1. what is bioeconomy?...バイオサイエンスとインダストリー vol.75 no.4(2017) 345...

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344 バイオサイエンスとインダストリー vol.75 No.4(2017) 30 th anniversary 各国が推進するバイオエコノミー戦略とは何か? は じ め に  「バイオエコノミー」という字面たときに、読者 さんはかべるだろうか? いつものよ うに「バイオエコノミー」という造語であろうと推測 し、さらに日本における「バイオ」がほぼ「バイオテク ノロジー」と同義語であることを考慮れると「バイ オテクノロジーを駆使して経済活動活性化しよう」 というような意味合いをかべるいのでは ないだろうか。そので、バイオテクノロジーで後塵 してしまっている日本くの企業にとっては 二度とそのにはらないぞ」とか「さらバイオは ねぇ…」と反応するのがえるようである。2 ほどにフィンランドから研究仲間来日して、 学内彼女のセミナーを開催したとき、タイトルに Bioeconomy」という言葉っているのを筆者 じようにじたので、バイオエコノミーとの最初 遭遇日本人けるイメージはまさにこのレベル なのであろう。しかも、でもそのファーストインプ レッションから知識更新せずにバイオエコノミー でバイオエコノミーをっている結構多いように うし、トップがそのような認識っている組織は、バイオエコノミーが「バイオはおいっぱい」のまれてしまっており、(言葉はあまりよくないが) 「ヤバい状況だな」とじざるをないのである。その 一方で、筆者昨年度からめた VTT フィンラ ンド技術研究センターでは、研究所廊下にあるホワ イトボードには Sustainable Development Goals ってある (図) し、テクニシャンをえての チームミーティングでも、すべてのメンバーがバイオ エコノミーを意識した報告をする。その内容は、バイ オエコノミーの一環としてからおをもらっている 研究進捗当然のことながら、ごみの究所使っているおまで、らかに日本られているバイオエコノミーとはスケールがって いて、日常にバイオエコノミーがんでいる のである。ヨーロッパにおけるバイオエコノミーの仕方とその世界戦略たりにした筆者りを、本稿からじていただけたらいである。 1. What is Bioeconomy ? バイオエコノミーの本当意味なのであろう か? 欧州委員会 EC)が以下のように定義している 1) The European Commission defines the bioeconomy as the production of renewable biological resources and the conversion of these resources and waste streams into value added products, such as food, feed, bio-based products and bioenergy. Its sectors and industries have strong innovation potential due to their use of a wide range of sciences, enabling and industrial technologies, along with local and tacit knowledge.バイオエコノミーによる ゲームチェンジを私たちはどう受けるか: 欧州の動向に対する一考察 五十嵐圭日子 【第 2 回】 筆者紹介:いがらし・きよひこ(IGARASHI, Kiyohiko東京大学大学院農学生命科学研究科生物材料科学専攻 准教授 1999 東京大学大学院農学生命科学研究科博士課程修了 博士 農学専門:バイオマス生物工学 連絡先113-8657 東京都文京 区弥生 1-1-1 E-mail[email protected] 勤務先

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344 バイオサイエンスとインダストリー vol.75 No.4(2017)

30th anniversary

各国が推進するバイオエコノミー戦略とは何か?

 は じ め に 

 「バイオエコノミー」という字面を見たときに、読者の皆さんは何を思い浮かべるだろうか? いつものように「バイオ+エコノミー」という造語であろうと推測し、さらに日本における「バイオ」がほぼ「バイオテクノロジー」と同義語であることを考慮に入れると「バイオテクノロジーを駆使して経済活動を活性化しよう」というような意味合いを思い浮かべる方が多いのではないだろうか。その上で、バイオテクノロジーで後塵を拝してしまっている日本の多くの企業にとっては「二度とその手には乗らないぞ」とか「今さらバイオはねぇ…」と反応するのが目に見えるようである。実は2年ほど前にフィンランドから研究仲間が来日して、学内で彼女のセミナーを開催したとき、タイトルに「Bioeconomy」という言葉が入っているのを見て筆者も同じように感じたので、バイオエコノミーとの最初の遭遇で日本人が受けるイメージはまさにこのレベルなのであろう。しかも、今でもそのファーストインプレッションから知識を更新せずにバイオ+エコノミーでバイオエコノミーを語っている人も結構多いように思うし、トップがそのような認識を持っている組織では、バイオエコノミーが「バイオはお腹いっぱい」の中に含まれてしまっており、(言葉はあまりよくないが)「ヤバい状況だな」と感じざるを得ないのである。その一方で、筆者が昨年度から働き始めた VTTフィンランド技術研究センターでは、研究所の廊下にあるホワイトボードには Sustainable Development Goalsの

