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1/10 Satellite Contest 2002 宇宙環境についての調査 AUTHORS: 松永研究室 C&DHEPS 合同チーム DATE: 2002/04/17 PAGES: 8 KEYWORDS: satcon, space environment 1. はじめに C&DH EPS 合同チームで宇宙環境について調査したので報告する.主に宇宙環境(主として放射線環境)とトータルドーズ / シングルイ ベントの2 分野に分けて調査を行った. 2. 宇宙環境 2.1 宇宙環境の特徴 2.1.1 高真空 高度による気圧の変化は以下の図 1 の通りである. 高真空状態が宇宙機に及ぼす影響としては以下のよう なものがある. ①材料の蒸発 宇宙機の表面材料として利用されている Cd Zn どが蒸発する.このようなガスをアウトガスと呼ぶ.こ のようなガスが発生すると,光学機器と電子機器に付着, 凝結し,性能劣化をまねくことになる.また,高電圧端 子付近にアウトガスが発生した場合にはコロナ放電が 起こり,機器が破損してしまう可能性もある.さらに, 地上用に使われている電解コンデンサなどが急激な内 圧の上昇によって破裂するということも起きる. 対策 対策としては,打ち上げ前,打ち上げ後の一定期間において高電圧をかける前に真空中で機器の温度をあらかじめ一度上げ,発生したアウ トガスを抜き取るというベーキングと呼ばれる方法が取られる. ②材料間の凝着 金属表面の酸化膜が失われるために,金属同士が接触した場合にコールドウエルディングと呼ばれる凝着現象が起きる.これは,金属同士 が凝着してしまうことによって,押し付けた力の数倍以上の力をかけなければ両者を切り離すことができなくなってしまうというものであ る.この現象は特に可動部を持つ構造に深刻な影響を与える. 対策 対策としては,固体潤滑剤である二硫化モリブデンやグリースなどを可動部に用いるということがある. 2.1.2 微小重力 微小重力であることによって,密閉容器内に浮遊物がある場合にはそれがショートの原因になったり,動作を妨げる可能性がある. 対策 対策としては,機器の内部をポッティング( エポキシ系,シリコン系,ポリウレタン系樹脂でロウ付けすること) したり,機器の表面をコー ティング ( ポリウレタン系,シリコンゴム系,アクリル系などで被膜すること) する. 2.1.3 熱負荷 宇宙では熱対流が生じない.また太陽の照射の有無によって- 100 ℃から100℃までの熱サイクルを受ける.このため,宇宙機における熱 収支を制御する装置が必要になる.特に宇宙機の命ともいえる電源は熱環境に大きく依存しているために管理が必要である.さらに,熱膨 張しやすい構造体を宇宙機構体一部に使用している場合には熱膨張の不釣り合いから破損する可能性もある. 1 気圧 高度変化図

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Satellite Contest 2002

宇宙環境についての調査

AUTHORS: 松永研究室 C&DH・EPS 合同チーム

DATE: 2002/04/17 PAGES: 8

KEYWORDS: satcon, space environment

1. はじめに C&DH・EPS合同チームで宇宙環境について調査したので報告する.主に宇宙環境(主として放射線環境)とトータルドーズ/シングルイ

ベントの2分野に分けて調査を行った. 2. 宇宙環境 2.1 宇宙環境の特徴 2.1.1 高真空 高度による気圧の変化は以下の図1の通りである.

高真空状態が宇宙機に及ぼす影響としては以下のよう

なものがある. ①材料の蒸発 宇宙機の表面材料として利用されている Cd や Zn な

どが蒸発する.このようなガスをアウトガスと呼ぶ.こ

のようなガスが発生すると,光学機器と電子機器に付着,

凝結し,性能劣化をまねくことになる.また,高電圧端

子付近にアウトガスが発生した場合にはコロナ放電が

起こり,機器が破損してしまう可能性もある.さらに,

地上用に使われている電解コンデンサなどが急激な内

圧の上昇によって破裂するということも起きる. 対策

対策としては,打ち上げ前,打ち上げ後の一定期間において高電圧をかける前に真空中で機器の温度をあらかじめ一度上げ,発生したアウ

トガスを抜き取るというベーキングと呼ばれる方法が取られる.

