スイスチーズモデルに基づくヒューマンエラーの発...

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119 岡山大学大学院社会文化科学研究科紀要第39号 (2015.3) 1.序 少子・超高齢化社会を迎えた日本では、多様な医療ニーズが存在している。医療現場では医療の高 度化や在院日数の短縮化が進み、医療安全に対する意識が高まるなど国民のニーズが変化している。 これらの状況の中で、臨床現場で必要とされる臨床実践能力と看護基礎教育で修得する看護実践能力 との間に乖離が生じ、それが新人看護師の離職要因になっている(厚生労働省、2010)。このような 背景をもとに看護基礎教育の見直しや、新人看護職員研修制度全般についての検討が求められている。 厚生労働省では、新人看護職員研修ガイドライン(厚生労働省、2011)を作成し、「保健師助産師看 護師法及び、看護師等の人材確保の促進に関する法律の改正」(文部科学省、2009)により、新たに 業務に従事する看護職員の臨床研修等が努力義務として、新人看護師教育に力を入れるべきであると 指導した(厚生労働省、2011)。そして、「新人看護職員研修ガイドラインの見直しに関する検討会報 告書」(厚生労働省、2014)において、新人看護職員研修の更なる推進に向けた到達目標などの課題 が整理された。この報告書では、特に就業先の多様化に対応した研修体制や研修方法、研修内容等を 検討することが今後の重要な課題であると指摘している。 こうした状況をふまえ各施設においては多様な研修プログラムが作成され、臨床実践能力と看護実 践能力との乖離を埋めるための取り組みが行なわれてきた。新卒看護師は入職後、「未経験の機器や ケア」・「受け持ち患者数の多さ」や、「職場における協働の仕方とシステム」(福田・花岡、2004)等 の困難な体験により、長期・短期的に精神的、身体的なストレスを受けることとなる。これは、現実 が理想とかけ離れていることに衝撃を受けることで生じるものであり、これまでリアリティショック と呼ばれてきた(平賀・布施、2007a;平賀・布施、2007b)。 これらのリアリティショックへの対応策として多様な研修が企画され実施されている。基礎的な看 護技術の復習として行われている研修は、採血技術や吸引といった看護技術に関するものや輸液ポン プ・シリンジポンプの使用マニュアル、ダブルチェックの方法等の業務内容に関わる研修である(西 尾・大津、2012)。また、複数患者を受け持つ研修としては、多重課題研修といった新しい取り組み スイスチーズモデルに基づくヒューマンエラーの発生と防止に関する 医療安全教育の予備的試行 Preliminary Trials of Medical Safety Education regarding the Occurrence and Prevention of Human Error based on the Swiss Cheese Model 山本恵美子 YAMAMOTO,Emiko 田中 共子 TANAKA,Tomoko 兵藤 好美 HYODO,Yoshimi

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岡山大学大学院社会文化科学研究科紀要第39号 (2015.3)

1.序

 少子・超高齢化社会を迎えた日本では、多様な医療ニーズが存在している。医療現場では医療の高

度化や在院日数の短縮化が進み、医療安全に対する意識が高まるなど国民のニーズが変化している。

これらの状況の中で、臨床現場で必要とされる臨床実践能力と看護基礎教育で修得する看護実践能力

との間に乖離が生じ、それが新人看護師の離職要因になっている(厚生労働省、2010)。このような

背景をもとに看護基礎教育の見直しや、新人看護職員研修制度全般についての検討が求められている。

厚生労働省では、新人看護職員研修ガイドライン(厚生労働省、2011)を作成し、「保健師助産師看

護師法及び、看護師等の人材確保の促進に関する法律の改正」(文部科学省、2009)により、新たに

業務に従事する看護職員の臨床研修等が努力義務として、新人看護師教育に力を入れるべきであると

指導した(厚生労働省、2011)。そして、「新人看護職員研修ガイドラインの見直しに関する検討会報

告書」(厚生労働省、2014)において、新人看護職員研修の更なる推進に向けた到達目標などの課題

が整理された。この報告書では、特に就業先の多様化に対応した研修体制や研修方法、研修内容等を

検討することが今後の重要な課題であると指摘している。

 こうした状況をふまえ各施設においては多様な研修プログラムが作成され、臨床実践能力と看護実

践能力との乖離を埋めるための取り組みが行なわれてきた。新卒看護師は入職後、「未経験の機器や

ケア」・「受け持ち患者数の多さ」 や、「職場における協働の仕方とシステム」(福田・花岡、2004)等

の困難な体験により、長期・短期的に精神的、身体的なストレスを受けることとなる。これは、現実

が理想とかけ離れていることに衝撃を受けることで生じるものであり、これまでリアリティショック

と呼ばれてきた(平賀・布施、2007a;平賀・布施、2007b)。

 これらのリアリティショックへの対応策として多様な研修が企画され実施されている。基礎的な看

護技術の復習として行われている研修は、採血技術や吸引といった看護技術に関するものや輸液ポン

プ・シリンジポンプの使用マニュアル、ダブルチェックの方法等の業務内容に関わる研修である(西

尾・大津、2012)。また、複数患者を受け持つ研修としては、多重課題研修といった新しい取り組み

スイスチーズモデルに基づくヒューマンエラーの発生と防止に関する医療安全教育の予備的試行

Preliminary Trials of Medical Safety Education regarding the Occurrence and Prevention of Human Error based on the Swiss Cheese Model

山本恵美子 YAMAMOTO,Emiko田中 共子 TANAKA,Tomoko兵藤 好美 HYODO,Yoshimi

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生命と意味―前期Merleau-Pontyの生命論を中心に―  田中雄祐

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岡山大学大学院社会文化科学研究科紀要第39号 (2015.3)

の穴が重なるがごとく、エラーが発見の機会を次々とすり抜けていくと、重大事故の発生に至るとい

う見方を示すものである。

 このように、過去に生じた医療事故が分析されたことで事故の原因解明は進み、多様な医療安全対

策は進みつつあるが、重大な医療事故が小さなエラーやヒューマンエラーによって引き起こされると

いったプロセスを実際に体験し、これらのエラーを未然に防ぐ具体的な方法を学ぶプログラム開発は

行われていない。また、医療事故発生プロセスにおける、チーム医療としての協働の仕方といった具

体的な研修プログラムは見られない。

 ヒューマンエラーを学習するプログラムとして田中・兵藤らは、心理教育の枠組みでエラー発生を

体験するといった医療安全教育におけるゲーム開発に先駆的に取り組んでいる(田中・兵藤、2008;

田中・兵藤、2010;兵藤・小郷ら、2008;兵藤・田中、2009)。ゲームは緊張や認知的拒否感を生じ

にくく、認知・行動・情緒に及ぶインパクトを持っている特徴があり、これらの特徴を生かして特性

ゲームと状況ゲームを考案している。特性ゲームでは、看護学生や看護教員(田中・兵藤、2008、兵

藤・田中、2009)を対象として、記憶認知ゲーム(KNG:聞き返しの可否など多様な条件設定を行っ

た伝言ゲーム)を開発した。その効果として、情報のゆがみ、記憶の不確かさ、エラー防止策を分析

し、医療安全への理解と意欲を高めるなどの効果を報告している。状況ゲームでは、現実に近い状況

を再現して、複数の人や要因が関る中で、物事の流れに即して、エラーの発生を体験するデザインの

ものである。実際の現場に近い複合的な状況で課題を遂行することが課され、自分の判断で自由に動

きながらエラーを体験するものである。エラーやその発見、エラーからの回復につながる行動パター

ンを知り、環境要因や人的要因が複合的に関わっていく課程を体験するゲームを開発している。

 このようにゲームを取り入れた医療安全に関する研究は一部で報告されており、臨床現場の流れの

中に位置づけて学習するものではあるが、チームの協働を学びといった点においては、さらなる開発

が期待されるところである。Davidらは、看護学生を対象としてチームで協働し取り組むことを学ぶ

ための病棟を単位としたシミュレーションゲームを開発し、チームの役割を学ぶことで理論と看護実

践のギャップを埋めるための架け橋となることを報告している(David、2011)。

 これまでの医療安全を推進していくためのプログラム開発に関する研究は、ヒューマンエラーや流

れの中で位置づけて学習できるゲーム、チームの協働を学ぶためのゲームなどそれぞれ独立した概念

での研究が進められてきた。

 そこで、本研究では、これまで行われている多様なプログラムの利点を生かすとともに、医療事故

が流れの中で生じるといった特徴をふまえ、心理教育の技法を応用してゲーミングシミュレーション

を着想した。ゲーミングシミュレーションとは、「ゲーム的側面をもったシミュレーション活動」(新

井ら、1998)である。その効果は、「共通の目標に向かって各種に対話が生まれ、共通の問題に対す

る異なる視点の交換があちこちで発生する」(Duke、1974)といわれている。

本研究では、これまで蓄積されてきたインシデントをもとに、スイスチーズモデルの概念を用いて、

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スイスチーズモデルに基づくヒューマンエラーの発生と防止に関する医療安全教育の予備的試行  山本恵美子