紙が壁に貼ってある(図)し、テクニシャンを交えてのチームミーティングでも、すべてのメンバーがバイオエコノミーを意識した報告をする。その内容は、バイオエコノミーの一環として国からお金をもらっている研究の進捗は当然のことながら、生ごみの捨て方や研究所で使っているお湯の温め方まで、明らかに日本で語られているバイオエコノミーとはスケールが違っていて、日常の中にバイオエコノミーが入り込んでいるのである。ヨーロッパにおけるバイオエコノミーの浸透の仕方とその世界戦略を目の当たりにした筆者の焦りを、本稿から感じていただけたら幸いである。

 1. What is Bioeconomy ? 

 バイオエコノミーの本当の意味は何なのであろうか? 欧州委員会(EC)が以下のように定義している 1)。

The European Commission defines the

bioeconomy as “the production of renewable

biological resources and the conversion of

these resources and waste streams into

value added products, such as food, feed,

bio-based products and bioenergy. Its sectors

and industries have strong innovation

potential due to their use of a wide range

of sciences, enabling and industrial

technologies, along with local and tacit

knowledge.”

バイオエコノミーによるゲームチェンジを私たちはどう受けるか:

欧州の動向に対する一考察五十嵐圭日子

【第2回】

筆者紹介:いがらし・きよひこ(IGARASHI, Kiyohiko) 東京大学大学院農学生命科学研究科生物材料科学専攻 准教授 1999年東京大学大学院農学生命科学研究科博士課程修了 博士(農学) 専門:バイオマス生物工学 連絡先:〒 113-8657 東京都文京区弥生 1-1-1 E-mail:[email protected](勤務先)

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30th anniversary

 アポストロフィで挟まれた部分を(最近翻訳精度が格段に向上したと言われる)Google翻訳にかけると以下のようになる。 「再生可能な生物資源の生産と、これらの資源や廃棄物の流入を、食品、飼料、バイオベース製品、バイオエネルギーなどの付加価値製品に変換することです。その分野と産業は、幅広い科学、産業化技術、地元の知識と暗黙の知識を活用することで、強力なイノベーションの可能性を秘めています」  筆者自身の意訳が入らないようにあえてこのような訳し方をしたが、これを読んでどのように感じられるだろうか? まずは、多少機械的な部分もみられるが、目的通りきちんと直訳をしてくれている気がする。それではこの中にバイオテクノロジーという言葉はどこに登場するのだろうか? 実は筆者は日本で広く蔓延している「バイオ=バイオテクノロジー」という価値観が、バイオエコノミーの考え方をねじ曲げている気がしており、これが国内の企業だけでなく、国策までがバイオエコノミーに乗り遅れている原因だと感じて

いる。欧米では「バイオ」はかなり広い意味を含む言葉であり、前述の定義を読むと、バイオテクノロジーを使うか使わないかは実は問題ではなく、その経済活動や技術開発、イノベーションの終点に、地球レベルの持続性(グリーンエコノミー)や再生可能性(サーキュラーエコノミー)の考え方がきちんと盛り込まれているかどうかということを問われているのだと言える。それらを踏まえてバイオエコノミーを筆者なりにかなり大胆に意訳すると「その経済活動(エコノミー)は、生物圏(バイオスフィア)に対して負荷をかけていませんか?」という問いかけなのである。これまでの人間の経済活動があまりにも地球に負担をかけ過ぎているから、そうならないような経済活動がこれからのトレンドになるし、そこに経済の持続的発展が起こることになりますよという考え方なのである。

 しかしながら、筆者はこれを一般的な環境活動、特に日本の企業で corporate social responsibility(CSR)として行われている活動とは、一緒にしない方がよいと考えている。組織の一部が取り組んでいればよい範

図 バイオエコノミーを掲げた VTT フィンランド技術研究センターのホームページ(左)と Sustainable Development Goals(SDG)の紙が貼ってある研究所内のホワイトボード(右)

