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日 関 外 誌,VIII,(2),327~334,1989.327

原 著

手根背屈変形(DISI)の 整復経験

名古屋大学分院 整形外科

中村 蓼吾,井 上 五郎,田 中 吉政

前田 登,今 枝 敏彦,鈴 木 潔

Reduction of DISI Deformity of the Wrist

Ryogo NAKAMURA et al.

Department of Orthopaedic Surgery, Branch Hospital, Nagoya University School of Medicine

Abstract

Reduction of DISI deformity was carried out in 3 cases of scapholunate dissociation, 3 cases

of reduced perilunate dislocation with persistent carpal deformity, and 15 cases of chronic

scaphoid fracture. The chronic scaphoid fractures were treated by Kirshner wire reduction,

bone graft and internal fixation with a Herbert screw. Various methods of reduction including

Fisk's method and Cooney's method were employed in reducing the DISI deformity in the cases

of scapholunate dissociation and perilunate dislocation.

Satisfactory reduction could be obtained in 14 cases of scaphoid fracture. In the cases

with scapholunate dissociation and perilunate dislocation, reduction gave some degree of

improvement of the DISI deformity, but in none of the cases was normal carpal alignment

achieved, despite the use of multiple procedures for maintaining reduction, such as repair of

the volar carpal ligament and temporary fixation between carpal bones with Kirschner wires.

The results show that DISI deformity with a ligamentous origin is difficult to reduce and that

additional procedures are necessary to maintain the reduction which was supposed to be

accomplished by traction provided by an external fixator.

は じ め に

手関節部の靱帯損傷や骨折にともない手根骨

の配列異常(malalignment)が しばしば発生 し,

愁 訴 の原 因 とな る1)。こ の 配 列 異 常 の うち外 傷 性

に発 生 す る もの で は 手 根 背 屈 変 形(dorsiflexed

intercalated segment instability,以 下DISI6)と

略 す)が 最 も多 発 す る。 筆 者 らは 手 関 節 部 外 傷 の

key words: wrist, instability of the wrist, dislocation of the wrist, fracture dislocation of the wrist

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表1症 例 の整復方法 と成績

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*1SLD:scapholunate dissociation,舟 状 骨 月 状 骨 間 解 離

