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1  はじめに 使

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Page 1: 動かす はじめに フランクリン、リンカーン、ガンジー、マザー … · 1 はじめに はじめに 「 動かす 」 のではなく 「 動いてもらう

1  はじめに

はじめに 

「動かす」のではなく「動いてもらう」

求めているものが簡単に手に入るとしたら、どういう気分になるだろうか?

どんなに気むずかしい人でも意のままに動かすことができるとしたらどうだろうか?

さぞかし快適な気分になるだろう。

きっと大きな満足が得られるにちがいない。

誰もがそんな能力をもちたいと思っているはずだ。

フランクリン、リンカーン、ガンジー、マザー・テレサといった歴史に名を残す偉人たちを

研究すると、いくつかの共通点があることに気づく。どの偉人も強烈な願望、卓越した創造性、

確固たる使命感をもっていたが、とりわけ抜きんでていたのは驚異的な説得力だ。つまり、

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23  はじめに

転と同様、後天的に学ぶことができる。しかも、くり返し練習すれば、完全にマスターするこ

とができる。

人生の勝者になる秘訣

いよいよ、これから「人が動いてくれる技術」を紹介しよう。きっとあなたはワクワクして

いるにちがいない。

「成功は一割の専門技術と九割の人間関係にもとづく」という格言がある。私の長年の経験上、

この比率は真実だ。本書を読んで成功の九割に相当する人間関係を好転させるすべを身につけ、

公私ともに自分と周囲の人のために役立ててほしい。

私は「人が動いてくれる技術」を独力で考え出した、と言いたいところだが、じつはそうで

はない。幸運にも、説得の達人の本を片っ端から読破して研究しただけでなく、そういう人た

ちと出会って教わったからだ。もし私の功績があるとすれば、自分が学んだことを誰でも簡単

に実行できるようにまとめたことである。この技術をマスターしてたえず活用すれば、生涯に

わたって恩恵を得ることができる。

「人が動いてくれる技術」である。

説得とは、「理屈や要求、誘導を通じて相手に何かをさせること」と定義できる。ただし、

それは無理やり何かをさせることではない。

心理学者のポール・スウェッツ博士はこう言っている。

「無理やり何かをさせると、自分が勝って相手が負ける状況をつくり出すだけで、相手の利益

を考慮していない。一方、説得の達人は相手の自尊心を満たすことを優先するから、相手は気

分をよくして動いてくれる」

あなたは本書で「人が動いてくれる技術」を学ぶことになる。それをしっかりマスターして

日常のさまざまな場面で応用すれば、人間関係のストレスから解放され、今までよりはるかに

快適な生活を送ることができる。

誰でも簡単に成果が得られる「人が動いてくれる技術」は、本当に存在するのだろうか?

答えは「イエス」だ。

大げさに聞こえるかもしれないが、そんなことはない。

朗報を紹介しよう。

「人が動いてくれる技術」はたいてい生まれつきの資質ではない。だから自転車や自動車の運

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45  第0章 ●

こうすれば人は動いてくれる

目次

はじめに 「

動かす」のではなく「動いてもらう」

………

1

人生の勝者になる秘訣

………

3

第1章 脅さずに勝つ

人間関係で勝利を収めるにはどうすればよいのか?

