scm一気通貫システムの構築...scm改革とit整備を行うと、システム構築のゴールの...

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31 日立国際電気技報 2018 年度版 No.19 SCM 一気通貫システムの構築 技術論文 1 まえがき 当社の映像・通信ソリューションビジネスにおける基幹業 務システムは、SAP ®※2 の ERP パッケージをベースとした ワンシステムで統合運営されている。当社の中期経営計画(以 下「HK-AV10」と称す)(~2015 年)のもと、方針であ る「新たな成長を実現する事業構造改革」と「高効率事業運 営の実現」を強力に支える IT 基盤として、一気通貫化を基 SCM 一気通貫システムの構築 ERP System Renewal by adopting a streamlined production method 大塚 靖 Yasushi Otsuka 要    旨 当社の映像・通信ソリューションビジネスにおける SCM(Supply Chain Management)をカバーする 基幹業務システムは、2011 年度から約 5 年の期間を かけ、「一気通貫化」のコンセプトでリニューアルが実 施された(図1)。すでに稼働中の ERP ※1 パッケージの 活用拡充を主体に、当時抱えていた多くの問題に対して、 適確な IT 戦略とアーキテクチャをもって、その解決を サポートしてきたものである。 BOM と顧客設備情報をマスタデータの 2 本柱とし て中軸に位置付け、顧客を中心とした業務プロセスの サークルを一気通貫にまわすコンセプトとしている。こ のサークルに通底するものは、生産情報と会計情報の強 固な一元化であり、さらにそれをグループ連結で徹底す ることに大きな特徴を持つ。 このシステム構築の結果、今後のビジネス環境変化へ の強 きょう じん な対応や、永続的な事業運営の高効率化にも対応 できる IT 基盤が確立され、現在もその拡充、進化に取 り組み中である。 The ERP system covering SCM (Supply Chain Management) in our video and communication solution business has been renewed with the concept of“One plate model communication” over a period of about five years from FY2011. Hitachi Kokusai Electric Group mainly utilized and expanded ERP packages that were already in operation, and supported many of the problems at that time with an appropriate IT strategy and architecture. This renewal is based on the concept of realizing one stop processing of business processes which is customer-centered with Bills of materials (BOM) and customer facility information (CRM database) that are positioned as the center of the master data.Those underlying this processing is a strong unification of production information and accounting information, and it has a great feature to further thoroughly integrate it by group consolidation. As a result of this system renewal, an IT infrastructure has been established that can respond strongly to changes in the business environment in the future and to achieve high efficiency of permanent business operation, and is currently working on expanding and evolving it. ※1 ERP : Enterprise Resources Planning

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31日立国際電気技報 2018年度版 No.19

SCM一気通貫システムの構築技術論文

1 まえがき当社の映像・通信ソリューションビジネスにおける基幹業

務システムは、SAP®※2 の ERPパッケージをベースとした

ワンシステムで統合運営されている。当社の中期経営計画(以下「HK-AV10」と称す)(~2015年)のもと、方針である「新たな成長を実現する事業構造改革」と「高効率事業運営の実現」を強力に支える IT基盤として、一気通貫化を基

SCM一気通貫システムの構築ERP System Renewal by adopting a streamlined production method

大塚 靖 Yasushi Otsuka

要    旨

当社の映像・通信ソリューションビジネスにおけるSCM(Supply Chain Management)をカバーする基幹業務システムは、2011年度から約5年の期間をかけ、「一気通貫化」のコンセプトでリニューアルが実施された(図1)。すでに稼働中のERP※1 パッケージの活用拡充を主体に、当時抱えていた多くの問題に対して、適確な IT戦略とアーキテクチャをもって、その解決をサポートしてきたものである。BOMと顧客設備情報をマスタデータの2本柱とし

て中軸に位置付け、顧客を中心とした業務プロセスのサークルを一気通貫にまわすコンセプトとしている。このサークルに通底するものは、生産情報と会計情報の強固な一元化であり、さらにそれをグループ連結で徹底することに大きな特徴を持つ。このシステム構築の結果、今後のビジネス環境変化へ

