軸で

位置付けられる。各テーマの円の大きさは10年後の市場

規模を示している。例えば、現時点で事業、市場ともに

実現性が大きいテーマ番号は「34」「45」となる。また、

10年後の市場の大きさでいえば「24」「57」となる。これ

らから経営指針に基づいた研究開発テーマの優先順位

をつけることが可能となる。

 さらに、図表を工夫することで競合との比較による強

みと弱みの客観的な比較や、アライアンスの在り方など

も見えてくる。この手法により分かることについて整理

したのが図27である。

3-4 各種企業による研究開発、新事業テーマの評価の事例

 ここでTRMを企業評価に活用した代表例を、以下に

紹介する。各社各様の問題意識の中で未来を考えるとき

に実際に対応した事例である(図28)。

図25 TIG法の活用ポイントと特徴例

全体のポイント

研究(製品)開発項目別に事業化への進捗軸と市場の成熟度軸で経営優先度を評価

経営判断用の可視化

事業軸 事業への軸(技術完成度を含む):研究・開発・事業化・産業化ステージ

技術を語らないのがポイント

市場軸 市場への軸(キャズム理論との対応を含む):潜在、萌芽、初期、顕在ステージ

マーケットの立ち上がりの把握がポイント

効果のイメージ

ポジショニングとマーケット・売り上げの推定による、戦略的な対応

経営・事業・技術・営業・資金関係者が共有できるのがポイント

(筆者が作成)

図26 テーマのポジショニング事例

(筆者が作成)

57

89

93

835

84

20

24

15

45

34

37

早期事業化検討領域 B(マーケティング主導)

現有(顕在)

初期

マーケットの確実性

萌芽 潜在

初期に入っているものはBマップ作成可能

早期事業化検討領域 A(研究開発主導)

早期事業化検討領域 A(研究開発主導)

凡例

A5000億円以上

1000億円以上

100億円以上10億円以上10億円以下

B

C

D

E

(マップ A)

研究

事業の進捗性(大)

開発

事業化

産業化

図27 事業戦略マップの使用実績の例

MOT マーケテイングによる効果

研究開発テーマ評価

研究開発テーマの事業性評価 経営、事業、技術、営業などの関係者が一緒に議論、可視化 各テーマのロードマップの検証

研究開発テーマのリソース配分 可能性と事業化覚悟の明確化(マイルストーン可視化)

新規研究開発アイテムの事前評価 将来視点での 1 次評価

事業化テーマ評価

既存開発試作製品の新規・既存マーケットへの適用戦略検討

新マーケットの開拓とビジネスプランの立案確定(機会、食品メーカーなど):A、B、C マップ活用

市場・売り上げなどの定量的推定の検証

特殊技術製品の商品・事業展開検討 (中堅部品企業):A、Cマップ活用

先端技術による新規製品の中長期開発戦略検討 (装置メーカー):Bマップ活用

異分野事業化領域への展開戦略 (技術志向メーカーなどの横展開):C マップ活用

(筆者が作成)

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29テクノロジー・ロードマップ 2019-2028 <全産業編>

