rclip国際知的財産戦略セミナー 米国特許訴訟最新動向:ビルス...

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50 開会の辞 〇高林 龍 それではただいまから,私たち RCLIPが主催する国際知財戦略セミナーを開始 したいと思います。 今日のテーマは,ここにありますとおり,大 変ホットです。期待どおりだったのか,期待ど おりでなかったのかは,これからわかることで はありますけれども,大変アメリカで首を長く して待たれていた方法ビジネス方法だった り,ソフトウェアだったり,医療方法だったり, どこまでこの影響が広がっていくかということ で話題を集めていたフェデラルサーキットのオ ンバンクの判決後,ビルスキー事件の最高裁判 所の判断が,わずか数日前に下されたというこ とで,大変時機を得たセミナーにすることがで きました。私たちは10日ほど前に,東京医科歯 科大学で同じテーマでシンポジウムを行いまし たが,その時は「まだビルスキー事件判決が出 ないので,結果が待たれるな」というシンポジ ウムでしたけども,今日はその中身を詳しく話 していただけるシンポジウムになったというこ とです。そのシンポジウムのほかに,日本でも 特許法の条文が改正されて,出願の際の誠実な 出願書類の記載というようなことも,日本に要 求されておりますけれども,アメリカでは大変, その辺,正義感の強いというか,そういう国で あることから,不公正行為というものもアメリ カの特許出願実務,特許訴訟の中で大変大きな 役割を果たしている。そういう2つのテーマを 今日は扱っていくことにいたしたいと思います。 ということで,竹中先生に司会をしていただ きながら,Douglas Stewart先生の講義という ことでやっていきたいと思います。それでは以 降の司会を,ワシントン大学兼早稲田大学教授 RCLIP国際知的財産戦略セミナー 米国特許訴訟最新動向:ビルスキー最 高裁判決の影響と不公正行為をめぐる 大法廷審理 日  時〉 2010年7月6日 18:00 〜 20:00 場  所〉 早稲田大学早稲田キャンパス 小野記念講堂 〈総合司会〉 高林 龍(早稲田大学教授,グローバルCOE知的財産法制研究センター長) 〈司  会〉 竹中 俊子(ワシントン大学教授,早稲田大学教授) 〈講  演〉 ソフトウェア・ビジネス方法の特許性:ビルスキー最高裁判決不公正行為を中心とする特許権行使上の法律問題Doublas Stewart, Dorsey & Whitney LLP, Seattle(米国特許弁護士)

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開会の辞

〇高林 龍 それではただいまから,私たちRCLIPが主催する国際知財戦略セミナーを開始したいと思います。 今日のテーマは,ここにありますとおり,大変ホットです。期待どおりだったのか,期待どおりでなかったのかは,これからわかることではありますけれども,大変アメリカで首を長くして待たれていた方法─ビジネス方法だったり,ソフトウェアだったり,医療方法だったり,どこまでこの影響が広がっていくかということで話題を集めていたフェデラルサーキットのオンバンクの判決後,ビルスキー事件の最高裁判所の判断が,わずか数日前に下されたということで,大変時機を得たセミナーにすることができました。私たちは10日ほど前に,東京医科歯

科大学で同じテーマでシンポジウムを行いましたが,その時は「まだビルスキー事件判決が出ないので,結果が待たれるな」というシンポジウムでしたけども,今日はその中身を詳しく話していただけるシンポジウムになったということです。そのシンポジウムのほかに,日本でも特許法の条文が改正されて,出願の際の誠実な出願書類の記載というようなことも,日本に要求されておりますけれども,アメリカでは大変,その辺,正義感の強いというか,そういう国であることから,不公正行為というものもアメリカの特許出願実務,特許訴訟の中で大変大きな役割を果たしている。そういう2つのテーマを今日は扱っていくことにいたしたいと思います。 ということで,竹中先生に司会をしていただきながら,Douglas Stewart先生の講義ということでやっていきたいと思います。それでは以降の司会を,ワシントン大学兼早稲田大学教授

RCLIP国際知的財産戦略セミナー

米国特許訴訟最新動向:ビルスキー最高裁判決の影響と不公正行為をめぐる大法廷審理

〈日  時〉 2010年7月6日 18:00 〜 20:00〈場  所〉 早稲田大学早稲田キャンパス 小野記念講堂

〈総合司会〉 高林 龍(早稲田大学教授,グローバルCOE知的財産法制研究センター長)

〈司  会〉 竹中 俊子(ワシントン大学教授,早稲田大学教授)

〈講  演〉 「ソフトウェア・ビジネス方法の特許性:ビルスキー最高裁判決」 「不公正行為を中心とする特許権行使上の法律問題」   Doublas Stewart, Dorsey & Whitney LLP, Seattle(米国特許弁護士)

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の竹中先生にお願いいたします。よろしくお願いします。〇竹中俊子 ワシントン大学の竹中です。これからDouglas Stewart先生に,ビルスキー最高裁判決の内容および実務的な指針も含めて解説していただきます。 私としては,結論については期待どおりというか,予測どおりだったかもしれません。でも,期待どおりというか,うれしかったことは,どちらかというとプロパテント路線のトーンで判決が書かれていたことが期待どおりだったかもしれません。また,中身がなんにもなかったと。

「それだったら,もうフェデラルサーキットに任せればよかったじゃないか」というところでは,期待はずれということはいえるかもしれません。そういう状況ではありますけれども,これからフェデラルサーキットに戻りまして,私にしてみれば,何もなかったガイダンスの下に新しい基準をつくっていく。Machine-or-transforma-tion testを中心につくっていくことになると思うわけですけれども,これからその講演者のDoug Stewart先生のほうに,判決の内容および実務的な指針も含めて解説していただきます。 Douglas Stewart先生は,アメリカの大手法律事務所,Dorsey & Whitneyの弁護士です。4〜5年前からワシントン大学でIPLLの中のコースの非常勤講師として教壇に立つだけではなく,Summer Instituteのほうでも講師として活躍していただいております。もちろん実務家としては,Dorsey & Whitneyの中の知財部門の特許訴訟弁護士として活躍されています。このような先生に,判決が出て最も早いセミナーの中で講義をしていただくということで,私も非常に楽しみにしております。 それではStewart先生,よろしくお願いいたします。

