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子ども防犯ニュース付録(少年写真新聞社)連載:子どもの問題行動への対応-教師がすべきこと、でき ること(2007 1 月号)大河原美以 問題行動は子どもの SOS サイン 子どもたちが加害者になる事件には、胸が はりさける思いがします。と同時に、私の周 辺でも、同じようなことがいつ起こるのでは ないかと、はりつめた気持ちになります。誰 もが自分のまわりには起こらない、と思いた いわけですが、残念ながら、子どもたちの育 ちの現状からは、楽観的なことは言えないの が現実です。 * * * * * * * * ここ 10 年くらい、学校できれて、暴力を ふるったり、自分を傷つけたり、パニックに なったりするお子さんの相談をうけることが ふえてきました。最近は幼稚園・保育園からも 同様のご相談があります。 子どもの問題や症状は、すべて育ちの途上 におけるSOSのサインです。不安を頭痛や 腹痛であらわす子も、暴力や暴言であらわす 子も、そのサインの表現の違いにすぎません。 子どもが身体症状や不登校という形でSO Sを知らせている場合には、心傷ついた子ど もとして周囲からやさしくしてもらえますが、 「きれる」「暴力」という形でSOSを示す子 どもの場合、心傷ついた子どもとして周囲か らやさしくしてもらえることは、ほとんどあ りません。常識的に、反射的に、叱られてし まうことになります。つまり、SOSの意味 を考えてもらう機会が失われているのです。 おなかが痛くなることも、学校に行かれな くなることも、きれて暴力をふるってしまう ことも、みんな子どもが大人に救いを求めて いるサインであることに変わりはありません。 でも、暴力をふるうと、被害者がでます。だ から、むずかしい。心傷ついた子どもとして 配慮してあげたいと思っても、学校・保育園・ 幼稚園という集団生活の場においては、被害 をうけた子どものことも考えなければなりま せん。そこで、にっちもさっちもいかなくな り、加害側の子どもを叱責するだけにおわる という構図に陥りやすいわけです。 * * * * * * * * 指導の方法というものは、それによって問 題が解決すれば、その指導の方法は有効だと いうことになります。反対に、何度指導して も同じことが繰り返されて、問題が増幅され ているのであれば、その指導の方法は、有効 ではないということになります。 これはとても単純な公式なのですが、 「この 子を何とかしなければ!」という思いに熱く なればなるほど、愛情ゆえにただただ叱責を 繰り返すという関係に陥ってしまうことはよ く見受けられます。効果のない叱責をくりか えしてしまうと、子どもは「自分は世の中に 必要のないだめな人間なんだ」という思いが すりこまれ、自己否定的になってしまいます。 その結果、救いを求めるSOSの気持ちはさ らに強くなり、結果として問題行動が増えて しまうことになります。 * * * * * * * * この連載では、子どもの日常生活の中で起 こる問題を扱い、教師がどのように援助する ことができるのかをお伝えしていきます。大 人が子どものSOSを適切にとらえて、助け 舟をだすことができさえすれば、子どもを加 害者にはしないのです。

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Page 1: SOSohkawara/shonenshashinshinbunsya...人が子どものSOSを適切にとらえて、助け 舟をだすことができさえすれば、子どもを加 害者にはしないのです。子ども防犯ニュース付録(少年写真新聞社)連載:子どもの問題行動への対応-教師がすべきこと、でき

