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テレビCM研究 Vol.2 No.1 テレビCM研究プロジェクト・関西アニメーション史研究プロジェクト 2008年度合同研究会報告集 京都精華大学表現研究機構

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テレビCM研究

Vol.2 No.1

テレビCM研究プロジェクト・関西アニメーション史研究プロジェクト

2008年度合同研究会報告集

京都精華大学表現研究機構

テレビCM研究・関西アニメーション史研究の目指すもの

京都精華大学・表現研究機構代表 中尾ハジメ

資本という強力な燃料で駆動されるメディア上の広告や娯楽に食いものにされる

大衆に、コマーシャルこそ抵抗力を与える教材だと考えたマクルーハンが、面白お

かしい『機械の花嫁』を著したのは1951年だった。6年後の1957年、大宅壮一は、

テレビによって日本人は「一億総白痴化」すると警鐘を鳴らす。

そのわずか数年の間に、日本でも、テレビは爆発的に普及しはじめていた。先行

するあらゆるメディアを巻きこみ、呑みこみながら、マクルーハン流にいえば「大

衆一人ひとりの脳をスクリーン」とするテレビは、まさしく第一の総合的な大衆文

化を形成しようとしていた。

あれから半世紀、私たちはテレビを見つづけ、生まれたときからテレビに曝され

つづけた世代が人口の過半を占めるようになった。なるほど生まれたときからであ

れば、コマーシャルへの免疫力がそれなりについていても不思議ではないが、コマ

ーシャルへの燃料投入のほうは抑えられることなく、極度に増大しつづけてきたの

だ。「消費文化」は拡大をつづけ、生産労働を軸とする文化などもはや老人の夢物語

にすぎないのかもしれない。いずれにしても、技術的発展をつづけるテレビは、否

定できない大衆文化の主力媒体としてなお成長し、日本の政治文化風土そのものを

も変貌させた。

電通によれば電波料と制作費を含む民放のテレビ広告費は、広告マーケットをイ

ンターネットに食われはじめたとはいえ、2000年以降約2兆円の規模を維持し、こ

のうち約1割がCM制作費と推定される。日本のテレビ文化を支えているのは、こ

の「広告費」でありコマーシャルなのだ。あたりまえのことだが、この莫大な資金

は、ただ製品購買を増加させるという効果に直結してきたわけではない。なにより

もテレビというメディアそのものを増殖成長させたのである。その意味ではマクル

ーハンの楽観的な予測が的中したかのように、TV番組自体あるいはTVCM自体の

享受、批評、評価という大衆の文化的活動が拡張されてきた。日本特有のコマーシ

ャル文化というアリーナが形成され、優れたCMクリエーターも輩出されてきた。

しかし振りかえってみれば、テレビ番組への参加的な批評を楽しんできた私たち

は、その批評家的自己像を批判的に超えて、この特異な社会文化形成の過程そのも

のを客観的な知的探究の対象としてはこなかった。テレビというメディアのもたら

した私たち自身の文化変容の速度に、自己内省が追いつかなかったという、その意

味では「一億総白痴化」の悲観的な予言通りに、私たちは思考を放棄する存在にな

っていたのである。

学術研究における思考放棄はとりわけ深刻である。これほどスリリングな社会変

容の現実のただなかに身をおきながら、人文学研究者も社会学研究者も、それを見

極めようとすることはまれであった。コマーシャルは低俗という、研究者階級の後

ろ向きの偏見があったことは否めないだろう。文字どおり試行錯誤と猛烈な働きぶ

りでテレビ・コマーシャルをつくりだした黎明期については、記録も記憶も失われ

つつある。

「クール・ジャパン」文化産業の代表格に祭りあげられるアニメについても、似た

ような事情がある。低迷しかけた経済競争力の回復への特効薬が、アニメを中心と

する「コンテンツ」ビジネスだと考える人もいる。日本のテレビ文化には他のどこ

にも見ることのできない体液が流れており、そのなかで産みだされたテレビ・アニ

メへの共感的な評価が、海を越えた文化マーケットで広がった――という限りでは、

これも早とちりではないかもしれない。が、その産業史はこれまで研究されること

がほとんどなかった。

40年まえアニメーターであれば平均的サラリーマンの倍以上の収入を稼ぐことが

できた。しかし今日、ほとんどのアニメーターが200万円程度の年収しか手にする

ことができない構造は、変えようのないものに映る。CGが使われるようになろう

と労働集約的でないアニメーションの制作現場を想像することはむずかしく、その

雑多で活力あふれたテレビ・アニメ制作の、それこそ自由な労働市場の生成があっ

たからこそ、魅力的なアニメやキャラクターの収穫が可能だった。これがビジネ

ス・モデル以前、マネジメント以前の条件だったのだが、もはや忘れさられようと

している。1960年代前半まで活気を呈していたといわれる関西のアニメーション業

界についても、その包括的な記録資料はやはりまだ作られてはいない。自省思考を

欠いた文化であれば、「クール・ジャパン」も、グローバル市場の激烈な奔流にただ

ただ呑みこまれ、藻屑となるだけであってもしかたがないだろう。

ここに収録されるのは、「テレビCM研究プロジェクト」と「関西アニメーション

史研究プロジェクト」が合同で開催した研究報告の記録である。なによりも記録資

料づくりをメディア時代の大衆文化研究の基盤とし、この激変の時代に生きる私た

ち自身の姿をしっかりと浮き彫りにしていこうとする、京都精華大学の研究プロジ

ェクトが、多くの研究者の関心を集め、さらに深い課題探求への刺激となることを

期待してやまない。

4

目次

テレビCM研究・関西アニメーション史研究の目指すもの―中尾ハジメ・・・・・・・・・・2

第5回合同研究会

〈研究報告1〉ピヤ・ポンサピタックサンティテレビ広告におけるジェンダーと労働役割 ――日本とタイの比較から―― ・・・8

ディスカッション・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・20〈研究報告2〉小川博司1950年代のテレビCMにおける音楽・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・26

ディスカッション・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・47

第6回合同研究会

〈研究報告1〉井上雅人洋裁文化からみたテレビCM・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・56

ディスカッション・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・84〈研究報告2〉梁 仁實テレビCMデータベースにみる「外国(人)」のイメージ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・89

ディスカッション・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・112

5

2008年度 テレビCM研究プロジェクト・関西アニメーション史研究プロジェクト

■研究員 ※肩書きは2008年度現在

赤間 亮 (立命館大学先端総合学術研究科教授)石田佐恵子(大阪市立大学大学院文学研究科教授)井上雅人 (京都精華大学人文学部准教授)大橋雅央 (同志社大学大学院総合政策科学研究科博士課程)小川博司 (関西大学社会学部教授)高野光平 (茨城大学人文学部専任講師)津堅信之 (京都精華大学マンガ学部特任講師)辻大介 (大阪大学大学院人間科学研究科准教授)難波功士 (関西学院大学社会学部教授)ピヤ・ポンサピタックサンティ (京都大学大学院文学研究科博士課程)前田庸生 (京都精華大学マンガ学部教授)村瀬敬子 (仏教大学社会学部専任講師)山田奨治 (国際日本文化研究センター准教授)梁仁實 (大阪市立大学都市文化研究センター研究員)雪村まゆみ(関西学院大学大学院社会学研究科博士課程)

■オブザーバー牧野圭一 (京都精華大学国際マンガ研究センター所長)赤枝尚樹 (大阪大学大学院人間科学研究科博士課程)大浦冬樹 (関西学院大学大学院社会学研究科博士課程)張  岩 (大阪大学大学院人間科学研究科博士課程)松田いりあ(大阪市立大学都市文化研究センター研究員)

桐山吉生 (京都精華大学表現研究機構)井上 康 (京都精華大学表現研究機構)新野 研 (京都精華大学表現研究機構)

テレビCM研究プロジェクト・関西アニメーション史研究プロジェクト

第5回 合同研究会

2008年7月20日  京都国際マンガミュージアム 研究室

研究報告1 ピヤ・ポンサピタックサンティ

テレビ広告におけるジェンダーと労働役割

―日本とタイの比較から―

研究報告2 小川博司

1950年代のテレビCMにおける音楽

辻 大介 司 会

8 テレビCM研究・関西アニメーション史研究

本報告は、『ソシオロジ』第161号(71~86頁)に掲載された私の論文の概要(「テレビ

広告におけるジェンダーと労働役割-日本とタイの比較から-」)である。

本研究の目的は、日本とタイのテレビ広告におけるジェンダーと労働役割の現れ方の類似

点あるいは相違点を社会学的に考察することである。そのうえで、これまでのテレビ広告にお

けるジェンダー役割に関する研究に再検討を加え、新たな知見を加えたいと考えている。また、

本研究は、両国の広告におけるジェンダー・イメージを通じて「ジェンダー構造が広告に直接

反映されている」という従来の観点を超えるべく、比較考察しようとするものである。

日本とタイは、自由主義をかかげる東南アジア諸国のなかで、女性の労働力率および女性

の社会的地位という点で、相違点が大きい2つの国である。具体的には、タイは、他のアジア

諸国のなかでも女性の労働力率が非常に高く、女性の経済生活活動への参加の機会も大きい。

また、日本の女性の労働力率は、いまなおM字を描いているが、タイは、多くの欧米社会と同

様に、逆U字型になっているのである(図1)。

100

パーセンテージ

年齢

80

60

40

20015- 19

20- 24

25- 29

30- 34

35- 39

40- 44

45- 49

50- 54

55- 59

60- 64

タイ 日本

図1 日本とタイにおける女性の年齢別労働力率

研究報告1

テレビ広告におけるジェンダーと労働役割―日本とタイの比較から―

ピヤ・ポンサピタックサンティ Piya Pongsapitaksanti

▼レジュメ▼

辻 今日はまずピヤさんからご報告いただいて、そのあと小川さんからご報告いただくという

順番で進めていこうと思います。お1人40~50分ご報告いただいて、そのあと、30~40分

ディスカッションに充てたいと思います。それでは早速ピヤさん、ご報告お願いできますでし

ょうか。

▼イントロダクション▼

出典:Wongboonsin(2002)、国立社会保障人口問題研究編(2002)

研究報告1:ピヤ・ポンサピタックサンティ研究員/テレビ広告におけるジェンダーと労働役割 ―日本とタイの比較から― 9

そして、2003~2006年の日本とタイのテレビ広告1,737本の内容分析をした結果から、

両国の仕事に従事している男性の割合を、広告における働く男性の出演率の結果と比較すれば、

この数字は、現実をほぼ反映した割合となっているとも考えられる(表1)。つまり、2005年

のタイの男性労働力率(81.5%)は日本(73.3%)より高く、タイのテレビ広告に登場する

働く男性の出演率(34.7%)は日本(24.3%)より有意的に高いのである。日本においてタ

イよりも男性労働力率が低いことの背景として、若年層の中等・高等教育の普及、高齢者の定

年制の浸透、平均寿命の高さなどの要因が考えられる。したがって、日本のテレビ広告におい

ても、タイに比べ男性の働く姿が相対的に低いのは、この傾向を反映しているからだと考えら

れる。

しかし、興味深いのは、両国のテレビ広告における女性の労働役割については、ほとんど

有意な違いがないということである。というのも、すでに述べてきたように、日本とタイにお

ける現実の女性の労働の形態は大きく異なっているからである。にもかかわらず、広告におけ

る両国の働く女性の役割についてはほとんど違いがないのである。いいかえれば、日本とタイ

の広告における働く女性の姿は、現実社会で働く女性の数を反映していないといえるだろう。

実際、2005年のタイの女性労働力率は約66.3%であったが、タイの広告における働く女性の

出演率は15.7%でしかない。他方、日本では2005年に実際に働く女性の労働力率は48.4%

であったが、広告における働く女性の出演率は、タイよりもやや多い17.9%である(表1~

3)。

さらに、他の諸国の広告における女性役割の割合と比べて、日本とタイの広告に登場する

働く女性の割合はきわめて低い。しかも、両国のテレビ広告のなかで女性が現れる姿は、経済

的文化的背景が違うにもかかわらず、ほぼ同様であり、日本もタイも女性の役割の理想として

専業主婦志向が高いのである。つまり、両国のテレビ広告における「女性像」は「専業主婦」

であると考えられる。

働く 93 (24.3) 125 (34.7) 71 (17.9) 62 (15.7) 働かない 290 (75.7) 235 (65.3) 325 (82.1) 332 (84.3) 合計 383 (100) 360 (100) 396 (100) 394 (100)

表 1: 日本とタイのテレビ広告におけるジェンダーと労働役割

テレビ広告に登場する男性 テレビ広告に登場する女性

日本のテレビ広告 タイのテレビ広告 日本のテレビ広告 タイのテレビ広告

P < .05, (χ2)男性= 9.757, df = 1(有意差がある);P > .05, (χ2)女性= .679, df = 1(有意差がない)。

n (%) n (%) n (%) n (%)

10 テレビCM研究・関西アニメーション史研究

ただし、受け取り方が異なっている点はきわめて興味深い。日本の場合、女性の労働参加

が増加しつつあるにもかかわらず、広告では「専業主婦」として、過去のイメージの「日本の

伝統的家族」という神話が未だ描き続けられている。一方、タイでは、農業や雑業で働いてい

るタイの女性たちは、マーケティングや広告の概念によって、テレビ広告のスペースから周縁

化されている。そして、経済的にも情報面でも都市部と農村には大きな溝があるにもかかわら

ず、広告では、現代タイの都市中間層の女性たちが憧れている「専業主婦」のイメージが主に

生成されているのであると考えられる。

本研究の結果は、テレビ広告におけるジェンダー・イメージをめぐって、「ジェンダー構造

が広告に直接反映している」という従来の先行研究の視点を超えて、広告に描かれるジェンダ

ー・イメージが、当該の社会におけるジェンダー役割をめぐるポリティクスや社会的変容の方

向に基づくものであることを、ある程度、明らかにできたと考える。

また、グローバル化の進行により、アジアの共働き社会が「専業主婦化」される傾向に

ある状況のもとで、他のアジア諸国のテレビ広告では、登場する女性の「専業主婦化」が発生

表 3: 日本とタイのテレビ広告におけるジェンダーと職業に従事する以外の役割

テレビ広告に登場する男性 テレビ広告に登場する女性

日本のテレビ広告 タイのテレビ広告 日本のテレビ広告 タイのテレビ広告

P < .05, (χ2)男性= 7.274, df = 2(有意差がある);P > .05, (χ2)女性=3.322, df = 2(有意差がない)。

n (%) n (%) n (%) n (%)

家族の役割 79 (27.2%) 68 (28.9%) 131 (40.3%) 139 (41.9) レクリエーション 151 (52.1) 139 (59.1) 140 (43.1%) 155 (46.5) 装飾的 60 (20.7) 28 (11.9%) 54 (16.6%) 39 (11.7) 合計 290 (100) 235 (100) 325 (100) 332 (100)

表 2: 日本とタイのテレビ広告におけるジェンダーと職種

テレビ広告に登場する男性 テレビ広告に登場する女性

日本のテレビ広告 タイのテレビ広告 日本のテレビ広告 タイのテレビ広告

P > .05, (χ2)男性= .805, df = 2(有意差がない);P > .05, (χ2)女性= .710, df = 2(有意差がない)。

n (%) n (%) n (%) n (%)

上級・中級管理職と専門家 41 (44.1) 56 (44.8) 26 (36.6) 27 (43.5) 事務と販売 23 (24.7) 25 (20.0) 16 (22.5) 13 (21.0) その他 29 (31.2) 44 (35.2) 29 (40.8) 22 (35.5) 合計 93 (100) 125 (100) 71 (100) 62 (100)

研究報告1:ピヤ・ポンサピタックサンティ研究員/テレビ広告におけるジェンダーと労働役割 ―日本とタイの比較から― 11

しているかどうかを検証することも今後の重要な課題であろう。

参考文献

橋本泰子、2003、「共働き社会における女性の 専業主婦化 をめぐって―タイ都市中間層を事例に―」

『四国学院論集』第111・112号、53~78頁。

伊藤公雄・國信潤子・樹村みのり、2002、『女性学・男性学――ジェンダー論入門』、有斐閣。

延島明恵、1998、「日本のテレビ広告におけるジェンダー描写」『広告科学』第36集、1~14頁。

落合恵美子、1989『近代家族とフェミニズム』勁草書房。

ポンサピタックサンティ・ピヤ、2008、「テレビ広告におけるジェンダーと労働役割―日本とタイの比較から―」

『ソシオロジ』第161、71~86頁。

Wolin, Lori D., 2003, “Gender Issues in Advertising – An Oversight Synthesis of Research: 1970-2002,” Journal of

Advertising Research 42, March: 11-29.

