土木・環境系 -...

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70 Kawaijuku Guideline 2013.45 21 注目の 学部 学科 [シリーズ] 土木・環境系 流れのコントロールも研究の 対象になっているのだ。一般 的に、工学は「ものづくり」 の学問と呼ばれるが、土木工 学は、公共空間における「こ とづくり」も含んでいる点が 特徴である。 ただし、公共構造物でも、ビルは土木工学では扱わず、 建築学の対象になる。土木工学と建築学の違いについて、 山口宏樹教授は次のように説明する。 「ものづくり」だけでなく 「ことづくり」も対象とする土木工学 土木工学は、「良質な生活空間」の構築を目的として、 社会基盤や経済的な基盤を整備するのに必要な知識や技 術を開発する学問であり、主に道路や橋といった公共構 造物のさまざまな側面を研究対象とする。土木工学とい うと、道路や橋などの土木構造物の建設がイメージされ るが、交通システムなども研究対象になっている。土木 構造物そのものだけでなく、それに関連する人やものの CONTENTS …………………………………………p70 …………………………………p74 ……………………………p76 ……………………………………p78 ………………………p80 …………………………p82 ……………………………p84 概説 環境や防災・減災などに配慮しながら インフラの整備とその維持に貢献する 埼玉大学 山口宏樹教授 入試情報 維持管理工学 北海道大学 上田多門教授 岩盤力学 山口大学 清水則一教授 環境システム工学 北九州市立大学 松本亨教授 授業・ゼミ紹介 「土木計画論」「都市システム設計演習」を中心に 茨城大学 金利昭教授 卒業後の進路 環境や防災・減災などに配慮しながら インフラの整備とその維持に貢献する 概説 埼玉大学理事・副学長 山口 宏樹 教授 道路や橋、トンネル、上下水道、港湾などの社会 基盤施設(インフラストラクチャー)は、人々の快 適な社会生活を支えている。こうしたインフラ整備 の基本となる学問が土木工学である。土木工学は、 これらの施設の建設技術を開発するだけでなく、ど こにどのような施設を建設するか、その施設をどの ように維持するかといった知見を提供し、地震や津 波、台風などの災害から人々を守る役割も果たす。 特に日本は、地震や風水害など自然災害の多い地理 的環境にあり、災害に強いインフラの整備と維持が 非常に大きな課題になっている。 今回は、「技術者教育に関する分野別の到達目標 の設定に関する調査研究」に土木分野から関わられ た埼玉大学の山口宏樹教授に、大学における土木工 学の教育・研究について概観していただいた上で、 近年話題となっている研究を紹介する。 なお、土木工学を学べる学科は「土木工学科」の ほか、「環境工学科」「都市工学科」など、多岐にわ たる。そこで、本コーナーでは、それらを合わせて「土 木・環境系」として紹介する。

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70 Kawaijuku Guideline 2013.4・5

第 21 回

注目の学部・学科

[シリーズ]

土木・環境系

流れのコントロールも研究の対象になっているのだ。一般的に、工学は「ものづくり」の学問と呼ばれるが、土木工学は、公共空間における「ことづくり」も含んでいる点が特徴である。 ただし、公共構造物でも、ビルは土木工学では扱わず、建築学の対象になる。土木工学と建築学の違いについて、山口宏樹教授は次のように説明する。

 「ものづくり」だけでなく 「ことづくり」も対象とする土木工学

 土木工学は、「良質な生活空間」の構築を目的として、社会基盤や経済的な基盤を整備するのに必要な知識や技術を開発する学問であり、主に道路や橋といった公共構造物のさまざまな側面を研究対象とする。土木工学というと、道路や橋などの土木構造物の建設がイメージされるが、交通システムなども研究対象になっている。土木構造物そのものだけでなく、それに関連する人やものの

CONTENTS

…………………………………………p70

…………………………………p74

……………………………p76

……………………………………p78

………………………p80

…………………………p82

……………………………p84

◆概説環境や防災・減災などに配慮しながらインフラの整備とその維持に貢献する埼玉大学 山口宏樹教授

◆入試情報

◆維持管理工学  北海道大学 上田多門教授

◆岩盤力学  山口大学 清水則一教授

◆環境システム工学  北九州市立大学 松本亨教授

◆授業・ゼミ紹介 「土木計画論」「都市システム設計演習」を中心に  茨城大学 金利昭教授

◆卒業後の進路

環境や防災・減災などに配慮しながらインフラの整備とその維持に貢献する概説

埼玉大学理事・副学長山口 宏樹 教授

 道路や橋、トンネル、上下水道、港湾などの社会基盤施設(インフラストラクチャー)は、人々の快適な社会生活を支えている。こうしたインフラ整備の基本となる学問が土木工学である。土木工学は、これらの施設の建設技術を開発するだけでなく、どこにどのような施設を建設するか、その施設をどのように維持するかといった知見を提供し、地震や津波、台風などの災害から人々を守る役割も果たす。特に日本は、地震や風水害など自然災害の多い地理的環境にあり、災害に強いインフラの整備と維持が

非常に大きな課題になっている。 今回は、「技術者教育に関する分野別の到達目標の設定に関する調査研究」に土木分野から関わられた埼玉大学の山口宏樹教授に、大学における土木工学の教育・研究について概観していただいた上で、近年話題となっている研究を紹介する。 なお、土木工学を学べる学科は「土木工学科」のほか、「環境工学科」「都市工学科」など、多岐にわたる。そこで、本コーナーでは、それらを合わせて「土木・環境系」として紹介する。

Kawaijuku Guideline 2013.4・5 71

 「土木工学と建築学では、学問的・技術的にはそれほど大きな差があるわけではありません。ビルを建設する場合も橋を建設する場合も、その基礎となる理論や建設材料は変わらないからです。ただし、道路や橋など公共性の高い構造物は税金で作られることがほとんどで、通常は国や都道府県、市町村などの公共組織が建設を発注します。つまり、公共組織が発注する公共構造物については土木が担当するという構造になっているわけです。もっとも、海外の多くの国では、土木と建築はあまり区別されておらず、日本のような例は珍しいようです」 土木工学の「ものづくり」は、伝統的に「道路関係」と「河川関係」に大別される。道路関係は道路、橋、トンネルなどを扱い、河川関係は河道(川の水が流れる筋)など河川そのものや、堤防、港湾、防波・防潮堤など水に関連した「もの」を扱う。道路関係と河川関係では、関連する学問領域が大きく異なっている。 一方、土木工学が関わる「ことづくり」としては、交通計画や都市計画、国土計画の立案などがある。立案の過程では、社会学や経済学、政治学、法学などの知見が求められるため、社会科学系の研究者との共同研究が盛んな点も、土木工学の大きな特徴である。

 土木技術者に求められる能力を 6つの専門分野ごとに分類

 ところで、2012 年に公表された文部科学省「技術者教育に関する分野別の到達目標の設定に関する調査研究」<コラム参照>の報告書によると、土木工学は大きく6つの専門分野から成る<図表>。各大学の学士課程教育は、これら6分野の基礎を学修した上で、各自の将来像や適性に合わせて2~3分野を深く追究できるように組まれている。それぞれの分野の概要を見ていこう。

(1)土木材料・施工・建設マネジメント

 土木構造物建設に必要な土木材料やその施工方法、そして建設に関わるマネジメントを学ぶ分野である。現在の土木構造物のほとんどは、コンクリートか鋼、もしくはその両方で構成されているが、土木工学で土木材料という場合は、主にコンクリートを指す場合が多い。

 「コンクリートでは、施工方法の研究も非常に重要です。なぜなら、コンクリート構造物は、工場で部品を作って現場で組み立てるということが少なく、コンクリート自体を現場で作り上げる必要があるからです。 また、構造物の施工には納期があり、さまざまな工程があるため、作業の手順や期間などを管理する建設マネジメントも重要です。本来の建設マネジメントは、材料の確保から完成後の維持管理まで含んだものですが、建設現場での施工業務を円滑に進めることに限って用いられることもあります。この分野はいろいろな知識や経験を積み上げて身につけるものであり、大学教育においては発展的な内容です」 コンクリートはセメント、水、骨材(注1)で構成され、それらの配合や流動性などに複雑な知識が必要であり、まだわかっていないことも多い。そのため、性質や配合などについての基礎的な研究も盛んに行われている。また、高温多湿、寒冷地、海沿いなど、現場の条件によってコンクリートの出来も異なるため、施工方法の研究は、現場の条件に合わせて主に企業等で行われている。

(2)構造工学・地震工学・維持管理工学

 土木構造物は、完成後も周りの環境からのさまざまな影響を受ける。例えば道路橋であれば、荷物を満載した大型トラックが一日に何十台も通ることもある。そうした外部からの影響に構造物が耐えられるか、どう変化するかを解析する学問を構造力学という。構造工学は、この構造力学を中心として、さらに部材(構造物を構成する部品)のつなぎ方や形状なども加え、土木構造物の構

