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5 日看管会誌 Vol. 13, No. 2, 2009 The Journal of the Japan Academy of Nursing Administration and Policies Vol. 13, No. 2, PP 5-12, 2009 原著 組織における看護職者の意思決定に 必要な要素の検討 ―病院の政策形成過程における 看護職副院長の活動内容を通して― Identification of Elements Needed for Decision Making by Nurses in Organizations: Analysis of Activities of Nurses Serving as Hospital Vice Presidents in Decision-Making Process in Hospital 巴山玉蓮 1) 山澄直美 2) 鶴田早苗 3) Gyokuren Tomoyama 1) Naomi Yamasumi 2) Sanae Tsuruta 3) Key words : vice president nurse, decision-making process, nurse, decision making, hospital キーワード : 看護職副院長,政策形成過程,看護職,意思決定,病院 Abstract The present study was undertaken to identify elements needed for nurses to become involved in various levels of decision making processes as members of an organization through analyzing the activities of nurses serving as the vice presidents of hospitals. The study involved 8 nurses serving as the vice presidents of hospitals who cooperated with our network sampling. Data on their activities in the decision-making processes of their hospitals were collected by semi-structured interview and were analyzed in a qualitative inductive manner. The study revealed 11 categories of vice president nurse activities in policy planning processes, including “collection of objective data to confirm the intentions of employees,” “setting clear numerical goals and deadlines for realization of policies” and so on. During policy adopting processes, 5 categories of activities were extracted, including ”promotion of understanding of the proposed policy by members of the decision making team through presentation of objective data”, “presentation of the necessity of the policy during decision making meetings” and so on. Analysis of these activities allowed us to isolate the following elements necessary for nurses to become involved in decision making. The elements needed in the policy planning processes were “setting goals and deadlines on the basis of data”, “devising concrete plans, incorporating proposals from employees”, “adequate adjustment and coordination to reach consensus”, “requesting cooperation of competent personnel in an appropriate way”, “presentation of clear views and holding negotiations towards authorization of the second best plan” and “active exploration of related information.” The elements indispensable for policy making processes were “persuading the conference members through explanation of the policy’s usefulness”, “determining the human resources to be involved in the policy” and “acquisition of roles and positions.” 看護職副院長の活動内容をもとに,看護職者が組織の一員として,様々なレベルの意思決 定に参画する際に必要な要素について検討することを目的とした.研究対象者は,ネットワー クサンプリングによって研究協力が得られた 8 名の看護職副院長である.病院の政策形成過 受付日:2009 年 1 月 14 日  受理日:2009 年 4 月 22 日 1) 群馬県立県民健康科学大学 Gunma Prefectural College of Health Sciences 2) 千葉大学大学院 看護学研究科 Graduate School of Nursing,Chiba University 3) 活水女子大学 Kwassui Woman's College

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5日看管会誌 Vol. 13, No. 2, 2009

The Journal of the Japan Academy of Nursing Administration and Policies Vol. 13, No. 2, PP 5-12, 2009

原著

組織における看護職者の意思決定に必要な要素の検討

―病院の政策形成過程における看護職副院長の活動内容を通して―

Identification of Elements Needed for Decision Making by Nurses in Organizations: Analysis of Activities of Nurses Serving as Hospital Vice Presidents

in Decision-Making Process in Hospital

巴山玉蓮 1) 山澄直美 2) 鶴田早苗 3)

Gyokuren Tomoyama1) Naomi Yamasumi2) Sanae Tsuruta3)

Key words : vice president nurse, decision-making process, nurse, decision making, hospital

キーワード : 看護職副院長,政策形成過程,看護職,意思決定,病院

AbstractThe present study was undertaken to identify elements needed for nurses to become involved in

