vol.49 茶話会「卵巣欠落症状のおはなし」まとめ(会報vol.49 別紙より)...

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(会報 vol.49 別紙より) 茶話会「卵巣欠落症状のおはなし」まとめ タイトル:卵巣欠落症状(更年期様症状)のおはなし ~治療後のからだ・何に気をつければいい?~ 師:東北大学病院 産婦人科 石橋 ますみ先生 催:平成30年9月13日(木)13:30~15:00.東北大学病院 外来棟1階 キャンサーボード室 がん治療は様々な仕組みで女性ホルモンに影響を与えます。 どのような状況が起こり得るのか、産婦人科医師の石橋ますみ先生より、詳しくお話しをいただきました。 1. 卵巣を摘出せずに抗癌剤や骨盤への放射線照射を行った場合 卵巣機能が低下し、卵巣からのホルモン分泌が抑制される場合がある 一時的に無月経となっても、月経が再開する場合もあるが、閉経状態が持続する場合もある 月経が、治療中も保たれる場合や、治療後に一時的に無月経となって再開する場合も、必ずしも妊娠が簡単 にできるわけではない。また、治療後に月経が保たれていても、通常より閉経が早期に起こる可能性もある 2. 手術で両側の卵巣を摘出した場合 女性ホルモンは卵巣から出るので、摘出により、ただちに閉経(外科的閉経)の状態となる 卵巣機能・エストロゲン(女性ホルモン) エストロゲンは卵巣で作られ、子宮の発育や子宮内膜の増殖に関わる、女性らしさを保つホルモン。その他に 神経、皮膚、血管、骨、脳に至るまで幅広い作用がある。女性の身体を守るうえで大切な働きをしている 卵巣機能低下による症状 1. エストロゲンが足りなくなると、すぐに出てくる症状が更年期症状 ➡ ほてりや発汗、不安、イライラ等の精神症状がでる 2. エストロゲンは腟を滑らかにする作用がある。 腟が乾いて炎症を起こしたり(萎縮性腟炎)、尿失禁を起こしたり、性交痛が起こったりする 3. 皮膚の萎縮、色素沈着、骨粗鬆症も。20年くらいの長い時間をかけて動脈硬化なども起こりやすい 卵巣機能低下による長期的な健康リスク 早期に閉経した場合、50歳前後で閉経した人に比べ、低エストロゲン状態で過ごす時間が長くなるそのためにエストロゲンが欠落した状態に関連するリスクを負うことになる(脂質異常、動脈硬化、骨粗鬆症) もし50歳で閉経した場合、閉経後10年(60代)で骨粗鬆症、20年(70代)で動脈硬化が出るとして、 それより早期に閉経した方は同年代の人より前倒しに、脂質異常、動脈硬化、骨粗鬆症の病気が起きてしまう 1. 脂質異常、動脈硬化 脂質異常(コレステロール上昇)により動脈硬化が起こる ➡ コレステロールが上がると、血管の壁に粥状に溜まって血管を固くしてしまう 心臓の血管に動脈硬化が起こると冠動脈疾患(狭心症や心筋梗塞)、脳の血管に起こると脳血管障害(脳梗塞)

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  • (会報 vol.49 別紙より)

    茶話会「卵巣欠落症状のおはなし」まとめ タイトル:卵巣欠落症状(更年期様症状)のおはなし ~治療後のからだ・何に気をつければいい?~

    講 師:東北大学病院 産婦人科 石橋 ますみ先生

    開 催:平成30年9月13日(木)13:30~15:00.東北大学病院 外来棟1階 キャンサーボード室

    ■ がん治療は様々な仕組みで女性ホルモンに影響を与えます。

    どのような状況が起こり得るのか、産婦人科医師の石橋ますみ先生より、詳しくお話しをいただきました。

    1. 卵巣を摘出せずに抗癌剤や骨盤への放射線照射を行った場合

    ➡ 卵巣機能が低下し、卵巣からのホルモン分泌が抑制される場合がある

    一時的に無月経となっても、月経が再開する場合もあるが、閉経状態が持続する場合もある

    月経が、治療中も保たれる場合や、治療後に一時的に無月経となって再開する場合も、必ずしも妊娠が簡単

    にできるわけではない。また、治療後に月経が保たれていても、通常より閉経が早期に起こる可能性もある

    2. 手術で両側の卵巣を摘出した場合

    ➡ 女性ホルモンは卵巣から出るので、摘出により、ただちに閉経(外科的閉経)の状態となる

    ■ 卵巣機能・エストロゲン(女性ホルモン)

