オープンソースソフトウェアを用いた数値流体力学 成した.openfoam...

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1241 Vol. 69 No. 11 Nov 2013 ノート 論文受付 2013 5 13 論文受理 2013 9 17 Code Nos. 261 500, 1030 オープンソースソフトウェアを用いた数値流体力学 Computational Fluid Dynamics: CFD)による 頸動脈血流動態解析の試み 佐保辰典 1, 2 大西英雄 1 杉原利彦 3 中村義隆 2 湯田逸雄 2 Tackling Hemodynamic Analysis of the Carotid Artery Using Open-source Software and Computational Fluid Dynamics Tatsunori Saho, 1, 2 Hideo Onishi, 1 Toshihiko Sugihara, 3 Yoshitaka Nakamura, 2 and Itsuo Yuda 2 1 Program in Health and Welfare, Graduate on School of Comprehensive Scientific Research, Prefectural University of Hiroshima 2 Department of Radiological Technologist, Kokura Memorial Hospital 3 SystemCRAFT Co., Ltd. Received May 13, 2013; Revision accepted September 17, 2013 Code Nos. 261, 500, 1030 Summary Purpose: The aim of this study was to evaluate the impact of wall share stress (WSS) in the carotid artery using a computed fluid dynamics analysis system and adopting open-source software. Methods: The depen- dence of element number (computation time and analytical accuracy) were considered with simple vessel models. We evaluated WSS and flow velocity using a carotid artery model that was based on the outcome of simple vessel models. Results: When the number of elements was 10 5 or more, the flow velocity error of the outlet decreased to 0.5% or below when using simple vessel models. The carotid bifurcation model showed a whirlpool and a decrease in flow velocity in the carotid bulb part. Conclusion: An analysis system was built using open source software. The results from the carotid bifurcation model suggested that hemodynamics contributes to the development of carotid stenosis. Key words: computational fluid dynamics, open-source software, magnetic resonance angiography, wall share stress *Proceeding author 1 県立広島大学大学院総合学術研究科保健福祉学専攻 2 財団法人平成紫川会小倉記念病院放射線技師部 3 有限会社システムクラフト 緒 言 現在,本邦において血管疾患による死亡率は死亡原 因全体の 25.4%を占め,血管疾患の中でも特に動脈硬 化性疾患は血管の壁面剪断応力(wall shear stress: WSSが関連していることが報告されている 14WSS は数値 流体力学(computational fluid dynamics: CFD)によって 算出される物理パラメータであり,血流動態の血行力 学的な解析は WSS の正確な評価が求められている 5また CFD 解析によって得られた情報は血流の軌跡を可 視化することが可能で,血流動態の把握に更なる貢献 が期待される.CFD を用いたシミュレーションは医学 分野で応用される以前から,工学分野では盛んに研究 が行われてきた.CFD シミュレーションは建築物の空 力計算,管内の流速などの計算に多く用いられる.近 年,医工連携による新しい医療技術の発展が著しく, ステントグラフトや,人工心臓が医学と工学の協同に よって開発された.同様に CFD 解析による流れのシ ミュレーションや有限要素法を用いた強度計算も,医学 分野で応用されている 68.しかしながらこれらのシ ミュレーションツールは非常に高価である.また,大き な対象における構造計算はスーパーコンピュータを必要 とし,臨床において CFD 解析がハード面でもソフト面 においても一般的に困難視されてきた.近年,コン ピュータハードウェアは著しい発展を見せ,われわれが

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Vol. 69 No. 11 Nov 2013

ノート

論文受付2013年 5月13日

論文受理2013年 9月17日

Code Nos. 261500, 1030

オープンソースソフトウェアを用いた数値流体力学 (Computational Fluid Dynamics: CFD)による

頸動脈血流動態解析の試み

佐保辰典1, 2 大西英雄1 杉原利彦3 中村義隆2 湯田逸雄2

Tackling Hemodynamic Analysis of the Carotid Artery Using Open-source Software and Computational Fluid Dynamics

Tatsunori Saho,1, 2* Hideo Onishi,1 Toshihiko Sugihara,3 Yoshitaka Nakamura,2 and Itsuo Yuda2

1Program in Health and Welfare, Graduate on School of Comprehensive Scientific Research, Prefectural University of Hiroshima2Department of Radiological Technologist, Kokura Memorial Hospital3SystemCRAFT Co., Ltd.