(注1)骨材…コンクリートを作る際などに、セメントなどに混ぜる砂や砂利のこと。セメントの反応熱を軽減したり、収縮を防いだりする役割がある。

卒業後の進路

概説

入試情報

維持管理工学

北海道大学

岩盤力学

山口大学

授業・ゼミ紹介

茨城大学

環境システム工学

北九州市立大学

(「技術者教育に関する分野別の到達目標の設定に関する調査研究」最終成果報告書より)

<図表>土木工学の科目間関連図

1. 基礎

1-1. 数学微分積分学 微分方程式線形代数 確率・統計

1-2. 化学1-2. 地学1-2. 生物

1-2. 物理質点系の力学 剛体の力学基礎物理学 熱力学

1-3. 工学基礎実験・計測 数値解析情報処理 連続体力学

1-2. 情報リテラシー

2. 専門分野(土木)2-1~2-6の主要分野のうち、最低3分野以上を含む

社会人(設計・施工・維持・管理・保守・点検・研究・開発等)

建設業(ゼネコン等)

メーカー(設備・機器等)

コンサルタント

公益企業(電力・ガス・道路・鉄道等)

公務員(公官庁・法人)

その他

研究開発

専門基礎科目 専門科目

土木材料・施工・建設マネジメント2-1

土木材料学 土木施工学 建設マネジメント等

構造工学・地震工学・維持管理工学2-2

構造力学 地震工学 維持管理工学等

地盤工学2-3

土質力学 基礎工学 地盤防災・環境等

水工学2-4

水理学 河川工学 水資源・水環境等

土木計画学・交通工学2-5

測量学 土木計画学 交通工学、景観土木史 等

土木環境システム2-6

環境計画 環境保全 環境生態等

5.

デザイン科目

72 Kawaijuku Guideline 2013.4・5

工学分野の学士課程教育の質保証 学士課程教育に関する近年の大きな潮流として、学問分野ごとの教育の質保証への取り組みが挙げられる。 工学分野においては、JABEE(日本技術者教育認定機構)の取り組みが代表的である。各大学が設定した学修成果(到達目標や評価基準)を JABEE が審査。ワシントン・アコード等に基づいて、国際的な通用性を持った技術者教育プログラムを認定するものである。多様性を尊重しており、目標やそれに至るプログラムの内容は各大学が独自に設定する点が特徴である。 山口教授が関わっている「技術者教育に関する分野別の到達目標の設定に関する調査研究」は、技術者教育のさらなる充実をめざして、文部科学省が千葉大学に委託して進められてきた。機械、電気・電子、建築、土木、化学、バイオ、情報・通信の7つの基幹分野について、学士課程教育における学生の共通な到達目標を提示。到達目標は、必修的な「コア」と、より高度な内容の「要望」に分けて、「○○できる」という形で、評価しやすい形で具体的に示されている。これらの点で、JABEE 認定よりも一歩踏み込んだものといえる。 ただし、到達目標の評価方法はまだ確立されていない。技術の発展により工学教育への要請も変化する。そのため、質保証の取り組みは、今後もさらなる検討が進められていく。

注目の学部・学科 土木・環境系

(注2)社会実験…新たな制度などを導入する際、場所と期間を限定して試行することで、有効性や問題点を検証・把握すること。(注3)環境アセスメント…大規模な開発事業を行う際、事前に調査し、環境への影響を予測、評価すること。

造上の工夫に関する技術全般を対象とする。 「地震」は構造物に影響を与える代表的なものの一つである。地震工学では、地震の揺れが構造物に与える影響を解析したり、地震による構造物の被害を軽減する方法を探究する。特に日本では、近い将来、大規模地震の発生が想定されていることもあり、地震工学に関する研究は増加傾向にある。地震の発生メカニズムなどを扱う地震学とは異なり、地震と構造物の関係を扱う点が地震工学の特徴である。 維持管理工学では、構造物の性能を維持するための知識や技術を扱う。老朽化した構造物が健全かどうかを判断する「診断技術」や、損傷個所を修復する「補修・補強術」などの研究が特に近年、盛んに行われている。

(3)地盤工学

 構造物はすべて地盤の上に構築されるため、地盤の性質や構造、強度などを知ることは極めて重要であり、地盤工学ではそれらを追究する。地盤を構成する物質や成り立ちの影響を受けるため理学系の地質学とも関連が深く、ロックフィルダム(岩石や土砂を積み上げて作るダム)や堤防などの土でできた構造物も研究対象としている。近年の研究テーマには、薬剤を注入して軟弱な地盤を改良する技術の開発や、地盤中に放射性物質を廃棄し

た場合の物質移動のシミュレーションなど多岐にわたる。(4)水工学

 水の流れを力学的に研究する水理学に基づいて、水の流れをコントロールする技術などを扱うのが水工学である。水の流れには、河川や海などの「開水路」と、水道など管の中を通る「閉水路」がある。日本は雨が多く、地形的に急峻な川が多いため、河川の水の流れを制御する「河川管理」は特に関心の高いテーマである。また、水力発電に用いる水や工業用水など、社会生活に役立たせる水である「水資源」を有効に活用するための学問としても注目されている。

(5)土木計画学・交通工学

 土木計画学は、国土や都市などを快適な生活空間に整備していくための学問分野であり、交通計画なども含まれる。都市計画は建築学でも扱われているが、対象に公共構造物が多く含まれる場合には、土木工学が扱う。また、どのような施設を構築するかを決定するには、経済的な要素や地域の特性を考慮しなければならず、社会科学系の議論も必須である。 「最近のこの分野の研究では、『合意形成』がホットなテーマになっています。公共構造物を作る場合、発注者である自治体は住民の意向を反映させた上で意思決定をしなければなりません。したがって、利害を調整し合意に至るプロセスは、土木計画では非常に重要です。住民アンケートや意識調査などでは社会科学系の研究者と協力することも多く、最近では、社会実験(注2)と組み合わせる方法などに注目が集まっています」 なお、土木計画やそれに続く土木設計は計画図や設計図の形で示される。測量学や土木製図は、図面を作成するのに必要不可欠な技能であり、土木系の学科では必修科目などでカリキュラムに組み込まれていることが多い。

(6)土木環境システム

 自然環境と人間社会の関係を、土木工学の視点から考える比較的新しい分野である。快適な水環境を提供するという意味で、上下水道はこの分野に属している。地球温暖化やヒートアイランド、水質・土壌汚染、廃棄物処理など、環境問題と密接に結びついた研究テーマも多い。近年は、生態系に及ぼす影響をより強く認識するようになっており、環境アセスメント(注3)もこの分野で扱う。土木系では学科名に「環境」を冠する大学も多いが、それらの学科では、この分野に力を入れていることも多い。

コラム

Kawaijuku Guideline 2013.4・5 73

 防災・減災やインフラ再構築への意識の高まりを受け 土木構造物の維持管理が重要課題に

 土木工学は社会基盤整備に直接関わる学問であるだけに、社会の変化から大きな影響を受ける。近年の変化としては、以下の3点が挙げられる。 第1は、維持管理の重要性が高まっていることである。2012 年末に中央高速道路の笹子トンネルの天井が崩落する事故(注4)が起きたが、これは経年変化による老朽化が主原因と考えられている。本来なら、こうした事故が起きる前にしっかりと診断を行い、補修・補強を行う必要があるが、診断は技術的に難しい面が多く、対応が後手に回ることが多かった。現在の日本は、1960 年代の高度成長期に建設したインフラが、軒並み老朽化する時期を迎えている。2013 年1月には、首都高速道路の建て替えが提言されるなど、今後は老朽化への対応が急速に増えることが予想されている。それに対応するように、維持管理の重要性への認識が高まりつつある。 第2は、「環境」というキーワードが、あらゆる領域に浸透してきている点だ。 「かつての土木工学は、構造物を造ることを最優先にして、環境への影響を考えることはあまりありませんでした。環境には、自然環境と人間環境がありますが、現在の土木工学では、その両方に配慮しようという意識が、以前にも増して強くなっています。自然環境への配慮では、『持続可能性』のある開発、すなわち生態系をできるだけ破壊しないような工夫が必要であり、人間環境への配慮では、騒音や振動などの少ない設計や構造、工法などが求められています」 第3は、防災・減災への意識が高まっていることである。自然災害への対応は、これまでも土木工学の最重要テーマだった。しかし、二度の大震災を経験して以降、社会の防災への関心は飛躍的に高まっている。 「東日本大震災の被害状況を見ると、地震そのものの影響で壊れた構造物は多くありませんでしたが、津波によって大きな被害が生じました。津波への対策は、特に関心が高まっています。『スーパー堤防』(注5)の整備の是非が議論されるなど、安全性とコストの折り合いが求められる点が公共構造物の宿命ですが、それらを同時に満たす方法を、今後も探究していく必要があります」

