における 臨床倫理・ 医療現場に求められる 協働意...

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厚生労働省成育医療研究班の分担研究者として「重 篤な疾患をもった新生児の医療をめぐる話し合いのガ イドライン」「NICUにおける緩和的ケア―赤ちゃんとご 家族に対する医療従事者の配慮」などの報告書の作 成に携わり, 2010年『新生児・小児医療にかかわる人 のための看取りの医療』 (診断と治療社)をまとめる。 第1回 医療現場に求められる 臨床倫理 新連載 新連載 における 大阪発達総合療育センター 副センター長 南大阪小児リハビリテーション病院 院長 船戸正久 臨床倫理・ 協働意思決定 事前ケアプラン 臨床倫理学とは 本来,「倫理」とは,「倫」(人の輪,仲間) と「理」(模様・ことわり)を合わせたもので, 仲間での間の決まり事,守るべき秩序”のこ とを言う。それ故,倫理は,国・時代・文化・ 宗教などにより異なり,時代と共に変化するも のである。 アメリカで,1960年代より,倫理,哲学, 法律といった医療以外の研究者を中心とした脳 死,臓器移植,遺伝子治療などの先端医療の倫 理的問題の議論の中から,生命倫理(bioethics) という学問が発展してきた。それに対して, 1980年代に,特に医療関係者から,もう少し 日常臨床に根差した倫理的な問題を検討する必 要性があるのではないかという問題提起がなさ れ,それに呼応した倫理研究者などとの共同作 業により,臨床倫理(clinical ethics)という 考え方が発展してきた。アメリカでは,その普 及には,臨床現場での倫理的な問題の相談に乗 る臨床倫理の専門家(clinical ethicist)と,各 医療機関ごとに倫理的な問題のある症例を検討 する倫理委員会(ethical committee)による実 践的なサポートが果たした役割が大きかった 1) 一方日本では,医療倫理,時に人を対象とし た研究倫理に対しては,通常,倫理委員会が機 能しているが,医療現場の臨床倫理に関しては 現場の職員が抱え込むことが多く,倫理委員会 が十分な機能を果たしていない。そのため,医 療現場の多くのスタッフが倫理的ジレンマに悩 んでいる。 臨床倫理という言葉を最初に用いたSieglerら は臨床倫理の目標を,「日常診療において生じ る倫理的課題を認識し,分析し,解決しようと 試みることにより,患者を向上させること」 2) としている。白浜は,現時点での日本における 臨床倫理の定義を「クライエントと医療関係者 が,日常的な個々の診療において発生する倫理 的な問題点について,お互いの価値観を尊重し ながら,最善の対応を模索していくこと」とし, その具体的な対応の一つの方法としてJonsen 3) の提唱する「医学的適応」「患者の意向」 「QOL(いのちの輝き・いのちの質)」「周囲の状 況」からなる臨床倫理の4分割法を日本に紹介 し,大学や医療現場での普及に努めた 4) 表1)。 近畿大学医学部附属病院の 臨床倫理 近畿大学医学部附属病院では,こうした医療 における倫理問題を臨床倫理と位置づけ,次の ように公にしている。 (1)医療を受ける人々の権利を最大限尊重す るとともに,医療を受ける人々の最善の 利益を追求する医療を提供する。 93 こどもケア vol.10_no.4

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厚生労働省成育医療研究班の分担研究者として「重篤な疾患をもった新生児の医療をめぐる話し合いのガイドライン」「NICUにおける緩和的ケア―赤ちゃんとご家族に対する医療従事者の配慮」などの報告書の作成に携わり,2010年『新生児・小児医療にかかわる人のための看取りの医療』(診断と治療社)をまとめる。

第1回

医療現場に求められる臨床倫理

新連載新連載

における医 療

現 場

大阪発達総合療育センター 副センター長南大阪小児リハビリテーション病院 院長          船戸正久

臨床倫理・協働意思決定と事前ケアプラン

臨床倫理学とは

 本来,「倫理」とは,「倫」(人の輪,仲間)