Received May 13, 2013; Revision accepted September 17, 2013Code Nos. 261, 500, 1030

Summary

Purpose: The aim of this study was to evaluate the impact of wall share stress (WSS) in the carotid artery using a computed fluid dynamics analysis system and adopting open-source software. Methods: The depen-dence of element number (computation time and analytical accuracy) were considered with simple vessel models. We evaluated WSS and flow velocity using a carotid artery model that was based on the outcome of simple vessel models. Results: When the number of elements was 105 or more, the flow velocity error of the outlet decreased to 0.5% or below when using simple vessel models. The carotid bifurcation model showed a whirlpool and a decrease in flow velocity in the carotid bulb part. Conclusion: An analysis system was built using open source software. The results from the carotid bifurcation model suggested that hemodynamics contributes to the development of carotid stenosis.

Key words: computational fluid dynamics, open-source software, magnetic resonance angiography, wall share stress

*Proceeding author

1県立広島大学大学院総合学術研究科保健福祉学専攻2財団法人平成紫川会小倉記念病院放射線技師部3有限会社システムクラフト

緒 言 現在,本邦において血管疾患による死亡率は死亡原因全体の 25.4%を占め,血管疾患の中でも特に動脈硬化性疾患は血管の壁面剪断応力(wall shear stress: WSS)が関連していることが報告されている1~4).WSSは数値流体力学(computational fluid dynamics: CFD)によって算出される物理パラメータであり,血流動態の血行力学的な解析はWSSの正確な評価が求められている5).また CFD解析によって得られた情報は血流の軌跡を可視化することが可能で,血流動態の把握に更なる貢献が期待される.CFDを用いたシミュレーションは医学分野で応用される以前から,工学分野では盛んに研究

が行われてきた.CFDシミュレーションは建築物の空力計算,管内の流速などの計算に多く用いられる.近年,医工連携による新しい医療技術の発展が著しく,ステントグラフトや,人工心臓が医学と工学の協同によって開発された.同様に CFD解析による流れのシミュレーションや有限要素法を用いた強度計算も,医学分野で応用されている6~8).しかしながらこれらのシミュレーションツールは非常に高価である.また,大きな対象における構造計算はスーパーコンピュータを必要とし,臨床において CFD解析がハード面でもソフト面においても一般的に困難視されてきた.近年,コンピュータハードウェアは著しい発展を見せ,われわれが

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比較的高性能なコンピュータを入手しやすい環境になっている.ソフト面に関して,現在さまざまな無償で入手できるオープンソースソフトウェアが,数多く存在している.その中には CFD解析ソフトや三次元画像処理ソフトがあり,自由に使用することが可能となっている. CFD解析を用いた血流動態に関する多くの報告は,WSSが血管壁に与える影響を示したものである9, 10).これらの報告は,磁気共鳴画像(magnetic resonance

image: MRI)の収集シーケンスの一つである phase

contrast MR angiography(PC-MRA)を用いて血管を抽出し,解析モデルを作成している.PC-MRAは撮像画像から流速が測定可能であり,測定された流速は,CFD

解析の流速入力部の設定値として利用されている.多くの場合,これらの報告における解析の確度は基礎研究などによって裏付けがなされているが,システム自体の高額な導入コストが大きな問題となる.このような背景の中で,われわれはオープンソースソフトウェアを用いた汎用性のある CFD解析環境の構築を試みた. 本研究においてわれわれはオープンソースソフトウェアを用いた解析環境を構築し,既知のジオメトリをもつ模擬血管モデルを用い,解析モデル作成について計算要素数の時間依存性と計算処理の確度について検討を行った.さらに模擬血管モデルの結果に基づいて頸動脈分岐部MRA画像によるモデル作成を行い,ベクトル表示,流速,流体の軌跡について可視化を試み,評価を行った.

