素材工学研究彙報 - tohoku university official

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ISSN 1348-4052 ౦େ ݩՊ ڀݚ ڀݚኮใ 66 ר1,2 2010 (22 )12 Bulletin of the Advanced Materials Processing Building, IMRAM Tohoku University (SOZAIKEN IHO) Vol.66, No.1,2 December 2010 Sendai, Japan

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Page 1: 素材工学研究彙報 - Tohoku University Official

ISSN 1348-4052

東 北 大 学

多 元 物 質 科 学 研 究 所

素 材 工 学 研 究 彙 報

第 66巻 第 1,2號2010年 (平成 22年)12月

Bulletin

of the

Advanced Materials Processing Building, IMRAM

Tohoku University

(SOZAIKEN IHO)

Vol.66, No.1,2 December 2010

Sendai, Japan

Page 2: 素材工学研究彙報 - Tohoku University Official
Page 3: 素材工学研究彙報 - Tohoku University Official

i

多 元 物 質 科 学 研 究 所

素材工学研究彙報第 66 巻目 次

報 文

溶鋼脱硫における溶鋼/スラグ/耐火物間の反応モデル ···················· 北村信也 ··················1

添加剤が発泡鉄の気泡形成と組織に及ぼす影響 ································

村上太一大豆生田剛葛西栄輝

·············7

固体鉄/溶融スラグ間での不純物分配平衡 ······································

丸岡伸洋小野慎平柴田浩幸北村信也

·············· 15

硫化物再処理プロセスにおける核分裂生成物の挙動 ··························

佐藤修彰天野祐希桐島 陽

·············· 21

Fe-Mn-Si-Nb 系合金中における脱酸生成物の熱処理による組成および形態の変化

··············

原田晃史柴田浩幸北村信也

·············· 28

資 料

非晶質合金の構造に関する最近の話題:AXS-RMC法を用いたアプローチ

··········································

{杉山和正川又 透早稲田嘉夫

············· 33

木質系バイオマスのガス化と高純度水素製造 ···································

{張其武加納純也齋藤文良

··············· 44

Page 4: 素材工学研究彙報 - Tohoku University Official

ii

CONTENTS

Original Papers

Kinetic Model of Desulfurization Considering the Reactions

between Steel, Slag and Refractory ············································································ 1By Shin-ya Kitamura

Effect of the Additives on the Pore Formation and Microstructure

of Iron Foam ················································································································ 7By Taichi Murakami, Go Omameuda and Eiki Kasai

Equilibrium Distribution of Impurities between Solid Iron and Molten Slag ······15By Nobuhiro Maruoka, Shinpei Ono, Hiroyuki Shibata and Shin-ya Kitamura

Behavior of Fission Products in Sulfide Reprocessing Process ·····························21By Nobuaki Sato,Yuki Amano and Akira Kirishima

Change in Chemical Composition and Morphology of De-oxidation Products

in Fe-Mn-Si-Nb alloy by Heat Treatment ·································································28By Akifumi Harada,Hiroyuki Shibata and Shin-ya Kitamura

Reviews Articles

Recent Topics of the Structural Analysis for Amorphous alloys:

Application of AXS-RMC Analysis ···········································································33By Kazumasa Sugiyama,Toru Kawamata,Yoshio Waseda

Gasification of Renewable Energy Source of Biomass and Production

of High-purity Hydrogen ····························································································44By Qiwu Zhang,Jun-ya Kano,Fumio Saito

“SOZAIKEN” is the abbreviation of SOZAI KOUGAKU KENKYUUTOU(Advanced Materials Processing Building)

SOZAI means ORDINARY and NEW MATERIALS and KEN means RESEARCHINSTITUTE,

Page 5: 素材工学研究彙報 - Tohoku University Official

1

溶鋼脱硫における溶鋼/スラグ/耐火物間の反応モデル

北村信也*1

Kinetic Model of Desulfurization Considering the Reactionsbetween Steel, Slag and Refractory

By Shin-ya Kitamura

The process simulation model for ladle refining process was made. In this model, the reactions between

slag/metal, inclusion/metal and refractory/slag were considered. For the reactions between slag/metal and in-

clusion/metal, the coupled reaction model was applied and the reaction kinetics of Fe,Mn,Si,Ca,Si,Mg,Al,O and

S were taken into account. The activities of oxides were calculated by regular solution model and to calculate

desulfurization, the relation between sulfide capacity with optical basicity was used. For the reaction between

refractory and slag, empirical equation of MgO dissolution rate into slag was used. This model was applied to the

operation of 165 ton scale industrial furnace. The desulfurization behavior, changes in concentrations of various

elements in metal and slag phases were well simulated by the model calculation. In spite of that, the change in

inclusion composition during the treatment cannot be simulated.

(Received on December 10th, 2010)Keywords: ladle refining, kinetic simulation, desulfurization, inclusion composition

1 緒言

LF に代表される取鍋精錬は溶鋼の組成や清浄度を最終的に決定する重要なプロセスであるが,近年,介在物組成の正確な制御や 10ppm以下までの硫黄濃度の低減など,その要求レベルは非常に難しくなっている.取鍋精錬での反応は平衡を仮定して解析されることが多く,FactSage等の計算熱力学ソフトを用いた解析例は非常に多い.しかし,スラグ,介在物,耐火物は,いずれも酸化物でありなが

ら組成は異なっており,介在物組成であってすら均一ではない.このような系で平衡を仮定するのは

無理があり,正確には反応速度を考慮したプロセス解析が必要である.一方、製鋼精錬プロセスでは,

物質移動律速を仮定した反応モデルによる解析が行われることが多い.特に,溶銑脱リンのように,

系の非平衡度が大きく,かつ,多くの成分が同時進行する場合には,競合反応モデル [1]が広く用いらている.これを取鍋精錬プロセスのシミュレーションに応用した例も報告されており,硫黄のスラグ

/メタル間の分配比がスラグの酸化鉄濃度に大きく依存していることを速度論的に論じている [2].しかし,このモデルはスラグとメタル間の反応に限定されている.そこで,本論文では,溶鋼/スラグ

だけでなく,介在物や耐火物との反応までをも考慮したシミュレーションモデルを検討した.

Fig.1 Schematic figure of the reaction

model for desulfurization by ladle furnace.

2 モデルの概要

モデルの概要を Fig.1に示す.本モデルでは,スラグ/溶鋼,スラグ系介在物/溶鋼,スラグ/耐火物間

の反応速度を考慮し,また,脱酸剤添加による脱酸反

応,脱酸生成物とスラグ系介在物の合体,浮上分離も

組み込んだ.考慮した元素は,Fe,Mn,Si,Ca,Si,Mg,Al,O,Sであり,温度は 1823Kで一定とした.

*1 東北大学多元物質科学研究所

Page 6: 素材工学研究彙報 - Tohoku University Official

2 溶鋼脱硫における溶鋼/スラグ/耐火物間の反応モデル 第 66巻 第 1,2号

2.1 スラグ/メタル間反応

スラグ/メタル間は競合反応モデルで解いた.このモデルでは,界面平衡を仮定して二重境膜説で

反応を記述している.例えば M 元素の酸化反応を (1) 式で表した場合,その反応速度は (2) 式となり,また界面平衡は (3)式となる.

[M] + n[O] = (MOn) (1)

JM = (km · ρm/(100MM)){[%M]b − [%M]∗}= (ks · ρs/(100MMOn)){(%MOn)∗L − (%MOn)bL} (2)

EM = (%MOn)∗L/{[%M]∗ · ao∗n} = 100 · C · NMOn · fM · KM/(ρs · γMOn) (3)

ここで,JM は M 元素のモル流束 (mol/(m2 · s)),km, ks はメタル側,スラグ側の物質移動係数

(m/s),ρm, ρs はメタル,スラグの密度 (kg/m3),MM, MMOn はMの原子量,MOn の分子量,aoは酸素活量,Cは液相スラグ中の全モル数,fM はMの活量係数,KM は反応 (1)式の平衡定数,γMOn

はMOn の活量係数であり,上添えの bはバルク濃度,∗は界面濃度を示す.また,下添えの Lはスラグ液相を示すが,ここではスラグ側の濃度はスラグ全体平均濃度ではなく液相中濃度を用いる.[S]に関する反応は (4)式で表されるが,モル流束や界面平衡は同様に記述される.

(CaO) + [S] = (CaS) + [0] (4)

(2),(3)式を各元素で記述し,(5)式の電気的中性条件を入れることで全体のマスバランスを合わせることができる.(2),(3)式から各元素のモル流束を,界面酸素活量を唯一の変数として書き,それを (5)式に代入すれば界面酸素活量が求められる.界面酸素活量が求められれば各元素のモル流束が計算できるため,スラグ,メタルの全成分の変化が計算できることになる.∑

JM = 0 (5)

スラグ/メタル間反応を計算する場合には,スラグ中各成分の活量は正則溶液モデル [3]で計算し,メタル側,スラグ側の物質移動係数は,溶銑脱リンプロセスの解析で導出された,撹拌エネルギー密

度との関係式 [4]を用いた.反応界面積は炉の幾何学的断面積を用いた.また,(4)式の平衡関係は光学的塩基度とサルファイドキャパシティーの関係式で計算した [5].

2.2 スラグ系介在物/溶鋼間の反応

基本的には上記の方法で計算したが,メタル側,スラグ側の物質移動係数は,溶銑脱リンプロセス

の解析時にインジェクションされたフラックス粒子の反応を解析する場合の取り扱い [6]を適用した.反応界面積は介在物直径を 10µmの球と仮定して計算した.

2.3 スラグ/耐火物間の反応

耐火物のスラグへの溶解速度は,(6)~(7)式で表される焼結MgOの溶融スラグへの溶解速度を表す実験式 [7]で計算した.

−drmdt

=kMgO

100ρs

ρr{(%MgO)∗ − (%MgO)} (6)

St × Sc0.644 = 0.0791 × Re−0.30 (7)

ここで,rm は耐火物厚み (m),kMgO はスラグ中MgOの物質移動係数 (m/s), ρs, ρr はスラグ,耐

火物密度 (kg/m3), (%MgO) は溶融スラグ中の MgO 濃度,(%MgO)∗ は飽和 MgO 濃度であり,St

Page 7: 素材工学研究彙報 - Tohoku University Official

平成 22年 12月 北村信也 3

はスタントン数 (= km/u),Reはレイノルズ数 (= d × u/ν),Scはシュミット数 (= ν/D)で,dは代表長さ (m),Dは相互拡散係数 (m2/s),uは代表速度 (m/s),ν は動粘性係数 (m2/s)である.代表長さはスラグと耐火物の接触面積(静止時)の 1/2乗とし,相対速度はガス撹拌時の溶鋼上昇速度を既存の実験式で求め [8],それと等しいと仮定した.

2.4 介在物の生成・合体・浮上

介在物はスラグ系介在物と脱酸生成物を想定した.スラグ系介在物はスラグの一部が巻き込まれて

生成するとし,脱酸生成物は脱酸剤添加時に平衡関係で生成されるとした.脱酸時には物質収支を計

算しながら微量ずつ酸素を低下させ,その度に ∆G(= ∆G0 + RT ln K)を計算して,熱力学的に最も安定な脱酸反応のみが進むとし,すべての反応の ∆Gが正になる時点まで繰り返し計算をした.考慮した脱酸生成物は,MnO-SiO2, CaO-Al2O3, MgO-Al2O3, Al2O3 で複合酸化物中の各成分活量は一定

とした.生成した脱酸生成物は,一体の割合でスラグ系介在物と合体し,一定の割合で浮上分離され

るとし,スラグ系介在物も一定の割合で浮上分離されるとした.

2.5 固相の晶出

スラグやスラグ系介在物は反応により固相が晶出する場合があるため,状態図の情報をプログラムに

組み入れる必要がある.ここでは,すでに Al2O3 濃度毎に描かれている CaO-SiO2-MgO系状態図の

Fig.2 Imaginary laboratory scale experiment

which used to calculate the model.

Fig.3 Confirmation of mass balance for each

element during the model calculation.

1823K での液相線組成を数式化して組み込んだ.尚,将来的には FactSageとのカップリングを考える必要がある.

3 計算結果

3.1 マスバランス

プログラムに瑕疵が無いことを確認するための

計算は,Fig.2 のように 100kg 溶鋼に 1kg のスラグが存在し,1NL/minで Arガスが底吹きされた仮想的実験炉で行った.また,スラグ,メタルとも

反応槽とバルク槽の2槽に分け,一定速度で還流す

るとした.脱酸剤を添加する場合,Fe-Mnや Fe-Siは鉄基合金で密度がスラグより大きいため溶鋼バ

ルク槽に添加されるが,アルミ二ウムは軽いため

溶鋼反応槽に添加されるとした.微量の成分を対

象にするため各元素のマスバランスに瑕疵が無い

ことは重要である.そこで,まず反応を考慮しない

計算を行った.計算に際しての各パラメータの詳

細は省略するが,120s時点で Fe-Mn,Fe-Siと Alを添加して脱酸した.その結果,全元素とも完全に

マスバランスが合っている事を確認した.次いで,

反応を考慮した計算を行ったが,一例を Fig.3に示すように,この場合でもマスバランスには瑕疵は

なかった.

Page 8: 素材工学研究彙報 - Tohoku University Official

4 溶鋼脱硫における溶鋼/スラグ/耐火物間の反応モデル 第 66巻 第 1,2号

3.2 仮想計算

計算条件を以下に記す.

• 溶鋼初期組成;Si=0.2%, Mn=0.5%, Ca=Mg=Al=0.0001%, free O=0.01% で Total O で0.001%相当のスラグ系介在物が存在

• スラグ初期組成;CaO=40%, Al2O3=40%, SiO2=10%, FeO=1%, MnO=1%、MgO=10%• 120s~130sの間で Al=100g,Fe-Si=100g,Fe-Mn=100gを添加

Fig.4 Change in each composition in molten steel after the addition of deoxidizing materials.

Fig.5 Change in each component in slag phase after the

addition of deoxidizing materials.

Fig.4はメタル組成変化を示すが,合金添加後に,Al,Si,Mnが増加し,時間経過とともに Ca,Mg が増加してきている.Fig.5はスラグの組成変化であるが,低級酸化物である SiO2 が低下し,相対的に他

成分濃度が大きくなっている.しかし,ス

ラグから供給される Ca や Mg の量はかなり多く,スラグ中の各成分活量の正確

な見積もりが必要である.

3.3 溶鋼脱硫への適用

溶鋼脱硫で詳細な操業条件や実験結果

が開示されているものは極めて少ないが,

最近,Ironsらが報告している 165トン LFでの操業結果 [2]への適用を試みる.この操業では,操業開始時に生石灰と Alを,18分後に生石灰,Al,炭素と Fe-Mnを,36分後に Fe-Ti(本計算では考慮せず)を添加し,添加後約 6分間は 50Nm3/h,その他の時間は 10Nm3/hの流量で Arガスを底吹きしている.サンプリングは 45分の処理中で 5回行っており,メタル組成,スラグ組成と溶解酸素,温度を測定している.計算では,メタル側物質移動係数を Ironsらが示した撹拌エネルギー密度との関係 [2]で与えたが,他のファクターは仮想計算と同じロジックで規定した.

Page 9: 素材工学研究彙報 - Tohoku University Official

平成 22年 12月 北村信也 5

Fig.6 Comparison of the calculated desulfuriza-

tion behavior with the experimental result.

Fig.7 Comparison of the calculated change in

metal composition with the experimental re-

sult.

Fig.8 Comparison of the calculated change in slag composition with the experimental result.

Fig.9 Change in the composition of slag originated in-

clusion.

結果を脱硫挙動について Fig.6,他のメタル成分変化について Fig.7,スラグ成分について Fig.8 に示すが,非常に良い対応が得られた.Fig.9はスラグ系介在物の組成変化を示すが,Al添加直後は Al2O3

が増え,次第に SiO2 濃度が減って行くも

のの,CaO や MgO の濃度は大きくは変化していない.また,脱酸生成物として

も Al2O3 以外は生成されなかった.実験

では Al2O3 系からMgO-Al2O3 系へと変

化するとされており,この点は一致しな

かった.FactSageなどによるスラグ中の各成分活量の正確な見積もりが必要であ

ると思われる.

Page 10: 素材工学研究彙報 - Tohoku University Official

6 溶鋼脱硫における溶鋼/スラグ/耐火物間の反応モデル 第 66巻 第 1,2号

4 結論

LFに代表される取鍋精錬プロセスのシミュレーションに競合反応モデルを応用し,溶鋼/スラグだけでなく,介在物や耐火物との反応までをも考慮したシミュレーションモデルを検討した.その結果,

165トン LFでの溶鋼脱硫操業に対して,脱硫挙動だけでなく,メタル,スラグ各成分の組成変化を良くシミュレートできた.しかし,介在物の組成変化は報告されている挙動と異なり,さらなる改善が

必要であった.

文 献

[1] S. Ohguchi, D.G.C. Robertson, B. Deo, P. Grieveson and J.H.E. Jeffes: Ironmaking andSteelmaking, 11 (1984), 202

[2] K.J.Graham and G.A.Irons:Proc. of SCANMETIII, MEFOS, Lulea, vol.1 (2008), 385.[3] S.Ban-ya: ISIJ International, 33 (1993), 2.[4] S.Kitamura, T.Kitamura, K.Shibata, Y.Mizukami, S.Mukawa and J.Nakagawa: ISIJ Inter-

national, 31 (1991), 1322.[5] D.J.Sosinsky and I.D.Sommerville: Meta. Trans., 17B (1980), 331.[6] T.Kitamura, K.Shibata, I.Sawada and S.Kitamura: Proceedings of the 6th International Iron

and Steel Congress, (1990), Nagoya, ISIJ, vol.3, 50.[7] 馬越幹男、森克巳、川合保治: 鉄と鋼, 67 (1981), 1726.[8] 沢田郁夫、大橋徹郎: 鉄と鋼, 73 (1987), 669.

Page 11: 素材工学研究彙報 - Tohoku University Official

7

添加剤が発泡鉄の気泡形成と組織に及ぼす影響

村上太一*1,大豆生田剛*2,葛西栄輝*1

Effect of the Additives on the Pore Formation and Microstructureof Iron Foam

By Taichi Murakami, Go Omameuda and Eiki Kasai

Iron-based metal foam has several advantages over aluminum alloy foam, such as high strength and low cost.

However, iron foam does not have high porosity and uniform pore size. It is known that both the decrease in the

interfacial tension between molten iron and pores and the increase in the viscosity of the melt contribute to the

stabilization of pores. The objective of this study is to investigate the effect of the addition of oxide and carbide

powders, which are expected to act as stabilizers, on the porosity and pore size of iron foam. Blended powders

of pure iron, 3.0 mass% graphite, 0.5 mass% Fe2O3, and a certain amount of additives were compacted. The

additives used were Al2O3, SiO2, SiC, Cr2O3, and WO3, whose composition ranged from 0.0 vol% to 5.0 vol%.

The porosity and the average pore size of the iron foam were measured after heating the precursor at 1563 K.

The porosity of iron foam increased by the addition of 2.0 vol% Al2O3 and SiO2 powders to the precursor and

decreased by the addition of 2.0 vol% Cr2O3 and WO3 powders. The addition of SiC led to a great decrease in

the porosity. The addition of Cr2O3 particles to the precursor led to the formation of a Cr2O3 layer on the pore

surface of the iron foam and a change in its microstructure, while most of the added Al2O3 particles rose up to

the top surface of iron foam.

(Received on January 18th, 2011)Keywords: iron foam, reduction gas, foaming agent, porosity

1 緒言

発泡金属および合金は様々なユニークな機械的,熱的特性を持つため,衝撃吸収材や吸音材,断熱

材,軽量構造材料などの用途がある.発泡アルミニウムは,最も良く知られた発泡金属材料であり,

TiH2 の分解反応によって発生する H2 が溶湯を発泡させることにより製造される.高い気孔率を持つ

発泡材が製造可能である.例えば,Miyoshiらは密度が 0.18-0.24g/cm3 で平均気孔径が 4.5mmの発泡アルミニウムの製造について報告している [1].しかし,発泡アルミニウムは高価であり,強度が低いという課題がある.高強度化については合金化による検討がなされている.一方,同じ基幹金属材

料である鉄鋼系の発泡材料についての開発事例は少ない.鉄系発泡体の製造が可能となれば,アルミ

ニウム系よりも安価であり,高強度な発泡体の提供が可能となる.さらに,鉄鋼材料は制振性に優れ

ており,多孔質化することにより優れた制振材料となる可能性もある.

そこで我々は,鉄鋼材料に適用できる新たな発泡鉄製造方法の開発ため,炭材による酸化鉄の還元

時に発生する COおよび CO2 ガスの利用に着目した.鉄と黒鉛,酸化鉄の混合粉体を加熱し,溶融

鉄-炭素合金を生成させ (式 (1)),融液中炭素による酸化鉄の還元反応 (式 (2))を進行させて,発泡体を製造するプロセスである.

