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41 ⽶国の超⾼層 RC 造建物の耐震設計 Seismic Design of High-Rise Reinforced Concrete Buildings in the US 塩原 等 1) Hitoshi SHIOHARA 1) 東京大学大学院工学系研究科建築学専攻,教授,工学博士(東京都文京区本郷 7-3-1[email protected]Department of Architecture, School of Engineering, the University of Tokyo, Professor, Doctor of Engineering 現在の⽶国の耐震設計基準の歴史は、1980 年代半ばから始まった 20 年以上の期間を要した変⾰の期間を終え、新 しい時代を迎えている。この資料は、その⼀連の経緯と、現⾏の⼀般建物に適⽤される新しい耐震設計基準について 述べている。さらに、⾮線形時刻歴応答解析による超⾼層 RC 建物の耐震設計に着⽬し、特に脚光を浴びている性能 型耐震設計基準の位置付けと実際についても述べている。 The building codes system for structural design in the US have been slowly evolved and improved in two decades endeavor since mid 1980ʼs. The summary of the history and the current seismic design codes are presented. In addition to that, the seismic design provisions of nonlinear time history analysis procedure and the performance-based seismic design for high-rise reinforced concrete buildings are shown. 耐震設計,設計基準,性能型耐震設計,鉄筋コンクリート Seismic Design, Building Code, Performance-based Seismic Design, Reinforced Concrete 1. はじめに ⽶国の建築物の設計基準体系の全⾯的な⾒直しのための準備 は 1985 年代半ばより始められた。その成果の蓄積を踏まえて、 2000 年代に⼊り、それまでの UBC、NBS、SBC などの地域別 のモデルコードが、全⽶統⼀モデルコードである IBC (International Building Code)に置き換えられ、それに合わせて、 関連基準の改訂作業が進められた。その結果、構造関連の設計 基準は、構造種別によらない荷重や構造計算の⽅法を定めた ASCE7 と各種構造別の規定を定めた ACI や AISC などの基準 の役割分担が明確化になり、階層化が図られた。また、並⾏し て既存建物の改修設計の全⽶統⼀モデルコードとして IEBC が 制定され、構造種別によらない既存建物の耐震補強設計の基準 を定めた ASCE41 が制定され、鉄筋コンクリートの補修補強の 基準として ACI369 や ACI562 の整備が進められた。これらの 基準体系の役割分担の明確化に伴い、関連基準の整備が必要と された。そのために、1990 年から 20 年以上の⻑い期間を要し たが、2010 年代に⼊ると混乱の時期は終わり、その体系の具体 的な全貌が姿を表した。 図 1 は、現在の⽶国の鉄筋コンクリート造建物を対象とする 構造設計基準の体系を⽰したものである。⽶国の最近の超⾼層 RC 造建物のブームは、この 2010 年ごろまでに起こった新しい 構造設計体系の整備と全く無関係ではない。 ここでは、現在の新しい⽶国の耐震設計基準に⾄った経緯と、 現⾏の設計および超⾼層 RC 建物の耐震設計で特に脚光を浴び ている性能型耐震設計基準の位置付けや運⽤のされ⽅について 情報提供を⾏う。 2. ⽶国の建物の耐震設計基準の変遷 ⽶国の建築物の耐震設計基準は、実験と学術的な理論的ベー スと構造設計者の判断を基に、研究者と実務者が協⼒しその合 意事項として定められてきた歴史がある。まずその変遷につい て述べる。 (1) 耐震設計のあけぼの (1850 ごろ〜1930 ごろ) 19 世紀中頃、⽶国⻄海岸のサンフランシスコは、ゴールドラ ッシュにより急速に発展していったが、19 世紀半ばから 20 世 紀初頭のサンフランシスコ⼤地震まで、相次ぐ⼤地震で⽊造⼤ ⽕や無補強組積造の振動被害被害が繰り返されていた。建築構 造技術者は、無補強組積造において壁に床を緊結し、組積造の ⽬地に bond iron といわれる鉄板を⽔平⽅向に挿⼊したりして、 耐震的な建物とする⼯夫を⾏うようになっていったが、学術的 な理論に基づいた⼯学と呼べる耐震設計はまだなかった。20 世 に⼊ると、イタリアの 1908 年のメッシナ地震、⽇本の 1923 年 関東地震などが契機となり、それぞれの国で⼯学的な耐震規定 が制定された。それらは、いずれも静的な等価地震⼒に対して 耐えうる強度を与える設計を⾏うものであった。1906 年のサン フランシスコ地震以降、サンフランシスコでは⼤きな地震は来 なくなったが、カリフォルニアの建築構造技術者が設⽴した

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⽶国の超⾼層 RC 造建物の耐震設計 Seismic Design of High-Rise Reinforced Concrete Buildings in the US

塩原 等 1)

Hitoshi SHIOHARA 1) 東京大学大学院工学系研究科建築学専攻,教授,工学博士(東京都文京区本郷 7-3-1,[email protected]) Department of Architecture, School of Engineering, the University of Tokyo, Professor, Doctor of Engineering 現在の⽶国の耐震設計基準の歴史は、1980 年代半ばから始まった 20 年以上の期間を要した変⾰の期間を終え、新しい時代を迎えている。この資料は、その⼀連の経緯と、現⾏の⼀般建物に適⽤される新しい耐震設計基準について述べている。さらに、⾮線形時刻歴応答解析による超⾼層 RC 建物の耐震設計に着⽬し、特に脚光を浴びている性能型耐震設計基準の位置付けと実際についても述べている。 The building codes system for structural design in the US have been slowly evolved and improved in two decades endeavor since mid 1980ʼs. The summary of the history and the current seismic design codes are presented. In addition to that, the seismic design provisions of nonlinear time history analysis procedure and the performance-based seismic design for high-rise reinforced concrete buildings are shown.