1.方 法1-1 CFD解析環境の構築 CFD解析環境はMacBookPro(Apple Inc., California,

USA)上に構築した.また,オープンソース CFD解析ソフトウェアであるOpenFOAM(Open CFD Ltd., Bracknell,

UK)は Linuxで動作するため,Mac OS上に仮想環境で Linuxシステムを構築した.CFD解析のプリプロセッサであるOpenFOAMはコマンドライン上で動作し,CFD解析に必要な設定ファイルの編集は非常に煩雑である.そのため,本研究では OpenFOAMがgraphical user interface(GUI)で 動 作するHelyx OS

(Engys Ltd., London, UK)を使用した.また,解析結果は Paraview(Kitware Inc., New York, USA)を用いて可視化を試みた.Fig. 1に OpenFOAM解析フローチャートを示す.

1-2 解析モデルの作成 CFD解析における基礎的な検討を行うために,単純かつ既知のジオメトリをもつ模擬血管モデルを three-

dimensional(3D)モデリングソフトである Blender

(Blender Foundation, Amsterdam, Netherlands)を用いて作成した.OpenFOAMにおける解析条件の入力は煩雑である.われわれは既知のジオメトリをもつ模擬血管モデルで基礎的な検討を行った.作成した 2 種類の模擬血管モデルを Fig. 2に示す.模擬血管(A)は直径5 mm,長さ 50 mmの円柱状の構造とした.模擬血管(B)は直径 5 mm,長さ 50 mmの円柱構造の中央部に直径 2.5 mm,長さ 15 mmの狭窄部位を設定した. 頸動脈モデルの作成は Osirix(Osirix Foundation,

California, USA)および Blenderを用いて行った.Osirix

(www.osirix-viewer.com)にあるMRAのサンプルデータ

Fig. 1 Flowchart of CFD analysis. Import analysis model: STL-formatted; mesh generated

using OpenFOAM; boundary conditions determined using Helyx OS; analysis model: SimpleFoam, results visualized using Paraview.

Fig. 2 Schematic illustration of vessel models. Model A: Cylinder model (ø 5 mm) Model B: The stenosis model has a narrow region (ø 2.5 mm) in the center

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から頸動脈分岐部のみを抽出した.抽出した画像はサーフェイスレンダリング処理を行い,stereolithography

(STL)ファイル形式で出力した.作成した頸動脈分岐部血管モデル(頸動脈モデル)を Fig. 3に示す.作成した頸動脈モデルの体軸方向の長さは 50 mm,血管直径は流入面(common carotid artery: CCA),流出面 1(internal

carotid artery: ICA),流出面 2(external carotid artery:

ECA)でそれぞれ 8 mm,6 mm,5 mmに設定した.

1-3 CFD解析の境界条件 本研究における境界条件を Table 1に示す.流入面での血流は定常流とし,以前に報告11)されている動脈の積分平均された流速値(u=0.5 m/s)を用いた.壁面は滑りなし条件,剛体壁とした.今回の頸動脈モデルは流出面が複数あるが,本研究は流出面の境界条件設定を無限遠端での圧力 p=0 m2/s2とし12),流体組成は血液と仮定した.なお,血液は非圧縮性,ニュートン流体とし,流体の物性値は,密度 ρ=1050 kg/m3,粘度η=4.0×10−3 Pa·sに設定した13).この流体のレイノルズ数は約 600である.管内流れにおいて,乱流に移行する限界レイノルズ数は 2300~400014)と言われている.本研究で設定した流体は限界レイノルズ数に満たないので層流として計算を行った.

 使用する計算ソルバは SimpleFoamであり,その計算法は流速と圧力の方程式を解くための反復法であるsemi implicit method for pressure-linked equations

(SIMPLE)アルゴリズムを採用した15).

