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109 中国語の発音解説について ほとんど全ての初級教科書には、最初に発音解説がある。それは、《汉语拼 音方案》に基づいている訳だが、《汉语拼音方案》をそのままに解説しようとす る従来の説明方法は、ピンインという記号体系の仕組みに言及せざるを得な かったり、またそれが引きずる伝統にとらわれているようにも思われる。 例えば、子音が付く付かないで綴りを変えるという説明 1は、ピンインがそ のように考えて作られた記号だとしても、それを学習者が知らなければならな いという訳ではない。教え方の問題である。 また、伝統というのは注音符号の伝統である。ピンインが作られた時、音声 的記号としては多くの人が注音符号に慣れていたため 2、それに対応するよう 声母表、韻母表が作成されたようであるが、そこにある、例えば ai, ei, ao, ou 等の韻母の配列には、発音習得上、何らかの利点があるとは到底思えない 3以上のような観点から新たな解説方法を考え、作成したのが後にあげる教材 「中国語の発音」である。細かな議論は随所に付けた「教授者への注」にあげた のでぜひ参照願いたい。ここには、前置きとして顕著な特徴だけを述べておく。 以下の 5 点である。 1w, y を子音として、書き換えという説明をしない。 w y の書き換えのように、同じ音声の違った書き方を理解するには、まず 音がしっかりと把握できていなければならない。ところが、外国語学習ではこ れがなかなかできない。外国語の音は多かれ少なかれあやふやに感じられ、自 信が持てるようになるまでにはかなりの時間を要する。それまではピンインを

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Page 1: 岩 崎 皇 - 駒澤大学repo.komazawa-u.ac.jp/opac/repository/all/34759/rgs018...-110 - 岩 崎 皇 頼りに音を推測する他はなく、綴りという見た目の印象が決定的な重要性を持

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中国語の発音解説について

岩 崎   皇

 ほとんど全ての初級教科書には、最初に発音解説がある。それは、《汉语拼

音方案》に基づいている訳だが、《汉语拼音方案》をそのままに解説しようとす

る従来の説明方法は、ピンインという記号体系の仕組みに言及せざるを得な

かったり、またそれが引きずる伝統にとらわれているようにも思われる。

 例えば、子音が付く付かないで綴りを変えるという説明 1)は、ピンインがそ

のように考えて作られた記号だとしても、それを学習者が知らなければならな

いという訳ではない。教え方の問題である。

 また、伝統というのは注音符号の伝統である。ピンインが作られた時、音声

的記号としては多くの人が注音符号に慣れていたため 2)、それに対応するよう

声母表、韻母表が作成されたようであるが、そこにある、例えば ai, ei, ao, ou

等の韻母の配列には、発音習得上、何らかの利点があるとは到底思えない 3)。

 以上のような観点から新たな解説方法を考え、作成したのが後にあげる教材

「中国語の発音」である。細かな議論は随所に付けた「教授者への注」にあげた

のでぜひ参照願いたい。ここには、前置きとして顕著な特徴だけを述べておく。

以下の 5点である。

1)w, yを子音として、書き換えという説明をしない。

 w や y の書き換えのように、同じ音声の違った書き方を理解するには、まず

音がしっかりと把握できていなければならない。ところが、外国語学習ではこ

れがなかなかできない。外国語の音は多かれ少なかれあやふやに感じられ、自

信が持てるようになるまでにはかなりの時間を要する。それまではピンインを

Page 2: 岩 崎 皇 - 駒澤大学repo.komazawa-u.ac.jp/opac/repository/all/34759/rgs018...-110 - 岩 崎 皇 頼りに音を推測する他はなく、綴りという見た目の印象が決定的な重要性を持

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頼りに音を推測する他はなく、綴りという見た目の印象が決定的な重要性を持