・A社の事例:研究開発テーマの優先順位評価

 繊維系のメーカーA社の研究開発部門においては、過

去10年間にわたり、経営者の新規事業創出への期待は大

きいものの、ほとんど業績に寄与できていない。既存事

業へのサポートは恒常的に多々行われているので、研究

開発部門の存続を問われることはないが、A社の最大の

現在の課題は、顧客価値の明確な新商品を実際に出して

いくことである。

 経営者が一新したタイミングで研究開発テーマの中、

新規事業を目指すテーマを数えてみると、全体が100テー

マのうち65テーマがそれに相当するものと認められた。

しかし、個々のテーマの収穫時期や商品化時期は明確で

なく、想定市場も漠然としたものであった。

 そこで、事業化を目指す研究開発テーマについて、

TRMのフォーマット(市場/商品/技術の統合化、10年

先までの枠組み)と内容を使って整理し、全体を俯瞰、

評価して社内の注力すべきテーマについて優先順位を

つけた(図29)。

(1) それぞれの研究開発テーマの中から事業化を最終的

に目指すテーマに絞り(65テーマ)、現在の技術開発

計画をロードマップ上に示した。

(2) 想定する市場分野の動向を別途、事業分野や国、業界、

学会などのロードマップを参照して、同じタイムス

ケールでマッピングした。

(3) 技術と市場から派生すると予想される具体的な商品

群を技術の完成とひも付けながら可能な限り示して、

時系列上に並べ、統合化により具体的な商品のロー

ドマップを完成させた。

(4) 事業化を目指す商品、事業分野ごとに、グループ化(各

分野5~20テーマ)し、グループごとに、互いのロー

ドマップを共有化する説明会を開催した。この説明

会では、直接関係しないメンバーも内容についてコ

メントや質問をすることで評価要件を明確化させた。

(5) この結果、同じグループでは、関連するところの目

標やターゲットが近くなったり、重なったりしてい

ることが判明した。これらは、チームリーダーと総

括マネージャーが同じプロジェクトを組むことで話

はまとまり、社内オープンイノベーションのような

成果となる。

(6) 別チームのオブザーバーからは、多くの建設的な意

見や、質問が得られ、社内のトップに説明する場合

に分かりにくい理由などが明確化された。顧客視点

で聞いたメンバーも多く、顧客からの想定質問のヒ

ントが得られた。

・B社の事例:新規事業テーマ創出と事前評価

 中堅自動車部材メーカーB社は大手自動車会社の下請

けとして、これまで新事業の創出は経営上、技術開発上、

考慮する必要がなかった。しかし、業界を巡る環境が大

きく変化し、その対応に苦慮することになる。そこで、

新経営陣の方針で、自社にこれまで培ってきた技術を

ベースに、新事業を従業員の提案ベースで実施すること

になった。

 この活動では約30件の全社提案を、1カ月かけて約10

件に絞り込み、さらに1カ月かけて実施希望グループに

(筆者が作成)

図28 TRMの活用事例における全体の整理

番号 TRM 活用の目的 企業の分野事例 TRM の評価への役割

事例 A 研究開発テーマの経営層への優先順位評価 繊維系化学メーカー A 社 TRM 市場 / 商品⇒研究開発テーマの妥当性の評価

事例 B 全社的新規事業(テーマ)の事前評価 中堅自動車部材メーカー B 社 TRM 市場 / 技術⇔新事業、新商品の妥当性の評価

事例 C 既存関連事業の新展開の事前評価 重機械メーカー C 社 商品 / 技術⇔ TRM の市場、商品との比較で評価

事例 D 自社の未来商品の市場規模推定評価、共有化 精密機械メーカー D 社 商品⇔ TRM の市場、商品との比較で評価

図29 A社における新商品/新事業創出提案事例

(筆者が作成)

STEP ロードマップに関連する具体的な作業内容(プロセス)

TRM の活用ポイント

1 研究開発テーマをロードマップ化(事前にロードマップの意味と作成方法の共有化セミナー開催)

TRMの市場部分と自社ロードマップの比較、TRMは統合ロードマップの事例として見方を理解

2 業界関連の既存ロードマップの入手と整理による自社ロードマップの統合化準備

TRMと入手した既存ロードマップを比較

3 自社統合ロードマップの仮説作成 TRM の統合状況を参照4 事業領域別に研究開発テーマごと

のロードマップを整理TRM の事業領域分類例を参照

5 事業領域別に研究開発テーマ担当者が集まり相互にブラッシュアップ

社 内での 協 力の 開 始とTRM の共有化

6 経営層と各事業領域の共有化と優先順位付け作業

参 照ロードマップとしてTRMを活用

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30 テクノロジー・ロードマップ 2019-2028 <全産業編>

