rx-7~rx-8の変遷...

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RX-7~RX-8 の変遷 マツダスポーツカーDNA の追求 任田 功(マツダ株式会社) Isao Tohda 1.はじめに 1978年にデビューして以来、SA、FC,FDと3代に 渡ってマツダのブランドアイコンとして進化を続けてきたR X-7は、2002年8月をもって生産を終了した。そのマ ツダスポーツのDNAを引き継ぎさらに進化させたのが、 2003年4月に発表したRX-8である。 走る/曲がる/止まるという運動性能とデザインが重視され るスポーツカーは、全長、全高、ホールベース、質量等の基 本諸元とエンジン搭載位置等の基本レイアウトで、商品力の 大部分は決まる。この投稿ではRX-7の諸元上の特徴を踏 まえた上で、RX-8のプラットフォーム開発経緯を含めて、 そのコア技術を紹介する。 2.RX-7の特徴 マツダスポーツカーの最も重要なDNAは“意のままに操 る,楽しさの追求”である。歴代RX-7は、ロータリーエ ンジン(以下RE)のコンパクト性を活かして、以下の共通 したアプローチでそれを具現化してきた(Fig.1)。 ・REフロントミッドシップによる50:50の重量配分 ‘78の初代SAから、REのコンパクトさを活かし、前 輪車軸より後方にエンジンを搭載したフロントミッドシップ によって50:50の重量配分を実現してきた。 ・圧倒的にコンパクトなボディサイズ & 軽量ボディ 競合他社に対して、150~300mm短い全長と30~ 40mm低い全高を持つコンパクトボディにより、競合他車 に対して200kg以上の軽量車体を実現してきた。 それによって、競合車に対する速さのアドバンテージを保持 してきた。 特にFDの‘98モデルでは、RX-7の集大成として、 280psのターボチャージャーエンジンと1200kg台 の軽量ボディとワイドタイヤによって日常走行からサーキッ ト走行まで、圧倒的な速さを実現した。 3.RX-8 3.1. プラットフォーム開発のテーマ RX-8はスポーツカーの新ジャンルを開拓すべく,4ド 4 シーターとして開発された。しかし,それは RX-7~SA ('78-'85) SA ('78-'85) 競合A 競合B エンジンレイアウト F.M.S FR FR 全長 mm 4285 4425 4410 全高 mm 1260 1305 1300 ホイールベース mm 2420 2605 2500 空車重量 kg 1005 1205 1056 F.M.S=フロントミッドシップ RX-7~FC ('85-'91) FC ('85-'91) 競合A 競合B エンジンレイアウト F.M.S FR FR 全長 mm 4310 4605 4620 全高 mm 1270 1310 1310 ホイールベース mm 2430 2520 2595 空車重量 kg 1280 1400 1440 F.M.S=フロントミッドシップ RX-7~FD ('91-'02) FD ('91-'02) 競合A 競合B エンジンレイアウト F.M.S FR FR 全長 mm 4295 4525 4520 全高 mm 1230 1255 1275 ホイールベース mm 2425 2570 2550 空車重量 kg 1250 1550 1490 F.M.S=フロントミッドシップ 50.7% 49.3% 50.5% 49.5% 50% 50% Fig.1 RX-7の基本諸元

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Page 1: RX-7~RX-8の変遷 マツダスポーツカーDNAの追求dat1/mr/motor21/mr20052114.pdf3.3低ヨー慣性モーメントパッケージのコア技術 我々は従来のRX-7で追求してきた50:50の重量

RX-7~RX-8 の変遷

マツダスポーツカーDNA の追求

任田 功(マツダ株式会社)