    エストロゲンは卵巣で作られ、子宮の発育や子宮内膜の増殖に関わる、女性らしさを保つホルモン。その他に

    神経、皮膚、血管、骨、脳に至るまで幅広い作用がある。女性の身体を守るうえで大切な働きをしている

    〇 卵巣機能低下による症状

    1. エストロゲンが足りなくなると、すぐに出てくる症状が更年期症状

    ➡ ほてりや発汗、不安、イライラ等の精神症状がでる

    2. エストロゲンは腟を滑らかにする作用がある。

    腟が乾いて炎症を起こしたり(萎縮性腟炎)、尿失禁を起こしたり、性交痛が起こったりする

    3. 皮膚の萎縮、色素沈着、骨粗鬆症も。20年くらいの長い時間をかけて動脈硬化なども起こりやすい

    〇 卵巣機能低下による長期的な健康リスク

    早期に閉経した場合、50歳前後で閉経した人に比べ、低エストロゲン状態で過ごす時間が長くなる。

    そのためにエストロゲンが欠落した状態に関連するリスクを負うことになる(脂質異常、動脈硬化、骨粗鬆症)

    もし50歳で閉経した場合、閉経後10年(60代)で骨粗鬆症、20年(70代)で動脈硬化が出るとして、

    それより早期に閉経した方は同年代の人より前倒しに、脂質異常、動脈硬化、骨粗鬆症の病気が起きてしまう

    1. 脂質異常、動脈硬化

    脂質異常(コレステロール上昇)により動脈硬化が起こる

    ➡ コレステロールが上がると、血管の壁に粥状に溜まって血管を固くしてしまう

    心臓の血管に動脈硬化が起こると冠動脈疾患(狭心症や心筋梗塞)、脳の血管に起こると脳血管障害(脳梗塞)

  • 2. 骨粗鬆症

    骨の密度が薄くなりスカスカになって、骨が折れやすくなる病気

    骨折が起こりやすい場所は、背骨、腰、大腿骨(股関節の辺り)➡ 骨折は、寝たきりになる原因になる。

    ➡ 寝たきりになると、生活の質が下がり、認知症や誤嚥ご え ん

    性せい

    肺炎はいえん

    (食べた物がうまく飲み込めなくなり

    肺炎を起こす)を起こす危険がある。誤嚥性肺炎は命にかかわる病気で、骨粗鬆症が原因で寝たきりになり、

    肺炎を起こして亡くなる死亡の率は、乳がん、肺がん、胃がんを合わせたものより高いといわれている、非常

    に気を付けた方がよい病気。(サイレントキラー)

    〇 卵巣機能低下に対するホルモン補充療法

    1. 子宮がない場合:エストロゲンを補う

    子宮がある場合:エストロゲン+プロゲステロン 2 種類の薬を使い、周期的に生理を起こす事が可能。

    ※子宮内膜にエストロゲンをずっと作用させておくと、長い時間をかけて子宮体がんの危険があるといわ

    れている。子宮がある場合は周期的に生理を起こして、子宮内膜を定期的にきれいに出すことが大事

    (子宮がない場合は、子宮体がんになる心配がないので、エストロゲンだけのホルモン補充)

    2. ホルモン剤の補い方・剤型(使いやすさによって選ぶことが可能)

    *経口剤(飲み薬) 毎日飲む

    *経皮貼付剤(貼り薬)シール 一日・二日で貼り変える

    *経皮ゲル剤(塗り薬)

    3. ホルモン療法はがんの女性にとって安全か

    子宮卵巣があり、一時的に卵巣機能が低下した方へのホルモン療法は、将来の妊孕にんよう

    性せい

    に悪影響を及ぼさない

    <ホルモン療法をすべきではない女性>

    乳がんの治療中または既往のある方、脳卒中の既往のある方、血栓症の既往のある方(深部静脈血栓症・

    肺塞栓症)、心筋梗塞や冠動脈の動脈硬化の既往のある方。

    4. 婦人科がん 女性ホルモンを補って、がんが再発する事はあるか

    子宮頸がん(扁平上皮がん)治療中または治療後

    ➡ ホルモン補充療法により再発率が上昇したという報告はない

    (子宮頸部腺がんの場合は検討が必要 → 頸部腺がんの悪化にエストロゲンが関係しているかが

    まだはっきりしていない → ホルモン補充療法は相談して決める)

    子宮体がん(類内膜がん、漿しょう

    液性えきせい

    がんなど)治療後

    ➡ ホルモン補充療法により再発率が上昇したという報告はない

    (エストロゲンにより悪化する場合があり、治療が落ち着いて半年から一年で開始する場合が多い。

    開始時期と期間は検討が必要)

