室内ダニ検査 進め方 方法 - 公益社団法人 ... · 21 特集 pcoにとってのダニ...

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◆◆◆ 21 特集 PCOとってダニ ㈱ペストマネジメントラボ 代表取締役  高岡 正敏 室内ダニ検査進め方方法 はじめに 近年、私たちの生活環境においてダニによ る感染症の媒介、寄生、皮膚炎、そしてダニ によるアレルギー性疾患、不快・恐怖症など の問題が増加している。これらの対策として、 ダニやダニ害に関する啓発や住居環境の改善 によるダニ対策の必要性が指摘されている。 これらの問題に対して的確で効果的なダニ 対策を行うためには、まずそれらの発生状況 を正しく把握し、さらに被害者宅における詳 細なダニ調査及び検査を行って原因を明らか にすることから始めなければならない。しか しながら、現在のところ被害の原因であるダ ニの種類を正確に同定し、その原因種に合わ せた的確な対策が行われていないのが現状で ある。 その理由として、ダニという対象が余りに も微小なために、その検査法は煩雑かつ時間 がかかるため高度な熟練が必要とされる。そ のためダニの検査は一般に馴染まず、長い間 敬遠されてきたように思われる。このことが 被害者宅における原因となるダニの確定がな されないまま、状況判断による推測だけで対 策が行われているのである。このような状況 では、的確で効率的なダニ対策を行うことな ど望めない。ややもすると、まったく筋違い で無駄な対策が行われることもにもなりかね ない。これでは無駄な労力の消費と被害者の 経済負担が増えるばかりである。このような 状況がダニの被害に対する医学の分野のみな 要   約 近年私たちの生活環境においてダニ類による被害が注目を浴びている。 それは感染症の媒介、寄生、皮膚炎、そしてダニによるアレルギー性疾患、不快・恐怖症など の問題である。それらの原因究明と的確な対応を行うには、体系化された検査手法が問題解決の ための重要な鍵となると思われる。しかしダニの検査はいまだ十分な方法の確立がなされておら ず、そのため対策が遅れているといえよう。 そこで、ダニの検査に関して、以下の項目について論じることにする。 1.ダニ検査の目的と検査判断 2.ダニの検査とは 3.被害者宅におけるダニ検査の流れ 4.各種検査法の概要 5.ダニ標本の作成とダニの種別判定(同定) 6.アレルギー患者宅におけるダニアレルゲン検査 7.患者宅におけるダニの調査及び検査の概要