の強きょう

靭じん

な対応や、永続的な事業運営の高効率化にも対応できる IT基盤が確立され、現在もその拡充、進化に取り組み中である。

The ERP system covering SCM (Supply Chain Management) in our video and communication solution business has been renewed with the concept of “One plate model communication” over a period of about fi ve years from FY2011. Hitachi Kokusai Electric Group mainly utilized and expanded ERP packages that were already in operation, and supported many of the problems at that time with an appropriate IT strategy and architecture.This renewal is based on the concept of realizing one stop processing of business processes which is customer-centered with Bills of materials (BOM) and customer facility information (CRM database) that are positioned as the center of the master data.Those underlying this processing is a strong unifi cation of production information and accounting information, and it has a great feature to further thoroughly integrate it by group consolidation.As a result of this system renewal, an IT infrastructure has been established that can respond strongly to changes in the business environment in the future and to achieve high effi ciency of permanent business operation, and is currently working on expanding and evolving it.※1 ERP : Enterprise Resources Planning

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32 日立国際電気技報 2018年度版 No.19

技術論文 SCM一気通貫システムの構築

本コンセプトとしたシステムリニューアルが実施された。リニューアルの対象は、部品調達から生産 /販売までの

SCM改革サポートだけにとどまらず、CAD/PLM※3(BOMほか)の拡充とSCM連携、製造 ITの高度化、アフターサービスにおける顧客接点、引合受注案件管理、および原価管理 /経営管理までを総合的にカバーしている。さらに、製造子会社、サービス子会社もワンシステムに包含しており、グループ連結でのSCM情報共有およびビジネスオペレーションの統合管理が図られている。本稿では、当時の問題認識と IT戦略、システム機能概要

とそのアーキテクチャの特徴を中心に述べる。※2  SAP、そのほか記載されているすべての製品およびサービス名は、

SAP SEのドイツおよびそのほかの国における登録商標または商標です。

※3 PLM : Product Lifecycle Management

2 システム構築前(2011年)の姿2011年ごろはすでに、SAP®の ERPパッケージをベースとした基幹業務システムが稼働していたが、債権債務の統合管理、原価計算、決算業務の整流化、内部統制への対応など、財務会計基盤の確立が主体であり、SCM観点では次の問題を抱えていた。(1)アフターサービス、受注前活動

アフターサービスを担当する子会社では、サービスビジネスに特化した独自スクラッチ開発のシステムを利用していた。製品ビジネスを担当する親会社側との間で、品

目コードなどのマスタ類の統一管理がなく、データのつながりがつかめない状況にあった。また、受注前活動やそれに基づく受注予算を統合的に管理する仕掛けもなく、各営業部門は顧客ごとの既納入品管理から新規引合情報に至るまで、個々のパソコン管理に依存する属人的なデータ管理の状態にあった。

(2)PLMシステムとERPの連携当時からCADツールの統合、それとデータ連携されたPLMシステムのグループ共通利用が推進されていた。しかしながら、ERPと連携上、BOMインタフェース処理は存在したものの、作番個別に手配票(納期指定、明細品目指定)を発行するスタイルを前提にした仕組みと運用であった。そのため、BOMの変化情報データが下流(調達、製造など)へ伝達されず、設計部門においては手配の過不足管理、下流への情報伝達作業などに多大な手間がかかっていた。

(3)調達業務前述のとおり、作番個別の納期指定を伴う手配票運用を前提としていたため、大半がマスタ上の調達リードタイムを基準としない調達運用であった。そのため、生産計画データとは直接連携しない形での個々の購買伝票ごとの納期調整業務を強いられていたのである。さらに、長納期品の調達保全やリードタイム短縮に有用な仕入先へのフォーキャスト提示、また調達図面の送付も人間系での対応を必要としていた。

顧客

顧客設備情報(設置ベース)

単品生産システム受注

生産

グループ経営管理

設計

CADデータ(3Dなど)

WBS-BOME-BOMM-BOM

引合・見積

生産計画

受注

手配

調達

製造

検査・入庫

出荷

設置サービス

売上

保守・サービス

図1 一気通貫システムのコンセプト

CAD : Computer-Aided Design WBS : Work Breakdown StructureE-BOM : Engineering Bill of Material M-BOM : Manufacturing Bill of Material

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SCM一気通貫システムの構築

(4)製造現場 IT製造準備の中心である部品倉庫入出庫、製作現場への

部品配膳については、二次元バーコードを利用した専用の倉庫管理システムを構築・利用していた。ERP上での生産手配や調達、在庫管理、原価計算と、IT的なインタフェースはされていたものの、システム間のデータ二重持ちによるERPとの不整合が発生するとともに、上流のデータ変更が反映されないなどの問題を抱えていた。また、製造現場を統制する生産日程計画(中日程、小

