東北地方における山がけ崩れ害の統計分析*1987年11月 53 710...

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403(山がけ崩れ害) 東北地方における山がけ崩れ害の統計分析* 量紳 気象庁で行っている異常気象報告業務の資料(1971~1984年)を用いて,東北地方における山がけ崩れ害 を統計的に分析した.その結果は,次のとおりである. ①東北地方における山がけ崩れ害は,地域的には福島県,宮城県で被害が多く,月別には7~9月に最も 多くなる.また,山がけ崩れ害をもたらす総観気象的状況(低気圧,前線,台風その他)が同じであっても, 県によってその頻度が異なる. ②東北各県の山がけ廓れ箇所数嬬24時間降水量・1時間降水量の最大がそれぞれある臨界値を越えると 発生・急増する傾向があり.,.これを定式化した.各県の山がけ崩れ箇所数推定式の適中率は約60~80%であ る. 1・緒言 近年の風水害の特徴は,防災白書(昭和61年版)によ ると次の2点である(国土庁編,1986). (1)治山治水事業の進展に伴い大河川の氾濫は少なく なったものの,氾濫域の都市化により被害対象が増加し たことジ河川流域内の開発の進展により流域の保水・遊 水機能が低下し,・洪水や土砂の流出が増大したこと等に 伴い,都市化の著しい河川において水害が頻発している こと. (2)山崩れ,がけ崩れ,土石流等による土砂災害によ る死者・行方不明者の割合が極めて多くなってぎている こと. このような状況に対して,次のような対策が進められ ている. ①気象観測の充実と予・.警報の発表, ②治水施設の計画的整備と総合的な治水対策の推進, ③土砂災害の防止 以上のうち②と③については,各種の事業が推進され つつあるが,例えば急傾斜地崩壊危険箇所の整備は昭和 59年度末で約15%という整備水準に止まっている.ま *Characteristics・fLandslide恥m亀geln庫e』 Tohoku District **Hakarh Mi加no,気象班究所. 一1987年6月17日受領一 一1987年8月11日受理一 た,その進ちょく率は危険箇所が非常に多いこともあっ て毎年1~2%である.参考までに東北6県における市 町村別の急傾斜地崩壊危険箇所数分布を第1図に示す. 各市町村で相当数の危険箇所が存在し,今後とも各種事 業を積極的に推進し治水施設の整備や土砂災害の防止に 努める必要がある. このような努力と並行して,降水に関する気象観測の 充実や予・警報の適確な発表のための予報技術の向上を 図ることも重要となっている. 本稿では,東北地方における山がけ崩れ害の統計的な 特徴を明らかにした.また,防災情報の中に具体的な山 がけ崩れ箇所数の予想を盛り込むべく,山がけ崩れ箇所 数推定式を提案した.これらの結果は,山がけ崩れ害に 対する防災意識の高揚および今後の防災対策に役立っ. 1987年11月 γ・ 1 2.災害関連調査の意義 気象業務の重要な目的の一つは,災害の予防すなわち 防災にある(気象業務法第一条). この目的を達するためにさまざまな法規,組織,体制 があるが,最も身近なものの一つは,注意報・警報の発 表である.気象庁の行う注意報・警報は単なる気象現象 の予報ではなく,災害との関連を考えた気象現象の予報 である(気象庁予報部,1962).したがって,気象現象 の予測精度の向上と同時に気象災害との関連を調べてお くことが,的確な注意報・警報の発表にとって重要であ 47

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Page 1: 東北地方における山がけ崩れ害の統計分析*1987年11月 53 710 東北地方における山がけ崩れ害の統計分析 ・Rlo;1時間降水量の山がけ崩れ害無効降水量(第8

403(山がけ崩れ害)

東北地方における山がけ崩れ害の統計分析*

水 野 量紳

要 旨

 気象庁で行っている異常気象報告業務の資料(1971~1984年)を用いて,東北地方における山がけ崩れ害

を統計的に分析した.その結果は,次のとおりである.

 ①東北地方における山がけ崩れ害は,地域的には福島県,宮城県で被害が多く,月別には7~9月に最も

多くなる.また,山がけ崩れ害をもたらす総観気象的状況(低気圧,前線,台風その他)が同じであっても,

県によってその頻度が異なる.

