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1 カオスとフラクタル 松谷茂樹 2015/12 1.1 ロジスティックマップ カオスとは,ラフに言って「初期値に敏感な時間 発展方程式の解の振舞こと」である。 カオスの例としては、エドワード・ローレンツによ る天気予報の気象モデルのローレンツ・モデル (1961) が有名である。連立非線形微分方程式 dX dt = -σ(X - Y ), σ = 10 dY dt = -XZ + rX - Y, r = 28 dZ dt = XY - bZ b = 8 3 の数値計算に現れた不規則かつ初期値依存性の強い 現象が始まりである。バタフライ効果(「蝶がはば たく程度の小さな攪乱が別の場所の気象に影響を与 えるか?」「中国での蝶が羽ばたくとその影響で翌年 の米国でのハリケーンが多発するということがあり 得るか」)などの発端となった。 ローレンツは非線形微分方程式の解にストレンジ・ アトラクターという現象が存在することと、パイこ ね変換(Baker’s map(パン屋の写像)) が、ローレ ンツ・モデルのカオス的な振舞の本質的な役割を果 たしている事などを発見した。 10-1 f , f (2) , f (3) , f (4) と周期点 パイこね変換とは初期値 x 0 [0, 1] に対して x n+1 = f (x n ) 但し, f (x)= { 2x (0 x 1 2 ) 2(1 - x) ( 1 2 x 1) とするものである.つまり,f : [0, 1] [0, 1] の写 像であり,f (1) := f , f n = f f n-1 と写像の合成を 表現すると x n = f (n) (x 0 ) となり,写像の繰り返しに対して初期値がどのよう に振る舞うかを示すものである。 関数の形から、パイをこねる際、「パイ生地を半分 にして伸ばし、元の大きさにすること」を繰り返す ことから名前がついた。 カオスの典型的な例として知られているロジステ ィックマップについて述べる. ロジスティックマップとは x n+1 = g(x n ) (1) によって得られる差分方程式である.但し, g(x)= ax(1 - x), (x [0, 1]) (2) パラメータ a [0, 4] と初期値としての x 0 R に対して,逐次的に x n が得られる.(x n-1 で得られ るとその値に従って x n の値が定まり,それを繰り 返る.) 3.5699456 ··· <a 4 において (1) カオスとな ります. 10-2 a = 3: g, g (2) , g (3) , g (4) と周期点 1

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Page 1: 1 カオスとフラクタル 松谷茂樹 2015/12smatsutani.jp/chaos_fractal_201512.pdf1 カオスとフラクタル 松谷茂樹 2015/12 1.1 ロジスティックマップ カオスとは,ラフに言って「初期値に敏感な時間

1 カオスとフラクタル 松谷茂樹

2015/12

1.1 ロジスティックマップ

カオスとは,ラフに言って「初期値に敏感な時間

発展方程式の解の振舞こと」である。

カオスの例としては、エドワード・ローレンツによ

る天気予報の気象モデルのローレンツ・モデル (1961)

が有名である。連立非線形微分方程式

dX

dt= −σ(X − Y ), σ = 10

dY

dt= −XZ + rX − Y, r = 28

dZ

dt= XY − bZ b =

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3

の数値計算に現れた不規則かつ初期値依存性の強い

現象が始まりである。バタフライ効果(「蝶がはば

たく程度の小さな攪乱が別の場所の気象に影響を与

えるか?」「中国での蝶が羽ばたくとその影響で翌年

の米国でのハリケーンが多発するということがあり

得るか」)などの発端となった。

ローレンツは非線形微分方程式の解にストレンジ・

アトラクターという現象が存在することと、パイこ

ね変換(Baker’s map(パン屋の写像))が、ローレ

ンツ・モデルのカオス的な振舞の本質的な役割を果

たしている事などを発見した。

図 10-1 f , f (2), f (3), f (4) と周期点

パイこね変換とは初期値 x0 ∈ [0, 1]に対して

xn+1 = f(xn)

但し,

f(x) =

{2x (0 ≤ x ≤ 1

2 )

2(1− x) ( 12 ≤ x ≤ 1)

とするものである.つまり,f : [0, 1] → [0, 1]の写

像であり,f (1) := f , fn = f ◦ fn−1と写像の合成を

表現すると

xn = f (n)(x0)

となり,写像の繰り返しに対して初期値がどのよう

に振る舞うかを示すものである。

関数の形から、パイをこねる際、「パイ生地を半分

にして伸ばし、元の大きさにすること」を繰り返す

ことから名前がついた。

カオスの典型的な例として知られているロジステ

ィックマップについて述べる.

ロジスティックマップとは

xn+1 = g(xn) (1)

によって得られる差分方程式である.但し,

g(x) = ax(1− x), (x ∈ [0, 1]) (2)

パラメータ a ∈ [0, 4]と初期値としての x0 ∈ Rとに対して,逐次的に xnが得られる.(xn−1で得られ

るとその値に従って xn の値が定まり,それを繰り

返る.)

3.5699456 · · · < a ≤ 4において (1)はカオスとな

ります.