ソフトウェア・ビジネス方法の特許保護適格性:ビルスキー最高裁判決

〇Douglas Stewart ご紹介,どうもありがと

うございます。本日参加の方々の中には,昨年同じテーマでセミナーを開催した際にご参加いただいた方もおられるかと思います。その際には法律改正があるかと期待していましたが,結局そこまではいかず,最高裁の判決については若干がっかりした印象があります。 まず,ビルスキー事件の最高裁判決について申し上げた後,近々 CAFC(Court of Appeals for the Federal Circuit)の大法廷で裁かれる不公正行為(inequitable conduct)につき,アメリカの特許訴訟,出願手続きにどのように影響が出るのか,お話ししたいと思います。 ビルスキー事件は,特許�護���(patent-ビルスキー事件は,特許�護���(patent-(patent-patent-ability)のある主題を規定した米国特許法101条に関する事件です。特にビルスキー事件で問題となったのは「方法」(process)という語です。ソフトウェア特許・ビジネス方法特許が問題となる場合の「方法」の解釈が争われています。 背景として,米国の特許制度は,何でも受け入れる包括的な(inclusive)特許制度であることを理解することが重要です。特許法の条文は,いかなるカテゴリーも,特許�護���から除外していません。他国の特許法には特定の対象については特許�護���を認めないとする立法例もありますが,米国法の規定ぶりは広く,包括的な�質をもっています。 特許法の条文も,米国の他のあらゆる法律と同様,裁判所が法文の意味について判断を下すまでは,実際には何も意味をもたないのです。そして特許法101条の下では,3種の対象が除外されると解釈されています。実用的用途のない抽象的アイデア,自然法則,そして自然現象です。これらの除外対象に関する考え方は,最高裁判例により形成されてきました。最高裁が条文のもとで様々な事実に照らし合わせて解釈を試みた結果なのです。 ソフトウェアに関して特許が取れるかについては,米国における当初の見解はネガティヴなものでした。特に60年代につくられていた特許制度委員会の下では,ソフトウェア特許は認められないとされていました。当初,特許庁は,ソ

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フトウェアに特許は付与できないとしていましたが,裁判所は技術の進展に追いつくように,法律の改良を試みてきました。 そのような試みは最高裁とCAFCという2つの裁判所でなされてきました。本日は,ビルスキー事件判決をお話しした後に,この2つの裁判所の違いをお話しし,CAFCがこれらの問題の地裁による解決を支援することに強い関心を有しているのに対し,最高裁はより一般的な概念に関心が向いている,その理由についてお話したいと思います。 まず最高裁判例の流れにつきお話しします。ソフトウェア特許,ひいてはビジネス方法特許への最高裁のアプローチの進展を示す一連の判例を見ていきましょう。その端緒となったのが,Benson事件です。この事件は,2進化10進コードを純粋な2進数に変換する方法に関するものでした。 注意が必要なのは,この判決が出た1972年には,まだ現代のようにコンピューターが普及しておらず,今あるようなコンピューターは一般人にとって身近な物ではなかったことです。最高裁はこの事件で,出願人のクレームが単なるアルゴリズムに関するものであり,したがって特許�護���のない抽象的なアイデアに該当するとして,出願人の請求を棄却しました。 最高裁のこの当初の考え方は,101条から除外される抽象的アイデアには,ソフトウェアと呼ばれうる対象も含まれるというものです。しかし,最高裁は,ソフトウェアには特許が認められないとはいえない,と明言しています。このBenson事件の時には,ただ事情が�切でないに過ぎない,としています。 6年後,最高裁はこの問題をParker事件

(Flook事件と呼ばれます)で再び扱いました。この事件では,出願人は,先行技術であった方法を取り上げ,ある数式を組み込むことにより改良したが,この追加ステップを組み込んだことは,数式の単なる実行ではなく,特許�が認められるに足るものであると主張しました。最高裁の判断は,ポスト・ソリューションのアク

ティビティーや,付加的なステップを付加して,追加ステップを単に加えることによって,今まで特許�が認められなかったものが特許�を認められるものに変わるということはない,というものでした。 その後,2つの判決が続きました。Diamond v. Chakrabarty事件とDiamond v. Diehr事件です。このあたりから,特許法への最高裁の態度が次第に変化してきたことがわかります。Chakrabarty事件は,ソフトウェアに関する事件でもビジネス方法の事件でもなく,バクテリア,細菌に関するものでした。しかしこの判決において,最高裁が,特許法では,太陽のもとで人間があみ出すものは,すべて特許�護���を有すると述べたことが重要です。こうして本判決により特許法101条の何でも受け入れる包括的な��が明らかになったのです。 次のDiamond対Diehr事件(当時の特許庁長官がDiamondだったので,この2つの判例に彼の名前が入っています)もまた,数式に関する事件でした。アレニウスの式を,ゴムを硬化させる方法の中で用いるというものでした。この事件で,最高裁は特許権者の主張を認めました。この主題の特許�護���が認められるとしたのです。最高裁の見解は,ある状態から別の状態への変換が生じたという事実は,特許�護���のある主題であると認めるに足りるというものでした。この考え方は後日のビルスキー事件においても重要となります。 また,CAFCでもこの問題に関する一連の事件があり,CAFCは最高裁のアプローチやCAFCに提出された問題や事実を検討し,特許�護���の有無につき判断しました。ここでは,In re Alappat事件につき,簡単に触れておきたいと思います。これは特許庁への出願に関する事件です。この判決が重要な理由は,クレームの核心にアルゴリズムがあったが,最高裁と異なり,CAFCは,アルゴリズムを取り巻く主題に,それ自体特許�護���があれば,アルゴリズムをクレームに入れるのはOKであるとしたからです。