②材料間の凝着 金属表面の酸化膜が失われるために,金属同士が接触した場合にコールドウエルディングと呼ばれる凝着現象が起きる.これは,金属同士

が凝着してしまうことによって,押し付けた力の数倍以上の力をかけなければ両者を切り離すことができなくなってしまうというものであ

る.この現象は特に可動部を持つ構造に深刻な影響を与える. 対策

対策としては,固体潤滑剤である二硫化モリブデンやグリースなどを可動部に用いるということがある.

2.1.2 微小重力 微小重力であることによって,密閉容器内に浮遊物がある場合にはそれがショートの原因になったり,動作を妨げる可能性がある.

対策

対策としては,機器の内部をポッティング(エポキシ系,シリコン系,ポリウレタン系樹脂でロウ付けすること)したり,機器の表面をコー

ティング(ポリウレタン系,シリコンゴム系,アクリル系などで被膜すること)する.

2.1.3 熱負荷 宇宙では熱対流が生じない.また太陽の照射の有無によって-100℃から100℃までの熱サイクルを受ける.このため,宇宙機における熱

収支を制御する装置が必要になる.特に宇宙機の命ともいえる電源は熱環境に大きく依存しているために管理が必要である.さらに,熱膨

張しやすい構造体を宇宙機構体一部に使用している場合には熱膨張の不釣り合いから破損する可能性もある.

図1 気圧の高度変化図

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対策

対策としては,宇宙機の熱収支を見積もり,必要と思われる程度の熱制御装置(サーマル・ルーバ,ヒートシンク,ヒートパイプ,ニクロム

線など)を搭載することである.

2.1.4 放射線 地球周囲の磁気圏の図2を示す.地球に到達する放射線量は太陽の活動と密接な関係を持っており,黒点数の増減に応じて放射線量も増

減し,太陽フレアが発生したときには大量の放射線が地球に降り注ぐこととなる.ここで,太陽周期と電子,陽子の分布を距離についてま

とめたグラフを図3に示す.この図で1.5から2と4から5の間にピークを迎えている領域があるがこれはそれぞれヴァンアレン帯の内帯,

外帯と呼ばれている. そして,このような放射線が宇宙機に与える影響としては具体的に以下の二つが挙げられる. ①トータルドーズ効果:電子機器に入射された全放射量の累積による恒久的な損傷のこと ②シングルイベント現象:1個の高エネルギー陽子や重イオン粒子の入射により発生する電子機器の動作不良のこと

シングルイベント現象が非常に多く生じるのは一部の区域においてのみである.それは南大西洋地域のみであり,そのためこの磁気異常地

帯のことはSAA(South Atlantic Anomaly:南大西洋磁気異常)と呼ばれている.これは,通常の放射線帯が1000km以上あるのに対して南大西

洋上空ではそれが300kmと極端に下がっているためである.300kmと下がっている理由としては地球近傍の双極磁場の中心が地球中心を通

らず,多少ずれた位置にあるため,磁場強度が南北で非対称で,経度方向にも一定でないためである.

図2 磁気圏外観

図3 高度に対する陽子,電子分布

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実際にどれくらい限定された地域で起こっているのかをグラフにしたものは図4の通りである.

