151 seminar special 1 part めざすべき日本の将来像 -...

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14 2013.10 厚生労働 昨年12月、厚生労働省より「非正規雇用労働者の能力開発抜本強化に関 する検討会」の報告書が公表され、日本がめざすべき「好循環型社会」の実 現への具体的な施策の方向性が示されました。検討会の座長として同報告 書のとりまとめを行った中央大学経済学部教授(当時・獨協大学経済学部 教授)の阿部正浩さんに、非正規雇用を軸にした雇用問題の現状と課題、 さらに雇用形態の多様化など状況変化に応じた新たな労働環境の整備や雇 用安定化に向けた施策のあり方などについて、解説をお願いしました(聞き手・本誌編集部) Special Seminar あべ・まさひろ 1990年、慶應義塾大学商学部卒 業。今年より中央大学経済学部 教授。専門分野は労働経済学・計 量経済分析・経済政策。著書『日 本経済の環境変化と労働市場』 (東洋経済新報社)で2006年度 日経・経済図書文化賞および労働 関係図書優秀賞を受賞。 【特別誌上セミナー】 出典:広報誌「厚生労働」平成25年10月号 (発行所 株式会社 日本医療企画) 転載にあたっては、株式会社 日本医療企画の了承を得ています。

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142013.10 厚生労働

Part 1

昨年12月、厚生労働省より「非正規雇用労働者の能力開発抜本強化に関する検討会」の報告書が公表され、日本がめざすべき「好循環型社会」の実現への具体的な施策の方向性が示されました。検討会の座長として同報告書のとりまとめを行った中央大学経済学部教授(当時・獨協大学経済学部教授)の阿部正浩さんに、非正規雇用を軸にした雇用問題の現状と課題、さらに雇用形態の多様化など状況変化に応じた新たな労働環境の整備や雇用安定化に向けた施策のあり方などについて、解説をお願いしました。

(聞き手・本誌編集部)

Special Seminar

あべ・まさひろ1990年、慶應義塾大学商学部卒業。今年より中央大学経済学部教授。専門分野は労働経済学・計量経済分析・経済政策。著書『日本経済の環境変化と労働市場』(東洋経済新報社)で2006年度日経・経済図書文化賞および労働関係図書優秀賞を受賞。

雇用の安定化に向けて

めざすべき日本の将来像

【特別誌上セミナー】

講師:「非正規雇用労働者の能力開発抜本強化に

関する検討会」座長

阿部

正浩

中央大学経済学部教授

出典:広報誌「厚生労働」平成25年10月号  (発行所 株式会社 日本医療企画)※ 転載にあたっては、株式会社 日本医療企画の了承を得ています。

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厚生労働 2013.1015

誰もが幸せになる「好循環型社会」の実現へ特集 ▶▶非正規雇用対策の新たなる道筋

◎「非正規雇用労働者の能力開発抜本強化に関する検討会」とは?厚生労働省では、昨年3月に策定した「望ましい働き方ビジョン」で示された基本姿勢や施策

の具体的方向性に基づき、非正規雇用の労働者の能力開発についての対策を抜本的に強化し、計画的に取り組みを推進することとしています。また、昨年6月の厚生労働省版「提言型政策仕分け」でも、企業内の人材育成への支援について、非正規雇用の労働者に対する訓練の一層の重点化が提言されています。このような問題認識の下、非正規雇用の労働者の望ましい人材育成施策を検討するために、本検討会が開催されました。●参集者:阿部正浩 獨協大学経済学部教授

和泉昭子 生活経済ジャーナリスト/キャリアカウンセラー小野晶子 (独)労働政策研究・研修機構総合政策部門副主任研究員佐藤 厚 法政大学キャリアデザイン学部教授谷口雄治 職業能力開発総合大学校能力開発専門学科准教授田村雅宣 UIゼンセン同盟副書記長西久保剛志 (株)三越伊勢丹ホールディングス経営戦略本部人事部人事企画担当平田未緒 (株)アイデム人と仕事研究所所長

※五十音順 肩書はすべて当時のもの

© xy - Fotolia.com

「非正規雇用労働者の能力開発抜本強化に関する検討会」の報告書の概要

【基本的な視点】○�正規・非正規という雇用形態にかかわらず、将来に夢や希望を持ちながら安心して生活を送れるような収入を確保できるよう、能力開発機会を提供し、キャリアアップを支援する⇒レクチャー3参照○�能力開発の主体については、個人がその取り組みの中心となるが、個人任せでは限界があるため、非正規雇用の労働者を「人財」として、企業、業界団体、公的部門等社会全体で育成していくことが不可欠⇒レクチャー3参照○�能力開発後の処遇やキャリアパスなど「将来像」を「見える化」、労働者一人ひとりに施策が「届く」よう積極的に情報発信、身近な地域での能力開発の提供等⇒レクチャー4参照

【施策の方向性】産業政策や教育政策と連携し、政府一丸となって強力に取り組みを推進①フリーター等不本意非正規の増加の防止・雇用・就業志向の積極的な教育政策の推進�⇒レクチャー2参照・初期キャリア形成支援の推進⇒レクチャー2参照②複線的なキャリアアップの道の確保、労働者の選択に応じた能力開発機会の確保《正規雇用への転換》⇒レクチャー3参照・即戦力重視型訓練と人間力養成型訓練の開発・実施・地域コンソーシアムによる身近な場での訓練実施《企業内でのキャリアアップ》⇒レクチャー3参照・統合型雇用管理の普及、企業によるキャリアアップに向けた取り組みへの包括的支援《企業の枠を超えたキャリアアップ》⇒レクチャー4参照・専門職型キャリアシステムの構築★上記の選択肢を個人が主体的に選べるよう、キャリアサポート環境を整備③労働者の能力の労働市場での適切な評価、相応の処遇確保のための環境整備・実用的な職業能力評価ツールの整備⇒レクチャー4参照

出典:広報誌「厚生労働」平成25年10月号  (発行所 株式会社 日本医療企画)※ 転載にあたっては、株式会社 日本医療企画の了承を得ています。

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162013.10 厚生労働

Special

Seminar【特別誌上セミナー】

レクチャー

❶ ➡

非正規雇用労働者の増加の背景

企業と労働者を取り巻く

「労働環境の変化」を理解しよう!