子ども防犯ニュース付録(少年写真新聞社)連載:子どもの問題行動への対応-教師がすべきこと、でき

ること(2007 年 1 月号)大河原美以

問題行動は子どもの SOS サイン

子どもたちが加害者になる事件には、胸が

はりさける思いがします。と同時に、私の周

辺でも、同じようなことがいつ起こるのでは

ないかと、はりつめた気持ちになります。誰

もが自分のまわりには起こらない、と思いた

いわけですが、残念ながら、子どもたちの育

ちの現状からは、楽観的なことは言えないの

が現実です。

* * * * * * * *

ここ 10年くらい、学校できれて、暴力を

ふるったり、自分を傷つけたり、パニックに

なったりするお子さんの相談をうけることが

ふえてきました。最近は幼稚園・保育園からも

同様のご相談があります。

子どもの問題や症状は、すべて育ちの途上

におけるSOSのサインです。不安を頭痛や

腹痛であらわす子も、暴力や暴言であらわす

子も、そのサインの表現の違いにすぎません。

子どもが身体症状や不登校という形でSO

Sを知らせている場合には、心傷ついた子ど

もとして周囲からやさしくしてもらえますが、

「きれる」「暴力」という形でSOSを示す子

どもの場合、心傷ついた子どもとして周囲か

らやさしくしてもらえることは、ほとんどあ

りません。常識的に、反射的に、叱られてし

まうことになります。つまり、SOSの意味

を考えてもらう機会が失われているのです。

おなかが痛くなることも、学校に行かれな

くなることも、きれて暴力をふるってしまう

ことも、みんな子どもが大人に救いを求めて

いるサインであることに変わりはありません。

でも、暴力をふるうと、被害者がでます。だ

から、むずかしい。心傷ついた子どもとして

配慮してあげたいと思っても、学校・保育園・

幼稚園という集団生活の場においては、被害

をうけた子どものことも考えなければなりま

せん。そこで、にっちもさっちもいかなくな

り、加害側の子どもを叱責するだけにおわる

という構図に陥りやすいわけです。

* * * * * * * *

指導の方法というものは、それによって問

題が解決すれば、その指導の方法は有効だと

いうことになります。反対に、何度指導して

も同じことが繰り返されて、問題が増幅され

ているのであれば、その指導の方法は、有効

ではないということになります。

これはとても単純な公式なのですが、「この

子を何とかしなければ!」という思いに熱く

なればなるほど、愛情ゆえにただただ叱責を

繰り返すという関係に陥ってしまうことはよ

く見受けられます。効果のない叱責をくりか

えしてしまうと、子どもは「自分は世の中に

必要のないだめな人間なんだ」という思いが

すりこまれ、自己否定的になってしまいます。

その結果、救いを求めるSOSの気持ちはさ

らに強くなり、結果として問題行動が増えて

しまうことになります。

* * * * * * * *

この連載では、子どもの日常生活の中で起

こる問題を扱い、教師がどのように援助する

ことができるのかをお伝えしていきます。大

人が子どものSOSを適切にとらえて、助け

舟をだすことができさえすれば、子どもを加

害者にはしないのです。

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子ども防犯ニュース付録(少年写真新聞社)連載:子どもの問題行動への対応-教師がすべきこと、でき