Fe(s) + C(s) → Fe-C(l) (1)FeOx(s) + C(l in Fe-C) → Fe(s) + xCO(g) ↑ (2)

これまで,電解鉄,黒鉛,Fe2O3粉末を使用し,溶鉄中炭素による Fe2O3の還元に伴い発生する COおよび CO2 ガスを利用した発泡鉄製造の可能性を確認した [2].しかし,得られる発泡体の気孔率が最大でも 55%程度であった.さらに,気泡の凝集合体により粗大気泡が形成するため,気泡サイズが均

*1 東北大学多元物質科学研究所*2 東北大学大学院環境科学研究科

Page 12: 素材工学研究彙報 - Tohoku University Official

8 添加剤が発泡鉄の気泡形成と組織に及ぼす影響 第 66巻 第 1,2号

一でなく,またその形状がいびつであった.これらは,発泡体の強度低下の大きな要因となるため,材

料化のためには改善が必要である.気泡サイズの均一化および球状化は,アルミニウム系発泡体製造

に関して多くの研究があり,融液の粘性の増大や融液とガスとの界面張力低下が有効な手段であること

が知られている [3].融液の増粘のため,前述の発泡アルミニウムでは金属 Caを添加した後,溶湯を攪拌している [1].他にも,増粘効果と共にコンポジット化による高強度化を狙った Al2O3,SiCなどの添加も検討されている [3,4].また,アルミニウムは融点近傍での平衡酸素分圧がおよそ 10−45Paと非常に低く,溶融アルミニウム表面は非常に酸化されやすい.生成する酸化膜は非常に緻密で膜の成長速

度が遅いため,薄い酸化膜が形成される.これが気泡との界面張力を低下させる要因となっている.鉄

系の場合,このような薄い酸化膜を形成させることは困難であり,別の方法での安定化が必要となる.

そこで,本研究では微細酸化物粒子の添加による発泡鉄の気泡の安定化について,アルミニウム発泡体

と同様にAl2O3, SiO2および SiC,溶融鉄と比較的比重の近い Cr2O3やWO3添加の影響を調査した.

Table 1 Properties of the additives.

Additives Powder diameter(µm) Specific gravity(-)SiO2 < 4 2.20SiC 2 − 3 3.22

Al2O3 < 1 3.96Cr2O3 < 3 5.21WO3 < 1 7.16

Table 2 Chemical composition of the precursors.

Bulk Additives Additive amount(vol%)

Standard(Fe-3.0%C-0.5%Fe2O3)

SiC, SiO2, WO3 2.0Al2O3 0.5, 1.0, 2.0Cr2O3 0.5, 1.0, 2.0, 5.0

2 実験

2.1 発泡用試料(プリカーサ)の

作製

試薬の粒径 150µm 以下の電解鉄粉,

無定形黒鉛粉末,平均粒径 1µm の

Fe2O3 粉末を使用した.黒鉛粉末の平

均粒径は 2µm であった.添加剤には,

Al2O3, SiO2,SiC, Cr2O3, WO3 粉末を使用

した.尚,これらの粒径と比重を Table 1に,走査電子顕微鏡 (SEM)により撮影した各粉末の形状をFig.1に示す.形状に多少の違いはあるが,どの粉末も Table 1に示した粒径とほぼ等しい.以上の粉末を Table 2に示す組成で秤量し,V型混合機を用いて 60rpmで 15分間混合した.添加剤は鉄に対して体積当たり所定量になるように混合した.なお,添加剤を混合していない試料を以降,無添加試

料と記述する.

混合粉末を約 8.2g秤量し,14mmϕのダイスを用いて,一軸両端プレス機により 180MPaで冷間成形

Fig.1 SEM images of Fe2O3 and additives powders.

Page 13: 素材工学研究彙報 - Tohoku University Official

平成 22年 12月 村上太一, 大豆生田剛, 葛西栄輝 9

Fig.2 Experimental apparatus for prepa-

ration of foaming iron samples.

し,高さ約 10mm の圧粉体を得た.その後,加熱中に試料表面の炭素が消費され,試料表面の溶融と試料の溶

融が阻害されるのを防ぐため,圧粉体の上下面及び側面

にカーボンペーストをおよそ 0.1g 塗布し,発泡用試料(以降プリカーサと記述)を得た.

2.2 発泡実験

プリカーサの加熱には,急速昇温が可能な高周波誘導

加熱法を用いた.Fig.2に本装置の模式図を示す.添加した粉末の影響で加熱特性が変化することを防ぐため,

加熱媒体としてプリカーサを内径 14mm,高さ 15mmの鉄チューブを使用した.プリカーサはこの鉄チュー

ブ内に入れた.また,鉄チューブ上面から 4mmの位置に R型熱電対を設置した.高周波加熱装置(最高出力:15kW)のコイル中に内径 41.5mmの石英炉心管を設置した.その管内にアルミナ管(外径 18mm)とアルミナレンガで作製した台座を設置した.これらはプリカーサ

がコイル中央に設置できるように調整した.

プリカーサ設置後,反応管内部を真空引きし,Arガスを流し置換した後,発泡温度である 1563K に 1min で到達するようなプログラムにより加熱した.発泡が開始

し,試料の体積が最大になったと見なされるところで加

熱を中止し,試料内部の温度が 200℃以下になるまで空冷した後,試料を取り出した.同一条件のもと各試料に

ついて発泡体を 5個以上作製した.

2.3 発泡体の評価

得られた発泡体は縦に半分に切断し,樹脂埋め後,鏡面研磨を行い,組織の観察に供した.気孔率

および気泡形状の解析のため,2値化したマクロ組織を用いて,気孔率および気泡径分布を測定した.また,一部試料では,走査電子顕微鏡(SEM)によりミクロ組織の観察と EPMAや EDXによる構成相の組成分析を実施した.さらに試料断面を,ナイタール液 (エタノール 95%+硝酸 5%)によりエッチングし,光学顕微鏡を用いて発泡体の組織観察を行った.

Fig.3 Porosity of the Fe-3.0mass%C-

0.5mass%Fe2O3 precursor with various ad-

ditives.

3 結果および考察

3.1 発泡率に及ぼす影響

添加剤が発泡特性に及ぼす影響を調査するため,無添

加試料 (Fe-3.0mass%C-0.5mass%Fe2O3)およびそれにAl2O3, Cr2O3, SiO2, SiC,およびWO3 粉末を 2.0vol%添加した試料を加熱して,発泡実験を行った.SiC添加以外の各試料の気孔率を Fig.3に示す.無添加試料の気孔率は 49% であり,パイプを用いない既存の方法 [2] と比較して低下している.添加したFe2O3 が全て反応すると仮定すると,発泡温度付近で

Page 14: 素材工学研究彙報 - Tohoku University Official

10 添加剤が発泡鉄の気泡形成と組織に及ぼす影響 第 66巻 第 1,2号

は 0.1MPaで 95mLの COガスが発生する.試料体積は 1.5cm3 程度であるため,気泡体積は気孔率

50%で 0.75cm3 となり,発生したガス全てが残留すると仮定すると 12.7MPaという高圧になる.このことから,パイプによるガスの離脱と膨張が制限されることにより内圧が上昇し,気泡形状の不安

定化を引き起こし,結果的にパイプがない場合よりもガスの離脱を助長した可能性が考えられる.

SiC添加試料の気孔率は Fig.3には示していないが,7.3%と極端に小さくなった.Al合金の場合,SiCは有効な増粘剤として働くことが報告されている [3].一方,Fe融体は Siや Cの溶解度が高いため,下記に示す反応式 (3)によって Siと Cとして Fe融液中に溶解する.また,Siの一部は Fe2O3 を

還元し SiO2 となる.

SiC = Si(in Fe) + C(in Fe) (3)

さらに,溶解した Siは Fe融液の粘性を下げるため [4, 5],発泡ガスは容易に試料外へ離脱する.そのため,発生した気泡だけでなく,加熱前からプリカーサ中に存在していた気泡まで離脱し,初期気

孔率を下回る気孔率が得られたと考えられる.

一方,SiO2やAl2O3添加試料の気孔率は無添加よりも高く,Cr2O3やWO3添加試料では低い.SiC

Fig.4 Cross-sections of iron foams obtained us-

ing the precursor of Fe-3.0mass%C-0.5mass%Fe2O3-

2.0vol% additives.

添加試料を除く 5 種類の試料の断面マクロ組織を Fig.4 に示す.比較的比重の小さく,鉄との濡れ性の悪い SiO2 や Al2O3 添加試料

は,無添加試料に比較して気泡が球状に近く,

またセル壁も割と薄くなっている.なかでも

Al2O3 添加試料の気泡は最も球状を示してお

り,気泡の球状化に対する添加剤の有力な候

補といえる.一方,比重が大きく,濡れ性の

比較的良い傾向のある Cr2O3 や WO3 添加

試料では気泡形状がいびつでセル壁も厚い.

Cr2O3 添加試料は直接加熱時には気孔率が上

昇し,気泡形状にも改善がみられるなど,条

件次第では粘性上昇を期待できる.そのため

Al2O3 と Cr2O3 添加試料に着目し,添加剤が

発泡体の気孔率,気泡形状やミクロ組織に及ぼす影響を検討した.

3.2 Cr2O3 添加が発泡機構に与える影響

Fig.5 Effect of composition of additives on poros-

ity of iron foam obtained using the precursor of

Fe-3.0mass%C-0.5mass%Fe2O3.

Fig.5に Cr2O3 および Al2O3 添加量と気孔率

の関係を示す.Cr2O3 添加試料では添加量が増

加するとともに気孔率は減少した.Fig.6 に 0.5および 5.0vol%Cr2O3 を添加した発泡体の断面

図を示す.0.5vol% 添加試料は,無添加と比較すると気孔率に大きな差はないが,気泡径は減

少し,そのばらつきも小さくなっているだけで

なく,球状化が進んでいる.また気泡数が増加

し,セル壁が無添加試料と比較して薄くなってい

る.このことから,0.5vol%Cr2O3 添加は気泡の

球状化に効果があることが分かった.Cr2O3 添

加量を増加させると試料の膨張が抑制されてお

り,2.0vol%添加試料では試料上部が膨張せずに

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平成 22年 12月 村上太一, 大豆生田剛, 葛西栄輝 11

亀裂が発生している.5.0vol%添加試料には,プリカーサからの形状の変化はほとんど見られず,微細な気泡が,試料内に均一に分散しているが,得られる気孔率は初期値よりも低い.これは過度な増

粘効果もしくは融液生成量の減少による融液の流動性の低下に起因していると考えられる.

そこで,添加した Cr2O3 の存在形態を調査するため,Fig.7 に 1.0 および 5.0vol% 添加した

Fig.6 Cross-sections of iron foams obtained using

the precursor of Fe-3.0mass%C-0.5mass%Fe2O3

with 0.5 and 5.0 vol%Cr2O3.

Fig.7 Back scattered electron images at the cell

wall of the foam obtained using the precursor

of Fe-3.0mass%C-0.5mass%Fe2O3 with 0, 1.0 and

5.0 vol%Cr2O3.

Fig.8 Relation between volume of Cr2O3 layer

and its content added to the precursor.

発泡体の断面ミクロ組織を示す.1.0vol%添加試料の気泡表面には 1~3µm の微細な粒子の層が観察される.この粒子は Fig.1に示した添加前のCr2O3 粒子の形状に酷似している.このことか

ら,添加した Cr2O3 粒子の多くは気泡表面に凝

集して存在していたと推測される.5.0vol%添加した試料でも同様に気泡表面に粒子が観察され

るが,1.0vol%と比較して多くない.しかし,表面と樹脂の間に空隙があり,研磨中にその多くが

離脱したことを示唆している.つまり,発泡後の

試料には 1.0vol%よりも厚い Cr2O3 層があった

と予想される.

この Cr2O3 層に着目し,膜状に凝集した

Cr2O3 量と添加量の関係を Fig.8 に示す.凝集量は,平均気泡径から算出した表面積と気泡数

の積が総気泡表面積であるとして,総気泡表面

積と平均層厚の積から算出した.添加量の増加

とともに膜の厚さが増すため,凝集量が増加し

ている.しかし,点線で示す添加した Cr2O3 の

総体積と比較すると凝集した量は一部である.

添加量の増大と共に一部の Cr2O3 粒子は試料上

部表面へ浮上する.上部に堆積した Cr2O3 粒子

の厚さは気泡表面に凝集した粒子厚さとあまり

変わらない.気泡表面積と比較して試料上部の

面積は非常に小さい.そのため,浮上した粒子

は少量であると推測される.EDX により Cr の元素 Mapping を実施したが,試料融液中へのCr2O3 粒子の残存は確認されなかった.そのた

め,Cr2O3 粒子の分散による増粘効果は発生し

ていない.

一方,Cr2O3/Crの平衡酸素分圧は Crの活量を 1 と仮定すると 1563K で 5.8 × 10−12Pa である.溶解反応が完全には終了しておらずグラ

ファイトが残留しているため,炭素の活量を 1とすると,C/CO で決まる酸素分圧よりもこの酸素分圧は高い.また,1530K において両者は等しくなる.このことは COガスによる Cr2O3 の

還元が進行する可能性を示唆している.さらに,

グラファイトはプリカーサ中で鉄粉のみだけで

なく,Cr2O3 粒子とも接触しており,熱炭素還

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12 添加剤が発泡鉄の気泡形成と組織に及ぼす影響 第 66巻 第 1,2号

元が進行する [6].

Fig.9 Microstructure of iron foam using the pre-

cursor with 0, 0.5, 2.0, and 5.0 vol%Cr2O3.

Fig.10 Analyzed compositions in the matrix of

iron foam and equilibrium compositions calcu-

lated using the software FACTSAGE on the phase

diagram at 1563K. The base composition of pre-

cursor is Fe-3.0mass%C-0.5mass%Fe2O3, and the

additive amount of Cr2O3 is from 0 to 5 vol%.

Cr2O3 が Cにより還元されると,C濃度が低下する.還元された Crは溶融 Fe-C中へと溶解する.これらは,液相線温度を変化させる.結

果として,発泡鉄母相の組成が変化するため,得

られる発泡鉄組織の変化が予想される.そこで,

Fig.9に光学顕微鏡により観察した各発泡体の断面ミクロ組織を示す.無添加材では,初晶オー

ステナイト相の間にリング状のセメンタイトと

オーステナイトの共晶組織が存在する.また,初

晶オーステナイト粒内ではパーライト化が進行

している.このような組織は,典型的な硬くて脆

い白鋳鉄で観察されるレーデブライトである [7].Cr2O3 の添加量が増加するにつれ,共晶組織を

示す面積が減少している.このように組織の変

化からも,母相中の Crや Cの濃度の変化が示唆される.そこで,Cr2O3 添加に伴う,母相中の

組成変化について検討した.

各プリカーサに使用した Cr2O3,Fe,C および Fe2O3 組成において,1563Kで到達する平衡組成を熱力学計算ソフト Factsage [8] で計算した.さらに,Cr2O3 添加量の異なる発泡体の母

相中の C および Cr 組成を EPMA により決定し,熱力学計算ソフト Thermo-Calcにより計算した Fe-Cr-C 系状態図上に平衡計算結果と共にプロットし,Fig.10 に示す.計算の対象とした組成範囲では,Crや Feの酸化物は存在せず,金属中に固溶する.また,COや CO2 などのガス

が共存する.Cr2O3 添加量の増大と共に,母相

の計算組成は低 Cかつ高 Cr側に移動している.結果的に,液相率の減少も計算組成では認められ

る.一方,実測値は分析誤差があるものの,総じ

て平衡値よりも低 Cr かつ高 C 側にわずかにずれている.しかし,その変化の傾向は計算値と一

致する.平衡値からのずれが,気泡界面に膜状に残留した Cr2O3 に対応すると考えられる.そのた

め,Cr2O3 添加は固液比の減少による融液の粘性増加をも引き起こす.

さらに,プリカーサに加えた Cr2O3 の還元は鉄の浸炭による溶融開始前に CO や CO2 ガスの発

生と共に開始する.それゆえ,この発生したガスは融体の発泡に利用することができない.これは,

Cr2O3 添加量の増加が鉄の溶融開始後の発泡ガスの発生に利用する炭素量の減少を意味する.

このことから,Cr2O3 添加によって気泡界面の皮膜形成による気泡の安定化だけでなく,組成の変

化による液相率の減少が構造粘性を増加させ,融液の流動性が低下したことおよび発泡前の炭素の消

費による発泡ガス発生量の減少により,気泡の凝集合体を抑制したと推測できる.結果として,Cr2O3

添加量の増加と共に気泡が微細化され,気孔率が低下したと考えられる.

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平成 22年 12月 村上太一, 大豆生田剛, 葛西栄輝 13

3.3 Al2O3 添加が発泡機構に与える影響

Fig.11 Cross-sections of iron foams obtained using the

precursor of Fe-3.0mass%C-0.5mass%Fe2O3 with various

amount of Al2O3.

Fig.12 Back scattered electron images at the cell wall of

the foam obtained using the precursor of Fe-3.0mass%C-

0.5mass%Fe2O3 with 1.0, 2.0, and 3.0vol%Al2O3.

Fig.13 Back scattered electron images at the upper part

of the foam obtained using the precursor of Fe-3.0mass%C-

0.5mass%Fe2O3 with 1.0 and 3.0vol%Al2O3.

Al2O3 添加試料は Fig.4 に示すように,1.0vol%添加で気孔率は最大となり平均 62.3%,最大で 68.7% と無添加試料に比べて大きな気孔率を示す.さら

なる添加によって気孔率は徐々に減少

する.Al2O3 を 1.0~3.0vol% 添加した試料の断面マクロ組織を Fig.11に示す.2.0vol%添加試料は前述したとおり,その下部に複数の非常に真円度の高い気

泡が形成している.さらにセル壁が非常

に薄いところが試料下部で確認できる.

3.0vol% でも,2.0vol% と同様な球状の気泡が得られたが,その気孔率は低い.

また,試料下方に大きな気泡が形成して

いる.一方,1.0vol%では,周囲に微細な球状の気泡も見られるが,中央部に凝集

した巨大な気泡が観察される.しかし,

この気泡は側面の鉄パイプとすでに接し

ており,パイプによる制約のない自由発

泡がなされた場合は気泡内のガスは試料

外部へと離脱し,気泡は消滅していた可

能性が高い.

Fig.12 に Al2O3 添加試料の断面ミク

ロ組織を示す.各試料とも Cr2O3 の時

と同様に気泡表面に Al2O3 粒子の凝集

が確認できる.また,添加量と共に凝

集量が増加する傾向は認められるが,

Cr2O3 と比較して全体的に少量である.

これは Al2O3 が Cr2O3 よりも比重が小

さく,溶融鉄との濡れ性も悪いため,よ

り多くの粒子が試料上部へ浮上したと考

えられる.実際,実験後の試料上部に多

量の白色粉末の存在が確認された.

そこでFig.13に 1.0および 3.0vol%添加した発泡体上部断面の観察結果を示

す.気泡表面と同様に Al2O3 粒子が観

察され,その量は気泡表面よりも多い.

また,1.0vol%添加試料と比較して,3.0vol%添加試料で大量に凝集している.Cr2O3 添加試料から

も上部への凝集は確認されたが,Al2O3 を同量添加した試料の凝集量の方が明らかに多くなった.

また,Al2O3 添加時についても Cr2O3 と同条件で FACTSAGE による平衡組成計算を行ったが,Al2O3 添加量が増大しても溶融鉄中の炭素濃度には変化がなかった.さらに溶鉄中の Al濃度は非常

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14 添加剤が発泡鉄の気泡形成と組織に及ぼす影響 第 66巻 第 1,2号

に低かった.この結果は,溶鉄中の炭素と Al2O3 との反応は,Cr2O3 とは異なり無視できるほど少な

いことを示している.このことから,Al2O3 添加によって試料上部に Al2O3 粒子が凝集し膜を形成し

たため,発泡ガスの離脱が抑制され,結果的に気孔率が無添加試料よりも高くなったといえる.その

一方で,気泡表面に凝集する Al2O3 粒子は Cr2O3 添加時に比べると少なくなるため,気泡の凝集が

進行しやすくなり,無添加試料と類似した気泡形態をとる.結果的に,Al2O3 粒子は発泡鉄製造の添

加剤としては適さないといえる.

4 結言

酸化鉄の還元反応を利用した発泡鉄の製造に添加剤が及ぼす影響を調査し,発泡挙動の解明や気泡

形状均一化の検討を行い,以下の結論を得た.

1. Al2O3,Cr2O3,SiO2,SiC,およびWO3 粉末を添加した発泡実験により,Al2O3 および SiO2添加試料は気孔率が増加し球状の気泡を得ることができ,Cr2O3 およびWO3 添加試料は気孔

率が減少し,気泡の形状もいびつになった.一方,SiCは鉄中に溶融し粘性を大きく下げたため,気孔率の大幅減少を引き起こした.

2. Cr2O3 添加試料では,添加量の増大と共に気孔率は 2.0vol%までは徐々に,それ以上は急激に減少した.添加した Cr2O3 粒子は一部,気泡表面に凝集し膜を形成することで気泡の安定化を

促進させ,また一部は直接還元が進行し,黒鉛を消費するため融液の液相率低下を引き起こす.