図4 シングルイベント現象の発生地域 図5 科学衛星「おおぞら」で観測された陽子の地理的分布図

これは,別のデータとして得られた陽子分布図(図5)ともよく一致していることがわかる. 次に具体的な対処法について述べる. 対策

電子機器をカバーリングする.トータルドーズについてはあらかじめ照射量が計算できるためそれに応じたカバーガラスを太陽電池にかぶ

せておく. 放射線に強い素子を使用する.地上実験で放射線試験を行い,民生品でこれに耐えられたもののみを使用したり,宇宙用に開発された素子

を使用するということがある. → 一例を挙げると地上で使われるバイポーラSRAMはシングルイベントに対して弱く,CMOS/SOS SRAMを使用することによってシン

グルイベント対策とするなどである.

2.1.5 原子状酸素 高度 200km から 600km では大気中の酸素やオゾンが太陽紫外線のエネルギーを吸収して解離し,化学反応性の強い原子状酸素が多く生

成されている.原子状酸素は宇宙機の表面と化学反応を起こし,その結果質量低下,強度低下,あるいは光学特性の劣化といった現象を引

き起こす.具体的な例としてはCFRPが11年間の間に0.3mm薄くなったという報告もある. 対策

対策としては,βクロスと呼ばれるガラス繊維の織物にテフロンの一種のフッ素樹脂であるPTFEを含浸させたもので覆うという対策があ

る.

2.1.6 スペースデブリ スペースデブリとしては自然起源のものと人工起源のものがあるが,ここでは人工起源のもののみを取り扱うことにする.スペースデブ

リの原因となるものは,ロケットの切り離された最終段,軍事衛星の意図的な破壊によって生じた破片,故障した衛星,ボルトやナットな

どである.そのため,スペースデブリの分布は主に2000km以下の低軌道LEOと静止軌道GEOに集中している.また,スペースデブリは

軌道上の物体密度がある値を超えると新たな物体が軌道投入されなくても,相互衝突で自動的に密度が上昇してしまう.現在1000から1500kmにおいての軌道では既に臨界値に達しかけている. スペースデブリの直径による衝突時の宇宙機の損害は以下の表のようである.

対策

対策としては,まず光学的な手法によって観測されるデブリをカタログ化して,監視することが必要である.そのため,米国のデブリ監視

レーダなどの地上における相互協力の下のデブリの監視が行われている.そして,カタログ化されたデブリに関しては事前に宇宙機のガス

ジェットを噴射して高度,または方向を変更する運用が対策として有効であり,また小さなデブリについては外壁にバンパを被せることに

よってこれを防ぐことができる.

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2.2 放射線 前節で放射線について触れたが,ここではもう少し詳しく見ていくことにする. 2.2.1 銀河宇宙線(Galactic Cosmic Rays, GCR) 太陽系外から飛来する粒子で,超新星爆発等をその起源とし,銀河系内磁場により加速される荷電粒子と言われ,自由空間ではほぼ等方

的に運動している.代表的な銀河宇宙線モデルとして CREME コードがある.エネルギー範囲は広く,きわめて高いエネルギー(1020eV程度)まで及ぶものもあるが,数100MeV/uから1GeV/uのエネルギーに粒子数のピークを持つ.

銀河宇宙線全体の約98%は陽子とそれより重い粒子で,約2%が電子と陽電子である. Heより重い粒子はHZE粒子(high-Z and high energy particles)と呼ばれ,陽子やそれより重い粒子のうち,約87%が陽子,約12%がHeで,残り1%程度がHZE粒子である. HZE粒子の宇宙放

射線の中に占める割合は大きくないが,生物学的影響は大きいと予想される. 銀河宇宙線のフラックスは,太陽活動の約11年間の周期的な変動に伴い変化し,太陽活動が極小の時期(太陽活動極小期)に最大に,太陽

活動が極大の時期(太陽活動極大期)に最小になる.