………

16

小手先のテクニックでは人は動いてくれない

………

18

快楽を追い求め、苦痛から逃れるのが人間の習性

………

20

プライドが果たす大きな役割

………

26

私たちが人間関係で演じる「子ども」「親」「大人」の三つの役割

………

28

「反応」するのではなく「対応」する

………

31

それがうまくできているかどうかを見極める方法がある。人に動いてもらうプロセスで自分

だけでなく相手も気分をよくしているかどうかだ。もしそうなら、相手に無理やり要求を押し

つけて迷惑をかけているわけではない。真の勝者とは、関係者全員に恩恵を与えながら自分の

願望を達成する人のことである。

協力関係の構築であれ、長年の夢の実現であれ、公私を問わず自分の願望を達成することで

満足を得て、しかも人々に敬愛されることが究極の目標だ。これこそが「人が動いてくれる技

術」の核心である。

自分の願望を満たすために相手を脅しつける必要はない。また、いつも相手の言いなりにな

って不本意な生き方をする必要もない。

「ウイン・ウインの関係」という言葉を聞いたことがあるだろう。「双方が勝つ関係」という

意味だ。「人が動いてくれる技術」を活用して成果をあげ、つねに双方が勝つことのできるす

ばらしい世界をつくろう。

ボブ・バーグ

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67  第0章 ●

第3章 知ってもらい、好いてもらい、信頼してもらう

アドバイスを求めると力を貸してもらえる

………

60

周囲の人を味方につける

………

62

相手の発言をうまく引用する

………

62

相手に自分の考え方だと感じさせる

………

64

謙虚さと誠実さを組み合わせて要望を伝える

………

66

第3章のまとめ

………

69

第4章 自分が大切に扱われていると感じてもらう

子どもはときには最高の教師である

………

72

敬意を払い信頼を寄せれば立場は逆転する

………

74

交渉術に対する認識を深める

………

76

相手に自分の問題として考えてもらう

………

78

気配りをしながら反論する

………

80

つねに気配りを心がける

………

31

第1章のまとめ

………

33

第2章 「人が動いてくれる技術」を学ぶ

「人が動いてくれる」達人になる

………

36

「正しさ」よりも「やさしさ」を優先する

………

37

相手の事情を推察する

………

39

人は恩恵を得るために行動する

………

41

自分が相手にしてほしいことを期待する

………

42

「礼儀正しく」「辛抱強く」「粘り強く」

………

45

事前の感謝で人は動いてくれる ………

48

人はほめてもらった行動をくり返す ………

50

電話で無礼な人にはこう対応する

……… 52

第2章のまとめ

………

57

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89  第0章 ●

第6章 気むずかしい人に対処する方法

相手の気持ちに配慮してから要件を話す

………

112

相手を怒らせずに通話を終える方法

………

113

苦手な人ともいっしょに楽しむ

………

114

何を言っていいかわからないなら、誰かを具体的にほめる

………

115

もめごとは四つの段階を踏んで解決する

………

116

相手がいいことをしていたらほめる

………

119

相手の面子を保つ

………

120

「無理にとは申しませんが」は成果をあげる魔法の言葉

………

121

第6章のまとめ

………

123

第7章 「人が動いてくれる技術」を活用する

それとなくプレッシャーをかける

………

126

相手と歩調を合わせながら主張する

………

127

手書きのお礼状を送る

………

82

お礼状には敵を味方に変える力がある

………

86

第4章のまとめ

………

89

第5章 どんなことでも交渉できる

やさしさと敬意をもって尋ねる

………

92

何を伝えるかよりも、どんな気持ちで伝えるか

………

93

笑顔は成功を招き寄せる

………

94

ほほ笑みは周囲の人の気分もよくする

………

96

求めれば与えられる

……… 101

相手のプライドを尊重する ……… 102

共通点を見つけると親しみを感じてもらえる

………

103

すべてのドライバーを仲のよい隣人とみなす

………

104

礼儀正しく、さりげなくプレッシャーをかける

………

106

第5章のまとめ

………

110

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1011  第0章 ●

相手の自尊心を満たせば関係は好転する

………

149

怒りをぐっとこらえれば人より抜きんでられる

………

150

口論に勝者はいない