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◆◆◆ 21

特集 PCOにとってのダニ

㈱ペストマネジメントラボ 代表取締役  高岡 正敏

室内ダニ検査の進め方と方法

はじめに近年、私たちの生活環境においてダニによ

る感染症の媒介、寄生、皮膚炎、そしてダニ

によるアレルギー性疾患、不快・恐怖症など

の問題が増加している。これらの対策として、

ダニやダニ害に関する啓発や住居環境の改善

によるダニ対策の必要性が指摘されている。

これらの問題に対して的確で効果的なダニ

対策を行うためには、まずそれらの発生状況

を正しく把握し、さらに被害者宅における詳

細なダニ調査及び検査を行って原因を明らか

にすることから始めなければならない。しか

しながら、現在のところ被害の原因であるダ

ニの種類を正確に同定し、その原因種に合わ

せた的確な対策が行われていないのが現状で

ある。

その理由として、ダニという対象が余りに

も微小なために、その検査法は煩雑かつ時間

がかかるため高度な熟練が必要とされる。そ

のためダニの検査は一般に馴染まず、長い間

敬遠されてきたように思われる。このことが

被害者宅における原因となるダニの確定がな

されないまま、状況判断による推測だけで対

策が行われているのである。このような状況

では、的確で効率的なダニ対策を行うことな

ど望めない。ややもすると、まったく筋違い

で無駄な対策が行われることもにもなりかね

ない。これでは無駄な労力の消費と被害者の

経済負担が増えるばかりである。このような

状況がダニの被害に対する医学の分野のみな

要   約 近年私たちの生活環境においてダニ類による被害が注目を浴びている。

 それは感染症の媒介、寄生、皮膚炎、そしてダニによるアレルギー性疾患、不快・恐怖症など

の問題である。それらの原因究明と的確な対応を行うには、体系化された検査手法が問題解決の

ための重要な鍵となると思われる。しかしダニの検査はいまだ十分な方法の確立がなされておら

ず、そのため対策が遅れているといえよう。

 そこで、ダニの検査に関して、以下の項目について論じることにする。

 1.ダニ検査の目的と検査判断

 2.ダニの検査とは

 3.被害者宅におけるダニ検査の流れ

 4.各種検査法の概要

 5.ダニ標本の作成とダニの種別判定(同定)

 6.アレルギー患者宅におけるダニアレルゲン検査

 7.患者宅におけるダニの調査及び検査の概要

22 ◆◆◆

室内ダニ検査の進め方と方法

らず、多くの分野で大きく立ち遅れてきた要

因のように思われる。

そこで、住居内ダニ類の生態学的な裏づけ

を基盤とした正確で簡便な検査方法の開発と

同時に、現場でそれらの対応に携わる人に対

する技術的育成が必要になってくる。これら

のことが一般に浸透していかない限り、ダニ

問題解決への進展は望めないであろう。

ここでは、ダニ類検査の考え方と一般に行

える室内塵からのダニ類の検体採取法と検査

法の概要について解説する。

1.ダニ検査の目的と検査判断住居内で発生しているダニの被害に対して、

その原因がダニであるかどうかを状況判断だ

けで終えてしまうことが多々行われているよ

うに思われる。またダニの検査は行われたと

しても、本来ダニ害対策を的確かつ効果的に

行うための検査でなければならないし、検査

のための検査であってはならない。

そのためには、表1に示すように、ダニの検

査を行う前に被害者の訴えを多角的に吟味し、

その対象が検査や調査を行うべきうであるか

否かを判断し、検査を行う必要性あるかどう

かの判断が重要となる。そのためには事前の

事情聴取が重要となる。検査の必要性を判断

したら被害現場に赴くことになるが、そこで

も現場で何が問題となっているのか、被害者

の話を詳細に聞くことが問題の本質を引き出

し、原因究明の一歩を踏み出すことに繋がる。

さらに、その住居環境や居住者の事情などを

よく把握することで、家庭の事情に合った問

題解決の方法が見えてくるのである。

2.ダニの検査とはダニ検査とは、1)事情聴取、2)検体採取(サ

ンプリング)、3)検体の保存、4)検体処理(ゴ

ミからの分離)、5)観察・標本作成、6)種別同

定、7)結果評価、8)対策、9)効果判定、10)維

持管理などの一連の行為を指しているもので、

狭義の検査法だけが検査ではない。的確な検

査ができるかどうかは、検査を行う前・後の

行為が重要とある。その際、住環境の把握及

び検査結果と住環境との関連性を見るための

アンケ-トも参考になる。

まずダニ検査の必要性が判断されれば、出

来るかぎり迅速に問題となっている家庭に赴

き、何が問題となっているのか、居住者とよ

く話をする中で問題点を引き出し、さらにそ

の被害の状況及び環境等をよく把握すると共

にその問題解決に当たって何ができるか判断

されねばならない。

検査を行うに当って、まず対象の場所・採

集個所・採取個数・時期(時間帯)等を確定

し、採集条件を設定して、検体採取が行われ

ることになる。さらに、検体をどのように保

持し、輸送し、検査が行われるまでの間どの

ように保存されるか考慮する必要がある。採

取された検体はなるべく早く処理されること

事情聴取――――――状況判断1.ヒトにおける被害状況  症状(部位、程度,発現時期等)、既往歴、内部疾患、家族及び近隣のヒトの状況など

2.ヒト以外に関する発生状況  発生場所、発生時期、住居内外の環境、生活様式、ペットなどの動物及び植物等

3.原因究明:原因の絞込み  ダニか、昆虫か、それ以外か4.苦情対策・対応:アドバイス、サポート、紹介5.検査・調査の判断:事情聴取から判断  検査の対象、時期、目的などを明確にする