2.2.2 太陽粒子現象(Solar Particle Event, SPE) 太陽粒子現象(Solar Particle Event, SPE) 太陽粒子現象(SPE)は,太陽表面の爆発現象(フレア)等に伴い突発的に

高エネルギー粒子が放出される現象であり,特に太陽フレアに伴い放出

される粒子を太陽フレア粒子と呼ぶ.SPEで太陽から放出される粒子の

エネルギースペクトル,フラックス,組成等はフレア毎の規模により異

なるため一概にはいえないが,核子あたりMeV~数十GeV程度のエネ

ルギーを持ち,陽子が80~90%,Heイオンが10~20%,それより重い

粒子も1%程度含まれる 3.図2-4に太陽フレア粒子の代表的なモデルで

ある CREME コードによる国際宇宙ステーション軌道における太陽フ

レア粒子の陽子成分のフラックスを示す.通常の宇宙環境における

10MeV以上の陽子フラックスは静止軌道上では,1個/sec/cm2/sr以下で

あるが,SPEにより,103~104個/sec/cm2/sr程度に増加し,そのレベル

が数時間継続した後,それより低いレベルが数日間続く 4.また,約11年間の太陽周期の間に,1回のSPEの全フラックスが1010個/cm2を越

えるような大きな現象が 1~3 回発生し,109 個/cm2以上の現象は 5 回

程度発生すると言われている.

2.2.3 補足放射線 捕捉放射線は,地球磁場に捕捉された荷電粒子のことであり,この捕捉放射線のフラックスが高くなっている領域は放射線帯(別名 Van

Allen 帯)と呼ばれている.放射線帯は,地磁気軸を中心にドーナツ状に存在しており,電子及び陽子を主成分とし,人工衛星が影響をうけ

るものの中で最も重要な放射線源となる.高度18,000km程度のところに電子密度のピークがあり,36,000kmの静止軌道においても,まだ

相当なレベルを保っている.しかし,観測衛星が良く利用する1,000km前後の軌道は,バン・アレン帯の内側に相当し,そのレベルはかな

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り低くなっている.例として,静止軌道と1,000kmの円軌道(傾斜角60度)における放射線スペクトラムの予測値を以下の図に示す. 図2-55に人工衛星「おおぞら」によって測定された低高度における陽子の強度分布を示す.南大西洋上空で捕捉放射線のフラックスが高

くなっている領域があるが,この領域は南大西洋異常(South Atlantic Anomaly, SAA)と呼ばれている.これは,地球磁場を構成する磁気双極

子が地球の中心から少しずれところにあるので,放射線帯の下限高度が場所によって異なり,特にこの領域で他の地域に比べ放射線帯が低

軌道にまで及び磁場が弱いことによっている. 図2-3にSPEを考慮しない場合の国際宇宙ステーション軌道における船外宇宙放射線環境のエネルギースペクトルの推定値を示す.ここ

で,使用したモデルを以下に示す.

捕捉陽子: AP8モデル 6

捕捉電子: AE8モデル 7

銀河宇宙線: CREMEコード

これらの高エネルギー粒子が大気や宇宙機の機体を組み立てている材料の原子核と衝突して,陽子,中性子,中間子,ガンマ線

を生成する.これらを二次粒子線という.宇宙機内部はこれらの粒子線と二次粒子線が複合して出来上がった環境下にある.

1. 藤高和信: 宇宙環境の放射線, 日本原子力学会誌 35:881,1993

2. Adams Jr., et. al. : Cosmic Ray Effects on Microelectronics. Part I -The Near-Earth Particle Environment. NRL Memo. Rep. 4506- Pt. I, U..S. Navy, Aug(1981). (Available from DTIC as AD A103 897.) Cosmic Ray Effects on Microelectronics, Part IV

3. 河野毅: 太陽プロトン現象, 通信総合研究所季報,35(7): 99, 1989 4. 富田二三彦: private communication

5. Kohno, T., et. al.: Intensity Maps of MeV Electrons and Protons Below the Radiation Belt, Planet Space Sci., 38:483, 1990