………

151

少しゆずって大きく勝つ

………

152

クレームは謙虚に言う

………

153

すべての人に敬意をもって接する

………

154

相手の身ぶりや動作をまねると信頼関係が築ける

………

154

あたりまえなのに多くの人が実行していないこと

………

156

間接的に人をほめると味方が増える

………

156

成果をあげるレストランでの心得

………

157

電話は相手が切ってから切る

………

158

相手に頼みごとをする前にまず謝る

………

159

未知の分野では自分の無知を告白する

………

160

自分の間違いを素直に認めると尊敬される

………

161

相手を気分よくさせる

………

163

第8章のまとめ

………

164

異議を唱えながら相手の功績をたたえる

………

129

相手との類似点に焦点をあてる

………

131

第三者の話を使って相手の考え方を変える

………

133

失敗の責任は自分が負い、功績は他人にゆずる

………

135

それとなく不満を伝える

………

137

一貫性のある言動を心がける

………

138

相手の言い分を聞いてから自分の主張を展開する

………

139

第7章のまとめ ………

141

第8章 その他大勢から抜け出す秘訣

勝利のあとで謙虚さを保つ ……… 144

相手がしてもらいたがっていることをする

………

144

「命令」ではなく「依頼」すると応じてくれる

………

145

相手を応援する「イエスマン」になる

……… 146

書いた手紙を破って捨てると怒りは消える ……… 147

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1213  第0章 ●

第9章のまとめ

………

184

第10章 いつも心がけるべきこと

相手に恥をかかせない

………

188

子どもですら人を上手に動かす

………

189

相手にお手本を示す

………

190

相手を脅さずに勝つユーモアという潤滑剤

………

193

納入業者にも丁寧に接する

………

194

運転中でも笑顔が冷静さを生む

………

195

人が動いてくれる感謝のひと言

………

197

人が動いてくれる魔法のヘルメット

………

199

第10章のまとめ

………

201

おわりに

………

202

訳者あとがき

………

204

第9章 私が学んだ数々のテクニック

「私の勘違いかもしれませんが」と切り出す

………

168

戦わずして勝つ「聞く」技術

………

169

相手の自尊心を満たす

………

170

まずほめて、上手に注意を与える

………

170

意に沿わない申し出をうまく断る

………

172

交渉によって双方が勝つ方法

………

172

相手のプライドの源泉に気づく

………

174

笑みを浮かべながら注意を与える

………

175

毎日、五人以上にほめ言葉をかける

………

176

相手に美徳を期待する

……… 177

質問の仕方を工夫する

………

178

女性を上手にデートに誘う方法

……… 179

ふだんほめられていない人をほめる

……… 180

相手に助言を求める

………

182

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1415  第1章 脅さずに勝つ

編集協力 

増山雅人

本文組版 

山中

カバーデザイン 

重原

脅さずに勝つ

第1章 

脅さずに勝つ

第1章 

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1617  第1章 脅さずに勝つ

人間関係で勝利を収めるにはどうすればよいのか?

朝早く出勤してから夜遅く帰宅するまで、自己中心的で失礼な態度をとって相手をイラつか

せることを「日課」にしている人たちと出くわすことがよくある。

たとえばこんな人たちがそうだ。

・電車の中で新聞を広げて座っている乗客

・客に不作法な接し方をするウエーター

・カスタマーサービスとは名ばかりの接客係

・話をちゃんと聞いてくれない見込み客

・理不尽な要求を突きつけてくる上司

・指示に素直に従ってくれない部下

このような例はいくらでもあげることができる。

もちろん、マナーが悪い人ばかりではない。しかし、最近の統計によると、全国民のじつに

六一パーセントが無礼な人の多さにうんざりしているという。もしそれが事実だとすると、世

間は無礼者であふれ返っていることになる。

この統計が正確かどうかはわからない。私の知るかぎり、ほとんどの人がいい人だし、親切

にしてくれる。根っからの善人でなくても、大半の人が礼儀正しいと思う。彼らは私たちの幸

福追求を妨害するわけではない。だがその一方で、それを生きがいにしているような人が少な

からずいるのも事実だ。

では、どうすればいいか?