と「理」(模様・ことわり)を合わせたもので,

“仲間での間の決まり事,守るべき秩序”のこ

とを言う。それ故,倫理は,国・時代・文化・

宗教などにより異なり,時代と共に変化するも

のである。

 アメリカで,1960年代より,倫理,哲学,

法律といった医療以外の研究者を中心とした脳

死,臓器移植,遺伝子治療などの先端医療の倫

理的問題の議論の中から,生命倫理(bioethics)

という学問が発展してきた。それに対して,

1980年代に,特に医療関係者から,もう少し

日常臨床に根差した倫理的な問題を検討する必

要性があるのではないかという問題提起がなさ

れ,それに呼応した倫理研究者などとの共同作

業により,臨床倫理(clinical ethics)という

考え方が発展してきた。アメリカでは,その普

及には,臨床現場での倫理的な問題の相談に乗

る臨床倫理の専門家(clinical ethicist)と,各

医療機関ごとに倫理的な問題のある症例を検討

する倫理委員会(ethical committee)による実

践的なサポートが果たした役割が大きかった1)。

 一方日本では,医療倫理,時に人を対象とし

た研究倫理に対しては,通常,倫理委員会が機

能しているが,医療現場の臨床倫理に関しては

現場の職員が抱え込むことが多く,倫理委員会

が十分な機能を果たしていない。そのため,医

療現場の多くのスタッフが倫理的ジレンマに悩

んでいる。

 臨床倫理という言葉を最初に用いたSieglerら

は臨床倫理の目標を,「日常診療において生じ

る倫理的課題を認識し,分析し,解決しようと

試みることにより,患者を向上させること」2)