    卵巣がん治療後

    ➡ ホルモン補充療法により再発率が上昇したという報告はない

    (最近、治療が落ち着いた後も、アバスチンを月に 1 回続けて再発しないように維持する治療が増え

    てきている。アバスチンは、血栓を作る副作用の報告があり、アバスチンとホルモン補充療法を

    同時に行う事は、注意が必要なので、よく相談した上で始める)

  • 5. 乳がんのリスク(乳がん→ホルモンの影響により悪化するがんである)

    *5 年未満の使用であれば乳がんのリスクは高まらない

    *5 年以上の使用により乳がんのリスクはわずかに上昇するが、アルコール摂取・肥満・喫煙といった

    生活習慣関連因子による乳がん発症リスクと同等かそれ以下であると報告されている

    〇 ホルモン補充療法の副作用と必要な検査

    肝機能障害や血栓症、乳がんという副作用があるので、定期的な血液検査と乳がん検診は受ける事が必要。

    ホルモン補充療法を始める前にも、乳がんがないことを確認してから始める。喫煙は血栓症の危険を高め

    るので、必ず禁煙をしてから始める。

    〇 ホルモン補充療法はいつまで続けることができるか

    50歳ごろまで。長くても55歳までには中止(ただし、近年は年齢や期間に制限を設けない方向に動い

    ています)。若い女性であれば、必要な場合は長期間ホルモン療法を続けることになる為、副作用に注意

    し、乳がん検診はしっかり受ける事

    〇 ホルモン補充療法が出来ない場合

    *更年期症状に対しては、漢方療法

    (婦人科 漢方専門外来でイライラ・不安・汗をかく等の症状に合わせて漢方薬を調整してもらえる)

    *気持ちの問題が強い場合は、抗うつ薬や精神安定剤

    *ストレスが多い場合には心理療法、リラックスする為にヨガの様な運動をおすすめ

    性交痛や萎縮性腟炎に対しては、腟の粘膜が乾燥してしまうことが原因なので、腟に塗る様な保湿剤や

    オイルも市販されているので、そのような物を使うことができる

    〇 ホルモン補充療法が出来ない場合に気を付ける事

    1.脂質異常:生活習慣を改善する(食事で脂っぽいものを取りすぎない・運動・禁煙・太りすぎない)

    それでもだめなら薬物療法

    2.骨粗鬆症:骨粗鬆症は予防が大事。(なってからでは、薬をいろいろ使わなければならない)

    適度な運動、バランスの良い食事(カルシウム・ビタミン D・ビタミン K、骨には大事

    カルシウム→牛乳・小魚、ビタミン D・ビタミン K→きのこ・納豆等)

    年に一度の検診(骨密度の測定)、禁煙。

    カフェイン・アルコール・インスタント食品・清涼飲料水は、あまりよくない。

    *薬物療法(骨密度が落ちてきた・骨粗鬆症になってきた場合)

    ① 腸管からのカルシウムの吸収を促進する(活動型ビタミン D3薬)

    ② 骨の形成を促進する薬(活性型ビタミン D3薬、ビタミン K2薬、テリパラチド(副甲状腺ホルモン)

    ③ 骨吸収を抑制する薬(ビスフォスフォネート薬、SERM(塩酸ラロキシフェン)、カルシトニン)

    3. 動脈硬化:生活習慣を改善する(血圧も関わるので、塩分を取りすぎない)薬物療法など

    〇 がん治療後の生活の質を保つために

    がん治療後の人生は長く続きます。通常の閉経時期よりも女性ホルモンを早く失う事が、長生きした先に

    いろいろな弊害を起こしてくるので、気を付ける必要があります。卵巣欠落症状・骨粗鬆症・脂質異常・

    動脈硬化等、長期的なフォローアップが必要です。ホルモン補充療法を行う場合も行わない場合も、骨粗鬆

  • 症・脂質異常などが起こっていないか、定期的に検査を受けてください。

    卵巣機能低下に対して、どのような治療を行うかは、個人個人によって違い、がんの種類や組織の形によっ

    て違い、元々の合併症によっても違うので、どのように診てどのような治療を行うかは、主治医の先生と

    ご相談ください。

    石橋ますみ先生への質問と回答

    1.卵巣欠落症状が出てくる前に出来る「予防策」はあるのか?