various levels of decision making processes as members of an organization through analyzing the activities of nurses serving as the vice presidents of hospitals. The study involved 8 nurses serving as the vice presidents of hospitals who cooperated with our network sampling. Data on their activities in the decision-making processes of their hospitals were collected by semi-structured interview and were analyzed in a qualitative inductive manner. The study revealed 11 categories of vice president nurse activities in policy planning processes, including “collection of objective data to confirm the intentions of employees,” “setting clear numerical goals and deadlines for realization of policies” and so on. During policy adopting processes, 5 categories of activities were extracted, including ”promotion of understanding of the proposed policy by members of the decision making team through presentation of objective data”, “presentation of the necessity of the policy during decision making meetings” and so on. Analysis of these activities allowed us to isolate the following elements necessary for nurses to become involved in decision making. The elements needed in the policy planning processes were “setting goals and deadlines on the basis of data”, “devising concrete plans, incorporating proposals from employees”, “adequate adjustment and coordination to reach consensus”, “requesting cooperation of competent personnel in an appropriate way”, “presentation of clear views and holding negotiations towards authorization of the second best plan” and “active exploration of related information.” The elements indispensable for policy making processes were “persuading the conference members through explanation of the policy’s usefulness”, “determining the human resources to be involved in the policy” and “acquisition of roles and positions.”

要  旨

看護職副院長の活動内容をもとに,看護職者が組織の一員として,様々なレベルの意思決定に参画する際に必要な要素について検討することを目的とした.研究対象者は,ネットワークサンプリングによって研究協力が得られた 8 名の看護職副院長である.病院の政策形成過

受付日:2009 年 1 月 14 日  受理日:2009 年 4 月 22 日1) 群馬県立県民健康科学大学 Gunma Prefectural College of Health Sciences2) 千葉大学大学院 看護学研究科 Graduate School of Nursing,Chiba University3) 活水女子大学 Kwassui Woman's College

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Ⅰ.はじめに

近年のクライエントのニーズの多様化や保健医療サービスの質向上に関する社会的な要請の高まりは,医療機関における看護職の存在意義を社会的に認知させ,看護職者による副院長職への就任を促進した.看護職は保健医療チームにおける最大の職能集団であり,クライエントに対する直接的なケアの大部分を提供していることを考え合わせると,看護職者の病院経営への参画は必然ともいえよう.

日本病院事業管理者等協議会の調査(山嵜 ,2008)によれば,2007 年には 168 名の看護職副院長が活躍している.看護職副院長の存在が注目されるにしたがって,病院管理や経営に看護婦が関わることの意味とその影響に関する調査(中山ら ,1996),看護職副院長の組織における位置づけ,役割,業務・活動の実態に関する調査研究(神田 , 林 ,2004),実態調査を通した看護職副院長の現状の調査研究(日本看護職副院長連絡協議会 ,2007),病院長を調査対象にした副院長の役割とコンピテンシー及び看護職副院長の評価に関する調査研究(井部ら ,2007)など,その求められる能力や資質について議論がされるようになった.

看護職副院長の活躍が注目をひく一方で,いい意味でも悪い意味でも看護職の仕事のしかたは受身的

(中山 ,2005)であることや,責任の自律性に関する職種間の比較では,看護師が最も低い得点を示すことが報告(田尾,1995)されている.このような結果をもたらす要因として,これまで組織の意思決定に看護職者が積極的に参画することが少なく,参画する機会も得られなかったことが影響しているので

はないかと考えられる.したがって,看護職者が所属する組織の一員として組織の意思決定に参画し,組織の考え方やある価値に基づく一つの方向性を示す(中山 ,1998)ことによって,看護の質向上に向けた政策を打ち出していくことが求められる.

そこで,本研究の目的は,病院の政策形成過程(見藤ら,2007)に参画している看護職副院長の活動内容を明らかにし,その活動内容から看護職者が組織の一員として,様々なレベルの意思決定に参画する際に必要な要素について検討することである.

本研究の成果は,病院で勤務する看護職者に限らず,様々な組織において活躍する看護職者が意思決定に参画する際に活用できる可能性がある.

Ⅱ.用語の操作的定義

看護職副院長:医療施設において副院長という職位にある看護職者をさす(以下,副院長とする).

政策:「個人ないし集団が特定の価値を獲得・維持し,増大させるために意図する行動の案・方針・計画」という定義(加茂ら,2003)をもとに,本研究では,病院組織内における一定の目標を実現するために用意する活動案や計画,活動方針と定義する.

