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スペシャル レポート 燃えないリン酸鉄リチウム電池 LiFePO 4 バッテリの製作と応用― 執 筆 者 大阪電気通信大学 臼田 昭司 うすだ しょうじ:客員教授/客員研究員 工学博士  連絡先:[email protected](http://usuda-lab.info/) コバルト酸リチウムを正極材に用いたコバルト系リチウムイオン電池は,モバイ ル機器を中心に幅広く使用されてきたが,主要材料であるコバルトが高価であるこ とと,熱暴走の危険があるため安全性の観点から車載用途には課題を残している。 これに対して,リン酸鉄リチウムを正極材に用いたリン酸鉄系は,リン(P)と酸素 (O)の結びつきが強く,電池内部で発熱があっても結晶構造が崩壊しにくく熱暴走が 起こりにくい。そのため安全性の高い電池である。加えて,主材料である鉄の原材料 価格はマンガンなどに比べても安価であることから製造コストの低廉化につながる。 近年,自動車・飛行機メーカーから注目を集めている電池の 1 つである。 本稿では,リン酸鉄リチウム電池の材料面から具体的な電池セルの製作例と充放 電評価,電池セルを直列接続して構成した電池モジュールの製作と充放電評価,最 後にインバータと組み合せたランプ負荷試験について説明する。

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スペシャルレポート

燃えないリン酸鉄リチウム電池―�LiFePO4バッテリの製作と応用―

執 筆 者

大阪電気通信大学 臼田 昭司*

*�うすだ しょうじ:客員教授/客員研究員 工学博士 � �連絡先:[email protected](http://usuda-lab.info/)

コバルト酸リチウムを正極材に用いたコバルト系リチウムイオン電池は,モバイル機器を中心に幅広く使用されてきたが,主要材料であるコバルトが高価であることと,熱暴走の危険があるため安全性の観点から車載用途には課題を残している。これに対して,リン酸鉄リチウムを正極材に用いたリン酸鉄系は,リン(P)と酸素

(O)の結びつきが強く,電池内部で発熱があっても結晶構造が崩壊しにくく熱暴走が起こりにくい。そのため安全性の高い電池である。加えて,主材料である鉄の原材料価格はマンガンなどに比べても安価であることから製造コストの低廉化につながる。近年,自動車・飛行機メーカーから注目を集めている電池の1つである。本稿では,リン酸鉄リチウム電池の材料面から具体的な電池セルの製作例と充放

電評価,電池セルを直列接続して構成した電池モジュールの製作と充放電評価,最後にインバータと組み合せたランプ負荷試験について説明する。

32 機 械 設 計

スペシャルレポート

リチウムイオン電池の種類と材料

 リチウムイオン電池は正極材に使用されている材料によって下記のように分類される。 代表的なものとして, ・コバルト酸リチウム(LiCoO2) ・リン酸鉄リチウム(LiFePO4) ・マンガン酸リチウム(LiMn2O4) ・ニッケル酸リチウム(LiNiO2) ・ コバルト酸リチウムの一部をニッケルとマン

ガンで置換した三元系[Li(Ni–Mn–Co)O2]の5種類がある。 各電極材料のリチウム金属に対するポテンシャル(単位:V vs Li/Li+)と電気容量(単位:mAh/g)の関係をまとめたものを図1に示す1)。 LiCoO2は平均電位が3.7 Vで実容量は140 mAh/g(理論容量274 mAh/g,エネルギー 0.518 kWh/kg)であり,負極のグラファイトは電位が0.1 Vで実用容量(ほぼ理論容量に等しい)は372 mAh/g(エネルギー 0.0372~0.0744 kWh/kg)である。一方,LiFePO4 は平均電位が 3.4 V で実容量は150 mAh/g(理論容量 169 mAh/g, エネルギー 0.495 kWh/kg)である。 正極にはできるだけ電位の高い材料を使用し,負極にはできるだけ電位の低い材料を使用するとエネルギー密度を増加させることができる。

