1 2018年(平成 年)9月15日 第 号 - msz.co.jp · (1) 2018年(平成30...

使使使姿便パブリッシャーズ・レビュー 2018 年(平成 30 年)9 月 15 日 68 No. 28 2018 (表示価格は税別です) 113-0033 東京都文京区本郷 2-20-7 tel. 03-3814-0131 www.msz.co.jp 本棚 無料送付「グレイ・ゾーン」の意識を探る エイドリアン・オーウェン 生存する意識 植物状態の患者と対話する 柴田裕之訳 使320

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Page 1: 1 2018年(平成 年)9月15日 第 号 - msz.co.jp · (1) 2018年(平成30 年)9月15日 パブリッシャーズ・レビュー 第68 号 No. 28 2018 秋 (表示価格は税別です)

 

アルゼンチン生まれの哲学者で、

今はスペインのバルセロナで教鞭を

とっているフェルナンド・ヴィダル

教授を日本にお招きして集中講義を

していただいたことがある(中世神

学の復活論からB級SF映画を経て

最先端の脳科学までを心脳問題の変

奏として縦横に考察する彼の議論も

日本に紹介されてよいと思う)。

 

そのとき、私も同席して聴講した

クラスで、本書『生存する意識』の

もとになった医学論文の一つをテキ

ストに学生たちを交えて討論した。

 

それは、二十三歳で交通事故のた

めに「植物状態」となった女性キャ

ロルのケースをまとめた論文だった

(第八章)。意識のない魂の抜け殻と

して医療者たちから見放されそうに

なっていたキャロルを、MRIでの

特殊な脳スキャン(機能的MRI)

にかけて、「テニスをしているとこ

ろ」や「自宅の中を歩き回っている

ところ」を想像してみるように告げ

たところ、研究者の予想通りのパタ

ーンの脳活動が記録できた実験だ。

つまり、エイドリアン・オーウェン

博士らは、キャロルには意識があり、

周囲の人々の会話を聞いており、そ

の内容を理解することができ、言わ

れたとおりに行動できる(ただし脳

の中だけで)ことを客観的に証明し

たのだ。

 

キャロル自身はもちろん、彼女の

家族や友人また医療者たちが、どれ

ほどこの結果に力づけられたかは計

り知れない。自由にならない身体の

中に閉じ込められ誰にも気づかれな

いことの恐怖と絶望はどれほどのも

のだっただろう。そんな事態になっ

てもコミュニケーションを可能とす

る技術が現実に存在しているとただ

報道で知るだけでも、同じような状

態にある患者さんとその周囲の人々

もまた希望を与えられたことはいう

までもない。

 

私も脳神経内科医かつ神経科学者

として、同じ分野でMRIを使った

人間の脳活動計測に二十年以上関わ

ってきたので、この論文が出版され

た二〇〇六年に大きな話題となった

ことを鮮明に記憶している。専門用

語を使うなら、テニスのプレーを想

像するのは、ラケットを持った腕を

振るイメージを思い浮かべる「運動

想像課題」と呼ばれるものだ。自宅

の中を歩く想像は、部屋の配置や家

具の様子を記憶の中から取り出す

「場所記憶再生課題」である。どち

らも神経科学の領域ではよく知られ

ている。専門家であれば、脳のどこ

が活動するかは簡単にイメージでき

るし、どちらの脳活動パターンがど

ちらの想像に対応しているかも一目

瞭然だ。

 

やっている実験そのものはありふ

れた内容なのだが、それを大学生の

アルバイト被験者を相手に行うので

はなく、植物状態とされた患者さん

に臨床応用したアイデアと努力に私

も同僚の神経科学者たちも皆が舌を

巻いた。

 

さて、クラスに参加した学生から

は、この実験的なMRI検査が植物

状態の人々にとって簡単に受けるこ

とができるかどうか――とくに費用

の面で――という質問がでた。

(現時点での正確な情報は持ち合わ

せていないが)カナダでは、この検

査法の有効性を評価した上で、政府

の責任(つまり医療保険)で「植物

状態」患者に提供すべきとの議論も

出ているらしい。それを聞いて、ク

ラスにいたカナダ人は「隣の米国だ

ったら、『患者には意識の有無の確

認のために脳スキャンを受ける権利

がある、ただし支払い費用は……』

と書かれた書類だけはもらえる」と

ブラック・ジョークを飛ばしていた。

 

本書に紹介されている植物状態と

されていた人々の物語を読めば、目

の悪い人が眼鏡をかけたり足の悪い

人が車いすを使ったりすることと、

植物状態の人たちが特殊な脳スキャ

ンを受けることとは連続的な支援方

法で程度の違いしかない、と感じら

れる。本当にそうならば、脳スキャ

ンの臨床応用も「障害者に対する合

理的配慮」つまり障害者の権利の一

つと考えるのが当たり前なのではな

いか。

 

ただし、脳スキャンには限界も

ある。

 

じつは同業者の目から見れば、こ

うした研究のあら探しをするのは容

易である。もし、交通事故による頭

部外傷の影響で、耳が聞こえにくく

なっていたり、聞こえても言葉や長

い文章が理解できにくくなったりし

ていれば、オーウェン博士らのやり

方では失敗していたはずだ。また、

事故のために軽い認知症になって家

の様子を忘れてしまっていたら、た

とえ意識がはっきりしていても、言

われたとおりの脳活動を生み出すこ

とはできなかっただろう。

 

とくに運動は苦手で方向音痴の私

としては、もしキャロルの立場にな

ったとき、「運動想像」するのでは

なくテニスの試合を見ている想像を

してしまったり、(そう広いわけで

もないが)家の中の様子をうまく思

い出せず途方に暮れている間に脳ス

キャンが終了してしまったりすれ

ば、外部に自分に意識があることを

伝えられないまま万事休す、になり

かねない。

 