表1 ダニの苦情に対する対応

◆◆◆ 23

特集

PCOにとってのダニ

が鉄則であるが、検査まで時間が掛かる場合

は-20℃の冷凍保存が好ましい。しかし、生き

たダニの検査が必要とされる場合は室温保存

し、迅速に対応する必要がある。そして、それ

らの検体について目的に応じた検査法によっ

てダニを分離・検出し、さらに標本作製を行っ

て種別同定が行われることになる。これらの

検査結果は早急に解析・整理され、その結果

を踏まえて患者宅のダニ対策や住環境改善が

図られることになる。

ダニの検査はダニ被害の発生がその出発点

となる。被害発生から対策までの流れの概要

は図1に示したような構図になる。まず被害の

状況から原因の予測を立て、原因究明が必要

と判断できたら検査・調査を行うことになる。

被害の原因となるダニが検出されれば、その

ダニの種類に応じた対策が行うことになるが、

状況によっては原因が究明されないまま対策

が行われることもある。

3.被害者宅におけるダニ検査の流れ室内塵中のダニの検査法は現在までに多く

の方法が考案されている。これらの方法は、

どれをとっても一長一短はあるにしても一応

検出精度は期待できるものばかりである。し

かし、それらの検査法を生かすには、

まず検体の採取方法(サンプリング

法)が重要となる。どれだけ精度の高

い検査を行っても、検体(室内塵)の採

取条件が粗略に行われたり、目的に

合った検体採取が行われなければ、患

者家庭におけるダニ類の生息状況を

正しく把握することはできない。その

ためには、住居内ダニ類の生態的な理

解の基に、目的に応じた場所・時期・

検査法が正しく選択されなければならない。

そこで、現場でも行える室内塵のサンプリ

ング方法と室内塵からの検査方法及び注意点

などについて解説する。

実際に私たちが行っている室内塵の採集法

(サンプリング)と室内塵からのダニ検査法、

その後のアフターケア等などの一連の流れに

ついて述べる。

まず検査を行うに際し、第一段階として、1)

患者の訴えから問題点を引き出し、調査に値

する対象か否かを判断することから始まる。

そのためには、2)対象の住居に赴き、居住者

と話をする中でダニの被害であるかどうか判

断し、その住居の状態、環境及び被害者の生

活態度等を詳細に把握すると共にその問題解

決のために何ができるか判断し、さらに検査

を行うべきか決断しなければならない。次に、

検査を行うまえに、3)目的に応じた検査法を

選択し、4)サンプリング対象及び条件を決定

する。その後、5)室内塵の採取条件を設定し、

検体採取を行い、6)採集された検体は、検査

が行われるまで(検体によっては専門の検査機

関へ輸送されるまで)の間、検体は検査に耐え

うる状態で保存しなければならない。

第二段階として、事前に決定された検査法

図1 ダニ害に対する原因究明から対策まで

24 ◆◆◆

室内ダニ検査の進め方と方法

で室内塵からダニの分離・同定を行う。その

手順はまず検査を行うまえに、採集されたご

みの重量測定及びゴミによっては検査が行わ

れやすいように篩いに掛けるなど行い、その

後 7)室内塵からダニの分離を行う。次に、8)

分離されたダニは実体顕微鏡下で検出しダニ

標本を作製し(ガムクロラ-ル液で封入)最後

に 9)標本中のダニを生物顕微鏡下で種類の判

別(同定)を行う。

以上のような一連の作業により被害ダニが

確定され、第三段階に進むことが出来る。10)

検査結果は整理・解析し、その結果から11)患

者宅の問題点を検討・評価し、12)患者住居の

実情に応じた住環境整備を行う。その後、13)