6. Sawyer, D.M., Vette, J.I.: AP-8 Trapped Proton Environment, NSSDC/WDC-A-R&S 76-06, 1976

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7. Vette, J.I.: The AE-8 Trapped Electron Model Environment, NASA-WDC-A-R&S 91-24, 1991 8. Panel, R.E.: User's Guide to HETC Code System, Rough Draft, LANL Group X-6, 1985 9. Nelton, W.R., et. al.: The EGS4 Code System, SLAC-265, 1985 10. T. Doke et. al.: private communication, 1998 11. ICRU: Report 51, Quantities and Units in Radiation Protection Dosimetry, International Commission on Radiation

Units and Measurements, 1993 12. T. W. Armstrong and K.C. Chandler: "SPAR. a FORTRAN program for computing stopping powers and ranges

for muons, charged pions, protons, and heavy ions" ORNL-4869, 1973 13. J. F. Ziegler, J. P. Biersack and U. Littmark: THE STOPPING AND RANGE OF IONS IN SOLIDS, Volume 1 of the

Stopping and Ranges of Ions in Matter. Pergamon Press, 1985 14. G. D. Badhwar, et. al.: Rad. Res. 149:209-218, 1998 15. G. D. Badhwar: private communication 16. V.V. Benghin et. al.: Dosimetric Control on Board the MIR Space Station During the Solar Proton Events of Sep. - Oct.

1989, Nucl. Tracks Radiat. Meas., vol. 20, No.1, pp.21-23, 1992 17. P.D. McCormack, et. al.: Radiation Exposure Issues, in "Space Physiology and Medicine, 2nd edition" Lea

& Febiger, Philadelphia/London, 328-348, 1989 18. http://www.hirec.co.jp/_jp/2.html 19. http://www.nasda.go.jp/Home/Press/j/1996/Event_12/rrmd2.html 20. http://www.nasda.go.jp/library/news/j/197/sun.html

3. トータルドーズとシングルイベント 半導体素子の放射線照射効果によって生じる現象であり,素子構造や作成プロセスに依存するが,半導体の種類が本質的に関係する部分

も多い. 3.1 トータルドーズ 放射線による損傷が蓄積されて,半永久的に特性を劣化させ,ついにはその機能を破壊する現象である.放射線による損傷としては,変

位損傷と電離損傷が挙げられる.

変位損傷 ・・・ 半導体の結晶格子原子が放射線によってはじき出されて格子欠陥を作り,それが半導体の電気特性を劣化させる現象. 電離損傷 ・・・ MOS構造の半導体デバイスが,放射線によりイオン化する現象. 3.2 シングルイベント 高エネルギー重イオンが半導体素子に入射すると大量の電子-正孔対が発生するが,この影響により発生する現象をシングルイベントと

いう.シングルイベントには以下の5つの種類がある. 3.2.1 SEU( Single Event Upset ) 瞬間的に電極の電位が変動するためメモリが反転し,記憶情報が変化する現象.エラー訂正回路を用いて対応する場合,多数のビットが

同時に反転するマルチプルビット・アップセット(MBU)が生じると,エラー訂正回路では訂正可能なビット数に限界があることから,デー

タが正確に訂正されないことがあり得る.DRAMにイオンが入射する場合,コンデンサ,プレチャージ回路などが影響を受けるらしいが,

詳しいメカニズムはまだわかっていないようである.試験は行われている. 3.2.2 SEL( Single Event Latch up )

CMOS集積回路(IC)の中に存在する寄生サイリスタ構造の部分に電荷が発生すると,電極間が導通状態になり,外部電源を切るまでに ICに大電流が流れつづけ,ついに熱損する現象 3.2.3 SEB( Single Event Burnout ) SEBは,パワートランジスタ内が高電流状態になることにより素子が破壊されたであろう状態を指す.SEBでは永続的な素子の不良状態