 すべての土木構造物に共通する 建設から廃棄までの4段階

 土木工学の教育・研究の成果は、実際の土木事業で発揮される。最後に、土木事業の流れをみておこう。 土木事業でまず行われるのが「調査・計画」である。新規に道路を通したり、橋を架ける場合、地盤の構造や地域の事情を踏まえた上で、交通量を予測し、建設計画を立案する。この仕事を行うのは主にコンサルタントと呼ばれる企業だ。コンサルタントとは、土木構造物に関する調査、企画、立案、助言などを請け負う企業のことで、調査系、計画系と得意分野を持つところもあれば、土木事業に関わる全てのコンサルタント業務を請け負うところもある。 計画が立案されると、次に「設計」が行われる。道路なら幅員や車線数、橋なら構造などを決め、その結果は、最終的には設計図に描かれる。設計業務は、設計コンサルタントが担うことが多い。 次が、設計図に基づいて実際に建設を行う「施工」である。コンクリート橋を例にとれば、設計図を見て材料を調達し、現場でコンクリートを作って実際の構造物を建てていく。もちろん、現場では設計図通りにできない場合もあり、適宜変更を加えながら建設が行われる。施工は主にゼネコン(総合建設業)が工事全体を請け負い、下請けの建設企業と共に実際の作業を行っていく。 構造物が完成した後は「維持管理」の段階となる。一般的に、公共構造物を設計する場合、50 ~ 100 年程度の寿命を想定する。しかしその間、地震や強風、豪雨、塩害などにさらされ、完成時と同じ性能を維持できなくなることも多い。そこで、当初の寿命まできちんと性能を発揮するように、不具合を検査したり、補修したりしながら、最終的な廃棄までしっかり管理していく必要がある。この業務は基本的には公務員が責任を持つことになるが、実際にはコンサルタントなどに業務を委託し、補修が必要となればゼネコンが施工を行うのが一般的だ。 「このように、すべての土木事業は『調査・計画』『設計』『施工』『維持管理』の4段階を経て行われますが、そのすべての段階にいろいろな仕事があり、さまざまな問題が発生します。土木工学は、それらの問題解決を行うための学問なのです」

(注4)笹子トンネル天井板落下事故…2012 年 12 月 2 日に発生した、中央自動車道笹子トンネル(上り線)の天井板が崩落し、走行中の複数台の車が巻き込まれ、死傷者を出した事故のこと。

(注5)スーパー堤防…1980 年代から建設省(現・国土交通省)が事業として始めた、高規格堤防のこと。100 年~ 200 年に一度の大洪水に備えることを目標にしているが、建設期間が長期にわたること、莫大な建設費用がかかることから是非が問われている。

卒業後の進路

概説

入試情報

維持管理工学

北海道大学

岩盤力学

山口大学

授業・ゼミ紹介

茨城大学

環境システム工学

北九州市立大学

74 Kawaijuku Guideline 2013.4・5

注目の学部・学科 土木・環境系

※ 河合塾調べ ※ 前期日程で集計 ※ 河合塾調べ ※ 一般入試(センター方式含む)で集計

 河合塾の学問系統分類で土木・環境系の学部・学科は、

2013年度入試で国公立大が41大学44学部52学科(専攻)、

私立大は41大学45学部56学科(専攻)である。ここでは、

土木・環境系の入試の特徴についてみていく。

 理系人気により志願者数は国公立大、私立大とも増加

 まず、昨年度までの過去5年間の志願者数の推移につ

いてみておく。<図表1>は国公立大前期日程の志願者

数と倍率(志願者/合格者)の推移であるが、2009 年

度入試では 18 歳人口の減少と景気悪化の影響により志

願者数を減らした。その後は理系人気により増加に転じ、

志願者数が毎年約 200 ~ 300 人ずつ増加し、倍率も 2.2

倍から 2.7 倍へと 0.5 ポイント上昇している。

 <図表2>は私立大の一般入試(センター方式を含む)

の志願者数推移である。国公立大同様 2009 年度入試で

志願者数が減少したがその後は増加している。しかし合

格者数も増加しているため、倍率は 2010 ~ 2012 年度

入試では 2.7 倍前後で推移している。

 国公立大のセンター試験はおおむね7科目理系型 2次試験は2~3科目の入試

 次に入試科目の特徴をみていこう。<図表3>は国公

立大の、大学入試センター試験(以下、センター試験)

の教科・科目数別の募集区分件数を集計したものである。

国立大の前期日程では山口大(工-社会建設工、循環環

境工)の2学科を除く全大学が7科目を課している。愛

媛大(工-環境-社会デザイン)が選択型、残りはすべ

て理系型を課している。7科目を課す大学で、理科2科

目の状況をみると、約 60%の募集区分で「物理必須」

や「地学の選択が不可」などの科目条件が設定されてい

る。後期日程もほぼ全大学が7科目を課す。課していな

いのは前期日程同様の山口大に加え、一括募集の東京大

(理科三類以外)の5教科6科目型と九州工業大(工-

建設社会工)の4教科6科目型である。

 公立大は土木・環境系の学科を設置している大学自体

が少なく、7大学8学科しかない。入試科目は大学によ

りさまざまである。前期日程は秋田県立大、大阪市立大、

北九州市立大が7科目(理系型)、首都大学東京は4(5)

教科6科目、名古屋市立大は5教科6科目、前橋工科大、

富山県立大は4教科5科目を課している。後期日程は名

古屋市立大が3教科4科目、大阪市立大が2教科3科目、

北九州市立大が3教科5科目を課し、他の4大学は前期

と同じ教科・科目数を課す。

 次に国公立大の前期日程の2次試験に目を移してみる

<図表4>。2教科で受験できる大学が最も多く、全体

の約半数を占めている。次いで多いのは3教科で 13大

学である。4教科を課すのは東京大(理科一類)、京都

大(工-地球工)の2大学である。学科試験で数学を課

す大学では、数学Ⅲ・数学Cまでを出題範囲とすること

が多い。数学Ⅲ・数学Cを課していない大学は秋田大、

群馬大、愛媛大、宮崎大の4大学のみである。理科を2

科目課している大学は、千葉大、東京大、東京工業大、

横浜国立大、名古屋大、京都大、大阪大、神戸大、九州大、

九州工業大、熊本大、首都大学東京、大阪市立大、北九

州市立大と、難関大は2科目を課す場合が多く、科目は

物理・化学の組み合わせが多い。

入試情報

<図表1>国公立大 志願者数推移

(年度)

(人) (倍)

23,000

24,000

21,000

22,000

25,000

26,000

27,000

28,000

29,000

2.2

2.0

2.6

2.8

2.4

志願者倍率

08 09 1110 12(年度)

(人) (倍)

5,000

5,250

4,500

4,750

5,500

5,750

6,000

2.2

2.0

2.6

2.8

2.4

志願者倍率

08 09 1110 12

30,000

(年度)

(人) (倍)

23,000

24,000

21,000

22,000

25,000

26,000

27,000

28,000

29,000

2.2

2.0

2.6

2.8

2.4

志願者倍率

08 09 1110 12(年度)

(人) (倍)

5,000

5,250

4,500

4,750

5,500

5,750

6,000

2.2

2.0

2.6

2.8

2.4

志願者倍率

08 09 1110 12

30,000

<図表2>私立大 志願者数推移

Kawaijuku Guideline 2013.4・5 75

※ 予想難易度は 2012 年 10 月現在※ 独自の学科試験を課していない大学、私立大の2期・

後期日程などはボーダーラインを設定していない※ <図表3>~<図表7>は河合塾調べ ※2013 年度入試科目で集計

 私立大は一般方式、センター方式とも 理系型入試科目が中心

 次に私立大の入試科目の特徴についてみていく。<図

表5>は私立大の一般方式の教科数を募集区分ごとにま

とめたものであるが、2教科、3教科を課している大学

が 96%を占めている。中でも理系3教科の【英、数、理】

が 63区分と最も多い。一方で、文系科目で受験できる

学科も多いのが土木・環境系の特徴だ。選択科目の組み

合わせや入試方式の出題科目を文系科目で設定し、文系

志望の生徒にも対応している大学もある。大同大(工-

建築-土木・環境B方式)、大阪産業大(デザイン工-

建築・環境デザイン前期英・国選択型)等である。

 センター方式<図表6>も、一般方式同様2~3科目

を課す大学が主流となっている。センター試験を1科目

で受験できる大学もあるが、これらは大学

独自試験を併用して選抜を行い、大学独自

試験では1~2科目課すため、合わせると

2~3科目を受験することになる。東京都

市大、日本大、法政大、立命館大、大阪産業大、関西大、

福岡大は6科目や7科目を課す方式を実施しているが、

2~4科目で受験できる入試方式も実施している。ただ

し関西大は、6科目型以外の方式はセンター試験が3教

科5科目、さらに大学独自試験も課すので、科目数の多

い方式のみとなっている。

 最後に入試難易度についてみる。<図表7>はセン

ター試験のボーダー得点率と、国公立大2次試験・私立

大一般方式のボーダー偏差値別に、募集区分の数を集計

したものである。国公立大は、センター試験のボーダー

得点率は前・後期とも 60~ 74%、2次試験のボーダー

偏差値は前期日程が 42.5 ~ 49.9、後期日程は 47.5 ~

54.9 の周辺が多くなっている。私立大はセンター試験

ボーダー得点率が 74%以下で広く分布し、一般方式の

ボーダー偏差値は 49.9 以下の偏差値帯に多く分布して

いる。

卒業後の進路

概説

入試情報

維持管理工学

北海道大学

岩盤力学

山口大学

授業・ゼミ紹介

茨城大学

環境システム工学

北九州市立大学

<図表3>国公立大 センター試験の教科・科目数

教科・科目パターン国立 公立

前期 後期 前期 後期7科目理系型 40 28 3 17科目選択型 1 15 教科 6 科目型 1 14 教科 6 科目型 1 1 14(5)教科 6 科目型 1 14 教科 5 科目型 2 23 教科 5 科目型 13 教科 4 科目型 2 2 22 教科 3 科目型 1合計 43 33 8 9

