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361 商学論纂(中央大学)第60巻第号(2019月) 義務的開示制度と一般否認規定 矢 内 一 好 目   次 パラダイス文書が与えた衝撃 情報交換と義務的開示制度 BEPS 行動計画12の最終報告書 米国の義務的開示制度 英国の義務的開示制度 カナダの義務的開示制度 アイルランドの義務的開示制度 政府税制調査会資料による日本への MDR の導入の概要 MDR の日本導入の各論(以上,商学論纂第60巻第号) 10 一般否認規定とコモンロー 11 米国における一般否認規定 12 英国における一般否認規定 13 「主たる目的テスト」導入の可能性 14 日本への一般否認規定導入の問題点(以上本号) 10 一般否認規定とコモンロー ⑴ 義務的開示制度MDRと一般否認規定の関連 前項までは MDR に関する検討を行ってきたのであるが,ここからは MDR と一般否認規定General Anti-Avoidance Rules:以下「GAAR」という。) の関係が焦点となる。平成30年度税制改正大綱において,MDR 導入は中 期的目標として掲げられているが,MDR 導入と同時に GAAR 導入という 機運は若干後退気味といえる。その理由としては,政府税制調査会資料に

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 361商学論纂(中央大学)第60巻第5・6号(2019年3月)

義務的開示制度と一般否認規定 ⑵

矢 内 一 好   目   次1 パラダイス文書が与えた衝撃2 情報交換と義務的開示制度3 BEPS行動計画12の最終報告書4 米国の義務的開示制度5 英国の義務的開示制度6 カナダの義務的開示制度7 アイルランドの義務的開示制度8 政府税制調査会資料による日本へのMDRの導入の概要9 MDRの日本導入の各論(以上,商学論纂第60巻第3・4号)10 一般否認規定とコモンロー11 米国における一般否認規定12 英国における一般否認規定13 「主たる目的テスト」導入の可能性14 日本への一般否認規定導入の問題点(以上本号)

10 一般否認規定とコモンロー

⑴ 義務的開示制度(MDR)と一般否認規定の関連

 前項まではMDRに関する検討を行ってきたのであるが,ここからは

MDRと一般否認規定(General Anti-Avoidance Rules:以下「GAAR」という。)

の関係が焦点となる。平成30年度税制改正大綱において,MDR導入は中

期的目標として掲げられているが,MDR導入と同時に GAAR導入という

機運は若干後退気味といえる。その理由としては,政府税制調査会資料に

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362

おいて,2016年度分にはMDRに関連して GAARの説明があったが,2017

年度分では GAARの説明が省かれているからである。

 ここにおける問題は,MDRにより開示されたスキームに対して,課税

当局が租税回避と認定したとしても,それを税務上否認できない場合に,

どのように処理するのかということである。

 例としては,訴訟となり国側が敗訴した航空機リース事案(名古屋高判,

2005年10月27日判決)がある。仮に,このようなスキームが開示されたとし

ても,結果論ではあるが,国側は税務上この取引を否認することはできな

かったことになる。

 高裁判決は,被控訴人(国側)の主張を採用せず,控訴棄却の判決を下

している。この判決後の2005年税制改正により,個人については「特定組

合員の不動産所得に係る損益通算等の特例」(租税特別措置法第41条の4の

2,1項)の創設となり,法人については,「民法上の組合契約等による組

合事業に係る損失がある場合の課税の特例」(租税特別措置法第67条の12,1

項)という個別規定が整備されるという結果となった。

 その結果,個人の場合は,特定の対象となる特定組合員が,特例の対象

となる組合契約から生ずる不動産所得の損失について,これは生じなかっ

たものとみなされることになった。また,法人の場合,民法組合,匿名組

合等の所定の法人組合員の組合損失額は損金にしないという特例が創設さ

れたのである。

 このように,判決後に後追いで個別否認規定を設けることがこれまで

多々見受けられたのであるが,それを防ぐ方法として,包括的な否認規定

である GAAR導入が検討対象になるのであるが,日本の税制上大きな影

響があることを考慮すれば,慎重に進めるべきという意見もある一方,

MDR導入と GAARは一体であり,BEPS防止措置としては必要という意

見もある。

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義務的開示制度と一般否認規定 ⑵(矢内) 363

 GAARの理論的側面の分析とは別に,ここ数年の日本の国際税務分野で

は,OECDの進める BEPSプロジェクトに基づく改正を行っているとい

う傾向にある。GAAR導入の環境的条件は整いつつあるということがいえ

よう。

 本稿では,日本への GAAR導入と仮になった場合を想定して,どのよ

うな規定があるのかという検討を始める必要があるように思われる。例え

ば,すでに GAARを導入している,米国,英国等の例を参考にして検討

するのであるが,本稿では,英国で生成し,現在,日本の租税条約におい

ても規定されている,主たる目的テスト(Principal Purpose Test:以下「PPT」

という。)に着目して日本への導入を検討する。

⑵ GAARに関する各国の現状と導入の可否

 すでに GAARを導入している諸国に共通する事項を列挙すると GAAR

の特徴は,以下のとおりである。

①  英米両国における税務上の否認の根拠としてその沿革から判決等によ

り確立した公理(ドクトリン)等が発展したが,判決ごとにその解釈に

幅が生じることから,制定法にすることで予測可能性と法的安定性が高

められたのである。

②  GAARは国内法として規定され,課税当局にとって租税回避の対抗立

法であると共に納税義務者が行う租税回避を抑制する効果を持つ。

③  GAARは,租税上の便益を得ることのみである取引等に適用となる

が,この要件に合致する取引等に対してその便益を否認する権限を課税

当局に与える規定である。

④  GAARはその適用対象となる税目が広く,所得税,法人税,相続税等

に止まらず,その他の税目にも適用される。

⑤  GAARの規定自体は,比較的簡素であり,その執行に関して委員会制

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度・アドバンス・ルーリング制度等を設けている国もある。

⑥  GAARの規定自体が課税当局の判断で執行される場合と,事前に委員

会等の審査を要する等,その適用を巡っては国により異なるが,GAAR

に関しては,法律的見地と執行上の手続きの2つの側面から議論が必要

である。

  また,GAARを国内法として導入している国は以下のとおりである。

ヨーロッパ(13) アイルランド,イギリス,イタリア,エストニア,オランダ,スイス,スウェーデン,スペイン,ドイツ,フランス,ベルギー,ポルトガル,ルクセンブルク

ア ジ ア(5) インド,シンガポール,中国,台湾,香港オセアニア(2) オーストラリア,ニュージーランド北   米(2) カナダ,米国南   米(1) ブラジルア フ リ カ(1) 南アフリカ

 G20の国でみると,GAARのない国は,日本,韓国,インドネシア,サ

ウジアラビア,メキシコ,アルゼンチン,ロシア,トルコの8か国であ

る。

⑶ 各国 GAARの否認要件

 ここまで取り上げた各国の GAARの否認要件は次のとおりである。

国 名 等 否 認 要 件E   U 否認要件である人為的なこと(artificiality)は次に掲げる5

つの判断規準のいずれかに該当する場合である。①  仕組み取引を構成している各段階における法的な特徴が全体として仕組み取引の法的実質と不一致の場合。②  仕組み取引が合理的な事業行為において通常使用されない方法により行われている場合。

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義務的開示制度と一般否認規定 ⑵(矢内) 365

③ 仕組み取引が相殺,無効の効果を持つ要素を含んでいる場合。④ 締結された取引が循環型である場合。⑤  仕組み取引が大きな租税上の便益を成果とし,その租税上の便益が納税義務者或いは現金の流れに支障をきたすものではない場合。

アイルランド ①  商業的な実体がなく(no commercial reality)税負担を回避又は減少させるもの。② 人為的に控除又は税額控除の創出を主として意図された取引。

英   国 濫用(abusive)とされる判断規準は,次のとおりである。①  仕組み取引の実質的な成果が税法規定の立法趣旨にある原則と合致しているか否か。②  その成果を生み出す過程が目論まれ或いは異常な手段を含むのか。③  仕組み取引が税法規定の欠陥を探し出すことを意図したものか否か。

イ ン ド 否認対象租税回避仕組み取引であるが,それは,租税上の便益を得ることが主たる目的とする仕組み取引で,かつ,次の要件に該当する場合である。①  一連の取引が第三者間では通常生じない権利及び義務を作り出すこと。②  税法の規定の誤った使用或いは濫用から直接間接に生み出されたものであること。③  事業上の実態(commercial substance)を欠くか又は欠いているとみなされる場合。

豪   州 ① 所得税法177A条に規定するスキームが存在すること。②  適用除外となる場合を除いて,納税義務者が租税上の便益を得ていること。③  スキームに関与した者の目的が租税上の便益を得ることであること。

カ ナ ダ 2005年10月最高裁判決(カナダ・トラスト事案)において示された GAAR適用規準は次のとおりである。① 租税上の便益存在の有無。②  その取引が租税回避取引に該当し,租税上の便益を生み出しているか。③ 租税上の便益を生む租税回避取引が法の濫用か。

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シンガポール 仕組み取引(arrangement)の目的又は効果が直接,間接に,次に該当する場合或いはコントローラーにより認定される場合は否認されることになる。① 納税義務となる事象が変更される場合。②  本法に基づいて納税又は申告をする責任からある者を解放する場合。③  本法によりいずれかの者に課される又は課されることが見込まれる租税債務を減額又は回避する場合。

ニュージーランド 1994年所得税法の BG1の規定に示された否認要件は,次のとおりである。①  租税回避の契約等は,所得税の適用上,歳入庁長官の意向に反したものとして無効となる。②  歳入庁長官は,Part G(租税回避及び市場外取引)の規定に従って,租税回避の契約等から得た租税上の便益を妨げることができる。

香   港 査定担当者(assessor)が,税負担を減少させる或いは減少させることが見込まれる取引が,人為的或いは虚偽,若しくは,財産の処分が実際に行われたものでないと判断する場合。

南アフリカ 租税上の便益を得ることが唯一或いは主たる目的であるときは,「否認対象となる租税回避の仕組み取引」と認定されることになる。この場合,次の要件を充足する必要がある。①  真正な事業上の目的では採用されることのない手段或いは方法により租税回避の仕組みが行われたこと(かつては異常性(abnormality)という要件が課されていた。)。② 租税回避の仕組みが商業上の実体を欠いている場合。

 上記の文中に使用されている仕組み取引(arrangement)は,取引よりも

広い概念で使用されている用語で,租税の濫用スキームを見出すことがで

きる諸要素を含むものである。

⑷ 各国の GAAR否認規定の比較分析

 各国における GAAR否認規定の比較分析は次のとおりである。

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義務的開示制度と一般否認規定 ⑵(矢内) 367

 イ 使用されている用語による分類

 検討対象となった用語は,大きく分けて,arrangementを使用している

国と transactionと schemeを使用している国に分けることができる。

 イ arrangementを使用している国等

 arrangementを使用している国等は,EU,英国のアーロンソン委員会

報告 1),英国,インド,シンガポール,ニュージーランド,南アフリカの7

つであるが,これらの7つの国等が,同じ意味でこの用語を使用している

わけではない。arrangementに artificial,abnormal,tax,impermissible

avoidance,tax avoidance,impermissible tax avoidanceという語を付して

それぞれ独自の定義をしている。しかし,アーロンソン委員会報告及び

HMRCでは,arrangementという用語について,租税の濫用スキームに

見出すことができる諸要素をより適切にカバーしている緩い概念であると

して transactionの概念も含むと理解しているが,この認識は各国に共通

するものといえる。

 ロ transactionを使用している国

 transactionを使用している国は,アイルランド,カナダ,香港である。

 ハ schemeを使用している国

 豪州は,schemeという用語を使用しており,この用語は,arrange-

ment等を含むものと定義されている。

 ロ 否認の要件

 これまで取り上げた国等について,否認の主たる要件による区分は次の

とおりである。

1) GAAR STUDY : A study to consider whether a general anti- avoidance rule

should be introduced into the UK tax system, Report by Graham Aaronson

QC (11 November 2011).

