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【フィールドノート] 最近の地形測量事情 -UAV-S f 手法の紹介ー 一介の研究者がおこなう地形測量といえば古く は平板測量や水準測量,最近までは長らくトータ ルステーションを用いた測量が主流であった。そ れらに加え,近年では新しい技術の普及が目覚ま しい。航空レーザー測量,地上レーザー測量は, 地表面をスキャンして広範囲の高精細な地形デー タを取得する方法である。国土地理院の基盤地図 情報標高 (5m)の一部は航空レーザー測量によっ て作成された DEM(Di git a1 ElevationMode J) であり.その整備地域においては従前と比較して はるかに詳細な地形判読が可能となった。しかし, レーザー測量にかかる費用は高額で,その個人レ ベルでの地形学的研究への応用例は皆無ではない ものの,さらに高精細な地形データを自由に得ょ うとすると,費用や技術的な面での制約によって 断念せざるをえないことが多い。 本稿では,地形学の分野において 2000 年代以 降にその研究例があらわれはじめ,最近 4-5 の聞に急速に普及してきた新しい地形測量方法の 概要と,実例を簡易に紹介する。それは,小型無 人航空機 (sm a1 1Unmanned Aerial Vehides) 用いた空撮画像の S 1(Structure from motion; 複数視点の画像から撮影場所および対象物の 3 元位置を再現する方法)ふt1 VS (Multiview stereo;多視点ステレオ)写真測量(以下、 UAV-S fM手法)である。 ここでの UAV とは,遠隔操縦もしくは自律飛 行が可能な機体「ドローン」のことを指す場合が 多い。地理学専攻では 2015 年に教育用機材とし DJI 社の Phantom3Professional を導入した。 S 4 MVS を実現するソフトウェアとしては, Agisoft 社の PhotoscanPro などが開発されてお り,これは,アカデミック版ならば破格の 10 土口 田英嗣 円未満で購入可能である。 UAV-S fM手法とはす なわち, UAV に登載したカメラを用いて得た空 振写真を S fMソフトウェアで処理し, 3D の地形 モデルを得ることに他ならず,その原理は従来の 図化機を用いて地形図を作成する空中写真測量と 本質的に異ならない。上記ソフトウェアの特性を はじめ,本手法に関する技術的な解説は内山ほか (2014) などに詳しい。また,地形学における応 用例や課題などをまとめたものとしては,早川ほ (2016) による優れたレピューがあるので,詳 しくはそれらを参照されたい。 すでに数多くの検討例に基づいて指摘されてい UAV-S f 手法の代表的なメリヅトとしては, 次のようなものを挙げられる。 1) cm オーダーの解像度をもっ DSM(Digit a1 SurfaceMode J)やオルソ画像を作成するこ とが可能である。これらの解像度はカメラの 性能や撮影高度,それに地形モデル作成の際 の各パラメータなどに基本的に依存する。 Phantom3 を用いる場合(カメラの函素数は 1200 万) ,狭い範囲でよく,ごく低空(例 えば対地高度 15m- 25m) で撮影した数 100 枚の写真から,後にミドルスペックのパ ソコン(例えば 8GB のメモリを登載した Windows 機)で現実的に表示・処理が可能 なファイルサイズ(最大 2-3GB) の地形 モデルを PhotoscanPro で作成すると,最大 で数 mm の解像度を持つモデルを得ること ができる。 2)高速かっ低コストで実施できる。また,それ ゆえに頻繁な繰り返し測量が可能である。ド ローンには様々なものがあるが,カメラを登 載し,かっ GPS による制御の期待できる 189

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【フィールドノート]

最近の地形測量事情

-UAV -S岱f手法の紹介ー

一介の研究者がおこなう地形測量といえば古く

は平板測量や水準測量,最近までは長らくトータ

ルステーションを用いた測量が主流であった。そ

れらに加え,近年では新しい技術の普及が目覚ま

しい。航空レーザー測量,地上レーザー測量は,

地表面をスキャンして広範囲の高精細な地形デー

タを取得する方法である。国土地理院の基盤地図

情報標高 (5m)の一部は航空レーザー測量によっ

て作成された DEM(Digita1 Elevation ModeJ)