教科数 教科パターン国立大 公立大

前期 後期 前期 後期4教科【英、数、国、理2】 2

3教科【英、数、理2】 9 2【英、数、理】 4 2 1【英、数】(理2、地→2) 1

2教科【数、理】 17 4 2【数、理2】 3 1 1【英、数】 2 2

1教科【数】 1 6 1 2【理】 3 1(数、理→1) 2

教科なし

【実】 1 4 3【小、面】 6 1【小】 3【総】 1 1【面】 1課さない 1 1 1

合計 43 33 8 9

<図表4>国公立大 2次試験の教科数

<図表5>私立大一般方式教科数

教科数 教科パターン 募集区分数

3教科

【英、数、理】 63【英、数】(国、理→1) 6【英、国】(数、地公→1) 4(英、数、国、理、地公→3) 3(英、数、国、理→3) 2【英、数、理2】 2【英】(数、国、地公→2) 2【英】(数、国→1)(理、地→1) 2【数、理】(英、国→1) 2【数】(英、国、理→2) 2その他 5

2教科

(英、数、理→2) 12【英、数】 9(英、数、国、理→2) 6【英、国】 5【数】(英、理→1) 5【英】(数、国→1) 4(英、理→1)(数、国→1) 3【数、理】 3(英、数、国、地公→2) 2(英、数、国→2) 2【数】(英、国→1) 2その他 5

1教科 5教科なし 2合計 168

科目数 募集区分数1 科目 112 科目 393 科目 504 科目 235 科目 136 科目 127 科目 5合計 153

<図表6>私立大 センター方式科目数

<図表7>土木・環境系難易度一覧

ボーダー得点率(%)

国公立大私立大

前期 後期85 ~ 89 180 ~ 84 1 5 175 ~ 79 3 2 870 ~ 74 12 9 1565 ~ 69 4 15 2060 ~ 64 14 8 1855 ~ 59 7 1 1150 ~ 54 6 945 ~ 49 1 1340 ~ 44 11

合計 48 40 107

ボーダー偏差値

国公立大私立大

前期 後期65.0 ~ 69.9 162.5 ~ 64.9 1 2 160.0 ~ 62.4 3 157.5 ~ 59.9 3 2 155.0 ~ 57.4 4 1 252.5 ~ 54.9 5 3 650.0 ~ 52.4 4 3 847.5 ~ 49.9 8 4 1245.0 ~ 47.4 9 1642.5 ~ 44.9 10 1 740.0 ~ 42.4 2 1237.5 ~ 39.9 1935.0 ~ 37.4 20BF(ボーダーフリー) 4

ランクなし(教科試験なし) 1 21 6合計 48 40 115

【国公立大2次試験・私立大一般方式】

【センター試験】

76 Kawaijuku Guideline 2013.4・5

維持管理工学

注目の学部・学科 土木・環境系

 維持管理工学の研究は、維持や補修の基本となる学術的な知見の提供と具体的な技術開発をめざしています。  まず必要なのは、劣化メカニズムの科学的な解明です。劣化要因はいくつかあり、「地震」がその典型です。地震は構造物に短時間に劇的な影響をもたらしますが、「腐食」のように徐々に影響をもたらす要因も多く知られています。 「腐食」とは、コンクリート内の鉄筋が錆びることであり、腐食を誘引する代表的な現象が「塩害」です。塩化物がコンクリート内に浸透することによる劣化であり、海岸近くの構造物に多く見られます。塩化物が外部から侵入することでコンクリート自体は腐食しませんが、内部の鉄筋が腐食し、もろくなっていきます。そこで、塩化物がコンクリートを浸透するメカニズムや、腐食が始まる条件などに関する研究が進められています。 寒冷地では「凍害」が多く見られます。コンクリートはセメントと骨材(砂利や砂)と水を混ぜて作られること、小さな穴が元々空いており雨水などが表面から浸透することから、内部に水を含んでいます。この水が外気温の変化によって凝固と融解を繰り返すことで、水の体積の膨張・収縮などが起こり、コンクリートが劣化していくのです。日本は降雨雪量が多く、高緯度の地域や山岳地帯など凍害にさらされる地域が多いので、そのメカニズムの解析も重要です。 「アルカリシリカ反応」と呼ばれる劣化もあります。

 土木構造物は、地震や台風などの自然災害のほか、通常の利用に伴う経年変化などを考慮した上で、何十年もの長期にわたって性能を保つように設計・施工されている。しかし、施工後に何もしなければ、当初の性能をそのまま維持することは難しい。維持管理工学は、構造物の性能を保つことをめざして、そのメンテナンスの方法などを追究する学問である。自然環境が厳しく自然災害の多い日本では、維持管理に関する技術開発に早くから取り組まれてきており、世界をリードする分野としても期待されている。

北海道大学大学院工学研究院北方圏環境政策工学部門上田 多門 教授

 工業製品には寿命があります。修理や手入れをして長く使う努力をしますが、寿命が来れば壊れて使えなくなります。土木構造物もそうした工業製品の一部であり、作ったあとに何らかの手入れが必要です。それを「維持作業」といいます。また、通常の手入れよりも、もう少し本格的に修理する「補修作業」が必要な場合もあります。このような、土木構造物に対する維持作業と補修作業を支える学問が維持管理工学です。 以前は、コンクリート構造物は永久に利用できると考えられていました。コンクリート構造物が壊れた場合、それらはいずれも設計ミスや施工ミス、あるいは何らかの不具合などによるものだとされ、専門家の間でも「しっかり作ればメンテナンスは不要」との認識が一般的でした。 しかし、近年になって、外部環境の影響を受けて、コンクリート構造物も劣化することが知られるようになってきました。そこで、専門家が定期的に構造物を点検して、損傷や事故が起こる前に早めに手入れすることが求められるようになったのです。 近年の日本では、1950 ~ 70 年代の高度成長期に建設された大量のコンクリート構造物が、軒並み老朽化の時期を迎えています。2012 年末に笹子トンネルの崩落事故(P73 参照)が起こったことなどもあり、維持管理の重要性に社会の関心が向いています。

劣化メカニズムの解明や耐久性の評価とともに新しい補修材料の探索や補修方法の開発に挑む

 通常の環境下でもコンクリート構造物は劣化する  劣化メカニズムを解明し耐久性の評価を行う

Kawaijuku Guideline 2013.4・5 77

(注1)促進劣化試験…製品を過酷な条件下に置き、意図的に劣化を進めて製品寿命を検証する試験のこと。(注2)PET…ポリエチレンテレフタラート。ペットボトルなどに用いられる。(注3)シアコネクター…木材と木材やコンクリート床版と鉄骨梁など 2 つの部材を接合して一体化するのに使う接合部品(金具 )のこと。(注4)LCM…Life Cycle Management。ここでは、計画から施工、維持管理、最終的な解体までを視野に入れて土木構造物を総合的に管理すること。

骨材を構成する鉱物がコンクリートのアルカリ性に反応して膨潤し、周囲のコンクリートにひび割れを起こさせる現象です。ある程度の予防法は確立しているものの、劣化対策と詳細なメカニズムの研究が進められています。 また、これらの化学的な反応とは別に「疲労」と呼ばれる劣化があります。材料に繰り返し力が加わることで、その材料の強度が低下する現象です。機械工学の分野では早くからその存在が知られていましたが、近年は土木工学の分野でも注目されるようになってきました。 疲労が特に問題になるのが橋です。橋は一日に何台も車が通る上に、強風や波に常にさらされています。こういった荷重が、何万回、何億回と繰り返されることで、疲労が進行し、ひび割れが起こったり穴が空いたりすることにつながるのです。 さらに、劣化による構造物の耐久性評価も重要な研究テーマです。上記のような劣化要因が単独で作用することは少なく、例えば疲労と凍害など、複数の劣化要因を同時に受けることが大半です。また、橋の例で言えば1台の車が「橋全体」に与える影響と「橋を構成する1枚1枚のコンクリート板や鋼板」に与える影響は異なります。そのため、複合的な視点から耐久性を考察することが求められます。そこで、大学の実験室などでは促進劣化試験(注1)なども行いながら、推測精度を高める研究が行われています。

 実際の補修に用いる技術開発も盛んに行われています。私の研究室でも、新しい補修材料や補修方法、維持が容易な構造の開発に意欲的に取り組んでいます。 新材料に関しては、現在、PET 系(注2)の樹脂でできた繊維系材料に関する研究を行っています。多くの構造物で鋼が材料に使われるのは、硬さと柔らかさを併せ持った優れた材料だからですが、重い、腐食するという欠点があります。繊維材料は軽く、腐食しません。PET系の繊維材料は、強度こそ他の繊維材料よりも劣るものの、地震の揺れの吸収につながる伸び能力は高く、しかも廉価です。その上、補修工事が短期間で済むため、橋や道路を通行止めにすることによる社会的な影響も大きくありません。そのため、鉄道を中心に、コンクリート橋に巻き付ける補強材料として、実用化されています。