非正規雇用労働者は1995年から2005年までの間に増加し、

その後も微増を続け、2013年7月現在1879万人で、役員を除く雇用者の全体の36・2%を占めています。

一方、正規雇用労働者は同期間中に減少し、2005年以降はほぼ横ばい状態が続いています。

企業が正規雇用に

消極的になった理由

非正規雇用労働者の増加の理由と

して、1999年の労働者派遣法改

正 ※1を挙げる人がいますが、法改正

といった一つの事象をきっかけに突

然、増加に転じたというわけではあ

りません。非正規雇用労働者は

1980年代からほぼ一貫して増え

続けており(図表1)、非正規雇用労

働者の増加と正規雇用労働者の減少

というトレンドは、いくつかの要因

が複合的に重なった結果として生ま

れたものです。

一つ目の要因としては、企業側に

正規雇用労働者の求人意欲が低下し

ていることが挙げられます。

これまで日本の企業は、景気循環

の過程で不況になり固定費等の削減

が必要になった場合、雇用調整助成

金 ※2等の国の制度を活用し、可能な

限り正規雇用労働者の解雇を行わな

いように努力してきました。正規雇

用労働者の雇用維持をすることで、

景気回復の際に彼らの技術を即座に

活用して需要増に柔軟に対応するた

めです。

しかし1990年代以降、日本経

済は大きな構造上の変化に直面しま

す。まず、東西冷戦終結後、経済の

グローバル化が進展し国際競争が激

化すると、より安価な労働力を求め

て中国などに生産拠点を移す企業が

相次ぎ、国内産業の空洞化が急速に

進みました。さらに、デフレ不況の

長期化という追い打ちで業績が悪化

するなか、経営の健全化の名のもと、

早期退職者制度の導入等により正規

雇用労働者の雇用調整が行われるよ

うになりました。国内ではとりわけ

製造業等で正規雇用の機会が減少す

る一方で、季節ごとの労働市場の変

動には期間雇用などの非正規雇用労

働者を積極活用することで対応して

きました。こうした企業を取り巻く

状況の変化が、冒頭の新たな雇用ト

レンドを生むことになったわけで

す。I

CT化の流れと

産業構造の変化も一因

二つ目の要因は、ICT(情報通

信技術)の革新などの影響です。た

とえば、銀行の窓口業務がATMに

代わったことで人的サービスの必要

性が低下したり、POSシステムの

導入などで、経験により培われる勘

や技術を必要とした仕事もコン

ピュータにとって代わられました。

これにより、熟練労働者が行ってき

た仕事の多くが経験の浅い労働者で

もこなせるようになり、非正規雇用

労働者の需要増を促したのです。

そして三つ目が、国内産業の中心

が製造業からサービス産業へ移り、

第三次産業化の急速な進展という産

業構造の変化による影響です。正規

雇用の比率が高かった製造業などの

第二次産業で雇用機会が減少する一

方で、非正規雇用の比率が高い小売

業・卸売業・飲食業などのサービス

業での消費増大が、固定的な労働力

ではなく変動的な労働力の需要を促

しました。こうした変化も、非正規

雇用労働者が増えた背景の一つで

しょう。

「非正規雇用」を積極的に

選択する若者や女性たち

もちろん企業側の事情だけではあ

りません。労働者側にも、「労働時

間を自分で調整しながら働きたい」

「より自由に働きたい」というニーズ

が高まっていることも事実です。

正規雇用労働者の減少にともな

い、正規雇用労働者の仕事が複雑

Point 1

Point 2

Point 3

※1 1999年の労働者派遣法改正: 労働者の派遣は一部の専門性の高い業務等に限られていましたが、段階的に業務範囲が拡大され、1999年の法改正で原則、自由化されました。

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厚生労働 2013.1017

誰もが幸せになる「好循環型社会」の実現へ特 集 ▶▶非正規雇用対策の新たなる道筋

化・多様化し、質・量の両面できつ

くなっています。サービス残業が社

会問題化し、労働者の過労死や自殺

件数が高止まりしていることなど

も、そのことが背景にあります。ま

た、正規雇用労働者には例外を除き

原則、勤務時間や勤務地などに関す

る決定権がありません。

このような働き方をよしとせず、

「収入は少ないけれど、自分に合っ

た労働条件で働きたい」「労働時間を

自分で管理したい」等の理由から、

フリーターやパートタイマーなどの

非正規雇用を積極的に選択する人も

※2 雇用調整助成金: 事業活動の縮小を余儀なくされた事業主が解雇を避け、雇用する労働者を一時的に休業させたり、教育訓練を受けさせたり、出向させたりすることで雇用の維持に努力する場合、これに係る費用の一部を助成する制度です。

図表1 正規・非正規雇用者数の推移

家庭の事情(家事・育児・介護等)や他の活動(趣味・学習等)と両立しやすいから

派遣労働者 パートタイム労働者

契約社員

自分の都合のよい時間に働けるから

家計の補助、学費等を得たいから

通勤時間が短いから

正社員として働ける会社がなかったから

自分で自由に使えるお金を得たいから

専門的な資格・技能を活かせるから

勤務時間や労働日数が短いから

(%)

0

10

20

30

40

50

60

50.2

11.8

20.616.9 17.7

39.6

16.9 14.4

29.7

12.415.6

30.934.4

44.9

16.011.9

14.7

24.7

41.0

21.1

12.57.8 10.1

18.9

1984 86 88 90 92 94 96 98 2000 02 04 06 08 10 12(年)0

5

10

15

20

25

30

35

40(%)

0500

1,0001,5002,0002,5003,0003,5004,0004,500(万人)

正規の職員・従業員(左目盛)

非正規雇用者比率(右目盛)

正規の職員・従業員以外の雇用者(左目盛)