Isao Tohda

1.はじめに

1978年にデビューして以来、SA、FC,FDと3代に

渡ってマツダのブランドアイコンとして進化を続けてきたR

X-7は、2002年8月をもって生産を終了した。そのマ

ツダスポーツのDNAを引き継ぎさらに進化させたのが、

2003年4月に発表したRX-8である。

走る/曲がる/止まるという運動性能とデザインが重視され

るスポーツカーは、全長、全高、ホールベース、質量等の基

本諸元とエンジン搭載位置等の基本レイアウトで、商品力の

大部分は決まる。この投稿ではRX-7の諸元上の特徴を踏

まえた上で、RX-8のプラットフォーム開発経緯を含めて、

そのコア技術を紹介する。

2.RX-7の特徴

マツダスポーツカーの最も重要なDNAは“意のままに操

る,楽しさの追求”である。歴代RX-7は、ロータリーエ

ンジン(以下RE)のコンパクト性を活かして、以下の共通

したアプローチでそれを具現化してきた(Fig.1)。

・REフロントミッドシップによる50:50の重量配分

‘78の初代SAから、REのコンパクトさを活かし、前

輪車軸より後方にエンジンを搭載したフロントミッドシップ

によって50:50の重量配分を実現してきた。

・圧倒的にコンパクトなボディサイズ & 軽量ボディ

競合他社に対して、150~300mm短い全長と30~

40mm低い全高を持つコンパクトボディにより、競合他車

に対して200kg以上の軽量車体を実現してきた。

それによって、競合車に対する速さのアドバンテージを保持

してきた。

特にFDの‘98モデルでは、RX-7の集大成として、

280psのターボチャージャーエンジンと1200kg台

の軽量ボディとワイドタイヤによって日常走行からサーキッ

ト走行まで、圧倒的な速さを実現した。

3.RX-8

3.1. プラットフォーム開発のテーマ

RX-8はスポーツカーの新ジャンルを開拓すべく,4ド

ア 4 シーターとして開発された。しかし,それは

RX-7~SA ('78-'85)

SA ('78-'85) 競合A 競合Bエンジンレイアウト F.M.S FR FR全長 mm 4285 4425 4410全高 mm 1260 1305 1300ホイールベース mm 2420 2605 2500空車重量 kg 1005 1205 1056

F.M.S=フロントミッドシップ

RX-7~FC ('85-'91)

FC ( '85-'91) 競合A 競合Bエンジンレイアウト F.M.S FR FR全長 mm 4310 4605 4620全高 mm 1270 1310 1310ホイールベース mm 2430 2520 2595空車重量 kg 1280 1400 1440

F.M.S=フロントミッドシップ

RX-7~FD ('91-'02)

FD ( '91-'02) 競合A 競合Bエンジンレイアウト F.M.S FR FR全長 mm 4295 4525 4520全高 mm 1230 1255 1275ホイールベース mm 2425 2570 2550空車重量 kg 1250 1550 1490

F.M.S=フロントミッドシップ

50.7% 49.3%

50 .5% 49.5%

50%50%

Fig.1 RX-7の基本諸元

Page 2: RX-7~RX-8の変遷 マツダスポーツカーDNAの追求dat1/mr/motor21/mr20052114.pdf3.3低ヨー慣性モーメントパッケージのコア技術 我々は従来のRX-7で追求してきた50:50の重量

その結果,速さとコントロール性を高い次元で両立させ

るためには,ヨー慣性モーメントの大幅な低減が効果的で

あることが分かった(Fig.5)。

ボディサイズや車重拡大等、スポーツカーとして運動性能

面で相反する要素を持つこととなり,革新的プラットフォ

ームがなければ成立し得なかった。

“究極のFun”を最も得られるのはコーナーリング中

である。従来スポーツカーのジレンマは,“速い車は操れな

い。操れる車は遅い”ということである。

我々は1990年初頭から,FDの後継車として次世代

RX-7を想定して先行技術開発活動を進めてきた。その

活動は,21世紀のスポーツカーとしてその価値を大幅に

高めるため,プラットフォームを全く新規に開発し,革新

レベルにまでそのポテンシャルを向上させる事を目指した。

そのために、まず基本に立ち返って、開発テーマのカスケ

ード活動を行った。

(1)「究極のFun」とは?

