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招待論文 LTE/LTE-Advanced システムのための Self-Organizing Networks (SON) 術による自動最適化の効果 小西 a) 山本 俊明 †† Effectiveness of Automatic Optimization by Self-Organizing Networks (SON) for LTE/LTE-Advanced Systems Satoshi KONISHI a) and Toshiaki YAMAMOTO †† あらまし Long Term Evolution (LTE) LTE 後継機の LTE-Advanced の性能向上とシステム運用の効 率化のため,3 rd generation partnership project (3GPP) では,Self-Organizing Networks (SON) の検討が 進められている.SON は,LTE LTE-Advanced システムの導入の簡易化(Self-Configuration)や,実運 用開始後の基地局パラメータのチューニングによる性能向上(Self-Optimization),更には,システムの自動 修復(Self-Healing)といった,運用自動化と性能向上を両立させることが可能な技術と期待されている.本 論文では,3GPP における SON の標準化内容と,SON の主要機能(Self-ConfigurationSelf-OptimizationSelf-Healing)の概要を紹介する.この中でも,本論文では特に,システムの運用開始後に通信性能の向上に寄与 する Self-Optimization に着目する.Self-Optimization の技術の中で,ハンドオーバ最適化技術や基地局間負 荷分散技術,カバレッジ最適化技術の実現手段を述べ,計算機シミュレーションによる性能評価により次のこと を示す.まず,ハンドオーバ最適化技術によって,マクロ局とピコ局が混在するネットワークにおいても,パラ メータを適切に選択することによってハンドオーバの失敗率が 10 分の 1 以下に低下することを示す.次に,従 来の基地局間負荷分散技術の課題である,負荷分散に伴うハンドオーバの失敗の発生を回避することが可能な考 案技術を紹介し,基地局間負荷分散技術を使用することによって,ハンドオーバの失敗を増やさずに,高負荷の 基地局から低負荷の基地局に端末を接続させることが可能であることを示す.更に,カバレッジ最適化技術では, 基地局アンテナのチルト角を調整することにより,信号電力対干渉電力及び雑音電力の比(SINR)をほとんど 劣化させることなく,基地局間の負荷分散を実現できることも性能評価により明らかにする. キーワード LTE/LTE-AdvancedSONSelf-Optimization,ハンドオーバ最適化,基地局間負荷分散,カ バレッジ最適化 1. まえがき セルラシステムが進化し, 3rd Generation Partner- ship Project3GPP)が技術標準化した Long Term EvolutionLTE[1][3] は,日本では既に広く普及 している.同時に,セルラシステムの高性能化に伴い, ユーザのニーズや利用形態も変化し,ユーザの要求ス ループットが高まっている.通信事業者は,スループッ KDDI(株),東京都 KDDI Corporation, GARDEN AIR TOWER, 3–10–10 Iidabashi, Chiyoda-ku, Tokyo, 102–8460 Japan †† (株)KDDI 研究所,ふじみ野市 KDDI R&D Laboratories Inc., 2–1–15 Ohara, Fujimino-shi, 356–8502 Japan a) E-mail: [email protected] トを改善するためにさまざまな取り組みを行っている. 例えば,周波数帯域幅を増やしたり,基地局を設置し たり,さまざまな周波数帯を用いたり,基地局アンテナ のチルト角などのさまざまな基地局パラメータを調整 したりしている.基地局の設置に関しては,3GPP Heterogeneous NetworkHetNet)や Small cell enhancement という名称の技術標準化が行われてお [4][7],トラヒック需要が密集するエリアに小型 基地局を設置し,スループットを高める工夫を続けて いる.基地局の新設や撤去の際には,セルラシステム を運用するために必要なネイバーリストと呼ばれる隣 接基地局の情報を設定したり,基地局アンテナのチル ト角を調整したりする必要がある.また,運用開始後 もお客様からいただくご要望や情報を元に,手作業で 電子情報通信学会論文誌 B Vol. J97–B No. 8 pp. 599–610 c 一般社団法人電子情報通信学会 2014 599

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招待論文

LTE/LTE-AdvancedシステムのためのSelf-Organizing Networks (SON)技

術による自動最適化の効果

小西 聡†a) 山本 俊明††

Effectiveness of Automatic Optimization by Self-Organizing Networks (SON) for

LTE/LTE-Advanced Systems

Satoshi KONISHI†a) and Toshiaki YAMAMOTO††

あらまし Long Term Evolution (LTE) や LTE 後継機の LTE-Advanced の性能向上とシステム運用の効率化のため,3rd generation partnership project (3GPP) では,Self-Organizing Networks (SON) の検討が進められている.SON は,LTE や LTE-Advanced システムの導入の簡易化(Self-Configuration)や,実運用開始後の基地局パラメータのチューニングによる性能向上(Self-Optimization),更には,システムの自動修復(Self-Healing)といった,運用自動化と性能向上を両立させることが可能な技術と期待されている.本論文では,3GPP における SON の標準化内容と,SON の主要機能(Self-Configuration,Self-Optimization,Self-Healing)の概要を紹介する.この中でも,本論文では特に,システムの運用開始後に通信性能の向上に寄与する Self-Optimization に着目する.Self-Optimization の技術の中で,ハンドオーバ最適化技術や基地局間負荷分散技術,カバレッジ最適化技術の実現手段を述べ,計算機シミュレーションによる性能評価により次のことを示す.まず,ハンドオーバ最適化技術によって,マクロ局とピコ局が混在するネットワークにおいても,パラメータを適切に選択することによってハンドオーバの失敗率が 10 分の 1 以下に低下することを示す.次に,従来の基地局間負荷分散技術の課題である,負荷分散に伴うハンドオーバの失敗の発生を回避することが可能な考案技術を紹介し,基地局間負荷分散技術を使用することによって,ハンドオーバの失敗を増やさずに,高負荷の基地局から低負荷の基地局に端末を接続させることが可能であることを示す.更に,カバレッジ最適化技術では,基地局アンテナのチルト角を調整することにより,信号電力対干渉電力及び雑音電力の比(SINR)をほとんど劣化させることなく,基地局間の負荷分散を実現できることも性能評価により明らかにする.