 新構造に関しては、鉄筋コンクリートの材料である、鋼とコンクリートを接合するための新しい方法を開発しています。鋼とコンクリートの接合にはシアコネクター(注3)

が使われることが多いのですが、私たちの研究室ではスリットを入れた鋼管によるシアコネクターや、鋼で包んだコンクリート部材を用いたシアコネクターが不要な接合法により、手間やコストの軽減、施工期間の短縮、容易な維持管理などを実現する新しい接合方法や構造の研究を進めています。 このほか、劣化したコンクリート構造物の安全性などの性能評価や、疲労と凍害で穴が空くことを防ぐ橋の新しい補強方法の開発など、構造物の材料に関する知識と構造に関する知識を融合した研究を進めています。 最近ではアジア・アフリカ各国の大学と共同で、LCM(注4)の国際標準の策定にも関わってきました。現在、土木構造物の建設が盛んに進んでいるアジア・アフリカ諸国の構造物の寿命予測技術と劣化対策技術を高めることで、構造物の長寿命化を実現し、資源やエネルギーの効率的な利用を促し、環境負荷を低減させることが目的の一つです。 日本は地震・豪雨が多く、山岳と海岸の多い島国であり、寒冷地もあるなど、土木構造物を劣化させる要因の多い環境にあります。そのため、構造物の維持・補修に関する知識や技術を多く蓄積してきました。世界には社会基盤施設の長寿命化を必要としている国がたくさんあります。日本発の技術や人材で国際貢献できるという点でも、維持管理工学は魅力的な分野なのです。

 新材料・新構造の開発と同時に 維持管理に関する世界基準の確立をめざす

(提供:上田教授)

卒業後の進路

概説

入試情報

維持管理工学

北海道大学

岩盤力学

山口大学

授業・ゼミ紹介

茨城大学

環境システム工学

北九州市立大学

<図表>維持管理の流れ Flow of Maintenance維持管理計画⇒診断(点検&評価&判定)⇒対策

劣化機構の推定および劣化予測

対策の要否判定

記 録

構造物群の維持管理計画

記 録記 録記 録記 録

点 検

性能の評価

構造物群

維持管理計画の見直し

Chapter 3Evaluation/Judgment

Chapter 4Intervention

Chapter 2Inspection

Assessment

構造物

構造物の維持管理計画

診 断

対 策

Chapter 1Maintenance

Plan

対策必要

対策不要

78 Kawaijuku Guideline 2013.4・5

岩盤力学

注目の学部・学科 土木・環境系

も、それらが崩れないだけの強度が要求されます。強度が不足していれば、岩盤を補強しなければなりません。岩盤力学は、強度の推定や補強方法の検討にも重要な役割を果たしており、極めて実践的な学問なのです。

 実践的な研究の例として、私の研究室で取り組んでいる GPS を使った安全監視システムを紹介します。 日本は斜面の災害が大変多い国です。自然の山や道路沿線の斜面で、雨や地震によってすべりが起こっていないか、また、起こる可能性がないか、地盤の変位を広範囲にわたり継続的に、精密に観察する必要があります。ところが、地盤の変位を測定するための従来の方法では、狭い範囲でしか測定できないこと、変位計を現場に直接見に行かなければならないことなどの制約がありました。 私たちは、GPS がまだ一般に知られていない 20 年ほど前から、GPS を使った計測システムの開発を始めました。斜面に GPS 受信機を置けば、一度に緯度、経度、高さの三次元データが得られ、その変位を見ることで斜面のすべりの危険性を予測できるのです。干渉測位と呼ばれる方法を採用し、私たちの研究によって、mm 単位の精度で斜面の変位を計測できるようになりました。これは GPS としては世界最高の精度です。さらに、機器メーカーや建設コンサルタントと共同で、自動的に変位のデータを回収してデータを解析し、結果をインターネット上で知らせてくれるシステムを開発しました。 これらの結果、非常に広い範囲にわたる地盤の詳細な

 地球の表層は硬い岩盤と土からなり、土木構造物の多くは岩盤と土に支えられて建設される。地下鉄などの地下構造物の建設をはじめ、トンネルを掘ったり、長大な橋を架けたりするときにも、安全な構造物を造るために岩盤の性質を知ることは不可欠である。それらを追究するのが岩盤力学だ。近年は、地震の影響が少ない立地環境として地下に期待が集まり、癒しやアート空間としても注目されているため、岩盤力学が応用される場面は今後もさらに広がっていくことが予想される。

山口大学大学院理工学研究科社会建設工学専攻清水 則一 教授

 岩盤とは、岩でできている地層のことをいいます。地表面は植物を除けば岩盤か、または岩が風化したり堆積した土や砂、粘土で覆われており、一般的には、両者を合わせたものを地盤といいます。土木工学では、岩の力学的な性質を研究するのが岩盤力学であり、土や砂、粘土などの力学的な性質の研究は土質力学と呼んでいます。とはいえ、トンネルなど実際の構造物を建設する際には両分野で取り組むことも多く、両分野を合わせたものを地盤工学と称する場合もあります。 土木構造物のほとんどは、硬い岩盤の上または内部に建設されるため、岩盤の力学的性質を追究する岩盤力学は極めて重要な分野です。力学的性質とは、端的にいえば、岩に力を加えたらどう変形するのかということです。岩はコンクリートや鉄鋼のように、自分で硬さや強さをコントロールすることができません。また、自然界からさまざまな作用を受けているため、硬さや強さが場所によって異なるなど不均質で、さらに、大小さまざまな割れがあるため不連続で複雑です。その力学的特性を議論するわけですから、理論だけでは限界があり、経験を駆使して取り組むことが必要です。 土木構造物を建設する際には、まず立地する場所の岩盤の変形特性や強度を考えます。ダムを建設する場合はダムの重量や水圧に耐える岩盤でなければなりませんし、橋を建設する場合は、橋脚にかかる荷重を支えることができる岩盤が必要です。トンネルや地下空間を造る場合

構造物を支える岩盤の挙動を把握し地下空間の効果的な活用も探究する

 岩盤の振る舞いを経験を生かして明らかにする

 地すべりなどの三次元的な挙動を休まず計測

(注1)スーパーカミオカンデ…東京大学宇宙線研究所によって岐阜県飛騨市神岡町(旧吉城郡)神岡鉱山の地下に建設された巨大な空間、ニュートリノと呼ばれる素粒子を検出する装置。

Kawaijuku Guideline 2013.4・5 79

変位を随時取得し、地すべりなどの危険性を予測し地盤の補強など防災に役立てることができるようになりました。現在では、全国 200 カ所以上の地すべり地、高速道路斜面、ダム、トンネル、高架橋、鉱山などで利用され、のべ数百カ所のポイントのデータを取得しています。 計測技術を用いることで、施工(建設)方法も変わってきます。例えばトンネルを掘る際に、変位を計測しながら掘り進めることで、実際の岩盤や地盤の挙動がわかり、落盤などの危険性を予測しながら工事を進めることができます。こうしたデータの解析技術を応用した新しい施工方法を「情報化施工」といい、私たちは現場で利用できる安全性評価に重点を置いて研究を進め、これまで、トンネルだけでなく、地下発電所空洞、地下石油備蓄基地などの建設で適用されました。 このほかにも、トンネルや橋などの構造物の安全点検のための新しい技術が必要とされ、非常に精度の高い変位を検出できるシステムが求められています。そこでこの要請に答えるため、人体に安全なレーザーを使った変位計測システムの開発にも取り組んでいます。

 地下空間の新しい利用方法の開発も岩盤力学の大きなテーマです。ここでいう地下とは、地表面から下に向かって掘ったものだけでなく、山の斜面を水平方向に進んで造る地下空間も含みます。人類は、有史以来、地下を住居や水路など生活に密着した空間として利用してきました。現在では、非常に大きな地下空間を造る技術が確立されており、地下の特性を生かして、さまざまな用途で利用されています。 例えば、地下空間に構造物を造れば、街や自然の景観が損なわれないという利点があります。また、地下空間に建てられた構造物は周りを岩盤に囲まれているため、地震が起きたときも地上に比べて揺れの影響を受けないことがわかっています。そのような理由から、発電所や石油・天然ガス備蓄基地も地下に建設されています。 また、都心部の地下に植物・野菜工場を作って輸送コストを下げたり、年間を通じて温度や湿度が変わらないことを生かして、排熱の多いコンピュータルームを地下に設置するといった利用も考えられています。洪水時に一時的に水を貯めておく巨大な貯水池など、防災面での

利用も進んでいます。また、スーパーカミオカンデ(注1)

