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「X 線・中性子の散乱理論入門」

サンプルページ

この本の定価・判型などは,以下の URL からご覧いただけます.

http://www.morikita.co.jp/books/mid/015471

※このサンプルページの内容は,初版 1刷発行時のものです.

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Copyright c© D.S.Sivia 2011

Elementary Scattering Theory: For X-Ray and Neutron Users,First Edition was originally published in English in 2011.

This translation is published by arrangement with Oxford University Press.

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i

まえがき

Richard とRoger に捧ぐ

近年,シンクロトロン放射光および中性子施設を利用して実験をおこなう機会が急

速に増えており,今後もその傾向は続くと予想される.1990年代に利用可能になった

シカゴの APS,グルノーブルの ESRF,兵庫の SPring-8の三つの強力な第 3世代の

X線源に続いて,DIAMOND(英)や SOLEIL(仏)など,新しい地域にも同様の施

設が建設された.同じように,中性子の利用も,既設の ILL(仏)や ISIS(英)の高

度化および拡張に加え,次世代の中性子光源である米国の SNSや日本の J-PARCの

運転開始によって,拡大しつつある.

初期のX線および中性子の散乱実験は,散乱現象を理解するために必要な数学や関

連する理論に精通した物理学者たちによって伝統的におこなわれてきた.そのような

物理学者向けのテキストとしては,たとえば Loveseyが 1986年に著した参考書など

があるので,詳細を知りたい場合は参照していただきたい.最近ではシンクロトロン

放射光および中性子を利用しやすくなり,研究の対象がハードな凝縮系(固体)から,

生物サンプルなどソフトな物質に重点が移行してきている.そのため,それぞれの施

設で利用者の属性が大きく変わった.特に生物学者や化学者の利用が増加し,物理学

者以外に向けた解説者の必要性が出てきた.本書は,数学や背景となる物理学に馴染

みが少ない読者を対象として,原理をわかりやすく解説することを目的にしている.

散乱実験のデータ解析技術は,多くの経験に基づいてアルゴリズム化され,標準的

なツールとしてほぼ完成しているため,シンクロトロンまたは中性子施設の一般ユー

ザには今や散乱理論の専門的知識は必要ないとする意見もある.しかし,ユーザは少

なくとも自分がおこなった実験および解析結果に責任をもつ必要があり,そのために

基本理論の理解は必要不可欠であるという指摘もある.測定から信頼できるものは何

か,そのために実験をどのようにおこなうべきかを,理論は教えてくれるからである.

また,解析プログラムが理論の背景にある仮定や近似に基づいていることを意識し,

解析データが目的にどのように関連しているかをよく考えて,得られた結果を常識と

照らし合わせて確認することも重要である.

理論的な議論において数式を用いることは避けられないが,本書の目的は多くの読

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ii

まえがき

者が理解しやすいように解説することである.そのために,はじめの 2章では他の参

考書では省略されることの多い背景的な知識を復習できるように工夫した.その後の

章では,煩雑な細部とトピックを省略することにより,できるだけ全体を見渡せるよ

うにした.全体に簡潔で理解しやすく書くよう心掛けたが,それでも,読者によって

はこの本はまだ難解に思う人もいるかもしれない.しかし,そうした人でもこの本書

から何かを得ていただければ幸いである.

おわりに,以下に記す多くの友人や同僚から激励と支援をいただいたことに感謝する.

まずは,Doryen Bubeck, Steve Collins, Bill Hamilton, Jerry Mayers, Jeff Penfold,

Dave Waymont そして John Websterからは,多くの章について有益な指摘を受け

た.また,さまざまな箇所で,Nikitas Gidopoulos, Stephen Lovesey, Roger Pynn

そして Jorge Quintanillaの知恵を拝借した.Peter Battle, Iain Campbell, Marilyn

Hawley, Steve King, Kevin Knight, Stewart Parker, Owen Saxton そして Mona

Yethirajには個々のトピックスや章に関する助言をいただいた.編集者 Sonke Adlung

の忍耐にも感謝する.Emma Lonie, April Warmanそしてオックスフォード大学出

版局の他の職員にも感謝している.最後に,この本の出版に寛大なる援助を与えてく

れた Unilever R&D社と,その保証人になってくれた Ian Tuckerに感謝の意を表し

たい.

オックスフォードにて

2010年7月 D.S. Sivia  

日本語版の発行に寄せて

I am grateful to Profs.Takenaka and Fujii for arranging a translation of my

book, and hope that both students and experienced researchers find it helpful.

In Oxford

Feb. 7, 2014

D.S. Sivia  

 

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iii

訳者序文

原著に記されているように,自然現象から見出されたX線および中性子に関する散

乱理論が確立され,それに基づいて実験法と測定データの解析法が工夫されると,原

子や分子で構成される物質の微視的世界の構造(存在)と相互作用や変化(現象)を

可視化できるようになり,物質科学の研究が飛躍的に発展した.その影響は,地学・

鉱物学・宇宙科学,金属学,無機化学,物性物理学,有機化学,材料科学,構造生物

学,超分子科学,医学・薬学,筋肉などの生体組織学,ウィルスなどの微生物学,文

化財などの考古学にいたる研究対象にまで広がり,人類に知的満足を与えてきた.今

日では,自由自在に制御できる強力で良質の線源により,これらのビームを人工的に

発生できるようになった.また測定技術も高度にルーチン化され,実験者はマニュア

ルに従って操作するか,あるいは測定サンプルを送るだけで回折データが返送されて

くるようにさえなってきた.さらに自動化された解析技術によって結果も簡単に得ら

れるようになった.しかし,これらすべての過程で種々の系統誤差が紛れ込みやすい

ので,研究者はこれらの誤差を減らすか,あるいは適切な補正をおこなって,確度の

高い結果を報告しなければならない.そのためには,実験方法や散乱理論および解析

理論の原理を十分に理解しておく必要がある.また,既成概念だけにとらわれず,理

論を見直し改良することによって,未来につながる新しい現象や事実を見出すことも

可能になる.そのためには,本書のような理解しやすい解説書または教科書が助けと

なるであろう.

著者の D. S. Sivia博士はオックスフォード大学聖ジョーンズ校の物理数学者で,本

書以外にOUP (Oxford University Press)から教科書Foundations of Science Math-

ematics (1999)と Data Analysis, A Bayesian Tutorial (1996, 2006)を出版してい

る.本書はこのような著者の経験に基づき,X線および中性子による構造研究技術の

基礎となる理論的背景をわかりやすく解説したものである.関連する国際会議の書籍

展示コーナーで,参加者の多くが本書を手に取り内容に興味入っている様子を目撃し

た.それほど本書は時を得た出版物であるといえる.日本人によるこの種の著書は極

めて少ないために,必要としている実験者や学生諸君の適当な教科書あるいは参考書

として役立つであろうと判断し翻訳に踏み切った.また原著の序文に紹介されている

ように,我が国が誇る世界最先端の放射光施設PF (KEK)と SPring-8や中性子施設

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iv

訳者序文

J-PARCなどで実験をおこなう研究者や学生諸君が増えてきたことにも触発された次

第である.