それに近い状態だったのは、脳ス

キャンでは意識があるかどうかわか

らなかったが後に会話が可能となっ

て大学に通学できるまで回復したフ

アンのケースだ(第一三章)。こう

して自分たちの限界についてもはっ

きり書いている著者オーウェンの姿

勢は、科学者として誠実な態度だと

思う。

 

現時点のテクノロジーで意識がな

く回復不可能などと即断して絶望す

ることが虚妄であるのは当然だが、

脳スキャンによる解読という希望だ

けにすがるのもまた虚妄だろう。

 

意識と脳の謎は未解明なグレイ・

ゾーン、まったく不思議だ。

(みま・たつや 

立命館大学 

先端

総合学術研究科)

*本紙ご送付先の変更は、お名前・新住所・郵

便番号・旧住所・帯封コードをお知らせ下さい

(1) パ ブ リ ッ シ ャ ー ズ ・ レ ビ ュ ー2018 年(平成 30 年)9 月15日 第 68 号

No. 28  2018 秋    (表示価格は税別です)

113-0033 東京都文京区本郷 2-20-7 tel. 03-3814-0131 www.msz.co.jp

の本棚[無料送付]

美馬達哉

「グレイ・ゾーン」の意識を探るエイドリアン・オーウェン

《生存する意識 植物状態の患者と対話する》柴田裕之訳

「植物状態」と診断された患者に十

全な知覚や認識能力があるとした

ら、それをどうすれば証明できるだ

ろう? 

本書の著者は脳スキャン技

術を用いた実践的なマインドリーデ

ィングの手法を開発した。そこで

明らかになったのは、「意識がない」

はずの患者たちの中に、問いかけに

Yes/Noで答えるなどの紛れも

ない認知活動をやってのける人々が

少なからずいるという事実だ。彼ら

は意識があるかないかの二分法では

捉えきれない「グレイ・ゾーン」に

いるのである。

 

患者が応答できるとわかったと

き、「あなたは死にたいか?」と聞

くべきだろうか? 

著者の成果は脳

損傷患者のケア、診断、医療倫理と

いった幅広い領域に波及するもの

だ。しかも著者が意識の存在証明に

迫れば迫るほど、既存の枠組みでは

説明できない現象が掘り起こされ

る。「意識」概念の輪郭が崩れ、他

者との関係の中に溶けていく。新た

な疑問がいくつも湧き上がる。

 

一二年間も植物状態と思われなが

ら、完全に近い認識能力を保ってい

たスコット。ヒッチコックの映画を

使って意識が確認された映画好きの

ジェフ。グレイ・ゾーンにいた間の

心境を回復後につぶさに証言するケ

イトやフアン……。検出限界未満の

意識が生み出す計り知れない生命力

や、それを支えた家族の力にも圧倒

される。脳と意識の謎の奥深さにあ

らためて衝撃を受ける一冊。

「バスタイムにこの本を読み始め、

三時間後、すっかり冷たくなった

風呂水の中で読み終わった。

……宇宙に放り出された宇

宙飛行士よりも他人と深く

隔絶された人々とオーウェ

ンとのコミュニケーション

にあまりにも引き込まれ、

バスタブから出られなかっ

た」――クリストフ・コッホ

(神経科学者)[脳科学・ノン

フィクション]【十八日刊】

(四六判・320頁・二八〇〇円)

Page 2: 1 2018年(平成 年)9月15日 第 号 - msz.co.jp · (1) 2018年(平成30 年)9月15日 パブリッシャーズ・レビュー 第68 号 No. 28 2018 秋 (表示価格は税別です)

 

本書は、ナチスのニュルン

ベルク法のモデルがアメリカ

の人種主義的法システムにあ

ったことを明らかにした画期

的研究である。

「本書の目的は、ナチスがニ

ュルンベルク法を考案するさ

いにアメリカの人種法に着想

を求めたという、これまで見

落とされていた歴史を紐とく

ことだ。それにより、この歴

史がナチス・ドイツについて、

人種主義の近代史について、

そしてとりわけこのアメリカ

という国について私たちに何

を語るのか、それを問いかけ

ることにある」(はじめに)

 

さらに著者は、ニュルンベ

ルク法が市民権、およびセッ

クスと生殖を重視していたこ

とに注目し、こう続ける。

「アメリカの人種法にはナチ

スから見て魅力的な面がいく

つかあった。とりわけ異人種

婚に重罰を科すアメリカの稀

有な慣習が「ドイツ人の血と

名誉を守るための法」の背景

に見てとれる。いっぽう「血

の一滴の掟」(ワンドロップ

ルール)といった他の点は、

〔ドイツには〕あまりに過酷

すぎると驚かれ」(終章)る

ほどだった。

 

法と歴史の狭間から、豊富

な史料を駆使して、人種法に

おける、当時の世界的「リー

ダー」たるアメリカ、さらに

アメリカそのものに深く根付

いた人種主義をあぶりだし

た、初めての試み。

[歴史・法律]

(四六判・232頁・三八〇〇円)

(2)パ ブ リ ッ シ ャ ー ズ ・ レ ビ ュ ー2018 年(平成 30 年)9 月15日 第 68 号

シルヴェスター「全身芸術家」に肉迫した金

字塔的エッセイ。ジャコメッティBBCイン

タビュー完全収録。武田昭彦訳 

五〇〇〇円

戸谷由麻 

国際人道法の発達を先導した東京

裁判を、国際法上の司法事件として分析する。

その再評価を可能にした意欲作。五五〇〇円

ホブズボーム 

革命後、産業資本主義が生ん

だ資本家と労働者の社会・文化を立体的に世

界規模で描く。柳父圀近他訳 

各五二〇〇円

東京・

文京・

本郷2

℡〇三―三八一四―〇一三一

(価格は税別です)