▼研究報告▼

初めまして、ピヤ・ポンサピタックサンティと申します。今日の発表のテーマは、「テレビ

広告におけるジェンダーと労働役割―日本とタイの比較から―」です。たくさんではあ

りませんがテレビCMデータベースを使いながら、自分の論文の紹介をしますのでよろしく

お願いします。

〈今回の報告について〉

みなさんにお配りしたように、今日の発表のテーマは今年2月に発行された社会学研究会機

関誌『ソシオロジ』(第52巻3号 通巻第161号 2008年2月)で発表した論文です。自己

紹介しますと、僕はタイのThammasat大学のジャーナリズム&マス・コミコミュニケーショ

ン学部を卒業、専門は広告でした。広告代理店に勤務し、その後2005年3月に大阪大学大学

院人間科学研究科修士課程を修了して、現在は京都大学大学院文学研究科社会学専攻に在籍し

ています。今年12月に博士論文を提出する予定で、その博士論文のテーマは「広告における

文化価値観―日本とタイのテレビ広告における比較から」です。文化価値観のなかの3つの

視点を分析していて、1点目が外国イメージです。2点目はジェンダー役割、3点目が広告に

おける社会・文化的差異です。

つまり、僕の博士論文は、まず、広告に現われる外国イメージ、2点目は今日発表すること

で、ジェンダーの役割とその変容。3点目が広告の客観的形式における社会と文化的差異で

す。

12 テレビCM研究・関西アニメーション史研究

お手許にある論文の目的は、日本とタイのテレビ広告におけるジェンダーと労働役割の現

われ方の類似点、あるいは相違点を考察することです。また、これまでのテレビ広告における

ジェンダーの役割に関する研究を再検討することです。

まず、世界のいろんな国のテレビ広告におけるジェンダーの役割に関する先行研究につい

て言えば、それらは基本的に男性と女性の間にどのような差異が存在するのかを明らかにして

いるもので、伝統的な役割観に基づくものです。例えば、広告のなかに現われるナレーターは

女性より男性の方が多いということが1点目です。また、登場する女性の年齢層は現実よりも

若いことが多いです。次3点目は、女性は主婦や母親など家庭内の仕事を与えられていること

が多いのに対して、男性の場合は労働者とか働いている姿で登場することが多いということが

指摘されています。もちろん女性は男性に比べて家庭内で登場することが多く、男性は働いて

いる現場で登場することが多いとされてきました。

今までのテレビ広告のなかのジェンダーの問題点はいくつか見られます。その指摘の特徴

的な点を示せば、1点目は、アメリカを中心にして西欧の社会のテレビ広告におけるジェンダ

ーを研究したものが多いのですが、アジアの諸国を対象にしたものは未だ多くはないというこ

とです。2点目は、社会のジェンダー構造がテレビ広告に直接的に反映されるという観点で捉

えているものが目立つということです。今回の僕の論文で、現実のジェンダー構造の反映とい

う単純な見方を越える必要が認められる、ということが明らかになったのではないかと思って

います。

今回の論文は日本とタイのデータを取って、ジェンダー構造がテレビCMに直接反映され

るという観点を越えるべく比較考察しようとするものです。

次に、なぜ僕が日本とタイを選んだかという理由を説明したいと思います。日本とタイは、

女性の労働力率および女性の社会的地位という点に相違点が大きい2つの国だからです。タイ

社会は他のアジアの国よりも女性の労働力率が非常に高いのです。女性が経済生活活動に参加

する機会も多いです。(図1を示しながら)日本の女性の労働力率はM字形になっています。

タイの女性の労働力率は欧米社会と同じように逆U字形になっています。つまり、結婚して

子どもを産んでも仕事を辞めないのが、タイの女性の働き方です。2005年のデータを見ると、

日本の女性の労働力率は48%ぐらいです。タイの2005年の女性労働力率は66%で、アジア

の中ではかなり高いと考えられています。こういう現実から、女性労働力率は広告にどのよう

に反映しているかという分析をしたいと思います。

また、日本のテレビ広告とジェンダーについて他の国々と比較研究したものはいろいろと

ありますが、そのなかで日本とタイとの比較研究は今まで存在しないと言えるのではないかと

思います。それゆえ、今回の研究はこれまでにない新しい発見をもたらすことができているの

ではないかと考えています。

研究報告1:ピヤ・ポンサピタックサンティ研究員/テレビ広告におけるジェンダーと労働役割 ―日本とタイの比較から― 13

〈調査の方法〉

次に、調査の方法ですが、1点目がテレビ広告の内容分析です。自分で2003~2006年の

データを取りました。データを取ったのは、大阪の4、8、10チャンネル、タイのバンコクの

3、5、7のチャンネルで、それぞれの国の同じ日にデータを取り、そのあとSPSSで分析しま

した。具体的にどの日に取ったかは、ここにも書いてあるとおり、2003年の8~9月、2004

年の5~7月、2005年の10~12月、2006年の1~4月までで、全1,737本のデータを集め、

SPSSで分析しました。2つのブロックに分けられるんですけれども、1点目が商品で、高関与、

中関与、低関与、こういう感じで分析しました。また、2点目はジェンダーの役割について、

1点がナレーターの声が男性か女性か、あるいは両方か。3点目は主人公の人種で、ネイティ

ブ、白人、その他の人種です。このあたりが一番重要なので、主人公の性別、ジェンダーを分

析しました。男性だったら働いているか働いていないかを分析し、働いていたらどういうふう

に働いているか、3つのグループに分けています。働いていない人は家族といっしょにいるか

遊んでいるか、あるいは飾りの役割になっているかという3つのグループに分けています。ま

た主人公の年齢は、0~18歳、18~35歳、35~50歳、50歳以上に分けています。

また、このデータが正確かどうかという問題点があると思うので、この問題を解決するた

めに、視聴者による信頼性の検証を分析しました。2006年8~12月に、20~50代までの男

性と女性にインタビューを行ないました。日本人の場合は20人、タイ人の場合も20人にイ

ンタビューしました。2003~2006年の1,737本のデータの10%から選びました。それらの

信頼性の結果は80%以上であるということなので、このデータは正確ではないかと思います。

〈タイのテレビCM〉

次に分析結果を示す前に、わかりやすくするために、何本かタイのテレビ広告を見ていた

だきたいと思います。

〈タイのテレビCMその1〉

(Wrangler・ジーンズ:現地人の若い妻が夫のジーンズを洗って浮気をチェックする。音楽+女声の歌、ナ

レーションなし)

ラングラーというジーンズのCMです。2001年のデータです。

たまたまデータが手に入ったこちらは、1979年のタイのテレビ広告です。今日の発表がジ

ェンダー中心なので、お母さんと子どもの姿のCMをお見せしたいと思います。

〈タイのテレビCMその2〉

(Johnson& Johnson・ベビーパウダー:現地人の、母、少女、赤ちゃんが登場。音楽+女声の歌、男声ナ

レーション)

ジョンソン&ジョンソンという子どものベビーパウダーのCMでした。次は……。

〈タイのテレビCMその3〉

(Arrow:働いている白人男性が登場。音楽、男声ナレーション)

14 テレビCM研究・関西アニメーション史研究

タイの79年のCMです。タイ人ではなく、白人の男性を使っています。しかも、女性では

なくて、男性が働いている姿でした。さっき見たジョンソン&ジョンソンのベビーパウダーの

CMは白人女性ではなくて、タイの女性を使い、お母さんと子どもということがよく表れてい

ました。

もう1本、お母さんと息子が、料理を作っているCMです。

〈タイのテレビCMその4〉

(トムヤムクンのインスタントラーメン:現地人の中年の母が息子と料理している。男声ナレーション)

タイのトムヤンクンのインスタントラーメンのCMです。お母さんと息子がいっしょに料

理を作ったりする姿が登場しています。

次は82年のCMを、1~2本見てもらいたいと思います。

〈タイのテレビCMその5〉

(Johnson& Johnson・赤ちゃんグッズのラインナップ:現地人の母と赤ちゃんが登場。音楽+女声の歌、

男声ナレーション)

82年のテレビCMです。次も、お母さんと子どもと……。

〈タイのテレビCMその6〉

(薬:現地人の母と男の子が登場。音楽、男声ナレーション)

子どもの腹痛薬のCMです。

〈タイのテレビCMその7〉

(銀行:現地人の男の子が母の代わりに貯金する。音楽、男声ナレーション)

これは銀行のCMです。貯金しましょうというCMなんです。出てくるのはお母さんと子

どもですね。お母さんが働いたり家事もしないといけないんですけれども、なんとか働いてる

んですね……こうゆう働く姿はよく登場します。

今回のTCJのデータは60年代のデータなので、現在のタイと同じようなことが表れており

ます。

《画像1》日本のテレビCM、1955年

(味の素:母親が台所で料理している)

「(女声ナレーション)今は鰹のおいしい季節です。……鰹の角煮は煮る

ときに味の素を入れますと、いっそうおいしくなります。…(音楽のみ)