 ②東北各県の山がけ廓れ箇所数嬬24時間降水量・1時間降水量の最大がそれぞれある臨界値を越えると

発生・急増する傾向があり.,.これを定式化した.各県の山がけ崩れ箇所数推定式の適中率は約60~80%であ

る.

 1・緒言

 近年の風水害の特徴は,防災白書(昭和61年版)によ

ると次の2点である(国土庁編,1986).

 (1)治山治水事業の進展に伴い大河川の氾濫は少なく

なったものの,氾濫域の都市化により被害対象が増加し

たことジ河川流域内の開発の進展により流域の保水・遊

水機能が低下し,・洪水や土砂の流出が増大したこと等に

伴い,都市化の著しい河川において水害が頻発している

こと.

 (2)山崩れ,がけ崩れ,土石流等による土砂災害によ

る死者・行方不明者の割合が極めて多くなってぎている

こと.

 このような状況に対して,次のような対策が進められ

ている.

 ①気象観測の充実と予・.警報の発表,

 ②治水施設の計画的整備と総合的な治水対策の推進,

 ③土砂災害の防止

 以上のうち②と③については,各種の事業が推進され

つつあるが,例えば急傾斜地崩壊危険箇所の整備は昭和

59年度末で約15%という整備水準に止まっている.ま

*Characteristics・fLandslide恥m亀geln庫e』 Tohoku District**Hakarh Mi加no,気象班究所.

          一1987年6月17日受領一          一1987年8月11日受理一

た,その進ちょく率は危険箇所が非常に多いこともあっ

て毎年1~2%である.参考までに東北6県における市

町村別の急傾斜地崩壊危険箇所数分布を第1図に示す.

各市町村で相当数の危険箇所が存在し,今後とも各種事

業を積極的に推進し治水施設の整備や土砂災害の防止に

努める必要がある.

 このような努力と並行して,降水に関する気象観測の

充実や予・警報の適確な発表のための予報技術の向上を

図ることも重要となっている.

 本稿では,東北地方における山がけ崩れ害の統計的な

特徴を明らかにした.また,防災情報の中に具体的な山

がけ崩れ箇所数の予想を盛り込むべく,山がけ崩れ箇所

数推定式を提案した.これらの結果は,山がけ崩れ害に

対する防災意識の高揚および今後の防災対策に役立っ.

1987年11月 γ・

                    1 2.災害関連調査の意義

 気象業務の重要な目的の一つは,災害の予防すなわち

防災にある(気象業務法第一条).

 この目的を達するためにさまざまな法規,組織,体制

があるが,最も身近なものの一つは,注意報・警報の発

表である.気象庁の行う注意報・警報は単なる気象現象

の予報ではなく,災害との関連を考えた気象現象の予報

である(気象庁予報部,1962).したがって,気象現象

の予測精度の向上と同時に気象災害との関連を調べてお

くことが,的確な注意報・警報の発表にとって重要であ

47

Page 2: 東北地方における山がけ崩れ害の統計分析*1987年11月 53 710 東北地方における山がけ崩れ害の統計分析 ・Rlo;1時間降水量の山がけ崩れ害無効降水量(第8

704 東北地方における山がけ崩れ害の統計分析

9釜♂ 気象現象の予測        .、亭㌻

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      4慧。

第1図 市町村別急傾斜地崩壊危険箇所数分布.

『資料;青森県地域防災計画資料編(1984),秋田

県地域防災計画資料編(1984),岩手県地域防災

計画資料編(1984),宮城県地域防災計画資料編

(1984),山形県地域防災計画(1977),福島県地

域防災計画(1984).

る(第2図).

 気象現象の予測は,レーダー,アメダス,気象衛星等

の気象観測網の整備と数値予報の著しい進歩によって.

的確になってきている.

 一方,気象現象と気象災害との関係は,1)注意報・

警報基準の見直し作業,2)注意、報る警報の地域別発表,

3)大きな災害時に作成される災害時自然現象報告書等

の中で調査されてきている.

第2図 注意報・警報発表の流れと災害の予防.