前述したように、マツダスポーツカーの最も重要なDN

Aは “意のままに操る,楽しさの追求”である。我々は次

世代スポーツカープラットフォームを開発するにあたって,

まず,“楽しさ”すなわち“Fun”を定義づけた。

“Fun”は,達成感,優越感,爽快感,スリル等で構

成されているが,この中でも,達成感が最も重要な要素と

考えられる(Fig.2)。例えば,ジェットコースターに乗った

場合,確かに爽快感やスリルはあるが,そこに自分の努力

が存在しないため,達成感が得られず,本当のFunを得

ることができない。

最も楽しい状態,言わば“究極のFun”とは,「難しく

困難な局面を自らの手でコントロールし, その結果が他人

に対して優位性があること」と考えられる。Fig.3 のイメ

ージマップの横軸は自分自身の貢献度,縦軸はその成果で,

右上の部分が“究極のFun”の状態である。

それをドライビングに当てはめると,ドライビングにお

ける“究極のFun”とは, 「ドライバー自身が車をコン

トロールする実感を持ち,その結果が速さを生み出すこと」

と考えられる。ただ単に,アクセルを踏んで他人より速く

走れても“究極のFun”は得ることはできない。

(2) 従来スポーツカーのジレンマ

例えば,RX-7はコーナーリング最大Gは高い反面,コー

ナーリング限界付近で自由に操るには高いドライビングスキ

ルを要する。一方ロードスターのコーナーリング最大Gはそ

れほど高くないが,コーナーリング限界付近まで操りやすい

(Fig.4)。

3.2 パッケージ上のキーポイント

我々は,究極のFunを一人でも多くのドライバーに享

受してもらう為に,“速さとコントール性の両立”をメイン

テーマとして取り組んだ。これはRX-7では成し得なか

ったことであり、プロドライバーにしか体感し得なかった

スポーツカーの価値を、一般ドライバーにまで拡大するた

めに、是非とも解決せねばならない課題であった。

コーナ

その具体活動として、速さとコントロール性に対するパ

ッケージ諸元の影響を,マツダが保有するドライビングシ

ミュレーターや試作車を用いて検討を行った。

探究心の満足

達成感

本能の開放

優越感

臨場感

爽快感

スリル

・・・ 困難な場面をクリアしたことで現れる感覚。

・・・ 頭の中のもやもやがなくなり、体中に染渡る、快さ。

・・・ 本当にその場面に接したような感覚

・・・ 次にどうなるかとういう期待感。

・・・ 現実社会で抑圧された本能の解放。

・・・ 他の人より優れた存在である気持ち。

・・・ ぞくぞくすること。わくわくすること。

究極の「FUN」

成果(相対

比較)

自分自身の貢献度

低い

高い

Fig.3 “究極のFun”のイメージマップ

ーリング

限界付

近の

ントロ

ール性

速さ ~コーナーリング最大G

高い高い

RX-8

RX-7

Roadster

次世代マツダスポーツプラットフォームライン

現行ライン

Fig.4 コーナリング速さとコントロール性

向上項目 注力項目

次世代スポーツプラットフォーム  (RX-8)

RX-7

コーナリング速さ

コーナリング限界付近のコントロール性

適切な重量配分

低重心

高剛性

軽量化&コンパクト化

良好な前方視界

ヨー慣性モーメントの低減

( High Response RE )Fig.2 “Fun”の構成要素

Fig. 5 基本諸元が与える運動性能への影響

Page 3: RX-7~RX-8の変遷 マツダスポーツカーDNAの追求dat1/mr/motor21/mr20052114.pdf3.3低ヨー慣性モーメントパッケージのコア技術 我々は従来のRX-7で追求してきた50:50の重量