より、最終的に3 件のプロジェクトに予算がついて遂行

させた(図30)。

(1) 経営陣から、自社の既存事業への危機感と新事業へ

の必要性を説明するとともに、従業員からの新事業

/新商品への提案を募ることを発表。このときに経

営者側はTRMを参照してロードマップを作成した。

(2) 提案は未来の市場潮流に乗っていること、自社の技

術が生かせること、B社の将来の中心事業となるこ

となどが条件として課せられた。TRMのほか、未来

予測に関する資料が会社側から提供され、新事業提

案の募集を開始する。

(3) 従業員が提案書を作成し、どのような発想と目的で

新事業提案を行うか、イノベーションの意味や世の

中の動向などについて、一般セミナーを全社員向け

に実施した。具体的な提案テーマを募集した結果、

30数件の応募が1カ月で集まった。

(4) 事務局で応募内容を整理し、市場分野や保有技術、

新事業の実現時期などを精査し、提案者へのヒアリ

ングなどを行い、1カ月かけて10件ほどに集約した。

(5) 10件の発表会とともに、どのように未来を見てロー

ドマップを作成するのか、スケジュールやビジネスプ

ランの違いを関係者全員で共有するためのセミナー

を実施した。提案された10件のロードマップ作成と、

既存ロードマップとの整合性、関連性を精査した。

(6) 1カ月間をメドにロードマップを作成、10件のうち3

件は未来が描けないという理由で辞退した。残り7

件は 3 領域にグループ分けできる可能性があった。

経営者とともに内容をブラッシュアップし、ロード

マップに示した想定顧客へのヒアリングを開始した。

(7) さらに 1 カ月後、3 領域グループでの事業化計画と

ロードマップをベースに最終的に経営陣と現在の事

業代表者へのプレゼンテーションを実施した。各種

のロードマップとの整合性を考慮し、最終的に2件が

承認され、新たな新事業プロジェクトが発足した。

・�C社の事例:事業部の次期主力製品展開方向と絞り込

み評価

 重機械メーカーC社においては、市場占有率の高い事

業を主力製品がほぼピークを迎え、ここ数年は市場が下

り坂になるとともに、新興国からも類似製品が出てきて

急激に採算性や売り上げが落ちてくる兆候が見えている。

 このため、事業部長とその事業を総括する専務取締役

は自分たちの既存製品の将来に向けたロードマップを

明確化するとともに、下記2種類の製品を現在の商品と

関連付けて描くことにした(図31)。

・ 既存から派生する新製品を、できるだけ既存顧客の

ニーズに合わせて展開する。時間軸は1~2年程度。

・ 既存製品とは関係がなくても、現在の事業部の持つ技

術や営業力(顧客)との関係がかなり強く利用できる

ものを使って新規事業を行う。

(1) 日本の企業に置かれている現状と、既存事業のリノ

ベーション、イノベーションの考え方を説明。その

実現プロセスにおけるロードマップの意味を明確化

するセミナーを開催。事業部長以下全員が参加して、

言葉や内容の意味を共有化した。

(2) 既存事業の展開にはすでに市場がある場合が多いが、

競合各社も多い。市場では既存と新規、技術や商品

展開では同業、協業とのベンチマークなどの記入が

必要となってくることを共有化し、ロードマップ作

成へ移行した。

(3) 上層部からは、世界シェアでトップの商品の死守と、

現在2~3位の商品のトップ奪取、利益率の向上に際

して、選択と集中は必要だが、撤退条件については

顧客価値を損なわないような手段の明確化を求めら

れた。(筆者が作成)

図30 B社における新事業創出テーマ創出と事前評価事例

STEP ロードマップに関連する具体的な内容(プロセス)

