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1 ここがポイント!改正化審法と高分子フロースキーム試験 材料物性研究部 吉田 具弘 旨 平成 29 年に公布された改正化審法の 2 つのポイントとそれに伴い変更された高分子フロースキー ム試験運用の見直しについて説明する。試験を実施する上での注意点についても併せて述べる。 1. 化審法概要 昭和 40 年代前半に発生した PCB(ポリ塩化ビフェニ ル)による環境汚染問題を契機として、 PCB と類似の 性状(難分解性、高蓄積性、長期毒性)を持つ化学物 質による環境汚染防止を目的に、昭和 48 年に「化学 物質の審査及び製造等の規制に関する法律」(化審法) が制定された。 化審法における化学物質は「元素又は化合物に化学 反応を起こさせることにより得られる化合物」と定義 されており、一般工業化学品が対象である。一方、食 品、農薬および医薬品等は法律が別途定められている ため、化審法対象とはならない。 化審法における新規化学物質を製造・輸入する場合 は事前に申請する必要があるが、製造・輸入数量に応 じてその方法が異なる。申請方法および要件を表 1 示す。 1 申請方法および要件 申請方法 製造・輸入 数量/ 試験の必要性 少量新規の申出 1t 以下 低生産量新規の 特例申出 10t 以下 通常届出 制限無 年間 1t までの製造・輸入の場合は少量新規で、年間 10t までの製造・輸入は低生産量新規で申請可能であ る。しかし、同じ物質を数社が同時に申請した場合、 数量調整が行われるので注意が必要である。例えば物 X A 社、B 社が同時に 1t の少量新規申請した場 合、数量調整により A 社、 B 社ともに 0.5t までしか確 認が下りないことになる。ただし、後述(2 項)に示 すとおり、改正化審法が施行された際には全国の数量 上限が排出係数を加味した数量に変更される(平成 31 1 月施行、4 月から運用予定)。 通常届出申請の場合は、製造・輸入数量に制限が無 いことから、上記のような数量調整が行われることは ないが、定められた試験結果を申請時に提出しなけれ ばならない。試験は低分子と高分子で大きく異なり、 低分子化合物では、分解度試験、濃縮度試験、生態毒 性試験、スクリーニング毒性試験が不可欠であること から、1 年以上の期間を要する。一方、高分子の場合 は、高分子フロースキームという試験法が別途設定さ れており、低分子試験よりも比較的簡便かつ期間も 1 3 か月と短い。 2. 改正化審法および試験運用の見直し 近年、日本の化学産業が少量多品種の機能性化学物質 の開発・製造へ移行しており、製造および輸入に係る 総量規制がビジネス機会を奪っていること、一般化学 物質の中にも毒性が強いものが出現していることから、 審査特例制度における全国数量上限(2.1 項)や毒性が 強い新規化学物質管理(2.2 項)について見直されるこ とになった。 The TRC News, 201805-01 (May 2018)

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ここがポイント!改正化審法と高分子フロースキーム試験

材料物性研究部 吉田 具弘

要 旨 平成 29 年に公布された改正化審法の 2 つのポイントとそれに伴い変更された高分子フロースキー

ム試験運用の見直しについて説明する。試験を実施する上での注意点についても併せて述べる。

1. 化審法概要

昭和 40年代前半に発生したPCB(ポリ塩化ビフェニ

ル)による環境汚染問題を契機として、PCBと類似の

性状(難分解性、高蓄積性、長期毒性)を持つ化学物

質による環境汚染防止を目的に、昭和 48 年に「化学

物質の審査及び製造等の規制に関する法律」(化審法)