0.5vol%添加試料は,後者の影響が比較的小さく,無添加と比較すると気孔率に大きな差はないが,前者の影響により気泡径は減少し,そのばらつきも小さくなっているだけでなく,球状

化が進んだ.また気泡数が増加し,セル壁が増粘剤無添加試料と比較して薄くなった.このこ

とから,Cr2O3 添加の効果は気泡表面の安定化と組成変化による液相率減少によるものと考え

られる.

3. Al2O3 添加試料では 1.0vol%添加で気孔率は最大となり無添加試料に比べて大きな気孔率を示した.さらなる添加によって気孔率は徐々に減少した.添加した Al2O3 粒子は,一部 Cr2O3

粒子と同様に気泡表面に凝集するがその量は少なく,その多くは試料上部に浮上する.その結

果,ガスの離脱を抑制し気孔率は上昇するが,気泡の成長過程にはほとんど影響を与えず,気

泡の巨大化を促した.

文 献

[1] T. Miyoshi, M. Itoh, S. Akiyama, A. Kitahara: Adv. Eng. Mat., 2 (2000), 179.[2] T. Murakami, K. Ohara, T. Narushima and C. Ouchi: Mater. Trans., 48 (2007), 2937.[3] S. Esmaeelzadeh, A. Simichi, D. Lehmhus : Porous Metals and Metal Foaming Technology,

ed. by H. Nakajima, N. Kanetake, (2005) 101. The Japan Institute of Metals.[4] 川合 保治,辻 正宣,金本 通隆: 鉄と鋼, 60 (1974), 38.[5] Y. Sato, Y. Kameda, T. Nagasawa, T. Sakamoto, S. Moriguchi, T. Yamamura, Y. Waseda:

Crystal Growth, 249 (2003), 404.[6] 奥村 圭二,杉村 朋子,桑原 守,佐野 正道: 鉄と鋼, 90 (2004), 992.[7] K. Matsuda and T. Fukui: J. Soc. Mat. Sci., 22 (1973), 323.[8] C. W. Bale, P. Chartrand, S. A. Degtrev, G. Eriksson, K. Hack, R. B. Mahfoud, J. Melancon,

A. D. Pelton and S. Petersen: Calphad, 26 (2002), 189.

Page 19: 素材工学研究彙報 - Tohoku University Official

15

固体鉄/溶融スラグ間での不純物分配平衡

丸岡伸洋*1, 小野慎平*2, 柴田浩幸*1, 北村信也*1

Equilibrium Distribution of Impurities between Solid Iron andMolten Slag

By Nobuhiro Maruoka, Shinpei Ono, Hiroyuki Shibata

and Shin-ya Kitamura

In the conventional iron making process, oxygen potential in the hearth of blast furnace is determined only by

temperature due to carbon saturated condition. In consequence, impurities such as phosphorous are reduced and

existed in iron phase due to excessively low oxygen partial pressure. Oxygen partial pressure can be controlled

by using gas reductant such as hydrogen and carbon monoxide. In this condition, solid iron is obtained due

to not carbon saturated condition. In this study, equilibrium distribution of impurities between solid iron and

molten oxide was simulated and investigated experimentally at 1350 C̊. The experimental results showed that the

phosphorous content in solid iron is enough low under the experimental condition.

(Received on February 7th, 2011)Keywords: prosperous, steelmaking, thermodynamic

1 緒言

現行の高転炉法による鉄鋼生産では,高炉で鉄鉱石を還元し,溶銑予備処理,転炉,2次精錬などでSi,P,Sなどの不純物元素を除去する分業体制である.その中で高炉による還元プロセスの炉床は炭素飽和であるため酸素ポテンシャルが低すぎ,P や Si などの不純物元素までもが還元され鉄に混入する.これに対し水素還元では酸素ポテンシャルを高く制御可能で,不純物含有量の少ない鉄を直接製

造出来る可能性がある.炭素飽和鉄でないためその融点は高く固体鉄が得られるが,固体鉄への不純

物元素の分配挙動は明確でない.

現在までメタル-スラグ間の不純物元素の平衡分配におよぼすスラグ組成,酸素分圧の影響は数多

く検討されてきたが,その多くは製鋼プロセスのスラグ組成,酸素分圧近傍の検討である.そこでは

各種モデル [1–3]が提案されており,本研究の検討対象である固体鉄生成領域への外挿の可否の確認が必要である.酸化物溶融還元は国内外問わず古くから数多く検討されており,国内を代表とする

DIOSプロセス [4]では,生産性確保のため温度を高くせざるをえなかった.一方,水素の還元速度は一酸化炭素よりも速いことが知られており [5],低温でも十分な生産性を確保できる可能性がある.プロセスの低温化は投入エネルギーの削減,耐火物溶損抑制の点で有利である.溶融酸化物を還元し溶

鉄を得る際の反応速度に関する検討は多く報告されているが,低温で還元し固体鉄を生成させる際の

不純物元素の還元挙動に関する検討はほとんどなされていない.そこで本研究では溶融酸化物からの

固体鉄析出時の Pのメタル–スラグ間分配を測定し,不純物の少ない鉄を得られるスラグ組成,酸素分圧などの条件を調査した.

2 熱力学的検討

実験的検討に先立ち熱力学的検討を行った.鉄鉱石脈石分に CaOおよび酸素分圧と平衡する FeOを添加し,P2O5 が 5.0mass%となる組成を選択し,各元素の酸化反応の平衡酸素分圧と温度の関係

*1 東北大学多元物質科学研究所*2 東北大学大学院工学研究科(現在 住友金属工業株式会社)

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16 固体鉄/溶融スラグ間での不純物分配平衡 第 66巻 第 1,2号

を求めた.このスラグ組成における正則溶体モデルでの各成分の活量を算出し,式 (1)~(5)に示す平衡式から各元素の平衡と酸素分圧の関係を求めた.

FeO(1) = Fe(s) + 1/2O2(g) ∆G0 = 218608 − 37.43T (1)

H2(g) + 1/2O2(g) = 2H2O(g) ∆G0 = 493070 + 109.78T (2)

2P(s) + 5/2O2(g) = P2O5(1) ∆G0 = −1211546 + 448.26T (3)

Si(s) + O2(g) = SiO2(1) ∆G0 = −811540 + 212.55T (4)

C(s) + O2(g) = 2CO(g) ∆G0 = −221840 − 178.01T (5)

1300 1400 1500 1600

-16

-14

-12

-10

1900 2000 2100

Temperature [ ]

Temperature [ K ]

Lo

g P

O2 [

atm

]

Fe H2

P

Si C

Fig.1 Potential diagram.

計算において H2O/H2 比は 0.2,P2O5

の活量は 6.8 × 10−17,その他酸化物の活

量は正則溶液モデルで計算し,P,Si の活量 0.05,0.01 [6] とした.その結果をFig.1に示す.上部にある元素ほど還元されやすいため.炉床は炭素飽和で,その

酸素分圧は温度により決まる.1570 C̊の酸素分圧は約 10−16atm で,鉄鉱石中のP,Mn,Si は還元され溶銑中に不純物として存在することが分かる.一方,水素還

元下では固体炭素が存在しないため任意

の酸素分圧に制御可能で,Fe/FeO平衡線と P/P2O5 平衡線の中間の酸素分圧に制

御でき,P や Si を還元せずに Fe のみ還元できる可能性がある.その酸素分圧は

1350 C̊で PO2 = 10−12 ∼ 10−11.5 である.

3 P分析の検討

本研究を遂行するにあたり,Pの微量定量分析が必要である.一般的に P分析はモリブデン錯体を用いた吸光光度法が用いられるが,温度,保持時間,作業者のスキル,共存イオン(特に鉄)が大き

く影響し,取り扱いには注意が必要である.本研究では ICP-AESで P分析を行った.ICP-AESは他元素同時分析可能な測定機器であるが,P の感度は著しく小さい.Table 1 に P 含有鉄 0.5g を酸溶解して 50mLに調整した時の溶液中 P濃度を示す.鉄中 P濃度 0.01%を分析するためには溶液中1ppmの分析感度が必要で,その際の溶液中鉄濃度は 10000ppmに達することがわかる.

Table 1 Content of Fe and P when 0.5g of iron sample dissolves into 50mL solution.

P content in metal Content in 50mL solution

[ % ] [ppm] P[ppm] Fe[ppm]

1 10000 100 100000.1 1000 10 10000

0.01 100 1 100000.001 10 0.1 10000

Page 21: 素材工学研究彙報 - Tohoku University Official

平成 22年 12月 丸岡伸洋, 小野慎平, 柴田浩幸, 北村信也 17

Fig.2に通常の方法で測定した Pの ICP-AESスペクトルを示す.ピークは検出できているものの10ppmで約 700countとピーク高さは低く,定量性は悪い.そこで超音波ネブライザーおよびスペクトルスキャニングメソッドを用いて感度向上を試みた.通常のネブライザーは細管から噴霧した溶液

をアルゴン気流でプラズマに導入するのに対し,超音波ネブライザーは溶液を超音波発振子により霧

化し,アルゴン気流でプラズマに導入する.この方法によりプラズマに到達する溶液量が増加する.

測定結果を Fig.3に示す.1ppmあたり 4000countと十分な強度を示した.実際のサンプルには高濃度の Fe が含まれる.Fe を 1000ppm 含む溶液のスペクトルを Fig.4 に示す.Pの波長の前後に Feの巨大なピークが存在するが 0.5ppm程度の Pのピークは判別可能である.Fig.5に Pを 5ppm含む溶液の Feを 800,1000,1200ppmと変化させた試料のスペクトルを示す.鉄濃度が高いほど前後の Feピークは大きくなり,それに伴い Pピークのベースライン高さが変化した.これらの試料の P分析結果を Fig.6に示す.分析に用いた標準試料にも Feを 1000ppm添加した.鉄濃度により P濃度は変化した.つまり,正確な分析のためには試料,標準物質の Fe濃度を正確に一致させる必要があることがわかる.しかしながら,実験の都合上分析試料重量を正確に一致さえる

10ppm-P

5ppm-P

1ppm-P

Fig.2 ICP-AES spectrum of 10ppm-P (normal

mode).

Fig.3 ICP-AES spectrum of P (Ultra sonic

nebulizer, spectrum scanning method).

1ppm-P

0.5ppm-P

ppm-P

1000ppm-Fe

5ppm-P 1000ppm-Fe

800, 1000, 1200ppm-Fe

5ppm-P

Fig.4 ICP-AES spectrum of P including

1000ppm-Fe.

Fig.5 Influence of iron on the spectrum of P.

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18 固体鉄/溶融スラグ間での不純物分配平衡 第 66巻 第 1,2号

Table 2 Analysis of JIS standard samples.

P conc.(%)

JIS Certificate Analysis155-15 0.0016 0.0020233-1 0.0069 0.0063

600 800 1000 1200 1400

4.6

4.8

5

5.2

5.4

Fe content [ ppm ]

Analy

sis

valu

e o

f P

[ p

pm

]Fig.6 Influence of Fe content on the analytical value of P.

ことはむずかしく,さらに試料には Fe以外の元素も含まれており,それらの含有量でも Fe濃度は変化する.

次に Fe の影響を除くために有機溶媒(MIBK)で試料溶液中から Fe を取り除いた.その結果 Feのピークは消え,Fig.3と同様な Pのみのスペクトルが得られた.この方法を用いて日本鉄鋼標準物質を分析した結果を Table 2 に示す.分析値は認証値と近い値で,概ね良好な分析結果が得られた.従って本研究では Fe試料を酸溶解後,MIBKで Fe除去し,超音波ネブライザー仕様の ICP-AESで分析することとした.なお本手法は Cuを含む試料の場合強い干渉を受けるため適用できない.

4 平衡実験

Heater

Thermocouple

Water-cooled cap

Water-cooled cap

Pedestal Al2O3

Iron pipe

HB tube

HB tube

Iron foil

Exhaust gas

CO/CO2 or

H2/H2O gas

MgO crucible

Fig.7 Schematic diagram of experimental apparatus.

4.1 実験装置および手順

本研究では固体鉄–溶融スラグ間の不純物元素分配を測定した.溶融スラグを還

元して固相の鉄を得た場合,スラグ中に

鉄が分散することが予想され,分散した鉄

を分離回収後分析するのは非常に困難で

ある.そこで本研究では Jeoungkiu ら [7]や伊藤ら [8] を参考にした手法を用いて平衡試験を行った.実験装置図を Fig.7 に示す.まずスラグを模擬した組成の酸化物

試薬を MgO るつぼに入れ,1350 C̊ に保持した縦型管状抵抗炉で溶融する.次に

固体鉄箔片(0.1mm × 25mm × 30mm)を溶融酸化物に浸漬させ,一定時間保持後

取り出し急冷した.雰囲気は CO/CO2 混

合ガスで PO2 = 10−13.5 ∼ 10−12atm に制

御した.スラグは鉄鉱石脈石分に塩基度

%CaO/%SiO2(C/S) = 0.5, 1.0, および 1.2となる量の CaO および酸素分圧と平衡する FeO を添加し,P2O5 が 5.0mass% となる組成を選択した.得られた鉄試料の表面に付着したスラグをダイヤモンドリューターで研削除去後,酸溶解し

Page 23: 素材工学研究彙報 - Tohoku University Official

平成 22年 12月 丸岡伸洋, 小野慎平, 柴田浩幸, 北村信也 19

MIBKで鉄分離後,超音波ネブライザー仕様

0 10 20 30 40 501

5

10

50

100

Time [ hour ]

Lo

g L

P [

- ]

Fig.8 Time required to reach steady state of P

distribution.

-14 -13 -12100

101

102

103

log PO2

LP [

-] C/S=0.5 C/S=1.0 C/S=1.2

Fig.9 Relation between oxygen partial pressure

and distribution ratio of phosphorous.

ICP-AES で P 分析した.スラグ試料は微粉砕し,臭素メタノールで金属 Feを除去後酸溶解し,SiO2 は重量法,その他の元素は ICP-AES で分析した.

4.2 結果

平衡到達時間を決定するため P 分配比 LP の

経時変化を測定した.ここで P 分配比とは鉄中の P 濃度 [%P] とスラグ中の P 濃度 (%P) の比であり,次式で表される.

LP =(%P )[%P ]

= 0.44(%P2O5)

[%P ](6)

塩基度 C/S=0.5 のスラグに固体鉄を接触させ1350 C̊,PO2 = 10−12atmの炉内で 1 ∼ 40時間保持した.LP の経時変化を Fig.8に示す.実験前の固体鉄は P を含有しないため,保持時間が短い試料の LP は大きな値を示した.時間とと

もにスラグ中 P が固体鉄中に移動したため分配比は減少し,約 20時間で LP は一定値に達した.

この結果より本研究では平衡到達時間を 20時間とし,以降の実験を行った.

P分配比 LP への酸素分圧の影響を Fig.9に示す.酸素分圧が高いほど,また C/S が大きいほど LP は大きい値を示した.

スラグ中 FeO濃度と LP の関係を Fig.10に示

10 20 30

100

200

300

400

%FeO [%]

LP [

-]

C/S=0.5 C/S=1.0 C/S=1.2

0 10 20 30 40 5010-1

100

101

102

103

%FeO [%]

LP [

-]

Present study C/S=0.5 C/S=1.0 C/S=1.2

Nagabayashi C/S=2.0 C/S=3.0 CaO sat.

Fig.10 Relation between total Fe content in slag

and distribution ratio of phosphorous.

Fig.11 Phosphorous distribution ratio between

solid iron and molten slag at 1673K com-

pared with the distribution ratio between liq-

uid iron and molten slag at 1873K reported by

Nagabayashi et.al.

Page 24: 素材工学研究彙報 - Tohoku University Official

20 固体鉄/溶融スラグ間での不純物分配平衡 第 66巻 第 1,2号

す.C/S=0.5は FeO濃度に関係なく LP は小さな値を示した.一方,C/Sが高くなるほど FeOの影響を大きくうけ,急激に上昇することが明らかになった.また,FeOを 5%,C/S=1.0の場合の LP

は 50程度になることがわかる.この時メタル中の P濃度 [%P]は 0.02mass%程度で,この値は転炉精錬後の [%P]と同水準の十分低い値である.

1350 C̊で固体鉄-溶融スラグ間の P分配を測定した本実験結果と長林ら [9]が測定した 1600 C̊での溶融鉄-溶融スラグ間の P分配の比較を Fig.11に示す.固体鉄溶融鉄関係なく C/Sが大きいほどLP は大きくなる.一方,固体鉄の LP は溶融鉄の LP より大きく,C/S=1.0の固体鉄-溶融酸化物間分配は C/S=3.0の溶融鉄–酸化物間分配に匹敵することがわかる.つまり,固体鉄製鉄は副原料である CaOの消費量を削減出来る可能性がある.長林らは FeO濃度の増加にともない LP は急激に増加し,FeO濃度が 20%程度を越えると FeO濃度増加に伴い希釈されるため LP は減少したと報告している.本実験でも C/S=0.5では同様の傾向が確認された.C/S=1.0および 1.2の系でも同様の傾向が予想でき,同様の傾向で上昇すると C/S=1.2の LP は最大 104∼5 に達すると予想できる.引き続き実験的検討を行い,最終的にモデル化する予定

である.

5 まとめ

1. 熱力学計算により水素利用により Pを還元させずに鉄のみ還元できる可能性を示した.2. Fe試料を酸溶解後,MIBKで Fe除去し,超音波ネブライザー仕様の ICP-AESで分析することで ICP-AESを用いた鉄中微量 P分析に成功した.

3. 固体鉄–スラグ間の平衡 P分配を測定した結果,塩基度 1.0程度で P濃度が十分低い鉄が得られることが判明した.

謝辞

本研究は,(財)JFE21世紀財団 2008年度技術研究助成,平成 19年度東北大学多元物質科学研究所資源変換再生センタープロジェクト助成の支援のもとで行った.ここに感謝の意を表する.

文 献

[1] H.Suito, Ryo Inoue, and Minoru Takada: Tetsu-to-Hagane, 67 (1981), 75.[2] G.W.Healy: JISI, 178 (1952), 664.[3] K.BALAJIVA and P.VAJRAGUPTA: JISI, 155 (1947), 563.[4] 北川融: 鐵と鋼 88/8 (2002), 430-443.[5] 萬谷志郎, 井口泰孝, 長坂徹也: 鐵と鋼, 70/14 (1984), 1689-1696.[6] 大原伸昭, 布上真也, 加藤榮一: 鉄と鋼, 73 (1987)[7] Jeoungkiu IM. Kazuki MORITA and Nobuo SANO: ISIJ Int. 36(5) (1996), 517-521.[8] 伊藤公久, 佐野信雄: 鉄と鋼, 69 (1983)[9] 長林 烈, 日野 光兀, 萬谷 志郎: 鐵と鋼, 74/9 (1988), 1770-1777.

Page 25: 素材工学研究彙報 - Tohoku University Official

21

硫化物再処理プロセスにおける核分裂生成物の挙動

佐藤修彰*1,天野祐希*2,桐島陽*1

Behavior of Fission Products in Sulfide Reprocessing Process

By Nobuaki Sato,Yuki Amano and Akira Kirishima

For the development of sulfide reprocessing process for spent nuclear fuel, behaviors of fission products (FP)

in the sulfide reprocessing process was analyzed by the use of their radioactive tracers. First,the FP tracer

doped U3O8 was prepared by two stage heat-treatments using 152Eu,141Ce,140Ba,137Cs,103Ru,95Zr and 90Zr

tracers.Then the FP tracer doped U3O8 was sulfurized by CS2 at 573,673 and 773 K followed by dissolving the

sample into nitric acid.The dissolution ratios were obtained from γ-ray spectrometry of the tracers.The results

are summarized as follows; 1) Dissolution ratio of Eu was high compared with that of U,and it increased with

increasing sulfurization temperature,2) Cerium and Zr showed very low dissolution ratios as well as that of U,3)

Dissolution ratio of alkali and alkaline earth elements was very high for all temperatures,4) Ruthenium showed

very low dissolution ratio (c.a.1%),because of the formation of very stable sulfide,5)The experimental results

correspond well with the thermodynamic consideration.