が行われた(天谷、2011;猪俣、2011;久保、2011;山出・千葉、2011)。多重課題は同時に複数の

ことを行うことであり、研修としては優先順位を判断しすばやく対応する訓練を行うことで、多重課

題に対応する能力を培うことを目的として行うものである。複数患者を受け持ち、多様な依頼を同時

に処理し解決するための優先順位の判断は、看護基礎教育で学習する機会が少ないため、初期研修と

して臨床現場で実際に生じる複数課題への対処法を体験できるという点では、リアリティショックを

緩和することに効果があるといえる。

 山出らは、多重課題研修の利点として、新人看護師が自己の傾向を受け止め課題を明確にでき、リ

アリティショックへの緩和効果が期待できると述べている(山出・千葉、2011)。さらに、久保らは、

多重課題研修への参加は新人看護師がお互いの成長を確認する機会となり、新人同士のつながりが生

まれモチベーションアップの効果があると報告している。この多重課題研修の課題として、新人看護

師の気づきを引き出すためのファシリテーター育成をあげている(久保、2011)。同様に多重課題研

修を実施した天谷の報告では、日常多く経験する看護場面のシミュレーション企画が新人看護師には

学習効果があがるのではないかという意見を紹介するとともに、現場のニーズにあったシナリオで実

施することの必要性を指摘し、時代の変化に応じた教育方法の検討が課題であると述べている(天谷、

2011)。

 このように多重課題研修はリアリティショックへの緩和やモチベーションアップの効果が期待でき、

看護実践能力の向上にある一定の効果が認められている。一方で日常の看護場面のシミュレーション

の企画や現場のニーズにあった内容、及び時代の変化に応じた教育方法の検討が課題となっている。

とりわけ、多重課題に対し新人看護師が優先順位を判断できたとしても、先輩看護師に依頼や指示を

正確に出せるかは、権威勾配のある臨床現場において新人看護師にとっては困難な課題であるといえ

る。権威勾配により患者の安全に関する新人看護師の発言が抑制されることは、患者がより危険にさ

らされる結果となる。ゆえに、医療安全教育を推進していくためには、権威勾配を超えて新人看護師

の発言を促進するために、新人看護師が職場における協働の仕方を学ぶための教育的介入が必要と考

える。権威勾配とは、先輩看護師と新人看護師との間に権威による勾配があることで言いたいことが

いえない状況であり、チーム内でのコミュニケーションに支障が生じ、事故の可能性が増加するとい

われている。つまり、新人看護師が、権威に抑圧されることなく、安全に対する気づきの発言を促す

教育が重要となる。

 現在の医療安全教育の考え方として、チームで患者の安全を守ることが重要視されており、多職種

連携が鍵となっている。また、近年の研究報告から一つの重大事故はいくつもの小さな事故が重なり

重大事故に発展するといった報告がなされており、小さなエラーを少なくすることで重大事故を防ぐ

という考え方が主流となっている。

 この小さなエラーが重なり重大事故につながる考え方は、Reason(1994)により、スイスチーズ

モデルで示されている。スイスチーズモデルとは、リスク管理概念の一つで、何枚かのスイスチーズ

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岡山大学大学院社会文化科学研究科紀要第39号 (2015.3)

の穴が重なるがごとく、エラーが発見の機会を次々とすり抜けていくと、重大事故の発生に至るとい

う見方を示すものである。

 このように、過去に生じた医療事故が分析されたことで事故の原因解明は進み、多様な医療安全対

策は進みつつあるが、重大な医療事故が小さなエラーやヒューマンエラーによって引き起こされると

いったプロセスを実際に体験し、これらのエラーを未然に防ぐ具体的な方法を学ぶプログラム開発は

行われていない。また、医療事故発生プロセスにおける、チーム医療としての協働の仕方といった具

体的な研修プログラムは見られない。

 ヒューマンエラーを学習するプログラムとして田中・兵藤らは、心理教育の枠組みでエラー発生を

体験するといった医療安全教育におけるゲーム開発に先駆的に取り組んでいる(田中・兵藤、2008;

田中・兵藤、2010;兵藤・小郷ら、2008;兵藤・田中、2009)。ゲームは緊張や認知的拒否感を生じ

にくく、認知・行動・情緒に及ぶインパクトを持っている特徴があり、これらの特徴を生かして特性

ゲームと状況ゲームを考案している。特性ゲームでは、看護学生や看護教員(田中・兵藤、2008、兵

藤・田中、2009)を対象として、記憶認知ゲーム(KNG:聞き返しの可否など多様な条件設定を行っ

た伝言ゲーム)を開発した。その効果として、情報のゆがみ、記憶の不確かさ、エラー防止策を分析

し、医療安全への理解と意欲を高めるなどの効果を報告している。状況ゲームでは、現実に近い状況

を再現して、複数の人や要因が関る中で、物事の流れに即して、エラーの発生を体験するデザインの

ものである。実際の現場に近い複合的な状況で課題を遂行することが課され、自分の判断で自由に動

きながらエラーを体験するものである。エラーやその発見、エラーからの回復につながる行動パター

ンを知り、環境要因や人的要因が複合的に関わっていく課程を体験するゲームを開発している。

 このようにゲームを取り入れた医療安全に関する研究は一部で報告されており、臨床現場の流れの

中に位置づけて学習するものではあるが、チームの協働を学びといった点においては、さらなる開発

が期待されるところである。Davidらは、看護学生を対象としてチームで協働し取り組むことを学ぶ

ための病棟を単位としたシミュレーションゲームを開発し、チームの役割を学ぶことで理論と看護実

践のギャップを埋めるための架け橋となることを報告している(David、2011)。

 これまでの医療安全を推進していくためのプログラム開発に関する研究は、ヒューマンエラーや流

れの中で位置づけて学習できるゲーム、チームの協働を学ぶためのゲームなどそれぞれ独立した概念

での研究が進められてきた。

 そこで、本研究では、これまで行われている多様なプログラムの利点を生かすとともに、医療事故

が流れの中で生じるといった特徴をふまえ、心理教育の技法を応用してゲーミングシミュレーション

を着想した。ゲーミングシミュレーションとは、「ゲーム的側面をもったシミュレーション活動」(新

井ら、1998)である。その効果は、「共通の目標に向かって各種に対話が生まれ、共通の問題に対す

る異なる視点の交換があちこちで発生する」(Duke、1974)といわれている。

本研究では、これまで蓄積されてきたインシデントをもとに、スイスチーズモデルの概念を用いて、

120

スイスチーズモデルに基づくヒューマンエラーの発生と防止に関する医療安全教育の予備的試行  山本恵美子

が行われた(天谷、2011;猪俣、2011;久保、2011;山出・千葉、2011)。多重課題は同時に複数の

ことを行うことであり、研修としては優先順位を判断しすばやく対応する訓練を行うことで、多重課

題に対応する能力を培うことを目的として行うものである。複数患者を受け持ち、多様な依頼を同時

に処理し解決するための優先順位の判断は、看護基礎教育で学習する機会が少ないため、初期研修と

して臨床現場で実際に生じる複数課題への対処法を体験できるという点では、リアリティショックを

緩和することに効果があるといえる。

 山出らは、多重課題研修の利点として、新人看護師が自己の傾向を受け止め課題を明確にでき、リ

アリティショックへの緩和効果が期待できると述べている(山出・千葉、2011)。さらに、久保らは、

多重課題研修への参加は新人看護師がお互いの成長を確認する機会となり、新人同士のつながりが生

まれモチベーションアップの効果があると報告している。この多重課題研修の課題として、新人看護

師の気づきを引き出すためのファシリテーター育成をあげている(久保、2011)。同様に多重課題研

修を実施した天谷の報告では、日常多く経験する看護場面のシミュレーション企画が新人看護師には

学習効果があがるのではないかという意見を紹介するとともに、現場のニーズにあったシナリオで実

施することの必要性を指摘し、時代の変化に応じた教育方法の検討が課題であると述べている(天谷、

2011)。

 このように多重課題研修はリアリティショックへの緩和やモチベーションアップの効果が期待でき、

看護実践能力の向上にある一定の効果が認められている。一方で日常の看護場面のシミュレーション

の企画や現場のニーズにあった内容、及び時代の変化に応じた教育方法の検討が課題となっている。

とりわけ、多重課題に対し新人看護師が優先順位を判断できたとしても、先輩看護師に依頼や指示を

正確に出せるかは、権威勾配のある臨床現場において新人看護師にとっては困難な課題であるといえ

る。権威勾配により患者の安全に関する新人看護師の発言が抑制されることは、患者がより危険にさ

らされる結果となる。ゆえに、医療安全教育を推進していくためには、権威勾配を超えて新人看護師

の発言を促進するために、新人看護師が職場における協働の仕方を学ぶための教育的介入が必要と考

える。権威勾配とは、先輩看護師と新人看護師との間に権威による勾配があることで言いたいことが

いえない状況であり、チーム内でのコミュニケーションに支障が生じ、事故の可能性が増加するとい

われている。つまり、新人看護師が、権威に抑圧されることなく、安全に対する気づきの発言を促す

教育が重要となる。

 現在の医療安全教育の考え方として、チームで患者の安全を守ることが重要視されており、多職種

連携が鍵となっている。また、近年の研究報告から一つの重大事故はいくつもの小さな事故が重なり

重大事故に発展するといった報告がなされており、小さなエラーを少なくすることで重大事故を防ぐ

という考え方が主流となっている。

 この小さなエラーが重なり重大事故につながる考え方は、Reason(1994)により、スイスチーズ

モデルで示されている。スイスチーズモデルとは、リスク管理概念の一つで、何枚かのスイスチーズ

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岡山大学大学院社会文化科学研究科紀要第39号 (2015.3)

続いて学習者にはゲームの流れをモデルと重ねて振り返るよう促し、さらにどのような対処行動をと

ることができれば、患者の安全を守ることができるかについて講師の助言を、適宜挟みながら討論を

してもらった。

⑴測定の内容

 新人看護師対象:

 ゲーム直後

  ①研修前後の認知的変化:医療安全に関するチェックリスト25項目を自己評定。

  ②ゲーム体験の振り返り:「このゲームで何を学びましたか」と尋ねた自由記述。

  ③「ゲーム体験の興味深さ」を実験者が聞いていくフォーカスインタビュー。

 ゲーム1か月後

  ①研修前後の認知的変化:医療安全に関するチェックリスト25項目を自己評定。

  ②病棟勤務における有用性:「研修はどう役にたちましたか」と尋ねた自由記述。 

 ベテラン看護師対象:

 ゲーム直後

  ①�教育研修への評価:「医療安全教育の手法としてどう有用か」を聞いていくフォーカスインタ

ビュー。

⑵記録の方法

 評定と自由記述は、記録用紙を配布して記入を求めた。インタビューは、事前に許可を得てICレコー

ダーに録音し文字おこしを行った。討論の様子は、実験者自身が研修中および研修後に記したメモを

記録として用いた。

⑶分析

 医療安全に関するチェックリスト25項目についての自己評定は個別に前後の変化を集計した。ゲー

ム体験の振り返りと研修の有用性に関する自由記述、ゲーム体験の興味深さや研修の評価のフォーカ

スインタビューについては内容分析を行った。

4.スイスチーズフロー型ゲーム 

4.1 概略

 模擬環境下で与えられた課題に対して、参加者が自分の思考や解釈の判断に基づいて行動し、その

結果エラーが生じて最終的には事故に至ったり、途中でエラーに気づいて事故が防止されたりする過

程を体験するゲーム。様々なエラー事態を素材とすることで多様な事故の流れを模擬的に体験できる。

4.2 課題場面

 今回はヒューマンエラーの中でも、報告数の多い薬剤取り違え重大事故につながる与薬エラーとし、

新人でも対応可能で遭遇する機会の多い急変事態への対応に焦点を当てた。そして学習者が勤務する

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スイスチーズモデルに基づくヒューマンエラーの発生と防止に関する医療安全教育の予備的試行  山本恵美子