選択肢は二つしかない。

一つは、彼らのレベルにまで身を落として最低の人間関係の「技術」を発揮することだ。し

かし、一枚上手を行くために怒鳴り散らし、自分がどれだけ力をもっているかを見せつけたと

ころで、求めているものを手に入れることはできない。たとえできたとしても、気分が悪くな

り、人間関係を台無しにして敵をつくるだけだ。

そこで、もう一つの選択肢である。それを選べば、確実に勝利を収めることができる。

ただし、「勝利」とは相手を打ち負かすことではなく、相手を気分よくさせて意のままに動

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1819  第1章 脅さずに勝つ

る人もいる。

この技術は非常に意義深いから、くり返し読んで心に刻んでほしい。しっかり身につければ、

人間関係が大きく改善されるのを実感するだろう。

カギは、本書で学んだ内容を実行することだ。そうすれば、大きな成果が得られる。つまり、

人が喜んで動いてくれて、お金や満足を含めて多くの恩恵に浴することができるのだ。

本書の中で数冊の名著を紹介しているが、もし興味があれば、それらの本を読んで情報を吸

収し、周囲の人に教えるといい。「人が動いてくれる技術」をマスターする最善の方法は、自

分が学んだことを他人に教えて再確認することである。

人間の心理に関する第一人者、レス・ギブリンは名著『人望が集まる人の考え方』(ディス

カヴァー・トゥエンティワン)の中で、「自分が満足を得ると同時に、相手の自尊心を満たし

ながら良好な関係を築くことが重要だ」ということを力説している。つまり、私たちがめざす

べき人間関係は、相手のプライドを大切にして上手に接することだというのだ。なんとすばら

しいことだろうか。

ギブリンはさらに、「人に動いてもらうのに小手先のテクニックは必要ない」と断言してい

る。まったくそのとおりだ。小手先のテクニックは不誠実なものでも功を奏することがあるが、

かすと同時に、状況を改善することをさす。あなたはそうすることによって達成感と充実感を

得ることができる。

小手先のテクニックでは人は動いてくれない

かつて父に「真の強者とはどんな人だと思うか?」と問いかけられた。しかし、わからなか

ったので問い返した。

父は古い格言を引用して答えた。

「真の強者とは、自分の感情をコントロールして敵を味方に変える人のことだ」

これこそが、本書で学ぶ「人が動いてくれる技術」の神髄である。それを活用すれば、家族

や恋人、友人、知人、同僚、見知らぬ人といった、日常生活のさまざまな状況でかかわる人と

うまく接することができる。

本書で紹介する技術は、誰にとっても効果的だ。しかも、簡単に身につけることができる。

実際、この技術を活用して成功した例は枚挙にいとまがない。私のセミナーで学んだばかりな

のにすぐに成果をあげている人もいれば、数年前に学んで以来、ずっと実践して恩恵を得てい

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2021  第1章 脅さずに勝つ

多くの実例がそれを証明している。このことは非常に重要な原理だから、肝に銘じる必要が

ある。

ここで重要なことをもう一つ指摘しよう。

実際の職業かどうかは別として、すべての人が「販売業」に従事しているといえる。人はみ

な、いつも誰かに自分の考え方を「売り込んでいる」からだ。

具体例を紹介しよう。

 

既婚者は配偶者に対し、さまざまな要望を聞き入れてくれるように自分の考え方を売り込

んでいる。

 

親は子どもに対し、親に尊敬の念を抱き、決まった時間に就寝し、非行に走らないように

自分の考え方を売り込んでいる。

 

子どもは親に対し、おもちゃを買ったり夜間の外出を許可したりするように自分の考え方

を売り込んでいる。

 