であり.その整備地域においては従前と比較して

はるかに詳細な地形判読が可能となった。しかし,

レーザー測量にかかる費用は高額で,その個人レ

ベルでの地形学的研究への応用例は皆無ではない

ものの,さらに高精細な地形データを自由に得ょ

うとすると,費用や技術的な面での制約によって

断念せざるをえないことが多い。

本稿では,地形学の分野において 2000年代以

降にその研究例があらわれはじめ,最近4-5年

の聞に急速に普及してきた新しい地形測量方法の

概要と,実例を簡易に紹介する。それは,小型無

人航空機 (sma11Unmanned Aerial Vehides)を

用いた空撮画像の S品1(Structure from motion ;

複数視点の画像から撮影場所および対象物の 3次

元位置を再現する方法)ふt1VS(Multi view

stereo;多視点ステレオ)写真測量(以下、

UAV-SfM手法)である。

ここでの UAVとは,遠隔操縦もしくは自律飛

行が可能な機体「ドローン」のことを指す場合が

多い。地理学専攻では 2015年に教育用機材とし

てDJI社の Phantom3Professionalを導入した。

S岱4・MVSを実現するソフトウェアとしては,

Agisoft社の PhotoscanProなどが開発されてお

り,これは,アカデミック版ならば破格の 10万

土口 田英嗣

円未満で購入可能である。 UAV-SfM手法とはす

なわち, UAVに登載したカメラを用いて得た空

振写真を SfMソフトウェアで処理し, 3Dの地形

モデルを得ることに他ならず,その原理は従来の

図化機を用いて地形図を作成する空中写真測量と

本質的に異ならない。上記ソフトウェアの特性を

はじめ,本手法に関する技術的な解説は内山ほか

(2014)などに詳しい。また,地形学における応

用例や課題などをまとめたものとしては,早川ほ

か (2016)による優れたレピューがあるので,詳

しくはそれらを参照されたい。

すでに数多くの検討例に基づいて指摘されてい

るUAV-S品f手法の代表的なメリヅトとしては,

次のようなものを挙げられる。

1) cmオーダーの解像度をもっ DSM(Digita1

Surface ModeJ)やオルソ画像を作成するこ

とが可能である。これらの解像度はカメラの

性能や撮影高度,それに地形モデル作成の際

の各パラメータなどに基本的に依存する。

Phantom3を用いる場合(カメラの函素数は

約1200万),狭い範囲でよく,ごく低空(例

えば対地高度 15m-25m) で撮影した数

100枚の写真から,後にミドルスペックのパ

ソコン(例えば8GBのメモリを登載した

Windows機)で現実的に表示・処理が可能

なファイルサイズ(最大2-3GB)の地形

モデルを PhotoscanProで作成すると,最大

で数mmの解像度を持つモデルを得ること

ができる。

2) 高速かっ低コストで実施できる。また,それ

ゆえに頻繁な繰り返し測量が可能である。ド

ローンには様々なものがあるが,カメラを登

載し,かっ GPSによる制御の期待できる

189

吉田英嗣

Phantom3は,中でも手軽に使用できるもの

のひとつであり.2016年 10月現在,約 13

万円で購入可能である。フライトに際しては

インターネット通信環境におかれたスマート

フォンやタブレット端末が必要だが,これら

は1万円以下の安価なものでよく,通信料も

lフライトが 15-20分間 (5秒のインター

パル撮影で約 200枚を撮影可能)で終えるこ

とを考えれば軽微な負担である。フライト時

の条件さえ良ければ. 1時間で500-600枚

の写真撮影は十分に実現でき,対象範囲の広

がりと求める地形復元精度にもよるが.