神=自然を説きながら、人間の自由、真の幸

福について、ユークリッド幾何学の形式に従

って論証。新訳。佐藤一郎編訳 

三四〇〇円

小説への道に踏み出した批評家が読書界を驚

かせた、写真と断章による知的な「自伝」を

四〇年ぶりに新訳。石川美子訳 

四八〇〇円

フランクリン古代の法から保険や賭博まで、

蓋然性をめぐる知の歴史を紐解き、確率論の

哲学的起源に迫る。南條郁子訳 

六三〇〇円

バーチ 「人が理解するマネーから、人を理

解するマネーへ」マネー全史をたどりビット

コイン後を描きだす。松本裕訳 

三四〇〇円

金持ち課税

ヘラー=

ローゼン 

子供は赤ちゃん語を忘れ

て言葉を習得する。忘却の創造性を示す、言

語哲学の最重要書。関口涼子訳 

四六〇〇円

シーヴ他 

累進課税を生んだのは大規模戦争

だったことを初めて明らかに。今後の税議論

に新たな回答を提示。立木勝訳 

三七〇〇円

クリルスキー 

仕組みを知るだけでは免疫は

わからない。コレージュ・ド・フランス講義

発の新しい免疫学。矢倉英隆訳 

四八〇〇円

ロラン・バルトによる

ロラン・バルト

バルト 

自著について、言語と批評、映画と

小説、恋愛と快楽について語り尽くす三八本

を集成。松島征・大野多加志訳 

六〇〇〇円

女子学生と教授の「情熱的な恋」にはじまり、

「暗い時代」をこえて五〇年間、二人の思想

家が育んだ関係。大島・木田訳 

六四〇〇円

小堀鷗一郎 

最後の日々をどう生きて、終え

るか。困難に直面しつつも、患者とともに最

期のあり方を模索する医師の書。二四〇〇円

ニュルンベルク法と人種法ジェイムズ・Q・ウィットマン

《ヒトラーのモデルはアメリカだった法システムによる「純血の追求」》

西川美樹訳

 

都市の繁栄のかげで貧困に

沈む農村。農業で暮らせなく

なった人びとが都会にゆき、

工場や建設現場で労働者とな

る。祖父母は残された留守児

童の世話で疲弊し、学校教育

も衰退した。もはや農村の子

は勉強に希望を見出さず、出

稼ぎに出る日を夢見る。

 

文学者の著者は故郷の農村

に帰り、胸がしめ付けられる

ような衰退ぶりを綴った。建

材の砂を大量採取された川で

溺死する子供たち。孤絶した

留守児童が老婆を殺害強姦。

夢はこの世で最も悪いものと

自嘲する幼馴染。夫の出稼ぎ

中に命を絶つ妻。「農村が民

族の厄介者となり…病理の代

名詞となったのはいつからだ

ろう」「悲劇とか苦痛とかい

うものは、私たち観察者やイ

ンタビュアーの感覚でしかな

い。こうした日常と化した悲

劇を前にして彼らがどうすべ

きだと言うのだろう」。希望

はないのか。著者は農村自身

の伝統にその芽を見出す。

 

この村の現実は現代中国そ

のものである。清新な筆致で

大きな感情のうねりを呼んだ

傑作ノンフィクション文学。

人民文学賞ほか受賞多数。

[現代中国事情]【九月下旬刊】

(四六判320頁・予三六〇〇円)

死を生きた人びと

訪問診療医と355人の患者

免疫の科学論

偶然性と複雑性のゲーム

ジャコメッティ彫刻と絵画

ヴィシュワナータン 

宗教に世俗社会への批

判的契機を読み取り、文学からオカルティズ

ムまでを論じる。三原芳秋編訳 

六〇〇〇円

エコラリアス 言語の忘却について

「私は罪を洗い流したくなか

ったし、浄化されたくもなか

った。罪を犯した人間のまま

でいたかった。罪を洗い流し

たら、そのあとに何が残るの

か? 

そんな生に耐えられる

だろうか」

《脱北者》の三人には、亡命

の過程で家族を失うという共

通点があった。ウォンギルは

モンゴル砂漠で力尽きた妻を

見捨てて娘を背負って逃げて

きた。トンベクは国境を越え

る直前に家族全員が公安警察

に捕まるが、自分だけ助かっ

た。ヨンナムは別ルートで脱

出した家族が中国で人身売買

グループの手に渡ったらし

い。やがて冬季オリンピック

の選手村建設予定地で、朝鮮

戦争にさかのぼる大量の人骨

が出土した……。

 

経済至上主義の中で、脱北

者たちのささやかな倫理感が

崩れ落ちていく。北朝鮮出身

の両親をもつ作家が韓国社会

を凝視した小説。[海外文学]

(四六判・232頁・三〇〇〇円)

みすず書房新刊(2018・5~7)

ビットコインはチグリス川を

漂う マネーテクノロジーの未来史

声のきめ

「脱北者」の韓国チョン・スチャン

《羞恥》斎藤真理子訳

「蓋然性」の探求

古代の推論術から確率論の誕生まで

資本の時代

1848–1875

[全2巻]