キーワード LTE/LTE-Advanced,SON,Self-Optimization,ハンドオーバ最適化,基地局間負荷分散,カバレッジ最適化

1. ま え が き

セルラシステムが進化し,3rd Generation Partner-

ship Project(3GPP)が技術標準化した Long Term

Evolution(LTE)[1]~[3]は,日本では既に広く普及

している.同時に,セルラシステムの高性能化に伴い,

ユーザのニーズや利用形態も変化し,ユーザの要求ス

ループットが高まっている.通信事業者は,スループッ

† KDDI(株),東京都KDDI Corporation, GARDEN AIR TOWER, 3–10–10

Iidabashi, Chiyoda-ku, Tokyo, 102–8460 Japan††(株)KDDI 研究所,ふじみ野市

KDDI R&D Laboratories Inc., 2–1–15 Ohara, Fujimino-shi,

356–8502 Japan

a) E-mail: [email protected]

トを改善するためにさまざまな取り組みを行っている.

例えば,周波数帯域幅を増やしたり,基地局を設置し

たり,さまざまな周波数帯を用いたり,基地局アンテナ

のチルト角などのさまざまな基地局パラメータを調整

したりしている.基地局の設置に関しては,3GPPで

は Heterogeneous Network(HetNet)や Small cell

enhancement という名称の技術標準化が行われてお

り [4]~[7],トラヒック需要が密集するエリアに小型

基地局を設置し,スループットを高める工夫を続けて

いる.基地局の新設や撤去の際には,セルラシステム

を運用するために必要なネイバーリストと呼ばれる隣

接基地局の情報を設定したり,基地局アンテナのチル

ト角を調整したりする必要がある.また,運用開始後

もお客様からいただくご要望や情報を元に,手作業で

電子情報通信学会論文誌 B Vol. J97–B No. 8 pp. 599–610 c©一般社団法人電子情報通信学会 2014 599

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電子情報通信学会論文誌 2014/8 Vol. J97–B No. 8

基地局パラメータを調整している.

このような現状を踏まえ,第三世代(3G)セルラシ

ステムに比べて,基地局数が増えることにより,基地

局の設置密度が高まっている [8].また,セルラシステ

ムの周波数利用効率高めるため,3G セルラシステム

に比べて,LTE自体の機能も複雑になっている.よっ

て,LTEでは,多くの基地局についてさまざまな基地

局パラメータを設定したり調整したりすることが運用

コストの増加につながるだけでなく,パラメータ調整

のチューニングが困難になることから,セルラシステ

ムでのスループットの改善に悪影響を及ぼす,という

懸念がある.

そこで,3GPPにおいて Self-Organizing Networks

(SON)と呼ばれる技術の検討が進められている [9]~

[11].SON は,LTE や LTE の後継システムである

LTE-Advancedの基地局パラメータの調整やパラメー

タチューニングの作業を自動化することにより,セル

ラシステムの性能を向上させるとともに,通信オペ

レータの運用業務に関する負担とコストを軽減するこ

とにより,収容可能トラヒック量の増大化と,サービ

ス料金の抑制につながると期待され,注目を集めてい

る技術である.

本論文では,SONの概要を紹介するとともに,SON

の中でもセルラシステムの性能を向上させる自動最適

化に向けた技術を提案し,その有効性を示す.

2. では,SON の概要と 3GPP での標準化動向を

紹介し,3.では,SONの自動最適化技術である Self-

Optimization の中で,筆者らが取り組んでいる技術

と技術を実現のためのアルゴリズムを紹介する.4.で

は,3. で紹介した技術の性能評価結果を示し,5. で

本論文の結論を述べる.

2. SONの概要と 3GPP標準化動向

LTE/LTE-Advancedシステムにおける SONには,

大きく分けて三種類の機能(Self-Configuration,Self-

Optimization,Self-Healing)が存在する.本章では

この三種類の機能を概説するとともに,これらの機能

に関する 3GPPでの標準化動向を紹介する.

2. 1 SONの概要

3Gセルラシステムのような従来のセルラシステム

では,基地局の設置時にさまざまなパラメータを設定

することから始まり,セルラシステムの運用開始前後

では,現地での通信走行試験等により得られた膨大な

ログ情報を解析し,運用者が手作業で設定すべきパ

図 1 SON の主要な機能Fig. 1 Main functions of SON.

ラメータ値の最適化を実施していた.しかしながら,

HetNet環境における無線局数と無線局種別の増加に

より,解析すべきログや変更すべきパラメータが多く

なることが予想される.そこで,SON 技術を導入す

ることにより,障害や性能劣化の検知,情報収集・原

因分析を自動的に実施し,オペレータの運用ポリシー

に則した最適なパラメータ設定の自動化が可能と期待

されている.

図 1 に示すとおり,SON は以下の三種類の機能に

分類される [10]~[12].

( 1) Self-Configuration(自動設定):基地局導入時

の初期設定を自動化することを目的とする.具

体的な機能は,ソフトウェアダウンロード,IP

アドレスの割当,基地局 ID設定,隣接基地局情

報設定,無線パラメータの初期設定,等である.

( 2) Self-Optimization(自動最適化):基地局の運

用開始後,基地局パラメータのチューニングを

自動的に行う機能である.具体的には,ハンド

オーバ最適化,基地局間の負荷分散,カバレッ

ジエリア最適化,セル間干渉低減,等である.