耐震設計,設計基準,性能型耐震設計,鉄筋コンクリート Seismic Design, Building Code, Performance-based Seismic Design, Reinforced Concrete

1. はじめに ⽶国の建築物の設計基準体系の全⾯的な⾒直しのための準備は1985 年代半ばより始められた。その成果の蓄積を踏まえて、2000 年代に⼊り、それまでの UBC、NBS、SBC などの地域別のモデルコードが、全⽶統⼀モデルコードである IBC (International Building Code)に置き換えられ、それに合わせて、関連基準の改訂作業が進められた。その結果、構造関連の設計基準は、構造種別によらない荷重や構造計算の⽅法を定めたASCE7 と各種構造別の規定を定めた ACI や AISC などの基準の役割分担が明確化になり、階層化が図られた。また、並⾏して既存建物の改修設計の全⽶統⼀モデルコードとして IEBC が制定され、構造種別によらない既存建物の耐震補強設計の基準を定めた ASCE41 が制定され、鉄筋コンクリートの補修補強の基準として ACI369 や ACI562 の整備が進められた。これらの基準体系の役割分担の明確化に伴い、関連基準の整備が必要とされた。そのために、1990 年から 20 年以上の⻑い期間を要したが、2010 年代に⼊ると混乱の時期は終わり、その体系の具体的な全貌が姿を表した。 図 1 は、現在の⽶国の鉄筋コンクリート造建物を対象とする構造設計基準の体系を⽰したものである。⽶国の最近の超⾼層RC 造建物のブームは、この 2010 年ごろまでに起こった新しい構造設計体系の整備と全く無関係ではない。 ここでは、現在の新しい⽶国の耐震設計基準に⾄った経緯と、現⾏の設計および超⾼層 RC 建物の耐震設計で特に脚光を浴び

ている性能型耐震設計基準の位置付けや運⽤のされ⽅について情報提供を⾏う。 2. ⽶国の建物の耐震設計基準の変遷 ⽶国の建築物の耐震設計基準は、実験と学術的な理論的ベースと構造設計者の判断を基に、研究者と実務者が協⼒しその合意事項として定められてきた歴史がある。まずその変遷について述べる。 (1) 耐震設計のあけぼの (1850 ごろ〜1930 ごろ) 19 世紀中頃、⽶国⻄海岸のサンフランシスコは、ゴールドラッシュにより急速に発展していったが、19 世紀半ばから 20 世紀初頭のサンフランシスコ⼤地震まで、相次ぐ⼤地震で⽊造⼤⽕や無補強組積造の振動被害被害が繰り返されていた。建築構造技術者は、無補強組積造において壁に床を緊結し、組積造の⽬地にbond ironといわれる鉄板を⽔平⽅向に挿⼊したりして、耐震的な建物とする⼯夫を⾏うようになっていったが、学術的な理論に基づいた⼯学と呼べる耐震設計はまだなかった。20 世に⼊ると、イタリアの 1908 年のメッシナ地震、⽇本の 1923 年関東地震などが契機となり、それぞれの国で⼯学的な耐震規定が制定された。それらは、いずれも静的な等価地震⼒に対して耐えうる強度を与える設計を⾏うものであった。1906 年のサンフランシスコ地震以降、サンフランシスコでは⼤きな地震は来なくなったが、カリフォルニアの建築構造技術者が設⽴した

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SEAOC (Structural Engineers Association of California) は、耐震技術に強い関⼼を持ち⾃発的に耐震設計基準の制定に取り組んだ。 (2) 耐震設計基準の制定 (1930 ごろ〜1960 ごろ) 1927 年に始めて ICBO (International of Conference of Building Officials)により、全⽶のモデル建築コードである UBC基準 (Uniform Building Code)が制定されると、SEAOC の耐震規定に基づき、柔らかな地盤上では、建物の重量の 10%の⽔平⼒を床・屋根に加え、堅固な地盤の場合には、その 1/3 とする耐震基準が付録に取り⼊れられた。しかし、1958 年に UBC基準が改訂されるまで適⽤を義務づけるものではなかった。 1930 年代にはカリフォルニア州が独⾃に耐震設計基準の強化を進め無補強組積造の建築が禁⽌され、さらに、Riley Act と Field Act が定められている。Riley Act は、建物の重量の 3%以上の強度を求めており、Field Act は公⽴学校の建設における州の建築家の責任を定めたものであった。同じ頃、UBC 基準においては、地震⼒の地域係数が定められ、設計⽤の⽔平地震⼒は構造物の層数に応じて修正されるようになっている。 (3) 耐震設計の義務付け (1960 ごろ〜1970 ごろ) 1958 年に UBC 基準の⼤改定が⾏われると、UBC 基準を採⽤した地域では、耐震設計が義務づけられることとなった。そこでは地震⼒ V は次の式で定められた。

V = Z K C W (1)

Z: 地域係数, K: 構造システム係数, C: 地盤増幅係数、W:重量 地震⼒は⼀様分布であり、部材の設計には許容応⼒度法が⽤いられた。耐震設計⽤の許容応⼒度を 1/3 増やすことが認められ

ていた。1960 年代には、耐震設計の⽬標が、漠然とした考え⽅から少しずつ明確化が計られ、⼩地震に対しては地震による被害は起こらず、中地震に対しては構造部材に損傷は⽣じないが⾮構造部材には損傷が⽣じる場合があり、⼤地震に対して構造部材・⾮構造部材に損傷は⽣じるが、居住者の⽣命に危害は加えないという説明が⾏われるようになった。この記述はSEAOC の基準に初めて表現されることとなった。 また、このころ、材料の降伏後の部材の⾮線形挙動についての研究が活発に⾏われるようになり、構造部材とそれらの接合部においては、それらのディテールが、構造システムの靭性と頑丈さに⼤きく影響を及ぼすことが明らかにされた。鉄筋コンクリートの場合には、荷重の交番載荷を考慮したディテールであることが必要で、破壊はせん断破壊よりは曲げ破壊である必要があり、⾻組部材では、コンクリートコアを囲むような⼗分な直交配筋があることがその条件となるとした。また、鉄筋コンクリートにおいては、ACI318 基準がそれまでの許容応⼒度設計から終局強度設計に移⾏している。 (4) 耐震設計法の発展 (1970 ごろ〜1980 ごろ) 1971 年 2 ⽉にロスアンゼルス近郊でサンフェルナンド地震が起こり、建物にある程度の地震被害が⾒られ、それまでのSEAOC 基準が必ずしも⼗分でなかったことが明らかとなった。SEAOC は基準の改訂に⼗分な体制であるとはいえなかったので、1973 年に⾮営利組織である ATC (Applied Technology Council)を設⽴して、そこに研究資⾦を集め、技術的な検討と新たな基準案の策定が⾏なわれた。1978 年には、ATC-3.06 報告書が出版され、現在の耐震設計の基準の基礎が形作られた。例えば、ATC-3.06 は、正式に地震応答解析を基礎に置く耐震設計を提⽰し、あるいは構造物の整形性という概念が取り⼊れられ、特定の⾮整形な構造は禁じるなど先進的なものであったが、