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 この事件の後,State Street Bank事件によって,数多くの特許が出現する舞台が整いました。このState Street Bank事件判決で,CAFCがまさに米国におけるビジネス方法特許への扉を開き,膨大な出願をもたらした結果,特許庁は何に特許を認めるべきか,拒絶すべきか,という解釈を巡って苦心することとなりました。 このState Street Bank特許は,金融関係の出願に関するもので,地裁では101条に基づき無効であるとされました。CAFCは地裁の判決を破棄し,新たな基準を創出しました。有用useful,具体的concrete,実質的tangible効果のテストです。これは1998年のことで,その後のビジネス方法及びソフトウェア特許の基準となりました。 このCAFCの基準が出された結果,10年以上,特許庁によって多くのビジネス方法特許やソフトウェア特許が付与されました。しかしそれらのクレームは非常に曖昧なものであったので,若干の反発も生じました。特許権者の企業により訴訟が多発すると同時に,特許の価値を考え,この種の特許を積極的に取得しようとする企業が増加しました。例えば,ソフトウェア会社や,Morgan Stanley, Goldman Sachsのような金融会社がほとんどでした。今までになかったようなタイプの特許出願人が続々と出現してきたのも,CAFCが採った基準の結果だったのです。 さて,State Street Bankから10年後,CAFCはBilski事件を扱うこととなりました。これは簡潔にいえば,取引にかかわる当事者間でのリスク管理を行うというリスクヘッジに関する出願でした。クレームは特許庁では拒絶され,特許商標庁審判部(BPAI)に審判請求されましたが,BPAIも特許庁の拒絶査定を維持し,クレームは拒絶されました。 BPAIは,State Street Bankの有用,具体的,実質的効果テストを採用しています。CAFCのほうも同じく,このクレームの特許�護���を認めBPAIの判断を維持しました。しかしその後,非常に特異なことが起こりました。CAFCが自発的に,大法廷でこれをもう一度審理することを決定したのです。特異と申し上げたのに

は2つの理由があります。まず大法廷で扱われる事件というのは非常にまれで,1年に1〜3件くらいであるから。そして,CAFCが本件に関して審理を行うことを自発的に決定したからです。 CAFCの大法廷は新たな判断を示しました。今後�用されるべき基準およびルールを変更し,機械又は変換テストmachine-or transformation testと呼ばれる新たなテストを創出したのです。大法廷は,今やこのテストが,ある方法が101条の特許�護���を有する否か決定するために�用されるべきであると判示しました。このテストは,以前の有用,具体的,実質的効果テストに比べて,より制限的なものです。なぜなら,たいていの方法は何らかの効果を生じるので,特許弁護士は,以前は何らかの効果を含むクレームを記述して,特許�護���を認めてもらうことが可能だったからです。 この機械又は変換テストは,次に述べる2つの条件のうち1つを充足しなくてはならないので,State Street Bankテストよりも制限的です。すなわち,当該方法が,特定の機械に関連づけられているか,又は,当該方法において〔特定の対象物の他の状態又は物への〕変換が生じなければならないとしています。ソフトウェアにしてもビジネス方法にしても,実際にこれらの条件を満たすのは少し難しくなります。 この新しい基準に到達する前に,CAFCは,State Street Bank事件で自ら使ったテストも含め,過去に�用された数々のテストを検討しました。そして,すべてのテストを却下して,より制限的な機械又は変換テストを採用したのです。 ところで,世の中には,ビジネス方法特許や,ソフトウェア特許のようなものは認められないと主張している人々も多数いることにも留意されねばなりません。そのような人々は,CAFCに意見書などを提出し,カテゴリーによる排除をルール化するように運動していました。このカテゴリーによる排除とは,ビジネス方法やソフトウェア特許には絶対に特許は与えられない

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とするというものです。しかしCAFCは,カテゴリーによる排除を採用しませんでした。カテゴリーによる排除の是非は,最高裁判事の中でも意見が分かれており重要な点です。 さて,2週間前に出された最高裁判決の説明に入りたいと思います。先ほど竹中教授がおっしゃったように,この判決への期待は大変なものでした。米国全土の特許弁護士が,最高裁はどのように機械又は変換テストを裁くのだろうと固唾をのんで見守っていました。非常に劇的な内容の判決が出るのではないかと,誰もが期待していたのです。 さらに最高裁が,最近の特許事件では他に例がみられないほど判決を出すのに時間をかけたことにより,ますます期待が高まりました。 そして,特許弁護士としてがっかりしたことには,最高裁判決は,ビルスキの出願中の個々のクレームに特許�護���がないという点ではCAFCの判断を支持したのですが,その一方で,このような事例に取り組む指針を実務家や地裁に与えるためCAFCが確立しようと苦心してきた基準を否定してしまったのです。 これほど重要な事件であったにもかかわらず,判決はわずか12ページと,驚くほど短いものでした。最高裁は,本日既にお話しした判例,Benson判決,Flook判決,Chakrabarty判決にさかのぼった上で,Chakrabarty判決を引用しつつ,米国特許法は何でも受け入れる包括的な��を有するので,主題が特許�護���を有するとしました。 最高裁が扱った争点は2つで,第1にはCAFCの機械又は変換テストであり,最高裁はこのテストを,特許�護���を判断する唯一のテストとすることを拒絶しました。第2の争点はビジネス方法を101条の特許�護���がある主題から排除すべきかどうかでした。 最高裁は,機械又は変換テストを拒絶するにあたって,文理解釈を行いました。最高裁は,特許法100条に定められた方法の定義を検討し,同条には機械又は変換テストについて何らの言及もないので,このような主題に機械又は変換テ