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各国が推進するバイオエコノミー戦略とは何か?【第2回】

囲を、明らかに超えてしまっているからである。バイオエコノミーは、人間の経済活動を認めた上でいかに着地点(妥協点とも言えるかもしれない)を見いだしていくかに取り組むための考え方であって、免罪符ではないのである。誤解を恐れずに書くとすると、バイオエコノミーというのは前述のような「声かけ」であったり「共通言語」であったりする意味合いが非常に強く、これを基に各国、各社、各個人がどのように振る舞うかを考えるキーワード的なものであり、企業の中で考えるのであれば「うちの部署ではバイオエコノミーに対して何ができるか」を考えることなのである。例えば「御社はバイオエコノミーに関するどのような取り組みをしていますか?」と聞かれたときに、「いえいえ、弊社はバイオ企業ではないので、バイオエコノミーとは関係ないんです」と答えたら、ヨーロッパのようにバイオエコノミーを原則としようとしている社会ではどのように受け取られるだろうか?「私たちはお金さえ儲かればよいので、社会的責任(ましてや地球に対する責任)なんて考えていないですよ、ハハハ」と胸を張って言っているように聞こえる時代が、そう遠くない未来に来るということなのである。もちろん日本の文化や日本人の考え方は(偏見が入っているかもしれないが)基本的にはこのような取り組みに対して前向きに受け止めていこうという雰囲気があると思うが、その考え方や取り組みをバイオエコノミーの中で位置付けることができるかと聞かれると、その概念が理解できていないために「何を言っているのかわかりません」となるのではないか―私が危険性を感じる点はまさにそこなのである。

 その一方で、欧米でのバイオエコノミーがそこまで高邁なる精神の下で動いているのかと言うと、それも違うと筆者は考えている。それは 2015年の 10月に開催された「Circular Economy: European Priority –

No time to waste !(サーキュラーエコノミー:ヨーロッパの優位性―無駄にしている時間はない!)」2)という会議の名前に強く現れていると思う。ここから見えてくるのは「バイオエコノミーのスタンダード化」である。全く同じ製品でバイオエコノミーを考えている者が作った製品と、それを考えていない者が作った製品を差別化しようという流れである。これまでも欧米諸国が得意としてきた戦略であり、将来的には「バイオエコノミー認証」のようなものを策定し、それに沿っているものかどうかをジャッジする仕組みを作ってや

ろうという流れが見えるということである。ここでも同じような例を出すが、例えば「御社のこの製品は、バイオエコノミー認証を受けていますか?」と聞かれた時に「バイオエコノミーが何か知りませんし、弊社の製品はそのような認証を受けてはいませんが、非常に優れた製品であることは間違いないです!」と主張することに何の意味があるかということなのである。製品の質としては劣るものでも、バイオエコノミー認証に沿っているものに付加価値がつき、品質の良さを凌駕するという「ゲームチェンジ」が起こる可能性があるということなのである。こればかりは筆者が EC

の政策を決めているわけではないし、米国の現大統領の下では政策が州や都市、産業界によってリードされると考えられ、どこまで実現するかはわからないので「そういうことが起こります」と断言はできないが、経済的に余裕がない(であろう)日本の企業が、バイオエコノミーの流れを知らなかったために被る不利益は、避けられるなら避けるべきであろうと筆者は考えている。

 2. バイオエコノミーにどう取り組むのか?

 それでは何をすればよいのか? 答えは簡単である。まずはバイオエコノミーという言葉を受け入れることである。第 21回気候変動枠組条約締約国会議(COP21)でのパリ協定の採択には、直前にドイツで開催されたグローバルバイオエコノミーサミットでのディスカッションが大きく影響していたと伝えられている 3)。米中を含む各国が実現可能な努力目標をパリに持ち寄っている中で、手ぶらで参加している我が国の戦略(省エネ以外の戦略のなさと言うべきかもしれない)に危機感を覚えずにはいられない。2016年 3月にフィンランドのサウリ・ニーニスト大統領と安倍晋三首相が会談をしており、その際に戦略的パートナーシップとして出した共同声明の中に実はバイオエコノミーという言葉が含まれているのだが、それを紹介しているホームページ 4)には「イノベーションや技術を始め,幅広い分野で…」としか書かれていない。もしかすると「幅広い分野」というのがバイオエコノミーを指すのかもしれないが、前段で説明したようにバイオエコノミーという概念は、その傘(しばり)の下でイノベーションや技術革新を起こすことが重要なのであって、イノベーションや技術革新と並列で並べるべきものではない。筆者が実際にフィンランドで様々な人と