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 イ 租税上の便益取得を目的とする国

 この要件を掲げている国は,インド,豪州,カナダ,シンガポール(こ

の国の場合は租税上の便益という用語をしていない。),ニュージーランド,南

アフリカの6か国である。

 ロ 人為的或いは意図的な取引とする国等

 この要件を掲げている国等は,EU,アイルランド,香港の3つである。

⑸ コモンローにおける否認の公理

 制定法である GAARとは別に,英国及び米国等ではコモンローとして,

司法上の公理が存在している。この司法上の公理の1つである sham(み

せかけ)概念は,英米両国の租税回避否認等の公理として広く使用されて

いる概念である。以下では,判例等により確立したコモンローの公理があ

りながら,なぜ,制定法としての GAARが必要であったのかということ

を検討する必要があるのかを sham概念との関連で検討する。

 米国では,コモンローにおける租税回避否認の公理としては,一般に掲

げるものがあるとして 2),① business purpose(事業目的),② step

transaction(段階取引),③ substance over form(実質主義),④ sham

transactions(みせかけ取引) 3) ⑤ economic substance(経済的実質),がある。

2) Likhovski, Assaf, “The Story of Gregory : How are Tax Avoidance Cases

Decided?” including Bank, Steven A.,Stark, Kirk J. Business Tax Stories, p.

101 Foundation Press, 2005.

3) ABA Tax Section Corporate Tax Committee, “The Economic Substance

Doctrine” March 31, 2010, pp. 40-44では次のように分類されている。 ①  Sham transaction doctrine : Rice’s Toyota World,Inc. v. Commissioner,

81 T. C. 184 (1983)

 ②  Business purpose doctrine : Helvering v. Gregory (2nd Circuit), affirmed

by the Supreme Court in Gregory v. Helvering, 69 F2d 809 (1934)

 ③  Step transaction doctrine : Minnesota Tea Co. v. Helvering (302 U. S. 609

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義務的開示制度と一般否認規定 ⑵(矢内) 369

 英国及び英連邦の国々における shamの理解は,スヌーク事案 4)におけ

るディプロック(Diplock L. J.)判事の示した判決における sham概念が共

通の理解となっている。

 この事案は,原告であるスヌーク(Snook)氏が車(MG)を購入し,代

金の一部を割賦にしたのである。同氏は,資金不足から新しい融資会社を

探し,仮装取引をして融資を受けたが,車の所有権が融資をした会社に移

転してことからその所有権を巡って訴訟を起こしたのである。したがっ

て,この事案は,税務に関連するものではないが,shamについて一定の

見解を示したものである。

 ディプロック判決では,shamという用語は,その行為及び書面が法的

関連や義務の発生を意図したものではないという取引の両当事者間の共通

する認識が必要となる,としている。このディプロック判決が英連邦系の

国々で shamの解釈として広く定着したのである。

 この判決の意義は2つある。

 1つはこの判決が同様の法体系にある英連邦系諸国における sham概念

に対して定義をもたらしたということである。

 第2に,米国は,この判決の影響を受けておらず,sham概念について

は,そのルーツは英国にありながら,英米において異なる展開になったの

である。英国では,既に述べたように,上記の判決により sham概念の定

義が定着していたが,米国の場合は,課税当局が租税回避取引等を否認す

るときに,取引に事業目的がない場合,或いは,実態のないもの等であっ

たときに,shamと判断して課税処分を行う例もあり,英国と比較して

(1938)

 ④  Substance over form : United States v. Phellis, 257 U. S. 156 (1921)

4) 1967年控訴審判決(Snook v. London and West Riding Investment Ltd,[1967] 2QB 786, 802)。

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sham概念の理解が広義であり,税法の条理として sham概念が存在する

ものと思われる。

⑹ sham概念の起源

 オックスフォード英語辞典によると,shamという用語は,17世紀後半

の英国北部の方言であり,shameから派生したものとされている 5)。文書

上におけるこの用語の使用は,1691年の訴訟における原告側の主張にみる

ことができる。この事案は,国王から船舶の逋脱権限を与えられていない

王室アフリカ会社(the Royal Africa Company)が同社により設立された海事

審判所の命令により船舶を逋脱したことに対して,原告側は,権限のない

行為であり,かつ,みせかけの判決(sham Condemnation)であると主張し

た 6)。

 このように,sham概念自体,租税回避の否認規定として発展したもの

ではなく,各種の法律行為等におけるある種の「みせかけ」という行為に

当てはまる用語である。shamという用語は,税法以外の法律において規

定されているものではないことから,私法からの「借用概念」ということ

はできないが,法律分野等において汎用性があり,ある種の社会通念から

始まって司法上の公理として定着をみたものといえよう。

 そして,sham概念が広く普及したのは,1850年から1860年代といわれ

ており,コモンローにおける公理として sham概念がこの時代に進展した

と理解することができる。

5) http://www.oxforddictionaries.com/definition/english/sham(アクセス2015年8月19日)。

6) Nightingale v Bridge (1691) 1 Show KB 135 ; 89ER 496, Cf. Simpson, Edwin

& Stewart, Miranda (ed), Sham transactions, Oxford University Press 2013. p.

30.

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義務的開示制度と一般否認規定 ⑵(矢内) 371

 19世紀中頃には,shamに関連した多くの判例がある 7)。背景としては,

19世紀に新しいリース等の取引形態が多く出現し,これを法令(Sale Act)

が規制したことから,同法の抜け道を探して行った取引等を shamとい

い 8),これらが司法上の公理となったのである。

⑺ GAARと sham概念

 sham概念という英米系のコモンローに由来する概念があれば,GAAR

は必要ないのかという点について,以下では豪州における GAARと sham

概念の関連性を検討する。

 イ 英国との相違

 英国と豪州における sham概念の置かれている位置関係で比較すると,

英国は,sham概念が先行し,GAARはその後2013年に導入されている。

逆に,豪州は,先に GAARの規定があり,その後に sham概念に関する

判例がでるという形になっている。なお,関連する国々のおける GAAR

の導入年はまとめると次のとおりである。

ニュージーランド 1878年(現行1976年,2007年改正)豪   州 1915年(現行1936年法,1981年・2013年改正)カ ナ ダ 1988年米   国 2010年英   国 2013年

7) Ibid. pp. 43-44.8) Ibid. pp. 44-45.

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372

 ロ GAARに係る制定法上の規定

 豪州の GAARの現行規定は,所得税法(Income Tax Assessment Act 1936:

以下「1936年法」という。)第4編 A(所得税を減少させるスキーム)の第177A

条から第177G条までの全10条に規定されている。なお,この GAARの規

定の最新の改正は,2013年6月である。

 現行の GAAR規定の前身は,1936年法第260条であり,この規定は,国

税庁長官に租税上の便益を否認する裁量権(1936年法第177F条第1項)を与

えていたが,現行の1936年法第4編は,1981年の改正により創設された規

定(適用は1981年5月27日以降)であり,スキームの実行された場所につい

ては,国内,国外或いは一部国内・一部国外のいずれの場合でも適用でき

ることになっている(第177D条5項)。

 ハ GAAR規定の改正点

 豪州政府は,2012年11月16日に,GAARの規定を改正するための草案を

公表し,2013年2月13日に,改正法案を審議している。そして,2013年6

月25日に,Tax Law Amendment(Countering Tax Avoidance and Multinational

Profit Shifting) Bill 2013:以下「2013年改正法」という。)が成立しており,以下

の説明は,2013年改正法に関する覚書 9)を参考にしたものである。

 イ 改正の目的

 改正の目的は,1936年法における GAAR規定の改正と1997年法(Income

Tax Assessment Act 1997)における移転価格税制に関連する改正で,前者は,

国側敗訴となった事案 10),の判決において明らかになった1936年法の

9) Clarifying the operation of the income tax general anti-avoidance rule (Part

IVA) http://parlinfo.aph.gov.au/parlInfo/download/legislation/billsdgs/     2299302/upload_binary/2299302.pdf ; fileType=application%2Fpdf#search=%22legislation/billsdgs/2299302%22(アクセス:2014年2月10日)。

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義務的開示制度と一般否認規定 ⑵(矢内) 373

GAAR規定の欠陥が納税義務者に租税回避を許す結果となったことから,

その欠陥を補正し,当該規定の適用に関する予測可能性を高めることであ

った。

 ロ 改 正 点

 2013年改正法では,旧法における第177CA条と第177D条が削除され,

新たに,第177CB条と新第177D条が創設された。

 ハ 第177CB条の改正点

 第177C条は,租税上の便益に関する規定であり,第177CB条では,租

税上の便益として影響する項目として,申告所得金額,認められない控

除,生じなかった損失,認められない外国税額控除,源泉徴収義務のある

納税義務者,があり,これらが租税効果(tax effect)である。

 租税効果が生じる状況は次の2つのうちのいずれかである。

①  納税義務者が問題となるスキームを行わなかったならば生じたであろ

う租税公課

②  スキームが生じなければ結果することが合理的に期待されたであろう

租税公課

 ここにいう租税上の便益に係る判定は,2つの選択的な前提条件により

行われることになり,この2つの前提条件の特徴として,① は,スキー

ムをなくした場合の租税公課であり,② は,スキームがあるとして復元

した場合の租税公課,ということになる。

 ニ 新第177D条

 GAAR適用の基本的な要件は次のとおりである。

① 第177A条に規定するスキームが存在すること。

10) 高裁(RCI Pty Limited v Commissioner of Taxation [2011] FCAFC 104,Commissioner of Taxation v Futuris Corporation Ltd [2012] FCAFC 32)。最高裁(Commissioner of Taxation v RCI Pty Ltd [2012] HCATans 29)。

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②  適用除外となる場合を除いて,納税義務者が租税上の便益を得ている