教師は生徒に対し、ひたすら勉学に励んで将来を切り開くように自分の考え方を売り込ん

でいる。

それに頼ると長期的な成功の見込みはかなり低くなる。それでも、あなたは小手先のテクニッ

クを活用したいだろうか。

本書で紹介するのは小手先のテクニックではなく、しっかりとした理論に裏打ちされた正当

な技術である。あなたはそのいくつかに見覚えがあるにちがいない。だが、本書ではそれをさ

らに一歩進め、公私にわたって簡単に応用できるようにシステム化する。

 快楽を追い求め、苦痛から逃れるのが人間の習性

まず、人間の習性に関する基本的な原理を説明しよう。それを理解すれば、「人が動いてく

れる技術」は格段に向上する。

販売にたずさわったことのある人なら、この原理はすでに知っているにちがいない。この原

理は普遍的だから、世界中のすべての人にあてはまる。多くの人はこういう主張に対してムキ

になって反論するが、じつはそういう態度こそがこの原理を証明している。

もったいぶるのはこれくらいにして、その原理を紹介しよう。

それは、人間は論理の生き物ではなく感情の生き物だということだ。

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2223  第1章 脅さずに勝つ

すなわち、

快楽を追い求めるため

苦痛から逃れるため

 私たちはいつもこの二つの動機にもとづいて行動を決める。そして、その感情的な決定に論

理的な理由づけをする。理由づけとは、もっともらしいウソをついて自分を納得させることだ。

感情的な決定を論理的に理由づけする典型的な例を紹介しよう。日ごろもっともらしいウソ

をついて自分を納得させていることがよくわかるはずだ。

その昔、私が貧しくてサラダを買うのがやっとだったころ、夕方になるといつもジレンマに

直面していた。おなかがすいてフラフラになっても、お金がほとんどなかったので、いちばん

安い食べ物で我慢していた。当然、食後の満足感は得られなかった。

ある日、職場から帰宅する途中にステーキハウスの前を通りかかった。ジューシーなステー

キ、バターを塗ったベイクドポテト、サワークリームを添えたトーストを想像すると、いても

立ってもいられなかった。ずいぶん昔の話で、現代人が高脂肪の食生活を気にするようになる

 