います。あるいは、派遣労働者・契

約社員として仕事をこなしながら

キャリアアップを図り、企業の枠を

超えて活躍したいという人もいます

(図表2)。労働形態の多様化により、

自ら望んで非正規雇用を選択する労

働者がいることも忘れてはいけませ

ん。さ

らに、女性の高学歴化が進み就

業意欲も高まっています。主に家事

や育児・介護を抱える労働者を短時

間正社員や在宅勤務者として活用

し、ワーク・ライフ・バランスの実

現を進めている企業は増えてはいま

すが、いまだ未整備の企業も多くあ

ります。正規雇用では労働時間の管

理が硬直的で、残業時間が長くなら

ざるを得ないため、非正規雇用を選

択する女性も少なくありません。長

引く不況のなかで夫の収入減や雇用

不安の高まりから家計を補助する

ケースが増えたことも、女性のパー

トタイマーが増えた要因として挙げ

られます。

図表2 主な就業形態の現在の就業形態を選んだ理由(労働者割合、複数回答3つまで)

①労働契約法の改正(2013年4月施行)一定の要件を満たせば無期労働契約への転換が可能です有期労働契約が繰り返し更新されて通算5年を超えたときは、労働者の申し

込みにより、期限の定めのない労働契約(無期労働契約)に転換できるルールが規定されました。また、一定の場合には使用者による雇止めが認められないことになる「雇止め法理」が法定化されました(最高裁判例で確立したものを法定化)。さらに、有期契約労働者と無期契約労働者との間で、期間の定めがあることによる不合理な労働条件の相違を設けることを禁止するルールが規定されています。

②労働者派遣法の改正(2012年10月施行)日雇派遣は原則禁止です日雇派遣(日々 または30日以内の期間を定めて雇用する労働者を派遣するこ

と)を原則禁止とすること、賃金などの決定にあたり、同種の業務に従事する派遣先の労働者等との均衡を考慮することなどが定められました。

③�パートタイム労働法(短時間労働者の雇用管理の改善等に関する法律)正社員との均等・均衡待遇の確保�正社員への転換の推進を図りますパートタイム労働者がその有する能力を一層有効に発揮することができる雇

用環境を整備するため、パートタイム労働者の納得性の向上、正社員との均等・均衡待遇の確保、正社員への転換の推進等を図っています。

Column

国の制度「まめ知識」❶ 法制度の整備

出典:厚生労働省「平成24年版 労働経済の分析」資料出所: 総務省統計局「労働力調査特別調査」(2月調査)(1985~2001年)、「労働力調査(詳細集計)」(1~3月期平均)(2002~

2012年)をもとに厚生労働省労働政策担当参事官室にて作成注1: 勤め先における呼称による分類において、「労働力調査(詳細集計)」の調査表の選択肢では「契約社員・嘱託」および「その他」とされて

いるものは、「労働力調査特別調査」の調査票においては「その他(嘱託)」と一つの選択肢とされている。注2:2011年は補完推計値。

各就業形態の労働者のうち、回答があった労働者=100出典:厚生労働省「平成22年 就業形態の多様化に関する総合実態調査の概況:結果の概要」

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182013.10 厚生労働

Special

Seminar【特別誌上セミナー】

レクチャー

❷ ➡

非正規雇用の課題

処遇格差、キャリア形成の喪失など

さまざまな課題があります

非正規雇用労働者のなかには、低賃金で不安定な雇用から抜け出せず、経済的な理由から結婚や出産を躊躇する人

も少なくありません。また、本人が望んでいながら正規雇用労働者になれない「不本意非正規雇用」も2割程度おり、

正規雇用への転換を含め処遇改善が急務とされています。

賃金、安定雇用、

社会保障面での処遇格差

非正規雇用の課題の一つに、正規

雇用との処遇格差の問題がありま

す。賃

金についていえば、若いときは

両者の差は小さくても、年齢を重ね

るに従い大きくなります(図表1)。

正規雇用労働者の賃金が毎年上がっ

ていくのは、経験により培われた技

術・能力・職業の勘等に企業側が価

値を認めるからです。一方、非正規

雇用労働者は職務のみによって評価

されるため、長年勤務しても同じ仕

事を続けている限り賃金はほとんど

変わりません。それゆえ、一つの仕

事では生活を維持していくのが難し

いため、セカンドジョブ、サードジョ

です。日本の企業が正規雇用労働者

をできるだけ解雇しないように努め

てきたのは前述したとおりですが、

こうした傾向は職業上の訓練との関

係でも説明できます。費用をかけて

訓練を行い能力を高めた後に従業員

に退職されてしまうと、企業にとっ

ては大きな損失です。一方、非正規

雇用労働者はそうした初期投資がな

い分、景気の悪化による雇用調整の

対象にならざるをえません。

年金・医療保険等の社会保障制度

において、企業側が保険料の半額を

負担する正規雇用労働者と、本人全

額負担の非正規雇用労働者との処遇

格差が問題となっていましたが、年

金・健康保険・雇用保険については、

格差是正のための措置が講じられて

います(「まめ知識」参照)。

Point 1

図表1 賃金カーブ(月給ベース)

450.0

400.0

350.0

300.0

250.0

200.0

150.0

100.0

50.0

0.0

169.8200.4

235.9

272.7

310.7

349.1

385.9 398.9384.4

297.4

150.9171.7

188.2 200.6 200.3 196.6 193.4 191.2 194.0 215.5

20~24 25~29 30~34 35~39 40~44 45~49 50~54 55~59 60~64~19(歳)

(千円)