こと。

③  スキームに関与した者の目的が租税上の便益を得ることであること。

 上記 ② は,第177C条,第177CB条の適用領域の問題で,第177D条2

項は,否認対象となるスキームの判定要素として,⒜ から ⒣ までに,ス

キームの態様,形式と実質,実施された期間等が明定されたのである。上

記 ③ は,新第177D条の適用に関するものであり,BEPS行動計画6(租

税条約の濫用防止)及び15(多国間協定の開発)に記述のある PPTと類似し

ている。

 ニ GAAR関連の判例

 1936年法における GAARの規定は,1981年と2013年に改正されて現在

に至っているのであるが,1981年改正後の規定に係る最高裁判決(High

Court of Australia)が,次に掲げる ① と ② である 11)。なお,同国における

判例法の公理として選択原則(choice principle)がある。この原則は,課税

となる選択肢と課税にならない選択肢がある場合,税法における禁止がな

い限り,納税義務者が課税につながらない選択肢を選択する権利を否定す

ることはできない,とするもので,英国のウエストミンスター事案貴族院

判決(1935年)の影響といわれている 12)。

① Federal Commissioner of Taxation v Peabody [1994] HCA 43 13)

11) これについては,Cassidy, Julie, “Peabody v FCT and Part IVA” Revenue

Law Journal Vol. 5 1995,及び今村隆「オーストラリア一般否認規定の研究」(『駿河台法学』第24巻第1・2合併号(2010年)に判例評釈がある。

12) 今村隆「主要国の一般的租税回避防止規定」本庄資『国際課税の理論と実務』所収 大蔵財務協会 2011年8月 680頁。

13) 内容については,矢内一好『一般否認規定と租税回避判例の各国比較─GAARパッケージの視点からの分析』166-167頁参照。

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義務的開示制度と一般否認規定 ⑵(矢内) 375

②  Federal Commissioner of Taxation v Spotless Services Ltd [1996] HCA

34 14)

 そして,1936年法の GAAR規定は前述のとおり2013年改正法により現

行の規定となったのであるが,2013年改正を促した判決は次の ③ である。

③  RCI Pty Limited v Commissioner of Taxation [2011] FCAFC 104(高裁

判決),Commissioner of Taxation v RCI Pty Ltd : [2012] HCATans 29 15)

 なお,豪州の司法制度は,第1審裁判所が単独(Federal Court),控訴審

が連邦裁判所合議体(Full Court of the Federal Court),最高裁(High Court of

Australia)である。

 ホ 豪州の sham関連の最高裁判決

 イ 事 実 関 係 16)

 この事案は,Heran3兄弟がその所有する事業の黒字を相殺するために,

E&Mという不動産投資の信託の累積赤字を利用したもので,その概要は

以下のとおりである。

①  不動産投資を行っていた E&Mは,1986年に2名の創立者により創立

されたが,1991年の納税申告書では,400万ドルを超える赤字の申告を

して倒産した。

② E&Mの創立者の子は,E&Mの受託者を引き継いだ。

③  1995年に,Heran3兄弟の経営する2つの会社の利益が300万ドルと

見込まれた。

④  Heran3兄弟の長男が累積赤字を持つ信託の取得を弁護士に相談し,

14) 同上 167-169頁参照。15) 同上 169-171頁参照。16) Public Information Officer (High Court of Australia), Raftland Pty. Ltd. As

Trustee of the Raftland Trust v. Commissioner of Taxation, 22 May 2008.

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376

同弁護士は,E&Mを25万ドルで取得できるように進言した。

⑤ Heran3兄弟の支配する Raftland信託の受託者が Raftland社である。

⑥ Raftland社は E&Mの受託者となった。

⑦  Heran3兄弟の系列会社の利益が Raftland信託に集められ,同信託は

1995年の納税申告書において,284万9,467ドルを E&Mに分配した。こ

の金額は実際に支払われていない。

⑧  2002年に課税当局は,1995,1996及び1997課税年度の修正賦課通知書

を発行した。

 ロ 判   決

 最高裁判決(2008年5月22日)は上告人である納税義務者を敗訴とした。

 ハ 判決の内容

 1936年法の Division 6は,「信託所得(Trust Income)」で第95AAAから第

102条までに規定されている。

 第1審判決(2006年2月17日)において,キーフェル判事(Kiefel J)は,

Raftland信託から E&Mへの分配は,shamであり否認されるべきという

判断を示した。

 控訴審判決(2007年1月31日)では,3名の判事(Edomonds,Conti,

Dowsett JJ)がいずれも第1審の shamに関する判断を退けた。

 最高裁判決では,5名の判事のうちの1名(Heydon J)が sham概念の

適用を排除するとした。

 ニ 豪州における sham概念の沿革

 豪州の最高裁判決において sham概念が検討された最初の事案は,1924

年の Jaques事案である 17)。この事案では,本質的に価値のない文書を使用

する場合,取引を無効にするのに立法は必要ない,という判断が示されて

17) Jaques v Federal Commissioner of Taxation (1924) 34 CLR 328, 358.

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義務的開示制度と一般否認規定 ⑵(矢内) 377

いる 18)。この判決が sham概念を最初に使用した最高裁判決といわれてい

る 19)。

 上記の最高裁判決からも明らかなように,sham概念自体が,GAAR及

び個別否認規定のある状況下において,租税回避を否認する公理として十

分に機能するものではないことが明らかになった。

⑻ ニュージーランドの GAARの概要と sham概念

 イ ニュージーランドの GAARの概要

 ニュージーランドの歳入庁(Inland Revenue Department:以下「NZIR」とい

う。)は,2007年所得税法における BG1及び GA1に関する解説文書(Inter-

pretation Statement, Tax Avoidance and the Interpretation of Sections BG 1 and GA 1

of the Income Tax Act 2007:以下「解説文書」という。)を2013年6月に公表し

た。この解説文書の前に2011年6月に公表された草案に対して,ニュージ

ーランド会計士協会(New Zealand Institute of Chartered Accountant)は,その

見解を示す文書(Submission on Tax Avoidance and the Interpretation of Sections

BG 1 and GA 1 of the Income Tax Act 2007)を2012年6月に公表している 20)。

 NZIRは,1990年2月に,旧法である1976年所得税法99条規定の GAAR

の機能に関する見解を公表しており,その後,2004年に,後継となる文書

の作成を準備したが,2008年に2つの GAARに関する最高裁判決が出た

ことから,検討草案の公表は2011年にずれ込んだ。

 ニュージーランドの裁判制度は,地方裁判所(District Courts),高等法

18) The Hom. Michael Kirby AC CMG, “Sham and Tax Law in Australia” including in Simpson, Edwin & Stewart, Miranda (ed), Sham transactions,Oxford University Press 2013. p. 276.

19) Ibid.

20) 矢内一好 前掲書 178頁。

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378

院(The High Court),控訴裁判所(The Court of Appeal),そして最高栽の順

序となっているが,裁判となった事案の金額等が大きな場合は高等法院を

第1審とする場合がある。

 ロ ニュージーランドの GAAR適用判例

 ニュージーランドにおける GAAR適用となった最高裁判決には,次の

2つがある。

①  Ben Nevis Forestry Ventures Ltd v Commissioner of Inland Revenue

(BN事案) 21)

② Glenharrow Holdings Ltd v Commissioner of Inland Revenue 22)

 上記 ① の事案は,法人税に関する事案で,② は,財・サービス税に関

する事案である。

 これに続く事案が,Ian David Penny and Gary John Hooper v Commis-

sioner of Inland Revenue,2011年8月24日最高裁判決(国側勝訴)[2011]

NZSC 95(以下「P&H事案」という。)である。

 イ BN事 案

 本事案の最高裁判決では,第1審,控訴審と同様に,最高裁はこの取引

を租税回避として,GAARの適用を認めている。そして,sham概念につ

いては,同判決のパラ(33)に述べられているように,英国のスヌーク事

案等を先例として,新しい sham概念の検討を行っていない。

21) 2008年12月19日最高裁判決(国側勝訴)[2008] NZSC 115, [2009] 2 NZLR

289, (2009) 24 NZTC 23, 188.

22) 2008年12月19日最高裁判決(国側勝訴)[2008] NZSC 116, [2009] 2 NZLR

359, (2009) 24 NZTC 23, 236.

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義務的開示制度と一般否認規定 ⑵(矢内) 379

 ロ P&H事案

a P&H事案の事実関係

 本事案の事実関係は次のとおりである。

①  Ian David Penny(以下「P」という。)と Gary John Hooper(以下「H」

という。)は共に整形外科医である。この事案の課税年度は2002年度から

2004年度であり,適用法令は,1994年所得税法(Income Tax Act of 1994)

である。

②  Hと妻は信託を設定し,妻,子,孫を受益者とした。この信託は,H

の設立した法人の株式を所有し,Hは同法人の1人役員であった。H

は,法人に「のれん」33万ドルを含む33万2,473ドルで事業を譲渡した。

③  Hの利子及び税額控除前の営業利益額は,1999年度が65万9,000ドル,

2000年度が5万1,000ドルであり,2001年度から2004年度の間,最高額

が71万2,000ドル,最低額が55万6,000ドルであった。Hは,この期間に

法人から年間12万ドルの給与を受け取っていた。

④  2001年度から2004年度の間,当該信託は22万8,000ドルから39万2,000

ドルの配当を受け取り,その一部が3人の娘に分配され,それぞれが納

税した。信託に留保した金額は,自宅,別荘,預金のために使われてい

た。

⑤  Pは1997年に法人(POS)を設立し,Pは同法人の1人株主であった。

さらに,同年,Pは別法人(OSCL)を設立し1人役員となった。OSCL

の全株式は,Pの家族信託により所有されていた。信託受益者は,Pと

配偶者,子供,孫であった。Pの事業は14万4,310ドル(10万ドルの「の

れん」を含む。)で POSに譲渡され,2か月後の1997年4月に OSCLに

「のれん」を100万ドルに増額して譲渡された。

⑥  1999年度と2000年度の利子,税額及び報酬控除前の営業利益額は,82

万5,000ドルと63万3,000ドルで,Pの各年度の引き出し額は30万2,000ド

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380

ルと12万5,000ドルであった。2001年度から2004年度の営業利益額は65

万5,000ドルと83万2,000ドルの間であり,その間,Pの報酬は年間10万

ドルであった。

⑦  Pは2004年末までに信託から123万6,000ドルの前渡金を受け取り,妻

の離婚手当と子供の教育費に充てていた。

b 判   決

 下級審と控訴審の本事案に関する判決は次のとおりである。

① Penny v CIR [2009] 3 NZLR 523 (HC)(納税義務者側勝訴)

②  CIR v Penny & Hooper CA201/2009 [2010] NZCA 231(控訴審判決:国

側勝訴)

 この判決は,個人事業を法人化することを租税回避と認定するのではな

く,法人からの報酬を低額にしたことを租税回避としたことである。そし

て,この判決の影響として,NZIRは,2008年3月発行の Revenue Alert

RA08/01と2010年6月発行の同 RA10/01を撤回して,新たに同 RA11/02を

発行した。この新通達は,信託或いは法人を利用して個人の役務提供所得

を分散することに関して,租税回避と課税当局が判断する状況を説明した

ものである。

 ハ ニュージーランドにおける sham概念

 ニュージーランドは,所得税法では1891年,GSTは1986年に GAARを

導入している。また,sham概念に関しては,同国は,英国のスヌーク事

案のディプロック判事の見解を踏襲している。その意味から,sham概念

がどのように理解されているのかを知る手段として,NZIRが2012年6月

14日に公表した解釈ガイドライン 23)(以下「ガイドライン」という。)が参考

になる。

23) NZIR, Interpretation Guideline : IG12/01, Goods and Services Tax ; Income

Tax- “Sham”, 14 July 2012.