政策形成過程:病院組織における,「課題設定(何が問題か明らかにする段階)」「政策立案(先の課題設定を受けて,政策の原案を作成する段階)」「政策決定(案から正式な政策へと承認される段階)」の 3段階(見藤ら,2007)を意味し,組織の最高意思決定会議(以下,意思決定会議とする)において承認が得られたことをもって,政策決定がなされたもの

程における看護職副院長の活動内容について半構成的面接によりデータ収集し,質的帰納的に分析した.その結果,政策立案段階における看護職副院長の活動内容では,【職員の意向確認のための客観的データ収集】【政策実現に向けた数値目標や期限の明確化】など 11 カテゴリが形成され,政策決定過程では,【客観的データの提示による意思決定会議メンバーの政策への理解の促進】【意思決定会議における政策の必要性の提示】など5カテゴリが形成された.それらの活動内容を考察した結果,看護職者が意思決定に参画する際に必要な要素は,政策立案段階では『データに基づいた目標と期限の設定』『職員の提案を取り入れた具体策の立案』『合意形成のための十分な調整』『適切な方法による適切な人材への協力要請』『明確な主張と次善策の承認に向けた交渉』『関連する情報の積極的な探索』,政策決定段階では,『政策の有用性の説明による会議メンバーへの説得』『巻き込むべき人的資源の見極め』『役割や地位の獲得』が導出された.

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とする.意思決定:一定の目標を達成するために 2 つ以上

の代替手段の中から 1 つまたは少数の代替手段を選択する人間の合理的な行動(占部 ,1980)と定義する.

Ⅲ.研究方法

1.研究協力者の選択研究協力者の探索には,ネットワークサンプリン

グ(Polit & Beck, 2004)を用いた.ネットワークサンプリングとは,雪だるま式サンプリングともいわれ,最初の語り手が次の語り手を紹介するという人間関係のネットワークを利用したサンプリング手法

(中野 , 桜井 ,1995)である.このようにして研究に承諾が得られた協力者から更に候補者の紹介を受けるという方法によって,研究協力の同意が得られた8名の副院長を研究協力者とした.研究協力者の概要を表1に示した.

2.データ収集方法データ収集期間は平成 18 年 12 月から平成 19 年 3

月である.方法は,研究への協力の意思が確認された研究協力者に対し,半構成的面接を実施した.面接時に使用したインタビューガイドは,文献検討をもとに設定した質問項目を用いて予備面接を行ったうえで,最終項目を作成した(表2).

面接は,研究協力者が設定した日時,場所において研究者と 1 対 1 で行い,許可を得て面接内容の録音をした.また,補助的なデータとして病院のパンフレット等の情報提供も受けた.

3.分析方法1)録音したデータをもとに逐語録を作成し,質

的帰納的に分析した.逐語録から「副院長に就任後,病院経営について新たに取り組んだ最も印象深い取り組みとその内容」について記述されている部分を抽出した.それらを分析データとして,副院長として取り組んだ課題の命名を行った.1人の研究協力

表2 インタビューガイド

表1 研究協力者8名の概要

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者が複数の課題を語っている場合は,複数の課題の命名を行い,政策形成過程の「課題設定」とした.

2)命名した課題ごとに,「副院長として何を考え,どのような行動をし,その結果,どのような変化が起こったのか」という視点で,文脈を損なわないようにコード化し,これらのコードを政策形成過程の

「政策立案」「政策決定」段階にそれぞれ分類した.3)分類した「政策立案」「政策決定」段階ごとに,

複数のコードの意味内容の類似性・相違性を比較検討し,共通する意味をもつコードを集めカテゴリ化した.カテゴリにラベルをつけ,新たなラベルが発見できなくなるまでカテゴリ化を繰り返した.

4)研究の信用性については,予備面接を実施しインタビューガイドの適切性の確認や修正をしたこと,豊富なデータを収集するために病院の設置主体,所在地,病院の規模,副院長の経験年数などの異なる研究協力者の選定を行ったこと,正確な遂語録を作成し,副院長経験者を含んだ共同研究者間において繰り返し検討したことにより確保した.

Ⅳ.倫理的配慮

1.研究協力者に対し,研究目的と方法,研究への自由参加,匿名性の保持について事前に説明し,納得が得られた研究協力者に研究説明書を郵送した.面接時に直接研究承諾書への署名を得ることによって,自由意思による研究協力への承諾とした.