( 3) Self-Healing(自動修復):基地局をはじめとす

る装置の障害を一次検知し,一次対応まで自

動で行うことを目指す.具体的には,障害の自

動検知や情報収集,原因解析,自動回復,等で

ある.

2. 2 3GPPでの標準化動向

3GPPでは,一定期間以内に複数の技術や機能が技

術標準化され,セルラシステムとしての動作を担保し

ながら,また装置開発しやすいように,Release(以降,

Rel.と略記)の番号を用いて改版されている.LTEの

初版は Rel.8である.ちなみに,Rel.7以前は 3GPP

の 3Gシステム用に使用されている.また,本論文の

執筆時点で最新である LTE Rel.11までは,セルラシ

ステムの基地局やネットワークが最新の Releaseに対

応(例えば,Rel.10対応)していても,古い Release

にしか対応していない(例えば,Rel.9 対応)の携帯

600

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招待論文/LTE/LTE-Advanced システムのための Self-Organizing Networks (SON) 技術による自動最適化の効果

端末が動作するよう,古い Releaseの機能仕様を包含

するように後方互換性(Backward compatibility)が

担保された標準仕様となっている.

他の無線機能と同様,SONも LTE Rel.8から標準

化が開始された.LTE Rel.8では SONの要求条件が

整理され,技術仕様の初版がまとめられた [9].• Rel.8(2009年):SONの機能をまとめた標準仕様

の初版ということもあり,3GPPではまず,Self-

Configuration の機能を標準化した.Rel.8 で標

準化された機能とは,携帯端末における Physical

cell identifier(PCI)と言われる基地局(セル)

固有の IDごとの電力測定と報告を行う機能であ

る.これにより,新設基地局の PCIを自動的に割

り当てることが可能となる.また,隣接基地局の

PCI を自動的に交換することにより隣接基地局

リストの自動設定(ANR:Automatic Neighbor

Relations)が可能である [13].隣接基地局リスト

は,端末が複数の基地局カバレッジエリア(セル)

をまたがって移動する際に発生するハンドオーバ

に不可欠な情報であり,PCIと ANRの自動設定

により,基地局の新設や廃止時に必要な設定を不

要にしている.• Rel.9(2010 年):Self-Optimization の機能を標

準化した.代表的な技術は,ハンドオーバ失敗に

関する情報を測定し,その情報を基地局間で交換

することにより,ハンドオーバ失敗を減らすため

の自動最適化技術(MRO:Mobility Robustness

Optimization)である.また,基地局の無線リ

ソース負荷を他の基地局にオフロードする技術

(MLB:Mobility Load Balancing)を実現する

ため,基地局の負荷情報の測定と測定した結果を

基地局間で交換する方式についても標準仕様化さ

れた.• Rel.10(2011年):端末からの無線状態や位置情報

の自動収集機能(MDT:Minimization Driving

Test)が標準仕様化された.これにより,カバレッ

ジエリアの調査や走行試験を自動的に行うことが

でき,電波強度が弱いエリアの早期発見が可能と

なる.• Rel.11(2012年):Rel.10までに仕様化された機能

について,LTEのみならず,Wideband-CDMA

(W-CDMA)や cdma2000 とのシステム間に拡

張した他,複数ベンダ間での連携を可能にするた

めの通知情報の定義を追加している.

3. SONを用いた自動最適化技術

筆者らは,SONの中でも特に,システムの性能改善

が可能であり,また,運用コストの低減が図れる Self-

Optimization に関する研究を進めている.本論文で

は,前述のMRO技術やMLB技術の他,カバレッジ最

適化(CCO:Coverage and Capacity Optimization)

技術についても紹介する.

3. 1 MRO技術

ハンドオーバ(以降,HOと略記)は,複数の隣接

する基地局をまたいで移動する端末に対し,途切れる

ことのない通信を提供するために必須の技術である.

LTEでは静止状態から最大 350km/hという高速移動

状態までをサポートしており,かつ,基地局のセルサ

イズが様々であるため,端末の移動速度やセルサイズ

に応じた HO関連のパラメータの自動最適化が検討さ

れている [14].

本節では,LTEにおける HO手順と HO失敗の定

義について説明し,HO失敗を低減するためのMRO

アルゴリズムを紹介する.

3. 1. 1 HO 手 順

LTE における HO 処理は,端末が接続局に Mea-

surement Report(MR)を送信することを契機とし

て開始される.端末は基地局から送信される参照信号

の受信レベルを定期的に計測し,参照信号の受信レ

ベルがMR送信条件を満足するかどうかを判定する.

MR送信条件には複数のイベントが存在し,それぞれ

発生条件が異なるが,本論文では HO 処理の開始条

件として利用されることが多い A3イベントに着目す

る [15].

図 2にA3イベントによるHO発生過程を示す.A3

イベントの発生条件は以下の式 (1)で表される.

Mn + HOoffset,s,n > Ms (1)

図 2 A3 イベントによる HO 発生Fig. 2 Handover procedure triggered by A3 events.

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電子情報通信学会論文誌 2014/8 Vol. J97–B No. 8

ここで,Ms及びMnは接続セル s及び隣接セル nの

受信電力強度を表す.なお,A3 イベントの発生条件

式には,ヒステリシス値及び A3固有のオフセット値

という変数が存在するが,一般性を失わずに議論を簡

単にするため,これらの値を 0として表記を省略して

いる.HOoffset,s,n はセル s-セル n間に固有に設定さ

れるオフセット値であり,具体的には Cell Individual

Offset(CIO)と呼ばれる HOパラメータを調整する.

式 (1)の条件が一定期間(TTT:Time to Trigger)以

上継続して満たされた場合,端末は接続セル sに A3

MRを送信し,接続セル sから隣接セル nへのHO処

理を開始する.

3. 1. 2 HO失敗事象

LTE では MRO 技術での活用を目的として,無線

リンク切断後,端末がネットワークに再接続するとき

のシグナリング情報をもとに,HO失敗の発生を基地

局が失敗原因ごとに検知できる仕組みがある [4], [14].