図 1 米国のRCの構造設計の基準体系

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これが実際に基準に取り⼊れられにはさらに 12 年を要することとなった。 1971 年のサンフェルナンド地震からおよそ 20 年の間、1988年に UBC 基準が改定されるまで、さまざまな規定が SEAOC基準に追加されていった。それらを列挙すれば、1) 地盤条件を考慮するサイト係数(Site Factor)の導⼊、2) 重要な構造物の設計を強化し性能を⾼めるための⽤途係数(Occupancy Factor) の導⼊、3) 構造物の性能が想定したほど得られていないので、地震⼒の必要レベルを 1/3 を割り増すこと、4) 構造物の接合部、例えば耐⼒壁と⽊造床の接合部など明⽰的な規定化、それらの⼒を⽔平抵抗要素に伝えるための定着部分の応⼒の明⽰、5) 層間変形の制限の導⼊、6) ⾮構造部材の接合部の設計規定が明⽰的になり、層間変形の影響が設計に反映されるようになった。また、並⾏して鉄筋コンクリート構造や鉄⾻構造などの構造種別ごとの耐震設計規定が ACI や AISC の基準に完備されていったのもこの時期である。 (5) 耐震設計基準の統⼀化 (1980 ごろ〜2000 ごろ) それまで、UBC 基準の他にも建築基準のモデルコードは複数存在していた。⽶国東部では NBC (BOCA National Building Code) が、⽶国南部では SBC (Standard Building Code) が使われており、UBC 基準は⻄部の諸州でのみ採⽤されているのが実情であった。1980 年代半ばに、FEMA (連邦緊急事態管理庁) が拠出した研究資⾦により、NIST(National Institute of Standard and Technology) の後援の下で独⽴した協会 BSSC(the Building Seismic Safety Council)が設⽴された。BSSC は、SEAOC の後押しで作られた ATC-3.06 の報告書の耐震規定を⽶国全⼟で採⽤が可能な標準的なものとして整備し、統⼀基準の作成を⾏うことを⽬標とした。委員会設置に当たっては、委員として⽶国内の耐震⼯学を代表する技術者を地理的なバランスも考慮して注意深く集め、設計者、研究者、建築主事、材料施⼯業界のそれぞれの利益を代表するよう配慮が⾏われた。委員会の議決の⽅式には、投票に基づく統⼀コンセンサス⽅式が採⽤された。これは例えば、現在 ANSI が定めている標準規格がそれにあたると思われる。ここで BSSC が定めた基準案は、1985 年に初めて NEHRP 耐震基準案として出版され、逐次改定が⾏われていった。1993 年には、荷重を定める基準であるASCE7: Minimum Design Loads for Buildings and Other Structures に、新たに耐震規定として 1991 版の NEHRP 耐震基準案の内容が採⽤され記述されることとなった。 (6) モデルコードの統合 (2000 ごろ) 2000 年以前は、郡を単位とした管轄区域内ごとにモデルコードの採⽤が決定され、法的な実効⼒が付与されるしくみとなっていた。2000 年になると、それまで⽶国の建築物の設計を規定していた UBC、NBC、SBC の三つのモデルコードは役⽬を終え、唯⼀のモデルコードである IBC (International Building Code)が制定され、これらを置き換えることとなった。この最初の IBC は、1997 年版の NEHRP 耐震基準をベースに作成されたものである。

IBC がモデルコードになったのを契機に、全⽶の州単位で、法的な実効⼒を有する建築基準が制定されていった。例えば California Building Code は、カリフォルニア州内で法的な実効⼒を有する基準で、実際には⼀部に修正・追加が⾏われるが、ほとんどが IBC と同じになっている。この結果、BSSC の当初の⽬論⾒のとおりIBCという事実上の全⽶で共通な建築基準が完成したのである。 (7) ASCE7 の耐震基準 (2000 ごろ〜) ASCE (アメリカ⼟⽊⼯学会)は 1988 年以来、設計荷重に関する技術資料 ASCE7 を作成していたが、建築物の耐震設計法に関する基準の作成は担当していなかった。しかし、IBC のモデルコード化によってASCEの役割に⼤きな変化が起こることになる。その契機は FEMA の援助で⾏われていた NEHRP 耐震基準の改訂作業から、FEMA が⼿を引くことになって訪れた。2003 年に FEMA(連邦緊急事態管理庁)が ASCE(アメリカ⼟⽊⼯学会)と合意に達し、1993 年より ASCE7 が NEHRP 耐震基準を引⽤している形式だったのを改め、NEHRP 耐震基準の内容の⼀部を IBC とし、IBC は ASCE7 の内容を引⽤する形になったのを受けて、本来のNEHRP耐震基準の膨⼤な耐震規定は、ASCE7 が引き取ることが合意されたのである。これにより、⽶国の耐震基準の歴史的な転換が図られた。これ以来、ASCE7 は、構造種別によらない耐震設計の基本原則と地震荷重が記述される耐震設計の最も重要で基本的な技術資料となったのである。また、ASCE7 の内容は全⽶のモデルコードである IBC にそのまま引き写されたので、ASCE7 もまた事実上の全⽶の建築物の統⼀された耐震構造設計基準となったのである。しかし、IBCの表現に、元となった ASCE7 やその他の基準から⼀部が微妙に書き換えられた部分があり、内容が異なっていることについて構造技術者からの懸念が表明された。そこで、2006 年版の IBC から、ASCE7 その他の⽂献が改訂されるたびに、規定の⽂章を引き写して次の版の IBC とするこれまでの⽅式を改め、ASCE7 やその他の基準を⽂献として引⽤する形式に改められ現在に⾄っている。