日程)、生産資源管理、作業指示と作業実績記録などは、各製造部門によるスタンドアロンでのパソコン利用レベルで対応していた。そしてERPとの関係は、個別原価計算を成立させるための最低限の入力運用にとどまり、販売情報や生産計画とつながる形での製造現場見える化には遠い状況にあった。

(5)経営管理財務会計基盤がERPで確立していたことから、原価計

算の自動化、ならびに貸借対照表、損益計算書の実績管理とその明細分析環境は整備されていた。しかし、予算策定や実績対比による予算見通しの予測業務の面は、全社的に個々のパソコン管理に依存する状態であった。経営管理のベースとなる各ライン部門(営業、設計、製

造など)の日常的な計画管理自体も同様であったことから、全社的な予算策定やその管理も、パソコン間の多地点間データ受け渡しの繰り返しに依存し、データの一元管理や情報共有が困難な状況にあった。ERPパッケージ上の受発注データや入出庫予定伝票

データには必ず期日の情報が存在し、本来それを経営管理におけるビジネス見通し把握に活用するのが望ましい。しかし当時は、日々の需給調整を行うMRP※4 計算ロジックの活用もなく、実業務上で行われている日程変更がERPデータに反映されていない状態でもあった。

※4 MRP : Material Requirement Planning

3 一気通貫システム構築の IT戦略2011年当時の問題認識を踏まえ策定した IT戦略の中で、

特筆すべき2点を次に述べる。(1)ゴールへの適確なフェーズドアプローチ

当社の映像・通信ビジネスにおける生産形態の最大の特徴は、不特定多数の顧客向けの需要予測に基づく単品の見込み生産(サービスパーツ販売含む)と、個別提案や引合情報に基づく個別受注仕様のソリューションビジネスが同じSCM上に混在することにある。見込み生産による

完成物は、製品倉庫を経由して、その後直接顧客へ出荷するケースと、ソリューションビジネスのシステム取りまとめ現場へ供給されるケースの2通りの流れが同一品目に対して常時存在する。したがって、見込み生産の製品在庫計画・生産計画は、単品需要とソリューションビジネスからの需要の両方を反映したものでなければならない。このことから、多様なビジネスシナリオに対して、個別にSCM改革と IT整備を行うと、システム構築のゴールの場面でデータがつながらなくなる。よって、共通的な土台部分である単品の見込み生産部分のSCM改革サポートを最優先フェーズと設定して、先行取り組みすることとした。そして、前述のフェーズを経過したうえで、ソリューションビジネスにおけるシステム受注生産シナリオの改革に取り組み、アフターサービスとの連動も含めた一気通貫化を推進した。この結果、総合的なゴールと位置付けた経営管理の見える化・高度化に際し、先行取り組み結果によるSCM上の計画系データが十分に活用できることとなり、さらにERPデータをフルカバーするBI※5 環境も駆使することで、データ分析・利活用の推進を図ることができた。

※5 BI : Business Intelligence

(2)事業構造改革とのシナジー発揮当社では「HK-AV10」のもと、最適・最強体制の構築

をめざした事業構造改革が2012年度を中心に実行された。大規模な工場拠点の閉鎖と生産ラインの移転、子会社の統廃合、グループ会社間の事業分担 /機能分担の見直しがその主な内容である。この影響により、基幹業務システムについても、定められた期限厳守での大規模メンテナンスを断行することとなった。日々稼働中、運用中のERPパッケージに対して、必要なシステムの改修・拡充と大規模な業務変化をおこすことは、一般的に多大な困難を伴う。我々は、事業構造改革を梃て

子こ

として捉え、同時並行での一気通貫システムの構築を進めることとし、具体的には次の3点の工夫を行った。(a) アフターサービスを担当する子会社が、会社統廃

合によって新会社として再出発することとなったことを機会に、既存のERPパッケージのフロントとしてCRMサービス機能※6の導入を実施した。これにより、業務プロセスの刷新とともに、アフターサービスを含めた一気通貫化を図った。

(b) 会社統廃合による全会計データの移行作業の機会に、データベースをすべてグループ連結統合形態に移行した。これにより、グループ間取引の大幅な効率向上とグループ連結でのSCM情報共有の