・ 生徒は教師に対し、宿題を忘れた言い訳を受け入れてくれるように自分の考え方を売り込

んでいる。

このように、すべての人が公私にわたって「販売業」に従事している。

とはいえ、実際に製品やサービスを販売する仕事に就いていないなら、人々が論理ではなく

感情にもとづいて決定をくだしているという指摘は信じられないかもしれない。

あなたは自分が論理的だと思っているにちがいない。たぶん実際にそうなのだろう。私だっ

て自分がそうだと思いたい。

しかし、自分がどんなに論理的だと思っていても、あなたと私の共通点は、感情にもとづい

て決定をくだしていることだ。

これは非常に重要なコンセプトで、本書で伝授するすべてのことの根拠である。ここでこの

点を強調しているのは、まずこのコンセプトを理解しなければ、「人が動いてくれる技術」を

マスターすることが至難のわざになるからだ。

これがどのように機能するかを説明しよう。私たちは数種類の感情にもとづいて決定をくだ

すが、それは究極的に次の二つの動機に集約される。

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2425  第1章 脅さずに勝つ

たしかに以上の三つの理由は論理的に見えるが、どれもウソである。それらが組み合わさり、

中に入ってステーキを味わうという感情的な決定を正当化しているにすぎない(ちなみに、そ

のステーキ料理は格別だった)。

あなたもこれと同様のことをしたことがあるはずだ。実際、私たちはいつもそうしている。

今までにくだしたすべての決定を振り返ってみよう。

家や車を買った、愛する人と結婚した、安定した仕事を辞めた、貯金をはたいて好きな仕事

を始めた、などなど。

以上のどれが論理にもとづく決定だっただろうか。それらは純然たる感情にもとづく決定で

はなかったか。

これからの数日間、自分がくだすあらゆる決定に注意を払ってみよう。すべて感情にもとづ

いているはずだ。しかも、つねに「快楽を追い求めるため」か「苦痛から逃れるため」である。

人間とはそういうものだ。私たちはいつも感情的な決定をくだし、それを論理的に理由づけ

しているというのが実態である。

  前のことだ。しかし、当時はあまりの空腹でそのようなことは気にしていなかった。

私がステーキハウスの前で立ち止まったのは、中に入って食事をするためではなかった。そ

んなことをしたら、次の給料日までお金がもたなくなる。第一、次の給料日はずっと先だ。し

かし、外から中の様子を眺めるくらいなら問題はないだろう。その場でいい匂にお

いをかぐだけな

らお金はかからない。

これが一つ目の「もっともらしいウソ」だ。

次に、中に入ってメニューを見ようと思った。一応、どんなものがあるか確認しておきたか

っただけだ。いつかこんなものを食べられるようになりたいので、そのためにメニューをイメ

ージする必要がある。そうすれば、がんばって働く発奮材料になるにちがいない。

これが二つ目の「もっともらしいウソ」だ。

いったん中に入ると、こういう豪華な食事ができたら翌日は気力と体力がみなぎって仕事に

励めると思った。やっぱりやせすぎはみっともない。ベイクドポテトは栄養豊富で、とくに皮

の部分にはビタミンがたっぷり含まれているらしいから、まるごと食べて栄養をしっかりとる

必要がある。

これが三つ目の「もっともらしいウソ」だ。そして結局、私はステーキを注文した。

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2627  第1章 脅さずに勝つ

といっても、本書で取り上げるのは肉体的苦痛ではなく精神的苦痛である。

人々が逃れたがる苦痛について具体的に考えてみよう。たとえば、解雇されることの苦痛、

変化を起こすことの苦痛、仕事でリスクをとることの苦痛、人前で恥をかくことの苦痛、面メン

子ツ

を失うことの苦痛、などなど。

以上のような状況では、プライドが大きな役割を果たす。実際、すべての人にとって、プラ

イドは非常に重要な意味をもつ。誰だって人前でみっともないまねはしたくないし、みじめな

思いをして自己嫌悪におちいりたくないはずだ。

究極的に、人々は「快楽を追い求めるため」か「苦痛から逃れるため」のどちらかの理由で

「対応」するか「反応」する。そして、その「対応」か「反応」の大半がプライドと深くかか

わっている。

ところで「対応」と「反応」だが、この二つには大きな違いがある。この点についてはあと

で説明し、それを効果的に活用して関係者全員が恩恵を得る方法を紹介しよう。

先ほどのステーキの話に戻ろう。私は二つの動機をもっていた。「快楽を追い求めるため

(おいしいものを食べたい)」と「苦痛から逃れるため(空腹を避けたい)」である。だから、

ふところが寒かったにもかかわらず、高価なステーキを食べることにしたのだ。そのような状

プライドが果たす大きな役割

「快楽を追い求めるため」と「苦痛から逃れるため」という二つの大きな要素についてもう少

し掘り下げてみよう。というのは、このテーマは「人が動いてくれる技術」ときわめて深いか

かわりがあるからだ。人々を突き動かしているのは、まさにこの心理である。

まず、私たちが追い求める快楽とは、具体的にどんなものだろうか?

セックスやおいしいものを食べるといった肉体的快楽については誰もが知っているとおりだ。

さらに、家族や友人といっしょに過ごすことや魅力的な商品を買うといった精神的快楽も周知

の事実だ。

こんなふうに私たちがひたる快楽の例をあげればきりがない。しかし、本書ではとくに他人

と接するときの快楽に焦点をあてる。

気むずかしい人と接した経験があるだろう。たとえば、うるさい上司や顧客がそうである。

彼らの共通点は、何らかの権力を行使して快楽にひたっていることだ。

では、「苦痛から逃れる」ということについてはどうだろうか?

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2829  第1章 脅さずに勝つ

され、処罰され、管理されて無力感にさいなまれた。その結果、うっぷんがたまり、仕返しを

しようとする。だから、「子ども」は「親」の役割を演じる相手に反感を抱く。

私たちの心の中にある「親」は、相手を非難し、処罰し、管理する。親の役割を演じる人は

善意でそうしているのだが、自分が上から目線で相手に接していることに気づかず、相手が気

分を害していることを理解していない。

私たちの心の中にある「大人」は、誰とでもうまくコミュニケーションをとり、相手に敬意

をもって接し、話に耳を傾ける。だから自然と人々の信頼と尊敬を得ることができる。言うま

でもなく、これが理想だ。

あらゆる人間関係で、以上の三つの心理状態の組み合わせが存在する。たとえば、相手があ

なたを非難し、処罰し、管理するなら、相手は「親」で、あなたは「子ども」である。このよ

うな状況では、それが自分への個人攻撃ではないことを理解し、双方が勝つ関係を築くために

自分を「大人」のレベルにまで引き上げる必要がある。

逆に、自分が「親」のような態度をとって相手を「子ども」のように扱わないように気をつ

けなければならない。相手は人前で恥をかいたり面子を失ったりすることを恐れ(苦痛から逃

れるため)、あなたに敵意を抱くおそれがある。

況下なら誰しも同じことをしたのではないだろうか。もっともらしいウソで自分を納得させな

がら。

ここで少し考えてみよう。もし私がガールフレンドを感動させるために高級レストランに行

くという決定をくだしたなら、その原動力は何だろうか?