3. 現在の⽶国の建物の耐震設計基準 現在のところ 2016 年に発刊された ASCE7-16 が最新版となっている。本基準は ASCE に設置された委員会により6 年サイクルで改訂され維持更新されることとなっている。 ASCE7 に含まれる耐震設計基準は⼤きく⼆つに分けて、a) 構造システムに必要な強度と剛性に関する検証⽅法についての仕様、および、b) 構造物のディテールの設計に関する具体的な諸規定からなっている。後の部分については、構造種別ごとに、他の規格団体(ACI、AISC、AISI、 AWC や TMS)が策定する基準類によることを定めているだけであり、ASCE7 ⾃体にはその内容は⽰されていない。ASCE7 の構造設計基準 は、⽇本の基準に例えれば、建築基準法施⾏令の第三章⼋節構造計算の内容に、各種告⽰を含めたものに相当するものと考えればよい。すなわち、すべての構造種別を対象とした設計基準となってい

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る。また、建築物の安全のための最低基準を定めているという点も同じである。 既に前の節で述べたように、⽶国の耐震設計規定は、ASCE7に含まれていることがお分かりいただけたと思うので、ASCE7 を基本とした現在の⽶国の耐震設計法の要点について以下に紹介する。 (1) リスクカテゴリー (Risk Category) まず ASCE7 の建築構造の設計では、対象となる建物を、4 段階のリスクカテゴリーの中どれにあたるかを決める。リスクカテゴリーは、その建物の⽤途とその構造物が倒壊するような災害における地域コミュニティーの災害に対するレジリアンスへの影響度合などから決定されるものであり、表から選んでどのカテゴリーを適⽤するかが決まる。

表 1 リスクカテゴリーと⽬標性能 カテゴリー ⽤途と⽬標性能

I ⼈が居住しない家畜⼩屋のような建物 II 商業、住居、産業⽤の⼀般的な建物

MCE 地震に対して倒壊確率が 10%以下、⾮構造部材の⼈命に関わる⾮構造部材の損傷確率が 25%以下

III ⼤規模集合住宅、障害者⽤住居、もしくは、放出されると周囲に及ぼす危害が⼤きな物質を⼤量に貯蔵する施設 MCE 地震に対して倒壊確率が 5%以下

IV 病院、応急対応施設、地震後の復旧が重要な通信センターなどの施設 MCE 地震に対して倒壊確率が 3%以下

リスクカテゴリーごとに設計の⽬標が異なる所は、いわゆる重要度係数の考え⽅にも似ているが、リスクカテゴリーにより、敷地の地震リスクに応じて採⽤可能な構造システムの種類、採⽤可能な構造解析⼿法および守らなければならない構造規定が連動して決定される仕組みが取り⼊れられている。 ⽬標性能は、⼀般に倒壊を考慮する最⼤クラスの地震動である MCE 地震 (Maximum Considered Earthquake)に対する倒壊確率により説明される。 なお、設計時に倒壊確率の算出が必ずしも求められるわけではない。従来型の設計⼿順を満たした設計を⾏えば良い。またこの場合、設計地震⼒のレベルは、MCE 地震のレベルの(2/3)にすることが認められている。地震動を(2/3)倍してよい理由は、設計限界に対して、真の倒壊に対する余裕度が150%(設計地震動の 1.5 倍のレベルまで倒壊しない)と仮定されているものと説明されている。⼀⽅、性能型耐震設計を適⽤する場合には MCE 地震に対する倒壊確率を直接算出する設計も認められているが現状では実⽤的に適⽤することは困難であり、MCE 地震レベルの低減も認められていない。 (2) 地震ハザートマップと設計地震動スペクトル

耐震設計⽤地震動の⼤きさは、設計地震動スペクトルを基本として定義される。設計地震動スペクトルは、ASCE7 に⽰されたハザードマップから読み取れる値からマッピングする。すべての地点に対して、SS値(5%減衰、周期 0.2 秒の弾性最⼤応答加速度)と S1値(5%減衰、周期 1 秒の最⼤弾性応答加速度)(例 図 6) が定められている。また、サイトの地盤特性は、せん断波速度や N 値で規定される A(岩盤)から F(軟弱⼟)の 6種類にわけられ、地盤条件を考慮した最⼤応答値 SMS と SM1に変換する。例えば、地震地域の S1の増幅率は、0.8 倍から 1.5 倍とされている。なお、従来型の設計の場合には、前に述べたように(2/3)を乗じて、設計⽤最⼤応答加速度である SDS と SD1

を求める。 設計⽤の最⼤地震応答スペクトルは、図 2 の形であり、すべての周期の値が決まる。TL を超える⻑周期領域では、さらに周期増⼤に伴い応答は減少する。実際の値は地域により細かく変化するので簡単に⽇本の地震ハザードと⽐較することは困難であるが、1 秒周期の最⼤加速度応答 S1値は、サンフランシスコやロスアンゼルス近郊で 1.0g、その他、サンアンドレアス断層沿いでは⼀部で 1.25g の値が読み取れる。

(3) 耐震設計カテゴリー (Seismic Design Category) ⽶国内では、地域によって地震活動度に著しい違いがあるため、それが合理的に反映されていることが必要である。IBC は全⽶で統⼀されたモデルコードであるため、それが引⽤するASCE7 も、地震が全くない地域から地震が頻繁に起こる地域まで、共通に適⽤される基準でなければならない。 そこで、建物のサイトの設計⽤の最⼤地震応答スペクトルの⼤きさと、その建物に適⽤されるリスクカテゴリーの組み合わせによって、耐震設計カテゴリーを定めることにしている。耐震設計カテゴリーはA から F の 6 種類である。耐震設計カテゴリーA は、地震の影響が最も⼩さい場合に適⽤され、耐震設計カテゴリーF は設計地震動が最も⼤きい場合及びリスクカテゴリーが IV の建物の場合に適⽤される。耐震設計カテゴリーが違えば必要とされる耐震設計におけるすべての⼿順や規定が連動して変わるしくみとなっている。 耐震設計カテゴリー別に、許容される耐震構造システムのタイプと、必要な構造ディテールや構造規定が定められる他、耐