や国際リニアコライダー(注2)など、地下は世界的にも最先端の科学の基礎研究の場として注目されています。 最近では、地下空間をアート空間として利用することも増えています。地下には「暗い、怖い、狭い」というマイナスイメージがある一方で、「安らか、壮大、神秘、母体回帰」などのプラスイメージもあります。そうしたプラスイメージを生かし、従来の安全性重視、機能性重視で建設された地下空間とは異なる観点からの空間デザインにも期待が集まっています。 そこで私たちは、地下空間のデザインに、人間の感性を反映させる研究を始めています。さまざまな調査を行い、人々が「快適だ」「わくわくする」など肯定的に感じる空間のデザインと、その力学的安定性の接点を探るような研究を通じて、感性と力学を融合したデザイン手法を開発していきたいと考えています<図表>。 岩盤力学が対象とする岩は自然物であり、場所によって性質が異なりますから、鉄やコンクリートなどの人工物以上に、現場の状況に応じた対処が求められます。施工技術や計測技術、情報技術などの向上によって、岩を扱う技術はかなり進歩していますが、それでも安全予測はいまだに困難であり、研究の余地はまだまだ数多く残されています。物理法則を素直に適応できないという意味では、宇宙よりもフロンティアに満ちた分野とも言えます。これこそが岩盤力学の大きな魅力であり、私たちを研究へと駆り立てる原動力になっているのです。

 さまざまな用途で利用される地下空間 感性と力学を融合したデザイン手法も研究

(注2)国際リニアコライダー…欧州、北米、アジアの共同で設計・開発が推進されている加速器のこと。30km を超えるトンネルと巨大な地下空間からなる。超高エネルギーの電子・陽電子を衝突させることで、ビッグバン直後の状況を再現し、初期宇宙の解明などが期待されている。日本も誘致を検討している。

※ 同じ広さの空間であれば、ゆがみや傾きのないもののほうが変形しにくい(こわれにくい)が、ゆがみや傾きのあるほうが、人は「わくわくする」と感じる。その両方に配慮してデザインすると、人間にとってよりいっそう魅力ある新しい地下空間を造ることができる。この例では、10°傾いた空間が最適の形となる。

0 ° 10° 20° 30° 40° 50 °

感性と力学を融合したデザイン例:

0

0.10.2

0.30.4

0.5

0.60.7

0.80.9

1

0 10 20 30 40 50

「わくわく感」があり力学的にも「安定した」地下空間の形(傾き)

◆感性の評価値: アンケートによる「わくわく感」の評価結果 (数値が高いほど「わくわく感」が大きい形)

▲感性と力学の総合評価値: この値が最も大きいと最適な形になる

■力学の評価値: コンピュータによる力学解析の結果 (数値が高いほど「変形しにくい」形)

(空間の傾き)

総合評価値が最高点の傾きは10°となる

評価値

(提供:清水教授)

卒業後の進路

概説

入試情報

維持管理工学

北海道大学

岩盤力学

山口大学

授業・ゼミ紹介

茨城大学

環境システム工学

北九州市立大学

<図表>感性と力学の融合

80 Kawaijuku Guideline 2013.4・5

下水と一緒に流すことができます。こうして処理された生ごみは下水処理場にたまり、メタンガスや生分解性プラスチック(注2)としてリサイクルすることができます。 しかし、ディスポーザーを導入すると、生ごみの行き先がごみ処理場から下水道へと大きく変化します。そうなると、流れる物質の量が増え種類も変わりますから、下水道や下水処理場の運転状況や環境に与える負荷も変化します。このような、ディスポーザーの導入が環境や社会に与える影響などをシミュレーションし評価する必要があります。それを行うのが環境システム工学なのです。 環境システム工学の研究分野には、都市のヒートアイランドなどを扱う「大気・熱環境」、河川や里山の保全をテーマとする「自然生態系」、将来の温暖化予測とその対策の在り方を研究する「地球環境・温暖化」、廃棄物処理などの物質の流れやインフラを扱う「都市基盤システム・物質循環」、環境に対する人々の意識を分析する「住民意識・環境政策」などがありますが、工学の枠にとらわれない研究も多く、近年では環境システム学と呼ぶ場合も増えています。

 具体的な研究例を紹介しましょう。私たちは最近、紙おむつの分別回収による環境への影響を分析しました。研究対象は、2011 年 10 月から全国で初めて紙おむつの

注目の学部・学科 土木・環境系

 素晴らしいリサイクル技術を開発しても、その技術を実社会で使うためには、これまでの廃棄物処理システムの中にどのように導入するのかなど、検討すべき事項は多い。また、新たな技術や仕組みが、自然環境や住民の生活環境にどのような影響を与えるかを評価し、導入に周辺住民の合意を得ることなども必要になる。このように、環境負荷を軽減させる試みの多くは、工学的な技術開発だけでなく広い視野で考える必要がある。環境システム工学は、環境と人間、環境と社会との関係を考える学問領域として、近年、特に注目を集めている。

北九州市立大学国際環境工学部環境生命工学科松本 亨 教授

 環境システム工学は、環境と社会の関係を「システム」として捉え、その関係を工学的な手法を使って分析する学問です。似た名称の分野に「環境工学」がありますが、こちらは、水を浄化する技術、ごみを無害化する技術、埋め立て地から出る有害物質を含んだ水が地下水に漏れないようにする技術など、環境への負荷を軽減するための一つひとつの技術(要素技術)を研究・開発することが中心です。環境システム工学は、そうした要素技術を社会にどのように取り入れていくか、そのためにはどんな仕組みが必要か、さらにその技術を導入することによって社会にどのような影響があるのかを、社会工学や経済学の手法も取り入れながら考察する学問です。 新しいリサイクル技術が開発されたとしても、その技術を使うためには、ごみを分別する仕組みを新たに構築しなければならないかもしれません。また、輸送コストがどれくらいかかるか、そのことで CO2 の排出がどれくらい増減するかなどを計算し、新技術導入の効果をシミュレーションする必要があります(注1)。新技術の導入に関して住民の合意を得ることも必要です。環境システム工学では、そうしたさまざまな課題を扱います。 ディスポーザーを導入する場合の研究を例に説明しましょう。ディスポーザーとは台所の排水口に取り付ける回転式のカッターのことで、生ごみを細かく切り刻んで

環境負荷を軽減させる要素技術だけでなく社会の仕組みや住民の意識も追究する

環境システム工学

 人間活動や社会経済活動を 環境への影響という視点から分析

 紙おむつリサイクルで CO2 が激減 福祉などへの副次的な効果も検証

(注1)LCA(ライフサイクルアセスメント)と呼ぶ。製品・サービスに関する資源の採取から製造、使用、廃棄、輸送など全ての段階を通して環境負荷・影響を定量的に評価する手法。

(注2)生分解性プラスチック…微生物によって分解されるプラスチック。でんぷんを原料とすることが多い。

Kawaijuku Guideline 2013.4・5 81

分別回収を開始した福岡県大木町のリサイクル事業です。従来は焼却していたところ、リサイクルするようになったことでどのくらい CO2 の排出量が変化したのかを分析したのです。紙おむつは主に高分子吸収剤とパルプでできています。このうち高分子吸収剤は燃料として再利用でき、製紙工場などで使われていた石炭の代わりとすることができます。そうすると、以前使っていた石炭の分の CO2 が削減されます。また、再生パルプを天然パルプの代わりに防火板の補強材として使うことで、天然パルプの使用を減らすことができます。さらに、リサイクルの処理過程で出る脱水汚泥は化学肥料として再利用できます。これらの効果を一つひとつ評価した結果、紙おむつを焼却する場合とリサイクルする場合では、CO2

に換算して環境負荷を3分の1にまで軽減できることが明らかになりました。  このリサイクルシステムは、環境保全に効果があるだけでなく、高齢者福祉の面でも注目を集めています。使用済み紙おむつは町内の専用回収ボックスで回収しますが、自力で持ち出せない人に対して、シルバー人材センターのスタッフが訪問して回収するという試みを行っており、高齢者の見守りサービスにつながっているからです。つまり、資源循環・リサイクルで効果を上げると同時に、福祉面での副次的な効果も期待できるのです。似たようなケースとして、林地に放置されている間伐材などを燃料チップにすることで、環境面や防災面での効果を上げるのと同時に、地域経済の活性化を狙った取り組みも知られています。 私たちは社会活動が環境に与える影響を研究するだけでなく、環境保全活動が地域活性化や福祉といった別の局面に波及していく効果についても、検証と分析を進めています。

 都市計画の一翼を担う研究も行っています。その一つに、ソーラーパネルのリサイクル拠点形成に関する研究があります。現在はそれほど廃パネルは出ていませんが、このまま普及していけば将来的に廃パネルの処理・処分が問題になります。すでにリサイクル技術や回収システムなどの研究が始まっており、私たちは、どの地域からどれだけの廃パネルが出るかを予測した上で、効率的な