正社員・正職員

正社員・正職員以外

非正規雇用労働者の生活の安定を

維持するためには、さらなるセーフ

ティネットの整備が不可欠ですが、

労働者側の知識不足により労働関係

法令で認められた権利を行使しにく

い面もあり、労働者側の法律および

国の施策等に関する学習・理解も必

要です。

能力開発の機会が乏しい

ことによるデメリット

能力開発の機会が乏しいことも、

非正規雇用のデメリットの一つで

す。高

校や大学卒業後すぐに非正規雇

用労働者として働くと、企業が新入

社員に対して行う初期職業訓練の機

会を失うことになります。職業能力

を磨くうえでは若い時期の教育・訓

練は重要であり、この時期に身につ

けるべきスキル形成をおろそかにす

れば、将来的に安定した職に就くこ

とが難しくなる場合も往々にしてあ

ります。後になって改めて能力開発

をしようとしても、非正規雇用の立

場では費用の負担という問題も避け

られませんし、職業訓練が将来どの

ように役立つのか見えにくい面もあ

ります。

正社員として入社しても、すぐに

Point 2

ブの掛け持ちで働いている人も少な

くありません。低賃金労働を繰り返

すワーキングプアの問題も、こうし

た要因が背景にあるのです。

また、定年まで勤務可能な正規雇

用労働者に比べ、雇用期間も不安定出典:厚生労働省「賃金構造基本調査」(2012年)

出典:広報誌「厚生労働」平成25年10月号  (発行所 株式会社 日本医療企画)※ 転載にあたっては、株式会社 日本医療企画の了承を得ています。

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厚生労働 2013.1019

誰もが幸せになる「好循環型社会」の実現へ特 集 ▶▶非正規雇用対策の新たなる道筋

への円滑な接続を図ることも大切で

す。高校などにおけるキャリア教育

は、職業人として必要とされる自覚、

企業の求める人材像、労働市場の変

化などについて理解を深めてもら

い、あわせてフリーターや派遣とい

う働き方の長所と短所など現実の厳

しい面を含めて教えることにより、

進路の選択に役立ててもらうように

するべきでしょう。

正規雇用労働者との

格差是正のための議論

「非正規雇用と正規雇用の処遇を均

等化するために、正規雇用労働者の

処遇を引き下げてはどうか」といっ

た意見も聞かれます。「解雇に関す

る厳しい規制を見直し、金銭補償に

よる雇用契約の終了を認めてはどう

か」という議論も、その一つです。

労働者が納得すれば、それも一つの

方法かもしれません。しかし、安易

にリストラが行われれば、労働者側

に不安感・不信感が生まれ、有能な

人材が離れていくといった事態を招

きかねません。労働者は自らの“売

り時”を知っています。コストをか

けて育て上げ、最先端の技術やノウ

ハウを持つ優秀な人材が厚遇を提示

したライバル企業に引き抜かれれ

ば、企業にとっては痛手です。この

ような事態を避けるためには、日ご

ろからしっかりと雇用管理を行う必

要があります。

高度経済成長期には、企業側は雇

用リスクを負担しながら労働者と協

調することで成長していきました。

しかし今後、企業が雇用リスクを労

働者側に負担してもらおうとすれ

ば、前述のような新たな弊害を生む

可能性があることも認識しておくべ

きでしょう。

辞めてしまう若者が多いですが、前

述したように初期キャリアが形成さ

れる前の離職には、キャリア形成上

のリスクがともないます。少々、仕

事が厳しいからといって、安易に離

職することは避けるべきです。

5人に1人が

「不本意非正規雇用」

1993年から2004年を「就職

氷河期」と言います。厳しい経済情

勢から企業の求人意欲が低下した時

期で、希望どおりに正規雇用労働者

になれず、フリーターや派遣労働者

などの非正規雇用で働くようになっ

た人がたくさんいました。総務省統

計局の「労働力調査(詳細集計)」

(2013年4~6月期平均)では、

非正規雇用労働者のうちの5人に1

人、約342万人が「不本意非正規

雇用」という結果が出ています。

非正規雇用が多い理由の一つに、若

者の安定志向もあります。大卒者の

多くは大企業への就職を希望し、中

小企業を敬遠する傾向があります。

そのため、求人を積極的に行う中小

企業に人材が集まらない、いわゆる

求人のミスマッチが生じています。

不本意な非正規雇用労働者を増や

さないためには、教育機関から職場

①厚生年金保険・健康保険短時間労働者にも適用されるようになりました厚生年金保険および健康保険について適用範囲が拡大されまし

た。2016年10月から、これまで適用対象ではなかった短時間労働者のうち、所定労働時間が週20時間以上など一定の要件を満たす短時間労働者は適用を受けることができるようになります。

②雇用保険非正規雇用労働者の雇用期間の条件が�緩和されました雇用保険制度について、非正規雇用労働者の雇用保険の適用範

囲が拡大されました。これまで「1週間あたりの所定労働時間が20時間以上であること」を条件に「6カ月以上雇用見込み」としてきた適用基準が、「31日以上雇用見込み」となりました。

③最低賃金2013年10月6日から順次�地域別最低賃金額が改定されます地域別最低賃金は、最低賃金法に基づき、国が都道府県ごとの

賃金の最低額を定めており、使用者はそれ以上の賃金を労働者に支払わなければなりません。2013年度地域別最低賃金額の改定については、9月10日までに各都道府県労働局に設置されている地方最低賃金審議会において答申がなされ、10月6日以降労働局ごとに順次改定されます。時間額で示す全国加重平均額は現行より15円増の764円となります。また、11都道府県で生じていた生活保護水準との逆転現象については、北海道を除き、解消することになりました。

④求職者支援制度雇用保険を受給できない求職者への�職業訓練等の就労支援を行う制度です雇用保険を受給できない方のセーフティネットとして創設された制

度であり、無料の職業訓練(求職者支援訓練)の実施、職業訓練受講給付金の支給、就職支援を一体的に行うものです。

Column

国の制度「まめ知識」❷ セーフティネットの

強化

Point 3

Point 4

出典:広報誌「厚生労働」平成25年10月号  (発行所 株式会社 日本医療企画)※ 転載にあたっては、株式会社 日本医療企画の了承を得ています。

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202013.10 厚生労働

Special

Seminar【特別誌上セミナー】

レクチャー

❸ ➡

正規雇用への転換

正規雇用労働者になるためには、

何が必要か?