ること(2007年 2月号)大河原美以

教師に叱られたときの子どもの反応の仕方をよく見てみよう

子どもたちのさまざまな問題行動は、自分

の身体の中を流れる不快感情(怒り、恐怖、

悲しみ、不安、憎しみなど)を、どのように

処理してよいかわからないということから起

こってきます。不快感情を適切に処理する力

をもっている子どもは、対人関係も良好で、

教師との関係もうまくいきます。しかしなが

ら、不快感情を適切に処理することができな

い子どもは、教師にいらだちと腹立たしさを

喚起するような行動をとってしまいます。

教師に叱られたときの子どもの反応の仕方

をよくみてみると、その子どもが不快感情を

適切に処理する力をもっているかどうかを見

極めることができます。

* * * * * * * *

例をあげましょう。教師が、そうじをさぼ

って、虫とりに夢中だったAくんとBくんと

Cくんを叱りました。Aくんは、叱っている

教師の目をみて涙ぐみ、「ごめんなさい」と言

いました。Bくんは、おちつかなくなり、目

をあわせることができず、さらにそのことを

注意すると、目が泳いでぼーっとしてしまい

ました。Cくんは、「ぼくだけじゃないよ。女

子だってさぼっていたよ。それにさぼったん

じゃないよ、虫とりも理科の勉強でしょ?」

と必死のいいわけと屁理屈を繰り広げます。

* * * * * * * *

Aくんのような反応は、Aくんが後悔と反

省の気持ちでいることを教師に伝えますから、

教師はAくんをフォローして叱責を終え、教

師としての効力感を得ることができます。

一方で、BくんとCくんの反応は、教師に

いらだちを喚起します。その結果、叱責がく

どくなり、教師のほうも感情的になりがちで

す。

* * * * * * * *

教師に叱責される場面というのは、子ども

にとって、怖れ、恥、悲しみ、劣等感などさ

まざまな不快感情を引き起こす場面です。こ

のような不快感情に持ちこたえられない状態

にある子どもは、Cくんのように言い訳や屁

理屈によって、葛藤を回避することに必死に

なったり、Bくんのように、意識そのものが

その場にとどまっていることができず、ぼー

っとなってしまったりします。

Aくんのような子どもは、叱られる経験を

通して、先生とのきずなを強めていくことが

できます。教師はAくんを「ふつうの子」と

みなし、BくんとCくんを「困った子」とし

て放置しがちですが、BくんとCくんのよう

な反応をする子どもにこそ、いま、教師がし

なければいけない支援があるのです。

* * * * * * * *

それは、「不快感情を適切に処理する力=安

全に抱えることのできる力」を育てるという

支援です。

この力が育たないまま思春期を向かえると、

不快感情を「不適切に」処理する方法を学習

していくことになってしまいます。それは、

攻撃的な発散だったり、自傷行為だったり、

嗜癖や依存の問題だったりします。

子どもが不快感情を安全に抱えられるよう

になるために、どのような関わりをすること

が必要なのか、次回以降扱っていきます。

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ること(2007年 3月号)大河原美以

「がまんする力を育てる」ということ

いやなことがあっても、すぐにきれずに「が

まんできる」ということは、わきあがってく

る不快感情を適切に処理し、安全に抱えるこ

とができるということを意味しています。

* * * * * * * *

図工の時間の粘土が楽しくて、チャイムが

なって休み時間が終わって、次の算数の時間

がはじまっても、机の上で粘土をしている子

がいます。先生が「算数の時間です」と言う

と、怒ってかんしゃくを起こして泣き始めま

す。この子は、粘土が楽しいという感情と、

もう時間だからやめなければならないという

理性との葛藤から不快な感情があふれてきて、

統制ができない状態にあるわけです。

* * * * * * * *

感情が育つしくみと、しつけの手順は同じ

構造をもっています。感情が育つためには、

①不快感情が喚起される場面で、②自由に感

情表出でき、③その感情が承認され言語化さ

れるという 3段階のプロセスが必要です。

算数の時間だから、粘土をしてはいけない、

ということは、子どもが育つために必要な枠

組みです。子どもはその枠組みにぶつかると

不快感情が喚起されます。しかしその不快感

を自由に表出できるということは、「自律」を

獲得するために、とても重要なことなのです。

常識的にはこの段階を「わがまま」と捉え、

がつんと強い力で叱ることがしつけだと思わ

れています。不快感情の表出を、恐怖を与え

ることで禁止してしまうと、そこでわきあが

ってきた不快感情は一時的に封印されること

になりますが、後に暴発するエネルギーとし

て育ってしまいます。自由な感情表出が承認

され、適切な言葉で大人がかわりにその感情

を言語化すること、しかし同時に「粘土はさ

せない」という枠組みを守ること、それによ

って子どもの感情は育ちしつけられるのです。

「もっともっと粘土したかったのね。それ

なのに算数の時間になってしまったから、残

念で残念でくやしいんだね」と教師が感情を

言語化してあげます。感情はフィットする言

葉とつながると、おさまってくるものです。

このとき子ども自身に言語化を求めても、子

どもは応えられません。まだそれを学習して

いないのです。

もう粘土はできないという枠組みがあるか

らこそ、不快感情の承認が「がまん=自律」

を促すわけです。子どもは時間をかけて、自

分の力で自分の不快感情をおさめて、算数と

いう枠組みに自分をあわせようとします。た

とえ 30 分かかってでも、算数の教科書をだ

せたとき「よくできたね」とほめます。この

繰り返しによって、子どもは自分の不快感情

を安全に抱えることを学んでいきます。

* * * * * * * *

小学校にはいっているのに、このような幼

児のような感情統制の状態にある子どもは、

「保護者のしつけがなっていない」と思われ

がちですが、逆に、よい子に育てなければと

思うあまりしつけをあせり、子どもを恐怖で

コントロールしてきた結果、このような状態

に陥っている場合も多いのです。子どもにが

まんする力をつけさせることをめぐっての誤

解は、教師も保護者も同じなのです。

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子ども防犯ニュース付録(少年写真新聞社)連載:子どもの問題行動への対応-教師がすべきこと、でき

ること(2007年 4月号)大河原美以

なぜ、不快感情を承認することが重要なのか?

前回、子どもが「がまんできる」ようにな

るためには、教師が子どもの不快感情をきち

んと承認し、かわりに言語化してあげるとい

うプロセスが重要だということをお伝えしま

した。今回は、不快感情を安全に抱えること

ができず、ささいなことをきっかけにして、

瞬間的にきれて暴力をふるってしまう、いわ

ゆる「きれる子」の育ちを例にあげながら、

その理由を、説明します。

* * * * * * * *

「きれる子」の養育環境は大きく二つに分

類されます。まず、虐待や夫婦間暴力がある

など、家庭の中に常に恐怖が存在している家

庭の場合。あるいはよい子に育てたいという

あせりから、厳しすぎるしつけ(体罰)があ

る家庭の場合。このようなとき、日常的に喚

起される悲しみや怒りや恐怖や不安などの不

快感情は、常に恐怖を与えられることで封印

されてきてしまいます。

一方で、おだやかな家庭で暴力など存在し

ない環境にある子どもの場合もあるのです。

保護者も教育熱心なのですが、やはりよい子

に育てたい願いが強いあまりに、子どもが不

快感情を表出したときには、抱くことができ

ないという点が共通しています。つまり、子

どもが保護者の期待に反して、不快感情を表

出したときに、その不快感情を承認すること

ができず、保護者の側が怒りを感じたり、過

度にうろたえたりして、突き放してしまうと

いう関係です。このような状況にあると、子

どもは自分の身体からわきあがってきた不快

感情を封印することで、保護者に愛されるこ

とを選択します。封印に成功すると、保護者

の前では、子どもは「よい子」を実現するこ

とができてしまいます。

いずれの場合も、「きれる子」には、子ども

の身体の中に封印された、誰にも承認されて

こなかった不快感情というエネルギーが蓄積

されているという点が、共通しています。

* * * * * * * *

私たちは、意志、理性の力で自分の感情を

コントロールすることができると、常識的に

考えています。その常識のために、幼い子ど

もたちに対しても、感情を意志と理性でコン

トロールさせようとします。しかし、それは

まったく逆効果です。子どもは一時的には、

大人の期待に応えて、意志と感情を分断し、

頭でっかちな「おりこうさん」になりますが、

封印がとければ、感情をコントロールできな

い状態に育ってしまうのです。

* * * * * * * *

少しだけ脳の機能の話を付け加えましょう。

意志や理性、言葉に関することは、主に大

脳新皮質(主に前頭葉)の仕事ですが、感情

に関することは、大脳辺縁系(主に扁桃体)