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義務的開示制度と一般否認規定 ⑵(矢内) 381

 shamに関するガイドラインの結論の要約は次のとおりである 24)。この

ことは,すでに制定法として GAARを規定しているニュージーランドに

とって,コモンローの公理としての sham概念の存在を肯定していること

になる。

①  shamを判定することは相当に重く,虚偽(fraud)と同等である。法

廷が shamと判断するには,高いレベルの証拠を必要とする。

②  shamが存在する状況は,取引の両当事者が法的権利義務を生じさせ

る意図がなく,第三者に法的権利義務が生じたように思わせることを意

図したもので,両当事者は,文書に記録されたものと異なる権利義務を

作り出すか,或いは,何らの権利義務も作り出さないかのいずれかを意

図したものである。

③  取引の文書がみせかけ(sham)であることを判断する際に,裁判所は,

両当事者の主観的意図に関心があり,取引の経済実質或いは商業上の実

態には関心がない。

④  裁判上,shamが証明された場合,当該文書は shamである範囲につ

いて否認される。

⑤ shamの本質的な特徴は,みせかけ(pretence)である。

⑥  司法上 shamと判定するためには,次の3段階がある。

 第1に,裁判所は,文書に記録された法的な権利義務を確定し,文書が

その内容どおりの意味を作り出しているかを考慮する。この段階では,両

当事者の主観的意図については考慮しない。

 第2に,裁判所は,この文書が shamかどうかの判定をする。

 第3に,裁判所が当該文書を shamと判断した場合,shamの範囲で当

該文書は否認される。

24) Ibid. pp. 2-3.

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382

⑦  BN事案の最高裁判決パラ(34)には,sham概念と租税回避(tax

avoidance)とが異なるものであるという判断が示されている。sham概

念はすでに述べたように,両当事者の合意した文書が,真実の内容を反

映していない場合に成立する概念であり,租税回避は,両当事者の合意

した文書が適切な内容であっても,その仕組んだ取引が,立法府にとっ

て受け入れられない租税上の便益を与えるものである場合である。

⑼ 英米等における sham概念の比較

 イ  スヌーク事案(1967年控訴審判決)におけるディプロック(Diplock L.

J.)判決

 sham概念における重要な判決は,英国における1967年の控訴審判決の

スヌーク事案におけるディプロック判決であることはすでに述べたとおり

である。

 この事案の判決において,ディプロック判事は,shamという用語は,

その行為及び書面が法的関連や義務の発生を意図したものではないという

取引の両当事者間の共通する認識が必要となる,としている。

 ロ 豪州とニュージーランド

 豪州は,ディプロック判事の sham概念の見解を司法上でも踏襲してい

る。ニュージーランドは基本的に豪州と同様であるが,前述したガイドラ

インを公表して sham概念についての分析を行っている。そして,BN事

案の最高裁判決パラ(34)には,sham概念と租税回避(tax avoidance)が

異なるものであるという判断が示されている。sham概念はすでに述べた

ように,両当事者の合意した文書が,真実の内容を反映していない場合に

成立する概念であり,租税回避は,両当事者の合意した文書が適切な内容

であっても,その仕組んだ取引が,立法府にとって受け入れられない租税

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義務的開示制度と一般否認規定 ⑵(矢内) 383

上の便益を与えるものである場合である。

 ハ カ ナ ダ

 スチュバート事案(1984年最高裁判決) 25)では,本事案における取引がみ

せかけのものではなく,有効な取引であるとして,事業目的テストとみせ

かけテスト(the sham test)は別のものであるという判断が示されている。

 ニ 米   国

 米国は,英国における1967年の控訴審判決のスヌーク事案におけるディ

プロック判決を司法の場で引用していない。米国では,租税裁判において

sham概念の適用を巡る判決に紆余曲折があるが,ライス・トヨタ社事案

の高裁判決(1985年) 26)において,「みせかけ取引」であるか否かの判定要

素として,「事業目的」と「経済的実質」の2要素を満たせば,「みせかけ

取引」にはならないということが示されている。

 ホ 小   括

 以上の各国における sham概念に関する理解は,必ずしも同様の内容と

はいえない。発生史的には,sham概念の英国における発生は古く,事業

目的は米国のグレゴリー判決(1935年) 27)が始まりである。また,租税回

避と sham概念の結びつきもキース・オーエン判決 28)にみられるように比

25) Stubart Investment Ltd. v. The Queen (1984) 1. S. C. R. 536. 1984年6月7日最高裁判決。

26) Rice’s Toyota World, Inc. v. Commissioner, 81 T. C. 184 (1983). Rice’s Toyota

World, Inc. v. Commissioner, 752 F 2d. 89 (1985).

27) Gregory v. Helvering, 293 U.S. 465 (1935), 69 F2d 809 (1934).

28) E. Keith Owens v. Commissioner of Internal Revenue, 64 T. C. 1 (1975), 568

F. 2d 1233 (1977).

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384

較的新しいものといえる。

 英国では,スヌーク判決の影響で sham概念が定義化されているが,米

国では,同概念に対するこのような規制はなく,その他の4つの公理と一

部重複している場合もある。

 例えば,sham概念或いは sham transaction(みせかけ取引)は,step

transaction(段階取引) 29)或いは substance over form(実質主義)と重複し

29) sham取引の公理の他に,段階取引(step transaction doctrine)が併用されたことも認めたキャロル事案(CNT Investors, LLC & Charles C. Carroll v.

Commissioner, 144 T. C. No. 11.)がある。   その内容は,Son of BOSS取引(以下「改良型」という。)といわれるもので,最初にこの改良型の特徴を記述する必要がある。なお,BOSSという用語は,Bond and Option Sale Strategyの略称である。

   BOSS型及び改良型の共通する特徴は,人為的に税務上の譲渡損失(capital

loss)を作り出して,すでに発生している譲渡所得と相殺することで,税負担の軽減を図るタックスシェルターである。したがって,このタックスシェルターを利用する者は,株式或いは不動産等の譲渡から生じた多額の利得があることが条件となることから,この損失は,通常所得(ordinary income)との損益通算には利用できない。このスキームは,オプション取引等を利用して,損失等を発生されるものである。

   改良型は,1990年代後半から利用され,2000年から2005年の間に,IRSはこの改良型に対して税務調査を実施して修正させたのである。

   事案の概要は,原告が葬儀社を経営して成功した実業家で,1999年に74歳に近づいたこともあって,葬儀業を売却し,所有する不動産をリースすることにした。1999年における原告の資産は,葬儀社と5つの葬儀場と現預金で,債券等は保有していなかった。1999年11月時点の Charles Carroll

Funeral Home, Inc. (CCFH)の税務簿価は,52万3,377ドル,時価は402万ドルであった。

   このような状況下において,改良型が提案された。改良型では,例えば,株式の売りオプションを購入して譲渡することになるが,株式の所有をしていないことから同株式の買いオプションを購入する。この買いオプションの価値と同額の投資(投資基準額:outside basis)をパートナーシップに対して行うと,この投資基準額は投資に付随した負債額(売りオプション)により減少するが,この負債は偶発債務として,税法上,投資基準額を減少させ

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義務的開示制度と一般否認規定 ⑵(矢内) 385

て解釈される場合がある。英国は,sham概念について sham transaction

に限定して理解し,米国(特に課税当局)は,sham概念を取引全体を実質

の観点から否認する英国のラムゼイ判決(1981年) 30)に近い解釈で使用し

ているのである。

11 米国における一般否認規定

 米国税法における ESD(Economic Substance Doctrine)は,2010年3月10

日に成立した Health Care and Education Reconciliation Act of 2010(H. R.

4872:以下「2010年法」という。)第1409条(Codification of economic substance

doctrine and penalties)により制定法化され,内国歳入法典の定義規定であ

る第7701条(o)に規定が置かれた。

 2010年法における ESD制定法化の意義について,米国法曹協会の法人

ない。そこで,パートナーシップが解散すると,オプション売買による損失と投資基準額の損失が課税上の損失となる。しかし,この取引により実際に生じた損失は,オプション売買による損失である。

   1999年11月18日に,原告の5つの葬儀場は,CNT(LLC)に譲渡され,結果として,この取引により多額の譲渡益が生じた。

   本事案判決の焦点は,改良型がパートナーシップに係る税法上のループホールを利用した合法的な取引であるということであった。本判決では,sham取引の公理(sham transaction doctrine)は,グレゴリー判決の実質主義原則(substance over form principle)から始まったとして,この公理を2つに分けている。1つは,事実上の sham(factual sham)といわれるもので,取引が生じていないもの,2つ目は,法的或いは経済的 shamといわれるもので,実質のないもの(sham in substance)として周知されているものである。この場合,取引は実際に生じているが,税の軽減以外に,独自の経済的意義のないものであり,後者は,グレゴリー判決の影響である。この判決は後者の sham概念を採用している。本判決では,sham取引の公理の他に,段階取引(step transaction doctrine)が併用されたことも認めている。

30) W T Ramsay Ltd v Inland Revenue Commissioners, H. L., [1982] AC 300,

[1981] 1 All ER 865, [1981] 2 WLR 449, [1981] STC 174.

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386

税委員会の文書によれば 31),2010年法は,納税義務者による取引が経済的

実質を欠く場合の条件とその場合の加算税の賦課について制定法化したこ

とに特徴があるとしている。

 その制定法化の効果としては,① 歳入の増加,② 予測可能性の向上,

③ 租税回避を行う納税義務者への規制等,が挙げられている。米国議会

の租税合同委員会の説明によれば 32),これまで ESDに掲げられている2

要件の適用において統一性(uniformity)に欠けていたことが指摘されてい

る。すなわち,ESD制定前には,経済的実態と事業目的の2つを要件と

するもの,いずれかを要件とするもの等に司法判断等においてその適用が

まちまちであったことを制定法化の理由としている。

 ESDの規定は,米国のコモンローの判決を通じて生成した公理を基礎

としているが,2つの要件を規定して,これらの双方を満たさない取引に

ついて,その税務上の便益を否認して加算税を賦課するというものであ

る。ESDは,個別的否認規定ではなく,タックスシェルター防止等を目

的とした米国型否認規定といえるものである。

12 英国における一般否認規定

 英国における一般否認規定(GAAR) 33)については,すでに論文を本誌に

掲載していることから 34),本稿においては,英国 GAARの沿革等について

31) ABA Tax Section Corporate Tax Committee, “The Economic Substance

Doctrine” March 31, 2010. p. 5.