1-4 CFD解析における計算要素作成1-4-1 計算要素数 計算要素数は,解析領域の離散化の程度のことを示す用語である.一般に,同一の解析対象では計算要素数が多い程,より小さい領域に分割され,解析の確度が高くなる.模擬血管(A)は計算要素数を変化させて解析モデルを作成した[Fig. 4(a)1050,(b)8000,(c)63200,(d)504000,(e)1104000].模擬血管(A)の(a)~(e)の境界層は 1層とし,単純に計算要素数を増加させ,(f)は(a)のモデルの境界壁面を 5層の密な境界層で作成した(境界 5層モデル:計算要素数 4386).模擬血管(B)も同様に計算要素数を変化させて解析モデルを作成した[Fig. 5(a)5560,(b)43496,(c)146384,

Table 1 Boundary conditions

Object Inlet Outlet

Wall u (m/s) p (m2/s2) u (m/s) p (m2/s2)

Vessel model (A) 0.5 zero gradient zero gradient 0 fixed wall, no slip

(B) 0.5 zero gradient zero gradient 0 fixed wall, no slip

Carotid bifurcation 0.5 zero gradient zero gradient 0 fixed wall,model (at infinity) no slip

Fig. 3 An illustration of the carot id bifurcat ion model used for MRA imaging.

The model has a single inlet (ø 8 mm) and two outlets (ø 5 mm, ø 6 mm); total length is 50 mm.

Fig. 4 Comparison of local flow velocity estimated from simple vessels in Figure 2 as a function of number of elements [(a) 1050, (b) 8000, (c) 63200, (d) 504000, (e) 1104000, and (f) 4386 and five added layers].

a b c d e f

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(d)357121,(e)754138].1-4-2 計算要素作成時間 計算要素はより細分化すれば計算要素作成にかかる時間が長くなる.そこで,計算要素作成にかかる時間を前項の模擬血管 A(a)~(f),模擬血管 B(a)~(e)についてそれぞれ計測した.ここで,計算要素作成時間はFig. 1における generate meshにかかる時間である.

1-5 CFD解析結果の計算要素数特性1-5-1 壁面近傍の計算確度 作成したモデルを用いて,摩擦力の影響による流速変化の大きい壁面近傍の計算確度向上の検討を行った.壁面の流速低下についての検討は,速度分布図の表示によって行った.また,模擬血管(A)については流入面より 25 mm位置の管軸方向に垂直な断面における速度プロファイルを作成した.1-5-2 流出面の流量測定 各モデルの流出面での流量を算出し,計算要素数が流量における CFD解析結果に与える影響を評価した.血管モデル(A)における流出面の流量は,シミュレーション結果と理論値の比較を行った.ここで流量の理論値はモデルの流出面の面積と流入面の流速の関係から 9.82×10−6 m3/sと算出された.

1-6 頸動脈モデルの CFD解析 頸動脈モデルの CFD 解析は,挿入した境界層を

5層,計算要素数を 659922要素に設定した.解析した血管モデルは流線の表示と流速及び圧力のベクトル表示を行った.頸動脈モデルは五つのセグメント(inner

ICA,outer ICA,inner ECA,outer ECA,divider wall)に分割し,流速について評価を行った.頸動脈モデルのセグメントを Fig. 6に示す.ICA,ECAそれぞれの中心軸を通る面の分岐部側を inner,反対側を outer,分岐部周辺を divider wallと表現する.

2.結 果2-1 計算要素作成時間 Fig. 7に本研究で構築した CFDシステムで作成した模擬血管(A)の解析モデル outlet面付近の断面を示す.(c)(d)(e)のモデルで計算要素配列に一部不均一な領域を認めた(矢印).Fig. 8に作成した模擬血管(B)の計算要素数の増加に対する解析モデル作成時間を示す.モデル形状によらず,単純に計算要素数の増加に伴って計算要素作成時間が累乗関数的に増加した.

