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Hippo-YAP 経路:ショウジョウバエからヒトに至るまで 高度に保存されている細胞内シグナル伝達経路である. ショウジョウバエ Hippo は,セリン/トレオニンキナーゼ であり,その遺伝子変異は細胞の過増殖に起因する「カバ hippopotamus)の皮膚」様の表現型を示す.マウスやヒ トの Hippo ホモログは, 種類のセリン/トレオニンキ ナーゼ Mst Mst である.一方,YAP は転写共役因子 であり,核内で複数種類の転写因子と結合し,遺伝子発現 の制御を担う.YAP Hippo 経路によってリン酸化され ると,核内から排除され,不活性化状態となる.Hippo- YAP 経路は,細胞の増殖や死の制御を通じて,「細胞の 数」を調節し,器官サイズを決定する.また,細胞接着や 細胞極性,細胞分化とも密接に関わり,本経路の破綻はが んを含むヒト疾患の原因となる. (仁科博史 東医歯大・難治疾患研Set Set domain-containing protein lysine methyltransferaseSet あるいは Setd )は,S -アデノシルメチオニン SAM)をメチル基供与体として,標的タンパク質のリシ ン残基へメチル基転移を触媒する酵素である.当初は,ヒ ストン H 番目のリシン残基(H K )をメチル化す る酵素として精製・同定されたが,その後の研究から Set H K の主要なメチル化酵素ではないことが示され た.現在では,p 53をはじめとする多くの非ヒストンタン パク質が Set によりメチル化されることが明らかとなっ ている. (仁科博史 東医歯大・難治疾患研マイトファジー(mitophagy:オートファジーは,栄養 飢餓などの状況下で,細胞内の細胞質成分,オルガネラ, タンパク質などを脂質膜で包み液胞やリソソームと融合し 分解する機構である.ミトコンドリア特異的なオートファ ジーはマイトファジーと呼ばれ,損傷ミトコンドリアを除 去し細胞を傷害から守る役割を果たしている.ユビキチン 化酵素 Parkin とリン酸化酵素 PINK はマイトファジーの 制御機構に関与しており,これらの遺伝子変異はパーキン ソン病における黒質線条体のドーパミン神経脱落と関連し ている.ミトコンドリアが損傷を受けると,膜電位低下に 伴い PINK が外膜上に凝集し,Parkin が細胞質から損傷 ミトコンドリアに選択的にリクルートされる.Parkin はミ トコンドリアタンパク質をユビキチン化し,それに伴いミ トコンドリアは隔離膜に包まれリソソームと融合する. (白根道子 九大・生医研S-phase kinase-associated protein Skp :細胞周期制御 因子はユビキチン化されて分解の標的となるが,二つのユ ビキチンリガーゼ複合体が関与している.その一つのユビ キチンリガーゼ複合体が SCFSkp -cullin-F-box)で,F ボックスタンパク質の一つ Skp は,SCF と標的タンパク 質との相互作用を媒介する.Skp Cyclin A-Cdk と複合 体を形成している p 27 (トレオニン187がリン酸化されて いる)を特異的に認識し,SCF による p 27の分解を促進 させる.Skp Rb とも相互作用するが,その相互作用に よって p 27Skp から解離する.すなわち,Skp Rb の相互作用は p 27の安定化に寄与する.Skp は過剰発現 により細胞のがん化やマウスのリンパ腫を誘導し,ヒトの 腫瘍の悪性化にも関与している. (味岡逸樹 東医歯大・脳統合機能研究セanaphase-promoting complexcyclosomeAPCC:細 周期制御因子のユビキチン化に関与するユビキチンリガー ゼ複合体の一つ.活性化因子である Cdc 20Cdh との相 互作用やサブユニットのリン酸化によって,その活性が調 節されている.Cdc 20は主に M 期の中期から後期への移 行を制御するタンパク質の分解を担い,Cdh は主に M 後期から G 期における APC 活性の維持を担う.APCC ユビキチンリガーゼの標的タンパク質はユビキチン化に必 要な D ボックスモチーフ(RXXLXXXXN)や KEN ボッ クス(KENXXXN)を持つ.APCC-Cdh Rb D ボッ クスモチーフを持つ Skp と同時に相互作用し,Skp の分 解を促進するため,その相互作用も p 27の安定化に寄与す る. (味岡逸樹 東医歯大・脳統合機能研究セ視交叉上核(suprachiasmatic nucleus:視床下部第三脳室 底部の視交叉直上にある小さな神経核であり,哺乳類動物 の概日リズムを支配する最高位中枢である.視交叉上核 は,切片培養下でも何週間も概日振動を示す.また,視交 叉上核を破壊するとその生体の概日リズムは消失するが, 別の個体から採取した視交叉上核を移植すると概日リズム は回復する.視交叉上核は,神経伝達やホルモン分泌を介 して末梢臓器の概日時計の振動や位相を調律する.末梢臓 器の細胞も概日リズム発振の基盤である時計遺伝子の転 翻訳フィードバックループ機構を持つが,視交叉上核 では独自の細胞間連絡が高度に発達している.これが視交 叉上核が概日時計の最高位中枢である所以とされている. (山口賀章 京都大院・薬ことば 703 生化学 86巻第号( 2014