32) Joint Committee on Taxation, “General Explanation of Tax Legislation

enacted in the 111th Congress” March 2011, JCS-2-11. p. 370.

33) 英国は GAARの表記が General Anti-Abuse Ruleであり,一般に使用されている Avoidance Ruleという表記を使用していない。

34) 英国の一般否認規定に関する筆者の論稿は次のとおりである。  ① 「英国の一般否認規定(1)」『商学論纂』57巻5・6号 2016年3月  ② 「英国の一般否認規定(2)」『商学論纂』第58巻第1・2号 2016年9月

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義務的開示制度と一般否認規定 ⑵(矢内) 387

は,その骨子となる部分のみに言及して,日本に導入される GAARの候

補として,英国で生成した「主要目的テスト((Principal Purpose Test:以下

「PPT」という。)」の沿革と,なぜ,英国では PPTが採用されなかったのか

という点を中心に以下検討を行う。

⑴ 英国の GAAR 導入の概要

 英国に GAARが導入されたのは2013年財政法であるが,この英国版

GAAR導入に大きな影響を与えたのが2011年11月に公表された「アーロン

ソン報告書」 35)である。同報告書の副題にある表記は,General Anti-

Avoidance Ruleであるが,同報告書にある GAAR草案では,General Anti-

Abuse Ruleに変更されており,Avoidanceが Abuseに改められている。

 この「アーロンソン報告書」は税務上否認対象となる租税回避概念を狭

く解する考え方を基盤としているが,この考え方は,アーロンソン弁護士

或いは同報告書作成メンバーの創意ではなく,英国独自なもので伝統的な

思考であることから,同報告書のみの分析ではなく英国における租税回避

(tax avoidance)の系譜について時代を遡って検討し,英国版 GAARの基本

コンセプトがどのようにして形成されたのか考えるために,英国租税にお

ける租税回避概念の生成と展開からこの検討を開始する必要がある。

⑵ 英国における租税回避に対する個別規定と租税回避概念の発生

 英国において租税回避が生じる基因となった事項は,戦時税制としての

  ③ 「英国の一般否認規定(3)」『商学論纂』第58巻第3・4号 2017年3月  ④ 「英国の一般否認規定(4)」『商学論纂』第58巻第5・6号 2017年3月35) GAAR STUDY : A study to consider whether a general anti- avoidance rule

should be introduced into the UK tax system,Report by Graham Aaronson

QC (11 November 2011).

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388

超過利潤税(Excess Profits Duty)の導入である。英国において第1次世界

大戦の戦費調達のための超過利潤税が創設されたのは,1915年第2次財政

法 36)の第38条から第45条の規定で,その税率は,1914年8月4日以前に

開始した事業年度の場合が50%で2年後には80%になっている。なお,こ

の税は,1921年財政法第35条により廃止となった。

 この超過利潤税の及ぼす効果として,課税所得を圧縮するために減価償

却費についての費用計上が普及したことと,架空及び人為的な取引若しく

は過大役員給与による利益操作に関する否認規定が整備されたことであ

る。

 1921年に一度廃止された超過利潤税は,1939年第2次財政法(Finance

(No. 2) Act 1939 c. 109 (2 & 3 Geo. 6))第12条において再度導入され,1940年

財政法26条により,100%が課税されることになった。

 この超過利潤税の動向と並行して,英国では,所得税率の累進化が検討

され,1906年5月にディルケ委員会(議長が Sir Charles W. Dilke)が発足し,

1906年11月29日に報告書を提出している。この委員会におけるヒューイッ

ト卿(Sir Thomas Hewitt)の発言として,脱税(evasion)と区別した合法的

な租税回避(legal avoidance)という用語が初めて使用されている 37)。これ

について,福家俊朗氏によれば,英国では,租税回避は脱税 (tax evasion)

と厳密に区分して認識され,個別否認規定(anti-avoidance provision)が創設

されない限り合法(legal)なものとして扱われている,とされている 38)。

36) 超過利潤税等の規定の変遷は次のとおりである。  ・Finance Act 1915 c. 62 (5 & 6 Geo. 5) PARTⅢ  ・Finance Act 1920 c. 18 (10 & 11 Geo. 5) PARTⅣ37) Sabine, B. E. V., A History of Income Tax, George Allen & Unwin Ltd. 1966,

p. 181 note38. 福家俊朗「イギリス租税法研究序説─租税制定法主義と租税回避をめぐる法的問題の観察(一)」『東京都立大学 法学会雑誌』第16巻第1号 1975年8月 212頁。

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義務的開示制度と一般否認規定 ⑵(矢内) 389

英国では,租税回避(tax avoidance)は脱税と区別され,さらに,租税回避

は,合法的な租税回避と個別否認規定により否認される租税回避に区分さ

れていたことになる。そして,後年の GAARの議論を踏まえると,租税

回避概念が以下のように3分割されることになる。

① 合法的租税回避

② 個別的否認規定により否認される租税回避

③ GAARにより否認される租税回避

 現在の英国における租税回避に関する研究である Rebecca Murray 氏の

著書によれば 39),租税回避(tax avoidance)の特徴として次の2点が挙げら

れている。

①  tax avoidanceは,脱税(evasion)ではなく,avoidanceとは犯罪行為

の反対で合法的なものである。これは,租税上の便益をルールの枠内に

おいて取得するという真正な信念に基づいて行われているのがその理由

である。

②  tax avoidanceは,租税計画(tax planning)の一形態であるが,納税義

務者が,立法趣旨に反して租税上の便益を得ることを探求している場

合,その計画は租税回避となる。納税義務者が立法上の抜け道を探すこ

とにより租税上の便益を得る場合,法律の抜け道は,立法の意図しない

欠陥であり,その行為は,tax avoidanceである。納税義務者が人為的

な取引(artificial transactions)により租税上の便益を得る場合も tax

avoidanceである。

 上記の著書は,20世紀初頭の見解と基本的には同様の内容である。

 上記に引用した,Murray氏によると否認対象となる租税回避の要件と

して,次のものが掲げられている。

38) 福家 同上 190-191頁。39) Murray, Rebecca, Tax Avoidance 2nd edition, Sweet & Maxwell, 2013. p. 1.

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390

①  納税義務者が,立法趣旨に反して租税上の便益を得ることを探求して

いる場合

②  納税義務者が立法上の抜け道を探すことにより租税上の便益を得る場

③ 納税義務者が人為的な取引により租税上の便益を得る場合

 上記の3つの場合について,② は,納税義務者にとって合法的な租税

計画ではないかと思われるが,同氏は,法律上にある抜け道を立法の意図

しない欠陥であるとしてこれを租税回避としている。税法に立法技術的な

点で問題があり,それを利用して納税義務者が税負担の軽減を図ること

は,その規定の立法趣旨の点から許容できないという考えと思われる。

⑶ 租税回避に関する個別否認規定の変遷

 イ 超過利潤税に係る租税回避防止規定(1915年)

 1915年第2次財政法第44条第3項の規定及び同法第4シェジュール

PART Iでは,前者が超過利潤税の課税を回避するために仮装取引(ficti-

tious transactions)を行った場合の罰金の規定であり,後者は,超過利潤税

の所得計算における過大役員報酬に係る否認に関する規定である。要する

に,超過利潤税による高率な課税が租税回避の環境を生み出したともいえ

るのである。

 ロ 利益を留保する閉鎖会社に対する累進付加税の課税(1922年)

 1922年財政法第21条は,株主が50人以下の閉鎖会社が,株主に対する利

益分配に係る累進付加税の源泉徴収を回避する(avoidance)目的で利益を

留保した場合,その留保利益を分配したものとみなすという租税回避防止

規定である。

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義務的開示制度と一般否認規定 ⑵(矢内) 391

 ハ 超過利潤税に係る租税回避防止規定

 イ 1941年財政法第35条

 本条第1項の規定は,取引或いは複数の取引のもたらす効果の主たる目

的が超過利潤税の租税債務の回避或いは減少である場合,課税当局は,当

該取引のもたらす通常の結果に引き直しの修正ができるというものであ

る。

 ロ 1944年財政法第33条

 この規定は,1941年財政法第35条の一部を改正したもので,1941年財政

法第35条第1項に規定されていた「取引或いは複数の取引のもたらす効果

の主たる目的」の文言が削除され,「取引或いは複数の取引のもたらす効

果の主たる目的或いは主たる目的の1つ」と改正され,同条第3項にある

同様の規定も「主たる目的或いは主たる目的の1つ」と改正されている。

ここにおいて PPTの原則が創設されたのである。

 超過利潤税に係る租税回避防止規定,特に1941年財政法第35条以降,取

引のもたらす効果という文言になり,それは,主観的な目的論ではなく,

客観的な租税債務の軽減という便益によって判断するというものであっ

た。

 ハ 事業利益税(profits tax)の租税回避防止規定

 この規定は,1951年財政法第32条(Transactions designed to avoid liability to

the profits tax)であるが,その文言は,1944年財政法第33条第1項の「取

引或いは複数の取引のもたらす効果の主たる目的或いは主たる目的の1

つ」という規定が踏襲されている。

 ニ 1951年財政法第36条及び第37条

 第36条の見出しは,「所得税及び事業利益税の回避を導く所定の取引の

制限」というもので,第37条は,移転価格税制に係る規定である。英国

は,1945年に米国と租税条約を締結し,同年4月1日から適用となってお

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392

り,英米租税条約4条に特殊関連企業条項(移転価格課税に係る規定)があ

り,第37条はその影響があるものと思われる。

⑷ 1950年代から GAAR導入(2013年)の間の動向

 イ  ウエストミンスター事案貴族院判決とラムゼイ事案貴族院判決の

影響

 この時期では間隔が離れているが,1935年のウエストミンスター事案貴

族院判決 40)と1981年のラムゼイ事案貴族院判決 41),そして,ラムゼイ判決

以降は,同判決で示されたラムゼイ原則を支持する判決と支持しない判決

との形で揺れ動いた時期である。

 ウエストミンスター事案貴族院判決は,租税法規の厳格な文理解釈に基

づくもので,この判決により,否認規定がない場合は税務上是認されると

いう一般的な理解が広まり,1970年代以降,租税回避が実務的に拡大した

ことが,文理解釈にとらわれないラムゼイ原則を生み出した背景にあると

いわれている。

 ロ 1955年王立委員会最終報告と1960年代の一般否認規定の提唱

 1955年王立委員会最終報告では個別否認規定に対応する概念として,一

般原則が検討され,導入については消極的な結論であった。1960年代後半

になりロイ・ジェンキンス財務大臣が一般否認規定(general anti-avoidance

provision)を提唱したが,結果的には導入に至らなかった。

40) Duke of Westminster v Commissioners of Inland Revenue, H.L., [1936] AC

1, [1935] All ER Rep 259, 51 TLR 467, 19 TC 490.