TRM の活用ポイント

1 経営者による新事業展開へのロードマップを作成、その内容・作り方へのコメント

経営側は TRMを参考にロードマップを作成

2 全社に基本的な自社の方向性のロードマップを提示、新事業提案を募集開始

TRM は参考資料として全社員に開示

3 提案予定者・希望者にロードマップの意味と作成のセミナー開催、質疑を受ける

TRM は統合ロードマップの事例として作成内容や活用事例などを紹介

4 提案内容を経営企画部署で自社の経営ロードマップを基に整理し、数十件を10件程度に絞り込み

TRM は絞り込みのときの参考資料、得意な自社技術と提案製品との関連付け

5 10件の提案について統合ロードマップを作成

TRM は統合化のフォーマットとおもに、市場・商品の参照を義務付け

6 10件の提案メンバーと経営側が一緒になって発表会と3領域への絞り込み

TRM には参考資料として、各提案を併記されている例が多い

7 最終的に3件の事業化FSチーム発足と市場における検証作業がスタート

TRMを見ながら市場・顧客候補を仮説構築

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31テクノロジー・ロードマップ 2019-2028 <全産業編>

(4) 事業部の中の各商品のライフサイクルを明確化する

とともに、顧客のニーズを分析。競合各社の技術能

力やポテンシャル、動向調査によりロードマップ作

成の準備を整えた。

(5) 経営陣へのプレゼンテーションに先立ち、事業部内

の10数件の主要商品における10年後までのロード

マップを描いたものを持ち寄り、その全体潮流とベ

ンチマークの一部は、TRMを活用しながら全員で共

有化した。その結果、半数の商品において、未来の融

合化、顧客の重なりなどが認められた。

(6) 社内におけるオープンイノベーションの先駆けとし

て新たな価値が生まれ、ロードマップをうまく使う

ことで競合相手に追いつかれない、先を行く展開の

可能性が見えた。

・D社の事例:未来商品の共有化と市場規模推定

 この企業は業界大手の精密工業メーカーD社である。

自社の新事業展開のために作ったロードマップは、入社

数年の若手が机上の情報収集で作ったものであり、その

データの根拠が常に求められた。経営側も様々な視点を

持つためにいつも結論が得られず、会議は発散方向で経

営戦略部としては困り切っていた。

 そこで、全社共通のビジョンの策定に向けて経営陣の

期待に応えるロードマップを作ることとなった(図32)。

(1) ロードマップにかかわる全メンバーを集め、基本講

座(講義+質疑)を開催して、ロードマップの作成意

義、作成目的、作成方法、よくある間違い事例などを

共有化した。

(2) 経営戦略部が事務局となって、ロードマップ作成は

経営の意思(ビジョン)そのもの、ということを再確

認した。

(3) その意思(ビジョン)を達成するための各部署のミッ

ション、目的を整合しながら、経営戦略部が10年後

までのロードマップをまず作成した。

(4) このロードマップをベースに新規事業展開を必須と

考える事業部門、研究開発部門が3~10年後のロード

マップを作成した。その結果、1カ月かけて新規事業

にかかわる全部門のロードマップがそろうことに

なった。事務局はTRMを参照し、その一致/不一致

を明確化し、上層部や関係者への説得材料とした。

(5) 新規事業の領域別にグループ分けし、各ロードマッ

プの共有化、ブラッシュアップを行うことで社内に

おける他部署の新規事業への関心を高めることに

なった。その後、経営陣への発表会を開催し、さらな

るブラッシュアップを行う。

(6) 社長の指示で社内の全部署へ、各部署のミッション、

目的を整合させながら、10年後のロードマップ作成

作業につなげた。

(7) 2カ月後、全部門のロードマップが完成し、それを発

表、共有化することで全社の経営計画、アクション

プランが作成できた。ロードマップの作成によって

各部署の相互関連性も明確となり、部署間の協力も

自発的に起こっていることが判明した。

(筆者が作成)

図31 C社における次期主力製品展開方向と絞り込み評価

STEP ロードマップに関連する具体的な作業内容(プロセス)

TRM の活用ポイント

1 ロードマップの意味、活用に関する関係者の共有化(セミナー開催)