2.面接時の録音は,承諾を得て行い,個人名や施設名はナンバーに置き換え,個人が特定できないように配慮することにより情報源の守秘と匿名性を確保した.

3.調査結果を公表する際には個人が特定されないこと,目的以外には使用しないことを書面により伝えた.

なお,本研究は,平成 19 年 10 月,群馬県立県民健康科学大学倫理委員会の承認を得て実施した.

Ⅴ.結果

1.病院の政策形成過程における活動内容1)課題設定副院長が取り組んだ課題は,①サービスの向上に

向けた職員の福利厚生,②医療安全体制の再構築,③適正な人員配置による赤字経営の解消,④組織の指示命令系統の明確化,⑤新病院の病床数の決定,⑥医師の病床管理への参加,⑦看護職員が定着しやすい環境整備,⑧看護職の業務専念に向けた病棟クラークの採用,⑨看護職員の確保,⑩看護師による静脈注射の実施,の 10 の課題であった.これらの課題は,副院長としての病院運営や看護管理業務など,日々の活動から設定されていた.2)病院の政策立案段階の活動内容病院の政策立案段階における副院長の活動内容

は,66 コードからなる 11 カテゴリが形成された.以下カテゴリを【 】で表記し,その主な内容を記述する.(1)【職員の意向確認のための客観的データ収集】このカテゴリは,意思決定会議において提案する

活動案に説得力をもたせるため,事前に活動案に対する職員の意向を調査するという副院長の活動を表す.副院長は,患者サービスの向上のために,職員の疲労回復や癒しを目的とした福利厚生施設の開設について,アンケート調査を実施し,職員から多くの賛同が得られることを確認していた.(2)【政策実施に向けた関係職員に対する直接 ・

個別の説明及び提言・指示】このカテゴリは,関係する職員に理解を求めるた

め直接・個別に説明したり,取り組み方に対する提言や指示をするという副院長の活動を表す.副院長は,医師に対して病床管理に積極的に関与するように直接進言したり,看護師の静脈注射の実施による業務拡大については,現時点で実施可能なことと不可能なことを明確に医師に説明していた.(3)【政策実現に向けた数値目標や期限の明確化】このカテゴリは,具体的な数値目標や実現のため

の期限を明確に設定し,目標を達成しようとする副院長の活動を表す.副院長は,赤字経営から脱出するための数値目標と期限を全職員に提示し,適正な人員配置への理解と安定した病院経営に向けた協力を要請していた.

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(4)【政策実施に向けた準備期間の設定と確保】このカテゴリは,活動計画の実施に向けて十分な

準備期間を設定し,その期間を確保するという副院長の活動を表す.副院長は,看護師による静脈注射の実施によって,医療職種間に生じるであろう摩擦の回避と,静脈注射を安全かつ確実に実施するために,看護師が取り扱う薬剤,取り扱わない薬剤の取り決めを行うなど,関係職種と協議しながら十分時間をかけて実施に向けた準備をしていた.(5)【プロジェクトチームの結成や協議を通した

関係する職員全体の合意形成】このカテゴリは,事前にプロジェクトチームを結

成し,協議を繰り返すことによって関係する職員全体の合意形成を行うという副院長の活動を表す.副院長は,組織の指示命令系統が不明瞭であることを解決するため,多職種で構成するプロジェクトチームを結成して取り組むことにより,多くの職員の合意を得ることを目指していた.また,強制されてプロジェクトチームに参加しているのではなく,主体的に問題解決に参画しているという意識がメンバー間で共有できるよう調整しながら協議を重ねていた.(6)【政策の目的に応じた具体的方策の考案】このカテゴリは,目的を達成するため様々な具体

的方策を考案するという副院長の活動を表す.副院長は,看護職員確保のために,新たな勤務形態を創出したり,院内の特徴的な研修に院外者も参加できるようにホームページで紹介するなど,目的に対応した具体的な活動内容を考案していた.(7)【政策実施のキーパーソンに対する起案依頼】このカテゴリは,キーパーソンにふさわしい人材

には職種にこだわることなく,活動計画の実現に向けた協力を依頼するという副院長の活動を表す.副院長は,無菌室の設置に当り,使用頻度の高い血液内科の医師に,全科の患者の利益を考慮した無菌室の運用方針についての起案を委員会に提出するように依頼していた.(8)【関係する職員の希望や提案を取り入れた具