 しかしながら,気象現象と災害との関係は,自然環境

や社会環境の変化によって変わってくるため,本稿のよ

うな統計的研究に加えて理論的・解析的研究によって調

査する必要がある.

 5.資料

 気象庁では.r各官署がそれぞれの立場において異常

気象と気象災害の状況を把握し,防災や産業・学術研究

等に気象業務の成果を役立てること」を目的として,異

常気象報告業務を行っている.

 調査に用いた資料は,この異常気象報告業務の資料お

よびその統計資料である次のものである.

 (1)気象庁観測技術資料第50号r気象災害の統計

(1971~1984〉」,気象庁(1986)

 (2)仙台管区異常気象報告第41号~第84号,仙台管区

気象台(1971~1984)

 (3)異常気象報告年別ファイル(1971~1984),気象

庁観測部管理課統計室

 (4)東北地方の短時間強雨の研究,仙台管区気象台

(1986〉

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Page 3: 東北地方における山がけ崩れ害の統計分析*1987年11月 53 710 東北地方における山がけ崩れ害の統計分析 ・Rlo;1時間降水量の山がけ崩れ害無効降水量(第8

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東1杷地方における’山がけ崩れll害の統計分析

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  JFMAMJJASOND            JFMA JJASOND       (e)  一.,  ,、 罫,、,   (f)       第3図 東北各県における月別気象災害回数とその構成比率上段;月別気象災讐團数(個々の気象災害名についての合計),下段;構成比率(月別気象災害回数に対する個々の気象災害回数,%),資料;気象庁観測技術資料第50号「気象災害の統計(1971-1984)」,気象庁‘(1986).

(a)青森県 (b)秋田県 (む)’岩手県 (d)宮城県 (e)山形県 (f)福島県

1987年11月.

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Page 4: 東北地方における山がけ崩れ害の統計分析*1987年11月 53 710 東北地方における山がけ崩れ害の統計分析 ・Rlo;1時間降水量の山がけ崩れ害無効降水量(第8

706 東北地方における山がけ崩れ害の統計分析

 牛山がけ崩れ害の気象災害全体における重要性

 第3図は,東北各県における月別気象災害回数とその

構成比率を調べたものである.なお,第3図に示した気

象災害というのは,第1表に示した個々の気象災害名の

区分(総称)名である.

 第3図より,東北6県とも山がけ崩れ害を含む雨害が

気象災害全体の中で最も大きな比率を占め約50%,7~

9月には約70%にも達することが分かる.このような雨

害の中でも山がけ崩れ害は,浸水害と並んで最も多く,

気象災害全体に対する比率で10~20%を占めている.ま

た,春~秋の暖候期以外に冬期にも現れており,重要で

ある.

 なお,異常気象報告業務で用いられている山がけ崩れ

害とは,山崩れ害とがけ崩れ害を指しそれぞれ次のよう

に定義されている(気象庁,1974).

 山崩れ害;ここでいう山崩れとは,大雨又は融雪が原

因となって山地の斜面の岩石や土じょうの一部が突発的

に崩れ落ちる現象を指し,それによって起こる災害を山

崩れ害と呼ぶ.

 がけ崩れ害;ここでがけ崩れとは,斜面の崩落現象の

うち,崩落する物質の全部又は大部分が人工のたい積物

であるか,あるいは人工の切り取りの場所の崩壊を言

う.近年ひん発する宅地造成斜面の崩壊はその典型的な

例である.

』第1表 気…象災寮で覧.

区分

 5。山がけ崩れ害の県別・月別・総観気象的状況別分

  布の特徴

 5.1.県別分布

 第4図は,東北6県の山がけ崩れ箇所数(1971~1984)

を正方形の面積に比例させて表現したものである.

 福島県,宮城県で最も多く600~750箇所程度,次いで

山形県,秋田県,岩手県,青森県となっている.

 5.2.月別分布

 第5図は,東北6県の山がけ崩れ箇所数(1971~1984)

の月別分布を示している.東北地方全体では山がけ崩れ

箇所数は,暖候期に多く7~9月に最も多くなる.各県

の月別分布を見ると山がけ崩れ箇所数は,日本海側の秋

田県・山形県では7~8月に最も多く,太平洋側の宮城

県・福島県では9月に特に多くなっている.これは,一

度に多数の山がけ崩れ箇所数をもたらした事例が日本海

側では7~8月に太平洋側では9月に発生したことによ

る.

