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INNERVISION ( 30・9 ) 2015 7 脳活動状態の画像化手法である機能的 磁気共鳴画像法(functional MRI:fMRI) が考案され 20 年が経過した 1),2) 。一般的 な臨床用装置において測定可能であるこ とに加えて,生体への侵襲性が低いこと, 比較的高い空間分解能を有すること,多 様なパルスシーケンスを併用することで種々 の構造,機能,代謝情報が同一装置にて 収集できることなどの特徴を有する。MRI を用いた脳活動計測法には,その測定原 理からいくつかのバリエーションが存在し, 脳の局所活動に伴う血行動態変化をとら えるblood oxygenation level dependent (BOLD)法 3) ,脳灌流画像(以下,パー フュージョン MRI)法 4) ,神経系細胞の活 動に伴う拡散係数の変化をとらえる拡散 強調脳機能画像(diffusion weighted fMRI:DfMRI)法 5) ,神経細胞の電気的活 動を磁界の変化としてとらえる neuronal current MRI (NC-MRI)法 6) ,MR スペク トロスコピーを用いた神経代謝物質計測, 温度計測などが考案されており,撮像原 理の検証を含め生体計測に種々応用され ている。特に血行動態由来の計測法は, 簡便なこともあり,基礎および臨床神経 科学の幅広い分野にわたり研究応用が進 められている。本稿では,BOLD 法を中 心に,fMRI の原理とその神経基盤,信号 解釈について概説したい。 BOLD コントラストの メカニズム 現在,fMRI の撮像法として最も広汎 に利用されているのが,脳活動に由来す る血液酸素飽和の変動をMR信号の変 化(BOLD コントラスト)としてとらえ る BOLD 法である。生体内での酸素運 搬の主体は,血液内の赤血球中に含ま れるヘモグロビン(以下,Hb)であるが, 酸素との結合の有無で酸化型 Hb(以下, oxy-Hb)と還元型Hb(以下,deoxy- Hb)の 2 つの様態を持ち,Hb に内在す る鉄と酸素が結合することで磁性が変化 する。酸素と結合していない鉄を含む deoxy-Hbは常磁性,酸素と結合した鉄 を有する oxy-Hb は反磁性を示す。これ ら磁性体は,その周囲の磁場を攪乱し, 攪乱の程度は磁性体の含有量と磁性体 の磁化率に依存する。磁性体による磁 場の乱れは,その周囲の組織に含まれる 水分子のプロトンの横緩和を促進(T 2 緩和時間を短縮)するため,磁場不均 一に敏感な T 2 強調画像を用いること で,deoxy-Hb の増減を局所の MR 信号 強度の変化として検出することが可能と なる。oxy-Hbが持つ反磁性は,deoxy- Hb が持つ常磁性に比較して磁化率が非 常に小さいため,生体環境下の MR 画 像収集においてはほぼ無視できる程度と なる。したがって,deoxy-Hb 量が T 2 強調画像の信号変化に主として寄与す ることとなり,その増加は MR 信号強度 の低下を,減少は MR 信号強度の上昇 をもたらす。 脳活動の増加は,脳局所における酸 素代謝率(cerebral metabolic rate of O2:CMRO2)の上昇を誘引するが,脳 内には基質としての酸素を貯蔵すること ができないため,この酸素消費の増大を 代償するために脳血流量(cerebral blood flow:CBF),脳血液量(cerebral blood volume:CBV)も上昇する 7) 酸素消費を表すCMRO 2 の上昇と血液 量であるCBVの増加はdeoxy-Hb量の 増加に使用し,血流量である CBF の増 加は流速の上昇を伴うため,単位体積あ たりの deoxy-Hb 量の減少に作用する。 BOLD コントラストは deoxy-Hb 量の増 減に依存するため,CMRO2 ,C B F, CBV の 3 つのパラメータにより決定され る。ちなみに,CMRO 2 をCBFと動脈 血中の酸素濃度で除したものは,酸素 摂取率(oxygen extraction fraction: OEF)と呼ばれ,BOLD コントラストの 指標の一つとされる 8) 。一般的に,脳の 賦活に伴う CBF の増加(単位体積あた りのdeoxy-Hb量の減少)は,CMRO2 CBV の増加(deoxy-Hb 量の増加)に比 較してはるかに大きいため,単位体積あ たりの deoxy-Hb 量は低下する。deoxy- Hb 量の低下は,不均一磁場の低減とな るため,周辺組織の T 2 緩和時間が延 長し,T 2 強調画像の信号強度を上昇 させる。これらの現象が BOLD コントラ ストの成因と考えられている (図 1) BOLD 法はこのような生理学的バック グラウンドの下に脳賦活を検出している ため,一次的な神経活動を間接的にとら えていることに留意しなければならない。 例えば,非生理的環境(病理的状態)や 発達段階(乳幼児)では健常成人に見ら れるような CMRO2 ,CBF,CBV の関係 性が成立しない場合があること 9) ,ガスの 吸入(二酸化炭素は血管拡張作用 10) 〈0913-8919/15/¥300/ 論文 /JCOPY〉 2.fMRIの検出原理と脳機能解釈 BOLD信号の起源とその意味 福永 雅喜 自然科学研究機構生理学研究所心理生理学研究部門 臨床応用のための撮像技術の現状と課題 Step up MRI 2015