翻訳に際してはできるだけ原文を尊重したが,読みやすさを優先して思い切った意訳

を導入したところもある.難解な部分や説明が不足している部分,注意点などは訳者

による脚注で補い,必要に応じて文献を併記した.訳語はできる限り著名な辞典や他

の専門書などを参考にした.しかし,日本語化が困難な専門用語がいくつか使われて

いる.たとえば,“figure of merit” は英文のままとした.新しい技術には適当な日本

語がまだ定着していないので,カタカナで対応している術語もある.また,混乱を招く

恐れのある術語,たとえば,“unit cell”,“energy transfer”,“momentum transfer”,

“wavenumber vector transfer”はそれぞれを単位胞,エネルギー遷移,運動量変化,

散乱ベクトルと訳すことにした.本書には数学の必要な基本公式も詳しく記載されて

おり,数学的取り扱いが理解しやすく工夫されている.構造因子や回折強度を解説す

る理論的展開でも行列やベクトル表記を使って簡潔に記述する参考書が多いが,これ

に関しては一般代数式で表現されている.対称性を使って式を誘導するときや解析結

果の構造を議論するときは読者自身の手で行列・ベクトル表記に書き換えてみること

をお奨めする.すると構造因子の指数部の 1次項が位相を表し,2次 3次と展開した

ときの物理学的対応が明確になることに気づくであろう。本書の第 7章では回折理論

に焦点が当てられているので,結晶の対称性,点群,空間群などに関する解説が少な

い.これらに関しては他の参考書を参照していただきたい.

2014年は,ラウエ(Max Theodor Felix von Laue)が結晶によるX線回折理論と

その実証によりノーベル物理学賞を受賞してからちょうど 100年目に当たり,折しも

国際連合によって世界結晶年(International Year of Crystallography)IYCr2014と

して,結晶学を広く一般市民に普及することが決議された.この記念すべき年に本書

を出版できることは誠に欣快に耐えない.時を逸しないように早い出版を目指して訳

者二名で分担したために,全体の訳の統一がやや不十分な部分が残っているかもしれ

ない.お気づきの点はご指摘いただきたい(分担:竹中,1~3章;藤井,4~9章と付

録).最後に,企画と編集をはじめ折々に助言をいただいた森北出版のスタッフの方々

に深く感謝する.

2014年 3月 竹中章郎・藤井保彦   

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v

 目 次

I 基礎的な知識

1. 原子・分子レベルの物質研究 .......................................................... 2

1.1 長さの尺度と対数軸 ........................................................................... 2

1.2 分解能,像の拡大と顕微鏡 ................................................................. 5

1.3 構造,ダイナミクスと分光学 .............................................................. 10

1.4 原子を構成する粒子とそれらの相互作用 ............................................. 13

1.4.1 原子の基本的な構造 ............................................................................. 13

1.4.2 自然界の基本的な力 ............................................................................. 14

1.4.3 物質による粒子散乱 ............................................................................. 16

1.5 エネルギー,長さ,温度のスケール .................................................... 17

1.6 役に立つ定数表 .................................................................................. 20

2. 波,複素数,フーリエ変換 .............................................................. 21

2.1 正弦波 ............................................................................................... 21

2.1.1 伝播の方向 .......................................................................................... 23

2.1.2 重ね合わせの原理 ................................................................................ 25

2.2 複素数 ............................................................................................... 28

2.2.1 定義 .................................................................................................... 28

2.2.2 基本的な演算 ....................................................................................... 29

2.2.3アルガン図 .......................................................................................... 30

2.2.4 虚数部をもつ指数関数 .......................................................................... 31

2.3 フーリエ級数 ..................................................................................... 33

2.3.1 直交性とフーリエ係数 .......................................................................... 34

2.3.2 複素フーリエ級数 ................................................................................ 36

2.4 フーリエ変換 ..................................................................................... 37

2.4.1 畳み込みの定理 .................................................................................... 38

2.4.2 自己相関関数 ....................................................................................... 41

2.5 フーリエ光学とその物理学的考察 ....................................................... 42

2.5.1 ヤングの二重スリット .......................................................................... 44

2.5.2 単一の幅広いスリット .......................................................................... 45

2.5.3 回折格子 ............................................................................................. 46

2.5.4 畳み込み定理の応用 ............................................................................. 48

2.5.5 多次元空間への一般化 .......................................................................... 49

2.6 フーリエ変換を利用したデータ解析 .................................................... 52

2.6.1 位相問題 ............................................................................................. 52

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vi

目  次

2.6.2 打ち切り効果と窓関数 .......................................................................... 54

2.6.3 ノイズと確率論 .................................................................................... 57

2.7 公式のまとめ ..................................................................................... 60

2.7.1 次元解析 ............................................................................................. 64

II 弾性散乱

3. X線と中性子散乱の基礎 ................................................................. 66

3.1 理想的な散乱実験 ............................................................................... 66

3.1.1 弾性散乱と運動量変化 .......................................................................... 67

3.1.2 微分断面積 .......................................................................................... 69

3.1.3 弾性散乱と全散乱 ................................................................................ 70

3.2 単一固定原子による散乱 ..................................................................... 71

3.2.1 核散乱長 ............................................................................................. 71

3.2.2 原子散乱因子 ....................................................................................... 74

3.2.3 磁気形状因子 ....................................................................................... 76

3.2.4 散乱断面積 .......................................................................................... 78

3.3 原子集合体による散乱 ........................................................................ 80

3.3.1 散乱強度とフーリエ変換 ...................................................................... 83

3.3.2 温度とデバイ–ワラー因子 ................................................................... 84

3.3.3 干渉性散乱と非干渉性散乱 ................................................................... 85

3.3.4 核散乱と磁気散乱 ................................................................................ 87

3.4 X線とシンクロトロン放射光源 ........................................................... 87

3.4.1 ウィグラーとアンジュレータ ................................................................ 92

3.5 原子炉とパルス中性子源 ..................................................................... 94

3.5.1 飛行時間法 .......................................................................................... 95

4. 表面,界面と反射率 ....................................................................... 98

4.1 反射率とフーリエ変換 ........................................................................ 98

4.1.1 基板のみの場合 .................................................................................... 103

4.1.2 均一な単層膜 ....................................................................................... 104

4.1.3 短周期多層膜 ....................................................................................... 106

4.1.4 無位相フーリエ変換のあいまいさ ......................................................... 107

4.2 反射率と幾何光学 ............................................................................... 108

4.2.1 屈折率 ................................................................................................. 109

4.2.2 単一境界 ............................................................................................. 110

4.2.3 多重境界 ............................................................................................. 113

4.3 X線と中性子,およびその他の手法 .................................................... 116

5. 小角散乱と巨視像 ........................................................................... 118

5.1 回折と長さのスケール ........................................................................ 118

5.2 サイズ,形と分子形状因子 ................................................................. 120

5.2.1 絶対強度 ............................................................................................. 123

5.2.2ギニエ近似 .......................................................................................... 125

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目  次

vii

5.2.3ポロド則 ............................................................................................. 128