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30th anniversary

話していても、彼ら・彼女らがイノベーションや技術革新という言葉を出すときには、ほぼすべてのケースでバイオエコノミーが前提となっている。それに対して、バイオエコノミーに関する知識を持たない我が国は、ニーニスト大統領の言葉は単にこれまでの延長としてのイノベーションや技術革新としか受け止められなかったと推測される。「イノベーションや技術革新、そしてバイオエコノミーの分野で」と「バイオエコノミーを前提としたイノベーションや技術革新で」が、全く方向性が違うことは、ここまで読んでくれた方には理解できるのではないだろうか。 バイオエコノミーを認識した次のステップとしては、自分達がすでに行っている活動、すでに用いている製造プロセスなどにおいて、バイオエコノミー的に推奨されるところ、地球に負荷をかけているところを可視化することであると筆者は考える。多くの会社では、知らないうちにすでに何かしらの形でバイオエコノミーに含まれる活動をしていることは往々にしてあると考えられる。これはグリーンエコノミーやサーキュラーエコノミーとして取り組んできたことの多くが、バイオエコノミーにも当てはまるからである。しかし、それがきちんとバイオエコノミーと紐付けがされているかどうかを認識しないといけないということである。日本人は一般的にアピールが下手だと言われており、(またしても筆者の偏見を書くが)時にはそれが「謙譲の美徳」であるかのように扱われることもあるが、ことバイオエコノミーに関してはその美徳は捨てるべきであろう。いかに自分たちの活動がバイオエコノミーの概念に沿うものであるかを、本当に細かいところまで世界中の会社が、国がアピールし合っている中で、それをアピールせずにひっそりと誰かが感じ取ってくれるのを待つことが得策とは思えない。そのためにも前述の可視化は非常に重要であるし、その上でできていることはきちんとできていると言い、できていないことには(現時点でペナルティが課されないとしても)取り組まないといけないのである。「地球の住民としての新しいルール」を作ろうとしているときに、そのルール作りにも参加せず、そのルールも無視しますと言い切れるほど、今の日本が大国とは思えない。 ECの Bioeconomyのウェブページ 5)に行くと、最初のページに「Bioeconomy starts here(バイオエコノミーはここから始まる)」という動画へのリンクが貼ら

れている。私は授業や講演会など様々なところでこの動画を見せているが、その主な目的は、それが単なるバイオエコノミーのプロモーション動画ではないことに気づいて欲しいからである。そこには自然が好きな男の子「ベン君(勝手な推測であるが、BioEcoNomy

の 3文字をとっていると考えている)」が出てきて、その子を中心にストーリーが進んでいく。実際にその動画を見ていただければすぐに理解してもらえると思うが、明らかに子供向けで、ヨーロッパではすでにバイオエコノミーという価値観が初等の教育にまで浸透しはじめているのを感じる。子供の頃から、日常生活の中にバイオエコノミーとの接点があり、その発想を将来の社会づくりなどに活かしていこうとする者は、そういう子供時代を送っていない者にとっては脅威以外の何者でもない。その他にも ECが出している「Bioeconomy in daily life」6)という冊子を見ると、日用品がどうバイオエコノミーで置き換えられていくのかが紹介されている。そこにはその素材や製品を作っている企業名が書かれていることからも、すでにヨーロッパではバイオエコノミーという新しいスポーツにおいて、ルールだけでなくプレーヤーとそれぞれのポジションまでが決まっているということがわかる。また米国においても農務省(USDA)の元で Biopreferred

プログラムが動き、政府機関はバイオベース商品の購入が義務付けられている 7)。 欧米でバイオエコノミーのブループリントが作成されたのは 2012年で、現時点ではそこから調査や研究がちょうど一周した状態である。つまり、このタイミングで筆者がこのようなことを書いている日本は、完全に周回遅れの状態でバイオエコノミーをはじめなければならない。「弊社は別の形ですでに取り組んでいるよ」というのは、確かに何もやっていないよりはましなのであるが「何のスポーツをやるかは知らないけど、とりあえず筋トレはやってますよ」というレベルだということを認識するべきであろう。この期に及んで「今回はパス」と言い切ろうとしている方は、今一度ここまで筆者が書いてきたことを読み直して欲しい。パスした次の周に待っているものが何なのかは、火を見るより明らかだろう。

