vsmを利用した施設患者に対する訪問診療の効率化 ·...

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VSMを利用した施設患者に対する訪問診療の効率化 やすなが つとむ 医療法人 博愛会 頴田病院 在宅医療センター 安永 勤 福岡県飯塚市に位置する頴田病院は在宅療養支援病院として在宅医療を展開している。現在訪問施設は 17 施設あり、内 9 施設で 10 名以上の患者を担当しており、その診察には 2 時間以上の時間を要していた。ま た施設との患者情報共有が十分ではなく、患者の待ち時間が増加し診察にも影響を及ぼしている。 そこで、施設とのスムーズな連携を通して患者の待ち時間と診察に関わる無駄な時間を削減することを目的 Value Stream Map(以下、VSM)を利用して改善活動を行った。 VSM とは、生産や物流、ソフトウェア開発などの工程を改善する際に、現状を把握し将来のあるべき姿 を明確にするために作成されるプロセス図のことである。もともとはトヨタ生産方式における手法で、トヨ タ自動車では「物と情報の流れ図」といわれている。(図1) 図1 物と情報の流れ図 今回はこの VSM を利用して施設患者の価値の流れ(プロセス)を可視化し、ムダを見つけ出し、改善ポ イントを絞り込み、点の改善ではなく「プロセス」の改善行った。 まずは、VSM を作成するにあたり、職種に関わらず、在宅医療センターのスタッフ全員から、様々な意 見を出し、現状把握改善点を抽出し VSM を作成した。(図2)

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Page 1: VSMを利用した施設患者に対する訪問診療の効率化 · タ自動車では「物と情報の流れ図」といわれている。(図1) 図1 物と情報の流れ図

VSMを利用した施設患者に対する訪問診療の効率化

やすなが つとむ

医療法人 博愛会 頴田病院 在宅医療センター 安永 勤

福岡県飯塚市に位置する頴田病院は在宅療養支援病院として在宅医療を展開している。現在訪問施設は 17

施設あり、内 9 施設で 10 名以上の患者を担当しており、その診察には 2 時間以上の時間を要していた。ま

た施設との患者情報共有が十分ではなく、患者の待ち時間が増加し診察にも影響を及ぼしている。

そこで、施設とのスムーズな連携を通して患者の待ち時間と診察に関わる無駄な時間を削減することを目的

に Value Stream Map(以下、VSM)を利用して改善活動を行った。

VSM とは、生産や物流、ソフトウェア開発などの工程を改善する際に、現状を把握し将来のあるべき姿

を明確にするために作成されるプロセス図のことである。もともとはトヨタ生産方式における手法で、トヨ

タ自動車では「物と情報の流れ図」といわれている。(図1)

図1 物と情報の流れ図

今回はこの VSM を利用して施設患者の価値の流れ(プロセス)を可視化し、ムダを見つけ出し、改善ポ

イントを絞り込み、点の改善ではなく「プロセス」の改善行った。

まずは、VSM を作成するにあたり、職種に関わらず、在宅医療センターのスタッフ全員から、様々な意

見を出し、現状把握改善点を抽出し VSM を作成した。(図2)

Page 2: VSMを利用した施設患者に対する訪問診療の効率化 · タ自動車では「物と情報の流れ図」といわれている。(図1) 図1 物と情報の流れ図

図2 施設患者の VMS

そこで私たちは、診察時間の考え方として患者さんが医者の前に座って離席するまでの時間を価値ある時

間 Value added(以下 VA)、待ち時間を価値のない時間 non-value added(以下 NVA)とした。また居室の

場合、生活スペースでの診察になるので、待ち時間 NVAはなく医師が入室し退室するまでの時間を VAと考

えた。そして、VA と NVA の合計を患者の CT(サイクルタイム)とし、時間の測定を行った。(図3)

図3 施設患者の CT(サイクルタイム)