3.3 低ヨー慣性モーメントパッケージのコア技術

我々は従来のRX-7で追求してきた50:50の重量

配分や低重心パッケージに加えて,ヨー慣性モーメントを

大幅に低減するための実現手段の構築に取り組んだ。その

重要なコア技術を紹介する。

(1)アドバンスドフロントミッドシップレイアウト

ヨー慣性モーメントを大幅に低減するためには,エンジ

ン搭載位置が重要な要素である。そのために,REのパッ

ケージ上の特徴をI4,V6等のあらゆるレシプロエンジ

ンと徹底的に比較分析することで明確化した。

その結果生まれたのが,REのメリットを最大限に活用

する「アドバンスドフロントミッドシップレイアウト」であ

る。

Fig.6 はエンジンの側面を示した図で,左側がI4のレ

シプロエンジン,右側がREである。吸気系まで含めると,

REとI4の高さはほぼ同じである。しかしエンジンブロ

ック本体を比較すると,REがI4に対して約250mm

も小さく,ほぼトランスミッションと同じ大きさである。

このRE本体のコンパクトさに着目し,エンジン本体と

吸気系を前後にオフセットさせ,オイルパンを薄型化する

ことで,RX-7に比べて,エンジン本体を60mm後方に,

40mm下方にレイアウトすることが可能となった

(Fig.7)。

エンジンの60mm後方化に加えて,ダッシュパネルと

乗員位置を80mm前方に移動させることで,エンジンと

乗員距離を140mm短縮させている(Fig.8)。要は,RE

をトンネルの中に140mmも押し込んだレイアウトであ

る。

(2)その他の低ヨー慣性モーメント低減技術

Fig.9に示すように,アドバンスドフロントミッドシップレ

イアウトに加えて,フューエルタンクをホイールベース間に

レイアウトし,パンク修理キットの採用でスペアタイヤレス

とした。その結果,重量配分はRX-7と同じ50:50をキ

ープしつつ,ヨー慣性モーメントはRX-7に対して5%,競

合トップに対して10%も低くすることができた(Fig.10)。

RE total height : equivalent to 4cylinder reciprocating engine

<Conventional 2.0L4cylinder reciprocating engine> <RE(RENESIS)>

RE block(housing) height : shorter than 4cylinder reciprocating engine by

approx. 250mm

Engine is placed 60 mm rearward (Compared to RX-7)

Engine is placed wer(Compared to RX-7)

40 mm lo

RX-7

RX-8RENESIS

Fig. 7 アドバンスドミッドシップレイアウト (side view)

RX-7 RX-7

-140mm

Engine is placed 60 mm rearward (Compared to RX-7)

Driver & Passenger :orward (Compared to RX-7) 80mm f

RX- 8 RX- 8

Fig. 8 アドバンスドミッドシップレイアウト (top view)

50% 50%Front 50% vs Rear 50%

フューエルタンクをWB内に配置

パンク修理キット採用によるスペアタイヤレス

Fig. 9 ヨー慣性モーメントの低減技術

Nimble&Controlable

Good

Wors

Roadster

RX-7

EC J Car

JPN G Car

JPN B Car

EC I Car

CAPELLA

Millenia

EC F Car

EC G Car

decrease 5%

Stability GoodWorse

Wheelbase(mm)

Evalu

ation o

f Ya

w Inert

ia M

oment

2300

decrease 10%

RX-8

2400 2500 2600 2700 2800

Fig. 10 ヨー慣性モーメントの低減レベル

Fig. 6 直列4気筒エンジン(I4)とロータリーエンジン(RE)のサイズ比較

Page 4: RX-7~RX-8の変遷 マツダスポーツカーDNAの追求dat1/mr/motor21/mr20052114.pdf3.3低ヨー慣性モーメントパッケージのコア技術 我々は従来のRX-7で追求してきた50:50の重量

(3) アドバンスドフロントミッドシップの

デザイン&視界面のアドバンテージ

アドバンスドフロントミッドシップレイアウトはヨー慣

性モーメントの低減だけではなく,デザインや視界面でも

優位性がある。

Fig.11 は横軸が全高で,縦軸が前方下方視界を示す。通

常のスポーツカーはハイパワーエンジン搭載によりボンネ

ットが比較的高い割に,低全高/低重心のため乗員位置を低

くレイアウトするので,前方下方視界はセダンに対して不

利な傾向にある。

RX-8はアドバンスドフロントミッドレイアウトによっ

て,低ボンネット化でき,低い全高とセダン並の前方下方視

界を両立した。

4.おわりに

今まで 4 ドア4シーターのスポーツカーが世の中に存在し

なかったのは、開発過程でスポーツカーでもないセダンでも

ない中途半端なものになってしまっていたからだと思います。

我々はREの特徴を最大限活かし、レスプロエンジンでは不

可能な革新的なスポーツカープラットフォームを創出しまし

た。これが無いと、RX-8の“4ドア4シータースポーツ”

のコンセプトは実現できなかったと思います。

これが可能にできたのは、マツダが「RX-7やREの開

発で培ってきた技術面のDNA」と、「飽くなき挑戦を続け

るプロジェクトメンバーのマインド面のDNA」、この2つ

のDNAを持っていたからだと思います。

今後とも、この革新的プラットフォームをさらに進化&展

開させ、お客様に”操る楽しさ“を堪能してもらえるスポー

ツカーを創り続けていきたいと思っています。ご期待くださ

い。

Fig. 12 RX-8

参 考 文 献

(1) 任田 功 中村 幸雄:マツダ技報 No.21 RX-8 のパッ

ケージ (2003)

RX-8

JPN I Car

US B Car

EC C Car

JPN A Car

JPN F CarEC A Car

Sp. & Sports Zone

Lower Over All Height

Front Down Vision (°)

Over All Height (mm)

1280 1300 1320 1340 1360 1380 1400 1420 1440

Sporty Sedan Zone

Better Visibility

Fig. 11 低全高と前方下方視界の両立