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1.調剤業務/① 調剤とは

患者から入手した情報に誤りが!

 健康被害の責任は誰が負うの?

Q16

患者からの情報収集義務

 薬剤師は,調剤するに当たって医薬品の適正な使用のために服薬指導をする

先日,患者さんから,「そういえば先日,ほかの薬局で新しい薬

をもらったんだ」といわれたため,薬の名前を確認しました。そ

の薬と,私の薬局で調剤した薬との飲み合わせを確認しました

が,特に問題はなかったため,「一緒に服用して問題ありません」といっ

て投薬しました。しかしその後,患者さんから電話があり,「ほかでも

らった薬について間違った名前をいってしまった」とのことでした。正し

い名前を再度確認すると,今回投薬した薬と併用禁忌であることが判明し

ました。

 今回はすぐに対応をし,健康被害などはありませんでしたが,もし,患

者さんからの情報が間違っていたにもかかわらず,それを信じて薬剤師が

投薬したため,患者さんに健康被害が起こってしまった場合,薬剤師は責

任を負うのでしょうか?

患者から入手した情報に誤りが!健康被害の責任は誰が負うの?

「薬剤師のミス」とはいい切れない調剤事故

Q 16

AAのココが Point!赤羽根先生六法六法全書六法全書六法全書

患者から入手した情報をそのまま信じて調剤したのでは義務を果たしたことにならず,責任を負う場合があります。 患者から入手した情報の内容や患者の状態などから,情報を専門的に分析したうえで,必要があれば,さらに質問をして適切な情報収集をすることが求められます。

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74 Part3 責任を負うのは薬剤師? 医師? 患者? 「薬剤師のミス」とはいい切れない調剤事故

義務を負い(薬剤師法第25条の2),疑義が生じれば疑義照会をする義務(薬剤師法第24条)などを負っています。 これらの義務を適正に行うために,薬剤師は患者から他の医薬品の服用状況や副作用歴,既往歴などの情報収集をする必要があります。そのため薬剤師は,初回来局時には問診票の記入をしてもらい,新たな情報を得た場合には薬歴に残すなどして,患者の情報を収集し管理しています。また,新規の薬剤が処方され,さらなる確認が必要な場合には,そのつど患者から情報を収集しています。 このような患者からの情報収集は,患者の記憶に基づいてなされるため,患者の勘違いなどで間違った情報が提供される場合があります。この間違った情報を薬剤師が信じ,それをもとに調剤を行って,患者に健康被害が起きた場合,薬剤師は責任を負うのでしょうか。

参考になる医師への裁判例

 これについては,参考になる裁判例があります。事案は次のとおりです。

事案

 患者Xは問診の際,医師Yに対して,「以前ピリン系とブルフェン,ポンタール

により呼吸困難になったことがあるが,アスピリンはかまわないと言われたこと

がある」と説明をした。医師Yはこれを信じてバファリンを処方した。しかし,患

者 Xは実はアスピリン喘息であったため,バファリンを服用後呼吸困難になり死

亡してしまった。両親が医師に対して過失があったとして損害賠償を求めた。

(松山地方裁判所今治支部判決,平成3年2月5日,判例タイムズ,752号,212頁)

 争点となったのは,患者Xがアスピリンは可と説明したとしても,医師Yはアスピリン喘息であることを疑い,さらなる問診をする必要があったかどうかです。 これについて裁判所は,「医師Yは,患者から初診時にピリン系とブルフェン,ポンタールが禁忌である旨告げられていたのであるから,医師として患者がアスピリン喘息であることを疑い,たとえ以前アスピリンはかまわないといわれたことがあるとの説明を受けたとしても,薬には素人である患者が専門的

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1.調剤業務/① 調剤とは

患者から入手した情報に誤りが!

 健康被害の責任は誰が負うの?

Q16な用語で説明したのであり,『アスピリン』と『ピリン』は言葉のうえでも紛らわしいのであるから,患者の記憶,認識が正確なものであるか,さらにアスピリンの投与を受けた時の状況,薬剤の商品名,医師名などを詳しく問診して確認する診療契約上の義務があったのにこれを怠った責任があると認められる」として医師Yの責任を認めました。ただし,「アスピリンはかまわない」といった患者Xにも過失があるとして10%の過失相殺をしています。