①ヒューマンエラー、②エラー検出の失敗、③患者の急変に遭遇した際の心理的切迫といった事故の

流れを体験するゲーミングシミュレーションを開発し検討するものである。

 ゲーミングシミュレーションの内容は、看護業務において日常のよくある場面から、認知・行動・

情動といった心理学の教育技法を応用して三つの場面を設定し構成した。認知では、ヒューマンエラー

に着目し、過去の事例から危険度の高い静脈注射を取り扱う内容が重要であると判断し選定した。さ

らに、行動では、チームで協働する機会を学ぶ場として、他者に応援を依頼する方法を重要な要素と

して位置づけた。患者に有害事象が生じた時の心理的切迫といった情動のもとで、いかに最小限の有

害事象にとどめることができるかといった方法を学ぶことは、意義あるものであると考えこれらの三

つの事象を設定した。このプログラムの特徴は、失敗が許される場で試行錯誤を行い、エラーをチー

ムで回復するためには、どのような方略や態度・思考が必要であるかを自由にディスカションしなが

ら学べることにある。また、一つの小さなエラーが重大事故に至る流れを体験できるところは、新奇

性の高い取り組みであり意義ある試みである。

2.目 的

 本研究では、スイスチーズモデルに即して、エラーの発生とその検出の失敗による事故発生を模擬

的に体験するゲームとして、「スイスチーズフロー型ゲーム」を考案した。現場のインシデントをこ

のゲームの素材に用い、医療安全教育として試行してその効果を探索した。

3.方 法

3.1 協力者

 ゲーム参加者の抽出は、糖尿病患者を担当する診療科の師長に看護部を通じて依頼した。実験日に

出勤予定者で、本人の了承が得られた新人看護師3名に参加協力を依頼した。全員が4年生看護大学

卒女性で23歳(SD=±0.58)。所属診療科は、Aさんは循環器内科、Bさんは消化器外科、Cさんは消

化器内科。ベテラン看護師3名に、ゲーム実施に際しては助演者として協力してもらい、また研修終

了後には研究プログラムの内容を臨床教育担当者として評価してもらった。ベテラン看護師3名は、

学習者の勤務先の病院で教育・指導、管理的立場にある。Dさんは教育担当師長、Eさんは医療安全

管理担当師長、Fさんは副看護部長である。

3.2 手続き

 模擬環境下でゲームをしてもらうと新人看護師3名に伝え、スイスチーズフロー型ゲームを実施し

た。これは学習者1人ずつが順に課題を与えられ、自由に思考しながら行動し三つの課題に個別に対

応していくものである。学習者は課題を終えるごとに、振り返りとして参加したゲーム体験の感想を

述べ、実施した行動の意図や判断した根拠について意見交換を行った。次に講師が学習者に事故発生

の流れをスイスチーズモデルで説明し、一つのエラーが次のエラーを誘因していることを解説した。

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岡山大学大学院社会文化科学研究科紀要第39号 (2015.3)

続いて学習者にはゲームの流れをモデルと重ねて振り返るよう促し、さらにどのような対処行動をと

ることができれば、患者の安全を守ることができるかについて講師の助言を、適宜挟みながら討論を

してもらった。

⑴測定の内容

 新人看護師対象:

 ゲーム直後

  ①研修前後の認知的変化:医療安全に関するチェックリスト25項目を自己評定。

  ②ゲーム体験の振り返り:「このゲームで何を学びましたか」と尋ねた自由記述。

  ③「ゲーム体験の興味深さ」を実験者が聞いていくフォーカスインタビュー。

 ゲーム1か月後

  ①研修前後の認知的変化:医療安全に関するチェックリスト25項目を自己評定。

  ②病棟勤務における有用性:「研修はどう役にたちましたか」と尋ねた自由記述。 

 ベテラン看護師対象:

 ゲーム直後

  ①�教育研修への評価:「医療安全教育の手法としてどう有用か」を聞いていくフォーカスインタ

ビュー。

⑵記録の方法

 評定と自由記述は、記録用紙を配布して記入を求めた。インタビューは、事前に許可を得てICレコー

ダーに録音し文字おこしを行った。討論の様子は、実験者自身が研修中および研修後に記したメモを

記録として用いた。

⑶分析

 医療安全に関するチェックリスト25項目についての自己評定は個別に前後の変化を集計した。ゲー

ム体験の振り返りと研修の有用性に関する自由記述、ゲーム体験の興味深さや研修の評価のフォーカ

スインタビューについては内容分析を行った。

4.スイスチーズフロー型ゲーム 

4.1 概略

 模擬環境下で与えられた課題に対して、参加者が自分の思考や解釈の判断に基づいて行動し、その

結果エラーが生じて最終的には事故に至ったり、途中でエラーに気づいて事故が防止されたりする過

程を体験するゲーム。様々なエラー事態を素材とすることで多様な事故の流れを模擬的に体験できる。

4.2 課題場面

 今回はヒューマンエラーの中でも、報告数の多い薬剤取り違え重大事故につながる与薬エラーとし、

新人でも対応可能で遭遇する機会の多い急変事態への対応に焦点を当てた。そして学習者が勤務する

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スイスチーズモデルに基づくヒューマンエラーの発生と防止に関する医療安全教育の予備的試行  山本恵美子

①ヒューマンエラー、②エラー検出の失敗、③患者の急変に遭遇した際の心理的切迫といった事故の

流れを体験するゲーミングシミュレーションを開発し検討するものである。

 ゲーミングシミュレーションの内容は、看護業務において日常のよくある場面から、認知・行動・

情動といった心理学の教育技法を応用して三つの場面を設定し構成した。認知では、ヒューマンエラー

に着目し、過去の事例から危険度の高い静脈注射を取り扱う内容が重要であると判断し選定した。さ

らに、行動では、チームで協働する機会を学ぶ場として、他者に応援を依頼する方法を重要な要素と

して位置づけた。患者に有害事象が生じた時の心理的切迫といった情動のもとで、いかに最小限の有

害事象にとどめることができるかといった方法を学ぶことは、意義あるものであると考えこれらの三

つの事象を設定した。このプログラムの特徴は、失敗が許される場で試行錯誤を行い、エラーをチー

ムで回復するためには、どのような方略や態度・思考が必要であるかを自由にディスカションしなが

ら学べることにある。また、一つの小さなエラーが重大事故に至る流れを体験できるところは、新奇

性の高い取り組みであり意義ある試みである。

2.目 的

 本研究では、スイスチーズモデルに即して、エラーの発生とその検出の失敗による事故発生を模擬

的に体験するゲームとして、「スイスチーズフロー型ゲーム」を考案した。現場のインシデントをこ

のゲームの素材に用い、医療安全教育として試行してその効果を探索した。

3.方 法

3.1 協力者

 ゲーム参加者の抽出は、糖尿病患者を担当する診療科の師長に看護部を通じて依頼した。実験日に

出勤予定者で、本人の了承が得られた新人看護師3名に参加協力を依頼した。全員が4年生看護大学

卒女性で23歳(SD=±0.58)。所属診療科は、Aさんは循環器内科、Bさんは消化器外科、Cさんは消

化器内科。ベテラン看護師3名に、ゲーム実施に際しては助演者として協力してもらい、また研修終

了後には研究プログラムの内容を臨床教育担当者として評価してもらった。ベテラン看護師3名は、

学習者の勤務先の病院で教育・指導、管理的立場にある。Dさんは教育担当師長、Eさんは医療安全

管理担当師長、Fさんは副看護部長である。

3.2 手続き

 模擬環境下でゲームをしてもらうと新人看護師3名に伝え、スイスチーズフロー型ゲームを実施し

た。これは学習者1人ずつが順に課題を与えられ、自由に思考しながら行動し三つの課題に個別に対

応していくものである。学習者は課題を終えるごとに、振り返りとして参加したゲーム体験の感想を

述べ、実施した行動の意図や判断した根拠について意見交換を行った。次に講師が学習者に事故発生

の流れをスイスチーズモデルで説明し、一つのエラーが次のエラーを誘因していることを解説した。

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岡山大学大学院社会文化科学研究科紀要第39号 (2015.3)