2-2 CFD解析の計算要素数依存性 Fig. 9に計算要素数に対する CFD解析時間を示す.計算要素数の増加に伴って計算時間は直線的に増加した.Fig. 4,5に解析した模擬血管モデル(A),(B)の速度分布を示す.壁面近傍では流体が壁面から受ける摩擦力のため,流速が低下した.Fig. 4ではモデル中心部の流速の変化および境界壁近傍の流速低下が計算要素数の違いによって生じた.模擬血管モデル(A)はモデル中心部付近から outlet面において inlet面付近よりもグレースケール上白く表示された.Inlet面で与えた流れ

Fig. 5 Comparison of local flow velocity estimated from steno-sis vessels in Figure 2 as a function of number of elements [(a) 5560, (b) 43496, (c) 146384, (d) 357121, (e) 745138)].

a b c d e

Fig. 6 Scheme of wall segmentations (inner wall of the external carotid artery: inner ECA, outer wall of the external carotid artery: outer ECA, inner wall of the ICA: inner ICA, outer wall of the ICA: outer ICA, and divider wall) for the carotid bifurcation model studied in Figure 3.

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a b c d e fFig. 7 Mesh generation estimated from simple vessels in Fig. 2 as a function of number of elements [(a) 1050, (b) 8000, (c) 63200, (d) 504000, (e) 1104000, and (f) 4386 and five added layers].

Fig. 8 Mesh generation time as a function of number of elements.

Increasing the number of elements increases mesh generation time, as with involution.

Fig. 9 Plot of model solving time as a function of number of elements.

Solving time and number of elements were approxi-mated using a linear function.

が発達し,流速が速くなっていることが示された16).また,滑りなし条件で解析を行う場合は,壁面における流速が 0 m/sと仮定される.つまり壁面近傍はグレースケール上,黒で表示されていなければならない.また,流入面より 25 mmの管軸方向に垂直な断面で作成した速度プロファイルと,ハーゲン・ポアズイユの法則から求めた流速分布の理論値を Fig. 10に示す.計算要素の少ない(a)のモデルでは壁面近傍の流速 0 m/sが検出できなかった.境界 5層モデル(f)は(a)のモデルと比較して,壁面近傍の流速低下が顕著に検出された.Fig. 5

でも同様に,血管モデル(B)の計算要素数の少ない(a)のモデルは壁面近傍の流速低下が検出されなかった.また,計算要素数が 105を超える(c)(d)(e)のモデルは

流路が拡大した領域での流速の揺らぎを検出した. Table 2に流出面における流量を示す.理論値との相対誤差は計算要素数が多くなるに従って減少した.境界 5層モデルは計算要素数が増加したにもかかわらず,流出面での相対誤差は明らかに減少しなかった.

2-3 頸動脈モデルの CFD解析 Fig. 11に頸動脈モデル解析結果の圧力ベクトル表示,流線と,血管の中心軸を通る断面における流速分布を示す.頸動脈モデルの CFD解析時間は 377 sであった.(a)のベクトル表示では divider wall部分で特に流速の速い領域が認められた.(b)の流線表示では,分岐部領域で渦流の形成が認められた.(c)の流速分布

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Fig. 10 Flow velocity profile and theoretical value. The 1050-element model did not detect flow velocity of 0 m/s near

the surface of wall. The flow velocity of the central part in each model increased under the boundary condition of >0.5 m/s in the inlet plane.

Table 2 Accuracy of flow volume at outlet plane

Number of elements Flow volume (m3/s) Relative error (%)

1050 9.28×10−6 5.45

8000 9.69×10−6 1.27

63200 9.77×10−6 0.52

504000 9.78×10−6 0.35

1104000 9.80×10−6 0.18

Add layer 4386 9.28×10−6 5.45

(Theoretical value 9.82×10−6 m3/s)

a b cFig. 11 Pressure vector (a), velocity stream line (b), and velocity distribution (c) predicted by CFD for the carotid bifur-

cation model. Very high pressure is applied to the divider wall, whirlpool flow is found at the bifurcation, and low velocity

was observed at the ICA and ECA outer walls.

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は,outer ICA,outer ECAの領域で流速が低下した領域を認めた.