PLD:perilunate dislocation,舟 状 骨 周 囲 脱 臼

SM:scaphoid malunion,舟 状 骨 骨 折 変 形 治 癒

SN:scaphoid nonunion,舟 状 骨 偽 関 節

*2徒 手 整復:Fisk法

K鋼 線:Kirschner鋼 線 に よ り月状 骨 掌 屈 を行 う整 復 法

Cooney法:手 関 節掌 屈 に よ り月状 骨 掌 屈 を行 いpinningを 行 う方法

*3内 固 定:Herbert screwに よ る内 固定

STT固 定:大 小 菱形 骨,舟 状 骨 間 固 定術

SC固 定:舟 状 骨 有 頭 骨 間固 定 術

CL固 定:有 頭 骨 月状 骨 問 固定 術

治 療 成 績 向 上 の た め 手 根 背 屈 変 形 の整 復 に努 め

て きた 。 そ こ で手 根 背 屈 変 形 の 整 復 度 や 臨 床 成

績 を検 討 し,そ の 結 果 や問 題 点 を報 告 す る。

対 象 お よび 方 法

1.症 例

1983年 よ り1987年 の 問 にDISIの 整 復 を治 療

内 容 の 一 部 とし て 行 っ た例 は21例 で あ る 。 全 例

術 前 のradiolunate angleは 健 側 よ り10.以 上 低

下 し,月 状 骨 の 異 常 背 屈 が 認 め られ た 。 ま た

scapholunate angleも10.以 上 増 大 して いた 。 い

ず れ も外 傷 性 で舟 状 骨 月状 骨 間 解 離(scapho-

lunate dissociation)3例,月 状 骨 周 囲 脱 臼

整 復 後 遺 残 変 形3例 で症 例4お よ び5は 経 橈 骨

茎 状 突 起,経 舟 状 骨 月 状 骨 周 囲 脱 臼 の観 血 整 復

例,症 例6は 舟 状 有 頭 症 候 群(naviculocapitate

syndrome2))の 徒 手 整 復 例 で あ る 。 舟 状 骨 骨

折 例 は15例 に て,い ず れ も受 傷 後3ヵ 月 以 上 経

過 し た陳 旧 例 で,最 長30年 の受 傷 後 期 間 が あ っ

た。 手 術 時 所 見 よ り判 定 し た 骨 折 部 の様 態 は 偽

関 節10例,変 形 治 癒5例 で あ っ た(表1)。 な

お本 稿 で は,橈 骨 遠 位 端 骨 折 変 形 治 癒 例 に 見 ら

れ る手 根 背 屈 変 形 は 矯 正 骨 切 りだ け で整 復 が 得

られ る の で,検 討 対 象 か ら除 外 し た。

2.整 復 方 法 と整 復 位 の 保 持 方 法

主 として用 いた のは筆 者 が考 案 したKirschner

鋼 線 に よ る整 復 方 法(Kirschner wire reduc-

tion8))で,透 視 下 に 手 関 節 背 側 よ り月状 骨 に

Kirschner鋼 線 を刺 入 し,月 状 骨 を掌 屈 させ 手

根背屈変形を矯正する方法である。このほか舟状

骨月状骨問解離 ではFiskの 手技4)による徒手

整復を,舟 状有頭症候群の1例 ではCooney1)法

を用いた。

整復位の保持方法は舟状骨月状骨間解離例で

は,1例 はギブスによる外固定のみで行い,1

例は靱帯修復ののちギブス固定 を行った。他の

1例 は大小菱形骨舟状骨間固定術(scaphotra-

pezium-trapezoid fusion,STT fusion,trisc-

aphe fusion10))を 行った。 月状 骨周囲脱 臼例

では3例 とも手根骨間をKirschner鋼 線 で一時

固定するとともに,症 例4,5で は偽関節化 し

た舟状骨骨折部に骨移植,内 固定 を行った。さ

らに症例5で は月状骨有頭骨問固定術(図4)

を,症 例6で は有頭骨月状骨間固定術 を追加 し

た。

3.成 績の判定基準

手根背屈変形の整復の良否はradiolunate an-

gleを 健側 と比較 して判定 した。健側と10.以内

の差 まで整復 され維持 された例は良好な整復が

得 られたと判定 した。健側 と10.以上の差のある

例は,た とえ手根背屈変形の程度が著 しく軽減

していて も不十分の整復と判定 した。

臨床成績は手関節痛,手 関節掌背屈可動域の

対健側比および握力の対健側比 より判定 した。

優は手関節痛がな く,可動域,握 力とも健側の80

%を 越える例とし,良 は手関節痛は負荷時痛の

みで可動域,握 力は健側の65%以 上の症例 とし

た。可は手関節痛が日常生活動作でも時折ある

330

程度の例で,可 動域,握 力は健側の50%以 上の

例 とした。1項 目でもこれを下回る例は不可 と

判定 した。症例の術後経過観察期間は6ヵ 月よ

り3年 で平均1年4か 月である。

結 果

1.手 根背屈変形の整復(図1)