HO失敗の原因として,以下の三つが定義されている.

( 1) Too Late HO

移動端末がセル sに接続中に無線リンク断 (RLF:

Radio Link Failure) が発生し,セル s とは異なるセ

ル s’と接続を再確立する事象である.ここで RLFと

は,主に基地局からの受信電力が低いことが原因で,

基地局から端末への通信ができない状態であることを

指す [15].本事象はセル s’へのHOタイミングが遅す

ぎることが原因であり,主に高速移動する端末で発生

する.

( 2) Too Early HO

(1) とは反対に,移動端末がセル s からセル n に

HO したが,直後にセル n で RLF が発生し,セル s

に再接続する事象である.本事象はセル nへの HOタ

イミングが早すぎることが原因であり,主に遠く離れ

た基地局からの遠方飛来を捕捉してしまうことにより

発生する.

( 3) HO to wrong cell

セル sからセル nへのHO中,若しくはHOが成功

した直後に RLFが発生し,セル s,セル nとは異な

るセル n’と接続を再確立する事象.セル nを Target

Cell,セル n’を Reestablishment Cellと呼ぶ.

また,厳密には HO失敗に分類される事象ではない

が,基地局リソースを浪費し,HO処理遅延によるス

ループット低下を引き起こす問題として,以下の事象

がある [4].

( 4) Ping-Pong HO

セル sからセル nへ HOした後,セル nでのセル

滞在期間(ToS:Time of Stay)が一定時間以内に再

び元のセル sへ HOする事象.主に低速移動する端末

で発生する.

3. 1. 3 MROアルゴリズム

本論文では,上記の (1)~(4)の発生回数を基地局ペ

アごとに集計すると仮定する.提案アルゴリズムでは,

HO失敗率と Ping-Pong Handover発生率の低減を目

的とし,基地局ごとに隣接基地局別の HO 失敗率と

Ping-Pong Handover発生率に応じて,HOパラメー

タであるセル個別オフセット (Cell Individual Offset:

CIO) [15]を調整する.CIOを増加させることにより,

改善する HO 失敗要因と,CIO を減少させることで

改善する HO失敗要因とに分類し,改善度合いが大き

い方向へ CIO調整を実施する.CIOの増減幅は,HO

失敗率によらず,3GPP規定の CIO設定粒度 [15]に

おける 1段階とする.

前節で述べたHO失敗のうち,Too Early HO,Tar-

get Cellに対するHO to Wrong Cell,Ping-Pong HO

はHOタイミングが早すぎることが原因で発生するHO

失敗であり,Too Late HO,Reestablishment Cellに

対するHO to Wrong CellはHOタイミングが遅すぎ

ることが原因で発生する HO 失敗である.このとき,

図 2 に示したとおり,HOoffset,s,n を大きくする,若

しくは,TTTを短くすると HOタイミングは早くな

り,HOoffset,s,n を小さくする,若しくは,TTTを長

くすると HOタイミングは遅くなる.つまり,発生し

た HO失敗事象に合わせて HOoffset,s,n や TTTを変

更し,適切な HOタイミングに調整することで,HO

失敗を低減することができる.

提案手法では,最適化アルゴリズムの目的関数を

HO 失敗率と Ping-Pong HO 発生率の合計値の最小

化とする.各 HO失敗事象の発生回数をセルペアごと

に集計し,支配的な失敗原因に応じて HOoffset,s,n を

変更する [16], [17].図 3にMROアルゴリズムの制御

フローを示す.

3. 2 MLB技術

基地局の混雑状況は,端末分布やトラヒック発生状

況の変化に伴って時間的に変動するため,ある基地局

が混雑している時間帯に,その基地局に隣接する基地

局はあまり混雑していない,という状況が発生し得る.

そこで,混雑している基地局に接続している端末を隣

接する混雑していない基地局へ遷移させることにより,

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招待論文/LTE/LTE-Advanced システムのための Self-Organizing Networks (SON) 技術による自動最適化の効果

図 3 MRO アルゴリズムの制御フローFig. 3 Flow chart of MRO algorithm.

図 4 MLB 手法の有効性を示す概念図Fig. 4 Conceptual illustration on effectiveness of

MLB.

基地局間で負荷を平準化し,端末のスループットを改

善する技術として,MLB技術が検討されている [14].

MLB技術では,端末モビリティに関する基地局パラ

メータを変更して端末の基地局遷移を実現する.

3. 2. 1 従来手法(HO-MLB)

初めに,最適化パラメータとして HOoffset を用い

る手法(HO-MLB手法)について紹介する.図 4に

HO-MLB 手法の制御手順を示す.図中の UE(User

Terminal)は端末を指す.まず,図 4 (a)では Cell#0

に 12端末,Cell#1に 2端末が接続しており,Cell#1

に比べて Cell#0の基地局負荷が高い.そこで図 4 (b)

に示すように,式 (1) の HOoffset,0,1 を増加させて

Cell#0 から Cell#1 への HO タイミングを早め,か

つ,HOoffset,1,0 を減少させて Cell#1から Cell#0へ

の HOタイミングを遅くすることすることで,基地局

境界に存在する端末を Cell#1に HOさせる.以上に

より,Cell#0と Cell#1に接続する端末数を平準化す

ることができる.

HO-MLB 手法では,HO パラメータの変更により

基地局境界に存在する端末を強制的に HOさせる.強

制的な HO は,HO 失敗や Ping-Pong HO を発生さ

せ,ユーザの通信性能劣化を引き起こす可能性があ

る [18].また,MRO 技術と併用する場合,制御の競

合を解消するための制約条件や動作条件を設定する必

要がある.