図 2 設計⽤地震動スペクトル

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震設計カテゴリーごとに、⾼さや形状の制限がある。また、構造システムの強度や剛性を求める解析⼿法や解析モデルも異なれば、⾮構造部材の取り付け⽅法や固定⽅法などが規定される。 ちなみに、S1 値が 0.75g より⼤きい地域では、耐震設計カテゴリーは E であり、その地域でリスクカテゴリーIV を設計する場合には、耐震設計カテゴリーは F になると定められている。 (4) 構造システム (Structural System) ASCE7 に規定されている構造システムは、2010 年版のASCE7-10 では 85 ある。これらは、a) 耐⼒壁システム、b) ⾻組システム、c) モーメント⾻組システム、d) 併⽤システム、e) 特別構造システムの 5 つの基本グループに⼤別され、さらに構造材料別に別れる。これに加えて、通常(ordinary)、中間(Intermediate)、特別(Special)で形容される分類がある。例えばカリフォルニアのような地震地域で採⽤される⼆⽅向ラーメン構造は、特別靭性⾻組(Special Moment Resisting Frame)であり、Intermediate Moment Resisting Frame より、構造詳細の規定が格段に厳しくなる。鉄筋コンクリートの場合は、構造詳細は ASCE7-10 が引⽤している ACI318 基準に規定されており、特別靭性⾻組とする場合には、Chapter 21 の耐震規定に定めた、柱の帯筋量や柱梁接合部の規定を適⽤することとなっている。つまり、部材が地震に対するどの程度の塑性化を許容できるか、繰り返しに対する性能がどうかで異なる。通常(Ordinary)もしくは中間(Intermediate)で形容される構造システムは、耐震設計カテゴリーが A B もしくは C の場合しか⽤いることができない。 (5) 設計⽤修正係数 (Design Coefficients) 後述するが、⼀般的に適⽤される構造計算の⽅法は、等価な静的⽔平⼒による⽅法である。これは、Equivalent Lateral Force (ELF) Analysis と呼ばれている。すなわち、線形弾性解析により構造物の応⼒を定め、終局強度で断⾯を決定する従来から広く使われている⽅法である。この⽅法では、弾塑性応答を考慮して実態に即した設計を⾏うために、線形弾性応答値に修正係数を乗じて⽤いる⽅法が認められている。これらの値は、応答修正係数(R)Response Modification Factor、上限強度係数(W0)Over Strength Factor 、 変 形 増 幅 係 数 ( Cd ) Deflection Amplification Coefficient で、上述の構造システムごとに、表中に、構造システム別の具体の数値が⽰されている。それぞれの意味が図 3 に説明されている。応答修正係数(R)は、弾塑性応答を考慮して、必要とされる弾性応答地震⼒を低減する係数である。鉄筋コンクートの特別靭性⾻組の場合には R は 8 と規定されている。また、変形増幅係数(Cd)は、線形の⾻組解析で求められる応答⽔平変位に乗じて、弾塑性応答時の⽔平変形を算出するために⽤いる割り増し係数である。鉄筋コンクリート特別靭性⾻組の場合には、Cd は 5.5 と規定されている。Cd は、粘性減衰や履歴減衰の影響を考慮して定めたものとされており、履歴減衰性能が⼩さい場合には Cd は R より⼤きくなるケースもあり、構造種別や構造詳細の設計により異なる。上限強度係数(W0)は、機構形成時のベースシヤと、構造物内の部材で初

めて終局強度に達した時のベースシヤの⽐率である。部材の保証設計を⾏う時には、線形の⾻組解析で求められる部材応⼒に上限係数(W0)を乗じて上限応⼒を算出するために使われる。鉄筋コンクリートの特別靭性⾻組の場合には、W0 は 3 と規定されている。ただし、W0を乗じて求めた応⼒が部分的な降伏機構の釣り合いから(例えば両端曲げ降伏ヒンジの条件から求められる上限応⼒)を上回る場合にはその応⼒を⽤いて良い。こ

のように、ASCE7 においては、耐⼒設計における保証設計の考え⽅を取り⼊れている。 ASCE7 では、鉄筋コンクリート靭性⾻組の崩壊形に関する具体的な設計法については述べられていないが、ACI318 の⽅には梁降伏型に設計するために柱梁強度⽐を 1.2 以上にすることなどの規定がある。

(6) 構造計算法の種類 ASCE7-10 では、4 種類の異なる耐震構造計算の⽅法が⽰されている。ただし、すべての耐震構造計算を採⽤してよいわけではない。例えば、不整形な構造物である場合や、⼀部の耐震設計カテゴリーは、適⽤できる耐震構造計算が限定される。⼀つ⽬の⽅法は、耐震設計カテゴリーが A の建物は地震動が最も⼩さい場合に適⽤され、建物重量の 1%の⽔平⼒に対して強度があることを確認する⽅法である。この耐震構造計算は、Index Force Procedure と呼ばれ、従来耐震設計が⾏われていないような場合に適⽤される規定である。 ⼆つ⽬は、耐震設計カテゴリーが B と C のあらゆる建物と、軽量⾻組構造と、および、すべての整形の構造物に適⽤される耐震構造計算である。等価な静的地震⼒と線形構造解析による⽅法が適⽤できこれが、 既に紹介した ELF 解析法 (Equivalent Lateral Force Analysis) である。耐震設計カテゴリーが D、E とF であっても、平⾯のアンバランスによる捻れ応答や⽴⾯のアンバランスにより剛性率の⼩さな層への応答集中が⽣じることが起こりにくいと判断される場合には、この⽅法を適⽤することができる。ELF は、構造物の⼀次モードの⽔平地震応答を考

図 3 設計⽤修正係数

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慮するものである。この耐震構造計算では、構造物は主として⼀次モードで振動しモード系は直線分布を仮定して定められている。設計⽤地震⼒のベースシヤは、ELF 解析法の場合、次の⼩さい⽅とする。

V = (SDS /(R/I ))W (2) V = (SD1 /(R/I ))W (3)