(Received on February 14th,2011)Keywords: Spent oxide fuel,minor actinides,fission products,sulfide reprocessing process

1 はじめに

現在,日本には 54 基の軽水炉が稼動中であり,エネルギー供給におけるシェアは 35% に達する.軽水炉では,化石燃料であるウラン鉱石より製造する二酸化ウラン UO2 を燃料として用いているが,

エネルギー需要の急増によるウラン資源の安定供給が課題となっている.原子力の持続的な利用の

ためには,使用済核燃料のリサイクル,すなわち核燃料サイクルの確立が不可欠である.使用済燃料

中には種々の核分裂生成物が存在し,その中には大きい中性子吸収断面積を有し,原子炉内での燃焼

に影響を及ぼす核種がある.また,放射能が強く,燃料製造工程に影響する核種もある.これらを再

処理工程において分離し,リサイクル燃料および廃棄物とする.次世代再処理法としていくつかの乾

式および湿式プロセスの基礎研究および工業化試験が行われている.我々は,硫化物の特長を利用し

てレアーアース等の核分裂生成物 (FP)を選択的に硫化して分離し,ウランやプルトニウムを酸化物としてリサイクルする硫化物再処理法の研究を行っている [1–3].この方法は,原子炉で燃焼した使用済み UO2 燃料をボロキシデーションにより U3O8 とする.次にこの酸化物試料について,FP 中の,特に中性子経済に影響をおよぼす希土類を分離すべき対象として,二硫化炭素(CS2)を用いて

オキシ硫化物および硫化物にする.この際,硫化温度が低いため,U3O8 は還元されて UO2 となる

ものの,硫化はされない.また,リサイクルすべき使用済燃料中の核燃料物質であるプルトニウムに

ついては,セリウムを模擬物質として行った結果,UO2 と同様に,酸化物として分離・回収される

ことがわかった [4].したがって,プルトニウムはウランと同様に酸化物燃料としてリサイクルできると考えられる.最後に,硫化された希土類成分を酸溶解処理により溶出させて分離し,UO2 を回

収する.アルカリ金属やアルカリ土類金属についても選択硫化,酸溶解の各工程において同様な挙動

をすると考えられる.しかしながら,使用済核燃料中に含まれるネプツニウム (Np)やアメリシウム(Am),キュリウム (Cm)といったマイナーアクチノイド(MA)は数千年といった長い半減期をもつもの (237Np : 2.14 × 106y,243Am : 7.37 × 103y)が多く,それらの分離変換が核燃料サイクルにおいて重要な課題となっている.本プロセスにおいても PuやMAの挙動を解明するために,マクロ量

*1 東北大学金属材料研究所*2 日本原子力研究開発機構

Page 26: 素材工学研究彙報 - Tohoku University Official

22 硫化物再処理プロセスにおける核分裂生成物の挙動 第 66巻 第 1,2号

の使用は難しいが, 237Npの (γ,n)反応により製造した 236Puや,237Np,241Amといったトレーサーを用いて,硫化挙動を検討した [5, 6].本研究では,使用済核燃料中に共存する Csや Zrといった他の FPについて,トレーサーを添加した U3O8 試料を調製し,硫化および酸溶解処理後の試料の

γ 線スペクトロメトリーより FP元素の溶解率を求めた.さらに,硫化反応について熱力学的に解析し,実験結果と比較して,FP元素の硫化挙動について評価した.

2 試料の調製

2.1 トレーサー添加 U3O8 の調製

152152152152Eu, Eu, Eu, Eu, 141141141141Ce, Ce, Ce, Ce, 140140140140Ba, Ba, Ba, Ba, 95959595Zr, Zr, Zr, Zr, 103103103103Ru, Ru, Ru, Ru,

硝酸溶液硝酸溶液硝酸溶液硝酸溶液混 合

UUUU3333OOOO8888

トレーサートレーサートレーサートレーサー添加添加添加添加ウランウランウランウラン硝酸溶液硝酸溶液硝酸溶液硝酸溶液

ウランウランウランウラン硝酸溶液硝酸溶液硝酸溶液硝酸溶液

沈殿・ろ過NHNHNHNH4444OHOHOHOH

焼成(1273 K)

トレーサートレーサートレーサートレーサー添加添加添加添加UUUU3333OOOO8888((((1111))))

焼成(1073 K)

混 合137137137137Cs, Cs, Cs, Cs, 85858585SrSrSrSr硝酸溶液硝酸溶液硝酸溶液硝酸溶液

トレーサートレーサートレーサートレーサー添加添加添加添加UUUU3333OOOO8888((((2222))))

152152152152Eu, Eu, Eu, Eu, 141141141141Ce, Ce, Ce, Ce, 140140140140Ba, Ba, Ba, Ba, 95959595Zr, Zr, Zr, Zr, 103103103103Ru, Ru, Ru, Ru,

硝酸溶液硝酸溶液硝酸溶液硝酸溶液混 合

UUUU3333OOOO8888

トレーサートレーサートレーサートレーサー添加添加添加添加ウランウランウランウラン硝酸溶液硝酸溶液硝酸溶液硝酸溶液

ウランウランウランウラン硝酸溶液硝酸溶液硝酸溶液硝酸溶液

沈殿・ろ過NHNHNHNH4444OHOHOHOH

焼成(1273 K)

トレーサートレーサートレーサートレーサー添加添加添加添加UUUU3333OOOO8888((((1111))))

焼成(1073 K)

混 合137137137137Cs, Cs, Cs, Cs, 85858585SrSrSrSr硝酸溶液硝酸溶液硝酸溶液硝酸溶液

トレーサートレーサートレーサートレーサー添加添加添加添加UUUU3333OOOO8888((((2222))))

Fig.1 Preparation of U3O8 sample doped with FP trac-

ers.

次に,トレーサーを添加したU3O8試料

の調製方法を Fig.1 に示した.アクチノイドとして 236Pu,241Am および 237Npを,また,FPとして 152Eu,137Cs,85Srを添加した.所定量の金属ウランを硝酸

溶液に溶解し,ウラニル溶液を得た.これ

に 152Eu や 141Ce,140Ba,103Ru,95Zr の硝酸溶液を添加し,混合溶液とした.こ

れにアンモニア水を添加して重ウラン酸

アンモニウム (ADU) を沈殿させ,メンブレンフィルターにより濾過してトレー

サー添加 ADU を得た.この ADU をアルミナ製るつぼに入れ,空気中 1273 Kにおいて 12 時間焼成し,トレーサー添加U3O8(1)とした.137Csや 90Srの酸化物は 1273Kでは揮発するので,得られたトレーサー添加 U3O8 にこれら硝酸溶液を所定量添加し,空気

1073Kにおいて加熱処理を行い,FP添加 U3O8 試料を調製した.得られたトレーサー添加 U3O8 試

料 (2)を用いて,硫化実験および酸溶解実験を行った.

2.2 硫化実験

次に,得られた試料について,CS2 雰囲気において反応させ,硫化挙動を調べた.硫化反応装置の

概略は既報に示してある [3].まず, 所定量のトレーサー添加 U3O8 試料を石英ボートにのせ,これ

を電気炉中央部にくるように反応管内の所定位置に置いて,真空排気後窒素置換した.続いて CS2 に

N2 ガスをバブリングして得られる混合ガスを系内へ導入(50ml/min)した.次に,電気炉を炉中央部に挿入された熱電対とデジタルプログラム調節計(CHINO KP-1000)により制御し,所定温度まで 10K/minで昇温後,同温度にて 1時間保持し反応させた.反応温度は 573,673および 773Kとした.反応後の試料について酸溶解実験を行った.

2.3 酸溶解実験

硫化実験後の試料について硫化された部分を選択的に溶解して分離するために,以下のように酸溶

解実験を行った.硫化後の U3O8 試料を 323Kの 1M硝酸 100 mlに浸漬して 1時間振とうし,溶解させた.次にこの溶解液を ANODISCフィルター (0.02mm)を用いて吸引ろ過し,ろ液 (1)および残差を分離した.残渣についてはさらに加熱した濃硝酸で溶解させて残渣溶解液 (2)を調製した.

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平成 22年 12月 佐藤修彰,天野祐希,桐島陽 23

2.4 γ 線測定による溶解率の決定

FP元素については γ 線スペクトロメトリーを利用して定量分析が可能であり,反応前後における

物質収支からその挙動を調べた.使用したトレーサーの核種,半減期および測定に使用した γ 線のエ

ネルギーを Table 1 に示す.2.4 で得られるろ液 (1) および残渣溶解液 (2) については Canberra 製Ge半導体検出器 (Model 2001C)を用いて 3000~100000秒測定し,それぞれの γ 線の放射能強度を

求めた.得られた放射能強度 Aより各元素の溶解率 Dを次式により求めた.ここで A0 および A1 は

それぞれ,硫化および酸溶解処理前後の各核種の放射能強度である.

D(%) = A1/(A0) × 100 (1)

Table 1 Half life and γ ray energy of the FP tracers [7].

Tracer 137Cs85Sr 140Ba 152Eu 141Ce 95Zr 103Ru

Half life(d) 30.17(y) 64.9 12.75 13.33(y) 32.50 64.0 39.35

γ ray energy(keV) 145 514 537 122 145 757 497

2.5 吸光度測定によるウランの溶解率の決定

U の溶解率は,Ar-III を呈色試薬として用いた吸光光度定量により各溶液の U の濃度を定量することにより決定した.他の金属イオンはトレーサー量 (CM< 10−12M)であるため,共存金属イオンによる妨害は無視できるものとした.装置は島津製作所製の分光光度計 UV-3100PCを使用した.予め,濃度既知の場合の吸光度を濃度に対してプロットして最小二乗法で検量線を作成した.各溶液か

ら一部を採取して希釈して,液性を 0.1 M硝酸,1.5 × 10−4 M Arsenazo-IIIとして吸光度を測定し,650.00 nmでの吸光度から Uを定量した.

3 実験結果

3.1 硫化処理おける U, Eu, Srおよび Cs の挙動

500 600 700 800

Sulfurization temperature / oC

0

20

40

60

80

100

Dis

solu

tio

n r

ati

o /

%

Fig.2 Dissolution ratios of U(2),Eu(3),

Sr(△) and Cs(▽).

硫化および酸溶解処理前後の放射能強度から求めた

U(2),Eu(3),Sr(△)および Cs(▽)の溶解率を硫化温度に対して Fig.2に示す.Uの場合には,硫化温度が増加しても,5% 程度の低い溶解率を示した.これに対し,Eu,Srおよび Csとも,硫化温度の上昇とともに,溶解率も上昇し,ウランとの分離ができること

がわかる.特に,Cs や Sr では 90% 近い溶解率が得られ,硫化処理後に酸溶解処理を行うことにより,FP元素をウランと分離できることを示唆している.希土

類元素の場合,酸化物と CS2 との反応により低温にて

オキシ硫化物を生成し,高温においてはセスキ硫化物

を生成する.セスキ硫化物に比べるとオキシ硫化物の

1M硝酸への溶解は常温では遅いものの,それでも,1時間では十分に溶解する.このような III価の希土類元素の溶解挙動に対し,アルカリおよびアルカリ土

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24 硫化物再処理プロセスにおける核分裂生成物の挙動 第 66巻 第 1,2号

類元素では,酸化物や硫化物の状態において硝酸に容易に溶解し,高い溶解率を示すこととなった.

3.2 Ce, Zr, Baおよび Ruの挙動

Table 2には Ce,Zr,Baおよび Ruについて,CS2 により 673Kにおいて 1時間硫化処理し,その後酸溶解した場合の,溶解率を示した.Ce や Zr はウランと同程度の溶解率を示した.また,Baは 11%とウランより高い溶解率であったが,Ruの場合には 1%とほとんど溶解しないことが分かった.Ceや Zrは酸化物の場合,IV価の CeO2 や ZrO2 が安定であり,これらは UO2 と同じ結晶構造

を持ち,硫化においても UO2 と同様の挙動を示したものと考えられる.Baの場合には,BaSが酸に容易に溶解するため,硫化反応が進行したものと考えられる.Ruの場合も,硫化は進行するものの,RuS2 が酸に溶解しにくく,したがって,低い溶解率となったものと考えられる.

Table 2 Dissolution ratio of Ce, Zr, Ba and Ru.

Element Ce Zr Ba Ru

D(%) 6.17 5.20 11.18 1.09

これらの結果から,希土類元素や,アルカリおよびアルカリ土類元素の溶解に比べ,ウランや IV価の二酸化物MO2 の溶解率は小さく,選択硫化および酸溶解処理により希土類元素の分離と核燃料物質

の回収が可能であることが分かった.白金族元素については硫化により硫化物を生成するものの,そ

れらは安定で硝酸に溶解しにくいことが分かり,回収ウランからの分離について検討する必要がある.

4 熱力学的検討

4.1 希土類元素の挙動

400 600 800 1000 1200

Temperature / K

-400

-300

-200

-100

0

100

∆G0 /

kJ

mol-1

(1)

(2)

(3)

(1)1/3U3O8+CS2=US2+CO2+1/3O2

(2)Eu2O3+CS2=Eu2O2S+CO+1/2S2

(3)2SrO+CS2=2SrS+CO2

Fig.3 Gibbs free energy for the reactions of

U3O8, Eu2O3 and SrO with CS2.

本研究で対象とした核分裂生成物について CS2 と

の反応の Gibbs 自由エネルギーについて熱力学データベース MALT [8] を用いて検討した.Fig.3 には,U3O8, Eu2O3 および SrO と CS2 との反応によりそ

れぞれ US2, Eu2O2S および SrS を生成するときのCS2 1モルあたりの Gibbs自由エネルギー (∆Go)の温度変化を示した.3.1では 137Csを用いた実験結果があるが,セシウムの場合,Cs2Oのような酸化物のデータはあるものの,硫化物のデータがないため,図に

は示していない. 同様に,Fig.7には,ZrO2, CeO2,BaO および RuO2 と CS2 との反応によりそれぞれ

ZrS2, Ce2O2S, BaS および RuS2 を生成するときの

CS21モルあたりの Gibbs自由エネルギー (∆Go)の温度変化を示した.

まず,FPとして最も多く生成する希土類元素の挙動について考える.Fig.6から Eu2O3 の場合低

温からオキシ硫化物を生成し,硝酸に溶解するため,高い溶解率は示しているが,CeO2 の場合には,

6.2%とウランと同程度の溶解率になっている.Fig.3および 4から,U3O8 から US2 を生成する反応

と,CeO2 の硫化反応では,低温では ∆G0 が正であり,硫化が進みにくいことがわかる.既報 [4]でも述べたように,固体では Ce(IV)が安定であり,反応しにくいが,高温になると CS2 との反応によ

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平成 22年 12月 佐藤修彰,天野祐希,桐島陽 25

り Ce(IV)が Ce(III)へ還元され,その後,オキシ硫化物 Ce2O2Sを生成すると考えられる.オキシ硫化物を生成すると,酸に溶解するようになると考えられる.しかし,CeO2 は UO2 と同じ結晶構造

を持ち,使用済燃料中では,UO2 と固溶体を生成している.

400 600 800 1000 1200

Temperature / K

-400

-300

-200

-100

0

100

∆G0 /

kJ

mol-1

(1)

(2)

(3)

(4)

(1)ZrO2+CS2=ZrS2+CO2

(2)2CeO2+CS2=Ce2O2S+CO2+1/2S2

(3)2BaO+CS2=2BaS+CO2

(4)RuO2+CS2=RuS2+CO2

Fig.4 Gibbs free energy for the reactions of

ZrO2,CeO2,BaO and RuO2 with CS2.

このため,UO2 と同様の挙動を示す.このことは,

PuO2 の模擬として CeO2 が使用されることもあり,236Puトレーサーを用いた実験でも同様の挙動を示した.ZrO2 は UO2 への溶解度は CeO2 や PuO2 ほど

高くないが [7],同じ蛍石型構造をとり,同様の挙動を示すことが分かる.

このような IV 価の希土類元素に対し,Eu2O3 の

ような III価の希土類元素は,CS2 と低温にて反応し

て,オキシ硫化物や硫化物を生成する.Fig.2 の結果からは Euの溶解率は硫化温度の上昇ともに増加している.Fig.3 からは,Eu2O2S が生成し,硫化温度の上昇とともに反応速度の増加や,オキシ硫化物から

Eu2S3 や Eu3S4 といった硫化物を生成し,より溶解

率が増加したものと考えられる.

4.2 アルカリおよびアルカリ土類元素の挙動

-80 -60 -40 -20 0 20

log P(S2) / atm

-80

-60

-40

-20

0

20

log

P(O

2)

/ atm

Sr

SrO

SrS

SrSO4

C+O2=CO2

C+

S2=

CS

21/2S2 +O

2 =SO2

Fig.5 Potential diagram for the Sr-S2-O2

system at 773 K.

使用済燃料中には,FP として半減期が数十年の137Csや 90Srが存在する.ここでは,アルカリおよびアルカリ土類元素の挙動について検討する.3.2 において Cs および Sr は高い溶解率を示し,ウランと分離できることがわかった.まず,アルカリ元素である

Csの場合,Fig.2に示したように,137Csは高い溶解率を示している.アルカリ元素の酸化物自体が,酸に

溶けやすく,硫化によりさらに溶解しやすくなったも

のと考えられる.

次に,アルカリ土類元素の場合について検討する.

Fig.3に見られるように,SrOと CS2 との反応により

SrSを生成する反応の∆G0は,大きな負値を示し,硫

化反応が進行することが分かる.生成した SrSは酸に可溶であり,その結果高い溶解率を示したものと考え

られる.Fig.5 には 773K における Sr-S2-O2 系のポ

テンシャル状態図を示す. 比較のため,同温度における logP(S2),logP(O2)および logP(SO2) = 0となる線を破線で示した.この図をみると,log P(S2)および logP(O2)の交点は SrS領域内にあり,この温度では SrSを生成することが分かる.したがって,CS2 による硫化処理により SrSを生成し,SrSが可溶性であるため,高い溶解率を示したものである.さらに,硫化温度の上昇とともに,硫化率が上がり,その結果,溶解率も上昇したものと考えられる.また,BaOの場合には,CS2 との反応により BaSを生成し,Srと同様高い溶解率を示すものと考えられたが,Table 2の結果では 11%と低かった.これは,BaOが ZrO2 のような酸化物と BaZrO3 のような安定な複合酸化物を生成し,硫

化が抑制されて,溶解率が低下したものと思われる.

Page 30: 素材工学研究彙報 - Tohoku University Official

26 硫化物再処理プロセスにおける核分裂生成物の挙動 第 66巻 第 1,2号

4.3 高融点金属元素の挙動

-80 -60 -40 -20 0 20

log P(S2) / atm

-80

-60

-40

-20

0

20

log

P(O

2)

/ atm

Zr

ZrO2

ZrS2

Zr(SO4)2

C+O2=CO2

C+

S2=

CS

21/2S2+O

2=SO2

Fig.6 Potential diagram for the Zr-S2-O2

system at 673 K.

-80 -60 -40 -20 0 20

log P(S2) / atm

-80

-60

-40

-20

0

20

log

P(O

2)

/ atm

Ru

RuO2

RuS2

C+O2=CO2

C+

S2=

CS

21/2S2+O

2=SO2

Fig.7 Potential diagram for the Ru-S2-O2

system at 673 K.

使用済燃料中に混在する高融点金属元素としては,

Zr,NbおよびMoがある.ZrO2 は UO2 と同じ蛍石

構造をとるが,UO2 への溶解度は高くなく,一部は固

溶体,他は ZrO2 として存在する.Table 2 に示した673K における硫化の結果から,Zr は U と同程度の溶解率を示した.Fig.3からは,ZrO2 から ZrS2 への

硫化反応の ∆G0 はこの温度範囲では正であり,硫化

は起こりにくい.Fig.6には 673Kにおける Zr-S2-O2

系ポテンシャル状態図を示した.この図をみると,logP(S2) および logP(O2) の交点は ZrS2 領域内にある

ことが分かる.ZrS2 を生成したとしても,酸に不溶

であり,低い溶解率を示すと考えられる.しかし,熱

力学データはないものの,Zr の場合にもオキシ硫化物 ZrOSが報告されており,ZrO2 から部分硫化によ

るオキシ硫化物の生成と,その溶解率への寄与がある

ものと考えられる.このことは,ウランの場合にも,

UO2 から一旦 UOS を生成してから,UOS がさらに硫化されて US2 となる.このため,ZrO2 も UO2 と

同様な硫化挙動をするものと考えられる.

4.4 白金族元素の挙動

使用済核燃料中には Ptや Pd,Rh,Ruといった白金族元素が混在する.ここでは,白金族元素の硫化挙

動について検討する.3.2において,673 Kでの硫化処理において 103Ru の放射能強度から求めた溶解率は 1% と低い値を示した.Fig.3 において ∆G0 は負

に大きな値を示し,RuS2 を生成する.しかし RuS2

は酸に不溶であり,従って,硫化反応は起こるものの,硫化物が溶解しないため,低い溶解率となっ

たものと考えられる.Fig.7 には 673K における Ru-S2-O2 系のポテンシャル状態図を示す.この図

を見ると,IV価の化合物 RuS2 および RuO2 が存在するが,データがないため硫酸塩などは描かれて

いない.比較のため,同温度における log P(S2),logP(O2) および logP(SO2) = 0 となる線を破線で示した.この図をみると,logP(S2)および logP(O2)の交点は RuS2 領域内にあり,この温度では

RuS2 が安定であることが分かる.したがって,CS2 による硫化処理により RuS2 を生成するものの,

RuS2 は酸へは不溶のため,溶解せずに残渣中に残ったものと考えられる.

5 おわりに

本研究では,新しい概念に基づく硫化物再処理プロセスにおける FP 元素の挙動について,152Euや 137Cs,85Sr,95Zr,103Ruといった RIトレーサーを添加した U3O8 を用いて硫化および酸溶解実

験を行い,それらの挙動について検討した.結果は以下のようにまとめられた.

Page 31: 素材工学研究彙報 - Tohoku University Official

平成 22年 12月 佐藤修彰,天野祐希,桐島陽 27

1) FP(152Eu,141Ce,140Ba,137Cs,103Ru,95Zrおよび 85Sr)を添加したU3O8試料を調製した.

2) 673∼773 Kにおける硫化および酸溶解処理において,ウランはほとんど溶解しなかった.3) セリウムやジルコニウムもウランと同様な挙動を示すことが分った.