がる観察の仕方や応援を依頼する具体的な対処行動を行うために、自分の行動を自由に修正して同じ

課題に取り組み、結果や手応えの違いを確かめた。他の学習者は、初回・二回目とも傍らで様子を観

察していた。助演者は傍らでゲームの様子を観察していた。

表2 スイスチーズフロー型ゲームの3つの課題場面の内容

4.4 心理学の教育技法を応用したプログラムの特徴

 心理教育の技法を応用したシミュレーションゲームの方法を使うことから、①認知・行動・情動に

渡る体験ができる、②ゲーム形態なので事故について学ぶ恐怖や拒否感など負の感情を生起させにく

い、③模擬体験の中で試行錯誤を繰り返すことができ、安全な環境で失敗しながら学ぶことができる。

また対象として参加者の勤務先で起きたインシデントから課題場面を設け、職場のメンバーから成る

小集団で実施することから、④現実的で具体的な問題解決に結びつきやすい、⑤実施時とその後にき

め細かい対応が可能で勤務先での部署単位の研修に使える。⑥新人看護師から後輩を迎える先輩看護

師に移行する時期、すなわち勤務一年目の終盤に行うことで、後輩看護師に指導する側に立った時の

始動の要領が予習的に理解できる。

5.結 果

5.1 ゲーム中の学習者の反応

⑴確認場面

 実験の操作性のチェックを行った。その方法は学習者に指示を受けた看護師の様子について、①穏

やかな口調、②急ぐような口調、③威圧的な口調の三つの選択肢からゲーム実施後に選択してもらっ

た結果、設定した条件と学習者の認知は一致していることが確認された。

124

スイスチーズモデルに基づくヒューマンエラーの発生と防止に関する医療安全教育の予備的試行  山本恵美子

病院で実際に起きたインシデントを素材にして、次の三つの課題場面(表1)を設定した。

表1 スイスチーズフロー型ゲームの3つの課題場面の概略

4.3 課題場面の内容

 「①確認場面」では、助演者が上司役で加わった。学習者3名には、上司役の口調について異なる

三つの条件を口頭で説明し課した。新人看護師Aさんは威圧的な口調、新人看護師Bさんは穏やかな

口調、新人看護師Cさんは急ぐような口調の上司役から、指示を与えられた。参加者以外の学習者の

ゲームの様子については、傍らで観察していた。

 「②検証場面」では、権威勾配あり条件・権威勾配なし条件の二つの条件を設定した。権威勾配の

有無を設定したねらいは、安全に関する気づきを発言する機会を権威勾配により抑制された場合、事

故につながることを体験してもらうためである。権威勾配あり条件は、新人看護師1名に上司役2名、

権威勾配なし条件は新人看護師2名に上司役1名でゲームを行った。権威勾配あり条件の上司役は、

威圧的で急ぐようにせかすタイプ、権威勾配なし条件の上司役は穏やかなタイプとして接した。学習

者はいずれか一つの条件を体験した。権威勾配あり・なしの両チームは同時にゲームを開始し、上司

役2名のうち1名は全体の様子を観察した。

 「③急変場面」では学習者3名とも同じ条件でゲームを行った。実施を希望した順に新人看護師B

さん、新人看護師Cさん、新人看護師Aさんの順に課題に取り組み、他の学習者はその様子を観察し

ていた(表2)。

 モデル人形が急変する場面への対処行動について振り返りのディスカッションを行った。その後に

同じゲームを再度同じ順で行った。その際、学習者は振り返りで検討した内容で、患者の安全につな

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岡山大学大学院社会文化科学研究科紀要第39号 (2015.3)

がる観察の仕方や応援を依頼する具体的な対処行動を行うために、自分の行動を自由に修正して同じ

課題に取り組み、結果や手応えの違いを確かめた。他の学習者は、初回・二回目とも傍らで様子を観

察していた。助演者は傍らでゲームの様子を観察していた。

表2 スイスチーズフロー型ゲームの3つの課題場面の内容

4.4 心理学の教育技法を応用したプログラムの特徴

 心理教育の技法を応用したシミュレーションゲームの方法を使うことから、①認知・行動・情動に

渡る体験ができる、②ゲーム形態なので事故について学ぶ恐怖や拒否感など負の感情を生起させにく

い、③模擬体験の中で試行錯誤を繰り返すことができ、安全な環境で失敗しながら学ぶことができる。

また対象として参加者の勤務先で起きたインシデントから課題場面を設け、職場のメンバーから成る

小集団で実施することから、④現実的で具体的な問題解決に結びつきやすい、⑤実施時とその後にき

め細かい対応が可能で勤務先での部署単位の研修に使える。⑥新人看護師から後輩を迎える先輩看護

師に移行する時期、すなわち勤務一年目の終盤に行うことで、後輩看護師に指導する側に立った時の

始動の要領が予習的に理解できる。

5.結 果

5.1 ゲーム中の学習者の反応

⑴確認場面

 実験の操作性のチェックを行った。その方法は学習者に指示を受けた看護師の様子について、①穏

やかな口調、②急ぐような口調、③威圧的な口調の三つの選択肢からゲーム実施後に選択してもらっ

た結果、設定した条件と学習者の認知は一致していることが確認された。

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スイスチーズモデルに基づくヒューマンエラーの発生と防止に関する医療安全教育の予備的試行  山本恵美子

病院で実際に起きたインシデントを素材にして、次の三つの課題場面(表1)を設定した。

表1 スイスチーズフロー型ゲームの3つの課題場面の概略

4.3 課題場面の内容

 「①確認場面」では、助演者が上司役で加わった。学習者3名には、上司役の口調について異なる

三つの条件を口頭で説明し課した。新人看護師Aさんは威圧的な口調、新人看護師Bさんは穏やかな

口調、新人看護師Cさんは急ぐような口調の上司役から、指示を与えられた。参加者以外の学習者の

ゲームの様子については、傍らで観察していた。

 「②検証場面」では、権威勾配あり条件・権威勾配なし条件の二つの条件を設定した。権威勾配の

有無を設定したねらいは、安全に関する気づきを発言する機会を権威勾配により抑制された場合、事

故につながることを体験してもらうためである。権威勾配あり条件は、新人看護師1名に上司役2名、

権威勾配なし条件は新人看護師2名に上司役1名でゲームを行った。権威勾配あり条件の上司役は、

威圧的で急ぐようにせかすタイプ、権威勾配なし条件の上司役は穏やかなタイプとして接した。学習

者はいずれか一つの条件を体験した。権威勾配あり・なしの両チームは同時にゲームを開始し、上司

役2名のうち1名は全体の様子を観察した。

 「③急変場面」では学習者3名とも同じ条件でゲームを行った。実施を希望した順に新人看護師B

さん、新人看護師Cさん、新人看護師Aさんの順に課題に取り組み、他の学習者はその様子を観察し

ていた(表2)。

 モデル人形が急変する場面への対処行動について振り返りのディスカッションを行った。その後に

同じゲームを再度同じ順で行った。その際、学習者は振り返りで検討した内容で、患者の安全につな

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岡山大学大学院社会文化科学研究科紀要第39号 (2015.3)

権威勾配の有無に関わらず新人看護師Aさん、Bさんは、医師の処方内容に疑いを持つことはなく、

いわば自動化されたマニュアル行動としてのチェックは実施している。観察者の新人看護師Cさんも

ゲームの演技者となった新人看護師Aさん、Bさんと同様に、医師の処方内容が誤っていることに気

づかなかったと述べている。新人看護師Aさん、Bさんは、ダブルチェックが終了するまでのすべて

の行程において、医師の指示した処方内容の誤りを指摘することはなかった。観察した上司役のコメ

ントでは、権威勾配ありの条件下では新人看護師が不安になり緊張する様子が語られた。

表4 検証場面における学習者の反応

⑶急変場面

 振りかえりの発言内容の記録から、3名の学習者が状況をどう受け止めて判断したか、課題遂行中

はどのような状態にあったか、課題に対してどのような対応をしたか内容を記録した調査者のメモよ

り抜粋した(表5)。患者の状態を低血糖発作であると、学習者3名全員が的確に判断している。モ

デル人形が急変するなかで、新人看護師Aさんは患者の病状悪化による焦りなどを体験した。新人

看護師�Bさんは優先順位の判断ができなくなるという思考の混乱などを体験した。新人看護師Cさ

んはやろうと思っても思ったようにはできないという行動の滞りなどを体験した。学習者は、マニュ

アルにもとづいた行動どおりに現場を離れることなく応援を呼んでいるが、その際思いつくままの言

葉で情報を流したと感じており、不十分な伝達になったと感じている。そして専門用語を用いた発言

をしたり、重要な情報を整理して発信したりすることはできなかったと述べている。2回目の試行で、

初回に理解したことが確実に実行できたかというと、必ずしもそうではない。情報の優先順位を考え

た伝達は難しかったと感じており、モデル人形の症状を検証して情報を整理することにも困難を感じ

ている。新人看護師Cさんの発言から、「患者の体のいろいろな所を意識して観察することができた。」と

126

スイスチーズモデルに基づくヒューマンエラーの発生と防止に関する医療安全教育の予備的試行  山本恵美子

  � ゲーム中の学習者の反応をみるために、ゲーム中の振り返りに関する自由記述から、3名の学

習者がゲーム事態において状況をどう受け止めて判断したか、課題遂行中はどのような状態に

あったか、課題に対してどのような対応をしたかをゲーム体験の振り返りから、判断・状態・対

応の三視点で抜粋した(表3)。

  � 学習者3名に共通しているのは、とりあえず現場に行って考えようとした姿勢である。異なっ

た反応については以下の通りである。威圧的な口調で指示を受けた新人看護師Aさんは、聞き

返しについては触れる余地はなく直ちに行動している。新人看護師�BさんとCさんは、聞き返

しについて触れており、穏やかな口調の指示を受けた�Bさんは聞き返しができそうであったが

行動には移していない。急ぐような口調で指示を受けた新人看護師Cさんは聞き返しづらい雰囲

気を察知し聞き返すことはなかった。さらに新人看護師Cさんは、ゲーム中に曖昧な情報を明確

にしないままに行動したという自分の対応の仕方が自身で確認でき、それを実際の急変患者の場

合に当てはめたらどうなるかと想像した結果、その場合は患者に危険が及ぶことになるとの認識

を得ている。

表3 確認場面における学習者の反応

⑵検証場面

 振り返りに関する発言内容から、3名の学習者が課題に対して状況をどう受け止め、どのような状

態に陥り、どのような反応をしたかをディスカッションし、内容を記録した調査者のメモより抜粋し

た(表4)。学習者は、マニュアル通りのいわば自動化された方法で、ダブルチェックを実施していた。

権威勾配なし条件の新人看護師Aさんは、ダブルチェックの申し出に対し、優しい応答があったの

で落ち着いてダブルチェックができたと述べている。権威勾配あり条件の新人看護者Bさんは、怖い

という感情と緊張が生じ、早く終えたい思いで焦り、ダブルチェックの遂行に専念したと述べている。

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岡山大学大学院社会文化科学研究科紀要第39号 (2015.3)