東京裁判

第二次大戦後の法と正義の追求

スピノザエチカ抄

異議申し立てとしての宗教

人体の冒険者たち

解剖図に描ききれないからだの話

芥川喜好 

廉直さを失った現代社会に警世を

発する新聞コラムの書籍化第二弾。本当の豊

かさとは何かを問い直す七二篇。二八〇〇円

フランシス 

小説のような症例に体をめぐる

逸話を交えた、「読む人体図鑑」とも呼べる医

療エッセイ。鎌田訳 

原井監修 

三二〇〇円

時の余白に続

自由論

戦争や自然災害によるトラウマをたどり、そ

こから他者の心の傷への共感が生まれる可能

性を説いた表題作ほか、全31編。三六〇〇円

人民文学賞受賞のノンフィクション

梁鴻(リアン・ホン)

鈴木将久・河村昌子・杉村安幾子訳《中国はここにある

貧しき人々のむれ

 

フランスの映画監督アラ

ン・レネが一九五五年に発表

した短編ドキュメンタリー

『夜と霧』は、この映画作家の

意図にかかわらず、ナチスに

よる強制収容所の実態をはじ

めて映像化したものとして、

ホロコーストをめぐる戦後の

世界各国の政治的・社会的思

惑との関係で波紋を呼んだ。

 

映画誕生の経緯、カンヌ映

画祭への正式出品を在仏ドイ

ツ大使館の抗議で外されたこ

とに始まり、フランス、ドイ

ツ、イスラエル、イギリス、

オランダ、アメリカでの今日

までの受容をめぐる詳細な物

語と考察は、一本の映画が戦

後史に大きな影響を及ぼした

比類なき例証となっている。

『アンネの日記』や『ショア』

『シンドラーのリスト』など

数々の映画との比較もしなが

ら、ホロコーストを記憶にと

どめておくために、やはり最

後に残るのは『夜と霧』だ、

という執筆者たちの思いは、

印象的である。巻末に「編集

部付記――日本における映画

『夜と霧』の受容について」

を付した。[現代史・映画]

(四六判・320頁・四六〇〇円)

インタビュー集

1962–1980

関係としての自己

木村敏 「自己」とは何か。豊富な臨床経験

と透徹した眼差しから、その奇妙なあり方の

謎に迫る。木村人間学の到達点。三六〇〇円

マティス画家のノート

「画家としての自分の感情と願望をさらけ出

すようにつとめたい。」作品とともに深まりゆ

くマティスの言葉。二見史郎訳 

六四〇〇円

 

ベストセラー『21世紀の資

本』を生み出したデータべー

スを基に、不平等の最新動向

を、全世界の100人以上の研究

者ネットワークを駆使して、

隔年で報告する新たな年鑑プ

ロジェクトがスタートする。

 

世界の所得と資産の状況

を、革新的な手法で網羅的

に分析し、民主的な議論に

貢献する本シリー

ズは、研究者のみ

ならず、政治、社

会に関心を寄せる

あらゆる人々に必

携の書となるだろ

う。図表多数。[経

済学](B5判・

296頁・七五〇〇円)

 

少年犯罪は減少しているの

に、社会の不安感を背景に厳

罰化が進んでいる。「少年法」

改正がくり返され、いまや少

年司法が刑罰国家化を牽引し

ている。

 

非行少年を社会から排除す

るのでなく包摂するなかで、

人間の尊厳の回復に努めるに

はどうしたらよいか。刑法学

の第一人者が少年たちを取り

巻く状況を分析し、福祉・教

育・医療・法曹が連携した支

援体制の構築を考える。「法

に触れた子ども」が映し出す

のは、普通の子どもたちとそ

の日常が崩壊し始めた姿だ。

[新装版]

[新装版]

[新装版]

内田博文《法に触れた少年の

未来のために

刑法学者が問題提起

中井久夫集7

1998–2002

災害と日本人

人間知性新論

[新装版]

ライプニッツ 

ロック『人間知性論』への批

判を対話形式で展開する。経験論と合理論と

をめぐる哲学的思索。米山優訳七八〇〇円

バーリン 

政治思想史家の四論文。ミル『自

由論』をモデルにして、選択の自由と人間的

責任を強調する。小川晃一他訳 

六四〇〇円

寺西俊一・石田信隆・

山下英俊編

《農家が消える

自然資源経済論からの提言

農山村の未来に向けて

 

農山村では里山の荒廃と集

落の衰退が進む。一九六〇年

と二〇一五年を比較すると、

総農家戸数は六〇五万戸から

二一六万戸に、農業就業者数

は一一九六万人から二〇一万

人に、農作物作付延べ面積は

ほぼ半減した。安倍政権はア

メリカのTPP離脱後も、N

AFTA‐TPP型連携をめ

ざし大規模農業を推進する。

 

一橋大学経済学部を拠点に

農業と農山村の持続可能なあ

り方を研究してきた「自然資

源経済論」からの具体的な提

言の書。EU流の農村振興・

環境政策の応用、保護関税か

直接支払か、など。

 

防衛関係費予算は五兆一二

〇〇億円余、じつに農林水産

ファン・デル・

クナープ編

庭田よう子訳《映画『夜と霧』とホロ

コースト 世界各国の受容物語

戦後史に刻まれた31分の短編映画

関係費の二・二倍強。いかに

農業が軽んじられているかが

わかる。次の世代も農業がで

きるよう、いまこそ仕組みを

見直さなければならない。

[経済・農業]【十月中旬刊】

(四六判・336頁・三五〇〇円)

 

セカンドチャンスのある社

会。悪い子も弱い子もすべて

の子どもに優しい社会。法的

根拠を位置づけていく。[刑

法・現代社会]【十八日刊】

(四六判・392頁・四四〇〇円)

F・アルヴァレド

L・シャンセル

T・ピケティ

E・サエズ

G・ズックマン編

徳永優子・西村美由起訳

年鑑プロジェクト第一弾

 

入手困難だった異色の表題

作が甦る。しかも、くっきりと

民事法に焦点を絞る本に生ま

れ変わる。『憲法9条へのカ

タバシス』(四月刊、好評重版)