…お食事は味の素でおいしくお召し上がりください」

こんな感じです。日本のCMも見せたいものが何本かあ

るので、もしあとで時間があればお見せしたいと思います。

さっき皆さんもご覧になったとおり、タイのCMはお母さんと子どもがよく出てきます。お

母さんは働かないといけないけれども、家事もしないといけないという姿がよく現れています。

画像1

研究報告1:ピヤ・ポンサピタックサンティ研究員/テレビ広告におけるジェンダーと労働役割 ―日本とタイの比較から― 15

〈分析の結果〉

次は「分析結果」です。今回は 1,737本のデータを取りました。日本の場合は 887本、

51%、タイの場合は850本の49%ぐらいです。

まず、商品については、基本的に、低関与の製品が多いです。日本とタイも同じです。1点

目、ジェンダーについての結果は、日本とタイでは、登場する男性と女性の主人公の割合は同

じ程度です。日本の男性と女性の主人公の割合は49%と51%ぐらいで、タイでは47%と

52%ぐらいと、ほぼ同じですね。次に主人公は、日本では18~35歳の主人公が一番多いで

す。でも、タイの場合は日本よりも子どもが多く、14~18歳ぐらいの主人公がよく登場しま

す。反対に日本では、50歳以上の主人公もよく登場しています。また、性別と年齢をみると、

日本とタイの広告ともに、若い女性は、男性よりもしばしば多く登場するようです。また、ナ

レーターは、女性よりも男性の方がよく現われています。国とナレーターの性別の間には有意

な関係が見られ、日本の広告よりもタイの広告の方に男性ナレーターが多いです。次は、主人

公の性別とナレーターについて見てみると、両国のテレビ広告では主人公の性別により、ナレ

ーターの性別が異なることが明らかになりました。つまり、男性ナレーターの場合は男性の主

人公がよく登場し、女性ナレーターの場合は女性の主人公がよく登場しています。

また、この結果、この点が一番重要なところなんですけれども、日本とタイのテレビ広告

に見られる働く女性の割合は有意な関係がないということが明らかになりました。つまり、日

本とタイのテレビ広告で働く女性の割合はほとんど違いがないということがわかってきまし

た。具体的な数値から見てみると、日本の場合は、17.9%であり、タイの場合は15.7%で

す。

商品を分類してみると、高関与、中関与とサービスにおいては、両国において、働く女性

とは有意な関係が見られていません。低関与の商品にのみ有意な関係が見られますが、その関

係は弱いです。また、日本とタイでは、働く女性の年齢層についても有意な関係が見られませ

んでした。お手許のレジュメの表 1にあるように、日本では働く女性が 17.9%、タイは

15.7%です。男性の場合は有意な関係が見られるのですが、女性の場合は見られません。さ

っきも申しましたように、女性の労働力率は、日本よりもタイの方が高いという事実があるの

ですが、テレビ広告のなかではこんな感じになってます。年齢で分けても、日本とタイのテレ

ビ広告における働く女性の年齢に差が見られないのです。この点がこの論文のなかで一番おも

しろいところではないかと思っています。

また、両国のテレビ広告における女性の働く仕事の種類は、差が見られないです。具体的

な例では、仕事を持っていないタイ女性の姿としては、家庭で家事をしたり、子どもの面倒を

みたり、子どもと家族の世話をしたりとかする女性の姿が多く見られます。日本と同じように、

家庭で料理を作ったりお皿を洗ったり子どもを世話したりする女性がよく登場します。家庭外

の場面においては、両国とも、女性の友達と遊んだり旅行したり料理を食べたりする姿がよく

見られます。また、働く女性の姿も、日本もタイも同じようになっていると考えられます。さ

16 テレビCM研究・関西アニメーション史研究

っき説明したように、表2の、日本とタイのテレビ広告における女性、ジェンダーと職種の関

係を見ると、女性の場合は差が見られません。つまり、働く仕事の種類は日本とタイでは有意

な関係が見られないのです。おもしろいのは、女性だけではなく男性の場合も有意な関係は見

られません。また、働くこと以外の役割という点では、女性の場合は有意な関係は見られない

です。表3に書いたのですが、家族の役割は日本の場合は40%ぐらいで、タイの場合41%ぐ

らいです。このように、女性は差が見られないのですが、男性の場合は差が見られます。

ここまで女性のことを説明しましたが、次は男性の登場割合について説明したいと思いま

す。日本とタイの間で有意な関係が見られるのですが、つまり、日本のテレビ広告よりもタイ

の広告の方が、働く男性の姿がよく登場するのです。けれども、登場する男性の職種に関して

はほとんど差が見られません。次は、働くこと以外の役割、つまり遊んだりする姿ですが、男

性と女性の間に違いがあります。当たり前のことですが、日本とタイの両国ともに、広告に登

場する女性は男性よりも家庭の場面に多く登場することが明らかになりました。とくにタイの

広告には、中間層の専業主婦の姿がよく登場します。この主婦のイメージは2つの種類に分け

られるようです。1つは、さっき見せたように、家にいる若いお母さんと赤ちゃん。2点目は、

よい商品を選ぶことができる中年のお母さんと家族で、例えばさっき見たインスタントラーメ

ンのCMなどで、お母さんと子どもがいっしょに料理を作ったりというイメージがよく見ら

れます。

また、主人公の人種と労働力については、先行研究ではあまり見たことがないのですが、

かなりおもしろい結果になっています。まとめますと、主人公が白人の場合は有意な関係が見

られないんです。つまり、日本とタイともに、白人夫婦は男性と女性の差が見られないのです。

けれども、ネイティブの夫婦、日本人あるいはタイ人の夫婦には性別と労働役割の間にははっ

きり関係があります。さっきも説明したように、働く男性は働く女性よりも割合が多いですね。

日本とタイも同じような感じなのです。

〈分析結果に関する考察〉

次は考察、論文で言えば4.1です。今までのテレビ広告のなかのジェンダーと労働役割を較

べてみると、今回の結果では、日本とタイのテレビ広告のなかの働く女性と男性の割合は、欧

米の結果と同じようになっています。1点目は、テレビ広告の主人公の男性と女性の割合はほ

とんどが同じになっています。年齢から見てみると、もちろん当たり前ですが、若い主人公は

女性が多いです。またナレーターは女性より男性の方が多いです。男性の場合は家庭外、つま

り職場に現われる姿が多いですが、女性の場合は家庭内の役割が多いです。

まとめてみると、日本とタイの広告におけるジェンダーの今回の研究結果は、欧米のこれ

までの広告におけるジェンダー研究の成果とほぼ同じと考えられます。論文の4.1のもう1つ

の点として、ジェンダーとエスニシティ、人種のことを考えています。ネイティブの夫婦には、

女性と男性の間の労働役割には有意な関係が見られますが、白人夫婦にはこのような有意な関

研究報告1:ピヤ・ポンサピタックサンティ研究員/テレビ広告におけるジェンダーと労働役割 ―日本とタイの比較から― 17

係が見られないということです。これは、日本とタイにおける広告のなかの西洋社会は、男性

と女性は平等であるはずという視点が反映しているのではないかと考えられます。

次は論文の4.2の点です。男性の場合は、日本よりもタイの広告のなかで働く男性がよく登

場しています。この数字は、現実をほぼ反映していると考えられます。つまり、2005年のタ

イの男性の労働力率から見てみると81.5%で、日本の73.3%より高いですね。タイのテレビ

広告に登場する働く男性の割合は、日本よりも有意的に多いです。ですから、男性の場合は現

実を反映していると考えられます。

興味深いのは、日本とタイのテレビ広告における女性の労働役割について、ほとんど有意

な関係が見られないということです。最初に申しましたように、現実の女性の労働力率は異な

っているのですけれども、テレビ広告における日本とタイの働く女性の割合についてはほとん

ど有意な差が見られないのです。つまり、日本とタイのテレビ広告における働く女性の姿は、

現実の社会で働く女性の数を反映していないと言えるのではないでしょうか。

2005年のデータをみると、タイの女性の労働力率は66.3%ですが、タイのテレビ広告にお

ける働く女性の割合は15.7%にすぎません。一方で、日本の場合は2005年の女性労働力率

は48.4%ですが、テレビ広告における働く女性の割合は、タイよりも少し多い17.9%です。

現実は、タイの女性は日本の女性よりも働いているのですが、テレビ広告の世界のなかでは、

日本とタイの差が見られないということです。

それでは、なぜこういうことが起こっているんでしょうか。論文の「考察」にあたります。

1点目は、テレビ広告における労働する女性の割合は日本とタイともに低いという点です。

なぜ、こういうことが言えるのか、他のアジアの国と較べてみましょう。99年の先行研究に

よると、シンガポールとマレーシアのテレビ広告の分析結果によれば、シンガポールのテレビ

広告における働く女性の割合は26%で、当時の女性の労働力率は51.3%です。またマレーシ

アでは28%と、27.9%ですが、これはイスラムという宗教の影響があると考えられます。ま

た、92年のデータによる中国のテレビ広告を分析した結果、広告における働く女性の割合は

85%です。そして、90年の中国の女性の労働力率は74.5%です。これは古いデータですか

ら、現在では変わっているとも考えられます。次は、アメリカのデータを見てみましょう。ア

メリカは30.5%、当時の女性の労働力率は55.7%です。またロシアでは25.5%と、51.8%

となっています。日本とタイを他の国と較べてみると、広告における働く女性の割合は現実よ

り低いことがわかります。このように、働く女性がテレビCMに登場する割合が現実の労働

力率よりもはるかに低い国は珍しいと言えるのではないかと思います。つまり、日本とタイは

同じように、女性の役割の理想として、専業主婦志向が高いのではないかと考えられます。

次に2点目。両国のテレビ広告に現われている女性像としての専業主婦について。日本とタ

イのテレビ広告における女性の役割として非常に目立つのが、専業主婦像です。つまり、1点

目の分析のように、日本とタイのテレビ広告の世界では、近代家族における1つの重要なこと

として、男性は外で働き、女性が家庭を守るということが、性別分業をイメージしていると考

18 テレビCM研究・関西アニメーション史研究

えられているのではないかと思います。

しかし、なぜこういう女性像が日本とタイのテレビ広告において目立つのでしょうか。日

本の場合、女性の職業志向が高まっていると言われています。現実に働いていないけれども働

きたい、あるいは働き続けたいと思っている女性の割合を表す日本女性の潜在的労働力率は、

すべての年齢にわたって非常に高いです。それにもかかわらず、日本のテレビ広告における働

く女性の割合は低いのです。これは、日本のテレビ広告は日本の女性の職業志向を十分に反映

してないと言えるのではないでしょうか。

また、平成4~16年に、男性あるいは夫は外で働き、妻が家庭を守るべきという考え方に

賛成する男性と女性の割合は減少し、反対と思っている男性と女性の割合は増加していると考

えられます。日本の女性の潜在的労働力率は、どの年齢でも現実より高いです。こういうこと

が現実に表れているのに対して、テレビ広告のなかではこういう傾向が表れていないと考えら

れます。

したがって、専業主婦世帯が日本の伝統的家族であるという神話があると考えられます。

92~93年の日本のテレビ広告のデータを分析したSengupta(1995)というインドの研究者によ

れば、働く女性の割合は、16.5%です。本研究の結果をみると、Sengupta(1995)の報告から

15年間ぐらい経っているにもかかわらず、日本の広告における働く女性の割合は低いままで

す。テレビ広告における女性労働力率と女性の役割として、日本の伝統的な家族における女性

という神話が未だにあるということがわかってくるようです。これまでは日本の結果ですけれ

ども、次はタイのデータを見てみましょう。

タイの場合はやや複雑な背景があると考えられますが、ご存知のようにタイ社会は基本的

には農業経済です。60%以上が農業に関連する活動です。しかし、今回のデータからは農業

の風景はめったに見られないのです。このペーパーのなかには書いていないのですが、全部で

1,737本のなかでは都市部が多く、83%ぐらいです。都市部以外は7.6%だけです。日本のデ

ータでおもしろいのは、アニメとかあるいはタレントさんを使って、背景がないものが多いで

すね、15.9%ぐらいです。

タイの社会は働いている女性が多いのですが、テレビ広告にはあまり現われていません。

つまり、農業で働いているタイの女性たちは、マーケティングや広告の概念によってテレビ広

告のスペースから周辺化されていると考えられます。

次に、タイのバンコクの中間層について見てみると、実際はタイの女性は働いているが、

働きたくないというか、専業主婦にあこがれる、もしくは理想的な生き方だと考えています。

また、男性は外で働き、女性が家庭を守るという考え方については、バンコクの男性・女性と

も同じように賛成する割合が高いです。

まとめとして、日本とタイでは、テレビ広告のなかの女性像としての主人公の受け取り方

が異なっているというのはきわめて興味深いです。日本の場合は、女性の労働参加は増加しつ

つあるにもかかわらず、テレビ広告では専業主婦として過去のイメージの日本の伝統的家族と

研究報告1:ピヤ・ポンサピタックサンティ研究員/テレビ広告におけるジェンダーと労働役割 ―日本とタイの比較から― 19

いう神話が描かれていると考えられます。けれども、タイのテレビ広告には、タイのバンコク

の中間層の女性たちがあこがれている専業主婦のイメージが描かれているのではないかと考え

られます。両国のテレビ広告のなかにおける専業主婦は、日本の場合は伝統的な家族という神

話が入っている、そしてタイの場合は多くの女性が働いているが、中間層の願望としての専業

主婦イメージが反映していると考えられます。

以上によって、ジェンダー構造がテレビ広告に直接反映するという先行研究の結果を越え

て、広告に描かれているジェンダーのイメージが社会におけるジェンダーの役割をめぐるポリ

ティクスや社会的変容の方向に基づくことを、ある程度明らかにできたのではないかと考えて

います。

〈今後の課題〉

専業主婦化が進行しているアジア社会という傾向があるといわれていますが、この点に関

して。他のアジアのテレビ広告と比較してみることに、僕は今関心を持っています。

この論文は以上ですが、これから論文を3本発表する予定があります。『マス・コミュニケ

ーション研究』第73号(テレビ広告における外国イメージ)は今月末発行される予定なので、

よければ読んでみてください。また、8月末に発行予定の『広告科学』に掲載される「テレビ

広告における社会―文化的差異」です。3本目は今回の論文のパート2みたいな感じで、

「テレビ広告におけるジェンダーの役割の変容」です。これは『日本ジェンダー研究』に掲載

される予定です。ご意見など教えていだだければ大変幸いです。

博士論文を提出したあとは、もう2つのテーマに興味がありまして、「テレビ広告における

日本・関西のイメージ」と「アジアのテレビ広告における家族像についての国際比較」です。

以上です。

20 テレビCM研究・関西アニメーション史研究

ディスカッション

辻 どうもありがとうございました。それ

では、早速ディスカッションに移っていき

たいと思います。まず何かご質問がありま

したら、ぜひいただきたいと思います。

ちょっと細かいところで、核心とは関係

ないんですけれどもお聞きしたいのは、視

聴者による信頼性の検証というのが、論文

だと74ページのところにあるんですけれど

も、内容分析でのコーディングの信頼性に

ついてはいくつか尺度があると思うんです。

どのぐらい判定が一致しているかとか。こ

こでおこなわれているような形の信頼性テ

ストは、私自身は知らなかったんですが、

わりと一般的に行なわれてるんですかね。

例えば、「この主人公は何歳ぐらいだと思い

ますか」というふうにインタビューで聞い

て、その一致率の平均が80%以上というこ

とですか。

ピヤ そうですね。もっと書きたいんです

けど、スペースがなかったんで……。さっ

き、先生がおっしゃったとおりです。

高野 お示しになったデータについて質問

が3つあります。1つは女性の職業分類な

んですが、管理職とか販売とかあって、「そ

の他」とありますよね。「その他」の中身っ

てたとえば何ですか? タイの女性の現状に

ついてちょっと想像がつかないので、わか

る範囲で教えてください。まずそれが1つ

めの質問です。

ピヤ さっき見せたような雑業などの屋台

で働いてる女性とかが「その他」になるん

です。労働者があんまり見られてないんで

すけれども。

高野 スーツ着てやるような仕事以外が入

るんですかね。

ピヤ そうですね。73ページの2番目一番

最後に書いてあるんですけれど。「その他」

に労働者、エンターテイナーや歌手などで

す。

高野 わかりました。2つめの質問です。分

析対象になったおおもとのサンプル数につ

いて、番組宣伝を除いて日本 873、タイ

816と書いてあるんですけど、日本の場合、

同一のCMが何度も入ってきませんでした

か? スポット15秒のCMとかだと、同じ

時間帯に何度も出てきそうなので。

ピヤ まったく同じもの……。

高野 同じCMを1日に何十回も出します

よね。

ピヤ ああ。それは、同じデータ……。

高野 同じCMは 1つとしてカウントし

た?

ピヤ ではないです。

高野 20回同じものが出てきたら20回と

数える。

ピヤ そうです。

高野 わかりました。あともう1つ。もし

かしたらピヤさんのほうでもわからないか

もしれませんが、働く女の人の年齢別の折

れ線グラフがありましたよね。ここの0~

18歳のところ、日本は0でしたけど、タイ

は1か2あるように見えたんですよ。これ、

何やってる人かと、ちょっと気になりまし

た。

ディスカッション 21

ピヤ 正直言って、データは全部で1700本

ぐらいあるので、覚えてないんです。

高野 新聞でも売ってるとか?

ピヤ えっとですね、3.2%です。

高野 やっぱりいます? 何やってる人たち

なんでしょうね。ありがとうございます。

以上です。

辻 他にいかがでしょうか。

大橋 うかがってて、ちょっと気になって

きたことがあったんです。CMっていうの

が、タイの国で、商品やサービスの購買動

機にどれだけなっているのかが気になって。

例えば、あるガムでいいんですが、男性は

そのCMを見て買ったっていう人が多いの

に対して、女性はCMからのイメージで買

ったんじゃなくて……というような場合、

男女で異なっています。同じガムを売るに

しても、男性の方がCMからのイメージを

強く受けて、購買動機になって、それで買

うっていうのが多いのであれば、「ビジネス

のストレスを軽減します」っていう売り文

句で、必然的に男性が働いてるCMになる。

購買意欲、購買動機によって、男性が働い

ているCMか、女性が働いているCMかが

変わってくるかなぁと思いますが。

ピヤ 先生がおっしゃったこと、細かいと

こまで僕は分析してなかったんですけれど

も……。

大橋 実際には商品を売らないといけない

ので、働く女性を出すのか、働く男性を出

すのか、どちらがより効果的なのかってい

うことによって多分変わってくるんだと思

います。

ピヤ そうですね。僕が日本とタイの広告

専門家やマーケティングの専門家にインタ

ビューした結果、この論文には書いてない

んですけれども、ほとんどの専門家は、現

実には「働いていない女性」より「働く女

性」の割合が高いと述べています。ですけ

れども、現実と違って、テレビ広告に登場

する女性は、「働いていない女性」の割合の

方が非常に高いのです。ですので、マーケ

ティングと広告専門家が無意識に広告にお

ける性別役割を創造しているといえるでし

ょう。

大橋 そのへんは分析しましたか。

ピヤ 今、博士論文のなかで書いてること

なんですけど、この論文には書いてないん

です。そうですね……。CM制作者は購買

層を意識しないまま、女性だったら働かな

いとか、女性だったら家庭を守る、家事す

る、と勝手に思っているのではないかと、

僕は思っています。

辻 質問以外にコメントでもかまいません

ので、ありましたらどうぞ。

井上 すごく単純な質問で申し訳ないんで

すけれども、コマーシャルに出ている女性

が働いてるか、働いてないかというのは、

どういうふうに見分けているのかなと。

ピヤ えーと、さっき見せたようなジョン

ソン&ジョンソンのCMのように、女性が

子どもを面倒みたりとかなら、これは働い

ていないと判断します。

井上 働いていない?