権威勾配の有無に関わらず新人看護師Aさん、Bさんは、医師の処方内容に疑いを持つことはなく、

いわば自動化されたマニュアル行動としてのチェックは実施している。観察者の新人看護師Cさんも

ゲームの演技者となった新人看護師Aさん、Bさんと同様に、医師の処方内容が誤っていることに気

づかなかったと述べている。新人看護師Aさん、Bさんは、ダブルチェックが終了するまでのすべて

の行程において、医師の指示した処方内容の誤りを指摘することはなかった。観察した上司役のコメ

ントでは、権威勾配ありの条件下では新人看護師が不安になり緊張する様子が語られた。

表4 検証場面における学習者の反応

⑶急変場面

 振りかえりの発言内容の記録から、3名の学習者が状況をどう受け止めて判断したか、課題遂行中

はどのような状態にあったか、課題に対してどのような対応をしたか内容を記録した調査者のメモよ

り抜粋した(表5)。患者の状態を低血糖発作であると、学習者3名全員が的確に判断している。モ

デル人形が急変するなかで、新人看護師Aさんは患者の病状悪化による焦りなどを体験した。新人

看護師�Bさんは優先順位の判断ができなくなるという思考の混乱などを体験した。新人看護師Cさ

んはやろうと思っても思ったようにはできないという行動の滞りなどを体験した。学習者は、マニュ

アルにもとづいた行動どおりに現場を離れることなく応援を呼んでいるが、その際思いつくままの言

葉で情報を流したと感じており、不十分な伝達になったと感じている。そして専門用語を用いた発言

をしたり、重要な情報を整理して発信したりすることはできなかったと述べている。2回目の試行で、

初回に理解したことが確実に実行できたかというと、必ずしもそうではない。情報の優先順位を考え

た伝達は難しかったと感じており、モデル人形の症状を検証して情報を整理することにも困難を感じ

ている。新人看護師Cさんの発言から、「患者の体のいろいろな所を意識して観察することができた。」と

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スイスチーズモデルに基づくヒューマンエラーの発生と防止に関する医療安全教育の予備的試行  山本恵美子

  � ゲーム中の学習者の反応をみるために、ゲーム中の振り返りに関する自由記述から、3名の学

習者がゲーム事態において状況をどう受け止めて判断したか、課題遂行中はどのような状態に

あったか、課題に対してどのような対応をしたかをゲーム体験の振り返りから、判断・状態・対

応の三視点で抜粋した(表3)。

  � 学習者3名に共通しているのは、とりあえず現場に行って考えようとした姿勢である。異なっ

た反応については以下の通りである。威圧的な口調で指示を受けた新人看護師Aさんは、聞き

返しについては触れる余地はなく直ちに行動している。新人看護師�BさんとCさんは、聞き返

しについて触れており、穏やかな口調の指示を受けた�Bさんは聞き返しができそうであったが

行動には移していない。急ぐような口調で指示を受けた新人看護師Cさんは聞き返しづらい雰囲

気を察知し聞き返すことはなかった。さらに新人看護師Cさんは、ゲーム中に曖昧な情報を明確

にしないままに行動したという自分の対応の仕方が自身で確認でき、それを実際の急変患者の場

合に当てはめたらどうなるかと想像した結果、その場合は患者に危険が及ぶことになるとの認識

を得ている。

表3 確認場面における学習者の反応

⑵検証場面

 振り返りに関する発言内容から、3名の学習者が課題に対して状況をどう受け止め、どのような状

態に陥り、どのような反応をしたかをディスカッションし、内容を記録した調査者のメモより抜粋し

た(表4)。学習者は、マニュアル通りのいわば自動化された方法で、ダブルチェックを実施していた。

権威勾配なし条件の新人看護師Aさんは、ダブルチェックの申し出に対し、優しい応答があったの

で落ち着いてダブルチェックができたと述べている。権威勾配あり条件の新人看護者Bさんは、怖い

という感情と緊張が生じ、早く終えたい思いで焦り、ダブルチェックの遂行に専念したと述べている。

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岡山大学大学院社会文化科学研究科紀要第39号 (2015.3)

表6 ゲーム体験からの学び

5.3 学習者の医医療安全意識の変化

 ゲーム実施後、現実の勤務において「ゲームが役立ったこと」があるかどうか、同じく現実の勤務

で、「権威勾配を乗り越え申し出ることができたか」どうか質問した。1か月後の振り返りに関する

自由記述より抜粋した(表7)。新人看護師Aさんは、役に立つ場面はなかったと回答した。新人看

護師�Bさん、Cさんは、臨床場面において役立ったこととして以下2点を記した。新人看護師�Bさ

んは、後輩への確認場面において、曖昧な指示がインシデントにつながることを想起し、再度の確認

を行うという行動をしている。すなわち、後輩看護師が誤った解釈による行動を防止することに有用

だったと捉えている。新人看護師Cさんは、やさしい口調を意識して指示を出し、他の物品を間違え

て選択しないように、指示の受け手と一緒に移動して物品を確認するという行動をとっていた。つま

り、指示を出す口調により後輩がプレッシャーを感じないように配慮し、共に行動することで正確な

物品選択となり事故防止につながったことが有用であったと捉えている。また、新人看護師Aさん、

Bさんの2名は、権威勾配を感じてはいても、エラーの危険性があると判断した場合には、気がかり

なことを申し出るという行動を行っていた。新人看護師Cさんは、「権威勾配を感じることなく自然

な確認行動ができるようになった」と述べている。このことから、ゲームに参加した3名は権威勾配

を乗り越えて気がかりを申し出る行動をとることができたといえる。

128

スイスチーズモデルに基づくヒューマンエラーの発生と防止に関する医療安全教育の予備的試行  山本恵美子

あり、その症状を意識して観察することで、言語化して相手に伝えるやすくなるといった体験ができ、

観点をもった観察の重要性を学習する機会となっていた。

表5 急変場面における学習者の反応

5.2 ゲーム体験からの学びの認知

 振り返りの記述から、学びに言及した部分に注目し、キーワードを括弧内に付した(表6)。「①確

認場面」では、学習者3名とも“不明点の確認”が必要であり、新人看護師Aさん、Bさんは“解釈の

多様性”、新人看護師Aさんは、さらに“解釈の確認未確認情報の不明瞭性”について述べている。学

習者は、解釈の多様性の体験から、解釈の確認、不明点の確認・質問を行うことを意識することが重

要であると学んだと判断した。新人看護師Cさんは、「医療安全の意識をもつことで、スイスチーズ

の一つ目の穴から塞いでいける鋭い視点や観察力も少しずつ身につけていきたい。」と学習の方向性

について語っている。「②検証場面」では、新人看護師Aさん、Cさんは“自分の点検”、新人看護師�

Bさんは“確認の質問”、“相談の質問”の必要性、新人看護師Cさんは“関係形成”の重要性を述べて

いる。そして、確認の質問や相談するといった行動の必要性と共に、コミュニケーションをとりやす

い関係性の構築が重要であると感じている。「③急変場面」では、新人看護師Aさん、Cさんは、“混

乱の体験”、新人看護師Aさんは“混乱の予想”、新人看護師�Bさんは“体験的気づき”、“自分の反応

の気づき”、新人看護師Cさんは“未熟さの気づき”を得たことで、自己を客観視する機会を得たと考

えられる。また、新人看護師Cさんは、少人数による学習形態は、緻密な学習となり良かったと感じ

ている。

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表6 ゲーム体験からの学び

5.3 学習者の医医療安全意識の変化

 ゲーム実施後、現実の勤務において「ゲームが役立ったこと」があるかどうか、同じく現実の勤務

で、「権威勾配を乗り越え申し出ることができたか」どうか質問した。1か月後の振り返りに関する

自由記述より抜粋した(表7)。新人看護師Aさんは、役に立つ場面はなかったと回答した。新人看

護師�Bさん、Cさんは、臨床場面において役立ったこととして以下2点を記した。新人看護師�Bさ

んは、後輩への確認場面において、曖昧な指示がインシデントにつながることを想起し、再度の確認

を行うという行動をしている。すなわち、後輩看護師が誤った解釈による行動を防止することに有用

だったと捉えている。新人看護師Cさんは、やさしい口調を意識して指示を出し、他の物品を間違え

て選択しないように、指示の受け手と一緒に移動して物品を確認するという行動をとっていた。つま

り、指示を出す口調により後輩がプレッシャーを感じないように配慮し、共に行動することで正確な

物品選択となり事故防止につながったことが有用であったと捉えている。また、新人看護師Aさん、

Bさんの2名は、権威勾配を感じてはいても、エラーの危険性があると判断した場合には、気がかり

なことを申し出るという行動を行っていた。新人看護師Cさんは、「権威勾配を感じることなく自然

な確認行動ができるようになった」と述べている。このことから、ゲームに参加した3名は権威勾配

を乗り越えて気がかりを申し出る行動をとることができたといえる。

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スイスチーズモデルに基づくヒューマンエラーの発生と防止に関する医療安全教育の予備的試行  山本恵美子

あり、その症状を意識して観察することで、言語化して相手に伝えるやすくなるといった体験ができ、

観点をもった観察の重要性を学習する機会となっていた。

表5 急変場面における学習者の反応

5.2 ゲーム体験からの学びの認知

 振り返りの記述から、学びに言及した部分に注目し、キーワードを括弧内に付した(表6)。「①確

認場面」では、学習者3名とも“不明点の確認”が必要であり、新人看護師Aさん、Bさんは“解釈の

多様性”、新人看護師Aさんは、さらに“解釈の確認未確認情報の不明瞭性”について述べている。学

習者は、解釈の多様性の体験から、解釈の確認、不明点の確認・質問を行うことを意識することが重

要であると学んだと判断した。新人看護師Cさんは、「医療安全の意識をもつことで、スイスチーズ

の一つ目の穴から塞いでいける鋭い視点や観察力も少しずつ身につけていきたい。」と学習の方向性

について語っている。「②検証場面」では、新人看護師Aさん、Cさんは“自分の点検”、新人看護師�

Bさんは“確認の質問”、“相談の質問”の必要性、新人看護師Cさんは“関係形成”の重要性を述べて

いる。そして、確認の質問や相談するといった行動の必要性と共に、コミュニケーションをとりやす

い関係性の構築が重要であると感じている。「③急変場面」では、新人看護師Aさん、Cさんは、“混

乱の体験”、新人看護師Aさんは“混乱の予想”、新人看護師�Bさんは“体験的気づき”、“自分の反応

の気づき”、新人看護師Cさんは“未熟さの気づき”を得たことで、自己を客観視する機会を得たと考

えられる。また、新人看護師Cさんは、少人数による学習形態は、緻密な学習となり良かったと感じ

ている。

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岡山大学大学院社会文化科学研究科紀要第39号 (2015.3)