同様、ゆるがぬ基本は〈個人

の自由〉。自由な個人が、互い

に全幅の信頼を置き善意に基

づき経済活動を行う社会。著

者の高度なローマ法研究はつ

ねに今日を鋭く照射してきた

が、敢えて「専門の外に出」、

降り立つ先は現代日本の混乱

の坩堝。なぜなら「民事法こ

そは法のコア」。新たに組合

論、委任論、旧「『ローマ法案

内』補遺」改題全面改稿の長文

3論考他。旧版の半分が差し

替わる。[法学]【十月初旬刊】

(A5判320頁・予七八〇〇円)

木庭顕《新版

現代日本法への

カタバシス

民事法を主題に大幅改訂の決定版

税の公正をめぐる

経済史

〈書物復権〉

[新装版]

〈書物復権〉

[新装版]

アーレント=

ハイデガー往復書簡〈書物復権〉

[新装版]

[新装版]

思春期と

アタッチメント

[新装版]

林もも子 

とらえがたい心性にどのように接

近し、どう触れ、心理面接を進めるのか。思

春期理解の方法を論じた重要書。三二〇〇円

《世界不平等レポート

2018

[全11巻]

Page 3: 1 2018年(平成 年)9月15日 第 号 - msz.co.jp · (1) 2018年(平成30 年)9月15日 パブリッシャーズ・レビュー 第68 号 No. 28 2018 秋 (表示価格は税別です)

(3) パ ブ リ ッ シ ャ ー ズ ・ レ ビ ュ ー2018 年(平成 30 年)9 月15日

「世界文学」の旗手にして『遠

読』の著者が〈歴史〉に挑戦

する。主題は「ブルジョワ」。

 

ロビンソン・クルーソーの

孤島での労働、フェルメール

絵画の時空間、ゲーテにおけ

る複式簿記、オースティンの

自由間接話法、ヴィクトリア

時代の形容詞の用法、ドスト

エフスキー『罪と罰』における

金銭…一八・一九世紀の多種

多様な小説、詩、絵画から引

き出した主題を、著者は、アウ

エルバッハ、ウェーバー、ル

カーチなどの批評や社会思想

のテクストも縦横に引用しつ

つ大胆かつ精密に分析する。

そこから見えてくるものは?

「文学批評の偶像破壊者」モ

レッティが、社会科学の方法

論との融合を目指して打ち立

てた、新時代の文学研究と歴

史研究の理想型。[世界文学・

西洋史]【十八日刊】

(四六判・304頁・四八〇〇円)

▽著者既刊『遠読――〈世界

文学システム〉への挑戦』秋

草俊一郎他訳(四六〇〇円)

第 68 号

どう死ぬかという

メッセージを伝える

 

外科医小堀鷗一郎は定年

退職後、埼玉県の堀ノ内病

院に赴任した。二年ばかり

して、同僚にたのまれ、寝

たきりの患者二名を引き継

いだ。

 

半年もしないうちに、往

診患者数は二〇名をこえ

た。一三年が経過したとき、

三五五名の臨終にかかわっ

ていた。そのうち在宅死が

二七一名。

 

四二の事例が選んであ

る。そこから、さまざまな

現実が浮かび出る。

 

事例28 

九三歳女性、長

女と二人暮らし。長女に

明らかな身体上のハンデ

ィキャップが見られた。

本人も長女も入院しての

延命措置を望まなかっ

た。ある日、訪問医はふと

口にした。この二年間、自

分がいつも感じたのは「娘

さんの暮らしぶりがきわめ

て自然だということ」。母

親の教育が良かったから

で、その意味で「娘さんは

あなたの勲章」だと言える。

 

患者である母親は、目を

閉じたまま、身じろぎもせ

ず聞いていた。いつもは丁

寧な挨拶を欠かさない人

が、一言も発しなかった。

一カ月後の死のときまで、

この件はまったく話題に上

ることなく、「通常の、ご

く自然なやり取りは彼女が

息を引き取る直前まで変わ

るところはなかった」

 

この本がすばらしいの

は、在宅医療の問題点を具

体的にあげていって、改善

策を述べていることだろう

が、私が目を丸くしたのは、

数多くの事例の書き方であ

る。きわめてプライベート

な報告であるにもかかわら

ず、いっさいの情緒をいれ

ず、「私的」な要素がきち

んと拭い取ってある。その

清潔さは、祖父森鷗外の文

体さながらで、その上で当

人に代わり、どう生きたい

のか、つまりどう死ぬか、

メッセージが明瞭に伝えて

ある。

 

死にゆく人への深いやさ

しみと共感だ。勇気をもっ

て死と向き合った人への敬

意である。未知の世界で見

つけた人間性の奥深さ。

 

ところで小堀先生担当の

患者がうなぎのぼりにのび

たのは、何よりも人間味あ

ふれた人となりによるので

はなかろうか。その看取り

が患者にとって、死という

不安な未知への旅立ちに、

どんなにか勇気を与えてく

れたことだろう。(いけう

ち・おさむ 

ドイツ文学)

*毎日新聞六月十七日(日

曜読書面)掲載の書評より

抜粋転載▽『死を生きた人

びと』(前面下に広告掲載)

書評コラム

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〒113-0033 東京都文京区本郷 2-20-7tel. 03-3814-0131 fax 03-3818-6435

 

数学で「時」を捉えられる

だろうか? 