の仕事なのです。大脳辺縁系からわきあがっ

てくる不快感情は、安心感安全感という感情

が同じ大脳辺縁系から喚起されることによっ

てしか収められないのです。つまり、子ども

の感情コントロールに関する脳の機能が健や

かに発達するためには、不快感情が承認され、

言語化されるという大人とのコミュニケーシ

ョンによって、安全感・安心感が喚起される

ということが、絶対的に必要なのです。

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子ども防犯ニュース付録(尐年写真新聞社)連載:子どもの問題行動への対応-教師がすべきこと、でき

ること(2007年 5月号)大河原美以

いじめる行為の根底にあるもの

子どもの不快感情を承認することが、子ど

もの発達において重要だということは、いじ

め問題を考える上でも、役立ちます。

いじめるという行為は、自分の身体の中に

わきあがってきた不快な感情のエネルギーを、

特定の人にむけて攻撃性として発散する行為

です。自分の中にわきあがってくる不快感情

をどのように処理するのかは、自分の経験か

ら学びます。自分の痛みを大切にされている

子どもだけが、他者の痛みを知ることができ

るのです。

* * *

小3のA子さんは、いつも動作がゆっくり

のB男くんをみると、いらいらします。B男

に「あー、うざい。死ね!」と言いたくなる

のです。B男のプリントをわざと配らず、困

る B 男の顔をみて喜んだり、給食の時には、

きらいなおかずを大盛りにしたりして、くす

くすと笑って喜んでいます。

* * *

A子さんには、高校生と中学生の姉がいま

す。家ではいつも姉たちから「A子、なにや

っているの!早くしなさい。」と叱られます。

両親は末娘のA子をかわいがっていますが、

かわいい存在でいることを期待されているの

がわかるので、A子さんは家で泣いたり怒っ

たりすることはほとんどありません。末娘の

A子が大事にされていることに嫉妬している

姉たちは、A子が姉たちのようにすばやくで

きないことを責めたてます。

* * *

自分が姉に否定されている部分と同じ部分

をもっているB男をみると、A子の身体の中

にむくむくと不快な感情がわきあがってきま

す。それは姉に攻撃されているときに封印し

ている不快感情です。姉たちが自分たちのス

トレスや嫉妬心を、A子を責めることで発散

しているので、そのことを通して、A子は不

快感情の処理の仕方を学んでしまっています。

B男をいじめるとすっきりするという処理の

仕方です。

* * *

こうして、いじめ行動は連鎖します。B男

のせいで生じていると思っている不快感情は、

実は自分の傷に由来して、わきあがってきて

いるものなのです。だから、単に「いじめを

してはいけません」「B男くんの気持ちを考え

なさい」と認知にはたらきかける指導を行っ

ても、根本的な改善にはいたりません。いじ

めている子どもが封印している不快感情に目

をむけ、その痛みを知り、身体とつながった

言葉で承認してやるという関わりが必要です。

* * *

「A子は、B男をみていると、いらいらして

くるんだね?」「のろくてぐずぐずしているか

らむかつく。」「のろくて、ぐずぐずしている

ことで、A子も叱られたことあるの?」「いっ

つもだよ。・・・あたしだって一生懸命やって

いるのに」「そうかぁ・・いつも叱られて、た

くさん悲しい思いをしていたんだね」

他者の痛みを知るためには、自分の痛みや

不快感情を承認されることが、絶対に必要な

のです。承認された不快感情は、安心感にく

るまれると、安全なものになるのです。

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子ども防犯ニュース付録(少年写真新聞社)連載:子どもの問題行動への対応-教師がすべきこと、でき

ること(2007年 6月号)大河原美以

「いじめ」なのか「いじめ」じゃないのか?(1)