4) ユウロピウムやセシウム,ストロンチウムおよびバリウムは高い溶解率を示した.

5) ルテニウムは低温にて硫化されるものの,酸へ溶解せず,低い溶解率を示した.

本研究により得られた結果から,使用済燃料をボロキシデーション後に硫化処理を行うと,FP中の希土類元素やアルカリ金属,アルカリ土類金属,白金族元素も硫化される.生成した硫化物は硝酸へ

の溶解により分離でき,硫化されなかったウランおよびプルトニウムは酸化物として回収できるもの

と考えられる.白金族硫化物が酸に溶解しないため,それらの分離が必要となる.本プロセスの特徴

は,低温かつ簡単な工程であること,燃料成分を酸化物として回収できること,使用する反応物質が

極めて少量で済むことなどがあるが,今後,選択硫化の低温化やマクロ量を用いた酸溶解など,プロ

セスの効率化を明らかにし,プロセス全体の成立性を検討していく必要がある.

謝 辞

本研究におけるトレーサー製造にあたってご指導賜りました東北大学理学研究科付属原子核理学研

究施設大槻勤准教授に感謝の意を表します.

文 献

[1] Sato, N., Shinohara, G., Kirishima, A., Tochiyama, O., J. Alloys Compds,451 (2008), 669.[2] Sato, N., Tochiyama, O.; Recent Advances in Actinide Science, The Royal Soc. Chem., Sp.

Pub. 305 (2006), 457.[3] 佐藤修彰, 佐藤宗一, 素材研彙報, 63 (2007), 69.[4] 佐藤修彰, 古村基宏, 桐島陽, J. of MMIJ, 124 (2008), 640.[5] 佐藤修彰, 天野祐希, 仁平敏文, 三頭聰明, 桐嶋陽, 素材研彙報, 64 (2008), 31.[6] 佐藤修彰, 桐嶋陽, 環境資源工学, 57 (2010), 135.[7] Magill, J., Pfennig, Galy,J.: “Chart of the Nuclides”, 7th Edition, European Communities,

(2006).[8] 熱力学データベース “MALT for Windows”, 科学技術社 (2004).

Page 32: 素材工学研究彙報 - Tohoku University Official

28

Fe-Mn-Si-Nb系合金中における脱酸生成物の

熱処理による組成および形態の変化

原田晃史*1,柴田浩幸*2,北村信也*2

Change in Chemical Composition and Morphology of De-oxidationProducts in Fe-Mn-Si-Nb Alloy by Heat Treatment

By Akifumi Harada,Hiroyuki Shibata and Shin-ya Kitamura

Four kinds of Fe-Mn-Si-Nb alloy with different Si content were manufactured at 1873 K under argon atmosphere.

Spherical deoxidation products with about 1µm diameter formed in the alloys as non-metallic inclusions. Then,

the obtained alloys were heated at 1473 K to investigate stability of oxide inclusions. After the heat treatment,

morphology of the inclusions was changed from spherical to faceted shape. Size of the inclusions was not changed

for the all alloys. On the other hand, in the case of Fe-0.95 mass% Mn-0.03 mass% Si-0.71 mass% Nb alloy, MnO

and SiO2 content in the inclusions decreased and Nb2O5 content increased after heat treatment. The change in

the chemical compositions of the inclusions in the investigated alloys by heat treatment has a relation with the

concentration of Si in the alloys.

(Received on February 15th,2011)Keywords: oxide, inclusion, heat treatment, deoxidation products, Fe-Mn-Si-Nb alloy

1 緒言

金属材料において結晶粒径は冷間加工性や強度など材料の特性に大きな影響を与える因子である.

一般に鋼の結晶粒径は加工熱処理時の相変態や再結晶およびその後の結晶粒の成長挙動を制御するこ

とで調整されている.結晶粒の微細化には炭化物や窒化物をマトリックス中に分散させて,結晶粒界

の移動を抑制する粒界ピン止め効果が利用されている.しかしオーステナイト系ステンレス鋼に代表

される高合金鋼は炭素鋼に比べ炭素含有量が低く,しかも加工性や耐食性に悪影響を与えないように

高温での溶体化処理により炭窒化物を完全に固溶させるため,結晶粒径の調整に炭窒化物は利用でき

ない.そこで溶体化温度域でも熱力学的に安定で,かつ材質に悪影響を与えないような酸化物等の微

細な鋼中介在物を利用した組織制御が期待される.溶体化温度域でも固溶しない酸化物を分散させて

組織制御する手段として,製鋼段階で生成する脱酸生成物の利用が考えられる.しかし,熱処理で析

出させる炭窒化物に比べると,凝固時に晶出した酸化物は粗大で,かつ存在密度が疎であるため組織

制御への利用には限界がある.高野ら [1]は Si-Mn脱酸したオーステナイト系ステンレス鋼について,as-cast材中に存在するマンガンシリケート(以下MnO・SiO2)がその後の加工・熱処理により分解

し,粒界ピン止め効果の高い微細なマンガンクロマイト(以下MnO・Cr2O3)が再析出することによ

り結晶粒が微細化することを報告した.これは脱酸生成物を利用して組織制御に有効な微細酸化物を

再析出させる新たな可能性を示したものである.また,高村と溝口 [2,3]は鋼中酸化物の組成・分布等を制御し析出物の核として利用することで,材質を向上させようとする酸化物制御技術(オキサイド

メタラジーと称す)を提案している.最近,田中 [4],木村 [5],Shibataら [6]は 18Cr-8Niステンレス鋼あるいは Fe-Cr合金を Si,Mn脱酸した試料において,as cast材および 1473Kでの熱処理後の試料中の介在物の組成を調査し,Si濃度が低く,Cr濃度がある程度高い場合には,as cast材中に存在するMnO・SiO2 系酸化物が熱処理後にはMnO・Cr2O3 系酸化物に変化することを報告している.

1873Kでステンレス鋼中の Si,Mn濃度によっては安定に存在するMnO・SiO2 は温度低下とともに

*1 東北大学大学院工学研究科*2 東北大学多元物質科学研究所

Page 33: 素材工学研究彙報 - Tohoku University Official

平成 22年 12月 原田晃史,柴田浩幸,北村信也 29

不安定になり,1473KではMnO・Cr2O3 に変化する可能性があるといえる.そこで,これまで検討

されてきた鋼種以外への展開を目的とし,他の成分系でも介在物の変化が発現するかどうかを調べた.

Si,Mn,Crに近い,酸素との親和力を示す元素としては Nb,Vが考えられる.そこで,本実験では,Nb,Si,Mnを脱酸剤として用いたときの脱酸生成物を調査した.

Fig.1 Oxide morphology and mean com-

position (mol%) of the inclusion in sample

(i) as cast and after heat treatment.

Fig.2 Oxide morphology and mean com-

position (mol%) of the inclusion in sample

(ii) as cast. And after heat treatment.

2 実験方法

所定量の Si,Mn,Nb(ニラコ,99.9%)と電解鉄の合計約 100g をアーク溶解炉にて予備溶融したものを約 30g に切り出し,高純度アルミナタンマン管(内径20mm・外径 25mm×高さ 125mm,*試料の量に応じて適宜高さを調節して使用した)に装入した.それを

室温で炉内にセットし,Arガスで 1時間程雰囲気置換した後,1873K まで昇温した.1873 K に達した時点から 15min溶解し,その後素早く試料を取り出して水中で急冷した.こうして以下の 4 試料を得た.その組成を以下に示す.

(i) Fe-1.61mass%Mn-0.37mass%Nb(ii) Fe-0.95mass%Mn-0.03mass%Si-0.71mass%Nb(iii) Fe-0.71mass%Mn-0.19mass%Si-0.25mass%Nb(iv) Fe-0.75mass%Mn-1.68mass%Si-0.65mass%Nb

試料をさらに 7mm×10 mm×3mm 程度に切り出した後,大気中で 1473Kの電気炉に挿入し,60min保持した後水中で急冷する熱処理を行った.

as cast材および熱処理後の試料は断面を鏡面に仕上げた後観察に供した.そして1つの試料につき5個以

上の介在物を FE-SEM(HITACHI,S4800)によって観察し,組成を EDSによって分析した.

3 実験結果

3.1 Mn-Si-Nb 脱酸鋼における熱処理時間と

介在物組成の関係

試料 (i)~(iv) の as cast 材および 1473K で 60min熱処理を行った試料中で観察された介在物の SEM 画像および EDS 分析の結果を Fig.1~Fig.4 に示す.また,介在物のサイズが小さく分析にメタルの影響を無

視できないため,Fe濃度と地鉄組成比で分析値の Nb,Si,Mnの濃度を補正して地鉄の影響を排除した.また Nbについては NbO,NbO2,Nb2O5 の酸化物を形成する可能性があるが,すべて Nb2O5

とした.

Page 34: 素材工学研究彙報 - Tohoku University Official

30 Fe-Mn-Si-Nb系合金中における脱酸生成物の熱処理による組成および形態の変化 第 66巻 第 1,2号

3.1.1 試料 (i) Fe-1.61 mass% Mn-0.37 mass% Nb

as cast材では球状で直径約 0.5µm~1µmの介在物が Fig.1の I,IIのように観察された.この介在物は分析よりMnOと Nb2O5 の比がほぼ 1:1のMnO・Nb2O5 系酸化物であることが分かる.1473Kで 60minの熱処理を行った試料からは直径約 0.5µm~1.2µmで球状の介在物 IIIと角形の介在物 IVが観察された.それらの介在物の組成は Nb2O5 の濃度が 37mol%~52mol%の MnO・Nb2O5 系酸

化物であった.以上より,介在物の組成変化は起こっていないが,一部の介在物でその形態が球形か

ら角形へと変化したことが分かった.

3.1.2 試料 (ii) Fe-0.95mass% Mn-0.03mass% Si-071mass% Nb

介在物の SEM 像を Fig.2 に示す.as cast 材では球状で直径 0.7µm 前後の介在物 I,II が観察された.これらの介在物は SiO2 を 4mol% 前後含む MnO・Nb2O5 系酸化物であることが分かった.

Fig.2 の SEM 写真から,介在物の周囲に別の相が存在しているように見える.しかし,これも領域が小さく分析機器の分解能では組成分析が困難であった.1473Kで 60min.の熱処理を行った試料からは直径約 1.0µm 前後の角形介在物 III~V が観察された.これらの介在物の組成は MnO 濃度が28mol%程度,Nb2O5 濃度が 70mol%程度のMnO・Nb2O5 系酸化物であった.また,Fig.2III~Vでは介在物の周辺に薄く他の相が見られるが,その部分の組成はMnO濃度が約 10mol%,Nb2O5 濃

度が約 90mol%の相であることが分かった.以上より,熱処理前後で介在物はMnO・Nb2O5 系酸化

物であったが,熱処理によってMnO濃度と SiO2 濃度が減少し,Nb2O5 濃度は増加しており,形状

は球形から角形に変化している様子が観察された.

Fig.3 Oxide morphology and mean compo-

sition (mol%) of the inclusion in sample (iii)

after heat treatment.

Fig.4 Oxide morphology and mean composition

(mol%) of the inclusion in sample (ii) as cast and

after heat treatment.

Page 35: 素材工学研究彙報 - Tohoku University Official

平成 22年 12月 原田晃史,柴田浩幸,北村信也 31

3.1.3 試料 (iii) Fe-0.71mass% Mn-0.19mass% Si-0.25mass% Nb

介在物の SEM 像を Fig.3 に示す.as cast 材では球状で直径が約 0.2~0.8µm の介在物 I,II が観察され,これらの介在物は,MnO 濃度が約 65mol%,SiO2 濃度が約 22mol%,Nb2O5 濃度が約

13mol% の MnO-SiO2-Nb2O5 系複合型介在物であった.I,II で見られるように,外周に明るく見える相があり,Nb2O5 濃度がやや高かった.1473K で 60min の熱処理を行った試料では直径が約0.5µm前後の角形介在物 III,IVが多く見られ,直径約 3.5µm程の粗大なものも見られた.これらの熱処理後試料中の介在物組成は MnO濃度が約 65mol%,SiO2 濃度が約 25mol%,Nb2O5 濃度が約

10mol% の MnO-SiO2-Nb2O5 系介在物であった.以上より,試料 (i) と同様に介在物組成の変化はあまり見られなかったが,熱処理により球形の介在物が角形に変化した.

3.1.4 試料 (iv) Fe-0.75mass% Mn-1.68mass% Si-0.65mass% Nb

as cast材では球状で直径約 0.3µm~1µmの介在物が Fig.4の I,IIのように観察された.これらの介在物は SiO2 の濃度が 39 mol%~46mol%のMnO・SiO2 系酸化物であることが分かった Fig.4では介在物の周囲に別の相が析出しているように見える.この微小領域の組成分析は使用した分析機

器の分解能では不可能であったため、その組成は不明である.1473Kで 60minの熱処理を行った試料からは直径約 0.5µm~1.5µmで角型の介在物 IIIと球状の介在物 IVが観察された.それらの介在物は SiO2 の濃度が 42mol%~48mol%のMnO・SiO2 系酸化物であった.以上より、試料 (i),(iii)と同様に介在物の組成変化は起こっていないが,一部の介在物でその形態が球形から角形へと変化した

ことが分かった.

4 考察

試料 (i) の Fe-Mn-Nb 合金からは MnO・Nb2O5 系酸化物が観察され,試料 (iv) の Fe-Mn-Si-Nb合金からは MnO・SiO2 系酸化物が観察されたことから,試料 (iv) の Si 濃度を下げていくことでMnO・SiO2 系酸化物が不安定となりMnO・Nb2O5 系酸化物が出現する可能性があると考えられる.

Si濃度が 0.03mass%と低い試料 (ii)では,as cast材では介在物の Nb2O5 濃度は 50mol%程度であるが,熱処理後では 70mol% 程度に増加しており,SiO2 濃度は逆に微量ながら減少している.形状

は as cast材では球形が多く見られたのに対し,1473Kで 60minの熱処理後は角形の介在物が多く見られ,このため熱処理中に介在物と固体鉄が反応したことで Nb2O5 濃度が増加したと考えられる.Si濃度を 0.03mass%よりわずかに高く,Nb濃度を 1.0mass%程度の高い水準に保った試料ならば,凝固ままで SiO2 濃度の高い介在物が生成し熱処理で Nb2O5 濃度の高い介在物へ組成変化する可能性は

ある.

一方,形状については as cast 材ではガラス状であったものが熱処理により結晶化したと考えられる.

5 結言

Fe-Mn-Si-Nb合金において,Si濃度が 0.03%程度の場合には,1473Kの熱処理により介在物の組成と形態が変化する場合があることが明らかとなった.合金中の Si濃度が,1473 Kでの脱酸素生成物の安定性に大きな影響を与えているとことが分かった.

Page 36: 素材工学研究彙報 - Tohoku University Official

32 Fe-Mn-Si-Nb系合金中における脱酸生成物の熱処理による組成および形態の変化 第 66巻 第 1,2号

文 献

[1] 高野光司, 中尾隆二, 福本成雄, 土山聡宏, 高木節雄: 鉄と鋼, 89 (2003), 616.[2] 高村仁一, 溝口庄三: 材料とプロセス, 3 (1990), 276.[3] 溝口庄三, 高村仁一: 材料とプロセス, 3 (1990), 277.[4] 田中智子: 平成 18年度 東北大学修士学位論文[5] 木村光一郎: 平成 20年度 東北大学修士学位論文[6] H.Shibata, T.Tanaka, K.Kimura and S.-Y. Kitamura: Ironmaking and Steelmaking, 37

(2010), 522.

Page 37: 素材工学研究彙報 - Tohoku University Official

33

非晶質合金の構造に関する最近の話題:

AXS-RMC法を用いたアプローチ

杉山和正*1,川又透*1,早稲田嘉夫*2

Recent Topics of the Structural Analysis for AmorphousAlloys:Application of AXS-RMC Analysis

By Kazumasa Sugiyama,Toru Kawamata and Yoshio Waseda

(Received on February 8th, 2011)

1 はじめに

1960年に,カリフォルニア工科大学の Duwez教授のグループが,Nature誌などにピストン・アンビル(超急冷)法によって Au-Si系合金が非晶質(アモルファスあるいはガラスとも呼ばれる)を示すことを報告した [1].その後,増本・Maddin [2] あるいは Chen ら [3] によるリボン状非晶質合金の作製が報告された.それ以後,数多くの合金系で,同様な非晶質相の作製が可能であるとの報告が

相次ぎ,1970-1980年代は,非晶質合金の基礎研究と応用について大きな進展があった [3].さらに,1990年代以前は,Pt系や Pd系三元合金に限られていたバルク状非晶質相の作製 [4]が,貴金属を含まない合金系でも可能なことが新たに発見された [5].すなわち,比較的緩やかな冷却条件でも非晶質になる,言い換えると,サイズの大きなバルク状の非晶質相が得られる合金系が見出されたことに

よって [6–8],新らたな素材としての発展が注目された.このバルク状非晶質合金系に関する探索研究については,東北大学金属材料研究所の井上らのグループが,先導的役割を果たした事が知られてい

る.井上らは、サイズの大きな非晶質金属を作製できる合金系の探索指標として, 1⃝合金の構成元素の数に関する条件, 2⃝構成元素の原子寸法に関する条件および 3⃝主要構成元素の混合熱に関する条件,を指標としていた [9].同時に,結晶化温度 Tx とガラス遷移温度 Tg の差,つまり,∆Tx = Tx − Tg

の大きい合金ほど非晶質化しやすいと想定して [6],探索研究が展開された.もちろん,この考え方に当てはまる場合と,当てはまらない場合がある.現在のところ,非晶質(アモルファス)相が生成し

やすい指標としては,合金の融点を Tm とした場合に,換算ガラス温度 Trg = Tg/Tm が大きいとの考

え方が,世界共通理解として有力である [10].このような指標があってもなお,実際の非晶質合金の探索は,試行錯誤による実験に頼らざるを得ないのが現状である.したがって,このような新しい素

材開発に関する研究指針を,非晶質合金の原子レベルの構造情報からサポートする試みは,依然とし

て重要であり,さまざまな取り組みが続けられている.

結晶質の状態に存在する長距離秩序 (LRO: long range ordering)が失われた非晶質の構造は,微視的な(原子レベルの)“乱れ”あるいは “ランダム”を特徴とする [11].結晶質の状態は,回折パターンにブラッグピークと呼ばれる不連続なピーク群の情報として,それぞれの個性を示す.しかし,長距

離秩序を失った非晶質状態の構造は,液体,ガラスとも,また,金属,合金,酸化物などに限らず,類

似の回折パターンとなる.その様子を模式的に Fig.1に示す.そのため,非晶質の構造の場合は,結晶質物質の構造と比較して,得られる情報量およびその整理方法に大きな制約を伴う.しかし,長距

離秩序が失われた非晶質にも,配位数や最近接原子間距離などに,構成元素に固有な短距離秩序構造

(SOR: short range ordering)が観測される.したがって,非晶質合金の構造解析では,最近接領域に認められる短距離秩序構造を,まず特定することが,おのずと主眼となる [11].結晶の場合と同様に,

*1 東北大学金属材料研究所*2 東北大学多元物質科学研究所

Page 38: 素材工学研究彙報 - Tohoku University Official

34 非晶質合金の構造に関する最近の話題:AXS-RMC法を用いたアプローチ 第 66巻 第 1,2号

inte

nsit

y [

a.u

.]in

ten

sit

y [

a.u

.]in

ten

sit

y [

a.u

.]

liquid or amorphous solid

monatomic gas

crystal

inte

nsit

y [

a.u

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ten

sit

y [

a.u

.]in

ten

sit

y [

a.u

.]

liquid or amorphous solid

monatomic gas

crystal

wave vector, Qwave vector, Q

Fig.1 Schematic X-ray scattering profiles

for crystalline solids, amorphous solids, liq-

uids and monatomic gasses.

非晶質合金の構造解析にも回折実験,特にX線回折が

有効であり,Debye & Menkeの濃厚な気体に関する理論 [12] そしてWarren のガラス状物質および液体の解析 [13]を緒として発展した手法は,現在では非晶質合金の研究に欠くことのできない手段である.そし

て,対象とする系の時間的・空間的平均ではあるが,

回折実験から得られる動径分布関数が,非晶質合金の

原子配置情報を定量的に記述する唯一の手段であるこ

とも,極めて重要である.