としている。白浜は,現時点での日本における

臨床倫理の定義を「クライエントと医療関係者

が,日常的な個々の診療において発生する倫理

的な問題点について,お互いの価値観を尊重し

ながら,最善の対応を模索していくこと」とし,

その具体的な対応の一つの方法としてJonsen

ら3)の提唱する「医学的適応」「患者の意向」

「QOL(いのちの輝き・いのちの質)」「周囲の状

況」からなる臨床倫理の4分割法を日本に紹介

し,大学や医療現場での普及に努めた4)(表1)。

近畿大学医学部附属病院の 臨床倫理

 近畿大学医学部附属病院では,こうした医療

における倫理問題を臨床倫理と位置づけ,次の

ように公にしている。

(1)医療を受ける人々の権利を最大限尊重す

るとともに,医療を受ける人々の最善の

利益を追求する医療を提供する。

93こどもケア vol.10_no.4

(2)医療を受ける人々の信条や価値観に十分

配慮する。

(3)医療内容,治療の選択について詳しく説

明し,医療を受ける人々の自由な意思に

基づいて医療行為を決定する権利を尊重

する。

(4)倫理的な問題を含むと考えられる医療行

為については,法令やガイドラインを遵

守するとともに,院内において十分審議

検討を行う。

 この概念は臨床倫理の考え方の基本と考えら

れ,医療従事者は,こうした視点を持っている

ことが重要である。

仮死のまま2年半―「生命」をめぐり対立

 私自身がこうした新生児医療の臨床倫理の問

題に取り組むようになったきっかけは,朝日新

聞に掲載された「仮死のまま新生児2年半―安

らかに逝かして(両親)・外せぬ人工呼吸器(病

院)」という記事であった(朝日新聞,1987年

8月20日朝刊)。1980年代に開発された新生児

人工呼吸器の流用により,本来救命不可能であっ

た脳死状態に近い重度脳損傷児の半永続的な延

命が可能になり,日本のNICU(新生児集中治

療室)で大きな問題になった時代である。

 こうした時期に,次のような言葉と出会った。

「科学万能の考え方からは死は敗北であり,全

ての終わりという結論しかでてこない。そのた

め最後の瞬間まで死の現実から目をそむけるこ

とで,うすっぺらな現実しかいきられなくなっ

た」(チベット死者の書)。

 まさに,私たちがやってきた医療が,現実か

ら目をそらし,死をタブー化することにより児

や家族に大切な「看取りの時間」をないがしろ

にしてきた事実を指摘された思いであった。こ

の言葉は,「事実を直視し,最善を考えること

の大切さ」を指摘している5)。

 しかし,日本の医療現場では,こうした臨床倫

理学の教育や話し合いが十分に導入されず,未だ

にこの問題は解決されていない。そしてNICUや

小児病棟の長期入院とも関係している。そのた

め,日常臨床において,臨床的脳死などを含ん

だ倫理的問題がますます大きくなり,「どこま

で侵襲的治療をendlessに継続するか」,今なお

医療現場で続く臨床倫理学の大きな課題である。

小児医療の最大のテーマ

 現在,小児医療の最大のテーマは,自分で意

白浜雅司:臨床倫理とは何か,緩和医療学,Vol.3,No.1,P.3~12,2001.

Medical Indication 医学的適応(恩恵・無害の原則:Beneficience・Non-malficience)〈チェックポイント〉1.診断と予後2.治療目標の確認3.医学の効用とリスク4.無益性(futility)

Patient Preference 患者の意向(自己決定の原則:Autonomy)〈チェックポイント〉1.患者の判断能力2.インフォームドコンセント(コミュニケーションと信頼関係)3.治療の拒否4.事前の意思表示(living will)5.代理決定(代行判断・最善利益)

QOL いのちの輝き・いのちの質(幸福追求:Well-being)〈チェックポイント〉1.QOLの定義と評価(身体・心理・社会・スピリチュアル)2.誰がどのように決定するか  偏見の危険,何が患者にとって最善か3.QOLに影響を及ぼす因子

Contextual Features 周囲の状況(公平と効用の原則:Justice・Utility)〈チェックポイント〉1.家族や利害関係者2.守秘義務3.経済的側面,公共の利益4.施設の方針,診療形態,研究教育5.法律,慣習,宗教6.その他

表1:Jonsenの4分割法

94 こどもケア vol.10_no.4

思表示ができない子どもの人権と尊厳をいかに

守るかであり,特に,「生命予後不良な子ども

にとって最善の医療とは」,すなわち「いのち

の輝きを支える医療とは」「安らかな看取りを

支える医療とは」が問われている5)。

 2015年に京都で日本医学会総会が開催され

た。その中で,学生企画として「死生学分科会」

が持たれ,死生学から“先制”死生学について

話し合われた。その抄録で,次のように述べら

れている。

 「現在の,高度サービス化社会において,生

病老死というかつて家族と地域が担ってきたも

のから人々は疎外されている。特に『死』はタ

ブー視され,病院から葬儀場の中で密かに処理

されてきた。『患者の死』を『医療の敗北』と

見なす感性と相まって,いよいよ人は,生と死

との断絶に追いやられた。年間170万人が亡く

なる時代を迎えようとしている今,『終末期を

どこで過ごすのか』『延命処置は施すのか』等

死に関わる問題の多くに正解はなく,患者自身

に舵取りがゆだねられている。そのため国民一

人一人が死を自分の事として考えなければなら

ない。これからの医療のために,今一度死につ

いて向き合う機会を設定することを試みたい。

ここ10数年で医療の大枠(生病老)は治癒・

治療中心から,疾病予防・健康増進という予防

的で先制的なものに視野を広げてきた。今こ

そ,『死』もその仲間入りをするときである。従

来死を目の前にして考えることの多い死を,健

康な早い段階で考える,『“先制”死生学』を提

言する。単に人生の終焉ではなく,死を考える

ことで,対照的に生が輝く,温かく優しいもの

として捉えなおしていきたい」6)