体案の作成】このカテゴリは,職員から寄せられた希望や提案

を具体案に取り入れるという副院長の活動を表す.副院長は,インターネットを活用した福利更生施設の予約方法や職員からの新しいアイデアの採用な

ど,計画の実施に向けた職員からの希望や提案を取り入れ,計画が円滑に実施できるよう準備を整えていた.(9)【病院組織全体の合意に基づくシステムや

ルールの作成】このカテゴリは,関係する他部門との調整によっ

て,関係者間の合意を図りつつ目標の実現に向けて新しいシステムやルールを創っていくという副院長の活動を表す.副院長は,一定の基準を満たした職員に対し病院長が認定書を発行する院内制度の創設,新規の会議の立ち上げ,組織の改正などを実施し,他部門との調整を行いつつ病院内のシステムやルールの改変を実施していた.(10)【政策立案に向けた義務以外の会議への参加】このカテゴリは,自らの活動の参考にするため,

出席が義務付けられていない会議であっても積極的に出席し,活動計画に関連する情報収集を行うという副院長の活動を表す.副院長は,出席が義務付けられていない会議に自主的に出席し,看護職員の勤務状況の周知が必要と思えば積極的に発言し,会議内容から新病院の運営方法や病床数に関する情報収集を行っていた.(11)【状況に応じた主張と交渉による次善策の承

認の獲得】このカテゴリは,提案した活動案が意思決定会議

の場で承認されなかった時,交渉を行うことによって,次善策の承認を獲得するという副院長の活動を表す.副院長は,看護師が看護業務に専念できるよう,病棟クラークの導入を意思決定会議で提案したが,クラーク導入の条件としてベッド稼働率の目標値が提示された.目標値にわずかに到達できず提案の断念を余儀なくされた時,看護部門の努力を主張し 20 時まで勤務できる看護助手の導入について交渉し承認を獲得していた.3)病院の政策決定段階における活動内容病院の政策決定段階の活動内容は,21 コードから

なる5カテゴリが形成された.以下カテゴリは【 】で表記し,その主な内容を記述する.(1)【客観的データの提示による意思決定会議メ

ンバーの政策への理解の促進】このカテゴリは,様々な客観的なデータを活用し

て,意思決定会議メンバーから活動方針に関する理解と承認を得るという副院長の活動を表す.副院長

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は,看護業務のタイムスタディの結果,患者の重症度,看護師の離職率,他の病院とのデータの比較結果なども含め,客観的なデータを活用することによって,新病院の病床数と看護師配置に関する提案について理解を得ていた.(2)【意思決定会議における政策の必要性の提示】このカテゴリは,提案した活動案の内容を詳しく

説明したり,繰り返し必要性の理解を求めることによって,活動案の承認を獲得する副院長の活動を表す.副院長は,看護職員の確保に向けて,育児休暇中の人数,年間の退職予定者数,病気休業者数等の合計数をもとに現時点で人員が不足していることを数字で提示し,質の高い医療を提供するために看護職の人員を確保する必要性を繰り返し説明し,要望書も書いていた.(3)【政策決定に向けた重要関係者への協力要請】このカテゴリは,最高責任者に活動方針の説明を

行う際には,重要な職位にある関係者に協力を要請するという副院長の活動を表す.副院長は,意思決定会議における活動案の承認を容易にするために,学長に活動方針の説明を行う際,事務部長と病院長に対して同行するように協力を要請していた.(4)【組織の最高責任者への直接説明による政策

への理解の獲得】このカテゴリは,組織の最高責任者に直接説明す

ることによって,活動案の決定を獲得するという副院長の活動を表す.副院長は,組織の最高責任者である病院長に,看護職員の確保のために資金を投入することや,プロジェクトチームを結成して採用活動を展開する必要性を直接説明することによって理解を得ていた.(5)【意思決定会議における承認の獲得】このカテゴリは,意思決定会議においてこれまで

の活動の成果を提示することによって,提案した活動計画の承認を獲得するという副院長の活動を表す.副院長は,ベッド稼働率の目標値を達成することによって当初の活動計画を実現するための資源を確保したり,診療報酬の改定に見合った看護師の人員確保により病院の増収に貢献するなど,経営的な視点に基づく成果を明確に示すことによって活動計画の承認を獲得していた.