ニュートンは決

定論的な宇宙の中に時を封じ

込め、ポアンカレは世界の複

雑性の中に時のダイナミズム

を再発見し、R・トムは形に

よって時を捉えようとした

が、時の本性はいつも数学者

たちの手をすり抜ける──。

 

たゆみない時の流れが物質

の運動と軌跡の内部に組み込

まれてしまう第一章。物理世

界の随所に潜む計算不可能性

が発見されるとともに、根本

的に新しい時のイメージが浮

上する第二章。時を捉えるも

う一つの数学として、発表当

時センセーショナルに関心を

呼んだカタストロフ理論を、

その限界とともに鮮やかに振

り返る第三章。そして最終章

では、時の物理数学と文学が

思いもよらない形で結びつ

く。この世の変転は計算し尽

くせない。だからこそ、時の

本性を捉えることは数学の見

果てぬ夢であり続ける。

 

著者のエクランドは『数学

は最善世界の夢を見るか?』

(二〇〇九年)でも「その読

後感は文芸作品に似ている」

(瀬名秀明氏)と数学読み物

ファンを魅了した。時の形象

という絶妙なテーマに沿って

書かれた本作もフランスでジ

ャン・ロスタン賞を受賞し、

日本語以外に9カ国語に翻訳

されている珠玉作だ。

「〈時〉と〈幾何学〉がせめ

ぎ合う数学の風景を、これほ

ど鮮やかに描き出せる人がい

るだろうか。知ることと驚

くことの喜びに満ちた一冊。」

――森田真生氏[数学読み物]

(四六判・208頁・二八〇〇円)

▽『数学は最善世界の夢を見

るか?』南條訳(三六〇〇円)

『21世紀の資本』と世界の貧困・格差を考える本

 

村上春樹は、いまや世界で

最も広く読まれている日本人

小説家である。その世界的な

人気の背景には、英語圏、と

りわけアメリカでの成功があ

る。村上の作品はアメリカの

文芸出版の権威であるクノッ

プフや『ニューヨーカー』な

どの出版社・雑誌から世に送

り出され、大勢の読者を獲得

している。

 

この英語圏での活躍の裏に

は、それぞれの人生のポイン

トで村上作品と出会い、惹き

込まれ、その紹介に情熱を注

いだ翻訳家、編集者、エージ

ェント、研究者、書評家、書

店員といった、出版界のスペ

シャリストたちがいた。翻訳

家アルフレッド・バーンバウ

ム、ジェイ・ルービン、編集

者エルマー・ルーク、リンダ・

アッシャー、ゲイリー・フィ

スケットジョン、クリストフ

ァー・マクレホーズ、装丁家

チップ・キッド……。

『ねじまき鳥クロニクル』で

の世界へのブレイクスルーま

での道のりを後押しした個性

あふれる人々との対話、そし

て村上本人へのインタビュー

をもとに、世界的作家Har

ukiMurakamiが

生まれるまでのストーリーを

追う。[文学批評・ノンフィ

クション]

(四六判・384頁・三二〇〇円)

「時」を追い求める数学イーヴァル・エクランド

《予測不可能性、あるいは計算の魔 あるいは、時の形象をめぐる瞑想》南條郁子訳

世界的作家が生まれるまで辛島デイヴィッド

《Haruki Murakami を読んでいるときに我々が読んでいる者たち》

池内紀小堀鷗一郎

《死を生きた人びと》

を読む

月刊雑誌

《みすず

》最近号より

 

二〇世紀初頭の赤道アフリ

カ地域では「眠り病」が猛威

を振るっていた。この病気を

制圧しようと、植民地統治を

本格化させていたドイツは、

コッホらを現地に送り、対策

を講じた。しかし、うまく行

かなかった。第一次大戦後に

敗戦国ドイツは特効薬を開発

するが、今度はイギリスやフ

ランスなどのかけひきで事態

は動いていく。近代医学はい

かにして「原住民の福祉」に

貢献することができるか。遅

れてきた帝国ドイツの葛藤か

ら、医師の植民地責任や、科

学と政治の関係について考え

る。[植民地医療・ドイツ史]

(四六判・368頁・五四〇〇円)

フランコ・モレッティ

田中裕介訳

《ブルジョワ

歴史と文学のあいだ

大胆かつ精密に遠読する

《アフリカ眠り病と

ドイツ植民地主義

熱帯医学による感染症制圧の夢と現実

磯部裕幸

「帝国医療」を問う

/繁内理恵「空爆と暴力と少

年たち――ウェストールの描

く戦争」(8月号)。小沢信男

「賛々語々」/「池内紀の〈い

きもの〉図鑑」(9月号)。

(各三〇〇円)

五十嵐太郎「アート的な想像

力による東京革命」/十川幸

司「フロイディアン・ステッ

プ」/中村和恵「開拓者たち

よ、おお開拓者たちよ」/山

内一也「激動する環境を生き

るウイルス」/三浦哲哉「記

憶の扉を開く味」(7月号)。

藤山直樹「鮨屋で考えるとい

うこと」/武田尚子「「ホー

ムウエア」とは何か」/松本

俊彦「「浮き輪」を投げる人」

本紙『パブリッシャーズ・レビュー』ご案内

 出版情報紙『パブリッシャーズ・レビュー』は、東京大学出版会 http://www.utp.or.jp(5・11月)白水社http://www.hakusuisha.co.jp(1・4・7・10月)みすず書房 http://www.msz.co.jp(3・6・9・12月)の三社が、各月15日に発行しています。 ご希望の方に無料でお届けいたします。送付のお申込は発行の社ごとに承りますので、お手数ですがどうぞ上記の各ウェブサイトよりご連絡ください。