5.2.4 多分散性 ............................................................................................. 130

5.3 粒子の集合と相関 ............................................................................... 131

5.3.1 配向整列 ............................................................................................. 131

5.3.2 位置の相関 .......................................................................................... 132

5.4 対分布関数 ......................................................................................... 133

5.5 コントラストマッチング ..................................................................... 135

6. 液体と非晶質 ................................................................................. 137

6.1 物質の中間相 ..................................................................................... 137

6.2 動径分布関数 ..................................................................................... 138

6.3 構造因子 ............................................................................................ 141

6.3.1 部分構造因子 ....................................................................................... 143

6.4 小角散乱との比較 ............................................................................... 145

6.5 プラチェク補正 .................................................................................. 146

7. 周期性,対称性と結晶学 ................................................................. 147

7.1 繰り返し構造とブラッグピーク ........................................................... 147

7.1.1 原子面とブラッグの法則 ...................................................................... 149

7.1.2 簡単な結果と応用 ................................................................................ 152

7.2 パターンと対称性 ............................................................................... 153

7.2.1フリーデル対と反射強度の等価性 ......................................................... 153

7.2.2 点対称と反射強度の等価性 ................................................................... 154

7.2.3 空間群と消滅則 .................................................................................... 154

7.2.4 幾何学と空間群 .................................................................................... 157

7.2.5 点対称性の有無と強度分布 ................................................................... 157

7.3 位相問題の回避法 ............................................................................... 158

7.3.1 パターソンマップ ................................................................................ 159

7.3.2 重原子と部分構造 ................................................................................ 160

7.3.3 同形置換法 .......................................................................................... 161

7.3.4 直接法と予備知識 ................................................................................ 162

7.4 粉末試料 ............................................................................................ 164

7.4.1テクスチャー ....................................................................................... 166

7.4.2 双晶 .................................................................................................... 167

7.4.3 繊維回折 ............................................................................................. 167

7.5 磁気構造 ............................................................................................ 168

III 非弾性散乱

8. エネルギー交換とダイナミクス ....................................................... 172

8.1 実験装置に関する事柄 ........................................................................ 172

8.1.1 部分微分散乱断面積 ............................................................................. 173

8.1.2 三軸型分光器 ....................................................................................... 174

8.1.3 飛行時間型分光器 ................................................................................ 174

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viii

目  次

8.2 時間変化する構造からの散乱 .............................................................. 175

8.2.1 弾性散乱 ............................................................................................. 177

8.2.2 時空相関関数 ....................................................................................... 177

8.2.3 全散乱 ................................................................................................. 178

8.2.4 干渉性散乱と非干渉性散乱 ................................................................... 179

8.3 散乱過程の量子論的扱い ..................................................................... 180

9. 非弾性散乱の例 .............................................................................. 182

9.1 コンプトン散乱 .................................................................................. 182

9.1.1 インパルス近似 .................................................................................... 184

9.1.2 単一粒子の波動関数 ............................................................................. 185

9.2 格子振動 ............................................................................................ 185

9.2.1 熱容量 ................................................................................................. 189

9.2.2 スピン波 ............................................................................................. 190

9.3 分子分光 ............................................................................................ 191

9.3.1 準弾性散乱 .......................................................................................... 193

9.3.2エネルギー分解能と時間スケール ......................................................... 193

付録 A. 離散的フーリエ変換 ............................................................... 194

付録 B. 共鳴散乱と吸収 ...................................................................... 198

参考文献 .............................................................................................. 200

英文索引 .............................................................................................. 203

和文索引 .............................................................................................. 208

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3 X線と中性子散乱の基礎これまで学んできた予備知識を踏まえて,ここからはX線と中性子散乱の基礎的概念の解説に入る.簡単のために,まずはエネルギーの交換がない過程に話を限定する.

3.1.

. 理想的な散乱実験

ある試料によるX線フォトンあるいは中性子の散乱の結果は,運動量 Pとエネル

ギー Eの変化として表される.このことが図 3.1に概念的に描かれている.波数ベク

トル kiと振動数 ωiをもつ 1個の入射粒子は,最終的には波数ベクトル kf と振動数

ωf となって出射される.量子力学の基本的な関係(式 (1.12)と式 (1.13)参照)によっ

て運動量変化 (momentum transfer)を次式のように表すことができる.

P = ki − kf = Q (3.1)

〈ヒント〉 |k| =2π

λ

ここで,はプランク定数 = h/2πであり,Qを

Q = ki − kf (3.2)

とした†.同様に,エネルギー遷移 (energy transfer)は,

E = ω ただし ω = ωi − ωf (3.3)

〈ヒント〉 ω = 2πν

図 3.1 試料による 1個の粒子の散乱の概念図.

†(訳注)式 (3.2)の波数ベクトル変化Qを,本書では以後「散乱ベクトル (scattering vector)」とよぶことにする.Q = kf − kiを散乱ベクトルとする参考書もあるが,その場合にはベクトルの向きが逆になることに注意すること.

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3.1 理想的な散乱実験

67

となる.散乱によって粒子が得た運動量とエネルギーは,もちろん試料が失った分に

等しく,その逆も成り立つ.ここでは(はじめの状態)−(終わりの状態)で Pと E

を定義したが,これは単に習慣の問題であり,逆の定義でもよい.

理想的な散乱実験は,ある特定のエネルギー遷移と運動量変化を伴って出てくる入射

粒子の割合を測定することである.この割合は,伝統的に散乱則とよばれる 4次元関

数 S(P, E)で表現される.ここで,ベクトル Pは三つの要素をもつが,それをプラン

ク定数 で割ってQと表すこともある.SはよくQおよび ωの関数として S(Q, E)

および S(Q, ω)とも書かれる.

〈ヒント〉 P = (Px, Py, Pz), Q = (Qx, Qy, Qz)

説明をできるだけ簡単にするために,ここではまず弾性散乱 (elastic scattering)と

いう特別な場合に限定して話を進める.弾性散乱では,エネルギーの交換がなく,

E = 0 ⇐⇒ ω = 0 (3.4)

が成り立つ.これより,問題の次元数が一つ減り,散乱則は運動量あるいは散乱ベク

トルだけの関数となって,以下のように書き換えることができる.

Sel(Q) = S(Q, ω = 0) (3.5)

式 (3.4)の条件は,散乱ベクトルの絶対値,すなわち波長が,散乱するときに変化し

ないことを意味する.したがって

|ki| = |kf | =

2πλ

(3.6)

となる.この式が成り立つ理由は,X線と中性子では少し異なっている.質量をもたな

いフォトンでは,cを光の速度とし,k = |k|とすると,分散関係 (dispersion relation)

は c = ω/kとなり,散乱前後のエネルギーは次のようになる.

Ei = ωi = c|ki|, Ef = ωf = c|kf |弾性散乱条件Ei = Ef を用いると,式 (3.6)が導かれる.中性子では質量mnがある

ので,エネルギー遷移は運動エネルギーの変化

E =|ki|22mn

− |kf |22mn

で与えられる.これもまた,E = 0のとき式 (3.6)を与える.

