040-045 06印 特 事例4 訂 - nikkan...第1巻 (21年9) 41 special report 2.モデル...
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40 機 械 設 計
事例から学ぶ設計手法の効果的な選び方と使い方
はじめに
設計者はさまざまな局面において,多くの条件を満たしつつ向上させたい諸特性間のバランスがとれた製品となるように,各種設計点を決定していかなくてはならない。さらにプロジェクトの現場では,設計上の意思決定や開発管理に属人的な裁量が影響する場面も少なからず存在しており,設計品質を向上させるためには設計プロセスの体系化が必要となる。このような背景から,現在までに多くの研究者によってバランスのよい設計を目指す研究が進められている。本稿では実務上の製品開発行為をターゲットに,多入力多出力を有する大規模システムの設計と開発管理を同時に行うプロセスとして独自に体系化した「統合的設計管理手法(TDM:Total Design Management)」をロケットエンジンの新規設計開発に適用した事例を題材に,本手法によって,複数の要求をバランスよく満たしつつも,短期間で所定の成果を挙げることができた経緯について述べる。
統合的設計管理手法(TDM)の概要
設計開発は,選択可能な設計候補の長所と短所を評価し,たとえば“構造強度”と“重量”のよ
うに相反する複数の要求を,バランスよく満たす解をただ 1 つ選択する意思決定作業(多目的トレードオフ)の繰返しである。これに加えて実現場の設計開発では,顧客を含むプロジェクト関係者の合意を得ながら意思決定を行うことが必要なので,設計の透明性や手法のわかりやすさも求められるにもかかわらず,これらの現場ニーズに適した手法は従来なかった。 このような現場ニーズに対応するために構築した手法が TDMである。TDMの概略を図 1に示す。TDMは設計プロセスである「セット・ベースド・デザイン」と,リスク管理プロセスである「モデル・ベースド・リスクマネジメント」を,設計対象のモデル化である数学モデルを介して関連づけた統合プロセスである。
1.セット・ベースド・デザイン(SBD) 多目的トレードオフ手法であるセット・ベースド・デザイン(Set Based Design,SBD)は,設計解の全体集合(set)に対して,フィルタリング手法により要求に合致する設計解を探索する手法である。最初に設計解の全体集合を求めることが,本手法の特徴であり,従来手法と異なる点である。
事例から学ぶ設計手法の効果的な選び方と使い方
事例4統合的設計管理手法“TDM”を適用した大規模システムの短期開発
IHI 呉 宏堯**�くれ ひろたか:航空・宇宙・防衛事業領域主幹
41第 61 巻 第 10 号(2017 年 9 月号)
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2. モデル・ベースド・リスクマネジメント(MBR)
セット・ベースド・デザインは設計対象の数学モデルが正しいことを前提に設計解を探索するのに対し,モデル・ベースド・リスクマネジメント(Model Based Risk management,MBR)は,設計者が認識する数学モデルのあいまいさ,すなわち“技術的理解度”が低い項目を技術リスクとして捉え,リスク低減計画を立案する手法である。数学モデルを起点に技術リスクを識別することで,設計者の技術リスクの抽出漏れを抑えることができる。 “技術理解度”は主観的表現であるので,TDM
では,以下のような内部構造を持たせ,なるべく客観的表現に置き換えてリスクを定量化する。 (技術理解度) = (現象の理解度)×(環境条件の理解度)×(実
証度)
設計対象のロケットエンジン
1.ロケットエンジンの仕組み よく知られているようにロケットエンジンは空
気のない高空や宇宙空間でも使用できるように自前の燃料と酸化剤の両方を燃焼させ,その噴射の反動で推進力を得る機関である。大別して,固体式・液体式とあるが,ここでは液体式ロケットエンジンについて述べる。 ロケットエンジンは高い圧力で燃焼させたほうが,性能向上を図れるため,ターボポンプという部品で供給された燃料と酸化剤をそれぞれ昇圧した後,チャンバーに供給して燃焼させるのが一般的である。酸化剤(液体酸素)と液体燃料を昇圧して燃焼させるが,そのとき一部をタービン駆動用のガス発生に使用する。
2.設計上の特徴 ロケットエンジンの原理はシンプルであるが,実際は作動停止を行うための数多くの弁や配管を有する。また,燃料・酸化剤は極低温流体であり,燃焼ガス温度はチャンバーで 3,000 K,ガスジェネレータで 800 K にもなる。ターボポンプは20,000 RPM を超える回転機器であり,そのシャフトの両端は極低温と高温が共存する状況である。ポンプ吐出圧は 10 MPa 近くになる高圧である。このように狭い空間に高温・高圧・高回転が共存
図1 統合的設計管理手法(TDM)管理手法の概要
リスク識別
リスク定量化
リスク低減計画
リスク低減行動
設計解の全体集合の作成
フィルタリング
チューニング
技術的不確実さ
数学モデル(式・設計変数・評価指標・誤差因子)
予測外れ問題
リスク管理確認計算
つぎのサイクルへ
セット・ベースド・デザイン(SBD)
モデル・ベースド・リスクマネジメント
(MBR)
特徴・多目的トレードオフ 設計手法・設計空間全体探索・後戻り最小・設計透明性確保・簡単・わかりやすい
設計解の良し悪しに関わらず,設計解の全体集合を最初に求めた後,フィルタリング手法を用いて,関係者の意思形成を行う設計手法
特徴・数学モデルに基づいた 要素試験の立案・設計とリスク管理の連携・設計初期段階か適用可能・リスク低減行動と結果が 残る
設計者が持つ数学モデルの技術的自信度を起点に,技術リスクを識別し,「技術理解度×影響度」で定義されたリスクの大きさをプロジェクト全体で管理する手法