資本主義は自動的に大きな格差を生み出す――今後の議論の出発点となる世界的ベストセラー

21世紀の資本ピケティ 山形浩生他訳 5500 円

新理論と豊富なデータで所得分布を予測、世界経済の大変動を描き出す

大不平等ミラノヴィッチ 立木勝訳 3200 円

エレファントカーブが予測する未来

貧困から脱出した先進国と取り残された途上国の格差を分析

大脱出 健康、お金、格差の起原

ディートン 松本裕訳 3800 円

貧乏人の経済学 もういちど貧困問題を根っこから考える

バナジー/デュフロ 山形浩生訳 3000 円

貧困と闘う知 教育、医療、金融、ガバナンス

デュフロ 峯陽一他訳 2700 円

善意で貧困はなくせるのか? 貧乏人の行動経済学

カーラン/アペル 清川幸美訳 澤田康幸解説 3000 円

テクノロジーは貧困を救わない外山健太郎 松本裕訳 3500 円

ウェルス・マネジャー富裕層の金庫番世界トップ 1% の資産防衛

ハリントン 庭田よう子訳 3800 円

金持ち課税 税の公正をめぐる経済史

シーヴ/スタサヴェージ 立木勝訳 3700 円

Page 4: 1 2018年(平成 年)9月15日 第 号 - msz.co.jp · (1) 2018年(平成30 年)9月15日 パブリッシャーズ・レビュー 第68 号 No. 28 2018 秋 (表示価格は税別です)

(4)パ ブ リ ッ シ ャ ー ズ ・ レ ビ ュ ー2018 年(平成 30 年)9 月15日 第 68 号

みすず書房・最近の重版より死を生きた人びと――訪問診療医と 355人の患者小堀鷗一郎   ¥2400エコラリアス――言語の忘却についてD. ヘラー =ローゼン 関口涼子訳   ¥4600イングリッシュネス――英国人のふるまいのルールK. フォックス 北條文緒・香川由紀子訳 ¥3200いじめの政治学〈中井久夫集 6〉中井久夫 最相葉月解説   ¥3400貧乏人の経済学バナジー/デュフロ 山形浩生訳   ¥3000憲法 9条へのカタバシス木庭顕   ¥4600日米地位協定――その歴史と現在(いま)明田川融   ¥3600エルサレムのアイヒマン[新版]H. アーレント 大久保和郎訳   ¥4400夢遊病者たち 1C. クラーク 小原淳訳   ¥4600兵士というものナイツェル/ヴェルツァー 小野寺拓也訳 ¥5800

憲法論シュミット 近代市民的法治国憲法の発展を思想史的・社会学的に考察、基本構造を分析。阿部・村上訳¥6800

実践感覚[全2巻]

ブルデュ 人の慣習的行動=実践を解明する理論的構図。社会学の根本課題に挑戦。今村仁司他訳 各¥3800

人種主義の歴史フレドリクソン 反ユダヤ主義など、差別を合理化する人種主義を、比較史的な手法で描く。李孝徳訳 ¥3600

ピアノ・ノート演奏家と聴き手のために

ローゼン 世界的ピアニスト=西洋音楽史と文学に詳しい理論家による痛快なエッセイ。朝倉和子訳 ¥3500

 

小堀鷗一郎『死を生きた人

びと』が、あっというまに七刷

です。日々のお仕事がテレビ

で紹介され、池内紀氏の新聞

書評(前面コラムご参照)など

の影響と共に、訪問診療医と

しての活動に興味を持たれる

方も多いのかもしれません。

 

実は、小堀先生が勤務され

ている病院は拙宅のすぐそば

です。ここ数年毎週末、近く

を車で通っているので、自社

からの出版が決まった際には

大変驚きました。近くに住む

友人が患者さんの食事を作る

仕事をしているので、病院の

存在は以前から知っていたこ

ともあり余計です。その友人

に訊くところ、小堀先生が訪

問診療をされていると知らな

かった患者さんが多かったよ

うで、普段は無口な方に「こ

の病院には凄い先生がいるん

だね」と話しかけられて驚い

たとも。訪問される先の患者

さんだけではなく、院内の患

者さんたちも、いうまでもな

く読者の私たちも、沢山の元

気をいただいたようです。

「もう崩壊しそうになってい

て、崩壊が進んでいる。体が

叫んでいる。体は一人で勝手

に叫んでいて、こちらを向い

ても知らん顔をした。」冒頭

から読者は「わたし」のいる

現場に放り込まれる。

 

写真集『0円ハウス』で登

場し、東日本大震災後に『独

立国家のつくりかた』で話題

になった異才・坂口恭平は躁

鬱病である。死なないために

歌をうたい、絵をかき、モバ

イルハウスを建て、言語で世

界をつくってきた。マルチア

ーティストとしての彼の活動

を、斎藤環は「健康生成のた

めの創造」と呼んでいる。

 

118の断章から成るこの作品

は、何時とも何処とも知れな

い無明の世界を彷徨する「わ

たし」の夢のドキュメントと

も読める。見えるもの、聞こ

える音、触る感じを、忘れな

いため、思いだすため、生き

延びるために書き記す。その

一つ一つが鮮烈でリズミカル

で体感的なのである。

 

生成と衰退が語りのなかで

繰り返される、精神の「建設

現場」のストーリーとも読め

る。であればこそ終盤の「こ

れからはじまることを、あな

たは知っていたのですか。そ

れならば、なぜそれを止めよ

うとしなかったのですか」と

いう問いかけが、心に鋭くさ

さってくる。音楽のような言

語が日本の小説の新次元をひ

らく、書き下ろし長編。

[日本現代文学]【十月中旬刊】

(四六判320頁・予三四〇〇円)