ピヤ 家庭、家事をするということなんで

すけれども。

高野 ふだんは働いている人が、働いてい

ない場面っていうのもありますよね。

井上 働いているのか、働いていないのか、

わからない人っていうのは……。

僕はあんまりテレビ見ないんでよくわか

らないんですが、例えば、18~35歳の女

性が、例えば、日焼け止めクリームを塗っ

て海に飛び込むシーンがあったとしたら、

それは、働いてる女性なのか、働いていな

い女性なのか。

ピヤ どこで、クリームを塗るかで、僕は

判断するんです。オフィスのなかでクリー

ムを塗ったら、これは働いてる。

井上 映されてる場面がオフィスになれば

働いている……。

ピヤ そうですね。

井上 そのどちらにも入らない場合はどう

なんですか。

辻 基本的には、視聴者に働いてる女性っ

ていう印象を与えるかどうかっていう問題

ですよね。だから、オーディエンス側の主

観的判断にはなるけれども、それがどの程

度の客観性というか、妥当性をもつかどう

かを、さっきの信頼性テストで検討してい

るということになるんではないでしょうか。

井上 いや、でも、そうすると、働いてい

るという印象を与える女性と、家庭の主婦

としての印象を与える女性の2種類ではな

いと思うので、その他のカテゴリーってい

うのがどうなっているのか……。

ピヤ 働くか、働かない、です。

井上 どちらとも言えない、というのがな

いのかどうか……。

ピヤ ないです。

井上 どちらかはっきりしていると。

ピヤ はい。CMのなかにいろんな主人公

が出てくることもあるんですけれども、今

回、僕は1つのCMのなかに1人だけ主人

公を取って、その人を判断したんです。分

析してるときに、微妙なところはないです。

結構はっきりさせています。例えば、あん

まりある例ではないですけれども、朝に子

どもの面倒見て、弁当を作って、また働い

て、また家に戻ってくるという、そんな

CMはあんまりないんですけれども……。

時間的にどの場面の方が多いかで判断して

います。

井上 わかりました。働く、働かない女性

の出現率っていうのと、商品との関連性と

いうのは。

ピヤ 最初の方の説明で、細かい商品の種

類までは分析してなかったんですけれども、

高関与、中関与と低関与に分けてます。

井上 例えば、当然、家庭用品は家庭のシ

ーンが多いわけで、専業主婦なんかの主人

公が多いと思うんですけれども、家庭用品

のコマーシャルが多い国であれば、その比

率は高くなる……というすごい単純な関係

があります。そういうことと、国別の女性

の働く率、CMのなかの働く率との関係性

っていうのはないのかなと思ったんですが。

ピヤ 商品については、日本とタイには差

が見られないんですね。日本とタイと同じ

ように、低関与の商品が多いですね。

井上 パーセンテージでですか。

ピヤ そうです。

井上 わかりました。ありがとうございま

した。

辻 さっきの高野さんのご質問と重なるん

ですけれども、例えば同じCMが、10回流

された場合、10とカウントしてるわけです

よね。だから、同じCMがかなりの回数流

されていると、それだけで分析結果に影響

を与えると思うんですよ。なので、実際の

22 テレビCM研究・関西アニメーション史研究

ディスカッション 23

ところ、繰り返して流れたCMっていうの

は、どれぐらいのパーセンテージあったの

か、だいたいでもいいんですけれども、わ

かったら教えていただきたいんですが。

ピヤ まずは、僕は、4年間のデータを取っ

ていて、1ヵ月1回ぐらいというデータな

んです。取ったのが金、土、日というデー

タですね、一番競争が激しい時間で取って

いるので……。繰り返してるのももちろん

あるんですけれども、何パーセントぐらい

あるかははっきり言えません。

辻 同じCMを流された回数だけカウント

した場合には、結論的にちょっと問題が出

てくると思うんです。あるCMが20回流

されていたとして、それが働くカテゴリー

に含まれるか働かないカテゴリーに含まれ

るかで、クロス集計上は1ではなく20も値

が変わってくるわけですよね。そうすると、

そもそも検定の前提になっている考え方が

成り立たないんで、検定をかけるんであれ

ば、重複しているのは、20個とせずに1つ

とカウントした方が分析の仕方としては、

適当だと思います。

ピヤ わかりました。

大橋 あの、プライムタイムで選定された

という話なんですが、例えば19時から22

時の何時間かというところをサンプリング

するのと、お昼の12時、1時あたりをサン

プリングするのと全然違うと思うんですよ。

たぶん、お昼間の方が家庭的なCMが多く

て、19時~22時とかは、働く女性とか働

く男性っていうイメージがあるんですが。

ピヤ そうですね。

大橋 その差異っていうのは、19時~ 22

時のサンプリングで、さきほどのパーセン

テージを出されてるんですよね。お昼間は

関係なしですか。

ピヤ 正直に言うと、昼だったら1つの企

業で提供する番組とか多いじゃないですか。

それか、バイアスになっているかと思って

ますので敢えて取らなかったんです。僕も

昼間のデータを取ったんですが、小林製薬

とかの1つの企業が1つの番組の提供にな

って、同じCMを繰り返してることが多い

ので、プライムタイムという期間を選ぶこ

とにしました。正直言うと、先生ご存知だ

と思うんですけれども、平日のプライムタ

イムでも、1つの企業で取ってるものとか

多いんで、それがバイアスがあるのではな

いかと考えてますので、今回、プライムタ

イムだけで取ってます。

大橋 1社提供を省いたっていうことではな

い?

ピヤ 確率的には、金、土、日は競争が激

しいので、1つの会社で提供する番組はな

いですね。木曜日とか水曜日はあるかなと

思って、1回僕もデータを取ったんですけ

ど、それはあんまりよくないかなと思って

やめました。

大橋 24時間取られなかったのは、大変だ

ったからですかね。

ピヤ タイでは24時間なかったんです。深

夜とかは……。

大橋 24時間取っても、全然結果が違って

くる……。

ピヤ そうですね。今回はプライムタイム

というバイアスが一番少ない期間だと思っ

てますんで、プライムタイムで取ったんで

す。

大橋 一番バイヤスが少なくなるのは24時

間、全チャンネル取ることと違うかな……

と。

ピヤ そうですね。わかりました。

小川 登場人物とナレーターとの関係につ

いて、結論としては同性同士の法則という

ことで処理されていますけれども、傾向と

しては男性登場人物に対して女性ナレーシ

ョンはつきにくい、女性登場人物に対して

も男性ナレーションがつく比率の方が高い。

有意差はあると思うんですよね。それはど

うでしょうか。そこらへんの、有意差のこ

とはやってないでしょうか。20年くらい前

に、江原由美子さんや宮台真司さんのグル

ープが、そこにこだわった研究(注)をし

ていたと思います。

(注)宮台真司・江原由美子・山崎敬

一・吉沢夏子、1986「テレビコマーシ

ャルの機能的形式分析」『ソシオロゴス』

No.10,

ピヤ そうですか。調べてみます。

辻 ちょっと、一番気になる、ポイントだ

と思うんですけれども、現実の労働力と

CM中の労働力についてお聞きしたいと思

います。日本の女性の就労状況を年齢でみ

るといわゆるM字になっていて、タイの場

合そうなってない。ただ、そこからタイは

欧米型に近いっていうのはちょっと問題が

あるんじゃないかなと思うんですね。とい

うのは、日本の場合にも一次産業、農業主

体であった時代にはM字就労ではなかった

ですよね。タイの場合にもM字でないって

いうのは、おっしゃられたように60%以上

が農業に従事してるっていうところの影響

が大きいだろうということです。そして、

産業別で見た場合、CMには一次産業が描

かれることは少ない。だから、そこのとこ

ろで、現実の就労構造とギャップがあるっ

ていう言い方自体が、もう少し現実の就労

構造自体を押さえたうえでないと、ちょっ

と言いにくいんではないかというのが1点

です。

もう1点は、はたして女性だけに、そう

いったギャップが表れているのかという問

題です。データを見ると、日本の働く男性

は 70数%ですか、現実の場合は。でも、

CM中に現われる働く男性は、24.3%にす

ぎないわけですね。ここのところでも同じ

ようにギャップがあるので、基本的に日本

とタイのCMっていうのは、男女にかかわ

らず働く姿を描かない、ということにすぎ

ないのではないかと。もちろんジェンダー

差は、確かになんらかの形で関わってると

は思うんですけれども、しかし、それは男

性の方も含めて見ていかないと明らかにな

っていかないんじゃないかなと思うんです

けれども、いかがでしょうか。

ピヤ そうなのかな……。書き直します。

高野 逆の意味で、中国の85%ってデータ

が気になりませんか。働く女性が描かれて

いるCMが85%って、20本CMがあった

ら17本ですよね。

ピヤ そうですね。

高野 販売員とかセールスマンのように出

てくるっていうことですかね。「この製品を

ぜひご愛用ください」とかいって出てくる

人が、その会社の制服なんかを着てたら、

働く女性としてたぶんカウントされるんで

すよね。

ピヤ これ 92年のデータなんですけれど

も、2005年に取りなおしたらまた変わって

24 テレビCM研究・関西アニメーション史研究

ディスカッション 25

ると思いますんで……。

辻 ちょうど中国からの留学生がおられる

ので、今の点について、どうですか。

張 この、労働力率は正社員ではないんで

すよね?

ピヤ そこまではわからないんですけれど

も……。

張 私ははっきりわからないけど、でも、

労働力率はそんなに高くないと思います。

辻 中国の場合、CMに働く女性っていう

のはすごく頻繁に現われますか。

ピヤ 最近どうですか。

張 最近は、オフィスレディとかは結構多

い……。

大橋 どこで取ったかっていうのにも、よ

りますよね。上海で取るとのいなかとで、

全然違うかなと。

辻 時間になりましたので、これだけは聞

いておきたいということがありましたら、

最後に、どうぞ。よろしいでしょうか。で

は、5分ぐらいは休憩を入れて、再開して

小川さんの報告に移りたいと思います。

1.テレビCM研究と広告音楽研究

・アカデミズムとジャーナリズムの間

・レコード・CD資料

2.1950年代のテレビCMにおける音楽への視点

①1950年代は三木鶏郎に代表されることが多いが、他にはどのような音楽が使われていた

のか。

②この時期の音楽の特徴はなにか。

③なぜ三木鶏郎作のCMソングに代表されるようになったのか。(なぜ三木鶏郎に収斂する

ようになったのか。)

④ラジオCMとテレビCMの関連は。

※音楽と映像の関係

INの音楽:歌や音楽の音源となる歌手や演奏者が映像内で歌ったり演奏したりしているも

の。

OFFの音楽:歌や音楽の音源が映像外にあるもの。

ONの音楽:歌や音楽の音源は「オフの音楽」であるが、映像内の図像(事物、人物)が音

源を捉えている動きをするもの。

(小川ほか2005)(←Chionにもとづく)

研究報告2

1950年代のテレビCMにおける音楽

小川博司 Ogawa Hiroshi

▼レジュメ▼

26 テレビCM研究・関西アニメーション史研究

研究報告2:小川博司研究員/1950年代のテレビCMにおける音楽 27

音楽と映像

アーティスト

備考

曲名,作詞者・作曲者

会社名

タイトル

製作年

作品 No.

002-07 1955

マツダラジオ

東芝

クラシック

(IN)

ON

002-08 1955

シャープテレビ

早川電機工業

オペラ風

(IN)

002-11 1955

三菱ミキサー

三菱電機

コダーイ「ハーリ・ヤーノシュ」より

「ウィーンの音楽時計」

OFF

003-08 1956

フマキラーエース

大下回春堂

マーチ

ON

004-13 1956

サロメチール

東京田辺製薬

「天国と地獄」のアレンジ

OFF

027-01 1957

タケヤ味噌

竹屋

アルヴェーンのスウェーデン狂詩曲

第1番「夏至祭」のアレンジ

OFF

038-06 1957

雪印バター

雪印

ベートーヴェン「田園交響曲」

(IN)

ジャズ→クラシック

005-01 1955

日本堂

日本堂

ヨナーソン「カッコーワルツ」インストのみ

ON

005-10 1956

太田胃酸

太田胃酸

「駅馬車」 インスト

OFF

西部劇アニメ

036-07 1957

ニッカウヰスキー

ニッカウヰスキー

フラメンコ風ギター

ON

025-10 1956

ナイロン靴下

群是製糸

OFF

女声

シャンソン(宝塚風?)

028-05 1957

森永フレンチキャラメル

森永製菓

ON

女声

シャンソン風

032-04 1957

ハリスチウインガム

ハリス

作詞:?

作曲:萩原哲晶?

ON

児童合唱

音頭風

045-03 1957

58年型ドリーム号

本田技研工業

作詞:?

ON

歌:島倉千代子

作曲:?

  青木光一?

音頭風

002-04 1956

シルバーラジオ

新白砂電機

ON

歌:岡本敦郎?

「ラジオ歌謡」風

さまざまなジャンルの音楽の使用

28 テレビCM研究・関西アニメーション史研究

音楽と映像

アーティスト

曲名,作詞者・作曲者

会社名

タイトル

製作年

作品 No.

「ぺんぎんさん」

029-08 1957

サンスター歯磨

サンスター歯磨

作詞:重園よし雄

ON

女声

平岡は童謡作曲家

作曲:平岡照章

「エンゼルはいつでも」

040-10 1957

森永ミルクキャラメル

森永製菓

作詞:サトーハチロー

ON

歌:

作曲:芥川也寸志

若草児童合唱団

027-12 1957

パンビタン(「ウロコ座」前枠) 武田薬品工業

作詞:飯沢匡

ON

雪村いづみ

「パンビタンの歌」

作曲:服部正

三木鶏郎以外の主要な作曲家

音楽と映像

アーティスト

備考

曲名,作詞者・作曲者

会社名

タイトル

製作年

作品 No.

005-05 1956 トンボ鉛筆

トンボ鉛筆

「トンボ鉛筆・すらすらすら」

作詞・作曲:三木鶏郎

ON

歌:楠トシエ

「トントン トンボ鉛筆」

「メンメン明治のチョコレート」

016-04 1956

明治ミルクチョコレート

明治製菓

作詞:能見正比古

(IN)

作曲:萩原哲晶

012-01 1956 (天気予報背景映像)

サントリー(寿屋)

「サンサン サントリーの天気予報」

作詞・作曲:三木鶏郎

(IN)

078-02 1958

ミゼット

ダイハツ工業

「みんみんミゼットの唄」

「ミンミンミゼット」

作詞:名和青朗 作曲:土橋啓二

ON

音羽ゆりかご会 「ミンミンダイハツ」

079-06 1958

あけぼの印缶詰

日魯漁業

「カンカン缶詰」

歌:楠トシエ?

「カンカン缶詰」

作詞:? 作曲:?

ON

男声コーラス

重ねことばの手法

備考

研究報告2:小川博司研究員/1950年代のテレビCMにおける音楽 29

音楽と映像

アーティスト

曲名,作詞者・作曲者

会社名

タイトル

製作年

作品 No.

