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1「QOLの正しい理解のために」 東京理科大学理学部 田崎美弥子 今日はQOLの正しい理解のためにというこ とで、QOLに関しての概説とWHOQOLという、 WHOが開発した調査票についてお話をさせて いただいて、少しだけですが、化粧行動の心 理学的な側面をお話しさせていただきたいと 思います。 皆さんQOLという言葉をよくご存じかと思 います。QOL論文は、1983年には500件を超え る程度だったのですが、ここ10年で非常に増 えてきています。 (図1) 図1

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Page 1: 「QOLの正しい理解のために」 - shiseidogroup.jp · -6- 今日のテーマである「化粧とqol」に関し て少し心理学的なお話をさせていただきたいと

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「QOLの正しい理解のために」東京理科大学理学部 田崎美弥子

今日はQOLの正しい理解のためにというこ

とで、QOLに関しての概説とWHOQOLという、

WHOが開発した調査票についてお話をさせて

いただいて、少しだけですが、化粧行動の心

理学的な側面をお話しさせていただきたいと

思います。

皆さんQOLという言葉をよくご存じかと思

います。QOL論文は、1983年には500件を超え

る程度だったのですが、ここ10年で非常に増

えてきています。(図1)

図1

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QOL論文の主なトピックです。薬物療法が

25%とありますが、10年前は60%以上ありまし

た。昨今は、高齢者とか、リハビリ、ライフス

タイルといったような、いわゆる日常生活にお

けるクオリティー・オブ・ライフに焦点が当たって

きております。(図2)

これは疾患別のQOL論文数の割合ですが、

37%を占めるのがガンに関するもので、14%

が精神疾患です。ガンの疼痛ケアには精神科医

が関わっていたことから、精神科医がQOLに

関心を持っているという傾向は今でも続いてい

るようです。あとは内科疾患が多い状況です。

(図3)

QOL研究が始まったといわれるのは、

Karnofskyのパフォーマンスステータスという

調査票からです。これは身体状態を聞くもので、

患者の疾患の程度が、どのように日常生活動作

に影響を与えているかを調査票にしたもので

す。76年にPriestmanが乳ガンの化学治療施行

の際にQOL測定を始めました。いわゆる現代

のQOL研究の開始というと、76年を挙げられ

る方が多いと思います。このあとに非常に数多

くの調査票が開発されていくのですが、それに

拍車をかけたのが85年、FDAが新薬承認のエ

ンドポイントとして認めると発表したことによ

ります。私がこれからお話しさせていただきま

すWHOQOLプロジェクトというのは、92年か

ら始まっております。(図4)

WHOQOLが開発されるに至った理由です

が、すでにショートフォーム36やEORQCとい

いまして、ヨーロッパで開発されたものなど数

多くの調査票があったのですが、WHOが考え

るQOLに即したものがありませんでした。そ

れからほとんどのものが欧米諸国で開発されて

いて、東南アジアを含んだ開発途上国の視点を

含んだ調査票がなかったことが挙げられます。

また、国際比較ということは常にWHOが必要

とするものですが、そのためには言語等価性と

いいますが、異なる言語を翻訳してさらに逆翻

訳をしても同じものだということを示す必要が

あります。(図5)

図2

図3

図4

図5

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ー、スウェーデン、ルクセンブルグなど北欧の

保健システムがいい評価を得ています。(図9)

これは、1994年に私も参加させていただいた

のですが、WHOQOLを使いまして東京で300

名のデータを取らせていただきました。QOL

調査票の予備調査をしたものですが、軽疾患者、

本当に軽い疾患の方を、6カ所の医療機関で検

査させていただきました。その当時の調査票に

は6領域ありまして、身体、心理、自立のレベ

ル、社会的関係、環境、宗教、信念、信条とい

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さて、ここでWHOがQOLを開発するに至っ

た理由を納得していただくために、WHOが使

っている健康指標についてご説明させていただ

きます。非常に一般的ですが、まず平均健康寿

命が挙げられます。これは平均余命から障害を

持った期間を除いたもので、日本が74.5歳と一

番長いです。半数以上の国では60歳以上ですが、

一方で、32カ国においては40歳未満で亡くなる

方が多くいらっしゃるということがあります。

それから人間開発指数、ヒューマン・デベロッ

プメント・インデックスといいますが、国民所

得とか、識字率、平均余命から算出されるもの

があります。また、保健システムが一般的に行

き渡っているかどうかということで、健康の達

成度、予算配分、費用負担の公平さということ

があります。(図6)