みすず書房

営業部だより

小説の新次元をひらく書き下ろし坂口恭平

《建設現場》

みすず書房

近刊のお知らせ11–1月の刊行予定から

〈効果的な利他主義〉宣言! ウィリアム・マッカスキル 千葉敏生訳中枢神経系 中世・近代篇 ジュール・スーリィ 萬年甫・新谷昌宏訳子ども文庫の 100年 高橋樹一郎ガザに地下鉄が走る日 岡真理他者の影 ジェシカ・ベンジャミン 北村婦美訳タコの心脳問題 ピーター・ゴドフリー =スミス 夏目大訳ナイチンゲール 神話と真実[新版] ヒュー・スモール 田中京子訳ウイルスの意味論 山内一也こわれやすい人生(仮) S.ウェスタビー 小田嶋訳 勝間田監修ホロコーストとアメリカのユダヤ人(仮) 丸山直起

(www.msz.co.jp/book/new/ にもご案内)

[9月]

新装復刊

 

トラウマ概念の導入の歴史

を踏まえつつ統合失調症の特

性を語った表題作はじめ、自

身の治療経験を語った「統合

失調症の経過と看護」「外傷

神経症の発生とその治療の試

み」等、甲南大時代の文章を

編む。また、アフガニスタン

紛争やイラク戦争を背景とし

て、戦争そのものを犯罪学で

捉えた「精神医学および犯罪

学から見た戦争と平和」や「中

東で繰り返される日中戦争」

等、「戦争と平和の観察」に

連なる思考の数々を収める。

解説・最相葉月。[精神医学・

エッセイ]【十月上旬刊】

(四六判336頁・予三六〇〇円)

中井久夫集8

[第8回配本]《統合失調症とトラウマ

2002–2004

「「踏み越え」について」ほか全28編

 

二〇一九年版は「ムンクの

光彩」をお届けします。近代

絵画の巨匠エドヴァルド・ム

ンクの初期の内省的な作品か

ら、色彩豊かな晩年に至るま

で、画業のエッセンスを集め

ました。

 

今秋、東京都美術館にて大

回顧展「ムンク展」が開催さ

れ、代表作《叫び》(ムンク

美術館蔵)をはじめとする多

彩な作品が紹介されます。小

社でも二〇〇七年に刊行した

S・プリドー『ムンク伝』(木

下哲夫訳、八〇〇〇円)が、

絵画制作の秘密を解き明かし

た評伝の決定版として高い評

価を受けています。

 

カレンダーはハガキ大七葉

にポストカード一枚付、ペー

パーケース入、卓上用です。

ご希望の方は、一部六二〇円

(税込)と送料手数料、計七〇

〇円分の切手を同封の上、み

すず書房営業部(〒113―

0033文京区本郷2―20―

7)までお申し込みください。

複数のご購入については営業

部(電話03―3814―0

131)へお問い合せくださ

い。書店店頭でもご注文にな

れます。(十月下旬発売予定)

ジョン・ラスキン

井上義夫編訳

《ヴェネツィアの石

「水の都」をめぐる名著の新訳

C・アフロン/M・J・アフロン

佐藤宏子訳

《メトロポリタン

歌劇場

歴史と政治がつくるグランドオペラ

 

十八世紀末、「アドリア海

の女王」ヴェネツィア共和国

はナポレオン軍の侵攻により

消滅した。翌世紀半ば臨時政

府が樹立されるもオーストリ

ア軍によって鎮圧。ターナー、

ラファエル前派の発掘者・擁

護者として知られ、後のW・

モリスやアーツ&クラフツ運

動に影響を与えたラスキンは

その直後に五度目の訪問を果

たし、朽ちるがまま、あるい

は修復の名のもとに破壊され

ていた建築遺産を目のあたり

にする。興隆期ビザンティン

から絶頂期ゴシック、衰退期

ルネサンスにいたる「水の都」

の建築史を精緻かつ雄大に綴

った主著の全体像を知るに最

適のヴァージョン、英文学の

重鎮が十年を費やした訳業い

よいよ成る。[美術史・建築史・

イタリア史]【十一月中旬刊】

(A5判424頁・予六〇〇〇円)

 

一八八三年、ブロードウェ

イ39丁目に開場したメトロポ

リタン歌劇場。国の後ろ盾を

持たず、富裕な個人出資者た

ちが資金を拠出して持ち株会

社の形で設立されたMET

は、常に経営の危機にさらさ

れながら、民主化した歌劇場

のスタンスを失うことなく時

代の波を潜ってきた。二度の

大戦、大恐慌、リンカーンセ

ンターへの移転を経て、労働

争議に人種差別問題、冷戦終

結、インターネットの席巻…

 

時代と社会、政治の荒波に

揉まれながらMETが今日に

至る道はアメリカの縮図でも

ある。総支配人の地位をめぐ

る椅子取りゲーム。新聞、雑

誌は熱心に公演や経営につい

て書き、大統領が労働問題に

関与する――舞台の上に生ま

れる奇跡の時間の陰に、経営

陣と歌手、楽団、指揮者、演

出家、批評家、そして観客が

織りなす130年のドラマ。[芸

術・アメリカ史]【十月上旬刊】

(A5判536頁・予七五〇〇円)

C・G・ユング

横山博監訳 

大塚紳一郎訳《心理療法の実践

希少な臨床論9編

 

ユングが生きた時代、今日

まで受け継がれているいくつ

もの心理学理論と、それに基

づく心理療法が生まれた。

 

さまざまな学派が心のモデ

ルを作ろうと競うなかにあっ

て、ユングは決して他学派の

存在を否定することはなかっ

た。心には複数の接近法が必

要であることを、ユングは知

っていたのである。

 

心理療法とは何か。他者の

心に近づきたいと切実に願

い、それを叶えたとき、〈近

づいた者〉の心には何が起き

るのか。希少な臨床論9編か

ら追体験する、心理療法家・

ユングが見た世界。[心理学]

(四六判・248頁・三四〇〇円)

みすず

美術カレンダー2019

のご案内

[10月]