最 も整復度の良好であったのは舟状骨骨折例

で15例 中14例 で良好な整復が計測 された(図2)。

不十分とした1例 でも健側 との差は11°と少なか

った。舟状骨 月状骨間解離例 では症例1お よ

び2は 両骨間の距離は最大2.5mm以 内 とな り,

解離その ものはよく整復された。しかし手根背

屈変形 は残存 した(図3)。 症例3で は解離,

手根 背屈変形 とも残存 した。月状骨周囲脱臼

遺残変形例の うち症例4で は術中良好な整復位

が得 られたが,手 根 骨間を固定 したKirsch-

ner鋼 線を抜去後手根背屈変形が再発 した。症

例5は 術中各種整復法を行い整復 に努めたが十

分な整復位が得 られず,変 形 を残したまま手関

節部分固定術を行わざるを得なかった(図4)。

症例6で は舟状骨骨折は変形治癒してお り,ま

ずこれに骨切 り術 を施行した後,整 復 を試みた

が症例5と 同様に関節内拘縮が強いため手根背

屈変形の整復は不十分 となつた。

2.臨 床成績

舟状骨骨折例では症例19を 除 き骨癒合が得ら

れ,優7,良6,可2と 良好な結果であ り,全

例術前に較べ手関節痛,手 関節可動域,握 力の

改善が得 られた。舟状骨月状骨間解離では症例

1お よび2で 優,症 例3で 可であ り,こ れら3

例 も術前 より明らかな症状の改善が得 られてい

る。月状骨周囲脱臼例は3例 とも手関節痛,可

動域の改善はなく握力の改善が得 られたのみで

不可であった。

図1術 前後 のradiolunate angle

舟状 骨骨折例の整復度が よいのに較べ,

舟状 骨月状骨間解離例や月状骨周囲脱 臼

例の整復度 は不良である。

331

図2症 例14舟 状 骨 変形 治 癒 例,22歳 男

ラグ ビー 試合 中 に受傷,8ヵ 月後 手 術 施 行

した。Kirschner wire reducation,骨 移 植,

及 びHerbert screwに よ る内 固定 を行 う。

手根背 屈変形はよ く整復 され,臨

床経過 も良好であった。

a,術 前正面最大尺屈位b.術 前側面中間位

c.術 後正面最大尺屈位d.術 後側面中間位

考 察

手根 背 屈 変 形の 存 在 はGilfordら5)に よ り舟 状

骨 骨 折 では じめ て報 告 され,Linscheidら6)に よ

り,舟 状 骨 骨 折 以 外 の手 関 節 部 外 傷 に も見 られ

る こ とが 明 らか に され た 。

手根 背 屈 変 形 と症 状 の 関 係 につ い て は 月 状 骨

周 囲 脱 臼 例 で,三 浪 ら7)が 遺 残 変 形 の あ る例 で

は 成 績 が 低 下 した こ と を報 告 し て い る 。 ま た筆

告 してい る。 また筆者 ら9)は,陳 旧性 舟状骨

骨折の症状 と手根背屈変形の程度に関連性 を認

めている。症状 との関連性は経験的には変形が

存在すれば必ず成績不良 というほど密接ではな

いが,強 い変形があれば,手 関節痛,可 動域制

限,握 力低下の症状が存在す るの も事実である。

このような基本的立場のもとにこれ まで手根背

屈変形の整復に努めてきた。

1.外 傷の種類と手根背屈変形の整復

332

図3症 例2舟 状骨 月状骨間解離例,19歳 男

機械には さまれ受傷,観 血的に剥離骨折 の

骨ね じによる固定 と靱帯修復を行 う。術後

手根背屈変形 は改善 され るも残存 し,健 側

に 較べradiolunate angleは16.低 下 し た。

a.術 前 正 面最 大 尺 屈位b.術 前 側 面 中間 位

c.術 後正 面 最 大 尺 屈位d.術 後 側面 中 間 位

結果に示 した様に整復度は舟状骨骨折例で良

好例が多く,舟 状骨転位変形に起因し,損 傷範

囲が狭い本症では手根背屈変形の整復および保

持は比較的容易であると言える。靱帯損傷に起

因する舟状骨月状骨問解離においては症例1,

2に おいて容易に整復位 は得 られたが,整 復

位の保持 は十分 でな く,手 根背屈変形が再発し

た。この2例 で整復位の保持が不十分 となった

ことからは,靱 帯損傷に起因する手根背屈変形

の整復位保持には靱帯の修復,外 固定の処置だ