動径分布関数から直接得られるデータとして,ピー

クの位置から原子相関距離,そのピーク面積から配位

数が導出できる.しかし Fig.2に示すように,たとえば Zr-Cu 二元系非晶質合金の解析の場合,実験で得られた動径分布関数は,Zr-Zr、Zr-Cuおよび Cu-Cuの 3種類のペア相関が重なった情報である.通常,構成元素の周囲の構造情報を分離し解析することは困難

で,平均的な原子間距離およびその配位数が導出でき

た場合でも,着目する原子周囲の三次元構造を構築す

ることは不可能に近い.換言すれば,たとえば Zr-Cu二元系非晶質合金の場合,Zr の最近接平均配位数が12配位であるという構造情報が得られたとしても,Zr周囲に最密充填構造的な短距離秩序構造を考えればよいのか,それとも正二十面体的な構造をイメー

ジすればよいのか確定できないことを意味する.実際,本稿の主題である非晶質合金の短距離秩序構

造として,Pd系の場合は三角プリズム [14]あるいは Zr系の場合は正二十面体 [15]の存在が,盛んに議論されている.しかし,残念ながら,従来型の動径分布関数解析は,その議論を進展させるため

には情報不足であった.

r / nm0.0 0.1 0.2 0.3 0.4 0.5 0.6 0.7 0.8

Ra

dia

l D

istr

ibu

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n F

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cti

on

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m-1

0

100

200

300

400

500

Zr-

Zr

Zr-

Cu

Cu

-Cu

4pr2r0 (r)

Zr50Cu50

Gaussian fitting for Zr-Zr pair

width :

(DsZrZr

)0.5

center : rZrZr

area : NZrZr

Zr-centered 12 fold

coordination

fcc ? Icosahedral ?

r / nm0.0 0.1 0.2 0.3 0.4 0.5 0.6 0.7 0.8

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-Cu

4pr2r0 (r)

Zr50Cu50

Gaussian fitting for Zr-Zr pair

width :

(DsZrZr

)0.5

center : rZrZr

area : NZrZr

Zr-centered 12 fold

coordination

fcc ? Icosahedral ?

Fig.2 Radial distribution function of amorphous Zr50Cu50.

本稿では,多成分非晶質

合金の構造解析に付随す

る従来の問題点を,着実に

解決できると考えられる,

X線異常散乱法 (Anoma-lous X-ray Scattering)および RMC法 (Reverse MonteCarlo 法 ) をドッキングした AXS-RMC 法を紹介し,Zr 系非晶質合金の構造の特徴,ならびにその中に存在す

る短距離秩序構造に関する

最新の研究成果を紹介する.

なお,RMC法は,McGreevyら [16] が,回折データの解析手法のひとつとして開発

した「三次元構造モデリング

手法」の一つである.

Page 39: 素材工学研究彙報 - Tohoku University Official

平成 22年 12月 杉山和正,川又透,早稲田嘉夫 35

2 X線異常散乱法と RMC法のドッキング

非晶質合金の構造解析の第一歩は,各成分周囲の原子配列(各成分ペアの部分構造)を可能な限り正

確に求めることにある.この目的には,隣り合う原子番号の元素が共存する場合でも,目的元素周囲

の環境構造を導出できるX線異常散乱法 (AXS)法が有効である [17, 18].一方,実験で得られた部分構造を再現できる3次元原子配列モデルを解明するためには,最近のコンピューターテクノロジーの

進歩によってサポートされるリバースモンテカルロ (RMC)法が有効である [16,19].著者らは,このような実験技術の進歩を踏まえて,明瞭な短距離秩序配列をもたない多成分非晶質合金の構造を3次

元的に評価するための手法を開発した.すなわち,通常のX線回折法によって求められる(平均)構

造因子のみをシュミレーションする通常の RMC法を発展させ,平均構造因子に加えてX線異常散乱法によって得られた着目する元素周囲の環境構造因子の両者を,充分に再現できる構造モデルをシュ

ミレーションする「AXS-RMC法」が効果的であることを実証した.X線異常散乱法に基づく環境構造関数の導出法の詳細,ならびに RMC法の計算プロセスは,すでにいくつかの教科書などに解説されているので,ここでは要点のみを示す.

2.1 X線異常散乱法 (AXS法)

通常のX線散乱実験により得られる構造因子は,式 (1)で示されるように部分構造因子 aij(Q)の重み付き平均である.

a(Q) =[Icoheu (Q) − (< f2 > − < f >2)

]/ < f >2=

n∑i=1

n∑j=1

cicjfifj

< f >2aij(Q) (1)

ここで,Q = 4π sin θ/λ(λ:入射X線の波長,2θ:散乱角),Icoheu (Q) は電子単位に規格化

した弾性散乱強度,cj および fj は,それぞれ成分 j の原子分率および原子散乱因子,ま

た < f > および < f2 > は,それぞれ原子散乱因子および原子散乱因子の二乗の平均であ

る.したがって,例えば A-B-C 3成分系では,実験から直接得られる構造因子 a(Q) には,

AA--AAAA--AA

AA--BB

AA--CC

CC--CC

BB--CC

BB--BB

AA--AAAA--AA

AA--BB

AA--CC

CC--CC

BB--CC

BB--BB

AA--AAAA--AA

AA--BB

AA--CC

CC--CC

BB--CC

BB--BB

AA--AAAA--AA

AA--BB

AA--CC

CC--CC

BB--CC

BB--BB

Fig.3 Schematic diagram for anomalous

dispersion terms and observed scattering in-

tensity profiles.

A-A ,A-B,A-C,B-B,B-C および C-C 6種類の原子ペアに対応する部分構造因子 aAA(Q),aAB(Q),aAC(Q),aBB(Q),aBC(Q)および aCC(Q)が寄与している.本稿では,i(Q) = a(Q) − 1 で定義できる,i(Q)を干渉関数と呼ぶこととする.一方,入射X線のエネルギ- E が試料に含まれ

る元素の吸収端に近い場合,異常散乱が顕著に起こ

る.異常散乱を起こした元素の原子散乱因子は,通

常の原子散乱因子 f0(Q) に異常分散項の実部 f ′(E)および虚部 f ′′(E) を付加した f(Q, E) = f0(Q) +f ′(E) + if ′′(E)と表せる.Fig.3に示すように,成分元素の中で対象となる元素を Aとし,元素 Aの吸収端の低エネルギー側のX線 E1 および E2 を用いてX

線異常散乱実験を行うと,観測される散乱強度の差

∆I(Q) = Icoheu (Q,E1) − Icoh

eu (Q,E2)は,このエネルギー領域で異常散乱項の実部が大きく変化する元素 Aの構造情報のみを反映した情報に相当する.したがっ

て A-B-C 3成分系では,式 (2) で導出できる環境干

Page 40: 素材工学研究彙報 - Tohoku University Official

36 非晶質合金の構造に関する最近の話題:AXS-RMC法を用いたアプローチ 第 66巻 第 1,2号

渉関数 ∆iA(Q)は,A-A,A-Bおよび A-C3種類の原子ペアの構造情報が寄与することになる.

∆iA(Q) =∆I(Q) − [< f2(Q,E1) > − < f2(Q,E2) >]

cA[f ′A(E1) − f ′

A(E2)]n∑

j=1

cjℜ[fj(Q,E1) + fj(Q,E2)]

(2)

式 (2)は,A-B-C3成分系における Aの周囲の環境構造に相当する.このX線異常散乱法を用いた環境構造解析は,単独の X線回折実験では分離不可能な特定元素に関連する部分構造因子を分離できること,たとえ分離が十分でない場合でも,Aの周囲の環境構造という形で,平均構造にプラス情報を与えてくれる点が特徴である.とくに,対象が 3成分以上の多成分で,多くの原子ペアの情報が交錯して,平均情報のみではその解釈が困難な場合に,有効性を発揮する.したがって,このX線異常

散乱法に基づく環境構造解析を後述の RMC法などと組み合わせた場合,単独の回折実験のみ場合と比較して,より信頼性の高い情報が得られることが可能となる [17,18].

2.2 リバースモンテカルロ法 (RMC法)

Fig.4 Calculation procedure of reverse Monte

Carlo (RMC) simulation.

RMC 法は,McGreevy ら [16] が回折データの解析手法のひとつとして開発したものである.

具体的には,Fig.4 に示す模式図のようにスーパーセルの中に原子(粒子)を配置し,その原

子座標の変位をマルコフ過程で選択し,実験で

得られた干渉関数を再現できる原子(粒子)配

列にモデルを近づけていくシミュレーション技

法である.本稿で紹介する構造解析法は,平均

構造情報を持つ Qi(Q) および環境構造情報を持つQ∆iA(Q)という,複数の実験データを満足する「構造モデル」を RMC法で抽出しようというアイデアに基づいている.具体的なシミュレー

ションアルゴリズムは,以下の 1⃝から 4⃝に示すステップによって構成される.

1⃝ 体積 V のスーパーセルに,試料の化学組成および数密度 ρ0 に対応する初期モデル構造を設定

する.通常,初期モデル構造は,体心立方構造,面心立方構造あるいは関連する結晶構造を参

考に作成する.

2⃝ 初期配置から部分2体分布関数 gij(r)を周期的境界条件のもとで計算し,次式 (3)により部分構造因子 aij(Q)を導出する.

aij(Q) = 1 +4πρ0

Q

∫ Rmax

0

r[gij(r) − 1] sin(Qr)dr (3)

さらに,部分構造因子から干渉関数 ic(Q)および環境干渉関数 ∆icA(Q)を算出し,実験データ(実験誤差 σ(Q))との統計変動差 χ2(= χ2

old)を見積もる.

χ2 =∑m=1

{i(Qm) − ic(Qm)}2

σ2(Qm)+

∑A

∑m=1

{∆iA(Qm) − ∆icA(Qm)}2

σ2A(Qm)

(4)

3⃝ 配置された粒子のうち1つを選び,ランダムに動かして新しい配置を作成しプロセス 2⃝と同様に干渉関数を計算し,統計変動差 χ2

new を見積もる.χ2new < χ2

old ならば新しい配置を採用し,

χ2new > χ2

old ならば前の配置に戻す.

Page 41: 素材工学研究彙報 - Tohoku University Official

平成 22年 12月 杉山和正,川又透,早稲田嘉夫 37

4⃝ 計算プロセス 2⃝および 3⃝を計算結果と,実験データが十分に一致するまで繰り返す.

構造モデルの収束を早めるため,特定元素間の原子間距離に関する制約条件,局所構造単位あるいは

その連結に関する幾何学的制約条件などを,場合に応じて 3⃝の判定基準に付加することが可能である.しかし,著者らの解析では,Goldschmidt原子半径を参考に得られる原子間距離の最小値(2つの原子が,その最小値より近距離には近づけない)に関するゆるい制約条件のみを考慮し,恣意的な短距

離秩序構造の存在を導入することを極力避けている.さらに補足すると,情報量をより増やすという

観点からは,X線異常散乱法に加えて,同一試料について実施した中性子線回折の構造情報をドッキ

ングすることも一案である [20].

Fig.5 The linkage of icosahedral structural

units realized in the disordered structure of

Zr70Pd30 metallic glass [21].

Fig.6 A variety of the Voronoi polyhedra

realized in the body centered cubic and face

centered cubic structures.

2.3 ボロノイ多面体解析

このような新しい AXS-RMC 法を駆使することによって,解析対象となる非晶質合金の構造モデルとし

て,スーパーセルを構成する原子座標が高精度で決定

できる.したがって,この原子座標に基づいて,非晶質

構造の特徴を詳細に議論することが可能となる.解析

アルゴリズムからも明らかなように,AXS-RMC解析の終了とともに,部分構造関数 aij(Q)および二体分布関数 gij(r)が得られ各原子ペア相関に関する議論を進めることができる [19].同時に,原子の座標が与えられているため,通常の動径分布解析では得られなかっ

た原子の 3 次元的な配列を議論できることが,本手法のメリットである.一例としてAXS-RMC解析によって得られた Zr70Pd30 非晶質合金の原子配列の一部を

Fig.5に示す [21].通常の構造解析によって得られる,近接原子の相関距離および配位数のみの情報では得ら

れなかった,正二十面体構造単位およびそれらの連結

などの情報が明瞭に得られる.このため,特定元素周

囲の短距離秩序構造の3次元イメージに関する議論が

可能となる.

さらに,スーパーセルに存在する短距離秩序構造の

頻度分布に関しては,すべての空間をどの原子に最も

近い距離であるかという基準で分割する,いわゆる「ボ

ロノイ多面体」を応用して解析評価できる.ボロノイ多面体解析を進める具体的な手順は,以下のと

おりである.

1⃝ AXS-RMC法により得られた原子配列から,解析の対象となる原子 iを選択し,選択した原子

からその周囲にある原子 j との垂直二等分面を作図し,それらの面の集合体として構成される

ボロノイ多面体 Vi を求める.すなわち,元素 i周囲のボロノイ多面体 Vi は,原子ペア lij に対

応するボロノイ多角形 Sij から構成されることになり,原子 i周囲の短距離秩序構造の3次元

イメージを,対応するボロノイ多面体の面形状と個数を解析することによって整理することが

できる [22,23].2⃝ 通常は,ボロノイ多面体上に存在する三角形の数を n3,四角形の数を n4 . . . と決め,ひとつ

Page 42: 素材工学研究彙報 - Tohoku University Official

38 非晶質合金の構造に関する最近の話題:AXS-RMC法を用いたアプローチ 第 66巻 第 1,2号

の原子周囲のボロノイ多面体の特徴を,(n3 n4 n5 n6 n7 n8) と列挙したボロノイ指数で表示する.

一例として,Fig.6に,代表的な短距離秩序構造とボロノイ多面体との関係を示す.単純立方格子では,すべての原子に対するボロノイ多面体は (8 0 0 0 0 0)(正八面体)となり,体心立方構造のボロノイ多面体は (0 6 0 8 0 0)(切頂八面体),そして fcc構造のボロノイ多面体は (0 12 0 0 0 0)(菱形十二面体)となる.

非晶質合金の短距離秩序構造として注目を集めている正 20面体クラスターであれば,ボロノイ多面体は正 12角形となり,ボロノイ指数は (0 0 12 0 0 0)と表現できる.一般には,原子ペア lij に対応

するボロノイ多角形 Sij の面積を考慮すると,対応する原子間距離が短い場合は Sij の面積が大きく,

原子間距離が遠い場合は Sij の面積が小さくなる傾向があることが知られている [23].

3 AXS-RMC法を用いた Zr50Cu50 非晶質合金構造の構造解析

ordinary Qi(Q)

QΔiZr(Q)

QΔiCu(Q)

0

50

Inte

rfer

ence

funct

ion

s /

nm

-1

0

50

0

50

0 50 100 150 200

observed

AXS-RMC

100

ordinary Qi(Q)

QΔiZr(Q)

QΔiCu(Q)

0

50

Inte

rfer

ence

funct

ion

s /

nm

-1

0

50

0

50

0 50 100 150 200

observed

AXS-RMC

100

Q / nm-1

0 50 100 150 200

Q / nm-1

0 50 100 150 200

Fig.7 The ordinary interference function, Qi(Q) and environ-

mental interference functions, Q∆iCu(Q) and Q∆iZr(Q) for

Zr50Cu50 metallic glass. Solid lines correspond to the exper-

imental data. Dotted lines denote values calculated by AXS-

RMC method [24].

X線異常散乱法および RMC 法のドッキングの有効性を示す例とし

て,Zr50Cu50 非晶質合金構造の構造

解析結果を紹介する [24].Fig.7に,通常の回折実験 (E = 17.698keV)によって得られた Qi(Q) および ZrK 吸収端および Cu K 吸収端の異常

散乱実験で得られた Q∆iZr(Q)およびQ∆iCu(Q)を示す.これらの3種類の干渉関数を用いて,粒子数 2000個(Cu 原子 1000 個,Zr 原子 1000個, L=3.24 nm)のスーパーセルを用いて AXS-RMC 解析を行なった.繰り返すと,3種類の干渉関数

を最も良く再現する粒子数 2000 個(Cu原子 1000個,Zr原子 1000個,L=3.24 nm)の配列を求めた.Fig.7に示すように,シミュレーションと

して収束したと判定された構造モデ

ルは,3種類の実験値を十分に再現

しており,AXS-RMC法によって得られた構造モデルが Zr50Cu50 金属

ガラスの構造の特徴を十分に再現し

ていると考えることができる.

Fig.8 に,本解析で得られた二体分布関数 gCuCu(r),gZrCu(r)およびgCuCu(r)を示す.gCuCu(r)および gCuCu(r)の最近接ピークは,それぞれ 0.264nmおよび 0.319nmに存在し,Goldschmidt 半径和 (Cu-Cu=0.256nm および Zr-Zr=0.320nm) より若干長いか,ほぼ等しい.しかし,Zr-Cu 相関距離 0.282nm は Goldschmidt 半径和(Zr-Cu=0.286nm)より短く,Zr50Cu50 非晶質合金では,Zr-Cuという異種元素相関に若干の強い結合があることを示唆している.

Page 43: 素材工学研究彙報 - Tohoku University Official

平成 22年 12月 杉山和正,川又透,早稲田嘉夫 39

0 2 4 6 8 100

5

10

15

gZrCu (r)

gCuCu (r)

gZrZr (r)

Par

tial

pai

r d

istr

ibuti

on f

unct

ions

r / nm

1

2

3

4

0

1

2

3

4

0

1

2

3

4

Cu-rich region

Zr-rich region

0.20.0 0.4 0.8 1.00.60 Up to 0.36 nm :

first nearest neighbor region

0.36 - 0.48 nm : Cu-rich

0.48 - 0.60 nm : Zr-rich

0.60 - 0.72 nm : Cu-rich

0.72 - 0.84 nm : Zr-rich

(a) (b)

0 2 4 6 8 100

5

10

15

gZrCu (r)

gCuCu (r)

gZrZr (r)

Par

tial

pai

r d

istr

ibuti

on f

unct

ions

r / nm

1

2

3

4

0

1

2

3

4

0

1

2

3

4

Cu-rich region

Zr-rich region

0.20.0 0.4 0.8 1.00.60

0 2 4 6 8 100

5

10

15

gZrCu (r)

gCuCu (r)

gZrZr (r)

Par

tial

pai

r d

istr

ibuti

on f

unct

ions

r / nm

1

2

3

4

0

1

2

3

4

0

1

2

3

4

Cu-rich region

Zr-rich region

0.20.0 0.4 0.8 1.00.60 Up to 0.36 nm :

first nearest neighbor region

0.36 - 0.48 nm : Cu-rich

0.48 - 0.60 nm : Zr-rich

0.60 - 0.72 nm : Cu-rich

0.72 - 0.84 nm : Zr-rich

Up to 0.36 nm :

first nearest neighbor region

0.36 - 0.48 nm : Cu-rich

0.48 - 0.60 nm : Zr-rich

0.60 - 0.72 nm : Cu-rich

0.72 - 0.84 nm : Zr-rich

(a) (b)

Fig.8 The three partial gii(r)s for Zr50Cu50

metallic glass obtained by the AXS-RMC method.

Zr and Cu rich regions are indicated by gray and

dotted shells, respectively [24].

同時に,得られた二体分布関数は,総じて長距離

側にテールをもつ形状を示す.この事実は,短

距離規則構造が明瞭ではない多成分非晶質合金

の場合,たとえ広い波数ベクトル領域の情報を

得て,相対的に分解能が高い動径分布関数が得

られたとしても,Gaussian関数などの汎用の対称関数で原子ペア相関を分離解析することに限

界があることを示している.また,Fig.8(a) のgCuCu(r) には,前述の 0.264nm の最近接相関に加えて,やや散漫ではあるが 0.43nm および0.67nm近傍に,第二および第三相関ピークが認められる.gZrCu(r) および gCuCu(r) の場合も,同様な特徴が観察できる.このように,Zr50Cu50

非晶質合金における3種類の二体分布関数には,

対応する原子サイズに起因する位相のずれが明

瞭に観察できる.この特徴は,非晶質合金において原子配列が基本的にランダムであることを強く示

唆しており,結果として Fig.8(b)に図示するような,中心元素から Cu元素の富む領域と Zr元素の富む領域が交互に出現する殻構造 (shell structure)の存在を示唆していると考えられる.

Cu および Zr 周囲の短距離秩序構造について,AXS-RMC 解析から得られた原子座標に基づき導出したボロノイ多面体およびボロノイ多角形の情報から,以下の特徴が抽出できる.Fig.9 は,Zr50Cu50 非晶質合金の構造モデルから得られたボロノイ多角形の頻度分布を示す.この結果は,

Zr50Cu50 非晶質合金のボロノイ多面体は,五角形の面で囲まれていることが多いことを示す.この

特徴は,剛体球の最密不規則構造 (Dense Random Packing of Hard Spheres: DRPHS) および分子動力学(MD)計算によって得られた解析結果と,非常に良い一致を示している [25–27].すなわち,Zr50Cu50 非晶質合金の構造は,かなり昔から非晶質の構造を表すのに汎用されてきた最密不規

則構造,通称 DRPHS モデルで十分に近似できることを示している.Table 1 に,Zr50Cu50 非晶質

合金の構造に存在するボロノイ多面体の頻度分布について,今回の解析で得られた具体的な数値を

0

10

20

30

40

50

60

70

3 4 5 6 73 4 5 6 7

10

0

20

30

40

50

60

70

Voronoi polygons

Po

lygo

n f

ract

ion (

%) Cu-centered

Zr-centered

MD 25)

DRPHS 26)

0

10

20

30

40

50

60

70

3 4 5 6 7

0

10

20

30

40

50

60

70

3 4 5 6 73 4 5 6 7

10

0

20

30

40

50

60

70

Voronoi polygons

Po

lygo

n f

ract

ion (

%) Cu-centered

Zr-centered

MD 25)

DRPHS 26)

0

10

20

30

40

50

60

70

0.80 0.85 0.90 0.95 1.00 1.05 1.10 1.15

R* = 0.90

Zr70Cu30

Zr70Ni30

Zr70Pd30 Zr50Cu50

Around Zr

Zr70Cu30

Zr70Pd30

Around Cu, Ni and Pd

Zr50Ni50

Zr50Ni40Al10

Zr50Cu40Al10

Zr70Ni30

Zr50Cu50

Zr50Ni50

Zr50Ni40Al10

Zr50Cu40Al10

Around Al

Zr50Ni40Al10

Zr50Cu40Al10

0.80 0.85 0.90 0.95 1.00 1.05 1.10 1.150

10

20

30

40

50

60

70

R****

Ico

sa

hed

ron

-lik

e V

oro

no

iin

dex

es [

% ]

0

10

20

30

40

50

60

70

0.80 0.85 0.90 0.95 1.00 1.05 1.10 1.15

R* = 0.90

Zr70Cu30

Zr70Ni30

Zr70Pd30 Zr50Cu50

Around Zr

Zr70Cu30

Zr70Pd30

Around Cu, Ni and Pd

Zr50Ni50

Zr50Ni40Al10

Zr50Cu40Al10

Zr70Ni30

Zr50Cu50

Zr50Ni50

Zr50Ni40Al10

Zr50Cu40Al10

Around Al

Zr50Ni40Al10

Zr50Cu40Al10

0.80 0.85 0.90 0.95 1.00 1.05 1.10 1.150

10

20

30

40

50

60

70

R****

Ico

sa

hed

ron

-lik

e V

oro

no

iin

dex

es [

% ]

Fig.9 Frequency distribution of Voronoi

polygons for Zr50Cu50 metallic glass.