対策の効果判定及び環境維持のための定期検

査等を行なう必要である。できればその結果

を踏まえて、より効果的な対策を行うための

検査法の改善が図られれば理想的である。

ダニの検査は狭義の検査法だけを重視して

も的確な対策を導き出すことはできない。現

在最も求められているのは、狭義の意味の検

査(第2段階)を行う前の検体のサンプリングを

行なう第一段階とその後の第三段階の検査結

果処理の確立が求められている。

4.各種検査法の概要1)室内塵からのダニ分離法・検査法

現在もなお室内塵からのダニの検査法につ

いては、多くの関係機関で行える簡便で精度

が高い方法の開発が求められている。しかし

検体からダニを検出する方法は、表2に示すよ

うに、古くから様々な手法が考案されてきた。

これらを大別すると、直接ゴミからダニを観

察する方法、またベルレーゼ法のように光と

熱で生きたダニを追い出す方法、一方比重の

高い溶媒によってダニと他のゴミを分離する

方法などに分けられる。

それらを分類してみると、1)室内塵から直

接鏡検する、2)生きたダニを検査材料から熱

と光で追い出す、3)メッシュなどの篩い機に

よって大きさの違いによって分ける、4)ダニ

とその他のものを比重の差によって分離する

(浮遊法)、5)ダニの表皮に含まれるクチクラ

の疎水性を利用した石油類による分離、6)誘

引などを利用したトラップ法、7)それらの方

法を組み合わせた方法、そして近年利用され

ているのが、8)ダニ物質を免疫学的な手法で

検出したり、蜘蛛綱に属する糞に含まれる遊

離グアニンの検出などがある。

室内塵からのダニの抽出法のほとんどが浮

遊法の原理を利用しており、親水性溶液(飽

1  飽和食塩水浮遊法(ワイルドマンフラスコ法)(佐々ら、1961;Fain、1966)

2 ベルレ-ゼ法(MacFadyen,1962) 3 改良ベルレ-ゼ法(Shinha,1964) 4  乳酸、飽和食塩水遠心法(Spieksma&Spieksma-

Boezeman、1967) 5  有 機 溶 媒 浮 遊 前 処 理・ 乳 酸 遠 心 懸 濁 法(Cunningtonら,1968)

6 有機溶媒時計皿展開法(Larsonら、1969) 7 有機溶媒比重分画法(大島、1970) 8 改良ベルレ-ゼ法(v.Bronswijk, 1973) 9  グリセリン・飽和食塩水懸濁法(v.Bronswijk,

1973)10  プレパラート・トラップ法(大島、1973)11 容量測定洗浄法(Furumizo,1975)12 ダ-リング液懸濁遠心法(宮本・大内、1976)13 容量測定洗浄法(Furumizo,1975)14  80%アルコ-ル浸漬・飽和食塩水浮遊法(Hart

&Fain、1987)15  湿式濾過・アルコ- ル浸漬・飽和食塩水浮遊法(森

谷、1988)16  ふるい水洗法(Natuhara、1989)17 メチレンブル-寒天平板法(高岡ら、1990)