けでは十分でないことを示している。従ってこ

れらの例においても,術 後月状骨 を整復位に保

つための手根骨間のpinningが 少なくと も必

要であったと考えられる。症例3は 陳旧例で整

復位の獲得が手根骨間関節の拘縮のため困難で

あ り,治 療方法 として限界のある大小菱形骨舟

状骨間固定術を採用せざるを得なかった。この

ため整復が不十分 となったのはやむを得ない。

月状骨周囲脱臼遺残変形例では広範囲の靱帯

損傷があ り,陳 旧化するとともに手根骨間関節

333

図4症 例5月 状骨周囲脱臼遺残変形例,22歳 男

クレーンより落下 し受傷,経 橈骨茎状突起,

経舟状骨,月 状骨周囲脱臼 を認めた。受傷

後3週 で掌側よ り観血整復,靱 帯 を修復 し,

骨折部 を内固定の うえ,手 根骨 間を鋼線 で

8週 固定 した。しか し舟状骨は偽関節化 し

強い手根背屈変形が発生した。手関節痛,

握力低下 が強いため1年 で手根背 屈変形の

整復 と舟状骨有頭骨間固定術行 った.手 根

背 屈 変形 は 不十 分 なが ら改 善 した が,掌 背

屈 可動 域 は40°と改 善 しなか った 。握 力は16

kgよ り7kg改 善 し23kgと な った 。

a,観 血 整 復時 正面,手 根 骨 の 配 列 は良 好 であ る。

b.観 血整 復 後 側 面,抜 釘後 にて 強 い手 根 背 屈変 形

を認 め る。

c.有 頭 骨舟 状 骨 問 固定 術 後正 面

d.有 頭 骨 舟状 骨 間 固定 術 後 側 面

の拘 縮 が 進 行 し て い る。 こ の よ うな状 況 下 で の

整 復 位 の 獲 得 は 難 し く,症 例5お よ び6で は 十

分 な 整 復 が 行 え な か っ た 。 また 良 好 な整 復 位 の

得 ら れ た 症 例4に お い て は術 後8週 の 手 根 骨

間 のpinningに も か か わ らず,術 前 よ り軽 減

が認められたものの変形が再発 した。従って月

状骨周囲脱臼遺残変形としての手根背屈変形は

整復,整 復位の保持 とも容易でないと言える。

以上 の点から靱帯損傷に起因す る手根背屈変形

の整復位保持 には外固定や靱帯の修復だけでは

334

不十分で,少 なくとも舟状骨月状骨間解離では

pinningに よる整復位の保持を行 う必要がある。

また月状骨周囲脱臼遺残変形例ではさらに創外

固定器による牽引3)を 追加するな り,手 関節部

分固定術 を行った方がよいと考える。

2.臨 床成績

整復度の良好であった舟状骨骨折例では臨床

成績 も良好でほぼ満足すべ き結果がえられてい

る。この成績は従来Russe法 などの方法 を行い,

手根背屈変形を整復 しなかった例 と較べても,骨

癒合率,臨 床症状の改善とも上回る。個々の例

では症例7の ごとく整復が不十分で成績が優で

あるように整復度 と成績は一定の傾向にはない

が,受 傷後の経過期間や,術 前の舟状骨の骨変

形の程度の影響のためと考える。

舟状骨月状骨間解離ではいずれ も整復は不十

分 であったが,3例 とも健側 との差が10.台 と

少なく愁訴を発生 しない程度のもの となったと

思われ る。そのため臨床成績 も良好であった。

月状骨周囲脱臼遺残変形例は全例整復位,臨

床成績 とも不良で主たる要因は関節内に広範囲

に生 じた線維組織による拘縮にあると思われ,

このため多少とも変形が改善 して も可動域は改

善しなかった。変形の改善の効果は握力に認め

られたのみであった。この ような例では近位手

根列切除術の方が現段階ではより有用と思われ

る。

ま と め

1)舟 状骨骨折の手根背屈変形はKirschner wi-

re reductionに より,よ く整復 され骨移植

骨接合により,整 復位の保持が得 られ,良

好 な臨床成績が得 られた。

2)舟 状骨月状骨間解離の手根背屈変形は整復

は容易であったが,そ の保持は外固定や靱

帯修復では不十分であった。

3)月 状骨周囲脱臼遺残変形例は整復,整 復位

の保持 とも難しく,今 後の検討が望まれる。

文 献

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