3.考 察 今までの CFDによる血流動態解析は,主に多くの商用システムを用いたものであった1~4).本研究で用いたシステムは,Osirixで読み込むことが可能なファイル形式のボリュームデータであれば,解析モデルを作成することが可能である.MRA以外の医用画像についても適用でき,非常に汎用性の高いシステムとなった.われわれは本研究においてオープンソースソフトウェアでCFD解析システムを構築し,模擬血管モデルおよび頸動脈モデルを用いて種々の物理データを検証した. CFD解析の計算要素数は,解析モデルの離散化による計算結果への影響が非常に大きいとされている.しかしながら,計算要素数の増加による計算時間の増加はハードウェアの性能が向上した昨今においても大きな障害となっている.そのため模擬血管モデルを用いて適切な計算要素数を検証することは有意義である.特に,CFD解析における計算要素は,解析結果の確度に大きく関与していると考える.岩瀬ら5)は血管モデルからの計算要素作成ソフトウェアを作成し,計算要素作成と計算効率の向上を図っている.また,石田17)は計算要素数について最低でも 106以上が必要であると報告した.しかしながら,自作で計算要素作成ソフトウェアを作成することは専門的な知識を必要とし,非常に煩雑である.われわれが用いた OpenFOAMは BlockMesh

と SnappyHexMeshの二つの計算要素作成ツールが標準で実装されている.前者で解析領域を六面体要素に分割し,後者を用いて解析モデルの形状を作成することが可能である.この 2種類の処理過程を併用することで,脳血管モデルのような比較的複雑な形状を有するモデルにも適用することが可能となる.また,計算要素が 106を超える計算を行うためには,専門の高性能なシステムが必要となる.CFD解析は,コンピュータの性能が向上すれば可能な限り計算要素数を多くし,モデルの離散化を密にすることが望ましい.Table 2の結果からも,最小の誤差は最も計算要素数が多いモデルで 0.18%と減少し,計算要素数が多いほど理論値に近づく結果となった.しかし,計算要素数が増加すると(Fig. 8),計算要素作成にかかる時間は累乗的に増加し,さらに CFD計算処理にかかる時間も増加する.BlockMesh,SnappyHexMeshは計算モデルの大きさにかかわらず,計算要素数に処理時間が依存する.スーパーコンピュータ18)によるペタバイト級の計算が可能であれば計算要素数を限りなく多く設定することが可能である.

 われわれが作成したシステムはすべてがオープンソースソフトウェアで構成されているため,コストパフォーマンスに優れたシステム開発が可能となった.しかし,市販のハードウェアでシステムを構築する限りは,計算処理時間を考慮すると計算要素数は可能な限り少ないことが望ましいと考える.Fig. 4,5,10に示すように,計算要素が少ない場合は壁面近傍での流速0 m/sを検出することができず,計算確度が低下した.また,Fig. 4(f)のように壁面の摩擦力による流速変化の大きい壁面近傍に密な計算要素を設定した結果,壁面近傍の流速 0 m/sが検出された.境界面 5層モデルは計算要素数が 4386にもかかわらず,63200の解析モデルと同程度の壁面近傍の流速低下が検出できている.今回,境界 5層モデル Fig. 4(f)のモデルは,壁面の速度低下を検出できた計算要素数の最も少ないモデルである Fig. 4(c)のモデルに対して,計算要素作成時間,解析時間を合わせ,59.5 s(89.7%)処理時間が減少した.Fig. 4(f)の解析モデルは計算要素数を抑えながら,壁面近傍の流速低下の検出という点で有効な手法であると考える.スーパーコンピュータのように高性能なシステムを用いた場合は全体を密に離散化し,計算を行うことが可能である.本研究のようにシステムのスペックに制限がある場合は,境界層の配置で計算要素数を抑えることがシステムへの負荷を低減する.しかしながら,Fig. 7にあるように outlet面の離散化の程度は粗であり,結果として流量についての確度は得られなかった. Fig. 5(d)(e)のように計算要素数が 105を超えているモデルは,流路が拡大した部分で流れの揺らぎが検出された.通常拡大流路では剝離流が発生し,流れに揺らぎが生じる.しかし,この揺らぎの観測は一般に特殊な装置を必要とし,観測実験は困難である.過去の報告において拡大流路における揺らぎのシミュレーションが行われている19, 20).本研究でも計算要素数が多いモデルでその報告に近い結果が得られた.また,流出面の流量においても計算要素数が 105を超えるモデルは相対誤差が 0.5%以下と,理論値に非常に近い値が得られている.これらの結果から,作成する計算モデルは少なくとも 105以上の計算要素数を有することが必要である.また,さらに境界層を設定することで,計算要素の増加を抑えながら壁面近傍の計算確度を向上させることが可能であると示唆された. 頸動脈モデルの解析は,ECAと比較して ICAの流線が多く,優位な流れであるという結果が得られた.本研究は無限遠端の圧力を 0 m2/s2と設定しており,血管モデル形状と実際の血管の長さの違いによる影響を排