3. 2. 2 セル再選択を用いたMLB手法(CR-MLB)

HO-MLB手法の課題を解決するための手法として,

待受け中の移動端末を対象とし,セル再選択(CR:

Cell Reselection)機能を利用して負荷分散を実現す

る CR-MLB手法を提案する [19]~[21].

まず,LTE における CR 手順について説明する.

LTEでは通信完了後,一定時間経過すると基地局との

無線リンクを切断し,待受状態に遷移する.Cell#0を

待受局とする端末が,待受状態に遷移後 1秒以上経過し,

かつ,以下の条件式 (2)を一定期間(TreselectionRAT)

以上満たす場合,待受局を Cell#1に切り替える [22].

M1 + CRoffset,0,1 > M0 (2)

式 (2) には議論を簡単にするため,ヒステリシス値

QHyst,0 を 0として表記を省略している.CRoffset,0,1

はCell#0-Cell#1間に固有に設定されるオフセット値

であり,具体的には Qoffsetと呼ばれる CRパラメー

タを用いて設定される.通常の運用においては,HO

タイミングと CRタイミングを揃えることが一般的で

あり,式 (1)のHOoffset,0,1 と式 (2)の CRoffset,0,1 は

等しい値に設定される.

CR-MLB 手法の制御手順は,図 4 に示した HO-

MLB手法の制御手順と同様であるが,制御対象とな

る端末が待受状態の端末であり,制御パラメータが

CRoffset である点が異なる.そのため,CR-MLB 手

法は通信状態にある移動端末に影響を与えず,HO性

能を劣化させないという利点がある.また,HOoffset

を調整する MRO 技術との競合が発生しない.ただ

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電子情報通信学会論文誌 2014/8 Vol. J97–B No. 8

図 5 CR-MLB (Cell Reselection based MLB) アルゴリズムの制御フロー

Fig. 5 Flow chart of CR-MLB (Cell Reselection

based MLB) algorithm.

し,待受状態のときに CRにより Cell#1へ待受局を

変更した端末が,通信状態になった途端,フェージン

グによる瞬時変動の影響を受け,HO により Cell#0

へ戻ってしまうという現象が発生し,期待通りの負荷

分散効果が得られない可能性がある.後述の 4. にお

いて,CR-MLB 手法の負荷分散性能について計算機

シミュレーションを用いた評価を行い,HO-MLB 手

法との比較を行う.

図 5に CR-MLB手法による負荷分散の制御フロー

を示す.

3. 3 CCO技術

CCO技術は,基地局のアンテナチルトや送信電力を

制御することにより,適切なカバレッジエリアを確保

しつつ,セルの通信容量を最大化する技術である.特

にアンテナチルトの制御に関しては,AISG(Antenna

Interface Standards Group)規格 [23] に準拠したア

ンテナを用いることでリモート制御が容易となり,短

い時間周期でチルト変更することも可能である.

3. 3. 1 カバレッジエリアの確保

カバレッジエリアの確保とはすなわち,通信圏外と

なるエリアを最小化することである.本制御は,基地

局新設によるエリア構築時に Self-Configurationの一

環として実施する,若しくは,基地局障害発生時にダ

ウンした基地局のカバレッジを周辺基地局でカバーす

る Self-Healingの一環として実施することが多く,定

常的な運用中に Self-Optimizationとして実施するこ

とは少ない.そのため,本論文では次節で述べるセル

図 6 CCO (Capacity and Coverage Optimization) アルゴリズムの制御フロー

Fig. 6 Flow chart of CCO (Capacity and Coverage

Optimization) algorithm.

容量の最大化に注力して CCO技術を議論する.

3. 3. 2 セル容量の最大化

カバレッジエリアの確保は前提とした上で,セル間

のカバレッジ境界を変更して,端末の接続基地局を混

雑局から周辺局へ切り替えること(以下,ユーザオフ

ロード)により,セル容量を向上させる技術である.

図 6 に基地局のアンテナチルトを制御することで

ユーザオフロードを実現する手法について制御フロー

を示す.隣接する二つのセル#Aと#Bの負荷状況を

監視し,セル#Aの負荷がセル#Bの負荷に比べて高

い場合に,セル#Aのアンテナチルトを浅くしてセル

#Aのカバレッジエリアを広くし,同時にセル#Bの

アンテナチルトを深くしてセル#Bのカバレッジエリ

アを狭くすることで,セル#Aからセル#Bへのオフ

ロードを実現する.

セル容量最大化の制御は 3.2 で紹介した MLB 技

術に近い.図 7に CCO技術と HO-MLB技術による

負荷分散の比較を示す.HO-MLB技術では HOパラ

メータの制御により HOタイミングを変更するのに対

し,CCO 技術ではオフロード元セルのアンテナチル

トを深くし,オフロード先セルのアンテナチルトを浅

くすることで,オフロード元セルのカバレッジを縮小

すると同時に,オフロード先セルのカバレッジを拡大

する.HO-MLB技術では SINRが低いセルに強制的

に HOさせられてしまう可能性があるが,CCO技術

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招待論文/LTE/LTE-Advanced システムのための Self-Organizing Networks (SON) 技術による自動最適化の効果

図 7 CCO (Coverage and Capacity Optimization) 技術と MLB (Mobility Load Balancing) 技術による負荷分散の概要

Fig. 7 Concept of load balancing by CCO (Coverage

and Capacity Optimization) and MLB (Mo-

bility Load Balancing) algorithms.

ではカバレッジ自体を変更するため,SINR劣化の問

題を回避できる.

4. SON自動最適化技術の性能評価

本章では,3.で紹介した各 SON技術について,計

算機シミュレーションによる性能評価結果を示す.こ

こでは各 SON技術の適用による性能改善効果のポテ

ンシャルを明らかとすることを目的として,最適化対

象とするパラメータを変化させながら,各パラメータ

設定時の定常状態における性能指標を計算し,性能指

標の改善効果を評価する.