LiFePO4バッテリの欠点は,LiCoO2バッテリの定格電圧が3.7 V程度あるのに対して3.2 V程度しかなく,その分エネルギー密度が低いことになる。しかしこの問題は,燃えない電池を優先し,電池モジュールを構成する際の電池セルの組合せ方法などにより解決することができる。 負極材は,炭素系の材料である黒鉛(グラファイトLiC6)が使用される。 電解液はリチウム塩(LiPF6,LiBF4,LiClO4など)を1 mol程度溶解させた有機電解液が用いられる。実際には,誘電率の高いエチレンカーボネートと粘土の低いジアルキルカーボネートの混合溶液に解離性の高いLiPF6塩を溶解させた電解液が多く用いられている。非水溶液系電解質である有機溶媒の材質としては下記の種類がある。 ・エチレンカーボネート(EC) ・プロピレンカーボネート(PC) ・ジメチルカーボネート ・ジエチルカーボネート ・エチルメチルカーボネート(EMC)

リン酸鉄リチウム電池の反応

 リン酸鉄リチウム電池は,充放電に伴いLiイオンがLiFePO4の結晶構造内に吸蔵放出されることで反応が進み,可逆的に使用することができる。この反応はインターカレーション反応といわれる。

5

4

3

2

1

00 200 400 600 800 1000 3800 4000

導電性物質

絶縁性物質

LiMn0.5M0.5O4(スピネル構造の化学組成物)

LiFePO4(オリピンと関連組成物)

Mo6S8(Chevrel化合物)

LiMn2O4(スピネル構造の化学組成物)

Li2.6Co0.4N 窒化物

LiCoO2(層状岩塩構造)LiNiO2(層状岩塩構造)

Cr3O8

V2O5と関連組成物MnO2と関連組成物

グラファイト

SnO(ガラス)CoO,Co3O4(ナノ粒子)

カーボン

Si 合金

Li 金属

電気容量(mAh/g)

ポテンシャル(V vs Li/Li+)

図1 各電極材料のリチウム金属に対する電位と電気容量の関係

33第 62 巻 第 10 号(2018 年 9 月号)

スペシャルレポート燃えないリン酸鉄リチウム電池

 LiFePO4 の充放電曲線の例を図 2に示す。LiFePO4とLiイオンが引き抜かれたFePO4の二相が共存した状態で反応(二相共存反応という)が進み,充放電曲線において平坦な領域ができる。すなわち二相共存反応により充放電曲線にプラトーな特性が得られる。このことは,充電時にLiイオンが100%引き抜かれても酸素の放出がないため,熱暴走が起こらず,さらに結晶構造が安定であるため結晶を崩壊させずに可逆性が保たれることを意味する。 また,LiFePO4とFePO4は両方とも絶縁性物質であるため電子伝導性が低い。このため粒子表面を導電性の高いカーボンで担持したり,粒子形状やサイズを制御することにより電子伝導性を高めている。安永氏ら(2)によるLiFePO4のカーボン担持の断面写真を図3に示す。電気伝導性が低い部

分は暗い像として,伝導性の高い部分は明るい像として観察されている。

リン酸鉄リチウム電池の製作

 ポーチ加工されたアルミラミネート(ポーチセルと称する)を使用したポーチ型リン酸鉄リチウム電池を製作する。製作に使用した正負極の両面塗工電極シートの仕様を表1に示す。正極シートの活物質はLiFePO4,負極シートの活物質はグラファイトである。片面塗工厚みは,正極シートは約80 μm,負極シートは約60 μmである。セパレータ(幅62 cm,厚み25 μm)は長尺巻から長さ150 cmにカットする。タブ付きリードを取り付けた電極シートの完成状態をセパレータとともに図4に示す。 電池セルの製作方法は,正極シートをセパレー

図2 LiFePO4の放電曲線

5

4

3

2

1

00 20 40 60 80 100 120 140 160

容量(mAh/g)

電位(V vs Li/Li+)

充電

放電LiFePO4とFePO4の二相共存反応

図3 LiFePO4のカーボン担持写真

(a)担持前 (b)担持後

7.42 μm

6.08 μm

LiFePO4

Carbon

34 機 械 設 計

スペシャルレポート

タでサンドイッチした状態でその上から負極シートを重ねて巻いていく巻回し方式(Winding方式という)を採用する。セパレータを挟んで正負電極シートを巻き回した状態を電極体と称する。巻回し後の電極体はセパレータを挟んだ両電極の密着性を良くするために,市販のホットプレートとアイロンで挟み込んだ状態でホットプレスを行った。 次に,製作した電極体をポーチセルにセットし,ガスポットを確保した状態で電解液注入口を残すように熱圧着機で封止作業を行った。この後,これを真空グローブボックスに入れ,電解液をメスシリンダで計量し,適量(13 mL)の電解液をセル内に注入する。電解液注入後は注入口をグローボックス内の熱圧着機で封止して完全密閉する。 最後に,充放電評価装置で初期充電を行い,電