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技術論文 SCM一気通貫システムの構築

環境整備につなげた。(c) 事業構造改革トリガーの業務プロセス変更に、一

気通貫化による業務改革要素を積極的に組み入れた(拠点統合に対応した複数事業部の部品倉庫統合など)。

※6  CRM(Customer Relationship Management)機能のアフターサービスビジネス向けの部分

4 システムの機能概要一気通貫システムにおける基本的なビジネスシナリオ

(図2参照)に沿って、各機能の概要と特徴を次に述べる[シナリオ(A)~(L)を対象]。

(1)引合情報登録(A)営業部門によって、グループ共通の得意先マスタ上の

「得意先コード」をキーとして引合伝票が登録される。主な項目は、受注確度、販売予定品目、数量、売上予定日などである。当該の引合案件(引合伝票番号)が後続で、見積依頼、受注承認、設計、生産、出荷、設置サービスなどにつながった場合は、そのひも付き関係が永続的に管理される。また、同データをそのまま受注予算や実推管理に使う

仕組みとしており、再入力なしで受注予実算管理を実現している(現場データと経営管理の一元化のポイント)。さらに、得意先マスタ上の入金条件を基準に、先々の月別入金額見通しが算定・集計され、BI環境上でも分析可能とすることで、キャッシュフロー予測を支援している。

(2)工場見積依頼(B)営業部門からの見積依頼はワークフロー化されており、

その起動時に該当する引合伝票番号を記入することで、見積依頼番号とのひも付き管理がスタートする。同時に、プロジェクト管理におけるWBS番号が自動で発行され、

引合情報登録

工場見積依頼

受注手配承認

アフタサービス

設置サービス

発送依頼と出荷

売上計上W

BS-

BOM手配 着

工指示・配膳

生産計画投入

製造実行記録

指図完成入庫

(A) (B)

(C) (F) (G) (H)

(D) (J) (K) (L)

(E) (I)

図2 一気通貫システム 基本ビジネスシナリオ

同じくひも付き管理される。本システムでは、WBS番号を生販一体での受注案件管理に使われるメインキーとすると同時に、個別原価計算 /損益計算のキーとして位置付けた。そしてこの段階から、このWBS番号ひも付きのBOM準備、WBS番号ごとの原価計画、設計日程(DR日程など)、生産中日程計画の立案が進められる。

(3)生産計画投入(C)一方、単品の見込み生産にあたっては、3章の(1)で述べたとおり、個別引合案件からの需要だけでは生産計画を策定できない。各営業部門にて単品販売の需要予測を含めた総所要を整理し、伝達を受けた生産管理部門が、単品の製品コードごとに生産計画を検討・決定し、MRP計算への生産計画値の投入を行う。この計算結果である日程、数量などのMRPデータは、営業部門、設計部門、生産部門、製造子会社まで含め、BI環境で情報共有を可能にしている。MRP計算は日次サイクルで行われ、随時生産計画の変化(完成予定日、数量など)やBOMの変化が、外部調達品含め構成品レベルの所要データに自動で反映される。また外部調達品では、仕入先がオンライン画面にて回答した回答納期がMRP計算にフィードバックされる。そして、MRP計算結果の活用により、投入された生産計画番号、WBS番号、製造指図番号など、多様な視点で構成品に過不足がないか、日程に間に合うかなどのレビューを関連部門共通のオンライン画面で可能にしている。さらに、部品倉庫業務負荷の事前検討や、調達仕入先へ提供するフォーキャスト情報としても活用される。また、仕入先マスタ上の支払条件を基準に、月別の材料入庫額、支払額の見通しが算定・集計され、BI環境上で分析可能とすることで、キャッシュフロー予測を支援している。

(4)受注手配承認(D)とWBS-BOM手配(E)受注伝票の作成・承認はすべて、該当する引合伝票を引用する形で、最小の入力作業で実施される。また、このやり方によって、見積依頼段階からスタートしたWBS番号による管理を、キーを変えることなく継続することができ、一気通貫管理を可能にしている。設計部門不通過、すなわち受注システム設計工程を必要としない受注伝票の場合は、受注承認と同時に製品倉庫へ出庫予定情報が展開され、単品の生産計画画面に引当情報が反映され、これで受注手配が完結となる。一方、受注システム設計工程を要する場合は、PLMシステム上のWBS-BOM[5章の(2)で詳細]で受注仕様を表現しERPへ転送することで、MRP計算に反映され手配完了となる。そして、手配した翌朝から手配ベース

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SCM一気通貫システムの構築

の材料費が集計および見える化され、あらかじめ設定済みの計画原価(見積、予算、予測など)と対比することで、損益管理面での異常値確認も可能にしている。顧客への設置サービス(工事、据付、調整など)を含