表8 ベテラン看護師からの教育的な効果に関する意見

6.考 察

 本研究では、スイスチーズモデルをモチーフにエラーが防護壁を貫通し重大事故に至るプロセスを

体験できるスイスチーズフロ-モデルとして、新人看護師医療安全教育プログラムを考案しセッショ

ン実験を行った。このセッション実験について、「エラーの再現性」、「認知の起点性」、「学びの姿勢

の獲得」、「権威勾配の体験がもたらす自分基準から患者基準への価値の変換」の4つの視点から考察

する。

<エラーの再現性>

 このスイスチーズフローゲームでは、①課題確認、②課題検証、③患者急変の三つの場面でエラー

が誘発されるように設定されており、一つのエラーが見逃されていけば、やがて重大事故につながる

というスイスチーズモデルの再現体験ができるよう構成されている。「①課題確認」の場面において、

学習者はヒューマンエラーによりエラー誘発が生じた経験を、実際の患者への対応に重ねて想像する

ことで誤った薬の選択が患者に危険を及ぼすことを理解した。「②課題検証」の場面では、検証に失

敗するという体験ができ、自動化したマニュアル作業は危険をはらんでいることを実感できた。「③

130

スイスチーズモデルに基づくヒューマンエラーの発生と防止に関する医療安全教育の予備的試行  山本恵美子

表7 スイスチーズモデル型ゲーム実施1ヶ月後の実践場面における有用性

5.4 ベテラン看護師による教育的効果についての評価

 ゲーム終了後にフォーカスインタビューを実施し、コメントの中からこの研修が臨床場面にどのよ

うに有用か、および学習ニーズとどのように関連しているかを語った部分を抽出した。抽出した内容

を解釈し(�)内に示した(表8)。臨床場面に有効なこととして、教育担当師長Dさんは、次の2点

を挙げている。まず、スイスチーズモデルに即した出来事の流れを体験することで、その意味が理解

できることである。そして、臨床体験と知識とが結びつき体験が統合されることである。医療安全管

理担当師長Eさんは、臨床現場の追体験の有効性を評価している。チームワーク、コミュニケーショ

ンエラーに有用であると指摘し、新人看護師が医師からの指示を解釈する場面を新たな教育課題であ

ると述べている。学習のニーズとの一致点として教育担当師長Dさんは、日常業務を追体験できたこ

と、知識の後付により学びが深まったことを挙げている。新人看護師は、先輩がやっている行動を模

倣して行うが、臨床現場では実際に立ち止まって検証し学習する場がないといえる。これらを学習し

なければいけないニーズがあり、今回の研修がその内容に合致していたと感じている。

 また、ゲーミングシミュレーションの改善点について尋ねたところ、課題場面3の「急変場面」に

おいて、個室か大部屋の環境設定を明確にしてほしいという意見が挙げられた。また、事前にモデル

人形に触れてみる機会を設け、ナースコールなどの小道具を配置し、物品なども先に示しておく方が

わかりやすいという意見が得られた。

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岡山大学大学院社会文化科学研究科紀要第39号 (2015.3)

表8 ベテラン看護師からの教育的な効果に関する意見

6.考 察

 本研究では、スイスチーズモデルをモチーフにエラーが防護壁を貫通し重大事故に至るプロセスを

体験できるスイスチーズフロ-モデルとして、新人看護師医療安全教育プログラムを考案しセッショ

ン実験を行った。このセッション実験について、「エラーの再現性」、「認知の起点性」、「学びの姿勢

の獲得」、「権威勾配の体験がもたらす自分基準から患者基準への価値の変換」の4つの視点から考察

する。

<エラーの再現性>

 このスイスチーズフローゲームでは、①課題確認、②課題検証、③患者急変の三つの場面でエラー

が誘発されるように設定されており、一つのエラーが見逃されていけば、やがて重大事故につながる

というスイスチーズモデルの再現体験ができるよう構成されている。「①課題確認」の場面において、

学習者はヒューマンエラーによりエラー誘発が生じた経験を、実際の患者への対応に重ねて想像する

ことで誤った薬の選択が患者に危険を及ぼすことを理解した。「②課題検証」の場面では、検証に失

敗するという体験ができ、自動化したマニュアル作業は危険をはらんでいることを実感できた。「③

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スイスチーズモデルに基づくヒューマンエラーの発生と防止に関する医療安全教育の予備的試行  山本恵美子

表7 スイスチーズモデル型ゲーム実施1ヶ月後の実践場面における有用性

5.4 ベテラン看護師による教育的効果についての評価

 ゲーム終了後にフォーカスインタビューを実施し、コメントの中からこの研修が臨床場面にどのよ

うに有用か、および学習ニーズとどのように関連しているかを語った部分を抽出した。抽出した内容

を解釈し(�)内に示した(表8)。臨床場面に有効なこととして、教育担当師長Dさんは、次の2点

を挙げている。まず、スイスチーズモデルに即した出来事の流れを体験することで、その意味が理解

できることである。そして、臨床体験と知識とが結びつき体験が統合されることである。医療安全管

理担当師長Eさんは、臨床現場の追体験の有効性を評価している。チームワーク、コミュニケーショ

ンエラーに有用であると指摘し、新人看護師が医師からの指示を解釈する場面を新たな教育課題であ

ると述べている。学習のニーズとの一致点として教育担当師長Dさんは、日常業務を追体験できたこ

と、知識の後付により学びが深まったことを挙げている。新人看護師は、先輩がやっている行動を模

倣して行うが、臨床現場では実際に立ち止まって検証し学習する場がないといえる。これらを学習し

なければいけないニーズがあり、今回の研修がその内容に合致していたと感じている。

 また、ゲーミングシミュレーションの改善点について尋ねたところ、課題場面3の「急変場面」に

おいて、個室か大部屋の環境設定を明確にしてほしいという意見が挙げられた。また、事前にモデル

人形に触れてみる機会を設け、ナースコールなどの小道具を配置し、物品なども先に示しておく方が

わかりやすいという意見が得られた。

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岡山大学大学院社会文化科学研究科紀要第39号 (2015.3)