つ。ian を「いあん」と読もうとする者がいつまでもいるのはある意味当然であ

る。

 w, y の書き換えのように綴りを変えておきながら、元は同じ音だと主張する

ことは、実はそうする必要もない。中国では小学校でピンインを教える際、w,

y を子音として教え「書き換え」という概念をつかわないようであり 4)、実際、

w は u と、y は i と同じ音色だが子音である、とするだけで済んでしまう 5)。

2)実際の綴りだけを出す。

 該当するのは《汉语拼音方案》「三、韻母表」にある iou, uei, uen, ueng 等の綴

りであるが、これらの綴りは、実際には目にすることがない。なぜなら、子音

が付かない時はそれぞれ you, wei, wen, weng と書き、また、子音が付く場合は、

子音が付くことのない ueng を除いて、それぞれ -iu, -ui, -un と書くことになっ

ているからである。

 更に üan, ün という母音の綴りも実際には見ることがない。これらは j, q, x

にしか付かず、付く時は ü の点が省略されて uan, un と書かれるからである。

 基本形式を立て、さらにそれを書き換えるという必要がなぜ生じるかと言

えば、w, y, yu の書き換えは音節の切れ目をはっきりさせるためだが、iou, uei,

uen では声調や、それが付く子音によって聞こえ方が変わるという事情がある

からである。周有光 1979は以下のように述べる。

 「阴平和阳平的 iou 实际迫近 iu,但是上声和去声仍旧读 iou。阴平和阳平的

uei 和 uen 跟舌尖音 (d,t,n,l,z,c,s,zh,ch,sh,r) 相拼,实际迫近 ui 和 un,但是

上声和去声仍旧读 uei 和 uen ;跟舌根音 (g,k,h) 相拼,不论哪一声调,也一律

不丢掉 e 音。」(114頁)

 このような事情を一々綴りに反映させていては面倒だという訳で、子音が付

く付かないという場合だけにまとめたのだろう。つまり、ピンインの綴りと実

際の音声には微妙な乖離が生じ得るということである。

 本来音声は聞いて覚えるものであって、記号から音声を学ぼうとするのは、

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時間の制約等からくるやむを得ない処置である。ピンインを基にどこまでも正

確な音声を追及していくことは、一定の限界があると考えるべきだろう。

3)母音を単母音の順にグループ分けし、グループ内はアルファベット順とする。

 具体的には以下のようになる。

a ai an ang ao

o ong ou

e ei en eng er

i ia ian iang iao ie in ing iong iu

u ua uai uan uang ui un uo

ü üan üe ün

 中国語は母音(韻母)が多く、一通り見るだけでも時間がかかる。単母音ぐ

らいなら、順番も含めて記憶に残るかも知れないが、複合母音、鼻母音になる

と、従来のものでは、下のような見通しの悪い配列 6)のために、何をやってい

るのか把握しにくい。

  単母音

a o e i u ü

  複合母音

ai ei ao ou ia ie ua uo üe

iao iou uai uei

  鼻母音(n, ng で終わる母音)

an en ang eng ong ian in iang ing iong

uan uen uang ueng üan ün

 複合母音を二重と三重に分ける必要がないことは、平井 2012に指摘がある

が(46頁)、教学に限って言えば、更に複合母音と鼻母音の区別も必要がない

と考える。

 我々が中国語の発音をする時に、複合母音だから、鼻母音だからと発音の仕

方を変えている訳ではない。通常、ピンインを見ながら音節を発音する場合、

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子音と母音の先頭一文字をひとまとめにして発音し始める。bai であれば、ba