41) W T Ramsay Ltd v Inland Revenue Commissioners, H. L., [1982] AC 300,[1981] 1 All ER 865, [1981] 2 WLR 449, [1981] STC 174.

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義務的開示制度と一般否認規定 ⑵(矢内) 393

 ハ 1997年 IFS報告書の概要

 民間団体である IFS(The Institute for Fiscal Studies)の租税検討委員会

(Tax Law Review Committee:以下「TLRC」という。)は,1997年11月に「租税

回避(Tax Avoidance)」という標題の報告書(以下「1997年 IFS報告書」とい

う。) 42)を公表している。

 1997年 IFS報告書後,内国歳入庁(Inland Revenue) 43)は,1998年10月に,

「直接税のための一般否認規定(A General Anti-Avoidance Rule for Direct

Taxes, A Consultative Document)」(以下「1998年内国歳入庁文書」という。)を

公表し,この1998年内国歳入庁文書は,1997年 IFS報告書に対する課税当

局の見解で,TLRCは,1999年2月にこれに反論する文書(A General Anti-

Avoidance Rule for Direct Taxes, A Response to the Inland Revenue’s Consultative

Document:以下「1999年 IFS報告書」という。)を公表している。

 なお,TLRCによる租税回避に関する報告書は,2009年の検討案までな

い。

 ニ TLRCの委員

 1997年 IFS報告書における TLRCの議長は,2011年のアーロンソン報

告書のリーダーであるグラハム・アーロンソン勅撰弁護士(Graham

Aaronson QC:以下「アーロンソン弁護士」という。)であり,委員として,ジ

ョン・アベリー・ジョーンズ氏(John F. Avery Jones:以下「ジョーンズ氏」

という。)が参加し,1999年報告書では,ジョーンズ氏が議長を務め,アー

ロンソン弁護士が委員となっている。

42) Tax Law Review Committee, “Tax Avoidance” November 1997.

43) 内国歳入庁(Inland Revenue)は,2005年4月に関税消費税庁(Her

Majesty’s Customs and Exercise : HMCE)と統合して英国歳入関税庁(Her

Majesty’s Revenue and Customs : HMRC)となっている。

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394

 ジョーンズ氏は,政府機関である特別委員会の委員を20年間務め,特別

委員会が改組された後に上級審判所(Upper Tribunal)の判事,IFS

(International Fiscal Association)の英国支部長等を歴任して2011年に引退し

ている。

 また,1999年 IFS報告書の委員には,ケンブリッジ大学・クイーンズ・

カレッジのジョン・タイリー(John Tiley)教授が参加し,同教授は,2009

年の報告書及びアーロンソン報告書にも参加している。

 以上のことから,1997年 IFS報告書から1999年 IFS報告書,後述する

2009年報告書,そしてアーロンソン報告書は,人的関連としてある種の継

続性があるものと判断することができる。

 ホ 1997年 IFS報告書の要点

 TLRCが GAARの制定法化の条件としたのは,次の2点である。

 第1は,的を絞った(targeted)GAARであること。第2は,納税義務者

の保護装置(事前確認,異議申立て等)を設けること,であった。租税回避

規定の立法が租税回避防止原則の進展に寄与しない場合,正常な商取引及

び個人の行為を抑制することになり,課税当局による過度の権限行使とな

ることから,委員会はそのような立法に反対したのである 44)。

 また,租税回避については,定義することが難しいというのが TLRC

の意見であり,租税回避自体は,合法的な活動という認識が示された。な

お,OECDによる租税用語集(Glossary of Tax Terms)によれば,租税回避

は,定義することは難しいが,納税義務者が自己の税負担を軽減すること

を意図した仕組み取引であり,当該仕組み取引は厳密には合法的である

44) Tax Law Review Committee, “Tax Avoidance” November 1997. p. ⅶ . なお,文言としては,General anti-avoidance principle(GAAP)という用語が使用されているが,ここでは表記上の混乱を避けるために GAARとして表記した。

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義務的開示制度と一般否認規定 ⑵(矢内) 395

が,通常,法の意図するところに反するものとなっている。

 本来であれば,国側が提唱する GAAR導入を民間機関である TLRCが

提言した背景には,第1に,1997年のマックガッキャン事案貴族院判決 45)

のように,司法が文理解釈を放棄した判決が出されたこと,第2に,ラム

ゼイ原則の進展により,事前に準備された一連の取引による全体の効果を

否認するアプローチを課税当局が採用し,マックガッキャン事案貴族院判

決において再認識されたこと,第3に,TLRCの1995年の税制改正要望中

間報告の要望を受けて,平明な租税法規の表現を採用し,立法趣旨を覚書

き等で説明するという課税当局の判断,すなわち外部意見を参考にして立

法するという変化による制定法への信頼が,司法上の目的に適った解釈と

連携して,租税回避の縮小にかなりの影響を及ぼすというのが TLRCの

認識である。

 そして,課税当局の権限拡大は不要というのが TLRCの意見である

が 46)。TLRCが,租税回避対策として GAAR導入を提言した理由は,司法

による租税回避防止の公理の進展を期待せずに,主として立法による対処

を主張したのである 47)。

 TLRCは,司法上の租税回避否認の公理よりも,以下に掲げるように制

定法化に多くの利点があるとしている 48)。

 第1に,仕組み取引の性格が明らかになり,否認適用外となる取引を明

定することができること,第2に,規定の適用による取引の引き直しの結

果を明確にすることができること,第3に,制定法は遡及して適用となら

45) IRC v. McGuckian [1997] STC 908.

46) Ibid. p. xi.

47) Ibid. p. xii. 租税回避に対するアプローチとしては,① 裁判所による文理解釈,② ラムゼイ原則の展開,③ 法律の改正の3つから選択することになるが,② については不確実性が伴うことから,③ が選択された。

48) Ibid. p. xiv. par. 22.

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396

ないが,司法上の公理は,公理が確立する以前の取引に対しても適用とな

ること,第4に,制定法化することで適用が一貫すること,第5に,制定

法は,納税義務者の予測可能性を担保する効率的で明確な執行体制

(effective administrative clearance system)を含むものであること,であり,

特に,TLRCはこの第5の点を重視している。

 TLRCが何度も強調しているのは,否認されるべき租税回避は,法律に

おいて明らかな立法府の意図に反する活動であり,納税義務者の通常の商

業上の行為における租税計画や租税の軽減の防止を意図したものではない

ということである。

 TLRCは,想定する GAARの特徴として次のような事項を列挙してい

る 49)。

①  適用対象となる取引は,その主たる目的が租税回避であること,或い

は,多段階取引の場合,そのうちの特定の取引の唯一の目的が租税回避

であること。

②  立法趣旨と合致する取引を適用対象外とすること。

 導入時に,その規定は内国歳入庁により集中管理され,地方の税務署

等により執行されないものとすること。

④  効率的で明確な執行体制を確立することで,納税義務者の予測可能性

が高まるようにすること。

⑤  事前の問い合わせ等が拒否された場合,独立した機関に一度だけの異

議申立てができること。

⑥  すでに完了している取引に対する規定の適用をする場合,その立証責

任は課税当局にあること。

 上記に掲げた特徴のうち,委員会が強調するのは,② と ④ である。

49) Ibid. p. xvi. par. 25-26.

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義務的開示制度と一般否認規定 ⑵(矢内) 397

GAARの適用となる範囲が広すぎる場合,なお,この効率的で明確な執行

体制とは納税義務者が事前に課税当局に対して計画している取引について

確認等を行うことで,納税義務者保護の執行体制のコストが増加すること

になる。

 TLRCの意図している GAARは,課税当局側も納税義務者の保護のため

の施策を講じるというバランスを重視しており,GAARの制定のみには反

対している 50)。要するに,GAARと委員会制度等を一緒に立ち上げる

GAARパッケージが TLRCの想定するところである。結論として,納税義

務者保護の体制を持つ的を絞った一般否認規定(a sensibly targeted general

anti-avoidance provision)が提言されている 51)。

 この1997年 IFS報告書は,その後の2011年のアーロンソン報告書,そし

て2013年制定の GAARへとつながることになるが,米国の GAARである

ESDが司法上の公理との関係を継続したのに対して,英国は,公理とは

別に制定法化を図っている点で,両国の立法上の差異があることになる。

 へ 2009年報告書の背景

 IFSの租税検討委員会は,1997年報告書,1999年意見書に続いて2009年

2月に検討案(Discussion Paper No. 7:以下「2009年検討案」とする。)を公表

した 52)。

 この時期は,2004年の義務的開示制度である DOTAS(Disclosure of Tax

50) Ibid. p. xvii. par. 27.

51) Ibid. par. 30.

52) Bowler, Tracy, “Countering Tax Avoidance in the UK : which way forward” Tax Law Review Committee, The Institute for Fiscal Studies, TLRC Discussion

Paper No. 7. 日本語による紹介は,川田剛「英国における租税回避への対抗策─ TLRC ディスカッション・ペーパー No. 7を中心に─」『租税研究』2012年5月号。

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398

Avoidance Schemes)導入後であり,2010年以降,英国歳入関税庁(HMRC)

は,2010年12月に,HMRC, “Study of a General Anti-Avoidance Ruleを公

表し,2011年11月には,アーロンソン報告書が公表されている。この2009

年検討案は,1997年 IFS報告書から約10年余が経過しており,アーロンソ

ン報告書の直前の時期のものである。

 2009年検討案が作成された背景としては,2007年10月に当時の財務大臣

(Gordon Brownによる Pre-Budget Report)が租税回避対抗立法の検討を公表

したことがきっかけであり,2009年検討案が置かれていた状況は,次の2

つの要因が基盤であったといえる。

 第1は,2007年財務大臣演説以降の GAARの導入を促進する政府の動

向は,2010年12月6日の財務大臣による租税回避対策立法に係る意見表明

によれば 53),課税当局が2010年の夏に,非公式に関係団体に対して GAAR

導入について打診したところ,GAARは,事業上の取引に対して不安定さ

を生じさせるという意見があり,実務上,この不安定さをどのように管理

するのかが問題となった。その後,2010年12月にアーロンソン弁護士によ

る委員会が発足したのである。このような政治による GAAR導入の後押

しがあったことを GAAR導入の理由として挙げることができる。

 第2は,前述の1997年 IFS報告書にみる民間団体である IFSによる租税

回避の検討である。

 上記第1の理由により,政治のベクトルは GAAR導入の方向を示した

が,その理論的な蓄積は,1997年 IFS報告書に負うところが大きいといえ

る。すでに述べたように,1997年 IFS報告書に対する課税当局による1998

年回答報告書は,見るべきものがなかったという分析も出されていること

から,1997年 IFS報告書に続く2009年報告書は,2011年のアーロンソン報

53) House of Commons Hansard Ministerial Statements for 6 Dec. 2010.