患者からの誤った情報を信じた薬剤師の責任

 この裁判例は医師に対するものですが,薬剤師は適切な服薬指導や疑義照会を行うために患者から情報収集することが必要になるため,医薬品に関する情報収集においては,医師と少なくとも同等の義務を負っていると考えられます(薬事法第9条の3第2項参照)。なお,保険薬局及び保険薬剤師療養担当規則第8条第2項には,「保険薬剤師は,調剤を行う場合は,患者の服薬状況及び薬剤服用歴を確認しなければならない」と定められています。 したがって,この裁判例のように,患者の話が間違っていたにもかかわらず,疑問を抱かずにそのまま調剤してしまえば,薬剤師は責任を問われることになります。もっとも,患者の話が間違っている場合に薬剤師が必ずしも責任を負うわけではありません。薬剤師が責任を負うのは,患者に専門的な知見からさらなる質問をしていたとすれば,患者の認識違いを把握できた場合に限ります。また,具体的な状況を聞いても患者の話が間違っているのではないかという疑問をもてないような場合であれば,さらなる問いかけをしなくても責任を問われることはないと考えられます。 この裁判例では,患者はNSAIDsで喘息発作を起こしていることを申し出ていました。たとえ患者が「アスピリンはかまわない」といったとしても,医師がアスピリン喘息の可能性を疑い,患者にさらなる問診をしていれば,たとえアスピリン喘息と診断はできなくとも,その可能性が高いとして投与を避けることは十分に可能だったはずです。 薬剤師は,患者から入手した情報をそのまま信用するだけでは義務を果たしたとはいえません。患者から提供された情報の内容や患者の状態などから,それらを専門的に分析したうえで,必要があればさらに質問を繰り返し,適切な

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76 Part3 責任を負うのは薬剤師? 医師? 患者? 「薬剤師のミス」とはいい切れない調剤事故

情報収集をすることが求められます。また,患者が大丈夫といったとしても,専門的な知見から危険が予測される場合には,疑義照会するなどして危険を回避する必要があります。

 医師は患者からの適切な情報収集を求められていますが,実際の診察では時間が限られていることや,患者が医師に対しては話しづらいと感じがちだということなどもあり,適切な情報が伝わらず,事故につながってしまうことがあります。このような実情を踏まえ,最終的に医薬品を患者に渡す薬剤師が患者にとって話しやすい環境を作り,より深く患者とのコミュニケーションを図るなどして,十分な情報収集をする必要があります。 今回紹介した裁判例も,医師だけでなく薬剤師がしっかり関わっていれば防げた事故だったはずです。薬剤師は医薬品の専門家として,「医薬品に関する健康被害は薬剤師が防ぐ」という意識をもって業務に取り組むことが重要です。

ま と め

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1.調剤業務/① 調剤とは

疑義照会に医師が応じてくれず健康被害が!

 薬剤師の責任は?

Q18

薬局にいつも来てくれている3歳の男の子の処方箋をお母さん

が持参しました。いつもかかっている小児科医院の処方箋では

なく,別の内科の医院の処方箋でした。

 お母さんに聞いてみると,「風邪をひいてしまったのだけれど,いつも

の小児科の医院が休診だったので,小児も診てくれる内科の医院にかかっ

た」とのことでした。

 その後,処方箋を確認すると,咳止めと抗ヒスタミン薬のいずれもが体

重換算による通常量の5倍になっていました。すぐに医師に疑義照会をし

たのですが,医師は「うちはいつもその量で出しているから,そんなこと

で電話してくるな」と怒ってしまい,取り合ってくれませんでした。

 こういうときにはいつも困ってしまうのですが,医師が取り合ってくれ

ないために薬剤師がやむを得ずそのまま調剤し,その結果,患者さんに健

康被害が起こってしまったとしたら,薬剤師も責任を問われることになる

のでしょうか?

疑義照会に医師が応じてくれず健康被害が! 薬剤師の責任は?

「薬剤師のミス」とはいい切れない調剤事故

Q 18

AAのココが Point!赤羽根先生六法六法全書六法全書六法全書

薬剤師は患者に対して損害賠償責任を負い,刑事責任や行政責任を問われる可能性もあります。 薬剤師の疑義照会義務には,薬学的に適正かどうかなどの実質的な処方内容の確認義務が含まれます。 医師に対して形式的には確認を取っていたとしても,きちんと対応してもらえなかったなどで薬学的に疑義が残る場合には,疑義照会義務を果たしたとはいえません。

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82 Part3 責任を負うのは薬剤師? 医師? 患者? 「薬剤師のミス」とはいい切れない調剤事故

薬剤師の疑義照会義務

 薬剤師法第24条は,次のように定めています。

(処方せん中の疑義)

第24条 薬剤師は,処方せん中に疑わしい点があるときは,その処方せんを交付

した医師,歯科医師又は獣医師に問い合わせて,その疑わしい点を確かめた後で

なければ,これによつて調剤してはならない。

 この疑義照会義務には,処方箋の記載の形式的な確認だけでなく,処方内容が薬学的に適切か否かなどの実質的な確認義務が含まれるとしているわけです〔Q17(77頁)参照〕。 医薬品の専門家である薬剤師が処方を確認し,疑義があれば照会するのですから,このような義務が含まれるのは当然といえるでしょう。