3.1.1 弾性散乱と運動量変化

散乱実験というと,入射ビームの中の粒子が異なる方向へ跳ね返る様子が思い浮か

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68

3. X線と中性子散乱の基礎

ぶが,そのような散乱の幾何学と散乱ベクトル Qとは,どのように関係するのだろ

うか.

弾性散乱をベクトル図で表すと,図 3.2のようになる.ここでは,入ってきた粒子

が 2θの角度方向に散乱されている.係数の 2は便宜的なもので,計算上で都合がよ

いためつけている.式 (3.6)より,式 (3.2)を表す三角形は,辺の長さが 2π/λの二等

辺三角形である.三角関数の基本的な関係式を用いて,

Q =

4π sin θλ

(3.7)

となる.ここで,Q = |Q|である.これは,運動量変化の大きさを波長と散乱角度とに関連づける式ではあるが,問題の空間的特徴をすべて捉えているわけではない.

図 3.2 角度 2θ 方向に散乱される弾性散乱 (|ki| = |kf |) のベクトル図.

図 3.3 直行座標系と球面座標系の両方で描いた散乱の幾何学.

〈ヒント〉 |Q|2

= |ki| sin θ =2π

λsin θ

散乱した粒子の入射方向からの散乱を完全に定義するには,図 3.3に示すように,

kiのまわりでの回転角を測定するために第 2の角 φが必要となる.図 3.3では,入射

ビーム

ki =(

0, 0,2πλ

)と平行に z 軸を選んである.

緯度と経度が地球表面上の点を定める(この場合,北極と子午線が基準となる)の

と同じように,角 2θと φはX線や中性子が散乱される方向を決める.もう少し厳密

にいうならば,図 3.3を注意深く調べると kf は

kf =2πλ

(sin 2θ cosφ, sin 2θ sinφ, cos 2θ)

〈ヒント〉 0 ≤ 2θ ≤ π, 0 ≤ φ < 2π

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3.1 理想的な散乱実験

69

と表せる.ここで,|kf | = 2π/λである.三角関数の倍角の定理を用いて,散乱ベク

トル ki − kf を次のように表すことができる.

Q =4π sin θλ

(− cos θ cosφ, − cos θ sinφ, sin θ) (3.8)

〈ヒント〉 sin 2θ = 2 sin θ cos θ, cos 2θ = 1 − 2 sin2 θ

この式は式 (3.7)を満たしている.

3.1.2 微分断面積

散乱実験で測定する基本的な量は,図 3.3に示す球面座標 (spherical polar coordi-

nate)の 2θと φによって定義される各方向へ,入射粒子が散乱される割合である.中

性子またはX線フォトンの入射ビームが一定の場合は,入射ビームの流量 (flux)Φは,

通常,単位時間当たり,(粒子の流れに垂直な面での)単位面積当たりの粒子の数(SI

単位では m−2s−1)によって定められる.試料の位置から 2θ,φの方向に,∆Ω [sr]

(ステラジアン,steradian,下記のコラム参照)の小さい立体角 (solid angle)の測定

範囲をもつ検出器に到着する粒子の割合も,同様に単位時間 (s−1)当たりの Rとして

定めることができる.すると,それらの比

立体角

ラジアンは平面上の角を表す無次元量であり,

半径を 1次元的に回転させるときに生じる円弧

の長さで決まる.これに対応する立体角がステ

ラジアンであり,それは一つの半径が 2 次元的

に動くときに生じる,球面区画 (spherical shell

fragment)の面積である.

Ω =球面区画の面積

(半径)2

全方位を表す立体角は,球面の面積をその半径の二乗で割った値,すなわち 4π [sr] となる.

距離 r における無限小の区画 dAの立体角は,

dΩ =

dA

r2(3.9)

で与えられ,これを積分することで有限の領域の立体角が得られる.

〈ヒント〉δΩ ≈ δA

r2≈ sin 2θ δφ δ2θ

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70

3. X線と中性子散乱の基礎

(2θ, φ)方向に散乱した単位立体角当たりの粒子の数入射ビームの単位面積当たりの粒子の数

=R(2θ, φ)/∆Ω

Φ

は,求めたい散乱関数と密接に関連する量となる.これは微分断面積 (differential cross-

section) dσ/dΩとよばれ,SI単位で m2sr−1(つまり単位立体角当たりの面積)の次

元をもつ関数である.

微分断面積の正確な定義は,適用される分野によって多少異なる.よく用いられる

のは,原子や分子など散乱の単位となる物体の数の比を用いる,次の定義である.

dσdΩ

=R(2θ, φ)NΦ∆Ω

(3.10)

厳密にいえば,上式の等号は∆Ω → 0の極限で成り立つ.この形式以外にも,式 (3.10)

の分母のN の代わりに V [m3]またはM [kg]を用いることもあり,それぞれ微分断面

積を測定試料の体積と質量で規格化することを意味する.形式によって dσ/dΩの次

元と単位が変わるので,どの定義が採用されているか,よく確かめておく必要がある.

3.1.3 弾性散乱と全散乱

散乱の相互作用が弾性的で,入射ビームが単一波長 λ(一定,既知)の粒子を含む

と仮定できるならば,微分断面積に含まれる情報は,等価な Sel(Q)(式 (3.5))に容

易に変換することができる.そのためには,(2θ, φ)の方向を,式 (3.8)の散乱ベクト

ルに対応する値に変換すればよい.単色化されたビームが一般的に使われているので,

dσ/dΩと Sel(Q)が等しくなるための主な仮定は,エネルギー遷移がないことである.

実際には,試料との相互作用は弾性と非弾性散乱 (inelastic scattering, E = 0)の

両方を含むため,飛び出してくる粒子のエネルギーを測定するか,またはそれを選別

しないと,両者を区別することはできない.しかし,回折実験では一般にこのエネル

ギーの選別はおこなわず,散乱は主に弾性的であるという特性に基づいて,次のよう

に近似する.dσdΩ

≈(

dσdΩ

)el

=Rel(2θ, φ)NΦ∆Ω

(3.11)

〈ヒント〉 R = Rel +Rinel

非弾性散乱に着目する場合には,全散乱と弾性散乱の微分断面積の小さな差(dσ/dΩ)inel

が,研究の対象となる.しかし,多くの回折実験では,たとえば低温の使用などの実

験計画によってこれを最小にしようとするか,さもなければ単に無視する.ただし液

体やアモルファス状態の解析は例外であり,差を補正するためのモデルが用いられる.

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4 表面,界面と反射率弾性散乱の最初の例として,鏡面反射を取り上げる.この原理に基づく実験は,層状構造をもつ物質の研究に使われており,また簡単に 1次元の問題に帰着できるので理解しやすい.

4.1.

. 反射率とフーリエ変換

図 4.1に示す幾何学的配置のように,波長 λのX線あるいは中性子ビームが入射角

θで平板試料に入射し,同じ角度で鏡面反射するものとする.このような測定では,波

長を一定にして角度を連続的に変えて測定するか,角度を固定して白色光源からの連

続波長ビームを用いて測定することにより,反射率曲線R(Q)を求めることができる.