非正規雇用から正規雇用への転換には多くの課題が残されているのも事実です。

正規雇用を望んだ場合、どのようなハードルがあるのでしょうか。

また、正規雇用への転換を支援する国の制度には、どのようなものがあるのでしょうか。

正規雇用への

転換を阻むもの

正規雇用労働者の仕事には高度な

スキルや専門知識が要求されるよう

になり、非正規雇用からの転換がか

つてより難しくなっているのが実情

です。

「欧米先進国に追い付け・追い越

せ」という時代には先行モデルがあ

りましたが、日本企業が先進国の先

頭集団に加わった今、かつてのよう

なキャッチアップのやり方が通用し

なくなり、創造性が問われるように

なりました。正規雇用労働者は研

究・分析、企画・立案・設計など非

定型的な仕事をこなさなければなら

なくなっています。加えて、経済活

動の内容の高度化や、コンプライア

ンスの重視などルールの厳格化によ

り、業務も複雑化しており、こうし

た状況の変化も非正規雇用から正規

雇用への転換を阻んでいる要因の一

つです。

今後、正規雇用労働者に

求められる能力とは?

正規雇用と非正規雇用の公正な処

遇、均等・均衡待遇という議論のな

かで、「同一価値労働・同一賃金」と

いうことが言われています。非正規

雇用労働者のなかには、「正社員と

同じような仕事をしているのに、な

ぜ、処遇が異なるのか」と不公平を

感じている人もいるでしょう。しか

し、ここでの問題は、「企業(使用者)

側が同一価値労働と見なしているの

かどうか」ということです。非正規

雇用労働者と正規者雇用労働者で

は、求められる能力に違いがありま

す。前者に求められるものは特定の

仕事をきちんとこなす能力です。後

者には、さらにコミュニケーション

能力やストレス耐性、判断力、責任

感など、人間集団のなかで働くため

の能力が求められます。私はこれを

「仲間をつくる力」と表現しています

が、正規雇用労働者には場の雰囲気

を読んだり、集団の和を保ちつつ

リーダーシップを発揮する人間力が

必要です。こうした幅広い能力が求

められるため、正規雇用労働者には、

長年の経験やそれにより培った勘を

備えてはじめて“一人前”と見なされ

るような側面があります。非正規雇

用労働者を正規雇用に転換するに

は、こうした悩ましい課題があるの

です。

そのため、正規雇用への転換をめ

ざすための能力開発には、今後は社

会人としての基礎的な能力、職業意

識を強く求める企業ニーズに対応し

た即戦力重視型・人間力養成型の教

育訓練の提供がより求められていく

ことになります。

労働者のキャリア形成の

ための環境整備が急務

さらに、非正規雇用から正規雇用

への転換のための訓練では、コスト

を誰がどのように負担するのかとい

う問題もあります。

民間企業は原則、利益にならない

ことは行わないため、教育訓練への

投資の回収が難しいケースでは費用

の捻出は期待できません。新卒者と

Point 1

Point 2

Point 3

※3 「日本再興戦略-JAPAN is BACK-」: 今年6月に閣議決定された、日本経済の再生に向けた成長戦略です。 「日本産業再興プラン」の柱の一つとして「雇用制度改革・人材力の強化」が盛り込まれています。

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出典:広報誌「厚生労働」平成25年10月号  (発行所 株式会社 日本医療企画)※ 転載にあたっては、株式会社 日本医療企画の了承を得ています。

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厚生労働 2013.1021

誰もが幸せになる「好循環型社会」の実現へ特 集 ▶▶非正規雇用対策の新たなる道筋

比べて、残された労働期間の短い転

職者に対し教育訓練の投資をしても

リターンが少ないという面もあり、

現在のような厳しい経済情勢下では

なおさらです。一方、労働者自らが

能力開発を行うとなると、訓練期間

中は所得機会を逸することになりか

ねず、負担が重すぎます。

企業や労働者の自助努力のみに委

ねられないとなれば、やはり公的部

門による支援は不可欠です。いわゆ

る「不本意非正規雇用者」の正規雇用

への転換を促す国の支援制度として

は、ハローワークにおける個別支援

や公共職業訓練・求職者支援訓練な

どがあり、こうした制度の拡充・普

及は不可欠ですが、支援の方法は

ケースによって異なります。企業内

で働く非正規雇用労働者のケースで

は、企業特有のノウハウを身につけ

る必要がありますから、企業が主体

になって教育訓練を行い、これを公

的部門が支援していくべきでしょ

う。また、転職して正規雇用をめざ

すケースでは、能力開発のための教

育訓練の負担を企業には求められま

せん。それゆえ、業界団体や公的部

門など社会全体で労働者のキャリア

形成を支える仕組みづくりが必要で

す。

①ジョブ・カード制度ジョブ・カード制度は、きめ細かなキャリア・コンサ

ルティング、実践的な職業訓練および訓練終了後の能力評価等を通じ、非正規雇用労働者等の安定的な雇用への移行等を目的とする制度です(2012年度の全国のハローワークでのジョブ・カード交付件数約2.1万件)。

②若年者人材育成・定着支援奨励金(若者チャレンジ奨励金)

ジョブ・カードを活用した実践的な職業訓練を実施し、正規雇用化をめざす雇用主に対して、最長2年間の訓練期間中、毎月15万円、正規雇用化後は最大100万円の奨励金を支給する制度です(2012年度補正)。

③トライアル雇用奨励金早期就職の実現などを目的として、技能や知識の

不足などから安定的な就職が困難な求職者を一定期間試行雇用した場合に助成する制度です。

④わかものハローワーク/わかもの支援コーナー/わかもの支援窓口

厚生労働省は2012年度からフリーターの多い地域を中心に、正規雇用を目指す若年者の支援拠点を設置しています。東京都・愛知県・大阪府に「わかものハローワーク」を、また全国に「わかもの支援コーナー」「わかもの支援窓口」を設け、求人情報の提供、相談、担当制による個別支援などのサービスを無料で行っています(計214カ所)。

⑤キャリアアップハローワーク/キャリアアップコーナー正規雇用労働者として働いた経験が少なく、かつ

正規雇用による就職をめざす人を対象に、予約制・担当者制による職業相談・職業紹介、職業訓練の受講相談、各種セミナー、住居・生活相談などを実施しています。利用は無料です(32カ所)。

Column

国の制度「まめ知識」❸ 非正規雇用

労働者への支援Point 4複線型雇用慣行の

普及を!