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Hippo-YAP経路:ショウジョウバエからヒトに至るまで高度に保存されている細胞内シグナル伝達経路である.ショウジョウバエ Hippoは,セリン/トレオニンキナーゼであり,その遺伝子変異は細胞の過増殖に起因する「カバ(hippopotamus)の皮膚」様の表現型を示す.マウスやヒトの Hippoホモログは,2種類のセリン/トレオニンキナーゼMst1とMst2である.一方,YAPは転写共役因子であり,核内で複数種類の転写因子と結合し,遺伝子発現の制御を担う.YAPは Hippo経路によってリン酸化されると,核内から排除され,不活性化状態となる.Hippo-YAP経路は,細胞の増殖や死の制御を通じて,「細胞の数」を調節し,器官サイズを決定する.また,細胞接着や細胞極性,細胞分化とも密接に関わり,本経路の破綻はがんを含むヒト疾患の原因となる.

(仁科博史 東医歯大・難治疾患研)

Set7:Set domain-containing protein(lysine methyltransferase)7(Set7あるいは Setd7)は,S -アデノシルメチオニン(SAM)をメチル基供与体として,標的タンパク質のリシン残基へメチル基転移を触媒する酵素である.当初は,ヒストン H3の4番目のリシン残基(H3K4)をメチル化する酵素として精製・同定されたが,その後の研究から Set7は H3K4の主要なメチル化酵素ではないことが示された.現在では,p53をはじめとする多くの非ヒストンタンパク質が Set7によりメチル化されることが明らかとなっている.

(仁科博史 東医歯大・難治疾患研)

マイトファジー(mitophagy):オートファジーは,栄養飢餓などの状況下で,細胞内の細胞質成分,オルガネラ,タンパク質などを脂質膜で包み液胞やリソソームと融合し分解する機構である.ミトコンドリア特異的なオートファジーはマイトファジーと呼ばれ,損傷ミトコンドリアを除去し細胞を傷害から守る役割を果たしている.ユビキチン化酵素 Parkinとリン酸化酵素 PINK1はマイトファジーの制御機構に関与しており,これらの遺伝子変異はパーキンソン病における黒質線条体のドーパミン神経脱落と関連している.ミトコンドリアが損傷を受けると,膜電位低下に伴い PINK1が外膜上に凝集し,Parkinが細胞質から損傷ミトコンドリアに選択的にリクルートされる.Parkinはミトコンドリアタンパク質をユビキチン化し,それに伴いミトコンドリアは隔離膜に包まれリソソームと融合する.

(白根道子 九大・生医研)

S-phase kinase-associated protein2(Skp2):細胞周期制御因子はユビキチン化されて分解の標的となるが,二つのユビキチンリガーゼ複合体が関与している.その一つのユビキチンリガーゼ複合体が SCF(Skp1-cullin-F-box)で,Fボックスタンパク質の一つ Skp2は,SCFと標的タンパク質との相互作用を媒介する.Skp2は Cyclin A-Cdk2と複合体を形成している p27(トレオニン187がリン酸化されている)を特異的に認識し,SCFによる p27の分解を促進させる.Skp2は Rbとも相互作用するが,その相互作用によって p27は Skp2から解離する.すなわち,Skp2と Rbの相互作用は p27の安定化に寄与する.Skp2は過剰発現により細胞のがん化やマウスのリンパ腫を誘導し,ヒトの腫瘍の悪性化にも関与している.

(味岡逸樹 東医歯大・脳統合機能研究セ)

anaphase-promoting complex/cyclosome(APC/C):細 胞周期制御因子のユビキチン化に関与するユビキチンリガーゼ複合体の一つ.活性化因子である Cdc20や Cdh1との相互作用やサブユニットのリン酸化によって,その活性が調節されている.Cdc20は主にM期の中期から後期への移行を制御するタンパク質の分解を担い,Cdh1は主にM期後期から G1期における APC活性の維持を担う.APC/Cユビキチンリガーゼの標的タンパク質はユビキチン化に必要な Dボックスモチーフ(RXXLXXXXN)や KENボックス(KENXXXN)を持つ.APC/C-Cdh1は Rbと Dボックスモチーフを持つ Skp2と同時に相互作用し,Skp2の分解を促進するため,その相互作用も p27の安定化に寄与する.

(味岡逸樹 東医歯大・脳統合機能研究セ)

視交叉上核(suprachiasmatic nucleus):視床下部第三脳室底部の視交叉直上にある小さな神経核であり,哺乳類動物の概日リズムを支配する最高位中枢である.視交叉上核は,切片培養下でも何週間も概日振動を示す.また,視交叉上核を破壊するとその生体の概日リズムは消失するが,別の個体から採取した視交叉上核を移植すると概日リズムは回復する.視交叉上核は,神経伝達やホルモン分泌を介して末梢臓器の概日時計の振動や位相を調律する.末梢臓器の細胞も概日リズム発振の基盤である時計遺伝子の転写―翻訳フィードバックループ機構を持つが,視交叉上核では独自の細胞間連絡が高度に発達している.これが視交叉上核が概日時計の最高位中枢である所以とされている.

(山口賀章 京都大院・薬)

こ と ば

703

生化学 第86巻第5号(2014)