ここで

Q =4π sin θλ

(4.1)

であり,定義により 0 ≤ R ≤ 1とする.3次元散乱長密度関数 SLD β(r)で表される

試料の構造と,反射率 (reflectivity)R(Q)とは,どのように関係しているのだろうか.

図 4.1 波長 λ のX線あるいは中性子が,層状試料の表面から角度 θで鏡面反射される様子を示す模式図.

まずは,純粋に層状構造をもつ試料に限定して話を進めよう.このとき,散乱長密

度は x-y平面内では不変であると近似でき,

β(r) =

β(z) (|x| < Lxかつ |y| < Ly のとき)

0 (それ以外)(4.2)

と表される.ここで,X線あるいは中性子の入射ビームは,一定の長方形の領域 |x| < Lx,

|y| < Ly を照射するとした.3.3節で述べたように,弱い散乱やフラウンホーファー

領域の極限では,弾性微分散乱断面積 (elastic differential cross-section)は,散乱長

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4.1 反射率とフーリエ変換

99

密度関数のフーリエ変換で与えられる.(dσdΩ

)el

∝∣∣∣∣∫∫∫

V

β(r)eiQ·rd3r∣∣∣∣2

〈ヒント〉 d3r = dx dy dz, Q · r = xQx + yQy + zQz

ここで,V は散乱が起こる全体積である.β(r)に式 (4.2)を代入し,2.5.2項に従って

x, yについて個別に積分すると次の式を得る.(dσdΩ

)el

∝ 16sin2(LxQx)

Q2x

sin2(LyQy)Q2

y

∣∣∣∣∫ ∞

−∞β(z)eizQz dz

∣∣∣∣2 (4.3)

右辺のQx, Qyを含む因子は,それぞれ sinc二乗関数であり,図 2.19(a)でDx = 2Lx,

Dy = 2Lyとした場合の kx, ky と同一のものである.これは,

Qx = 0 かつ Qy = 0 (4.4)

のとき最大値 16L2xL

2y をとり,次の狭い領域に集中している.

|Qx| < π

Lx, |Qy| < π

Ly(4.5)

したがって,平面的な層状構造をもつ試料に対しては,入射ビームのほとんどは式 (4.4)

の鏡面反射条件の近傍に集中する.この極限においては,式 (4.3)は次のようになる.(dσdΩ

)el

∝ 16L2xL

2y

∣∣∣∣∫ ∞

−∞β(z)e−izQdz

∣∣∣∣2 (4.6)

〈ヒント〉 Q2 = Q2x +Q2

y +Q2z

ただし,図 4.1の配置に従って Qz = −Qとなることを用いた.R(Q)の β(z)依存性は,式 (4.6)に密接に関係している.これを理解するために,

弾性微分散乱断面積と鏡面反射率の定義を考えてみよう.前者は,3.1.2項ですでに与

えられているように,(2θ, φ)の方向に反射する単位立体角 (unit solid angle)当たり

の粒子数と,単位面積当たりの入射粒子数との比

dσdΩ

=(2θ, φ)方向に反射する単位立体角当たりの粒子数

単位面積当たりの入射粒子数

である.また,後者の鏡面反射率は,相互作用は弾性的であることを前提にしている

ので,その場合は単純に次式で与えられる.

R =鏡面反射強度

入射強度

両式を比較すると,分母は照射された入射ビームに垂直な試料の面積 4LxLy sin θに

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100

4. 表面,界面と反射率

依存している.一方,dσ/dΩの分子は,次のように鏡面反射条件の近傍の小さな立体

角∆Ωで積分した値となる.

R(Q) =1

4LxLy sin θ

∫∫∆Ω

(dσdΩ

)el

dΩ (4.7)

式 (4.3)を導いたときのように,微分散乱断面積は非常に小さな領域なので,式 (4.6)

の極限形を用いることができ,それに式 (4.5)の領域内部に当たる立体角を掛けるこ

とにより,式 (4.7)の二重積分は次式のように表すことができる.∫∫∆Ω

(dσdΩ

)el

dΩ ≈ ∆Ω4

×(

dσdΩ

)el

∣∣∣∣Qx=0,Qy=0,Qz=−Q

一方,鏡面反射近傍での弾性散乱の運動学的考察により,次式が成り立つ.

∆Ω ≈ 16π2 sin θLxLyQ2

(4.8)

この近似を式 (4.7)の積分に用いると,次式を得る.

R(Q) ∝ 16π2

Q2

∣∣∣∣∫ ∞

−∞β(z)e−izQdz

∣∣∣∣2 (4.9)

ここでは,照射面積 4LxLy sin θは都合よく打ち消し合うが,その領域はビームの波

長に比べて大きいと仮定されている.

式 (4.9)の比例記号は,実際には等号である.ここでは微分断面積の各種の規格化に

合わせて比例記号を用いたが,散乱長密度では単に等号としてよい.散乱密度は,単

一原子の均一な平板については簡単に計算でき,特に中性子による核散乱ではもっと

簡単になり,それは干渉性散乱長 〈b〉 と単位体積中の原子数 nの積で表される.

β = n〈b〉 (4.10)

鏡面反射の角度の発散

図 4.1 に示されているように,鏡面反射 (specular reflection) は Qx = 0, Qy = 0,

Qz = −Q,で定義されるが,ビームに照射される試料が有限サイズであることから,この鏡

面反射の近傍では散乱が起こる.実際にどのくらいの立体角∆Ω に散乱は広がるだろうか.

入射ビームをx軸にとれば,入射および反射の波数ベクトルki, kf は次のように表される.

ki = (kx, 0, kz), kf = (kx + ε, δ, ξ − kz)

〈ヒント〉Q = ki − kf = (−ε,−δ, 2kz − ξ), |ki| =

√k2x + k2

z =2π

λ

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4.1 反射率とフーリエ変換

101

ここで,ゼロではない ε, δ, ξは,鏡面反射条件からのずれを表す.弾性散乱では,|ki|2 = |kf |2となるので次の条件式が得られる.

ε2 + 2εkx + δ2 + ξ2 − 2ξkz = 0

二乗の項 ε2, δ2, ξ2 が無視できるほど小さい場合には,上の条件から ξ ≈ εkx/kz が成り立

つ.ここで,散乱ビームに沿った単位ベクトル kf は,独立変数 ε, δ の関数となる.

kf (ε, δ) ≈

(kx + ε, δ,

[kxkz

]ε− kz

)√k2x + k2

z

したがって,ε, δ がそれぞれ ε = 0, δ = 0 の近傍の範囲のみ許されることにより,∆Ω は

kf の頂点によってつくられる球殻の領域となる.

鏡面反射からの局所的なずれの範囲は,式 (4.5) の

長方形の境界で与えられる.Qx, Qy に対するこの制

限は,それぞれ ε = ±π/Lx, δ = ±π/Ly に等しく,∆Ω は 4 個の対応する単位ベクトル kf (ε, δ) によっ

てつくられる(小さな)平行四辺形の面積で評価する

ことができる.2.1.1項で説明したベクトルの性質のう

ち,特にベクトル積を用いることにより,次式が得ら

れる.