気温異常害

1気象災害名

強  風  害

塩  風  害

乾  風  害

た つ 巻 害

そ  の  他

洪  水  害

浸  水  害

た ん 水 害

山がけ崩れ害土 石 流 害

地すべり害強 『雨  害・

長  雨  害

干     害

そ  り  他

積  雪  害

雪  圧  害

雪  崩  害

着  雪  害

そ  の  他

凍  結  害

凍  上  害

植物凍結害冷     害

暖  冬  害

酷  暑  害

そ  の  他

区分

湿度・

日照異常害

大気現象異常害

その他

気象災害名

異常乾燥害そ  の  他

落  雷  害

ひょう(あられ)害

凍  霜  害

陸上視程不良害

大気汚染害そ  の  他

沿岸波浪害海上波浪害浸水害(海水)

塩  水  害

海  氷  害

船体着氷害海上視程不良害

赤  潮  害

水温異常害副 振 動 害

山 岳 遭 難

以上どれにも該当せず

50

気象庁(1974):異常気象

報告業務・気象災害調査

指針による.

 5.3.総観気象的状況別分布

 第6図は,山がけ崩れ害をもたらした総観気象的状況

の回数を調ぺたものである.

 山がけ崩れ害をもたらした総観気象的状況を大別する

と,①低気圧,②前線,③台風その他である.

 しかし,県別に見るとその影響の度合が異なってい

る.すなわち,第7図に示されるように総観気象的状況

が同じ場合であっても,県によって山がけ崩れ害の頻度

に違いが見られる.

 主な総観気象的状況について,整理して次に示す.

 日本海低気圧;福島県を除く東北各県で山がけ崩れ害

回数が多い.

。南岸低気圧・ニッ玉低気圧;東北地方太平洋側の福島

、天気”34.11』

Page 5: 東北地方における山がけ崩れ害の統計分析*1987年11月 53 710 東北地方における山がけ崩れ害の統計分析 ・Rlo;1時間降水量の山がけ崩れ害無効降水量(第8

東北地方における山がけ崩れ害の統計分析 707

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第4図 東北6県の山がけ崩れ箇所数.・

山がけ崩れ箇所数;1971~1984年の山がけ

崩れ箇所数の合計,資料;第3図に同じ.

・宮城・岩手県で山がけ崩れ害の回数が多い.

 停滞前線・前線帯;東北各県とも山がけ崩れ害の回数

が多い.

 台風;東北各県とも山がけ崩れ害の回数が少なからず

あり,特に太平洋側の福島・宮城・岩手県で回数が多

い.

 雷雨;青森県を除く東北各県で山がけ崩れ害回数があ

り,特に福島・山形県で回数が多い.

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FMAMJJASOND第5図 山がけ崩れ箇所数の月別分布(1971~1984).

東北地方全体(下段)の山がけ崩れ箇所数;東北6

県の合計,資料;第3図に同じ.

 6.降水量と山がけ崩れ箇所数との関係

 第8図は,東北各県1975~1984年の山がけ崩れ箇所数

を1時間降水量(R1)一24時間降水量(・R24)の平面上で

見たものである.なおここでR1とR24の値は,東北

各県の異常気象報告におけるr異常気象値」欄の値を用

いており,それぞれ山がけ崩れ害をもたらした気象現象

をよく表現する期間と地域についての最大値が選ばれて

いると見倣している,また,.R24について24時間降水量

の最大(期間・地域についての) のデータが得られない

場合には,日降水量,総降水量の最大の順で代用した.、

1987年11月

 なお,山がけ崩れ箇所数は県全体での数であって,必

ずしもR1,R24が観測された地域における数ではない,

しかしながら,水野(1985),仙台管区気象台予報課

(1978)などによると,山がけ崩れの発生は降水量の増

加とともに急増する傾向があることから,山がけ崩れ箇

所数の大部分は1~1,R24が観測された地域周辺で発生

していると考えられる.