ストを用いることが要求されるとする理由はないとしました。 しかしながら,最高裁はこの判決の中で,「機械又は変換テスト」を全面的に破棄したわけではありません。最高裁は,機械もしくは変換テストは分析にあたって有用なツールになり得るが,このような主題について採用されるべき明確なテストにはならないであろうとしているのです。 この判決は,特許弁護士としては本当にがっかりさせられるものでした。もちろん機械もしくは変換テスト自体は完璧でなかったということは認めます。何をもって変換とするのか,機械が関与しているかどうかの判断にあたっては,若干の困難があります。それでも,特許弁護士が,この明確なテストに対応したクレームを書こうとし始めた矢先に,このテストはなくなってしまったのです。結局最高裁が,CAFCの見解を破棄してしまったことで,われわれはBenson判決で出された抽象的アイデアによる分析に戻されてしまったのです。 最高裁は現在の情報時代と50年前の工業時代との差異に着目し,101条は新たな産業と技術の発展に�応しなければならないという理由を強調しました。これが機械又は変換テストを拒絶した理由の一部であり,また最高裁の判断が問われた問題であるビジネス方法のカテゴリカルな排除を否定する理由でもありました。 最高裁は,ビジネス方法に特許が認められないという考え方を扱うに当たって,機械又は変換テストの拒絶と同様に,文理解釈を行いました。最高裁は1999年に成立した特許法273条を参照しました。 この273条は,State Street Bank判決後,業界側から非常に大きな圧力が米国議会にかけられた結果として成立した「第一発明者の抗弁に関する法律First Inventor Defense Act」の一部でした。State Street Bank判決後,新たな特許の波が押し寄せたことで,1999年,議会が新条文を追加しました。議会は101条を改正せず,ビジネス方法の概念にも関連する抗弁の条文であ

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る273条を新たに入れたのです。 最高裁は議会の意図に依拠し,特にその文言上,ビジネス方法に特許�護���が認められると意図しているに違いないと指摘しました。今回の最高裁判決は12ページしかなかったのですが,同意意見は約75ページありました。この同意意見中で,判事9人中4人は,ビジネス方法には特許が認められるべきではないという見解であったことが明らかです。9人中4人という事実が示すのは,あと少しで多数であったということであり,─Stevens判事は退職するにしても─あと1人,同じ意見を持つ判事が現れ,5年,10年たって,この問題を最高裁が扱う時には,ビジネス方法に特許が認められなくなるおそれがあるということです。 要するに,最高裁は,機械又は変換テストを唯一のテストではないということで拒否し,最高裁判例を顧慮して抽象�の分析のもとで特許�護���の有無を判断せよと述べたということです。 CAFCの機械又は変換テストのもとでは,この基準を充足すれば,当該主題は特許�護���が認められることが判明し,この基準を満たさない場合には特許�護���は認められないということになります。このテストは,State Street Bankテストよりも制限的なものでした。しかし,今回の最高裁判決は,「機械又は変換テストは,ツールではあるけれどもテストではない」と述べました。すると理論上は,「機械又は変換テスト」を満たさない場合には,特許�護���があるかもしれず,またないかもしれない,グレーゾーンにおかれることとなります。 ですから,抽象的アイデアとは何か,はっきりとした定義のない今の特許法は混乱の様相を呈し,最高裁判例と特許庁の審査官の直感に従うしかないということになっています。機械又は変換テストは,できるだけ明瞭なテストを提示しようとしたCAFCの苦心の成果でしたが,今では単なるツールになってしまいました。もちろんこのテストを満たせば特許���はあります。しかし満たさないとしても,抽象�テス

トを満たせば特許�護���を有する可能�があるということです。 まだ最高裁判決が出て2週間しかたっていないのですが,この判決が特許の出願手続と訴訟にどのような影響をもたらすかについては,いくつかのことが言えると思います。この最高裁判決が出て2日後に,特許庁は内部で審査官用にこの問題へのガイドラインを出しました。このガイドラインは,基本的には,機械又は変換テストの�用を続けるものとしています。したがって,実務上は部分的には何も変わっていないということです。抽象的アイデアによる分析は,あまりにも内容が曖昧であるので,利用できません。そこで,審査官は,機械もしくは変換テストを使い,それを満たしていない場合には,恐らく出願人のほうに,抽象的アイデアではないという説明をする責任がかかってくると思われます。しかし,抽象的アイデアによる分析にあたっては,今まで出た最高裁判例しか参照するものがないため,実務家として,特許弁護士がこの違いを明確にすることは,容易でありません。 実務上は,この判決が出たといっても,審査官のやり方はあまり変わらないと思います。今後も機械もしくは変換テストを�用し続けるでしょうし,ツールとしてクレームを拒絶するために用いるでしょう。クレーム作成者,出願に携わる人々にとっては,十分な指針がないことは大問題ですから,機械又は変換テストを満たすように動くということになると思います。機械又は変換テストは,特許�護���のある主題であることを示すツールであるからです。すると,出願手続における実務上の問題としては,最高裁判決は実務の運用に変化を生じさせるものではなかったということになります。最高裁はState Street Bank判決を,明白にではないにしても,暗に拒絶しました。したがって,今後,特許弁護士はツールであったとしても,機械又は変換テストを満足するように動くと思います。機械又は変換テストを満足すれば,抽象�テストで拒絶されることは少ないでしょうから。

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 特許庁は最終的な決定版ガイドラインを出すことになると思いますが,それが劇的なインパクトを与えることはないと思います。今後も機械もしくは変換テストは使い続けられ,それを満たせば,他の条文にも照らし合わせた上で,当該主題が特許�護��を有すると評価されることになるでしょう。 訴訟に関しては,ビルスキー CAFC判決以後,101条に基づく特許無効の申立てが激増していました。また,侵害訴訟の被疑侵害者,被告が,当該クレームが機械もしくは変換テストを満たさないので無効であるという主張を行うことが多くなり,地裁レベルでは多くの略式判決