∆Ω ≈∣∣∣∣[kf ( π

Lx, 0)− kf

(−πLx

, 0)]

×[kf

(0,

π

Ly

)− kf

(0,

−πLy

)]∣∣∣∣≈ 1

k2x + k2

z

∣∣∣∣( 2π

Lx, 0,

kxkz

Lx

(0,

Ly, 0)∣∣∣∣

≈ 4π2

LxLy(k2x + k2

z)

∣∣∣(−kxkz, 0, 1

)∣∣∣右辺の絶対値を計算し,数式変形をおこなうと,立体角は次のように書き直すことができる.

∆Ω ≈ 4π2 sin θ

LxLyk2z

ここで,初歩的な三角比の定義より sin θ =

kz/√k2x + k2

z となる.最後に,鏡面反射の散乱ベ

クトルQz = 2kz = −Q を用いて,式 (4.8) の立

体角∆Ω が得られる.

たとえば,試料を積層させる基板 (substrate)として頻繁に用いられるシリコンで

は,〈b〉 = 4.15 fm,質量 m = 28.1 g mol−1,密度 ρ = 2.33 g cm−3であるから,SLD

は次のようになる.

β =ρNA

m〈b〉 = 2.1 × 10−6A

−2

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102

4. 表面,界面と反射率

ここで,NA = 6.02 × 10−23mol−1はアボガドロ数であり,オングストローム単位に

合わせるために 〈b〉と ρにはそれぞれ 10−5と 10−24を掛けている.

試料を構成する層の多くは,単元素ではなく分子で構成されている.それが K 種類

の原子で構成されているとすると,j番目の原子の数を#j,その散乱長を 〈b〉j とすれば,SLDは次のように与えられる.

β =

ρNA

m

K∑j=1

#j〈b〉j (4.11)

ここで m =∑

#jmj は分子の質量であり,ρは全体の密度である.シリコンの表面

に形成されている酸化膜 SiO2に対しては,

β =ρNA

m(〈b〉Si + 2〈b〉O) = 3.5 × 10−6 A

−2

となる.ここで ρ = 2.20 g cm−3, m = 60.1 gmol−1, 〈b〉Si = 4.15 fm(上述),

〈b〉O = 5.80 fm である.X線に対しては,式 (4.11)において,〈b〉j の代わりに原子番号 Zj とトムソン散乱長 reを用いて

〈b〉j → Zjre (4.12)

と置き換えればよい.このように,βは電子密度に比例する.シリコン基板とその酸化

物層の場合は,X線の SLDはそれぞれ 19.7× 10−6A−2と 18.6× 10−6A

−2である.

式 (4.9)からわかるように,深さプロファイル β(z)と反射率データ R(Q)はフーリ

エ変換の関係にあるが,次式のように微分 dβ/dzを含む式を用いると,2.5節でみた

ような物理学的考察と結びつけやすくなる.

R(Q) ≈ 16π2

Q4

∣∣∣∣∫ ∞

−∞

dβdze−izQdz

∣∣∣∣2 (4.13)

この値は式 (4.9)の部分積分で求めることができる.より厳密には,β(z)がディリク

レの条件 (Dirichlet condition)を満足するためには,z → ±∞で β → 0となる条件

(それほど厳しくない)を満足すればよい.

〈参考図〉

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4.1 反射率とフーリエ変換

103

4.1.1 基板のみの場合

式 (4.13)の最初の応用例として,SLDが一定値 βsの裸の基板という,最も単純な

場合を考えよう.理想的な表面に対する深さプロファイルは,界面で不連続性をもつ

次の階段関数 (Heaviside function)となる.

β(z) =

βs (z < 0)

0 (z > 0)(4.14)

シリコンの基板に中性子が入射する場合を,図 4.2に示す.この β(z)の勾配は z = 0

以外の至るところでゼロであるから,その微分は δ 関数で表される.

dβdz

= −βsδ(z) (4.15)

この関数は幅が極めて狭いので,そのフーリエ変換は

βs

∫ ∞

−∞δ(z)e−izQdz = βse

0 = βs

と一定値になる.これを用いて式 (4.13)を計算すると,

R(Q) ≈ 16π2β2s

Q4(4.16)

となり,Q−4に比例する係数をもち,なめらかに減衰する反射率が得られる.このよ

うな緩やかな減少は,原点のごく近傍では成り立たないが,それ以外では,図 4.2に示

されているようによく一致している.原点近くのずれは,式 (4.16)が Q → 0に対し

て R ≤ 1の物理学的制約を破ってしまうので避けられない.式 (4.13)が小さい Qで

成り立たないことについての議論は 4.2節に譲り,反射率データを理解する上でフー

リエ変換の知識がいかに役に立つかを引き続きみていこう.

式 (4.16)は,反射率が βsの二乗に比例することも予言している.この様子は,図

4.3の R(Q)の縦軸方向の変化に現れている.なお,この図 4.3では,SLDが図 4.2

図 4.2 シリコンの完全表面による中性子散乱の場合の,SLD 深さプロファイル β(z) とその微分dβ/dz.式 (4.16) による反射率の予想値を点線で示す.Q > 0.02 A−1 の範囲では実際のR(Q) によく一致している.

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7 周期性,対称性と結晶学弾性散乱に関する最後の章では,最も高度に秩序化した物質の相,すなわち結晶状態の研究についてみていく.結晶では,非常にシャープで明確な構造をもつ回折パターンが生じる.そのため,結晶構造解析はX線散乱実験が最も早く応用された分野である.

7.1.

. 繰り返し構造とブラッグピーク

結晶性物質の最も重要な性質は,その基本単位となる固有の構造(図 7.1)が周期的

に繰り返されていることであり,そのために結晶は長距離秩序をもつ.この周期性は,

数学的には次のように表現することができる.

β(r) = β(r + n1a + n2b + n3c) (7.1)

n1, n2, n3は任意の整数の組である.すなわち,試料中のある位置 rにおける SLD

は,ベクトル a,b,cの整数倍で並進移動した点でも同じである.a,b,cによって構

成される平行六面体が,結晶の構成の基礎となる単位胞 (unit cell)であり,これが 3

次元的に積み重なって周期的構造をつくり上げている.三つのベクトルの長さ (a, b, c)

とそれらの間の角度 (α, β, γ)は,格子定数 (lattice constant)とよばれる.

これまでと同じように,SLDと微分散乱断面積を関連づける式は(dσdΩ

)el

∝∣∣∣∣∫∫∫

V

β(r)eiQ·rd3r∣∣∣∣2 (7.2)

であり,V はX線や中性子を照射する試料の体積を表す.式 (7.1)の並進対称性をも

〈参考図〉

図 7.1 結晶中の基本的な周期性を 2次元的に示す.印は並進対称性による等価な点.