4. 1 性能評価モデル

ここでは,全ての評価に共通するシミュレーション

の評価モデルを説明する.マクロ局のセルレイアウト

は図 8に示す正則六角配置とする.なお,シミュレー

ションにおいては 57セルを配置しているが,図 8に

は図の見やすさを考慮して,中心 19 セルのみを図示

している.端末の移動については,MRO技術の性能

評価では 3km/h若しくは 100km/hのランダム移動,

MLB技術と CCO技術の性能評価では 3km/hのラン

ダム移動と仮定した.また,HO及びセル再選択を実

施判定するための受信電力指標には,参照信号の受信

電力値(RSRP:Reference Signal Received Power)

を用いた [15].その他のシミュレーションパラメータ

を表 1に示す.表 1において,eNB(Evolved Node

B)及び UE(User Terminal)はそれぞれ基地局と端

末を意味する.RLFの検出に関しては,受信電力レベ

ルを用いた判定と Medium Access Control(MAC)

及び Radio Link Control(RLC)レイヤにおける再

送回数を用いた判定を採用した [15].

4. 2 MRO技術の性能評価

まず,MRO技術の効果を検証するため,様々な端末

図 8 マクロ局のセルレイアウトFig. 8 Cell layout of macro eNBs.

表 1 シミュレーション諸元Table 1 Set of simulation parameters.

移動速度とセルサイズの条件下でHOoffset を変化させ

ながら,HO性能を評価する.HOoffset による HO失

敗率の制御と Ping-Pong HO発生率の制御の間には互

いにトレードオフの関係があるため,ここでは HO性

能指標として,以下のようなHO失敗率と Ping-Pong

HO発生率の線形和の評価式を採用した [16].

HO性能指標 =

(HO失敗率) + α · (Ping-Pong HO発生率) (3)

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電子情報通信学会論文誌 2014/8 Vol. J97–B No. 8

図 9 HetNet 評価シナリオのセルレイアウトFig. 9 Cell layout of macro and pico eNBs in HetNet.

式 (3)において αは重み係数であり,オペレータの運

用ポリシーにより決まる値である.本評価では HO失

敗率の制御と Ping-Pong HO 発生率の制御の間に優

先度の差はつけず,α = 1とした.端末移動速度は低

速 3km/h と高速 100km/h の 2 種類とし,各端末は

ランダム移動するものとする.本評価では,セル間干

渉が大きく HO性能が劣化しやすい環境下でMRO技

術の性能評価を実施するため,各端末のトラヒック発

生はフルバッファモデルを用いた [24].

また,セルサイズが異なると最適な HOタイミング

が変化すると予想されるため,本評価では図 8のマク

ロ局のカバレッジ内にセルサイズが小さいピコ局を同

一周波数帯でオーバレイ展開する HetNet環境を評価

対象とする [4].図 9に示すように,ピコ局は各マクロ

セルのカバレッジエリア内に 1セルあたり 2局設置し,

マクロ局との距離はランダムとした.ただし,同一マ

クロセル内のピコ局同士の距離は約 144m,隣接マク

ロセルのピコ局との最小距離は 144mとした.HO性

能指標は,HOのサービングセルとターゲットセルの

組み合わせとして,マクロ→ マクロ,マクロ→ ピ

コ,ピコ→ マクロの三つの種別ごとに集計する(ピ

コ→ピコの HOは発生していないため除外).

図 10にHOoffset に対する HO性能指標の変化を示

す.3.1.2 で説明したとおり,HO タイミングが早す

ぎることが原因で発生する HO失敗事象(Too Early

HO,Target Cellに対するHO to Wrong Cell,Ping-

Pong HO)と HO タイミングが遅すぎることが原因

で発生する HO 失敗事象(Too Late HO,Reestab-

lishment Cell に対する HO to Wrong Cell)が存在

し,HO性能指標はそれらのトレードオフとなるため,

HO性能指標が最小となる最適なHOoffset 値が存在す

図 10 HetNet 環境における MRO 適用効果Fig. 10 HO performances in an HetNet layout.

る.なお,本評価は式 (3) の重み係数 α を α = 1 と

して評価しているが,最適な HOoffset 値は係数 α の

値(オペレータの運用ポリシー)に依存することに注

意が必要である.

図 10 (a)は端末移動速度が 3km/hの場合の結果で

ある.この場合,基地局種別の組み合わせによらず,

HOoffset が 4dBのときに HO性能指標は最小値を取

ることが分かる.HOoffset が 4dBよりも小さくなると

Too Late HO,4dB よりも大きくなると Ping-Pong

HO の発生回数が増加し,HOoffset が 2dB ずれると

HO性能指標は約 10倍に劣化する.つまり,MRO技

術により HOoffset を最適化することが非常に重要で

あることが分かる.

図 10 (b)は端末移動速度が 100km/hの結果を示す.

マクロ → マクロの HO では 3km/h の場合と同様,

HOoffset が 4dBのときに HO性能指標が最小となる

が,マクロ→ピコ,ピコ→マクロに関しては,それぞれ 5dB,3dB のときに HO 性能指標が最小となる

ことが確認できる.最適値のずれの発生要因として,

マクロセルとピコセルとにおけるパスロス式の違い,

及び,セル半径の違いによる Ping-Pong HO 発生率

の違いとが考えられる.100km/hの場合にマクロ→

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招待論文/LTE/LTE-Advanced システムのための Self-Organizing Networks (SON) 技術による自動最適化の効果

ピコの HO性能指標が非常に高い値を取るのは,ピコ

セルのカバレッジエリアを端末が高速で通過すること

で Ping-Pong HOが多く発生するためである.