図 10-2 a = 3: g, g(2), g(3), g(4) と周期点

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Page 2: 1 カオスとフラクタル 松谷茂樹 2015/12smatsutani.jp/chaos_fractal_201512.pdf1 カオスとフラクタル 松谷茂樹 2015/12 1.1 ロジスティックマップ カオスとは,ラフに言って「初期値に敏感な時間

図 10-3 a = 3.8: g, g(2), g(3), g(4) と周期点

図 10-4 a = 4: g, g(2), g(3), g(4) と周期点

つまり,3.5699456 · · · < a ≤ 4において xn = c

と xn = c+ εと微小な値の差がその後の時間発展に

おいて,全く異なる振る舞いをすることとなる.

例えば,a < 1の場合は,xn → 0となることが容

易に判る。漸近的な値は aの値によって定まる場合

がある。このような漸近挙動をしめしたものが次の

図である.

図 10-5 (Wikipediaより)

ある初期値からの時間発展は図 10-6のようになる.

カオスはランダムネスと混同されがちですが,図に

示されるように非常に整然として見える.

例えば,図 10-6 で xn の値が 0.08 を下回る時間

ステップの間隔は,大きく外れている部分もあるが,

ほぼ一定の 10前後に見える.そこでオーソドックス

な時系列な信号解析であるスペクトル Pℓ,

{Pℓ := |x̂ℓ|2}ℓ=1,...,N/2, x̂ℓ :=N−1∑n=0

xne2π

√−1nℓ/N

を考え,その対数 logPn の動きを眺める.つまり,

離散フーリエ変換を考える.N = 200 の場合の図

10-7(a)では,200/8 = 25にピークが見えるが,こ

れは非線型な現象なので,N = 10000である図 10-

7(b)の場合はそのようなピークが消える.「f 分の 1」

理論で知られているように logP = f−1.5 に漸近し

ている.(特徴的なスケールが存在しないことを意味

している.)

図 10-6 xn の振る舞い

他方,統計的な手法である 0.08以下になった後に

再度 0.08以下になるまでのステップ数間隔の頻度を

計算したものが図 10-8である.確かに戻ってく回数

に規則性があることが分かりる.この事は,基本的

にはポアンカレが研究した回帰時間の定理により保

障されている.図 10-7はどのくらい確率で戻ってく

るかの予想まで可能にする.

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図 10-7 パワーと振動数

図 10-8 回帰時間の頻度

このように目的や対象によって,道具を大幅に取

り替える事はとても大切である.

1.2 フラクタルについて、数学モデルの適用の際の注意

数学的な事実を自然現象に適用する際の注意をす

る.これは ε− δに関わるものである.ε− δ記法と

は,例えば,物理学者が通常

limx→a

f(x) = b

と書くところを厳密に

「任意の ε > 0に対して『|x− a| < δとなる xで

あれば |f(x)− b| < ε』を満たす δ > 0が存在する」

と記すものである.「εという解像度で眺めて δと

いう基準の存在を問う」と読める.

フラクタルで有名なコッホ曲線を見る.

図 10-9

コッホ曲線は図 10-9の上から下に1世代,2世代

と,自然に定義される規則に従って,図を変形して

おいて,その極限として定義されるものである

このような図形をフラクタルと呼びます.長さは

世代毎に 4/3倍しますので,コッホ曲線は無限の長

さを持つ.

他方,図 10-10のようなリアス式海岸は近似的に

フラクタルの一種であるという事が知られている.

海岸線のこのような性質はマンデルブロによっては

じめに研究され,フラクタルという概念を構築した

きっかけとなったものである.

ズームインしてもズームアウトしてもよく似たギ

ザギザの海岸線が見える.

図に描かれているように,ここに道路を通す事を

考えよう.リアス式海岸がコッホ曲線と同様ならば,

無限の長さが必要と思うかもしれないが,実際は異

なる.

高速道路ならば,1Km単位で曲がる事はできない

し,日常使う道路ならば数m程度以下で曲がりくね

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る事は実用上考えらない.遊歩道ではどうだろうか.

用途に応じた解像度で対象を眺め直して,対応す

るフラクタルの有限の世代を選び,その世代に応じ

た道を通すことに対応する.これは上記の ε − δ と

同じ話である.

数学には長さ等の単位はない,特徴的長さも内在

しない.ある仮に与えた解像度 εに対して,それを

実現する別の解像度 δ(今の場合,世代N)の存在を

問うのみである.自然現象等に数学の定理を適用す

る際には,現象が内在する特徴的長さの精度で数学

的な事実を解釈し直すという作業が必要となる.そ

のためのツールが ε− δだと考えることができる.

図 10-10(google mapより)

1.3 宿題:

http://www.sasebo.ac.jp/~smatsu/Lecture.html

の「ロジスティックマップ エクセルファイル」を

ダウンロードし「課題:x {n+1}=a x n (1-x n)と

なるロジスティック写像の aと初期値を変更した際

のステップ nに対する位置 x nに対するグラフを4

つ以上描き、その振舞を考察せよ

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