が制定された。

化審法における化学物質は「元素又は化合物に化学

反応を起こさせることにより得られる化合物」と定義

されており、一般工業化学品が対象である。一方、食

品、農薬および医薬品等は法律が別途定められている

ため、化審法対象とはならない。

化審法における新規化学物質を製造・輸入する場合

は事前に申請する必要があるが、製造・輸入数量に応

じてその方法が異なる。申請方法および要件を表 1に

示す。

表 1 申請方法および要件

申請方法 製造・輸入

数量/年 試験の必要性

少量新規の申出 1t以下 無

低生産量新規の

特例申出 10t以下 有

通常届出 制限無 有

年間 1tまでの製造・輸入の場合は少量新規で、年間

10t までの製造・輸入は低生産量新規で申請可能であ

る。しかし、同じ物質を数社が同時に申請した場合、

数量調整が行われるので注意が必要である。例えば物

質 X を A 社、B 社が同時に 1t の少量新規申請した場

合、数量調整によりA社、B社ともに 0.5tまでしか確

認が下りないことになる。ただし、後述(2 項)に示

すとおり、改正化審法が施行された際には全国の数量

上限が排出係数を加味した数量に変更される(平成 31

年 1月施行、4月から運用予定)。

通常届出申請の場合は、製造・輸入数量に制限が無

いことから、上記のような数量調整が行われることは

ないが、定められた試験結果を申請時に提出しなけれ

ばならない。試験は低分子と高分子で大きく異なり、

低分子化合物では、分解度試験、濃縮度試験、生態毒

性試験、スクリーニング毒性試験が不可欠であること

から、1 年以上の期間を要する。一方、高分子の場合

は、高分子フロースキームという試験法が別途設定さ

れており、低分子試験よりも比較的簡便かつ期間も 1

~3か月と短い。

2. 改正化審法および試験運用の見直し

近年、日本の化学産業が少量多品種の機能性化学物質

の開発・製造へ移行しており、製造および輸入に係る

総量規制がビジネス機会を奪っていること、一般化学

物質の中にも毒性が強いものが出現していることから、

審査特例制度における全国数量上限(2.1項)や毒性が

強い新規化学物質管理(2.2項)について見直されるこ

とになった。

The TRC News, 201805-01 (May 2018)

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2.1 審査特例制度における全国数量上限の見直し

(平成 31年 1月 1日施行予定)

新規化学物質の審査特例制度である「少量新規制度」、

「低生産量新規制度」について、現行制度では同じ物

質を複数の事業者が申請した場合、数量調整が行われ

てきた。改正後は、改正前の全国数量上限値を排出係

数で除した値(環境排出量)が、全国数量上限値とな

る。排出係数はまだ公表されていないが、フォトレジ

スト材料の排出係数が0.04とした場合の少量新規申請

の例を図 1に示す。この物質の全国数量上限値は、改

正前は 1tであったが、改正後は 25t(=1t/0.04)となる。

したがって、仮に 1事業者当りこのフォトレジスト材

料 1t を少量新規申請した場合、25 の事業者まで数量

調整されることなく製造・輸入することができる。

図 1 全国数量上限の見直し例

なお、申請時には用途証明書類が原則必要となり、用

途ごとに申請する。例えば、ある少量新規化学物質が

5用途である場合、5通りの用途証明書を準備し、申請

することになる。したがって、これまでよりも煩雑に

なるケースも出てくるかもしれない。その場合、年間

製造量が 1t以下であっても、高分子フロースキーム試

験を実施し、通常届出・低懸念ポリマー申出を行うの

も 1つの手段である(通常届出時には用途証明が不要

であるため)。

2.2 毒性が強い新規化学物質の管理の見直し

(平成 30年 4月 1日施行)

一般化学物質の中で、新規化学物質の審査の結果、毒

性が強いと判定された物は「特定一般化学物質」(公示

前は特定新規化学物質)と新たに定義される。該当す

る化学物質を取り扱う場合は情報提供などの義務が課

されることになる。

2.3 高分子フロースキーム試験運用見直し

(平成 30年 4月 1日施行)

高分子フロースキーム試験は以下の 3つの試験から構

成されているが、今回の見直しで安定性試験と溶解性

試験が簡素化された。高分子フロースキーム試験のフ

ローチャートを図 2 に、試験運用の新旧対照表を表 2

に示す。

2.3.1 安定性試験(簡素化)

これまで pH 1.2、4.0、7.0、9.0の緩衝液を用いた試験

が必要であったが、pH 1.2、7.0が削除された。したが

って、pH 4.0、9.0の 2種の緩衝液を用いて暴露処理を

行い、前後の重量(pH 4.0 のみ)、DOC(溶存有機炭

素)(pH 9.0のみ)、IRスペクトル、分子量変化の有無

を調べることで、被験物質の安定性に関する知見を得

ることになる。

2.3.2 溶媒溶解性試験(簡素化)