日本経済の再生に向けた新たな成

長戦略として今年6月に閣議決定さ

れた「日本再興戦略」 ※3では、トライ

アル雇用奨励金の対象者の拡大など

が提言されました。一方、労働政策

審議会では、社会人の資格取得など

のための学び直しを支援するため、

「雇用保険制度を見直してはどうか」

という議論が行われています。

問われているのは、高度経済成長

期につくられた日本企業の雇用シス

テムのあり方です。日本企業は、色

のついていない人材を一括採用し、

職能をベースに仕事を教え込み育て

図表1 非正規雇用の労働者のうち正社員になりたい者の割合

0.0

5.0

10.0

15.0

20.0

25.0

30.0

35.0

40.0

45.0

50.0

計 契約社員 臨時的雇用者

パートタイム労働者

派遣労働者 その他

11.2

19.422.5 22.3

19.0

29.5

39.043.1

2010年

18.015.0

20.2

14.2

6.8

17.4 16.8 16.520.2

27.5

39.5

44.0

14.1

27.330.929.7

(%)

1999年2003年

2007年

資料出所:厚生労働省「就業形態の多様化に関する総合実態調査」注1:「非正規労働者のうち正社員になりたい者の割合」は、非正規雇用の労働者のうち「現在または別の会

社で他の就業形態で働きたい」と答えた者の割合×うち「正社員になりたい」と答えた者の割合、により算出したもの。

注2:契約社員=特定業種に従事し、専門的能力の発揮を目的として雇用期間を定めて契約する者。臨時的雇用者=臨時的にまたは日々雇用している者で、雇用期間が1カ月以内の者。パートタイム労働者=正社員より1日の所定労働時間が短いか、1週の所定労働日数が少ない者で、雇用期間が1カ月を超えるか、または定めがない者。派遣労働者=労働者派遣法に基づく派遣元事業所から調査対象事業所に派遣された者。

注3:1999年のパートタイム労働者は、「短時間のパート」と「その他のパート」(短時間でないパート)の選択肢があり、そのうち「短時間のパート」について集計したもの。

てきました。いったんレール

に乗れば、そのまま継続して

いく単線型です。職能資格が

いまだ根強いのは、経験や年

齢がもっとも公平に評価でき

る尺度という感覚が残ってい

るからです。

たとえば米国では、いったん

就職した後に再び大学で学び

直すようなキャリアはまれな

ケースではありません。このよ

うな個人の複線型キャリアに

も対応できる雇用慣行が普及

し、職務上でも評価されるよ

うになれば、トライアル雇用や

学び直し等の制度もより根づ

いていくのではないでしょうか。

出典:広報誌「厚生労働」平成25年10月号  (発行所 株式会社 日本医療企画)※ 転載にあたっては、株式会社 日本医療企画の了承を得ています。

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222013.10 厚生労働

Special

Seminar【特別誌上セミナー】

レクチャー

❹ ➡

安定的雇用を実現する

多元的で安心できる働き方とは?

