uavを用いたダム堤体上下流面の コンクリート変状...

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1 UAV を用いたダム堤体上下流面の コンクリート変状調査 飯塚 誠 1 1 独立行政法人水資源機構 草木ダム管理所 管理グループ (〒376-0303 群馬県みどり市東町座間 564-6) ダム堤体コンクリートの変状調査は、目視できる範囲が限られていることから定量的評価が困 難で、調査精度には限界があった。このため、近年新技術として注目されている UAV(無人飛行 体)や高画質デジタルカメラによる画像撮影を実施し、多視点画像解析を用いて堤体 3D 画像及 びクラックマップを作成した。 また、これらの情報の閲覧支援のため、画像情報整理支援システムを構築することにより、今 後の堤体コンクリートの監視・評価のための貴重な成果が得られ、高精度かつ定量的な堤体コン クリートの変状評価に有効であるとの結論を得た。 キーワード:UAV(無人飛行体)、堤体コンクリートの変状調査、クラックマップ、管理高度化 1. はじめに 草木ダムは、渡良瀬川沿川の洪水防御と、東京都、 埼玉県等への都市用水(水道用水、工業用水)の供 給、渡良瀬川沿岸地域の農業用水の確保、水力発電 を行うことを目的として、利根川水系渡良瀬川に建 設された多目的ダムである。 1977 年の管理開始から 40 年が経過しており、そ の間に 28 回の防災操作(洪水調節)を行うなど、渡 良瀬川の洪水被害の軽減に寄与するとともに、利根 川本川及び渡良瀬川の都市用水、農業用水の安定供 給に貢献している。 草木ダムは高さ 140m、堤頂長 405m、堤体積 1,321 千m 3 の重力式コンクリートダムであり、ダムの経年 的な変化や変状等を監視するため、定期的に様々な 堤体観測を実施している。堤体コンクリートの変状 調査としては、主に堤体下流面について目視及び写 真撮影による観察を行っている。 2. 堤体コンクリートの変状調査 (1) 堤体コンクリートの変状評価 草木ダムの堤体に関しては、概ね3年ごとに定期 検査を実施し、ダムの挙動や経年変化等に関する評 価を行っている。 堤体コンクリートについては、表面にクラックや 漏水等の変状箇所が複数見られるものの、現在のと ころ経年的な進展は認められていない状況であり、 継続的に変状箇所の状態監視を行っている。 写真-1 堤体表面の変状箇所 (2) これまでの堤体コンクリートの変状調査 草木ダムにおけるこれまでの堤体コンクリートの 変状調査としては、主に堤体下流面において、日常 管理の中で発見されたクラックや漏水等の変状を記 録し、定期的に目視や写真撮影により経過観察を行 うという形で実施してきた。 写真-2 目視による調査状況 これにより変状箇所の大きな変化やある程度の経 年変化を把握することができるが、一方で、微細な 変化の把握や定量的な評価が難しいこと、高標高部 等の目視ができない箇所の変状の把握が困難である といった点が課題であった。 <クラック> <漏水>

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Page 1: UAVを用いたダム堤体上下流面の コンクリート変状 …に3Dレーザスキャナ及び高画質デジタルカメラを 使用する等、新技術を導入することとした。

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UAV を用いたダム堤体上下流面の

コンクリート変状調査

飯塚 誠 1

1独立行政法人水資源機構 草木ダム管理所 管理グループ

(〒376-0303 群馬県みどり市東町座間 564-6)