 3. 予言者のジレンマ

 本稿では、バイオエコノミーの日本での受け止められ方に関して、あくまで筆者の個人的な感想を多少強

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各国が推進するバイオエコノミー戦略とは何か?【第2回】

めのテンションで書かせていただいた。筆者のような「預言者」の立場は非常に不利である。それは、常に「預言者のジレンマ」にさらされることになるからである。予言者が王様に「このままでは国はつぶれます」という予言をしようとして悩むという話である。もし王様がこの予言に耳を貸して国がつぶれなかったとしたら、実は何もしなくてもつぶれなかったのではないかという疑念が生じる。その一方で、もしその予言を言わなくて、もしくは王様がそれを無視して、国がつぶれることになれば、予言者は予言をしながらその危機を回避できなかったことになる。今回のバイオエコノミーに対しての筆者の立場は、非常にそれに近いものを感じている。言ってしまえば損な役回りである。本稿の読者が危機感を感じて対策をすれば、周回遅れとは言え、今ならまだきちんとした対策を取ることは可能であろう。そして大した問題が起こらなければ「五十嵐がそんなに大げさに警告する必要があったのか」となるであろう。筆者がそう言われるのを避けるのであれば、欧米でディスカッションされている内容をスルーすることもできるだろう。ただ、やはり科学者としては、この状況を見過ごすことはできないし、ジレンマに陥ってでも言うべきという判断をし、本稿の執筆を引き受けたとお考えいただけたら幸いである。

 これも個人的な意見ではあるが、今私たちが暮らす社会がどのように成り立っていて、これからどのような問題に直面するのかを考えれば、なぜこの時代にバイオエコノミーが広く受け入れられているかは理解できる気がしている。皆が暗黙のうちに思っていることを、勇気を出して声に出してみた、それがたまたま「バイオエコノミー」という言葉だった、それ以上でもそれ以下でもないと筆者は考えている。筆者がバイオエコノミーの話をすると「言葉の組み合わせが悪い」だの「概念がわかりにくい」だの言う人もいるが、正しいことを先に考え、声に出した人たちが選んだ言葉に関し

て、周回遅れの私たちが議論するべきではなく、謙虚に(何も言わずに)受け入れるべきである。それこそが「謙譲の美徳」なのではないだろうか。そろそろ、自分たちが言い出しっぺになれなかったことへの嫉みは捨てて、言葉遊びや言葉尻を捕らえるのを止めて、やらなければいけないことに本気で取り組むべき時が来ているように感じられる。

 参 考 文 献1) What is Bioeconomy?, BioSTEP(2017年 5月 24日最終アクセス)http://www.bio-step.eu/background/what-is-bioeconomy.

html

2) “Conference: Circular Economy, European Priority– No

time to waste!”, 2015/10/21, Zero Waste Europe(2017

年 5月 24日最終アクセス)https://www.zerowasteeurope.eu/event/conference-circular-

economy-european-priority-no-time-to-waste/

3) 藤島義之 : 「第 1回グローバルバイオエコノミーサミット報告」, JABEX2015年活動報告(2017年 5月 24日最終アクセス)http://www.jba.or.jp/jabex/pdf/2016/Global_Bioeconomy_

Summit_2015.pdf

4) 「日・フィンランド首脳会談」, 外務省ホームページ(2017年5月 24日最終アクセス)http://www.mofa.go.jp/mofaj/erp/we/fi/page4_001859.

html

5) Bioeconomy, Research & Innovation, ECホームページ(2017年 5月 24日最終アクセス)https://ec.europa.eu/research/bioeconomy/index.cfm

6) Bioeconomy in Everyday Life, Catalogue Bioeconomy

Apartment Exhibition, 9-10 November Brussels, 2015

(2017年 5月 24日最終アクセス)https://ec.europa.eu/research/bioeconomy/pdf/eu_bioecno

moy_apartment_katalog.pdf

7) What is BioPreferred?, United States Department of

Agriculture(USDA, 米国)(2017年 5月 24日最終アクセス)https://www.biopreferred.gov/BioPreferred/faces/

pages/