以上より,特に HetNet環境のようにセルサイズが

異なる基地局が混在し,かつ,高速移動する端末が多

数存在する場合には,各セルの組み合わせごとに HO

性能指標が最小値となる HOoffset が異なり,一律で

設定すると HO性能を著しく劣化させることが分かっ

た.MRO技術を適用すると,発生した HO失敗の失

敗要因に応じて最適な HOoffset を導出するため,セ

ルペアごとの自動最適化が可能であり,非常に効果的

である.

4. 3 MLB技術の性能評価

次に,MLB技術に関する性能評価として,HO-MLB

手法と CR-MLB手法による負荷分散効果を比較検証

する [19].ここでは,マクロセルのみが配置された基

地局レイアウトを前提とし,負荷分散効果を検証する

ための極端な例として,図 8における Cell#0の接続

端末数を 140,隣接 6 セルの接続端末数を 0 とする.

そのとき,Cell#0から隣接 6セルへのHOパラメータ

HOoffset,0,y 及び CR パラメータ CRoffset,0,y を変化

させながら接続端末のスループット改善率を評価する.

スループット改善率は,HO パラメータ HOoffset,0,y

及び CRパラメータ CRoffset,0,y が初期値 −6dBのと

きのスループットを基準値とし,それらを変化させた

ときのスループット改善幅を基準値で正規化した値

である.スループットは Cell#0及び隣接 6セルに存

在する端末の下りリンクスループットを集計対象と

し,合計スループット及び 50%/5%ユーザスループッ

トを評価する.また,Cell#0 のトラヒック発生量は

MLB 適用前のリソース使用率が約 100%となるよう

に設定している.なお,本評価では Ping-Pong HOの

発生を防ぐため,Cell#0から隣接 6セルへの HOパ

ラメータHOoffset,0,y 及びCRパラメータCRoffset,0,y

を −6dB から 6dB まで変化させると同時に,隣接 6

セルから Cell#0への HOパラメータ HOoffset,y,0 及

び CRパラメータ CRoffset,y,0 をヒステリシスを一定

に保つように −6dBから −12dBまで変化させる.つ

まり,Cell#0から隣接 6セルへの HOタイミングを

早くすると同時に,隣接 6セルから Cell#0への HO

タイミングを遅くすることで,Cell#0 から隣接 6 セ

ルへの端末遷移を促進する.

図 11 に HO-MLB 手法と CR-MLB 手法によるス

ループット改善率を示す.両手法ともに負荷分散に

図 11 HO-MLB 手法及び CR-MLB 手法によるスループット改善率

Fig. 11 Throughput gain of HO-MLB and CR-MLB.

よる高いスループット改善効果が得られており,特に

SINRが悪い 5%ユーザスループットの改善率が大きい

ことが分かる.HO-MLB 手法では HOoffset,0,y が約

2dB 以上,CR-MLB 手法では CRoffset,0,y が約 4dB

以上のときに,スループット改善率が頭打ちとなって

いるが,これは Cell#0に接続する端末が隣接セルへ

遷移したことで,Cell#0のリソース使用率が 100%以

下となったためである.HO-MLB手法とCR-MLB手

法を比較すると,CR-MLB手法のほうがスループット

改善率の上昇が緩やかであり,改善率も小さい.これ

は前述したとおり,CR-MLB 手法では通信状態の端

末が瞬時変動の影響を受けて Cell#0に戻ってしまう

可能性があり,そのため,負荷分散効果が小さくなっ

たものと考えられる.しかし,もし静止端末が多く存

在し,瞬時変動の影響をほぼ無視できる環境であれば,

CR-MLB 手法は HO-MLB 手法とほぼ同等のスルー

プット改善率を達成できる.

一方,図 12 は HO-MLB 手法及び CR-MLB 手法

を適用したときの HO失敗率及び Ping-Pong HO発

生率を示す.同図から分かるように,HO-MLB 手法

では HO失敗が多発している.HO失敗の内訳を解析

したところ,隣接 6 セルから Cell#0 への Too Late

HOが支配的であった.これは隣接 6セルからCell#0

への HOタイミングを大きく遅らせたことが原因であ

る.もし,隣接 6セルから Cell#0への HOタイミン

グを初期値 −6dBで一定とした場合には,HO失敗は

発生しないが,Cell#0 と隣接 6 セル間のヒステリシ

スが減少するため,Ping-Pong HO が多発する [20].

一方,CR-MLB 手法では,HO タイミングを変更す

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電子情報通信学会論文誌 2014/8 Vol. J97–B No. 8

図 12 HO-MLB 手法及び CR-MLB 手法を適用したときの HO 失敗率及び Ping-Pong HO 発生率

Fig. 12 HO failure rate and Ping-Pong HO rate for

HO-MLB and CR-MLB.

ることがないため,HO失敗も Ping-Pong HOも発生

しない.

図 12 の結果を踏まえた上で,再度,図 11 の結果

を見てみると,仮に HO 失敗率を 10%以下に制限す

るという制約を課した場合には,HO-MLB手法では

HOoffset,0,y を −4dBまでしか設定することが出来ず,

そのときのスループット改善率は,CR-MLB手法にお

いて CRoffset,0,y を 6dBに設定した場合のスループッ

ト改善率を大きく下回る.以上より,従来のHO-MLB

手法では高い負荷分散効果を得るためには HO性能が

犠牲となるが,CR-MLB手法は HO性能を全く劣化

させることなく,HO-MLB 手法と同等以上の負荷分

散効果が得られることが分かった.