 こうした問題提起が次の医療を担う若い医学

生から出たことは,非常に重要である。現在筆

者は,関西医科大学と神戸大学において,医療

現場における臨床心理学の問題を特別講義して

いる。医学生の反応は非常に良く,こうした具

体的な倫理的課題を現実的に考えるきっかけと

なるようである(表2)。

今後の適正な 医療発展のための提言

 2013年,広島で開催された第116回日本小

児科学会学術集会において,筆者は「新生児医

療の進歩と生命倫理−医的侵襲行為の差控え・

中止の基本的考え方」という教育講演を行い,

最後に,次のような5つの提言を述べた7)。

(1)死をタブー化しないで,看取りのベスト・

プラクティスのために,多面的に学問の

光を照てて研究する。

(2)医学教育の中に臨床倫理学,緩和ケア

(全人医療)の基礎教育を導入する。

(3)医的侵襲行為は,原則傷害行為であるこ

とを認識する。

(4)Patient & family-centered careの医療現

場への導入と普及を行う(尊厳・尊重,

情報共有,参加,協働)。

船戸正久:新生児医療の進歩と生命倫理―医的侵襲行為の差控え・中止の基本的考え方,日本小児科学会雑誌,Vol.117,No.10,P.1560~1568,2013.

•先生は,実体験や冗談を交えて生命倫理という重い話題を伝えてくださった。いろいろな実例を聞くと,先生が「すべての医療従事者は臨床倫理学を学ぶべきである」と言う理由が分かった気がした。

•非常に分かりやすい,先生の人柄がにじみ出たユーモア溢れた講義だった。死はもちろん悲しくてつらい出来事には違いないが,故人,遺族共に,できる限り後悔しない別れ方を提供するのも,医療従事者の仕事だと思った。

•今回の授業を通し,生れてすぐに亡くなる子どもたちというある種のタブーとされる部分を聞くことができ,とてもよかった。

•私は小児科に将来進みたいと考えているので,今回の講義を聞くことはとても大切なことであり,とても意味のあることであったと思った。

•今まであまり意識したことはありませんでしたが,今回の先生の講義を受け,小児科に興味を持ち,なってみたいと感じた。

表2:臨床倫理学の講義に対する医学生の感想

95こどもケア vol.10_no.4

(5)倫理的意思決定において,子どもの最善

の利益を中心にShared Decision-making

(協働意思決定)を推進する。

 その講演の中で「通常の医療行為の範疇」に

おける倫理的・医学的意志決定のプロセスの基

本的な考え方と具体的なプロセスと対応につい

て述べた。

欧米における臨床倫理の動き

 欧米では,児の予後が不良で,これ以上の侵

襲的治療介入は児の最善の利益に反すると判断

した場合,家族の希望に沿って,医療チームで

治療の差し控え・中止が日常臨床の中で「通常

の医療行為の範疇」として行われている。

 米国小児科学会『治療中止に関するガイドラ

イン』(1994年)によると,治療の差し控え・

中止は,共に英語で“forego”という単語が使

用されている。この単語は,「差し控える」と

「中断する」の2つの意味があり,この間には

倫理的にも,法的にも重要な違いはないことが

強調されている8)。

■英国小児科学会によるガイドライン(2004年)

 英国小児科学会によるガイドライン(2004

年)では,治療の差し控え・中止が考慮され得

る5つの病態として,脳死,植物状態,回復可

能性がない状態,治療目標がない状態,これ以

上治療が耐えられない状態の5つが挙げられて

いる9)。これらの状態に対して,本人の尊厳と

最善の利益のために侵襲的治療介入をどこまで

やり続けるのがよいかを,医療チームと法的代

理人である家族が率直に話し合っている。

 こうした場合の倫理的根拠としては,自分で

意思表示が可能な場合,「自己決定」(autonomy)