    症状としてご本人が感じるのは更年期症状。更年期症状は個人差がある。全く出ない方と出る方とかなり違い

    がある。更年期症状が出たから必ず骨粗鬆症や脂質異常になる危険が高いかというと全く関係がない。症状が

    出る、出ないにかかわらず 50 歳より早い段階で、卵巣機能が欠落するような手術や治療をした場合は症状がな

    くても、骨の状態や高脂血症になっていないか、チェックはしていって、症状はなくても検査上で異常値がある

    場合は、早く対策を取った方が良い。

    ホルモン補充療法は症状が出てから始めるものではない。症状が出ないように予防するために始めるもの。

    がんの治療が落ち着いて、ホルモン補充療法ができる段階であれば、症状に関わらず始められる方はホルモン補

    充療法を始めた方が良い。

    始められない方は、血液検査や骨密度の検査を定期的に行って、異常値があれば治療を早めに行う。

    2.時間が経過してから症状が出てくることはあるのか?

    卵巣を取るまで生理が順調にきて女性ホルモンが出ていた方は、更年期症状は比較的すぐに出てくる。

    婦人科の治療の中で、卵巣が残った状態で抗がん剤や放射線をする場合は、治療中ではなく治療終了後1ヶ月

    2 ヶ月してから、卵巣の機能が落ちてくる。卵巣が残った状態で抗がん剤や放射線の治療をした場合は、時間が

    経過してから症状が出る場合は大いにある。ただし、卵巣を取った方は、更年期症状は出るとしたらすぐ出てく

    るので、卵巣を取って何年もしてから更年期症状が出る場合、更年期ではない可能性があるのではと考える。

    骨粗鬆症や動脈硬化は、10 年 20 年先の話で出てくるので、時間が経過してから症状が出てくる。

    3.症状が治まり普通に過ごせていたのに、後に再び症状が出てくることはあるか?

    卵巣が残っている方の場合、治療の途中で一時的に卵巣機能が落ちて、後々快復する場合がある。

    一度更年期症状が出ても、卵巣の機能が戻ってくれば症状が治まる可能性がある。

    卵巣の機能が戻ってきたとしても、いくらか放射線や抗がん剤の影響を受けていれば、通常の時期より早く閉経

    を迎える可能性があるので、その頃にまた、卵巣の機能が落ちて更年期症状が出てくるという事はあるかもしれ

    ない。

    卵巣を取ってホルモン補充療法や漢方薬を使っていて、症状が治まって普通に過ごせていたのに、後になって

    から出てくることはあるのか?ということであれば、薬の吸収がうまくいかなければいくら薬を使っても効いて

    いないことがあるので、薬で落ち着いていた症状が、何らかの障害で薬剤の吸収がうまくいかない場合に再燃す

    るという事はあるかもしれない。

    女性ホルモンを補ったから、骨粗鬆症にはなりません、高脂血症にはなりませんという訳ではない。補ってい

    ても十分に補えているかどうかという事で、骨粗鬆症・動脈硬化・高脂血症が出てくる。ホルモン補充療法をし

    ていてもしていなくても、骨密度や血液の検査で高脂血症になっていないか等、診ていく必要がある。

  • 4.症状の種類にはどんなものがあるか?

    汗をかく、イライラする、動悸がするというような症状が多い。

    汗に関しては、顔とか上半身に主に汗をかいているのに手足は割と冷えているという症状が特徴的。

    症状が多岐にわたり、代表的なものは、汗をかく、動悸がする、ほてる、イライラする、不安になる、など。

    それ以外でも何か気になる症状があったら、医師に相談する事。

    5.ホルモン補充療法は、60歳までは保険が利くのでそれまではできるのか?

    ホルモンを補う治療は、50代を過ぎると血栓の危険が高くなる。

    ホルモン補充療法は、相性が良いと、止めたくなくなる方が多いので、50歳を過ぎたら量を減らしていく事。

    できれば55歳くらいで終わりが良いのではないかとされてきたが、近年は年齢や期間に制限を設けないという

    考え方も出てきている。ケースバイケースなので、医師に相談するように。

    6.腟坐薬の副作用で乳がんになるか?(萎縮性腟炎、膣坐薬使用していた)

    腟坐薬は、全身の女性ホルモンを補うほどの効果はない。萎縮性腟炎など、腟の中の症状が強い方にお勧めす

    る。絶対に影響がなかったとは言えないが、腟錠を使った程度では全身のエストロゲンの濃度は上がらない。ま

    た腟剤にはプロゲステロンは含まれていない。腟剤によって乳がんになる可能性はかなり低いのではないかと考

    える。

    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

    [発行] 婦人科がん患者会「カトレアの森」

    仙台市青葉区星陵町 1‐1(東北大学病院 産婦人科医局内)090-2027-9396

    *掲載記事の無断転用は固くお断りします