これまで 5 溶媒(水、n-オクタノール、n-ヘプタン、

THF、DMF)に対する溶解性(重量測定、水は DOC

測定も要)を判断していたが、n-オクタノール、n-ヘ

プタンが削除され、水に対する試験では DOC 測定の

みで判断することになった。なお、水、THF、DMFの

3 溶媒に不溶であると判断された場合、分子量 1,000

未満成分含有率測定および安定性試験後の分子量変化

の評価は実施しなくてもよい。

2.3.3 分子量 1000未満成分含有率測定(変更なし)

GPC法により分子量 1,000未満成分含有率を求める試

験。判定基準値は 1%以下と定められているが、平成

21 年の化審法改正で、1~10%となった場合は、濃縮

度試験を別途行い、低蓄積性の結果であれば申請可能

となった。しかし、10%を超える場合は、化審法上高

分子とはみなされず、低分子と同じ試験を実施しなけ

ればならない。

高分子化合物の定義・1種類以上の単量体単位の連鎖により生成する分子の集合から構成される。・3連鎖以上の分子の合計重量が全体の50%以上を占める。・同一分子量の分子の合計重量が全体の50%未満である。・数平均分子量が1,000以上である。

333kg 333kg333kg

1t

全国での総量

事業者A 事業者B 事業者C

全国での総量

1t 1t 1t

事業者A 事業者B 事業者C

1t排出係数

=25t

改正後

少量新規化学物質(各社最大1トン/年)の申請でフォトレジスト材料を製造する場合の例

排出係数(フォトレジスト):0.04とした場合

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図 2 高分子フロースキーム試験フローチャート

(*1)①重金属を含むポリマー②エポキシ基、イソシアネート基など人毒性の疑いのある官能基を有するポリマー

(*2)①重金属を含むポリマー②水、酸又はアルカリに溶解する場合、基本骨格部分が陽イオン性を示すポリマー③水、酸又はアルカリに溶解しない場合、水への自己分散性を有する、又は基本骨格部分が陽イオン性を示すポリマー④化学構造等から生態毒性のおそれがあるポリマー

高分子化合物の定義・1種類以上の単量体単位の連鎖により生成する分子の集合から構成される。・3連鎖以上の分子の合計重量が全体の50%以上を占める。・同一分子量の分子の合計重量が全体の50%未満である。・数平均分子量が1,000以上である。

表 2 高分子フロースキーム試験運用の新旧対照表

改正前 改正後

安定性試験

(試験区)

pH 1.2、pH 4.0、

pH 7.0、pH 9.0 pH 4.0、pH 9.0

安定性試験

(試験項目)

重量変化、DOC変化、

IR変化、分子量変化

DOC変化、IR変化、分子量変化

(重量変化は補足実験)

溶解性試験

(試験溶媒)

水、オクタノール、ヘプタン、

THF、DMF 水、THF、DMF

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2.4 有機高分子化合物における 90%ルールの新設

これまで、既存化学物質等(少量新規化学物質、低懸

念ポリマーを除く)の高分子化合物に、重量割合が 1%

未満の新規化学物質もしくは 2%未満の既存化学物質

等(第一種特定化学物質、第二種特定化学物質を除く)

を組み込んでも新規化学物質として取り扱わないとい

う 99%ルールや 98%ルールが運用されてきたが、新た

に90%ルールが設けられた。概要は次のとおりである。

既存化学物質等(少量新規化学物質を除く)の高分

子化合物の重量割合が 90%を超え、組み込まれる残り

の 10%未満の単量体が次の(1)~(6)の全てに該当する

場合、新規化学物質として取り扱わない。しかも、高

分子化合物の数平均分子量が 10,000 を超える場合は

(6)の基準は免除される。

(1)各単量体が既存化学物質等の場合、その含有割合が

2%、もしくは、既存化学物質等に該当しない場合、そ

の含有割合が 1%であること。

(2)第一種特定化学物質、第二種特定化学物質ならびに

構造の一部にこれらを有する化学物質ではないこと。

(3)ナトリウム、マグネシウム、カリウム又はカルシウ

ム以外の金属を含まないこと。

(4)基本骨格部分に陽イオン性を生じさせないこと。

(5)ヒ素又はセレンを含まないこと。

(6)化学構造中に炭素間二重結合、炭素間三重結合、炭

素窒素間二重結合、炭素窒素間三重結合、アジリジル

基、アミノ基、エポキシ基、スルホン酸基、ヒドラジ

ノ基、フェノール性水酸基、フルオロ基を含まないこ

と。

例えば、-(A)-(B)-(C)-(D)-(E)-(F)-(G)-(H)- の様な 8種

の単量体の共重合物の場合、次の[1]~[3]の 3条件を満

たせば、新規化学物質には該当せず、申請しなくても

よい。

[1]Aと Bの重量割合の合計が 90%を超えている。

(C、D、E、F、G、Hの合計重量が 10%未満である。)