非正規雇用という働き方を選んだ人が、夢や希望を持ち、安心して生活していくことのできる社会をつくるために、

労働者本人、企業、そして国には、今後どのような役割が求められていくのでしょうか。

“メジャーな存在”としての

非正規雇用労働者

かつて非正規雇用といえば、学生

のアルバイトや主婦のパートタイ

マーが主であり、“縁辺労働者”とい

う位置づけでした。しかし、全労働

者の3人に1人(2013年7月現

在、1879万人)が非正規雇用労

働者という今、彼(女)らが主たる稼

得者であるケースも珍しくない時代

になりました。今後は非正規雇用労

働者を“メジャーな存在”としてとら

え、労働政策を考えなければなりま

せん。

必要なのは、正規雇用とそれ以外

の雇用形態の間にあるあらゆる格差

を少なくすることであり、そのため

には教育訓練のための環境整備を行

い、労働者の働きぶりに応じて賃金

が支払われるような仕組みづくりが

何より急がれます。

雇用の安定化には

能力開発が不可欠

ひと口に非正規雇用といってもそ

の実態は多様で、ひと括りで語るこ

とはできません。形態も「パート」「ア

ルバイト」「労働者派遣事業所の派遣

社員」「契約社員」「嘱託」等とさまざ

まあり、労働者側の志向も千差万別

です。

いかに働き、生きていくかは本人

しだいですが、どのような雇用形態

で働くにせよ、労働市場で重要にな

るのは労働者側の能力開発であるこ

とは、すでに述べたとおりです。経

営環境が厳しく、雇用リスクをとり

にくい企業の経営事情からすれば、

生産性が上がらなければ労働者への

処遇改善は期待できません。

非正規雇用労働者が雇用リスクを

回避するには、自らのスキルや能力

を磨き、エンプロイアビリティ(企

業から雇用され得る能力)を向上さ

せることが不可欠です。また、安定

的な収入確保のための賃金アップの

方法は、「より高度な仕事ができる

ようになるか」「同じ仕事をより短時

間で仕上げられるように熟練する

か」のいずれかです。それには自ら

の労働生産性を向上させるしかあり

ません。

このことは非正規雇用労働者に

限った話ではありません。今や正規

雇用労働者になれば一生安泰という

時代ではなく、30代、40代の若さで

解雇されるケースも増えています。

非正規雇用労働者の離職率は高いと

はいえ、一つの仕事を長く続け、専

門性を高めていけば転職時に有利に

なることもあるでしょう。むしろ今

は、いろいろな部署を回った正規雇

用労働者のほうが、再就職には難し

い時代なのかもしれません。

職業能力を客観的に測る

“ものさし”が必要

高度な専門性を身につけること

で、企業の枠を超えて活躍するとい

う道もあります。このような働き方

でステップアップをしていくために

は、前述したように能力開発のため

の環境整備だけではなく、身につけ

た専門能力が適切に評価され、相応

の処遇を受けるための客観的な“も

のさし”が必要となります。そのた

めのツールとして「職業能力評価基

準」や「技能検定制度」、各種の職業

資格制度などがありますが、これら

を有機的に結びつける手立てをもっ

と検討してもよいのかもしれませ

ん。ハ

ローワークなどで職業能力評価

ツールを活用し、デファクトスタン

ダード(市場の実勢によって決めら

れる事実上の標準)となれば、企業

Point 2

Point 1

Point 3

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厚生労働 2013.1023

誰もが幸せになる「好循環型社会」の実現へ特 集 ▶▶非正規雇用対策の新たなる道筋

の雇用管理にも影響を及ぼすことに

なるでしょう。正規雇用、非正規雇

用を問わず、職務を重視した人事処

遇制度が普及していく契機になるか

もしれません。

労働者のキャリアアップというこ

とでは、労働者派遣事業者による能

力開発も期待されます。今後はキャ

リアアップ型派遣モデルを推進して

いくべきでしょう。

また、能力開発を実施するうえで、

この仕事に就くためには、どういう

能力が必要か、職業能力の「見える

化」を図る必要があります。教育訓

練の成果が将来どのように役立つの

か、能力開発後に期待できる処遇や

キャリアパスなどの将来像の「見え

る化」も必要です。処遇の向上につ

ながることが理解できれば、訓練に

も熱が入るはずです。

多様な人的資源を活用する

新たな雇用管理の時代

「日本再興戦略」では、職務などに

着目した「多様な正社員」モデルの普

及・促進が打ち出されています。

現状では非正規雇用労働者と正規

雇用労働者の管理は別だてで、採

用・配属・評価の仕方もすべて異な

ります。まさに水と油の関係ですが、

これを混ぜ合わせられないかという

発想から生まれたのが「多様な正社

員」 ※4です。

これからの企業経営は、正規雇用

の枠でとらえられない人的資源を活

用できなければうまくいかなくなる

でしょう。有能な正規雇用労働者だ

けで会社を回そうとするのではな

く、有能なパートタイマーや契約社

員、有能な主婦、有能な高齢者など

多様な労働者が広く活躍できる場を

つくっていくことが求められていく

はずです。

パートタイマーや契約社員を無期

雇用に転換するだけではなく、多様

な正社員のように、これまでの社員

構成にはない労働形態を戦略的に活

用できる新たな雇用管理の方法を考

えなくてはいけない時代になったと

思います。

①職業能力評価基準各企業においてカスタマイズすることで、�能力開発指針および採用選考時の基準等に活用できます職業能力が適切に評価される基盤づくりとして、2002年から業界団体との

連携の下で策定に着手しました。仕事をこなすために必要な「知識」や「技術・技能」に加えて、どのように行動すべきかといった「職務遂行能力」を担当者から組織・部門の責任者まで4つのレベルに設定し、整理・体系化しており、2013年5月末現在、事務系9職種およびホテル業等50業種で完成しています。また、この基準をもとに、企業がより簡単に利用できるツールとして、キャリアマップと職業能力評価シートを作成しています。

②キャリアアップ助成金働きながらキャリアアップをめざす人のための制度です有期契約労働者や短時間労働者、派遣労働者など非正規雇用労働者の企

業内のキャリアアップを促進するため、正規雇用への転換、人材育成、処遇改善などの取り組みを実施した事業主に対して助成する制度です。利用するにあたってはキャリアアップ計画を作成し、キャリアアップ管理者を配置する必要があります。2013年度予算で創設された制度です。

Column

国の制度「まめ知識」❹ キャリアアップ支援

Point 4

※4 多様な正社員:職種、勤務地等が限定的な正社員のこと。

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242013.10 厚生労働

Special

Seminar【特別誌上セミナー】

レクチャー

❺ ➡

「アベノミクス」と非正規雇用問題

安定的雇用を生む

「好循環型社会」の実現をめざして

政府は「大胆な金融政策」「機動的な財政政策」「民間投資を喚起する成長戦略」の「三本の矢」

(いわゆるアベノミクス)を掲げ、日本経済再興に向けた積極的な政策を講じています。

非正規雇用問題に今後、どのような影響を及ぼすのでしょうか。

アベノミクスによる

雇用拡大はあるのか?

安倍政権は「10年間の平均で名目

GDP成長率3%程度、実質GDP

成長率2%程度の実現をめざす」と

いう目標を掲げました。円安・株高

による景気回復の兆しが見え始める

なか、今年6月の完全失業率

 ※5は4

年8カ月ぶりに4%を下回り3・

8%となりました(図表1)。地域に

よっては建設業や製造業で人手不足

が生じているところも出始めていま

す。

「バブル経済崩壊後の景気低迷」と

一括りにされがちですが、実はリー

マン・ショック(2008年9月)が

発生する直前まで景気は悪くありま

せんでした。2006~2007年

には労働市場は労働者側の売り手市

場にあり、多くの企業が労働条件を

改善した結果、非正規雇用から正規

雇用へ転換する労働者も多数いまし

た。派遣事業の世界では、登録型派

遣労働者の確保がしづらくなり、企

業の派遣依頼への対応が難しくなる

という現象も起きています。

経済原理からいえば、労働力が不

足すれば求人倍率が上昇し、労働者

の賃金上昇等の処遇改善が期待でき

ます。景気がよくなり正規雇用の機

会が増えれば、「不本意非正規雇用」

の減少にもつながります。

成長分野への

「失業なき労働移動」の促進

「日本再興戦略」では「行き過ぎた雇

用維持型から労働移動支援型への政

※5 完全失業率:15歳以上の働く意欲のある人(労働力人口)のうち、職がなく求職活動をしている人(完全失業者)の割合を示すものです。※6 雇用吸収率:資本1単位当たりに要する労働量のこと。「労働集約型」「資本集約型」などの分類の際に基準とされる数値です。

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策転換」がうたわれ、「成熟分野から

成長分野への失業なき労働移動を進

める」こととしています。今後、日

本では財の輸出入が可能な労働集約

型産業は次第に衰退し、付加価値の

高い知識集約型の財やサービスを提

供する産業が発展していくでしょ

う。こうした産業構造の変化に対応

して、環境・エネルギー・農業・観

光・医療・介護など成長が期待され

る分野への労働力の再配置を進め、

需要を顕在化させることで経済成長

を促す――というのが同戦略の狙い

です。

成長分野の雇用について考えると

き、国際的な視点も重要です。日本

の医療・介護の分野にはサービスや

医療機器など輸出できるものがたく

さんあり、これらで外貨を稼ぎ、国

Point 2

Point 1

内に還流できれば雇用創出にもプラ

スになります。また、労働市場がう

まく機能していれば、人が集まりに

くい仕事で賃金上昇を促し、就労へ

の動機付けの一つになっていくはず

です。

「労働移動」を促すために

は何が必要か?