と発音しその後に i を続けるというように。ban, bang, bao でも同じことであり、

初めに ba があり、その後に別の音を続けていくように発音する。だとすれば、

母音の先頭一文字以外は、a, o, e, i, u であろうが、n, ng であろうが、単に次の

音を続けるというだけであり、区別をする必要はないと思うのである。

 n, ng に関しては、我々日本人にとっては、どちらも「ん」と受け止める他は

なく、切り離して練習してみても、せいぜいその場限りのことであって、ほと

んど成果がないと経験上感じる 7)。

 私が重視するのは、母音の頭がそろっていることからくる、連続して読み上

げた時の発音のし易さと、アルファベット順であることからくる全体の見通し

の良さである。

4)原則と例外をはっきりと分ける

 教材の構成は、単母音の音を教えたら、その後は一貫して綴りと音声が一致

する音節だけをあげ、それから外れるものは、後に一括して例外的な音節(「ま

るごと覚える音節」)とした。

 このように規則的なものだけをまとめると、但し書きを付ける必要がなくな

る。例えば従来だと「j, q, x の後ろでは ü は点を取って u と書く」という但書は、

単母音(ü)、複合母音(üe)、鼻母音(üan, ün)それぞれの説明の時、一々これを

言わなければならなかった。

 ピンインの e は音価が一定しないので多少複雑になるが、頻度的に見ればど

れが例外とも言えないので 8)、共に原則内として処理した。

 例外扱いするものは、音節をそのまま覚えてもらい、特に説明する必要はな

いと思う。

 ピンイン(拼音)とは音(音素)を綴るということである。ところが、通常の

経験の中では、音素ではなく音節が認識の最少単位になっており、音節から音

素を取り出すことは、子音を考えてみればよく分かると思うが、意外と難しい。

一固まりになったものは一固まりで真似をする方が案外簡単なのである。

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中国語の発音解説について

 外国語学習の根底にあるのは、そっくりそのまま真似をすることである。そ

のためには、よく聞くよう促すことが重要である。あれこれ説明しても、結局

実物に接して実感するしか、その説明の意味を理解するすべがないのだから。

 教師が気を付けなければならないのは、この提示をしっかりと行っているか

どうかである。見本(音声)をしっかりと示すことをせず、あれこれ説明する

としたら、それは時間の無駄でもある。

5)目標を声調にしぼる

 「発音解説」は単なる解説であって、「習得」という段階にまでいかないことは

毎年の経験で分かっている。いっそのこと英語学習のように実際の教材文に出

てきた単語をその都度練習してはどうかとも考えられるが、中国語の発音は非

常に特徴的であり、やはり、集中的な練習が有効なのではあるまいか。

 この特徴をもっともよく表しているのが声調という現象である。そこで、解

説がメインテーマではあるが、盛り込まれた実例を使って、少しでも声調の習

得に役立つよう、例としてあげた音節を全て四声の順に配列し、声調への意識

を喚起するようにした。

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m má m mà

n ní n nì

h o háo h o hào

qi o qiáo qi o qiào

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中国語の発音解説について

n h o ní h o

m ma yéye n inai bàba

n m n qiáo n h o n bà h o a

a o e u i ü

a

o

e

u

i

ü

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m m a

háo h ao

qi o q iao

ào ao

w y b p m f d t n l g k h j q x zh ch sh r z c s

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中国語の発音解説について

a

-a -ai -an -ang -ao

n ái n ào

w wáng w n wài

y yá( y o yàng

b pái m n fàng

d tái l n nào

k hái g o kào

ch zhái sh o chàng

c cái s n zào

o

-o -ong -ou

u ó y u yòng

b pó f u mò

d ng nóng t ng lòu

g ng hóng k u kòng

zh ng chóng sh u ròu

s u cóng z u sòng

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e

-e -ei -en -eng er

n é r è

w i wén w i wèng

y yé y yè

b i mén b i mèng

d ng téng d i lèng

k hén g i gèng

ch rén sh ng zhèng

s n zéi z n cèng

u

-u -ua -uai -uan -uang

-ui -un -uo

w wú w wù

p fú m bù

d tuán nu n lùn

k huán gu n guì

zh chuán shu shuò

z cuán s o cùn

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中国語の発音解説について

i

-i -ia (-ian) -iang -iao -ie

-in -ing -iong -iu

-ian

y yín y ng yìng

b pí bi o mìng

ti tiáo li ng liù

j qiú ji xiàng

ü

-ü -üe

n l n lüè

y n yán( y n yàn

bi n pián mi n miàn( )

ti n nián di n liàn

xi n qián ji n jiàn

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z nme w de n ne h o le

zh chí sh rì

z cí s sì

y jú q xù

ju n quán xu n yuàn

ju qué xu yuè

j n qún y n xùn

érhuà ér

r

nàr zhèr xi oháir wánr

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中国語の発音解説について

“ ”

bù y

bù ch bù lái bù l ng

yì qi n yì tái yì b i

bú kàn bú yào bú xiè

yí gòng yí wàn yí ge

dì y kè dì èr kè

y yuè y hào

a o e i u ü

a o e i u ü

iu ui di du

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1) 《汉语拼音方案》「三、韵母表」の注意書(4)。2) 周有光 1979は,《汉语拼音方案》制定当時の状況として、以下のように言っ