 第8図より各県と一もR1,・R24がそれぞれある降水量

を越えると山がけ崩れが発生しており,降水量が多いほ

ど山がけ崩れ箇所数が多く.なる傾向がある.また,破線

51

Page 6: 東北地方における山がけ崩れ害の統計分析*1987年11月 53 710 東北地方における山がけ崩れ害の統計分析 ・Rlo;1時間降水量の山がけ崩れ害無効降水量(第8

708 東北地方に’おける山がけ崩れ警の統計分析

LANDSLlDε 1}ISASTεR…(雪g7璽一1984)20 A(糊1

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風雨移移   流流

 第6図 総観気謙的状況別出がけ崩れ害回数     (1971~1984)、

東北地方全体(下段)の総観気象一的状況別山がけ崩

れ害回数;東北6県の合計,資料;異常気象報告年.別フアイル(卑♀71~1984).

で示した大雨注意報基準,大雨警報基準とはよく対応し

ている.すなわち,注意報基準前後の降水量から山がけ

崩れが発生しており,警報基準前後の降水量から多数の

山がけ崩れ箇所数のものが発生している.

 ここで,’第8図に見られる降水量と山がけ崩れ箇所数

との関係から引き出せる情報を考える.従来,犬雨によ

◎て災害が起こるおそれがある場合にその旨を注意して

行う大雨注意報のための基準設定や,伺様に重大な災害

が起こるおそれがある場合にその旨を警告して行う大雨

警報の基準設定に,第8図の関係が用いられてきた.つ

まり,第8図から大雨注意報基準と大雨警報基準という

二つ・の情報を引き出している’.,

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第7図 総観気象的状況による各県山がけ崩れ   智國数分布(197ひ一1984).

    資料;第6図に同じ.

 しかしながら,第8図紀含まれる情報はもっと多く,

次のように」~1,職から山がけ崩れ箇所数L(R1,.R24

で特徴づけられる降雨によって県全体で発生する山がけ

周れ箇所数)’を推定する計算式を作成することができ

る.すなわち,R1,’丑24がそれぞれのある臨界値(それ

ぞれ.R10,R240とする)を越えると山がけ崩れが発生

し,丑1,R24がそれぞれさらに大きくなると1山がけ崩れ

箇所数が急増すると、いう第8図に見られる性質を次式の

ように表現する.

  L=a(R24-R24。)b』(R1・一璃も〉b2    (1)

 ここで,

 ∠;R24,R1で特徴づけられる降雨によって県全体で

発生する山がけ崩れ箇所数,

』転124時間降水量の最大(期間・地域についての),

(血m),

 塒;1時間降水量の最大(期間・地域についての),

(㎜),

 R240;一24時間降水量の山ガけ崩れ害無効降永量て第8

図のR24の最小値一¢(自然対数の底)),(mm),

、天気夢34.11.

Page 7: 東北地方における山がけ崩れ害の統計分析*1987年11月 53 710 東北地方における山がけ崩れ害の統計分析 ・Rlo;1時間降水量の山がけ崩れ害無効降水量(第8

東北地方における山がけ崩れ害の統計分析 709

mmRl

10

50

10

5

AOMORl1975-1984

◎ 1-4

0 5-19020-7◎“ 0 ◎

O     一一一’一一一一一「・

080-   Qρ       。∂ 1          ・鶏一噛一「一一「⊇』1。

        P   1        ,P O           i        l   l        I A l W        i           {

㎜Rl

10

50

1

5

AK鳳A1975-1984

           o           o O“一哨二』一7「竃

一一『一一一一一「   k>

      。1q・・.・        !  o強        1  .l        I  I一一       d   レ        l A l W        I  l           置

(a)10 50 100R24mm(b)ヨo 50 100 R24㎜

㎜RllQO

lWA↑E1975一濯984

                050 ~

’㎜rτ豆コ㎏’

 一一一一一一一一一一一「    1

1

5

 哨     o l       o     l     lo  1  」o  l   l  I  l    A   W  I   口   I   1

100

㎜噌

R2100

MIYAGl1975_1984

50          0’=二 二識2

         聰。℃

10      0  1 1         .l l          I A l  W          l藍 1

(c)10 5Q 馳4㎜(d)10 50 10G・R24 ㎜

mm.