測定の結果は、CT(サイクルタイム)2~40 分、VA 2~14 分、NVA 0~38 分であった。

そして完成した VSM の中から、2つの問題点を抽出し、それぞれに対する改善活動を実施した。

Page 3: VSMを利用した施設患者に対する訪問診療の効率化 · タ自動車では「物と情報の流れ図」といわれている。(図1) 図1 物と情報の流れ図

問題点1 施設との患者の情報共有が難しい

施設と病院側が必要とする情報や診療上知りたい情報にズレがあり、施設看護師がいないと情報が全くわか

らず、診察が進まない。

問題点2 電子カルテの通信の問題

電子カルテの通信が途絶え診察が中断する。

改善その1:患者情報の共有に関しては、施設との情報共有シート(図4)を作成し、診察に必要な情報が

漏れ無く把握できるようになった。また、共有シート内に診察順番の希望を記入して頂くことで、よりスム

ーズな診察を目指した。

図4 情報共有シート

図5 顔写真入り名簿

しかし、診療に同行する当院看護師が毎回変わるこ

ともあり、施設看護師でないと患者の顔と名前が一致

せず、事前に順番が決まっていても患者の誘導が出来

なかった。結果として、患者の待ち時間を減少させる

ことにつながらなかったので、この問題を解決するた

めに、ご本人に許可を頂いて患者の顔写真入名簿を独

自に作成した。(図5)

また、この情報共有シートを標準化し、どの施設で

もスムーズに導入できるように、導入までの一連の流

れを下の図のようにマニュアル化した。(図6)

Page 4: VSMを利用した施設患者に対する訪問診療の効率化 · タ自動車では「物と情報の流れ図」といわれている。(図1) 図1 物と情報の流れ図

図6 情報共有シート導入フロー

改善点その2:電子カルテの通信の問題に関しては、様々な接続方法を試し電波状況や通信速度の測定を行

った。当初は、通信速度を向上させるための対策を行っていたが、医師や看護師からヒアリングを行うと、

速度よりも途中切断の発生で時間をロスするケースの方が圧倒的に多いという意見が聞かれた。その結果、

通信速度の向上ではなく通信状態の安定を目指すことにより、通信の途中切断というタイムロスが改善され、

全体の診療時間は短縮できた。

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これらの対策後に、再度患者の CT(サイクルタイム)を測定すると、患者全員の CT(サイクルタイム)の

合計である診療時間は24分の短縮が出来た。(図7)

図7 改善前と改善後の全体診療時間

一人あたりの平均診療時間は約3分、ホール平均待ち時間は約15分の短縮となった。(図8)

図8 改善前と改善後の平均時間

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また、VSM を作成し情報共有シートを利用したことにより、改善結果を検証する中で、当初 VAとして考え

ていた診察時間の中にも NVAが含まれていることが判明した。(図9)

図9 VA と思われていた中に含まれていた NVA

VA と思われていた中に含まれていた NVA を発見したことで、実際の CT(サイクルタイム)は、下の図

のようになり、患者にとっての VA は 18%から 24%に増加した。(図10)

図10 改善前と改善後の VA、NVA比率

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改善後、施設看護師からの意見

◆事前に診察順を決めておくことで、利用者をスムーズに診療誘導でき、利用者の待ち時間を減らすこ

とが出来た。

◆事前に訪問診療に必要な情報を共有することで、診察時間の短縮が出来た。

◆希望する外用薬、内服薬を共有することで、診療時の処方依頼漏れがなくなった。

改善後、医師からの意見

◆施設看護師がいなくても患者情報があるので、診察を進められる。

◆診察の効率があがり、時間を短縮できた。

◆診察が中断しなくなった。

◆診察後の追加処方依頼が少なくなった。

【考察】

今回の改善活動で、価値の無い時間という余分な時間が減少し、当初の目標である患者の価値を高めな

がらも、全体の診察時間を短縮するという診療の効率化が出来た。

◆改善後の波及効果

事前に情報がもらえるので、診療に必要となる物品が持参できるようになった。

施設の訪問時間が短縮でき、その他個人宅の訪問時間への影響が少なくなった。

処方忘れによる問い合わせや、薬局からの疑義照会が少なくなった。

診療の同行が看護師でなくても出来るようになった。

【意義と今後の課題】

待ち時間以外の無駄な時間の削減に取り組むことがき、効率よい診察ができた。

施設との情報共有の精度が上がった。

より、VA の割合が増えるように取り組みを強化し、この改善を標準化し全ての施設へ導入する。

【結語】

今回は、VSM を利用することで患者の価値ある時間を可視化し、その上で診療の質は落とさずに時間

を短縮する事に成功した。VSM は、患者を中心とした流れに沿って、患者にとっての価値ある時間と

価値の無い時間を見える化し、改善策を打ち出していくのに非常に有用である。