回収方法などの社会システムを考案し、環境への影響をシミュレーションする研究を行っています。 ごみの発生量予測も途上国の都市政策にとっては重要です。特に経済発展の著しい国々では、人口増加に加えて、一人当たりのごみ排出量の増加、収集エリアの拡大などによって、行政が関与するごみの量が飛躍的に増加し、さらに生活水準の向上に伴いごみの内容も変わる傾向があるからです。2004 年に北京市を対象に廃棄物発生量の将来予測を行い、どんな処理・処分が必要になるかをまとめ、現地の政府や企業に報告したことがありますが、現在は天津市を対象に調査を行っています。効率的な回収法と同時に、リサイクルによってどんな効果があるかを評価するもので、環境負荷を軽減しつつ地元経済にもメリットがあるような社会システムの構築につながることを期待しています。 さらに、低炭素都市を実現するための細密空間モデルの研究にも取り組んでいます。本学のある北九州市を対象に、町丁目(注 3)単位での人口予測を行うことで交通需要を推測して、できるだけ住民が鉄道を利用するような人口配置や、工場で出る排熱を活用できるような、地区全体の土地利用などを考案しています。 このように、環境システム工学は、個別の要素技術だけでなく、物質の流れ、社会の仕組みなども理解して、大量の分析データを処理しながら社会の在り方を考えていく学問です。近年はさまざまな新興国が発展してきていることから、持続可能な都市・社会の在り方を模索する必要があります。それに加え、構造物の保守や寿命の問題がクローズアップされつつありますので、建設から廃棄までのライフサイクルを通じて環境に配慮するライフサイクルアセスメントの考え方も重視されるようになってきました。今後、環境システム工学の重要性はますます高まっていくと思われます。

(提供:松本教授)

 将来の社会の方向性を見据え 必要な政策のための準備も行う

(注3)町丁目…日本の住所体系における市町村等の下に位置する「大字」や「○丁目」などの行政区分

<図表>紙おむつのリサイクルの流れ

エネルギーの製造・薬品の製造

紙おむつ使用

再生パルプリサイクル工場

廃プラスチック

低質パルプ

脱水汚泥

処理水放流

RPF製造 RPF燃料使用

発酵肥料の製造

発酵肥料の製造

防火板製造

肥料使用

肥料使用

システム境界 輸送

卒業後の進路

概説

入試情報

維持管理工学

北海道大学

岩盤力学

山口大学

授業・ゼミ紹介

茨城大学

環境システム工学

北九州市立大学

82 Kawaijuku Guideline 2013.4・5

る環境や社会への影響を分析する方法、さらには最適な計画立案のため障害者や高齢者を含む多様な人々のニーズを把握したうえで合意形成を行う方法までも学んでいくことになる。

 茨城大学工学部都市システム工学科における土木計画に関する授業は、1年次後期に設置されている「都市・地域計画」からスタートする。この授業では、都市計画の歴史や思想などに触れると同時に、用途地域(注 1)、市街地再開発、区画整理など、実際の都市計画に関する制度や法的な枠組みについて学ぶ。2年次以降の科目につながる導入科目として位置づけられており、必修科目ではないが、例年、全員が履修する。 2年次前期には「土木計画論」と「土木計画論演習」が開講され、学生は両方の履修を求められる。 「土木計画論」は土木計画の基礎知識や計画手法を学ぶ講義科目だ。まず、土木計画を進めるにあたって社会からの要請や経済的な制約があることを学んだ上で、こうした要請や制約を、自らの課題としてどう捉えるかという目標設定・課題設定が重要であることを認識する。次に、土木計画の手順と数理計画(注2)の手法について学習するが、ここでは問題発見につながるブレーンストーミングや KJ 法などのほか、調査に必要なアンケート手法、統計的な分析の手法を習得する。さらに、土木事業が社会に与える影響を分析するための環境影響評価や費用便益分析などの方法も学ぶ。

 ここでは大学で行われている授業・ゼミの内容について紹介する。茨城大学工学部都市システム工学科では、土木計画に関連する科目を、講義と演習を組み合わせることで理論と実践の融合を図っている。特に3年次前期の「都市システム設計演習Ⅰ」では、大学の近隣都市の施設整備計画などを提案し、学生のアイディアが実際に採用されるなど、地域貢献にもつなげている。

茨城大学工学部都市システム工学科金 利昭 教授

 土木計画は、学問的には「社会基盤を対象とし、未来に対して立てられた目的を達成するために、これから行うべき行動に関し、その方法や手順について論理性や実現可能性を踏まえて戦術的に検討すること、およびその結果として得られる成案」と定義される。これを具体的にいうと「上下水道や道路、鉄道、橋、トンネル、堤防、ダム、公園、都市などを、誰が、いつ、どこに、何の目的で、どのように建設し、かつ維持・管理し、有効に活用していくかを検討し、計画すること」である。 重要なのは、土木構造物そのものだけでなく、それが建設される場所の自然との関係や、その構造物を利用する人間および社会活動との関係も考慮に入れている点だ。従来は、「鉄道工学」「港湾工学」「道路工学」など、個別の構造物に関する技術を中心に建設されてきたが、現在では、それらを建設することによる人間生活への影響や環境への配慮なども盛り込んで計画されている。 「土木計画では、道路や公園、商店街といった身近なものから、公共交通や空港・港湾、都市、国土といった大きな領域までも扱います。また、日常の生活環境に関わるものだけでなく、地球環境計画や観光レクリエーション計画なども扱います。『あれも土木がやっていたのか』と驚くほど広範囲にわたって、街づくりや国づくりの原案作成に深く関わっているのです」(金教授) そのため、土木計画を学ぶ際には、具体的な構造物の建設やシステムづくりの方法から、それを行うことによ

計画手法を学びながら具体的な事例にあたり土木計画の遂行力を身につける

授業・ゼミ紹介

(注1)用途地域…市街地の土地利用について、住居、商業、工業などの用途別に区分けするもので、現在は 12 種類に分類されている。(注2)数理計画…与えられた制約条件の下で、目的に対する最適な解を求めるための数理モデルのこと。

 身近な生活空間から国土まで 快適な環境の実現を検討する

 社会的な要請や制約を踏まえた上で 土木計画の手順と数理計画の手法を学ぶ

「土木計画論」「都市システム設計演習」を中心に

注目の学部・学科 土木・環境系

Kawaijuku Guideline 2013.4・5 83

 「土木計画論演習」は、「土木計画論」で扱った内容を実際に経験して身につけることを目的としたもので、6~7人のグループで、2つのテーマに並行して取り組む。 1つは、社会的な要請や制約の存在を実際の現場に即して考えるものである。現在は、工学部キャンパスの最寄り駅である JR 日立駅周辺の再整備計画を取り上げている。資料収集やヒアリングなどを行って、経済状況などの日本社会全体の状況、日立市が抱える問題点、日立駅周辺の住民が望んでいることなどを学生が主体的に調査する。もう1つは、「土木計画論」で学んださまざまな手法を、実際の技術として習得するものである。KJ法やブレーンストーミングなどをグループワークを通して実践し、チームとしての合意を形成する。数理計画の各種手法については、実際に手を動かして計算する。授業の最後には、この2つのテーマの総まとめとして「整備構想発表会」が設けられており、地域的な背景に基づいて計画が立てられているか、各種の手法を活用できているか、という観点で評価が行われる。 2年次後期には「交通システム」「景観工学」など、土木計画に関連する個別分野の科目が開講される。また、土木計画は住民がどんな街づくりを望むか、から始まるため、「人間の欲求とは何か」といったテーマを追究したり、良い都市の条件とは何か、というような問題を考える「社会システム分析」も用意されている。

 3年次前期には、それまでに学んだ知識や技術を総合化することを目的とする「都市システム設計演習Ⅰ」が設置されている。実際に都市計画の対象となっている地域を学生がグループ単位で調査し、独自の都市計画や整備計画を立案する演習授業である。ここ数年は「日立駅前の中心商店街の再生」をテーマにしているが、以前は

「偕楽園と千波湖(茨城県水戸市)の再整備計画」「道の駅『もてぎ』(栃木県芳賀郡茂木町)の整備計画」などを手がけてきた。 「行政の方や地域の方々には、資料収集やヒアリングなどでお世話になっているほか、中間発表で講評をいただいたり、最後の整備計画発表会などにも足を運んでもらっています。学生のアイディアを積極的に取り入れていただいており、道の駅もてぎの例で言えば、学生が作

成したデータに基づいて、ベンチやトイレなどの設置場所や、店舗計画の変更などが行われました。作業は大変ですが、自分たちの提案が実社会に反映されるので、喜びは大きいと思います。グループワークで行うため意見がぶつかることも多いのですが、意見を集約して合意形成を図ることがいかに難しいかを体験することも、この授業の狙いの一つです」(金教授) 3年次後期には、「都市システム設計演習Ⅱ」が置かれている。各自が「鋼構造物」「鉄筋コンクリート構造物」