未熟さへの自覚を促すことにつながった。状況を判断して応援スタッフを呼ぶ体験は、自分がどのよ

うな知識が不足しているかを気づく機会となり、相談し行動することの必要性を学ぶ機会となった。

「①課題場面」では、曖昧指示がもたらす解釈の多様性を体験したが、エラーが誘発される体験を通

じて、鋭い視点や観察力獲得の必要性を学んでいる。この学びは、スイスチーズモデルの1枚目の防

護壁を埋めることが次のエラーを防止することにつながるといった視点を獲得していた。「②検証場

面」では、生じた疑問や気づきは、確認の質問として相談行動に移すことで、相手からの必要性を学

んでいた。「③急変場面」では、混乱の体験から、自分の反応に気づき、知識不足を実感したことで、

自分の未熟さへの気づきをもたらした。これらの一連の学びがもたらしたものは、エラーの起点性に

着目し、エラーが貫通していけば重大事故に発展するといった予見性をもつということである。これ

は今後の学びを発展させていく過程で、試行錯誤し繰り返し学んでいくことで、多様な予見性を獲得

するといった学びの姿勢を確認することにつながっていた。

<権威勾配の体験がもたらす自分基準から患者基準への価値の変換>

 このスイスチーズフローゲームで模擬的な流れから獲得したものは、「認知の起点性」に着目する

ことであり、そこで必要な確認・相談といった行動をとることである。そして、今後の学びを発展さ

せていく過程で、試行錯誤し多様な予見性を獲得するといった学びの姿勢である。これらのエラーの

再現性がもたらす模擬体験、認知の起点への着目、多様な予見性を獲得する学びの姿勢といった一連

の学びがもたらした新たな成果物として、患者の安全を守るための価値基準が、自分基準から患者基

準への価値の変換が生じたと考えられる。「①課題場面」において学習した内容として、不明点や解

釈の確認、質問をしないことは、エラーを誘発すること。「②検証場面」において体験した権威勾配

がもたらす緊張や焦りにより内容を吟味する機会が奪われ、エラー検出に失敗すること。「③急変場面」

において、モデル患者が有害事象に陥り自分自身が不安全行動となった体験は、権威勾配により発言

や行動が抑制された結果、誤薬投与事故となり患者が危険にさらされることを経験する機会となった。

つまり患者が有害事象に陥ることを回避するために、権威勾配を乗り越えて、自分の気づきを発信す

ることが有用であるとし、自分基準から患者基準への価値の変換が生じたと考えられる。

<臨床現場への学びの転移>

 スイスチーズフロー型ゲームによる再現体験からの学びは、臨床場面において認知の起点を見出し、

具体的な行動をとることに成功していた。入職したばかりの後輩に対し指示内容の理解を相手に求め

る確認行動として実践している。また、権威勾配によるプレッシャーを後輩に与えないように配慮し、

物品の選択に誤りが生じないよう共に行動するといった、ヒューマンエラーの誘因を防ぐ実践活動と

して応用している。これらの指示内容の理解を相手に求めるといった確認行動や、権威勾配をさけ

ヒューマンエラーの誘因を避ける関わりは、エラーの防護壁を挿入する行動として実践されており、

本プログラムの効果であることが示唆される。

132

スイスチーズモデルに基づくヒューマンエラーの発生と防止に関する医療安全教育の予備的試行  山本恵美子

患者急変」の場面では、誤った薬が患者に提供されてモデル人形が急変した場面に直面し、学習者は

焦りや緊張を実際に体験し、自身が不安全行動に陥る体験をすることができた。そして、優先順位の

判断が滞り必要な行動が思うようにできないといった認知や行動、情動を体験できていた。このこと

から、学習者は三つの課題場面を通してヒューマンエラーの発生から障壁をすり抜けて有害事象発生

にたどり着くといった一連の流れの経験をしたといえる。すなわち学習者が日常によく体験する場面

を設定したことで、自らの経験と重ね合わせ想起でき、実際の患者においても危険な状況に陥る認識

をもつことができたといえる。また、焦りや緊張といった自身の心理的反応の体験は実際の患者急変

場面の疑似体験となり、自身が不安全行動に陥る体験となったと考える。これらのエラーがすり抜け

て患者が有害事象至るプロセスの体験と、認知、行動、情動といった体験により、自身を客観視する

機会となったことが、実際の事故の発生構造の学習につながっており、これらのことからエラーの再

現性があったと考えられる。研修に関わりながら学習者の様子を観察していた教育担当師長Dさんは、

「エラーが重なり重大事故に発展することを体験して学ぶ機会」になったことと、「スイスチーズモデ

ルの体験により意味の理解が可能となった」ことを、医療安全研修として有用であると評価しており、

本プログラムが新人看護師の教育に妥当であったと考えられる。医療安全管理担当師長Eさんは、曖

昧指示の体験が「コミュニケーションエラー」の学習機会となり、権威勾配を体験できることを通じ

て「チームワークトレーニング」教育にも有用であると評価したことから、チーム医療における協働

を学ぶ場としてある一定の効果があったと考えられる。

<認知の起点性>

 このゲームは、ヒューマンエラー、権威勾配の体験、患者急変によるパニックの3つの課題場面を

通して、自分の認知や情動が不安全行動を促し、一つのエラーが重大事故にたどり着くまでの過程の

体験をもたらすものであった。このゲーム体験から獲得したものは、事故に至る経緯において自分の

認知が起点にあったという「認知の起点性」を模擬的な流れから理解したことである。確認場面の認

知の起ボルドは、曖昧指示により誤った解釈をしたことである。次に検証場面の起点は、マニュアル

の自動化による検証の失敗、権威勾配により生じた焦りや恐怖などの感情は、正確に指示内容を吟味

する作業を阻害するといった認知の起点である。最後の患者急変場面では、緊張しパニックに陥るこ

とで冷静な判断力を失うといった認知の起点である。

 これらの三つの課題場面において、失敗が許される安全な環境のもとで体験し、急変場面において

試行錯誤しながら対応を検討することで、防護壁を埋めるための具体的解決策を導き出すことにつな

がったと考えられる。少人数での体験は、自らの意見や感想を述べるといった発言機会が多く、内容

について検討し具体策を話し合うことにより主体的な参加の場となったといえる。主体的参加により、

実践可能で行動化しやすい防御壁を思考する学習機会となったと考えられる。

<学びの姿勢の獲得>

 一つのエラーが重大事故につながる模擬体験は、「認知の起点性」を理解でき、専門知識の不足や

Page 15: スイスチーズモデルに基づくヒューマンエラーの発 …ousar.lib.okayama-u.ac.jp/files/public/5/53314/...and Prevention of Human Error based on the Swiss Cheese Model

133

岡山大学大学院社会文化科学研究科紀要第39号 (2015.3)

未熟さへの自覚を促すことにつながった。状況を判断して応援スタッフを呼ぶ体験は、自分がどのよ

うな知識が不足しているかを気づく機会となり、相談し行動することの必要性を学ぶ機会となった。

「①課題場面」では、曖昧指示がもたらす解釈の多様性を体験したが、エラーが誘発される体験を通

じて、鋭い視点や観察力獲得の必要性を学んでいる。この学びは、スイスチーズモデルの1枚目の防

護壁を埋めることが次のエラーを防止することにつながるといった視点を獲得していた。「②検証場

面」では、生じた疑問や気づきは、確認の質問として相談行動に移すことで、相手からの必要性を学

んでいた。「③急変場面」では、混乱の体験から、自分の反応に気づき、知識不足を実感したことで、

自分の未熟さへの気づきをもたらした。これらの一連の学びがもたらしたものは、エラーの起点性に

着目し、エラーが貫通していけば重大事故に発展するといった予見性をもつということである。これ

は今後の学びを発展させていく過程で、試行錯誤し繰り返し学んでいくことで、多様な予見性を獲得

するといった学びの姿勢を確認することにつながっていた。

<権威勾配の体験がもたらす自分基準から患者基準への価値の変換>

 このスイスチーズフローゲームで模擬的な流れから獲得したものは、「認知の起点性」に着目する

ことであり、そこで必要な確認・相談といった行動をとることである。そして、今後の学びを発展さ

せていく過程で、試行錯誤し多様な予見性を獲得するといった学びの姿勢である。これらのエラーの

再現性がもたらす模擬体験、認知の起点への着目、多様な予見性を獲得する学びの姿勢といった一連

の学びがもたらした新たな成果物として、患者の安全を守るための価値基準が、自分基準から患者基

準への価値の変換が生じたと考えられる。「①課題場面」において学習した内容として、不明点や解

釈の確認、質問をしないことは、エラーを誘発すること。「②検証場面」において体験した権威勾配

がもたらす緊張や焦りにより内容を吟味する機会が奪われ、エラー検出に失敗すること。「③急変場面」

において、モデル患者が有害事象に陥り自分自身が不安全行動となった体験は、権威勾配により発言

や行動が抑制された結果、誤薬投与事故となり患者が危険にさらされることを経験する機会となった。

つまり患者が有害事象に陥ることを回避するために、権威勾配を乗り越えて、自分の気づきを発信す

ることが有用であるとし、自分基準から患者基準への価値の変換が生じたと考えられる。

<臨床現場への学びの転移>

 スイスチーズフロー型ゲームによる再現体験からの学びは、臨床場面において認知の起点を見出し、

具体的な行動をとることに成功していた。入職したばかりの後輩に対し指示内容の理解を相手に求め

る確認行動として実践している。また、権威勾配によるプレッシャーを後輩に与えないように配慮し、

物品の選択に誤りが生じないよう共に行動するといった、ヒューマンエラーの誘因を防ぐ実践活動と

して応用している。これらの指示内容の理解を相手に求めるといった確認行動や、権威勾配をさけ

ヒューマンエラーの誘因を避ける関わりは、エラーの防護壁を挿入する行動として実践されており、

本プログラムの効果であることが示唆される。

132

スイスチーズモデルに基づくヒューマンエラーの発生と防止に関する医療安全教育の予備的試行  山本恵美子

患者急変」の場面では、誤った薬が患者に提供されてモデル人形が急変した場面に直面し、学習者は

焦りや緊張を実際に体験し、自身が不安全行動に陥る体験をすることができた。そして、優先順位の

判断が滞り必要な行動が思うようにできないといった認知や行動、情動を体験できていた。このこと

から、学習者は三つの課題場面を通してヒューマンエラーの発生から障壁をすり抜けて有害事象発生

にたどり着くといった一連の流れの経験をしたといえる。すなわち学習者が日常によく体験する場面

を設定したことで、自らの経験と重ね合わせ想起でき、実際の患者においても危険な状況に陥る認識

をもつことができたといえる。また、焦りや緊張といった自身の心理的反応の体験は実際の患者急変

場面の疑似体験となり、自身が不安全行動に陥る体験となったと考える。これらのエラーがすり抜け

て患者が有害事象至るプロセスの体験と、認知、行動、情動といった体験により、自身を客観視する

機会となったことが、実際の事故の発生構造の学習につながっており、これらのことからエラーの再

現性があったと考えられる。研修に関わりながら学習者の様子を観察していた教育担当師長Dさんは、

「エラーが重なり重大事故に発展することを体験して学ぶ機会」になったことと、「スイスチーズモデ

ルの体験により意味の理解が可能となった」ことを、医療安全研修として有用であると評価しており、

本プログラムが新人看護師の教育に妥当であったと考えられる。医療安全管理担当師長Eさんは、曖

昧指示の体験が「コミュニケーションエラー」の学習機会となり、権威勾配を体験できることを通じ

て「チームワークトレーニング」教育にも有用であると評価したことから、チーム医療における協働

を学ぶ場としてある一定の効果があったと考えられる。

<認知の起点性>

 このゲームは、ヒューマンエラー、権威勾配の体験、患者急変によるパニックの3つの課題場面を

通して、自分の認知や情動が不安全行動を促し、一つのエラーが重大事故にたどり着くまでの過程の

体験をもたらすものであった。このゲーム体験から獲得したものは、事故に至る経緯において自分の

認知が起点にあったという「認知の起点性」を模擬的な流れから理解したことである。確認場面の認

知の起ボルドは、曖昧指示により誤った解釈をしたことである。次に検証場面の起点は、マニュアル

の自動化による検証の失敗、権威勾配により生じた焦りや恐怖などの感情は、正確に指示内容を吟味

する作業を阻害するといった認知の起点である。最後の患者急変場面では、緊張しパニックに陥るこ

とで冷静な判断力を失うといった認知の起点である。

 これらの三つの課題場面において、失敗が許される安全な環境のもとで体験し、急変場面において

試行錯誤しながら対応を検討することで、防護壁を埋めるための具体的解決策を導き出すことにつな

がったと考えられる。少人数での体験は、自らの意見や感想を述べるといった発言機会が多く、内容

について検討し具体策を話し合うことにより主体的な参加の場となったといえる。主体的参加により、

実践可能で行動化しやすい防御壁を思考する学習機会となったと考えられる。

<学びの姿勢の獲得>

 一つのエラーが重大事故につながる模擬体験は、「認知の起点性」を理解でき、専門知識の不足や

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135

岡山大学大学院社会文化科学研究科紀要第39号 (2015.3)

師のリアリティショックに関する認識の相違.日本看護研究学会雑誌,�30⑴,�109-118.

猪�俣克子.(2011).新人看護職員の多重課題研修の意義とあり方.看護実践の科学,��35⑸,�6-11.

久�保ひろみ.(2011).時間切迫・多重課題演習.看護実践の科学,�36⑸,�18-22.

西�尾亜理砂,�大津廣子.(2012).新人看護職員研修における看護技術の「教えられ方」の現状と課題.

愛知県立大学看護学部紀要,�18,�31-38.

Re�ason,�J.(1997).MANAGING�THE�RISKS�OF�ORGANIZATIONAL�ACCIDENTS./塩見弘 ,�

佐相邦英,�高野研一(訳),�(1999).組織事故―起こるべくして起こる事故からの脱出.日科技連

出版社.

佐�居由美,�松谷美和子,�平林優子,�松崎直子,�村上好恵,�桃井雅子,�高屋尚子,�飯田正子,�寺田麻子,�西野

理英,�佐藤エキ子,�井部俊子.(2007).新卒看護師のリアリティショックの構造と教育プログラム

のあり方.聖路加看護学会誌,�11,1,�100-108.