「わきあがってくる不快感情を処理できず、

友達に発散するという形で解消すること」が

学級の中で起こっていれば、それは「いじめ

問題」なのですが、教師が「いじめ」なのか

「いじめじゃないのか」と迷う場合には、次

のような場合があります。

* * *

①いじめられた子に問題があると思う場合

いじめられている子どもが、教師にとって

よい子である場合には、その子のいじめられ

の訴えは「いじめ問題」としてスムーズに扱

われることが多いものです。ところが、いじ

められている子どもが「お前にも悪いところ

があるだろう」と言いたくなるような子ども

の場合、いじめ問題として認めてもらえない

ということがよく起こります。

いつも忘れ物をしている子が、忘れ物をし

ていることでからかわれているとき。忘れ物

をしなければいいのだから、お前に非がある

と言われてしまいます。

忘れ物をするということは、いじめ問題と

は関係のない、その子の課題です。クラスの

中で、何らかの落ち度をみつけて、そこを責

めたてることによって、自らの不快感情を発

散するという行為は、いじめです。

「何らかの落ち度」が、悪いのではなく、

いじめている子どもが、不快感情をいじめと

いう形でしか処理できないということに注目

する必要があります。そのために「いじめを

している子ども」が、どんなふうに誰にも承

認してもらえないストレスや苦しみを抱えて

いるのかということに思いをはせ、その根本

にある不快感情を承認する関わりをすること

が、いじめをなくすための近道です。

* * *

②意味のすり替えが起こっていて、事実がつ

かめない場合

B子は、A子を「いじめたいと思って」、プ

リントをわざと配りませんでした。A子はそ

の「いじめたいと思って」という意味を感じ

取り、「B子にいじめられている」と訴えまし

た。先生から事情をきかれた B 子は「えー、

わざとじゃないです。まちがっちゃったんで

す」と答えます。先生はA子に「B子さんは

わざとやったんじゃないようだよ」と伝えま

す。B子は先生にいじめられていることを認

めてもらえなかったと失望し、二度と相談す

るまいと思います。そして、いじめは見えな

いところで進行していきます。

そもそもいじめというものは、このように

「意味のすりかえ」を伴うものなのです。

重要なのは、いじめられたと訴えている側

が、「意図としてのいじわる」を感じていると

いうことをしっかりと承認すること。いじめ

ている子どもが、つらい状況におかれている

のかどうかに目をむけることです。もしも、

「意図としてのいじわる」が誤解だったとし

ても、子どもの痛みや苦しみに寄り添うため

に、手厚いまなざしを向けることは、マイナ

スではありません。いじめを断罪するという

姿勢ではなく、いじめている子どもこそ、ケ

アを求めている子どもだというスタンスで指

導するならば、まちがいであったとしてもな

んら問題はないのです。

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ること(2007年 7月号)大河原美以

「いじめ」なのか「いじめ」じゃないのか?(2)

前回に引き続き、教師が「いじめ」なのか

「いじめじゃないのか」と迷う場合の、続編

です。

* * *

③いじめる子といじめられる子がくるくると

変わっている場合

いじめる子といじめられる子が固定してい

る関係と違い、いじめ・いじめられの関係が

変化する集団の中に適応している子どもたち

は、いつ自分がいじめられる立場におかれる

かということに怯えながら生活しています。

そして、運悪くいじめのターゲットになった

ときには耐え忍び、次のタイミングでほかの

誰かをターゲットにできると、とたんにいじ

める側に回り、保身につとめます。

* * *

このような「いじめまわし」の人間関係の

中で、子どもたちは適応するために、不快感

情を封印し、そして攻撃性を他者にむけると

いう感情の処理の仕方を学んでいます。それ

が「適応の手段」になっていることが問題な

のです。「いじめまわし」は、特定の弱者への

攻撃ではないために、見過ごされがちですが、

教師が重大な「いじめ問題」と認識して、子

どもたちの感情を育て、安全な学級経営を実

現するために、真剣にむきあわなければなら

ない問題です。いじめる子を断罪するという

姿勢の指導ではなく、誰かをターゲットにし

ておかないと安定しない集団のあり方を、教

師がきちんと「問題」と認識し、この「問題」

を解決する主体者は、教師であると覚悟を決

めることが重要です。

④いじめられた子の被害感が過剰に大きい場

いじめられた子どもの訴えが、「被害妄想」

的であるとき、いじめられを十分に認めても

らえない場合があります。

いじめられの体験は、子どもにとって深刻

なトラウマになることがあります。トラウマ

とは、記憶の問題です。通常の記憶は、時間

とともに忘れていくことができる記憶として

脳の中で情報処理されていくのですが、トラ

ウマ記憶は忘れていく記憶として処理されず

にそのまま残ってしまいます。そのために、

何年たっても、不快感情を喚起させる記憶と

して苦しみをもたらすのです。

* * *

過去のいじめられ体験がトラウマになって

いる場合、現在のちょっとした刺激が引き金

になって、過去の怒りや恐怖の記憶を芋づる

式にひっぱりだします。そのようなとき子ど

もの訴えは「被害妄想」のように聞こえます。

子どもが、実際に起こっている出来事にそ

ぐわないほど過剰な被害感を訴える場合には、

過去にとてもつらい思いをした子どもなのだ

と認識することが、まず重要です。

子どもの現実としては、怒りや悲しみや恐

怖で耐えがたい状態に陥っているわけですか

ら、子どもの痛みをきちんと丸ごと受けとめ

る姿勢がなにより援助として必要です。承認

されることで、安心を得ることが、トラウマ

の回復のための必須条件になります。教師と

の信頼関係が、子どもを安心感に包みます。

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子ども防犯ニュース付録(少年写真新聞社)連載:子どもの問題行動への対応-教師がすべきこと、でき

ること(2007年 8月号)大河原美以

いじめをなくすために学級指導で何を教えるのか?