表2 室内塵からのダニ検出法

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特集

PCOにとってのダニ

和食塩水、乳酸、グリセリン)と有機溶媒(ジ

クロロメタン、エーテル、四塩化炭素)が浮

遊液として用いられている。前者の場合は水

での融解を促進するために少量の界面活性剤

を添加している(佐々、Spieksma, Bronswijk,

Fain)。乳酸を使用する場合は、乳酸の粘度を

下げ、ダニを膨潤させるために加温している

(Spieksma, Cunnington)。浮遊を促進するた

めに攪拌したり(佐々、Bronswijk, Fain)、遠

心したりしている(Spieksma, Cunnington)。ま

た、ダニを分離するために浮遊液をろ紙に

展開するか(佐々、Spieksma)、浮遊液をペ

トリ皿にとってダニを分離したりしている

(Cunnington)。さらに、80%アルコールにダ

ニを浸漬するとダニの比重が小さくなり、浮

遊を促進する方法なども有効である(Hart &

Fain)。

一方、容量測定洗浄法(Furumizo)のように、

浮遊ではなくアルコールを用いて沈殿により

ダニを分離する方法も検出効率が高いといわ

れている。また、その方法と80%アルコール・

飽和食塩水浮遊法を併用する方法なども考案

されている(森谷:1988)。この他、近年これら

の抽出法とは異なる簡便法も開発されている

(大島、Natuhara, 高岡ら)。

以上述べてきた方法はそれぞれに特徴が認

められるが、どれもがある程度効率的にダニ

類を検出するのに有効である

と考えられる。しかし、それ

らの検査には一長一短があり、

検出効率の高いものは作業が

煩雑でかつ熟練を要する一方、

簡便なものは検出効率に問題

が見られる傾向にある。検出

効率を重要視すべきか、簡便性・

迅速性を重要視すべきか、検査目的に応じて

それぞれの長所に合わせて選択する必要がる。

2)追い出し法と比重分離法

採集塵からのダニや昆虫を効率よく分離す

る方法として、図2に示すように、生きたもの

を熱や光で追い出す方法か、比重の高い液体

の中に入れて浮かす方法が行われてきた。

生物学者の間ではさまざまな場所から検体

を採取し、光と熱を嫌う虫やダニの性質を利

用して、生きた虫やダニを追い出して集める

方法が考え出されている。いわゆる、ツルグ

レン法というものである。しかし、追い出し

法では検査する材料によっては光が届かない

ため追い出し効果が得られなかったり、熱が

強いために虫が追い出される前に死んでしま

たり、特定の材料や虫でしか利用できないこ

とが欠点となる。特に、ダニのように極めて

小さく、動きの遅い生物にはこの方法は向か

ないようである。またこの方法は生きたダニ

しか検出できない。

その後考え出されたのが、虫の比重を利用

した分離方法である。この方法は多くの虫や

ダニの比重が1.2以下であることに着目し、そ

れより比重の高い液体に入れることによって、

それより比重の重いゴミは沈み、軽いダニや

虫は浮いてくることによって夾雑物を少なく

し、ダニや虫の検出を容易にするというもの

図2 追い出し法と比重分離法  

26 ◆◆◆

室内ダニ検査の進め方と方法

である。この方法の開発によって、小さな生

物の検出効率が一段とよくなった。また死滅

したものも検出できるという利点がある。

室内塵からのダニの分離法として、一般に

使用されているのが飽和食塩水による浮遊法

である。ワイルドマンフラスコ(写真1)などの

特殊な容器を利用して、その中に検体と飽和

食塩水を入れて混和し、それを20 ~ 30分ほど

放置するとフラスコの口にダニや昆虫が浮い

てくる。三角フラスコの柄についたゴム栓を

ゆっくりフラスコの首のところまで持ち上げ、

検体が浮遊した上部の液体の部分を選択的に

採取するというものである。この方法は以前

から主に食品や薬品中のダニや昆虫を検出す

る方法として使われてきた。また、室内塵の

ように検体量の少ないものを扱う場合は、容

量の少ない30ml程度の三角フラスコを用いて、

中性洗剤とともに室内塵を混ぜ、そこに飽和

食塩水を入れ、それらをよく撹拌して、表層

部に浮いてきたダニや昆虫を検出するという

方法が一般的に使われている。また、飽和食