038-02 1957

ナショナル家電製品

松下電器産業

「明るいナショナル」

作詞・作曲:三木鶏郎

OFF

混声コーラス

004-01 1956

ポポンS

塩野義製薬

「ポポンとね!」

作詞・作曲:三木鶏郎

ON

歌:千秋恵子

089-05 1959

ハマフォーム

横浜ゴム

「ハマフォームの歌」

作詞・作曲:三木鶏郎

ON

歌:楠トシエ

104-04 1959

キリンレモン

麒麟麦酒

「キリン・キリン」

作詞・作曲:三木鶏郎

ON

歌:ダークダックス?

三木鶏郎主要作品

音楽と映像

アーティスト

備考

曲名,作詞者・作曲者

会社名

タイトル

製作年

作品 No.

015-06 1956

パンピタン

武田薬品工業

インスト

OFF

アニメ + ナレーション

027-12 1957

パンビタン

「パンビタンの歌」

(「ウロコ座」前枠)

武田薬品工業

作詞:飯沢匡

ON

雪村いづみ

作曲:服部正

047-13 1957

パンビタン

「?」

(「ポンポコ物語」枠)

武田薬品工業

作詞:?

ON

ポン吉とポン子

作曲:?

049-01 1957

パンビタン

「?」

(「ポンポコ物語」枠)

武田薬品工業

作詞:?

ON

パンビ君とパンピちゃん

作曲:?

「パンビタンの歌」

072-07 1958

パンビタン

武田薬品工業

作詞:飯沢匡

ON

雪村いづみ

作曲:服部正

インストからCMソングへ

備考

30 テレビCM研究・関西アニメーション史研究

音楽と映像

アーティスト

備考

曲名,作詞者・作曲者

会社名

タイトル

製作年

作品 No.

005-07 1956

シチズン時計

シチズン時計

ON

オーケストラ

「シチズンCちゃん」

049-04 1957

腕時計

シチズン商事

作詞:野原正作

歌:楠トシエ

キャラクター

作曲:平岡照章

028-13 1957

仁丹

森下仁丹

インスト

OFF

037-02 1957

仁丹

森下仁丹

「仁丹の歌」

作詞・作曲:三木鶏郎

ON

出演:千葉信男

130-08 1959

ジンタンガム

森下仁丹

作曲:三木鶏郎

IN

ビッグバンド

006-01 1956

キスミーファンデ

キスミー

「クレイジーリズム」

ON

114-01 1959

セクシーピンク

キスミー

「セクシーピンク」

XYZ

作詞:野坂昭如

OFF

作曲:いずみたく

「ミネビタールの歌」

005-09 1955

ミネビタール

三共

作詞:?

ON

作曲:小川寛興?

384-03 1962

ミネビタール

三共

「ミネビタールの歌」

作詞・作曲:三木鶏郎

ON

歌:

010-02 1956

牛乳石 

共進社油脂工業

インスト 

OFF

オーケストラ

034-08 1957

牛乳石 

共進社油脂工業

「牛乳石 の歌(牧場の牛)」

作詞・作曲:三木鶏郎

ON

歌:中原美紗緒

研究報告2:小川博司研究員/1950年代のテレビCMにおける音楽 31

音楽と映像

アーティスト

曲名,作詞者・作曲者

会社名

タイトル

製作年

作品 No.

016-09 1956

カネボウ毛糸

鐘淵紡績

「かーんかーん カネボウ」

作詞・作曲:三木鶏郎

OFF

歌:楠トシエ

秋バージョン

018-18 1956

カネボウ毛糸

鐘淵紡績

作詞・作曲:三木鶏郎

OFF

歌:楠トシエ

冬バージョン

030-01 1957

カネボウ毛糸

鐘淵紡績

作詞・作曲:三木鶏郎

OFF

歌:楠トシエ

春バージョン

036-06 1957

カネボウ毛糸

鐘淵紡績

作詞・作曲:三木鶏郎

OFF

歌:楠トシエ

夏バージョン

CMソングとテレビCM

音楽と映像

アーティスト

備考

曲名,作詞者・作曲者

会社名

タイトル

製作年

作品 No.

002-05 1955

ナショナルテレビ

松下電器産業

作曲:三木鶏郎

OFF

インストのみ

「明るいナショナル」のメロディー

012-11 1956

ミツワ石 

丸見屋

「ミツワ石 の歌」

作曲:三木鶏郎

(IN)

CMソングをハミング 「ミツワのことりちゃん」

012-14 1956

ポポンS

塩野義製薬

CMソングのインスト

OFF

テレビCMにおけるCMソングのインスト

備考

3.1950年代のテレビCMにおける音楽

①多様な音楽の試みが行われていた。

②徹底的な非「歌謡曲」(=「アメリカ的」)の世界が望まれた。

・消費の場としてのマイホームのイメージ

・曲の作り手、歌い手も、「歌謡曲」の世界から遠い人が多かった。

楠トシエ(ムーラン・ルージュ→『日曜娯楽版』)、童謡歌手 

③三木鶏郎~作詞・作曲の強み。重ねことば。

④ラジオ用CMソングを核として映像化。CMソングとアニメ映像の親和性((IN)とON)。

・企業・ブランドのロゴマーク、キャラクターとCMソング

【文献】

林進・小川博司・吉井篤子,1984,『消費社会の広告と音楽』有斐閣

小川博司・小田原敏・粟谷佳司・小泉恭子・葉口英子・増田聡,2005,『メディア時代の広告と音楽』新曜社

田家秀樹,2007,『みんなCM音楽を歌っていた――大森昭男ともうひとつの J-POP』徳間書店

32 テレビCM研究・関西アニメーション史研究

Jポップ 歌 謡 曲

日本ポピュラー音楽史のモデル

西洋化 西洋化 西洋(アメリカ)化

1

2 3

4

5

6(文部省唱歌)

流行歌

(演歌)

歌謡曲 Jポップ

演 歌

1868 1925 1960 1990

メディア 電気録音によるレコード、ラジオで伝播 テレビ、ラジオ、CD、インターネットなどで伝播

制作形態 レコード会社により作られた商品としての音楽 レコード、放送、広告など、さまざまな業界との融合

分業体制 レコード会社専属の作詞家・作曲家によって作られ、専属の歌手により歌われる 多くの場合、シンガーソングライター

(ロックンロール以後の)西洋音楽(特にアメリカ)の要素を取り入れた日本語の歌 音楽的特徴 西洋音楽の要素を取り入れた日本語の歌

主なテーマ 望郷の歌 ⇔ 都市讃歌 + お座敷ソング 私生活(心理) + ラブソング

研究報告2:小川博司研究員/1950年代のテレビCMにおける音楽 33

▼研究報告▼

今日は、このTCJ等のデータベースに基づいて、音楽の面から何が言えるだろうかという

ことをお話ししたいと思います。できるだけ音楽という切り口で作品を見ていくということを

したいと思います。

〈テレビCM研究と広告音楽研究〉

まず、レジュメの「1.テレビCM研究と広告音楽研究」です。映像付きのテレビCMの研

究については、アカデミズムの世界がかなり先行しているように思えるんですが、広告音楽に

ついては割と一般書も出ていて、去年、田家秀樹さんというジャーナリストの方が書いた『み

んなCM音楽を歌っていた――大森昭男ともうひとつの J-POP』(徳間書店、2007)という、

インタビューに基づいて作りあげた、かなり詳しい本が出たりしています。この本のなかで、

それまで日本のCMソング第1号は「ぼくはアマチュアカメラマン」だというふうに言われ

ていたのが、誤りであるということが書かれています。彼が丁寧に資料を繰っていったら、最

初に流れたのはそうじゃなかったと。私も含めてアカデミズムの側が文献資料に基づいてずっ

と、三木鶏郎の「ぼくはアマチュアカメラマン」が1号だと書いてきましたけれども、こうい

う形でライターさんの方から覆されたり、というようなこともあります。ポピュラー音楽研究

の世界では、アカデミズムの方はジャーナリストが書いたものを参考にするんですけれども、

逆っていうのはほとんどないですね。アカデミズムは無視されるか、黙殺されるかっていうふ

うな関係が、今までありました。また、映像資料に較べて、音楽資料はかなり市販されていま

す。例えば、この前出たばかりのものでは、『楠トシエ大全』というCMソングを中心に歌っ

てきた楠トシエさんのCD選集が出たり、あるいは三木鶏郎さんのCDが出たりするっていう

ような形で、音楽の場合は映像の研究と大分違うように感じます。そこらへんをどう考えてい

ったらいいか。だいたい、田家さんが1人でこれだけやったことに、広告音楽研究者は対抗で

きないんです。歴史に関しても、これだけやられると、なかなかとてもできないということで、

いろいろ反省させられる点もあります。それでも、我々なりのやり方もあるんじゃないかなと

感じていて、もうちょっと大きな音楽史というか、ポピュラー音楽、ポピュラーカルチャーと

いう文脈のなかで位置付けるのが我々の仕事か、と思っております。今日はそんなところから

見ていこうということです。

〈1950年代のテレビCMにおける音楽への視点〉

このデータベースを何回か見せていただいて驚いたのは、これまで、1950年代っていうの

は三木鶏郎に代表されるという形で言われてきましたし、私もそういうふうに書いてきました。

それは根拠なく書いたわけではなく、その時代の代表作を内容分析することによって、三木鶏

郎的なものが非常に多い、三木鶏郎作品がかなりの数を占めているということも押さえたうえ

で書いてきたのです。しかし、このデータベースのなかの1950年代のテレビコマーシャルに

は、鶏郎風じゃないいろいろな音楽がいっぱいあったわけです。すると、これは何か、今まで

の三木鶏郎中心史観を見直す必要があるのかなということも考えさせられまして、もう1回こ

れを見ていく必要があるだろうと思いました。

そこで、今回の問いとしては、第一に、50年代は三木鶏郎に代表されることが多いのです

が、他にはどのような音楽が使われてきたのか、ということ。それから2番目に、しかしなが

ら、この時期の音楽の特徴はなんだろうかということです。多様な音楽が使われてたんだろう

けれども、この時期特有のものはなんだったんだろうか、についてです。それから3番目は、

なぜ三木鶏郎作のCMソングがこの時代の代表と言われるようになったのか。50年代後半は

実質的に、三木鶏郎に収斂していくことになるんです。ではなぜそうだったのか、ということ

が3番目の問いです。それから4番目は、50年代の放送では、コマーシャルとして実質的な

効果はラジオが担っていたわけです。では、そのラジオCMとテレビCMの関係は、作り手

側のなかではどういう関係になっていたのか、ここのデータベースからうかがえないだろうか

というあたりです。今日はこれらを、数量的にではなくて、質的に大きな傾向をつかもうとい

うことで、やってみました。というのも、このデータベース自体が何かのサンプルというわけ

でもなく、無音のコマーシャルもあるので、それを数量的にどうこうするのではなく、大きな

傾向を見るために、今日はこれから主要なものを見ながら進めていこうというわけです。

映像と音楽の関係を見るために、ミッシェル・シオンの映画音楽の分析の図式を用いるこ

とにしました。これに基づいて、私たちの『メディア時代の広告と音楽』(新曜社、2005)も

分類をしています。「IN」の音楽とは、歌や音楽の音源となる歌手や演奏者が映像内で歌った

り演奏しているもの。「OFF」の音楽は、映像の外側から歌や音楽が流れてくるもの。「ON」

の音楽は、OFFなんだけども、映像内の図像が音源を捉えている動きをするもの。この INと

OFFとONを注意しながら見ていこうということで分類してみました。このデータベースは

ほとんどがアニメですので、画面に登場しているのは人形やアニメのキャラクターで、それら

が演奏したり歌ったりしてることがあります。そういう場合は、カッコ付きの INとしてみま

した。

では、最初に鶏郎風音楽以外のさまざまな音楽が使われていたというところをいくつか見

ていきたいと思います。

〈鶏郎風音楽以外のさまざまな音楽〉

まず、三菱ミキサーからいきましょう。クラシックはか

なりいろいろあったんですが、典型例としてクラシックが

扱われている例を見ます。

《画像2》三菱ミキサー、1955年、コダーイ「ハーリ・ヤノシュ」

より「ウィーンの音楽時計」、OFF

「…(効果音楽)…(女声ナレーション)どこのご家庭でも喜

34 テレビCM研究・関西アニメーション史研究

画像2

研究報告2:小川博司研究員/1950年代のテレビCMにおける音楽 35研究報告2:小川博司研究員/1950年代のテレビCMにおける音楽 35研究報告2:小川博司研究員/1950年代のテレビCMにおける音楽 35

ばれ、重宝がられているみなさまの人気者。三菱ミキサーのミキ

ちゃんです。(「ハーリ・ヤノシュ」始まる)坊やもおじいちゃま

も、三菱ミキちゃんのこしらえたジュースでいつも元気いっぱい

です。6枚刃の強力な三菱ミキサーは丈夫で使いやすく、電力も

ほんのわずかですみます。美容と健康に三菱ミキサー。…(音楽

のみ)…」

次もクラッシックなんですけども、擬似的な INです。ア

ニメの指揮者がベートーベンの「田園」を指揮するっていう

ものです。最初にジャズ風の音も出てくるっていうところも

おもしろいので見てください。

《画像3》雪印バター、1957年、ベートーベン「田園交響曲」、ジャズ

→クラシック、(IN)

「(女声ナレーション)雪印が皆様にお送りする『田園交響楽』。

指揮、ミスター・スノー。…(ジャズアレンジ「田園」)…あ、

雪印バター。そうです。雪印バターです。栄養豊富で元気をモリ

モリつける雪印バター。口に含めば爽やかな香りと新鮮な味がク

リームのようにとろける雪印バター。さあ、ミスター・スノーは

雪印バターで元気百倍です。…(クラシック「田園」)…豊かな

田園、広々とした北海道の牧場。絞りたての新鮮な牛乳。その爽

やかな味と香りの雪印バター。世界に誇る風味、雪印バター」

このジャズの扱いはなんなんだっていう感じがします。こ

ういう形のクラシックの使い方は、ディズニー的な使われ方

に近いように思われます。

今度はシャンソン風の歌の例で、グンゼのナイロン靴下を

見ていただきます。

《画像4》群是製糸・ナイロン靴下、1956年、シャンソン(宝塚風)、

OFF

「(歌詞)(女声ソロ)冬の粉雪、チラチラ、囁いた。小窓のあか

りがうなづいた。赤い炎に手をかざし、次々と語るあの人の、グ

ンゼのナイロン靴下の、なんとも言えないすばらしさ」

シャンソン風は他にもあるんですけれども、純粋歌謡曲風

っていうのはほとんどなくて、音頭風っていうのは何本かあ

ります。それで、次のこの歌が何に似ているか聞き取ってい

ただけたらと思うんです。

《画像5》ハリスチウインガム、1957年、児童合唱、音頭風、ON

画像3

画像4

「(歌詞)(おそらく女声合唱)ハリス(手拍子でチャチャチャ)、

ハリス(チャチャチャ)、僕は投手だ、剛球だ。9回投げてもへば

らない。にっこり笑顔で白い歯の。僕もにっこりチウインガム。

ハイハイ、ハリスのチウインガム。ハリス、(手拍子でチャチャ

チャ)ハリス、(チャチャチャ)。4番バッター、さぁ打つぞ。セ

ンターオーバーのホームラン。ガッチリ構えた体から、(~?)