日本では少子高齢化が進んでいま

す。労働人口が減少する現状では、

新卒者を大量に採用できた時代とは

異なり、成長分野での求人を新卒者

だけで対応しようとしても限界があ

ります。転職者等を含めた労働力の

再配置が必要になってきます。

雇用吸収率

 ※6が低下した産業か

ら、成長が期待される産業への労働

力の転換を促す際に課題となるの

Point 3

出典:広報誌「厚生労働」平成25年10月号  (発行所 株式会社 日本医療企画)※ 転載にあたっては、株式会社 日本医療企画の了承を得ています。

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厚生労働 2013.1025

誰もが幸せになる「好循環型社会」の実現へ特 集 ▶▶非正規雇用対策の新たなる道筋

す。たとえば、企業の多くはいまだ

高齢者の本格活用について及び腰で

すが、技能や知識のレベルの高い高

齢者がもっと活躍できる場を設ける

べきなのです。消費者も高齢化して

おり、商品やサービス開発などにも

彼(女)らの存在は役立つはずです。

もちろん高齢者雇用には、能力や

体力、健康状態など労働者ごとにば

らつきがあることを十分に考慮した

うえで、バリアフリー化等を含めた

職場環境の整備や短時間勤務制度の

導入などの体制の整備が必要でしょ

う。ま

た、女性の活躍促進も重要な

テーマです。

高い能力があ

るにもかかわ

らず、育児の

ために時間が

拘束される正

規雇用は選択

しないという

人も少なくあ

りません。男

女が共に仕事

と家庭を両立

できる職場環

境の整備が望

まれます。

いろいろなタイプの雇用形態をつ

くり、多様な労働者がそれぞれの能

力を最大限に発揮できるような職場

体制の構築は、企業および社会全体

にとって非常に有意義なことです。

多様な労働者が夢や希望を持ちなが

ら、安心して生活できる社会の実現

には、非正規雇用労働者を「人財」と

とらえ、企業・業界団体・公的部門

などが一丸となって育成し、能力を

高めていくことが何より重要です。

めざすべきは、労働者の職業能力

の向上と安定的雇用、企業の生産性

の向上、そして日本経済全体の発展

という「好循環型社会」の実現です。

が、「異なるスキルや知識の教育訓

練をどうするか」ということです。

さらに、労働市場における情報流通

の問題もあります。労働者はそれま

で従事していた世界以外の産業や職

業についての知識が乏しく、このこ

とが雇用のミスマッチを生み、他業

界への転職を難しくしている一因と

なっています。

労働移動を阻害するこれらの要因

を取り除き、ミスマッチを解消する

ためには、公的な職業訓練、職業紹

介の利用促進や機能向上も重要です

が、それだけでは限界があります。

「日本再興戦略」では、「民間人材ビ

ジネスのさらなる活用」が提示され

ました。人材のマッチングに民間の

力を活用するというものであり、ハ

ローワークで受理した求人の情報を

民間の職業紹介事業者に開放すると

いう方法なども示されています。た

だし、民間の職業紹介事業者はより

効率的に利潤を出そうするため、ど

うしても高収入の労働者向けのサー

ビスに偏りがちです。そうした労働

者に対しては民間の事業者を今まで

以上に活用し、ハローワークはセー

フティネットとして機能させるとい

う考え方もあるわけです。

世代を超えた全員参加の

社会の実現を!

これまでの日本企業の人事管理制

度は、正規雇用の日本人男性を対象

に設計されていました。今後は少子

化やグローバル化の進展にともな

い、高齢者・女性・外国人など多様

な労働者を対象とした人事管理制度

の再設計が迫られることになりま

①労働移動支援助成金(再就職支援奨励金)再就職のための支援制度です離職を余儀なくされた労働者などの再就職支援を、民間の

職業紹介事業者に委託し、再就職を実現させた中小企業事業主に対する助成金の制度です。「日本再興戦略」では、「雇用調整助成金(2012 年度実績額約1,134 億円)から労働移動支援助成金(2012 年度実績額2.4 億円)に大胆に資金をシフトさせることにより、2015 年度までに予算規模を逆転させる」としています。

②公益財団法人産業雇用安定センター企業間の出向・移籍を支援する組織です出向・移籍について事業主と同意した離職を余儀なくされる在

職者を対象に、企業間の出向・移籍を支援する組織です。各都道府県に事務所があります。「日本再興戦略」では、失業なき労働移動を支援するため、「産業雇用安定センターのあっせん機能を大幅に強化する」としています。

Column

国の制度「まめ知識」❺ 労働移動の

推進と支援

図表1 完全失業率(季節調整値)の推移(男女計)

1997年 1998年 1999年 2000年 2001年 2002年 2003年 2004年 2005年 2006年 2007年 2008年 2009年 2010年 2011年 2012年 2013年(月)77 7 7 7 7 7 7 7 7 7 7 7 7 7 7 711 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1

6.5

6.0

5.5

5.0

4.5

4.0

3.5

3.0

2.5

(%)

出典:総務省「労働力調査(基本集計)」2013年7月分注:2011年3~8月は、補完推計値を用いた参考値

Point 4

出典:広報誌「厚生労働」平成25年10月号  (発行所 株式会社 日本医療企画)※ 転載にあたっては、株式会社 日本医療企画の了承を得ています。