ダム堤体コンクリートの変状調査は、目視できる範囲が限られていることから定量的評価が困

難で、調査精度には限界があった。このため、近年新技術として注目されている UAV(無人飛行

体)や高画質デジタルカメラによる画像撮影を実施し、多視点画像解析を用いて堤体 3D 画像及

びクラックマップを作成した。

また、これらの情報の閲覧支援のため、画像情報整理支援システムを構築することにより、今

後の堤体コンクリートの監視・評価のための貴重な成果が得られ、高精度かつ定量的な堤体コン

クリートの変状評価に有効であるとの結論を得た。

キーワード:UAV(無人飛行体)、堤体コンクリートの変状調査、クラックマップ、管理高度化

1. はじめに

草木ダムは、渡良瀬川沿川の洪水防御と、東京都、

埼玉県等への都市用水(水道用水、工業用水)の供

給、渡良瀬川沿岸地域の農業用水の確保、水力発電

を行うことを目的として、利根川水系渡良瀬川に建

設された多目的ダムである。

1977 年の管理開始から 40 年が経過しており、そ

の間に 28 回の防災操作(洪水調節)を行うなど、渡

良瀬川の洪水被害の軽減に寄与するとともに、利根

川本川及び渡良瀬川の都市用水、農業用水の安定供

給に貢献している。

草木ダムは高さ 140m、堤頂長 405m、堤体積 1,321

千 m3の重力式コンクリートダムであり、ダムの経年

的な変化や変状等を監視するため、定期的に様々な

堤体観測を実施している。堤体コンクリートの変状

調査としては、主に堤体下流面について目視及び写

真撮影による観察を行っている。

2. 堤体コンクリートの変状調査

(1) 堤体コンクリートの変状評価

草木ダムの堤体に関しては、概ね3年ごとに定期

検査を実施し、ダムの挙動や経年変化等に関する評

価を行っている。

堤体コンクリートについては、表面にクラックや

漏水等の変状箇所が複数見られるものの、現在のと

ころ経年的な進展は認められていない状況であり、

継続的に変状箇所の状態監視を行っている。

写真-1 堤体表面の変状箇所

(2) これまでの堤体コンクリートの変状調査

草木ダムにおけるこれまでの堤体コンクリートの

変状調査としては、主に堤体下流面において、日常

管理の中で発見されたクラックや漏水等の変状を記

録し、定期的に目視や写真撮影により経過観察を行

うという形で実施してきた。

写真-2 目視による調査状況

これにより変状箇所の大きな変化やある程度の経

年変化を把握することができるが、一方で、微細な

変化の把握や定量的な評価が難しいこと、高標高部

等の目視ができない箇所の変状の把握が困難である

といった点が課題であった。

<クラック> <漏水>

Page 2: UAVを用いたダム堤体上下流面の コンクリート変状 …に3Dレーザスキャナ及び高画質デジタルカメラを 使用する等、新技術を導入することとした。

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3. UAV を用いた堤体コンクリートの変状調査

(1) 調査計画

堤体コンクリートの変状について、正確かつ定量

的に把握することを目的として、デジタル画像撮影

による調査を行うこととした。

撮影に当たっては、機動性に優れる UAV(無人飛

行体)を使用し、正確かつ詳細なデータ取得のため

に 3D レーザスキャナ及び高画質デジタルカメラを

使用する等、新技術を導入することとした。

撮影した画像をデジタル処理して 3D モデルを作

成するとともに、展開画像から変状箇所を抽出し、

さらに、今後、堤体コンクリートの変状を正確かつ

定量的に把握していくためのツールとして、それら

の情報を統合したクラックマップを作成することと

した。

一連の調査は、画像撮影→展開画像の作成→変状

箇所の抽出→クラックマップ作成の流れで実施した。

(2) 画像撮影

a) 撮影機材

画像撮影は、堤体上下流面のコンクリート変状を

正確に把握するため、3D レーザスキャナによる撮影

座標及びダム形状の3次元計測、固定点からの高画

質デジタルカメラによる撮影とともに、死角をなく

すために UAV(無人飛行体)を使用して行った。

写真-3 UAV(無人飛行体)

写真-4 3D レーザスキャナ

b) 撮影解像度の検証

画像撮影の精度管理として、0.2mm までのクラッ

ク(ひび割れ)を抽出可能なことを目標として、そ

れに必要な撮影解像度の検証を行った。検証にはク

ラックシート及び、あらかじめひび割れを生じさせ

たコンクリートブロックを用いて撮影距離(高度)