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義務的開示制度と一般否認規定 ⑵(矢内) 399

告書と共に,英国の GAAR創設である2013年財政法に影響を及ぼしたと

いえる。

 このように,英国版 GAAR導入において,政治と租税回避の理論研究

という2つの分野における動向が交差したことになる。特に租税回避の理

論研究では,2009年報告書は,1997年 IFS報告書と2011年のアーロンソン

報告書の中間に位置することから,ここから英国版 GAARの特徴を抽出

することができるといえる。

 ト 2009年検討案の構成

 租税検討委員会は20余名から構成され,官界,学界及び実務界という各

分野からの多様な人材が名を連ねている。なお,1997年報告書の委員との

重複は2名である。本検討案は,全168頁で,本文は全5章,付属資料が

Aから Eまで添付されている。

 第1章は序論,背景及び要約であり,第2章は基礎的諸問題として租税

回避概念等の検討,第3章は立法,司法及び税務行政上の租税回避対応

策,第4章はその他の租税回避対応策,第5章は結論となっている。

 1997年 IFS報告書以降,約10年間にわたり,英国政府は租税回避に対し

て個別否認規定を積み上げて規制を行った結果,税法が複雑化したが,そ

の原因の1つが租税回避対策であったことから,財務大臣は,税法の簡素

化のために GAAR導入の検討を行うことを表明したが,実益という側面

では,租税回避を防止することによる税収増を期待したのである 54)。

 2009年検討案では,次のような見解が述べられている。

 イ 租 税 回 避

 2009年検討案では,租税回避と脱税の区分が課税当局にとってあいまい

54) 2005年における租税回避等を原因とする税収漏れ分は,約100億~400億ポンドと推計されている(2009年 IFS報告書7頁注15)。

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400

になっており,租税回避について,以前であれば脱税として否認されたも

のもあるとしている(検討案パラ4.2)。高度に仕組まれた多段階取引で,明

白な商業上の目的を含まない租税スキームは租税回避と容易に認識できる

が,大企業は社会的評判を落とす危険(reputation risk)に気づき始めたこ

とと,課税当局による調査と租税回避スキームの開示義務の強化が有効に

なっている(同パラ4.3)。

 租税回避については,認められるものと認められないものの境界が重要

であるが,納税義務者側からはこれを明確にという要望がある一方,課税

当局は不確定概念のままにして,歳入減となるこの領域に納税義務者が立

ち入ることを抑制できると考えている。

 最も重要な点である,認められるものと認められないものの境界につい

て,2009年検討案は,結論を出していない。

 ロ GAARの導入

 2009年検討案は,1997年 IFS報告書にあるような的を絞った GAARの

導入という展望を述べていない。また,GAARに係る検討と並行して,

ECにおいて使用されている「法の濫用(abuse of law)」を英国の課税当局

が限定的に使用することになるというのが2009年検討案の意見である 55)。

この概念は,取引の背景に経済的実体がない場合に適用となるが(同パラ

12.6),GAARと重複する部分もあり,GAARが適用とならない状況にも適

用となる(同パラ12.7)。

⑸ アーロンソン報告書の概要

 アーロンソン報告書とは,2011年11月11日に,グラハム・アーロンソン

55) 2009年報告書において法の濫用に係る判例として取り上げられているのは,Halifax plc and others v Commissioners of Customs and Excise (Case

C-255/02), 21 Feb. 2006. である。

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義務的開示制度と一般否認規定 ⑵(矢内) 401

勅許弁護士(Graham Aaronson QC:以下「アーロンソン弁護士」という。)が中

心となってまとめた GAAR導入に関する報告書(GAAR STUDY)のことで

ある。

 このアーロンソン報告書は,2013年財政法により創設された GAARに

大きな影響を及ぼしており,この報告書を検討するに当たり,ポイントと

なるのは次の点である。

 それは,アーロンソン報告書の結論となった部分で,GAAR導入につい

ては基本的に賛成であるが,広範な GAAR(a broad spectrum general anti-

avoidance rule)に反対している。この意見は,上述した1997年 IFS報告書

と類似する点もあり,また,1997年 IFS報告書作成委員会の議長をアーロ

ンソン弁護士が務めていることから,この2つの文書に継続性が推測でき

るという点である。

 この報告書は,検討委員会の設置が2011年1月で,報告書の完成が同年

11月であることから,約10か月で完成したことになる。

 本報告書の概要は,本文が全6章,別添が2編で,GAAR草案とそのガ

イダンスから構成されている。本報告書の各章の見出しは,第1章が結論

の概要,第2章がグループ設立と作業方法,第3章が英国に GAARは必

要か,第4章が関係団体の見解,第5章が GAAR諸原則の枠組み,第6

章が GAARにおける諸原則の具体化,である。

⑹ アーロンソン報告書のポイント

 アーロンソン報告書におけるポイントとなる項目には次のものがある。

①  アーロンソン弁護士は,広範な GAAR(a broad spectrum general anti-

avoidance rule)に反対しているが,その理由は,当該 GAARが事業者及

び個人にとって,常識的で税務上問題の生じない租税計画を行うことを

阻害する危険があるというものである(報告書パラ1.5)。

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402

②  広範な GAARを導入することになれば,課税当局による事前確認制

度(clearance system)が必要となるが,これは課税当局及び納税義務者

双方に過大な時間等を強いることになり,課税当局の裁量権が強化され

ることから反対している(報告書パラ1.6)。

③  英国租税制度に導入すべきものは,税務上問題のない仕組み取引に適

用されず,かつ,濫用型の仕組み取引に的を絞った度を越さないルール

(a moderate rule)を導入することである(報告書パラ1.7)。

④  否認規定がない状態で租税回避事案を扱う裁判官は,合理的な結論を

得るために法解釈を拡張する傾向にあり,その結果,判決が不確実なも

のになる傾向がある。本報告書で提案している GAARは,拡張解釈の

リスク及び不確実性を軽減するものである(報告書パラ17)。

⑤  GAARは,個別否認規定を減少させて租税法の簡素化に資することに

なる。

⑺ アーロンソン報告書の特徴

 アーロンソン報告書で最も注目すべき箇所は,適正な租税計画と濫用型

スキームをどう差別化するのかという点である。

 第1の点は,英国において伝統的に発展してきた「租税上の便益を得る

ことが唯一或いは主たる目的の1つ」という目的を基礎とした概念(PPT)

であるが,機械設備等の税務上の減価償却費(capital allowance)を得るた

めの仕組み取引を差別化できないことから,PPT概念を英国の GAARに

採用していない(同報告書パラ5.14)。

 第2に,仕組み取引が立法当局の意図しなかった税務上の成果をもたら

すかどうかを検証するというアプローチもあるが,これにも問題がある

(同報告書パラ5.17)。

 以上の2つのアプローチを排して,同報告書は,実用的かつ客観的を掲

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義務的開示制度と一般否認規定 ⑵(矢内) 403

げたアプローチを採用する必要があるという方針のもとで(同報告書パラ

5.15),採用されるべき基本原則は,租税回避の対抗策が,合理的でかつ正

当な(reasonable and just)成果を生み出すものを採用することである。な

お,この判断は租税審判所に委ねられ,課税当局の裁量ではない(同報告

書パラ5.35)。

 要するに,アーロンソン報告書は,英国において超過利潤税における個

別否認規定として展開してきた PPTを GAARとして採用せず,立法上の

ループホールを利用した租税回避も採用されず,採用されるべき基本原則

は,租税回避の対抗策が,合理的でかつ正当な成果を生み出すものを採用

することであった。

13 「主たる目的テスト」導入の可能性

⑴ PPTに注目する理由

 上述した英国におけるアーロンソン報告書にみる,適正な租税計画と濫

用型スキームを区別する考え方は,広義の GAARを導入して GAARを適

用した課税当局による処分を事前に確認するという制度を排している点に

ついては,日本の課税当局にも同様にこれらを受け入れる素地はあるもの

と推測できるが,MDRとの関連において GAAR導入を検討するのであれ

ば,PPTも有力な候補であるというのが本稿の主張である。その主張の

根拠としては,次のような理由を挙げることができる。

① すでに各国が導入している GAARがいずれも不確定概念である。

②  日本の課税当局にとって,GAARを適用した課税処分を委員会で検討

したり,アドバンスルーリングを発遣したりする方式を採用しないとい

う選択肢がある。

③  PPTは,日本の締結している租税条約及び2017年6月に日本が参加

した BEPS防止措置実施条約においても使用されている。

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404

④ PPTを条文化することは比較的容易である。

⑤  PPTの予測可能性を問題視する見解もあるが,主観的な目的論では

なく,客観的に租税債務の減少という事象を判断基準とすることができ

る。

⑵ 日英租税条約における PPTの規定

 日英租税条約における PPTの規定(PPT範囲限定型)は次のとおりであ

る(下線筆者)。この規定と同様の規定が,利子,使用料条項にある。

第10条(配当)第9項配当の支払の基因となる株式その他の権利の設定又は移転に関与した者が,この条の特典を受けることを当該権利の設定又は移転の主たる目的の全部又は一部とする場合には,当該配当に対しては,この条に定める租税の軽減又は免除は与えられない。

⑶ PPT共通型

 日本の締結している租税条約のうち,PPTのみを規定している条約例

は次のとおりである。

①  日韓租税条約議定書3(両国の権限ある当局の合意:両国の権限ある当局

が規定の濫用に当たると合意する場合,その特典は適用できないとするもの。)

② 日本・香港租税協定(第26条)

③ 日本・サウジアラビア租税条約(第24条)等(下線筆者)

日本・サウジアラビア租税条約第24条(減免の制限)所得が生ずる基因となる株式,信用に係る債権又はその他の権利若しくは財産の設定又は移転に関与した者が,この条約の特典を受けることを当該設定又は移転の主たる目的の全部又は一部とする場合には,当該所得に対しては,この条約に定める租税の軽減又は免除は与えられない。

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義務的開示制度と一般否認規定 ⑵(矢内) 405

 この上記の規定は,範囲限定型とほぼ同様の内容であるが,各条項共通

という規定になっている。

⑷ PPT広義適用型

 2016年に署名された日独新租税協定第21条は LOBの規定と同条第8項

に次のような PPTの規定がある。この PPTの規定は,日英租税条約にお

ける規定よりその適用範囲は拡大しているといえる。なお,日台民間租税

取り決めの第26条,2017年9月に署名された日露新租税条約第21条第8項

も同様の規定である。

日独租税協定第21条第8項 この協定の他の規定にかかわらず,全ての関連する事実及び状況を考慮して,この協定の特典を受けることが当該特典を直接又は間接に得ることとなる仕組み又は取引の主たる目的の1つであったと判断することが妥当である場合には,当該特典を与えることがこの協定の関連する規定の目的に適合することが立証されるときを除き,その所得については,当該特典は,与えられない。(下線筆者)

⑸ PPT概念の分析

 PPT概念の分析のポイントは以下のとおりである。

① PPTが普及した経緯

② PPTの射程範囲

 イ PPTが普及した経緯

 イ EUにおける動向

 EUにおいて,2003年6月3日付の指令(Council Directive 2003/49/EC)