一般に行われている学級指導では、「いじめ

をしてはいけない」「いじめられている人の気

持ちを考える」などを伝えることを目的とし

ていることが多いのではないでしょうか?

ところが、自らの不快感情を、他者への攻

撃性としてはきだすことで解消する形のいじ

め問題は、それでは、容易には解決しません。

* * *

いま、子どもたちに育てなければならない

のは、自分の身体の中にわきあがってくる不

快感情を安全に抱えておく力です。自らの悲

しみや不安や痛みをしっかりと抱えておくこ

とができる力です。それは承認されることに

よってのみ、実現するのです。承認されるこ

とのない悲しみや不安や痛みは、恨みや憎し

みに姿を変えて、暴走していきます。

* * *

「悲しい気持ちがたまってくると、いじめ

たくなってしまうもの。だから、悲しい気持

ちになったら、ちゃんと話そう。話していい

んだよ」ということを、子どもたちに伝える

ことを目標にして、A先生は、次のような授

業プランをたてました。

* * *

まず、感情にはどんなものがあるのか、子

どもたちに自覚させよう。楽しい気持ち、う

れしい気持ち、怒っている気持ち、いらいら

している気持ち、悲しい気持ち、淋しい気持

ちを子どもたちから発言させよう。そして、

好きな気持ちときらいな気持ちに分類させよ

う。すると、きっと、子どもたちは、ネガテ

ィヴな感情は大事じゃないって反応するだろ

う。そこで、「そのどれもが大切な気持ちなん

だよ」ということを教えよう。

そして「悲しい気持ちやいらいらした気持

ちや腹だたしい気持ちや不安な気持ちがたま

ってくると、人にいじわるしたくなってしま

うものなんだ」ということを教えよう。きっ

と子どもたちはびっくりするだろうな。

そこで、子どもたちの体験を引き出してみ

よう。どんな体験でも、言えた子どものこと

を、しっかりほめよう。いじわるしちゃった

とき、本当はとても悲しい気持ちだったとい

うことを引き出そう。

そして、悲しい気持ちをがまんしていると、

いじめをしてしまい、いじめられた子が悲し

い気持ちになって、その気持ちをがまんして

いるとまたいじめをしてしまうっていうふう

に、学級の中がいじめでいっぱいになってし

まうんだということを、子どもたちに図を描

いて教えよう。ぐるぐると悪循環になってい

るってことを黒板に示したら「じゃあ、どう

したらいい?」って、問いかけてみよう。

悲しい気持ちを話すことができて、受け止

めてもらえたら、どんなにやさしい気持ちに

なれるのか、子どもたちから、体験を引き出

してみよう。

そして、最後に、教師としての私の気持ち

を訴えよう。悲しいこと、怒っていること、

先生に言ってほしいんだって。そして、友達

の悲しい気持ち、怒っている気持ちを一緒に

聞こうよ、一緒に泣こうよって。そしたら、

きっとみんながやさしい気持ちになれるよ。

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子ども防犯ニュース付録(尐年写真新聞社)連載:子どもの問題行動への対応-教師がすべきこと、でき