塩水の代わりに粘度の高いグリセリンを飽和

食塩水と1:1の割合に混ぜた溶液(ダーリング

液)もよく使われている。

室内塵からのダニ類の検出はダニの生死や

ゴミの質など様々な条件によってその検出率

に差が見られるが、いずれにしても100%の

検出は望めない。宮本・大内(1976)は、大島

の開発した有機溶媒比重分画法を100としたと

き、ダーリング液・遠心分離法が82.1%、グリ

セリン・飽和食塩水浮遊法では65.1%と評価し

ており、検査方法によって検出率にかなりの

違いがあるようである。

5.ダニ標本の作成とダニの種別判定(同定)前述された方法で分離されろ紙展開された

ダニは、写真2・3のように実態顕微鏡下で拾い、

ガムクロラールによって標本にされたダニは、写真1 ワイルドマンフラスコで浮遊したダニ

写真2 ろ紙展開されたダニは、実体顕微鏡下で有柄針を使ってダニを拾う 写真3 実体顕微鏡下でのチリダニ

◆◆◆ 27

特集

PCOにとってのダニ

生物顕微鏡で100倍~ 400倍に拡大し、細部に

わたり観察し、種までの判別(同定)を行う。

一般にダニの種別同定は、検索表に基づいて

行われるが、基本的な分類学の手法をある程

度マスターしていないと、専門的な検索表は使

えない。ここでは、室内塵中によく認められる

主なダニの種類の判別が出来る検索表(図3)を

示した。

ダニの種類判別は専門的な知識が必要であ

るため、ここでは室内塵中によく見られる主

な種類について、その概略的な判断を行うた

めの検索表である。

6. アレルギー患者宅におけるダニアレルゲン検査室内塵中のダニ検査の方法として近年開発

されたのが免疫学的な方法を利用した検査法

である。この方法は、アレルギー患者治療の

ための環境整備を行うために、患者住居のど

こにどの程度のダニ及びダニアレルゲンが存

在するか調べる方法である。その結果、患者

宅に存在するダニ及びダニアレルゲンは、患

図3 室内塵中に見出される主なダニ類の概略的な鑑別・同定・検索

28 ◆◆◆

室内ダニ検査の進め方と方法

者といつ、どのように関わっているかを知る

ことで、患者の治療を行う上で重要な検査法

といえる。そのためには、患者宅におけるダ

ニ数およびダニアレルゲン量を正確に検出す

る必要に迫られる。

1)アカレックス試験

この検査は、ダニ類を含むクモ綱の排泄物

中に含まれる遊離グアニンを測定するもので

ある。

その手順の概要は、まず掃除機で採取した

室内塵を一定量取り、これに付属の抽出液を

混ぜ、その上清液にテストテープを浸し、そ

の発色の状態によって、室内塵中のグアニン

量を「強陽性」、「中陽性」、「弱陽性」、「陰性」

の4段階で評価する。

この方法は簡便で誰にでも行えるものであ

るが、あくまでクモ綱の仲間の排泄物中に含ま

れるグアニン量の測定であって、ダニそのもの

でも、またダニ抗原を測定しているわけではな

いので、便宜的なダニ数の目安を見るためのも

のであることを認識しておく必要がある。

2)ダニアレルゲン簡易検査キット

抗原抗体反応によりダニアレルゲンの有無

を検査するための簡便検査法である。

採集塵を試薬にといて、試薬紙上に滴下す

るだけでダニアレルゲンが存在すれば帯状に

赤く発色するため、誰にでも出来る簡便な方

法である。また、発色の度合いによって、ダ

ニアレルゲンが多いか、少ないかの判定も可

能である。この方法が利用できるものは、現

在のところヤケヒョウヒダニとコナヒョウヒ

ダニと一部のコナダニのみである。

この方法の欠点は、アレルゲン量の量的な信

頼性への不安と検出に限界があることである。

そのため、詳細にダニアレルゲンの量的な評

価を行うには、次に示す酵素抗体法(ELISA法)

によって検査を行う必要がある。

3) 酵素抗体法(Enzyme linked immunosorbent

assay:ELISA法)

現在、室内塵中のダニ抗原の測定法の中で

最も精度の高い検査法で、モノクロナ-ル抗

体を使った酵素抗体法による測定である。

この方法は、室内塵中の優占種であるチリ

ダニ特有のモノクロナ-ル抗体を使用する。

チリダニの中でも、特にヤケヒョウヒダニ

(Dermatophagoides pteronyssinus)とコナヒョウヒダニ(D.farinae)の2種類もしくはヒョウヒダニについて測定を行っている。また、これら