ここに、V:設計⽤地震⼒のベースシヤ、SDS :0.2 秒設計⽤地震⼒のベースシヤ、SD1 :1 秒設計⽤地震⼒のベースシヤ R:応答修正係数、 I:重要度係数でリスクカテゴリーIII と IV では、1.25 ないし 1.5、W:重量。 三つ⽬は、モーダル地震応答を弾性地震応答スペクトルから地震⼒を定める⽅法である。しかし、2016 年版の ASCE7-16 から取り除かれる。 四つ⽬は、時刻歴応答解析法である。線形時刻歴応答解析と⾮線形時刻歴応答解析の両⽅があり、ベースアイソレーターを有する建物や、エネルギー吸収機構部材を有する建物、もしくは、性能型耐震設計が適⽤される場合に⽤いられる。⽇本の限界耐⼒計算に相当する⽅法は新築建物⽤には認められていない。 (7) 時刻歴応答解析法の⼊⼒地震動時刻歴 構造計算に時刻歴応答解析法を適⽤する場合の⼊⼒地震動は、最低でも⽔平⼆⽅向成分の地震動の組を 3 組以上選定しなければならず、それらは、地震マグニチュード、震源機構、震源距離、サイトの地盤特性が類似のものから選定されなければならないとされている。それぞれの地震動の組は、構造物の⼀次固有周期を中⼼とした広い範囲において、周期ごとに直交する⼆⽅向のスペクトルを別々に求め、それらの⾃乗和の平⽅根を求めて得られる最⼤加速度応答スペクトル(5%減衰)が、その地点の設計⽤地震動のスペクトルを包絡するレベルになるよう係数を乗じてスケーリングして⽤いる。 設計⼊⼒地震動の組の数が 7 組未満の場合には、判定に⽤いる応答値(部材応⼒や変形)は、それらの解析で得られた応答の中から最⼤値を⽤いる。設計⼊⼒地震動を 7 組以上⽤いる場合には、応答値の平均値を判定に⽤いる応答値としても良い。この主旨は、設計者がより多くの地震動で地震応答解析を⾏うことを推奨するためのものであり、地震応答にばらつきがあることを理解させるところにある。⼀般的な耐震設計ルートでは、標準的な荷重の組み合わせから求められる設計⽤応⼒に対して強度があることを⽰すことが求められるのに対して、この⽅法ではエンジニアは設計した構造物の強度と変形性能で、構造物が許容できる性能を発揮できるかを⽰すことが求められている。 このように、ASCE7 では、時刻歴応答解析法における基本的な設計条件と設計のクライテリアも⽰されている。 (8) 鉛直地震動の考慮 筋交いの接合部のように部材に塑性変形が⽣じることなく強度を失う場合には、その構造物が⾮線形応答することができなくなり望ましくない。また、連続しない連層耐震壁を⽀える柱が、塑性変形が⽣じることなく強度を失う場合には、進⾏性崩

壊の原因となる。このようなクリティカルな部材についての設計では、⽔平地震⼒に鉛直地震動の影響も考慮した設計を求めている。 (9) 層間変形⾓の制限 等価静的⽔平⼒による耐震設計においては、設計⽤地震⼒における層間変形⾓が、耐震リスクカテゴリーに応じて定められた限界値以下であることを求めている。リスクカテゴリーII III および IV でそれぞれ、限界変形⾓は、2%、1.5%、1.0%以下であることを確かめなければならない。等価静的⽔平⼒による耐震設計では、弾塑性応答時の層間変形⾓を求めることはできない。そこで、等価な静的⽔平⼒による線形解析で求められる層間変形⾓に変形増幅係数(Cd) を乗じて求める略算を⽤いて良い。 線形解析で求められる変形は、部材の剛性評価に依存する。鉄筋コンクリート部材の場合には、ひび割れ後の剛性は、ACI基準に定められた低減係数を⽤いることが決められているので、設計者がモデル化における裁量の余地は⼩さい。このように、ASCE7 では、部材の剛性評価や部材の終局強度の評価は定められておらず、ACI318 のような構造種別ごとの基準に定められることとなっている。 (10) 構造物種別ごとの部材の⼒学特性と構造ディテール 既に述べたように、構造物種別ごとの部材の⼒学特性や構造ディテールの規定は、ASCE7 基準には定められていないが、構造種別ごとに、他の規格団体(ACI、AISC、AISI、 AWC や TMS)が策定する基準類によることとなって。例えば鉄筋コンクリートの場合は、ACI 基準を引⽤しているため、それらの規定を守ることが必要となる。例えば、図4はACI基準によった場合の、特別靭性⾻組構造の鉄筋コンクリートの柱梁接合部の設計例である。特別靭性⾻組構造に求められる拘束筋と⽐べると⼤変厳しい。

ASCE7 における耐震設計法の規定について簡単にその構成と特⾊を紹介した。このほか、ASCE7 においては、免震構造の耐震設計、制震構造の耐震設計、時刻歴応答解析⽤の⼊⼒地震動の作成⽅法など、様々な規定が含まれているが全てここで述べるにはスペースが⾜りないので、最後の⽂献リストの技術資料を参照いただきたい。

図 4 ACI318 によった場合の柱梁接合部の構造ディテール例

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4. ⽶国における性能型耐震設計 すでに古くから、⽶国の各種の建築構造設計基準に性能型設計法の規定は含まれてきた。それは、合理的な設計法により同等な性能を付与できるのであればそれを認めるという規定であった。しかし、どのようにすれば同等の性能が得られかを定量的に確かめることができると評価された客観的な⽅法が⽰されていなかったために、実際にこの規定が⼀般的に活⽤される事例は極めて稀であった。しかし最近、性能型耐震設計法が実際に活⽤される事例が増えている。このような状況に⾄る経緯と現状について以下に述べる。 (1) 耐震診断と性能型耐震設計法 1990 年代半ばより、FEMA (連邦緊急事態管理庁)の財政的⽀援によって、構造物の耐震補強設計のために、様々な性能型設計⼿順が BSSC で開発されるようになった。1997 年には、FEMA273 (NEHRP Guidelines for the Seismic Rehabilitation of Buildings) が刊⾏され、具体的で⼿続きの完備した性能型耐震設計⼿順が⽰され、病院建築物など、少しずつ耐震補強の実務に適⽤されていった。耐震補強の対象となる建物は、現⾏の構造設計基準を満たしていないため、耐震補強設計の妥当性は、得られる性能で判断する性能型耐震設計しか適⽤できないことは⾃明の理であった。 2001 年に ICC (International Code Council) は、International Performance Code を制定し、性能型の構造・耐⽕・環境基準の整備を始めた。また、2009 年には、既存建物の補修設計の基準である IEBC (International Existing Building Code)が、新築建物のモデルコードの IBC から分離し独⽴した刊⾏物となった。ASCE は 2006 年から FEMA273 をベースにコンセンサスに基づいた国家基準にする作業を⾏い 2013 年に ASCE41-13 基準として完成させた。それより以前に、ACI は、2011 年に鉄筋コンクリート造の既存建物の耐震改修設計の具体的な適⽤⽅法を定める ACI369R-11 Guide for Seismic Rehabilitation of Existing Concrete Frame Buildings and Commentary の制定を終えている。このような作業が 2010 年ころまで続き、やっと実務に適⽤できる形に成熟したものといえよう。 このように、性能型耐震設計法は、主に既存建物の改修設計基準の整備の⼀貫として進められてきた。ここには、様々な耐震計算の⽅法が⽰された。例えば、ASCE41 に、Nonlinear Static Procedure (NSP)が定められている。NSP は、⾻組の静的⼀⽅向増分解析を⾏い、それを元に構造物を⼀⾃由度に縮約し、地震応答スペクトルから地震応答を簡易に推定して、耐震補強の要否や、耐震補強設計の妥当性を判定する⽅法であり、我が国の限界耐⼒計算と⼤変似た⽅法である。また、Nonlinear Dynamic Procedure (NDP)は、⾻組の⾮線形動的地震応答解析により応答を推定する⽅法であり、我が国の時刻歴応答計算と似ている⽅法である。しかし、ASCE41 に⽰された⽅法は、あくまでも既存建物だけを適⽤範囲としており、必ずしも新築の建物に適⽤できる基準ではない。ただし、それらの基準に⽰さ