(summary judgment)が出されています。機械又は変換テストは,出願手続きと同様に,訴訟においても引き続き使われるでしょう。訴訟当事者は,機械又は変換テストをツールとして引き続き特許無効の訴えを起こそうとするでしょう。しかし,被告による101条の下での無効の主張は,さらに抽象的アイデア基準を満たさねばならないことから,以前よりも難しくなると思います。 この問題に関して訴訟は生じるでしょうし,CAFCが扱うことにもなるでしょうから,事態はまだまだ先が見えません。CAFCには地裁のために,Benson判例の抽象的アイデアテストを101条の無効確認訴訟に�用する方法を明確にすることが求められるでしょう。 機械又は変換テストが実際に使われたのは,だいたい2年間ぐらいの比較的短い期間でしたが,その間,多くの特許権者は,訴訟を起こせば自分のクレームが101条に基づき攻撃されるかもしれないと考えて,訴訟をあえて起こさず,まずは最高裁が判決を出すのを固唾を飲んで待っていました。そして,やっと出た判決に,彼らはホッとしたということだと思います。最高裁判決が,特許権者に有利な内容になっていたからです。ビジネス方法やソフトウェアに関しては,今後,侵害訴訟が増えるのではないかと予想されます。 特許のライセンスや評価により利益を得てい

るいわゆる特許不実施主体Non Practicing En-tity(NPE)の人々にとっては,最高裁判決は特に好ましいものです。NPEは,非常にあいまいで行使の際にいろいろと拡張しやすいビジネス方法やソフトウェアのクレームを特に好みます。 最後に,最高裁とCAFCの違いについて少し考えてみたいと思います。CAFCの判事たちの扱う事件の約1/3は特許訴訟であり,特許に関して豊富な経験を持っています。常に特許関連の法律,事実関係,地裁判決に取り組んでいる立場にあるわけです。そして彼らは,実務家や,判決を出さねばならない地裁のために,いろいろ指針を与えています。したがって,テストやルールづくりがその関心の中心となるのです。 地裁の判事は,ほとんど特許法にも,技術にも明るくないので,特許事件に非常に苦労しています。ですから�用できる客観的な基準を与えてくれるCAFCに常に注目しています。地裁は,テストを�用するということは得意としています。CAFCと地裁の関係というのは,一方が基準をつくって一方がそれを�用するといった形で,うまくいっているわけであります。そしてCAFCは地裁に判決を出しやすくしているともいえ,それによって弁護士のほうも大いに仕事がやりやすく,助かっているわけであります。片や最高裁は,こういったことにはなんら関心がありません。彼らがもっぱら関心を持っているのは憲法,法律であり,テストをつくるということには,なんら興味がないわけです。 最高裁は,せっかくCAFCがつくったテストを取り上げては,それを破棄してしまいます。これは最高裁の近年のいわば慣行となってしまっています。たとえば,eBay事件でも,侵害を立証すれば修復不能な損害が推定されるとする明確な基準を最高裁は破棄し,若干曖昧な多くの要素を用いた基準を用いるように判示しました。KSR事件では,CAFCが103条の自明�に地裁が対処する支援をしようとTSM(指導・示唆・動機)テストを作りましたが,最高裁はこのテス

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トを破棄してしまいました。そしてビルスキー事件では,CAFCが機械又は変換テストを作りましたが,最高裁はそれを唯一のテストではないとしてまたしても退けてしまったのです。 結論としては,今回の最高裁判決には全米の特許弁護士が大いにがっかりしたということです。この判決により,最高裁がCAFCから上告された事件を扱うと,CAFCが用いたテスト・基準が,ほとんど破棄されてしまうということが明らかになりました。これは特許法の安定�にとっては大問題です。というのは,特許法を最も扱っているのはCAFCであり,CAFCがルールを提示することで,特許権者も,また被告になるかもしれない人たちも,予見�を確�できるからです。今回の最高裁判決により,CAFCが今まで作ってきたテストの多くに,最高裁は不満を表明していることが判明してしまいました。この領域においては非常に不確実�が増してしまい,事態の推移に注目しなければなりませんが,おそらく5年,10年のうちに更なる変化があると思われます。〇竹中 ありがとうございました。CAFCがどのように判例法をつくっていくかによって,グレーゾーンが広くなるか,とても狭くなるかは,CAFCにかかっていると思います。あともう1つコメントしたいのは,Rader判事が大法廷判決の反対意見の中で,「Machine-or-transforma-tion testでなく,これは抽象的アイデアかどうかで判断すべきだった」というようなことを言っていました。まあ,考えようによっては,最高裁が言っていたことと似ているのかなと思いますし,Judge Raderの名前がOpinions of the Courtの中に2回出てきて,どちらかというとRader判事の考えを支持するようなこともあったので,この判決で,今度チーフジャッジになったRader判事はハッピーなのかもしれません。

不公正行為の抗弁に関する司法及び立法における近時の動向

〇竹中 ここでいったん,次のトピックに移っ

ていきたいと思います。次のトピックは不公正行為です。Inequitable Conductです。この事件については大法廷審理にかかっているのですが,まだ判決は出ておりません。ここで問題になったTherasenseという事件は,外国代理人がヨーロッパ特許庁で言った先行技術の説明と,USPTOで言った先行技術の説明との間で,先行技術との本発明の説明との関係で矛盾があったということで,Inequitable Conductが認められたということです。これから説明がありますように,積極的にUSPTOをだます意図がなければ,Inequitable Conductというのは認められないはずであるにもかかわらず,状況証拠でそういう重要な矛盾をどうして起こしたかということは説明がなかったということで,だます意図が認められ,不公正行為が認められたということです。 そういうことを考えてみるとですね,皆さん,企業にいらっしゃる方,また,特許弁護士の皆さんは,1つの出願について各国のプロセキューションをやっているわけで,その中でどういうふうにコメントを統一していくかということが1つの課題になるわけでありますし,また現在,JPOを中心として推進しているプロセキューション・ハイウエイの中でも,日本で言ったコメントが,そのままアメリカのプロセキューションの中でどういうふうに反映していくのかというような課題も含んでおりまして。それとの関係で,実は,私は4人のプロフェッサーらと一緒に,「これは大法廷審理してください」という申立書を提出したわけですけれども,運よくその申立てが受理されて,現在,アミカス・ブリーフを提出する準備中であります。特に日本の出願人にとって影響が大きいということもありますので,今回,ビルスキーに加えて解説していただくように,Stewart先生にお願いいたしました。 それではよろしくお願いいたします。〇Stewart どうもありがとうございます。あまり時間がないので簡潔に,不公正行為の抗弁について,裁判所でどのようにしてこの抗弁が