4. 4 CCO技術の性能評価

最後に,CCO 技術の性能評価を実施する.ここで

は,CCO技術によるセル容量最大化の効果を検証する

ため,HO-MLB 手法を用いたMLB 技術との比較を

行う [26].4.3の評価と同様,マクロセルのみが配置

された基地局レイアウトを前提とし,図 8のセル#0,

#1, #2をオフロード元セル,セル#8, #12, #19を

オフロード先セルと設定し,ユーザレイアウトはセル

当たり 500ユーザが一様分布するように設定する.ア

ンテナチルト及び CIO 値の初期値は 15 度及び 0dB

とし,その他の HOに関するオフセット値はゼロとす

る.CCO技術ではオフロード元セルのアンテナチル

トを 15度~25度,MLB技術ではオフロード元セルの

CIO値を 0dB~24dBまでそれぞれ固定的に変化させ

ながら,ユーザオフロード効果を評価する.オフロー

図 13 CCO 技術及び HO-MLB 手法適用時のオフロード率に対する SINR の変化

Fig. 13 Degradation of SINR when load balancing

gain is improved by CCO and HO-MLB tech-

niques.

ド先セルでは,オフロード元セルと同じパラメータを

等しい制御量だけ反対方向に制御するものとする.基

礎評価のため,ユーザ移動やシャドウイング,フェー

ジングは考慮しない.

図 13 に CCO 技術及び HO-MLB 技術をそれぞれ

適用したときのオフロード率と SINR の変化を示す.

ただし,オフロード率は CCO技術及び HO-MLB技

術非適用時の接続ユーザ数に対するオフロードユーザ

数の比率とし,SINRはパイロット信号で測定される

Wideband SINRとする [15], [27].また,SINRはオ

フロード元セル及びオフロード先セルの両方に接続す

る全ユーザを集計対象とし,プロットはCCO技術の場

合はアンテナチルトを 1度変更するごとに,HO-MLB

技術の場合は CIO値を 2dB変更するごとに行う.ま

ず,CCO技術ではアンテナチルトを 10度変更するこ

とにより,約 76%のユーザオフロードを実現可能であ

るのに対し,MLB 技術では CIO値として 3GPP に

規定されている最大値 24dBを設定した場合であって

も,約 40%のユーザオフロード効果に留まる.同じオ

フロード率を実現するための SINRで両技術を比較す

ると,オフロード率が 40%の場合,CCO 技術では,

SINRのCDF5%値,CDF50%値,CDF90%値が,そ

れぞれ約 0.4dB劣化する.一方,HO-MLB技術では,

CDF50%値と CDF90%値の劣化は CCO技術と同程

度であるものの,CDF5%値は約 10dBと大きく劣化

する.これは,HO-MLB技術では本来,オフロード元

セルに接続すべきユーザが,受信電力が弱いオフロー

ド先セルに強制的な HOにより接続切替させられるこ

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招待論文/LTE/LTE-Advanced システムのための Self-Organizing Networks (SON) 技術による自動最適化の効果

とが原因である.

以上より,CCO技術を用いることで,HO-MLB技

術と比較して,SINRの CDF5%値を劣化させること

なく,効率的なユーザオフロードが可能であることを

明らかにした.ただし,CCO 技術ではアンテナチル

トの制御によりセルカバレッジ自体を変更するため,

不適切な制御によってカバレッジホールが発生すると,

サービス品質が大幅に劣化する可能性があり,制御に

は十分な注意が必要である.

5. む す び

本論文では,LTEや LTE-Advancedの性能の向上

と運用コストの低減の両方が期待される SONについ

て概説した.SON の主要機能の中でも,基地局設置

後に基地局のパラメータを自動的に変更し,システム

全体の性能の向上が可能な Self-Optimization技術の

中の MRO 技術,MLB 技術,CCO 技術の実現方法

を提案するとともに,計算機シミュレーションによる

性能評価の結果を示し,考案手法の有効性を示した.

本論文での性能評価結果から,SON を用いることに

より,システム性能の向上やシステム運用の効率化が

可能であることをわかった.

今後のトラヒックの増加に対処するため,LTE/LTE-

Advancedシステムでは,小型基地局を高トラヒック

発生地域に設置し,小セル化を進める動きや,多くの

アンテナを用いたビームフォーミングやマルチユー

ザMIMOといった高度な技術が導入されることが予

想される.多基地局の環境では,複数のセルによるカ

バレッジエリアの重なりが多くなるため,高度なパラ

メータチューニングが必要となる.また,高度な技術

は性能改善に向けた潜在能力は高いが,利用方法を誤

ると期待通りの性能が出ないばかりか,逆に性能の劣

化を招く恐れもある.今後は,このような高機能・多

基地局を有するセルラシステムの性能を引き出すため

の手段として,ますます SONの重要性が増すと期待

し,本論文を締めくくる.

文 献[1] 服部 武,藤岡雅宣,ワイヤレス・ブロードバンド

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(平成 26 年 1 月 16 日受付,4 月 13 日再受付)

小西 聡 (正員:シニア会員)

平 5 電通大大学院・電子・博士前期課程了.同年国際電信電話(株)(現,KDDI

(株))入社.平 7 より,同社研究所(現,(株)KDDI 研究所)にて,衛星通信や固定無線通信,LTE に代表されるセルラシステムなどの無線通信システムの無線資源

割当・無線資源管理・無線通信方式・システム最適化に関する研究開発や無線通信システムの国際標準化に従事.平 26 よりKDDI(株)に帰任し,現在,KDDI(株)技術統括本部ネットワーク技術本部モバイル技術部・部長.平 18 博士(工学)(早大).平 12 本会学術奨励賞受賞.著書「無線通信技術大全」(リックテレコム社,共著).平 22 電波産業会電波功績賞受賞.平 22 日本 ITU 協会賞受賞.IEEE 会員.

山本 俊明 (正員)

平 16京都大学大学院・情報学研究科・博士後期課程了.同年 KDDI(株)入社,(株)KDDI 研究所出向.以来,LTE などのセルラシステムやコグニティブ無線通信に関する研究開発に従事.現在,(株)KDDI研究所無線通信方式グループ・研究主査.平

19 本会学術奨励賞受賞.IEEE 会員.

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