ている。「注音字母(注音符号)在小学里教学了四十年,ㄅ bo,ㄆ po,ㄇ

mo,ㄈ fo……顺序在群众中间的影响是不小的。」(116页)

3) もちろん、何もかも駄目だというわけではない。例えば、声母表の b, p, m,

f、d, t, n, l 等のグループ分けは、発音方法の似たものを集めてあり、練習

に都合がよい。

4) 徐四海 2008参照。

5) w, y はそれぞれ u, i と音色は同じであっても、子音なので長く引き延ばせ

ない。

 また、w, y を子音とすることにより、二つの音節で多少の不都合が生じ

る。つまり、ye, yan の y を子音とすると母音は e, an となり、他の場合と

音色が異なってしまうことである。

6) この一覧は、《汉语拼音方案》「三、韵母表」をまとめたものだが、通常の教

科書では単母音、複合母音はほぼこの通りで、鼻母音は多少変更している

ように見受けられる。

7) 平井 2012は以下のように述べているが、全く同感である。

「/n/ と /ng/ の区別は必要がないと言っているのではない。教育をする側の

ものは、このことを充分承知した上で、初学者に対して習得の難しい発音

の練習に深追いをすることは避け、学習者の学習意欲を削ぐことのないよ

うに留意することがより重要であることを主張しているのである。」(42頁)

8) 韻母 e, ei, en, eng 等の e は同じ音だとされているが、我々日本人が聞けば、

ei, en の e は「え」と聞こえ音声的な違いを感じる。従って、e, eng と区別

して、ei, en を例外とみなすべきだが、字母 e は ie, üe にも使われ、その e

も「え」と聞こえる。音節の種類としては「え」と聞こえるものの方が多く

なってしまう。

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中国語の発音解説について

[教授者への注]