の法則を第一とするが,上記の5つの状態のよ

うに,自分での意思表示が不可能な場合,本人

の「最善の利益」(best interests)を考えて法的

代理人(通常家族)による代理意思決定をする

ことが基本となる。そして,医療チームの倫理

的許容範囲であれば,家族の決定を最大限支援

すると同時に,非侵襲的な代替治療や緩和ケア

の導入,終末期の患者・家族中心のケア(尊

厳・尊重,情報共有,参加,協働)の提供を行

うことが大原則となる。

■トロントこども病院における 臨床倫理教育

 トロントこども病院では,NICU(新生児集中

治療室)の新生児科専攻医に対する臨床倫理学

の必須教育が行われており,2013年にそのこ

とに関する論文が発表された10)。その項目は,

次のとおりである。

①予後不良児に対する治療中止の検討

 児の最善の利益・同意(コンセンサス)意思

決定・予後不良・治療選択

②両親に対する非蘇生の説明

 緩和ケア選択・慰安ケア

③蘇生非適応指示

 蘇生非適応の意義

④協働意思決定の情報と参加

 情報共有・家族の選択・意志決定における家

族の役割

⑤文化の差異への配慮

 文化・信念・精神状態

⑥内部意見の違い調整

 宗教・不確実性

 そのことによって,患者の最善の利益に基づ

いたより良い医療選択を医療チームと家族で話

し合う基本ができるものと思われる。

 今後,日本においても,すべての医師,特に

NICUやICU(集中治療室)など,救急医療に携

わる医師は,必須教育として,こうした医療現

場での臨床倫理学教育がなされるべきだと思わ

れる。

96 こどもケア vol.10_no.4

■文化の違いと看取りの医療 トロントこども病院のNICUで働いている諫

山氏は,Neonatal Careに,次のような寄稿を

行っている。

 「トロントのNICUで働き始めて驚いたことの

一つは,重篤な赤ちゃんの看取りの医療に対す

る日本とカナダの考え方の違いです。日本で

は,生命予後が極めて不良な赤ちゃんでも,一

度,人工呼吸器を装着されると,人工呼吸器を

止めることは,倫理的にも司法的にも極めて難

しい判断となり,ほとんど行われていないと思

います。カナダや米国では,人工呼吸器の継続

は,その時その時の治療決定とみなされ,それ

が患者の最善の利益の観点からみて望ましくな

いと判断される場合は,患者(赤ちゃんの場合

はその保護者)の同意の下で,人工呼吸器の中

止が日常的に行われています。

 例えば,Aちゃんは在胎23週で生まれ,両

側に重篤な脳室内出血を起こし,生後数日の

間,高い設定で人工呼吸管理が行われていまし

た。生後1週ごろ,NICUチームとご家族との

話し合いで,今後も続く治療による苦痛と,将

来の重篤な合併症の予測に基づき,治療の中止

が決定されました。予定された日時に,家族専

用の個室が用意され,モルヒネの点滴でしっか

り鎮痛されながら,人工呼吸器が中止(抜管)

され,Aちゃんは,お母さんの胸に抱かれ,お

父さん,兄弟,親戚,友人たちと,多くの人々

に見守られながら看取られていきました。その

際,皆さんが涙を流しながら,Aちゃんの周り

で歌を歌い,何か宗教的な儀式を行っているよ

うでした。どういう儀式か私にはわからなかっ

たのですが,とても尊厳の感じられる雰囲気で

した。ご両親は穏やかな表情で,Aちゃんの誕

生とその意義を,皆で忘れずに生きたいとおっ

しゃっていました」11)