TRM は統合ロードマップの事例として紹介

2 経営側の既存事業の将来ビジョンを明確化、関係者に周知徹底

TRMを参考に、既存分野のマクロなビジョンを作成

3 既存各部署でのロードマップ作成作業

TRM はフォーマット、内容ともに参考とする

4 各部署の統合ロードマップを集約、企画部署から修正・再構築・追記評価などを要請

最 新 TRMをベースに議論、指示資料を作成

5 各部署のロードマップを持ち寄り経営、他部署とも共有化。ブラッシュアップ

TRM は全部署でのロードマップ作成への参考とする

6 経営側の最終調整後、ロードマップをベースにしたアクションプラン作成と実施

TRM は未来潮流の参考資料として活用

(筆者が作成)

図32 D社における未来商品の共有化と市場規模推定事例

STEP ロードマップに関連する具体的な作業内容(プロセス)

TRM の活用ポイント

1 ロードマップの意味、作成、活用について、戦略部門で共有化(実践セミナー実施)

TRM は参考事例として使用

2 経営側の将来ビジョンの変化、最新のところを把握、明確化

TRM の関連事業領域の部分を経営側に参考事例として事前提示

3 各部署における新たな統合ロードマップ作成の指示

TRM はフォーマット、内容の参考事例として提示

4 事業領域別に各部署のロードマップを共有化、ブラッシュアップをスタート

TRM の事業領域分はブラッシュアップ前に共有化、ギャップも議論

5 会社の新規事業の具体案の共有化と優先順位付け

TRM ほかのロードマップを参考にした

6 経営側の指示で10年後の全社ロードマップ作成作業につながる

経営側も TRM の全体像は共有化

7 全社の統合ロードマップの共有化が可能となった。ロードマップ型の経営に移行中

全社で潮流としての TRMの共有化

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32 テクノロジー・ロードマップ 2019-2028 <全産業編>

(参考資料1)ロードマップ作成の基礎

 ロードマップは、現実そのもののモデルではなく、現

実をどう認識するか、そのとらえ方を可視化した概念モ

デルとみなすことができる。ロードマップも、正しいか

どうかでなく、適切であるかどうかが大切になる。一方

で、適切であるかどうかは判断する側の見方、能力によっ

て変化する。いかにうまく使いこなすか、自社に合った

形に適正化(修正)するかが、大切な能力となる。これが

ロ ードマップの主な役割ということになる。 

(1)未来像をどのように描くか

 未来像をどのように見るか、様々な考え方がある。こ

こでは、先が見えなくて不安な場合には、いかに可能性

のある希望の未来にするかという視点が欠かせない。

 まずは、現在の市場での位置付けを理解した上で、未

来の市場や顧客の価値、ニーズのあるべき姿の世界を作

ること、つまり仮説構築による新しい世界作りが重要と

なる。

 シーズ重視か、ニーズ重視かという違いはあるが、ま

ずは市場ニーズ仮説であり、そこに対して技術的に何が

必要かという視点が必須である。このような未来作りに

はシナリオプランニング法が活用できる。

 どのような組織でも、様々な役割があるため、異なる

見方が混在する。未来に対する目標と方向性を経営者、

事業担当者、技術開発者が共有することが大切である。

これを実現する手段がロードマップの作成とそのプロセ

スになる。

 ロードマップの目的は、かつては技術開発計画を完成

させることにあった。今や、経営側から研究開発成果を

新事業として生かしていく際に全体を俯瞰するための

ツールとして、その役割は大きく変わってきている。

(2)ロードマップは未来の意思の可視化

 不確定な未来に対応して、世の中や企業の組織の中に

は様々な意思を持ったロードマップが存在する。例えば、

技術シーズの動きをベースに表した「技術ロードマッ

プ」、市場ニーズの変化を示した「市場ロードマップ」、

商品・サービスの未来を示した「商品ロードマップ」、

会社の事業を見据えた「事業ロードマップ」、経営のビ

ジョンを描いた「経営ロードマップ(戦略)」もある。い

ずれも統合化して、未来をいかに各方向から共通して可

視化するかがポイントとなる。(筆者が作成)

図A ロードマップとビジョンの位置付け

ビジョン(ターゲット)

シーズ視点とニーズ視点による展開と検証

ギャップロードマップ

現状(ポジショニング)

現状(ポジショニング)