R1L

100

50

10

5

YAMAGATA暑975-1984

、一一一一一_一一』己_鮎

       〇一一輔一’一「一丁一’一一”「  O

        l        l        l O        lo        ll,        1        」        1 A        l.

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10(≦)。o

。1。 §

 l

l w j

50

㎜。

Rl、

10d

50

10

5

FUKUSHlMA1975_1984

         o              O

       斜 ωi

        lo,o  I       o l   l-        I   I       ・l A  l W        I   I

(e)10 100R24mm(f)10 50 100R24 mm

   第8図 東北各県における降水量と山がけ崩れ箇所数との関係(1975~1984).

.R24;24時間降水量の最大,.R1;1時間降水量の最大,A;大雨注意報領域,’W;大雨警報領域,

由がけ崩れ箇所数;響森県の図中の円の説明を参照,資料;1975へ4984年,r束北地方の短時闘強雨の研究」(仙台管区気象台,1986).なお,24時…闘降水量の最大㊧データが得ら、れないとき紅は,日降水量,’総降水量の最大の順で代用した.

(a)青森県 (b)秋田県 (c)岩手県 (d)宮城県 (e)山形県 (f)福島県

1987年11月 53

Page 8: 東北地方における山がけ崩れ害の統計分析*1987年11月 53 710 東北地方における山がけ崩れ害の統計分析 ・Rlo;1時間降水量の山がけ崩れ害無効降水量(第8

710 東北地方における山がけ崩れ害の統計分析

 ・Rlo;1時間降水量の山がけ崩れ害無効降水量(第8

図のR1の最小値一8(自然対数の底)),(㎜),

 α,ゐ1,62;定数,

ただし,R24≧R240,R1≧R10である.

 なお,(1)式の関係を県単位で考えているため,:R240,

RIoにはそれぞれ県全体の最小値が選ばれている.した

がって,県内の地域によってはR240,R10を越える降水

があっても山がけ崩れ害が発生しないこともあり得る.

また,同程度の降水があっても,地形・地質条件によっ

て.R24。,.R1。が異なるため山がけ崩れ箇所数は違ってく

る.

 以上のように山がけ崩れ箇所数L,24時間降水量の最

大R24,1時間降水量の最大R、の間に(1)式の関係が

成り立つことを仮定して,東北各県について(1)式の

定数R240,R1。,α,ゐ1,ゐ2を計算した.計算に用いた

データは,第8図と同じである.R24。,.R1。については

第8図におけるR24,R1それぞれの最小値から8(自

然対数の底)㎜減じた値とし,α,ゐ、,δ2については

最小自乗法によって求めた.(1)式の東北各県における

定数を第2表に示し,山がけ崩れ箇所数の推定値Loと

観測値Loとの関係を第9図に示す.ここで,観測値Lo

が乱/3~3L‘にあれば適中とすると,各県の適中率は

約60~80%となる.適中域を.L6/3~3L‘とした理由は,

山がけ崩れ箇所数が.R24,R1以外の変数(例えば地形

・地質的要因)によっても変動するためである.

 第2表で県によって定数α,ゐ1,62および適中率が異

なっている.これは,県によって山がけ崩れとなる急傾

斜地危険箇所の分布密度が違うこと,降水を特徴づける

R24,R1の相互に相関関係があるためデータによって回

帰係数α,61,62が変動するという統計計算上の理由が

あげられる.しかしながら,R1。,R240の値については,

降水量観測の空間代表性(約17㎞平方に1地点の観

測密度)を考えると各県ほぼ同程度であり,(1)式の妥

当性を示すものと言える.

 なお,Lo/3~3L‘での適中率が約60~80%で有用か

否かについては,次節で議論する.

第2表 山がけ崩れ箇所数推定式の定数と的中率

県 名

青森県

秋田県

岩手県

宮城県

山形県

福島県

4

0.83

0.84

0.34

0.49

0.35

0.64

乃1

 0.48

 0.67

 0.43

-0.03

 0.40

 0.75

み2

一〇.09

-0.31

 0.36

 0.86

 0.16

-0.22

R240

㎜5943

39

34

23

49

.Rlo

mm869587

適中率

83

74

79

62

57

71

 7.討論

 ここでは,気象庁が発表する注意報・警報等の防災情

報に,本稿で提案した山がけ崩れ箇所数推定式から得ら

れる情報を盛り込むことの妥当性を検討する.