にっこり心地良さ。ハイハイ、ハリスのチウインガム。ハリス、

(手拍子でチャチャチャ)ハリス、(チャチャチャ)。」(途中でスト

ップ)

これの作曲者とかはわからないんですが、クレイジーキャ

ッツの「五万節」にかなり似てるんですね、そのあとも。も

しかしたら、クレイジーキャッツをやっていた萩原哲晶さん

かなと……。あとで出てくるんですけど、萩原さんは別な曲

もコマーシャルソングで作ってるので、もしかしたらそうか

もしれないと思っています。

同じ音頭で、こちらは本田技研の音頭ものです。

《画像6》本田技研・58年型ドリーム号、1957年、歌:島倉千代子

青木光一、音頭風、ON

「(歌詞)(女声ソロ)町の人気を集めて走る。速いスピード、ド

リーム号。一度乗ったら、もうやめられぬ。(女声ソロと男声ソ

ロのユニゾン)オートバイなら、ホンダ、ホンダ、ホンダ。サー

サ、サッとネー、さっと飛ばそ。飛ばそ~。」

これは、マニアの間で結構話題になってる曲なんで、たぶ

ん島倉千代子と青木光一、当時の人気歌謡曲歌手であってい

ると思うんです。100%確証は取れてないんですけど、8割

ぐらい当たってると思います。

純粋に歌謡曲じゃないんですけれども、戦前の国民歌謡か

らラジオ歌謡へと変わってきた当時、NHKがやっていたラ

ジオ歌謡風の歌として、シルバーラジオの歌があります。こ

れも歌っているのは岡本敦郎ではないかと思われるんですけ

ども、これは確認できてないです。一応、聞いてください。

《画像7》新白砂電気?・シルバーラジオ、1954年、歌:岡本敦郎?、

「ラジオ歌謡」風、ON

「(男声ナレーション)ラジオファンの合言葉。携帯ラジオはシル

バーラジオ。(歌詞)あの窓、この窓、あの子に、この子。きい

36 テレビCM研究・関西アニメーション史研究

画像5

画像6

研究報告2:小川博司研究員/1950年代のテレビCMにおける音楽 37研究報告2:小川博司研究員/1950年代のテレビCMにおける音楽 37

てる、きいてる、かわいいまつげ。シルバーラジオのポータブル。

そぼ降る小雨の糸もシルバー。あの旅、この旅、いで湯よ、丘よ。

浮かべる、浮かべる、良き道連れは。シルバーラジオのポータブ

ル。語りて指さす星もシルバー。」

これが伴奏からして一番歌謡曲らしい響きがすると思うん

です。ただ、50年代後半にとくに流行っていたのは、三橋

美智也とか春日八郎が歌ってる望郷ものなんですね。あるい

は逆に、フランク永井の「有楽町で会いましょう」のような

都市賛歌。都市と農村を繋ぐような歌が流行ってた時代です。

そういう歌謡曲とはまったく違う逆の世界をコマーシャルソ

ングは描いていました。このことは、このデータベースで多

様な音楽を聴きましたけど、それほど大きな変わりはないよ

うに思われました。

では次に、三木鶏郎以外の主要な作曲家のものも入ってお

りますので、何人か、見ていきたいと思います。「ぺんぎん

さん」は、田家さんの本では、日本で最初に流れたCMソン

グとされています。つまり、番組の曜日から判断すると、三

木鶏郎の「ぼくはアマチュアカメラマン」が流れたのが9月

7日で、「ぺんぎんさん」は9月3日に流れたのではないかと

いう推測から、これが最初に流れたCMソングじゃないかと

されているんですね。これは「ぼくはアマチュアカメラマン」

と同じように、商品名が入ってない曲で、歌詞は公募された

ようです。作曲が平岡照章さん。この人は童謡作曲家で、

「子鹿のバンビ」という曲が有名です。「ぺんぎんさん」自体

も、CMソングだったのに今はもう童謡集のなかに入るよう

な曲になっています。ラジオで流れてから6年後の映像なん

ですけど、これを見ていただきましょう。

《画像8》サンスター歯磨、1957年、「ぺんぎんさん」作詞:重園よし

雄 作曲:平岡照章、女声、ON

「…(音楽のみ)…(歌詞)オーロラ輝くその中に、なんとおし

ゃれな燕尾服。もしもタクトを振りながら、晴れの舞台に立っ

たなら、とても立派な楽長さ、ぺんぎん、ぺんぎん、かわいいな。

…(音楽のみ)…」(途中でストップ)

歌詞にはサンスターとか全然出てこないで、「ぺんぎんさ

んの歌」というふうに認識されています。

画像8

画像7

38 テレビCM研究・関西アニメーション史研究

それから、もう1曲、初期のコマーシャルソングの代表例

で、森永ミルクキャラメル。これは作詞がサトーハチローで、

作曲が芥川也寸志っていう、芸術音楽の代表的な作曲家です

ね。それで、「エンゼルはいつでも」というタイトル。これも、

コマーシャルソングとしてだいぶ前に作られたものが、映像

付きになった、そういう例です。

《画像9》森永ミルクキャラメル、1957年、「エンゼルはいつでも」作

詞:サトーハチロー 作曲:芥川也寸志 歌:若草児童合唱団

ON

「…(伴奏のみ)…(歌詞)だァれもいないと思っていても/ど

こかで どこかで エンゼルは/いつでも いつでも 眺めて

る/ちゃんと ちゃんと/ちゃんと ちゃんと/ちゃ~んと な

がめてる」

レジュメではもう1曲、パンビタンの歌も入れたんですが、

それは、あとで別な文脈で流すことにします。

〈重ねことばの手法〉

次は、(レジュメに)「重ねことばの手法」と書いた、とく

に50年代後半のCMソングに特徴的な表現技法です。三木

鶏郎は「わ、わ、わ、輪がみっつ」とか、同じ言葉を重ねて

いくやり方が耳に訴えるのに非常に効果的だということで、

かなりいろんな重ねことばの歌を作っています。私はこうい

うのを子どもの頃からずっと耳から聞いていて、今でも耳に

残ってる曲が非常に多いです。では、三木鶏郎が作った「ト

ンボ鉛筆」の歌です。

《画像10》トンボ鉛筆、1956年、「トンボ鉛筆・すらすらすら」作

詞・作曲:三木鶏郎 歌:楠トシエ、ON

「(歌詞)すらすらすらと鉛筆の、走った足跡、絵になった。花の

咲いてる土手の上。坊やの写生も絵になった。いつでも、どこで

も、トン、トン、トンボ鉛筆、トンボ、トンボ。(途中でストッ

プ)

次は鶏郎さんではなく、能見正比古作詞、萩原哲晶作曲の

「メンメン明治のチョコレート」。これも「メン、メン、明治」

という、重ねことばの曲です。能見正比古という名前は見覚

えのある方も多いと思いますが、血液型の本でベストセラー

画像9

画像10

研究報告2:小川博司研究員/1950年代のテレビCMにおける音楽 39研究報告2:小川博司研究員/1950年代のテレビCMにおける音楽 39

をたくさん出した人です。最初、三木鶏郎事務所に所属して

いたので、三木鶏郎系列の人だと思います。萩原さんは芸大

を出た作曲家ですけれども、さっきのハリスチウインガムは

もしかしたらクレイジーキャッツをやってた萩原さんの曲じ

ゃないかなと言ったんですが、この曲は萩原哲晶さんが作っ

た曲です。クレイジーキャッツは1961年に「スーダラ節」

を出して、それはそれまでの歌謡曲体制を覆す曲とされてい

るんです。どういう意味かというと、それまで歌謡曲体制っ

ていうのは、レコード会社専属の作詞家・作曲家が、専属の

歌手のために歌を作って、原盤権もレコード会社が持ってい

たんです。けれども、「スーダラ節」は原盤権をワタナベプ

ロが取ったんです。プロダクション主導で曲を作り始めた最

初の例です。その意味で「メンメン明治のチョコレート」を

作った作曲家自身は後々、歌謡曲体制を崩していく中心人物

の1人になっていくというわけです。じゃ、「メンメン明治」

いきましょう。

《画像11》明治ミルクチョコレート、1956年、「メンメン明治のチョ

コレート」、作詞:能見正比古 作曲:萩原哲晶、(IN)

「…(伴奏のみ)…(歌詞)(女声合唱)お茶を飲みましょ、二人

でお茶を/仲良し仲間に 青空らんらんらん/小鳥も唄う ピー

チクピッポッピー/青春の唄 甘い唄 どなたにあげよう/(混

声合唱)ジャンケンポンのあいこでしょ/メンメン明治のチョコ

レート」

というわけです。次は「サンサン サントリーの天気予報」。

これは三木鶏郎さんで、実際の天気予報を歌でやるというも

のです。

《画像12》サントリー・天気予報背景映像、1956年、「サンサン サ

ントリーの天気予報」作詞・作曲:三木鶏郎、(IN)

「(歌詞)(男声ソロ)みなさん、明日の天気はどうでしょ、サン

トリーが知らせる天気予報。明日はお日様ニコニコ顔で、雲と子

どもとかくれんぼしてる。サンサン サントリーの天気予報。て

~んき予報~。」

これは人形が歌っていますけれども、楠トシエさんのアル

バムにも似たようなのが入っています。このアルバムのなか

にありますので……。

画像11

画像12

40 テレビCM研究・関西アニメーション史研究

(楠トシエさんのアルバムから)

「(歌詞)(混声合唱)みなさん、明日の天気はどうでしょ。サン

トリーが知らせる天気予報。(楠トシエソロ)明日はカラリと青

空晴れて、洗濯ジャブジャブぜっこの日和。(混声合唱)サンサ

ン サントリーの天気予報。て~んき予報~」

ここらへんはラジオとテレビで、どういうふうに使い分け

られていたかというのはわからないんです。さっきの三木さ

んのはテレビ用ですが、ラジオでもやってた可能性がありま

す。

では、重ねことばシリーズで、「みんみんミゼット」です。

《画像13》ダイハツ工業・ミゼット、1958年、「みんみんミゼットの

唄」、作詞:名和青朗 作曲:土橋啓二、合唱:音羽ゆりかご会、

振付:橘秋子、ON

「(歌詞)(女声合唱)みんながねー、見ているよ/コビトのミゼ

ット、可愛いね/みんながねー、乗ってるよ/ミンミン、ミゼッ

ト楽しいね/ミーン、ミーン、ダイハツ・ミゼットは/どこでも

町のヘリコプター/みんながねー、手を振るよ/小人のミゼット

やってくる/町でもねー、村でもね/ミンミン、ミゼット人気

者/ミーン、ミーン、ダイハツ・ミゼットは/みんなの町のヘリ

コプター」

作詞作曲の2人がどういうコンビかと言いますと、NHK

の公開バラエティのコメディ『お笑い三人組』のテーマを作

ったコンビなんですね。通常はNHKの放送番組を作ってい

たコンビが、こういうコマーシャルもやっていたということ

です。「みんみんミゼット」まではわかるんですけど、「みん

みんダイハツ」っていうのは、重ねことばじゃなくなってく

るんですね。どういうことなのか……、とにかく重ねればい

いっていうことに、だんだんなってきてるんですね。「サンサ

ン、サントリー」「メンメン、明治」はわかっても、「みんみ

ん、ダイハツ」って何?って……ちょっと興味深いです。

このように、重ねことばの技法は50年代後半はかなりよ

く使われます。他にも「トントン東芝」とか、かなり多いで

す。

画像13

研究報告2:小川博司研究員/1950年代のテレビCMにおける音楽 41研究報告2:小川博司研究員/1950年代のテレビCMにおける音楽 41

〈三木鶏郎の音楽〉

今も少しずつ出てきてはいるんですけれども、三木鶏郎作

品の代表作をいくつか見てみたいと思います。みなさんが一

番よくご存知なのは「明るいナショナル」だと思います。社

名がパナソニックになると、この曲自体なくなってしまうの

でしょうか。今まで『水戸黄門』などの時間にもずっと流れ

てきた曲です。

《画像14》ナショナル家電製品、1957年、「明るいナショナル」、作

詞・作曲:三木鶏郎、混声合唱、OFF

「(歌詞)明るいナショナル/明るいナショナル/みんな家中電気

でうごく/明るいナショナル/明るいナショナル/ラジオ テレ

ビ/な~んでもナショーナールー」

では「ポポンS」もいきましょう。これは、ほんとにいろ

んなバージョンがあるんです。

《画像15》塩野義製薬・ポポンS、1955年、「ポポンとね!」作詞・

作曲:三木鶏郎、歌:千秋恵子、ON

「(歌詞)ポポン ポポン ポポン ポポン/シャボンがどっかへ

いっちゃった/ママが不思議と思ったら/水にとかして ストロ

ーで/坊やがいたずらシャボン玉/ポポン ポポン ポポン ポ

ポン/ストローで吹かして ポポンとね/…(伴奏のみ)…ポポ

ン ポポン ポポン ポポン/ポポン ポポン ポポン ポポ

ン/町のお祭り……」(途中でストップ)