20XY年

20AZ年

軸(因子)

Y

X軸(時間)

図B ロードマップ作成プロセス

(筆者が作成)

行き先をどう創る(ビジョン、ターゲット)(2~3通りを作成) (3~5通りを作成)

STEP1 STEP2、3、4 STEP5

行き方をどう創る(シナリオメーキング)

ロードマップとしての検証作業(共有化、統合化、関係者との調整)

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33テクノロジー・ロードマップ 2019-2028 <全産業編>

 特に、先行きが不確定なときに俯瞰したシナリオを

持つロードマップは、マネジメント(経営者)層にとって

将来を見通す魔法のツールに見えることがある。これ

が、様々なロードマップが作られ、統合化される理由と

なる。

(3)ありたい姿とギャップを共有化

 ロードマップの議論をする際に大切なのは、未来の行

き先に対する期待が一致していることである。事業や商

品/サービス、技術などのロードマップにおけるビジョ

ン・イメージが関係者で一致しているか。実際には共有

化がなされなかったり、人によって意思疎通が難しく

なったりすることが多い。共有化は、ロードマップを作

る担当者やその利用者、または各種のロードマップ作り

を指示するマネジメント層ともに、最も注意すべき点と

なる。

 図Aにビジョンとロードマップの位置付けのイメージ

を示す。現状の位置を決めた後、将来のあるべき姿(ビ

ジョン)の明確化が必要となる。基本的には未来から現

在への道を示していくことがスタートとなる。その両者

間のギャップをそれぞれの立場で共有化し、ギャップを

埋める努力と方向性を一致させる努力が大切である。

(4)未来への道を作り出すロードマッピング

 ロードマップを描く作業を「ロードマッピング」と言

う。その作成プロセス、ロードマッピングの基本的な流

れを説明する。まずコンセプト立案(事業構想)から始

まり、多くのロードマップをベースにして、一つのロー

ドマップにしていく。例えば市場ニーズを技術シーズに

関連付けながらロードマップを仕上げていく。

 現実には、既存の組織の中ではいくつもの中期計画や

経営戦略としての「ロードマップ」が様々な立場ですで

に作られている場合が多い。ここを調整するのもロード

マッピングの重要な役割と言える。

(5)一般的なロードマップ作成プロセス

 図Bは、これらの具体的なロードマップ作成プロセス

のイメージである。最初に「行き先をどう創る(ビジョ

ン、ターゲット)」を 2~3 通り作成する。次に「行き方

をどう創る(シナリオメーキング)」を3~5通り作成し、

最後に「ロードマップとしての検証作業(共有化、統合

化、関係者との調整)」となる。

(6)ロードマップの統合化とその意味

 ロードマップを実践的に使うときに何が必要か。それ

は経営から研究開発(技術)まで、どの立場でも未来を

把握する、またはあるべき姿を見据えるために目的とす

るロードマップと自分が持っているロードマップがつな

がっていることである。その前提条件として最終的な目

的地(最終ターゲット)が明確になっていることが必要

である。ところが方向性さえ決まっていない場合が多い

のも事実である。そのような場合でも、統合化すること

で、行き先が見えてくることがある。

 一般的に、企業における統合化されたロードマップは、

経営と事業、技術の融合という方向性を考慮している。

経営や事業というのは、究極的には技術と市場をつなげ

る方法とも言える。このためには技術レベルだけではな

く、製品レベル、事業レベルでの統合化とマッチングが

必要となる。

 これをイメージにすると、図Cに示したような 3 層の

階層構造を持つ関係となる。それぞれの階層のロード

マップの相互の関連をひも付けして明確化することが

前提となる。

図C 一般の統合ロードマップにおける層構造

事業ロードマップ(BPM)

製品ロードマップ(PRM)

技術ロードマップ(TRM)

(筆者が作成)

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34 テクノロジー・ロードマップ 2019-2028 <全産業編>