平均健康寿命に関して日本は常にトップで

す。オーストラリア、フランス、スウェーデン、

スペインと先進諸国が上位を占めていまして、

下位国はシラレオーネ、ニジェール、マラウイ、

ザンビア、ボツワナとアフリカ諸国がほとんど

です。(図7)

人間開発指数に関しましても日本はトップで

す。スウェーデン、スイス、オランダ、カナダ

とやはり先進諸国が非常に高い値を示しまし

て、下位国はほとんどがアフリカ諸国になりま

す。(図8)

保健システムの評価に関して、今まではおそ

らく日本はトップだったろうと思います。アメ

リカは入っておりませんが、スイス、ノルウェ

図6

図7

図8

図9

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う領域の中で、軽疾患者の中では身体領域で東

京が一番高い得点を示しておりまして、ビアシ

ーバというのはイスラエルです。最低の値を示

したハラレというのはジンバブエにございま

す。つまり軽疾患者の身体領域においては東京

の方たちというのはQOLが高いということが

おわかりいただけるかと思います。(図10)

でも、これを見ていただきたいのですが、健

常者の場合は、心理領域と自立のレベルで東京

が最低のQOL値を示しています。これは世界

15カ国で同時におこなわれたものですが、それ

こそ先ほど出てきたハラレが身体領域では低

い。ビアシーバとかチルバーグが高く、これか

らおわかりいただけますように日本というのは

非常に医療システムが整っておりますし、あら

ゆる面で発達した成熟した社会だと言えるので

すが、必ずしもそのQOLに関しては高いとは

言えない。つまりWHOが今まで使っていた健

康指標だけではその国民の健康状態が把握でき

ないということ。これがWHOQOL開発のもう

一つの理由として挙げることができます。(図11)

WHOのクオリティー・オブ・ライフの定義

です。「個人が生活する文化や価値観の中で目

標や期待あるいは基準及び関心に関連した個人

の人生の状況に対する認識」ということで、一

体どういうことかと申しますと、人というのは

それぞれの文化の中で生きております。その文

化の中の価値観で自分自身の位置づけをしまし

て、それで満足する、しないといったことです。

例えば、日本のように経済不安で年金が今後ど

うなるかわからないというような状態で、老人

の自殺率が非常に高い。それも二世帯に住んで

いる老人の自殺率が高い。ブランド品が非常に

一般的になっていて、おそらくお金を出せば誰

もが買えるような状況の国の老人と、おそらく

ブランド品は一生持つこともないような国であ

っても、家長制度の中で威厳があって尊敬され

ているような老人と比較したときに、どちらが

幸福であるかというのは全く第三者が言うこと

ができないのではないか。つまりその人の持っ

ている価値観の中でしかQOLを測れないので

はないかという考え方です。つまり主観的な満

足感を一番重視するということになります。

(図12)

簡単にWHOQOL基本調査票の構造をお見せ

しますが、最初のものは身体領域、心理的領域、

自立のレベル、社会的関係、生活環境、精神

性・宗教性・信念といった6領域に分かれてお

りました。(図13)

これが26項目の臨床版では4つの領域に統合

されました。身体的領域、心理的領域、社会的

図10

図11

図12

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関係、環境。それぞれの領域の中に下位項目と

いうのがありまして、全体で26項目になってお

ります。(図14)

例えば身体的領域ですと、日常生活動作とか、

睡眠と休養、仕事の能力、痛みと不快といった

ようなものがあります。(図15)

心理的領域では今日「化粧とQOL」という

ことでボディイメージというのが必ず入って

おりますし、自己評価とか、学習とかも入って

おります。(図16)

社会的関係は人間関係、社会的支援、性的活

動。ここに性的活動が入っているのはもともと

は身体領域にあったものですが、調査の結果、

性的な活動というのは人間関係によりかかわり

があるということがわかりましてこちらに移っ

ております。(図17)

環境関係ではいわゆる経済的な状況もありま

すし、安全と治安ですとか、余暇活動、交通手

段などが含まれております。これらが質問項目

にそれぞれ1問ずつついているというかたちに

なっております。(図18)