「加盟国間における利子,使用料支払いに関する共通課税システム」の第

5条「虚偽及び濫用」において,「取引の主たる目的或いは主たる目的の

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406

1つ」が脱税,租税回避,濫用の取引である場合,指令の特典の適用をし

ない旨の規定がある。

 上記以後の動向としては,欧州司法裁判所(ECJ)において2006年9月

12日に判決が出された Cadbury Schweppes(Case C-196/04)事案を例とす

ると,完全に人為的な仕組み取引(wholly artificial arrangements)の場合の

み英国国内法であるタックスヘイブン税制が適用可能であるという判断が

示され,この否認規定の適用条件の1つとして,専ら税務上の特典を得る

ことを唯一の目的とする場合,という判断が示されている。

 以上のことから,英国国内法において生成した PPTの概念が EU等に

おいて使用されることで,BEPS防止措置実施条約につながったと推測で

きるのである。

 EUでは,租税回避防止のために2015年6月に欧州委員会が公正かつ効

率的な課税を目指す「法人課税に関する行動計画」を発表している。

BEPSの最終報告書公表後,2016年1月には,多国籍企業の租税回避に対

するルール強化のための措置や指針をまとめた「租税回避対策パッケー

ジ」を提案,同年7月12日の EU理事会で,このパッケージの核ともなる

「租税回避対策指令」が採択されている。同指令の一部は OECDの BEPS

の勧告を反映したものになっている。この指令には,加盟国に対する,租

税条約濫用防止に関する勧告が含まれている。

 ロ OECDモデル租税条約コメンタリー

 OECDモデル租税条約(2014年7月15日版)の第1条のコメンタリー(9.5,

21・4等)の「特定所得の源泉地国課税に関する租税回避規定」に,2003

年1月28日に PPTが追加規定されている。この PPTの導入は,上記 イ

の EUにおける PPT導入と同年である。

 しかし,この規定は,日英租税条約(平成18(2006)年署名・発効)にみる

ことができる投資所得に規定する PPT(前掲では PPT範囲限定型)である。

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義務的開示制度と一般否認規定 ⑵(矢内) 407

 ハ BEPS行動計画6関連文書

 BEPS 行動計画6「租税条約の濫用防止」において,PPTと LOBが検

討されているが,この行動計画6に関する OECD発行の文書は,発行順

では次のようになる(以下「文書1・2・3・4・5」と表記する。)。

1 Preventing the Granting of Treaty Benefits in Inappropriate Circumstances Action 6 : 2014 Deliverable (16 Sep. 2014)

2 Public Discussion Draft : Follow up work on BEPS Action 6 : Preventing Treaty Abuse, 21 November 2014-9 January 2015 (21 Nov. 2014)

3 Revised discussion draft : BEPS Action 6 : Preventing Treaty Abuse, 22 May 2015-17 June 2015 (22 May. 2015)

4 Preventing the Granting of Treaty Benefits in Inappropriate Circumstances : Action 6 : 2015 Final Report

5 BEPS Action 6 on Preventing the Granting of Treaty Benefits in Inappropriate Circumstances, PEER REVIEW DOCUMENTS, May 2017

 BEPSは,行動計画6に関するドラフトを公開して,各国・各団体から

意見を集約して2015年の「最終報告」を作成している。

 ロ PPTの射程範囲

 イ 文書1における PPTルールに関するコメンタリー(OECDモデル租

税条約との関連)

 BEPS条約第7条第1項と文書1(66頁)に掲げられた7項の条文(以下

「7項」という。)は同じである。第7項では,最後の文言が this Conven-

tionであるが,BEPS条約では the Covered Tax Agreementとなっている

(66-74頁)。

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租税条約のいかなる規定にもかかわらず,総合的に勘案して,租税条約に基づく特典を受けることが当該特典を直接又は間接に得ることとなる仕組み又は取引の主たる目的の1つであったと判断することが妥当である場合には,そのような場合においても当該特典を与えることが当該租税条約の関連する規定の目的に適合することが立証されるときを除くほか,その所得又は財産については,当該特典は,与えられない。

 以下7項のコメンタリーが BEPS条約第7条第1項にも通じるものと思

われることから,PPTに関して特徴となる点を要約することにするが,

その前に,OECDモデル租税条約の第1条コメンタリーの PPT関連パラ

グラフをまとめる。

 パラ9.5では,租税条約における特典が享受できない場合として,特定

の取引或いは仕組みを行う主たる目的が税負担の軽減等であるときは,規

定本来の目的等に反することから,租税条約の特典を得ることができない

というのが指針となる原則と説明している。

 パラ9.1でも指摘しているが,国内法にある租税回避の否認規定と租税

条約における同種の規定が競合しないかという点について,パラ22.1では,

国内法の否認規定と租税条約の同種の規定は競合しないとしている。これ

は,既存の租税条約ではこのような競合は想定外である。すなわち,租税

条約の締結に際して,国内法との調整は当然に行うからである。

 ロ 文書1における PPTルールに関するコメンタリー(国内法等の関連)

 第7項パラ1では,上述した OECDモデル租税条約コメンタリーを参

考にして,租税条約の不正な利用への原則の確立と,国内法に租税回避規

定のある国における当該原則の適用について規定した。

 第7項パラ3では,LOBにより否認された特典は PPTの対象となる特

典にならないことを規定している。

 ハ 文書1における PPTルールに関するコメンタリー(特典の例示)

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義務的開示制度と一般否認規定 ⑵(矢内) 409

 第7項パラ8では,前述したエイキン事案と同様の内容の例示により,

「直接或いは間接に結果する特典」を説明している。

 ニ 文書1における PPTルールの解説

 第7項のパラ10(69頁)によれば,条約の特典を得ることが仕組み或い

は取引に関連した者の主たる目的の1つか否かを決定するためには,仕組

み等の関連者の目的等を客観的に分析することが重要であるとしている。

仕組み或いは取引の目的の何かということは,事例を基礎にその仕組み或

いは事象の周囲の環境をすべて考慮することにより回答することができる

ものである。そのためには,当該者の意図に関する決定的意図の証拠を見

つける必要はないが,事実と環境を客観的に分析した後に,仕組み或いは

取引の主たる目的の1つが租税条約の特典を得ることであることを合理的

に結論付けなければならない。しかしながら,仕組みが租税条約により生

ずる特典によって合理的に説明できる場合,仕組みの主たる目的の1つは

特典を得ることということできる。

 第7項パラ13(70頁)は,PPTルールの核心ともいうべき内容である。

仕組取引が営利活動と表裏一体である場合,その形態が特典を得ることを

動機としていない場合,その主たる目的が特典を得るためとする可能性は

低いのである。しかしながら,仕組取引が多くの租税条約のもとで,同様

の特典を得る目的で行われた場合,特定の租税条約における特典が仕組取

引の主たる目的の1つとみなすことができる。

14 日本への一般否認規定導入の問題点

 日本への GAAR導入については,MDR導入が先行し,その後数年後に

GAAR導入となるというのが筆者の見解であるが,GAAR導入については,

導入に積極な見解(以下「積極説」という。)と消極的な見解(以下「消極説」

という。)に分かれることは十分に予測できることである。

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⑴ 積 極 説

 積極説として述べられることが予測される事項は次のとおりである。

①  現行の租税回避否認規定では,今後の複雑で,クロスボーダーな租税

回避に対応できないことから,GAARが必要である。

②  MDRにより開示された取引等が実施された場合,著しく税負担軽減

という効果を生み出されるにもかかわらず,それを否認する規定がない

ことは著しく不都合である。PPTはMDRの実効性を高めるための補強

材である。

③ PPTは,BEPSプログラムの勧告に含まれている。

④ PPTの規定は租税条約においてすでに規定されている。

⑤  GAARをすでに導入している国では,委員会制度等を導入している

が,委員会等で調査事案が却下される事態がある。PPTの導入に際し

て,委員会等の導入をしないという選択肢がある。

⑥  PPTは不確定概念ではあるが,日本では,同族会社の行為計算否認

等の判決において先例となる判断が示されている。

⑵ 消 極 説

 消極説として述べられることが予測される事項は次のとおりである。

①  PPT自体ではなく,課税当局の権限強化につながる GAARの導入自

体に反対である。

②  PPTに主観的な要素があることから,課税当局が拡大解釈をして適

用する可能性がある。

③ GAARを導入せずに,個別否認規定の整備を行うべきである。

④  PPTではなく,すでに GAARを導入している国の制度を参考にして

日本で立法化すべきである。

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義務的開示制度と一般否認規定 ⑵(矢内) 411

⑶ 今後の動向

 GAAR導入については,① GAAR導入の是非が第1関門であり,② 導

入するのであればどのような原則が適当かが第2関門である。問題は仮に

導入となった場合,GAARの射程範囲の問題で,英国のアーロンソン報告

書にあるような,税務上問題のない仕組み取引に適用されず,かつ,濫用

型の仕組み取引に的を絞った度を越さないルールを導入する,ということ

が GAAR導入の基本的なコンセプトとして確立することが必要であろう。

 上記以外とは異なる視点が2つある。

 1つは,OECDにより進められた金融口座情報自動的交換報告制度

(Automatic Exchange of Financial Account Information:AEOI)等の税務情報交

換制度の拡充と,商学論纂3・4号掲載の拙稿で述べた義務的開示制度導

入により,事前にその情報を税務当局が把握することで租税回避を事前に

予防或いは抑制するという動きである。本稿で述べた GAARは,租税回

避を事後的に規制する方法であることから,これら事前の租税回避予防策

の働きについても今後その動向に注目すべきであろう。

 2つ目は,2016年7月12日に EU理事会が採択した租税回避対策指令

(Anti-Tax Avoidance Directive:(EU)2016/1164:以下「ATAD」という。)であ

る。この ATADは,OECDの進めた BEPSを EUに取り入れるための EU

版 BEPSであり,その内容に含まれるものは以下のとおりである。

 ① 利子損金算入制限ルール(Interest limitation rules)

 ② 出国課税ルール(Exit taxation rules)

 ③ GAAR(General anti-abuse rule)

 ④ 外国子会社合算税制(CFC:Controlled foreign company rules)

 ⑤ ハイブリット・ミスマッチ(Rules on hybrid mismatches)

 上記のうち,② と ③ が EUの独自項目で他は BEPS関連の事項である。

ATADの注目点は,第1に,2018年末までに EU加盟国の国内法に GAAR

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412

を導入することが指令されたこと,第2に,租税回避対策がパッケージに

なり,他の措置で租税回避が規制できない場合,GAARが適用になるとい

う構成が示されたことである。

 日本の政府税制調査会における2018年10月の議会資料を見る限り,義務

的開示制度の導入,一般否認規定導入の見通しに関する検討が行われてい

る形跡はない(平成31年度税制改正大綱においても同様である。)。米国が2017

年末の税制改革において,国際税務関連事項を整備したこと等を考慮する

と,日本のこの分野における出遅れ感があるように思われる。