のうち抗原性の強い排泄抗原由来のもの(Dp 1、

Df 1)、虫体抗原由来のもの(Der-2; Dp 2、Df 2)

について測定されているのが一般的である。

これらの検査については、チリダニ以外に一

部のコナダニしか検出できないこと、また特定

の機関でしか測定できないという欠点がある。

7. 患者宅おけるダニの調査及び検査の概要についてここでは、私たちが実際に患者に対応してい

る検査手順について述べる。

まず図4に示した手順に添って対処してい

く。まず初めに相談対応を行い、先に示した条

件と今までの経験に基づいて検査及び調査を

行うかどうか判断する。アレルギー患者の場合

は皮内反応や血液検査などでダニなどのアレ

ルゲンに陽性反応を示し、ダニアレルギーと診

断された者を対象とする。その際医師の治療の

一環として調査を実施するのが理想である。医

師は患者の家庭環境等について問診を行い(出

来れば住居内の写真撮影を支持)、それらの総

合的判断によって、調査の必要性を判断する。

◆◆◆ 29

特集

PCOにとってのダニ

また調査については、あくまで患者の依頼によ

るものとする(調査依頼書に基づく)。

検査・調査の必要性があると判断すれば、

患者家庭に赴いて調査及び検査を行う。その

際に検査目的や検査の重要性を明示し、アレ

ルギー性疾患の場合は環境との関わりについ

て説明する。

検査・調査の当日は担当者が住居内を訪問

して患者から被害状況の聴取を行い、その後

住居内を検閲し、図5に示した手順に従って必

要な箇所から適宜室内塵(ゴミ)の採取を行う。

採取箇所はおおむね10 ~ 20箇所程度とする。

検体は検査所に持ち帰って早期に検査を行

い、1週間程度で結果を出すようにしている。

その後成績書を医師に送付するか、被害者に送

付する。成績書には検査結果と結果に基づい

た詳細なコメントと対策についてのアドバイ

スを行っている。また、必要に応じて具体的

な対策を行う事もある。検査が終了した後も

患者に対してアフターケアにも心掛けている。

[ ]

( )

図4 アレルギー患者宅の住居環境改善のためのダニ検査および調査

30 ◆◆◆

室内ダニ検査の進め方と方法

おわりに住居内のあらゆる場所に多くの種類のダニ

が多数生息しており、それらが単独にまた複

合的に病害と関わってくることがある。ダニ

による害は、様々な種類のダニによって様々

な被害が引き起こされるからである。

ダニによる刺咬症の場合、皮膚炎の原因と

なるダニも多種類にわたるため、その対策を

行う場合には、原因となるダニの確認が不可

欠である。一方、アレルギー性疾患における

ダニの関与の場合、ダニ類を同定す

るというよりも住居内に生息するす

べてのダニがその原因になりうるた

め、それらのすべてを対象に考えな

ければならない。しかし、アレルギー

性疾患についてダニの種別間の関与

に差があるかどうか現在のところ不

明である。

いずれにしても、現在臨床の場に

おいて患者宅におけるダニの調査や

検査を行い、患者の生活環境を総合

的かつ客観的に評価し、その結果に

基づいて臨床医が患者の生活指導を

的確に行っているところはほとんど

見られない。虫刺されの被害患者に

ついても、臨床医が率先して患者の

生活環境調査を行っているところは

ほとんどない。

私たちの経験では、臨床医が刺咬症

と判断したケースの環境調査で、皮膚

炎の原因種が高率に検出されている。

患者の治療はヒトの症状の治療のみ

ならず、患者の生活環境中の原因究

明と環境改善・整備にまで踏み込ん

だ治療が望まれる。

参考文献va n Bronswijk, J.E.M.H.(1973):Dermatophagoides

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(Acari:Pyroglyphidae). J. Med. Ent., 10:63-

70.

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Mites in bedroom air. Nature 217: 1271-

1272.

図5 室内分布調査のためのごみ採集法

a 2 2b

c d

3.3 1 1

20

0.05

◆◆◆ 31

特集

PCOにとってのダニ

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