(参考資料2) 市場規模の定量的推定について

 ロードマップにおいて必要なのは、売上高の数字より

も、マーケット全体の規模感である。これがないと、新

規事業の展開に対して経営的な判断ができなくなる。ま

ずはマーケット全体の規模感をつかむことを検討する。

新商品・新事業のマーケットは存在しないことが多いが、

この場合でも将来マーケットの(定量的)推定は必須で

ある。

 つかみどころのない物理量を短時間で概算する方法

の一つに「フェルミ推定」と呼ぶ方法がある(図D)。こ

の推定には算定根拠が明確(論理的)なことが必要とな

り、ロードマップだけでなく、特にビジネスを提案する

場合に、ビジネスプラン(事業計画書)の最も重要な売り

図D フェルミ推定の基本的な考え方

(1)各地域の人口分布、総計数値の今後の動向を仮定

(2)市場の普及度、今後の動向や飽和の可能性を推定

(3)製品寿命のどこかを仮定し、今後のライフサイクルを推定

計算実施+仮定条件の検証作業→繰り返す

(筆者が作成)

図F マーケットのサイジング問題におけるフェルミ推定のポイント

ポイント 解説

① 正解は存在しない 特に将来見通しの場合

② 仮説がすべて 仮定は必要に応じて行う(論理はきちんと構成する)

③ 計算論理が大切 計算式は論理構成を表すので、記録して明確にする

④ケタ数概算でよい 計算過程は切り上げ / 切り捨てでよい

⑤ 高説得性を目指す 自分の検証+世の中のトレンド

(筆者が作成)

図E フェルミ推定法の基本ステップ

(1)アプローチ設定 推定の目的と推定する対象、切り口を明確化する

(2)モデル分解 推定するための切り口のモデル化を行い、その内容を2 階層程度数式化する

(3)計算実行 計算を実行するが、その論理(計算過程)はきっちりと保存する

(4)検証作業 モデル分解のときの様々な仮定事項を現場で検証する

(筆者が作成)

図G フェルミ推定による市場規模、売り上げ、利益などの算出フロー

商品イメージの確定→できるだけたくさん(複数)出す→マーケット総数の推定(フェルミ推定)

それぞれのライフサイクルの推定→年度別マーケットに割り振り

シェアの算定(強み、競合などから)→売り上げの算定

強みのあるものから利益の算定

①市場全体

③年度別市場

③売り上げ

④利益

(筆者が作成)

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35テクノロジー・ロードマップ 2019-2028 <全産業編>

上げ採算などの計算をする際の基礎数字になる。市場推

定の場合には、対象となる人口や動向など限られた情報

を基に推定していくことになり、その基本的な考え方は、

仮説検証を繰り返すことである。

●市場規模のフェルミ推定を行う実際のプロセス

 市場規模を未来の立ち上げ時期と拡大時期に分けて

推定する。まずはマーケット全体、カテゴリーごとの売

り上げ推移予想を行う。これはあらゆる市場の可能性を

抽出し、市場サイズの最大値を推定するのが手始めであ

る。予想(期待)顧客先、業界(会社名、部署)を具体的に

書き出し、マーケットの持つ課題としてキャズム理論(初

期市場とメインストリーム市場の間に越えがたい溝が

あるとする理論)を適用すると、時系列的なマーケット

数値が見えてくる(図E)。

 また、マーケット・サイジング問題としての分類と、

取り組む推定の方法と考え方をまとめる。問題のタイプ

図H ロードマップの表現方法

①0軸(文字なし、図のみ) ⓶1軸

③2軸 ④3軸以上

(筆者が作成)

としては大きく、国や地域ベースに分類すると考えや

すい。一般の人が納得する個体数(人口など)、距離・

面積など、何らかの指標としての測定値が共通数字とな

る(図F)。

●�ロードマップにおける市場規模から売り上げ、利益の算

 ここでは、ロードマッピングにおいて必要なレベルの

市場と売り上げの計算方法を示す(図G)。実際のフェル

ミ推定を行う時の注意すべきポイントをまとめると下

記の三つになる。

(1) 初期に使うデータベースはキチンとしたものを使う

(引用できる数字を使用する)