形式的な疑義照会と薬剤師の義務

 この疑義照会に対して,医師が適切に対応してくれればよいのですが,なかにはまったく取り合わない医師や,明確な理由も述べず「そのまま調剤するように」としか回答しない医師もいます。このような場合,形式的には医師に確認し,承諾を得ているので,薬剤師は疑義照会義務を果たしたと考えることもできます。 しかし,医師から理由の説明などはなく,処方の変更もないので,薬剤師の薬学的疑義は解消していません。そこで,薬剤師の疑義照会義務は,薬学的な疑義が解消されなくても形式的に疑義照会を行いさえすれば義務を果たしたといえるのか,それとも,薬学的な疑義が解消されてはじめて義務を果たしたといえるのかが問題となります。 薬剤師に疑義照会義務を負わせている法の趣旨は,「医師等の処方の過誤を正し,医薬品使用の適正を確保し,過誤による生命,健康上の被害の発生を未然に防止する」ためにあります。薬学的に疑義が残り,医薬品の適正使用にならないような場合に,医師が対応しないからといってそのまま調剤してしまった

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1.調剤業務/① 調剤とは

疑義照会に医師が応じてくれず健康被害が!

 薬剤師の責任は?

Q18とすれば,この目的が達成されないことは明らかです。 このような趣旨で設けられた義務である以上,形式的に医師に確認をしたとしても,薬剤師の薬学的疑義が解消され,適正に使用されることが確認できなければ,薬剤師は義務を果たしたとはいえないと解釈されます。 今回の質問のような場合,薬剤師には注意義務違反(過失)が認められ,損害賠償責任を負うことになります。また,刑事責任や行政責任に問われる可能性も否定はできません。

適切に対応しなかった医師の責任

 医師は患者に対して適切な医療を提供する義務を負っていますから,疑義照会に適切に応じる義務があると考えられます。また,保険医には疑義照会に応じる義務が定められています(保険医療機関及び保険医療養担当規則第23条第2項)。したがって,今回の質問のような対応をした医師は,不備な処方をしたことだけでなく疑義照会に応じなかったことによっても,患者に対して損害賠償責任を負うことになります。調剤した薬剤師とは共同不法行為ということになり,医師は薬剤師とともに連帯債務を負います。

患者のために最善を尽くす

 結論は以上のとおりなのですが,医師が疑義照会に応じないことはありえます。「医師と薬剤師の関係から考えると仕方ないのではないか」,「薬剤師が責任を負うのはおかしいのではないか」という意見もあるかと思います。薬剤師が医師を介して患者に責任を負っているのであれば,そのような考え方もできるでしょう。 しかし,薬剤師はあくまで独立の専門職であり,患者に対して直接責任を負っています。薬剤師は医師のために調剤をしているのではなく,患者のために調剤をしているのであり,患者のために最善を尽くさなければ義務を果たしたとはいえません。医師が疑義照会に応じず,医師との関係から疑義照会をしにくいとしても,患者にその不利益を負わせてよいことにはなりません。 「患者に健康被害が起こるかもしれないが,医師が疑義照会に応じないから仕

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84 Part3 責任を負うのは薬剤師? 医師? 患者? 「薬剤師のミス」とはいい切れない調剤事故

方がない」と考えて調剤することは,患者に対して「健康被害(最悪の場合は死に至る)が起きても仕方がない」と判断しているといわれかねません。このような場合,患者に対して最善を尽くしたとは到底いえませんので,薬剤師は責任を負うことになります。当然のことですが,薬剤師が患者に対する義務を果たしたかどうかの判断のポイントは,あくまで患者のために最善を尽くしたかどうかなのです。

 医師が適切に応じない場合でも,薬剤師が患者に対しては責任を負わなければならない理由が理解できると思います。今回の質問の事例もそうですが,健康被害が生じるリスクを意識しながら調剤することになるわけですから,気がつかなかった場合より悪質といわれる可能性も否定できません。

 薬剤師は疑義照会をし,適切な対応を医師にしてもらわなくてはなりません。そのために,薬剤師は日ごろから医師とコミュニケーションを取り,円滑に疑義照会ができる状況を作っておく必要があります。また,確かな知識を得て,医師に自信をもって疑義照会できるようにしておかなくてはなりません。ときには,疑義照会のために医師のもとに押しかけるような気概も必要かもしれません。 それでも,医師がどうしても疑義照会に応じず,納得のいく説明もなく,処方が変更されない場合には,薬剤師は調剤を拒否することができます。薬剤師には調剤の応需義務があります(薬剤師法第21条)が,このような場合には調剤を拒否する「正当な理由」があると解釈されています。 もっとも,これは最悪の場合であり,調剤拒否は患者のためにもなりませんので,できるだけ医師に疑義照会に応じてもらうよう努力する必要があるでしょう。

ま と め