〈CMソングのできる前、できた後〉

鶏郎作品はまたあとでも出てきますので、少し飛ばします。

では、パンビタンのCMに注目して、コマーシャルソングが

できてからと、できる前とで、どういうふうにテレビのコマ

ーシャルが違うかを、いくつか見ていきたいと思います。パ

ンビタンの例っていうのは非常に興味深いところもありま

す。最初のパンビタンは薬の説明で、インストゥルメンタ

ル・ミュージックだけがバックに流れているようなタイプで

す。まずはそれを見ていただきます。

《画像16》武田製薬・パンビタン、1956年、インスト、アニメーシ

ョン+ナレーション、OFF

「(ずっとBGM流れるなか)(男声ナレーション)私たちが生活し

画像14

画像15

ている以上、仕事の程度、例えば、事務所、工場、炭鉱、農業、

家庭、あるいはスポーツなど、仕事の程度による差こそあります

が、体のなかのビタミンはどんどん使われているのです。そして、

ビタミンが不足しますと、疲労物質といわれるものが溜まり、疲

れを感じるようになりますが、この疲労物質はビタミンによって

分解され、体の外へと排泄されて疲労が回復いたします。疲労は

能率を下げるだけでなく、疲れが重なりますと健康が損なわれる

ようになります。武田薬品のパンビタンは体に必要ないろいろの

ビタミンを一錠に含む総合ビタミン剤です。疲れはその日のうち

にパンビタンで解消する。毎日元気でお働きください」

まあ、コマーシャルソングがないときはこういう解説調で、

コマーシャルソングができると、それに合わせて絵をつける

という形になっていきます。このパンビタンの歌を作ったの

は、作詞:飯沢匡、作曲:服部正です。飯沢さんは放送作家で、

このあとで『ブー フー ウー』とかを作っていく人です。

服部正さんは慶應大学出身ですが、正統派の芸術音楽の作曲

家でもあって、この時点ですでに国立音楽大学の教授になっ

ていて、後にCM音楽で活躍する小林亜星も服部さんについ

ていました。

次の歌は雪村いづみが歌って、三木鶏郎じゃないんですけ

れども、「パン、パン、パンビ」という形で、重ねことばの

技法を使っています。

《画像17》武田製薬・パンビタン、1957年、「パンビタンの歌」、作

詞:飯沢匡 作曲:服部正、歌:雪村いずみ、ON

「…(伴奏のみ)…(歌)パンパンパンビのパンビタン/タンタ

ンタンととんできた/あかくてちいさいまるいたま/ひとつぶの

んでごらんなさい/すっかり元気になりました/ウロコのマーク

のパンビタン/パンパンパンビのパンビタン。」

武田薬品提供のドラマ枠で、ウロコ座とか『ポンポコ物語』

っていうのが次にあるんですけれども、ウロコのマークとい

うのをこの時期とても強調するんです。とにかくマークをき

ちっと告知するということにかなり力を入れています。マー

クとCMソングをセットにしていく。それから、キャラクタ

ー作りにも、各社かなり力を入れてることがわかります。

次のは『ポンポコ物語』枠のパンビタンの映像で、ポン吉

42 テレビCM研究・関西アニメーション史研究

画像17

画像16

研究報告2:小川博司研究員/1950年代のテレビCMにおける音楽 43

とポン子っていうキャラクターが登場します。

《画像18》武田製薬・パンビタン、1957年、『ポンポコ物語』ポン吉、

ポン子、ON

「(歌詞)(ポン吉、ポン子)みなさん、こんちは、こんばんは。

(ポン吉)おいらは小ダヌキ、ポン吉さ。(ポン子)あたいは子ダ

ヌキ、ポン子ちゃん。(ポン吉、ポン子)だと言って警戒、ご無

用、ご無用、とってもよい子だ、母を見に、神々様のお力で、生

まれ変わった2人です。はい、そうです、こんばんは」

たぶんこれは本編の『ポンポコ物語』と関連した映像だと

思うんですけれども、ポン吉とポン子ではなかなか訴求力が

ないということで、次のは新しいキャラ、パンビ君とパンビ

ちゃんになるんです。2人ともパンビじゃないかということ

で、「君」と「ちゃん」で性別が区別されるのですけれども

……。とにかくパンビ君とパンビちゃんで、おんなじメロデ

ィだけれども、キャラが出てくるんです。では、ちょっとそ

の映像を見てもらいましょう。

《画像19》武田製薬・パンビタン、1957年、『ポンポコ物語』、パンビ

君とパンビちゃん、ON

「(歌詞)(パンビ君、パンビちゃん)みなさん、こんちは、こん

ばんは。(パンビ君)僕は強い子パンビ君。(パンビちゃん)あた

しはよい子のパンビちゃん。(パンビ君、パンビちゃん)雨降れ

風吹け、心配ご無用。明るく楽しくお勉強。一粒にっこりパンビ

タン。誰もが飲んでるパンビタン。みんな飲んでるパンビタン」

こういうふうにして、キャラクターも作られていくのが見

えてきます。58年になると、今度はドラマ枠ではないんで

すが、再びパンビタンの元の歌が登場するので、結局「パン

パンパンビ」がよかったので継続して使われることになった

ようにも見えますが、それは重複するので飛ばします。

〈キャラクターとCM音楽〉

キャラクターが作られることによって、キャラクターとキ

ャラクターの歌が作られる例を次に見ていただきたいと思い

ます。シチズン時計は、56年の段階ではまだキャラクター

も何もなくて、インストゥルメンタルだけです。

シチズン時計、1956年、オーケストラ、ON

画像18

画像19

「…(音楽のみ)…(男声ナレーション)あなたもシチズン、私

もシチズン、シチズンはみんなのマスコット」

なんだかニュース映画風ですね。そこへ、57年に「シチ

ズンCちゃん」というキャラクターが作られて、そのCちゃ

んの歌ができるわけです。作曲が平岡照章さん、さっきの童

謡作家ですね。「ぺんぎんさん」を作った人と同じ人が「シ

チズンCちゃん」の歌を作っている。これはかなり長持ちし

た歌です。楠トシエが歌っています。

《画像20》シチズン・腕時計、1957年、「シチズンCちゃん」、作詞:

野原正作 作曲:平岡照章、歌:楠トシエ、ON

「(歌詞)シチズンCちゃん、窓のなか/時計の小窓の窓のなか/

シチズンCちゃんこう言った/お腕の時間はひきうけた/姿もす

っかりひきうけた/時計のことならひきうけた」

これもONの音楽と言っていいと思います。こういう形で

曲がどんどんついていきます。次の55年のミネビタールを

高野さんは三木鶏郎の歌って書かれていたのですが、もしか

して違うんじゃないかな……と。三木鶏郎の「ミネビタール

の歌」はあとでできた曲なので、もしかしたらちょっと……。

私の推測なんですが、この曲はある曲に似ているので、もし

かしたら小川寛興さんの曲かと思います。ちょっとそこらへ

ん、お聞かせ願えたらありがたいですが。じゃ、ミネビター

ルを。

《画像21》三共・ミネビタール、1955年、「ミネビタールの歌」、ON

「(歌詞)(女声ソロ、子ども役) おうちのパパは年取ったけど、

いつも元気で若々しいの。新聞読むにもメガネはいらず、肩こり、

疲れは知らないし。どうしてパパは元気なの? 、(男声ソロ、パ

パ役)『(セリフ)ふふふふ、教えようか。それはね、(歌)栄養

与えて若さを保つ。ミネラル、ビタミン、肝臓エキス。みんな入

ってるミネビタールさ、だから、パパは元気なの。40、50は働

きざかり。若い気持ちで働けりゃ、こんな素敵なことはない。ミ

ネビタールのおかげじゃよ』、(女性ソロ) おうちのパパは…

… 」(途中でストップ)

これ、すごく『月光仮面』の歌に似ているんですよ。それ

でもしかしたら『月光仮面』の作曲者じゃないかなと。確認

は取れてないんですけれども。

44 テレビCM研究・関西アニメーション史研究

画像20

画像21

研究報告2:小川博司研究員/1950年代のテレビCMにおける音楽 45

三木鶏郎が作った「ミネビタールの歌」はこちらの方です。曲自体は1959年にできてます

が、この映像は1962年のものです。

《画像22》三共・ミネビタール、1962年、作詞・作曲:三木鶏郎、

ON

「(歌詞)(女声ソロ +男声合唱)ミネビタール、ミネビター

ル/みんな元気でいつまでも/(女声ソロ)いぬがワンワンと

びついて/(男声合唱)ワーン、ワン。(女声ソロ)ねこがニ

ャンニャンじゃれている/(男声合唱)ニャーオ。(女声ソロ)

ぼうやぐんぐんそだってく/(男声合唱)グーン、グン。(女

声ソロ)ママがニコニコ嬉しそう。(女声ソロ+男声合唱)ミネビタール、ミネビタール。みんな元気でい

つまでも/……」(途中でストップ)

さっきの月光仮面風の(1955年のミネビタールの)曲は、やっぱり三木鶏郎に負けるって

いうか、三木鶏郎の方がうまいですね、耳に残っていくという点で。作詞作曲であるために、

非常に巧みに耳に入り込んでくるんじゃないかと思います。このような例はいっぱいあって、

牛乳石鹸も仁丹も似たようなものです。それから、三木鶏郎の弟子にあたる野坂昭如といずみ

たくが作った「キスミーファンデ」も、コマーシャルソングがない時代とある時代の、両バー

ジョンを見ることができます。

CMソングがまずラジオで放送される。テレビでCMを作るときは、できるだけCMソン

グに合わせた映像をあとからつけていったと見ることができます。例えば、CMで「かーんか

ーん カネボウ」で始まる「カネボウ毛糸」は、元々春夏秋冬の4番まであるわけですが、そ

れぞれの季節ごとに映像がそれぞれあとで作られています。

それから、歌詞なしでCMソングのメロディだけがバックに流れる、ナショナル、ミツワ

石鹸、ポポンSなどの例もかなり見られます。時間があれば、またこれらの映像を見ていただ

きます。

〈1950年代のテレビCMにおける音楽〉

簡単なまとめに入りたいと思います。

CMに使う音楽にはクラッシックやシャンソンやフラメンコなど、さまざまな音楽の試みが

行なわれていましたが、結局は、だんだんと三木鶏郎的なものに収斂していったように見えま

す。別なことばで言うと、フラメンコとかクラッシックも含めて、とにかく徹底的に非歌謡曲

の世界を作ろうとしていた、そういう磁場が働いていたように見ることができます。消費の場

としてはマイホームのイメージが提示されていて、CMには働いている人はあまり出てこない

です。実際、曲の作り手や歌い手も、歌謡曲のレコード会社の専属体制からかなり遠い人が多

かったように思います。そして、楠トシエがこの時期の半分ぐらいを歌っているような印象を

持つぐらい彼女はよく登場してきますけれども、楠トシエ自身はムーランルージュ新宿座を経

画像22

46 テレビCM研究・関西アニメーション史研究

て、三木鶏郎の『日曜娯楽版』の出演に至るという経歴を持った人でした。また、数多くの童

謡歌手もこの時期にコマーシャルソングをかなり歌っています。三木鶏郎の他の作曲家との違

いは、作詞作曲をしてるというところで、そこが彼の強みだったように見えます。三共の、今

日は出てきていませんが、「くしゃみ3回、ルル3錠」とか、そういうキャッチフレーズを作

るのが非常に巧みで、それをうまくメロディに乗せていった。そこらへんが三木時代を作るこ

とができたポイントかなと思います。そして、重ねことばを巧みに使う技法が非常に上手だっ

たということもできます。

50年代後半は、ラジオ用CMソングを核として、映像化が行なわれたと見ることができま

す。映像のために曲が作られたり、とくに歌が作られた例というのは、あまりなかったのでは

ないかと思います。ここでアニメといっしょに見て感じられることは、ONの音楽か、INの

音楽か、擬似 INの音楽であることが多かったんですが、CMソングはアニメ映像と親和的な

んですね。それはディズニー的な音楽のつけ方ではなくて、CMソングをそのままなぞるよう

な映像が作られていて、この時期のCMは、そういう意味では非常にわかりやすかったとい

うことができます。さきほども指摘したように、企業やブランドのロゴマークを徹底的に告知

するということ、それからキャラクターを作り出して見せていくこと、それと連動する形で

CMソングが作られるんですね。50年代の強調点がよく見えてきたと思います。50年代のデ

ータベースから見られる音楽的傾向は以上のようなことであるとして、報告を終わらせていた

だきます。

ディスカッション 47

辻 どうもありがとうございました。それ

では、早速ディスカッションに移りたいと

思います。まず私から、ごく些細な質問な

んですけども、させていただきたいと思い

ます。2ページのハリスチウイングガム

032-04ですけれども、これがクレイジー

キャッツの「五万節」に似てると私も思っ

たんですけど、先行関係はどっちの方が早

いですか?「五万節」の方が早い?

小川 「五万節」のほうが遅いです。「スー

ダラ節」が1961年で、「五万節」はもっと

そのあとになりますから、ハリスチウイン

ガムの方が4、5年早いかなと。ここらへん

は、たぶん社史とか探るしかないと思うん

ですね。誰が歌ったかとか誰が作ったかと

か……。

辻 ついでなんですが、一番下のシルバー

ラジオを「ラジオ歌謡風」と書かれている

のは、意図的だと思うんですよ。ラジオか

ら流れてるような……。

小川 ええ、そうですね。

辻 実際に、ラジオCMでもあれを流して

たんでしょうかね。

小川 ラジオを買えと? そうですねぇ…

…、うーん、わかんないですね、ちょっと。

辻 キャンペーン志向としてはおもしろい

なと。ラジオCMとテレビCMを連動させ

ていたとしたら。

? シルバーラジオはトランジスタラジオ

ですよね。

小川 トランジスタラジオですね。

高野 話は違うんですけど、このシルバー

ラジオのCMを取り上げる人がすごく多い

ので、一言言っておきたいんですが、会社

名は台帳には書いてないんですよ。昭和30

年頃の会社総覧を見ると、シルバーラジオ

販売元みたいな情報が載っている会社があ

ったので、これかな、ということで新白砂

電機と記入したので、本当は会社名は「?