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使えるのかをお話ししたいと思います。 簡潔にいえば,重要な情報が特許庁に開示されなかったか,開示されたのが誤った情報であったこと,そして,だます意図があったことを立証しなければなりません。この2つを立証することができれば,その後,裁判所が,情報の重要�と欺く意図がどの程度のものであったのか評価します。当該不公正行為があったと認めるに十分な程度のものとされた場合には,当該特許権は行使不能になります。 ただ,不公正行為の抗弁は,申立てより立証が非常に大変な抗弁です。米国では特許は特許法282条のもとで有効であると推定されるので,抗弁には非常に高い基準である明白かつ説得力のある証拠clear and convincing evidenceが必要とされます。 重要とされうる情報には,さまざまな種類があります。竹中先生は,外国の特許庁での出願経過における情報が,米国特許商標庁(USPTO)に開示されなかったという本件事実を指摘されました。この事実は,特許訴訟の当事者,被告側に立ったら第一に行うべき最初のステップの結果判明したことです。この最初のステップとは,当該特許の出願履歴を全部調べ,ある特許庁に対して開示した先行技術と同じものがすべて,EUや日本の特許庁に対しても行われているかということを,チェックするというものです。 例えば日本特許庁や欧州特許庁が,拒絶のために引用した当該先行技術は,USPTOにも出しておかなくてはならないということです。特許訴訟の被疑侵害者がまずやることは,米国のファイルヒストリーと,他国の特許庁でなされたファイルヒストリーを比べて,中身が同じかどうか評価するということです。 長年,裁判所は,情報が重要かどうか判断するにあたって,多数の基準を用いてきましたが,現在ではこれからお話しする2つのうち,いずれかの基準が�用されます。一つ目の基準は,合理的な審査官基準と呼ばれるもので,審査官が出願を評価するにあたって見たいと思うような情報は,重要な情報であるとするものです。も

う1つの基準は,法定の記載statutory descrip-tionで,従前に特許庁に言ったことが,後日言ったことと齟齬が生じたかどうかに関するものです。 実際には,合理的審査官のテストがあるので,重要�の基準を満たすことは特に難しくないのですが,だます意図があったかどうかの立証は極めて困難です。特許庁をだまそうと思っていたと宣誓供述で認める人はいないわけですから,裁判所を説得しうる状況証拠を出さなければならないということになるからです。 一定の要素があれば,だます意図があったと推認されます。例えば,情報が非常に重要であり,十分な説明がなく,それが意図的になされたということにつき一種の認識があった場合,特許弁護士の一定の行動パターンがあった場合には意図があったということになります。このような意図の推認は,特許弁護士までもが,特許庁をだましているとして責任を問われることから,特許弁護士の活動にも及びますので,米国で大いに関心を集めてきました。 この制度については評判が悪く,法改正の要望といったような動きにつながってきました。特許法改革を求める声も高まり,裁判所でもいろんな対応がとられるようになりました。しかし通常は,議会よりも裁判所の動きのほうがずっと機敏であり,特に現在CAFCの首席判事であるRader判事は,特許弁護士が責任を問われかねないことから,この抗弁を嫌っています。つまり特許弁護士が,他の特許弁護士を不公正行為で攻撃するといったような状態になる。これは極めて由々しき自体というふうにRader判事は見ています。 クレームがすべて行使不能になれば,特許権の効力がすべて失われるので,不公正行為は特許侵害に対する抗弁としては非常に有効です。地裁で不公正行為の抗弁が認められた場合,特許権者にとってはこれを控訴して覆すということは,並大抵のことではできません。重要�とだます意図は,明らかに誤りがあったことを提示しないと覆すことはできないわけですから,

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破棄率は10%ぐらいです。それから,特許が行使不能であると判決を出した場合,最終判断は裁量権の濫用の基準によりなされます。極めて厳しい基準です。地裁の裁量権がある判決がCAFCによって破棄される確率は,わずか2%です。 次に,竹中先生のお話にあったTherasense事件についてお話ししたいと思います。これは地裁で,陪審は関与する必要がなかったので,裁判官だけでベンチトライアルで裁かれた例であります。この事件は,判事が,出願人が欧州特許庁に対して言ったことと,USPTOに言ったことの間に矛盾があると指摘したケースでした。そして,対象になった情報は,非常に重要な情報でした。そして,裁判官裁判で,だます意図の有無について証人尋問を行い,なぜEPOに出したファイルヒストリーがUSPTOに出したものと違うのかに関してその証言を検討した結果,この証人が信用できないことを根拠として,当該特許権は行使できないと判決しました。 この事件はCAFCに控訴され,判事3名による合議体で,明らかな誤りの基準と裁量権の濫用の基準を�用し,これらの基準に照らした上で,地裁の判決を破棄する理由はないと判断しました。すると,特許権者が,大法廷で裁いてほしいという申立てを行いました。特許権者は,もう一度裁判所全体での本件の再検討を求めました。特許権者は,CAFCの判例法との地裁の判断の次のような3つの矛盾点を指摘し,地裁には次のような誤りがあったと主張しました。まず,地裁が証人の信頼�をテクニカルリファレンスに関する解釈に基づいて判断したこと,及び,証人がその内容について意見を言うことができなかったということは許されない。そして最後に,特許弁護士は,特許庁に対しては特許弁護士として,たとえその陳述が正しくなくても,クライアントの立場に立って弁護しうるとしたCAFCの判例法を指摘しました。弁護士の主張の真偽は審査官自身が決めるべきであるということです。 結局,CAFCは当事者のほか,竹中先生によ