答えは「プライド」である。

私たちが人間関係で演じる

「子ども」「親」「大人」の三つの役割

人間の基本的な行動原理に関するもう一つの要素について説明しよう。

心理学者のトマス・ハリス博士によると、すべての人は他人とやりとりするとき、つねに

「子ども」「親」「大人」の特徴のどれかを示すという。特定の瞬間にどう感じるかによって、

あなたは必ずこの三つの特徴のどれかを示す。

それが「人が動いてくれる技術」とどう関係しているかを説明しよう。

私たちの心の中にある「子ども」は、自分を被害者とみなす。子どものころ、私たちは非難

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3031  第1章 脅さずに勝つ

「反応」するのではなく「対応」する

 先ほどふれた「対応」と「反応」の違いを簡単に説明しておこう。私はそれを世界的な講演

家のジグ・ジグラーから学んだおかげで、多くのトラブルを未然に防ぐことができた。

ジグラーによると、「対応」はポジティブで、「反応」はネガティブだという。たとえば、何

かが起きたときに「対応」すれば事態をコントロールできるが、「反応」すると事態に振り回

されることになる。人間関係でも同じことがいえる。「対応」するか「反応」するかで結果が

大きく変わってくるからだ。

本書では、どんな状況でも冷静に「対応」できるようにアドバイスしていく。それを実行す

れば、双方にとって有益な結果を導き出すことができる。

つねに気配りを心がける

本書で伝授するすべてのことの根底にあるもう一つの重要なコンセプトについて説明してお

当然、誰もが「大人」と「大人」の関係でつねにやりとりをしたいと思っている。それは容

易ではないが、やればできる。相手との接し方にいつも気をつけ、練習を積み、たゆまず努力

をすればいいのだ。

もちろん、あなたが努力したからといって、相手が「大人」として振る舞ってくれるとはか

ぎらない。しかし、ふだん相手が適切な対応をしてくれなくても、がっかりする必要はない。

これから紹介する技術を活用すれば、どんなに気むずかしい人でも意のままに動かすことがで

きるからだ。それは時間と労力を要するが、十分に可能である。イライラすることもあるかも

しれないが、忍耐強く取り組むことが重要だ。それに見合う大きな成果をあげることができる

はずである。

人間関係におけるイライラを克服する最善の方法は、それをゲーム感覚で楽しむことだ。本

書で紹介する技術を駆使して相手を動かし、それによって目的を達成すれば、あまりの楽しさ

に感動するにちがいない。

私はそれを思うとワクワクする。

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3233  第1章 脅さずに勝つ

第1章のまとめ

 ◦���

人々は感情的に決定し、論理的に理由づけする。その動機は「快楽を追い求めるた

め」か「苦痛から逃れるため」である。そして、そのためにもっともらしいウソをつ

いて自分を納得させる。

 ◦���

すべての人はプライドをもって生きているから、脅さずに勝利を収めるためには相

手のプライドを尊重しなければならない。

 ◦����

私たちは他人とのやりとりで「子ども」「親」「大人」という三つの心理状態のどれ

かにおかれるが、つねに「大人」と「大人」の関係をめざすべきである。

 ◦���

私たちはあらゆる状況で「対応」と「反応」のどちらかを選択することができる。

「対応」は成功を招くが、「反応」は成功を遠ざける。

 ◦���

 「人が動いてくれる技術」の基本は「気配り」だ。したがって、気配りに満ちたや

さしい言葉を使うことをつねに心がける必要がある。

こう。それは「気配り」である。

気配りとは、相手に反感を抱かせずに提案を受け入れてもらうように配慮する能力のことだ。

それは「外交術」と言い換えてもいい。本職の外交官は国同士が戦争になるのを防ぐために気

配りを心がけている。私たち一般人はそのような責任を負っていないかもしれないが、日常生

活の中で外交術を発揮する機会はいくらでもある。

もし自分の日ごろの会話を録音したものを聞くことができたら、相手とのやりとりで気配り

が欠けていることに啞あ

然ぜん

とするかもしれない。

そこで自分にこう言い聞かせよう。

敵意に満ちた厳しい言葉より、気配りに満ちたやさしい言葉を使うほうがいい。そうすれば、

相手は心を開いて気持ちよく動いてくれる。

これから三週間、自分が周囲の人とどんなふうに接しているかを分析してみよう。そしてさ

らに三週間、期間を延長しよう。それはしだいに習慣となり、自分の人生に劇的な影響を与え

ていることに気づくはずだ。今、その方法がわからないと感じていてもかまわない。次章以降

でその方法をわかりやすく解説しよう。

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