 日本では,こうした看取りの医療はタブー化

され,本来のあるべき医療の範疇に入れられて

おらず,医療現場における倫理的ジレンマを抱

えながら多くのスタッフが働いているのが現状

である。

■ICU以外の最適な看取りの 場所についての議論

 Laddieらは,2014年にICU以外の最適な看

取りの場所についての論文を発表し,PICU11

例,NICU4例がそれぞれの集中治療室から出

て,家庭で5例,ホスピスで8例,その他で2

例が,家族が望む最適な看取りの場所で人工呼

吸器を中止され看取られたことを報告した12)。

 イギリスでは,こうした臨床倫理学の普及に

より最適な看取りの場所についても通常の医療

の範疇で検討できる形になっている。日本にお

いても,こうした終末期の臨床倫理をタブー化

せず率直に話し合いができるようになると,本

人や家族が希望しない傷害行為に当たる侵襲的

治療介入を漫然と継続するだけでなく,欧米に

おけるように,終末期ケアの充実,緩和ケアや

グリーフケアに対する研究が進むものと考えら

れる。すなわち,「いのちを弄ぶ医療」から「い

のちを慈しむ医療」へのパラダイムシフトと研

究が重要となる。

■遺族の手記 最後に,NICUで児を看取った母親の手記を

提示する。

 「遺族にとって,一番辛く苦しいことは何だ

ろう。何が遺族を慰めるだろう。…様々な要因

が影響するので,一概に言えない。しかし亡く

なった赤ちゃんにできるだけのことをしてあげ

られたという思いは,後の悲嘆のプロセスをス

ムーズにする一助となるだろう。

 私の場合,今願いをひとつかなえるといわれ

たら迷わず,こどもが生きている間に,身体か

らチューブを抜いて,私の胸に抱きしめたい。

お兄ちゃんを呼んで,抱っこさせてあげたい。

97こどもケア vol.10_no.4

亡くなった時には,家族で身体をきれいにして

あげて,なでてあげたい。たくさん話しかけて

あげたい。産着を着せてあげたい。一時も一人

にしたくない。

 もし誰かが私たちに,どうしたいか聞いてく

れたら? 私たちに寄り添い,後悔のないよう

あらゆる情報を与えてくれ,いくつかの選択肢

のあることを教えてくれる人がいたら? 私た

ちにはそのとき,今自分たちに何ができるのか

を知るすべもなく,考える余裕もなかった。

 欧米などでは,赤ちゃんが亡くなったとき,

手形や足形を残し,写真をとり,髪の毛などを

思い出の品として残すということが,医療スタッ

フによってなされることが多いと,後に知った。

今私には,こどもの身体の生きた証が何もない。

混乱の中何も考えられず火葬してしまい,かな

りあとになって,真っ黒な髪も,小さな爪も,

かわいい手形も足形も,写真さえほとんど何も

手元にないことに気づき愕然とした」7)

◆ ◆ ◆

 それでは,「通常の医療行為の範疇」におけ

る倫理的・医学的意思決定のプロセスはあり得

るのか,次回,今後具体的な決定プロセスで重

要となる「協働意思決定」と「事前ケアプラン」

について考察する。

引用・参考文献1)白浜雅司:臨床倫理とは何か,緩和医療学,Vol.3,No.1,P.3〜

12,2001.2)Siegler M, Edmund D, Pellegrino PA, et al. Clinical medical

ethics. J. Clinical Ethics, 1990;1:5-9.3)Jonsen AR, Siegler M, Winslade WJ. Clinical Ethics - A

Practical Approach to Ethical Decisions in Clinical Medicine, McGraw Hill, New York, 1992.

4)白浜雅司:臨床倫理の基本,JIM,Vol.10,No.3,P.229 〜233,2000.

5)船戸正久:臨床倫理学の基本的考え方−胎児・新生児の人権と尊厳をどのように守るか?,日本未熟児新生児学会雑誌,Vol.22,No3,P.379 〜380,2010.

6)小倉早奈恵:学生企画:死生学分科会—死生学から“先制”死生学へ,第29回日本医学会総会2015関西 医学と医療の確信を目指して,学術講演抄録集,P.180,2015.

7)船戸正久:新生児医療の進歩と生命倫理−医的侵襲行為の差控え・中止の基本的考え方,日本小児科学会雑誌,Vol.117,No.10,P.1560 〜1568,2013.

8)Committee of Bioethics, American Academy of Pediatrics:Guidline on forgoing life-sustaining Medical treatment. Pediatrics, 1994;93:532-536.

9)Withholding or withdrawing life sustaining treatment in children:a framework for practice. 2nd ed. London:Royal College of Pediatrics and Child Health, 2004.

10)Sayed M F El, Chan M, McAllister M, and et al. End-of-life care in Toronto neonatal intensive care units:challenges for physician trainees. Arch Dis Child Fetal Neonatal Ed:2013:98:F528-533.

11)諫山哲哉:文化の違いと看取りの医療,ネオネイタルケア,Vol.27,No.1,2014.

12)Laddie J, Graig F, Brierley J, et al. Withdrawal of ventilator support outside the intensive care unit:guidance for practice. Arch Dis Child, 2014;99:812-816.

98 こどもケア vol.10_no.4