を変えた撮影を実施し、クラック(ひび割れ)が確

認できるかどうかを判断した。

写真-5 撮影解像度の検証状況

結果は表-1 に示すとおりであり、3 つの解像度の

比較では 0.2mm 幅のクラック(ひび割れ)を認識す

るためには 1.0mm/pix 以上の解像度が必要なことが

わかった。

表-1 撮影解像度の検証結果

以上を踏まえて、画像撮影にあたっては、撮影画

像の解像度は、1 ピクセル 1mm 程度以下とし、機材

設置箇所あるいは撮影方法毎に、撮影した範囲(高さ、

幅)、撮影距離、画像解像度などを記録することとし

た。また、できるだけ撮影条件を一定に保つように

努めるとともに、各画像のラップ率を 50%以上とし、

画像の欠落がないように実施した。

撮影画像は、UAV によるものが約 20,000 枚、手撮

り補完撮影によるものが約8,500枚の合計約28,500

枚となった。

写真-6 撮影画像サンプル

解像度\ひび割れ幅 0.1mm 0.2mm 0.5mm以上 0.1mm 0.2mm 0.5mm以上

0.5mm/pix ○ ○ ○ ○ ○ ○

1.0mm/pix ○ ○ ○ △ ○ ○

2.0mm/pix × △ ○ × △ ○

クラックシート コンクリートブロック

<クラックシート>

<コンクリートブロック>

0.1mm

0.2mm

0.3mm

○:確認可能、△:やや可能、×:確認不能

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(3) 展開画像の作成

画像撮影により得られたデジタルデータについて、

多視点画像解析を用いて 3D モデルを作成し、それを

もとに各面の展開画像 (オルソ画像)を作成した。

多視点画像解析とは、デジタルカメラにより対象

物を網羅するように多視点から撮影し、そのデジタ

ル画像からステレオマッチングされたデータにより

対象物の表面形状をリアルな高密度データとして取

得するものであり、3次元の TIN(不整三角網モデ

ル)からオルソ画像(正射画像)への変換が可能とな

る。

多視点画像解析の過程では、各撮影画像は収差補

正(レンズによる歪み等の補正)、あおり補正(斜方

向から撮影した画像を正対画像に補正)を行った。

【堤体 3D 形状】

【堤体 3D モデル】

【展開画像(堤体下流面)】

図-1 3D モデルと展開画像の作成

(4) 変状箇所の抽出

堤体表面(上流面、下流面)について、撮影した

デジタル画像及び補足の現地調査をもとに、クラッ

ク(ひび割れ)、漏水、遊離石灰、剝離・剝落等の変

状を抽出・整理した。

あわせて、作成した展開画像(オルソ画像)を元に損

傷のトレースを行うことで、幅 0.2mm までの微細な

クラックについても抽出することが可能となった。

クラックの抽出はデジタル画像をもとに技術者が識

別を行った後に、詳細形状を自動識別する半自動方

式を採用した。

図-2 デジタル画像によるクラック抽出

(5) クラックマップの作成

作成した展開画像と抽出した変状の情報を重ね合

わせ、クラックマップを作成した。

クラックマップでは、進行状況(クラック幅)別

に整理したクラック(ひび割れ)、漏水範囲、遊離石

灰、剥離等の変状について、種別毎に凡例を分けて

整理することで、どの場所にどのような変状が発生

しているかがわかりやすくなり、変状の原因分析に

有効な情報となった。

また、それぞれに位置や長さ・幅等の情報を持た

せることにより、経年的な変化を定量的に評価する

ことが可能となった。クラックについては、走向(方

向)も整理しており、大局的なクラック走向の確認

により、発生原因の特定や安全性の評価にも有効な

資料となった。

4. 画像情報整理支援システム

これらの情報の閲覧支援のために、画像情報整理

支援システムを構築した。このシステムでは、写真、

クラック情報等をレイヤー処理することにより、視

カメラ位置

(撮影位置)

※青:多視点撮影位置

Page 4: UAVを用いたダム堤体上下流面の コンクリート変状 …に3Dレーザスキャナ及び高画質デジタルカメラを 使用する等、新技術を導入することとした。

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認性の向上を図った。

また、それぞれのデータは、エクセルでのデータ

処理が可能となり、集計等が容易となった。

今後、変状の進行・変化について、このシステム

に追加・更新していくことで、堤体コンクリートの

変状の経年変化を容易に評価することができるツー

ルとなった。

図-3 画像情報整理支援システム画面

図-4 システム詳細画面

5. まとめ

(1) 考察

草木ダムにおける堤体コンクリートの変状につい

て、正確かつ定量的に把握することを目的として、

デジタル画像撮影による調査を行った。撮影に当た

っては新技術である UAV や 3D レーザスキャナ、高画

質デジタルカメラを使用することで、高精度なデー

タ取得を行った。

取得したデータから、3D モデルや展開画像の作成、

クラック等の変状の抽出・整理を行い、これらの情

報を統合したクラックマップ及び画像情報整理支援

システムを作成することで、今後、堤体コンクリー

トの変状を正確かつ定量的に把握・評価していくた

めの基礎データが取得でき、調査結果をデータベー

ス化(システム化)したことにより、今後の調査結

果と容易に比較分析が可能となった。

定期的に同様の調査を行うことで、堤体コンクリ

ートの変状に関する評価がより正確かつ詳細になり、

ダムの定期検査項目である「ダムの安全性及び機能

に影響を及ぼすようなコンクリートの劣化・損傷等」

の検査に定量的な判断材料を示すことができ、管理

の高度化に繋がるものと考えている。

また、これらの詳細なデータが変状の原因究明に

寄与することが期待できる。

(2) 今後の方針

今後、堤体コンクリートの変状に関しては、長期

的に観測する必要があることから、変状の分析を行

い、変状スピードが速い箇所、遅い箇所について、

調査頻度を検討し、ダムの定期検査等に合わせて定

期的に調査を進めることで考えている。

また、今後調査予定である水中部分のコンクリー

トの変状調査データをシステムに追加統合し、デー

タベースの充実を図っていく。

図-5 クラックマップ(堤体下流面)

画像情報整理支援システム

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