になる.SEBは,power MOSFETの焼き切れ,ゲート断裂,ビット凍結やCCDのノイズといった現象も含む.Power MOSFETのSEBの最

初の報告例は,1986年のWaskiewiczによるもので,n-channelだった[2].そのときは,FETがOFF状態であった(ドレイン-ソース電圧を

ブロックしている状態)にもかかわらず,常に電流が流れるという現象だった.これは,重イオンが通過することで素子をON状態にする

に十分なくらい帯電したことにより生じたものである.SEB は温度を高くすることで発生率を抑えることができる [3].SEB は,bipolar junction transistors(BJTs)でも生じることがTitusらにより報告されている[4]. 3.2.4 SEGR( Single Event Gate Rapture )

EGRはpower MOSFETに生じる現象のようである.原因は,壊滅的な焼き切れ(burnout)状態にあるゲート酸化剤による導通経路(例

えば,誘電体の破壊)の組み合わせにより生じる.この現象の初の報告例は,Fischer によるもので,1987 年に報告されている[5].一度生

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じると復元することのない「致命的な現象」である.

3.2.5 SEDR( Single Event Dielectric Rupture) これは,Swiftらが1994年に発表した新しいタイプのHard Error現象であり(論文タイトルも”A new class of single event hard errors”),誘電

体が損傷することが原因により生じる[6].SEDRはCMOSなどのマイクロデバイス内で生じる破壊現象を考慮していることが特徴である.

現象自体は,SEGRとの類似性が高いようである.SEGTと同様,一度生じると復元することのない「致命的な現象」である. 3.2.6その他の現象

Spurious Noise アナログ回路に生じる現象である(アンプの増幅回路など) ,下図のように増幅信号出力にスパイクノイズが乗る.永続的に起

こるものではない.回路やアンプの速度(?)に依存するらしい.センサデータを始めとして,各種コマンド,テレメトリの読み取り不良

の原因となる.

Permanent Destruction ディジタル回路に起きる SEU に近い現象.ただし,ここで強調して言っているのは,メモリなどスタティックに保存されるようなデバ

イスではなく,信号の流れの中で信号が狂わされる現象についてである.Nanosecondオーダーの信号変化まで狂わされる可能性があるよう

だ.しかも,これは半導体内部の微小クラックなどが原因などで,一度生じると断続的に永久的に信号が狂わされるようである.よって,

時間が経てば経つほど,内部クラックも増加し,この種のエラーも増加するようである.

3.3 対処法 3.3.1 トータルドーズ

入射した全放射線の累積でおこることからその影響の大きさは予測することができることから,太陽電池セルなど宇宙に

暴露している部分にはカバーガラスをつけるなどの対策をする.しかし,放射線密度の急増などによって想定値以上の放射

線を受けた場合故障の原因になることがある.バンアレン帯を通過する場合,おもに陽子の影響をうけて太陽電池の劣化が

進むようである. 3.3.2 シングルイベント

シングルイベントに耐性をもつ素子開発はいくつかなされている.一例として CMOS/SOS(Complementary Metal Oxide Semiconductor/Silicon OnSapphire)SDRAMを用いる方法がある.SOSでは単結晶タイプではなく,サファイア基板を絶縁膜と

しその上にシリコンを成長させたタイプである.重イオン粒子が入りこんでも感応領域が小さく,よって収集される電荷量

も小さくなることよりメモリの誤動作を引き起こしにくくできる.一方,電子回路側の対策としては,エラー訂正回路を組

み込むことであるが,前述のようにこれでは完全に対応しきれない.SELに対しては消費電流の増加を検出して判定を行い

電源を遮断する方法がある. 3.4 まとめ トータルドーズ,シングルイベントは,以前から現象は知られていたが,メカニズムはまだはっきりと解明されておらず,耐放射線性を

有する電子部品の開発に必要な技術,民生部品の宇宙機への適用に必要な耐放射線性評価技術,放射線対策に関する技術的指針を提供する

ための耐放射線性設計基準は確立していない.