Those for MD simulation and DRPHS re-

sults are also given in this figure [24–26].

Fig.10 Frequency distribution of icodahedron-like

Voronoi polyhedra for a variety of Zr-based amorphous

alloys.

Page 44: 素材工学研究彙報 - Tohoku University Official

40 非晶質合金の構造に関する最近の話題:AXS-RMC法を用いたアプローチ 第 66巻 第 1,2号

Table 1 Frequency distribution of typical Voronoi

polyhedra found in the structural model of amorphous

Zr50Cu50 alloy [24].

Zr-centered Cu-centered

Voronoi polyhedron Frequency (%) Voronoi polyhedron Frequency (%)

( 0 1 10 2 0 0 ) 11.9 ( 0 0 2 8 1 0 0 ) 18.3

( 0 2 8 4 0 0 ) 6.5 ( 0 0 12 0 0 0 ) 12.2

( 0 3 6 4 0 0 ) 5.8 ( 0 2 8 2 0 0 ) 9.7

( 0 1 10 3 0 0 ) 5.2 ( 0 2 8 0 0 0 ) 7.3

( 0 2 8 3 0 0 ) 4.4 ( 0 3 6 1 0 0 ) 6.5

( 0 0 12 0 0 0 ) 4.1 ( 0 3 6 3 0 0 ) 4.5

( 0 2 8 2 0 0 ) 4.1 ( 0 3 6 2 0 0 ) 3.7

( 0 0 12 2 0 0 ) 3.9 ( 0 4 4 3 0 0 ) 3.5

( 0 1 10 4 0 0 ) 3.1 ( 0 1 10 2 0 0 ) 2.7

( 0 3 6 5 0 0 ) 2.6 ( 0 3 6 0 0 0 ) 2.3

示す.Zr周囲およびCu周囲を比較すると,サイズの小さな Cu の方が,サイズの大きな Zrよりも正二十面体配位を好むことが明らかである.この解析結果は,Cuに配位する Cuおよび Zr の平均サイズと中心の Cuの金属半径の比率 (R∗ = 0.88) が Zr の場合 (R∗ = 1.10) より理想的な正二十面体の値 (R∗ = 0.90)に近いこととよく対応する.言い換えると,ランダム構造モデルを基盤

とする Zr50Cu50 非晶質合金の合金組成は,

「Cu周囲の正二十面体配位に適している環

境を形成している」と解釈できる.

非晶質合金の中には低温の熱処理によっ

て,準結晶相を析出するものも多く認めら

れている.特に Zr基金属ガラスに,Ptおよび Pdなどの貴金属元素を添加した場合に,この準結晶相の析出現象が明瞭に観察できることが知られている.そのため,Ptおよび Pd周囲に正二十面体対称を示す特異な短距離秩序構造があるのではないかと考えられてきた [28].しかし,Zr50Cu50 非晶質

合金の解析結果は,正二十面体配位という短距離秩序構造は,特定の合金系に限る話と言うよりは,

むしろ剛体球の最密不規則構造 (DRPHS),化学組成および原子半径比の産物であると理解すべきであること,したがって,準結晶の出現には別の要因が関係していると考える方が自然であることを示

唆している.

同様な実験事実は,Zr70Pd30 非晶質合金でも確認されている.詳細は原著論文に譲るが,Zr70Pd30

非晶質合金の AXS-RMC 解析によって得られた構造モデルをボロノイ多面体解析した結果,Pd の約 15% は正二十面体配位構造をもつことが判明した.準結晶を晶出しない Zr50Cu50 非晶質合金に

おいても,正二十面体配位構造の存在頻度が高いことを考慮すると,準結晶の析出には,短距離秩序

構造以外に,何らかの別の要素が深くかかわっていると考えることが,より自然である.著者らは,

AXS-RMC解析によって得られる Zr-Pd相関距離には,Goldshcmidt半径よりもかなり短いものが頻繁に存在することを考慮すると,低温の熱処理によって容易に破壊されないような結合性が強い化

学的短距離秩序構造と,非晶質合金特有の幾何学的短距離秩序構造(正二十面体配位構造)の両者が

共存したときに,準結晶の析出のような特殊な結晶化プロセスをとるのではないかと考えている [21].

4 Zr基非晶質合金の構造解析

前述のとおり,Zr50Cu50 非晶質合金の AXS-RMC解析によって, 1⃝非晶質金属の構造の特徴としての正二十面体秩序構造の存在が確認できた.そして, 2⃝正二十面体構造の頻度は,配位子と中心原子の寸法比で説明可能であることを立証した.著者らの研究グループでは,この基礎的原理をより多

くの非晶質合金で検証するため,Zr-Cu系,Zr-Ni系,Zr-Pd系,Zr-Cu-Al系および Zr-Ni-Al系の非晶質合金に関する AXS-RMC 解析およびボロノイ多面体解析を,系統的に実施している.Fig.11は,各非晶質合金構造に存在する正二十面体タイプの秩序構造の存在頻度を,配位子の平均サイズと

中心原子サイズとの比率 R∗ で整理したものである.予想されたように,Zr-Cu 系,Zr-Ni 系およびZr-Pd系では,比率 R∗ が理想的な正二十面体の値 (R∗ = 0.90)にちかい場合に,正二十面体類似の秩序構造の存在頻度が高くなる傾向が,明瞭に認められる.この事実は,金属元素から構成される Zr基2元系非晶質合金の構造は,剛体球の最密不規則構造 (DRPHS)を基本とし,その構造単位は原子寸法比で概ね説明可能であることを強く示唆している.しかし,一方で,Alを含む Zr-Cu-Al系およ

Page 45: 素材工学研究彙報 - Tohoku University Official

平成 22年 12月 杉山和正,川又透,早稲田嘉夫 41

び Zr-Ni-Al系に関する実験結果は,Zr,Cuおよび Niの挙動と Alの挙動に明らかな相違があることを示している.原子番号の小さな Alは,X線に対する散乱能が小さい.したがって,他に原子番号の大きな元素が含まれる非晶質合金の X線回折法による構造解析では,相対的に情報を得がたい問題がある.しかし,そのことを勘案しても,3元系非晶質合金における Alの構造的な役割は,剛体球の最密不規則構造 (DRPHS)および原子サイズだけでは説明できない効果がありそうである.現在,非晶質合金中における Alの構造的な役割を,より明確に議論するために,Al濃度の高い Zr-Al-Ni系合金や Y-Al-Ni系合金の AXS-RMC解析に挑戦している.Alに関しては Zr,Cuおよび Ni周囲に観察される正二十面体類似の秩序構造以外の特殊な構造単位を基本とし,その存在が非晶質金属の安定性

を格段に増大させている可能性を予測し,その事実が確認できることに期待を寄せている.

5 おわりに

新しい金属素材として注目を集めている非晶質合金の開発に,非晶質合金の構造情報は不可欠であ

ることは言うまでもない.しかし,従来法の平均動径分布解析では,構成元素周囲の平均原子間距離

および平均配位数などの限られた構造情報にとどまる.そのため,結晶を特徴づける長距離秩序構造

を持たない非晶質合金の研究分野に対して,非晶質合金の構造解析は,非晶質であることの証明には

使えるが,それ以上の貢献は,あまり期待できないのではないかと考えられてきた.その解決案のひ

とつが,目的元素の環境構造解析が可能なX線異常散乱法 (AXS法)に,プラスして高速計算機を導入する構造モデル化をドッキングさせた「AXS-RMC法」である.

AXS-RMC法の解析は,本稿で紹介したように,非晶質合金の構造について,従来から提唱されている剛体球の最密不規則構造 (DRPHS) モデルが有効であることを,改めて実験的に証明し,かつ,非晶質合金構造の基本構成単位として,正二十面体類似の原子配列の重要性を明瞭に確認した.準結

晶近傍に存在する近似結晶を除いて,正二十面体類似の原子配列は,金属結晶にはあまり見られない.

それゆえに,この特殊な原子配列が非晶質金属の基本的な特徴であり,非晶質合金の構造安定性に大

きな影響を与えていることは間違いないと考えられる.また,その頻度は合金を構成する化学組成お

よび原子寸法比に大きく影響する.このことは,井上らが提唱した非晶質相の生成に関する汎用ルー

ル [9]について,以下のコメントを可能にする. 1⃝合金の構成元素の数に関する条件, 2⃝構成元素の原子寸法に関する条件は,正二十面体類似の原子配列の数密度を構造的に規定していることと同値と

考えられる.一方,非晶質金属中では異種元素の相関距離が Goldschmidt半径の和よりも若干短く観察されることが多く,強固な結合が存在することを示唆している事実は, 3⃝主要構成元素の混合熱に関する条件と対応すると考えられる.すなわち,AXS-RMC法の解析による新しい実験事実は,系統的な合金の探索結果から共通的な因子として導かれた経験則 [9]に,原子レベルの説明を付加できたと考えている.

一方,一連の AXS-RMC解析は,一般に非晶質合金の安定性を増大させると指摘されている Alの添加が,この3つの要因とは異なる構造的な役割を果たしている可能性を強く示唆している.Alは,準結晶においても共有結合性の強い結合を形成していることが予想されている.この非晶質合金中に

おける Alの役割について,筆者らは,金属元素の最密不規則構造 (DRPHS)からでは導かれない,特異な原子配列の形成に寄与しているのではないかと考えている.この予測は,今後,AXS-RMC法をAl基非晶質合金のみならず,Pおよび Bなどの非金属元素を含む非晶質合金の構造解析に展開することによって,立証されることが期待できる.その結果,非晶質合金の開発指針として,新たな指針を

提唱できるのではないかと考えている.本稿が,ランダム系物質の構造解析に興味をお持ちの方々に

少しでもお役に立てば幸いである.

Page 46: 素材工学研究彙報 - Tohoku University Official

42 非晶質合金の構造に関する最近の話題:AXS-RMC法を用いたアプローチ 第 66巻 第 1,2号

文 献

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[16] R.L.McGreevy and L.Puszai: Mol. Simulation, 1 (1988), 359.[17] Y.Waseda:“Anomalous X-ray Scattering for Materials Characterization“ Springer-Verlag,

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633.[20] M.Saito, S.Kang, K.Sugiyama and Y.Waseda:J. Phys. Soc. Japan, 68(6) (1999), 1932.[21] K.Sugiyama, T.Muto, T.Kawamata, Y.Waseda and Y.Yokoyama: Philos. Mag., (2010,in

press).[22] V.S.Stepanyuk, A.Szasz, A.A.Katsnelson, O.S.Trushin, H.Muller, H.Kirchmayr: J. Non-

Cryst. Solids, 159 (1993), 80.[23] K.Sugiyama and Y.Takeuchi: Zeit. Krist., 173 (1985), 293.[24] T.Kawamata, Y.Yokoyama, M.Saito, K.Sugiyama and Y.Waseda: Materials Transactions,

51 (2010), 1796.[25] K.W. Park, J. I. Jang, M. Wakeda, Y. Shibutani, J.C. Lee: Scr. Mater., 57 (2007), 805.[26] N.Mattern, P.Jovari, I.Kabanc, S.Grunerc, A.Elsnera, V.Kokotin, H.Franzd, B.Beuneue and

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平成 22年 12月 杉山和正,川又透,早稲田嘉夫 43

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44

木質系バイオマスのガス化と高純度水素製造

張其武*1,加納純也*1,齋藤文良*1

Gasification of Renewable Energy Source of Biomass andProduction of High-purity Hydrogen

By Qiwu Zhang,Jun-ya Kano,Fumio Saito

This paper is provided to review current process for producing hydrogen (H2) from biomass wastes such as wood

tips and straws containing cellulose. We focused at first on the applications of H2 as energy, then introduced a

new process for generating H2 from the biomass wastes by grinding it with a mixture of Ca(OH)2 and Ni(OH)2,

followed by heating at around 400 ℃. The gasses emitted from the mixture in a furnace are CH4, CO and CO2

besides H2. The concentration of H2 is over 95%, while, that of CH4 is about 5% and those other gasses (CO and

CO2) are below 0.1%. This grade of gasses is suitable for the feed gas in solid state fuel cells of phosphate type.

The role of grinding the mixture is to disperse cellulose into the additives, and Ca(OH)2 plays a significant role in

heating stage to capture CO and CO2 generated from mainly the biomass (cellulose and lignin), as shown ideally

in the following reaction.

C6H10O5 + 6Ca(OH)2 + 0.5Ni(OH)2 = 11.5H2 + 6CaCO3 + 0.5Ni (1)

We have confirmed that this process can be applicable for generation of H2 from plastic wastes containing H in

their structures. The mechanism of the generation of H2 from the plastics is dependent on their composition and

structure. All the same, Ni(OH)2 is also important reagent for generating H2, and its form in the product after

heating is Ni, as a reductive product.

(Received on February 15th, 2011)

1 水素

水素 (原子番号 1,元素記号 H,原子量 1.00794)は,例えば,アンモニア製造(ハーバー・ボッシュ法)における原料である.また,水素を塩素ガスと混合し,光を照射すると塩酸が製造できるし,油

脂に加えて炭素同士の二重結合を減らし固体化し,トウモロコシ油やマーガリンができるなど,多く

の製品の原料としての用途がある.水素は,還元剤としての用途もある.例えば,金属鉱石(酸化物)

の還元,ニトロベンゼンの還元によるアニリンの製造,ナイロン 66 製造におけるベンゼンの触媒還元,一酸化炭素を還元してメチルアルコールを合成する場合などに使われている.水素の第 3の用途は燃料である.例えば,内燃機関の燃料として水素燃料エンジンを積んだ水素自動車がある.また,

ロケット燃料としても用いられるし,各種燃料電池への供給ガスとしての用途がある.

水素は燃やすと水のみが生成することから,環境にやさしいエネルギーと見なされる.ただし,水

素が化石燃料から製造される限りは,水素を化石燃料の代替として利用してもそのまま化石燃料の消

費量が削減されたり CO2 の発生が抑えられたりすることにはならない.

2 水素とその製法の現状

水素は,ソーダ工業や製塩業において海水の電気分解の副生品としても発生するが,その多くは,

天然ガス(メタン(CH4))を原料として水蒸気改質法 (SMR)によって製造される.この方法は,以下の三つのステップ(プロセス)から構成され,安価で大量に水素を製造することができる [1].第一ステップは,(2)式で示されるように,金属触媒を用い,700~1000℃,15~25気圧下でメタン(CH4)と水蒸気 (H2O)を反応させ一酸化炭素 (CO)と水素 (H2)を得る.

CH4 + H2O −→ CO + 3H2 (2)

*1 東北大学多元物質科学研究所

Page 49: 素材工学研究彙報 - Tohoku University Official

平成 22年 12月 張其武,加納純也,齋藤文良 45

第二ステップは,(3)式で示されるように Feやクロム系と ZnOや Cuなどを触媒とし,(2)式で生成した COを 200~475℃で水蒸気と反応(水性ガスシフト反応)させ,CO2 と H2 を得る.ここで

生成する H2 濃度は全体ガスの 70~80%であり,残りは CO2 の他,CO,CH4,H2Oである.

CO + H2O −→ CO2 + H2 (3)

第三ステップは,生成したガス(CO2, H2 等)を圧力スイング吸着(PSA)法で分離し,H2 を選択的

に回収する.この方法を水蒸気メタン改質(steam methane reforming,SMR)といい,いくつかの問題を抱えている.すなわち,CH4 はそれ自体が化石燃料であり,エネルギーとして活用でき,その

過程で生成する副産物を考えると,本方法で製造される水素は真にクリーンなエネルギーとは言い難

い.更に,SMRは量論的には CH4 と水のモル比は1:1であるが,実際は炭素析出を抑制するために水を CH4 の 1.5~5倍多く導入しており,更には高温での反応であるためエネルギー消費量が大きく,経済性が課題である.更に,SMRは H2 を CO,CO2 などと分離する必要がある.

3 化石燃料の温存と再生可能エネルギー資源の開発

現代社会の主要なエネルギー源は,石油や天然ガス,石炭等の化石燃料と原子力である.その中で,

化石燃料資源は,採掘可能年限はそれぞれ異なるが,今後も永続的に採掘でき,化石燃料が利用可能

状況にあるとは言えなく,やがては枯渇する運命にある.

Fig.1 Structure of cellulose.

そこで注目されているのが太陽光,風力,波力,バイオマ

ス(Biomass)などの再生可能エネルギー資源である.バイオマスは,「再生可能で,生物由来の有機性資源で化石資

源を除いたもの」と定義され,いくつかの特徴を持つ.そ

の一つが,「カーボンニュートラル」である.バイオマスと

しての植物はそもそも光合成により大気中の二酸化炭素の

炭素原子を取り込み成長する.その植物を燃焼して二酸化炭素 (CO2)を排出しても,大気中の CO2

の総量には影響を与えないと言う考え方である [2].バイオマスの持つもう一つの特徴は,“再生可能資源”である.バイオマスの源は,植物によって取り込まれた太陽エネルギーであり,植物を使って得たエネルギーは,太陽光,風力などの持つエネルギーと同じで,再生可能エネルギーとなる [3].バイオマスの種類は多岐にわたるが,間伐材,稲わら,木屑,ダムの流木のような木質系バイオマ

スは Fig.1に示すセルロース((C6H10O5)n)と Fig.2のヘミセルロースが全体の約 70~75%であり,その他はリグニンと水から構成されている.木質系バイオマスの特徴は,(1)賦存量は膨大であることと,(2)発生箇所は多岐にわたる,という点であるが,一回当りの発生量は小さく,大きさも不揃いで水分が多く極めて利用しにくい.また,主成分のセルロース(Figs.1-2)は,植物細胞の細胞壁および

Ferulic acid

Esterase

Acetyl-xylan

esterase

L-Arabinofuranosidase

Endo-xylanaseExo-xylosidase

Ferulic acid

Esterase

Acetyl-xylan

esterase

L-Arabinofuranosidase

Endo-xylanaseExo-xylosidase

Fig.2 Structure of hemi-cellulose.

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46 木質系バイオマスのガス化と高純度水素製造 第 66巻 第 1,2号

繊維の主成分であり,物理的にも化学的にも非常に安定であり,冷水にも熱水にも汎用有機溶媒にも

溶けず,また,酸や塩基にも強い.セルロースは木材などではヘミセルロースやリグニンと結合した

状態で存在するが,特にリグニンと結合したセルロースは単独状態よりも更に化学的に安定であるた

め,分解は非常に困難である.その賦存量は膨大であり,バイオエネルギーとして期待されている.

セルロース系バイオマスのエネルギー変換プロセスは,ガス化,油化,炭素化などがあり,ハンドリ

ング性向上,エネルギー密度の高度化として,超高速分解法や超臨界法などを中心に様々な取り組み

が世界的に行われている.

4 政府の施政・取り組み

経済産業省では,平成 20(2008)年 3月 5日,「Cool Earth-エネルギー革新技術計画」に関する報告書を公表している [4].その検討の背景として,2007 年 5 月,当時の総理が「美しい星 50(クールアース 50)」を発表し,世界全体の温室効果ガス排出量を現状に比して 2050年までに半減するという長期目標を提案した.この目標実現には,革新的技術の開発が不可欠となったが,その革新技術計画

の中で,重点的に取り組むべき 21の革新技術の一つ,「水素製造・輸送・貯蔵」が挙げられ,飛躍的な低コスト化水素製造技術として,“再生可能エネルギー”の利用がある.これによると,2015~2020年頃に水素のコストは 40~80円/Nm3 を目指し,CO2 排出削減に貢献することが期待される,とある.