[2]Aと Bの共重合物が既存化学物質等(少量新規化学

物質を除く)である。

[3]C、D、E、F、G、Hの各重量がそれぞれ 2%未満(既

存化学物質等)もしくは 1%未満(既存化学物質等に

該当しない物質)である。

ただし、Aと Bの共重合物の名称に但し書き(例:水、

酸およびアルカリに不溶であり分子量 1,000 未満の成

分の含有率が1%以下であるものに限る)がある場合、

その但し書きを満たす必要があるので注意されたい。

3. 高分子フロースキーム試験における注意点

3.1 被験物質の純度

安定性試験および溶解性試験において DOC 測定を実

施する必要がある。しかし、被験物質に数%以上の残

存溶媒や残存モノマーが含まれていると、DOC値に加

算され、被験物質本来の値を測定することができない。

そして、判定基準値(1%以下:理論炭素含有率から算

出)を超える場合も出てくる。そのため、なるべく純

度の高い試料で試験を行う必要がある。

3.2 被験物質の分子量

申請時には製造・輸入予定の高分子の分子量範囲を記

載する必要があり、その下限値は被験物質の分子量が

目安となる。したがって、どの程度の分子量の物質を

製造・輸入するかを考慮した上で被験物質を選定しな

ければならない。

3.3 安定性試験で変化が起きた場合

3.3.1 主鎖切断

安定性試験において主鎖切断が示唆された場合、高分

子フロースキーム試験による申請はできない。具体例

を図 3に示す。

図 3 主鎖切断例

3.3.2 副生成物を伴わない変化(主に高分子量化)

安定性試験において、側鎖の二重結合やエポキシ基と

カルボキシ基の反応等による架橋で高分子量化した場

合は、「ポリマー原体」と完全に架橋した「完全変化物」

の 2つの高分子フロースキーム試験を行うことにより、

申請可能である。具体例を図 4に示す。

図 4 副生成物を伴わない変化例

CH

CHCH2

CH2

n

架橋反応

CH

CH

CH2

CH2n

・側鎖の二重結合の架橋

ポリマー原体 完全変化物

C

C

O

O

NH

OH

主鎖切断

C

C

O

O

OH

OH

+ H2N

・ポリアミック酸の加水分解

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3.3.3 副生成物を伴う変化(側鎖の加水分解等)

安定性試験中において、側鎖の切断(分解等)が起こ

り、低分子量化および副生成物が生した場合、(ⅱ)3.3.2

項と同様、「ポリマー原体」と「完全変化物」の高分子

フロースキーム試験に加え、副生成物の定量結果が必

要となる。副生成物の分解性・蓄積性評価に関する安

全点検データ等が公表されていない場合、分解度試

験・濃縮度試験を別途行わなければならない。具体例

を図 5に示す。

図 5 副生成物を伴う変化例

4. まとめ

弊社はこれまで高分子フロースキーム試験だけでも

1,000件を超える実績を有している。この豊富な経験を

もとに、被験物質に合ったGPC測定を含む最適・最速

の試験計画をご提案し、試験を実施している。

さらに海外提携機関を通して韓国、中国、台湾への

申請代行サービスも行っている。日本国内のみならず、

これら海外への申請をご検討の際は、是非とも弊社を

ご活用いただけたら幸いである。

化審法、海外申請についてのちょっとしたご質問も

お受けしておりますので、ご連絡お待ちしております。

吉田 具弘(よしだ ともひろ)

材料物性研究部

材料物性第1研究室 研究員

趣味:鉄道旅行

CH2 CH

C O

OR n

CH2 CH

C O

OH n加水分解+ ROH

ポリマー原体 完全変化物 副生成物

・側鎖のエステル加水分解