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148

7. 周期性,対称性と結晶学

つ β(r)に対して,フーリエ変換は一つの単位格子の体積 Vcellについての積分として

表すことができる.∫∫∫V

β(r)eiQ·rd3r = LR(Q)∫∫∫

Vcell

β(r)eiQ·rd3r (7.3)

ここで

LR(Q) =∑n1

∑n2

∑n3

exp[iQ · (n1a + n2b + n3c)] (7.4)

である.虚数の指数項の n1, n2, n3に関する求和は,各項が波形として完全に重なら

ない限り,互いにキャンセルしてゼロになる.つまり,ゼロ以外の値をとるためには,

Qは次の条件を満足しなければならない.

Q · (n1a + n2b + n3c) = φo + 2πn (7.5)

〈ヒント〉 ei2πn = 1

ここで φoは定数,nは整数である.これは h, k, lを整数として,

Q = hA + kB + lC (7.6)

A =

2πb× ca · (b × c)

, B =2πc× a

a · (b × c), C =

2πa × ba · (b× c)

(7.7)

のとき成り立つ.スカラー三重積 (scalar triple product)の性質を使うと,ベクトル

A, B, Cは次の式に従うことが示せる.

a ·A = b ·B = c ·C = 2π

a ·B = a ·C = b · A = b · C = c · A = c ·B = 0(7.8)

〈ヒント〉 Vcell = |a · (b × c)|

このとき,式 (7.5)において n = n1h+ n2k + n3l,φo = 0となる.したがって,Q

が式 (7.7)を満たすときは,LR(Q)は値 V/Vcell(すなわち照射された単位胞の数)を

とるが,その他ではゼロとなる.このように,LR(Q)が有限値をもつ点は,Q空間で

次の 3次元のグリッド(格子)を構成する.

LR(Q) ∝∑

h

∑k

∑l

δ(Q− (hA + kB + lC)

)(7.9)

このグリッドは逆格子 (reciprocal lattice) とよばれ,A, B, C は逆格子ベクトル

(reciprocal vector)とよばれる(図 7.2).

結晶からの散乱では,Qの値は Q空間の特定の点においてのみゼロでない値をと

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7.1 繰り返し構造とブラッグピーク

149

図 7.2 (a) 単位胞ベクトル a,

bで定義される 2次元結晶格子,(b) 対応する逆格子ベクトルA,

B と LR(Q).a は B に,b はAに直交し,それらの長さは逆次元の関係 A/B = b/a を満たす.

るというここまでの結論は,2.4.1項の畳み込みの定理からも導くことができる.これ

をみるために,式 (7.1)によって表現される繰り返しの構造は,一つの単位胞の構造

因子と,結晶格子を定める 3次元の δ 関数の配列 L(r)との畳み込みで,次のように

表せることに注目しよう.

β(r) = L(r) ⊗ βcell(r) (7.10)

ここで

L(r) =∑n1

∑n2

∑n3

δ(r − (n1a + n2b + n3c)

)(7.11)

である.したがって,畳み込みの定理により,β(r)のフーリエ変換は,L(r)と単位胞

の SLDのフーリエ変換の積に等しくなる.これは

LR(Q) =∫∫∫

V

L(r)eiQ·rd3r (7.12)

とすれば,まさに式 (7.3)である.式 (7.7)と式 (7.9)の定量的な結果については,2.5.3

項で逆数の間隔をもつ δ関数を用いて説明した 1次元格子の回折パターンを 3次元に

拡張して考えれば,定性的にも理解することができる.βcell(r)のフーリエ変換はすべ

ての Qで定義されるが,それと積をとる LR(r)が不連続であるために,理想的な結

晶性試料からの散乱強度は特別なQに対してのみ値をもつことになる.この,離散的

な散乱強度の点はブラッグピーク (Bragg peak)とよばれる†.

7.1.1 原子面とブラッグの法則

結晶からの散乱の不連続性と規則性については,別の,原子配列構造とより密接に

関係した考察もできる.それは,図 7.3に示すような,フーリエ変換の基本的な逆次

元関係(すなわち,実空間の関数で幅wは回折(逆)空間における 2π/wの広がりに

対応し,実空間で間隔 dでの繰り返しは Q空間では 2π/dの周期として現れること)

†(訳注)関数 L(r)をラウエ関数 (M. Laue) または格子関数とよぶ.そのフーリエ変換 LR(Q)は観測される回折斑点の位置(逆格子点)を表すので,その間隔と角度から a∗, b∗, c∗, α∗, β∗, γ∗ の値を知ることができる.本書カバーの図形は典型的な実際の回折パターン LR(Q) を示す.

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150

7. 周期性,対称性と結晶学

図 7.3 (a) 長さ w で間隔 dをもつ 2次元格子の開口関数.(b) 対応する回折パターン.

に基づく見方である.すると,ブラッグピークのパターンは,さまざまな間隔で異な

る方向に平行に並んだ原子配列面からの回折現象(反射)として理解できる.平面に

垂直な単位ベクトルを nとすれば,平行面は間隔 dだけ離れているので,

r · n = Nd+ ∆ (7.13)

〈参考図〉 〈ヒント〉 |n| = 1

と表せる.これらの面はライン状の回折ピークを次のQで生じることになる.

Q =2πNd

n (7.14)

ここで,N = 0,±1,±2,±3, . . .であり,∆はオフセット(原点からの任意のずれ)を

表す.この散乱ベクトルの大きさを式 (3.7)に等しいとおくと,

Q =4π sin θλ

=2πNd

となり,散乱理論で最もよく知られた次式のブラッグの法則(Bragg’s law)が得られる.

Nλ = 2d sin θ (7.15)

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7.1 繰り返し構造とブラッグピーク

151

ブラッグの法則の初等的な導出

結晶格子によってX線が回折されるというアイディアは,ラウエ (Max von Laue, 1912)

によって提唱され,その後 Friedrich と Knipping (1913)による観測により,X線の波動性

が確証された.一方,ブラッグ (Lawrence Bragg) は,散乱パターンの理解をするための初

等的な理論を打ち出す (1912)とともに,彼の父親であるHenry Braggと一緒にX線回折計

を作製して (1912),いくつかの単純な結晶構造を明らかにした.

図 7.4 等間隔で並んだ層からの反射によるブラッグ散乱の模式図.

ブラッグは,X線回析は理論上は平行に並んだ平

面からの鏡面反射とよく似ているのではないかと推

測した.図 7.4のような面間隔d,散乱角 2θの幾何

学的配置を考えると,隣り合う面で反射した二つの

波の光路差∆Lは

∆L = 2d sin θ

となる.しかし,反射されて出ていくすべての波の干

渉は,この光路差が波長λの整数倍のときに起こる.

∆L = Nλ

ここで,N は整数である.これらの式を合わせると,散乱信号の検出に関する,次のブラッ

グ条件 (Bragg condition)が得られる.