新�人看護職員に関する検討会 中間まとめ.(2010年12月).参照日:2014年10月30日,�参照先:厚生

労働省:http://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-10800000-Iseikyoku/0000050510.pdf.

新�人看護職員研修ガイドライン.(2011年2月).参照日:2014年10月30日,��参照先:厚生労働省:

http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/2r985200000128o8-att/2r985200000128vp.pdf.

新�人看護職員研修ガイドラインの見直しに関する検討会報告書.(2014年2月24日).参照日:2014年

10月30日 ,�� 参照先:厚生労働省:http://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-10801000-Iseikyoku-

Soumuka/0000037728.pdf.

新�人看護職員研修に関する検討会報告書.(2011年2月14日).参照日:2014年10月30日,�参照先:厚生

労働省:http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/2r985200000128o8-att/2r985200000128vg.pdf.

田�中共子,��兵藤好美.(2008).看護教育における医療安全のゲーミング・シミュレーションの開発�

-教育者の視点からの評価-.第3回医療の質・安全学会.

田�中共子,��兵藤好美.(2010).医療安全のためのゲーミングシミュレーションの開発⑶-看護学生を

対象とした9種の試行-.第5回医療の質・安全学会.

山�出誓子,��千葉美恵子.(2011).多重課題における行動特性.看護実践の科学,�36⑸,�23-29.

134

スイスチーズモデルに基づくヒューマンエラーの発生と防止に関する医療安全教育の予備的試行  山本恵美子

7.結 論

 スイスチーズフロー型ゲームは、日常業務に潜むエラー誘因の事象からエラーが発生し、一つのエ

ラーが見逃されていけば、やがて重大事故につながるという再現体験をもたらすものである。これは、

認知の起点への着目を促し、多様な予見性を獲得する学びの姿勢をもたらすと共に、具体的な解決策

やエラー防止の実践活動といった行動化を示唆するものである。そして、重大事故への進展を回避す

るために権威勾配を乗り越え、自分基準から患者基準への価値の変換を生じさせるものである。それ

ゆえ、この研修が多元的に安全文化の萌芽をもたらす可能性を指摘でき、臨床現場への学びの転移が

期待できる。このことから、スイスチーズフロー型ゲームは、医療安全の機序の理解のみならず、実

践可能で具体的な解決策を導くことができ、安全文化の熟成へと向かう萌芽をもたらすことができる

であろう。

引用文献

天�谷恵美子.(2011).新人看護師対象多重課題シミュレーションの企画.看護実践の科学,�36⑸,�12-

17.

新�井潔,�出口弘,�兼田敏之,�加藤文俊,�中村美枝子.(1988).ゲーミングシミュレーション.日科技連

出版社.

福�田敦子,�花岡澄代,�喜多淳子,�津田紀子,�村田惠子,�矢田眞美子,�中村美優,�鶴田早醒,�松浦正子,�伊藤

佳代了,�古城門靖子.(2004).病院に就職した新卒看護職者のリアリティショックの検討一潜在構

造の分析を通して.神戸大学医学部保健学科紀要,�20,�35-45.

保�健師助産師看護師法及び看護師等の人材確保の促進に関する法律の一部を改正する法律要綱.(2009

年7月23日).参照日:2014年10月30日 ,�参照先:文部科学省:http://www.mext.go.jp/b_menu/

hakusho/nc/attach/1282564.htm.

D�uke,�R.(1974).Gaming:The�future's�language.New�York:Sage�Pu�BliCations./�中村美枝子・

市川新(訳)(2001)ゲーミングシミュレーション―未来との対話―.ASCII.

D�avid,�S.,�Latimer,�K.(2011).�‘The�Ward':A�simulation�game�for�nursing�students.Nurse�Educ�

Pract,�11,�20-25.

兵�藤好美,��田中共子.(2009).医療安全に関するゲーミング・シミュレーション⑵-看護学生を対象

としたKNG(記憶認知ゲーム)の試行-.第73回日本心理学会大会.

兵�藤好美,��小郷恵理佳,��川上麻梨菜,��柏葉香織,��長谷涼子.(2008).医療安全のためのゲーミングシュ

ミレーションの開発⑷-看護学生を対象とした3種の予備的試行-.第5回医療の質・安全学会.

平�賀愛美,��布施淳子.(2007a).就職3カ月時の新卒看護師のリアリティショックの構成因子とその

関連要因の検討.日本看護研究学会雑誌,�30⑴,�97-107.

平�賀愛美,��布施淳子.(2007b).新卒看護師のリアリティショックとプリセプターからみた新卒看護

Page 17: スイスチーズモデルに基づくヒューマンエラーの発 …ousar.lib.okayama-u.ac.jp/files/public/5/53314/...and Prevention of Human Error based on the Swiss Cheese Model

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岡山大学大学院社会文化科学研究科紀要第39号 (2015.3)

師のリアリティショックに関する認識の相違.日本看護研究学会雑誌,�30⑴,�109-118.

猪�俣克子.(2011).新人看護職員の多重課題研修の意義とあり方.看護実践の科学,��35⑸,�6-11.

久�保ひろみ.(2011).時間切迫・多重課題演習.看護実践の科学,�36⑸,�18-22.

西�尾亜理砂,�大津廣子.(2012).新人看護職員研修における看護技術の「教えられ方」の現状と課題.

愛知県立大学看護学部紀要,�18,�31-38.

Re�ason,�J.(1997).MANAGING�THE�RISKS�OF�ORGANIZATIONAL�ACCIDENTS./塩見弘 ,�

佐相邦英,�高野研一(訳),�(1999).組織事故―起こるべくして起こる事故からの脱出.日科技連

出版社.

佐�居由美,�松谷美和子,�平林優子,�松崎直子,�村上好恵,�桃井雅子,�高屋尚子,�飯田正子,�寺田麻子,�西野

理英,�佐藤エキ子,�井部俊子.(2007).新卒看護師のリアリティショックの構造と教育プログラム

のあり方.聖路加看護学会誌,�11,1,�100-108.

新�人看護職員に関する検討会 中間まとめ.(2010年12月).参照日:2014年10月30日,�参照先:厚生

労働省:http://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-10800000-Iseikyoku/0000050510.pdf.

新�人看護職員研修ガイドライン.(2011年2月).参照日:2014年10月30日,��参照先:厚生労働省:

http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/2r985200000128o8-att/2r985200000128vp.pdf.

新�人看護職員研修ガイドラインの見直しに関する検討会報告書.(2014年2月24日).参照日:2014年

10月30日 ,�� 参照先:厚生労働省:http://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-10801000-Iseikyoku-

Soumuka/0000037728.pdf.

新�人看護職員研修に関する検討会報告書.(2011年2月14日).参照日:2014年10月30日,�参照先:厚生

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田�中共子,��兵藤好美.(2008).看護教育における医療安全のゲーミング・シミュレーションの開発�

-教育者の視点からの評価-.第3回医療の質・安全学会.

田�中共子,��兵藤好美.(2010).医療安全のためのゲーミングシミュレーションの開発⑶-看護学生を

対象とした9種の試行-.第5回医療の質・安全学会.

山�出誓子,��千葉美恵子.(2011).多重課題における行動特性.看護実践の科学,�36⑸,�23-29.

134

スイスチーズモデルに基づくヒューマンエラーの発生と防止に関する医療安全教育の予備的試行  山本恵美子

7.結 論

 スイスチーズフロー型ゲームは、日常業務に潜むエラー誘因の事象からエラーが発生し、一つのエ

ラーが見逃されていけば、やがて重大事故につながるという再現体験をもたらすものである。これは、

認知の起点への着目を促し、多様な予見性を獲得する学びの姿勢をもたらすと共に、具体的な解決策

やエラー防止の実践活動といった行動化を示唆するものである。そして、重大事故への進展を回避す

るために権威勾配を乗り越え、自分基準から患者基準への価値の変換を生じさせるものである。それ

ゆえ、この研修が多元的に安全文化の萌芽をもたらす可能性を指摘でき、臨床現場への学びの転移が

期待できる。このことから、スイスチーズフロー型ゲームは、医療安全の機序の理解のみならず、実

践可能で具体的な解決策を導くことができ、安全文化の熟成へと向かう萌芽をもたらすことができる

であろう。

引用文献

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17.

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出版社.

福�田敦子,�花岡澄代,�喜多淳子,�津田紀子,�村田惠子,�矢田眞美子,�中村美優,�鶴田早醒,�松浦正子,�伊藤

佳代了,�古城門靖子.(2004).病院に就職した新卒看護職者のリアリティショックの検討一潜在構

造の分析を通して.神戸大学医学部保健学科紀要,�20,�35-45.

保�健師助産師看護師法及び看護師等の人材確保の促進に関する法律の一部を改正する法律要綱.(2009

年7月23日).参照日:2014年10月30日 ,�参照先:文部科学省:http://www.mext.go.jp/b_menu/

hakusho/nc/attach/1282564.htm.

D�uke,�R.(1974).Gaming:The�future's�language.New�York:Sage�Pu�BliCations./�中村美枝子・

市川新(訳)(2001)ゲーミングシミュレーション―未来との対話―.ASCII.

D�avid,�S.,�Latimer,�K.(2011).�‘The�Ward':A�simulation�game�for�nursing�students.Nurse�Educ�

Pract,�11,�20-25.

兵�藤好美,��田中共子.(2009).医療安全に関するゲーミング・シミュレーション⑵-看護学生を対象

としたKNG(記憶認知ゲーム)の試行-.第73回日本心理学会大会.

兵�藤好美,��小郷恵理佳,��川上麻梨菜,��柏葉香織,��長谷涼子.(2008).医療安全のためのゲーミングシュ

ミレーションの開発⑷-看護学生を対象とした3種の予備的試行-.第5回医療の質・安全学会.

平�賀愛美,��布施淳子.(2007a).就職3カ月時の新卒看護師のリアリティショックの構成因子とその

関連要因の検討.日本看護研究学会雑誌,�30⑴,�97-107.

平�賀愛美,��布施淳子.(2007b).新卒看護師のリアリティショックとプリセプターからみた新卒看護