図13

図14

図15

図17

図16

図18

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今日のテーマである「化粧とQOL」に関し

て少し心理学的なお話をさせていただきたいと

思います。なぜ人は化粧をするのか。これは文

化人類学者や、社会学者の間でいろいろご意見

があるかと思いますが、私自身の観点を言わせ

ていただきますと、美しいと人は得をするから

です。人は外見が良いこと、いわゆる身体的魅

力度が高いというのですが、それは能力や性格

もよいとされる光背効果があるといわれます。

社会心理学者の研究では幼児期からさまざまな

恩恵を被って、それがずっと長じても続いてい

る。つまり魅力度が高ければ高いほど楽に生き

られるということです。

あと肌に関して言いますと、肌というのは外

に出ている内臓器官とみなされます。人の美し

さには、「健康である」ことが含まれます。つ

まり肌が美しい人は健康である。つまり身体的

魅力度が高いということになって、肌が美しく

て身体的魅力度が高いことが非常に重要です。

(図19)

さらに、人は外見でものを判断するというこ

とをご説明したいと思います。最初にパッと見

たときに人に対して外見を注目します。速写判

断といいまして、その人を自分の経験則からス

テレオタイプ化するのです。こういう人じゃな

いかというようにして個人の特性を帰属してい

きます。それからその人の特性みたいなものを

推測して印象形成がされます。

これがいわゆる第一印象といわれるのです

が、普通は4分以内で決まるといわれていて、

かなりの場合持続します。最初に印象がよくて

悪くなる場合、悪くて印象がよくなる場合、変

わらない場合というパターンがあるのですが、

基本的に第一印象に引きずられる。人は第一印

象に引きずられてその人の行動パターンを予測

します。あまり印象のよくない人に対しては、

相手のあまり好ましくない行動を予測して、こ

ちらも悪く返すということが生じますから、い

い人間関係が作りにくいのです。(図20)

ここにメガネをかけた実直そうな男性がいた

ときに、若い女性がパッと見ます。いわゆる顔

の特徴を相貌特徴というのですが、人は相貌特

徴から、この人おとなしそうだな、真面目そう

だな、事務的な仕事をしているなというように

見て、暗黙裡の性格観と言いますが、そういっ

た外見から相手の性格も推し量ります。(図21)

関連づけられることが多い相貌特徴と性格特

性ということですが、例えば私のように頬のふ

っくらした目の丸い人は親切な感じのよい性格

特性を持っているということで非常にプラスに

図19

図20

図21

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なるのですが、太った丸顔だと知性が低いと思

われがちです。人というのはそういった外見で

判断するということがあります。ですからお化

粧することによって少しでも美しい人は美しい

なりに、それなりの人はそれなりに美しくして

いただくと非常にいいかなと思います。(図22)

化粧とQOLに関してデータベース検索をして

みましたが、ほとんど研究がされていないとい

うことがわかりました。スキンとQOLに関し

ては44件あるのですが、コスメティックスと

QOLに関しては2件で、2件とも海外のもの

ですが、QOL値が向上したと出ておりました。

こういったことから今後、いわゆる化粧行動と

QOLの関係は研究されていくであろうと考え

られます。(図23)

こういったリサーチがなぜ必要なのかだけ一

言申し上げます。普通臨床医というのはご自分

の経験によってある程度治療選択をされるとこ

ろがあります。これは実際にコクランセンター

というところで調べたものなんですが、手術不

能の気管支肺ガン末期の場合、抗ガン剤の多剤

療法というのが一般的だったのですが、それを

無作為臨床試験したところ、生存率が最も高か

ったのは一切抗ガン剤を投与しないグループ

で、次は単剤で最後が多剤併用療法ということ

で、必ずしも経験によって一般的であるからと

いってもいい選択肢ではないということがわか

るわけです。(図24)

おそらく患者のアウトカムとして、QOLと

いうのは全ての医療行為の目的になるかと思い

ます。生存率を高め、生きている間のQOLを

向上させること。いわゆるクオリティーを高め

るということになるかと思います。(図25)

今後、臨床の先生方にぜひともお願いしたい

のですが、やはり患者の視点に立ったアウトカ

ムリサーチとしてQOLを使っていただきたい

と思います。なぜかといいますとQOLは患者

主体の視点が必要ですから、患者さんの声が聞

けるということがあります。それから今後これ

図22

図23

図24

図25

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は医療機関に対する第三者評価機関の検査項目

になるだろうと思われますから、ある意味で医

療サービスとしてQOLというのが使われると

思います。

それから患者と医療関係者のコミュニケーシ

ョンツールとして、日ごろ口では聞けないこと

も調査票などを使うと本音が聞けるということ

もありますし、治療選択において重要な参考資

料の一つの指標になるのではないかと思われま

すので、QOLということに関してできるだけ

積極的に考えていただければありがたいと存じ

ます。以上です。(図26)

図26