るものも含め様々な意見書を評価し,結果,大法廷で審理することが決まりました。不公正行為という概念を抗弁として認めるべきかを全面的に審理するということになります。大法廷で回答しようとしている問いは6点挙がっています。 まだ結論がどのようになるのかはわかりません。これらは,CAFC自身が判断を要するとして挙げた問いです。CAFCが挙げたこれらの問いから生じるである問題を,私たちは一応考えることができます。1番目は重要�,だます意図,衡量という3段階のプロセス全体に関するものです。このプロセスを全部破棄すべきなのか,一部改良すべきなのか。この基準に関してどうすべきかです。 ビルスキー判決に関してと同様,現行の枠組みや基準を破棄してしまうとすれば,それに取って代わるものは何になるかという懸念が生じます。今後,特許出願手続のステップを通過して特許を付与された出願人は,後に特許の無効が争われるか否かも,ある程度予見したいところです。現在は,出願経過において重要�という基準があるからこそ,特許弁護士のほうも,できるだけ開示をしようとするわけであり,非常に包括的な形で審査官に情報を出す傾向がありますが,そうしているのはCAFCが訴訟の中でこれまで�用してきた基準との関係からです。CAFCがこの基準を変更すれば,出願経過をどのように扱えばよいということになるでしょうか。 これは,CAFCが,問題に対処する指針を地裁にどのようにあたえるか,という問題に帰着します。現在見たところ検討されている提案の1つは,現行の基準をフロード(詐欺)の基準または汚れた手(unclean hands)の基準に代えてはどうかというものです。米国コモン・ロー上のフロード(詐欺)を立証するのは非常に大変です。不公正行為では,だます意図の存在を示すだけで済むので,こちらのほうが,立証の負担ということについてはフロードよりも少し軽いということにはなるわけです。フロードは

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全く異なった基準であり,非常に重い立証責任が課されることになります。不公正行為とフロードが主張された事例で,不公正行為のほうは立証できたけれども,フロードのほうは立証できなかったことは多々あります。 また,不公正行為は,特許侵害訴訟で生じる他の問題にも関連しています。特に,被告が不公正行為を立証できた場合には,弁護士費用分の回収できるといったようなことになり,これは決して見過ごせることではありません。特許訴訟では500万ドルぐらいかかることがよくありますので,大きな問題と言えます。もう1つは,独禁法関連での反訴に関する問題です。現状では,特許に基づく独禁法違反に基づく反訴を出すためには,フロードを立証しなければなりません。したがって,独禁法違反に基づく反訴が出される訴訟は多いのですが,不公正行為は立証されてもフロードは立証されえないので,その立証は極めて困難です。不公正行為の枠組みを変更するのであれば,この独禁法違反に基づく濫用の反訴についても,内容を変更させないと,整合�がとれなくなります。 また,CAFCは重要�の基準の見直しも考え,因果関係を表すbut for standardの導入を検討しています。これは実はかつて重要�の判断に用いられていた基準で,CAFCは立証が難しいことから,いったんこの法律から離れていたのですが,今ではこの二重の重要�基準が出てきて,特許庁に多く開示がなされているので,その開示をベースにして,特許庁自身が判断することができ,特許庁への出願人の情報提供の義務に重きが置かれることになります。 CAFCはまた,だます意図の推定,どのような場合に推定がなされるかに関しても注目しています。特に,地裁ではよく証言が用いられています。しかし出願人が出願時に重要と思ったことと,訴訟の時に裁判長が重要と思った情報という間には,大きな齟齬があります。というのは裁判所のほうが後知恵の恩恵に与ることができるからです。 問題点からは,CAFCは,地裁が行っている

衡量プロセスを廃止するとことも検討していることが見て取れます。現状では地裁は,この衡量プロセスを行う際には,地裁自身の見解に基づいた判断をする自由裁量の余地があります。 最後に,CAFCは他の連邦官庁で行われている基準に注目するとしていますが,これは実際には難しいと思います。特許庁のような機関は他になく,不公正行為のような問題も,特許庁に特異なもので,他にはないからです。 口頭弁論は2010年11月9日に予定されています。数か月後に判決が出ることになるでしょう。この判決によって,被告の抗弁の内容が劇的に変わる可能�があります。これが,裁判所の中で進んでいる特許法改革です。議会でも,5年ほど特許法改革を検討していますが,全面的に抗弁を破棄する意思を示しているCAFCが出した問題点とは異なり,議会は補完的審査手続

(supplement examination)の導入を提案しています。 この補完的審査手続とは,特許権者が自分の望むものを何でも特許庁に提出して,特許庁に検討してもらうというものです。当該情報が当該特許の�護���に関して本質的な問題を生じると特許庁が決定した場合には,意図的であった場合でも,そうでない場合でも,出すべき情報を出していなかったから,もう一回再提出しますという形で情報を出すことを認め,査定系の再審査が行われるというものです。 そして再審査を通過した場合,当該情報は,特許権者に対して不利に使うことができなくなります。したがって,これにより特許権者は,特許権を行使する前に,不公正行為があったという攻撃を回避することができます。情報を洗い出し,出願履歴を検討し,発明家といろいろ話して,すべての情報が特許庁に開示されたかを,訴訟が起こる前に十分にチェックして提出をするということが可能となります。訴訟前に行うことができるので,待つ必要がなくなります。しかし不公正行為が被告側から主張されてしまうと,もうこの手続きを行うことはできなくなるので,訴訟前に行わなくてはなりません。