れた部材の解析モデル化のガイドラインは、当然新築建物の構造計算に使えるものとなっていた。

(2) 新築建物⽤の性能型耐震設計法 2008 年に LATBSDC (Los Angeles Tall Buildings Design Council) がロスアンゼルス周辺の地域の新築建物向けにLATBSC ガイドライン(An Alternative Procedure for Seismic Analysis and Design of Tall Buildings located in the Los Angeles Region)という、性能型耐震設計のガイドラインを発表する。これは、ASCE7 に⽰された耐震設計法の⼀部を置き換える代替⽅法として提案されたもので、次第に受け⼊れられ、それから10 年たった現在、これを適⽤した超⾼層 RC 建物への性能型耐震設計の適⽤事例が増加している。 2010 年には、カリフォルニア⼤学バークレー校の PEER (Pacific Earthquake Engineering Research Center)も、Guidelines for Performance-Based Seismic Design of Tall Buildings Version 1.0 を刊⾏している。これは、LATBSDC ガイドラインのよう

図 5 ASCE41-13 に定められた構造部材の⾮線形復元⼒

特性のスケルトンカーブ (ABCDE の折れ点は別の表に具体的な値の算出法が定められている)

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に適⽤地域を限定したものでなく、もう少し⼀般的に使えるよう記述しなおしたもので、これらのガイドラインの⽬的は⼤変似ている。 これらの性能型耐震設計のガイドラインは、ASCE41-13 に記述されている部材性能のモデル化に関する資料を拠り所としている。これらの性能型耐震設計のガイドラインでは、ASCE7 のリスクカテゴリーII の耐震性能を⽬標としていると述べられている。これらの性能型耐震設計では、⾮線形時刻歴地震応答解析が⽤いられ、サイト特性を考慮した設計⽤地震応答スペクトルにより基準化した⼊⼒地震動が⽤いられる。性能の判定は⾮線形地震応答における応答値が、構造物が安定である範囲にあるだけではなく、それぞれの部材のモデル化の妥当性が検証されている範囲内に応答が抑えられていることが必要とされる。構造技術者は、ASCE41-13 に定められ部材強度や剛性の規定 (図 5) を⽤い、変形性能のクライテリアは3つの耐震応答レベルごとに定められた値を⽤い、それぞれ判定を⾏う。また、新築なので例えば鉄筋コンクリート部材の構造ディテールは、ACI318 基準の Chapter21 の耐震部材の規定に従わねばならないものとしている。 (3) LATBSDC ガイドライン 性能型耐震設計⽅法を規定した⼀例とて、LATBSDC ガイドラインの 2014 年版の内容を、以下に述べる。LATBSDC ガイドラインは、Los Angeles の技術者を中⼼にまとめられた性能型耐震設計⼿順であり、中⾼層建物を対象としているが、実際には⾮線形時刻歴地震応答解析が必要なため、超⾼層建物の設計のみに使われている。構造形式は、鉄筋コンクリート構造や鉄⾻構造が対象となる。ASCE7 においては、既に⾮線形時刻歴地震応答解析による設計が認められているので、必ずしも性能型耐震設計基準を適⽤しなければ超⾼層建物の設計はできないという訳ではない。しかしより具体的な適⽤⽅法が指定されているため、設計マニュアルとして構造設計技術者に幅広く受け⼊られつつあるようである。また設計基準が既に I BC に統⼀されているため、従来東海岸で超⾼層の設計に実績のある⼤⼿のエンジニアリングファームが、⻄海岸のプロジェクトを引き受けやすくなったとも考えられる。 LATBSDC ガイドラインの対象となる建物は、崩壊形が明確で⾮線形挙動が明確な部材以外は⼗分な耐⼒を持たせる、いわゆる耐⼒設計 (Capacity Design) によっていることとされている。また、⽬標性能は、30 年再現期待値が 50%の地震動に対して構造部材や⾮構造部材に損傷がなく使⽤性能の低下がないこと、極めてまれな地震動に対して倒壊する確率が極めて低いこと(MCE 地震動に対して倒壊確率が10%以下)を求めている。 LATBSDC ガイドラインに⽰された、⾮線形時刻歴地震応答解析におけるモデル化における要点を⽰す。 • 検証のための解析は、建物をフルにモデル化した三次元⾮

線形時刻歴地震応答解析を求めている。⼀⽅、⼆次元の解析は不要としている。

• 中⼩地震時の使⽤性確認のための線形地震応答解析では、減衰を 2.5%以下とする。(3.2.1)

• 地盤のモデル化は⾏わず上部構造の解析を⾏って良い。(3.2,2)

• 低層部分でセットバックする部分では、ダイアフラムによるバックステイ効果を考慮する (3.2.3)