0.5km四方程度の範囲の空振を目的としてい

るのならば,半日もあれば完了する手軽さで

ある。したがって,同じ調査地で頻繁に空撮

を実施することにより,地形変化を捉えるこ

とが現実に可能となる。ただし,繰り返し測

量の目的が「高い位置精度に依拠した地形変

化」の把握,にある場合には,別途GNSS測量などで取得した正確な位置情報が必要で

あり,それにはコストがかかる(例 :RTK

測量セット導入の最低予算の目安は 200万

円)。なお,位置情報がない場合でも.地形

判読のための基図を作成する目的ならば問題

ない。

3) 知りたい地形変化は,往々にしてアクセス困

難地で生じていることが多い。そうした場所

でも適用可能な方法であることは,本手法の

大きなメリットである。

一方,次に挙げるデメリットも存在する。

1) 日本圏内では航空法や条例などによる規制が

ある。したがって,あらゆる場所で適用可能

な手法というわけではない。

2 ) ドローンの堕落事故等によるリスクを完全に

は排除できない。しかし,予め保険に入って

おく,天候(風雨に弱い)に応じた運用ルー

ルを定めておく,などにより大幅なリスク軽

減は可能である。

3)作成されるのはあくまで DSMであり,

DEMではない。ただし,裸地が対象ならば

これはデメリットにならない。

4) 撮影枚数が多い場合には,予備バッテリの確

保が必要である。また.メモリを多く登載し

た解析用のパソコン(ワークステーション)

が必要である。例えば,数 100枚の写真 (1

190

枚につき 5MB程度のファイルサイズを想定)

を同時処理する場合には.32GB以上のメモ

リ登載が推奨される。したが。て,安価に導

入できる本手法であるとはいえ. ["ぞれなり

の」初期投資を要する。

西津軽の隆起波食棚「千畳敷J(図1)を空撮

した例を示す(図 2)。図 3は本手法によって作

成されたオルソ画像である。波食棚上には多様な

微地形が発達しているが,従前の 5mメッシュ

データではその判読は難しい(図 4)。しかし,

本手法により作成した cmオーダーのメッシュ

データを用いれば,微地形の平面形状や起伏の把

握,それらに基づく微地形の類型化が可能となる

といえる(図 5. 図6)。

SfMの活用は,何もドローンを用いた空撮画

像に限定されない。例えば,巨磯の分布する磯床

河川において,それらの分布状況を把握するには,

長さ数mのポーJレ先端に取り付けたカメラで撮

影した写真を用いて作成したオJレソ画像が役立

つ。撮影範囲内にスタッフやメジャーなど,スケー

1レとなるものを設置しておくと,それが画像判読

時の基準となり,モニタ上での磯径計測などが可

能となる。

同様に,既存の写真も用いることができる。国

土地理院によって 1970年代に撮影されたカラー

空中写真を素材に,審科山周辺の地形モデルを作

成してみた。図 7. 図8は解像度が 1200dpiの写

真(国土地理院から購入)を用いた場合であり,

図9. 図10は解像度が400dpiの写真(国土地理

院のウェプザイトから無料入手)を用いた場合の

結果である。写真縮尺が小さいこと(10000-

20000分の1).隣り合う写真のオーバーラップ率

が,高精細な地形を復元するにはやや不足気味(約

60%: S岱4を用いる自動復元には 80%程度確保

されると良いとされる)であること,モデル作成

の際に設定するパラメータに若干の工夫を要する

ことなどから,必ずしも高精細な地形が復元され

るわけではないが,あくまで起伏のある山地など

を備隊するには十分な復元結果であると思われ

る。

自前で空撮し,地表をモニタリングする地形学

的研究は世界的にも流行のさなかにある。また.