9) 主要部分である音節の説明は 1~ 6です。このうち 1~ 5は原則的(綴り

通り)な発音をするもの。但し、e の音価が一定しないので、「e の母音と

音節」は多少複雑になっています。6は例外的な発音を集めてあり、音節

単位で覚えるものです。

10) 第三声は実際の発話の中ではほとんどが、いわゆる「半三声」です。それで、

「半三声」を基本とし、後半が上昇調になる三声は特別な場合として次項「第

三声の尻尾」で説明しています。

11) 通常、一つの音節を単独で発音する場合です。

12) 第三声の連続を早くから出すのは、“你好”の影響からか、“你”を ní と思い

込む学生がいるからですが、その他の場合でも、三声は単独では調子を把

握しがたいように思います。この後の練習で三声を取り上げているのもそ

のためです。

13) 三声の発音は低く抑えることが意外と難しいので、ここで練習します。

14) 従来の単母音を「基本母音」と改名しました。なお、ここにあげたものが、

いわゆる韻母を意味するのか、単に音素を表わしているのかは従来から

はっきりしていません。学習者は通常音素と受け取ると思います。それな

ら、同じ記号が違う音声を表わす場合には注意書きが必要です。e に付け

た「※」がそれです。a に関しては、ian, üan を例外扱いするのでここでは

触れません。ü の点を取ることがあることも、それに関係する音節は「6. ま

るごと覚える音節」で扱うので、ここでは触れません。

15) 通常のテキストとは異なり、u の位置を前にずらしました。理由は、e と u

および i と ü、この二組の母音がそれぞれ音声上紛らわしいことを学習者に

気付かせるためです。また、こうすることによって発音の説明および練習が

しやすくなると思います。

16) 発音練習するときは、基本母音を付けてください。その際、第 6節にあ

げる例外的なものは避けます。例えば、zhi, chi, shi, ri, zi, ci, si 等は、発音

の要領を教える時にこれらの音を使っても、それは音だけにして、この綴

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りを書いたりしないようにして下さい。

 いわゆる「無気音」「有気音」の発音については、ここで触れることにな

りますが、簡単な指摘では習得できませんので、次節でも折に付け練習す

べきです。

 無気音については、b, d, g 等の音の濁りが少ないことから、例えば、bo

を聞いた時、それを「ぽ」と捉え、「ぽ」だから po だとしてしまうことが問

題点です。有気音については、po を日本語の「ぽ」で代用してしまい、発

音する時に気が入らなくなるのが問題点です。

17) ここは従来の「ゼロ声母」のグループです。但し、yu 等に関しては、全て

「6. まるごと覚える音節」で扱うので、ここの y には yu, yuan, yue, yun の y

は含まれません。

18) 丸数字は「4. 子音」に示したグループを表わしています。

19) 聞こえ方に基づいて、e の音色を以下のように分けます。このうち(3)は

「6. まるごと覚える音節」で扱います。

 (1) 「ɤ」 …韻母 e, eng, er

※ zhe, che, she, re の e は少し違って聞こえますが、ここに含めます。

なお、er では e は初めの舌の位置を示しているだけで「ɤ」という音

を出す訳ではありません。

 (2) 「え」…ye の e と韻母 ei, en, ie, üe

 (3) 「あ」…軽声の me, de, ne, le, zhe

※「ɤ」を出すつもりで発音しますが、結果的に曖昧な「あ」と聞こえ

ます。

 なお、中国では韻母 e, ei, en, eng の e を同一とし、ie, üe の e と分けてい

ますが、我々日本人の耳には合わないと思います。

20) 韻母 -e が「エ」となるのは、子音 y の後に付いた時だけです。

21) ian は例外的な音として「6. まるごと覚える音節」で取り上げます。ian と

いう韻母だけを練習することはしません。

22) üan, ün は実際のつづりに現われないので、載せません。次節で取り上げ

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中国語の発音解説について

ます。

23) 前節までが、原則的な発音に当たり、ここには、例外的なものをまとめて

あります。どう例外的かは個々の注を見てください。なお、どうして例外

的なのかを学生に説明する必要はありませんが、個別にしっかりと覚える

よう指導してください。

 ここには 38個の音節があがっています。それは約 400ある音節全体の

ほぼ 1割です。

24) 「書き換え」という概念を排除したので、yan は子音 y に母音 an が付いた

ものになります。yan, bian, pian…と並べるのは母音(韻母)がそろわない

ことになりますが、発音すれば、学習者は音の類似性に気づくでしょう。

25) ここで注意しているのは、e が軽い「あ」と聞こえるということです。「あ」

と発音しろということではありません。発音の仕方はもちろん[ɤ]を出す

ように舌を動かすべきです。

26) i が単母音の i とは異なることに学習者は通常気が付きません。そり舌音

には ia, ian…等の「i の母音」が付かないことをはっきりと伝える必要があ

ります。

27) z, c, s には「i の母音」が付かないことを説明します。zu, cu, su と紛らわし

いことも伝えます。例をあげるなら以下の通りです。

zī(资)-zū(租) cí(词)-cú(徂) zǐ(子)-zǔ(阻) sì(四)-sù(速)

28) 5)~ 8)は「ü の点をとって u と書く」としたことから、例外になってしまっ

た音節です。yu という綴りは日本語ローマ字では「ゆ」なので、yuan, yue

は音を推測しやすいと思います。しかし、yun は「ユィン」と聞こえたりす

るように、舌が「い」の位置に留まっており、n を「ん」のつもりで発音す

るとこうはなりません。注意が必要です。

 また、yu という音節では、y は舌の位置を、u は唇の形を表わしている

と考えられますが、それらが時間的に全く重なっているので「ゆ」とは聞

こえません。

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岩 崎   皇

参考文献

周有光 1979 《文字改革概论(第三版)》,文字改革出版社, 1979年 10月徐四海 2008 「小学拼音教材与《汉语拼音方案》的关系」,

南京广播电视大学学报,2008年第 3期平井 2012 『教師のための中国語音声学』,平井勝利,白帝社 ,

2012年 11月 15日