Nλ = 2d sin θ

式 (7.15)は,平面の間隔と,ある波長をもつX線や中性子の散乱角との簡単な関係

を与えるが,式 (7.14)からベクトルとしての性質,すなわち,Qの方向は散乱シグ

ナルに関係する原子面に垂直であるという情報などが失われている.図 3.3と式 (3.8)

に示したように,散乱ベクトルはつねに二つの散乱角 (θ, φ)と波長によって決まる

が,結晶の場合は,それに式 (7.6)の三つの整数が加わる.これにより,指数 h,k,

l(θ = θhkl)をもつブラッグピークは,次の法線ベクトル nhklをもつ平面に対応する

ことになる.

nhkl =λ

4π sin θhkl(hA + kB + lC) (7.16)

ここで,係数のスカラー量は,長さが 1となるようにつけた.ここでは,逆格子ベク

トルを用いて平面の向きを表したが,これを式 (7.13)に代入することで,もとの格子

上の位置ベクトル rを用いた表記に変換することができる.

r = ua + vb + wc (7.17)

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152

7. 周期性,対称性と結晶学

nhklに垂直な平面上に位置ベクトル rが乗るためには,式 (7.8)の直交関係を用いる

と,u,v,wに対して次の条件が課される.

λ

2 sin θhkl(hu+ kv + lw) = Ndhkl + ∆

この式は原子が存在する平面を表している.この平面が a,b,c軸を横切る切片 (u, v, w)

は以下のようになる.

u =η

h, v =

η

k, w =

η

l(7.18)

ここで,ηは定数である.この平面の法線は原子面の傾きを意味する.

〈参考図〉

7.1.2 簡単な結果と応用

次に進む前に,ブラッグの法則から導かれる基本的な結果とその応用をみておこう.

たとえば,散乱角 2θの上限 180と式 (7.15)とを組み合わせると,

sin θ =Nλ

2d≤ 1

となる.ここでは直進通過するビーム(N = 0に相当)を基準とし,また,反射の次

数を表す整数 N を用いた.λ > 2dの場合は,ブラッグピークは観測されないことが

わかる.一方,波長が短かく λ dの場合もまた,反射数が多くなり過ぎて隣接する

ピークどうしを区別するのが難しくなる.

単純な物質では,多数の原子面間隔 dを調べることによって,その原子配列を決定

できるが,多くの試料では,構造を推測するには回折パターンのより詳細な解析が必

要となる.しかし,基本的にブラッグの法則だけで済む工学的な応用例として,残留

応力 (residual stress)の測定がある.鉄道のレールやタービン翼などの機械製品の製

造プロセスでは,早期破壊につながる潜在的な応力がかかってしまうことがある.こ

れらは,結晶格子に生じた歪み (strain)を調べることによって検知することができる.

たとえば,もし引っ張り応力 σによって,焼き鈍した試料の面間隔 doに対し,試験

試料の面間隔が dに広がっていたとすると,その試料の歪み (d− do)/doに,ヤング

率 (Young’s modulus of elastisity)Eを掛けることにより,σの大きさを評価する.

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7.2 パターンと対称性

153

σ =(d− do

do

)E

直接的にブラッグの法則が利用されるのは,d間隔の決定より,むしろ波長の選択

のためであることが多い.X線あるいは中性子の白色ビームを,構造と方位が既知の

試料に当てると,次式に従って特定の波長の反射波が散乱角 2θの場所に現れる.

λ =2d sin θN

理想的なモノクロメーター(monochromator, 単色器)は単一の波長を抽出するもの

であるが,ブラッグの法則には整数 N が含まれるため,分離したい波長の 1/2,1/3,

1/4,· · · のビーム(粒子)も反射されてしまう.もっともこれらの波長のほとんどは高エネルギー領域にあるため,白色光源の中に含まれない可能性が高い.もっとよい

単色化が必要な場合には,反射したビームを,異なる d間隔をもつ別の結晶に通せば

よい.

7.2.

. パターンと対称性

前に述べたように,結晶性物質に共通するのは,それぞれ固有の周期的な構造をも

つことである.それらは例外なく式 (7.1)の並進対称性をもつ(そのために逆格子が

生じる)が,それに加えて単位胞内にも多様な原子配置のパターンが存在する.SLD

に新たな対称性が付加すると,ブラッグピークの強度に特有のパターンが生じる.

7.2.1 フリーデル対と反射強度の等価性

この本を通して,β(r)の一般的な性質として,SLDは次のように実数であることを

仮定してきた.

β(r) = β(r)∗ (7.19)

したがって,式 (2.47)で説明したように,そのフーリエ変換

F (Q) =∫∫∫

V

β(r)eiQ·rd3r (7.20)

は,次のように共役対称となる.

F (−Q) = F (Q)∗ (7.21)

結晶性の試料に対しては,F (Q)は式 (7.6)を満足するQでのみ,ゼロではない値を

とる.よって,式 (7.21)は次のようになる.

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okuzuke : 2014/3/13(10:4)

  訳  者  略  歴竹中  章郎(たけなか・あきお)

1971 年  関西学院大学大学院博士課程修了(理学博士,仁田勇・渡辺得之助研究室)1971 年  東京工業大学(助手,助教授,准教授,教授,~2012 年)2006 年  フランス ルイ・パスツール大学 客員教授2008 年  いわき明星大学 教授(~2013 年)2013 年  千葉工業大学 客員研究員(~現在)2013 年  中国瀋陽薬科大学 教授(~現在)2013 年  フランス IGBMC-CNRS 客員研究員(~現在)

 日本結晶学会 元会長・名誉会員

藤井  保彦(ふじい・やすひこ)1970 年  大阪大学大学院理学研究科物理学専攻博士課程 中退

 東京大学物性研究所 助手1973 年  理学博士(大阪大学)1979 年  米国ブルックヘブン国立研究所物理部門 副主任研究員1982 年  大阪大学基礎工学部物性物理工学科 助教授1988 年  筑波大学物質工学系 教授1992 年  東京大学物性研究所 教授1993 年  同 附属中性子散乱研究施設長(併任)2003 年  日本原子力研究所中性子利用研究センター長2004 年  東京大学名誉教授2005 年  日本原子力研究開発機構量子ビーム応用研究部門 副部門長2007 年  同 部門長2010 年  総合科学研究機構東海事業センター長(~現在)

 日本中性子科学会 元会長 アジア・オセアニア地区中性子散乱協会 AONSA 会長

  著  者  紹  介D.S. Sivia

オックスフォード大学セント・ジョンズ・カレッジ教員自然科学者のための数学教育に従事著書 Foundations of Science Mathematics, Oxford University Press (1999)

Data Analysis : A Bayesian Tutorial, Oxford University Press (1996, 2006)

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okuzuke : 2014/3/13(10:4)

編集担当  藤原祐介・丸山隆一(森北出版)編集責任  石田昇司(森北出版)組   版  藤原印刷印   刷   同製   本   同

X線・中性子の散乱理論入門 版権取得 2011

2014 年 4 月 14 日  第 1 版第 1 刷発行 【本書の無断転載を禁ず】

訳 者 竹中章郎・藤井保彦

発 行 者 森北博巳

発 行 所 森北出版株式会社東京都千代田区富士見 1–4–11( 102–0071)電話 03–3265–8341 / FAX 03–3264–8709http://www.morikita.co.jp/日本書籍出版協会・自然科学書協会  会員

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Printed in Japan/ ISBN978–4–627–15471–1