こうした地形学の成果を一般市民に対する普及活

動や教育に役立てることで,その意義もさらに深

まることになろう。

最近の地形測量事情

謝辞

本研究においては東京地学協会から平成27年度研

究助成を受けた。共同研究者である小花和宏之博士(ピ

ジョンテック)と早川裕弐博士(東京大).ならびに

翼手藤 仁博士(関東学院大)からは常々有意義なご助

言を頂戴している。千畳敷での空撮は,明治大学文学

部地理学専攻における地理学実習の際に筆者がおこ

なった。

引用文献

内山庄一郎・井上 公・鈴木比奈子 2014rs岱4を

用いた三次元モデルの生成と災害調査への活用

可能性に関する研究Jr防災科学技術研究所報

告.181. pp.3.7-60

早川裕こえ・ノj、花和宏之・祷藤 仁・内山庄一郎

2016 rSfM多視点ステレオ写真測量の地形学

的応用Jr地形~ 37. pp.321-343

191

最近の地形測量事情

図 1 隆起波食棚「千畳敷Jの位置

国土地理院の 2万5千分l地形図 <r地理院地図J)を使用した。

図2 Phantom3 Professionalにより撮影した「千畳敷Jの斜め空中写真 (2016年 8月 11日撮影)

動画モードで撮影し,シーンを切り出した。北西側より南東方向を望み.r千畳敷」の背後には最終閲氷期に形成されたと考

えられている海成段丘が認められる。中央奥には第四紀火山の岩木山が釜える。

193

吉田 英 嗣

図3 隆起波食棚「千畳敷」のオルソ画像 (4cmメッシュ)

高度 60mおよ び 100mの2層で搬彩した計約 200枚の写真から。 PhotoscanProを用いて作成した。

図4 国土地理院の基盤地図情報 (5mメッシュ航空レーザー測量による)を用いて作成した「千畳敷」

の地形陰影園

高さ方向は 3倍に強調しである。t度食棚上の微地形を読むことは難しい。

194

最近の地形測量事情

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図 5 UAV-SfM手法に基つく (7cmメッシュ)隆起波食棚「千畳敷Jの地形陰影図

高さ方向は 3f音に強調しである。ここではフ ァイルサイズを減じるために解像度を務としてあるが 十分に高精鋼11である。

195

英嗣

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吉田

出品目白血印刷門同月宇

h町∞-門』〔厨悶

図6 隆起波食棚「千畳敷」の O.2m等高線図

UAV -SfM手法に恭づく地形データ (7cmメッシュ)から生成した。ランパート (海側末端部の微目当地)をはじめとする波

食倒l卜の微地形が明瞭に示される。なお.等品線の官liは相対値ゆえ白表司、していない。

196

最近の地形測量事情

ヨー

図7 国土地理院の空中写真データ (1200dpi)を用いて作成した琴科山周辺の高密点群データ

Photoscan Proでの表示画像をキャプチャした。購入した 22枚の空中写真による。ここでは約 1200万点が生成された。表示さ

れているのは 「点」であり,而 (メッシュ)ではないことに注意されたい。ところどころ点が生成されず.そうした箇所での

地形復元精度は低くなる。

国…川一一

口町一

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芯時…コ…一一…

時一nmuu瑚印

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叫再

開剛山…叫…山町

百一向剛仏泊醐町

‘-・・・・・・圃

山由拘岨幽玄岨叫調島出肘:噂

図8 国土地理院の空中写真データ (1200dpj)を用いて作成した琴科山周辺の地形陰影図

PhotoscanProでの表示画像をキャプチャした。約 2.8mの解像度をもっ DSMが生成された。高さ方向は 3倍に強調しである。

諺科111(中央)の山頂火口もよく復元された。

197

吉田英 嗣

図9 国土地理院の空中写真データ (400dpi)を用いて作成した琴科山周辺の地形

PhotoscanProでの表示画像をキャプチャした。国土地理院の「地図・空中写兵閲覧サービスJ(httpJ/mapps.gsi.go.jp/)で取

得可能な 22枚の空中写真牟による。ここでは約 120万点から生成されたメッシュを復元地形として示した。比較的 「粗いJ地形

復元を試みたため現実とあわないエラーが散見されるが (右奥の 「突起Jなど).地域を概観するには十分な復元結果といえる。

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図10国土地理院の空中写真データ (400dpi)を用いて作成した琴科山周辺の地形陰影図

PhotoscanProでの表示画像をキヤプチャした。約8.9mの解像度をもっ DSMが生成された。高さ方向は 3倍に強調しである。

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