 第2図に示したように気象庁が発表する注意報・警報

は,防災機関・一般住民等にr普通と違う気象状態であ

54

*山がけ崩れ箇所数推定式・適中率は本文参照,資料

 は「東北地方の短時間強雨の研究」(仙台管区気象

 台,1986)による.

ること」に注意を向けてもらい,それぞれに防災活動を

起してもらうことを通じて災害の軽減を図っている.す

なわち,注意報・警報等の防災情報は防災活動をスター

トさせる重要なものである.このためには防災情報は,

①具体的で,かつ②正確であることが要望される.

 ①の具体性については,山がけ崩れ箇所数推定式は従

来定性的であった山がけ崩れ害を定量的に表現するもの

であり,防災上有効な情報を提供する.さらに山がけ崩

れ害についての防災情報として量的予想¢)ほかに,時間

的予想,地域的予想が必要である.これらについては,

短時間強雨域で短時間強雨のピーク時から数時間内に大

部分のがけ崩れが発生することが報告されている(水

野,1985;青木,1978ほか).したがって,近い将来降水

短時間予報が実用化されれば,もっと具体性のある山が

け崩れについての防災情報を提供することができる.

 ②の正確性については,適中率約60~80%では不備と

されるかもしれない.しかしながら,この適中率は次の

方法によって向上する見通しがある.すなわち,この適

中率の限界は,山がけ崩れ箇所数が(1)式のようにR24

と.R1によって説明できるとし,その他の要因による変

動はL6/3~3乱の範囲内に収まるとしたことによる.

したがって,県内の地形的条件・地質的条件の地域によ

る差が大きな所では,変動の幅(1/3~3倍)を大きく

したり推定式を地域ごとに作成することによって,適中

率を向上させることができる.例えば,水野(1987)に

よる浸水家屋数推定式では1/5~5倍という適中域がと

られている.

 以上のような適中率向上の方法があり,必要に応じて

適中域,適中率を設定できる.

 なお,降水量,山がけ崩れ箇所数ともにr異常気象報

、天気”34.11.

Page 9: 東北地方における山がけ崩れ害の統計分析*1987年11月 53 710 東北地方における山がけ崩れ害の統計分析 ・Rlo;1時間降水量の山がけ崩れ害無効降水量(第8

東北地方における山がけ崩れ害の統計分析 711

(a)

LO100

50

2

10

5

2

AOMORl

o

構iiiii鐵

2 5  10 20LC (b)

LO100

50

2

10

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2

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 o

  o……………嚢…麟…

蓑灘iii・

i萎蓼…:3

0

…………麟

1  2 5・1020LC

LO100

50

20

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5

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(c)1……12

O

iiiii難iiii

iiiii嚢………i…

5 10 20LC (d)

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10

5

2

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O

O

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ii鑛i嚢……………

’o

5 10 20LC

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50

2

10

5

2

YAMAGATA。o

oo

鑛iil灘……萎

(e)1:…12 110  20LC

LO100

50

2

10

5

2

   1(f)

FUKUSHIMA

O

o

o

O

0

  ……萎灘……………謹欝.

…iiii鑛

1  2 5  0 20LC

      第9図 山がけ崩れ箇所数の推定値L6と観測値Loとの関係.

図中の2本の直線(Lo=Lo/3,Lo=・3Lo)の間の領域はL‘の的中域であり,数値(%)

は,的中率である.資料;第8図に同じ.