以下に宇宙環境に関するデータベースサイトと,民生品・コンポーネント実証衛星「つばさ」を紹介しておく. ・ERRIC( http://erric.dasiac.com/ )

ERRIC (Electronics Radiation Response Information Center) は,核,宇宙放射線に対する電気素子のデータベースで,そのデータ数は12000程度に及ぶ.デバイスメーカ,デバイス名,デバイス IDなどで検索ができる. ・SEES ( http://sees2.tksc.nasda.go.jp/Japanese/index.html )

SEES(Space Environment & Effects System)は,宇宙環境(高エネルギー粒子,銀河宇宙線,原子状酸素,プラズマ,磁場等)とそれらによ

る影響(シングルイベント,太陽電池の劣化,トータルドーズ,帯電現象,熱制御材の劣化等)に関するデータとモデルを提供するデータ

ベースである. ・ICSRAD ( http://www/icsrad.com/ ) ICSRAD(ICS Radiation Technologies, Inc.)は,宇宙環境に対する半導体の調査を行っている会社であり,放射線テストだけでなく,デバイス選

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択法,回路設計などに関する情報もある. ・RADNET-Interactive JPL NASA ( http://radnet.jpl.nasa.gov/ )

・MDS-1(Mission Demonstration test Satellite-1 : 民生

部品・コンポーネント実証衛星)→ つばさ 平成14年2月4日に打ち上げられた「つばさ」では,民生半

導体部品の軌道上でのトータルドーズおよびシングルイベント

に関するデータを取得し,半導体技術の違いおよび地上試験デ

ータとの相関について評価・解析を行う.民生半導体部品実験

装置(CSD),地上用太陽電池実験装置(TSC)などを搭載し,

それぞれ半導体メモリとIC,各種の地上用太陽電池を評価部

品とする.CSDはさらにDRAM評価部,SRAM評価部,E

EPROM評価部,FLASHメモリ評価部,FPGA(Field Programmable Gate-Array)評価部から構成され,SEU,SEL発生

回数などを測定する.「つばさ」は静止トランスファー軌道(遠

地点高度約36,000Km)で運用され,1年間の運用期間中,

静止軌道衛星の約10倍の放射線環境を受ける.

表1:CSDに搭載された評価部品

評価部品

64Mbit-DRAM (2品種・4個) 4Mbit-SRAM (2品種・4個)

1Mbit-EEPROM (1品種・2個) 4Mbit-FLASH MEMORY (1品種・2個)

FPGA (1品種・2個)

References [1] http://www.eas.asu.edu/~holbert/eee460/see.html [2] A.E. Waskiewicz, J.W. Groninger, V.H. Strahan, D.M. Long, "Burnout of power MOS transistors with heavy ions of Californium-252," IEEE Trans. on

Nuclear Science, vol. 33, no. 6, pp. 1710-1713, 1986. [3] G.H. Johnson, R.D. Schrimpf, K.F. Galloway, R. Koga, "Temperature dependence of single-event burnout in n-channel power MOSFETs," IEEE Trans.

on Nuclear Science, vol. 39, pp. 1605-1612, 1992. [4] J.L. Titus, G.H. Johnson, R.D. Schrimpf, K.F. Galloway, "Single event burnout of power bipolar junction transistors," IEEE Trans. on Nuclear Science, vol.

NS-38, no. 6, pp. 1315-1322, 1991. [5] T.A. Fischer, "Heavy-ion-induced, gate-rupture in power MOSFETs," IEEE Trans. on Nuclear Science, vol. 34, no. 6, pp. 1786-1791, 1987. [6] G.M. Swift, D.J. Padgett, A.H. Johnston, "A new class of single event hard errors," IEEE Trans. on Nuclear Science, vol. 41, no. 6, pp. 2043-2048, 1994. [7] http://www.aero.org/seet/primer/index.html 4. 宇宙環境計測の意義