ること(2007年 9月号)大河原美以

きれて乱暴してしまう子

小学校1年生のAくんは、突然きれて乱暴

をしてしまうことがあります。

ある日の給食準備中のことでした。この日

は、Aくんの大好きなメニューです。Aくん

は早く給食をもらいたくて、一番に並びまし

た。ところが、給食は班ごとに順番に並んで

もらう約束になっています。「Aくんは3班だ

から、まだだよ」と言われると、Aくんは「や

だ!ぼくが1番!」と言い張りました。その

様子をみて、女の子たちがくすくすと笑いま

した。すると突然、笑った女の子をめがけて

突進していき、つきとばしてしまいました。

女の子は壁に頭をぶつけてしまいました。

* * * * *

【担任の気持ち】Aくんには、もう何度も何

度も「乱暴はいけないことだ」と教えてきた

んです。Aくんはいつもすぐ泣いてあやまる

んだけど、それで許してしまう私の対応が甘

いのかと思って、もっと厳しくすべきかと迷

っています。でも厳しくすると、もっとおち

つきがなくきれやすくなるようにも思うので

す。いったい、家庭ではどういうふうにして

いるのだろう?家庭が甘いから、こんなにも

がまんできない子が育つのではないだろうか。

* * * * *

【保護者の気持ち】もうほんとに何度言った

らわかるんだか・・・あの子を育てる自信が

ない。小さいときから何度も何度もいけない

ことはいけないとあれほど言ってきているの

に。私はあの子のせいでいつもお詫びを繰り

返し、それなのに周囲からは親が甘いからだ

と見られてしまう。あの子のせいでだめな親

だと思われてしまう。お父さんにも厳しくし

てもらっているのに。

* * * * *

【Aくんの気持ち】お母さんごめんなさい。

先生ごめんなさい。ぼくなんかいないほうが

いいよね?悪い子はいないほうがいいよね。

いい子になりたいのに・・・。

* * * * *

きれる子と担任、保護者との間にはこのよ

うな悪循環が起こっていることが多いもので

す。保護者は必死で子どもをしつけようとし、

担任も必死に善悪の判断を子どもに指導し、

子どもは親や教師に愛されるよい子になりた

いという思いをもっている。にもかかわらず、

子どもの悲しみ、怒りなどの不快感情は暴走

してしまうのです。

* * * * *

不快感情は安心感・安全感に包まれること

によって、安全に抱えることができ、それが

すなわち耐性として育ちます。Aくんに足り

ないのは、厳しさではなく、安心感・安全感

です。安心感・安全感を育てるために必要な

のは、先生のやさしいまなざしとおちついた

呼吸や手のあたたかさです。乱暴してしまっ

たときのAくんの後悔、自責感などをだまっ

て抱きしめ、ゆっくりとした呼吸をともにあ

わせて、「大丈夫。先生が守るよ。」と伝えて

あげることが必要です。自分の存在の否定、

そして自尊感情の低下は、不快感情の暴走を

助長してしまいます。失敗した自分でも愛さ

れるという安心感安全感が、不快感情の統制

を育てるのです。

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ること(2007年 10月号)大河原美以

万引きをくりかえす子

小学校3年生のBくんが、コンビニで万引

きをしたという知らせが入りました。理由は

いまひとつつかめませんでしたが、担任は物

を取るのはいけないことだということを、保

護者とともにしっかりと言い聞かせました。

翌日、Bくんはまた、万引きしました。同

じように指導を繰り返しました。2度目だっ

たこともあり、今度はかなり厳しく叱りまし

た。Bくんは泣いて、もうしませんと約束し

ました。保護者からも、父親も交えて、厳し

く叱責をしたということでした。

ところが、また、同じことが起こりました。

なぜ、Bくんには「万引きしてはいけない」

ということが伝わらないのでしょう?

* * * * *

問題行動を指導しているのに、問題が増幅

していくときは、問題行動を解決しようとし

て関わっているその関わり方に、問題を増幅

する要因があるというものの見方をすると、

解決の糸口が見えてくるものです。この場合、

担任や保護者が指導として伝えていることが、

逆に万引きを引き起こさせてしまっていると

いう可能性について、考えます。

* * * * *

担任も保護者も「万引きはいけないことで

あり、万引きをする子は悪い子だ」「悪いこと

をしたと反省しなさい」と伝えていました。

にもかかわらず、万引きが続いていくと、大

人は、その指導の意図が子どもにきちんと伝

わっていないのではないかと考え、再びさら

に強力に同じメッセージを子どもに伝えるこ

とになるのが一般的です。

ところが、大人の意図というものは、ちゃ

んと子どもに伝わっているものなのです。伝

わってしまっているからこそ、問題が継続し

ているのです。

このような指導を受けると、子どもは「自

分は悪い子だ」と認識し、自己評価がさがり

ます。そして自信がもてなくなります。自信

のもてない子は常に不安がいっぱいで、日常

の学校生活においてもストレスがたくさんか

かります。Bくんはストレスや不安という不

快感情を、どうやって処理したらいいのかわ

かりません。ところが、万引きをすると、達

成感ですっきりした気分になり、一気に不安

もストレスも吹き飛んでしまうということを、

学習してしまったのです。

* * * * *

このようなとき、反省を求められて叱られ

れば叱られるほど、不安とストレスが増し、

その増大した不安とストレスを解消するため

に万引きをせざるを得なくなり、また叱られ

てという悪循環にはまってしまいます。問題

の根源は、子どもが自分の不快感情を安全に

抱える力をもっていないことにあるのです。

重要なことは、子どもが何をつらいと思い、

ストレスに感じ、不安を抱えているのかとい

うところに担任が目をむけ、その不安やスト

レスを抱えている子どもを受けとめるととも

に、言語化していくことです。共感してもら

うことでストレスや不安は解消されるのだと

いうことを、体験的に学習することができた

子どもは、人を信じるという力を育んでいく

ことができるのです。

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ること(2007年 11月号)大河原美以

自傷行為をする子

あるとき担任は、小学校6年生のCさんの

腕に、たくさんのカッターの切り傷があるこ

とに気づきました。周囲の子どもの話から、

自分でやっているということがわかりました。

Cさんは、とても明るい子で、はきはきと

あいさつをし、学級でもみんなをひっぱって

くれる子です。担任はたよりにしている存在

でした。

担任がCさんに、「腕どうした?」と聞くと、

Cさんは明るく「これ?だいじょぶ、だいじ

ょぶ。血はあんまりでないから」とけろっと

して話します。Cさんの様子があまりにも元

気でけろっとしているので、担任は「あまり

重大なことではないのかな」という気にもな

ってきます。日ごろの学校生活の様子には変

わりなく、元気に意欲的にとりくんでいます

から、なおさらです。

* * * * *

このようなリストカット・アームカットを

している子どもに対して、担任はどのように

関わることが必要なのでしょうか?