(はてな)」だと思ってください。

辻 どうでしょうか。他にいかがでしょう

か。

小川 このデータベースの分類について質

問させていただいていいですか。「シンギン

グ」か、「その他歌詞あり」っていうチェッ

クのところがありますよね。「シンギング・

コマーシャル」なんだけど、「その他歌詞あ

り」とチェックされているものもあるんで

すが、そこらへんはどう判断して作られて

いるんですかね

高野 データベース作成を手伝ってもらっ

た学生さんに僕が出した指示は、「最初から

最後まで歌で押し切ってるものにシンギン

グってつけてください」でした。そうじゃ

ないものは、「その他歌詞あり」です。つま

り、最初の30秒がシンギングで、後半から

ナレーションが入ったりしたものには、「そ

の他歌詞あり」とするようにしました。だ

から、両方についてるのはケアレスミスで

す。

小川 わかりました。

新野 「シンギング」とか「歌詞なし」と

かの項目に関しては、学生さんがチェック

を入れたのを、とにかく端から順番にその

ディスカッション

48 テレビCM研究・関西アニメーション史研究

まま入力してるんで、全然精査できてない

んです。これから精査すべき項目です。

辻 重ねことばは、当時のCMソングに関

して特徴的なのか、それとも、わりと当時

の歌謡にもよく使われたことなのですか。

小川 いや、やっぱりCMソングだと思い

ます。

辻 その前になにか起源にあたるようなも

のがあったわけですか。

小川 童謡にあるんですね。「てんてん、て

んまり、てんてまり」とか。

辻 「とん、とん、とんからり」とか。

小川 子どもの歌にわりとあると思うんで

す。とにかく歌謡曲とは違うCMソングの

世界を一生懸命作ろうとしていたのではな

いかなと思います。(レジュメのモデル図と

表を示して)「日本ポピュラー音楽史のモデ

ル」は私が作ったもので、下に、歌謡曲と J

ポップの対比を表にしています。歌謡曲が

成立したのは昭和初期と考えていて、これ

はレコード産業が本格的に新譜を出すよう

になった時期です。60年ぐらいまでが歌謡

曲全盛期であると見ています。60年初めぐ

らいから、下に出ているようにだんだん歌

謡曲の体制が崩れてきて、専属性が崩れた

というふうに見ているんです。また、その

前哨戦として50年代にコマーシャルソング

が始まり、アメリカ化が始まっていたと見

ることができます。ですから、コマーシャ

ルソングを入れると、この図はもうちょっ

と斜線が早く始まる形になってくるかと思

います。歌謡曲の世界がほんとにウェット

な望郷の歌をやっている時期に、今見たよ

うな、新しい消費する主体みたいなのが提

示されていた。流行歌とCMソングの世界

が非常に対極にあるような時代だったと見

ることができると思っています。その意味

で、田家さんが Jポップのルーツとして

CMソングを位置付けているっていうのは、

かなり当たってるんじゃんないかなと思っ

ています。

難波 これは高野さんへの質問ですが、ア

メリカではCMソングはジングルと呼ばれ、

当時盛んだったと思うのですが、それがど

のぐらい日本に紹介されたり、日本の制作

者・音楽制作者にヒントを与えたのでしょ

うか。もう1つ気になったのは、当時、生

コマと生でないCMとの比率がどれくらい

だったのかは、何回かこの場で議論になっ

たと思いますけど、生コマをやってる間は

どんな音楽が流れたのかがです。もしBG

Mみたいなものがあったとすると、それが

どういうものだったのか……。

当時のアメリカのCMがどれほど参照さ

れていて、アメリカのCMがどんなものだ

ったのかとか、生コマのときにどんな音楽

が使われていたのかとか、何かそのへんを

教えてください。

高野 よくわからないですね。1959年にテ

レビCMに関する理論書が相次いで日本語

に訳されました。『テレビCMのすべて』と

かです。それを読むと、ジングルについて

かなり細かく書いてあったり、分類してい

るんです。時代的に見ると、野坂昭如なん

かが台頭してきて15秒CMに対応した連

呼型のCMが出てくるのが60年、61年ぐ

らいからで、ジングルの理論が正式に日本

語に訳されたのが1959年ということを考

えると、多少符合してるのかなという気は

します。逆に考えると、58年までは、「ラ

ディスカッション 49

イオン歯磨きの歌」とか「ぼくはアマチュ

アカメラマン」とかと同じようなものが多

かったという気がするんです。全体的には、

Aメロがあって、サビがあってという感じ

ですかね。それで、生コマーシャルのとき

に音楽が流れていたかどうかっていうと、

そういう資料は見たことないです。文字レ

ベルの資料でもそうだし、ソノシートで残

ってるものにも音楽は入ってないんですよ。

すごい静かなところでやってます。どうな

んでしょうかね。

小川 記憶にないですね。生コマーシャル

を見た記憶自体が遠いもんですから。ただ、

例えば『木島則夫 モーニングショー』の

なかで、生コマーシャルのコーナーはあっ

たりしても、バックに音楽は流れてなかっ

たような気がします。流れてたのかもしれ

ないけど、……やっぱりしゃべりに集中し

ていたんじゃないですかね。

辻 80年代でも、少なくはなってたけど、

生コマってまだありましたよね。

難波 ワイドショーなどでですよね。

辻 あのときもやっぱり音楽は流してなか

ったような気はするんです。

高野 コマソンと、もう1つはキャラクタ

ー。メディアを超えた展開をするうえで、2

つの鍵がありますよね。キャラクターのほ

うは、シチズンCちゃんとかを新聞とか紙

媒体にも使えるし、店頭の販促にも使える

し、あっちこっちに使っていたと思うんで

すよ。そう考えると、じゃあコマソンはテ

レビ・ラジオの外に出たことがあるのか気

になります。レコード化されてバンバン配

ったとか、そういう事実ってあるんでしょ

うか。あるいは、どこかお店でかけっぱな

しにしてたとか……。

小川 60年代半ばに、「CMソングのど自慢」

っていうのがあって、民放5局ぐらいが組

んでやってたんですよ。申し込むとソノシ

ートが送られてきて、それで練習して、

CMソングのど自慢コンクールに出るとい

う、そんなのです。テレビ・ラジオの外に

出るといっても、とにかく、子どもがよく

覚えてしまっていたので、やたらそこらへ

んで歌ったりするから大変な効果でした。

私は1952年生まれで、テレビが家にきた

のが1961年ですから、小学校低学年まで

ずっとラジオを聞いていたわけですよ。そ

うすると鶏郎さんの歌はほとんど染み込ん

でいて歌えるんですよね。CMソングの効

果って、そういう効果じゃなかったかなと

思うんですよ。

井上 僕は今日の話をずっと聞いていて、

今それに近いのは何かなって考えたら、ヤ

マダ電気とかの店内放送かなと思いました。

とくにナショナルのは、戦後に電化をして

いくときに、ナショナルカーなんかを作っ

て全国を回って、使い方を教えるとかして

いて、一方で電化の店を津々浦々に作って

いった。そのときに店舗とか販売促進の場

所で、音楽はどう使われてたのか、気にな

りますね。どうなんでしょうか。

小川 店頭で流れたかどうかっていうのは

……わからないですね。化粧品会社がイメ

ージソングを作ったときには店頭で流して

ましたけれど。ナショナルがナショナル販

売店であの歌を流してたというのは、あま

り記憶にありません……。

難波 お菓子屋さんのカバヤのジューシー

などは、カバの格好をした車を走らせたと

50 テレビCM研究・関西アニメーション史研究

かって聞いたことがあるんですけどね。ロ

バのパン屋も一応残っているけど……あれ

は別にテレビCMではないですね。

大橋 今みたいに、人気歌手の新譜とかを、

先行でコマーシャルするようなことはなか

ったですか?

小川 それはこの時期にはないですね。い

わゆる流行歌謡曲の歌手がほとんどCMに

は出てきてないんです。

大橋 島倉千代子は……。

小川 そういうのはちょっとはありますけ

ど、ほとんどない。ただ、よく第1号と言

われている「ぼくはアマチュアカメラマン」

は、灰田勝彦が歌ってるんですけれども、

灰田勝彦もいわゆるウェットな歌謡曲歌手

ではないんです。カラッとした人なので、

どうしてもそういう人選に流れていっただ

ろうと。三橋美智也とかがコマーシャルソ

ングを歌うのはもっとあとで、カールの歌

とかはずっとあとのことです。当時は、と

てもそういう人気歌手はCMソングを歌う

っていうことはなかったようです。

大橋 じゃ、なぜ……。

小川 それはある種、蔑まれた世界だった

から。映画スターがテレビに出ないのと同

じように……。

大橋 同じような感じだった?

小川 もちろん、歌謡曲歌手はテレビには

出ましたけれども、CMを歌うっていうこ

とはなかなかちょっと考えにくかったとい

うことと、それからやっぱりCMソングが

狙っていたテイストと、かなり違っていた

んじゃないかと思うんですね。だから、楠

トシエみたいな、ある種能天気だけれども

耳に残るような歌手が好まれていたんじゃ

ないかと思います。

大橋 いつぐらいから、歌手が自分の持ち

歌をそのままCMで歌うようになったんで

すか?

小川 戦略として意識的にやるようになっ

たのは 70年代半ばですが、いずみたくは

60年代に、とにかくCMでは最先端のこと

をやろうということで、自分の子飼いの歌

手にCMソングを歌わせて、それからデビ

ューさせるということはありました。いし

だあゆみとかピンキー……。

大橋 それはCMソングを歌ってたんです

か?

小川 最初にCMソングを歌わせて、それ

で、CMソングじゃない曲でデビューさせ

る。CMソングでヒットさせたのは「世界

は二人のために」とか。そのあたりでCM

ソングのために作った曲が市販されて、レ

コード大賞を取るようなことが起こってき

たので、だんだん注目が集まってきました。

高野 流行歌手がコマソンを歌うようにな

る時期ってありますよね、データベースで

見ていくと、61年、62年あたりでしょう

か。ザ・ピーナッツとか弘田三枝子とか森

山加代子とかが画面に顔を出しでコマソン

を歌いますよね。これも変化のひとつです

よね。

小川 やっぱりザ・ピーナッツもカバーヴ

ァージョンを歌ってた歌手ですから、アメ

リカ化の1つの象徴的な歌手です。

高野 そうか、弘田三枝子も、森山加代子

もみんなおんなじですね。

小川 みんなそうです。三木鶏郎もザ・ピ

ーナッツを好んでよく使ってましたね。三

木鶏郎自身がインタビューに答えて言って

ディスカッション 51

ますが、とにかく自分は乾いてるって言う

んですよ。自分の曲調は乾いてると。ウェ

ットな人は、ちょっとこの時代のCMソン

グは作れなかったはず。だから、歌う歌手

もウェットな人はだめだったんだろうと思

うんです。

高野・小川 (次に見せるデータベースを選

びながら)「パラゾール」は、マニアックだ

な……ハマフォームの方がいいんじゃない

んですか……「江利チエミ」もいいかな…

…それもマニアックだな(笑)……それが

いいんじゃないかな。

横浜ゴム・ハマフォーム(←文字データなし)

(ザ・ピーナッツが顔出しでCMソングを歌

う)

「(歌詞)坊やの夢は丸い夢。ミルク色した丸

い夢。ママのお膝ですやすやと。やがて、ふ

くらむ丸い夢。ふんわりふわふわゴムの泡。

ふんわりふわふわハマフォーム」

小川 元々は楠トシエが歌ってたのを、こ

うやってザ・ピーナッツが歌うようになっ

たんです。

大橋 ダークダックスが歌ってる「キリン

レモン」って、今、使われてるのとは違う

ものですか?(メロディをつけて)「キリン、

レモン、……」って。

小川 ちょっと違います。メロディが違い

ますね。(大橋氏のメロディで)「キリン、

レモン」の方はかなり新しい方だと思いま

す。

高野 (メロディをつけて)「じん、じん、

仁丹」も出てきますね。あの4人は、デュ

ークエイセスか、ダークダックスか。

難波 いたってベタな質問なんですけれど、

ワタナベプロは所属タレントに戦略的に

CMソングを歌わせたりとか、そういうこ

とをしたのですか。

小川 どうでしょうか……、人脈的に……。

「シャボン玉ホリデー」とか「(夜の)ヒッ

トパレード」とかをやってたから、ワタナ

ベプロはそれまでの歌謡曲勢力に対抗する

ような勢力だったと思いますけどね。それ

は人脈的にも相当繋がっていったんじゃな

いかなとは思います。カバーヴァージョン

歌手も多かったですし。うーん、そうです

ねぇ、ナベプロの……CMソングを歌った

歌手は? 多いかもしれませんね。ただ、テ

レビの時代になると、ほんとに歌の作り方

が変わるんです。映像で見えちゃうから商

品説明をあんまりしなくてよくなってくる。

そこに大きな変化がありますよね。

辻 子どもに覚えてもらうような曲作りっ

ていうのを意識してやってたんですかね。

例えば、童謡調とか、重ねことばって、ま

さにそうだと思うんですけど。

小川 そうですね。なんなんでしょうねぇ。

辻 私が広告業界で働いてたのは80年代末

から90年代ですけども、当時も、子どもに

覚えてもらえるコピーがいいコピーなんだ

とか、そういうのが残っていた記憶があり

ます。ということは、CMソングにしても、

キャッチコピーにしても、子どもに覚えて

もらうっていうことを意識していて、それ

がいい広告の基準だということが、どっか

で生まれたと思うんですよ。

小川 少なくとも子どもに歌えるくらいの

易しさがないと、いけない。今回、改めて

思ったんですけど、50年代後半のCMソン

グっていうのは、日本の子どもの歌の集大

成のような気がするんですよね。ルーツに

52 テレビCM研究・関西アニメーション史研究

は文部省唱歌があって、大正期の童謡運動

があって、それからラジオ歌謡とかがあっ

た。その1つの集大成として鶏郎の世界が

あるのかなと思っています。難しいリズム

は出てこないんですよね。タンタッ、タン

タッって跳ねるような付点四分音符がとて

も多いわけです。シンコペーションなんて

ほとんどないですよね。それで、非常に子

どもに歌いやすかったんじゃないかな。

辻 海外のCMソングと較べた場合、どう

なんですかね。

小川 これがねぇ、あんまり比較対照する

アメリカのCMソングがよくわかんないん

ですけどね。海外にはこんなに豊かなジン

グルの世界はないんじゃないかなぁ。ちょ

っと調べが足りないせいもあるんですけれ

ども。海外って言っても、アメリカ以外、

ヨーロッパはラジオCMってあとから出て

くるんですよね。テレビの方が先だったん

です。民放がとにかく貧弱だったから。そ

うですね、海外、アメリカのジングルがど

うだったかっていうの、もうちょっと調べ

る必要があるかなと思っています。

辻 たまたま昨日、なぜかフランス語学会

に呼ばれて、ことば遊びがテーマのワーク

ショップだったんですね。そこでも、こと

ば遊びとしての重ねことばみたいな話が出

てきたんです。1つは、日本語にはオノマ

トペが豊かで、オノマトペとしての重ねこ

とばがある、っていうよりも、重ねことば

にしちゃうと、オノマトペとして聞こえる

から、だから使いやすいっていう日本語特

有の事情があると思うんです。それからも

う1つおもしろかったのは、日本語で普通

のことばとして重ねちゃうことがあります

よね。例えば、「はい、はい」と言っちゃう

と、「はい」って言った「はい」よりも、不

真面目に聞こえちゃう。そう考えると、

CMのなかで重ねことばを使うのは、あま

りよくないことになるはずだけども、それ

でも多用されるっていうことは、完全に

CMのことばって音の一部としての側面を

やっぱり強く持っていて、意味よりも音と

して機能してるんだなって、感想になりま

すが、そう思いました。

小川 仁丹とか、すごいパワーですよね。

「じん、じん、仁丹、ジンタカタッタター」

って。歌ってて、すごい気持ちいい。おも

しろい。

大橋 最近話題になるCMって、それ専用

のっていうか……。流行した歌謡曲は売れ

るんですけど、CMではそんなではない。

山田 中国語で、日本語の「なんとかちゃ

ん」にあたることを言うときに、名前を繰

り返しますよね。カイちゃんだったら、カ

イカイって言ったり、フェイちゃんだった

らフェイフェイだったり。繰り返しって、

幼児性とか、言いやすさなのかな。なんか

そういう普遍的なことってあるんでしょう

かね。

小川 幼児性ね。なるほど……。

ピヤ さっき先生がおっしゃったように、

僕も思うんですけれども、はじめて日本に

来たときに、すごいCMソングが多いなっ

て感じたんです。私はタイの 75年から

2005年までのCMのデータをもってます

が、CMソングはあんまり現われないです。

日本語にはあまり末尾子音、最後の子音が

ないじゃないですか。あんまりないから、

繰り返すことがしやすいのでは?。

ディスカッション 53

辻 たしかに言語によって違うらしいです

ね。フランス語だと、トレ、トレ、トレビ

アンみたいに、トレを繰り返して強調でき

るんだけど、英語では、べリ、べリ、ベリ

ー、ビューティフルって言わないですよね、

っていうような話が、確かに昨日出てまし

た。

小川 韓国のCMには歌はほとんどないん

ですよね。日本みたいに歌を歌わない。ラ

ウンジミュージックみたいな、ただそうい

うBGMが流れてるだけです。

辻 じゃあ、日本のCMソングっていうの

は、それこそガラパゴス的に進化してきた

んでしょうか。

小川 いや、今、進化してるかどうかは、

わからない。今は、鶏郎時代のCMソング

みたいのはもうないですからね。

辻 そろそろ時間になりました。他に、何

かありませんでしょうか。それでは小川さ

ん、どうもありがとうございました。