池セルとして完成する。初期充電時にセル内部にガスが発生した場合は,再度グローブボックスに入れガスポットをカットしてガス抜きを行う。 巻回し作業からポーチ型電池セルの完成までの一連の流れを図5に示す。 製作したLiFePO4バッテリの充放電評価を行った。充電評価は充電電圧を3.6 V,充電電流を300 mA,400 mAに設定し,放電評価は放電電流を300 mA,400 mA,500 mA,放電終了電圧を2.2 Vに設定した。測定結果の例を図6に示す。放電特性の 2.2 Vまでの経過時間から製作したLiFePO4 バッテリの電池容量を推定すると約1200 mAhが得られる。また,セル製作後1週間放置した後のセル端子電圧と内部抵抗の測定例を表2に示す。

表1 正負電極シートの仕様

正極

長さ(mm) 600

負極

長さ(mm) 640

幅(mm) 60 幅(mm) 60

トータル厚み(μm) 173 トータル厚み(μm) 122

銅箔厚み(μm) 16 銅箔厚み(μm) 9

塗工厚み(μm) 157 塗工厚み(μm) 113

片面塗工厚み(μm) 79 片面塗工厚み(μm) 57

*トータル厚みはマイクロメータによる測定値の平均

タブ付きリード

図4 正負電極シート(上:正極,中:負極)とセパレータ(下,折り曲げた状態)

表2 試作LiFePO4バッテリ・セルの端子電圧と内部抵抗

サンプル A B C D E

端子電圧(V) 3.368 3.409 3.394 3.322 3.407

内部抵抗(Ωm) 124 158 153 147 114

35第 62 巻 第 10 号(2018 年 9 月号)

スペシャルレポート燃えないリン酸鉄リチウム電池

図5 巻回し作業から電池セル完成までの流れ

(a)巻回し作業 (b)ホットプレス

(h)完成した電池セル(ガスポット付き)

ガスポット

(g)電解液注入作業

(e)熱圧着機による封止作業 (f)電解液注入前の電池セル

電解液注入口

(c)ホットプレス前後の電極体

ホットプレス

(d)完成した電極体

36 機 械 設 計

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リン酸鉄リチウム電池のモジュール製作と応用

 ポーチ型リン酸鉄リチウム電池の応用例として,電池セルを4個使用した電池モジュールの製作と,製作した電池モジュールとDC-ACインバータを組み合せたランプ負荷試験について説明する。 市販のポーチ型リン酸鉄リチウム電池(30 Ah,3.2 V,図7)を4個直列に接続した電池モジュールを製作する。使用するリン酸鉄リチウム電池のセル仕様を表3に示す。また,電池モジュールに取

表3 リン酸鉄リチウム電池セルの基本仕様

項目 特性値

公称容量 30 Ah

公称電圧 3.2 V

内部抵抗 1.8 mΩ以下(AC1 kHz)

定格充電電流 30 A(1C)

最大充電電流 60 A(2C)

定格放電電流 30 A

最大連続放電電流 90 A(3C)

最大パルス電流 150 A(150C)

下限電圧 2.0 V

動作温度 充電時 0℃~45℃

放電時 -20℃~55℃

寸法 223 L×161 W×9 H(mm)

重量 640 g

図7 リン酸鉄リチウム電池セル

図6 ポーチ型LiFePO4バッテリ・セルの充放電評価

(a)充電電圧

経過時間(分)

端子電圧(V)

3.65

3.60

3.55

3.50

3.45

3.40

3.35

3.30

3.25

3.200 30 60 90 120 150 180 210 240 270 300 330 360

300mA400mA

(b)充電電流

経過時間(分)

充電電流(mA)

450

400

350

300

250

200

150

100

50

00 30 60 90 120 150 180 210 240 270 300 330 360

300mA400mA

(c)放電特性

経過時間(分)

端子電圧(V)

3.6

3.4

3.2

3.0

2.8

2.6

2.4

2.2

2.00 30 60 90 120 150 180 210 240 270

300mA400mA500mA