人工衛星の故障を誘発したり、宇宙飛行士に有害な影響を与える宇宙放射線の環境を計測するため、人工衛星に搭載する計測装置の研

究・開発を行なわれている。現在は、電子、陽子、α 粒子の粒子個数、エネルギーと方向の分布を高精度で計測できる、小型・軽量の「軽

粒子観測装置」を中心に、宇宙環境観測機器の開発及び運用を進められている。その結果、取得したデータにより宇宙環境モデルを構築し、

宇宙機の設計に反映することを目指している。

*具体的な品番は今のところ不明

ADEOS衛星搭載HITで計測された酸素イオンの世界マップ (理化学研究所提供)

Page 9: Satellite Contest 2002 AUTHORS: 松永研究室 C&DH …lss.mes.titech.ac.jp/~matunaga/SpaceEnvironment.pdf2002/04/17 SatCon2002 C&DH/EPS合同チーム 宇宙環境調査 3/10 実際にどれくらい限定された地域で起こっているのかをグラフにしたものは図

2002/04/17 SatCon2002 C&DH/EPS 合同チーム

宇宙環境調査

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宇宙環境計測の実績として、これまで衛星にさまざまな環境計測装置を搭載しデータを取得されてきた。今後も ALOS 搭載予定の軽粒子

観測装置をはじめ、下記のような環境計測装置によりデータを取得する予定とされている。

(http://www.jaxa.jp/press/2005/10/20051012_sac_jason-2_j.html)

衛星 打上げ年度 高度(約) 搭載観測機器

きく 5 号 1987 年8 月 36,000km 放射線吸収線量モニタ、帯電電位モニタ、帯電放電モニタ、メモリ誤動

作モニタ、集積回路モニタ、太陽電池セルモニタ、汚染モニタ

きく 6 号 1994 年8 月 8,000-38,000km 放射線吸収線量モニタ、重イオン観測装置、メモリ誤動作モニタ、集積

回路モニタ、太陽電池セルモニタ、磁力計、帯電電位モニタ、汚染モニ

みどり 1996 年8 月 800km メモリ誤動作モニタ、高エネルギー粒子モニタ、積算吸収線量計、帯電

電位モニタ、重イオン観測装置、他

きく 7 号 1997 年11 月 500km 原子状酸素モニタ

こだま 2002 年2 月 36,000km 標準型放射線吸収線量モニタ

つばさ 2002 年9 月 250-36000km 標準型放射線吸収線量モニタ、重イオン観測装置、積算吸収線量計、

みどり II 2002 年12 月 800km 放射線吸収線量モニタ、積算吸収線量計、他

ALOS 2005 年度 700km 軽粒子計測装置、重イオン観測装置、他

ETS-VIII 2006年度(予定) 36,000km 積算吸収線量計、他

JEM 2007年度(予定) 400km 標準型放射線吸収線量モニタ、重イオン観測装置、他

GOSAT 2008年度(予定) 700km 軽粒子計測装置、他

Page 10: Satellite Contest 2002 AUTHORS: 松永研究室 C&DH …lss.mes.titech.ac.jp/~matunaga/SpaceEnvironment.pdf2002/04/17 SatCon2002 C&DH/EPS合同チーム 宇宙環境調査 3/10 実際にどれくらい限定された地域で起こっているのかをグラフにしたものは図

2002/04/17 SatCon2002 C&DH/EPS 合同チーム

宇宙環境調査

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Jason-2 2008年度(予定) 1,340km 軽粒子計測装置、他

5.まとめ 本資料では,宇宙環境について調査した結果をまとめた.特に,人工衛星を設計する上で放射線対策は非常に重要な分野である.今後は,

この調査で得られた結果を設計にどう生かすかを考えていく必要がある.また、現在の高密度電子回路技術の発展により、放射線環境は、

宇宙特有の話ではなく、地上でも頻繁に起こりつつあり、機械系技術者が設計の際に常識として踏まえなければならない知識となりつつあ

る。

松永研: http://lss.mes.titech.ac.jp/