んだシステム受注形態では、その設置サービス部分をサービス子会社に都度発注する必要がある。本システムでは、親会社の受注手配承認により自動発注されるとともに、子会社側のCRMサービス機能による受注処理にて、そのデータを再入力なしで参照・活用することができる。さらに、子会社側の受注画面から親会社側の受注画面に容易に画面遷移し、受注仕様確認などができるなど、親子間のデータのひも付き、情報共有の工夫がされている。

(5)着工指示・配膳(F)見込み生産の生産計画投入、個別受注仕様生産の

WBS-BOM手配、これら両方をインプットとしたグループ連結でのMRP計算が行われ、各製造拠点において、おのおのの製造準備視点でその結果が活用される。各製造拠点では、あらかじめ立案された生産中日程計画をベースに、構成品の充足確認などを行い、小日程を決定し、部品倉庫からのピッキング指示、着工指示へと進む。当社の製造準備における部品のハンドリングは、プリ

ント基板実装工程で使う微細な電子部品から、一時置きス

ペースを要する大型の筐体類まで、物理的形態が非常に多様である。これは、少量多品種生産かつ特注品 /標準品の混流生産を要するビジネス環境が背景にあり、ビジネスリードタイム短縮上も重要なポイントである。特に、仕入先からの部品着荷→受入検査→部品倉庫入出庫→製造現場への配膳までのモノの流れが重点ターゲットであり、その高効率化と見える化を図っている。高効率化の観点では、製造指図番号ごとのピッキング指示のデータ(図3参照)をERP上で管理する仕組みにして、部品ハンドリングの場面で活用を図った。具体的には、着荷・検査後の物品を取り扱う作業者が携帯するハンディ端末画面に、個々の部品の行き先(棚入庫すべき倉庫の種類、ダイレクトに配膳すべき製造指図など)が自動的に表示、ガイドする仕組みとなっている。これにより、製造工程の後半などで使われる大型の物品などのケースに際して、倉庫への入出庫記録の手間をかけないダイレクトでタイムリーな現場配膳が実現した。一方、見える化の観点では、現時点の物品の所在、処理プロセスのステータス、在庫状況のリアルタイム把握が実現するとともに、製造指図番号への原価チャージ、プリント基板実装部品の減耗処理などがすべてリアルタイムに会計データ化され、原価管理に直結している。また、直

WBSWBSネットワーク

■ダイレクト配膳分

出庫リスト

引渡しリスト

引渡しリスト単位の一括処理

組立部品棚出庫(転送登録)

組立部品引取り(ダイレクト)(転送登録)

組立部品引渡し(転送確認)

実装部品引渡し(転送確認)

=検収品一時置き場=(外部入庫域:912)

=組立部品引渡し場=(指図出庫域:914)

=実装部品引渡し場=(現場域:100)実装部品

棚出庫(転送登録)

入庫ラベル

仕分ラベル

入庫ラベル

出庫リスト

移動リスト 移動リスト

■倉庫保有分

■実装品目の要求

■実装品目の要求

活動A

保管域棚

912-

914指図

保管域棚

040-

914指図

保管域棚

041-

914指図

保管域棚

- -- 100

活動 B

製造指図 計画手配

組立工程

組立工程

実装工程

品目コード

品目コード

品目コード

品目コード

品目コード

品目コード

品目コード

品目コード

転送指図 転送所要

品目コード

グルーピング用品目コード

グルーピング用品目コード

グルーピング用品目コード

MRP所要データダイレクト配膳分

ピッキングシステム

機械実装ライン

ピッキング指示データ構造

組立部品棚倉庫 040

実装部品倉庫 041

プル一覧

①倉庫業務負荷把握 (MRP手配ベース)

②ピッキング指示/リスト ・複数選択キー利用 ・ロット数分割 ・現場引渡し外の対応

③ステータス一覧管理 (プル一覧供給分含む)

実装ラインへの部品供給指示

倉庫保有分

プル一覧専用

図3 部品倉庫へのピッキング指示の仕組み

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技術論文 SCM一気通貫システムの構築

近のピッキング指示情報に、MRP計算結果もあわせて参照することで、先々の倉庫業務負荷検討も可能にしている。

(6)製造実行記録(G)と指図完成入庫(H)一般にMES(製造実行システム)と称する領域も、当

社ではERPパッケージでカバーしている。携帯可能な二次元バーコードリーダ付きのハンディ端末やタブレット端末をERPにオンライン接続利用する形態である。これにより、製造進捗記録(工程別の開始、終了、中断など)から原価計算、製品在庫受払に直結する完成品入庫処理まで、ワンシステムでの対応となり、現場データと経営データの一致保証、そして製造現場にとっては、ユーザインタフェースの統一化を実現している。製造工程上の品質記録も、前述の製造進捗記録とセッ