(2)推定の根拠を明確にする(論理構成をしっかりする)

(3) 2ケタ以上の数値は無意味(結果として、プラスマイ

ナス1ケタ以内の精度でよい)

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36 テクノロジー・ロードマップ 2019-2028 <全産業編>

対外的な戦略目的(イメージ) 備考

国際的・先進的企業のロードマップ公開の目的

(1)顧客向け:① 顧客に未来商品を示すことで、ブランド力を高め、販売のための

事前 PRをする②未来の顧客ニーズを探るためのツールとして活用

顧客に先手を売って、実質的に市場を支配することも視野に入れている

(2)競合・同業向け:先手を打って、業界標準を狙い、主導権を取るという宣言となる

手の内を明かしてしまうリスクもあり、業界で実力がある企業でないと使えない

(3)アライアンス・調達向け:自社の未来の必要技術、資材などを公表して、広く、パートナー企業や提案を求める

自社のロードマップにより、アライアンスに対して提案しやすくして、結果的に強固な調達ネットワークを形成する

図 I 国際的・先進的企業におけるロードマップ作成の対外的な意味

(筆者が作成)

(参考資料 3) 企業各社におけるロードマップのパターン分類

 大企業などでは中長期計画を公開している例が増え

ている。また、国際的な企業は詳細な技術ロードマップ

を公開している場合も多い。例としては、米Intel社や米

IBM社、米Qualcomm社などのロードマップがよく知ら

れている。実際に詳細まで公表する企業はその分野の世

界ナンバーワン企業が多い。

 これらの公表された各種ロードマップの事例は自分

たちのロードマップ作成に当たって参考になるので、ま

ずはそのパターン分類を明確にする。どのパターンが良

いか悪いかではなく、作成・表示目的に留意することが

必要である。

 実際のロードマップにどのような表現方法のパターン

があるかは作成する上で参考になる。ロードマップは目

的に応じて作成するものであり、どのパターンが良いと

いうことはないが、パターンを知っておくのは大切であ

る。その上でできるだけ多数のロードマップを見ていく

ことが重要となる。

 パターン分けの基本は時間軸と項目軸の使い方で図H

に示したように、0 軸から 3 軸以上の四つのパターンに

分かれる。

 図Iにロードマップの公開目的を企業活動の中の対外

戦略的な部分として示した。ロードマップは基本的には

企業などの未来の「意思」を示しているので、使い方に

よっては大いに役立ち、一般企業においても公表ロード

マップを様々に活用することができる。

 民間企業レベルでのロードマップを紹介する前に各

ロードマップの公表サイト(閲覧位置)についてまとめ

ておく。企業としてネットで公表されているロードマッ

プの多くは投資元への経営情報として、アナリストや一

般株主に企業の未来意思を明示していくことで、業価値

を向上させる目的がある。

 このため、ホームページ上では「投資家情報」「IR情報」

にロードマップが示されている。この場合は詳細よりも

その方向性をイメージとして出すことが多く、内容も簡

略化している例がほとんどである。しかし、これらのコ

ンセプトは、ビジョンメーキングそのものであり、作る

立場でも参考になる。事業や技術関係者が会社の内部で

使うもの(内部資料)は、詳細に作成されているが、それ

は企業秘密となっている。

 今回紹介するものも、その一部から筆者がピックアッ

プしてパターンが分かるように変更している。公開ロー

ドマップは、投資家や顧客企業へのガイドラインに過ぎ

ない。

参考文献1) 『図解 実践ロードマップ入門』、言視舎、2015年2) 『図解 実践MOT入門』、言視舎、2014年3) 『図解 実践MOTマーケティング入門』、言視舎、2017年4) 『科学経営のための実践的MOT』、日経BP社、2005年5) 『ロードマップのノウハウ・ドゥハウ』、PHP研究所、2004年6) 『図解 実践オープン・イノベーション入門』、言視舎、2016年7) 『図解 開発・事業化プロジェクト・マネジメント入門』、言視舎、2017年