Ⅵ.考察

組織横断的な地位を獲得して活動している副院長は,組織の中で生じる様々な課題を解決しようと活動していた.その副院長の活動内容から,看護職者の意思決定を促進するために必要な要素について考察する.以下,カテゴリは【 】,要素は『 』で表記する.

1.病院の政策立案段階における要素【職員の意向確認のための客観的データ収集】【政

策実現に向けた数値目標や期限の明確化】【政策実施に向けた期限や準備期間の設定と確保】の 3 カテゴリは,活動計画を立案するための現状分析と計画の根拠を示す客観的なデータをもとに,数値目標や達成までの期限を設定することを意味している.現状の把握をもとに設定された課題の目標を数値化することにより,何をどの程度達成できればよいのかという業務内容が可視化され,達成すべき期限が明らかになる.その結果,職員は各自の役割や行動目標を設定することが容易になり,提示された活動計画の実現に向けた行動が可能になると考えられる.これらの活動内容から『データに基づいた目標と期限の設定』という要素が考えられた.【政策の目的に応じた具体的方策の考案】【関係す

る職員の希望や提案を取り入れた具体案の作成】の2カテゴリは,活動計画の実現に向け,関係する職員の提案を目的に応じて具体策に取り入れることを意味している.組織の課題を解決するために職員の希望を取り入れた具体策を考案したり,関係する職員が積極的に活動できるように調整することは,職員のモチベーションや集団としての凝集性(上泉ら ,2006)を高めることになり,活動計画を円滑に展開することに繋がると考えられる.これらの活動内容から『職員の提案を取り入れた具体策の立案』という要素が考えられた.【プロジェクトチームの結成や協議を通した関係

する職員全体の合意形成】【病院組織全体の合意に基づくシステムやルールの作成】の2カテゴリは,プロジェクトチームを結成したり,ルールを作成するプロセスを重視し,できるだけ多くの職員が合意のうえで活動方針の実現に向けて参画できるように調整することを意味している.従来の長い慣習のう

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えに存続する組織の変革には抑制力が働くため,変革することを職員が否定的に受け止めて組織の機能が停滞しないように,また,変革することによって職員が消耗しないように,関係する職員間の調整をすることが求められる.そのうえで合意を形成していくことは,変化に対する抵抗力を推進力に変え,組織がもつ力を最大化,適正化(井部 , 中西 ,2004)していく活動であると考えられる.これらの活動内容から『合意形成のための十分な調整』という要素が考えられた.【政策実施に向けた関係職員に対する直接 ・ 個別

の説明及び提言・指示】【政策実施のキーパーソンに対する起案作成依頼】の2カテゴリは,目標達成に向けてキーパーソンとなる人材に,直接協力を依頼することによって,活動計画の実現可能性をより高めていることを表しており,キーパーソンとなる人材の抜擢と適切な登用が重要であると考えられる.これらの活動内容から『適切な方法による適切な人材への協力要請』という要素が考えられた.【状況に応じた主張と交渉による次善策の承認の

獲得】は,意思決定会議において実現したい活動内容の承認が困難な場合に,代替案の提示とその承認に向けた交渉をすることによって,最善ではないが次善の策を獲得することを意味している.活動案は,病院のサービス提供水準を高めることに直結するという確信のもと,意思の疎通を図るためのコミュニケーション能力(真山 ,2001)を最大限に活用した交渉力が必要であると考えられる.この活動内容からは『明確な主張と次善策の承認に向けた交渉』という要素が考えられた.【政策立案に向けた義務以外の会議への参加】は,

正式な参加メンバーとなっていない会議にも必要と判断すれば積極的に参加して情報収集をし,自らの活動課題として検討している案件が当該会議で審議されている場合には,その案件について積極的に発言することを表している.課題を解決するためには,活用可能な資源や情報を積極的に活用していこうという姿勢が表れていると考えられる.この活動内容から『関連する情報の積極的な探索』という要素が考えられた.