(a)青森県 (b)秋田県 (c)岩手県 (d)宮城県 (e)山形県 (f)福島県

1987年11月 55

Page 10: 東北地方における山がけ崩れ害の統計分析*1987年11月 53 710 東北地方における山がけ崩れ害の統計分析 ・Rlo;1時間降水量の山がけ崩れ害無効降水量(第8

712 東北地方における山がけ崩れ害の統計分析

告」の資料を用いているため,山がけ崩れと降水量との

空間的対応,時間的対応は明確ではない.しかしなが

ら,山がけ崩れと降水量との対応性についての事例解析

的研究(例えぱll水野,1985)では,山がけ崩れの発生は

降水量の増繍≧と郵に急増する傾向があり,山がけ崩れ

箇所数の大部分は』R1,1輸の最大地域の周辺で発生し

ていると考えられる、すなわち,山がけ崩れと降水量と

の量的な対応性が明らかであれば,空間的にも時間的に

も山がけ崩れは降水量と対応して発生する.例えば,

R・≧30mmで山がけ崩れ箇所数が急増するという量的

対応性があれば,空間的にはR1≧30mmの地域で,時

間的にはR1≧30mmの時刻付近で山がけ崩れが発生す

ると言える.もっと詳しい時間・空間的対応性が防災上

必要とされるかもしれないが,これらを明らかにする資

料は一部を除いてほとんど入手困難である.以上のこと

から,現時点で利用可能なデータから有効な情報を引き

出すことができれば,これを用いるべきであると考え

る.

 したがって,山がけ崩れ箇所数推定式のもつ具体的な

情報提供に役立つという側面を重視して,防災情報にこ

れを盛り込むことは社会的に有用であると考えられる.

 8.まとめ

 これまで国,各都道府県は協力して山がけ崩れ,土石

流等の土砂災害を防止する努力を続けているが,その施

策はまだまだ十分なものとは言えない.このような状況

の中で気象観測の充実と予警報の適確な発表に対する要

望がますます求められている.

 気象庁の行う注意報・警報は,単に気象現象の予報で

はなく,災害との関連を考えた気象予報である(気象庁

予報部,1962).したがって,予報精度の向上の努力に

加えて,気象現象と災害との因果関係を明らかにする調

査が重要である.

 本稿では,気象庁で行っている異常気象報告業務の資

料(1971~1984年)を用いて,東北地方の山がけ崩れ害

の統計分析を行った.その結果,次のことを明らかにし

た.

 ①東北地方における山がけ崩れ害は,県別・月別・総

観気象的状況別によって特徴的な分布をもって発現す

る..一

 ②24時間降水量,1時間降水量の最大から山がけ崩れ

箇所数を推定する計算式を求めた.これは,防災情報と

して有用な的中率をもつ.

 以上の調査結果は,よりきめの細かい防災情報の発表

の中で活用されるものと考えられる.

闘辞 本研究は,仙台管区気象台及び管内各地方気象台が昭

和58~60年度に実施した地方共同研究r東北地方の短時

間強雨の研究」で収集された山がけ崩れ害被害データを

用いて行ったものである.研究を進めるに際して,仙台

管区気象台プロジェクトチームの御協力を得た.また,

本稿作成にあたって,気象研究所物理気象研究部の松尾

敬世第一研究室長および気象庁予報部予報課の新関竸三

子報官,牧原康隆予報官,桜井邦雄防災気象官,吉永泰

祐i防災係長,北畠尚子技官に問題点を指摘していただい

た.厚く感謝する.

文 献

青木佑久,1978:著しい洪水災害をもたらした降雨

 の特徴.国立防災科学技術センター研究報告. 20, 1-16.

今門宗夫,1980:九州における集中豪雨と災害に関

 する研究(第4報)一一集中豪雨による斜面崩壊 の解析一.気象庁研究時報.52,79-88.

気‘象庁予報部,1962:注意報・警報基準作成方針に

 ついて.予報課技術資料,2,1-27.

気象庁,1974:異常気象報告業務・気象災害調査指

 針.211p.

気象庁,1986:気象災害の統計(1971-1984).気象

 庁観測技術資料,50,151P.

国土庁編,1986:防災白書(昭和61年版).大蔵省

 印刷局,363P.

水野 量,1985:台風8218号による東北地方の山が

 け崩れと降水特性との対応性.天気,32,573- 580.

水野 量,1987:東北地方における浸水害の統計分 析.気…象庁研究時報,39,121-131,印刷予定.

仙台管区気i象台予報課,1978:宮城県の大雨注警報

 基準.東北技術だより,91,55-73.

仙台管区気象台,1986;東北地方の短時間強雨の研 ,究,91-105.

56 、天気潔34.,11.