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Page 1: Step up MRI 2.fMRIの検出原理と脳機能解釈 2015 …...INNERVISION (30・9) 2015 7 脳活動状態の画像化手法である機能的 磁気共鳴画像法(functional

INNERVISION (30・9) 2015  7

 脳活動状態の画像化手法である機能的磁気共鳴画像法(functional MRI:fMRI)が考案され20年が経過した1),2)。一般的な臨床用装置において測定可能であることに加えて,生体への侵襲性が低いこと,比較的高い空間分解能を有すること,多様なパルスシーケンスを併用することで種々の構造,機能,代謝情報が同一装置にて収集できることなどの特徴を有する。MRIを用いた脳活動計測法には,その測定原理からいくつかのバリエーションが存在し,脳の局所活動に伴う血行動態変化をとらえるblood oxygenation level dependent(BOLD)法3),脳灌流画像(以下,パーフュージョンMRI)法4),神経系細胞の活動に伴う拡散係数の変化をとらえる拡散強調脳機能画像(diffusion weighted fMRI:DfMRI)法5),神経細胞の電気的活動を磁界の変化としてとらえるneuronal current MRI(NC-MRI)法6),MRスペクトロスコピーを用いた神経代謝物質計測,温度計測などが考案されており,撮像原理の検証を含め生体計測に種々応用されている。特に血行動態由来の計測法は,簡便なこともあり,基礎および臨床神経科学の幅広い分野にわたり研究応用が進められている。本稿では,BOLD法を中心に,fMRIの原理とその神経基盤,信号解釈について概説したい。

BOLDコントラストのメカニズム

 現在,fMRIの撮像法として最も広汎に利用されているのが,脳活動に由来す

る血液酸素飽和の変動をMR信号の変化(BOLDコントラスト)としてとらえるBOLD法である。生体内での酸素運搬の主体は,血液内の赤血球中に含まれるヘモグロビン(以下,Hb)であるが,酸素との結合の有無で酸化型Hb(以下,oxy-Hb)と還元型Hb(以下,deoxy-Hb)の2つの様態を持ち,Hbに内在する鉄と酸素が結合することで磁性が変化する。酸素と結合していない鉄を含むdeoxy-Hbは常磁性,酸素と結合した鉄を有するoxy-Hbは反磁性を示す。これら磁性体は,その周囲の磁場を攪乱し,攪乱の程度は磁性体の含有量と磁性体の磁化率に依存する。磁性体による磁場の乱れは,その周囲の組織に含まれる水分子のプロトンの横緩和を促進(T2*

緩和時間を短縮)するため,磁場不均一に敏感なT2*強調画像を用いることで,deoxy-Hbの増減を局所のMR信号強度の変化として検出することが可能となる。oxy-Hbが持つ反磁性は,deoxy-Hbが持つ常磁性に比較して磁化率が非常に小さいため,生体環境下のMR画像収集においてはほぼ無視できる程度となる。したがって,deoxy-Hb量がT2*

強調画像の信号変化に主として寄与することとなり,その増加はMR信号強度の低下を,減少はMR信号強度の上昇をもたらす。 脳活動の増加は,脳局所における酸素代謝率(cerebral metabolic rate of O2:CMRO2)の上昇を誘引するが,脳内には基質としての酸素を貯蔵することができないため,この酸素消費の増大を

代償するために脳血流量(cerebra l blood fl ow:CBF),脳血液量(cerebral blood volume:CBV)も上昇する7)。酸素消費を表すCMRO2の上昇と血液量であるCBVの増加はdeoxy-Hb量の増加に使用し,血流量であるCBFの増加は流速の上昇を伴うため,単位体積あたりのdeoxy-Hb量の減少に作用する。BOLDコントラストはdeoxy-Hb量の増減に依存するため,CMRO2,CBF,CBVの3つのパラメータにより決定される。ちなみに,CMRO2をCBFと動脈血中の酸素濃度で除したものは,酸素摂取率(oxygen extraction fraction:OEF)と呼ばれ,BOLDコントラストの指標の一つとされる8)。一般的に,脳の賦活に伴うCBFの増加(単位体積あたりのdeoxy-Hb量の減少)は,CMRO2,CBVの増加(deoxy-Hb量の増加)に比較してはるかに大きいため,単位体積あたりのdeoxy-Hb量は低下する。deoxy-Hb量の低下は,不均一磁場の低減となるため,周辺組織のT2*緩和時間が延長し,T2*強調画像の信号強度を上昇させる。これらの現象がBOLDコントラストの成因と考えられている(図1)。 BOLD法はこのような生理学的バックグラウンドの下に脳賦活を検出しているため,一次的な神経活動を間接的にとらえていることに留意しなければならない。例えば,非生理的環境(病理的状態)や発達段階(乳幼児)では健常成人に見られるようなCMRO2,CBF,CBVの関係性が成立しない場合があること9),ガスの吸入(二酸化炭素は血管拡張作用10)を

〈0913-8919/15/¥300/ 論文 /JCOPY〉

2. fMRIの検出原理と脳機能解釈─BOLD信号の起源とその意味

福永 雅喜 自然科学研究機構生理学研究所心理生理学研究部門

臨床応用のための撮像技術の現状と課題ⅡStep up MRI 2015