まず、重要なことは、どんなに表面的に元

気で明るくても、心理的にはきわめて深刻な

状態にあり、援助を必要としている子どもで

あるということをしっかり認識することです。

このように元気な様子をみせていながら、

自傷行為をしている子どもは、自分の身体の

中にわきあがってくる不快感情を安全に抱え

ることができないために、自傷することで、

不快感をなくしてすっきりした気分にもどれ

るということを学習してしまっている子ども

です。

担任は「Cさん、よく聞いてね。自分で自

分を傷つけてしまうときというのは、心の中

が悲しい気持ちでいっぱいになっているとき

なんだよ。だから、先生はとても心配してい

るよ。」ということをまっすぐに伝えます。子

どもは、はぐらかし、悲しみなどないと否定

します。なぜなら、それを認識することはと

てもおそろしいことなので認識することがで

きず、そのために自傷が起こっているからで

す。それでも「あなたの力になりたい」と伝

え、保護者に伝えることの同意を得ます。子

どもは親には言わないでほしいというかもし

れません。それでも、「このことはとても重要

なことで、あなたのことがとても心配だから、

親ごさんにもわかってもらわなくちゃならな

いことなんだ。」と宣言します。

* * * * *

家族の背景にはさまざまな深刻な状況があ

るものです。担任は保護者も苦しんでいると

いうことに共感しながら、Cさんを心配して

いるということを伝えます。カウンセリング

などの相談機関に保護者とCさんをうまくつ

なげるところまでは、担任の仕事です。

そのうえで、担任にできることは、Cさん

が担任との関係の中で、弱音をはけるように

なるということです。いつも元気で明るいC

さんが、ちゃんと泣いたり怒ったり、いやな

思いを口にしたりできること、その不快感情

を承認してもらえるという関係を作ることで

す。あってあたりまえの不快感情が、きちん

と大人に承認されることを通して、子どもの

感情は育ちます。

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子ども防犯ニュース付録(尐年写真新聞社)連載:子どもの問題行動への対応-教師がすべきこと、でき

ること(2007年 12月号)大河原美以

誰がやったのかがわからない問題行動への指導

学校ではときどき、いったい誰がやったの

かわからない事件というものが起こります。

たとえば、「死ね」などの落書きや、展示物な

どの破壊や、汚物の散乱や、盗みや物隠しな

どです。

おそらくこの子だろうということが推測で

きる場合と、まったく推測できない場合があ

ります。通常、「誰がやったのかわからないか

ら指導ができない」「もしも犯人じゃなかった

ら大変なことになるから、推測では指導がで

きない」と考えがちです。このような発想は、

逆に言うと「やった子が特定できれば指導で

きる」ということになりますが、この場合の

指導とはいわば「断罪」を意味しています。

小学校ではそのような指導には抵抗があるの

で、「犯人探しはしない」としながらも「誰が

やったのかわからないから指導ができない」

というジレンマに陥ります。

* * * * *

これまで、この連載を通して、子どもたち

が不快感情を安全に抱えられない状態に陥っ

ていることについて、述べてきました。

「誰がやったのかわからない事件」の場合

も同様に、誰にも承認されることなく封印さ

れている子どもの不安やストレスや悲しみや

怒りが暴走する形で問題が起こっていると考

えられます。そして、それはSOSのサイン

なのです。その子どもの無意識は、気づいて

もらいたいし、助けてもらいたいのです。

* * * * *

通常、全体指導を行う場合「こういうこと

は絶対にしてはいけないことです。先生は絶

対に許しません」という形で、その問題行動

が悪いことで、許されないことだという規範

を伝える形の指導が行われるのが一般的です。

ところが、これでは、問題は地下にもぐり、

ますます見えなくなってしまうのです。

だれにも承認されることのなかった怒りや

悲しみや嫉妬の感情が暴走して問題行動につ

ながっていると想定すると、全体指導として

は次のような声かけが有効です。「こういうこ

とをする子は、きっと心の中につらい気持ち、

悲しい気持ち、不安などをたくさん抱えてい

る子です。先生は助けてあげたいんだ。」

子どもの無意識はこういうメッセージをち

ゃんと聞いています。それにより、次には誰

がやったのかがわかる形で問題が見えてきた

りするものです。

* * * * *

おそらくこの子だろう、あるいは、あの子

かもしれないと複数の子どもの行動だと推測

される場合には、その思い当たる子どもすべ

てに、指導をいれることができます。この場

合の指導は「断罪」ではありません。誰にも

気づいてもらえていない悲しみ、ストレス、

不安、嫉妬、怒りを抱えているのではないか、

と子どものつらさに思いをよせ、目をかけ、

手をかけ、大事にするという指導です。それ

により、間接的に問題行動が解決します。こ

のような指導は、たとえ「犯人」ではなかっ

たとしても、子どもにプラスになる指導です。

感情を育てる指導とは、子どもの不快感情を

大人がしっかりと抱きしめることなのです。