2.病院の政策決定段階における要素【客観的データの提示による意思決定会議メン

バーの政策への理解の促進】【意思決定会議における政策の必要性の提示】【意思決定会議における承認の獲得】の3カテゴリは,データを示すことにより活動方針に対する意思決定会議メンバーの理解を容易にし,説得の過程を経ることによって,最終的に副院長が提案した活動案の承認を獲得することを意味している.説得力をもつ客観的データを効果的に提示しながら活動案の有用性について繰り返し説明し,粘り強く理解を求めていくことが重要と考えられる.これらの活動内容から『政策の有用性の説明による会議メンバーへの説得』という要素が考えられた.【組織の最高責任者への直接説明による政策への

理解の獲得】【政策決定に向けた重要関係者への協力要請】の2カテゴリは,組織の最高責任者である病院長や学長から直接計画の承認を獲得したい場合は,重要関係者に同席することを依頼するなど,適切な人的資源を活用することを意味している.これらの活動は,副院長が意思決定会議の正式なメンバーであることや,副院長という組織横断的な職位に付与されたポジションパワー(勝原,2000)を行使できる立場にあることの優位性を示している.中山(1998)は,政策決定のプロセスにどのように参与できるかは,看護職が置かれた立場によって制約されると述べているように,副院長というポジションを得ていることが重要関係者を動かし,最高責任者の理解をより促進したのではないかと考えられる.したがって,看護職者には組織におけるポジションを他職種に譲ることなく,パワーを正当に行使できるチャンスを着実に獲得していくことが求められる.これらの活動内容から『巻き込むべき人的資源の見極め』,『役割や地位の獲得』という要素が考えられた.

3.看護職者が組織の意思決定に参画するということ

政策という用語は国,自治体,地域,病院など様々なレベルで用いられるが,本研究のように広義に解釈すれば,政策とは,ある目標に向かうための行動の計画であり,方向性を示すもの(中山 ,1998)といえる.看護職者は様々な看護を提供する場において,その場に応じた活動方針や行動計画を決定していかなければならない.看護職者がその組織の構成

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メンバーとして,活動方針や活動の方向性を選択するための意思決定に参画すれば,看護の視点に重きを置いたシステムを組織の中に創ることが可能となる.

クライエントに質の高い看護を提供するために,看護職者一人ひとりが政策立案段階,政策決定段階それぞれの意思決定に必要な要素を活用しつつ,所属する組織の活動方針や行動計画の決定に参画し,組織を有効に機能させることが求められる.

4.研究の限界と今後の課題本研究で採用した政策形成過程は,課題設定,政

策立案,政策決定の 3 段階を包含しているものの,これらのプロセスは明確に区分できない場合もあり,政策形成のプロセスが必ずしも直線的に進行するものではないという指摘(宮川 ,2002)がある.本研究においても明確に区分することが困難な活動内容もあった.今後は,このような指摘を踏まえ,政策形成過程だけではなく,政策評価も含めた分析方法についての検討を深めていくと共に,看護職者に求められる意思決定の要素を更に検討していく必要がある.

Ⅶ.結論

1.政策立案過程における看護職副院長の活動内容では,【職員の意向確認のための客観的データ収集】,【政策実現に向けた数値目標や期限の明確化】など 11 カテゴリが形成された.

2.政策決定過程では,【客観的データの提示による意思決定会議メンバーの政策への理解の促進】,

【意思決定会議における政策の必要性の提示】など5カテゴリが形成された.  

3.活動内容を考察した結果,看護職者が意思決定に参画する際に必要な要素は,政策立案段階では

『データに基づいた目標と期限の設定』『職員の提案を取り入れた具体策の立案』『合意形成のための十分な調整』『適切な方法による適切な人材への協力要請』『明確な主張と次善策の承認に向けた交渉』『関連する情報の積極的な探索』,政策決定段階では,『政

策の有用性の説明による会議メンバーへの説得』『巻き込むべき人的資源の見極め』『役割や地位の獲得』が導出された.

謝辞:本研究にご協力いただきました看護職副院長の

皆様に深く感謝いたします.

本研究は平成 18 年度,群馬県立県民健康科学大学共同

研究費により実施した.

また,平成 20 年度第 12 回日本看護管理学会にて研究

成果の一部を発表した.

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