5 バイオマスからの水素製造

木質系バイオマスのガス化については,高温下での水性ガス化反応 ((3) 式 (吸熱反応)) による H2

と COを製造する研究がある.これはバイオマス (C)を部分酸化して得られる熱量を水性ガス化反応に利用し,残りの生成物を約 800~1000℃に加熱し,水蒸気を添加して H2 と COから成る合成ガスを製造する方法がある [5](特開平 5–287282号公報).これによれば,バイオマスから他の燃料を用いることなく H2 と CO濃度の高い合成ガスを製造できる.このように,水性ガス化反応ならびに (3)式で示される COシフト反応(発熱反応)により水素が製造できる.

C + H2O = CO + H2 :水性ガス化反応(吸熱) (4)

H2 と CO2 を含む合成ガスから水素を濃縮するには Ca(OH)2 が用いられ,CO2 を吸収して CaCO3

になり,水素が精製できる.また,例えば,ごみからチャー (C)を製造し,更に,ごみ焼却設備における廃熱を利用して水蒸気 (H2O) を製造し,チャーを加熱炉に戻して水性ガス化反応により H2 と

COから成る燃料用改質ガスを製造する方法も提案されている [6](特開 2001–192675号公報).いずれにしてもこの水性ガスシフト反応や水性ガス化反応には触媒が必要であり,触媒には,金属(鉄,

銀,白金,ルテニウム,パラジウム及びロジウムの内少なくとも一種の金属)を担持させた木質系バ

イオマスの炭化物が使われ,その量は,該炭化物に対し質量比で 0.1~10%である.また,加熱温度400~600℃の範囲で多量の水素を含むガスを製造することができる [7](2005.11.1 特許出願(東京電力株式会社)).水性シフト反応における新しい触媒の開発については,蓮尾,内山の研究がある [8].すなわち,バイオマス水性ガスシフト反応による高活性水蒸気ガス化触媒は,Ni-K/ Al2O3 担持触

媒であるとしており,この反応では,Ni-Kの順番で担持した逐次担持法で調製した触媒が Ni担持量0.5mmol/g-支持体(金属換算で 3mass%以下)で水素収率が 60%以上になることを明らかとしている.また,福岡水素エネルギー戦略会議研究開発事業報告(平成 18–19年)によると Fig.3に示すように木材を高温でガス化し,脱硫,脱 CO2 して H2 と CO混合ガスを生成できる [9].この研究開発事業では従来の 900℃での改質反応プロセスを経ない新しいプロセス開発と実証試験が行われた.その研究では,カリウム金属塩を触媒としたベンチテストで,ガス化反応温度が 600 ℃程度で水素収率= 20~30%,水素発生量= 15-20mmol/g-celluloseという結果を得ている.また,実証試験ではガス化率 93%,水素発生量は 2.9m3/10kg-cellulose,となっている.また,森ら [10](弘前大学理工)

Page 51: 素材工学研究彙報 - Tohoku University Official

平成 22年 12月 張其武,加納純也,齋藤文良 47

Removal of CO2

Removal of S

H2, CO

Gasification

Biomass

+Additive

CO, CO2, H2, S

CO, CO2, H2

CO2

Fig.3 Gasification of biomass by heating

with catalyst.

はバイオマスと高温水蒸気との反応によって水素ガス

発生の研究を行っている.それによると,セルロース

原料からの 700 ℃でのガス化率は 70%,水素発生量は CO,CO2 ガス量の約半分(水素濃度= 50%)となっている.バイオマスからの水素発生の商用化につ

いては,2010年 3月 2日,(株)日本計画機構の「バイオマスからの水素製造技術(ブルータワー技術)」を

使った水素製造プラントが福岡県に建設されることが

決定した [11].これは農林水産省が募集した助成金事業(平成21年度補正予算「地域資源利用型産業創出

緊急対策事業」の高効率バイオマス変換施設の実証)

の一つで,プラントの核となる先進技術は,ドイツか

ら導入,独自の開発を加えて昨年初頭には「バイオマ

スからの水素製造」の特許を日本で取得した.初期コ

ストとなるプラント建設費用のうち (2/3) が助成される.木質バイオマスを使った商用のガス化および水素

製造施設は世界で初めてであり,技術の特徴は,「部分酸化ではなく還元状態でのガス化であること」

「セラミックボールを熱の媒体として使用すること」などで,多くのバイオマスからのガス化プラン

トのネックとなっているタールの発生が非常に少なく,水素リッチなガスが生産できることなどがあ

げられる.これまでこの技術では,環境省などの実証事業として作られた実証プラント(木質バイオ

マスの使用量1日1トン規模)が2基あったが,今回建設予定のものは本格的な商用としてスケール

アップされた最初のプラントとなる(http://www.jpo-net.co.jp/).バイオマスのガス化研究は,海外でも盛んで,例えば,NEDO海外レポート(NO.1004, 2007.7.25)によると,米国における多糖類(セルロース= C6H10O5)から水素製造の新手法が掲載されている [12].それによると,2006 年の米国エネルギー省発表では,2020 年までに水素で走る燃料電池車を普及させることを目指しているという.それを踏まえ,バージニア工科大学,オークリッジ国立研究所,ジョージア大学他では,バイ

オマスから安価に水素を直接生産する提案があるという.森林資源を育成するには間伐が必要であり,

その量は毎年大量に排出される.また,稲わらやバガス(サトウキビから砂糖を絞った後の残渣)な

どは有力な水素製造原料となりうるバイオマス資源である.しかしながら,いずれのプロセスも,発

生ガスには水素の他 CO,CO2 ガスが含まれ,高純度水素を得るにはガス分離操作が必要であり,ま

た,水素ガス発生収率は高くとも 60~70%の範囲である。更なる収率向上のための研究 [13–16]が重点的に進められている.

6 メカノケミカル前処理バイオマスの熱分解による水素製造 [17–19]

Cellulose

((((C6H10O5))))nnnn

Inorganic

Additives

GrindingProducts

(Mixture)

Non-oxydative

condition

Heating H2

Fig.4 A process for generating hydrogen from

biomass through mechanochemical treatment.

筆者らは非食用バイオマスからの高純度水素

製造を試みている.その手法は,原料のバイオマ

スに無機物を添加し,まず,乾式粉砕(メカノケ

ミカル処理)して適度な均一度を持った混合物を

製造する.次に,粉砕物を非酸化雰囲気下で 400℃程度に加熱する.加熱によって混合物は熱分

解され,結果として高純度水素が発生する.筆者

らの手法をプロセスとして表示すると Fig.4のようになる.すなわち,まず,原料(バイオマス)を予備粉砕してチップ状あるいは大鋸屑程度の粒度に調整する.細かくなったバイオマスに無機物を添加

Page 52: 素材工学研究彙報 - Tohoku University Official

48 木質系バイオマスのガス化と高純度水素製造 第 66巻 第 1,2号

- 4 0

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D T A

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H2

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C O2

T e m p e r a t u re / oC

Fig.5 TG-MS spectra of the gases emitted from

a mixture after grinding for 2h.

して乾式粉砕し,均一混合とメカノケミカル効

果の発揮によってセルロース結合を破壊ないし

は結晶構造を変化させる.この状態の混合物を

非酸化状態(酸素濃度がゼロ)で加熱すると,セ

ルロースやヘミセルロース中の炭素(C)と酸素(O)は無機添加物と反応し,無機炭酸塩となり,セルロースやほかの添加物からも水素(H)が発生する.Fig.5にはセルロース- Ca(OH)2-Ni(OH)2 系混合物の粉砕産物を加熱した場合における発生ガスの TG-MS 分析結果を示す.粉砕物を加熱し,水素発生後の固体残渣の組成を

調べた結果,CaCO3 と Ni が残渣となる.つまり,Ca(OH)2 はセルロースの熱分解過程で発生する CO2 を固定し,CaCO3 となり,同時に,

Ni(OH)2 は還元されて Ni(金属)が生成する.このときの反応は,以下のようになる.

(C6H10O5) + 6Ca(OH)2 + 0.5Ni(OH)2 = 11.5H2 + 6CaCO3 + 0.5Ni (5)

200 4 00 60 0 80 0

Ni

NiO

Ni(OH)2

Temperature oC

2 (2h) MSFig.6 MS spectra of the gas emitted by

heating a mixture of cellulose with different

Ni-compounds, after milling for 2h.

Fig.7 Photos of products before and after

heating.

原料に添加する Ca(OH)2とNi(OH)2において,前者は加熱過程で発生する CO,CO2 を固定する役割

があり,結果として CaCO3 が生成する.また,後者

はセルロースから水素を積極的に追い出す役割を果た

し,自身は還元されて Ni になる.ここで,セルロース(1モル分子量= 162g)1kg当たりの H2 量(理論

量)は理論的には 61.7gであるが,実際にはセルロース 1kg当たり発生水素は 59.9g(発生率= 97.1%)となる.再現実験の結果,水素発生率が 95%を下回ることはなく,したがって,セルロース単独試料からの水素

発生率は 95%以上である.無機物質として Ca(OH)2と CaOの 2種類を使い,水素発生量に及ぼす添加物の影響を調べると,Ca(OH)2 からの方が CaO に比較して多い.また,Ni(OH)2 と NiO や Ni とを用いて水素発生量を比較すると,Fig.6 のように水酸基を持つ Ni(OH)2 を用いた場合が水素発生量は多い.このことから,水素は,セルロースのみからだけでは

なく,無機添加物からも発生する可能性があると云

える.なお,セルロース(バイオマス)原料に対して

Ca(OH)2 を 6 モル添加で水素は 11.5 モル精製するが,Ca(OH)2 を 6 モル以下に低減すると,Fig.7 に示すように粉砕物の色は原料混合物と同じ白色である

が,加熱後の固体残渣の色は黒色になり,このことは

炭素 (C)が生成していることを示す.ここで生成したC を熱源にすると残渣の CaCO3 が CaO になり,水和させて Ca(OH)2 にリサイクルできる.C量は,原

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平成 22年 12月 張其武,加納純也,齋藤文良 49

料への Ca(OH)2 添加率を調節することで制御できる.ところで,H2 発生の阻害因子としては硫黄

(S) などが原料に混入すると無機添加物(Ca(OH)2 や Ni(OH)2)と相互作用するので注意が必要である.

セルロース試薬の他に 4種類のバイオマス(稲わら,印刷用紙,コーヒー滓,杉材)(各 1kg)に対する発生 H2 量 (g)を測定した.セルロース 1kg当たり水素の理想量は 61.1gであるが,本法で水素発生量を実測すると 59.6gであり,発生率は 96.8%である.稲わらではセルロースより多く水素が発生しており,おそらくリグニンからも水素が発生している可能性が大である.杉材については 48.4gとなり,セルロースの場合より少ないが,その理由は明確ではないが,原料の前処理による粒度が影響し

ているのではと想像している.いずれにしても,本手法では,木質系バイオマス中のセルロースをリ

グニンと分離することなくバイオマスそのものを原料にして粉砕と加熱法を併用して高純度水素を発

生することができると云える.なお,バイオマスに添加する Ca(OH)2 以外の無機物として Fe系,Al系化合物も試みたが,いずれ効果がなかった.Ni 系化合物が効果的で,3 種類 (Ni, NiO, Ni(OH)2)の中では Ni(OH)2 が最適であった.次に,セルロースから水素を発生させる反応において熱力学的に考察した結果を下記する.セ

ルロース中の水素のモル数は 5mol で,水素発生率を 95% と仮定すると,生成する H2 モル数は

5mol × 0.95 = 4.75molとなり,その生成熱は∆H = −1357kJである.更に,チャー(炭素:C)が3.2mol生成することになり,その燃焼熱は ∆H = −1263kJである.また,セルロースから水素を得て,かつ CaCO3から Ca(OH)2へとリサイクルするまでの全熱量Hf(kJ/mol)を計算すると約-876kJとなり,加熱過程では上記のリサイクルを考慮しても熱量としては余力があると判定できる.

Fig.8 TG-MS patterns of a mixture of cellulose-

LiOH-Ni(OH)2 milled for 2h.

なお,バイオマスに添加する Ca(OH)2 の量を調整すると炭素 (C) が生成するが,その炭素,例えば,上記の炭素(C)3.2molの燃焼熱は∆H = −1263kJであり,CaCO3 から Ca(OH)2へのリサイクルに使える.したがって,この炭素

の生成はバイオマス原料(無機添加物を含む)全

体のエネルギー回収率にとって無視できない.

一方,原料(セルロース+無機添加物)と生成

物に対する物質収支を計算し,完全に物質収支が

取れることが確認できた.

CO,CO2 固定化のための無機添加物として

Ca(OH)2の他に,アルカリ (Li,Na,K)水酸化物,CaOなどが効果的である.Fig.8には,バイオマスへ添加する無機物として Ca(OH)2 の代わりにLiOHを用いた結果を示す.図より,この場合の水素発生温度は Ca(OH)2を用いた時より 150℃低い 250℃で始まり,熱分解後は Li2CO3 が生成する.条件にもよるが 95%以上の高純度水素であることが確認できた.Ca(OH)2 の代わりに LiOHを用いた場合の反応式は下記のようになる.

C6H10O5 + 12LiOH + 0.5Ni(OH)2 = 11.5H2 + 0.5Ni + 6Li2CO3 (6)

なお,NaOHや KOHはセルロースと反応し,より低温で炭酸塩に生成するが,同じモル単位のセルロースを処理するためには分子量が小さい NaOHの方が必要量は少ない.ただし,ハンドリング性を考えるとこれら添加物よりはやはり Ca(OH)2 の方が良い.ところで,セルロース- Ca(OH)2 - Ni(OH)2 混合物に対しての熱分解機構を解説すると以下のようになる.まず,粉砕物を加熱し,水素発生後の固体残渣の組成を調べた結果,CaCO3 と Niが残渣

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50 木質系バイオマスのガス化と高純度水素製造 第 66巻 第 1,2号

となる.つまり,Ca(OH)2 はセルロースの熱分解過程で発生する CO2 を固定し,CaCO3 となり,同

時に,Ni(OH)2 は還元されて Ni(メタル)が生成する.NiOや Niよりも Ni(OH)2 の方が水素発生促進効果は大きいが,その主要な理由として,加熱過程で生成する Ni(金属)が超微粒子になるためであり,その触媒効果が発揮されていると考察している.Ni(OH)2 は粉砕により微粒化でき,セルロース粒子表面に良く分散され,かつ,無定形化し易い.分散状態の水酸化ニッケルは加熱過程でニッケル超微粒子になり触媒効果が発揮される.Ni(OH)2 はNi(金属)よりも安価であり,水素発生量が多いことは大きなメリットである.以上示した粉砕と加熱という簡便な方法で発生する水素の濃度は,いずれも 95%以上で,CO,CO2

濃度は 0.1%以下に抑制できる.本法は非食用バイオマスからの水素回収法として有力であり,実証試験を経て実用化に期待が寄せられている.

7 プラスチックス(樹脂)廃棄物からの水素製造 [20–22]

100 200 300 400 500 600 700

0.0

-10

-9

-9

-9

-9

0.0

-10

-9

-9

-9

-9

0.0

-10

-9

-9

-9

-9

0.0

-10

-9

-9

-9

-9

H2O

1 min

Temperature, T / oC

10 min

CO CO2

30 min

CH4

H2O

H2

60 min

Temperature, T / C

Fig.9 MS patterns of mixtures of

[CH2]/Ca(OH)2/Ni(OH)2 (molar ra-

tio=6:6:1) milled for different periods of

time.

前項で示した高純度水素発生法は,原料としてバイ

オマス以外にも,例えば,廃プラスチックスなどの樹

脂(廃棄物)にも応用できる.ここで,筆者らの提案

手法を以下に示す.樹脂廃棄物モデル試料として,ポ

リエチレン (PE, (CH2)n)など数種類を準備し,これに無機添加物と Ni(OH)2 を添加して乾式粉砕(メカノケミカル処理)し,その産物を非酸素状態で加熱し,

水素発生を試みた.その結果,いずれの樹脂(廃棄物)

からも高純度水素の発生が確認できる.1例として,

PEに対しての結果を述べる.Fig.9には,PE–水酸化カルシウム–水酸化ニッケル混合粉砕物の TG-MSパターンを示す.温度約 450℃から水素が発生していることが分かる.また,その発

生量は粉砕時間の延長とともに増大している.これよ

り,粉砕処理により水素発生は促進されることが分か

る.ここでは示さないが,水素発生後の残渣には炭酸

カルシウムとニッケル(金属)が存在し,セルロース

を原料とした場合と同様の反応機構で水素が発生して

いるといえる.水素発生量は,粉砕時間の延長,水酸

化カルシウムの添加割合と供に増大し,その水素純度

も高く,かつ,メタンガスなどの不純物ガス濃度は低

下する.PE以外でも,ポリビニルアルコール (PVA)やポリスチレン (PS)なども出発原料として用いることが可能であることが確認されている.

8 むすび

水素は様々な用途があるが,中でも近い将来は燃料電池用の供給ガスとしての期待が大きい.水素

は,工業的には化石燃料から製造されているが,資源の温存,温暖化防止等の視点では再生可能エネル

ギー資源,特にバイオマスからの製造法開発が急務である.その一つとして,本稿ではバイオマスの

ガス化について現状を解説し,新しいガス化法としての筆者らの手法を紹介した.その方法はバイオ

マス原料に Ca(OH)2 等の無機物を添加して乾式粉砕し,その粉砕産物を非酸素雰囲気下で加熱する

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平成 22年 12月 張其武,加納純也,齋藤文良 51

のみである.加熱時の温度は 400℃程度,水素発生率は 95%以上,水素濃度も 95%以上の品位を持ち,リン酸系固体電解質燃料電池への供給品位にある.最終生成物(残渣)はカーボン (C),CaCO3,

Ni(金属)となり,それぞれ回収あるいはリサイクルできる.本法は,森林資源の点在する内陸でも適用可能であり,将来の水素ステーションを想定し,製造した水素は燃料電池車等へ供給できる.な

お,樹脂を原料とする場合,樹脂構造中に酸素が存在する場合 (PVAなど)は,酸素が無い樹脂に比較して,水素濃度は高く,逆に,ハイドロカーボンだけの成分を持つ樹脂では,メタン (CH4)などが生成しやすい傾向にある.化石燃料である石油やメタン (CH4)などから水蒸気改質法で水素を発生させる場合の温度は 700℃以上であること,また,生成ガスから水素を高純度する分離操作等を考慮すると,本法での粉砕と加熱による熱分解反応は 400℃程度で進行するし,ガス分離の必要が無いなどメリットは多く,今後の利用に期待が寄せられている.

文 献

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[5] 特開平 5-287282号公報, 「有機質廃棄物から水素または水素含有ガスを製造する方法」.[6] 特開 2001-192675号公報, 「マイクロ波を用いた固体炭素質材料からの水素発生方法及び水素発生装置」.

[7] 特開 2007-126301, 「木質系バイオマスからの水素製造方法」.[8] 蓮尾東海, 内山直行: 福岡県立工業技術センター研究報告, No.19 (2009), 19-21.[9] バイオマスからの水素製造技術の開発(平成 18~19年度)福岡水素エネルギー戦略会議研究開発支援事業資料 (西日本環境エネルギー(株), 福岡県工業技術センター, 産業技術総合研究所, 九州大学).

[10] 森聡明他(弘前大学)「バイオマスの水蒸気改質による水素ガス製造」, http://www1.cjr.hirosaki-u.ac.jp/seeds/18/p47.pdf.

[11] 日本計画機構; 「木質バイオマスから水素製造の商用プラントが建設開始」, アジア・バイオマスエネルギー協力推進オフィス(http://www.asiabiomass.jp/).

[12] NEDO海外レポート(出典:Novel sugar-to-hydrogen technology promises transportation fuelindependence, http://www.vtnews.vt.edu/story.php?relyear =2007&itemno=300, Copyrightc⃝2007 Virginia Polytechnic Institute and State University Used with permission from Vir-ginia Tech.).

[13] S.Turn, C.Kinoshita, Z.Zhang, D.Ishimura, J.Zhou: Int. J. Hydrogen Energy, 23 (1998),641-648.

[14] M.Asadullah, S.Ito, K.Kunimori, M.Yamada, K.Tomishige: Journal of Catalysis, 208 (2002),255-259.

[15] C.Franco, F.Pinto, I.Gulyurtlu, I.Cabrita: Fuel, 82 (2003), 835-842.[16] M.R.Mahishi, D.Y.Goswami: Int. J. hydrogen Energy, 32 (2007), 2803-2808.[17] Q.Zhang, et.al.: High Temp. Mater. Proces., 29 (2010), 435-445.[18] Q.Zhang and F.Saito: Waste Biomass Valoriz., 1 (2010), 41-46.[19] Qiwu Zhang, In-Cheol Kang, William Tongamp, and Fumio Saito: Bioresource Technol.,

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52 木質系バイオマスのガス化と高純度水素製造 第 66巻 第 1,2号

[20] W.Tongamp, Q.Zhang and F.Saito: Fuel Processing Technol., 90 (2009), 909-913.[21] W.Tongamp, Q.Zhang and F.Saito: Inter. J. Hydrogen Energy, 33 (2008), 4097-4103.[22] W.Tongamp, Q.Zhang and F.Saito: J.Hazardous Mater., 167 (2009), 1002-1006.

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平成 23年 2月 28日 印刷平成 23年 3月 1日 発行

東北大学多元物質科学研究所素材工学研究彙報

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