• コンクリートコア壁は、ファイバーモデルによるものとし、コンクリートの特性のモデル化は ASCE41 による。

• 塑性ヒンジ⻑さは、Paulay、Priestley の提案を⽤いる。 • 耐⼒設計の適⽤にあたり、変形設計と強度設計にわけ、強度

設計にしなければならない部分と、塑性変形を許容する部分を明確に具体的に表で定義している。

• ⼊⼒地震動は 7 組以上とし、直下型地震の速度波形におけるパルス性が強い⻑周期地震動も含める。

• P デルタ効果は必ず考慮しなければならない。 • 減衰率は 2.5%以内とする。 • その他、部材の復元⼒特性のモデル化は ASCE41 の規定に

よる。 次に、⾮線形時刻歴地震応答の設計のクライテリアの要点を以下に⽰す。 • 鉄筋コンクリート部材は ACI318 の Chapter21 の耐震規定

をすべて満たさなけらればならない。 • 破壊モードは、基本的には曲げとする。 • 重要な部分の保証設計(強度設計)の設計応⼒は、応答の平

均値の 1.5 倍が保証強度を上回るものとする。 • 7 波の地震応答の平均層間変形⾓は 3%以内とする、7 波の

最⼤層間変形⾓が 4.5%以内とする。 • 残留変形⾓は 1%以内とする。 • 層の強度が 20%以上低下してはならない。 最後に、設計のピアレビューに関する要点を以下に⽰す。 • 設計にあたっては、建築主事の主導のもとピアレビュー委

員会を設け、設計のすべての段階で確認を⾏うことが必要とされる。

• ピアは著名な専⾨家 3 名以上で、メンバーは建築主事が選任し、メンバーはプロジェクトと利害関係があってはならない。

• 委員会は、設計の初期段階から設定し活動を始める。 • 地震計の設置とモニタリングが求められる。設置⽅法はピ

アの承認が必要である。 • 建物階数に応じた地震計の最低センサー数が決められてお

り、例えば 34 階では、少なくとも 24 のセンサーが必要である。

• 設置と維持管理は建物所有者の責任で⾏われ、建築主事の要請に応じてデータの提出が求められる。センサー配置⽅法についての報告書を作成して提出しなければならない。

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略語対応表 ACI American Concrete Institute ACI318 Building Code Requirements for Structural Concrete and

Commentary, ACI ACI369 Guide for Seismic Rehabilitation of Existing Concrete Frame

Buildings and Commentary ANSI American National Standard Institute AISC American Institute of Steel Construction AISI American Iron & Steel Institute ASCE American Society of Civil Engineers ASCE7 ASCE/SEI7-10 Minimum Design Loads for Buildings and

Other Structures, ASCE ASCE41 ASCE/SEI41-13 Seismic Evaluation and Retrofit of Existing

Buildings, ASCE ATC Applied Technology Council ATC-3.06 Tentative Recommended Provisions for Seismic Regulation,

Report no. ATC-3.06, ATC AWC American Wood Council BSSC Building Seismic Safety Council FEMA Federal Emergency Management Agency FEMA273 NEHRP Guidelines for the Seismic Rehabilitation of

Buildings, FEMA IEBC International Existing Building Code, ICC IBC International Building Code, ICC ICBO International of Conference of Building Officials ICC International Code Council LATBSDC Los Angeles Tall Buildings Structural Design Council MCE Maximum Considered Earthquake NBC BOCA National Building Code, BOCA NEHRP National Earthquake Hazards Reduction Program NIST National Institute of Standard and Technology PEER Pacific Earthquake Engineering Research Center SBC Standard Building Code SEAOC Structural Engineers Association of California TMS The Masonry Society UBC Uniform Building Code, ICBO 引⽤⽂献リスト ACI Committee 318 (2014). Building Code Requirements for Structural

Concrete and Commentary (ACI318-14/ACI318R-14). American Concrete Institute, 2014.

ACI Committee 369 (2011). Guide for Seismic Rehabilitation of Existing Concrete Frame Buildings and Commentary (ACI369R-11). American Concrete Institute, 2011.

ANSI (2017). ANSI Essential Requirements: Due Process Requirements for American National Standards. American National Standards Institute (www.ansi.org/essentialrequirements), January 2017

Applied Technology Council (1978). Tentative Recommended Provisions for Seismic Regulation, Report no. ATC-3.06, ATC, Redwood City, CA.

Applied Technology Council (1997). NEHRP Guidelines for the Seismic Rehabilitation of Buildings (FEMA Publication 273), Building Seismic Safety Council, October 1997

ASCE (2010). Minimum Design Loads for Buildings and Other Structures (ASCE/SEI 7-10). ASCE, 2010, 593pp.

ASCE (2014). Seismic Evaluation and Retrofit of Existing Buildings (ASCE/SEI 41-13). American Society of Civil Engineers, 2014, 518pp.

BSSC (1985). NEHRP (National Earthquake Hazards Reduction Program) Recommended Provisions for Seismic Regulation for Buildings, 1985 Edition, Building Seismic Safety Council, Washington D. C., 1985

California Building Standards Commission (2007). 2007 California Building Code - Effective January 2008.

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Ronald O. Hamburger. (2017) manuscript of Chapter 11 “Building Code Provisions for Seismic Resistance” for next revision of Earthquake Engineering Handbook. CRC PRESSS, (by courtesy of Ronald O. Hamberger and Jack P. Moehle)

ICC (2009). International Building Code IBC2009, International Code Council, February 2009, 675pp.

ICC (2011). International Existing Building Code IEBC2012. International Code Council, April 2011, 294pp.

ICC (2015). International Performance Code for Buildings and Facilities, International Code Council, February 2009, 675pp.

Moehle, Jack P., Hooper, John D., and Lubke, Chris D. (2008). Seismic design of reinforced concrete special moment frames: a guide for practicing engineers, "NEHRP Seismic Design Technical Brief No. 1," produced by the NEHRP Consultants Joint Venture, a partnership of the Applied Technology Council and the Consortium of Universities for Research in Earthquake Engineering, for the National Institute of Standards and Technology, Gaithersburg, MD., NIST GCR 8-917-1, 27pp.

PEER (2010). Guidelines for Performance-Based Seismic Design of Tall Buildings (PEER 2010/05), Developed by thePacific Earthquake Engineering Research Center (PEER) as part of theTall Buildings Initiative, November 2010

PEER (2017). Guidelines for Performance-Based Seismic Design of Tall Buildings (PEER 2017/06), Developed by thePacific Earthquake Engineering Research Center (PEER) as part of theTall Buildings Initiative, April 2017

Robert K. Reitherman (2012). Earthquakes and Engineers; An International History, ASCE Press, Reston, Virginia, 749pp.

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図 6 ASCE7 に⽰された⽶国⻄部の地震ハザードマップ(S1値:減衰 5%周期 1 秒の最⼤加速度応答 単位は%g)