「地盤構造物」「海岸構造物」「石油タンクの耐震設計」の5テーマから1つを選択し、演習問題に取り組みながら、工学的に安全で機能的かつ経済的な設計手法を学んでいく。その他、実験科目や専門科目を学んだ上で、4年次には卒業論文を執筆する。このように、同学科では、学士課程の4年間を通じて、土木計画の実践的な力を身につけていく。 土木計画の最大の魅力は、自分が暮らしている身近な街や商店街、公園などを「自分で変えていける」ということである。「遊ぶ場所がない」「自転車で走るところがない」など高校生が日頃感じている不満を解消することができるのも、土木計画という学問領域の特徴なのだ。こうしたことから卒業後は、大学院修了も含めて、国や自治体などの公務員、調査・計画を行うシンクタンクやコンサルタント、実際に建設・整備を行う建設会社や鉄道会社などへ就職する学生が多い。 「土木計画の目標は、人々が笑顔でいられる空間を作ることです。しかも、それは『みんなの役に立ちたい』という社会的な使命感に支えられています。そうした使命感を育てていくのも、我々の重要な役割だと考えています」(金教授)

 地域の課題を自分たちで調査し 行政や地域の人たちに提案

<図表>土木計画に関する授業科目(抜粋)

対象年次 演習科目 講義科目

1年次後期 都市・地域計画

2年次前期 土木計画論演習 土木計画論

2年次後期 社会システム分析 交通システム景観工学

3年次前期 都市システム設計演習Ⅰ 空間デザイン論

3年次後期 都市システム設計演習Ⅱ 輸送施設工学

4年次 卒業論文(茨城大学シラバスより作成)

卒業後の進路

概説

入試情報

維持管理工学

北海道大学

岩盤力学

山口大学

授業・ゼミ紹介

茨城大学

環境システム工学

北九州市立大学

84 Kawaijuku Guideline 2013.4・5

注目の学部・学科 土木・環境系

大学で学んだことを生かし建設業や公務で活躍卒業後の

進路 土木・環境系の卒業後の進路には、大きな特色がある。それは大学で学んだことを直接生かせる職業に就く割合がかなり高いことだ。土木事業は調査から施工、維持管理まで長期にわたってさまざまなプロセスと業務があり、コンサルタントやゼネコンなどが専門的な技術で貢献しているほか、行政も密接に関与している。土木・環境系の学部・学科の出身者は、技術者としてこうした土木事業の関連分野で活躍する人が多い。

 土木・環境系の学科出身者の卒業後の進路を、2012年度「ひらく 日本の大学」調査からみていく。理工系は全体的に大学院進学率が高いため、学部卒業後に就職する人の割合は、工学部全体では 50%程度だが、土木・環境系では 60%と高い<図表1>。 職業別就職者の割合をみると、土木・環境系出身の就職者のうち 77%が「専門的・技術的職業従事者」として就職している。これは工学部全体の 75%とほぼ同水準だが、内訳が大きく異なる。工学部全体では「専門的・技術的職業従事者」の約半数が製造技術者で、建築・土木・測量技術者と情報処理・通信技術者がそれぞれ2割程度である。これに対して土木・環境系の場合は、建築・土木・測量技術者が 87%を占める<図表2>。 産業別就職者の割合では、土木・環境系出身者で最も多いのが建設業の 43%で、次が公務の 21%である<図

表3>。隣接分野である建築系では、建設業の割合は60%と高いものの、公務員の割合は低い。土木・環境系の卒業後の進路は建築系と似ているが、この点で大きく異なる。

 具体的な就職先はどうなっているのだろうか。概説で紹介した「技術者教育に関する分野別の到達目標の設定に関する調査研究」によれば、土木・環境分野で育成する技術者の活躍する分野として、「建設業」「メーカー」

「コンサルタント」「公益企業」「公務員」「研究開発」などが挙げられている(71 ページ参照)。 このうち建設業は、実際に構造物の施工や維持管理などの具体的な実務を行う業態で、ゼネコン(総合建設業)

 就職者のうち 20%以上が公務に就く <図表1>土木・環境系学科卒業後の進路

 主要就職先はゼネコン・コンサル・公務員

などが代表だ。メーカーは、土木設備や土木機器などを製造する企業である。公益企業は、電力、ガス、道路、鉄道など公共性の高い業務を行う企業である。これらの業種は巨大な土木施設を構築する必要があることから、土木・環境系の主要な就職先になっている。コンサルタントについては 73 ページを参照いただきたい。 公務員が多いのは、土木事業の性質によるところが大きい。まず、基本的な計画を立てるのは行政であり、それに伴う調査、設計、施工を発注するのも行政、さらには維持管理を行い、具体的な点検・補修作業などを発注するのも行政だからだ。そのため、国家公務員一般職に

40% 49% 10%

26% 11%62%

33% 7%60%

0% 20% 40% 60% 80% 100%

建築系

土木・環境系

工学系

■進学者■就職者■その他

(朝日新聞 × 河合塾「ひらく 日本の大学」2012 年度調査より)

区分 工学全体 建築系 土木・環境系専門的・技術的職業従事者 75% 76% 77%

内訳

製造技術者 49% 4% 7%建築・土木・測量技術者 23% 91% 87%情報処理・通信技術者 21% 1% 3%その他の技術者 6% 4% 4%

<図表2>職業別就職者の割合

(朝日新聞 × 河合塾「ひらく 日本の大学」2012 年度調査より)

区分 工学系 建築系 土木・環境系建設業 19% 60% 43%製造業 36% 5% 7%公務 6% 5% 21%その他 39% 30% 29%

(朝日新聞 × 河合塾「ひらく 日本の大学」2012 年度調査より)

<図表3>産業別就職者の割合

Kawaijuku Guideline 2013.4・5 85

中学校教諭 1種免許状 高等学校教諭 1種免許状数学 理科 技術 数学 理科 工業 情報

○ ○ ○ ○ ○ ○ △

卒業後の進路

概説

入試情報

維持管理工学

北海道大学

岩盤力学

山口大学

授業・ゼミ紹介

茨城大学

環境システム工学

北九州市立大学

は「土木」の採用枠があり、地方公務員にも同様の技術職としての採用枠が設けられている。

 土木構造物には、何よりも安全性が求められる。そのため、土木事業のあらゆるプロセスにおいて、それぞれの業務を遂行するのに十分な知識と技術が要求され、多様な資格が設けられている。大学で学ぶことで取得しやすくなる資格もあるが、ほとんどは実務経験を経て取得できる資格である<図表4>。つまり、土木・環境系の資格の多くは、実際に仕事をしながら取得していくものである。 中でも重要な資格なのが技術士だ。建設業法では、企業が公共工事の入札に参加する際に、スタッフに一定の人数以上の技術士がいることが評価される。また、国土交通省に建設コンサルタントとして登録するためには、技術管理者として技術士を設置する必要がある。それら

のことから、建設業では技術士資格を持った人へのニーズが高いのである。 技術士へのハードルは高く、一般的には第一次試験に合格し、修習技術者として実務経験を経て第二次試験に合格しなければならない。ただし、JABEE(日本技術者教育認定機構)に認定されたプログラムを修了した学生は第一次試験を免除される<図表5>。さらに、大学院を修了した場合、内容に応じて実務経験に算入することもできる。 土木・環境系には JABEE 認定を受けている大学も多い。ただし、学科全体で認定を受けている大学もあれば、一部のプログラムのみの場合もある。また、JABEE 認定を受けている大学は体系的なカリキュラムの下で熱心に教育を行っていることが多い。学部・学科選びの際には、JABEE 認定を受けているかどうかを、大学のホームページや JABEE のホームページ等で確認するとよいだろう。

 就職後に必要な多様な資格

<図表4>日本大学工学部土木工学科で取得可能な資格の例

(日本大学工学部土木工学科ホームページより)

<図表5>技術士資格取得までの仕組み

技術士補修

 習

 技

 術

 者

第一次試験

指定された教育課程

指導技術士の下での実務経験(4年間)

優れた指導者の監督の下での実務経験(4年間)

実務経験(7年間)

注)修士課程年数等については、内容等に応じて、実務経験年数として算入できる  実務経験年数は総合技術管理以外の部門のもの

 二

 次

 試

 験

 術

 士

継続研鑽

国際的な技術者資格

条件 資格名卒業により取得できる 測量士補

卒業後の実務を経て取得できる ダム水路主任技術者 (1・2種 )、ダム管理主任技術者、水道布設工事監督者、測量士、発破技士

卒業後受験資格が得られる 消防設備士 ( 甲種 )、衛生工学衛生管理者

卒業後の実務を経て受験資格が得られる

技術士、一級・二級土木施工管理技士、一級・二級建設機械施工技士、管工事施工管理技士、労働安全コンサルタント、造園施工管理技士、コンクリート技士・主任技士、土地区画整理士、水道技術管理者、作業環境測定士、廃棄物処理施設技術管理者、建築施工管理技士、建築積算資格者、労働衛生コンサルタント、RCCM、地質調査技士

卒業により一部試験の免除がある 不動産鑑定士、技術士補

卒業前(4年次生以上)から受験できる FE(Fundamentals of Engineering)※ 米国の「PE」プロフェッショナル・エンジニア資格の1次試験

卒業前から受験できる 火薬類取扱保安責任者 ( 火薬学を修得すれば、一部試験が免除される)

これ以外の注目すべき資格 危険物取扱者 ( 甲・乙・丙種 )、土地家屋調査士、宅地建物取引主任者、下水道技術検定、公害防止管理者、情報処理技術者

教職課程の所定の単位修得により取得できる

(公益社団法人日本技術士会の web サイトを参考に作成)