トで実施される。定性的なチェックリストレベルから、定量的な計測値によるしきい値との比較判定までERPに記録される。これにより、顧客使用段階のアフターサービス記録と製造ロットでの品質記録との関係性がたどれるなど、トレーサビリティ管理を可能にしている。製品個体をユニークに識別管理する製造番号について

は、製造指図データの生成時に指図台数分だけ自動的に発行される。この製造番号は、製品に貼付される銘板ラベルに二次元バーコードとともに物理的に明示され、顧客による製品廃棄に至るまでの間、個体識別に利用される。

(7)発送依頼と出荷(I)/設置サービス(J)受注案件管理に使うWBS番号のもと、受注システム

の最終試験調整が実施され発送依頼に移る。その際、出荷構成品目の最終的な実物点検作業の場面で、製造番号をハンディ端末で銘板ラベルから読み取り、ERPに記録される仕掛けにしている。これにより、後続の出荷実行のタイミングで、各販売情報(受注伝票番号、受注契約先、最終顧客、出荷先など)とセットで顧客設備情報マスタに自動格納される。このマスタは、その後サービス子会社による設置サービス実施時に、マスタメンテ(顧客サイトにおける設置場所の登録など)が行われ、アフターサービス段階すべての期間に活用されることになる。当社の製品発送業務は、専門の物流会社に業務委託を

している。ERPによる発送依頼は、原則としてWBS番号をキーに行い、物流会社の情報システムに自動的にデータが流れるとともに、ERP側では物流会社による業務オペレーション(受付、引取、梱包、出荷など)のステータスも参照でき、BI環境での見える化もされている。また月末には、物流会社の情報システムから請求明細

がインタフェースされ、そのままWBS番号による個別

実績原価計算に反映されるとともに、そのデータは支払業務へも利用される。

(8)売上計上(K)当社では、顧客との関係性において多種多様な受注契約形態が存在する。この環境下にて、定められた収益認識会計基準を厳守し、財務諸表の信頼性を確保するため、個別受注単位に人手で承認・入力する方法を基本とし、売上を計上している。ただし、次の2点のケースでは、売上計上を自動化し効率化を図っている。(a)時の経過で定額売上計上するケース(保守契約など)(b)工事進行基準の適用ケースいずれにしろ、売上計上後、リアルタイムに損益計算書に記録され、売掛債権管理も同時にスタートする。月別入金額見通しも、実際の売上計上タイミングを反映したものに更新され、キャッシュフロー予測の精度向上に役立てられる。

(9)アフターサービス(L)サービス子会社では、顧客からの問い合わせなどに専門に応じる組織体制としてコンタクトセンタを設けている。このコンタクトセンタで使われているCTI※7 システムは、一気通貫システムと接続しており、顧客からの電話の受電と同時に、過去の応対記録などが参照できる。さらに、問い合わせの対象物品の製造番号が明らかな場合は、顧客設備情報マスタから、顧客が利用中のシステム構成などが参照でき、さらにそれにひも付くサービス履歴(修理、点検、交換など)、製品出荷時の受注伝票番号、WBS番号、営業担当者なども同時に把握できる。コンタクトセンタでの顧客応対をトリガーにアフターサービスを実施する場合は、この顧客応対記録を引用、ひも付けしながら、再入力の無駄なしにサービス伝票作成を進めることができる。このサービス伝票機能では、現象・原因・処置などのコード分類、修理などの実施内容記録、顧客に向けた作業報告書作成、外注業者への手配、サービスパーツ在庫への出庫要求、作業工数の記録など、一連の業務が統一されたユーザインタフェースで実施可能となっている。さらに、サービスの対象となった物品の製造番号をキーに、サービス伝票を顧客設備情報マスタとひも付き記録をすることも可能である。前述の仕掛けと運用によって、顧客設備情報マスタが中核となり、WBS番号などをキーにした製造、販売情報から、アフターサービスの記録、顧客利用状況の情報まで、一気通貫の管理を可能としている。