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除している.流れは抵抗の小さい方へ流れていく12).本研究のような分岐構造の場合は単純に血管径の大きい方が圧力による抵抗が減少し優位な流れを呈する.したがって ICAへの優位な流れはその血管走行に依存せず,流出面の血管径の設定によって評価できた.また,divider wall領域で圧力が高く流速の速い領域が認められた[Fig. 11(a)].WSSは壁面近傍の流速勾配と流体粘性係数の積である21).このことから流速が壁面近傍において速い領域はWSSの値が大きく,流速の遅い領域はWSSの値が小さいことが推定される.つまり,流速の速い divider wall付近は高いWSSの領域であると予測することが可能となる.Papathanasopoulouら9)による報告でも,われわれの結果と同様に,分岐部で高いWSS

を検出している.また,Fig. 11(c)において outer ICA,outer ECAに流速の低下している領域を認め,Marshall

ら10)によってこの領域の流速低下が報告されている.両者の報告は共に商用のソルバを用いて解析を行っており,今回オープンソースソフトウェアを用いて同様の結果が得られたことは,われわれの本研究におけるシミュレーション手法が正しいということを示している.Fig. 11(b)の流線の表示では,渦流が流速の低下した領域で生じていることが可視化できている.本研究におけるシミュレーション結果で,流速の低下を認める領域は血流が停滞し,応力が低い箇所であることが示された.特に,この領域は頸動脈球部と呼ばれ,一般に頸動脈狭窄が生じやすい部位とされている.これらの結果は,以前の報告3)と合わせて血流の挙動が頸動脈狭窄症の発症に寄与していることを示唆している. しかしながら,本研究では Fig. 7に示す計算要素の不均一性が計算確度に与える影響を加味していない.

本研究においては局所の物理パラメータを抽出して厳密な評価を行わなかった.仮にそういったことを行う場合,計算要素の不均一性が結果に何らかの影響を及ぼすことは否定できない.今後は血液の非定常の拍動流,計算要素不均一性および血管壁の性状などを考慮して(流体-構造連成解析),さらに in vivoに近い条件でシミュレーションを行う必要がある.計算要素に関する検討と流体-構造連成解析は今後の重要な課題である.

4.結 語 オープンソースソフトウェアを用いて CFD解析環境を構築した.構築した CFD解析環境で模擬血管モデルを解析し,解析モデル作成における至適計算要素数を求めた.流速変化の大きい壁面近傍のみ計算要素を密に配置することで,計算要素数を抑えながら壁面近傍における計算確度の向上が認められた.頸動脈分岐部モデルの解析では,頸動脈狭窄症の発症頻度の高い頸動脈球部において流速の低下した部位が認められ,血流の挙動が頸動脈狭窄症の発症に寄与していることが示唆された.今後は拍動流や血管壁の物性値を考慮した流体-構造連成解析を行い,さらに in vivoに近い条件でシミュレーションを行うことが課題である.

謝 辞 本稿を終えるにあたり,CFD解析についてご助言をいただきました広島オープン CAE勉強会(三原)の皆様に,また研究方法論について丁寧なご指導をいただきましたデジタル画像評価技術研究会の皆様に深く感謝を申し上げます.

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