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 この法案は上院の委員会では同意を得たのですが,まだ本会議には至っていません。CAFCのTherasense判決のほうが,議会の補完的審査手続よりも先に出される見込みが強いので,不公正慣行についての結論は,2011年の中盤ぐらいまでには固まると思います。

質疑応答

〇竹中 あと残り5分しかなくなりましたので,ここで,質問を受けたいと思います。ただ,最初にご注意しておきますが,今からわかりますように,両方の事件,フェデラルサーキットのこれからの判決を待つまでは,はっきりとした方向�は見えていないという状況であるということをご理解ください。どなたか,ご質問ございますでしょうか。Q1 ビルスキーのほうについてです。私,バイオ医薬関係の実務をやっていますので,それとの関係で質問します。ビルスキー判決が出た時に,機械又は変換テストとの関係で,診断方法などが特許可能な対象になるかということが,1つ問題になっていたかと思うんですが,基本的には今までの実務と変わらないというお話だったと思うんですけども,その対象については,USPTOはまず最初にMachine and Trans-formation Testを�用するということなんですけども。その診断方法についても,そうするとUSPTOの場合は,特許対象にならないという拒絶理由通知を,最初,基本的には出すというふうに理解していいのかどうか。また,その対処方法というのを,わかる範囲で教えてください。〇Stewart  実は,最高裁判決からCAFCに差し戻しとされた例が一つあり,それが多分,今おっしゃった問題に一番近いかと思います。患者に注射する薬品の処方方法に関しての出願でした。患者の代謝状況や生化学的状況に応じて,注射する薬の量を決定する方法のクレームです。この事件はCAFCに差し戻すということになっており,差し戻された後,新しい基準のもとで,CAFCが判断を下すということになりますので,

それがご参考になるのではないかと思います。特許庁レベルでは,抽象的アイデアの基準の�用についてのより詳細なガイドラインが出るまでは,引き続き機械又は変換テストの�用が続くでしょう。 この事件が,最高裁のビルスキー判決を,CAFCが,少なくとも表面的には機械又は変換テストに明確に関係しない対象に�用する最初の機会になると思います。CAFCがどのような判断をするのか注目する必要があります。〇竹中 もう1つぐらい,質問に答えることができますが,どなたかいらっしゃいますか。Q2 Inequitable Conductについて質問したいと思います。かねがね非常に難しいというんですか,特許出願をして,いろいろなものをすべて出さなくちゃいけないというのは,なかなか大変だというふうに思ってるんですけれども,アメリカの特許弁護士の先生方はどういうお気持ちなのかなというのを,いつも興味を持ってまして,ちょっとそこら辺のところを教えていただければと思います。〇Stewart  特許訴訟関係者は,不公正行為の抗弁が変更されることにはがっかりしていますが,出願人はこれを歓迎していると思います。というのは,出願を行った特許弁護士の不公正行為が問われることは多く,不公正行為が立証されてしまうと,特許弁護士自身が,自らCAFCに行って判例を変更してほしいとする当事者��は認められてないわけです。実際,ある事件で私は被告側に立ち,不公正行為があったことを立証したところ,不公正行為に関して有責であるとされた相手方の弁護士はCAFCに控訴しようとしました。しかし,CAFCは,当事者自身が控訴しなければ,弁護士は控訴できないとしました。すると,その弁護士には,不公正行為を行ったということが,その後のキャリアを通じてつきまとってしまいます。これでは特許弁護士のキャリアに甚大なる影響を与えてしまうので,出願人は非常に関心を持っているということです。今回変更が生じることになれば,特許法上大きな変化となるでしょうし,出願人は

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歓迎することになると思います。 また,現状,現行法の下では,だます意図の要件は,特許弁護士にとっていわば安全弁になっています。つまり,特許弁護士として真摯に善意を持って振る限り,裁判所としてもだます意図があったとは決めつけてこないということが可能�として多いからです。しかし,今回の変更により,特許弁護士は,本当に自分のとった行動は正しかったのかどうか,常にチェックしなければならないという義務から解放されることになるかもしれません。全体的に見れば,今回の変更は,出願を行う特許弁護士や出願関係者にとっては非常に良い状況をもたらすと思います。〇竹中 それでは時間になりましたので,この辺で終わらせていただきたいと思います。その前に,総合司会であり,このRCLIPの所長であられます高林先生のほうから,クロージング・リマークということで,最後にお言葉をいただきます。

閉会の辞

〇高林 Douglas Stewart先生,大変ありがとうございました。皆さん,どうぞ盛大な拍手をお願いいたします。本日は私としても,ディストリクト・コートと,フェデラルサーキットと,それから最高裁判所と。それぞれのアメリカの3つの裁判所の置かれている立場というのが非常に面白く理解できたなと思いました。最高裁判所は先ほどおっしゃったとおり,やはり憲法とか法律とか,そういうものを視野に入れて判断をするし,フェデラルサーキットはディストリクト・コートや実務に通用できるようなテスト基準ですね。そういうものを打ち立てるようにすると。じゃあディストリクト・コートはどうなのかというと,Inequitable Conductに出てきましたように,そのような陪審だったり,ベンチトライアルでもいろいろなことをやっておりますが,フェデラルサーキットがそこをまた規制しようとすると。この三重構造というのが,

大変アメリカの司法では生き生きとしているなあということがわかったというのが,私にとっても大変面白かったと思いました。 という意味で,特にInequitable Conductについては,私もあまり知らないところでしたし,皆さんも,日本ではあまり重要視されてない問題だと思うんですけれども,日本の特許庁に出願する,それからアメリカの特許庁に出願するという,当然,これは関連しなければならないわけで,忘れてはならないということだということもわかったということで,大変,我々にとって役立ったセミナーだったと思います。本日は本当にありがとうございました。 本日は大変実りのあるセミナーを終えることができました。Stewart先生に,また盛大な拍手をしていただいて,クロージングとしたいと思います。本日はありがとうございました。