※7 CTI : Computer Telephony Integration

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SCM一気通貫システムの構築

5 特徴あるアーキテクチャ本章では、一気通貫システムの肝ともいえる「BOMと

MRPの組み合わせ活用」のアーキテクチャにフォーカスして次に述べる(図4参照)。(1)設計方針

3章の(1)で述べた当社の生産形態の特徴である、単品の見込み生産と個別受注仕様生産の混在に合理的に対応するため、ERPパッケージに用意されている多種のBOMソリューション、MRPソリューションの特徴を検討して、適材適所を方針に組み合わせ活用することとした。また、BOMソリューションのうち、設計 /生産現場な

どで広く活用される3種(E-BOM、M-BOM、WBS-BOM)については、PLMシステム側で構築することとし、MRP活用するタイミングでERP側にオンラインインタフェースされる設計とした。

(2)BOMの種類と使い分けCADシステムとデータ連携して生成、作成される

「E-BOM」(設計BOM)は、当社製品すべてに対して部品構成、設計図面、技術情報を一元管理する。「M-BOM」(製造BOM)は、「E-BOM」とデータリンクする形で製

造準備段階から利用されるもので、製造管理に適した工程別構成情報へのアレンジなどを可能にしている。さらに、ソリューションビジネスにおける個別受注仕様でのシステムまとめに対応するため、受注案件個別の受注仕様を管理する「WBS-BOM」を利用している。この3種のBOMは、MRP計算内で同時に取り扱われ、WBS-BOMに構成される製品のE-BOMおよびM-BOMの部品構成まで連動して展開される仕組みである。また、ERP側独自の仕組みとして、生産管理部門が管轄する「販売BOM」がある。これは、単品ビジネスにおいて、付属品などオプションの組み合わせがセット品仕様としてカタログ化されている場合などに利用する。これによって、営業部門はセット品を示すコードを受注伝票上に記入するだけで、受注手配が完了する。

(3)販売伝票起点の動き引合伝票もしくは受注伝票(総称して販売伝票)からの構成品手配は、設計部門通過を要するものか否かに大別される。個別受注システム設計を要する設計部門通過のケースは、過去類似ケースの参照活用もしながらWBS-BOMとして完成させる。ERP側への転送合図を行うことで、日々の「WBS_MRP」計算取り扱い対象になる。これは、個々のWBS番号の範囲にクローズして需給調

■ 販売伝票(受注WBS)

WBS_MRP

事前計画MRP

プラントMRP

E-BOM

M-BOM

WBS計画手配

WBS製造指図(構成 /手順)

作業手順マスタ

主明細

一式一式

:BOM展開:所要投入:入庫予定生成

引当参照(先行手配品)

MTS : Make to Stock

引当参照(半製品 /MTS 品)

指図変換指図変換

生産計画立案

生産計画(独立所要)

MTS品 MTS品

半製品

MTS品

出庫予定

計画手配迄

計画手配

製造指図(構成 /手順)

セット品

販売BOM(セット品構成)

受注製作品

受注製作品

副明細■ WBS-BOM

●凡例

設計通過

設計不通過

受注所要

先行手配品

半製品 MTS品

受注製作品

MTS品

先行手配品

半製品

受注システム設計

「一式」作業への活動日程設定

図4 BOMとMRPの組み合わせ活用 概略図

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技術論文 SCM一気通貫システムの構築

整をするロジックであり、この結果、WBS番号ひも付きで構成製品の生産スケジュールが自動立案(WBS計画手配)され、最終的に着工日を決定した段階で、WBS番号下の製造指図に変換され製造実行段階に進む。よって、設計コストが直課可能なWBS番号での個別実際原価計算が実現し、緻

密みつ

な原価 /損益管理が実現している。設計部門不通過で、販売伝票に指定する製品コードが

示す品目を受注トリガーで個別生産する場合もあるが、これも受注承認によって日々のWBS_MRP計算で取り扱われ、その後は設計部門通過ケースと同じ流れである。一方、あらかじめ見込み生産をしている製品を引き当

てる受注の場合は、MRP計算を使わずに製品倉庫への出庫予約が生成され、同時に製品倉庫担当者に情報が流れ、納期にあわせた製品出荷が円滑に行われる。

(4)見込み生産の生産計画起点の動き単品の見込み生産では、製品もしくは半製品のレベル

で生産計画(独立所要)を投入することで、日々の「プラントMRP計算」で取り扱われる。その結果、製品コードごとの生産スケジュール(計画手配)が自動立案され、最終的に着工日を決定した段階で製造指図に変換され製造実行段階に進む。この場合の原価計算は、1台あたりの標準原価設定による予定原価計算を採用し、実際原価計算との原価差額分析での原価管理を実施している。

(5)部分的な先行手配への対応先行手配には、①新製品の初ロット生産などで、

E-BOMすべては完成していないが、完成している部分の特定の中間品以下の手配を先行させるケース、②調達リードタイム対策のため、特定の長納期部品群を先行手配するケース、③個別受注仕様バリエーションに対応した単品製品の生産手配にて、複数機種の共通コア部分の先行手配を要するケース、などさまざまな事例がある。前述のケースに共通することは、先行して生産計画(独

立所要)を投入して、その管理はするがその単位では製造指図をしない(材料手配まで)。一方、別途完成品(製造指図をするレベル)の生産計画を投入の段階で、その構成に自動引き当てされ、製造指図での材料の現場配膳も円滑にできることが必要である。これに対応するために、E-BOM上のマスタ属性の工夫で「事前計画MRP計算」を準備し、活用を図った。

6 現状と今後の方向性ここまで、一気通貫化を基本コンセプトにした当社の基幹

業務システムのリニューアルについて、その特徴とするシス

テム機能、アーキテクチャなどを紹介してきた。本章では、今後の方向性と主要な取り組み2点について、次に述べる。(1)顧客起点の「一気通貫化」への進化

本稿で述べた一気通貫システムでは、生販のつながりの起点を「工場見積依頼」としているが、事業方針であるソリューションビジネスへの転換と新規事業の創出を強力に支えるには、「顧客」を中心に、より広範な業務プロセスがデータでつながり、見える化される必要がある。特に、受注前活動における顧客コンタクトや提案活動のプロセスでの情報共有の充実化が重要であり、現在取り組み中である。最終ゴールとしては、アフターサービスにおける顧客コンタクト、顧客設備情報、サービス履歴などもあわせて、顧客の全貌をつかめることができる姿をめざしていく考えである。

(2)事業効率向上への「経営情報の見える化」当社では、ERPパッケージ導入当初からSAP®の BI

環境に接続し利用する形態としており、一気通貫システムの構築にあたっては、主に各業務領域別にBIアプリが整備・活用されてきた。現在では、さらに経営管理領域での活用を拡大すべく、予算、予算見通し、月次予測などの業績管理サイクルの効率化を筆頭に、BI環境でのシステム拡充が進められている。特に、収益性管理の中心となる「案件別コスト管理」、キャッシュフロー管理の中心となる「正味運転資金管理」を重点に、現場の明細データへの遡

及きゅう

を可能とし、原因・理由が読み取れる「見える化」の実現をめざして取り組み中である。

7 むすび当社を取り巻く外部環境変化は、需要の不確実性、製品やサービスの多様性、コスト構造などに、日々影響を及ぼし続けている。当然、SCMを中心とした基幹業務システムはそれに適応すべく、常に変化・進化し続ける必要があり、今後の方向性は、6章でも述べたとおりである。生産情報と会計情報の一元化を通底としている当社システムの特徴を十二分にいかしながら、今後とも絶え間ないシステム改革に引き続き貢献していきたい。最後に、本システム構築に携わった社内関係者全員のご尽力、ご努力に多大な敬意を表するとともに、IT開発面のパートナとして継続的にご指導、ご協力いただいた株式会社日立システムズ 産業・流通情報サービス第一事業部 第一システム本部の関係各位に深く感謝する。

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SCM一気通貫システムの構築

8 参考文献[1] 佐藤知一,山崎誠,『BOM/部品表入門(図解でわかる

生産の実務)』,日本能率協会マネジメントセンター,2004.

[2] 河田信 ,『トヨタシステムと管理会計 全体最適経営システムの再構築をめざして』,中央経済社,2004.

[3] 服部隆幸,藤本直樹,『製造業CRM革命』,日刊工業新聞社,2004.

[4] 圓川隆夫,『戦略的SCM 新しい日本型グローバルサプライチェーンマネジメントに向けて』,日科技連出版社,2015.

執筆者紹介

大塚  靖 (おおつか やすし)1984 年 国際電気(株) 入社現 在 (株)日立国際電気

モノづくり統括本部モノづくり本部 情報システム部担当部長主に、基幹業務システムの企画・設計業務に従事